(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-20
(45)【発行日】2022-06-28
(54)【発明の名称】チタン基材、チタン基材の製造方法、及び、水電解用電極、水電解装置
(51)【国際特許分類】
C25B 11/077 20210101AFI20220621BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20220621BHJP
C25B 11/02 20210101ALI20220621BHJP
C25B 11/031 20210101ALI20220621BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20220621BHJP
C25B 11/053 20210101ALI20220621BHJP
C01G 23/04 20060101ALI20220621BHJP
【FI】
C25B11/077
C25B9/00 A
C25B11/02 301
C25B11/031
C25B11/052
C25B11/053
C01G23/04 C
(21)【出願番号】P 2019042773
(22)【出願日】2019-03-08
【審査請求日】2021-09-30
(31)【優先権主張番号】P 2018044659
(32)【優先日】2018-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】佐野 陽祐
(72)【発明者】
【氏名】大森 信一
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-252057(JP,A)
【文献】特表2006-527794(JP,A)
【文献】特開2010-138023(JP,A)
【文献】特表2010-521590(JP,A)
【文献】特開2012-067336(JP,A)
【文献】特開2016-201300(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0014066(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0040254(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第104039450(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105734642(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107497413(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00 - 15/08
C01G 23/04 - 23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはチタン合金からなる基材本体を有し、
この基材本体の表面に、化学式Ti
nO
2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜が形成されており、
前記マグネリ相酸化チタン皮膜は、Ti
4O
7及びTi
5O
9の少なくも一方又は両方を含有し、
前記マグネリ相酸化チタン皮膜は、ナノメートルオーダー又はマイクロメートルオーダーのポーラス構造を有し、
導電率が1S/cm以上であり、
0-2Vの間で掃引を繰り返すサイクリックボルタンメトリー測定において、1000サイクル後にCVの波形に変化が見られないことを特徴とするチタン基材。
【請求項2】
前記マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚が0.1μm以上30μm以下の範囲内とされていることを特徴とする請求項1に記載のチタン基材。
【請求項3】
前記基材本体は、気孔率が30%以上97%以下の範囲内とされた多孔質体とされていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のチタン基材。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のチタン基材の製造方法であって、
チタンまたはチタン合金からなる基材本体の表面にTiO
2皮膜を成膜するTiO
2皮膜形成工程と、
前記基材本体の表面に形成されたTiO
2皮膜をマイクロ波プラズマ還元法によって還元し、化学式Ti
nO
2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜とする還元処理工程と、
を備えており、
還元処理工程は、基板温度400℃以下、処理時間15分以下の条件で実施することを特徴とするチタン基材の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のチタン基材からなることを特徴とする水電解用電極。
【請求項6】
請求項5に記載の水電解用電極を備えたことを特徴とする水電解装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性及び耐食性に優れたチタン基材、チタン基材の製造方法、及び、このチタン基材からなる水電解用電極、水電解装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンまたはチタン合金からなるチタン基材は、例えば特許文献1に示すように、電極等の通電部材の中でも、特に耐酸化性(耐食性)が要求される用途において用いられている。
しかしながら、例えば、固体高分子形燃料電池(PEFC)のカソード電極、水電解装置のアノード電極、リチウムイオン電池やリチウムイオンキャパシタ向け電極材など、高電位、酸素存在、強酸性雰囲気等の過酷な腐食環境下で使用される場合には、耐食性が十分とは言えず、使用時にチタン基材の表面に絶縁性のTiO2膜が形成されてしまい、電極等の通電部材としての性能が劣化するといった問題があった。
【0003】
このため、例えば特許文献2には、アルミニウム、ニッケル若しくはチタンからなる基材の表面に、金及び白金等の貴金属皮膜を形成し、導電性を確保したまま耐食性を向上させたものが提案されている。
また、特許文献3には、チタンまたはチタン合金の表面に、TiO2のX回折ピークが見られない酸化被膜を成膜したチタン材が提案されている。
さらに、特許文献4には、純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面に、酸素とチタンの原子濃度比(O/Ti)が0.3以上1.7以下である酸化チタン層を有し、この酸化チタン層の上に、Au,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む合金層を形成したものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-226992号公報
【文献】特開2010-135316号公報
【文献】特許第5831670号公報
【文献】特開2010-236083号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Tsutomu Ioroi et; Stability of Corrosion-Resistant Magneli-Phase Ti4O7-Supported PEMFC Catalysts High Potentials,“Jornal of The Electorochemical Society”,155(4)B321-B326(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献2及び特許文献4に示すように、貴金属皮膜を形成した場合には、コストが非常に増加してしまい、広く使用することはできない。
また、特許文献3に記載された酸化被膜においては、導電性及び耐食性が不十分なため、過酷な環境下で使用する部材として適用することはできない。
【0007】
ここで、導電性及び耐食性に優れた材料としては、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンが挙げられる。このマグネリ相酸化チタンにおいては、TiO2と同等の耐食性を有するとともに、グラファイトと同等の導電性を有している。
従来のマグネリ相酸化チタンとしては、例えば非特許文献1に示すように、TiO2を高温で還元する熱還元法で製造されており、粉末形状のものが提供されている。
しかしながら、チタンまたはチタン合金からなる基材の表面にTiO2を形成して熱還元した場合には、酸素が基材側に拡散し、基材自体が酸化して、導電性等の特性が劣化してしまう。このため、マグネリ相酸化チタンの被膜を有するチタン基材等は提供されていなかった。
【0008】
本発明は、以上のような事情を背景としてなされたものであって、導電性及び耐食性に特に優れ、過酷な腐食環境下においても使用可能なチタン基材、チタン基材の製造方法、及び、このチタン基材からなる水電解用電極、水電解装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような課題を解決して、前記目的を達成するために、本発明のチタン基材は、チタンまたはチタン合金からなる基材本体を有し、この基材本体の表面に、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜が形成されており、前記マグネリ相酸化チタン皮膜は、Ti4O7及びTi5O9の少なくも一方又は両方を含有し、前記マグネリ相酸化チタン皮膜は、ナノメートルオーダー又はマイクロメートルオーダーのポーラス構造を有し、導電率が1S/cm以上であり、0-2Vの間で掃引を繰り返すサイクリックボルタンメトリー測定において、1000サイクル後にCVの波形に変化が見られないことを特徴としている。
【0010】
この構成のチタン基材によれば、チタンまたはチタン合金からなる基材本体の表面に、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜が形成されているので、導電性及び耐食性に特に優れている。
よって、高電位、酸素存在、強酸性雰囲気等の過酷な腐食環境下においても、電極等の通電部材として使用することができる。
【0011】
また、前記マグネリ相酸化チタン皮膜が、特に導電性及び耐食性に優れたTi4O7及びTi5O9の少なくも一方又は両方を含有しているので、高電位、酸素存在、強酸性雰囲気等の過酷な腐食環境下において使用される通電部材として特に適している。
さらに、前記マグネリ相酸化Ti皮膜がポーラス構造を有するので、電極の比表面積がさらに向上し、電極の反応場を広く提供することが可能となる。
【0012】
また、本発明のチタン基材においては、前記マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚が0.1μm以上30μm以下の範囲内とされていることが好ましい。
この場合、前記マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚が0.1μm以上とされているので、十分な耐食性を確保することができる。
一方、前記マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚が30μm以下とされているので、チタン基材として十分な導電性を確保することができる。
また、Ti基材を用いず、電極全体がマグネリ相酸化チタンから成る酸化物電極では、電極としての強度が不十分である。
【0013】
さらに、本発明のチタン基材においては、前記基材本体は、気孔率が30%以上97%以下の範囲内とされた多孔質体とされていることが好ましい。
この場合、チタンまたはチタン合金からなる基材本体が多孔質体とされており、その気孔率が30%以上とされているので、比表面積が大きくなり、チタン基材の表面での反応を促進することができる。また、反応によって生成したガスを効率的に排出することができる。
一方、前記基材本体の気孔率が97%以下とされているので、基材本体の強度を確保することができる。
【0015】
本発明のチタン基材の製造方法は、上述のチタン基材の製造方法であって、チタンまたはチタン合金からなる基材本体の表面にTiO2皮膜を成膜するTiO2皮膜形成工程と、前記基材本体の表面に形成されたTiO2皮膜をマイクロ波プラズマ還元法によって還元し、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜とする還元処理工程と、を備えており、還元処理工程は、基板温度400℃以下、処理時間15分以下の条件で実施することを特徴としている。
【0016】
この構成のチタン基材の製造方法においては、チタンまたはチタン合金からなる基材本体の表面にTiO2皮膜を成膜するTiO2皮膜形成工程と、このTiO2皮膜をマイクロ波プラズマ還元法によって還元してマグネリ相酸化チタン皮膜とする還元処理工程と、を備えているので、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜を有するチタン基材を製造することが可能となる。
そして、還元処理工程を、基板温度400℃以下、処理時間15分以下の条件で実施しているので、酸素が基材本体側に拡散することを抑制でき、基材本体の特性の劣化を抑制することができる。
さらに、TiO2皮膜形成工程においてTiO2皮膜の膜厚を調整することにより、マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚を制御することができる。
【0017】
本発明の水電解用電極は、上述のチタン基材からなることを特徴としている。
この構成の水電解用電極によれば、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜が形成されたチタン基材で構成されているので、導電性及び耐食性に特に優れており、酸化による劣化を抑えることができ、使用寿命を大幅に向上させることができる。また、耐食性に優れているので、貴金属電極の代替として使用することができ、水電解用電極を低コストで構成することが可能となる。
【0019】
本発明の水電解装置は、上述の水電解用電極を備えたことを特徴としている。
この構成の水電解用電極によれば、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜が形成されたチタン基材で構成された水電解用電極を備えているので、使用時における水電解用電極の酸化による劣化を抑えることができ、長期間安定して使用することが可能となる。また、貴金属電極を用いる必要がなく、水電解装置の製造コストを大幅に削減することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、導電性及び耐食性に特に優れ、過酷な腐食環境下においても使用可能なチタン基材、チタン基材の製造方法、及び、このチタン基材からなる水電解用電極、水電解装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施形態であるチタン基材の一例を示す説明図である。
【
図2】
図1に示すチタン基材の表層部分の拡大模式図である。
【
図3】
図1に示すチタン基材の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図4】
図1に示すチタン基材を製造する製造工程を示す説明図である。
図4(a)は基材本体準備工程S01、
図4(b)はTiO2皮膜形成工程S02、
図4(c)は還元処理工程S03を示す。
【
図5】本発明の実施形態である水電解用電極を備えた水電解装置の概略説明図である。
【
図6】実施例における本発明例2及び比較例1のXRD分析結果を示すグラフである。
【
図7】実施例における本発明例1のチタン基材の断面観察結果を示すSEM画像である。
【
図8】実施例における本発明例11のチタン基材の断面観察結果を示すSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の実施形態であるチタン基材、チタン基材の製造方法、及び、水電解用電極、水電解装置について、添付した図面を参照して説明する。
【0023】
<チタン基材及びチタン基材の製造方法>
本実施形態であるチタン基材10は、例えば、固体高分子形燃料電池(PEFC)のカソード電極、水電解装置のアノード電極、リチウムイオン電池やリチウムイオンキャパシタ向け電極材等の通電部材として使用されるものである。
【0024】
本実施形態であるチタン基材10は、
図1及び
図2に示すように、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11と、この基材本体11の表面に形成されたマグネリ相酸化チタン皮膜16と、を備えている。
【0025】
本実施形態においては、基材本体11は、
図1に示すように、多孔質体とされており、3次元網目構造とされた骨格部12と、この骨格部12に囲まれた気孔部13と、を備えている。
この基材本体11は、その気孔率Pが30%以上97%以下の範囲内とされている。基材本体11の気孔率Pは、以下の式で算出される。
P(%)=(1-(W/(V×D
T)))×100
W:基材本体11の質量(g)
V:基材本体11の体積(cm
3)
D
T:基材本体11を構成するチタンまたはチタン合金の真密度(g/cm
3)
【0026】
なお、本実施形態においては、この多孔質体からなる基材本体11は、例えば、チタンを含むチタン焼結原料を焼結させたチタン焼結体で構成されている。
また、骨格部12に囲まれた気孔部13は、互いに連通するとともに、基材本体11の外部に向けて開口した構造とされている。
【0027】
そして、
図2に示すように、この基材本体11の表面に、マグネリ相酸化チタン皮膜16が形成されている。
このマグネリ相酸化チタン皮膜16は、化学式Ti
nO
2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンで構成されている。
【0028】
本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜16は、Ti4O7及びTi5O9の少なくも一方又は両方を含有するものとされている。このマグネリ相酸化チタン皮膜16におけるチタン酸化物の構造については、X線回折分析(XRD)法によって同定することができる。
なお、本実施形態のマグネリ相酸化チタン皮膜16においては、X線回折(XRD)におけるTi4O7及びTi5O9のXRDピークを含み、両者の最大ピーク強度の和が他のマグネリ相酸化Ti(6≦n≦10)の最大ピーク強度よりも大きい。
【0029】
ここで、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tを薄くすると、耐食性が低下するが導電性が向上することになる。一方、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tを厚くすると、耐食性が向上するが導電性が低下することになる。このため、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tは、チタン基材10への要求特性に応じて適宜設定することが好ましい。
本実施形態においては、耐食性を十分に向上させるために、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tの下限を0.1μm以上としている。また、導電性を十分に向上させるために、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tの上限を30μm以下としている。
なお、耐食性をさらに向上させるためには、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tの下限を0.2μm以上とすることが好ましく、0.3μm以上とすることがさらに好ましい。一方、導電性をさらに向上させるためには、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tの上限を5μm以下とすることが好ましく、3μm以下とすることがさらに好ましい。
【0030】
また、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜16は、その膜内にナノメートル又はマイクロメートルオーダーのポーラス構造を有する。
【0031】
以下に、本実施形態であるチタン基材10の製造方法について、
図3のフロー図及び
図4の工程図等を参照して説明する。
【0032】
(基材本体準備工程S01)
まず、
図4(a)で示す、チタン及びチタン合金からなる基材本体11を準備する。本実施形態では、基材本体11として、多孔質のチタン焼結体を準備する。
この多孔質のチタン焼結体からなる基材本体11は、例えば、以下のような工程で製造することができる。チタンを含む焼結原料を、有機バインダー、発泡剤、可塑剤、水及び必要に応じて界面活性剤を混合して、発泡性スラリーを作製する。この発泡性スラリーを、ドクターブレード(塗布装置)を用いて塗布し、シート状の成形体を成形する。このシート状の成形体を加熱して発泡させて発泡成形体を得る。そして、これを脱脂した後で焼結する。これにより、多孔質のチタン焼結体からなる基材本体11が作製される。(例えば、特開2006-138005号公報、特開2003-082405号公参照)
【0033】
(TiO
2皮膜形成工程S02)
次に、
図4(b)に示すように、基材本体11の表面に、TiO
2皮膜26を形成する。このTiO
2皮膜形成工程S02においては、酸素が基材本体11側に拡散することを抑制するために、100℃以下の温度条件で実施する。
温度条件の下限値は限定されないが、0℃までの範囲で、以下のプラズマ電解酸化処理を効率よく行うことができる。
【0034】
本実施形態では、通常の陽極酸化よりも高電圧を印加し、基材表面にアーク放電を発生させ酸化を進める、プラズマ電解酸化法によってTiO2皮膜26を成膜している。具体的には、K3PO4,Na3PO4,K4P2O7,Na2P2O7等の水溶液浴中で、プラズマ電解酸化処理を実施した。
ここで、TiO2皮膜26の膜厚t0は、0.1μm以上30μm以下の範囲内とすることが好ましい。
【0035】
(還元処理工程S03)
次に、TiO
2皮膜26に対して、ガスにマイクロ波を照射して生成したプラズマを用いて還元処理を行う(マイクロ波プラズマ還元処理)ことで、
図4(c)に示すように、TiO
2皮膜26を、化学式Ti
nO
2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜16とする。この還元処理工程S03においては、酸素が基材本体11側に拡散することを抑制するために、基板温度400℃以下、処理時間15分以下の条件で実施する。
還元処理工程S03の基板温度の下限値は0℃、処理時間の下限値は0.01分とすることができる。
【0036】
なお、TiO2皮膜26の全体を還元処理してマグネリ相酸化チタン皮膜16とすることにより、TiO2皮膜26の膜厚t0が、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tとなる。よって、TiO2皮膜形成工程S02におけるTiO2皮膜26の膜厚t0を調整することにより、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tを制御することが可能となる。
【0037】
上述の製造方法により、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11の表面に、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜16が形成されたチタン基材10が製造されることになる。
【0038】
<水電解用電極及び水電解装置>
本実施形態である水電解用電極及び水電解装置の概略図を
図5に示す。なお、本実施形態の水電解装置は、電解効率及び生成時の水素純度が高い、固体高分子形水分解装置とされている。
【0039】
本実施形態の水電解装置30は、
図5に示すように、対向配置されたアノード極32及びカソード極33と、これらアノード極32とカソード極33との間に配置されたイオン透過膜34と、を備えた水電解セル31を備えている。なお、イオン透過膜34の両面(アノード極32との接触面及びカソード極33との接触面)には、それぞれ触媒層35,36が形成されている。
ここで、カソード極33、イオン透過膜34、触媒層35,36については、従来の一般的な固体高分子形水電解装置で使用されているものを適用することができる。
【0040】
そして、上述のアノード極32が、本実施形態である水電解用電極とされている。このアノード極32(水電解用電極)は、上述した本実施形態であるチタン基材10で構成されており、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11と、この基材本体11の表面に形成されたマグネリ相酸化チタン皮膜16と、を備えている。また、基材本体11が、多孔質体とされており、3次元網目構造とされた骨格部12と、この骨格部12に囲まれた気孔部13と、を備えた構造とされている。
ここで、本実施形態である水電解用電極(アノード極32)においては、2.5Vで1分保持及び0Vで1分保持を1サイクルとしたボルタンメトリー試験において、1200サイクル後の電解効率が初期値に対して90%以上であることが好ましい。
【0041】
上述の水電解装置30(水電解セル31)においては、
図5に示すように、アノード極32側から水(H
2O)が供給されるとともに、アノード極32及びカソード極33に通電される。すると、水の電解によって生じた酸素(O
2)がアノード極32から排出され、水素(H
2)がカソード極33から排出されることになる。
ここで、アノード極32においては、上述のように、水(液体)と酸素(気体)が流通することになるので、これら液体及び気体を安定して流通させるために、高い気孔率を有することが好ましい。また、アノード極32は酸素に晒されるため、優れた耐食性が求められる。このため、本実施形態であるチタン基材10からなる水電解用電極が、アノード極32として特に適している。
【0042】
以上のような構成とされた本実施形態であるチタン基材10によれば、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11の表面に、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜16が形成されているので、導電性及び耐食性に特に優れている。
よって、高電位、酸素存在、強酸性雰囲気等の過酷な腐食環境下においても、電極等の通電部材として使用することができる。
【0043】
また、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜16が、マグネリ相酸化チタンとして、特に導電性及び耐食性に優れたTi4O7及びTi5O9の少なくとも一方又は両方を含有しているので、高電位、酸素存在、強酸性雰囲気等の過酷な腐食環境下において使用される通電部材として特に適している。
さらに、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tが0.1μm以上30μm以下の範囲内とされているので、耐食性と導電性をバランス良く向上させることが可能となる。
【0044】
また、本実施形態においては、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11が多孔質体とされており、その気孔率Pが30%以上とされているので、比表面積が大きくなり、チタン基材10の表面での反応を促進することができる。また、反応によって生成したガスを効率的に排出することができる。よって、電極部材として特に適している。
一方、多孔質体とされた基材本体11の気孔率Pが97%以下とされているので、基材本体11の強度を確保することができる。
【0045】
また、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜16がナノメートル又はマイクロメートルオーダーのポーラス構造をなしており、電極基材の表面積をさらに向上させることが可能となる。
【0046】
本実施形態であるチタン基材10の製造方法においては、チタンまたはチタン合金からなる基材本体11を準備する基材本体準備工程S01と、この基材本体11の表面にTiO2皮膜26を成膜するTiO2皮膜形成工程S02と、このTiO2皮膜26をマイクロ波プラズマ還元法によって還元して、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンからなるマグネリ相酸化チタン皮膜16とする還元処理工程S03と、を備えているので、耐食性及び導電性に特に優れたチタン基材10を製造することが可能となる。
【0047】
そして、TiO2皮膜形成工程S02を100℃以下で実施し、還元処理工程S03を、基板温度400℃以下、処理時間15分以下の条件で実施しているので、酸素が基材本体11側に拡散することを抑制でき、基材本体11の特性の劣化を抑制することができる。
さらに、TiO2皮膜形成工程S02において成膜するTiO2皮膜26の膜厚t0を調整することにより、マグネリ相酸化チタン皮膜16の膜厚tを精度良く制御することができる。
【0048】
本実施形態である水電解用電極(アノード極32)においては、上述したチタン基材10で構成されているので、導電性及び耐食性に特に優れており、酸化による劣化を抑えることができ、使用寿命を大幅に向上させることができる。また、耐食性に優れているので、貴金属電極の代替として使用することができ、水電解用電極(アノード極32)を低コストで構成することができる。
【0049】
また、本実施形態の水電解用電極(アノード極32)において、2.5Vで1分保持及び0Vで1分保持を1サイクルとしたボルタンメトリー試験において、1200サイクル後の電解効率が初期値に対して90%以上である場合には、使用時における水電解用電極の劣化が確実に抑制されており、使用寿命を確実に向上させることが可能となる。
【0050】
本実施形態である水電解装置30においては、上述したチタン基材10で構成された水電解用電極をアノード極32に用いているので、酸素ガスに晒される使用環境下においても、水電解用電極(アノード極32)の酸化による劣化を抑えることができ、長期間安定して使用することが可能となる。また、耐食性に優れていることから、貴金属電極を用いる必要がなく、水電解装置30の製造コストを大幅に削減することができる。さらに、チタン基材10が上述した構造の多孔質体で構成されているので、水と酸素ガスを良好に流通させることが可能となる。
【0051】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、本実施形態では、基材本体11を多孔質体として説明したが、これに限定されることはなく、板、線、棒、管等の形状の基材本体11であってもよい。また、基材本体11がチタン焼結体で構成されたものとして説明したが、これに限定されることはなく、メッシュ板等を用いてもよい。
【0052】
また、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜は、Ti4O7及びTi5O9の少なくも一方又は両方を含有するものとして説明したが、これに限定されることはなく、化学式TinO2n-1(4≦n≦10)で表されるマグネリ相酸化チタンで構成されていればよい。
さらに、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚を0.1μm以上30μm以下の範囲内としたもので説明したが、これに限定されることはなく、マグネリ相酸化チタン皮膜の膜厚は、チタン基材への要求特性に応じて適宜設定することが好ましい。
また、本実施形態においては、マグネリ相酸化チタン皮膜は、ポーラス構造を有することと説明したが、これに限定されることはない。
【0053】
さらに、本実施形態では、
図5に示す構造の水電解装置(水電解セル)を例に挙げて説明したが、これに限定されることはなく、本実施形態であるチタン基材からなる水電解用電極を備えていれば、その他の構造の水電解装置(水電解セル)であってもよい。
【実施例】
【0054】
(実施例1)
以下に、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果について説明する。
まず、表1に示す基材本体を準備する。なお、表1において「チタン」は純度99.9mass%以上の純チタンとし、「チタン合金」はTi-0.15mass%Pdのチタン合金とした。
用意した各基材本体の寸法は、幅50mm×長さ60mm×厚さ0.3mmとした。
【0055】
次に、この基材本体の表面にTiO2皮膜を成膜する。K3PO4の水溶液中で、プラズマ電解酸化処理を施した。陰極として高密度カーボン板を用いて、温度100℃以下、電圧450V、時間0~300分の条件で実施した。なお、プラズマ電解酸化処理の時間を調整することで、TiO2皮膜の膜厚を表1に示す値とした。
【0056】
次に、TiO2皮膜を成膜した基材本体を、マイクロ波プラズマ還元装置に装入し、装置内を一度真空(3.8×10-2torr(5Pa)以下)まで減圧した。その後、装置内に水素ガスを導入して圧力を30Paとし、2.45GHzのマイクロ波を照射した。還元時間が0.1~15分とした。
なお、比較例1,3及び比較例7においては、還元処理を実施しなかった。また、比較例4,5においては、熱還元法によって還元処理を実施した。
【0057】
以上のようにして、チタンまたはチタン合金からなる基材本体の表面に、酸化チタン皮膜(本発明例では、マグネリ相酸化チタン皮膜)を成膜したチタン基材を得た。
得られたチタン基材について、酸化チタン皮膜の同定、酸化チタン皮膜の厚さ、導電性、耐食性を、以下のように評価した。
【0058】
(酸化チタン皮膜におけるチタン酸化物の同定)
X線回折分析(XRD)法によって、酸化チタン皮膜のチタン酸化物を同定した。加速電圧を30keVとし、測定には8keVのCuのKa線を用いた。測定範囲は2θ=15°~35°とした。Ti
4O
7及びTi
5O
9の存在の有無については、それぞれ21°と26°と30°(Ti
4O
7)、22°と26°と29°(Ti
5O
9)付近のいずれかでのピークの有無で確認した。評価結果を表2に示す。また、
図6に、本発明例2及び比較例1のXRD分析結果を示す。
【0059】
(酸化チタン皮膜の厚さ)
成膜後のサンプルを樹脂埋めし、酸化チタン皮膜の厚さ方向に対して垂直方向に切断して断面を露出させる。この断面をSEM観察し、倍率5000倍で観察したSEM画像内に写る酸化チタン皮膜層の端から端までを均等に5点取り、それぞれ厚みを算出した。そして、測定した5点の平均値から酸化チタン皮膜の厚みを求めた。
基材本体を板材とした本発明例1のチタン基材の断面観察結果(SEM画像)を
図7に示す。
また、基材本体を多孔質体とした本発明例11のチタン基材の断面観察結果(SEM画像)を
図8に示す。
【0060】
(導電性)
得られたチタン基材から、幅30mm×長さ40mm×厚さ0.3mmの短冊状とした試験片を作成し、4探針法で導電率を測定した。導電率の測定値が1S/cm以上のものを「〇」、1S/cm未満のものを「×」と評価した。評価結果を表2に示す。
【0061】
(耐食性)
1Mの硫酸で満たした半径4cmのセル中において、作成したチタン基材を作用極とし、コイル状のPt線を対極として、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。参照電極として用いたAg/AgCl電極に対して0-2Vの間で掃引を繰り返した。サイクリックボルタンメトリーを1000サイクル測定し、CVの波形に変化が見られなかったものを「〇」、変化が認められたものを「×」と評価した。評価結果を表2に示す。
【0062】
【0063】
【0064】
プラズマ電解酸化後の基材本体にマイクロ波プラズマ還元を施さなかった比較例1及び比較例7においては、マグネリ相酸化チタン皮膜が形成されておらず、導電性が不十分であった。このため、耐食性については評価しなかった。
プラズマ電解酸化の処理時間を1秒と短くしてTiO2皮膜の厚みを薄くし、その後マイクロ波プラズマ還元を実施した比較例2においては、マグネリ相酸化チタン皮膜が形成されておらず、かつ、酸化チタン皮膜の厚みが0.01μmと薄くなり、耐食性が不十分であった。プラズマ電解酸化では、0.1μm以下のTiO2皮膜を安定して成膜することができず、その後のマイクロ波プラズマ還元によってもマグネリ相酸化チタン皮膜が十分に形成されなかったためと推測される。
【0065】
大気酸化によってTiO2皮膜の成膜を試みた比較例3においては、処理温度を、400℃を超える温度にする必要があった。このため、基材本体に酸素が拡散し、基材本体の劣化が認められた。よって、導電性、耐食性の評価を実施しなかった。
プラズマ電解酸化後の基材本体に対して真空中での熱還元を実施した比較例4,5においては、熱還元の処理温度を800℃以上とする必要があった。このため、基材本体に酸素が拡散し、基材本体の劣化が認められた。よって、導電性、耐食性の評価を実施しなかった。
【0066】
プラズマ電解酸化後の基材本体にマイクロ波プラズマ還元処理を温度650℃、処理時間30分の条件で実施した比較例6においては、処理温度が高く、処理時間も長いため、目標とするマグネリ相酸化Tiを得ることができなかった。また、わずかながら、比較例4、5と同様に、Ti基材本体への酸素拡散による基材の劣化も認められたため、導電性、耐食性の評価を実施しなかった。
【0067】
これに対して、マグネリ相酸化チタン皮膜が形成された本発明例1-11においては、導電性、耐食性に優れていることが確認された。また、
図7、8に示すように、本発明例1及び本発明例11のチタン基材においては、マグネリ相酸化チタン皮膜がポーラス構造を有していることが確認された。さらに、
図8に示すように、基材本体が多孔質体で構成された場合であっても、マグネリ相酸化チタン皮膜が基材本体の表面に比較的均一に形成されていることが確認された。
【0068】
(実施例2)
次に、表3に示すように、マグネリ相酸化チタン皮膜が形成されたチタン基材(本発明例11)及びマグネリ相酸化チタン皮膜ではない酸化チタン皮膜(絶縁性の酸化チタン皮膜)が形成されたチタン基材(比較例7)を、それぞれアノード極として用いて、
図5に示す構造の固体高分子形の水電解セル(面積4cm×4cm)を構成し、本発明例101及び比較例101とした。
なお、比較例102では、多孔質体からなる基材本体の表面に酸化チタン皮膜を形成していないチタン基材をアノード極として用いた。
【0069】
この水電解セルに対して、2.5Vで1分保持及び0Vで1分保持を1サイクルとしたボルタンメトリー試験を実施した。水電解によりセルに流れた電流密度を測定した。なお、試験温度は80℃とした。評価結果を表3に示す。
ここで、表3には、10サイクル目の電流密度を初期値とし、この初期値を基準値(1.0)とし、各サイクル後の電流密度の初期値に対する比率を示した。
【0070】
【0071】
マグネリ相酸化チタン皮膜ではない酸化チタン皮膜(絶縁性の酸化チタン皮膜)が形成されたチタン基材(比較例7)をアノード極として用いた比較例101においては、初期段階での電流密度が0.1A/cm2以下と非常に低くなった。このため、ボルタンメトリー試験を実施しなかった。
また、多孔質体からなる基材本体の表面に酸化チタン皮膜を形成していないチタン基材をアノード極として用いた比較例102においては、電流密度が400サイクル後で初期値の0.65となり、1200サイクル後では初期値の0.59となった。アノード極(チタン基材)が酸化して劣化したためと推測される。
【0072】
これに対して、マグネリ相酸化チタン皮膜が形成されたチタン基材(本発明例11)をアノード極として用いた本発明例101においては、電流密度が400サイクル後で初期値の0.97、800サイクル後で初期値の1.05、1200サイクル後では初期値の0.93となり、サイクル数が増加しても初期値から大きく変化しなかった。アノード極(チタン基材)の酸化による劣化が抑制されたためと推測される。
【0073】
以上の実験結果から、本発明例によれば、導電性及び耐食性に特に優れ、過酷な腐食環境下においても使用可能なチタン基材、チタン基材の製造方法、及び、このチタン基材からなる水電解用電極、水電解装置を提供可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0074】
10 チタン基材
11 基材本体
16 マグネリ相酸化チタン皮膜
26 TiO2皮膜
30 水電解装置
32 アノード極(水電解用電極)