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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-22
(45)【発行日】2022-06-30
(54)【発明の名称】組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 35/00 20160101AFI20220623BHJP
   A23K 10/20 20160101ALI20220623BHJP
【FI】
A23L35/00
A23K10/20
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018521752
(86)(22)【出願日】2017-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2017021144
(87)【国際公開番号】W WO2017213172
(87)【国際公開日】2017-12-14
【審査請求日】2020-04-03
(31)【優先権主張番号】P 2016113379
(32)【優先日】2016-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100158366
【弁理士】
【氏名又は名称】井戸 篤史
(72)【発明者】
【氏名】三浦 猛
(72)【発明者】
【氏名】三浦 智恵美
(72)【発明者】
【氏名】太田 史
(72)【発明者】
【氏名】橋爪 篤史
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/017451(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第1559254(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101530432(CN,A)
【文献】特開昭48-048276(JP,A)
【文献】特開2011-234701(JP,A)
【文献】Animal Frontiers, 2015年,Vol.5, No.2,p.37-44
【文献】三浦猛 他,魚粉に代わる養魚飼料原料 昆虫ミールの可能性と機能性,養殖ビジネス,2015年03月01日,第52巻第3号,p.35-39,特に第37頁第3段落、第35頁最下段の第2段落
【文献】環境保全グループ(キシダ化学株式会社),安全データシート、化学品の名称:ヒドロキノン,安全データシート,整理番号 3767,キシダ化学株式会社,2016年06月01日,p.1-9,特に「9.物理的及び化学的性質」
【文献】麻生陽一,昆虫におけるカテコールアミンの酸化,日本農薬学会誌,1994年,Vol.19, No.2,p.S61-S65,特に「はじめに」
【文献】PLOS ONE, 2016年2月,Vol.11(2),e0147791 (p.1-17)
【文献】Aquaculture Research, 2003年,Vol.34,p.733-738
【文献】Mealworm meal shows promisefor fish,All About Feed, 2016年3月17日,p.1-7,https://www.allaboutfeed.net, 検索日:2021年4月7日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 23/00-25/00
A23L 35/00
A23K 10/00-40/35
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫を原料とする飼料用の組成物の製造方法であって、
前記昆虫が、カイコガ科、ヤママユガ科、及びミズアブ科から選ばれる1又は複数の、幼虫、前蛹、蛹、それらの乾燥物、それらの粉末、及びそれらの乾燥粉末からなる群から選ばれる一又は複数であり、
溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程のみからなり、前記脂溶性成分を除去して得られた組成物のベンゼンジオールの含有量が1μg/g未満である、組成物の製造方法
【請求項2】
前記昆虫が、カイコガ科、及び/又はヤママユガ科である、請求項1に記載の組成物の製造方法
【請求項3】
前記昆虫が、ミズアブ科である、請求項1に記載の組成物の製造方法
【請求項4】
前記溶媒が、ベンゼンジオールが可溶である、請求項1~3いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【請求項5】
前記溶媒が、ヘキサン、アセトン、ベンゼン、トルエン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、ジクロロメタン、シクロヘキサン、クロロホルム、メタノール、エタノール、1―プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2―ブタノール、グリセリン、プロピレングリコール、エチルメチルケトン、1,1,1,2―テトラフルオロエタン、1,1,2―トリクロロエテン、亜酸化窒素、二酸化炭素、プロパン、ブタン、及びそれらの混合物からなる群から選ばれる一又は複数である、請求項1~4いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【請求項6】
前記脂溶性成分が、ベンゼンジオールを含有する、請求項~5いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【請求項7】
記工程が、昆虫を溶媒に曝露させることで昆虫に含まれる脂溶性成分を該溶媒に溶出させ、さらに昆虫に含まれる脂溶性成分が溶出した該溶媒を昆虫から分離する工程である、
請求項~6いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【請求項8】
前記脂溶性成分を除去して得られた組成物が、免疫賦活作用を有する、請求項~7いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【請求項9】
前記脂溶性成分を除去して得られた組成物が、成長遅滞作用を有さない、請求項1~7いずれか一項に記載の組成物の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物の製造方法であって、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程を含む、組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食料や飼料として重要な動物性タンパク質である魚粉の価格が世界的に高騰する中で、新たな代替タンパク質として、有機物から容易且つ効率的に生産できる昆虫を利用する取り組みが進められている。具体的には、ハエの幼虫及び/又は蛹を飼料化する技術(特許文献1)や、有機廃棄物からハエの幼虫及び/又は蛹を生産する技術(特許文献2~4参照)等が開発されてきた。また、昆虫には免疫賦活能を有する多糖類が含有されることが見出されており、水産養殖や畜産、医療への該多糖類の応用が検討されている(特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2011/007867号パンフレット
【文献】特開2003-210071号公報
【文献】特許第3533466号公報
【文献】特開平10-215785号公報
【文献】特許第3564457号公報
【文献】国際公開第2014/017451号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これまで、ハエ等の昆虫の幼虫及び/又は蛹を含有する養殖及び/又は畜産用の飼料における、昆虫の幼虫及び/又は蛹の最適含有量は、飼料全体に対して乾燥重量で約0.5重量%~約25重量%とされ(特許文献1参照)、当該範囲を越えて昆虫の幼虫及び/又は蛹を含有する飼料を供与した場合には、供与した飼料を摂食した動物の成長遅滞を招くことが問題となっていた。また、昆虫には免疫賦活能を有する多糖類が含まれているものの(特許文献6参照)、昆虫をそのまま、乾燥した状態で、又は乾燥して粉末化した状態で、食料として、又は、水産養殖用や畜産用の飼料として供与しても、期待される免疫賦活効果が得られない場合があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、食品や飼料の原料となり得る昆虫を詳細に解析したところ、昆虫を摂食した動物に対して、免疫抑制や細胞毒性、成長遅滞を招く可能性のある成分が昆虫に含まれることを明らかにし、さらに、当該成分の除去方法を見出したことから、本発明に到達した。
【0006】
すなわち、本発明は、昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物の製造方法であって、
溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程を含む、組成物の製造方法である。
【0007】
別の本発明の組成物の製造方法においては、溶媒が、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体が可溶である。さらに別の本発明の組成物の製造方法においては、溶媒が、ヘキサン、アセトン、ベンゼン、トルエン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、ジクロロメタン、シクロヘキサン、クロロホルム、メタノール、エタノール、1―プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2―ブタノール、グリセリン、プロピレングリコール、エチルメチルケトン、1,1,1,2―テトラフルオロエタン、1,1,2―トリクロロエテン、亜酸化窒素、二酸化炭素、プロパン、ブタン、水、及びそれらの混合物からなる群から選ばれる一又は複数である。
【0008】
別の本発明においては、昆虫に含まれる脂溶性成分が、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有する。
【0009】
別の本発明においては、昆虫が、昆虫の幼虫、前蛹、蛹、成虫、卵、それらの乾燥物、それらの粉末、及びそれらの乾燥粉末からなる群から選ばれる一又は複数である。また、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程は、昆虫を溶媒に曝露させることで昆虫に含まれる脂溶性成分を該溶媒に溶出させ、さらに昆虫に含まれる脂溶性成分が溶出した該溶媒を昆虫から分離する工程である。
【0010】
別の本発明では、昆虫が、イエバエ科、ミズアブ科、ミバエ科、コオロギ科、ゴミムシダマシ科、カイコガ科、及びヤママユガ科からなる群から選ばれる一又は複数に属する。
【0011】
別の本発明では、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程によって得られた組成物は、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を実質的に含有しない。さらに、別の本発明は、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程によって得られた組成物は、免疫賦活作用を有する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により製造される昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を実質的に含有せず、食品として、あるいは水産養殖用や畜産用の飼料又は飼料原料として、広く利用することができる。本発明により、摂食した動物に対して免疫抑制作用や毒性、成長遅滞を招くことのない飼料や、摂食したヒトに対して安全な食品を提供することができる。
【0013】
また、本発明の製造方法によって、昆虫が含有し免疫賦活能を有する多糖類を精製することなく、該多糖類の効果が発揮される組成物とすることができる。したがって、本発明の組成物は、ヒト用の医薬品、健康食品や栄養補助剤、水産養殖用及び/又は畜産用の医薬品、飼料添加物や栄養補助剤として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ヤママユから得られた分画とカイコから得られた分画との高速液体クロマトグラフィの溶出曲線である。
図2】ヤママユから得られた分画と1,2-ベンゼンジオール標準品との核磁気共鳴法による構造解析結果である。
図3】ヤママユから得られた分画と1,2-ベンゼンジオール標準品との高速液体クロマトグラフィの溶出曲線である。
図4】1,2-ベンゼンジオールの免疫抑制作用を示す図である。
図5】1,2-ベンゼンジオールの細胞毒性を示す図である。
図6】本発明の組成物を含む飼料による飼育試験の結果を示す図である。
図7】本発明の組成物を含む飼料による飼育試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明により製造される昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去して得られる組成物である。発明者らは、昆虫の脂溶性成分にベンゼンジオール及び/又はその誘導体が含まれること、また昆虫に含有されるベンゼンジオール及び/又はその誘導体が、昆虫を摂食したヒト又は動物に対して免疫抑制や細胞毒性、成長遅滞を招く可能性があることを明らかにしたことで、本発明に到達した。
【0016】
具体的には、本発明の昆虫は、昆虫の幼虫、、前蛹、蛹、成虫、卵、それらの乾燥物、それらの粉末、及びそれらの乾燥粉末からなる群から選ばれる一又は複数である。脂溶性成分の溶媒への溶出の効率を高めるためには、昆虫は乾燥物又は乾燥粉末であることが好ましい。昆虫の脂溶性成分の除去は、昆虫を溶媒に対して曝露させて脂溶性成分を溶出させ、脂溶性成分が溶出した溶媒を昆虫から分離することでなされる。昆虫の脂溶性成分の除去は1回又は複数回行うことができるが、除去の回数は昆虫に含まれる脂溶性成分の量に対応して変更可能である。
【0017】
昆虫を溶媒に対して曝露させる手段としては、具体的には、昆虫を溶媒に浸漬、又は、昆虫を溶媒中で撹拌等が挙げられる。溶媒を昆虫から分離する手段としては、既知の固液分離の手法等が挙げられる。脂溶性成分が溶出した溶媒を昆虫から分離することで、脂溶性成分が除去された昆虫からなる食品用及び/又は飼料用の組成物を得ることができる。
【0018】
昆虫を溶媒に対して曝露させる時間は、好ましくは2時間から48時間であり、昆虫種や昆虫の状態により変更可能である。例えば、昆虫が乾燥粉末であれば、昆虫に含まれる脂溶性成分が溶媒に効率よく溶出するため、溶媒への曝露時間を短くすることができる。
【0019】
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、少なくともベンゼンジオール及び/又はその誘導体が可溶であることが好ましい。具体的には、溶媒は、有機溶媒又は水であり得る。ベンゼンジオール及び/又はその誘導体が可溶な溶媒で上述のように処理されて得られた食品用及び/又は飼料用の組成物は、実質的にベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有しない。
【0020】
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒としては、さらに具体的には、ヘキサン、アセトン、ベンゼン、トルエン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、ジクロロメタン、シクロヘキサン、クロロホルム、メタノール、エタノール、1―プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2―ブタノール、グリセリン、プロピレングリコール、エチルメチルケトン、1,1,1,2―テトラフルオロエタン、1,1,2―トリクロロエテン、亜酸化窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、エチレン、プロパン、ペンタン、ブタン、水及び、それらの混合物からなる群から選ばれる一又は複数が挙げられる。二酸化炭素、メタン、エタン、エチレン、プロパン、ブタン、メタノール、エタノール、水等の溶媒は、超臨界流体や亜臨界流体の状態で使用され得る。
【0021】
溶媒により脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法によって製造された組成物と比べて、摂食するヒト又は動物に対する安全性に優れる。
【0022】
本発明の製造方法により製造された組成物を含有する飼料は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法によって製造された組成物を含有する飼料と比較して、畜産動物や水産動物の摂餌量の向上、成長量の向上、飼料効率の向上等の効果が得られる。特に、本発明の製造方法により製造された組成物は、カタクチイワシ等の天然魚や加工残渣から製造される魚粉の代替として用いることができる。本発明の組成物を用いれば、魚粉を使用せず、且つ摂食した動物の成長に優れる飼料を提供することができる。
【0023】
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、昆虫に含有される食品及び/又は飼料として有用な成分、例えばタンパク質や多糖類等が溶出しにくい性質を有するものが好ましい。特に、昆虫には免疫賦活作用を有する多糖類が含有されるが(特許文献6参照)、昆虫に含有されるベンゼンジオール及び/又はその誘導体等の成分によって、該多糖類の有する免疫賦活作用が抑制される場合があった。溶媒により脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法によって製造された組成物と比べて、高い免疫賦活作用を発揮することができる。
【0024】
したがって、昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、特許文献6に記載の多糖類が不溶又は溶出しにくい溶媒が好ましい。具体的には、ヘキサン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル等の低極性溶媒や、エタノール、又はそれらの混合溶媒等が挙げられる。
【0025】
本発明の製造方法により製造された組成物は、実質的にベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有しない組成物となり得る。「実質的にベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有しない」とは、組成物のベンゼンジオール及び/又はその誘導体の含有量が、摂食したヒト又は動物に対して、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体が作用する含有量を下回っている程度にしかベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有しないことを意味する。より具体的には、昆虫を原料とした組成物を食品として摂食するヒトや、飼料として摂食する動物の体内で、免疫抑制や毒性、成長遅滞等の作用を及ぼさない程度の量しか、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を含有しないことをいう。
【0026】
昆虫を飼料又は飼料原料として捕食する動物の体内で、免疫抑制作用や毒性作用、成長遅滞等の作用を及ぼさない程度の量とは、具体的には、測定対象にアセトン等のベンゼンジオール及び/又はその誘導体が可溶な溶媒を加えて撹拌し、遠心分離して得られた上清からガスクロマトグラフィ質量分析計(GC/MS)を用いて定量しても検出が困難な程度の量をいい、より具体的には、1μg/gを下回る量をいう。したがって、本発明の一態様は、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を実質的に含有しない昆虫の幼虫、前蛹、蛹、成虫、又は卵からなる組成物であり、さらに別の一態様は、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体の含有量が1μg/g未満である、昆虫の幼虫、前蛹、蛹、成虫、又は卵からなる組成物である。
【0027】
ベンゼンジオールとは、ベンゼン環にヒドロキシ基が2個置換した有機化合物であり、構造異性体として、1,2-ベンゼンジオール(「カテコール」とも呼ばれる。)、1,3-ベンゼンジオール(「レゾルシノール」とも呼ばれる。)、及び、1,4-ベンゼンジオール(「ヒドロキシキノン」とも呼ばれる。)が存在する。ベンゼンジオールは、還元力が強く、動物及び植物に対する強い毒性が報告されている。
【0028】
ベンゼンジオールの誘導体とは、例えば、ベンゼンジオールの一部に置換基を含んだものが挙げられる。より具体的には、置換基としては、アルキル基、アルケニル基、アリル基、ビニル基、エーテル基、エステル基、フェニル基、アリール基、ベンジル基、ベンゾイル基、ナフチル基、ハロゲン基、ヒドロキシ基、アシル基、アセチル基、アルデヒド基、アミノ基、アルコキシ基、ニトロ基、アジ基、シアノ基、アジド基、チオール基、スルホ基、クロロ基等が挙げられる。
【0029】
本発明の組成物の原料となる昆虫は、動物界の中で節足動物門(Arthropoda)に属し、昆虫綱(Insecta)に分類される生物の総称である。昆虫綱(Insecta)は、無翅亜綱(Apterygota)と、有翅亜綱(Pterygota)とに分類される。無翅亜綱(Apterygota)は、粘管目(Collembola)、原尾目(Protura)、総尾目(Thysanura)等に分類される。また、有翅亜綱(Pterygota)は、蜉蝣目(Ephemeroptera)、せき翅目(Plecoptera)、蜻蛉目(Odonata)、粘脚目(Embioptera)、直翅目(Orthoptera)、革翅目(Dermaptera)、等翅目(シロアリ目)(Isoptera)、紡脚目(シロアリモドキ目)(Empioptera)、噛虫目(Psocoptera)、食毛目(Mallophaga)、蝨目(Anoplura)、総翅目(Thysanoptera)、半翅目(Hemiptera)、膜翅目(Hymenoptera)、撚翅目(Strepsiptera)、鞘翅目(Coleoptera)、脈翅目(Neuroptera)、長翅目(Mecoptera)、毛翅目(Trichoptera)、鱗翅目(Lepidoptera)、双翅目(Diptera)、隠翅目(Aphaniptera)等に分類される。
【0030】
ベンゼンジオール及び/又はその誘導体のうちの一つ、カテコールアミンは昆虫の幼虫の成長に関わることが知られているなど、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体は、昆虫一般的に含有されると考えられている。一方で、昆虫を食品や飼料として利用する場合には、容易に且つ効率的な飼育が可能である昆虫種や、人工的な飼育手法が確立した昆虫種が適していると考えられる。具体的には、双翅目(Diptera)では、イエバエ科(Muscidae)に属するイエバエ(Musca domestica)、ニクバエ科(Sarcophagidae)に属するセンチニクバエ(Sarcophaga peregrina)、ミバエ科(Tephritidae)に属するミカンバエ(Tetradacustsuneonis)、ミカンコミバエ(Strumeta dorsalis)、ウリミバエ(Bactrocera cucurbitae/Zeugodacus cucurbitae)、ミズアブ科(Stratiomyiidae)に属するアメリカミズアブ(Hermetia illucens)、コウカアブ(Ptecticustenebrifer)等が挙げられる。
【0031】
また、鱗翅目(Lepidoptera)では、カイコガ科(Bombycidae)に属するカイコガ(Bombyx mori)、ヤママユガ科(Saturniidae)に属するシンジュサン(Samia Cynthia pryeri)、サクサン (Antheraeapernyi)、ヤママユ(ヤママユガ、テンサンともいう。)(Antheraea yamamai)、モパネワーム(Gonimbrasia belina)等が挙げられる。鞘翅目(Coleoptera)では、ゴミムシダマシ上科(Tenebrionoidea)、ゴミムシダマシ科 (Tenebrionidae)に属するコメノゴミムシダマシ(Tenebrio obscurus)、チャイロゴミムシダマシ(Tenebriomolitor)、ツヤケシオオゴミムシダマシ(Zophobas atratusFabricius)等のいわゆるミールワーム、直翅目(Orthoptera)では、コオロギ科(Grylloidea)に属するフタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)、ヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)等が挙げられる。しかしながら、本発明はこれら具体的に例示した昆虫種に限定されるものではない。
【0032】
本発明の組成物の原料には、昆虫の幼虫、前蛹、蛹、成虫、又は卵を利用することができるが、本発明の組成物を飼料又は飼料原料として用いる場合には、昆虫の幼虫、前蛹、又は蛹を利用することが好ましい。
【0033】
本発明の組成物は、水産養殖用及び/又は畜産用の飼料として、水産養殖動物及び/又は畜産動物に供与できるが、該組成物を原料の一つとして含有した配合飼料として供与してもよい。具体的には、本発明の組成物を、動物性タンパク質を供給する原料である魚粉を代替する原料として利用することができる。
【0034】
さらに、本発明の組成物は、昆虫に含有される免疫賦活作用を有する多糖類の効果が発揮されるため、水産養殖動物及び/又は畜産動物用の医薬品、飼料添加物や栄養補助剤はもちろん、ヒト用の医薬品、健康食品や栄養補助剤としても利用することができる。
【実施例
【0035】
以下、実施例を参照して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されない。
【0036】
1.昆虫に含有される免疫抑制作用を有する物質の同定
ヤママユ(Antheraea yamamai)蛹、及びカイコ(Bombyx mori)蛹に含まれ、且つ該昆虫を捕食したヒト又は動物に対して免疫抑制作用を有する物質の同定を行った。ヤママユ蛹の乾燥粉末、及びカイコ蛹の乾燥粉末に蒸留水を加えて撹拌し、遠心分離により上清を得た。得られた上清に酢酸エチルを加えて液液分配し、得られた酢酸エチル層をロータリーエバポレータにて溶媒を留去し、乾固した。残留物に蒸留水を加えてC18固相カラムに添加し、素通り画分を回収した。得られた素通り画分を高速液体クロマトグラフィ(Develosil C30カラム)にて溶出させ、得られた溶出画分毎の免疫抑制活性を測定した。免疫抑制活性の測定は、マウスマクロファージ細胞株(RAW264細胞)の培養液に、100 ng/mLとなるようにLPSを添加し、さらに各溶出画分を添加して、各溶出画分による一酸化窒素産出阻害率を求めた。図1に示したクロマトグラムの220 nm(mV)のピークを含む溶出画分に、一酸化窒素の産出阻害が確認された。したがって、免疫抑制作用を有する物質は、該溶出画分に存在することが示された。
【0037】
さらに、核磁気共鳴法により、上述の溶出画分に含まれる物質の構造解析を行った。図2に示すように、1H-NMRスペクトル、及び13C-NMRスペクトルにおいて、ヤママユ蛹由来の画分から得られたサンプルと、1,2-ベンゼンジオールとのNMRスペクトルが一致した。また、1,2-ベンゼンジオール標品を高速液体クロマトグラフィ((COSMOSIL 5C18ARII カラム)にて溶出させたところ、図3に示すように、ヤママユ蛹から得られた溶出画分の示す220nm(mV)のピークと、1,2-ベンゼンジオール標品のピークとが一致した。したがって、ヤママユ蛹やカイコ蛹に含まれる免疫抑制作用を有する物質は、1,2-ベンゼンジオール及び/又はその誘導体であることが明らかとなった。
【0038】
2.ベンゼンジオールの免疫抑制作用の評価
ヤママユ(Antheraea yamamai)蛹、及びカイコ(Bombyx mori)蛹から同定された1,2-ベンゼンジオールが免疫抑制作用を有するか否かを、マウスマクロファージ細胞株(RAW264細胞)からの一酸化窒素の産出を指標に評価した。培養液に100 ng/mLとなるようにリポ多糖(LPS)を添加し、さらに1,2-ベンゼンジオールを0 μg/mL ~ 10 μg/mLとなるように加えたところ、図4に示すように、1,2-ベンゼンジオールの濃度依存的に一酸化窒素の産出阻害がみられた。また、図5に示すように、1 μg/mL以上の1,2-ベンゼンジオールの存在下では、マウスマクロファージ細胞株の増殖阻害が確認された。したがって、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体は、免疫抑制作用のみならず、強い細胞毒性を有することも示唆された。
【0039】
3.昆虫に含まれる脂溶性成分を除去した組成物におけるベンゼンジオール及び/又はその誘導体の検出
さまざまな種の昆虫に含まれる1,2-ベンゼンジオール含有量を測定するとともに、昆虫に含まれる脂溶性成分の除去による含有量の変化を検証した。測定対象に対して10倍量の80%アセトンを加えて撹拌し、遠心分離して得られた上清について、ガスクロマトグラフィ質量分析計(GC/MS)を用いて1,2-ベンゼンジオールを定量し、測定対象に含有される1,2-ベンゼンジオール量を明らかにした。
【0040】
さまざまな溶媒を用いて昆虫の幼虫、前蛹又は蛹の乾燥粉末に含まれる脂溶性成分を除去した。「ヘキサン・エタノール混合処理」は、ヘキサン:エタノール=9:1で混合した混合物を、昆虫の乾燥粉末に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。
【0041】
また、「ヘキサン処理」は、ヘキサンを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。「エタノール処理」は、エタノールを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。
【0042】
「アセトン処理」は、アセトンを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。「酢酸エチル処理」は、酢酸エチルを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。
【0043】
「リグロイン処理」は、リグロインを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。「石油エーテル処理」は、石油エーテルを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。「ジエチルエーテル処理」は、ジエチルエーテルを、乾燥した昆虫に対して約4倍量添加し、室温で12時間~24時間撹拌しながら混合した後で、遠心分離等で溶媒を取り除き、40℃~80℃の乾燥機で12時間~24時間乾燥した。
【0044】
上述の処理による脂溶性成分の除去結果、及びガスクロマトグラフィ質量分析計による定量結果を表1~表5に示す。脂溶性成分が除去された条件には表中「○」と示した。脂溶性成分の除去を施す前の昆虫からは9.3μg/g~200μg/gの1,2-ベンゼンジオールが検出されたが、各溶媒の処理によって脂溶性成分が除去され、ベンゼンジオール及び/又はその誘導体を実質的に含有しない昆虫の幼虫、前蛹又は蛹からなる組成物が得られたことがわかった。また、本実施例で採用した定量方法では、1,2-ベンゼンジオールの最小検出量は1 μg/gであったため、本実施例における昆虫の幼虫、前蛹又は蛹を原料とした組成物の1,2-ベンゼンジオール含有量は、1 μg/gに満たないものと考えられた。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
【表4】
【0049】
【表5】
【0050】
また直翅目フタホシコオロギ幼虫及びヨーロッパイエコオロギ幼虫を、ヘキサン・エタノール混合溶媒を用いて上述と同様の方法で処理したところ、1,2-ベンゼンジオールは非検出であった。
【0051】
4.昆虫に含まれる脂溶性成分を除去した組成物の免疫活性化試験
昆虫に含まれる脂溶性成分を除去した組成物が有する免疫賦活能を、脂溶性成分の除去工程を施さない昆虫と比較した。測定対象1gに対して、10 mLの緩衝液(20 mM Tris-HCl pH8.0, 150 mMNaCl)を添加し、室温で1日間~2日間激しく振とうした上清をフィルターろ過し、細胞培養液で希釈した。希釈した検体を含む培養液をマウスマクロファージ細胞株(RAW264細胞)に添加して24時間培養し、培養上清を回収して一酸化窒素産生量を測定した。
【0052】
結果を以下の表6~表8に示す。昆虫に含まれる脂溶性成分を除去した組成物では、無処理の昆虫に比べて、マウスマクロファージ細胞株の一酸化窒素の産出量が高いことが明らかとなった。したがって、昆虫から脂溶性成分が除去されたことで、免疫賦活作用の高い組成物が得られたことが示唆された。
【0053】
【表6】

【表7】

【表8】
【0054】
5.溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法で製造された昆虫を原料とする組成物を含有する飼料による飼育試験
【0055】
乾燥したイエバエ幼虫の粉末からなる組成物(以下、「比較例」とする。)を飼料原料とする飼料と、乾燥したイエバエ幼虫からヘキサン・エタノールを9:1の割合で混合した溶媒により脂溶性成分を除去して得られた組成物(以下、「実施例」とする。)を飼料原料とする飼料との成長比較試験を行った。試験魚にはマダイ稚魚を用い、カタクチイワシ製の魚粉を40乾燥重量%含む飼料を対照として、実施例及び比較例でそれぞれ魚粉を完全に置換し、28日間の飼育試験を行った。結果を図6に示す。実施例のイエバエ幼虫の組成物を40乾燥重量%含む飼料で生育したマダイは、対照区とほぼ同等の成長が得られたものの、比較例のイエバエ幼虫の組成物を40乾燥重量%含む飼料で生育したマダイは、増重量及び増尾叉長が対照に比べて大きく減退した。したがって、溶媒により脂溶性成分を除去したイエバエ幼虫を飼料原料として用いた飼料が有効であることがわかった。
【0056】
続いて、乾燥したミールワーム幼虫からヘキサン・エタノールを9:1の割合で混合した溶媒により脂溶性成分を除去して得られた組成物(以下、「実施例」とする。)を飼料原料とする飼料の成長比較試験を行った。各試験飼料の組成を表9に示す。試験区3の飼料には、各区で用いる飼料の油分含量が同等となるよう、実施例を製造する際に除去して得られた脂溶性成分を油分として添加した。
【0057】
【表9】
【0058】
試験魚にはマダイ稚魚を用い、カタクチイワシ製の魚粉を65乾燥重量%含む飼料を対照として、実施例及び比較例でそれぞれ魚粉を完全に置換し、飽食給餌で28日間の飼育試験を行った。結果を図7に示す。実施例の組成物を含有する飼料は、対照区の飼料に比べて摂餌量が多く、成長に優れた。特に、魚粉を全て実施例で置換した試験区1は最も優れた給餌量・増重量を示した。一方で、溶媒により除去された脂溶性成分を添加した飼料では、魚油を添加した飼料に比べて給餌量・増重量が明らかに劣ることから、該脂溶性成分に成長遅滞を招く物質が含まれていると考えられた。したがって、溶媒により脂溶性成分を除去したミールワーム幼虫を飼料原料として用いた飼料が有効であることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7