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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-20
(45)【発行日】2022-06-28
(54)【発明の名称】地震時の列車走行性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 17/08 20060101AFI20220621BHJP
   E01D 1/00 20060101ALI20220621BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20220621BHJP
【FI】
G01M17/08
E01D1/00 Z
G01M99/00 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019116312
(22)【出願日】2019-06-24
(65)【公開番号】P2021001836
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2021-08-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】徳永 宗正
(72)【発明者】
【氏名】成田 顕次
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-15122(JP,A)
【文献】特開2015-78554(JP,A)
【文献】特開平11-264112(JP,A)
【文献】特開2001-71904(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 17/00-99/00
E01D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両データ、構造物データ及び地震動データに基づいて行われる地震時の列車走行性の評価方法であって、
評価対象線区の構造物の上面の有効加速度の応答値を求めるステップと、
前記構造物の卓越周期に基づいて予め設定された前記有効加速度の限界値と応答値との比に基づく振動加速度指標を算定するステップと、
前記評価対象線区の構造物境界の折れ角の応答値を求めるステップと、
列車速度に基づいて予め設定された前記折れ角の限界値と応答値との比に基づく不同変位指標を算定するステップと、
前記振動加速度指標と前記不同変位指標との和から地震時の列車走行性の評価値を算定するステップとを備えたことを特徴とする地震時の列車走行性の評価方法。
【請求項2】
車両データ、構造物データ及び地震動データに基づいて行われる地震時の列車走行性の評価方法であって、
地震時の列車走行性の評価値RSIを、以下の式で求めることを特徴とする地震時の列車走行性の評価方法。

ここで、αr,αlimは評価対象線区の構造物上面の有効加速度の応答値と限界値、θr,θlimは前記評価対象線区の構造物境界の折れ角の応答値と限界値、Vは列車速度(km/h)、T' eqは構造物の卓越周期(s)、PSA,PSDは地震波入力に対する車両が脱線する限界時の構造物の絶対加速度と相対変位を示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両データ、構造物データ及び地震動データに基づいて行われる地震時の列車走行性の評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の大規模地震動の頻発に対し、特に構造物上の地震時列車走行性への対策が進められている。既設構造物の耐震対策を実施していくうえで、構造物自体の耐力や変形性能の向上に加えて、地震時列車走行性の向上、すなわち脱線弱点箇所の的確な抽出と、弱点に応じた対策工法の選定が必要となる。
【0003】
鉄道車両の脱線現象は、詳細な数値シミュレーションに基づき評価することができる技術レベルにあり、長大線区全体をモデル化したうえで、脱線・逸脱限界や対策効果等については定量的な評価も可能になっている(非特許文献1-4など参照)。
【0004】
一方でこれらの手法は、高い解析コストを要することや、入力パラメータの整理や解析結果の評価が煩雑となり、適用に高度な技術レベルが要求されることとなる。数100km単位の既設長大線区の耐震対策を実施する場合には、一定の精度を確保したうえで、効率的に対策箇所と対策工法を選定していく必要があることから、これらの手法を直接、既設長大線区に適用していくのは難しい。
【0005】
そこで、特許文献1に示すような、変位制限指標を利用することで、詳細な走行シミュレーションを実施することなく、短時間で容易に地震時走行性に関する弱点構造物を線区内から抽出することができる方法が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-15122号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】涌井、外3名、「鉄道車両と線路構造物との連成応答解析法に関する研究」、土木学会論文集、No.513/I-31,pp.129-138,1995
【文献】松本、外3名、「非線形応答を考慮した鉄道車両と構造物との連成応答解析法に関する研究」、土木学会論文集(A編)、Vol.63,No.3,pp.533-551,2007
【文献】曽我部、外4名、「各種対策工が地震時車両走行性に関するフラジリティ曲線に及ぼす影響」、鉄道工学シンポジウム論文集、Vol.18,pp.39-46,2014
【文献】鉄道総合技術研究所、「鉄道構造物等設計標準・同解説(変位制限)」、丸善、2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、簡易さと予測精度とはトレードオフの関係になりやすいものではあるが、精度に対する要求も高く、常に高精度で簡易に適用できる手法の開発が望まれているのが現実である。
【0009】
そこで、本発明は、長大線区にも適用可能な簡易的な手法であるうえに、非線形化した構造物についても高精度な評価を行うことが可能な地震時の列車走行性の評価方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明の地震時の列車走行性の評価方法は、車両データ、構造物データ及び地震動データに基づいて行われる地震時の列車走行性の評価方法であって、評価対象線区の構造物の上面の有効加速度の応答値を求めるステップと、前記構造物の卓越周期に基づいて予め設定された前記有効加速度の限界値と応答値との比に基づく振動加速度指標を算定するステップと、前記評価対象線区の構造物境界の折れ角の応答値を求めるステップと、列車速度に基づいて予め設定された前記折れ角の限界値と応答値との比に基づく不同変位指標を算定するステップと、前記振動加速度指標と前記不同変位指標との和から地震時の列車走行性の評価値を算定するステップとを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
このように構成された本発明の地震時の列車走行性の評価方法は、評価対象線区の構造物の上面の有効加速度と構造物境界の折れ角とを使用し、それらの応答値と限界値との比に基づいて算定された指標によって地震時の列車走行性の評価値を算定する。そして、この際には、限界値に予め設定された値を使用する。
【0012】
このように限界値の算定を長大線区への適用時に行わなくてもよいので簡易的な手法となるうえに、詳細な数値シミュレーション結果などに基づいて設定された限界値を使用することで、非線形化した構造物についても高精度な評価を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法を概念的に示した説明図である。
図2】脱線限界の解析に用いられる構造物の力学モデルを概念的に示した説明図である。
図3】不同変位の基本形状を説明する図であって、(a)は単一折れ角の形状の説明図、(b)は折れ込みの形状の説明図、(c)は平行移動の形状の説明図、(d)は弾性床上モデルの説明図である。
図4】評価対象線区の構造物の力学モデルを概念的に示した説明図である。
図5】本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法を従来法と比較して説明する説明図である。
図6】構造物の非線形化が脱線限界に及ぼす影響を示すための説明図である。
図7】異なる指標による脱線限界のばらつきを比較した説明図である。
図8】複数の車両による単一折れ角の不同変位に関する脱線限界を例示した説明図である。
図9】不同変位に関する脱線限界を説明する図であって、(a)は折れ込みと単一折れ角との比で示した説明図、(b)は平行移動と単一折れ角との比で示した説明図である。
図10】振動加速度と不同変位とを連成したときの脱線限界を例示した説明図である。
図11】振動加速度と不同変位とを連成したときの脱線限界に列車速度が及ぼす影響を検討するための説明図である。
図12】予め設定される構造物の有効加速度の限界値に関する説明図である。
図13】予め設定される構造物境界の折れ角の限界値に関する説明図である。
図14】本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法を詳細解析結果と比較して示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法を概念的に示した説明図である。本実施の形態の評価方法を適用する評価対象線区1は、新幹線車両などの車両3が走行する軌道11が敷設された延伸距離が長くなる区間である。
【0015】
評価対象線区1には、調整桁式ラーメン高架橋、桁式高架橋、ラーメン橋台を有する架道橋などが存在する。ラーメン高架橋13や橋脚12間に架け渡される桁の上には、構造物である床版2が設けられ、その床版2の上面となる天端21に軌道11が敷設される。
【0016】
一方、軌道11の延伸方向に連続して配置される床版2,・・・は、床版2,2間となる構造物境界22に目違いや折れ角などが生じて、高速で走行する車両3の列車走行性に影響を及ぼす。特に折れ角は、隣接する床版2,2をそれぞれ支持する橋脚12の経年による沈下量の違いなど、不同変位が原因となって起きることが多い。
【0017】
そして、地震時の列車走行性は、構造物の天端21の振動加速度と不同変位とに大きく影響を受ける。振動加速度は、構造物の水平方向の応答により車両3が加振されて車両挙動に影響を及ぼすものである。一方、不同変位は、構造物応答により軌道面に発生する不整を通過することにより、通過車両の応答に影響を及ぼすものである。
【0018】
図2は、脱線限界の解析に用いられる構造物の力学モデルを概念的に説明するための図である。この図に示すように、振動変位は、剛体の軌道11が線路直角方向に1自由度の構造物(質量m)に剛結されたモデルに対して地震動等の加速度を入力することで表現される。ここで、構造物の下端には、構造物質量mの500倍(又は1000倍)の質量を有する加速度入力用の巨大質量を設ける。一方、不同変位は、剛体の軌道11上の左右方向のレール不整によりモデル化することができる。
【0019】
構造物は、図2の右上に示したように、トリリニア型の骨格曲線で、標準型の履歴特性を持つ1自由度系でモデル化することができる。骨格曲線は、等価固有周期Teq、降伏震度khy、最大震度khmaxをパラメータとして設定し、2次勾配を1次勾配の1/10、3次勾配を1次勾配の1/100とする。また減衰は、構造物の各モードのモード減衰比ζとして5%とする。これらのデータは、構造物データとして使用できる。
【0020】
入力地震動の地震波には、「鉄道構造物等設計標準・同解説(耐震設計)2012」などに設計地震動6波や観測地震動6波などとして記載された入力波形を用いることができる。地震波には、低周波地震と呼ばれるものと、高周波地震と呼ばれるものとがある。また、地震動の大きさに応じて、L1地震動(レベル1地震動:中規模の地震)、L2地震動(レベル2地震動:大地震)という区分けがされる。これらが地震動データとなる。
【0021】
図3には、不同変位(角折れ)の形状を説明するために、基本形状と緩衝区間KAのモデル図を示した。角折れは、構造物境界22で発生するもので、図3(a)は、折れ角θの「単一折れ角」の形状を示している。
【0022】
また、図3(b)は、V字形に水平方向に変形する「折れ込み」の形状を示す図で、Lは角折れが発生するスパン長を示している。さらに、図3(c)は、「平行移動」と称される形状を示している。
【0023】
そして、これらの角折れ箇所には、緩衝区間KAとなるモデル化が施される。すなわち、角折れ箇所前後は、そのままでは曲率の不連続性が発生してしまうため、それを解消するためにモデル化にあたっては、緩衝区間KAに図3(d)に示すような弾性床上モデルDSを設ける。
【0024】
図4は、評価対象線区1の構造物の力学モデルを概念的に説明する図である。橋脚12の位置には1本の非線形ばねを配置し、ラーメン高架橋13の範囲はその両端に2本の非線形ばねを配置し、それらの線路直角方向の水平応答をモデル化する。
【0025】
また、天端21が形成される構造物上層は、充分に剛な梁要素でモデル化し、構造物(2,2)間はヒンジ結合を仮定する。構造物の非線形性は、予めプッシュオーバー解析などにより骨格曲線を求めておき、これに基づき標準トリリニア型の非線形水平ばねを設けて考慮することができる。
【0026】
ここまでの説明は、脱線前後の車両挙動を解析可能な新幹線車両と鉄道構造物との動的相互作用解析プログラムDIASTARS III(非特許文献3など参照)を用いる場合の説明と共通する。
【0027】
本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法は、上記動的相互作用解析プログラムDIASTARS IIIなどをすべてに用いた場合のように、詳細な数値解析(以下、「詳細解析」という。)により鉄道車両の脱線現象を再現する手法ではない。本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法(以下、「本簡易手法」という。)では、車両3を直接モデル化せずに、構造物の応答に基づき車両の脱線を評価する。
【0028】
図5は、本簡易手法を従来法と比較して説明する図である。「従来法の限界範囲」として図示されている破線で囲まれた領域は、非特許文献4(「鉄道構造物等設計標準・同解説(変位制限)」(以下、「変位制限標準」という。))に記載された従来の簡易的な評価基準である。
【0029】
この図に示すように、従来法では、ごく狭い領域に入る場合しか安全と判断されないことになるが、詳細解析を行うと、この領域に入らなくても充分に安全と言える構造物が存在する。そこで、本簡易手法では、詳細解析による検討結果に基づいた設定値を使用することにより、高精度の簡易評価が行えるようにする。以下、その詳細について説明する。
【0030】
図6は、構造物の非線形化が脱線限界に及ぼす影響を説明するために、詳細解析を行った結果を示した図である。この図で縦軸とした脱線限界の「PSA」は、地震波入力に対する車両3が脱線する限界時の構造物の絶対加速度(Peak Structure Acceleration)を示す。また、横軸は、構造物の絶対加速度の応答波形の周波数分析から得られた卓越振動数fsとした。
【0031】
この図には、構造物の降伏震度khyを0.3と0.7にしたケース及び線形としたケースの詳細解析結果がプロットされている。また、脱線限界PSAを算出するにあたり、2.5Hzを閾値としたローパスフィルタを通過させた応答波形の最大値を用いた。これにより、高周波地震に対する見かけ上の限界値の増加を抑制した。
【0032】
さらに図6には、全降伏震度を対象とした卓越振動数毎の平均値と90%信頼範囲とを示した。信頼区間の算出にあたっては、横軸に対して0.3Hzを範囲に卓越振動数fsが存在するケースのばらつきを評価した。なお、入力地震動の振幅範囲においては、脱線に至らないケースは除外されている。
【0033】
脱線限界PSAは、降伏震度khyの低下と共に低下し、ばらつきは卓越振動数fsの増加と共に増加している。また、卓越振動数fsが2.5Hzより大きくなる領域では、脱線限界PSAの90%信頼範囲の下限値が低下しており、ばらつきが大きくなっていることが分かる。
【0034】
図7は、異なる指標による脱線限界のばらつきを比較して説明するための図である。ここで、PSA以外の脱線限界の指標としては、地震波入力に対する車両3が脱線する限界時の構造物の相対速度である「PSV」(Peak Structure Velocity)、相対変位である「PSD」(Peak Structure Displacement)の結果を示す。また、変位制限標準の指標である「SI」(SI値)との比較も行う。
【0035】
図7では、各指標における限界値の変動係数を示した。この変動係数は、詳細解析の平均値と標準偏差に基づいて算出することができる。この図から、「PSD」は特に卓越振動数fsが1.5Hz程度以下の領域において変動係数が50%以上となるばらつきを示した。また、「PSV」は、全周波数領域において変動係数が50%程度であった。要するに、「PSD」と「PSV」の指標は、他の2つの指標と比較してばらつきが大きくなると言える。
【0036】
そして、「PSA」は、卓越振動数fsが0.5Hz程度以下の領域において変動係数が5%-10%程度、0.5Hz < fs < 1.6Hz程度の領域において変動係数がSI値と同様の10%-20%程度、卓越振動数fsが1.6Hz程度以上の領域においては変動係数が30%-50%程度となった。これらの結果から、構造物の非線形挙動を考慮した場合に、一般的な構造物の卓越振動数の範囲となる0.5Hz <fs < 1.6Hz程度の範囲では、「PSA」が最もばらつきが小さいことが分かる。このため、非線形挙動まで考慮した場合には、「PSA」が実構造物の評価を行う際の脱線限界として、最も適していると言える。
【0037】
図8は、単一折れ角の不同変位に関する脱線限界を、異なる車両種別の車両(A,B,C)を使用して算出した結果を例示した図である。ここで、横軸は列車速度V(km/h)、縦軸は脱線が発生する折れ角θlim(mrad)である。
【0038】
この図から、列車速度Vの増加と共に折れ角θlimが概ね反比例の関係で低下することと、車両種別(車両A、車両B、車両C)の影響でθlimが10mrad程度変化することが分かる。これらの傾向は、他の折れ角の形状(「折れ込み」、「平行移動」)についても言える。このような列車速度や車両種別などが、車両データとして使用できる。
【0039】
地震時には、軌道面に不同変位が発生し、車軸を介して車両自身を水平方向に加振しながら車両3は走行することとなる。軌道面に生じる連続する角折れ上を車両3が通過する際に、車体応答の位相と加振のタイミングとが一致した場合には、車両振動が次第に増加していくことになる。
【0040】
図9は、不同変位に関する脱線限界を説明する図である。図9(a)は、連続折れ角による車両振動の増加率を、折れ込みと単一折れ角との比(折れ込み/単一折れ角)で示している。また、図9(b)は、平行移動と単一折れ角との比(平行移動/単一折れ角)で示している。
【0041】
これらの図中の各プロットは、連続折れ角/単一折れ角の詳細解析による解析値である。図に実線で示した最大加速度線AMは、横軸μ(=Lb・fV /V、fvは車両の固有振動数、Vは列車速度)に対して周期を持って増減し、全体的にはμの増加と共に増加率が低減することが確認できる。μ<1程度の領域においては増加率が大きくなるケースが多く、折れ込みの場合は1.3程度、平行移動の場合は1.6程度の値を示す一方で、概して増加率が1以下となるケースは少ないことが分かる。
【0042】
列車速度Vにも依存することになるが、μ<1程度の領域、換言すると新たな折れ角が100m程度以内に発生する場合には、連続折れ角の影響が重畳する場合があることが分かる。折れ込みの場合では、解析値が最大加速度線AMの傾向と近く、最大値も概ね一致しているので、上記理論で現象の傾向を捉えられていると考えられる。
【0043】
一方、平行移動の場合は、μが0.2以下の領域(超高速領域)において、解析値が最大加速度線AMを上回る傾向であるが、増加率の最大値は1.6程度であり概ね一致している。このように最大加速度線AMで示された連続折れ角による増加率を俯瞰できると考えると、増加率を包絡線ALによって安全側に評価することができるようになる。
【0044】
図10は、振動加速度と不同変位とを連成したときの脱線限界を例示した説明図である。ここで、振動加速度に対しては加振振動数0.5Hzの5周期分の正弦波を入力し、不同変位に対しては単一折れ角を導入した。また、列車速度Vが260km/hのケースの解析結果である。
【0045】
この解析結果を示した図から、概して位相が180°、すなわち逆位相となる場合は振動加速度と不同変位との連成の程度が小さくなる一方、位相が0°と360°、すなわち同位相となる場合は連成の程度が大きくなり、脱線限界曲線が内側へ移動することが分かる。このような傾向は、連成の程度は異なるものの、折れ角の形状や加振振動数が変わっても同様になることを確認している。
【0046】
図11は、単一折れ角の振動加速度と不同変位とを連成したときの脱線限界に列車速度が及ぼす影響を検討するための図である。この図では、縦軸を図10のαlimを振動加速度のみの場合の限界値αlim0で無次元化した値Α(=αlimlim0)とし、横軸を図10のθlimを不同変位のみの場合の限界値θlim0で無次元化した値Θ(=θlimlim0)とした。
【0047】
この図に示した詳細解析結果を見ると、振動加速度と不同変位とが連成した場合の脱線限界の傾向は、列車速度Vによっては変化しておらず、横軸をθlim0により無次元化することで列車速度Vの変化が及ぼす影響を考慮できている事が分かる。
【0048】
上記したように連成の程度は加振周期や位相の一致度に大きく依存するものの、俯瞰的にはΑとΘの和が1程度を超過した場合に脱線が発生していることが分かる。そして、これらの結果から、図に示したA0.7+Θ1.8=1の脱線限界を示す曲線が、脱線発生の可能性を評価する際の基準にできると言える。
【0049】
そこで、本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法では、振動加速度と不同変位との連成を考慮した地震時走行性評価式RSI(Running Safety Index)を適用する。以下に、その式を示す。
【数1】
ここで、αr,αlimは構造物上面となる床版2の天端21の有効加速度の応答値と限界値である。詳細には、αrは構造物の応答加速度の最大値となる。この最大値は、構造物の固有振動数が2Hz以上の場合は2.5Hz以下のローパスフィルタを通過させた波形を用いて算出する。また、θr,θlimは構造物境界22の折れ角の応答値と限界値である。
【0050】
そして、(αrlim)0.7を振動加速度指標とし、(θrlim)1.8を不同変位指標とし、RSIを評価値として、RSI>1で構造物の地震時応答によって車両3の脱線が発生する可能性が高いと評価し、RSI≦1で安全な構造物であると評価する。
【0051】
続いて、αlimを定義する限界有効加速度αlim pro.の式と、θlimを定義する限界折れ角θlim pro.の式を示す。
【数2】
【数3】
【0052】
ここで、θlim pro.は列車速度V(km/h)に依存する単一折れ角に対する限界値θlim0 pro.を設定し、連続折れ角の影響度として60%低減させた値とした。T'eqは構造物の卓越周期(s)であり、構造物の非線形応答時の卓越周期となる以下の式によって得られるものとした。
【数4】
ここで、PSAは地震波入力に対する車両が脱線する限界時の構造物の絶対加速度、PSDは地震波入力に対する車両が脱線する限界時の構造物の相対変位である。なお、線形応答時は、基本的にはT'eq= Teqが成立する。
【0053】
図12は、構造物の有効加速度の限界値の設定について説明するための図である。図には、上記[数2]の式で示されるαlim pro.とL1地震動を8種類の地盤種別(G0-G7)に入力したときの弾性加速度応答値を示した。αlim pro.(α値)は、振動加速度のみが作用する場合の限界値として、図6で示した脱線限界となる全解析ケースのPSAを包絡するように設定した。この包絡線の0.9倍は、変位制限標準の指標であるSIの限界値と同義となる。
【0054】
この図から、G4-G6地盤のT'eq=1.5(s)程度の場合では応答値が0.9αlim pro.を超過しているが、α値で従来のSI値と同等の照査が可能であることが分かる。α値を用いた場合、構造物が線形応答の範囲となるときには、地震動の弾性加速度応答スペクトルから直接振動加速度の照査が可能となり、SI値のように煩雑な数値積分を要しないという利点がある。
【0055】
図13は、構造物境界の折れ角の限界値の設定について説明するための図である。ここで、θlim0 pro.は単一折れ角に対する限界値であり、図8で示した数値解析結果の概ね下限値となるように、列車速度V(km/h)に対して反比例となる式で設定した。θlim pro.は連続する折れ角に対する限界値である。
【0056】
純粋な折れ角や平行移動の場合は、折れ角による応答重畳が1回から2回となるが、実構造物の並びを想定すると、折れ角や平行移動が位置に依存して連なる形状となる。また、車両系の減衰を考えると、応答が10%まで減衰するまでにかかる時間が3秒程度であり、その間に列車は200m-300mの走行をし、通過する折れ角の影響を受けることとなる。
【0057】
一方、連続する折れ角による応答の位相は、構造物スパンや列車速度、車両系の振動特性に依存して変化することから、必ずしも増幅効果となる場合ばかりではなく、図9から分かるように重畳の影響が顕著となるのがμ<1程度の限られた領域である。
【0058】
また、折れ込みが発生しやすい桁式高架区間等においても、架道橋部等において構造物応答の位相によっては「平行移動」形状が発生する場合がある。そこで、「平行移動」の方が増加率が大きく安全側の評価を与えることなどを勘案して、連続する折れ角に対する脱線限界折れ角θlim pro.は、θlim0 pro.に対して「平行移動」に対する包絡線ALの最大値1.6(図9(b)参照)により除算した値とした。
【0059】
また、図13には変位制限標準による限界折れ角を併せて示している。限界折れ角は、振動変位による限界値を平均的に10%程度低下させる量として規定されている。上記[数1]の式にRSI=1、αrlim =0.9を代入すると、θrlim=0.23が得られる。すなわち、[数1]式に基づくと、振動変位の限界値を10%低下させる折れ角は、折れ角が単独で作用する場合の0.23倍の値となることを意味する。
【0060】
この図に示したように、0.23θlim pro.と変位制限標準で示される限界折れ角とが概ね一致しており、[数1]式と従来の照査法とで、同等の振動加速度(振動変位)及び不同変位の照査が可能であることが分かる。
【0061】
続いて、本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法(本簡易手法)の妥当性について、図14を参照しながら検証する。ここで、図14は、本簡易手法を詳細解析結果と比較して示した説明図である。
【0062】
長大実線区となる評価対象線区1の構造物諸元(構造物データ)としては、構造物高さ、降伏震度、等価固有周期などがある。実線区の約5km程度となる対象線区は、調整桁式ラーメン高架橋及び桁式高架橋、並びにラーメン橋台を有する架道橋等で構成されており、構造物高さが5m-15m程度の間で変化する。また、地盤種別にはG2-G5などがある。
【0063】
また、降伏震度や等価固有周期等の骨格曲線は、別途実施されたプッシュオーバー解析(漸増載荷解析法)の結果を補間した値に基づき設定し、入力地震動(地震動データ)は各地点で変化させた解析を行った。車両種別(車両データ)は、図8で車両Cと示したものを使用した。
【0064】
この解析結果から、構造形式や高さが変化する箇所においては、降伏震度及び等価固有周期が大きく変化することが確認できた。また、複数の箇所で現地測定を実施しており、非接触式速度計により常時微動と列車通過時応答の測定を実施した。さらに、ラーメン高架橋の柱の上端と下端の橋軸直角方向の振動を同期測定した。実測の弾性固有振動数は、2.5Hz-2.9Hz程度であったことから、弾性固有周期は0.35秒-0.4秒程度と同定された。一方、設定した等価固有周期は0.7秒-1.0秒程度であったことから、弾性固有周期に対して2倍-2.4倍程度の長周期側の値であることが分かった。
【0065】
そして、図14には、詳細解析結果と本簡易手法による脱線限界倍率との関係を示した。ここで、縦軸の構造物寄与度は、振動加速度の寄与度(αrlim)0.7と不同変位の寄与度(θrlim)1.8との和である。この図において、構造物寄与度の振動加速度及び不同変位による各成分に着目することで、該当箇所の各成分を定量的に評価することが可能となる。
【0066】
例えば、距離程が1.21km付近では不同変位が卓越することで脱線が発生するが、その原因が寄与度全体の60% - 70%程度を占める不同変位であることが定量的に分かる。さらに、2.7km - 4km程度に位置するそれぞれの架道橋部では、この傾向が顕著であり、不同変位が占める割合は寄与度全体の70% - 80%程度に達している。
【0067】
一方、列車速度を120km/hまで低下させた解析ケースでは、不同変位の限界値の増加により、不同変位が占める割合は寄与度全体の10% - 20%程度になることも確認できているので、地震動が発生した際に列車速度を低下させることができれば、不同変位に対する限界値が向上し、結果として地震時走行性が向上すると言える。
【0068】
そして、本簡易手法による各構造物の脱線限界倍率は、列車速度に関係なく詳細解析結果の下限となっており、特に脱線限界が大きく低下する弱点箇所ではその傾向を捉えられていることが確認できた。
【0069】
現行の変位制限標準では、L1地震動に対する走行安全性のみを要求しているが、仮にL2地震動を想定した場合には、振動加速度による寄与度自体が1を超過していることから、走行安全性を確保するのが非常に難しいことが分かる。
【0070】
そして、地震動規模によらず架道橋等が相対的な弱点箇所となる傾向は変化しておらず、本簡易手法による各構造物の脱線限界倍率は、L2地震動の場合でも詳細解析結果の下限を包絡しているので、地震時走行安全性の弱点箇所の判定が、本簡易手法によっても定量的に可能であることが分かる。
【0071】
要するに、長大線区において本簡易手法を用いることにより、詳細解析と同等程度に地震時走行安全性の評価を行うことが可能であり、対策上の優先順位を決めることができるようになるうえに、振動加速度や不同変位の寄与度から有効な対策工を選定することも可能になる。
【0072】
次に、本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法の作用について説明する。
このように構成された本実施の形態の地震時の列車走行性の評価方法は、評価対象線区1の構造物の上面(床版2の天端21)の有効加速度αと構造物境界22の折れ角θとを使用し、それらの応答値(αr,θr)と限界値(αlim,θlim)との比に基づいて算定された指標(振動加速度指標、不同変位指標)によって地震時の列車走行性の評価値RSIを算定する。そして、この際には、限界値に予め設定された値(αlim pro.,θlim pro.)を使用する。
【0073】
このように限界値の算定を長大線区への適用時に行わなくてもよいので簡易的な手法となるうえに、詳細な数値シミュレーション結果などに基づいて設定された限界値を使用することで、非線形化した構造物についても高精度な評価を行うことができるようになる。
【0074】
以上、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
例えば前記実施の形態では、限界値(αlim,θlim)に各車両種別に対して概ね下限となる値を定義したが、これに限定されるものではなく、本来車両種別に依存するものであることから、個別に設定できる場合には車両種別ごとに下限値を設定することもできる。
【符号の説明】
【0075】
1 :評価対象線区
2 :床版(構造物)
21 :天端(構造物上面)
22 :構造物境界
3 :車両
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