(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-23
(45)【発行日】2022-07-01
(54)【発明の名称】焼結金属製動圧軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 17/02 20060101AFI20220624BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20220624BHJP
F16C 17/10 20060101ALI20220624BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20220624BHJP
F16C 33/06 20060101ALI20220624BHJP
H02K 7/08 20060101ALI20220624BHJP
【FI】
F16C17/02 A
F16C17/04 A
F16C17/10 A
F16C33/12 B
F16C33/06
H02K7/08 A
(21)【出願番号】P 2018041844
(22)【出願日】2018-03-08
【審査請求日】2021-02-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100196346
【氏名又は名称】吉川 貴士
(72)【発明者】
【氏名】山郷 正志
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 冬木
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-172384(JP,A)
【文献】特開2016-180496(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/00
F16C 33/06
H02K 5/167
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結金属で形成され、内周にラジアル軸受面を備えた焼結金属製動圧軸受であって、前記ラジアル軸受面に、被支持部との間のラジアル軸受隙間に潤滑流体の動圧作用を生じるラジアル動圧溝が型成形により形成される焼結金属製動圧軸受において、
銅と鉄を主成分とする銅鉄系の焼結金属で真密度比が80%以上でかつ95%以下となるように形成され、
ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上であって、
前記ラジアル動圧溝の溝深さに対する前記ラジアル軸受隙間の大きさの比が、0.7以上でかつ1.3以下であると共に、前記ラジアル動圧溝の溝深さが
5μm以上であることを特徴とする焼結金属製動圧軸受。
【請求項2】
軸方向端面に、前記被支持部との間のスラスト軸受隙間に前記潤滑流体の動圧作用を生じるスラスト動圧溝が型成形により形成される請求項
1に記載の焼結金属製動圧軸受。
【請求項3】
前記潤滑流体としての潤滑油が内部気孔に含浸されてなる請求項
1又は2に記載の焼結金属製動圧軸受。
【請求項4】
請求項1~
3の何れか一項に記載の焼結金属製動圧軸受と、前記焼結金属製動圧軸受の内周に挿入される前記被支持部としての軸部とを備えた流体動圧軸受装置。
【請求項5】
請求項
4に記載の流体動圧軸受装置を備えたモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結金属製動圧軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結金属軸受は、例えばその内部気孔に潤滑油を含浸させて使用されるものであって、内周に挿入された軸部の相対回転に伴い内部気孔に含浸された潤滑油が軸部との摺動部に滲み出して油膜を形成し、この油膜を介して軸部を回転支持するものである。このような焼結金属軸受は、その優れた回転精度および静粛性から、情報機器をはじめ種々の電気機器に搭載されるモータ用の軸受装置として、より具体的には、HDDや、CD、DVD、ブルーレイディスク用のディスク駆動装置におけるスピンドルモータ軸受用途として、あるいは、レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータ、ファンモータ等の軸受用途として好適に利用されている。
【0003】
この種の焼結金属軸受においては、更なる静音性向上並びに高寿命化を狙って、当該軸受の内周面及び/又は軸方向端面に動圧発生部としての動圧溝(ラジアル動圧溝及び/又はスラスト動圧溝)を所定の態様で配列したものが知られている。この場合、動圧溝を成形する方法として、いわゆる動圧溝サイジングが提案されている。このサイジングでは、例えば軸受素材となる焼結体をダイの内周に圧入すると共に、上下パンチで焼結体を軸方向に圧迫することで、予め焼結体の内周に挿入しておいたサイジングピン外周の成形型に焼結体を食い付かせる。これにより、焼結体の内周面に成形型の形状、すなわちラジアル動圧溝に対応した形状が転写され、ラジアル動圧溝が所定の形状に成形される。また、この手段で形成されるラジアル動圧溝の溝深さは、通常、2~4μmである(例えば、特許文献1や特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3607492号公報
【文献】特許第3602318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、上述した各種モータの消費電力の低減化のため、軸受のトルク低減が求められている。軸受のトルクは、例えば回転支持すべき軸部との間のラジアル軸受隙間を大きくすることで、低減化することができるが、単にラジアル軸受隙間を大きくしただけでは、軸受剛性(ここでいう軸受剛性とは、回転支持すべき軸部のラジアル方向への振れにくさをいう。)の低下を招く。一方で、軸受剛性については、軸受内周面に設けた動圧溝(ラジアル動圧溝)の溝深さを、ラジアル軸受隙間の大きさに近づけるほど軸受剛性が高まるものと考えられる。この考えに則れば、軸受のトルク低減のためには、ラジアル軸受隙間を広げるだけでなく、ラジアル軸受隙間に面するラジアル動圧溝の溝深さをこれまで以上に大きくする必要がある。
【0006】
ここで、特許文献2には、焼結金属軸受の真密度比と、溝成形後のスプリングバック量(直径量)との関係を実験的に求めた結果が記載されている(特許文献2の
図8を参照)。ラジアル動圧溝を傷つけることなく軸受を成形金型から取り出すためには、スプリングバック量の半径量がラジアル動圧溝の溝深さよりも大きい必要があるが、スプリングバック量は、軸受の真密度比と相関関係にある。軸受の真密度比は、軸受自体の強度や焼結後の成形性に影響するため、現実的にとり得る範囲はある程度決まっている。よって、現実的にとり得る範囲内で軸受のスプリングバック量を設定した場合には、成形可能なラジアル動圧溝の溝深さは最大で4μm程度(軸受のサイズによってはそれ以下)となり、これ以上溝深さを大きくすることは困難であった。
【0007】
以上の実情に鑑み、本発明では、軸受を傷つけることなく現行レベルよりも大きな溝深さのラジアル動圧溝を形成することで、軸受剛性の確保と軸受トルクの低減化を共に達成可能とすることを、解決すべき技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題の解決は、本発明に係る焼結金属製動圧軸受によって達成される。すなわち、この軸受は、焼結金属で形成され、内周にラジアル軸受面を備えた焼結金属製動圧軸受であって、ラジアル軸受面に、被支持部との間のラジアル軸受隙間に潤滑流体の動圧作用を生じるラジアル動圧溝が型成形により形成される焼結金属製動圧軸受において、ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上であって、ラジアル動圧溝の溝深さが4μmより大きい点をもって特徴付けられる。
【0009】
このように、本発明は、基本的に被支持部(軸部など)と非接触の状態で使用されるが故に、これまであまり考慮されることのなかった焼結金属製動圧軸受のヤング率に着目し、ヤング率とラジアル動圧溝の溝深さとが所定の関係を満たす場合に、当該軸受を傷つけることなく従来よりも深いラジアル動圧溝を得ることができる、との知見に基づいて成されたものである。すなわち、ヤング率を所定の範囲内に調整し、型成形により形成されるラジアル動圧溝の溝深さを4μmより大きくした焼結金属製の動圧軸受であれば、ラジアル動圧溝を精度よく成形でき、かつ溝深さが4μmを超える場合であっても、ラジアル動圧溝をなるべく傷付けることなく、動圧軸受を成形金型から取り出すことができる。以上より、本発明に係る焼結金属製動圧軸受によれば、軸受を傷つけることなく現行レベルよりも大きな溝深さのラジアル動圧溝を形成することができるので、ラジアル軸受隙間を現行レベルよりも広げて、軸受トルクの低減化を図りつつも、ラジアル軸受隙間の拡張に伴う軸受剛性の低下を、ラジアル動圧溝深さの増大化により補うことができる。従って、軸受剛性の確保と軸受トルクの低減化を共に達成することが可能になる。
【0010】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、ラジアル動圧溝の溝深さが5μm以上であってもよい。
【0011】
本発明のように、ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上を示す焼結金属製動圧軸受であれば、溝深さが5μm以上のラジアル動圧溝であっても、ラジアル動圧溝をなるべく傷つけることなく、動圧軸受を成形金型から取り出すことができる。よって、ラジアル動圧溝の溝深さを5μm以上にすることで、その分、ラジアル軸受隙間を現行レベルよりも広げることができ、これにより軸受トルクの更なる低減化を図ることが可能となる。
【0012】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、ラジアル動圧溝の溝深さに対するラジアル軸受隙間の大きさの比が、0.7以上でかつ1.3以下であってもよい。
【0013】
このようにラジアル軸受隙間の大きさを、ラジアル動圧溝の溝深さに応じて所定の幅をもたせて設定することにより、例えば量産品におけるラジアル動圧溝の溝深さのばらつきを踏まえつつ、軸受トルクの低減化と、ラジアル軸受隙間の拡張に伴う軸受剛性の低下抑制を効果的に図ることが可能となる。
【0014】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、真密度比が80%以上でかつ95%以下であってもよい。ここでいう「真密度比」とは、焼結金属製動圧軸受をなす多孔質体の密度を、その多孔質体に気孔がないとした仮定した場合の密度で除した値(百分率)を意味する。
【0015】
焼結金属製動圧軸受の真密度比を80%以上にすることで、当該軸受の強度を高めることができると共に、軸受の寸法(特に内径寸法)の変動を抑えることができる。また、真密度比を95%以下に留めることで、焼結後の成形性を確保すると共に、内部気孔が独立気孔となる事態を可及的に防止して、内部気孔に所要量の潤滑油を含浸させることができる。また、真密度比を上記範囲内に設定することで、軸受を傷つけることなく4μmを超える溝深さのラジアル動圧溝を成形可能なだけのスプリングバック量を確保することが可能となる。
【0016】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、軸方向端面に、被支持部との間のスラスト軸受隙間に潤滑流体の動圧作用を生じるスラスト動圧溝が型成形により形成されてもよい。
【0017】
本発明のように、ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上を示す焼結金属製動圧軸受であれば、ラジアル動圧溝だけでなく、スラスト動圧溝についても精度よく型成形で形成することができる。よって、ラジアル軸受性能とスラスト軸受性能の双方に優れた動圧軸受を得ることが可能となる。
【0018】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、銅と鉄を主成分とする銅鉄系の焼結金属で形成されていてもよい。
【0019】
このように軸受を、銅と鉄を主成分とする銅鉄系の焼結金属で形成することによって、銅(純銅組織又は銅合金組織)が有する成形性の良さと、鉄(純鉄組織又は鉄合金組織)が有する高い硬度を上記軸受に付与することができる。よって、ラジアル動圧溝を型成形により精度よく形成しつつ、ラジアル動圧溝を含むラジアル軸受面の耐摩耗性を高めることが可能となる。
【0020】
また、本発明に係る焼結金属製動圧軸受においては、潤滑流体としての潤滑油が内部気孔に含浸されてなるものであってもよい。
【0021】
このように、内部空孔に潤滑油を含浸させた構造とすれば、上記軸受の表面開孔からの潤滑油の滲み出しにより、ラジアル軸受隙間及びその周辺を潤沢な潤滑油で満たすことができる。よって、ラジアル軸受性能を安定的に維持することが可能となる。
【0022】
以上の説明に係る焼結金属製動圧軸受は、上述のように、軸受剛性の確保と軸受トルクの低減化を共に達成可能であるから、例えば上記焼結金属製動圧軸受と、焼結金属製動圧軸受の内部に挿入される被支持部としての軸部とを備えた流体動圧軸受装置として、さらにはこの流体動圧軸受装置を備えたモータとして、好適に提供可能である。
【発明の効果】
【0023】
以上より、本発明によれば、軸受を傷つけることなく現行レベルよりも大きな溝深さのラジアル動圧溝を形成することで、軸受剛性の確保と軸受トルクの低減化を共に達成可能とすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態に係るモータの断面図である。
【
図2】
図1に示す流体動圧軸受装置の断面図である。
【
図6】
図3に示すラジアル動圧溝を型成形する工程を説明するための図で、(a)はサインジングピンを挿入する前、(b)は焼結体のダイへの圧入開始時における焼結体の断面図である。
【
図7】
図3に示すラジアル動圧溝を型成形する工程を説明するための図で、(a)は焼結体への圧入動作が完了した時点、(b)は焼結体をダイから脱型した時点における断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づき説明する。
【0026】
図1は、本実施形態に係るスピンドルモータの一構成例を示している。このスピンドルモータは、例えばHDDのディスク駆動装置に用いられるもので、流体動圧軸受装置1と、流体動圧軸受装置1の軸部材2に固定されたディスクハブ3と、例えば半径方向のギャップを介して対向しているステータコイル4a及びロータマグネット4bとからなる駆動部4と、ブラケット5とを備えている。ステータコイル4aはブラケット5に固定され、ロータマグネット4bはディスクハブ3に固定される。流体動圧軸受装置1は、ブラケット5の内周に固定される。ディスクハブ3には、所定枚数(
図1では2枚)のディスク6が保持される。ステータコイル4aに通電すると、ロータマグネット4bが回転し、これに伴って、ディスクハブ3に保持されたディスク6が軸部材2と一体に回転する。
【0027】
図2は、本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置1の断面図を示している。この流体動圧軸受装置1は、焼結金属製の動圧軸受8と、動圧軸受8の内周に挿入され、動圧軸受8に対して回転する軸部材2と、動圧軸受8を内周に保持した有底筒状のハウジング7と、ハウジング7の開口部をシールするシール部材9とを備える。ハウジング7の内部空間には、潤滑流体としての潤滑油(密な散点ハッチングで示す)が充填されている。以下の説明においては、便宜上、シール部材9が設けられた側を下側、その軸方向反対側を下側とする。
【0028】
ハウジング7は、円筒状の筒部7aと、筒部7aの下端開口を閉塞する底部7bとを一体に有する有底筒状をなしている。筒部7aと底部7bの境界部には段部7cが設けられており、この段部7cの上端面に動圧軸受8の下端面8bを当接させることにより、ハウジング7に対する動圧軸受8の軸方向位置が設定される。
【0029】
底部7bの内底面7b1には、対向する軸部材2のフランジ部2bの下端面2b2との間にスラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間を形成する円環状のスラスト軸受面が設けられている。このスラスト軸受面には、スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部(スラスト動圧発生部)が設けられている。図示は省略するが、このスラスト動圧発生部は、後述するスラスト動圧発生部Bと同様に、例えば、スパイラル形状の動圧溝と、この動圧溝を区画する凸状の丘部とを円周方向に交互に配して構成される(
図5を参照)。
【0030】
シール部材9は円環状に形成され、例えばハウジング7の筒部7aの内周面7a1に適宜の手段で固定される。シール部材9の内周面9aは、下方に向けて漸次縮径したテーパ面状に形成され、対向する軸部材2の外周面2a1との間に下方に向けて径方向寸法を漸次縮小させたシール空間Sを形成する。シール空間Sは、ハウジング7の内部空間に充填された潤滑油の温度変化に伴う容積変化量を吸収するバッファ機能を有し、想定される温度変化の範囲内で潤滑油の油面を常にシール空間Sの軸方向範囲内に保持する。
【0031】
軸部材2は、軸部2aと、軸部2aの下端に一体又は別体に設けられたフランジ部2bとを備える。軸部2aの外周面2a1のうち、動圧軸受8の内周面8aと対向する部分は、相対的に小径な円筒面状の中逃げ部2cが設けられている点を除いて凹凸のない平滑な円筒面に形成されている。また、フランジ部2bの上端面2b1及び下端面2b2は平滑な平坦面状に形成されている。
【0032】
動圧軸受8は、焼結金属の多孔質体で円筒状に形成される。この多孔質体を構成する金属組織は、後述するヤング率の規定を満たす限りにおいて、任意に採用可能であり、例えば、純銅(工業用純銅を含む)又は銅合金の金属組織と、純鉄(工業用純鉄を含む)又はステンレス鋼などの鉄合金の金属組織とを主に含む金属組織が採用可能である。また、動圧軸受8の内部気孔には、潤滑油が含浸されていてもよい。
【0033】
動圧軸受8の内周面8aには、対向する軸部2aの外周面2a1との間にラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面が軸方向の二箇所に離間して設けられている。2つのラジアル軸受面には、
図3に示すように、ラジアル軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるためのラジアル動圧発生部A1,A2がそれぞれ形成されている。ラジアル動圧発生部A1,A2はそれぞれ、軸方向に対して傾斜した複数の上側動圧溝Aa1と、上側動圧溝Aa1とは反対方向に傾斜した複数の下側動圧溝Aa2と、これらラジアル動圧溝Aa1,Aa2を区画する凸状の丘部とで構成され、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2は全体としてヘリングボーン形状に配列されている。丘部は、周方向で隣り合う動圧溝間に設けられた傾斜丘部Abと、上下のラジアル動圧溝Aa1,Aa2間に設けられ、傾斜丘部Abと略同径の環状丘部Acとからなる。
【0034】
ここで、
図4に示すように、動圧軸受8の内周面8a(ラジアル軸受面)に設けられたラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2はともに4μmより大きい。また、
図4中の二点鎖線で示す軸部2aの外周面2a1との間のラジアル軸受隙間の大きさG(半径量)は、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2を1としたとき、0.7以上でかつ1.3以下に設定され、好ましくは0.8以上でかつ1.2以下に設定される。なお、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2は、例えば真円度測定機を用いて内周面8aの真円度形状(閉ループ状の曲線)を測定した後、測定した真円度形状を内周面8aが平担面となるように展開し、互いに隣り合う傾斜丘部Abとラジアル動圧溝Aa1(Aa2)との高低差を溝深さd1(d2)として読み取ることにより取得することができる。
【0035】
動圧軸受8の下端面8bには、対向するフランジ部2bの上端面2b1との間にスラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する円環状のスラスト軸受面が設けられている。このスラスト軸受面には、
図5に示すように、スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部(スラスト動圧発生部)Bが形成されている。図示例のスラスト動圧発生部Bは、スパイラル形状のスラスト動圧溝Baと、スラスト動圧溝Baを区画する凸状の丘部Bbとを円周方向に交互に配列することで構成される。
【0036】
上記構成の動圧軸受8は、ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上となるように作製される。ここで、ヤング率は、JPMA M 10-1997 に規定される方法で測定することができる。また、真密度比は、80%以上でかつ95%以下となるように作製される。以下、上記構成の動圧軸受8の製造方法の一例を説明する。
【0037】
本発明に係る動圧軸受8は、原料粉末を圧縮成形して圧粉体を得る圧粉成形工程(S1)と、圧粉体を焼結して焼結体8’を得る焼結工程(S2)と、焼結体8’にサイジングを施して、焼結体8’の少なくとも内周面8aに動圧発生部としてのラジアル動圧溝Aa1,Aa2を成形する動圧溝サイジング工程(S3)とを主に備える。必要に応じて、焼結工程(S2)の後で動圧溝サイジング工程(S3)の前に、焼結体8’に寸法サイジングを施す寸法サイジング工程と、焼結体8’の内周面8aに回転サイジングを施す回転サイジング工程とを設けてもよい。
【0038】
(S1)圧粉成形工程
まず、最終的な製品となる動圧軸受8の材料となる原料粉末を用意し、これを金型プレス成形により所定の形状に圧縮成形する。具体的には、図示は省略するが、ダイと、ダイの孔内に挿入配置されるコアピンと、ダイとコアピンとの間に配設され、ダイに対して昇降可能に構成された下パンチ、および、ダイと下パンチの何れに対しても相対変位(昇降)可能に構成された上パンチとで構成される成形金型を用いて原料粉末の圧縮成形を行う。この場合、ダイの内周面とコアピンの外周面、および、下パンチの上端面とで区画形成される空間に原料粉末を充填し、然る後、下パンチを固定した状態で上パンチを下降させ、充填状態の原料粉末を軸方向に加圧する。そして、加圧しながら所定の位置まで上パンチを下降させ、原料粉末を所定の軸方向寸法にまで圧縮することで、圧粉体が成形される。
【0039】
ここで、原料粉末には、任意の金属粉末を一種類又は二種類以上含むものが使用される。本実施形態では、純銅粉末と、鉄合金粉末としてのステンレス鋼粉末とを主に含む原料粉末が使用される。もちろん、ステンレス鋼粉末に代えて純鉄粉末を使用してもよいし、ステンレス鋼以外の鉄合金粉末を使用してもよい。あるいは、ステンレス鋼粉末等の鉄合金粉末と純鉄粉末との混合粉末を、純銅粉末に加えたものを原料粉末として使用してもよい。また、上述した金属粉末の配合比は、動圧軸受8のヤング率が、本発明に規定の数値範囲(75GPa以下でかつ40GPa以上)内である限りにおいて任意に設定可能である。例えば、原料粉末が、純銅粉末と、ステンレス鋼粉末とを含む場合、純銅粉末:30~85wt%、ステンレス鋼粉末:15~70wt%となるように配合比を定めるのがよい。あるいは、原料粉末が、純銅粉末と、ステンレス鋼粉末、及び純鉄粉末とを含む場合、純銅粉末+純鉄粉末:30~85wt%、ステンレス鋼粉末:15~70wt%となるように配合比を定めるのがよい。もちろん、原料粉末には、上述した金属粉末以外の物質を配合することもでき、例えば黒鉛や、アミドワックス系の固体潤滑剤粉末などを配合してもよい。
【0040】
(S2)焼結工程
上述のようにして、圧粉体を得た後、この圧粉体を原料粉末、特に原料粉末に含まれる金属粉末の組成に応じた温度で焼結することにより、焼結体8’を得る(
図6を参照)。例えば、上述のように原料粉末が純銅粉末を含む場合、焼結時の温度は750℃以上でかつ銅の融点未満の温度に設定される。
【0041】
(S3)動圧溝サイジング工程
上記工程S1,S2を経て得られた焼結体8’に対して所定の型成形(動圧溝サイジング)を施すことで、焼結体8’の内周面8aにラジアル動圧発生部A1,A2をなすラジアル動圧溝Aa1,Aa2配列領域を形成する。ここで使用する成形装置20は、
図6に示すように、焼結体8’の圧入穴21aを有するダイ21と、ダイ21の圧入穴21aに挿入可能に配置されるサイジングピン22と、ダイ21とサイジングピン22との間に配設され、ダイ21に対して相対的に昇降可能に構成された下パンチ23、および、ダイ21と下パンチ23の何れに対しても昇降可能に構成された上パンチ24とを有する。この場合、ダイ21の圧入穴21aの内径寸法は、サイジングすべき焼結体8’の圧入代に応じて適宜設定される。また、サイジングピン22の外周面には、成形すべき内周面8aのラジアル動圧溝Aa1,Aa2配列領域に対応する形状の第1成形型22aが設けられると共に(
図6を参照)、下パンチ23の上端面23aには、成形すべき下端面8bのスラスト動圧溝Ba配列領域に対応する形状の第2成形型が設けられる(図示は省略)。ここで、第1成形型22aは、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2を型成形する凸状成形部22a1と、傾斜丘部Ab及び環状丘部Acを型成形する凹状成形部22a2とで構成される。この場合、凸状成形部22a1の外径寸法と、サイジングピン22の外周面のうち第1成形型22a以外の領域の外径寸法とは同一に設定される。また、凸状成形部22a1と凹状成形部22a2の外径寸法差の半分の値が、例えば成形すべきラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2の狙い値(例えば5~7μm)よりも大きくなるように、凸状成形部22a1の外径寸法と凹状成形部22a2の外径寸法をそれぞれ設定するのがよい。
【0042】
次に、上記構成の成形装置20を用いた動圧溝サイジングの一態様を説明する。まず、
図6(a)に示すように、ダイ21の上端面21bに焼結体8’を配置した状態で、その上方から上パンチ24とサイジングピン22を下降させる。これにより、焼結体8’の内周にサイジングピン22を挿入し、サイジングピン22の外周に設けておいた第1成形型22aを内周面8aと半径方向で対向させる。そして、第1成形型22aが内周面8aの軸方向所定位置にまで到達したら、上パンチ24のみを引き続き下降させて焼結体8’の上端面8cを押圧する(
図6(b)を参照)。これにより、焼結体8’がダイ21の圧入穴21aに押込まれ、焼結体8’の外周面8dが圧迫されると共に、予め内周に挿入したサイジングピン22の第1成形型22aに内周面8aが食い付く。また、この状態から、さらに上パンチ24を下降させて、焼結体8’を上パンチ24と下パンチ23とで挟持し、外径方向への変形をダイ21により拘束された状態の焼結体8’を軸方向に圧迫することで、さらに内周面8aが第1成形型22aに食い付く(
図7(a)を参照)。なお、サイジングピン22は第1成形型22aに焼結体8’の内周面8aが食い付くことで、焼結体8’の下降に伴って下降する。このようにして、第1成形型22aの形状、具体的には凸状成形部22a1と凹状成形部22a2の形状がそれぞれ内周面8aに転写されることで、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2と各丘部Ab,Acが成形される(
図7(b)を参照)。また、この際、下パンチ23の上端面23aに設けた第2成形型が焼結体8’の下端面8bに食い込むことで、下端面8bに第2成形型の形状が転写され、対応するスラスト動圧溝Baと丘部Bbとが成形される。
【0043】
このようにして焼結体8’の内周面8a及び下端面8bに所定のラジアル動圧溝Aa1,Aa2配列領域とスラスト動圧溝Ba配列領域を成形した後、ダイ21を下パンチ23に対して相対的に下降させて、ダイ21による焼結体8’の拘束状態を解除する(
図7(b))。これにより、焼結体8’は外径方向へのスプリングバックを生じ、外周面8dの外径寸法及び内周面8aの内径寸法が増加する。また、上パンチ24を上昇させて、上パンチ24と下パンチ23とによる焼結体8’の軸方向の拘束状態を解除することで(
図7(b))、焼結体8’は軸方向へのスプリングバックを生じ、外周面8d及び内周面8aの軸方向寸法が増加する。このように、ダイ21の下降後、焼結体8’が外径方向へのスプリングバックを生じることで、内周面8aが拡径するので、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2との干渉を可及的に回避して、サイジングピン22を焼結体8’から抜き取ることができる。これにより、内周面8aにラジアル動圧溝Aa1,Aa2が形成された焼結体8’、すなわち、
図3~
図5に示す形態の動圧軸受8を得ることができる。なお、上記サイジングを経て製造される動圧軸受8の内径寸法は例えば1~5mm、外径寸法は3~8mm、軸方向寸法は2~15mmである。
【0044】
上記構成の動圧軸受8は、例えば圧入、接着等によりハウジング7の内周(筒部7aの内周面)に固定される。もちろん、これ以外の手段を採用してもよく、例えば図示は省略するが、シール部材9をハウジング7に圧入しながら動圧軸受8を軸方向に押込み、ハウジング7の段部7cとシール部材9とで動圧軸受8を軸方向に挟持することによっても、動圧軸受8をハウジング7の内周に保持することができる。なお、この際、動圧軸受8の外周面8dとハウジング7の内周面との間に所定の半径方向隙間を設けてもよい。
【0045】
以上の構成を有する流体動圧軸受装置1において、軸部材2と動圧軸受8との相対回転開始前、動圧軸受8の内周面8aに設けた二つのラジアル軸受面と、これらに対向する軸部2aの外周面2a1との間にはラジアル軸受隙間がそれぞれ形成された状態にある。そして軸部材2と動圧軸受8の相対回転が開始されるのに伴い、両ラジアル軸受隙間に形成される油膜の圧力がラジアル動圧発生部A1,A2(動圧溝Aa1,Aa2)の動圧作用によって高められ、その結果、軸部材2をラジアル方向に相対回転自在に非接触支持するラジアル軸受部R1,R2が軸方向に離間した二箇所に形成される。このとき、軸部2aの外周面2a1に中逃げ部2cを設けたことにより、二つのラジアル軸受隙間間には円筒状の潤滑油溜りが形成される。そのため、ラジアル軸受隙間における油膜切れ、すなわちラジアル軸受部R1,R2の軸受性能低下を可及的に防止することができる。
【0046】
また、軸部材2と動圧軸受8の相対回転前、動圧軸受8の下端面8bに設けたスラスト軸受面と、スラスト軸受面に対向するフランジ部2bの上端面2b1との間、及び、ハウジング7の底部7bの内底面7b1と、内底面7b1に対向するフランジ部2bの下端面2b2との間にはスラスト軸受隙間がそれぞれ形成された状態にある。そして、軸部材2の相対回転が開始されるのに伴い、両スラスト軸受隙間に形成される油膜の圧力が下端面8bのスラスト動圧発生部B(動圧溝Ba)と内底面7b1のスラスト動圧発生部の動圧作用によってそれぞれ高められ、その結果、軸部材2をスラスト一方向及び他方向に相対回転自在に非接触支持するスラスト軸受部T1,T2が形成される。
【0047】
以上述べたように、本発明に係る焼結金属製の動圧軸受8によれば、すなわち、ヤング率が75GPa以下でかつ40GPa以上となるように調整し、かつ型成形により形成されるラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2を4μmより大きくした焼結金属製の動圧軸受8であれば、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2を精度よく成形でき、かつ溝深さd1,d2が4μmを超える場合であっても、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2をなるべく傷付けることなく、動圧軸受8を成形金型(本実施形態でいえばダイ21、サイジングピン22)から取り出すことができる。以上より、本発明に係る動圧軸受8によれば、軸受を傷つけることなく現行レベルよりも大きな溝深さのラジアル動圧溝Aa1,Aa2を形成することができるので、ラジアル軸受隙間Gを現行レベルよりも広げて、軸受トルクの低減化を図りつつも、ラジアル軸受隙間Gの拡張に伴う軸受剛性の低下を、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2の増大化により補うことができる。従って、軸受剛性の確保と軸受トルクの低減化、ひいてはモータの低消費電力化を共に達成することが可能になる。
【0048】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明に係る焼結金属製動圧軸受は上記例示の形態に限定されることなく、本発明の範囲内において任意の形態を採り得る。
【0049】
例えば、上記実施形態では、互いに逆向きに傾斜しヘリングボーン形状をなす一対のラジアル動圧溝Aa1,Aa2を内周面8aに設けた場合を例示したが、もちろんこれ以外の形状をなすラジアル動圧溝を型成形で内周面8aに設ける場合も本発明を適用することは可能である。
【0050】
また、以上の説明に係る流体動圧軸受装置1は、
図1に示す用途(HDDをはじめとしたディスク装置用)に限らず、他の用途にも適用可能である。例えば図示は省略するが、レーザビームプリンタ(LBP)用のポリゴンスキャナモータや、PC用のファンモータなどのモータに流体動圧軸受装置1を組み込んで使用することができる。なお、ポリゴンスキャナモータに組み込んで使用する場合、例えば、軸部材2にポリゴンミラーが一体又は別体に設けられ、ファンモータに組み込んで使用する場合、例えば、軸部材2に羽根を有するファンが一体又は別体に設けられる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明の作用効果を検証するための実験(実施例)について詳述する。
【0052】
この実験では、ヤング率が相互に異なる五種類の焼結金属製動圧軸受8を作製し、各動圧軸受8について
図6に示す共通の成形装置20を用いてラジアル動圧溝Aa1,Aa2(
図3を参照)の型成形を施した際に、各軸受の内周面8aに実際に形成されたラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2(
図4を参照)の大きさを測定した。ここで、各動圧軸受8の真密度比は86~88%となるように調整した。各動圧軸受8のサイズは何れも内径寸法:4mm、外径寸法:7.5mm、軸方向寸法:9.2mmとした。また、何れの動圧軸受8(実施例1,2、比較例1~3)についても、サイジングピン22の溝深さ(すなわち凸状成形部22a1と凹状成形部22a2の外径寸法差の半分の値)が8μmである成形装置20を用いて、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2の型成形を行った。表1に、ヤング率の測定結果と、ラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2の測定結果を示す。なお、表1におけるラジアル動圧溝Aa1,Aa2の溝深さd1,d2の値は、n=10の測定結果の平均値を示している。
【0053】
【0054】
表1に示すように、ヤング率が75GPa以下を示す動圧軸受8(実施例1,2)に動圧溝サイジングを施した場合、成形型の溝深さ(8μm)に近いサイズ、具体的には5.5~6.7μmの溝深さd1,d2のラジアル動圧溝Aa1,Aa2を得ることができた。これに対して、ヤング率が75GPaを超える動圧軸受8(比較例1~3)に動圧溝サイジングを施した場合、成形型の溝深さ(8μm)に近いとはいえないサイズ、具体的は3.5~5.1μmの溝深さd1,d2のラジアル動圧溝Aa1,Aa2しか得ることができなかった。なお、銅(Cu)粉末の比率が増えてもヤング率がほとんど変わらず、ステンレス鋼(SUS)粉末の配合比が増えるほどヤング率は低くなる理由として、例えば、ステンレス鋼粉末の表面には酸化被膜が存在するため、銅の一般的な焼結温度では、銅粉末や鉄(Fe)粉末に比べると焼結が進行しにくいことがその一因として考えられる。
【符号の説明】
【0055】
1 流体動圧軸受装置
2 軸部材
2a 軸部
2b フランジ部
3 ディスクハブ
4a ステータコイル
4b ロータマグネット
5 ブラケット
6 ディスク
7 ハウジング
7a 筒部
7b 底部
7c 段部
8 動圧軸受
8’ 焼結体
8a 内周面
9 シール部材
20 成形装置
21 ダイ
22 サイジングピン
22a 成形型
22a1 凸状成形部
22a2 凹状成形部
A1,A2 ラジアル動圧発生部
Aa1,Aa2 ラジアル動圧溝
B スラスト動圧発生部
Ba スラスト動圧溝
G ラジアル軸受隙間の大きさ(半径量)
R1,R2 ラジアル軸受部
T1,T2 スラスト軸受部
S シール空間