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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-20
(45)【発行日】2022-06-28
(54)【発明の名称】カーボン電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61N 1/04 20060101AFI20220621BHJP
   A61B 5/263 20210101ALI20220621BHJP
【FI】
A61N1/04
A61B5/263
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018084415
(22)【出願日】2018-04-25
(65)【公開番号】P2019187808
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100132252
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 環
(72)【発明者】
【氏名】熊取谷 誠人
(72)【発明者】
【氏名】村山 浩二
【審査官】土谷 秀人
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-514783(JP,A)
【文献】特開2014-220005(JP,A)
【文献】特開2009-299212(JP,A)
【文献】特表2015-520650(JP,A)
【文献】特表2008-510506(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 1/04
A61B 5/24
C01B 32/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスエネルギー10nJ以上50nJ以下、波長380nm以上1550nm以下パルス幅54fs以上65fs以下、かつ繰返し周波数50kHz以上200kHz以下の超短パルスレーザー光を集光照射することにより、ポリイミド、ポリエチレンナフタレート、パリレン、ポリ乳酸およびセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含む高分子シートの内部に、グラファイトを含むカーボンの連続構造体を形成することを含む、カーボン電極の製造方法。
【請求項2】
前記超短パルスレーザー光が、波長500nm以上1100nm以下の超短パルスレーザー光である、請求項に記載のカーボン電極の製造方法。
【請求項3】
前記集光照射が、倍率100および開口数0.9の集光レンズを用いて実施される、請求項1または2に記載のカーボン電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン電極およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボン電極は、導電性部分にカーボンを利用した電極であり、導電性部分(カーボン部分)は、カーボンから成る1つまたは複数の電極部または電極配列等を有する。カーボン電極は、金属の電極に比較して、生体(例えば細胞、組織、臓器等を含む)との適合性に優れており、かつ、生体から信号を検出したり、生体に電気的刺激を与えたりするのに適した微細形成が可能であること等から、生体用電極として利用されている。
【0003】
カーボン電極は、硬くて脆いというカーボンの性質に起因して、微細形成され得るカーボン部分(導電性部分)の耐久性が必ずしも十分でないため、高分子等の絶縁体でカーボン部分が被覆および/または保護され得る。例えば、炭素繊維からなる電極を絶縁体コーティング膜の内部に、該電極の少なくとも一部が露出するようにして包埋させた電極アセンブリが知られている(特許文献1)。また、柔軟な絶縁性フィルムの片面に、カーボンブラックとポリエステル系樹脂を含有する導電性塗料を設けて電極板とし、この導電性塗料形成面にアクリル系高分子物質から成る電極パッドを設けた医療用電極も知られている(特許文献2)。また、結晶性炭素微粉末と有機物粘結剤とを分散複合させた組成物を細線状に押出成形した後、焼成することにより、有機物粘結剤を炭素化して純粋な複合炭素細線を得、その両端の導通部を除く全表面を、合成樹脂等の絶縁物で被覆した炭素微小電極も知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2016-519981号公報
【文献】特開平4-236940号公報
【文献】特開平3-188367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生体から信号を的確に検出したり、生体に電気的刺激を効果的に与えたりするために、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有するカーボン電極が要望されている。しかしながら、上述したような従来のカーボン電極では、バイオテクノロジーの進化に伴うより一層高い要望に応えるには最早十分ではない。
【0006】
本発明は、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有することが可能な新規なカーボン電極およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの要旨によれば、
ポリイミド、ポリエチレンナフタレート、パリレン、ポリ乳酸およびセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含む高分子シートと、
グラファイトを含むカーボンの連続構造体と
を含み、前記連続構造体が前記高分子シートの内部に少なくとも部分的に包埋されている、カーボン電極が提供される。
【0008】
本発明の1つの態様において、前記カーボン電極は、生体用電極であり得る。
【0009】
本発明の1つの態様において、前記連続構造体は、前記高分子シートの厚さ方向に延在して該高分子シートから少なくとも部分的に露出している1つまたは複数の第1部分を含み得る。
【0010】
本発明の上記の態様において、前記連続構造体は、前記高分子シートの面内方向に延在する第2部分を更に含み、前記第1部分および前記第2部分が互いに電気的に接続されていてよい。例えば、前記第2部分は、前記高分子シートの内部に包埋されていても、前記高分子シートから露出していてもよい。
【0011】
本発明の上記の態様において、前記カーボン電極が、前記高分子シートの表面に配置された導電性部分を更に含み、前記第1部分および前記導電性部分が互いに電気的に接続されていてもよい。
【0012】
本発明のもう1つの要旨によれば、パルスエネルギー0.1nJ以上50μJ以下、波長380nm以上1550nm以下かつパルス幅5fs以上500ps以下の超短パルスレーザー光を集光照射することにより、ポリイミド、ポリエチレンナフタレート、パリレン、ポリ乳酸およびセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含む高分子シートの内部に、グラファイトを含むカーボンの連続構造体を形成することを含む、カーボン電極の製造方法が提供される。
【0013】
本発明の1つの態様において、前記超短パルスレーザー光は、パルスエネルギー0.1nJ以上10μJ以下、波長500nm以上1100nm以下、パルス幅5fs以上10ps以下の超短パルスレーザー光であり得る。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、所定の高分子シートと、グラファイトを含むカーボンの連続構造体とを含み、該連続構造体が該高分子シートの内部に少なくとも部分的に包埋されている、カーボン電極が提供され、かかる連続構造体は、所定の超短パルスレーザー光を集光照射することにより、該所定の高分子シートの内部に所望の通りに形成できるので、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有することが可能な新規なカーボン電極およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極の製造方法を示す概略模式図であって、(a)は超短パルスレーザー光を高分子シートの面内方向に移動させる場合(左側図)およびそれによって高分子シート中に形成された面内方向に延在する連続構造体(右側図)を示し、(b)は超短パルスレーザー光を高分子シートの厚さ方向に移動させる場合(左側図)およびそれによって高分子シート中に形成された厚さ方向に延在する連続構造体(右側図)を示す。
図2】本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極の構造の1つの例を示す図であって、(a)はカーボン電極の概略透過斜視図を示し、(b)は(a)中に点線で示した部分の概略断面図を示す。
図3】本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極の構造のもう1つの例を示す図であって、(a)はカーボン電極の概略透過斜視図を示し、(b)は(a)中に点線で示した部分の概略断面図を示す。
図4】本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極の構造のもう1つの例を示す図であって、(a)はカーボン電極の概略透過斜視図を示し、(b)は(a)中に点線で示した部分の概略断面図を示す。
図5】本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極の構造のもう1つの例を示す図であって、(a)はカーボン電極の概略透過斜視図を示し、(b)は(a)中に点線で示した部分の概略断面図を示す。
図6】本発明の実施例および比較例において高分子シートに作製したレーザー改質部の評価方法(比抵抗測定)を説明する概略模式図である。
図7】本発明の実施例において高分子シートに作製したレーザー改質部(連続構造体)のインピーダンスの周波数特性を示すグラフである。
図8】本発明の実施例1において高分子シートに作製したレーザー改質部(連続構造体)およびその近傍の断面のSTEM像(明視野(BF)STEM像)を示す。
図9図8のレーザー照射中心部近傍におけるSTEM像の部分拡大図(明視野(BF)STEM像)を示す。
図10】(a)は図8に示す5つの箇所(Position 1~5)におけるEELSスペクトルを示し、(b)はダイヤモンド、グラファイトおよびアモルファスカーボンのEELSスペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の1つの実施形態におけるカーボン電極およびその製造方法について、図面を参照しながら以下に詳述するが、本発明はかかる実施形態に限定されない。
【0017】
本実施形態のカーボン電極は、
所定の高分子シートと、
グラファイトを含むカーボンの連続構造体と
を含み、連続構造体が高分子シートの内部に少なくとも部分的に包埋されている。
【0018】
かかる本実施形態のカーボン電極は、所定の超短パルスレーザー光を集光照射することにより、上記高分子シートの内部に、グラファイトを含むカーボンの連続構造体を形成することにより製造することができる。
【0019】
本発明者らは、所定の高分子シートに対して、所定の超短パルスレーザー光を集光照射することによって、高分子シートの表面のみならず内部においても、超短パルスレーザー光の集光照射部分に存在する高分子をカーボンに、より詳細にはグラファイトに改質させ得るという独自の知見を得、かかる超短パルスレーザー光の集光照射部を高分子シートの内部(および必要に応じて表面)において一次元、二次元または三次元的に移動(または走査)させることによって、高分子の改質によって得られるグラファイトを含むカーボン部分を所望の通りに連続的に描画形成できること、換言すれば、グラファイトを含むカーボンの連続構造体を、高分子シートの内部(および表面)において所望の通りに形成できることを見出した。
【0020】
例えば、図1(a)に示すように、集光レンズ(例えば対物レンズ)5から超短パルスレーザー光7を高分子シート1の内部に集光照射し、集光照射部9を高分子シート1の面内方向に移動させて(図1(a)左側図中、移動方向を片矢印にて示す)、高分子シート1の内部にて高分子シート1の面内方向に延在する連続構造体3を形成することができる(図1(a)右側図)。また例えば、図1(b)に示すように、集光レンズ5から超短パルスレーザー光7を高分子シート1の内部に集光照射し、集光照射部9を高分子シート1の厚さ方向に移動させて(図1(b)左側図中、移動方向を片矢印にて示し、図示する態様では、より深い位置からより浅い位置へ移動させている)、高分子シート1の内部にて高分子シート1の厚さ方向に延在する連続構造体3を形成することができる(図1(b)右側図)。
【0021】
しかしながら、集光照射部9の移動方向および連続構造体が延在する方向は、これらの例に限定されない。集光照射部9の移動方向は、所望される連続構造体3の形状、構造、配置等に応じて任意の方向であってよく、2つ以上の方向を適宜組み合わせてもよい。
【0022】
更に、必要に応じて、超短パルスレーザー光の集光照射部9を高分子シート1の内部からシート面1a(表面)へと移動させること、シート面1aから高分子シート1の内部へと移動させること、または高分子シート1のシート面1a上をこれに沿って移動させること等により、高分子シート1から連続構造体3を露出させてもよい(例えば、図1(b)右側図中、シート面1aからの連続構造体3の露出部を斜線にて示す)。
【0023】
本実施形態において、所定の高分子シートは、ポリイミド、ポリエチレンナフタレート(単にPENとも言う)、パリレン、ポリ乳酸およびセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含む高分子シートである。かかる高分子シートは、生物学的安定性を備え、生体(例えば細胞、組織、臓器等を含み、神経細胞および神経組織、筋細胞および筋組織なども含む)との適合性および/または非反応性が高い。ポリイミドおよびPENは、フレキシブルエレクトロニクス用の基板として用いられ、ポリイミドは、医療用としても利用されている。PENは、ポリエチレンテレフタレート(単にPETとも言う)に比べて、耐熱性が高く(PENのガラス転移温度は155℃であり、PETのガラス転移温度より40℃高い)、高剛性であることから薄肉化が可能で、寸法精度に優れ、化学的に安定であり、ガスバリア性に優れるなどの利点を有し、液晶パネルの輝度向上フィルム、耐熱コンデンサ、スピーカー振動板などとして利用されている。パリレン(パラキシレン系ポリマーとも称され、パリレンN、パリレンC、パリレンD等を含む)は、FDA(アメリカ食品医薬品局)により生体適合材料として認可されており、冠状動脈ステントや神経刺激装置、人工蝸牛殻、ペースメーカーの表面不活性化用途等に利用されている。また、ポリ乳酸およびセルロースも生体適合性を有し、フレキシブルエレクトロニクス用基材としても利用されている。
【0024】
高分子シートは、かかる材料を少なくとも1種含む限り、単層シートであっても、複数の層から成る積層シートであってもよく、任意の適切な方法により作製され得、例えば成型シートであってよい。かかる高分子シートは、非可撓性であってもよいが、可撓性を有するほうが、カーボン電極をフレキシブル用途に利用でき、例えば生体に容易に適用し得るので好ましい。高分子シートの厚さは、特に限定されないが、例えば10μm以上250μm以下、代表的には25μm以上125μm以下であり得る。
【0025】
高分子シートは、他の基材(例えば他の材料から構成され得る可撓性または非可撓性のシート)に積層されていてもよい。かかる他の基材は、本実施形態のカーボン電極の製造時においては、超短パルスレーザー光の照射側と反対側に配置され得る。
【0026】
本実施形態において、所定の超短パルスレーザー光は、パルスエネルギー(即ち、1パルスあたりのエネルギー)0.1nJ以上50μJ以下、波長380nm以上1550nm以下かつパルス幅5fs以上500ps以下の超短パルスレーザー光である。波長が380nm以上1550nm以下であることによって、高分子シート内部への十分な透過を可能にし、超短パルスレーザー光を上記高分子シートの内部(および表面)の所望の集光箇所へ効率的に照射することができる。更に、パルスエネルギーが0.1nJ以上50μJ以下であり、パルス幅が5fs以上500ps以下であることによって、上記高分子シートの内部(および表面)において、超短パルスレーザー光を集光照射して、集光照射部分に存在する高分子を改質させ得る、すなわち炭化、より詳細にはグラファイト化させ得るとともに、その周囲に存在する高分子には実質的に熱ダメージを与えず(例えば、空洞部等が形成されない)、これにより、高分子シートの内部(および表面)において、局所的かつ選択的にカーボン(より詳細にはグラファイト)への改質を起こさせることができる。
【0027】
パルスエネルギーは、0.1nJ以上50μJ以下であればよいが、例えば0.1nJ以上10μJ以下であり得る。波長は、380nm以上1550nm以下であればよいが、例えば波長500nm以上1100nm以下であり得る。パルス幅は、5fs以上500ps以下であればよいが、5fs以上10ps(または10,000fs)以下であり得る。各条件につきより狭い範囲とすることにより、グラファイト構造物の形状(線幅等)をより適切に制御することができる。
【0028】
超短パルスレーザー光に関する他の条件は、実際に使用する高分子シートの材料および厚さ(または集光照射部の深さ)や、描画形成する連続構造体の所望線幅等に応じて適宜選択され得る。より詳細には、繰返し周波数は、例えば1kHz以上1MHz以下、特に1kHz以上300kHz以下であってよい。繰返し周波数を大きくすることによって、熱蓄積の効果を加えることが可能となる。材料によってはこれが炭化に有効に働くため、高分子シートの材料に応じて繰返し周波数を制御することにより、高分子を効率よく改質することができる。例えば、PENはポリイミドより繰返し周波数による改質の効果を得やすいため、繰返し周波数を大きくすると改質を促進しやすい。集光照射のために使用され得る集光レンズの開口数は、例えば0.6以上0.9以下であってよい。集光照射部の移動速度は、例えば0.1μm/s以上500mm/s以下、特に0.1μm/s以上10mm/s以下であってよい。グラファイトの結晶性は導電性に直接影響するため、良好な結晶性を維持するためにはより狭い範囲での移動速度が好ましい。
【0029】
本実施形態において、「グラファイトを含むカーボンの連続構造体」は、高分子シートに含まれる高分子に由来する(上記超短パルスレーザー光により改質された)グラファイトを含むカーボンから構成され、かつ、かかるカーボンが連続的に存在することにより一次元、二次元または三次元的な全体構造を成している構造体を意味する(よって、カーボン電極の「カーボン部分」として理解され得る)。かかる連続構造体は、グラファイトを含むカーボンから構成されるため導電性を有し(よって、カーボン電極の「導電性部分」としても理解され得る)、金属に比較して生体に近い電気抵抗率を有し、生体に対して好適なインピーダンスマッチングを示し得る。カーボンは、軽く、かつ生体との適合性および/または非反応性が高く、(例えば水や体液等と接触しても)生体内劣化が少なく、細胞/組織への刺激性が低く、抗血栓性等に優れる。
【0030】
一ラインで描画形成される連続構造体の線幅(または太さ)、より詳細には、集光照射部の移動方向に対して垂直な断面における連続構造体の寸法(通常、略円形断面の直径)は、超短パルスレーザー光の照射条件により可変(調整可能)であり、特に限定されないが、例えば0.1μm以上100μm以下、代表的には1μm以上20μm以下であり得る。連続構造体の全体寸法は特に限定されず、所望される場合には、描画形成を二次元的およびまたは三次元的に重ね合わせることにより、より大きい任意の寸法で連続構造体を形成することもできる。
【0031】
従って、本実施形態によれば、超短パルスレーザー光の集光照射という単一の工程のみで、高分子シートの内部(および表面)において、さまざまな形状および/または構造を有する連続構造体を所望の通りに形成することができ、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有する連続構造体を形成することができる。
【0032】
本実施形態において、上記連続構造体は、上記高分子シートの内部に少なくとも部分的に包埋されている。例えば、連続構造体のうち1つまたは複数の部分が、高分子シートから露出しており、連続構造体の他の部分が高分子シートの内部に包埋されて保護されていてよく、この場合、高分子シートから露出した1つまたは複数の部分を電極部として利用でき、複数の電極部が存在する場合には、これらを電極配列として利用できる。高分子シートから露出した連続構造体の部分は、高分子シートのシート面(シート表面)に対して、突出していても、面一であっても、凹んでいてもよい。
【0033】
より具体的には、例えば図2~5に示すように、本実施形態のカーボン電極10、13、15、17は、
上記高分子シート1と、
グラファイトを含むカーボンの連続構造体3と
を含み、連続構造体3が高分子シート1の内部に少なくとも部分的に包埋されており、
連続構造体3が、高分子シート1の厚さ方向に延在して高分子シート1から少なくとも部分的に露出している1つまたは複数の第1部分3aを含んでいてよい。図2~5に図示する態様において、1つまたは複数の第1部分3aは、高分子シート1のシート面1aから露出している(図中、1つの第1部分3aの露出部を矢印にて示す)が、これに限定されない。連続構造体3は、例えば図2~5に示すように、高分子シート1の面内方向に延在する第2部分3bを更に含んでいてよく、この場合、第1部分3aおよび第2部分3bが互いに電気的に接続される。第2部分3bは、高分子シート1の内部に包埋されていても(図2、4参照)、高分子シート1から露出していてもよい(図3、5参照、図示する態様において、第2部分3bは、第1部分3aが露出しているシート面1aと反対側のシート面1bから露出しているが、これに限定されない)。
【0034】
なお、本発明において「高分子シートの厚さ方向」とは、高分子シートを平坦な場所に配置した状態において、高分子シートの対向する2つのシート面1a、1b(あるいは、これら2つのシート面が互いに平行でない場合には、当該2つのシート面から等距離にある仮想的な中央面)の法線(図2~5(b)中、一点鎖線にて示す)に対して平行または略平行な方向を意味し、例えば上記法線に対して0°以上30°以下、特に0°以上15°以下の角度をなす方向を意味する。また、本発明において「高分子シートの面内方向」とは、上記法線に対して垂直または略垂直な方向を意味し、例えば上記法線に対して60°以上90°以下、特に75°以上90°以下の角度をなす方向を意味する。なお、直線(上記法線)と方向とがなす角度とは、当該直線と当該方向とが形成する角度の大きさを言うものである。
【0035】
図2に例示的に示すカーボン電極10においては、複数本の第2部分3bが高分子シート1の内部において面内方向に延在しており、第2部分3bの各々に対して複数本の第1部分3aが連結して(よって、互いに電気的に接続されて)高分子シート1の内部において厚さ方向に延在し、各第1部分3aの端部がシート面1aから露出して、連続構造体3が構成され得る。かかる第1部分3aの各露出部は、電極部として利用でき、アレイ状に配列され得、例えば周期的配列で存在させ得る。電極部の配列は、所望される通りに適宜設計可能である。カーボン電極10においては、1本の第2部分3bに対して複数本の第1部分3aが連結していることにより、複数の電極部(第1部分3aの露出部)を集電して機能/作用させることができる。カーボン電極10は、例えば、このようにアレイ状に配列された電極部を対象物(例えば後述する生体等)に接触させて、これら電極部から対象物に電気的刺激を与えるように利用され得るが、これに限定されない。
【0036】
図3に例示的に示すカーボン電極13においては、複数本の第2部分3bが高分子シート1のシート面1bから露出して面内方向に延在しており、第2部分3bの各々に対して複数本の第1部分3aが連結して(よって、互いに電気的に接続されて)高分子シート1の内部において厚さ方向に延在し、各第1部分3aの端部がシート面1aから露出して、連続構造体3が構成され得る。かかる第1部分3aの各露出部は、電極部として利用でき、アレイ状に配列され得、例えば周期的配列で存在させ得、図2に示す例と同様の説明が当て嵌まる。
【0037】
図4に例示的に示すカーボン電極15においては、複数本の第2部分3bが高分子シート1の内部において面内方向に延在しており、第2部分3bの各々に対して1本の第1部分3aが連結して(よって、互いに電気的に接続されて)高分子シート1の内部において厚さ方向に延在し、各第1部分3aの端部がシート面1aから露出して、連続構造体3が構成され得る。かかる第1部分3aの各露出部は、電極部として利用でき、アレイ状に配列され得、例えば周期的配列で存在させ得る。電極部の配列は、所望される通りに適宜設計可能である。カーボン電極15においては、1本の第2部分3bに対して1本の第1部分3aが連結していることにより、複数の電極部(第1部分3aの露出部)を個別に機能/作用させることができる。カーボン電極15は、例えば、このようにアレイ状に配列された電極部を対象物(例えば後述する生体等)に接触させて、各電極部にて電気信号を検出し、検出した電気信号を測定器にてそれぞれ個別に読み取るように利用され得るが、これに限定されない。
【0038】
図5に例示的に示すカーボン電極17においては、複数本の第2部分3bが高分子シート1のシート面1bから露出して面内方向に延在しており、第2部分3bの各々に対して1本の第1部分3aが連結して(よって、互いに電気的に接続されて)高分子シート1の内部において厚さ方向に延在し、各第1部分3aの端部がシート面1aから露出して、連続構造体3が構成され得る。かかる第1部分3aの各露出部は、電極部として利用でき、アレイ状に配列され得、例えば周期的配列で存在させ得、図4に示す例と同様の説明が当て嵌まる。
【0039】
本実施形態のカーボン電極において、連続構造体は、高分子シートの内部に少なくとも部分的に包埋される(好ましくは、図2および図4に示すカーボン電極においては、連続構造体は、電極部として利用可能な露出部を除いて、高分子シートの内部に包埋され得る)ため、本実施形態のカーボン電極は、高い耐久性を示し得る。また、かかる連続構造体は、超短パルスレーザー光の集光照射により高分子シートの内部(および表面)において局所的かつ選択的に直接形成することができるので、耐久性の高いカーボン電極を容易に製造することができる。本実施形態のカーボン電極の製造方法は、超短パルスレーザー光の集光照射という単一の工程のみで実施可能であり、例えば、カーボンを含む導電性材料を絶縁性基材上に(例えばマスクを用いて)印刷する工程や、その後、かかる印刷部位を絶縁性材料によりコーティングする工程等を要しない、極めて簡便なプロセスである。
【0040】
本実施形態のカーボン電極は、上記高分子シートおよび連続構造体の双方が生体に対して生物学的安定性を備え、高い適合性および/または非反応性を有することから、生体用電極(または生体プローブ)として好適に利用され得る。生体用電極は、生体から信号を検出したり、生体に電気的刺激を与えたりするための、生体と接触した入出力装置(またはインターフェース)として機能するものであり、例えば脳波、心電図、筋電図、眼振図等の生体信号を計測するため、あるいは、培養や治療・診断等の目的で、細胞、筋線維、脳神経等に電気的刺激を与えるために利用され得る。本実施形態のカーボン電極において、連続構造体の高分子シートから露出した部分が、生体に対する入出力部として機能し、連続構造体の他の部分は高分子シートの内部に包埋されて保護されている。本実施形態において、連続構造体は、印刷等では実現できない、生体用電極に所望される極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有することができ、例えば、計測対象である生体信号の取得が求められる部位、あるいは電気的刺激を与えることが求められる部位に適合するような寸法、周期的配列および/または構造とすることができる。よって、本実施形態のカーボン電極は、生体信号を的確に捉える精度の高い計測が可能であり、あるいは細胞、筋繊維、脳神経等に適切に接続して電気的刺激を効果的に与えることが可能であり、よって、生体に対して安定した電極として作用し得る。本実施形態のカーボン電極は、非侵襲性であり得、長期間に亘って生体表面に接触させたり生体内に留置したりしてよく、長期間のモニタリングが可能である。
【0041】
しかしながら、本実施形態のカーボン電極は、生体用電極以外の他の用途にも利用可能である。例えば、本実施形態のカーボン電極は、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造が求められるような、電子回路および/または素子(例えばセンサー、コイル等)に利用可能である。特に、本実施形態において、超短パルスレーザー光に関する条件を変更しながら連続構造体を描画形成することにより、その構造や電気抵抗率などの特性を連続的に変化させることが可能であるため、従来にない機能を有する電子回路および/または素子(例えばセンサー、コイル等)の形成が可能となる。
【0042】
以上、本実施形態のカーボン電極について詳述したが、かかる本実施形態のカーボン電極は種々の改変が可能である。
【0043】
例えば、本発明のカーボン電極において、グラファイトを含むカーボンの連続構造体に加えて、他の導電性部分(または導電性部材)を追加的に利用してよい。1つの改変例において、カーボン電極が、高分子シートの表面に配置された導電性部分を更に含み、連続構造体の第1部分および導電性部分が互いに電気的に接続されていてよい。より具体的には、例えば図3、5を参照して例示的に上述したカーボン電極13、17において、連続構造体3が、高分子シート1の面内方向に延在する第2部分3bを有さず、第2部分3bに代えて、高分子シート1の表面に配置された導電性部分を設けてもよい。かかる導電性部分は、高分子シート1の表面において、第2部分3bと同様の領域に配置され得る(図3、5参照、導電性部分は、第1部分3aが露出しているシート面1aと反対側のシート面1bの表面に配置され得るが、これに限定されない)。かかる導電性部分は、連続構造体とは異なる導電性材料から成り得、好ましくは、カーボンより高い強度を示す導電性材料から成り得る。かかる材料としては、例えば、金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、チタン(Ti)、銅(Cu)などの金属や、ポリチオフェン系高分子などの導電性高分子が挙げられる。カーボン電極が生体電極として利用される場合には、導電性部分は、生体と接触しても腐食等が懸念されない材料、例えば金、白金、イリジウム、チタンなどの耐食性金属や、ポリチオフェン系高分子などの導電性高分子などから成ることが好ましい。かかる導電性部分は、高分子シートの内部(および表面)において連続構造体を形成した後(例えば第1部分3aを形成した後、第2部分3bに代えて)、高分子シートの表面の所定の領域に形成され得る。連続構造体の形成は、超短パルスレーザー光の集光照射により行われるため、連続構造体の形成後に導電性部分を形成することによって、導電性部分がレーザー光により破壊される懸念をなくすことができる。導電性部分の形成方法は、特に限定されないが、例えば導電性部分が金属から成る場合にはスパッタリングを適用することができ、導電性部分が導電性高分子から成る場合には電解重合を適用することができる。
【0044】
上記の改変例によれば、高分子シートの表面に電極部分を設ける場合であっても、かかる電極部分として、カーボンより高い強度を示す導電性材料から成る導電性部分を適用することにより、高い耐久性を示すカーボン電極を得ることができる。
【実施例
【0045】
(実施例1~5および比較例1~6)
高分子シートとして、表1に示す材料および厚さの各シートを準備した。表1中、PIはポリイミド、PENはポリエチレンナフタレート、PETはポリエチレンテレフタレート、PEはポリエチレン、PPはポリプロピレン、PCはポリカーボネート、PSはポリスチレン、PVCはポリ塩化ビニルを意味する。
【0046】
各高分子シートに対して、超短パルスレーザー光を集光レンズとして対物レンズを介して集光照射し、図1に示すように集光照射部を移動させて、図2(a)および(b)に示すような構造を有する連続構造体に対応するレーザー改質部を高分子シートに形成した。レーザー光照射条件、使用した集光レンズ(対物レンズ)ならびに集光照射部の移動速度(走査速度)を表1に併せて示す。
【0047】
上記によりレーザー改質部が内部に形成された高分子シートを、レーザー改質部の中心線を通る面で切断し(図6(a)の切断面Xを参照のこと)、切断面におけるレーザー改質部(連続構造体3の第1部分3aおよび第2部分3bに対応する)の線幅(該中心線に対して垂直な断面におけるレーザー改質部の略円径断面の直径に相当する)を測定した。更に、図6(a)にて点線にて囲んだ領域にてサンプルを切り出し、図6(b)に示すサンプルの切断面Xにおけるレーザー改質部3’(第1部分3aに対応するが、第1部分3aおよび第2部分3bは同等の電気特性であると考えられる)の長さ方向の両端部近傍にそれぞれプローブ11を接触させて、2端子法によってレーザー改質部3’の比抵抗(電気抵抗率)を測定した。比抵抗の測定電圧は1Vとした。レーザー改質部の線幅および比抵抗の測定結果を表1に示す。なお、表1中、記号「-」は測定可能範囲外であったこと(よって、絶縁体であったこと)を意味する。
【0048】
【表1】
【0049】
表1の実施例1~5から理解されるように、ポリイミド、ポリエチレンナフタレート、パリレンC、ポリ乳酸およびセルロースでは、そのレーザー改質部において元の高分子シートの材料の比抵抗より低い比抵抗が得られ、特に10Ωcm以下、より詳細には6Ωcm以下の低い比抵抗が得られること、換言すれば導電性が得られることが確認された。これに対して、比較例1、4および6から理解されるように、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネートおよびポリ塩化ビニルでは、いずれもレーザー改質部の比抵抗が高すぎて、「導電性」を有するとは言えず、電極として機能するには適切であることが確認された。比較例2、3および6のポリエチレン、ポリプロピレンおよびポリスチレンでは、そもそも改質がうまくいかない(孔が開くだけ、または溶融する)、または、変質するだけ(元々の高分子の構造が変わるが絶縁体のまま)などであり、比抵抗を測定することができなかった。
【0050】
上記でレーザー改質部が導電性を有することが確認できた実施例1~5について、そのレーザー改質部のインピーダンスの周波数特性を測定した。結果を図7に示す(縦軸はインピーダンス(Z)の絶対値(Ω)を示し、横軸は周波数(Hz)を示す)。測定器は、アジレントテクノロジー社製のE4980AプレシジョンLCRメーターを使用した。図7から、実施例1~5の全ての場合において、生体に重要である1~100Hzの周波数範囲に対して、各高分子シートに形成されたレーザー改質部が良好な導電性を示すことが確認された。
【0051】
実施例1~5の代表例として、実施例1について、レーザー改質部およびその近傍の断面のSTEM像(明視野(BF)STEM像)を図8に示す。図8中、超短パルスレーザー光を集光照射した中心部を「レーザー照射中心部」として点線にて示す。図8から理解されるように、超短パルスレーザー光を集光照射した部分が、他の照射していない部分(「レーザー非照射部」)に比較して黒く改質しており、よって、この集光照射部分において局所的かつ選択的に改質されていることが観察された。図9(a)は、図8のレーザー改質部におけるSTEM像の部分拡大図(明視野(BF)STEM像)を示し、図9(b)は(a)を更に拡大した図(明視野(BF)STEM像)を示す。図9(a)および(b)より、レーザー改質部において、炭素の層状構造と考えられる層構造が観察された。更に、図8において層状構造が観察された5つの箇所(Position 1~5)において電子エネルギー損失分光法(EELS)によりC-K損失端のEELSスペクトル(単に「EELSスペクトル」とも言う)を観測した結果を図10(a)に示す。併せて、炭素系物質の標準スペクトル(リファレンス)としてダイヤモンド、グラファイトおよびアモルファスカーボンのEELSスペクトルを同様に測定した結果を図10(b)に示す。図10(a)および(b)を参照して、レーザー改質部に位置するPosition 1および5のEELSスペクトルは、sp軌道の存在に対応する282eV付近のπ*ピークと、sp軌道の存在に対応する288eV付近のσ*ピークが明確にみられることから、グラファイトのEELSスペクトルとほぼ一致しており、グラファイトの存在を示していた。よって、このレーザー改質部は、グラファイトを含むカーボンの連続構造体であることが確認された。他方、レーザー非照射部に位置するPosition 2~4のEELSスペクトルは、アモルファスカーボンのEELSスペクトルに類似しているが、290~300eVでの形状がアモルファスカーボンのEELSスペクトルと異なるため、未反応の高分子のままであることを示していた。実施例2~4についても、実施例1と同様の結果を示した。
【0052】
これらの結果から、ポリイミド、ポリエチレンナフタレート、パリレンCおよびその他のパリレンを含むパリレン、ポリ乳酸およびセルロースからなる群より選択される少なくとも1種を含む高分子シートにおいては、所定の超短パルスレーザー光を集光照射することにより、高分子シートの内部(および表面)において、局所的かつ選択的にグラファイトへの改質を起こさせることができ、よって、グラファイトを含むカーボンの連続構造体を形成できることができること、ならびに、かかる連続構造体は良好な導電性を示し、電極(電極部または電極構造)として利用可能であることが確認された。
【0053】
(実施例6)
高分子シートとして、ポリエチレンナフタレートからなる厚さ125μmのシートを準備した。この高分子シートに対して、実施例2と同様の条件で、超短パルスレーザー光を集光レンズとして対物レンズを介して集光照射し、図2(a)および(b)に示すような構造を有する連続構造体に対応するレーザー改質部を高分子シートに形成した。上記と同様にしてレーザー改質部(連続構造体3の第1部分3aおよび第2部分3bに対応する)の線幅を測定したところ、約3μmであった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のカーボン電極は、極めて微細かつ複雑な電極配列および/または構造を有し得、生体用電極を含む幅広く様々な電極として利用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 高分子シート
1a シート面
3 連続構造体
3’ レーザー改質部
3a 第1部分
3b 第2部分
5 集光レンズ
7 超短パルスレーザー光
9 集光照射部
10、13、15、17 カーボン電極
11 プローブ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10