(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-20
(45)【発行日】2022-06-28
(54)【発明の名称】めっき基材の修復剤および修復性めっき基材
(51)【国際特許分類】
C23C 22/07 20060101AFI20220621BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20220621BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20220621BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20220621BHJP
【FI】
C23C22/07
B32B15/08 D
B32B15/01 K
C23C28/00 A
(21)【出願番号】P 2018086311
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-04-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000152907
【氏名又は名称】NOFメタルコーティングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518150378
【氏名又は名称】株式会社エヌ・シー・ゼット
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100132263
【氏名又は名称】江間 晴彦
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 彰広
(72)【発明者】
【氏名】綿引 将人
(72)【発明者】
【氏名】玉置 暁
(72)【発明者】
【氏名】照沼 直也
(72)【発明者】
【氏名】山根 貴和
(72)【発明者】
【氏名】本延 愛梨
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-227646(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-30/00
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面に、該金属基材を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属Aを含有するめっき層を有する修復性めっき基材であって、
前記修復性めっき基材はリン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバを含
み、
前記リン酸化合物、前記ホスホン酸化合物および前記ナノファイバは、前記めっき層に含まれているか、または、前記めっき層の上に1層以上のポリマー層が形成されている場合、それぞれ独立して、前記めっき層および前記1層以上のポリマー層からなる群から選択される層に含まれており、
前記めっき基材は前記金属基材に達する欠陥を有し、
前記ナノファイバは、前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物の、露出した金属基材の表面への滲出を促進し、
前記イオン化傾向が高い金属A、前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物が前記露出した金属基材の表面に保護皮膜を形成する、修復性めっき基材。
【請求項2】
金属基材の表面に、該金属基材を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属Aを含有するめっき層を有する修復性めっき基材であって、
前記修復性めっき基材はリン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバを含
み、
前記めっき層の上に1層以上のポリマー層が形成されており、
前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物は、それぞれ独立して、前記1層以上のポリマー層からなる群から選択される層に含まれており、かつ前記ナノファイバは、前記リン酸化合物または前記ホスホン酸化合物の少なくとも一方を含むポリマー層に含まれている、修復性めっき基材。
【請求項3】
前記
修復性めっき基材は、前記金属基材を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物をさらに含み、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、前記1層以上のポリマー層からなる群から選択される層に含まれており、かつ前記ナノファイバは、前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物を含むポリマー層に含まれており、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、前記リン酸化合物と前記ホスホン酸化合物との合計量100重量部に対して10~400重量部で含まれる、請求項
2に記載の修復性めっき基材。
【請求項4】
前記めっき層の上に2層以上のポリマー層が形成されており、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、前記2層以上のポリマー層のうち、前記リン酸化合物または前記ホスホン酸化合物の少なくとも一方が含まれるポリマー層とは異なるポリマー層に含まれている、請求項
3に記載の修復性めっき基材。
【請求項5】
前記めっき層の上に第1ポリマー層および第2ポリマー層が順次、積層されており、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、前記第1ポリマー層および前記第2ポリマー層のうち、一方のポリマー層に含まれており、
前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物は、他方のポリマー層に含まれている、請求項
4に記載の修復性めっき基材。
【請求項6】
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は前記第1ポリマー層に含まれており、
前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物は前記第2ポリマー層に含まれている、請求項
5に記載の修復性めっき基材。
【請求項7】
前記めっき層の上に3層のポリマー層が形成されており、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、前記3層のポリマー層のうち、1層のポリマー層に含まれており、
前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物はそれぞれ、前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物を含むポリマー層以外の2層のポリマー層のうち、相互に異なるポリマー層に含まれている、請求項
4に記載の修復性めっき基材。
【請求項8】
前記めっき層の上に第1ポリマー層、第2ポリマー層および第3ポリマー層が順次、積層されており、
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は前記第1ポリマー層に含まれており、
前記リン酸化合物は、第2ポリマー層または第3ポリマー層の一方のポリマー層に含まれており、
前記ホスホン酸化合物は他方のポリマー層に含まれている、請求項
7に記載の修復性めっき基材。
【請求項9】
前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物が含まれるポリマー層において、前記イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、該ポリマー層全量に対して、1~20重量%で含まれ、
前記リン酸化合物が含まれるポリマー層において、前記リン酸化合物は、該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%で含まれ、
前記ホスホン酸化合物が含まれるポリマー層において、前記ホスホン酸化合物は、該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%で含まれ、
前記ナノファイバが含まれるポリマー層において、前記ナノファイバは、該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%で含まれている、請求項
3~
8のいずれかに記載の修復性めっき基材。
【請求項10】
金属基材の表面に、該金属基材を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属Aを含有するめっき層を有する修復性めっき基材であって、
前記修復性めっき基材はリン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバを含
み、
前記リン酸化合物、前記ホスホン酸化合物および前記ナノファイバは、前記めっき層に含まれているか、または、前記めっき層の上に1層以上のポリマー層が形成されている場合、それぞれ独立して、前記めっき層および前記1層以上のポリマー層からなる群から選択される層に含まれており、
前記リン酸化合物は無機系リン酸化合物であり、
前記無機系リン酸化合物は、リン酸(H
3
PO
4
)およびリン酸塩からなる群から選択される1種以上の化合物であり、
前記ホスホン酸化合物が有機系ホスホン酸化合物であり、
前記有機系ホスホン酸化合物が窒素含有ホスホン酸化合物およびその塩からなる群から選択される1種以上の化合物であり、
前記ナノファイバはセルロースナノファイバである、修復性めっき基材。
【請求項11】
前記ナノファイバは、前記リン酸化合物と前記ホスホン酸化合物との合計量100重量部に対して1~200重量部で含まれ、
前記リン酸化合物および前記ホスホン酸化合物は10/90~90/10の重量割合で含まれる、請求項
1~10のいずれかに記載の修復性めっき基材。
【請求項12】
前記金属基材が鋼板であり、
前記イオン化傾向が高い金属AおよびBがそれぞれ独立して、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムおよびジルコニウムからなる群から選択される1種以上の金属で
ある、請求項
1~11のいずれかに記載の修復性めっき基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基材の表面にめっき層を有するめっき基材の修復剤および修復性めっき基材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品としては、鋼板の表面に亜鉛めっき層を形成した亜鉛めっき鋼板が一般的に使用されている。亜鉛めっき層に含まれる亜鉛は、鋼板に含まれる鉄よりも高いイオン化傾向を示す。このため、亜鉛めっき層に引っかき傷(スクラッチ)が形成されて鋼板が露出したとき、亜鉛めっき層は亜鉛が溶出する犠牲防食性能および当該溶出した亜鉛が露出鋼板の表面に皮膜を形成する保護皮膜形成能を有し、自己修復を行い、耐食性を発揮する。しかしながら、従来の亜鉛めっき鋼板は十分な耐食性を発揮できなかった。
【0003】
そこで、特許文献1には、金属基体表面に設けられる防食被膜であって、導電性微粒子からなる下地部と、導電性高分子からなる表面部とを有する防食被膜が報告されている。しかしながら、このような技術においても、やはり十分な耐食性が発揮されるとは言えないのが現状である。
【0004】
また、特許文献2には、硫酸亜鉛、リン酸二水素ナトリウムおよびアミノトリス(メチレンホスホン酸)を含む修復剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-174273号公報
【文献】特開2018-28115号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の発明者等は、めっき層表面に1つのポリマー層を形成し、当該ポリマー層に特許文献2の修復剤を含有させても、十分な耐食性は得られないという新たな問題を見出した。
【0007】
本発明は、より十分な耐食性を示す修復剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
金属基材の表面に、該金属基材を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属Aを含有するめっき層を有するめっき基材のための修復剤であって、
リン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバを含む、修復剤、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の修復剤は、より一層、十分な耐食性を示す。詳しくは本発明の修復剤は、実使用環境下でめっき基材に金属基材に達する引っかき傷(スクラッチ)が形成されても、犠牲防食性能および保護皮膜形成能により一層、優れているため、より一層、良好な自己修復性を有し、より十分な耐食性を発揮する。
本発明の修復剤は、金属基材としてハイテン材料(高張力鋼板)を用いた場合に特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】本発明の修復剤が適用された第1実施態様のめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1B】本発明の修復剤が適用された第1実施態様のめっき基材に欠陥(引っかき傷)が形成され、保護皮膜が形成される態様の一例を説明するためのめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1C】本発明の修復剤が適用された第2実施態様のめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1D】本発明の修復剤が適用された第2実施態様のめっき基材に欠陥(引っかき傷)が形成され、保護皮膜が形成される態様の一例を説明するためのめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1E】本発明の修復剤が適用された第3実施態様のめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1F】本発明の修復剤が適用された第3実施態様のめっき基材に欠陥(引っかき傷)が形成され、保護皮膜が形成される態様の一例を説明するためのめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1G】本発明の修復剤が適用された第4実施態様のめっき基材の概略断面図を示す。
【
図1H】本発明の修復剤が適用された第4実施態様のめっき基材に欠陥(引っかき傷)が形成され、保護皮膜が形成される態様の一例を説明するためのめっき基材の概略断面図を示す。
【
図2】実施例1で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図3】比較例1で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図4】実施例2で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図5】比較例2で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図6】参考例1で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図7】実施例3で作製された試験片の概略断面図を示す。
【
図8】本発明の修復剤を評価するための装置の概略構成図を示す。
【
図9A】実施例で作製された試験片の浸漬時間-分極抵抗の関係を表すグラフを示す。
【
図9B】実施例で作製された試験片の浸漬時間-分極抵抗の関係を表すグラフを示す。
【
図10】実施例1および実施例3で作製された試験片を用いたときの保護皮膜の形成メカニズムの相違を説明するための概略断面図を示す。
【
図11A】実施例1の試験片における浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【
図12A】実施例1の試験片における浸漬時間3時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【
図13A】参考例1の試験片における浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【
図14A】実施例3の試験片における浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【
図15】実施例1等で作製された試験片における48時間後の分極抵抗の誤差範囲(エラーバー)を表すグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[修復剤]
本発明の修復剤は、めっき基材のためのものであり、めっき基材のめっき層表面から金属基材に達する欠陥が形成されたとき、欠陥の内側表面、特に露出した金属基材の表面に保護皮膜を形成する。以下、本発明を、図面を用いて詳しく説明するが、図面における各種の要素は、本発明の理解のために模式的かつ例示的に示したにすぎず、外観および寸法比などは実物と異なり得る。本明細書で直接的または間接的に用いる“上下方向”、“左右方向”および“表裏方向”はそれぞれ、図中における上下方向、左右方向および表裏方向に対応した方向に相当する。特記しない限り、同じ符号または記号は、同じ部材または同じ意味内容を示すものとする。
【0012】
めっき基材10は、
図1Aに示すように、金属基材1および当該金属基材表面に形成されためっき層2を有する。金属基材1は、金属を含むあらゆる基材であってよく、通常、鉄を含み、所望により、炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄等を含んでもよい。金属基材において、炭素の含有量は1重量%以下、特に0.8重量%以下であり、ケイ素、マンガン、リン、硫黄等の含有量はそれぞれ0.5重量%以下、特に0.3重量%以下であり、残部が鉄である。
【0013】
金属基材1としては、自動車部品の分野においては、鋼板が好ましく、より好ましくはいわゆる炭素鋼板、特に高張力鋼板(ハイテン材料)である。
【0014】
めっき層2は、金属基材1を構成する金属よりもイオン化傾向が高い金属を主成分として含有する。めっき層の主成分として含有される当該イオン化傾向が高い金属を、以下、「イオン化傾向が高い金属A」ということがある。金属基材1が鋼板である場合、金属基材1を構成する金属とは鉄のことである。鉄よりもイオン化傾向が高い金属として、例えば、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムおよびジルコニウムからなる群から選択される1種以上の金属が挙げられる。好ましくは亜鉛である。このようなめっき層2に含有されるイオン化傾向が高い金属Aは通常、イオンの形態で、後で詳述する保護皮膜の形成に寄与する。
【0015】
めっき層2は、金属基材1の露出表面での保護皮膜の形成の観点から、亜鉛めっき層であることが好ましい。亜鉛めっき層とは、亜鉛を含むめっき層のことであり、好ましくは亜鉛合金層である。
【0016】
めっき層2の形成方法としては、あらゆるめっき法を採用してもよく、例えば、いわゆる電気めっき法、無電解めっき法および溶融めっき法等の湿式めっき法;ならびにいわゆる真空めっき法(物理気相成長法(PVD法))、化学蒸着法(CVD法)および衝撃めっき法等の乾式めっき法が挙げられる。好ましくは乾式めっき法、特に衝撃めっき法である。衝撃めっき法は、中心部(例えば鉄核)の外殻部にめっき層の構成金属粒子を有する複合粒子を被処理物(金属基材1)に投射することにより、めっき層(皮膜)を形成する方法である。
図1Aにおいて、めっき層2が衝撃めっき法により形成され、めっき層2の内部において構成金属粒子の界面および間隙が存在するめっき基材の概略断面図が示されているが、めっき層は他の方法により形成されて、構成金属粒子の界面および間隙が存在しない形態を有していてもよい。本発明の修復剤をめっき層内に収容する観点から、めっき層は衝撃めっき法により形成されることが好ましい。
【0017】
めっき層2の厚みは特に限定されず、例えば、1μm以上であってもよく、通常は1~50μm、特に1~10μmである。
【0018】
本発明の修復剤はリン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバを含む。修復剤とは、金属基材の露出表面に保護皮膜を形成する薬剤のことである。
【0019】
リン酸化合物は、リン酸(H3PO4)およびリン酸塩からなる群から選択される1種以上の無機系リン酸化合物である。保護皮膜の形成の観点から好ましくはリン酸塩である。リン酸塩とは、第1リン酸イオン(H2PO4
-)、第2リン酸イオン(HPO4
2-)または第3リン酸イオン(PO4
3-)等のリン酸イオンと、陽イオンとの塩のことである。保護皮膜の形成の観点から好ましいリン酸イオンは第1リン酸イオン、第2リン酸イオンであり、より好ましくは第1リン酸イオンである。陽イオンは、1価金属イオン、2価金属イオン、3価金属イオンおよびアンモニウムイオンからなる群から選択される1種以上のイオンである。好ましくは1価金属イオンおよびアンモニウムイオンである。1価金属イオンを構成する金属としてはアルカリ金属(例えば、ナトリウム、カリウム、リチウム)が挙げられ、好ましくはナトリウム、カリウムである。2価金属イオンを構成する金属としてはアルカリ土類金属(例えば、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム)およびマンガンが挙げられ、好ましくはカルシウム、バリウムおよびマンガンである。3価金属イオンを構成する金属としては、例えば、クロム、アルミニウムが挙げられ、好ましくはクロムである。
【0020】
保護皮膜の形成の観点から好ましいリン酸化合物の具体例として、例えば、リン酸(H3PO4)、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素バリウム、リン酸二水素マンガン、リン酸二水素リチウム、リン酸水素アンモニウムナトリウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素バリウム、リン酸水素マンガン(II)、リン酸クロム(III)、リン酸三カリウム、リン酸三ナトリウム、および縮合リン酸化合物が挙げられる。縮合リン酸化合物は、例えば、トリポリリン酸、ピロリン酸、メタリン酸、亜リン酸等の陰イオンと陽イオンからなる化合物であり、当該陽イオンは、例えば、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンおよび両性金属イオン(亜鉛イオン、アルミニウムイオン)から選択される。
【0021】
保護皮膜の形成の観点からより好ましいリン酸化合物としては、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素アンモニウムナトリウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、縮合リン酸化合物が挙げられる。好ましい縮合リン酸化合物の具体例として、例えば、トリポリリン酸二水素アルミニウム、トリポリリン酸カルシウム、トリポリリン酸亜鉛、トリポリリン酸ナトリウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム、亜リン酸アルミニウム、亜リン酸亜鉛等が挙げられる。
【0022】
リン酸化合物は市販品として容易に入手可能である。リン酸化合物として2種以上の化合物を使用してもよい。
【0023】
ホスホン酸化合物は、保護皮膜の金属基材1への吸着に寄与する非共有電子対を有する原子を含有するものであれば特に限定されず、例えば、窒素含有ホスホン酸化合物およびその塩からなる群から選択される1種以上の有機系ホスホン酸化合物である。有機系ホスホン酸化合物とは有機基およびホスホノ基を有する化合物という意味である。有機基としては、アルキレン基が挙げられ、特に炭素原子数1~3のアルキレン基が好ましい。ホスホノ基は-P(=O)(OH)2で表され、塩形態を有していてもよい。ホスホノ基が塩形態を有するとは、ホスホノ基の水酸基における水素イオンが遊離して、金属イオン等に置換されてもよいという意味である。金属イオンとして、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオンが挙げられる。
【0024】
窒素含有ホスホン酸化合物としては、窒素原子およびホスホノ基を含有する有機化合物であれば特に限定されず、例えば、アミノトリス(メチレンホスホン酸)(ATMP)(構造式:N[CH2PO(OH)2]3)、アミノトリス(エチレンホスホン酸)(構造式:N[CH2CH2PO(OH)2]3)、およびこれらの金属塩等のホスホノ基含有アミンが挙げられる。金属塩は、当該化合物が1分子中、2個以上の水酸基を有する場合、一部の水酸基における水素イオンが金属イオンに置換されたものであってもよいし、または全ての水酸基における水素イオンが金属イオンに置換されたものであってもよい。
【0025】
ホスホン酸化合物は市販品として容易に入手可能である。ホスホン酸化合物として2種以上の化合物を使用してもよい。
【0026】
リン酸化合物およびホスホン酸化合物は通常、10/90~90/10の重量割合(リン酸化合物/ホスホン酸化合物)で含まれ、保護皮膜の形成の観点から好ましくは20/80~80/20、より好ましくは40/60~80/20、さらに好ましくは45/55~65/35の重量割合で含まれる。リン酸化合物として2種以上の化合物を使用する場合、それらの合計量が上記範囲内であればよい。ホスホン酸化合物として2種以上の化合物を使用する場合、それらの合計量が上記範囲内であればよい。
【0027】
本発明の修復剤がリン酸化合物およびホスホン酸化合物を組み合わせて含有することにより、欠陥の形成により露出した金属基材表面に、非導電性および密着性に優れた保護皮膜を形成することができる。これらの結果、耐食性がより十分に向上するものと考えられる。リン酸化合物の代わりに、硝酸化合物、炭酸化合物、炭酸水素化合物、クロム酸化合物、ケイ酸化合物、フッ化金属、金属酸化物等の化合物を用いても、またはホスホン酸化合物の代わりに、芳香族または脂肪族カルボン酸または有機アミンを用いても、保護皮膜は形成されないか、または形成されたとしても、保護皮膜の非導電性または密着性の少なくとも一方が低下するため、十分な耐食性は得られない。本明細書中、非導電性とは、体積抵抗率が1012Ω・cm以上である絶縁性のことである。
【0028】
保護皮膜の形成時において、リン酸化合物のリン酸イオンは、めっき層に含まれる前記イオン化傾向が高い金属Aのイオンとの反応(例えば、下記概略反応式(I))により、皮膜の主要骨格成分として非導電性化合物を生成する。他方、ホスホン酸化合物は、前記イオン化傾向が高い金属Aのイオンと錯体を形成するとともに(例えば、下記概略反応式(II))、ホスホン酸化合物部分に含まれる窒素原子がその非共有電子対により、金属基材表面との吸着作用を発揮する。しかも、ホスホン酸化合物錯体の存在により、皮膜の非晶質化が促進され、皮膜の金属基材表面に対する柔軟性および密着性が向上する。これらの結果、非導電性および密着性に優れた保護皮膜が形成され、耐食性がより十分に向上するものと考えられる。なお、以下の概略反応式は保護皮膜の形成に係わる主要な物質に由来する生成物の形成を概略的に示すものの一例である。
【0029】
【0030】
本明細書中、耐食性とは、腐食に抵抗する特性のことであり、特に欠陥が形成されて金属基材が露出しても、腐食に対して十分に抵抗し得る特性のことである。耐食性は自己修復性を包含する概念で用いるものとする。自己修復性とは、欠陥の形成により金属基材が露出しても、当該露出した金属基材の表面に保護皮膜が形成されることにより、欠陥を修復するような挙動を示す特性のことである。
【0031】
本発明の修復剤は、保護皮膜の形成促進の観点から、イオン化傾向が高い金属を含有する化合物をさらに含むことが好ましい。以下、修復剤に含まれるこのような化合物に含有されるイオン化傾向が高い金属を、前記めっき層に含まれるイオン化傾向が高い金属Aと区別して、「イオン化傾向が高い金属B」ということがある。このようなイオン化傾向が高い金属Bも、イオンの形態で、保護皮膜の形成に寄与する。イオン化傾向が高い金属Bは、前記したイオン化傾向が高い金属Aと同様の範囲内の金属から選択されればよく、好ましくはイオン化傾向が高い金属Aと同種の金属である。
【0032】
イオン化傾向が高い金属Bは、水中において当該金属がイオンの形態で存在できる限り特に限定されず、例えば、亜鉛、鉄、マグネシウム、コバルト、ニッケル、クロム、銀、ジルコニウム、アルミニウム等が挙げられる。水中での錯体の形成の観点、特にATMPとの錯体の形成の観点から、これらの金属のうち、2価~4価(望ましくは2価および4価)の金属、特に亜鉛、鉄、ニッケル、ジルコニウムが好ましく、亜鉛がより好ましい。イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は、水中において当該金属がイオンの形態で存在できる限り特に限定されない。イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物の好ましい具体例として、例えば、硫酸亜鉛、硫酸鉄、硫酸ニッケル、硫酸ジルコニウム、硝酸亜鉛、硫酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。
【0033】
イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物(以下、単に化合物Bということがある)は、リン酸化合物とホスホン酸化合物との合計量100重量部に対して10~400重量部で含有されることが好ましく、保護皮膜の形成促進の観点から、特に好ましくは30~300重量部、より好ましくは80~300重量部、さらに好ましくは80~200重量部、最も好ましくは110~150重量部で含有される。イオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物は2種以上の化合物を使用してもよく、その場合、それらの合計量が上記範囲内であればよい。
【0034】
本発明の修復剤はナノファイバを含む。ナノファイバは直径がナノオーダーの繊維のことである。このようなナノファイバを修復剤に含有させることにより、本発明の修復剤が、より一層、十分な耐食性を示すようになる。本発明の修復剤がナノファイバを含有することにより、より一層、十分な耐食性を示すようになるメカニズムの詳細は明らかではないが、以下の原理・原則に基づくものと考えられる。ナノファイバが含有されると、リン酸化合物およびホスホン酸化合物、ならびに所望によりイオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物(以下、リン酸化合物等ということがある)等の成分は、ナノファイバの表面を伝って移動するようになる。このため、欠陥(傷)が形成されると、これらの成分の後述する層内での移動が促進され、当該層からの滲出が促進される。その結果として、傷部における金属基材の露出表面に保護皮膜(修復皮膜)がより効果的に形成され、十分な耐食性を示すようになるものと考えられる。修復剤がナノファイバを含まない場合、当該修復剤は十分な耐食性を示さない。
【0035】
ナノファイバは、直径がナノオーダーを有する限り、その構成材料は特に限定されない。ナノファイバの具体例として、例えば、セルロースナノファイバ、キトサンナノファイバ、ゼラチンナノファイバ等の天然高分子ナノファイバ;ポリオレフィンナノファイバ、ポリアミドナノファイバ、ポリフッ化ビニリデンナノファイバ、アクリル系ナノファイバ、エポキシ系ナノファイバ、ポリウレタンナノファイバ、ポリイミドナノファイバ等の合成高分子ナノファイバ;およびカーボンナノファイバ、カーボンナノチューブ等が挙げられる。リン酸化合物等の滲出のさらなる促進の観点から、好ましいナノファイバは天然高分子ナノファイバ、特にセルロースナノファイバである。セルロースナノファイバは植物から得られる植物繊維をナノサイズまで細かくほぐすことによって得られる繊維であり、プラスチックの分野でいわゆる補強用繊維として知られているものが使用可能である。
【0036】
ナノファイバの平均繊維径は通常、1nm以上1000nm以下であり、リン酸化合物等の滲出促進の観点から、好ましくは1~500nm、より好ましくは10~400nm、さらに好ましくは100~300nmである。
【0037】
ナノファイバの平均繊維長は通常、10~1000μmであり、リン酸化合物等の滲出促進の観点から、好ましくは50~800μm、より好ましくは100~500μm、さらに好ましくは200~400μmである。
【0038】
ナノファイバの平均繊維径および平均繊維長は顕微鏡写真(SEM)から測定された任意の200本の値の平均値を用いている。
【0039】
ナノファイバは、リン酸化合物とホスホン酸化合物との合計量100重量部に対して1~200重量部で含有されることが好ましく、リン酸化合物等の滲出促進の観点から、特に好ましくは5~100重量部、より好ましくは10~80重量部、さらに好ましくは10~60重量部、最も好ましくは20~40重量部で含有される。ナノファイバは2種以上の化合物を使用してもよく、その場合、それらの合計量が上記範囲内であればよい。
【0040】
[修復性めっき基材]
本発明は修復性めっき基材を提供する。修復性めっき基材とは、当該めっき基材は修復性(特に自己修復性)を有するという意味である。
【0041】
本発明の修復性めっき基材は、前記した修復剤を備えためっき基材である。修復性めっき基材に備わっている修復剤において、リン酸化合物、ホスホン酸化合物、ナノファイバおよび所望により含有される化合物Bの含有割合は上記範囲内である。
【0042】
例えば、
図1Aに示すように、金属基材1および当該金属基材表面に形成されためっき層2を有するめっき基材10において、修復剤はめっき層2に含まれていてもよい。
また例えば、
図1C、
図1Eおよび
図1Gに示すように、めっき層2の上に1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)が形成される場合、修復剤を構成するリン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバは、それぞれ独立して、めっき層2および1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)からなる群から選択される層に含まれていてもよい。この場合において、修復剤が化合物Bをさらに含むとき、当該化合物Bは、めっき層2および1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)からなる群から選択される層に含まれていてもよい。化合物Bのイオン化傾向が高い金属も保護皮膜の形成に寄与する。
【0043】
本発明においては、ナノファイバは他の成分が含まれる層(特にポリマー層)に含まれることが好ましい。他の成分とは、リン酸化合物、ホスホン酸化合物および化合物Bのうち少なくとも1種の成分のことである。詳しくは、ナノファイバは、例えば、リン酸化合物および/またはホスホン酸化合物を含む層(特にポリマー層)、ならびに/もしくは化合物Bを含む層(特にポリマー層)に含まれていることが好ましい。ナノファイバは、他の成分の、層(特にポリマー層)からの滲出を促進するためである。
【0044】
本発明の修復性めっき基材においては、上記のように、修復剤の各成分がめっき層またはポリマー層のいずれかの層に含まれているため、
図1B、
図1D、
図1Fおよび
図1Hに示すような金属基材1に達する欠陥13が形成されたら、各成分が金属基材1の露出表面に滲出および移動する。各成分とは、保護皮膜14を構成する材料(すなわちイオン化傾向が高い金属、リン酸化合物およびホスホン酸化合物)のことである。その結果、保護皮膜14が形成される。金属基材1の露出表面に滲出するイオン化傾向が高い金属は、めっき層2を構成するイオン化傾向が高い金属Aであってもよいし、または当該イオン化傾向が高い金属Aと、修復剤に含まれるイオン化傾向が高い金属Bを含有する化合物に由来するものとの混合物であってもよい。各成分の各層中での移動がナノファイバにより促進された後、各層から滲出した各成分の金属基材1の露出表面への移動は、欠陥13に付着する水分(例えば雨水)により達成されてもよいし、空気中の水分により達成されてもよいし、または欠陥13が形成された修復性めっき基材を水中に浸漬することにより達成されてもよい。
【0045】
本発明の修復性めっき基材において、保護皮膜14は金属基材1の露出表面に選択的に形成される。これは、特定の理論に拘束されることを意図するわけではないが、以下の理由によるものと考えられる。
(1)金属基材1は初期に腐食電位(負)を有するため、イオン化傾向が高い金属が正イオンとして金属基材1の露出表面に静電気的に引き寄せられると、保護皮膜の他の構成材料も静電気的に当該正イオンに引き寄せられる。
(2)引き寄せられたイオンは金属基材1の表面に吸着した後に、相互に結合し、皮膜を形成する。これらは2次元、あるいは3次元膜を形成すると同時に、金属基材1の表面に強く吸着あるいは結合し、密着性の高い皮膜となる。
【0046】
保護皮膜14が金属基材1の露出表面に形成されていることは、当該表面のSEM写真によっても、または当該表面にある皮膜のXRD(X線回折法)による分析によっても、容易に確認することができる。
【0047】
本明細書中、欠陥13は修復性めっき基材の表面から金属基材1に達する深さを有するものであり、引っかき傷(スクラッチ)ともいう。
【0048】
以下、本発明の修復剤の各成分がめっき層に含まれる場合と、ポリマー層に含まれる場合とに分けて、本発明の修復性めっき基材について詳しく説明するが、一部の成分がめっき層に含まれ、かつ他の成分がポリマー層に含まれてもよい。
【0049】
<修復剤の各成分がめっき層に含まれる場合>
修復剤をめっき層に含有させる場合、例えば、前記した衝撃めっき法において、被処理物(金属基材1)に投射される複合粒子の外郭部の構成金属粒子におけるさらに外郭部に修復剤を付着させておく。これにより、めっき層2において構成金属粒子の界面および間隙に修復剤を存在させることができる。このような場合における修復剤(全量)の含有量は通常、めっき層全量に対して、0.15~18.20重量%であり、好ましくは0.50~7.70重量%である。
【0050】
<修復剤の各成分がポリマー層に含まれる場合>
めっき層2の上に1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)が形成される場合(例えば、
図1C、
図1Eおよび
図1G)、リン酸化合物およびホスホン酸化合物は、それぞれ独立して、当該1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)からなる群から選択される層に含まれる。このとき、ナノファイバは、各成分の滲出の促進の観点から、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方を含むポリマー層に含まれていることが好ましい。ナノファイバは、各成分の滲出のさらなる促進の観点から、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方を含むポリマー層のうちの全てのポリマー層に含まれていることが好ましい。なお、リン酸化合物およびホスホン酸化合物は同じポリマー層に含まれてもよいし、異なるポリマー層に含まれていてもよい。この場合において、修復剤が化合物Bをさらに含むとき、当該化合物Bは、当該1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)からなる群から選択される層に含まれていてもよい。ナノファイバは化合物Bを含むポリマー層にも含まれていることが好ましい。
【0051】
ポリマー層は、修復剤を構成し得るリン酸化合物、ホスホン酸化合物、ナノファイバおよび化合物B等の成分のうち、少なくとも1成分を含む。従って、ポリマー層は、保護皮膜の形成に寄与する観点から、修復性ポリマー層とも呼ばれ得る。
【0052】
ポリマー層が2層以上で形成される場合、当該2層以上のポリマー層は相互にその組成が異なる。組成が異なるとは、ポリマー層に含まれる修復剤の成分の種類および量、ならびにポリマー層を構成するポリマーの種類からなる群から選択される少なくとも1つが異なるという意味である。2層以上のポリマー層は通常、含まれる修復剤の成分の種類が相互に異なる。
【0053】
以下、ポリマー層が単層型または2層型以上の多層型である場合について実施態様を詳しく説明する。
【0054】
(単層型ポリマー層)
めっき層2の上に1層のポリマー層(第1ポリマー層)41が形成される場合(例えば、
図1C)、リン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバは第1ポリマー層41に含まれている。好ましくは化合物Bも当該1層のポリマー層に含まれている。従って、この場合、ナノファイバは、リン酸化合物、ホスホン酸化合物および所望により添加される化合物Bを含むポリマー層に含まれる。
【0055】
ポリマー層41を構成するポリマーは修復剤成分を埋包できる限り特に限定されず、例えば、硬化ポリマーまたは熱可塑性ポリマーであってもよい。硬化ポリマーは通常、基体樹脂と架橋剤(または硬化剤)から構成される。基体樹脂は通常、水酸基、エポキシ基、カルボキシル基、シラノール基、アルコキシシリル基のような架橋性官能基を有する樹脂である。基体樹脂の具体例として、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、フッ素樹脂、ウレタン樹脂、シリコン含有樹脂などが挙げられる。架橋剤は、基体樹脂に応じて選択される。架橋剤の具体例として、例えば、メラミン樹脂、アミノ(尿素)樹脂、ポリイソシアネート化合物、ブロックポリイソシアネート化合物、エポキシ化合物、カルボキシル基含有化合物、酸無水物基含有化合物、アルコキシシリル基含有化合物、ポリアミドアミンなどが挙げられる。
【0056】
ポリマー層41におけるリン酸化合物の含有量は通常、当該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。
【0057】
ポリマー層41におけるホスホン酸化合物の含有量は通常、当該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。
【0058】
ポリマー層41におけるナノファイバの含有量は通常、当該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。
【0059】
ポリマー層41が化合物Bを含む場合、ポリマー層41における化合物Bの含有量は通常、当該ポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは1~10重量%であり、より好ましくは2~8重量%である。
【0060】
ポリマー層41において、リン酸化合物、ホスホン酸化合物、および化合物Bの合計含有量は通常、当該ポリマー層全量に対して、0.5~40重量%であり、好ましくは2~30重量%であり、より好ましくは5~20重量%である。
【0061】
ポリマー層41は、リン酸化合物、ホスホン酸化合物、ナノファイバおよび化合物Bを予め混合した後、得られた混合物をポリマーまたはその前駆体に混合して得られたコート液をコートすることにより製造することができる。ポリマーまたはその前駆体が硬化性を有する場合、通常は加熱または光照射により硬化させればよい。例えば、加熱による硬化の場合、加熱温度および加熱時間はポリマーの種類に応じて適宜設定されればよい。例えば、エポキシ樹脂およびポリアミドアミンを用いる場合、加熱温度は50~120℃、特に60~100℃が好ましく、加熱時間は1~10時間、特に5~10時間が好ましい。
【0062】
(多層型ポリマー層)
めっき層2の上に2層以上のポリマー層が形成(または積層)される場合(例えば、
図1Eおよび
図1G)、リン酸化合物、ホスホン酸化合物およびナノファイバは、それぞれ独立して、2層以上のポリマー層のうち、いずれの層に含まれてもよい。修復剤が化合物Bを含む場合、当該化合物Bもまた、いずれの層に含まれてもよい。なお、例えば、ポリマー層が2層構造を有する場合、
図1Eに示すように、当該2層構造のポリマー層は、めっき層2の上に積層された第1ポリマー層41および当該第1ポリマー層41に積層された第2ポリマー層42を含む。また例えば、ポリマー層が3層構造を有する場合、
図1Gに示すように、当該3層構造のポリマー層は、めっき層2の上に積層された第1ポリマー層41、当該第1ポリマー層41に積層された第2ポリマー層42、および当該第2ポリマー層42に積層された第3ポリマー層43を含む。
【0063】
ナノファイバは、各成分(リン酸化合物およびホスホン酸化合物)の滲出の促進の観点から、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方を含むポリマー層に含まれていることが好ましい。ナノファイバは、各成分の滲出のさらなる促進の観点から、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方を含むポリマー層のうちの全てのポリマー層に含まれていることが好ましい。修復剤が化合物Bを含む場合、ナノファイバは、各成分(化合物B)の滲出の促進の観点から、化合物Bを含むポリマー層にも含まれていることが好ましい。
【0064】
このような好ましいポリマー層構成の具体例として以下の構成例が挙げられる。なお、以下の表記において、ポリマー層が2層型の場合、左側に記載の成分が第1ポリマー層41に含まれる成分であり、右側に記載の成分が第2ポリマー層42に含まれる成分である。ポリマー層が3層型の場合、左側に記載の成分が第1ポリマー層41に含まれる成分であり、中央に記載の成分が第2ポリマー層42に含まれる成分であり、右側に記載の成分が第3ポリマー層43に含まれる成分である。また以下の各構成例では、全てのポリマー層にナノファイバが含まれているが、少なくとも1つのポリマー層にナノファイバが含まれていればよい。各成分の滲出のさらなる促進の観点から、ナノファイバは全てのポリマー層に含まれていることが好ましい。各成分の滲出のさらなる促進の観点から、より好ましくは構成例A1およびA2ならびにB1~B6であり、さらに好ましくは構成例A1およびA2である。
【0065】
2層型:第1ポリマー層41/第2ポリマー層42
構成例A1=化合物B+ナノファイバ/リン酸化合物+ホスホン酸化合物+ナノファイバ
構成例A2=リン酸化合物+ホスホン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ナノファイバ
構成例A3=リン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ホスホン酸化合物+ナノファイバ
構成例A4=化合物B+ホスホン酸化合物+ナノファイバ/リン酸化合物+ナノファイバ
構成例A5=ホスホン酸化合物+ナノファイバ/リン酸化合物+化合物B+ナノファイバ
構成例A6=リン酸化合物+化合物B+ナノファイバ/ホスホン酸化合物+ナノファイバ
【0066】
3層型:第1ポリマー層41/第2ポリマー層42/第3ポリマー層43
構成例B1=化合物B+ナノファイバ/ホスホン酸化合物+ナノファイバ/リン酸化合物+ナノファイバ
構成例B2=化合物B+ナノファイバ/リン酸化合物+ナノファイバ/ホスホン酸化合物+ナノファイバ
構成例B3=ホスホン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ナノファイバ/リン酸化合物+ナノファイバ
構成例B4=ホスホン酸化合物+ナノファイバ/リン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ナノファイバ
構成例B5=リン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ナノファイバ/ホスホン酸化合物+ナノファイバ
構成例B6=リン酸化合物+ナノファイバ/ホスホン酸化合物+ナノファイバ/化合物B+ナノファイバ
【0067】
本発明においては、各成分の滲出のさらなる促進の観点から、化合物Bは、構成例A1およびA2ならびにB1~B6のように、2層以上のポリマー層のうち、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方が含まれるポリマー層とは異なるポリマー層に含まれていることが好ましい(化合物B別層型)。詳しくは、化合物Bは、リン酸化合物もホスホン酸化合物も含まれていないポリマー層に含まれていることが好ましい。より詳しくは、化合物Bは、リン酸化合物またはホスホン酸化合物の少なくとも一方が含まれるポリマー層とは分離されて隣接する別のポリマー層に含まれていることが好ましい。分離とは、2つのポリマー層間の界面を隔てたポリマー層の存在形態のことである。化合物Bを、リン酸化合物もホスホン酸化合物も含まれていないポリマー層に含ませることにより、層内での前記反応(I)および/または(II)を抑制し、各成分の滲出をより一層、促進することができる。
【0068】
化合物B別層型においては、例えば、めっき層2の上に第1ポリマー層41および第2ポリマー層42が順次、形成(または積層)される場合、構成例A1およびA2のように、化合物Bは第1ポリマー層41および第2ポリマー層42のうち一方のポリマー層に含まれており、かつ、リン酸化合物およびホスホン酸化合物は、他方のポリマー層に含まれている。このとき、修復性めっき基材の耐食性のさらなる向上の観点から、構成例A1のように、化合物Bは第1ポリマー層41に含まれており、かつリン酸化合物およびホスホン酸化合物は第2ポリマー層に含まれていることが好ましい。
【0069】
化合物B別層型において、また例えば、めっき層2の上に3層のポリマー層(符号41~43)が形成(または積層)される場合、構成例B1~B6のように、化合物Bは、当該3層のポリマー層のうち、いずれか1層のポリマー層に含まれており、かつ、リン酸化合物およびホスホン酸化合物はそれぞれ、化合物Bを含むポリマー層以外の2層のポリマー層のうち、相互に異なるポリマー層に含まれている。めっき層2の上に第1ポリマー層41、第2ポリマー層42および第3ポリマー層43が順次、形成される場合、修復性めっき基材の耐食性のさらなる向上の観点から、構成例B1およびB2のように、化合物Bは前記第1ポリマー層41に含まれており、リン酸化合物は、第2ポリマー層42または第3ポリマー層43の一方のポリマー層に含まれており、かつホスホン酸化合物は、他方のポリマー層に含まれていることが好ましい。修復性めっき基材の耐食性のさらなる向上の観点から、より好ましくは、構成例B1のように、化合物Bは前記第1ポリマー層41に含まれており、リン酸化合物は第3ポリマー層43に含まれており、ホスホン酸化合物は第2ポリマー層42に含まれている。
【0070】
リン酸化合物が含まれるポリマー層(例えば、第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)において、リン酸化合物の含有量は通常、当該リン酸化合物が含まれるポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。リン酸化合物が2層以上のポリマー層に含まれる場合、各ポリマー層において、リン酸化合物の含有量が上記範囲内であればよい。
【0071】
ホスホン酸化合物が含まれるポリマー層(例えば、第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)において、ホスホン酸化合物の含有量は通常、当該ホスホン酸化合物が含まれるポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。ホスホン酸化合物が2層以上のポリマー層に含まれる場合、各ポリマー層において、ホスホン酸化合物の含有量が上記範囲内であればよい。
【0072】
ナノファイバが含まれるポリマー層(例えば、第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)において、ナノファイバの含有量は通常、当該ナノファイバが含まれるポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは0.5~10重量%であり、より好ましくは0.5~5重量%である。ナノファイバが2層以上のポリマー層に含まれる場合、各ポリマー層において、ナノファイバの含有量が上記範囲内であればよい。
【0073】
化合物Bが含まれるポリマー層(例えば、第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)において、化合物Bの含有量は通常、当該化合物Bが含まれるポリマー層全量に対して、0.1~20重量%であり、好ましくは1~10重量%であり、より好ましくは2~8重量%である。化合物Bが2層以上のポリマー層に含まれる場合、各ポリマー層において、化合物Bの含有量が上記範囲内であればよい。
【0074】
各ポリマー層(例えば、第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)において、リン酸化合物、ホスホン酸化合物、および化合物Bの合計含有量は通常、当該各ポリマー層全量に対して、0.5~40重量%であり、好ましくは2~30重量%であり、より好ましくは5~20重量%である。
【0075】
ポリマー層が多層型の場合、第1ポリマー層41、第2ポリマー層42および第3ポリマー層43は、それぞれ独立して、所定の成分およびポリマー(またはその前駆体)を用いて、単層型ポリマー層のポリマー層(第1ポリマー層)41と同様の方法により製造することができる。
【0076】
各ポリマー層(第1ポリマー層、第2ポリマー層または第3ポリマー層)の厚みは、各成分の滲出の観点から、厚いほど好ましいが、各成分の滲出とコストとのバランスおよび自動車用途の観点からは、通常、それぞれ独立して、1~100μmであり、好ましくは1~50μm、より好ましくは5~40μmである。
【0077】
めっき層2の上に1層以上のポリマー層(例えば、符号41~43)が形成される場合、めっき層2とポリマー層との間には絶縁層が形成されてもよい。絶縁層とは、体積抵抗率が1012Ω・cm以上である絶縁性を有する層(特にポリマー層)という意味である。絶縁層の形成により、ナノファイバより侵入した水分が金属と直接接触するのを防ぐことができる。絶縁層には、修復剤の成分は含まれるものではなく、通常は、単層型ポリマー層のポリマー層(第1ポリマー層)41と同様の範囲内の材料および方法により製造することができる。絶縁層の厚みは通常、1~100μmであり、絶縁性の観点から、好ましくは1~50μm、より好ましくは5~40μmである。
【0078】
本発明の修復性めっき基材において、ポリマー層の最表面には、いわゆるハードコート層等のあらゆるコート層が形成されていてもよい。
【0079】
本発明の修復剤は、修復性が付与される対象が必ずしもめっき基材でなければならないというわけではなく、めっき層2を有さない金属基材1に対しても有用である。従って、本発明の修復性めっき基材もまた、めっき層を有さなくてもよい。本発明の修復性めっき基材は、めっき層を有さない場合、「修復性金属基材」と称することもできる。本発明の「修復性金属基材」の構造は、めっき層を有さず、かつ金属基材1表面に直接的に形成された前記した単層型または多層型のポリマー層を有すること以外、前記修復性めっき基材の構造と同様である。本発明の修復剤が修復性を発揮する対象がめっき層を有さない金属基材1である場合、および本発明の修復性めっき基材がめっき層を有さない修復性金属基材である場合、本発明の修復剤は、必須成分として、化合物Bをさらに含む。
【実施例】
【0080】
(材料)
以下の材料を用いた。
・エポキシ樹脂(ハイポン20デクロ グレー;日本ペイント株式会社製、硬化剤=ポリアミドアミン、塗料液:硬化剤=85:15(重量比))
・炭素鋼板(ハイテン材料)(12mm×12mm)(含有割合:炭素0.5重量%、ケイ素0.02重量%、マンガン0.2重量%、リン0.1重量%、硫黄0.1重量%、残部;鉄)
・硫酸亜鉛(以下、「Zn」と略記することがある)
・セルロースナノファイバ(セリッシュ;ダイセル製、平均繊維長0.3mm、平均繊維径0.2μm)(以下、「CNF」と略記することがある)
・リン酸二水素ナトリウム(以下、「PO4」と略記することがある)
・ATMPナトリウム塩(以下、「AT」と略記することがある)
【0081】
(実施例1)
図2に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
【0082】
・絶縁層40の形成
エポキシ樹脂を炭素鋼板に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、絶縁層40を形成した。
【0083】
・第1ポリマー層41の形成
硫酸亜鉛およびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。硫酸亜鉛およびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して4.6重量%および1.0重量%であった。
コート液を絶縁層に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、第1ポリマー層41を形成した。
【0084】
・第2ポリマー層42の形成
リン酸二水素ナトリウム、ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。リン酸二水素ナトリウム、ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して1.9重量%、1.5重量%および1.0重量%であった。
コート液を第1ポリマー層に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、第2ポリマー層42を形成した。
【0085】
・トップコート層60の形成
絶縁層40の形成方法と同様の方法により、トップコート層60を第2ポリマー層42に形成した。トップコート層60は、後で形成する引っかき傷以外からの修復剤の溶出を防ぐための層である。
【0086】
・引っかき傷の形成
作製した試験片に、スクラッチ試験機を用いて500gの荷重で長さ4mmおよび深さ30μm(炭素鋼板のみでの深さ)の引っかき傷(スクラッチ)を付与した。
【0087】
(比較例1)
図3に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
第1ポリマー層41および第2ポリマー層42の形成にセルロースナノファイバを用いなかったこと以外、実施例1と同様の方法により、試験片を製造した。
【0088】
(実施例2)
図4に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
第2ポリマー層42を形成しなかったこと、および第1ポリマー層41の形成に以下のコート液を用いたこと以外、実施例1と同様の方法により、試験片を製造した。
・第1ポリマー層41のコート液
硫酸亜鉛、リン酸二水素ナトリウム、ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。硫酸亜鉛、リン酸二水素ナトリウム、ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して4.6重量%、1.9重量%、1.5重量%および1.0重量%であった。
【0089】
(比較例2)
図5に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
第1ポリマー層41の形成にセルロースナノファイバを用いなかったこと以外、実施例2と同様の方法により、試験片を製造した。
【0090】
(参考例1)
図6に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
第1ポリマー層41の形成に硫酸亜鉛、リン酸二水素ナトリウム、ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバを用いなかったこと以外、実施例2と同様の方法により、試験片を製造した。
【0091】
(実施例3)
図7に示す模式的断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
第1ポリマー層41の形成に第2ポリマー層42のコート液を用いたこと、および第2ポリマー層42の形成に第1ポリマー層41のコート液を用いたこと以外、実施例1と同様の方法により、試験片を製造した。
【0092】
(実施例4)
めっき層2の代わりに絶縁層を形成したこと、および引っかき傷を付与したこと以外、
図1Gに示す模式的断面構造と同様の断面構造を有する試験片を製造した。詳しくは、以下の通りである。
【0093】
・絶縁層の形成
実施例1の絶縁層の形成方法と同様の方法により、絶縁層を炭素鋼板に形成した。
【0094】
・第1ポリマー層41の形成
硫酸亜鉛およびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。硫酸亜鉛およびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して4.6重量%および1.0重量%であった。
コート液を絶縁層に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、第1ポリマー層41を形成した。
【0095】
・第2ポリマー層42の形成
ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。ATMPナトリウム塩およびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して1.5重量%および1.0重量%であった。
コート液を第1ポリマー層に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、第2ポリマー層42を形成した。
【0096】
・第3ポリマー層43の形成
リン酸二水素ナトリウムおよびセルロースナノファイバをスパチュラで混合し、その混合物をエポキシ樹脂に添加し、撹拌機で攪拌および脱泡してコート液を調製した。リン酸二水素ナトリウムおよびセルロースナノファイバの含有量はそれぞれ、全量に対して1.9重量%および1.0重量%であった。
コート液を第2ポリマー層に、バーコート法により、コーティング厚み(乾燥後)が20μmになるようコートし、80℃で3時間保持して硬化させ、第3ポリマー層43を形成した。
【0097】
・トップコート層の形成
実施例1のトップコート層の形成方法と同様の方法により、トップコート層を第3ポリマー層43に形成した。
【0098】
・引っかき傷の形成
作製した試験片に、スクラッチ試験機を用いて500gの荷重で長さ4mmおよび深さ30μm(炭素鋼板のみでの深さ)の引っかき傷(スクラッチ)を付与した。
【0099】
(実施例5)
第2ポリマー層のためのコート液として、第3ポリマー層のためのコート液を用いたこと、および第3ポリマー層のためのコート液として、第2ポリマー層のためのコート液を用いたこと以外、実施例4と同様の方法により、試験片を製造した。
【0100】
(評価1)
図8に示す電気化学測定装置50において、試験片を作用電極51として、腐食液52に浸漬し、交流インピーダンスを48時間測定し、分極抵抗の経時変化を測定し、試験片の自己修復性を評価した。腐食液52には0.5重量%の食塩水を35℃に恒温し、空気飽和させたものを用いた。対極53としては白金電極を、参照電極54としてはAg/AgCl電極を用いた。55はポテンショスタットであり、56は周波数応答分析器(FRA)である。
【0101】
各試験片における分極抵抗の経時変化を
図9A~
図9Bに示す。これらの図において縦軸は分極抵抗を示し、横軸は浸漬時間を示す。分極抵抗が高いほど傷部での腐食反応が生じにくいことを表している。なお、実施例4および5の試験片の経時変化を示すグラフは省略した。実施例4および5については、後述の評価2において分極抵抗の平均値およびその誤差範囲(最大値と最小値)を
図15に示した。
【0102】
参考例1においてエポキシ樹脂のみをコートした場合(Plain)、浸漬初期には高い分極抵抗を示したが、その後徐々に抵抗値が減少した。傷部における鋼板の露出表面で腐食が進行しているものと考えられる。
【0103】
実施例1と比較例1との比較、および実施例2と比較例2との比較より、CNFの含有により、分極抵抗が上昇し、腐食がより十分に抑制されることが明らかとなった。CNFがZn、PO4およびATの層からの滲出を促進し、傷部における鋼板の露出表面に保護皮膜(修復皮膜)がより効果的に形成されたものと考えられる。
【0104】
実施例1および3と実施例2との比較より、ポリマー層を2層にし、ZnおよびCNFの層と、PO4、ATおよびCNFの層とに分けることで、腐食抑制効果がより一層、十分に高くなることが明らかとなった。Zn、PO4およびATを、Znの層と、PO4およびATの層とに分けて含有させると、層内での前記した反応式(I)および(II)の反応が抑制され、Zn、PO4およびATの層からの滲出がCNFにより一層、十分に促進されたためと考えられる。
【0105】
実施例1と実施例3との比較より、ポリマー層を2層にし、ZnおよびCNFの層を、PO
4、ATおよびCNFの層よりも下方に位置付けることで、腐食抑制効果がより一層、十分に高くなることが明らかとなった。
図10に示すように、腐食の抑制により効果的なZnリッチ層が、Zn+PO
4+ATの複合生成物からなる層よりも、金属基材の露出表面に形成され易くなるため、腐食抑制効果がより一層、十分に高くなるものと考えられる。
【0106】
実施例1において、浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影したところ(
図11A)、直径1μm程度の生成物が露出表面を覆っているのが確認された。また、これと併せて、エネルギー分散形X線分析装置(EDS)により、元素マッピング像を得た。
図11B~
図11Fはそれぞれ、
図11AにおけるFe,Zn,P,OおよびN元素のマッピング像である。
図11Gは、
図11Aにおける白線による囲み部分の拡大写真である。
図11Hは、
図11Bにおける白線による囲み部分の拡大写真である。
図11Iは、
図11Eにおける白線による囲み部分の拡大写真である。
図11Jは、
図11Cにおける白線による囲み部分の拡大写真である。
図11Kは、
図11Dにおける白線による囲み部分の拡大写真である。
図11A~
図11Kの写真(現物:カラーコピー)ならびに後述の
図12A~
図12F、
図13A~
図13Fおよび
図14A~
図14Eの写真(現物:カラーコピー)を参考資料(参考写真)1として物件提出書で提出する。
【0107】
図11G、
図11Hおよび
図11Iより、FeおよびOは異なる領域で検知されている。このことより、検知されたFeは金属表面由来のものであることがわかる。
図11I、
図11Jおよび
図11Kより、Zn、PおよびOは同じ領域で検知されている。このことより、検知されたZn、PおよびOは反応式(I)および(II)の反応生成物由来のものであることがわかる。
【0108】
実施例1において、浸漬時間3時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影した(
図12A)。また、これと併せて、エネルギー分散形X線分析装置(EDS)により、元素マッピング像を得た。
図12B~
図12Fはそれぞれ、
図12AにおけるFe,Zn,O,PおよびN元素のマッピング像である。
【0109】
参考例1において、浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影した(
図13A)。また、これと併せて、エネルギー分散形X線分析装置(EDS)により、元素マッピング像を得た。
図13B~
図13Fはそれぞれ、
図13AにおけるFe,Zn,O,PおよびN元素のマッピング像である。
【0110】
実施例3において、浸漬時間48時間経過時の傷部における鋼板露出表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影した(
図14A)。また、これと併せて、エネルギー分散形X線分析装置(EDS)により、元素マッピング像を得た。
図14B~
図14Eはそれぞれ、
図14AにおけるFe,Zn,OおよびP元素のマッピング像である。
【0111】
(評価2)
実施例1~5および参考例1について再現性を検証した。各実施例/参考例において試験片を3個以上作製し、評価1と同様の方法により、交流インピーダンスを48時間測定し、浸漬48時間のときの分極抵抗を測定した。当該分極抵抗の平均値およびその誤差範囲(最大値と最小値)を
図15のグラフに示す。
図15のエラーバーが誤差範囲を表す。
図15において縦軸は分極抵抗(Ω・cm
2)を示す。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明の修復剤は、腐食の抑制が求められる物品(例えば、自動車、家電、金属製建材等の金属製品)の分野で有用である。
【符号の説明】
【0113】
1:金属基材
2:めっき層
10:めっき基材
13:欠陥(引っかき傷)
14:保護皮膜
40:絶縁層
41:第1ポリマー層
42:第2ポリマー層
43:第3ポリマー層