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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-22
(45)【発行日】2022-06-30
(54)【発明の名称】脳梗塞に関する治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/352 20060101AFI20220623BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20220623BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220623BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220623BHJP
【FI】
A61K31/352
A61P9/10
A61P25/00
A61P43/00 105
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018032671
(22)【出願日】2018-02-27
(65)【公開番号】P2019147753
(43)【公開日】2019-09-05
【審査請求日】2021-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 祐司
(72)【発明者】
【氏名】服部 信孝
(72)【発明者】
【氏名】平 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】岸野 晶祥
(72)【発明者】
【氏名】山口 亮
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】特許第4975231(JP,B2)
【文献】国際公開第2015/174087(WO,A1)
【文献】神経治療,2009年,26(6),pp.753-758
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications,2008年,367,pp.109-115
【文献】Stroke,42(3),2011年,pp. e180, Abstract Number: W P68
【文献】Mol. Neurobiol.,2015年,52,pp.1093-1105
【文献】Mol. Neurobiol. ,2014年,49,pp.945-956
【文献】Nature Medicine,2006年,12(12),pp.1380-1389
【文献】先進医薬研究振興財団研究成果報告書 循環医学分野,2018年,Vol.2017,pp.172-174
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/33-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学構造式で示される化合物(SM-345431)及び少なくとも1つの薬学上許容される担体を含む、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を治療するための医薬組成物。
【化1】
【請求項2】
脳梗塞の発症後7日目以降に投与される、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
脳梗塞の発症後7日目~13日目まで毎日投与される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
脳梗塞の発症後少なくとも7日目~13日目まで毎日及び3週間目及び/又は4週間目にさらに投与される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
脳梗塞の発症後8日目~14日目における少なくとも1日及び3週間目及び/又は4週間目にさらに投与される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項6】
傷害が生じた神経及び軸索を再生させるための、請求項1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
傷害が生じた軸索を伸展させるための、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項8】
亜急性期又は慢性期の脳梗塞に生じる生体における神経機能及び運動機能を改善するための、請求項1~7のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項9】
脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、脳梗塞により生じた挺舌機能の回復を促進するか及び/又は前肢運動の機能を改善するための、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
亜急性期又は慢性期の脳梗塞において、傷害が生じた神経及び軸索を再生し、神経機能及び運動機能を改善するための、請求項1~8のいずれかに記載の医薬組成物
【請求項11】
脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、対象の死亡率を低下させるための、請求項1~10のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項12】
脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、梗塞巣において血管新生を促進するための、請求項1~11のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項13】
脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、神経新生を促進するための、請求項1~12のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項14】
SM-345431及び少なくとも1つの薬学上許容される担体を含む、脳梗塞後亜急性期において、虚血後軸索再生を促進させるための医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脳梗塞を治療するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞では、脳血管の詰まり、血流循環の低下などにより、脳組織が酸素欠乏、栄養不足などに陥り、その状態がある程度の時間続いた結果、脳組織が壊死・梗塞が認められる。
脳梗塞によって失われた機能の回復を図るため早期からリハビリの実施が行われているが、虚血性脳梗塞3年後、患者の20%-50%の患者が運動機能障害、言語障害などのハンディキャップを抱えている。
【0003】
脳梗塞の治療方法としては、急性期においては発症後4.5時間内でt-PAによる血栓溶解療法、発症48時間内でヘパリンによる抗凝固療法、血液希釈療法などが存在し梗塞エリアの抑制が図られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2002/009756号パンフレット
【文献】国際公開第2003/062243号パンフレット
【文献】特開2008-13530号公報
【文献】特許第4820170号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Brain Research, vol 914, 2001, page 1
【文献】Brain Research, vol 1344, 2010, page 209
【文献】Scientific reports, vol 5, 2015, page 7890
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
脳梗塞の治療方法として、上記のとおり急性期においては梗塞エリアを抑制するものが知られている一方で、急性期の後のステージである亜急性期又は慢性期における運動機能障害などの症状に対しては、根本的に有効な治療方法はないし、用いられる薬剤も存在しないのが現状である。
本発明は、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を処置又は治療に用いるための医薬組成物を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑み本発明者らは、亜急性期又は慢性期の脳梗塞に有効な化合物を探索したところ、ある種の化合物によって亜急性期又は慢性期の脳梗塞の治療を行いえる可能性を見出し、さらに鋭意研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
[1]下記の化学構造式で示される化合物(SM-345431)及び少なくとも1つの薬学上許容される担体を含む、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を治療するための医薬組成物。
【化1】

[2]脳梗塞の発症後7日目以降に投与される、上記[1]の医薬組成物。
[3]脳梗塞の発症後8日目~14日目における少なくとも1日及び3週間目及び/又は4週間目にさらに投与される、上記[2]の医薬組成物。
[4]傷害が生じた神経及び軸索を再生する、上記[1]~[3]のいずれかの医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を治療するための治療に用いるための治療薬剤が提供される。
より具体的には本発明によれば、発症後7日目以降に投与されても脳梗塞の治療が可能になる。
本発明による医薬組成物のうち脳梗塞の発症後8日目~14日目における少なくとも1日及び3週間目及び/又は4週間目にさらに投与されるものによれば、脳梗塞の治療をより効果的に行うことができる。
セマフォリンはこれまで約20種類ほど見出されているが、クラス3型と呼ばれるサブファミリーの遺伝子群は神経成長円錐の伸長を抑制する機能などを有し、特に研究が進んでいる。
クラス3型のセマフォリン(Sema3A)は、10 pMという低濃度で、神経細胞を退縮させることが知られ、Sema3Aを阻害する低分子化合物であるSM-345431は、損傷部での神経の再生を促し、例として脊髄損傷の改善が想定されている(特許文献1)。
一方、脳梗塞とSema3Aとの関連では、中大脳動脈閉塞による脳梗塞モデルにおいて、急性期でSema3A のmRNAの発現が脳内で増加していること(非特許文献1)、及びその下流の因子が活性化していることが知られている(非特許文献2)。さらに本モデルでは神経脱落スコア(Neurological Deficit Score、NDS)の悪化が認められるが、Sema3Aを欠損させた場合NDSの改善が認められることが明らかにされている(非特許文献3)。
【0009】
本発明の医薬組成物の有効成分として用いられる化合物であるSM-345431について、同化合物がセマフォリン阻害剤であり、セマフォリン阻害剤とはセマフォリンのいずれかが有する活性、例えば、細胞の遊走活性、細胞死誘導活性、細胞の球状化や成長円錐の退縮といった細胞の形態変化、神経突起伸長抑制あるいは促進活性、神経細胞の樹状突起の伸長促進あるいは抑制活性、神経軸索ガイダンス活性などを阻害する物質であることが、特許文献1には記載されている。また、特許文献1記載されている脊髄神経の損傷及び/又は末梢神経の損傷を伴う疾患を含む神経障害疾患及び/又は神経変性疾患の予防若しくは治療剤が治療の対象とする疾患には、脳梗塞などに起因する神経障害や脳梗塞が包含されていることが、同文献には記載されている。
特許文献4には「ラット中大脳動脈閉塞モデルにおける薬理試験例」として、脳神経細胞の障害は、永久中大脳動脈閉塞または中大脳動脈閉塞-再開通によって生じる脳梗塞巣の大きさとして評価できることや、脳梗塞巣に存在する神経線維の数、再生神経線維の数、あるいは健常部より梗塞部へと進入する線維の数についても定量化でき、障害の程度を知る指標となり、これらのパラメーターを指標として抑制効果を有する虚血性脳血管障害治療剤または予防剤の薬理作用を確認できることが開示され、被験物質としてSM-345431(同文献においては「SPF-3059-5」と表記されている)が挙げられている。
【0010】
脳梗塞とSema3Aとの関係について、上記のとおり急性期の脳梗塞の病態においてSema3Aが関与することは知られていた。また、SM-345431がセマフォリン阻害剤であることも知られている。
【0011】
しかしながらSema3Aが亜急性期又は慢性期の脳梗塞に関与していることはこれまで知られていないし、亜急性期又は慢性期において、セマフォリン阻害剤により対象の運動機能の改善がなされることについては、これまで示唆さえなされていない。また特許文献1や特許文献4に、脳梗塞についての試験結果等は示されていない。
さらに、脳梗塞の急性期では虚血性障害に起因する神経細胞死がおこる一方で、亜急性期及び慢性期においては神経細胞死が顕著ではない。亜急性期から慢性期において軸索再生をはじめとした虚血性障害後の神経再生が徐々にはじまるが、セマフォリン3Aをはじめとした軸索再生阻害因子やグリア瘢痕等により神経の回復は困難である。
【0012】
これに対して本発明者らは、Sema3Aが亜急性期又は慢性期の脳梗塞に関与していることを明らかにしたうえで、本発明の医薬組成物が脳梗塞後亜急性期においてセマフォリン3Aを機能阻害することによりRnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βシグナルを介して虚血後軸索再生を促進させる可能性があることを把握し、さらに亜急性期又は慢性期の脳梗塞に生じる生体における神経機能及び運動機能が、本発明の医薬組成物により有意に改善されることを明らかにした。 したがって本発明の医薬組成物は上記各文献に記載されている技術を含む従来技術からは想到しえないものであるし、本発明の医薬組成物が奏する、亜急性期又は慢性期の脳梗塞に有効な治療剤としての効果は従来技術からは予測不能な顕著な効果である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の医薬組成物について、脳梗塞モデルの挺舌機能回復促進についての効果を調べる試験における測定値の測定方法を示す。(a)中、ホームケージに一晩静置されたラット(右側の写真図(b))が、チューブの上端からチューブの壁のピーナッツバターを舐め取った長さ(深さ)として、矢印で示された部分の長さを測定する。
図2】本発明の医薬組成物により、挺舌機能の回復が促進されたことを示すグラフである。「SM-345431」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図3】実施例2における試験の方法を示す図である。ラットを頭が下向きになるように傾斜版の上に乗せると、ラットは下に滑り落ちないように四肢を突っ張って耐えようとする(左側の写真図(a))。右側の図(b)は、ラットが滑り落ちない最大の傾斜角度(θ)と体重から耐えることのできた斜面方向の力(N)を示す図である。「SM-345431」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図4】本発明の医薬組成物により、傾斜角度と耐えられた下向きの力のいずれについても、有意に回復が促進されたことを示す図である。「阻害剤」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図5】実施例3における試験の結果を示す図である。グラフの縦軸は生存率を、横軸は術後日数(例えば「day0」は手術当日を、「day1」は術後1日目)を、それぞれ表す。グラフ中の数値(「110」、「96」、「44」、「45」、「30」、「24」)は、それぞれ生存していた個体の数を表す。day0に投与を行った後、傷害15日後(day15。投与8日後)の生存率は、Vehicleにおいては53.3%であったのに対して本発明の医薬組成物により68.2%となり、本発明の医薬組成物の投与により死亡率が抑制される傾向が示された。「SM-345431」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図6】実施例4において、血管内皮細胞のマーカーである von Willebrand Factor (vWF)の抗体で免疫染色を行った結果(皮質梗塞部位の強拡大像)を示す図である。右側の写真(b)が本発明の医薬組成物投与群についての結果を示し、左側の写真図はPBS投与群についての結果を示す。「SM-345431」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図7】本発明の医薬組成物により、梗塞巣において血管新生が促進されることを示す図である。左側の図(c)は血管数密度を示し、右側の図(d)は個々の血管の断面積を示す。「SM」の表記は本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図8】実施例4記載の方法にて、8μmの薄切切片スライドを作製し、神経前駆細胞マーカーDCXに対する抗体で脳組織切片を免疫染色した結果を示す図、及び画像解析によりDCX陽性部位の面積を定量した結果を示す図である。本発明の医薬組成物により、脳室下帯(SVZ)におけるDCX陽性細胞の増加と梗塞部位に向けたマイグレーションの促進が観察され(右側の2つ写真図のうち下の写真図)、DCX陽性部位の面積も増加していた(下の2つのグラフのうち右側のグラフ。単位はmm)。「SM-345431」及び「SM」の表記は、いずれも本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図9】参考例1(脳梗塞モデルラットのPeri-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に関する検討)における、ラット中大脳動脈閉塞モデルのperi-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの発現について、peri-infarct areaの領域についての図示による説明とともに(左側のA図)、セマフォリン3AがpNFH(軸索のマーカーである)ではなくMAP2(神経細胞体のマーカーである)と共発現したことを示す写真図である(右側のB図。とくに矢印により示される箇所)。
図10】参考例1において、ラット中大脳動脈閉塞モデルperi-infarct areaにおける セマフォリン3A発現の推移(セマフォリン3AとMAP2との共陽性細胞の密度の経時的変化)を示すグラフである。
図11】実施例6(ラット初代神経細胞におけるセマフォリン3Aの発現、リコンビナントセマフォリン3A、セマフォリン阻害剤(SM-345431)による軸索再生の検討)において、脳梗塞慢性期に相当すると考えられる無糖無酸素負荷(Oxygen-glucose deprivation:OGD)後96時間目に培養神経細胞を回収し、ウェスタン・ブロットにてpNFHの発現を解析した結果を示す写真図である。右側の写真についての「SM-345431」の表記は、本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図12】実施例7(ラット初代神経細胞におけるRho family GTPase 1(Rnd1)/R-Ras/Akt/Glycogen Synthase Kinase 3beta (pGSK-3β)を介した虚血後軸索再生の検討)に示す試験の結果等から、初代神経細胞培養におけるセマフォリン3A及びシグナル蛋白の発現について示す図である。左側のA図は、OGD後96時間目の培養神経細胞を回収したサンプルを用いて、セマフォリン3A関連シグナル蛋白の発現をウェスタン・ブロットにて解析した結果を示す写真図である。本発明の医薬組成物の投与によりセマフォリン3AとRnd1の減少、R-Ras、phosphorylated Akt(pAkt)、phosphorylated GSK3-β(pGSK3-β)の増加がみられた。セマフォリン3Aは、Rnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βを介してpNFHの発現を調節することを併せ考えて導かれた本発明の医薬組成物の作用を、セマフォリン3Aに対する作用及び軸索再生(pNFH発現)との関係において右側のB図により模式的に示す。
図13】実施例8(SM-345431投与におけるOGD後軸索進展の検討)において用いたOGD後軸索伸展の長さを詳細に解析するためのMicrofluidic chamberの構成(左側のA図)及びMicrofluidic chamberを用いた軸索伸長の検討により、本発明の医薬組成物の投与により、OGD後非投与、OGD後リコンビナントセマフォリン3A (1nM)投与に比較してより顕著な軸索伸展がみられたことが示されている(右側のB図)。同図において、矢印は軸索伸展の始点を、矢頭は軸索伸展の終点を、それぞれ表す。右側の写真における「SM-345431」の表記は、本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図14】実施例9(脳梗塞モデルラットのperi-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に対する本発明の医薬組成物の影響に関する検討-1)において、ラット中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルにおける本発明の医薬組成物の効果を示す図である。MCAO後14日以降で1mg/ml、3mg/mlのSM-345431投与(本発明の医薬組成物の投与)において神経徴候の改善が認められた(左側のA図)。RotarodではVehicle群と比較して、28日後において3mg/mlのSM-345431投与(本発明の医薬組成物の投与)で有意な改善が認められた(右側のB図)。右側の写真における「SM-345431」の表記は、本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図15】実施例10(脳梗塞モデルラットのperi-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に関する検討-2)において、本発明の医薬組成物によるperi-infarct areaでのpGSK-3βの発現について示す図である。「SM-345431」の表記は、本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
図16】実施例10において、peri-infarct areaでのpNFH+軸索の再生が、本発明の医薬組成物の投与により促進されたことを示す図である。同図中のグラフにより、軸索のマーカーであるpNFHの発現の増加は有意な増加であったことが示されている。「SM-345431」の表記は、本発明の医薬組成物の投与群についてのものであることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書における「脳梗塞の亜急性期又は慢性期」の語のうち、「亜急性期」は、脳梗塞の症状が発生してから約7日目~約21日目までの時期を意味し、「慢性期」は脳梗塞の症状が発生してから約28日目以降の時期を意味する。
本明細書における「運動機能の改善」の語は、脳梗塞により生じた何らかの運動機能の障害が低減されることを意味する。
「運動機能の障害」には、限定されないあらゆる可動部位を動かす機能や、可動範囲、動く速度、あるいはバランスが、脳梗塞が発症する前より劣ったり、コントロールできない状態にあることが包含される。上記可動部位には、頭部や手足といった体を構成する部位のほか、口、舌及び咽頭といった小器官も包含される。
本明細書にける「治療」の語は、医薬組成物を対象に適用して疾患により生じた症状の程度を低減するか又は対象を疾患から完治することを意味する。
本明細書にける「処置」の語は、医薬組成物を対象に適用して疾患により生じた症状の程度を低減するか又は対象を疾患から完治することを試みることを意味する。
【0015】
本発明の医薬組成物の有効成分として用いられる化合物であるSM-345431は、下記の化学構造を有する化合物であり、本発明はSM-345431及び少なくとも1つの薬学上許容される担体を含む、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を治療するための医薬組成物である:
【化1】
【0016】
SM-345431はキサントン化合物とも呼ばれる化合物の一つであり、セマフォリン3Aの神経伸長活性を阻害する作用を有することが知られている化合物である。
理論に束縛されるものではないが、本発明の医薬組成物はSM-345431を含むため、血管新生の促進により、傷害が生じた神経や軸索について再生し、及び/又は神経新生を促進することにより、亜急性期又は慢性期の脳梗塞の治療に資するものである可能性がある。
【0017】
SM-345431はペニシリウム・エスピー(Penicillium sp.)SPF-3059株の培養、化学的な全合成、又は本培養もしくは全合成によって得られた物を原料に用いた公知の合成方法による化学的な変換によって得ることができる。
培養としては、大阪府内土壌より分離したペニシリウム属に属するカビSPF-3059株[本菌株は、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブタペスト条約に基づき、2001年7月13日に経済産業省独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に受託番号FERM BP-7663として寄託されている。]を培養することにより効果的に得ることができる。具体的には、国際公開第02/09756号パンフレット(特許文献1)又は国際公開第03/062243号パンフレット(特許文献2)に記載された方法に従って、当該化合物を得ることができる。
全合成としては、特開2008-13530号公報(特許文献3)に記載された方法に従ってSM-345431を得ることができる。
【0018】
投与時期
本発明の医薬組成物の投与時期は、脳梗塞の亜急性期又は慢性期であれば限定されない。
本発明の医薬組成物の投与時期として、脳梗塞の発症後7日目を含む投与時期は好ましく、脳梗塞の発症後7日目~21日目における少なくとも1日をさらに含む投与時期はより好ましく、脳梗塞の発症後8日目~14日目における少なくとも1日をさらに含む投与時期はさらにより好ましい。本発明の医薬組成物を脳梗塞の発症後7日目~13日目まで毎日投与することもさらにより好ましく、発症後およそ3週間後及び/又は4週間後にも投与することは一層より好ましい。
【0019】
投与経路・剤形
本発明の医薬組成物はSM-345431及び少なくとも1つの薬学上許容される担体を含むところ、薬学上許容される担体は限定されない。本発明の組成物は、薬学的に許容される添加剤を担体として用いて、公知の方法で製造することができる。
本発明の医薬組成物に用いられる担体としては、目的に応じて、賦形剤、崩壊剤、希釈剤、pH緩衝剤、等張剤、結合剤、流動化剤、滑沢剤、コーティング剤、溶解剤、溶解補助剤、増粘剤、分散剤、安定化剤、甘味剤、香料等を用いることができる。添加剤として、具体的には、例えば、乳糖、マンニトール、結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、トウモロコシデンプン、部分α化デンプン、カルメロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ステアリン酸マグネシウム、フマル酸ステアリルナトリウム、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、酸化チタン、タルク等が挙げられる。
【0020】
本発明の医薬組成物は、経口的又は非経口的に投与することができ、全身的投与又は局所的投与のいずれも可能であり、より好ましくは非経口的に投与してよい。
本発明の医薬組成物は、経口的には、通常用いられる投与形態、例えば錠剤、丸剤、粉末、顆粒、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁液などの剤型で経口的に投与することができる。
【0021】
本発明の医薬組成物は、非経口的には、例えば、軟膏剤、注射剤、注射剤、静脈内注射用製剤(点滴剤)、筋注射剤、皮下注射剤、点鼻剤(鼻腔投与用スプレー剤)などの形態の製剤とすることができる。
静脈内注射用製剤(点滴剤)は好ましい。本発明の医薬組成物において注射剤としては、例えば、無菌の溶液または懸濁液、及び乳剤等が挙げられ、より具体的には例えば、水溶液、水-プロピレングリコール溶液等が挙げられる。注射剤は、水を含んでもよい、ポリエチレングリコールまたは/およびプロピレングリコールの溶液の形で製造することもできる。
【0022】
本発明の医薬組成物は、非経口投与においては、有効成分は水、生理食塩水、油、ブドウ糖水溶液などの生理的に許容しうる担体に溶解又は懸濁し、これは補助剤として乳化剤、安定化剤、浸透圧調整用塩又は緩衝剤を必要に応じて含有してもよい。添加物として、グリセリンや塩化ナトリウムなどの等張化剤、リン酸やクエン酸などの緩衝剤、塩酸や水酸化ナトリウムなどのpH調節剤、ヒドロキシプルピルメチルセルロースやポリビニルアルコールなどの増粘剤、塩化ベンゼトニウムなどの保存剤、あるいは可溶化剤を必要に応じて含有してもよい。
【0023】
本発明の医薬組成物は、液体の製剤の場合には、投与経路を問わず、適宜溶液、乳化液、懸濁液などにすることができる。
【0024】
投与量
本発明の医薬組成物の投与量及び投与回数は、投与法と患者の年齢、体重、病状等によって異なるが、病床部位に局所的に投与する方法が好ましい。また、1日あたり1回又は2回以上投与することが好ましい。2回以上投与するときは連日あるいは適当な間隔をおいて繰り返し投与することが望ましい。投与回数を減らすために徐放性製剤を用いることもできる。その場合は数日おきの投与が可能になる。
投与量は、成人患者一人1回当たり有効成分の量として数百μg~2g、好ましくは5~百mg、更に好ましくは数十mg以下を用いることができ、1日1回又は数回にわけて投与することができる。投与回数を減らすために徐放性製剤を用いることができ、オスモティックポンプなどで長期間にわたって少量ずつ投与することもできる。非経口投与では、成人患者一人あたり0.1~100mg/日、さらに好ましくは0.3~50mg/日の投与量が挙げられ、1日1回又は数回に分けて投与することができる。投与回数を減らすために徐放性製剤を用いることもできる。
これらのいずれの投与方法においても、作用部位においてセマフォリンの活性を充分に阻害する濃度になるような投与経路、投与方法を採用することが好ましい。また、本発明の医薬組成物は、動物薬としての利用も可能である。当該動物の中でも哺乳類が好ましく、ヒトが最も好ましい。
【0025】
本発明の医薬組成物のその他の態様
本発明の医薬組成物は、脳梗塞の亜急性期又は慢性期における治療を可能にするといった効果を奏する。より具体的には、本発明の医薬組成物は脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、脳梗塞により生じた運動機能の障害が回復するか又は回復が促進される。
本発明の医薬組成物のうち、脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、脳梗塞により障害を受けた神経機能及び運動機能を改善するものは好ましい。また本発明の医薬組成物のうち、脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、脳梗塞により生じた挺舌機能の回復を促進するか及び/又は前肢運動の機能を改善するものは好ましい。
また本発明の医薬組成物のうち、脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、対象の死亡率を低下させるものは好ましい。また、本発明の医薬組成物のうち、脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、梗塞巣において血管新生を促進するものも好ましい。
さらに本発明の医薬組成物のうち、脳梗塞の亜急性期又は慢性期に投与されることにより、神経新生を促進するものも好ましい。
【0026】
本発明の医薬組成物は、亜急性期又は慢性期の脳梗塞の状態にある対象における軸索の再生に関する試験において、再生を促進する剤として試薬的に用いることもできる。
【0027】
以下において実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの実施例にいかなる意味においても限定されるものではない。
【実施例
【0028】
実施例1:本発明の医薬組成物による、脳梗塞モデルの挺舌機能回復促進の例
動物は6週齢(入荷時)雄性のWistar系ラットを日本クレアより購入し、1週間の検収検疫後に実験に用いた。セマフォリン阻害剤(SM-345431)を0.1 Mリン酸バッファー(pH7.7)を0.22 μmのフィルターで濾過後、5.0 mg/mlになるように調製し、本発明の医薬組成物とした。
ラットにイソフルラン吸入麻酔を行い、左内頸動脈より脳中大動脈(MCA)起始部まで先端をシリコンコーティングしたナイロン糸を挿入することによりMCAを2時間閉塞した。ラットをイソフルランで再び麻酔し、栓子を引き抜いてMCA支配領域の再開通を行い、術部を縫合しホームケージに戻した。虚血-再開通手術の翌日に神経症状評価及びtongue protrusion test(挺舌機能の評価)を行った。両テストの結果から傷害が不完全と判断されたラットは実験には使用しなかった。手術7日後の薬剤投与開始前に、再度、神経症状評価及びtongue protrusion testを行い、両テストの平均スコアが同程度になるようにPBS群(リン酸バッファーのみを投与した群)とSM群(本発明の医薬組成物を投与した群)に均等に振り分けた。
神経症状評価では下表に示す(1)前肢の屈曲、(2)胴のねじれ、(3)旋回、(4)後肢の配置、(5)自発運動について、0から1点あるいは0点から2点((5)自発運動のみ)までのスコア付けを行い、獲得合計点数により評価した。
【表1】

tongue protrusion testではシャーレに接着させた内径6 mmのチューブにピーナツバターを充填し、ラットのホームケージに一晩静置する。翌朝に上端からチューブの壁のピーナッツバターを舐め取った長さ(深さ)を測定する(図1)。脳梗塞手術前に2回の計測を行い、値の大きいものを手術前値とした。手術前値が8 mm未満のラットのデータは採用しなかった。
PBSあるいは本発明の医薬組成物を1日1回5mg/kgを2日間の休薬を挟みながら、術後7~10日目、13~17日目、20~24日目に静脈内投与した。tongue protrusion testは術後7日目、10日目、14日目、21日目、28日目に測定を実施した。各測定日におけるスコアについて、各ラットの術後7日目のスコアからの変化量を求め、該変化量を各群の術後7日目のスコア(平均)で除し、%表示した(図2)。
MCAO(中大脳動脈閉塞)による挺舌機能の障害は手術翌日に最も顕著に現れ、その後徐々に自然回復してきた。投与開始時からのスコアの回復度を比較したところ、術後10日から28日まで本発明の医薬組成物により挺舌機能の回復が“促進”されることが明らかとなった(図2)。
【0029】
実施例2:本発明の医薬組成物による、脳梗塞モデルの前肢運動機能改善の例
実施例1記載の方法にて、ラット脳中大動脈閉塞を行い、群分けを行った。PBSあるいは本発明の医薬組成物(SM-345431を5.0 mg/ml含有する)を1日1回5mg/kgを2日間の休薬を挟みながら、術後7~10日目、13~17日目、20~24日目に静脈内投与した。
angle board testでは図のようにラットを頭が下向きになるように傾斜版の上に乗せると、ラットは下に滑り落ちないように四肢を突っ張って耐えようとする。傾斜角度を5度刻みで増やしていき、ラットが滑り落ちない最大の角度(θ)と体重から耐えることのできた斜面方向の力(N)を算出した(図3)。各ラットの術後7日目のθ値からの変化量を各群の術後7日目のθ値(平均)で除し、%表示した。N値についても同様にして算出した。
angle board testは術後7日目、14日目、21日目、28日目に測定を実施した。angle board testのスコアリングでは手術7~14日目に最も障害が大きく、その後、術後28日目まで次第に自然回復が見られた。投与開始時からのスコアの回復度を比較したところ、傾斜角と耐えられた下向きの力のいずれでも、本発明の医薬組成物投与群ではPBS群よりも有意に回復が促進することが認められた(図4)。
【0030】
実施例3:本発明の医薬組成物による、脳梗塞モデルの死亡率抑制作用の例
実施例1記載の方法のうち栓子を留置したままMCAを永久閉塞した個体を作製し、その他は実施例1記載の方法にて、28日目まで実験を行ったラットについて、投与開始直前(day7)の生存個体数を100%として生存率をプロットした。その結果、傷害15日後(day15)の生存率がVehicle群においては53.3%であったのに対して本発明の医薬組成物投与群においては68.2%となり、本発明の医薬組成物により死亡率が抑制されることが明らかとなった(図5)。
【0031】
実施例4:本発明の医薬組成物による、脳梗塞モデルへの血管新生に対する作用の例
実施例1記載の方法にて、ラット脳中大動脈閉塞を行い、群分けを行った。術後7日目よりPBSあるいは本発明の医薬組成物を1日5mg/kg静脈内投与することを途中2日間の休薬(術後12~13日目)を挟んで術後14日目まで6回繰り返した。薬物投与開始から1週間後(脳梗塞手術から2週間後)に灌流固定、断頭して脳を摘出し、bregmaを含む厚さ4 mmの脳切片を切り出した。ホルマリンで一晩固定した後、脱水、透徹し、パラフィンブロックを作製した。8μmの薄切切片スライドを作製し、血管内皮細胞のマーカーであるvon Willebrand Factor(vWF)の抗体で免疫染色を行った(図6)。画像解析システムにて大脳皮質の梗塞巣と線条体の脳梗塞内に含まれる血管の数と各血管の断面積を測定した。血管数と各梗塞巣面積より血管数密度を算出した。
血管数密度は、本発明の医薬組成物投与群のほうがPBS投与群に比べて有意に高かった。これに対し個々の血管の断面積は本発明の医薬組成物投与群のほうが低かった(図7)。これらの結果は線条体でも同様であった。新生血管の断面積は小さいと考えられるので、これらの結果より本発明の医薬組成物は梗塞巣において血管新生を促進することが示唆された。
【0032】
実施例5:本発明の医薬組成物による、脳梗塞モデルへの神経新生に対する作用の例
実施例4記載の方法にて、8μmの薄切切片スライドを作製し、神経前駆細胞マーカーDCXに対する抗体で脳組織切片を免疫染色した。本発明の医薬組成物投与群で脳室下帯(SVZ)におけるDCX陽性細胞の増加と梗塞部位に向けたマイグレーションの促進が観察された(図8)。さらに画像解析によりDCX陽性部位の面積を定量した所、SM投与群で増加傾向が認められた。
【0033】
参考例1:脳梗塞モデルラットのPeri-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に関する検討
実験動物として、9週雄性Wistarラットを日本チャールス・リバー株式会社より購入し、検収検疫後に脳梗塞モデル作製に用いた。先端を丸めたシリコンコート4-0ナイロン糸をラット中大脳動脈まで挿入させ、永久的中大脳動脈閉塞(Middle cerebral artery occlusion:MCAO)モデルを作製した。MCAO後3、7、14、28、56日目にラットを屠殺し、PBS100ml、4%パラホルムアルデヒド100mlにて灌流固定して脳を取り出した。取り出した脳は30%スクロースに48~72時間保存した後、クリオスタットにて20μmの脳切片を作成した。梗塞巣の辺縁より300μmをperi-infarct areaと定義し(図9のA)、セマフォリン3A、軸索のマーカーであるphosphorylated neurofilament heavy chain(pNFH)、神経細胞体のマーカーであるMicrotubule-associated protein 2(MAP2)の発現を免疫組織染色にて解析した。
Peri-infarct areaにおいて、セマフォリン3AはpNFHではなくMAP2と共発現し(図9のB)、セマフォリン3AとMAP2との共陽性細胞はMCAO後7日より14日まで上昇し、その後56日目にかけて減少した(図10)。つまり、セマフォリン3Aが脳梗塞後亜急性期の虚血周辺部に著しく発現することが明らかになった。
【0034】
実施例6:ラット初代神経細胞におけるセマフォリン3Aの発現、リコンビナントセマフォリン3A、セマフォリン阻害剤(SM-345431)による軸索再生の検討
妊娠17日Wistarラットの胎児前頭葉皮質神経細胞から初代神経細胞培養を作製し、軸索が十分に発育した培養7日目に3時間の無糖無酸素負荷(Oxygen-glucose deprivation:OGD)を行った。OGD後、リコンビナントセマフォリン3Aを0.1nM、1nM、また、本発明の医薬組成物として、SM-345431をB27とL-glutaine(2.5mmol/L)を添加したニューロベイサル(Neurobasal)培地中に0.1μM、1μM含有する組成物を投与した。
脳梗塞慢性期に相当すると考えられるOGD後96時間目に培養神経細胞を回収し、ウェスタン・ブロットにてpNFH、神経細胞マーカーであるnon-phosphorylated NFH(npNFH)の発現を解析した。
OGD後pNFHの発現は、リコンビナントセマフォリン3A投与により濃度依存的に低下し、本発明の医薬組成物の投与により濃度依存的に増加した(図11)。一方で、npNFHの発現はリコンビナントセマフォリン3Aや本発明の医薬組成物の投与による有意な変化は認められなかった。
これらの結果から、OGD後の培養神経細胞においてセマフォリン3AはpNFH+軸索再生を調節すること、及び本発明の医薬組成物が虚血後の軸索再生を促進させる可能性があることが示された。
【0035】
実施例7:ラット初代神経細胞におけるRho family GTPase 1(Rnd1)/R-Ras/Akt/Glycogen Synthase Kinase 3beta (pGSK-3β)を介した虚血後軸索再生の検討
同時に、OGD後96時間目の培養神経細胞を回収したサンプルを用いて、セマフォリン3A関連シグナル蛋白の発現をウェスタン・ブロットにて解析した。本発明の医薬組成物の投与によりセマフォリン3AとRnd1の減少、R-Ras、phosphorylated Akt(pAkt)、phosphorylated GSK3-β(pGSK3-β)の増加がみられた(図12のA)。一方で、リコンビナントセマフォリン3A投与ではセマフォリン3AとRnd1の増加、R-Ras、pAkt、pGSK-3β低下が認められ、本発明の医薬組成物の投与とは逆の現象が確認された。セマフォリン3Aは、Rnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βを介してpNFHの発現を調節する。つまり、本発明の医薬組成物のを投与することによりRnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βシグナルを介して虚血後軸索再生が増強されることが確認された。(図12のB)。
【0036】
実施例8:SM-345431投与におけるOGD後軸索進展の検討
培養神経細胞において、OGD後軸索伸展の長さを詳細に解析するためMicrofluidic chamber(図13のA)を用いて、軸索を神経細胞体から分離して培養した。リコンビナントセマフォリン3A(1nM)、SM-345431(1μM)を投与し微速度顕微鏡にて軸索伸展を評価した。Microfluidic chamberを用いた軸索伸長の検討では、本発明の医薬組成物(SM-345431の濃度は1μM)投与は、OGD後非投与、OGD後リコンビナントセマフォリン3A(1nM)投与に比して軸索伸展がみられた(図13のB)。
【0037】
実施例9:脳梗塞モデルラットのperi-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に関する検討-1
参考例1において、peri-infarct areaでのセマフォリン3A陽性神経細胞の発現がMCAO後7~14日目に上昇することが明らかにされた。一方実施例6~8により、脳梗塞後亜急性期において本発明の医薬組成物は、セマフォリン3Aを機能阻害することによりRnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βシグナルを介して虚血後軸索再生を促進させる可能性が示唆された。そこで本発明の医薬組成物による、生体における神経機能及び運動機能への影響を調べる試験を行った。
そこで参考例1において用いられたMCAOモデルと同様に作製したMCAOモデルのラットに、MCAO後7日目にAlzet pumpを用いてperi-infarct areaに本発明の医薬組成物を直接、SM-345431の濃度として0.1mg/ml、1mg/ml、3mg/mlとなる濃度別に14日間投与した。MCAO後7、14、21、28日目にModified neurological severity score (mNSS)(注1)で神経徴候を評価し、Rotarod試験(注2)で運動機能を評価した。mNSSではVehicle群と比較して、3mg/mlのSM-345431投与では 14日目以降で、1mg/mlのSM-345431投与では14日目において神経徴候の改善を認めた(図14のA)。RotarodではVehicle群と比較して、28日後において3mg/mlのSM-345431投与で有意に改善を認めた(図14のB)。
(注1:運動、感覚、バランス及び反応試験を複合した統合的な神経機能評価スコア。正常が0点、最大の神経機能欠損が18点で表される。
注2:運動機能検査の一種であり、回転するロータからラットが落下するまでの時間を記録する。)
【0038】
実施例10:脳梗塞モデルラットのperi-infarct areaにおけるセマフォリン3Aの推移に関する検討-2
参考例1において用いられたMCAOモデルと同様に作製したMCAOモデルのラットに、MCAO後7日目~21日目の14日間の間、本発明の医薬組成物を投与した。前記ラットをMCAO後28日目に屠殺し、脳サンプル(ラット脳切片)を免疫染色して評価を行った。
ラット脳切片による組織学的評価では、梗塞巣の面積は本発明の医薬組成物の投与(0.1mg/ml、1mg/ml、3mg/mlのSM-345431投与)、Vehicle群の4群間において差異はなかった。一方蛍光免疫染色では、peri-infarct areaにおいてセマフォリン3AとMAP2の共陽性細胞は本発明の医薬組成物投与にて減少し、pGSK-3βとMAP2共陽性細胞は有意に増加した(図15)。またpNFH陽性軸索の発現は本発明の医薬組成物投与で有意に増加した(図16)。
これらの結果は亜急性期又は慢性期の脳梗塞においても、本発明の医薬組成物により軸索再生が促進される可能性を示すものである。
【0039】
以上の結果、とくに実施例6~10に示された結果から、本発明の医薬組成物が、脳梗塞peri-infarct areaにおいて亜急性期に発現上昇するセマフォリン3Aを機能阻害することで、Rnd1/R-Ras/Akt/pGSK-3βシグナルを介して軸索再生並びに機能回復を促進し、この作用は亜急性期又は慢性期の脳梗塞においても発揮することが示された。したがって本発明の医薬組成物は、脳梗塞後の機能回復を目的とした、亜急性期又は慢性期の脳梗塞の治療に資するものであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、亜急性期又は慢性期の脳梗塞を治療するための治療薬剤が提供される。したがって本発明は、医薬産業及びそれに関連する産業の発展に寄与するところ大である。
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