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特許7092294超薄膜から成る生体組織被覆用材料、及びそれで被覆された生体組織
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-20
(45)【発行日】2022-06-28
(54)【発明の名称】超薄膜から成る生体組織被覆用材料、及びそれで被覆された生体組織
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20220621BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20220621BHJP
【FI】
G01N1/28 U
G01N33/48 R
G01N1/28 J
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017238482
(22)【出願日】2017-12-13
(65)【公開番号】P2019105549
(43)【公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-11-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2017年8月11日に発行されたAdvanced Materials(2017),第29巻,DOI:10.1002/adma.201703139
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100188606
【弁理士】
【氏名又は名称】安西 悠
(72)【発明者】
【氏名】岡村 陽介
(72)【発明者】
【氏名】張 宏
(72)【発明者】
【氏名】鎗野目 健二
【審査官】岩永 寛道
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-101548(JP,A)
【文献】特表2002-537573(JP,A)
【文献】再公表特許第2011/010525(JP,A1)
【文献】特開2008-175661(JP,A)
【文献】特表2002-511600(JP,A)
【文献】特開2017-160419(JP,A)
【文献】特開2014-035345(JP,A)
【文献】米国特許第06472216(US,B1)
【文献】特開2002-323752(JP,A)
【文献】東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター 岡村陽介を中心とする研究グループ 生体組織の乾燥とブレを防ぎ、高解像度でのイメージングを実現する、新発想の観察試料作成技術「撥水性超薄膜ラッピング法」を確立~研究者のノウハウだけに頼らない生体組織の観察試料作成が可能に~,[online],2017年08月21日,[令和3年9月27日検索],インターネット<URL:https://www.tokai.ac.jp/news/detail/post_63.html>
【文献】藤枝 俊宣,細胞外マトリックスを規範とする高分子ナノシートの創製と生体組織工学への応用,高分子論文集,2014年09月,Vol.71, No.9,pp.408-417,インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/koron/71/9/71_2014-0017/_pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00- 1/44
G01N 33/48- 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
屈折率が1.32以上1.36以下である撥水性樹脂を含む超薄膜から成る、フレームと該フレームの外周面に篏合する係合リングとの間に張られた生体組織被覆用材料。
【請求項2】
前記撥水性樹脂がパーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーである、請求項1に記載の材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の材料と、基材とを含む、生体組織被覆キット。
【請求項4】
前記材料で被覆されていない生体組織をさらに含む、請求項に記載のキット。
【請求項5】
前記基材がガラス基板である、請求項又はに記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超薄膜から成る生体組織被覆用材料、及びそれで被覆された生体組織に関する。
【背景技術】
【0002】
顕微鏡によるイメージング技術は時々刻々と進化を遂げており、生命現象をライブで可視化しありのままの情報を得る必要不可欠な観察法である。2光子励起顕微鏡、全反射蛍光顕微鏡、超解像度顕微鏡の開発が例として挙がるように、ハード面(顕微鏡本体や観察精度)の開発には目を見張るものがある。また、最近、臓器等の生体組織を透明化する試薬(非特許文献1、2)が開発され、生体組織の特定蛋白質の深部イメージングが可能となり、これまでなし得なかった生体組織を丸ごとイメージングするニーズが急増している。
一方で、観察試料の作成(ソフト面)においては、観察したい生体組織をガラス基板に乗せ、乾燥を防ぐための緩衝液を滴下後、カバーガラスで覆うか、アガロースなどのヒドロゲルで包埋するのが常套手段(非特許文献3)である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】H. Hama, et al., Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011)
【文献】H. Hama, et al., Nat. Neurosci., 18, 1518 (2015)
【文献】A. M. Glauert, Fixation, Dehydration and Embedding of Biological Specimens, Elsevier Science, Amsterdam, North Holland, 73-110 (1975)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
顕微鏡観察において、観察したい生体組織をカバーガラスで覆う場合には、生体組織が破壊したり、ステージを動かす慣性力によって生体組織がぶれてしまったりする。また、アガロースなどのヒドロゲルで生体組織を包埋する場合には、ガラス基板と生体組織との間にゲルが入りこみ、その深部に至るまで高精度、高解像度の画像が取得できない。さらに後者の場合、たとえ生体組織を透明化しても、ヒドロゲルや緩衝液が組織に侵入して元の不透明な組織に戻ってしまうため、透明化した組織を観察する際にヒドロゲルは利用できないという制限がある。このように、従来技術では、生体組織の乾燥と観察時のぶれを防ぐことができず、生体組織をその深部に至るまで高精度、高解像度で長時間観察することができない。
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、簡便な方法で作製できる超薄膜から成る生体組織被覆用材料の提供と、それで被覆された生体組織の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、撥水性樹脂を素材にして製造した超薄膜で生体組織を被覆することで、生体組織の乾燥と観察時のぶれを防げることを見出した。また、該撥水性樹脂としては、顕微鏡観察において、生体組織の深部に至るまで高精度、高解像度で観察することを実現するために、水とほぼ同じ屈折率を有する樹脂を用いればよいことを見出した。本発明は下記の通りである。
【0006】
〔1〕屈折率が1.32以上1.36以下である撥水性樹脂を含む超薄膜から成る生体組織被覆用材料。
〔2〕前記撥水性樹脂がパーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーである、〔1〕に記載の材料。
〔3〕〔1〕又は〔2〕に記載の材料で被覆された生体組織。
〔4〕前記生体組織が透明化されている、〔3〕に記載の生体組織。
〔5〕〔4〕に記載の生体組織がヒドロゲルでさらに被覆された、生体組織包埋体。
〔6〕フレームに張られた、〔1〕又は〔2〕に記載の材料。
〔7〕〔1〕又は〔2〕に記載の材料と、基材とを含む、生体組織被覆キット。
〔8〕前記材料で被覆されていない生体組織をさらに含む、〔7〕に記載のキット。
〔9〕前記基材がガラス基板である、〔7〕又は〔8〕に記載のキット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、簡便な方法で作製できる超薄膜から成る生体組織被覆用材料の提供と、それで被覆された生体組織が提供できる。該生体組織被覆用材料で生体組織を被覆するにより、該生体組織の乾燥と観察時のぶれが防がれ、その深部に至るまで高精度、高解像度で長時間観察することが可能となる。
すなわち、本発明の超薄膜から成る生体組織被覆用材料は、観察すべき生体組織の乾燥による変化を抑え、また観察時の顕微鏡各部の動きにより生じる被観察対象である生体組織の位置ズレやブレを押さえることができるため、従来に比べ長時間且つ組織表面から深部に至るまで精度の良い観察を可能にする。また、該生体組織被覆用材料で被覆された生体組織は、生命現象の解明という先進生命研究の場での活用のみならず、病院等の医療機関で採取された生体組織を専門の検査・分析機関に運んだ上で観察・評価する場においても、採取時の状態を少なくとも24時間以上保持できるため、高精度の検査・分析が可能となり、該検査結果をもとに診断を下す医師のみならず、患者にとっても意義がある。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】超薄膜の製造例1のフローを示す図である。
図2】製造例1で製造した超薄膜の撥水性を示す画像である(図面代用写真)。
図3】製造例1における、撥水性樹脂の濃度と超薄膜の膜厚との関係を示すグラフである。
図4】製造例1で製造した超薄膜の紫外・可視領域(200~800 nm)の透過率を示す図である。
図5】実施例1に係る超薄膜で被覆されたヒドロゲルの製造例を示す図である。
図6】実施例1に係る超薄膜によるヒドロゲルの被覆後時間とヒドロゲルの水分保持率との関係を示すグラフである。
図7】実施例1と比較例1-1の結果である。超薄膜によりヒドロゲルを被覆してから24時間経過後のヒドロゲルの画像である(図面代用写真)。(i)は被覆しなかった場合、(ii)は膜厚43 nmで被覆した場合、(iii)は膜厚133 nmで被覆した場合、(iv)は膜厚294 nmで被覆した場合である。
図8】実施例2-1、実施例2-2、比較例2-1、比較例2-2、比較例2-3の生体組織の可視光像と蛍光像である(図面代用写真)。
図9】実施例2-1、実施例2-2、比較例2-2の生体組織の共焦点顕微鏡像である(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、屈折率が1.32以上1.36以下である撥水性樹脂を含む超薄膜から成る生体組織被覆用材料である。
本明細書において「被覆」とは、超薄膜が生体組織の全体又はその一部を覆っていること指すものとする。
【0010】
本発明に係る超薄膜は、厚みをナノオーダーに制御した自己支持性(基材の支えを必要
としない状態)の超薄膜であり、ナノ厚特有の高接着性を発現し、反応性官能基や接着剤を使用せずに物理吸着のみで種々の界面(ガラス・プラスチックス・生体組織等)に貼付できる。
本発明に係る超薄膜は、屈折率が1.32以上1.36以下である撥水性樹脂を含むものであり、これにより、被覆された生体組織の乾燥と観察時のぶれが防止できるとともに、生体組織をその深部に至るまで高精度、高解像度で観察できるようになる。
本発明に係る超薄膜における撥水性樹脂の含有量は、総量で、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上である。
【0011】
該樹脂は生体組織の観察時に用いられる培養液や緩衝液に不溶であり、後述するように、製造時に犠牲層を溶解するための液状媒体に不溶であることが好ましい。液状媒体としては、例えば、水性媒体が挙げられる。また、該樹脂は生体組織に影響を与えるものでなく、例えば、生物学的な刺激を与える樹脂や、生体組織に対して毒性を有する樹脂でないことが好ましい。
該樹脂の撥水性は水接触角により評価でき、例えば接触角計などを用いて常法に従って測定できる。該樹脂の撥水性は、接触角計を用いて測定した水接触角が、通常90°以上、好ましくは95°以上、より好ましくは100°以上であり、一方で、通常130°以下、好ましくは125°以下、より好ましくは120°以下である。
該樹脂は好ましくはパーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーであり、製品としては、AGC旭硝子株式会社製のCYTOP(登録商標)が流通している。
【0012】
本発明に係る超薄膜の膜厚は、通常20nm以上、好ましくは30nm以上、より好ましくは40nm以上であり、一方、通常200nm以下、好ましくは180nm以下、より好ましくは150nm以下である。本発明に係る「超薄膜」とは、該膜厚範囲にある薄膜を指す。
膜厚が20nm以上であることにより超薄膜のハンドリングがしやすく、一方で、200nm以下であることにより超薄膜の接着性が良化する。
膜厚は、膜形成時の条件より適宜調整することができる。例えば、撥水性樹脂を溶解する溶媒や撥水性樹脂の濃度、スピンコートにより膜を形成する場合の回転数や回転時間等の条件を調整することにより、適宜調整できる。撥水性樹脂を溶解する溶媒としては、例えば、パーフルオロトリブチルアミン(PFTBA)等が挙げられる。
膜厚は、公知の方法で測定することができ、特に制限されない。例えば、シリコンウェーハ上に製造した超薄膜の表面の一部をピンセットで削り、シリコンウェーハを露出させ、触針式段差計を用いて測定する方法が挙げられる。
【0013】
本発明に係る超薄膜は生体組織を被覆するために用いられる。該生体組織としては、生体から採取されるあらゆる組織、例えば、皮膚、筋肉、骨、脂肪組織、脳神経系、感覚器系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、リンパ等、並びにそれらの培養物が挙げられる。該生体組織には、血液(例えば、全血、血清、血漿)、リンパ液、唾液、尿、腹水、喀痰等の体液が含まれていてもよい。このうち、蛍光色素等を用いた蛍光イメージングを利用することが多い、脳神経系、感覚器系、循環器系、骨、筋肉などの生体組織が好ましい。
【0014】
次に、本発明に係る超薄膜の製造例を記載するが、これに限られるものではない。
例えば、まず、表面が平滑な基材上に犠牲層となる高分子膜を展開し、その上に、屈折率が1.32以上1.36以下である撥水性樹脂を含む層を展開する。
該基材の素材としては、例えば、シリコン、シリコンゴム、シリカ、ガラス、マイカ、グラファイトなどのカーボン材料、ポリエチレン、ポリプロピレン、セロハン、エラストマーなどの高分子材料、アパタイトなどのカルシウム化合物等が挙げられる。好ましい素材はシリコンであり、好ましい基材としてはシリコンウェーハである。いずれも市販の製
品を用いることができる。
【0015】
犠牲層となる高分子としては、後述する通り、その上に前記撥水性樹脂を含む層を展開した後、液状媒体に浸漬して犠牲層を溶解するため、その際に液状媒体に可溶であれば特に制限されない。例えば、該液状媒体が水性媒体の場合、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリスチレンスルホン酸等の高分子電解質;ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール(PVA);デンプン、セルロースアセテート等の多糖類等の非イオン性の水溶性高分子が挙げられる。いずれも市販の製品を用いることができる。
犠牲層となる高分子膜の展開方法、その上への撥水性樹脂を含む層の展開方法に特に制限はなく、例えばスピンコート等の常法に従うことができる。また、膜厚は、膜形成時の条件より適宜調整することができる。例えば、濃度や、スピンコートにより膜を形成する場合の回転数や回転時間等の条件を調整することにより、適宜調整できる。
【0016】
前記撥水性樹脂を含む層を展開した後、犠牲層だけが溶解する液状媒体に浸漬することで、該犠牲層を溶解して撥水性樹脂を含む層のみを取得する。この撥水性樹脂を含む層が、本発明に係る超薄膜となる。このとき、液状媒体に浸漬するのは、両膜を基材から分離させる前でも後でもよい。
液状媒体としては、例えば、水性媒体が好ましく、水、蒸留水、塩を溶解させた水、界面活性剤を溶解させた水、緩衝液等が挙げられる。犠牲層がPVAである場合には、水、蒸留水が好ましい。
【0017】
取得した超薄膜は、上記液性媒体中で保存可能であり、また、乾燥させて保存することも可能である。乾燥方法は特に制限されないが、例えば、自然乾燥、凍結乾燥、真空乾燥が挙げられ、いずれも常法により行うことができる。さらなる具体例としては、シリコンウェーハに貼付し、デシケータ内で乾燥するなどして保存することもできる。
【0018】
本発明に係る超薄膜は、それがフレームに張られている態様も挙げられる。超薄膜に関する説明は、既出の説明を援用する。
本発明に係る超薄膜がフレームに張られていれば、ピンセット等で前記フレームを掴むことができるため、該超薄膜に直接触れる必要がなくなり、該超薄膜を損傷等することなく、生体組織を被覆することができる。また、本発明に係る超薄膜は、フレームに縒れることなく張った状態でもよいし、縒れた状態でもよいが、縒れることなく張った状態が好ましい。
また、フレームは握り柄を備えることが好ましい。これにより、ピンセット等を用いることなく、前記握り柄を手で握って、生体組織を超薄膜で被覆することができるからである。
【0019】
フレームの形状は特に限定されないが、例えば円形や略円形、角形や略角形などが挙げられ、被覆する生体組織の形状や大きさ等に基づいて適宜設定することができる。
フレームの大きさは特に限定されないが、被覆する生体組織の大きさに基づいて適宜設定することができる。
フレームの素材は、それに張られる超薄膜の性質を変化させなければ特に限定されない。例えば金属やプラスチックなどが挙げられ、金属であれば、アルミニウム、鉄、銅、真鍮、ステンレスなどが挙げられる。
【0020】
本発明に係る超薄膜をフレームに張る方法は特に限定されないが、例えば、犠牲層が溶解する液状媒体に浸漬することで取得した超薄膜を直接フレームですくい取って張る方法等の方法が挙げられる。また、フレームと該フレームの外周面に嵌合する係合リングとを準備し、該フレームと該係合リングとの間に該超薄膜を張ってもよい。
【0021】
本発明の他の実施形態は、前記超薄膜から成る生体組織被覆用材料で被覆された生体組織である。超薄膜及び生体組織に関する説明は、既出の説明を援用する。
超薄膜で生体組織を被覆する方法は特に制限されないが、培地や緩衝液等に超薄膜を浮かべ、その上に生体組織を載置し、上方からカバーガラスやスライドガラス等で力を加えて、生体組織がカバーガラスとともに超薄膜に被覆されるようにして培地等に沈めると、超薄膜と生体組織との間に空気が入らないため好ましい。
【0022】
前記超薄膜で被覆された生体組織は、透明化されている生体組織であることが好ましく、超薄膜で被覆される前に透明化されることが好ましい。透明化の方法は制限されず、例えば、Scale法やCUBIC法などが挙げられる。
【0023】
前記超薄膜で被覆された生体組織は、生体組織からみて、超薄膜、ヒドロゲルの順に被覆されるように、ヒドロゲルでさらに被覆されることが好ましい。これにより、より長時間の乾燥を防ぐことが可能となる。
また、生体組織が透明化されている場合、もし超薄膜による被覆をせずにヒドロゲルで被覆すると、ヒドロゲルが生体組織に浸透して生体組織は元の不透明な生体組織に戻ってしまう。しかし、生体組織からみて、超薄膜、ヒドロゲルの順に生体組織を被覆した場合には、超薄膜の存在により、ヒドロゲルやヒドロゲル内の液状媒体が生体組織に浸透しないため、生体組織は元の不透明な生体組織には戻らず、生体組織をその深部に至るまで高精度、高解像度で長時間観察することができるようになる。
【0024】
ヒドロゲルとしては、生体組織の顕微鏡観察で用いられるものであれば特に制限されない。好ましくはアガロースゲルであるが、その原料である高分子としては、アルギン酸、コラーゲン、ヒアルロン酸、キトサン、ゼラチン等も挙げられる。
生体組織をヒドロゲルでさらに被覆する方法は特に制限されない。例えば、超薄膜で被覆されていない生体組織をヒドロゲルで被覆(包埋)する常法と同様にして、超薄膜で被覆されている生体組織をヒドロゲルで被覆(包埋)する方法が挙げられる。具体的には、カバーガラスやスライドガラス等の上に超薄膜で被覆された生体組織を培養ディッシュ底面に載置し、生体組織中の細胞に影響を与えない温度のヒドロゲルで該生体組織をさらに被覆(包埋)する方法などが挙げられる。
【0025】
本発明の他の実施形態は、前記超薄膜から成る生体組織被覆用材料と、基材とを含む、生体組織被覆キットである。超薄膜及び生体組織に関する説明は、既出の説明を援用する。
また、本実施態様に係るキットは、前記超薄膜から成る生体組織被覆用材料で被覆されていない生体組織をさらに含んでもよい。
基材は、被覆前の生体組織と接触でき、該生体組織とともに前記超薄膜で被覆できるものであれば特に限定されない。例えば、ガラス基板、プラスチック基板等が挙げられる。
基材の形状、大きさは特に限定されず、被覆する生体組織の形状や大きさ、超薄膜の形状や大きさ等に基づいて適宜設定することができる。
【実施例
【0026】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0027】
[製造例1]
図1に示すフローで超薄膜を製造した。尚、パーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーではなく、ポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA、Mw: 120 kDa、シグマ・アルドリッチ社製)を用いた場合を比較製造例とした。
まず、シリコン(SiO2)基板上にPVA水溶液(10 mg/mL、Mw: 22 kDa、関東化学社製)を、4000 rpmで20秒間スピンコートした。次に、10 mg/mL、20 mg/mL、40 mg/mL、60 mg/mL、又は90 mg/mLのパーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマー(AGC旭硝子株式会社製のCYTOP(登録商標))溶液(溶媒:パーフルオロトリブチルアミン(PFTBA)、AGC旭硝子株式会社製、CT-Solv.180)を同条件でスピンコートした。その後、基板ごと純水に浸漬させてPVA犠牲層を速やかに溶解し、基板の形状を維持した透明かつ平滑な超薄膜を取得した。
【0028】
パーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーの濃度を40 mg/mLとして製造した超薄膜表面の水接触角は111±1°であり、撥水性であることが確認できた(図2)。また、超薄膜の膜厚はスピンコート時のパーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマー溶液の濃度に依存して大きくなり、膜厚は任意に制御(約18~687 nm)できることも確認できた(図3)。
また、分光光度計にて超薄膜の透過率を測定したところ、紫外・可視領域(200~800 nm)において光の吸収はみられず(図4)、超薄膜が透明性を示すことが確認できた。
【0029】
(乾燥防止効果)
[実施例1]
図5に示すフローで、超薄膜で被覆された生体組織モデルを作製した。超薄膜の製造においては、パーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーの濃度(溶媒:PFTBA、AGC旭硝子株式会社製、CT-Solv.180)を10 mg/mL、20 mg/mL、40 mg/mL、60 mg/mL、又は90 mg/mLとし、4000 rpmで20秒間スピンコートして、製造例1と同様にした。
アルギン酸ナトリウム水溶液(20 mg/mL、関東化学社製)にブルーデキストラン(Mw: 2000 kDa、シグマ・アルドリッチ社製)を少量添加し、塩化カルシウム水溶液(20 mg/mL)を加えてゲル化させた(室温、12 h)。得られたヒドロゲルを円柱状(直径: 10 mm、厚さ: 5 mm)に切り出し、生体組織モデルとした。
製造した超薄膜を蒸留水に浮かべ、その上にアルギン酸からなるヒドロゲルを載置し、上方からカバーガラスで力を加えて、ヒドロゲルがカバーガラスとともに超薄膜に被覆されるようにして蒸留水に沈め、超薄膜で被覆された生体組織モデルを作製した。これを恒温恒湿下(室温、RH:40%)に静置し、電子天秤により経時的に重量変化を測定して水分保持率に換算し、乾燥防止効果を検討した。
【0030】
[比較例1-1]
アルギン酸からなるヒドロゲルを超薄膜で被覆しないこと以外は実施例1と同様にした。
【0031】
[比較例1-2]
パーフルオロ(1‐ブテニルビニルエーテル)ポリマーの代わりに、濃度が60 mg/mL又は90 mg/mLであるポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA)を用いたこと以外は実施例1と同様にした。尚、溶媒には、クロロホルム(和光純薬工業株式会社製、035-02616)を用いた。
【0032】
[結果]
実施例1では、膜厚が大きくなるとともにゲルの乾燥を顕著に抑制でき、明らかな乾燥防止効果が見られた(図6の「CYTOP」のcontrol及び膜厚18 nmの場合以外)。被覆してから24時間後の画像が図7(ii)、(iii)、(iv)である。
比較例1-1では、水の蒸発に伴ってゲルは徐々に収縮し、10時間後には完全に乾燥した(図6の「CYTOP」のcontrol、図7(i))。
比較例1-2の透明性の高いPMMAからなる超薄膜(水接触角:68±1°)では、乾燥防止効果は確認できなかった(図6の「PMMA」)。
【0033】
(生体組織イメージング)
[実施例2-1]
透明化され、超薄膜で被覆された生体組織を作製した。超薄膜は実施例1と同様にして製造した。生体組織として、一部の神経細胞が黄色蛍光タンパク質(EYFP)で標識された遺伝子改変マウス(Thy1-YFP-H)(入手元:北海道大学電子化学研究所)の脳切片(厚さ:250 μm)を用い、透明化試薬としてScaleS(非特許文献2に従って調製)を用いて、マニュアルに従って透明化した。透明化した脳切片を実施例1と同様にして超薄膜で被覆し、顕微鏡観察した(図8)。また、共焦点顕微鏡観察(対物レンズ60倍、開口数1.49、油浸)では、脳切片の厚さを1 mm、z方向は1 μm間隔で40~44 μm、x方向とy方向は761×756 μm のタイリング撮影(4×4枚)を行った。この広範囲の視野の撮影に、従来と同様に約2時間程度を要した。共焦点顕微鏡像は図9である。
【0034】
[実施例2-2]
実施例2-1で製造した、透明化され、超薄膜で被覆された生体組織をさらにアガロースゲル(2.5 wt%、リン酸緩衝液(pH 7.4)に溶解)で被覆し、顕微鏡観察した(図8)。共焦点顕微鏡像は図9である。
【0035】
[比較例2-1]
生体組織を透明化せず、超薄膜による被覆もしなかった脳切片を顕微鏡観察した(図8)。
【0036】
[比較例2-2]
実施例2-1と同様にして生体組織を透明化したが、超薄膜による被覆はしなかった脳切片を顕微鏡観察した(図8)。共焦点顕微鏡像は図9である。
【0037】
[比較例2-3]
実施例2-1と同様にして生体組織を透明化したが、超薄膜で被覆せずに、実施例2-2と同様にしてアガロースゲル(2.5 wt%)で被覆した脳切片を顕微鏡観察した(図8)。
【0038】
[結果]
比較例2-1では、可視光照射下、蛍光照射下でも不透明であった。
比較例2-2では、生体組織の透明性は維持されたが、2時間ほど経過すると生体組織が乾燥した。また、共焦点顕微鏡観察でも、x、y方向の画像撮影では焦点は合っているものの、z方向では神経細胞体や軸索が伸びきった不鮮明なアーティファクトが見られた。これは、撮影の間に、脳切片が乾燥してしまったことに起因する。
比較例2-3では、生体組織は透明化されたが、アガロースで被覆する際、緩衝液が生体組織に浸透して元の不透明な生体組織に戻ってしまった。
実施例2-1では、生体組織の透明性は維持され、被覆してから2-3時間経過しても、生体組織は乾燥せずに観察が可能であった。また、共焦点顕微鏡観察でも、x、y、zすべての方向で鮮明な画像が取得できた。
実施例2-2でも、生体組織の透明性は維持され、実施例2-1よりもさらに長い、被覆してから少なくとも12時間を経過しても、生体組織は乾燥せずに観察が可能であった。
図1
図2
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図5
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図7
図8
図9