IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社UACJの特許一覧

特許7093607表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法
<>
  • 特許-表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法 図1
  • 特許-表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法 図2
  • 特許-表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法 図3
  • 特許-表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-22
(45)【発行日】2022-06-30
(54)【発明の名称】表面処理アルミニウム材及びその製造方法、ならびに、当該表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/04 20060101AFI20220623BHJP
   C25D 11/18 20060101ALI20220623BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20220623BHJP
   C25D 11/06 20060101ALN20220623BHJP
【FI】
C25D11/04 101C
C25D11/04 302
C25D11/18 306C
C25D11/18 313
C23C28/00 Z
C25D11/06 A
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2018022589
(22)【出願日】2018-02-10
(65)【公開番号】P2018135600
(43)【公開日】2018-08-30
【審査請求日】2020-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2017030745
(32)【優先日】2017-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100155572
【弁理士】
【氏名又は名称】湯本 恵視
(72)【発明者】
【氏名】八重樫起郭
(72)【発明者】
【氏名】三村達矢
(72)【発明者】
【氏名】小山高弘
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-316693(JP,A)
【文献】特開2015-137404(JP,A)
【文献】特開2009-228064(JP,A)
【文献】特開2015-137402(JP,A)
【文献】国際公開第2013/118870(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/04
C25D 11/18
C23C 28/00
C25D 11/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム基材と、その表面の少なくとも一部に形成されたアルカリ交流電解酸化皮膜とを含み、当該アルカリ交流電解酸化皮膜には、塑性加工方向と垂直な複数の加工溝が形成されている表面処理アルミニウム材において、
前記アルカリ交流電解酸化皮膜が、表面側に形成された厚さ20~1000nmのポーラス型アルミニウム酸化皮膜層と、素地側に形成された厚さ3~30nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層とから成り、前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層には、平均最大径5~120nmの小孔が形成されており、前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表面積に対する全小孔の面積占有率が5~50%であり、
前記複数の加工溝が、小孔の壁面を縫って繋ぐようにして塑性加工方向と垂直方向に沿って形成されていることを特徴とする表面処理アルミニウム材。
【請求項2】
前記塑性加工方向が一方向である、請求項1に記載の表面処理アルミニウム材。
【請求項3】
前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層における小孔の平均最大径が10~30nmである、請求項1又は2に記載の表面処理アルミニウム材。
【請求項4】
前記加工溝の幅が5~5000nmである、請求項1~3のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材。
【請求項5】
前記加工溝の間隔が5~5000nmである、請求項1~4のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法であって、表面処理されるアルミニウム基材の電極と対電極とを用い、アルカリ性水溶液を電解液として交流電解処理後に、交流電解処理したアルミニウム基材にひずみ速度1.0×10-3~1.0×10/sで塑性加工を施すことを特徴とする表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ性水溶液の電解液の温度が30~90℃である、請求項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ性水溶液の電解液のpHが9~13である、請求項又はに記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項9】
前記交流電解処理の電解処理時間が5~600秒である、請求項のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項10】
前記交流電解処理の電流密度が4~50A/dmである、請求項のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項11】
前記交流電解処理の周波数が10~100Hzである、請求項10のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項12】
電極に用いる前記アルミニウム基材の引張強度が30~450MPaである、請求項11のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項13】
前記交流電解処理したアルミニウム基材を塑性加工するまでにおいて、当該アルミニウム基材を0~300℃で保持する、請求項12のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法。
【請求項14】
請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材と、そのアルカリ交流電解酸化皮膜側の被接合部材とを含む表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体。
【請求項15】
前記被接合部材が樹脂である、請求項14に記載の表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体。
【請求項16】
請求項15に記載の表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法であって、請求項6~13のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法によって表面処理アルミニウム材を製造し、当該表面処理アルミニウム材に被接合部材を接合する表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法において、前記被接合部材となる樹脂を加熱して流動状態として前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層に接触・浸透させることにより、当該流動状態の樹脂を前記小孔と加工溝に流入させ、流動状態の樹脂を冷却固化又は硬化することを特徴とする表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理を施した純アルミニウム材又はアルミニウム合金材(以下、単に「アルミニウム材」と略記する)及びその製造方法に関し、詳細には、樹脂密着性に優れたアルカリ交流電解酸化皮膜を形成する表面処理を施したアルミニウム材に、塑性加工を施すと同時に、このアルカリ交流電解酸化皮膜に微細な加工溝を導入することで、樹脂密着後における耐久性、ならびに、アルカリ交流電解酸化皮膜とアルミニウム素地間の耐久性の両方に優れたアルカリ交流電解酸化皮膜が形成された表面処理アルミニウム材及びその製造方法に関する。更に本発明は、前記表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなり、優れた密着耐久性及び加工追従性を備える表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材は軽量で、かつ適度な機械的特性を有し、また、美感、導電性、放熱性、耐食性、リサイクル性に優れた特徴を有するため、様々な構造部材、熱交換器部材、容器類、包装類、電子機器類、機械類等に使用されている。また、これらのアルミニウム材の一部又は全部に表面処理を施すことで、耐食性、絶縁性、密着性、抗菌性、耐摩耗性等の性質を付与させたり向上させたりした上で使用されることも多い。
【0003】
また、近年になって自動車産業を中心に省資源化や省エネルギー化が進んでおり、アルミニウム材を構造部材に適用する際には、更なる軽量化を図るためにアルミニウム材の一部又は全部を樹脂と接合した構造部材が提案されている。これらの構造部材は輸送用機器に使用されるため、大気環境や腐食環境における高い密着耐久性が要求される。また、これらの構造部材には曲げ加工やプレス加工等が施される場合もあり、塑性加工を施してから樹脂と接合することもある。
【0004】
このようなアルミニウム材を樹脂と接合した部材や塗装部材などを製造する場合にも、アルミニウム材の樹脂密着性を向上させるために表面処理が必要となる。例えば、特許文献1のようなアルカリ交流電解法が提案されている。すなわち、液温35~85℃でアクリル酸化合物重合体濃度が0.1~10重量%のアルカリ性水溶液を電解液に用いて、電流密度4~50A/dm、周波数20~100Hz、電解時間5~60秒で交流電解処理を行なうものである。これにより、大きさが5~50nmの小孔が形成された酸化皮膜を表面に備えるアルミニウム材が得られるとしている。
【0005】
また、アルミニウム材と樹脂等とを密着させた後、曲げ加工等を行なう場合には、加工追従性を高めるために、例えば特許文献2のような方法が提案されている。すなわち、pH9~13で液温30~90℃のアルカリ性水溶液を電解液とし、電解終了時のアノードピーク電圧が25~200Vとなる波形を用いて交流電解処理を行なうものである。これにより、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表面における小孔の面積占有率が5~50%であるアルミニウム材が得られるとしている。
【0006】
これらの先行技術文献においては、アルミニウム材に表面処理を施した後、ただちに、樹脂を密着させる方法に関するものである。しかしながら、アルミニウム材に酸化皮膜を形成させた後において、樹脂を接合する前にアルミニウム材にプレス加工、曲げ加工、引張加工等の塑性加工を加え、その後において加工部に樹脂を接合する工程を採用する場合もある。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載のような表面処理アルミニウム材に塑性加工を施すと、樹脂を接合させる前に酸化皮膜がアルミニウム素地から剥離してしまうことがあり、その結果、樹脂との接合ができなくなる問題があった。
【0008】
特許文献2に記載の表面処理では、アルミニウム材と樹脂等とを密着させた後であれば、曲げ加工を行なうことができたものの、表面処理を行なった後で樹脂接合する前に塑性加工を施すと、加工方向に拠らずポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の全面に亀裂が伝播してしまい、所望の接合強度が得られなくなる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-228064号公報
【文献】特開2016-148079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、上記問題を解決すべく検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層に所定のひずみ速度で塑性加工を施すことで、酸化皮膜全面に亀裂が生じることなく、加工方向に垂直な方向にのみ、加工溝を微細に導入可能なことを見出した。そして、この加工溝を所定の幅と間隔をもって設けることで、アルカリ交流電解酸化皮膜がアルミニウム素地から剥離することを抑制できるだけでなく、小孔部と加工溝部の両方に被接合部材である樹脂等を流入させることができることを可能とした。その結果、表面処理アルミニウム材と被接合部材との機械的接合効果が高められることにより、例えば易接着性樹脂及び難接着性樹脂などの被接合部材との密着性がより一層優れるアルカリ交流電解酸化皮膜構造が得られることを見出した。
【0011】
また、所定のひずみ速度で塑性加工を施すことで、加工方向に垂直な方向に加工溝を微細に導入することができるが、特に、アルミニウム基材の強度を表面処理前にあらかじめ調整し、更に、交流電解処理後から塑性加工に至るまでの表面処理アルミニウム材の温度を調整することで、塑性加工時に導入する複数の加工溝の間隔を制御することができることを見出した。その結果、アルカリ交流電解酸化皮膜がアルミニウム素地から剥離することをより一層抑制することを可能とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は請求項1において、アルミニウム基材と、その表面の少なくとも一部に形成されたアルカリ交流電解酸化皮膜とを含み、当該アルカリ交流電解酸化皮膜には、塑性加工方向と垂直な複数の加工溝が形成されている表面処理アルミニウム材において、
前記アルカリ交流電解酸化皮膜が、表面側に形成された厚さ20~1000nmのポーラス型アルミニウム酸化皮膜層と、素地側に形成された厚さ3~30nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層とから成り、前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層には、平均最大径5~120nmの小孔が形成されており、前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表面積に対する全小孔の面積占有率が5~50%であり、
前記複数の加工溝が、小孔の壁面を縫って繋ぐようにして塑性加工方向と垂直方向に沿って形成されていることを特徴とする表面処理アルミニウム材とした。
【0013】
本発明は請求項2では請求項1において、前記塑性加工方向が一方向であるものとした。
【0014】
本発明は請求項3では請求項1又は2において、前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層における小孔の平均最大径が10~30nmであるものとした。
【0015】
本発明は請求項4では請求項1~3のいずれか一項において、前記加工溝の幅が5~5000nmであるものとした。
【0016】
本発明は請求項5では請求項1~4のいずれか一項において、前記加工溝の間隔が5~5000nmであるものとした。
【0019】
本発明は請求項において、請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法であって、表面処理されるアルミニウム基材の電極と対電極とを用い、アルカリ性水溶液を電解液とし交流電解処理後に、交流電解処理したアルミニウム基材にひずみ速度1.0×10-3~1.0×10/sで塑性加工を施すことを特徴とする表面処理アルミニウム材の製造方法とした。
【0020】
本発明は請求項では請求項において、前記アルカリ性水溶液の電解液の温度が30~90℃であるものとした。
【0021】
本発明は請求項では請求項又はにおいて、前記アルカリ性水溶液の電解液のpHが9~13であるものとした。
【0022】
本発明は請求項では請求項のいずれか一項において、前記交流電解処理の電解処理時間が5~600秒であるものとした。
【0023】
本発明は請求項10では請求項のいずれか一項において、前記交流電解処理の電流密度が4~50A/dmであるものとした。
【0024】
本発明は請求項11では請求項10のいずれか一項において、前記交流電解処理の周波数が10~100Hzであるものとした。
【0025】
本発明は請求項12では請求項11のいずれか一項において、電極に用いる前記アルミニウム基材の引張強度が30~450MPaであるものとした。
【0026】
本発明は請求項13では請求項12のいずれか一項において、前記交流電解処理したアルミニウム基材を塑性加工するまでにおいて、当該アルミニウム基材を0~300℃で保持するものとした。
【0027】
本発明は請求項14において、請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材と、そのアルカリ交流電解酸化皮膜側の被接合部材とからなる表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体とした。
【0028】
本発明は請求項15では請求項14において、前記被接合部材が樹脂であるものとした。
【0029】
本発明は請求項16において、請求項15に記載の表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法であって、請求項6~13のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム材の製造方法によって表面処理アルミニウム材を製造し、当該表面処理アルミニウム材に被接合部材を接合する表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法において、前記被接合部材となる樹脂を加熱して流動状態として前記ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層に接触・浸透させることにより、当該流動状態の樹脂を前記小孔と加工溝に流入させ、流動状態の樹脂を冷却固化又は硬化することを特徴とする表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体の製造方法とした。
【発明の効果】
【0030】
本発明によって、樹脂等の被接合部材との優れた密着耐久性及び加工追従性を備えるアルカリ交流電解酸化皮膜が形成されていることを特徴とする表面処理アルミニウム材、ならびに、このアルカリ交流電解酸化皮膜を短時間で、かつ簡便な工程で形成可能な製造方法が得られる。更に本発明によって、前記表面処理アルミニウム材と樹脂等の被接合部材とからなり、優れた密着耐久性及び加工追従性を備える表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体及びその製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明に係る表面処理アルミニウム材の模式図である。
図2】本発明に係る表面処理アルミニウム材の製造方法に用いる電解装置を示す正面図である。
図3】本発明に係る表面処理アルミニウム材の密着耐久性試験用試料の正面図である。
図4】本発明に係る表面処理アルミニウム材を用いたせん断試験片状の接合体の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の詳細を順に説明する。
A.アルミニウム基材
本発明に係る表面処理アルミニウム材に用いるアルミニウム基材としては、純アルミニウム又はアルミニウム合金が用いられる。アルミニウム合金の成分は特に限定されるものではなく、JISに規定される合金を始めとする各種合金を使用することができる。形状も特に限定されるものではなく、平板状、任意の断面形状の棒状、円筒状などの形状のものを用いることができる。なお、安定してアルカリ交流電解酸化皮膜を形成できることか
ら、平板状のものが好適に用いられる。
【0033】
なお、アルミニウム基材が平板状である場合には、平板のいずれか一方の表面にアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよく、或いは、両方の表面にアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよい。また、アルミニウム基材が任意の断面形状の棒状である場合には、表面全体にわたってアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよく、或いは、表面の一部にアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよい。更に、アルミニウム基材が円筒状である場合には、円筒の外面及び内面の少なくともいずれか一方において、表面全体にわたってアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよく、或いは、表面の一部にアルカリ交流電解酸化皮膜を形成してもよい。
【0034】
B.アルカリ交流電解酸化皮膜
図1(a)に示すように、本発明に係る表面処理アルミニウム材6は、アルミニウム基材3の表面の少なくとも一部に、アルカリ交流電解酸化皮膜が形成されている。なお、図(a)の例では、アルミニウム基材3の一方の表面にアルカリ交流電解酸化皮膜が形成されている。このアルカリ交流電解酸化皮膜は、表面側に形成されたポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1と、アルミニウム基材である素地側に形成されたバリア型アルミニウム酸化皮膜層2とから成り、材料に対する塑性加工方向と垂直な加工溝5を有する。なお、図中4は、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1に形成された小孔を示す。
【0035】
ここで、アルカリ交流電解酸化皮膜の厚さは、後述のポーラス型アルミニウム酸化皮膜層とバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さの和である23~1030nmの範囲をとり得るものであり、好ましくは30~1000nm、より好ましくは50~500nmである。この厚さが23nm未満では、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が低下する場合があり、1030nmを超えるとポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表層部が一部溶解してしまい、これまたアルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が低下する場合がある。
【0036】
なお、図1(a)の表面処理アルミニウム材6は、アルミニウム基材3にアルカリ交流電解処理を施して、その表面にアルカリ交流電解酸化皮膜を設けた後に、材料に塑性加工を施すことによって加工溝5を形成させた状態のものである。ここで、アルカリ交流電解処理によって、アルミニウム基材3の表面の少なくとも一部、すなわち、表面全体にわたって又は表面の一部にアルカリ交流電解酸化皮膜が形成されているものである。
【0037】
次に、図1(b)は、図1(a)の状態の表面処理アルミニウム材6において、そのアルカリ交流電解酸化皮膜側に樹脂等の被接合部材7を接合した表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体8、すなわち、表面処理アルミニウム材6と、そのアルカリ交流電解酸化皮膜側の樹脂等の被接合部材7とを含む表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体8を示すものである。また、被接合部材7は、小孔4と加工溝5の両方に流入してこれらと接合するので、アルカリ交流電解酸化皮膜を介してアルミニウム基材3と被接合部材7のより強固な接合体8が得られる。
【0038】
B-1.加工溝
本発明では、アルカリ交流電解酸化皮膜において、被接合体である樹脂等との接合性を向上させるために材料の塑性加工方向と垂直な複数の加工溝が形成されていることを特徴とする。このような加工溝は、小孔の壁面を縫って繋ぐようにして塑性加工方向と垂直方向に沿って発生する。塑性加工が引張成形、圧延成形、押出成形等のように材料加工方向が一方向の場合には、互いに加工方向にほぼ垂直で、かつ、ほぼ直線状の複数の加工溝が形成される。一方、プレス成形、張り出し成形等のように材料加工方向が複数方向ある場合には、直線状にはならないが、互いに加工方向にほぼ垂直な加工溝が形成される。
【0039】
図1(b)に示すように、このような加工溝5に樹脂等の被接合部材7が流入することによって、流入した被接合部材7は、アルカリ交流電解酸化皮膜と接合してアンカー効果を発揮しつつ、アルミニウム基材3の加工溝部とも接合してアンカー効果を発揮するので、アルカリ交流電解酸化皮膜(1+2)がアルミニウム基材3の素地から剥離することを抑制できる。
【0040】
加工溝は、塑性加工方向と垂直方向の長手方向に延びる溝であるが、この長手方向に直交する長さを加工溝の幅とする。この加工溝の幅は、好ましくは5~5000nm、より好ましくは10~2000nmである。加工溝の幅が5nm未満の場合には、樹脂等の被接合部材を密着させた際に、被接合部材が流入されない加工溝が存在する場合がある。このような被接合部材が流入されない加工溝よる空隙部が、接合強度を低下させることになる。一方、加工溝の幅が5000nmを超える場合には、接合部において小孔が占める部分が少なくなり、小孔によるアンカー効果が低減して接合強度を低下させる場合がある。
【0041】
また、隣接する加工溝の間隔は、好ましくは5~5000nm、より好ましくは10~2000nmである。この加工溝の間隔が5nm未満の場合には、加工溝の密度が極端に大きくなる。その結果、接合部においてアルミニウム基材と接するアルカリ交流電解酸化皮膜が少なくなり、アルミニウム基材が素地から剥離する虞がある。一方、加工溝の間隔が5000nmを超える場合には、接合部において加工溝が占める部分が少なくなり、加工溝に存在する被接合部材によるアルミニウム基材へのアンカー効果が低減する、その結果、樹脂等の被接合部材とアルミニウム基材との所望の接合強度が得られない場合がある。
【0042】
B-2.ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層
図1(a)、(b)に示すように、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1には、表面から内部に延びる小孔4が形成されている。ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1の表面において、凹凸を考慮しない(縦×横で算出される)表面積に対して、存在する全ての小孔4の開口面積の総和が占める割合を小孔の面積占有率として、この小孔の面積占有率を5~50%とするのが好ましく、10~45%とするのがより好ましい。この小孔の面積占有率が5%未満では、被接合部材である樹脂等との接合における小孔が示すアンカー効果が不足する。その結果、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が低下する場合がある。一方、この面積占有率が50%を超えると、初期には大きな上記アンカー効果が得られるものの、面積占有率が大き過ぎるために上記アンカー効果の経時的な低下が大きくなって、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が却って低下する場合がある。
【0043】
ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1の表面における小孔4の開口は、上方から観察する際に、その形状が円形、楕円形、矩形、多角形など様々である。このような開口の径として、最大長さのものを最大径とする。例えば、開口の形状が円形の場合には、その径は直径となり全て同じであり、最大径は直径で規定される。これに代わって、開口の形状が楕円形の場合には、その径は短径から長径まで変化するが、最大径は長径で規定される。矩形や多角形などの場合も同様に、開口において測定される径のうち最大のものを最大径として規定する。そして、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層1の表面において、存在する全ての小孔の各最大径の算術平均値をもって平均最大径と規定する。
【0044】
上記平均最大径は、好ましくは5~120nm、より好ましくは10~30nmである。この平均最大径が5nm未満では、小孔の面積占有率が不足する場合と同様に、樹脂等との接合におけるアンカー効果が不足し、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が低下する場合がある。一方、平均最大径が120nmを超えると、小孔の面積占有率が過大となる場合と同様に、樹脂等との接合におけるアンカー効果が経時的に低減し、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が低下する場合がある。更に、小孔の面積占有率が過大となる場合と同様に、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層における小孔を除く部分が少なくなり、アンカー効果の経時的な低下が大きくなって、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着耐久性が却って低下する場合がある。
【0045】
ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の厚さは、好ましくは20~1000nm、より好ましくは30~500nmである。ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の厚さが20nm未満では、厚さが不十分となるため小孔構造が形成され難く、加工溝が形成され難くなる。その結果、樹脂等との接合における小孔によるアンカー効果が不足し、更に、加工溝に樹脂が流入できない空隙部分が生じて、アルカリ交流電解酸化皮膜による接合強度が低下する場合がある。一方、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の厚さが1000nmを超えると、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層自体が凝集破壊し易くなり、加工溝形成時にアルミニウム基材の素地からアルカリ交流電解酸化皮膜が脱落する場合がある。
【0046】
B-3.バリア型アルミニウム酸化皮膜層
ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層とアルミニウム基材の素地との間のバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さは、好ましくは3~30nm、より好ましくは5~25nmである。バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さが3nm未満では、介在するバリア型アルミニウム酸化皮膜層が薄いためポーラス型アルミニウム酸化皮膜層とアルミニウム基材の素地とを結合するための結合力が弱く、加工溝の形成時においてポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が破壊する虞がある。一方、バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さが30nmを超えると、加工溝の形成時において形成される溝が不均一になる虞がある。
【0047】
C.表面処理アルミニウム材の製造方法
以下に、本発明に係る表面処理アルミニウム材の製造方法について説明する。
【0048】
C-1.電極
上述の条件を満たすアルカリ交流電解酸化皮膜を表面に備えた表面処理アルミニウム材を製造するための一つの方法として、表面処理されるアルミニウム基材を一方の電極とし、他方の対電極を用いて所定の条件下で交流電解処理することにより、アルカリ交流電解酸化皮膜を形成する方法を挙げることができる。
【0049】
本発明において、交流電解処理されるアルミニウム基材の電極の引張強度は、好ましくは30~450MPa、より好ましくは50~400MPaである。この引張強度が30MPa未満では、加工溝の幅が小さくなる場合があり、樹脂等の被接合部材を密着させた際に、被接合部材が流入されない加工溝が存在することがある。このような被接合部材が流入されない加工溝よる空隙部が、接合強度を低下させる場合がある。一方、この引張強度が450MPaを超えると、加工溝の導入がされにくい場合があり、加工溝によるアルミニウム基材へのアンカー効果が低減することがある。
【0050】
本発明において、交流電解処理されるアルミニウム基材と対電極の形状は特に限定されるものではないが、アルミニウム基材と対電極との距離を均一にし、安定して交流電解処理したアルカリ交流電解酸化皮膜を形成するには、アルミニウム基材と対電極は板状のものが好適に用いられる。
【0051】
図2に示すように、結線された対電極板9、10を用意し、これら2枚の対電極板の間に表面処理されるアルミニウム基板11の両方の表面をそれぞれ、対電極板9、10の表面と平行になるように設置することが好ましい。アルミニウム基板11は交流電源12を介して対電極板9、10に接続されている。これらアルミニウム基板11、対電極板9、10は、アルカリ性水溶液の電解液13が入れられた電解層に設置される。対向するアルミニウム基板11と対電極面同士の寸法はほぼ同一として、両電極を静止状態で電解操作を行なうのが好ましい。また、表面処理されるアルミニウム基板11の一方の表面のみを処理する場合には、対電極板接続スイッチ14を切ることによってアルミニウム基板11
の一方の表面(アルミニウム基材電極の図中における左側の表面)のみを処理することも
できる。
【0052】
交流電解処理に使用する一対の電極のうち一方の電極は、電解処理によって表面処理されるべきアルミニウム基材である。他方の対電極としては、例えば、黒鉛、アルミニウム、チタン電極等の公知の電極を用いることができるが、電解液のアルカリ成分や温度に対して劣化せず、導電性に優れ、更に、それ自身が電気化学的反応を起こさない材質のものを使用する必要がある。このような点から、対電極としては黒鉛電極が好適に用いられる。これは、黒鉛電極が化学的に安定であり、かつ、安価で入手が容易であることに加え、黒鉛電極に存在する多くの気孔の作用により交流電解工程において電気力線が適度に拡散するため、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層が共により均一になり易いためである。
【0053】
C-2.交流電解処理条件
交流電解処理は、上記アルミニウム基材の電極と対電極とを用い、アルカリ性水溶液を電解液とするものである。
【0054】
本発明において、電解液として用いるアルカリ水溶液は、りん酸ナトリウム、りん酸水素ナトリウム、ピロりん酸ナトリウム、ピロりん酸カリウム及びメタりん酸ナトリウム等のりん酸塩;水酸化ナトリウム及び水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩;水酸化アンモニウム;或いは、これらの混合物を含む水溶液を用いることができる。後述するように電解液のpHを特定の範囲に保つ必要があることから、バッファー効果の期待できるりん酸塩系物質を含有するアルカリ性水溶液を用いるのが好ましい。このようなアルカリ性水溶液に含まれるアルカリ成分の濃度は、電解液のpHが所望の値になるように適宜調整されるが、通常、1×10-4~1モル/リットルで、好ましくは1×10-3~0.8モル/リットルである。なお、これらのアルカリ性水溶液には、アルミニウム材表面の清浄度を高めるために界面活性剤やキレート剤等を添加してもよい。
【0055】
本発明で用いる電解液のpHは9~13が好ましく、9.5~12.5がより好ましい。pHが9未満では電解液のアルカリエッチング力が不足するため、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の小孔が小さくなり、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が低下する場合がある。一方、pHが13を超えると、アルカリエッチング力が過剰になるためポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が溶解してしまう場合があり、これまたアルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が低下する場合がある。
【0056】
本発明で用いる電解液の温度は30~90℃が好ましく、35~85℃がより好ましい。電解液温度が30℃未満では、アルカリエッチング力が不足するためポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の小孔が小さくなり、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が低下する場合がある。一方、90℃を超えるとアルカリエッチング力が過剰になるため、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が溶解してしまう場合があり、これまたアルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が低下する場合がある。
【0057】
本発明における交流電解処理において、電流密度は4~50A/dmであることが好ましく、5~40A/dmであることがより好ましい。電流密度が4A/dm未満では、アルカリ交流電解酸化皮膜のうち、バリア型アルミニウム酸化皮膜層のみが優先的に形成されるためにポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が得られなくなる場合がある。一方、50A/dmを超えると、電流が過大になるためポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の厚さ制御が困難となり処理ムラが起こり易く、加工溝を導入した場合に、アルカリ交流電解酸化皮膜が極端に厚い部分でポーラス型アルミニウム酸化皮膜層がアルミニウム素地から脱落する場合がある。
【0058】
本発明における交流電解処理条件として、交流周波数及び電解時間は以下のとおりであることが好ましい。
【0059】
電解時間は、好ましくは5~600秒、より好ましくは10~500秒である。5秒未満の処理時間では、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の形成が不足する場合がある。その結果、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が不十分になる場合がある。一方、600秒を超えると、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が厚くなり過ぎたり、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層が再溶解したりする虞がある。この場合、加工溝導入時にアルカリ交流電解酸化皮膜が極端に厚い部分でポーラス型アルミニウム酸化皮膜層がアルミニウム基材の素地から脱落する場合がある。
【0060】
交流周波数は好ましくは10~100Hz、より好ましくは20~80Hzである。10Hz未満では、電気分解としては直流的要素が高まる結果、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の形成が抑制される。その結果、加工溝を導入する際に、溝幅が小さくなり過ぎることがあり、加工溝内部へ樹脂等の被接合部材が流入できなくなる虞がある。一方、100Hzを超えると、陽極と陰極の反転が速過ぎるため、アルカリ交流電解酸化皮膜全体の形成が極端に遅くなり、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の所定の厚さを得るには極めて長時間を要することになる。なお、交流電解処理における電解波形については、正弦波、矩形波、台形波、三角波等の波形を用いることが出来る。
【0061】
本発明における加工溝の幅及び間隔の測定には、電界放出形電子顕微鏡(FE-SEM)による表面観察が好適に用いられる。具体的には、加速電圧2kV、観察視野10μm×7μmで複数個所撮影した二次電子像から、観察される任意の加工溝の幅を計測することができる。また、加工溝の間隔も同様に任意の隣接する2つの加工溝の距離を計測できる。なお、一つの観察視野における複数箇所の測定値の算術平均値をもって、これら加工溝の幅及び間隔とした。
【0062】
本発明におけるポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の小孔の平均最大径及び面積占有率の測定には、電界放出形電子顕微鏡(FE-SEM)による表面観察及び画像解析ソフトA像くん(旭化成エンジニアリング社製ver. 2.50)による粒子解析が好適に用いられる。具体的には、加速電圧2kV、観察視野1μm×0.7μmで複数個所撮影した二次電子像を、画像解析ソフトに取り込み、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表面において観察される小孔部分を粒子とみなした各箇所における粒子解析を実施するものである。
【0063】
これにより、各箇所において、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の表面における全ての小孔の最大径及び開口面積を測定できる。このようにして得られた各複数個所における小孔の最大径の算術平均値をもって平均最大径が求められる。また、各箇所において、凹凸を考慮しない全面積に対する全小孔の開口面積の総和の比により、各箇所における小孔の面積占有率が得られ、このようにして得られた各複数個所の算術平均値をもって小孔の面積占有率が求められる。なお、小孔の最大径、平均最大径及び面積占有率については、上記で規定した通りである。
【0064】
本発明におけるポーラス型アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さの測定には、透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察が好適に用いられる。具体的には、ウルトラミクロトーム等により各酸化皮膜層部分を薄片に加工し、TEM観察することによって測定される。なお、一つの観察視野における複数箇所の測定値の算術平均値をもって、これら各酸化皮膜層の厚さとした。
【0065】
本発明における加工溝は、前記交流電解処理によるアルカリ交流電解酸化皮膜形成後に、アルカリ交流電解酸化皮膜を形成したアルミニウム基材を、所定のひずみ速度で塑性変形させることで形成される。
【0066】
具体的には、アルカリ交流電解酸化皮膜を形成したアルミニウム基材を、ひずみ速度1.0×10-3~1.0×10/s、好ましくは、5.0×10-3~1.0×10/sで塑性加工することにより形成される。このひずみ速度が1.0×10-3/s未満の場合には、加工方向に拠らずに、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層から全面に亀裂が伝播して、アルカリ交流電解酸化皮膜がアルミニウム基材の素地から離脱する。その結果、アルカリ交流電解酸化皮膜による所望の接合強度が得られない。一方、このひずみ速度が1.0×10/sを超える場合には、所望の加工溝だけでなく加工方向に平行な余分な溝も発生してしまい、アルカリ交流電解酸化皮膜自体の破壊を招く。
【0067】
また、ひずみ速度は常に一定である必要はなく、変形中のひずみ速度が前記範囲にあればよい。なお、加工溝を形成させる部分のひずみ速度は、伸び計を用いることで測定することができる。表面処理アルミニウム材において樹脂等の被接合部材を接合する部分に伸び計を設置し、加工時のひずみ速度を容易に測定することができる。
【0068】
本発明において、アルミニウム基材に対してアルカリ交流電解処理を施してから、塑性加工による加工溝を形成させるまでの間、アルカリ交流電解酸化皮膜を形成したアルミニウム基材を、好ましくは0~300℃、より好ましくは5~280℃の温度範囲で保持するのが好ましい。この保持温度が0℃未満の場合には、加工溝幅が不均一になり、アルカリ交流電解酸化皮膜による密着性が部分的に低下する場合がある。更に、加工溝の部分が結露して、局所的な腐食が発生する場合もある。一方、この保持温度が300℃を超える場合には、塑性加工の方向とは無関係に加熱による割れが発生してしまう場合がある。その結果、このような割れが発生した状態で加工溝を成形させると、アルカリ交流電解酸化皮膜がアルミニウム基材の素地から部分的に脱落してしまうことがある。
なお、上記保持温度は、保持中において必ずしも一定温度である必要はなく、0~300℃の範囲内で変化してもよい。
【0069】
D.表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体
図1(b)に示すように、本発明に係る表面処理アルミニウム材に樹脂等の被接合部材を接合して、表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体8が得られる。上述のように、このような接合体では、樹脂等の被接合部材7は、アルカリ交流電解酸化皮膜(1+2)及びアルミニウム基材3の素地の両方に接合しており、また、被接合部材7は、小孔4と加工溝5の両方に流入してアンカー効果を発揮するので、アルカリ交流電解酸化皮膜(1+2)を介したアルミニウム基材3と被接合部材7の接合をより強固なものとできる。
【0070】
このような表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体8は、様々な用途に応じて使用できる。ここで、被接合部材としては、樹脂、金属、セラミックスなどが用いられるが、接合の容易性や多様な用途展開が可能な点で樹脂が好適に用いられる。樹脂としては、熱硬化性樹脂でも、熱可塑性樹脂でもどちらも用いることができ、本発明に係る表面処理アルミニウム材における処理面に形成される特定のアルカリ交流電解酸化皮膜の特性と相まって、様々な効果が付与される。
【0071】
例えば、このような接合体は、アルミニウム基材に比べて樹脂の熱膨張率が一般に大きいことから、接合界面において剥離や割れが発生し易い。しかしながら、本発明に係る表面処理アルミニウム材と樹脂との接合体においては、本発明におけるアルカリ交流電解酸化皮膜は非常に薄く、かつ、上述したように特定の形状と構造を有するので、接合強度が高く、柔軟性に優れ、樹脂の膨張に追従し易く、剥離や割れが発生し難くい。本発明に係る表面処理アルミニウム材と熱可塑性樹脂との接合体は、軽量、高剛性の複合材料として好適に用いることができる。また、本発明に係る表面処理アルミニウム材と熱硬化性樹脂との接合体は、プリント配線基板用途として好適に用いることができる。
【0072】
上記樹脂としては、各種の熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂を用いることができる。具体的には、熱可塑性樹脂においては、熱を加えて流動状態とした樹脂をポーラス型アルミニウム酸化皮膜層に接触・浸透させ、これを冷却固化することにより樹脂層が形成される。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレン等)、ポリ塩化ビニル、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等)、ポリアミド、ポリフェニレンスルファイド、芳香族ポリエーテルケトン(ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン等)、ポリスチレン、各種フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン等)、アクリル樹脂(ポリメタクリル酸メチル等)、ABS樹脂、ポリカーボネート、熱可塑性ポリイミド等を用いることができる。
【0073】
また、熱硬化性樹脂においては、硬化前の流動性を有する状態においてポーラス型アルミニウム酸化皮膜層に接触・浸透させ、これをその後に硬化させればよい。熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ポリウレタン、熱硬化性ポリイミド等を用いることができる。
【0074】
なお、上記熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂は、それぞれを単一で用いてもよく、複数種の熱可塑性樹脂又は複数種の熱硬化性樹脂を混合したポリマーアロイとして用いてもよい。また、各種フィラーを添加することで、樹脂の強度や熱膨張率等の物性を改善してもよい。具体的には、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維等の各種繊維や、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、シリカ、タルク、ガラス、粘土等の公知物質のフィラーを用いることができる。
【実施例
【0075】
以下に、実施例及び比較例に基づいて、本発明における好適な実施の形態を詳細に説明する。
【0076】
実施例1~2及び比較例1~3
電解処理されるアルミニウム基材として、縦600mm×横800mm×厚さ2.0mmを有するJIS5052-Oのアルミニウム合金の平板を使用した。このアルミニウム合金板の25℃における引張強度は195MPaであった。
【0077】
このアルミニウム合金板を一方の電極に用い、対電極として縦500mm×横550mm×厚さ2.0mmの一対の平板の黒鉛電極を用いた。図2に示すように、結線された黒鉛の対電極板9、10を用意し、これら2枚の対電極板の間に表面処理されるアルミニウム合金板の電極11の両方の表面をそれぞれ、対電極板9、10の表面と平行になるように設置した。アルミニウム合金板の電極11は交流電源12を介して対電極板9、10に接続されており、これら電極11、対電極板9、10は、アルカリ性水溶液の電解液13が入れられた電解層に設置されている。このような電解装置を用いて、対電極板接続スイッチ14をONの状態でアルカリ交流電解処理を行った。このアルカリ交流電解処理により、2枚の黒鉛の対電極板9、10にそれぞれ対向するアルミニウム合金板の電極11の両面に、表面側のポーラス型アルミニウム酸化皮膜層と素地側のバリア型アルミニウム酸化皮膜層とを含むアルカリ交流電解酸化皮膜を形成した。なお、電解処理は同一の3つのアルミニウム基材についてそれぞれ行ない、表に示す数値結果は、これら3つの算術平均値とした。
【0078】
電解処理に用いる電解液には、表1に示すpH、温度のピロりん酸ナトリウムを主成分とするアルカリ性水溶液を使用した。なお、0.1モル/リットルのNaOH水溶液でpHを適宜調整した。また、このアルカリ性水溶液の電解質濃度は、0.1モル/リットルとした。図2に示すように、電解液を収容する電解槽中にアルミニウム合金板の電極と両対電極を配置し、表1に示す電解処理条件で交流電解処理を実施した。なお、アルミニウム合金板の電極及び黒鉛対電極の縦方向を電解槽の深さ方向に一致させた。
【0079】
【表1】
【0080】
以上のようにして、アルミニウム合金板電極の両面にアルカリ交流電解酸化皮膜を形成した。電解処理後には、アルミニウム合金板電極を電解槽から速やかに取り出し、室温の純水で水洗し、80℃の乾燥空気中で乾燥後、室温(25℃)の大気中において保持した。
【0081】
次に、上述のようにして調製した、表面にアルカリ交流電解酸化皮膜を設けたアルミニウム合金板電極のアルカリ交流電解酸化皮膜に加工溝を形成した。具体的には、表面にアルカリ交流電解酸化皮膜を設けたアルミニウム合金板電極の試料を、JIS Z2241に記載の1A号試験片形状に各々30本切り出し、インストロン製引張試験機を用いて表1に記載のひずみ速度で各試料を10%引張変形させた後、荷重を除荷することで、表面処理アルミニウム材試料を作製した。作製した試料は後述の、密着耐久性評価試験と熱可塑性樹脂の接合性評価試験で使用した。
【0082】
以上のようにして作製した表面処理アルミニウム材試料について、以下の測定と評価を行なった。
【0083】
[ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の小孔の平均最大径の測定]
以上のようにして作製した表面処理アルミニウム材試料に対し、FE-SEMによる表面観察(観察視野:0.7μm×1μm)により、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層の小孔の平均最大径を測定した。結果を表1に示す。なお、表1に示す小孔の平均最大径については、100箇所の小孔の測定結果の算術平均値とした。
【0084】
[加工溝幅及び加工溝間隔の測定]
以上のようにして作製した表面処理アルミニウム材試料に対し、FE-SEMによる表面観察(観察視野:10μm×7μm)により、アルカリ交流電解酸化皮膜の加工溝幅及び加工溝間隔を測定した。結果を表1に示す。なお、表に示す加工溝幅及び加工溝間隔については、100箇所の測定結果の算術平均値とした。
【0085】
[ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さ]
上記のようにして作製した表面処理アルミニウム材試料に対し、TEMによりアルカリ交流電解酸化皮膜の縦方向に沿った断面観察を実施した。具体的には、ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層のそれぞれの厚さを測定した。これらの酸化皮膜層の厚さを測定するために、ウルトラミクロトームを用いて供試材から断面観察用薄片試料を作製した。次に、この薄片試料において観察視野(1μm×1μm)中の任意の100箇所を選択してTEM断面観察により、それぞれの酸化皮膜層の厚さを測定した。結果を表1に示す。なお、これらの酸化皮膜層の厚さについては、100箇所の測定結果の算術平均値とした。
【0086】
[アルカリ交流電解酸化皮膜の密着耐久性評価]
上記のように作製した表面処理アルミニウム材試料(JIS 1A号試験片)から縦50mm×横25mmにそれぞれ平行に切り取った供試材を20枚用意した。なお、試料と供試材の縦横は同じである。密着耐久性試験は、まず、2枚の供試材15、16を図3に示すように、縦方向の重なり長さが10mmとなるように重ね合わせて(接着面積10mm×25mm=250mm)、直径200μmのガラスビーズを添加した1液型エポキシ樹脂系接着剤17を用いて接着し、このような接合体を10組作製した。次いで、接着した接合体を、加熱炉中において170℃で20分間加熱処理して接着剤を硬化させて密着耐久試験用の試験片とした。
【0087】
上記のようにして作製した試験片を、塩水噴霧試験方法(JIS Z 2371)に記載の中性塩水噴霧試験にかけて1000時間後に取出し、引張試験機にて5mm/minの速度で長さ方向に引っ張り、接着部分の接着剤の凝集破壊率を測定し、下記の基準で評価した。
◎:凝集破壊率が95%以上のもの
○:凝集破壊率が85%以上95%未満のもの
△:凝集破壊率が75%以上85%未満のもの
×:凝集破壊率が75%未満のもの
結果を表2に示す。同表には、10組の供試材のうちの上記◎、○、△、×の個数をそれぞれ示すが、全てが◎と○から構成される場合を合格、それ以外の場合を不合格と判定した。
【0088】
【表2】
【0089】
[熱可塑性樹脂の接合性評価]
上記のように作製した表面処理アルミニウム材試料から縦50mm×横10mmに切断した供試材を10枚用意し、ガラス繊維含有PPS樹脂(DIC社製)を用い、アルミニウム合金板のインサート成形による接合試験片を作製した。射出成形金型に表面処理アルミニウム材試料をインサートし、金型を閉め金型を加熱することで、150℃まで接合試験片を加熱後、PPS樹脂を射出温度320℃で射出することで、図4に示すせん断試験片状の接合体を得た。接合部は、表面処理アルミニウム材試料端部の縦5mm×横10mm部分とした
【0090】
上記のように、作製したせん断試験片状接合体の10個を引張試験機にて5mm/min.の速度で引っ張り、接着部分の接着剤であるPPS樹脂18の凝集破壊率を測定し、下記の基準で評価した。なお、図4において、15は表面処理アルミニウム材試料である。
◎:凝集破壊率が95%以上のもの
○:凝集破壊率が85%以上95%未満のもの
△:凝集破壊率が75%以上85%未満のもの
×:凝集破壊率が75%未満のもの
結果を表2に示す。同表には、10組のせん断試験片状の接合体のうちの上記◎、○、△、×の個数をそれぞれ示すが、全てが◎又は○からなる場合を合格、それ以外を不合格と判定した。
【0091】
[総合評価]
上記アルカリ交流電解酸化皮膜の密着耐久性評価及び熱可塑性樹脂の接合性評価の両方が合格であったものを総合評価が合格とし、これら各評価の少なくともいずれか一つが不
合格のものを総合評価が不合格とした。
【0092】
表2に示すように、実施例1~2では本発明要件を満たすため、アルカリ交流電解酸化皮膜の密着耐久性評価及び熱可塑性樹脂の接合性評価が合格で、総合評価も合格であった。
【0093】
これに対して比較例1~3では、本発明要件を満たさないため、アルカリ交流電解酸化皮膜の密着耐久性評価及び熱可塑性樹脂の接合性評価のいずれかが不合格で、総合評価が不合格となった。
【0094】
具体的には、比較例1では、加工溝を形成する際のひずみ速度が不足し、加工方向とは無関係の亀裂が発生した。その結果、密着耐久性評価が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0095】
比較例2では、加工溝を形成する際のひずみ速度が過大になり、加工方向に平行な溝が発生した。その結果、密着耐久性評価及び熱可塑性樹脂の接合性評価が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0096】
比較例3では、交流電解処理の代わりに直流電解処理を行なった。その結果、アルカリ交流電解酸化皮膜が形成されず、密着耐久性評価及び熱可塑性樹脂の接合性評価が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、樹脂等の被接合部材との密着耐久性に優れ、かつ、加工追従性に優れた表面処理アルミニウム材を得ることができる。これにより、本発明に係る表面処理アルミニウム材は、アルミニウム基材と被接合部材との密着性と加工追従性が要求される、これまた本発明に係る強加工アルミニウム/樹脂接合部材や樹脂塗装アルミニウム材に好適に用いられる。
【符号の説明】
【0098】
1‥‥‥ポーラス型アルミニウム酸化皮膜層
2‥‥‥バリア型アルミニウム酸化皮膜層
3‥‥‥アルミニウム基材(の素地)
4‥‥‥小孔
5‥‥‥加工溝
6‥‥‥表面処理アルミニウム材
7‥‥‥樹脂等の被接合部材
8‥‥‥表面処理アルミニウム材/被接合部材の接合体
9‥‥‥対電極板
10‥‥‥対電極板
11‥‥‥アルミニウム基板
12‥‥‥交流電源
13‥‥‥電解液
14‥‥‥対電極板接続スイッチ
15‥‥‥密着耐久性試験供試材
16‥‥‥密着耐久性試験供試材
17‥‥‥1液型エポキシ樹脂系接着剤
18‥‥‥PPS樹脂
図1
図2
図3
図4