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  • 特許-粉末の固結防止剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-21
(45)【発行日】2022-06-29
(54)【発明の名称】粉末の固結防止剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 29/00 20160101AFI20220622BHJP
   A23L 31/10 20160101ALI20220622BHJP
   C12N 1/16 20060101ALN20220622BHJP
【FI】
A23L29/00
A23L31/10
C12N1/16 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018122569
(22)【出願日】2018-06-28
(65)【公開番号】P2020000098
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【弁理士】
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 知美
(72)【発明者】
【氏名】福田 雄典
(72)【発明者】
【氏名】阿孫 健一
【審査官】緒形 友美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/225813(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/104807(WO,A1)
【文献】特開2007-089543(JP,A)
【文献】特開2013-116101(JP,A)
【文献】特開昭51-115962(JP,A)
【文献】特開平7-274873(JP,A)
【文献】特開2014-079179(JP,A)
【文献】国際公開第2013/065732(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 29/00
C12N 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母由来の固結防止剤であって、
固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上である粉末食品用固結防止剤。
【請求項2】
蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上、平均粒径が150μm以下である、請求項1記載の食品用固結防止剤。
【請求項3】
酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程において、酵素反応後の組成物が固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上となるよう酵素反応を調整する工程を含む、請求項1または2に記載の食品用固結防止剤の製造方法。
【請求項4】
前記細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする請求項3に記載の食品用固結防止剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2の固結防止剤を粉末食品に添加し、粉末食品の固結を防止する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母菌体残渣から取得される粉末食品用の固結防止剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
粉末調味料等には有機酸や無機酸、又はそれらの塩、アミノ酸類などが使用されている。これらの中には保存中に他の成分と反応して固結化したり、空気中の水分を吸収して潮解、固結化したりしてしまうという課題があった。
【0003】
食品粉末の固結防止策としては、粉末中にデキストリンや澱粉、微粒二酸化ケイ素やリン酸三カルシウム、粉末セルロースを配合する方法や、乳化剤で粉末表面をコーティングする方法などが知られている。
【0004】
デキストリンや澱粉は使用に当たって条件は限定されないが、食品粉末の味を希釈してしまうため、満足感が低下してしまう。また、効果が十分でないことが多い。
【0005】
微粒二酸化ケイ素やリン酸三カルシウムはデキストリンと比較して効果が高く、味に影響することは無いが食品添加物であり、使用に当たって制限がある。また、安全性は認められているものの、近年の天然志向では好まれない傾向にある。
【0006】
乳化剤も同様に食品添加物であるために、近年の天然志向では好まれない傾向にあるほか、表面をコーティングするため、食品の香りに悪影響を与える場合がある。
【0007】
食品由来の固結防止剤としては他に、小麦、コーン、ダイズ、イエローピーなどから得られる水不溶性食物ファイバーを添加する方法(特許文献1)や、コーンスターチを添加する方法(特許文献2)などが報告されているが、これら穀物を使用した場合、原料の安定供給に懸念があった。
【0008】
他方、酵母には核酸、アミノ酸、ペプチドなどの成分が含まれており、その抽出物は医薬品であるグルタチオンの原料や、天然調味料である酵母エキスとして用いられているが、抽出の際に大量に副生する酵母菌体残渣の有効利用が課題とされてきた。
【0009】
酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣はグルカン、マンナン、マンノプロテイン、蛋白質、脂質、核酸を主要な成分とするものであるが、酵母エキス残渣にエキスを配合したブロッキングを起こしにくい粉末調味料も報告されている(特許文献3)。
【0010】
しかしながら、上記の方法は調味料として使用するためにエキス類を配合しているため、ブロッキング防止に対する効果が十分でない場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平5-84048
【文献】特開平7-184593
【文献】特開2007-89543
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、保存期間中にブロッキングを起こしやすい一般的な粉末食品に添加することで高い固結防止効果を示し、かつ添加した粉末食品の食味に影響しないような粉末の固結防止剤を提供することである。また、その食品用固結防止剤は、人体に安全であることが必要であり、安定供給が可能なものであることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題の解決に付き鋭意研究の結果、酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を適量反応させることで保水性が著しく向上することを見出し、その粉末が、添加した粉末食品のブロッキングを抑制することを見出した。
【0014】
すなわち本発明は、
(1)酵母由来の固結防止剤であって、
固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上である粉末食品用固結防止剤、
(2)蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上、平均粒径が150μm以下である、前記(1)記載の食品用固結防止剤、
(3)酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程において、酵素反応後の組成物が固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上となるよう酵素反応を調整する工程を含む、前記(1)または(2)に記載の食品用固結防止剤の製造方法、
(4)前記細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする前記(3)に記載の食品用固結防止剤の製造方法、
(5)前記(1)又は(2)の固結防止剤を粉末食品に添加し、粉末食品の固結を防止する方法、
に係るものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、酵母菌体から酵母エキスなどを抽出した酵母菌体残渣に対し、酵母細胞壁溶解酵素を酵母菌体残渣が特定の粘度になるように作用させることで、その保水性が著しく向上する。またこれにより、本発明の粉体を粉末食品に添加したり、液体食品に添加して一緒に粉末化したりすることで食品の固結を防止することができる。本発明の固結防止剤は、味や臭いが少ないため、食品の食味への影響はほとんど無い。
【0016】
また、原料として酵母エキスなどを抽出した後の菌体残渣を用いることが出来、そこから簡単な工程で菌体残渣そのものを固結防止剤とすることが出来る。トルラ酵母やビール酵母の菌体残渣は、調味料である酵母エキスや他の有用成分の生産に伴って大量に副生しており、本発明はその酵母菌体残渣を有効利用できるため、コスト、廃棄物削減の点でも、極めて有利である。また、動植物を原料とする場合と比較して、供給不安、価格変動、品質変動のリスクも少ない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】スナックシーズニングテスト粉末に、プランジャーで負荷を加えた後の粉末表面の様子である。
【0018】
図2】スナックシーズニングテスト粉末に、プランジャーで負荷を加えた際の荷重変化の波形である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明を具体的に説明する。本発明において原料として用いることのできる酵母菌体の種類は、酵母細胞壁溶解酵素により溶解可能なものである。たとえば、サッカロミセス、エンドミコプシス、サッカロミコデス、ネマトスポラ、キャンディダ、トルロプシス、プレタノミセス、ロドトルラなどの属に属する菌、あるいはいわゆるビール酵母、パン酵母、清酒酵母などが挙げられる。このうち、特に食経験が多いキャンディダ・ユティリス又はサッカロマイセス・セレビシエが望ましい。
【0020】
本発明の酵母菌体残渣とは、酵母に熱水、酸・アルカリ性溶液、自己消化、機械的破砕等のいずれか一つ以上を用いて抽出処理することにより、酵母エキスまたは有用成分を抜いた後の残渣である。例えば、興人ライフサイエンス(株)製の「KR酵母」が挙げられる。
このような残渣は一般的に、グルカン、マンナン、蛋白質、脂質、核酸を主要な成分とするものであるが、構造的にはグルカン、マンナン、蛋白質と他の成分が複合体となって強固に結合していることが推察される。
【0021】
本発明の固結防止剤を製造する方法は、まず上述の酵母菌体残渣に水を加えて、乾燥菌体重量で5~20重量%濃度の菌体懸濁液を調製する。必要であれば、菌体洗浄する工程を設けても良い。具体的な洗浄方法は、例えば、菌体懸濁液を遠心分離して酵母菌体残渣を取得し、再度水を加えて5~20重量%濃度の菌体懸濁液を調製する。調製した菌体懸濁液をpH5.5以上、望ましくはpH6.0~7.0に調整する。
【0022】
この菌体懸濁液に、細胞壁溶解酵素を添加する。この際に用いる細胞壁溶解酵素は、プロテアーゼを含まないグルカナーゼであることが望ましい。具体的には、ストレプトマイセス属由来のβグルカナーゼ「デナチームGEL」(ナガセケムテックス社製)、Taloromyces属由来のβグルカナーゼ「Giltrase BRX」(DSMジャパン社製)等があり、中でも「デナチームGEL」が望ましい。
【0023】
一般的に使用されている細胞壁溶解酵素の多くは、配合物または夾雑物としてプロテアーゼ活性物を含有しておりこのような細胞壁溶解酵素をそのまま用いると、得られた細胞壁画分は食物繊維含量の低いものとなる。たとえば、天野エンザイム社製「ツニカーゼFN」は、グルカナーゼとプロテアーゼの混合物の酵素製剤であり、このようなプロテアーゼを含有する酵素製剤を用いる場合には、酵素製剤中のプロテアーゼが作用しないような温度またはpHで作用させる必要がある。
細胞壁溶解酵素の添加量は、使用する原料の酵母残渣及び酵素によって異なるが、原料酵母菌体残渣の乾燥重量100g当たり4~200unitが望ましく、さらに望ましくは20~60unit添加である。
【0024】
細胞壁溶解酵素の添加後、50℃以上、望ましくは50~70℃、より望ましくは55~65℃で反応させる。反応時間は、2~7時間、望ましくは3~4時間酵素反応させるが、
酵素反応の時間は細胞壁溶解酵素の添加量及び原料の酵母残渣に応じて、適宜調整できる。酵素添加量が少なすぎるか反応時間が短すぎることにより、酵素反応が不十分な場合、反対に、酵素添加量が多すぎるか反応時間が長すぎることにより、酵素反応が進みすぎた場合の、どちらの場合も、保水性が不十分なものとなる。酵素反応の調整は、後段の方法により調整できる。
【0025】
本願発明の固結防止剤を製造する方法は、前述のように酵素を添加して製造するが、使用する酵母残渣、酵素の種類によって、反応条件が異なることがある。酵素反応後の組成物が、固形分10質量%の状態で、25℃の粘度が2000mPa・s以上となるように、望ましくは3000mPa・s以上となるように、さらに望ましくは5000mPa・s以上となるように、酵素添加量、反応時間を調整することで、本願発明の固結防止剤を製造することができる。調整方法は、酵素反応中、適宜サンプリングし、固形分10質量%の状態で、25℃の粘度を実施例の記載の方法で測定する。
【0026】
次いで、酵素反応後の組成物について、90℃、10分間以上の加熱処理などで酵素を失活させた後、乾燥して食品用固結防止剤とする。得られた固結防止剤粉末は、平均粒子径によって固結防止効果が異なるため、平均粒子径150μm以下、望ましくは100μm以下、より望ましくは50μm以下、さらに望ましくは20μm以下になるように適宜調整する。調整方法は、常法による粉砕等の一般的な方法で良い。
【0027】
酵母エキス抽出後の酵母菌体を原料として上記の製法により得られた食品用固結防止剤は、乾燥固形分10重量%の状態において、または粉末の場合は水と乾燥固形分10重量%の混合液にした時に、25℃の粘度が2000mPa・s以上、望ましくは3000mPa・s以上、さらに望ましくは5000mPa・s以上である。
【0028】
さらには、その乾燥物中の蛋白質含量が20重量%以上、望ましくは40重量%以上で、食物繊維含量が20重量%以上、望ましくは25重量%以上である。
なお、本願に記載の数値は、実施例に記載の方法により測定されたものである。
【0029】
本発明の固結防止剤は、対照とする粉末食品に対して、適宜添加し混合することで、対照食品の固結を防止することができる。添加量は、任意であるが、通常は、0.01~0.1重量%添加することで、対照食品の固結を防止することができる。混合方法は、任意である。対象とする食品は、特に制限はない。例としては、粉末スープ、粉末調味料、茶、コーヒーなどの粉末化飲料品、ビーフエキス、ポークエキス、酵母エキスなどの各種エキス粉末など粉末化した各種食品に利用することができる。
【実施例
【0030】
以下、実施例を挙げて、本発明を詳細に説明する。但し、本発明は、以下の態様に限定されるものではない。
【0031】
<蛋白質含量の測定方法>
本発明において、固結防止剤に含まれる蛋白質含量測定には加水分解法を用いた。固結防止剤の試料を6N 塩化水素にて110℃、24時間加水分解したのち前処理を行い全自動アミノ酸分析計(日立社製)にて測定して求めた。
【0032】
<食物繊維含量の測定方法>
固結防止剤の食物繊維含量測定には加水分解法を用いた。固結防止剤の試料を1N硫酸にて110℃、3.5時間加水分解して中和後、加水分解生成物であるマンノース、グルコースを液体クロマトグラフィーにて測定し、グルカン・マンナンへ換算して求めた。検出にはRI検出器、分離カラムはSP810(Shodex)、移動相は超純水を使用した。
【0033】
<粘度の測定方法>
固結防止剤等の試料の粘度は、b型粘度計(TOKIMEC社製、VISCOMETER-BM)を使用し、10重量%、25℃の粘度を測定した。
【0034】
<平均粒径の測定方法>
固結防止剤の平均粒径は、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置(MicrotracBEL社製、Microtrac MT3000)を使用し、2-プロパノールを分散媒とした際の体積平均径を測定した。
【0035】
<実施例1>
キャンディダ・ユティリス酵母エキス抽出後の酵母菌体「KR酵母」(興人ライフサイエンス社製)1kgを水に懸濁して10質量%とした後、60℃、pH6.5に調整後、細胞壁溶解酵素(ナガセケムテックス社製「デナチームGEL」)を1g加え、3時間作用させた。次いで90℃、15分で加熱処理した後、乾燥して粉末化し、実施例1の食品用固結防止剤を得た。
この固結防止剤は、10重量%、25℃の粘度は5700mPa・sであった。乾燥物中の蛋白質含量は57重量%、食物繊維含量は21重量%であった。また、この食品用固結防止剤は、平均粒子径は99.5μmであった。
【0036】
<実施例2>
実施例1の粉末をさらに粉砕し、平均粒子径48μmの粉末を得た。
【0037】
<実施例3>
実施例1の粉末をさらに粉砕し、平均粒子径15μmの粉末を得た。
【0038】
<比較例1>
本発明の固結防止剤の代わりに、微粒二酸化ケイ素(富士シリシア化学株式会社製、サイロページ720)を使用した。平均粒子径は4μmであった。
【0039】
<比較例2>
原料であるKR酵母について、酵素処理前に粘度を測定した結果、10重量%、25℃の粘度は60mPa・sであった。
【0040】
<比較例3>
実施例1において、細胞壁溶解酵素の添加量を10gにした以外は、実施例1と同様に実施して、比較例3の組成物を得た。この保水剤10重量%、25℃の粘度は1100mPa・sであった。
【0041】
<固結防止効果の測定方法>
表1の組成で作製したスナックシーズニング原料に、表2の組成でデキストリン又は実施例1~3の粉末又は比較例1の微粒二酸化ケイ素を混合し、テスト粉末を作製した。テスト粉末を24wellプレートに押し込まないように充填し、40℃で24時間放置して吸湿、固結させた。続いて、固結させた粉末に負荷を加えた際の荷重の変化をクリープメーター(山電社製、RE2-33005S)で測定した。なお、プランジャー直径5mm、測定速度1mm/sec、クリアランス90%とした。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
図1に示すように、実施例1~3の粉末をスナックシーズニングに添加することで、粉末の固結が防止され、対照例よりも表面のひび割れが明らかに減っている。また、図2に示すように、対照例では粉末の固結により負荷を加えるとひびが入り、荷重が上下しているが、実施例1~3の粉末を添加することで固結が防止され、比較例1と同様に荷重が安定している。また、比較例2、3においては、固結防止効果が見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の固結防止剤は、各種の粉末食品に添加して用いることができる。これにより、他の食品添加物指定の固結防止剤やデキストリン、粉末セルロースや食品由来ファイバーなどよりも優れた固結防止効果を示し、粉末食品の品質の低下を防ぐことが出来る。
図1
図2