(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-22
(45)【発行日】2022-06-30
(54)【発明の名称】高耐摩耗性被膜を備えた摺動部材
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20220623BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20220623BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220623BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F02F5/00 F
C23C14/06 L
(21)【出願番号】P 2022031768
(22)【出願日】2022-03-02
【審査請求日】2022-03-03
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菅原 駿
(72)【発明者】
【氏名】大平 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】南郷 哲哉
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-057896(JP,A)
【文献】特開2008-014228(JP,A)
【文献】特表2016-502593(JP,A)
【文献】特開2006-219756(JP,A)
【文献】特開2011-116870(JP,A)
【文献】特開2021-095957(JP,A)
【文献】特開2019-077904(JP,A)
【文献】特開2005-326378(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
F02F 5/00
F02F 11/00
F16J 1/00-1/24
F16J 7/00-10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも摺動面に硬質被膜を備えた内燃機関用の摺動部材であって、
前記硬質被膜は、
Cr、Al、N及びCを含み、
ISO14577-1に準拠したナノインデンテーション試験により、ビッカース圧子を用いて荷重1000mNで測定された塑性変形仕事量が0.360μJ以上0.560μJ以下であり、且つ
EBSD(電子線後方散乱回折法:Electron BackScatter Diffraction Pattern)解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率が34.0%以上である、摺動部材。
【請求項2】
前記硬質被膜は、Cを0.3mass%~2.0mass%含有する、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記硬質被膜は、Crを41.0mass%~47.0mass%含有し、Alを20.0mass%~24.0mass%含有する、請求項1又は2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記硬質被膜は、前記EBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、0.5μm以下の結晶粒子の割合が84.0%以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記硬質被膜は、ドロップレット面積率が0.5%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記摺動部材は、ピストンリングである、請求項1~5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン等の内燃機関の過酷な摺動環境下で使用される、摺動面に高耐摩耗性被膜を備えた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車エンジン等の内燃機関の過酷な摺動環境下で使用されるピストンリング等の摺動部材の摺動面には、耐摩耗性、耐スカッフ性、耐剥離性等の摺動特性を改善するために、CrめっきやCrNなどの硬質Cr被膜が用いられてきた。
【0003】
近年、エンジンの高出力化や環境規制への対応のため、燃焼温度の高温化、筒内圧の上昇や直噴化、潤滑油の低粘度化、バイオエタノール燃料の使用等と相まって、その表面が受ける負荷が増大する傾向にある。そのため、摺動部材表面を覆う硬質Cr被膜の摩耗が進行し、剥離、クラックが発生する等の問題が生じていた。
【0004】
このような問題を解決するため、金属元素としてCrおよびAlを少なくとも含み、非金属元素としてNを少なくとも含む結晶構造を有し、被膜中の構成元素の割合が所定の割合に規定され、マイクロビッカース硬さとポアソン比を含む押し込み弾性率との比率を0.05以上とすることで、耐摩耗性、耐クラック性、耐剥離性を向上させたCrAlN系の硬質被膜が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、更なる高出力化、低燃費化が要求される近年の内燃機関においては、ピストンリング等の摺動部材は益々過酷な摺動環境に置かれることとなり、その摺動面に被覆される被膜には、より一層の耐摩耗性等摺動特性の向上が求められている。本発明は、内燃機関の厳しい摺動環境下においても、耐摩耗性や耐剥離性等の摺動特性に優れた摺動部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を進め、従来のCrAlN被膜において、更にCを添加することで結晶粒の微細化を図り、ナノインデンテーション試験で測定された塑性変形仕事量、及びEBSD解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率を特定の範囲に制御することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、少なくとも摺動面に硬質被膜を備えた内燃機関用の摺動部材であって、
前記硬質被膜は、
Cr、Al、N及びCを含み、
ISO14577-1に準拠したナノインデンテーション試験により、ビッカース圧子を用いて荷重1000mNで測定された塑性変形仕事量が0.360μJ以上0.560μJ以下であり、且つ
EBSD(電子線後方散乱回折法:Electron BackScatter Diffraction Pattern)解析による逆極点図方位マップの二値化像におけ
る黒色部分の面積率が34.0%以上である、摺動部材である。
【0009】
前記硬質被膜は、Cを0.3mass%~2.0mass%含有することが好ましく、Crを41.0mass%~47.0mass%含有することが好ましく、Alを20.0mass%~24.0mass%含有することが好ましい。
さらに、前記硬質被膜は、前記EBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、1.0μm以下の結晶粒子の割合が100%であり、0.5μm以下の結晶粒子の割合が84.0%以上であることが好ましい。
また、前記硬質被膜は、ドロップレット面積率が0.5%以下であることが好ましい。
【0010】
また、前記摺動部材はピストンリングであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、内燃機関の厳しい摺動環境下においても、耐摩耗性や耐剥離性等の摺動特性に優れた摺動部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一形態である、硬質被膜により被覆されたピストンリングの断面模式図である。
【
図2】イオンプレーティング法により硬質被膜をピストンリングに堆積させる装置の概略図である。
【
図3】実施例で得られた硬質被膜のEBSD解析で得られた逆極点図方位マップの二値化像である(図面代用写真)
【
図4】実施例8の硬質被膜の結晶粒径の分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、具体的な実施形態を示し説明するが、各実施形態は本発明の一例として示されるものであり、必ずしも請求項に係る発明を特定するものではなく、また、実施形態の中で説明する特徴の全てが、本発明の課題を解決する手段に必須であるとは限らない。
【0014】
数値範囲を表す「XX以上YY以下」や「XX~YY」の記載は、特に断りのない限り、端点である下限及び上限を含む数値範囲を意味する。数値範囲が段階的に記載されている場合、各数値範囲の上限及び下限は任意に組み合わせることができる。
【0015】
本発明の実施形態は、少なくとも摺動面に硬質被膜を備えた内燃機関用の摺動部材である。内燃機関で用いられる摺動部材としては、ピストンリング、シリンダライナ、カムシャフト等があげられ、以下、摺動部材の典型例としてピストンリングを用いて説明する。
【0016】
本発明者らは、少なくとも摺動面に硬質被膜を備えた内燃機関用の摺動部材において、Cr、Al、N及びCを含む硬質被膜とし、さらに硬質被膜のナノインデンテーション試験で測定された塑性変形仕事量、及びEBSD解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率を特定の範囲に制御することで、結晶粒の微細化及び固溶強化、並びに被膜靭性の最適化により、上記課題を解決できることを見出した。
【0017】
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、金属元素としてCrおよびAlを少なくとも含み、非金属元素としてN及びCを少なくとも含む。
【0018】
硬質被膜の組成は、EPMA(電子線マイクロアナライザー:Electron Probe MicroAnalyzer)で分析することができる。
硬質被膜中、Cの含有量は0.3mass%~2.0mass%であることが好ましく
、0.5mass%~1.1mass%であることがより好ましい。Cの含有量が上記範囲内であることで、結晶粒の微細化に寄与することができ、かつ被膜が緻密になり、硬質被膜の耐摩耗性をより改善することができる。
【0019】
硬質被膜中、Crの含有量は41.0mass%~47.0mass%であることが好ましく、44.0~46.5mass%であることがより好ましい。
【0020】
硬質被膜中、Alの含有量は20.0mass%~24.0mass%であることが好ましく、21.0mass%~22.9mass%であることがより好ましい。Alの含有量が上記範囲内であることで、結晶粒の微細化及び固溶強化に寄与し、被膜のヤング率を適度な値とすることができ、硬質被膜の耐摩耗性及び密着性をより改善することができる。
【0021】
硬質被膜中、Nの含有量は30.5mass%~35.0mass%であることが好ましく、31.1mass%~33.6mass%であることがより好ましい。
【0022】
塑性変形仕事量は、ナノインデンテーション試験において被膜表面から押し込まれる圧子が被膜の変形に費やす仕事量のうち、圧子を除荷しても被膜が変形したままの状態になる塑性変形に費やされる仕事量である。
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、ISO14577-1に準拠したナノインデンテーション試験により、ビッカース圧子を用いて荷重1000mNで測定された塑性変形仕事量が0.360μJ以上0.560μJ以下であり、好ましくは0.367μJ以上0.555μJ以下である。塑性変形仕事量が上記範囲内であることで、硬質被膜の密着性及び耐摩耗性を両立させることができる。
【0023】
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、EBSD(電子線後方散乱回折法:Electron BackScatter Diffraction Pattern)解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率が34.0%以上である。EBSDによる結晶情報の解析は、分析領域が最大数μm2と極狭小であるTEM電子回折と比べ測定範囲が広く、マクロな結晶情報を取得できる特徴がある。逆極点図方位マップでは、EBSD解析で結晶と判別できない微細な結晶粒(結晶粒径が0.1μm以下)、結晶表面のピット(凹み)及び非晶質粒子が黒色部として観察される。黒色部分の面積率とは、逆極点図方位マップを二値化した際の黒色部分の面積率である。
黒色部分の面積率は、好ましくは35.6%以上である。黒色部分の面積率の上限値は特に限定されないが、好ましくは90%以下であり、より好ましくは80%以下であり、更に好ましくは70%以下である。
【0024】
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、EBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、0.5μm以下の結晶粒子の割合が84.0%以上であることが好ましく、84.7%以上であることがより好ましい。0.5μm以下の結晶粒子の割合の上限は特に限定されず、100%以下であってよく、99%以下であってよく、95%以下であってよい。結晶粒径が上記の範囲であることで、緻密な硬質被膜となり、仮にクラックが生じたとしてもクラックの連結が生じ難いため、耐剥離性が向上する。
【0025】
アーク式イオンプレーティングにおいては、カソード材料が真空アーク放電により蒸発するとき、ドロップレットと呼ばれる巨大溶融粒子が発生するため、このドロップレットが被成膜物品や該物品上に形成されつつある膜に付着することをできるだけ抑制することが課題となる。ドロップレットが過度に付着すると、膜の表面は粗いものとなり、膜の摺動特性や耐摩耗性などの膜性能の低下が生じる。
ドロップレット面積率は、硬質被膜を有する摺動部材を切断し、被膜部分のSEM画像
を二値化した際の白色部分の面積率である。
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、ドロップレット面積率が0.5%以下であることが好ましく、0.4%以下であることがより好ましい。ドロップレット面積率の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。ドロップレット面積率が上記範囲であることで、膜密度が向上することで膜強度が向上し、さらに耐摩耗性が向上する。
【0026】
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、マイクロビッカース硬さが1100HV以上1700HV以下であることが好ましく、1500HV以下であることがより好ましい。被膜のマイクロビッカース硬さが高すぎないことで、靭性が高い被膜となり、密着性が向上する。
【0027】
本実施形態の摺動部材が有する硬質被膜は、ヤング率が315GPa以下であることが好ましく、280GPa以下であることがより好ましい。ヤング率の下限値は特に限定されないが、通常250GPa以上である。ヤング率が上記の範囲であることで、靭性が高い被膜となり、密着性が向上する。
【0028】
上記硬質被膜のナノインデンテーション試験で測定された塑性変形仕事量、EBSD解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率及びドロップレット面積率は、硬質被膜の製造方法を調整することで、所望の値とすることができる。より具体的には、以下に説明するイオンプレーティング法により硬質被膜を形成する場合、ターゲットとして(Cr50at%、Al50at%の合金)を用いること、メタンガスを導入し、さらに窒素ガスとメタンガスの合計ガス流量を100とした際のメタンガス分圧比を2~10とすること、チャンバ内圧力を2.5Pa以上とすること、アーク電流値を70~200Aとすること、バイアス電圧を0~50Vとすること、単位時間あたりのターゲット消耗体積を2000mm3/h以上2100mm3/h以下とすることなど、が挙げられる。
【0029】
以下、図を用いて、本実施形態の摺動部材の構成を更に詳細に説明する。
図1は、本実施形態の一例であるピストンリングの一部分の断面図である。ピストンリング10の上下面、及び摺動面(図中左側面)は、硬質被膜12を有する。本実施形態では、ピストンリング10の少なくとも摺動面に硬質被膜12を有するものであるが、その他の面、例えば上下面外周面にも硬質被膜を有してもよい。摺動面の硬質被膜の厚みは特に限定されず、通常3μm以上であり、5μm以上であってよく、また通常50μm以下であり、30μm以下であってよい。なお、ピストンリングは摺動部材の一形態であり、摺動部材としてはその他、ピストン、軸受、ワッシャー、バルブリフタがあげられる。
【0030】
ピストンリングの場合、ピストンリング10の基材11は、従来からピストンリング基材として使用されている材質であれば、材質は特に限定されない。例えば、ステンレス鋼材、鋼材などが好適に用いられ、具体的には、マルテンサイト系ステンレス鋼、シリコンクロム鋼などが好適に用いられる。
【0031】
硬質被膜とピストンリング基材との間には、Crめっき被膜、窒化クロム被膜、窒化チタン被膜などを更に有してもよく、ピストンリング基材に直接硬質被膜を形成してもよい。また、基材がステンレス鋼である場合は、基材に窒化処理が施されていてもよい。
【0032】
硬質被膜は、イオンプレーティング法やスパッタリング法などの物理気相成長によって形成することができる。イオンプレーティング法により硬質被膜を形成する例を図により説明する。
図2は、イオンプレーティング法により硬質被膜を形成する装置20の一例を示す断面模式図である。真空チャンバ21は、ガス導入管22、真空排気系配管23が接続され、
またヒータ(図示しない)によって真空チャンバ21内の温度を制御できる。またカソード24と、アノード25とを備え、カソード24の先端部(図中カソードの右端部)には、制御用マグネット26が配置され、アーク放電により、Cr50at%、Al50at%の合金ターゲット材料27をプラズマ・イオン化する。
【0033】
真空チャンバ21内の回転テーブル(図示しない)にピストンリングを設置し、ガス導入管22から窒素ガス及びメタンガスを導入しながらターゲット材料であるクロム及びアルミニウムをイオン化し、ピストンリング表面に堆積させる。この際の装置の運転条件は、アーク電流を70~200A、バイアス電圧を0~50V、チャンバ内圧力を2.5Pa以上、単位時間あたりのターゲット消耗体積を2000mm3/h以上2100mm3/h以下、ヒータによる加熱温度を300~400℃、窒素ガスとメタンガスの合計ガス流量を100とした際のメタンガス分圧比を2~10とすることができる。
硬質被膜中の窒素含有量及び炭素含有量は、導入するガスの内圧やメタンガス分圧によって、制御することが可能である。
【0034】
また、カソード周辺に配置された制御用マグネットの位置・形状を変えることで、硬質被膜の性質を制御することもできる。例えばカソードの先端部を周回するようにマグネットを配置することで、アークスポットが微小化し、各アークスポットがカソード表面を移動する速度が高速化し、発生したプラズマがピストンリング近傍まで伸びるため、イオン化率が向上し、より緻密な硬質被膜を形成しやすくすることができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
硬質被膜の物性値は、以下の装置を用いて測定した。
<被膜成分>
被膜成分の測定は、EPMAにて行った。EPMAの測定は、島津製作所製 EPMA-1720HTを使用した。加速電圧15kV、照射電流50nA、電子ビーム径100μm、標準試料としてCrは純Cr、AlはAl2O3、NはBN、Cはグラファイトにて定量分析を行った。試料はEBSDで用いたものと同じ手順で準備した。標準試料で得られた強度を100%として、未知試料の強度との比より試料の重量%を計測した。測定対象とする元素について、得られた重量%の総和が100%となるように規格化し、各原子の重量%を計算した。
【0036】
<塑性変形仕事量>
硬質被膜の塑性変形仕事量の測定は、フィッシャー・インストルメンツ製ナノインデンテーション測定器、型式HM-2000を使用した。ISO14577―1に準拠した測定方法により、ビッカース圧子を用いて、押し込み荷重1000mN、最大押し込み荷重までの時間を30s(秒)として測定した。試料は、外周面に硬質被膜が被覆されたピストンリングを切断し、樹脂包埋後、測定面である外周面をエメリー紙及びダイヤモンドスラリーにて研磨したものを用いた。荷重-押込み深さ曲線から塑性変形仕事量を求めた。
【0037】
<EBSD解析>
EBSD解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率及び結晶粒子径の測定は、FE-SEM(日本電子製 JSM-7100F)とEBSD解析ソフト(TSL製 DigiviewIV)、画像処理ソフト(ナノシステム株式会社製 NS2K-LT)を使用した。SEM画像は加速電圧15.0kV、測定間隔0.02μm、測定領域20×20μmで測定した。試料は、外周面に硬質被膜が被覆されたピストンリングを切断して使用し、その外周摺動面をダイヤモンドスラリーにて研磨後超音波洗浄し、研磨痕除去を目的にArイオンミリングを行ってから外周面側より電子線を照射し測
定した。傾斜させた試料に電子線を照射し、散乱した電子線から反射電子回折パターン(kikuchi線)を測定した。そのkikuchi線を解析し、各結晶方位に沿った逆極点図を作成した。逆極点図より、結晶粒は5°以下の方位差内の連続した測定点をまとめ、ひとつの結晶粒と定義し、測定領域内の逆極点図方位マップを作成した。黒色部分の面積率は、逆極点図方位マップの画像を画像処理ソフトにて二値化した。閾値80で二値化し、結晶部分を白色部、非結晶部分を黒色部とし、視野全体の面積に対する黒色部分の面積率を算出した。結晶粒子径の測定は、逆極点図方位マップより各結晶粒子の粒径を測長し、測定エリア全体に対する面積率を0.1μm区切りで算出した。0.1μm区切りで作成した結晶粒径分布のヒストグラムから、測定面全体に対する結晶粒径1μm以下の割合(面積率)を計算した。測定は1試料1視野で行った。
【0038】
<ドロップレット面積率>
ドロップレット面積率の測定は、SEM(株式会社日立ハイテク製SU-3500)と画像処理ソフト(ナノシステム株式会社製NS2K-Lt)を使用した。試料は、外周面に硬質被膜が被覆されたピストンリングを切断して使用し、ラッピングなどで表面研磨された外周摺動面側から1,000倍で撮影する。その後、画像処理ソフトを用いて、撮影したSEM画像を閾値180にて二値化し、ドロップレット部を白色部、非ドロップレット部(被膜部)を黒色部とする。視野全体の面積に対する白色部の面積率をドロップレット面積率とし、ドロップレット面積率は一つのピストンリングの任意の3箇所の平均値とする。
【0039】
<実施例、比較例>
ピストンリング基材としてJIS G3651 SWOSC-V相当の鋼材を準備し、ピストンリング形状(φ73.0mm×厚さ1.0mm)に加工した。これに
図2に概略を示す、イオンプレーティング法により硬質被膜を形成する装置を用いて、硬質被膜を形成した。硬質被膜の形成は、以下の表1に示す条件で行った。
次に、形成した硬質被膜の物性を測定した。結果を表2に示す。なお、実施例では2.0μm以上の結晶粒径は存在しなかった。さらに、EBSD解析で得られた逆極点図方位マップの二値化像を
図3に示し、実施例8の硬質被膜の結晶粒径の分布を
図4に示す。
【0040】
<密着性試験>
密着性試験は、ピストンリングを用いた合口ねじり試験にて評価した。本硬質被膜が被覆されたピストンリングの合口をチャックし、上下方向にねじり、被膜の剥離が発生した際の、両合口と合口から180°位置を頂点とした開き角度を測定した。
開き角度120°以上で剥離が発生しない被膜を密着性S、90°以上~120°未満で剥離した被膜を密着性A、90°未満で剥離した被膜を密着性Bとした。
【0041】
<耐摩耗性試験>
耐摩耗試験は、鉄製シリンダにピストンリングをセットし、圧縮空気によりピストンリングを摺動させる。ピストンリングとシリンダの接触は、ピストンリングの張力により設定される。潤滑油として、軽油相当粘度の軸受油に硬質微粒子を混ぜ使用した。摩耗量の計測は、接触式粗さ計でピストンリング外周摺動面の断面形状を計測し、試験前と試験後の段差を被膜の摩耗量とした。
被膜摩耗量が7μm未満の被膜を耐摩耗性S、7μm以上10μm未満の被膜を耐摩耗性A、10μm以上の被膜を耐摩耗性Bとした。
【0042】
【0043】
【符号の説明】
【0044】
10 ピストンリング
11 ピストンリング基材
12 硬質被膜
20 硬質被膜形成装置
21 真空チャンバ
22 ガス導入管
23 真空排気系配管
24 カソード
25 アノード
26 制御用マグネット
27 ターゲット材料
【要約】
【課題】内燃機関の厳しい摺動環境下においても、耐摩耗性や耐剥離性等の摺動特性に優れた摺動部材を提供することを課題とする。
【解決手段】前記摺動部材が、少なくとも摺動面に硬質被膜を備えた内燃機関用の摺動部材であって、前記硬質被膜はCr、Al、N及びCを含み、ISO14577-1に準拠したナノインデンテーション試験により、ビッカース圧子を用いて荷重1000mNで測定された塑性変形仕事量が0.360μJ以上0.560μJ以下であり、且つEBSD
(電子線後方散乱回折法:Electron BackScatter Diffraction Pattern)解析による逆極点図方位マップの二値化像における黒色部分の面積率が34.0%以上である摺動部材により、課題を解決する。
【選択図】
図3