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特許7094269アンバーグリスノートを呈する香料素材のスクリーニング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-23
(45)【発行日】2022-07-01
(54)【発明の名称】アンバーグリスノートを呈する香料素材のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220624BHJP
   C12Q 1/66 20060101ALI20220624BHJP
   G01N 33/497 20060101ALI20220624BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220624BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220624BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220624BHJP
【FI】
C12Q1/02 ZNA
C12Q1/66
G01N33/497 D
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019512414
(86)(22)【出願日】2018-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2018012377
(87)【国際公開番号】W WO2018190118
(87)【国際公開日】2018-10-18
【審査請求日】2021-01-13
(31)【優先権主張番号】P 2017079470
(32)【優先日】2017-04-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000169466
【氏名又は名称】高砂香料工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100128761
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】寺田 育生
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-074944(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0248390(US,A1)
【文献】国際公開第2001/027158(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0260707(US,A1)
【文献】MAINLAND, J.D. et al.,"Human olfactory receptor responses to odorants.",SCIENTIFIC DATA,2015年02月03日,Vol.2,150002(p.1-9),doi: 10.1038/sdata.2015.2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含む、方法。
【請求項2】
アンバーグリスノートを呈する香料が、次式:
【化1】

で示される化合物からなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上または嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
嗅覚受容体の応答をレポーターアッセイにより測定する、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値が2以上であるときに、工程(iii)においてアンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンバーグリスノートを呈する香料素材の候補化合物をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アンバーグリス(龍涎香)は、香水におけるアニマリック香調の中でも、ムスクとならんで重要な香りである。アンバーグリスは、マッコウクジラの結石が海岸に漂着して得られた天然の香料であるが、商業捕鯨の禁止等により非常に貴重であるため、現在では、合成香料による代替品の使用がほとんどである。各香料会社によってパフォーマンスのより優れたアンバーグリスノートを呈する香料の開発が行われている。
一方、近年、新しい香料素材の候補物質を探索するために嗅覚受容体(Olfactory receptors)を発現する培養細胞を利用する方法が提案されている(例えば、特許第5520173号公報(特許文献1)、特許第5921226号公報(特許文献2)など)。
嗅覚受容体は、脊椎動物では主に鼻腔内の嗅上皮の嗅毛に発現し、様々な香気化合物に応答するセンサータンパク質である。香気化合物が嗅覚受容体へ結合すると、細胞内のGタンパク質を活性化し、Gタンパク質がアデニル酸シクラーゼを活性化して、ATPを環状AMP(cAMP)へと変換する。cAMPはCNGチャネルを開口し、それによってナトリウムイオン(Na)やカルシウムイオン(Ca2+)が細胞内へと流入して受容器電位を発生させ、脳へと情報を送る。嗅覚受容体を発現する培養細胞に香気化合物を接触させたときの細胞内のcAMP増加量やカチオン増加量を測定することにより、匂いを判別することが可能であると考えられる。
ヒトの嗅覚受容体は400種弱あることが知られており、一種の香気化合物は一種または複数種の嗅覚受容体に応答し、一種の嗅覚受容体は複数種の香気化合物に応答することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5520173号公報
【文献】特許第5921226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アンバーグリスノートを呈する既知の香気化合物に応答する嗅覚受容体を探索し、その嗅覚受容体を用いることでアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングできる可能性がある。しかし、アンバーグリスノートを呈する香料素材に応答する嗅覚受容体はこれまでに知られていなかった。
このような状況の下、アンバーグリスノートを呈する香料素材に応答する嗅覚受容体を探索し、アンバーグリスノートを呈する新しい香料素材の候補化合物をスクリーニングする方法を提供することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行ったところ、アンバーグリスノートを代表するAMBROXAN(登録商標)またはAmber Xtreme(商標)に特異的に応答する嗅覚受容体を特定することに成功した。本発明者はさらに検討を進め、これらの嗅覚受容体を用いることにより、アンバーグリスノートを呈する香料素材の候補化合物を適切にスクリーニングできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下に示すアンバーグリスノートを呈する香料素材の候補化合物をスクリーニングする方法を提供するものである。
[1]アンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含む、方法。
[2]アンバーグリスノートを呈する香料が、次式:
【化1】

で示される化合物からなる群より選択される、[1]に記載の方法。
[3]嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上または嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定する、[1]または[2]に記載の方法。
[4]嗅覚受容体の応答をレポーターアッセイにより測定する、[1]から[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値が2以上であるときに、工程(iii)においてアンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する、[1]から[4]のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法を用いることにより、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングすることができる。本発明のスクリーニング方法は、アンバーグリスノートを呈する新しい香料素材の開発に貢献できるものと期待される。また、新しい香料素材を開発するために多数の候補化合物の匂いを人間の嗅覚のみで評価することは、嗅覚疲労や個人差の問題があり、適切に候補化合物を選択することに困難を伴う場合があるが、本発明の方法によれば、このような問題を解消または軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】化合物(a)に対する各種嗅覚受容体の応答の測定結果を示す図である。
図1B】化合物(b)に対する各種嗅覚受容体の応答の測定結果を示す図である。
図2A】様々な濃度の化合物(a)に対する嗅覚受容体OR7A17の応答の測定結果を示す図である。
図2B】様々な濃度の化合物(b)に対する嗅覚受容体OR7C1の応答の測定結果を示す図である。
図3A】化合物(c)に対する嗅覚受容体OR7A17の応答の測定結果を示す図である。
図3B】化合物(d)に対する嗅覚受容体OR7C1の応答の測定結果を示す図である。
図3C】化合物(e)に対する嗅覚受容体OR7C1の応答の測定結果を示す図である。
図3D】化合物(f)に対する嗅覚受容体OR7C1の応答の測定結果を示す図である。
図3E】化合物(g)に対する嗅覚受容体OR7C1の応答の測定結果を示す図である。
図4】各種化合物に対する嗅覚受容体OR7A17およびOR7C1の応答の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明のスクリーニング方法について具体的に説明する。
【0010】
本発明は、アンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含むことを特徴としている。
【0011】
本発明のスクリーニング方法は、OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体に対する被験化合物の応答性を指標として、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物を選択するものである。
一種の嗅覚受容体は類似構造を有する複数種の香気化合物に応答することが知られていることから、アンバーグリスノートを呈する既知の香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を特定し、その嗅覚受容体に対する被験化合物の応答性を評価することによって、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物を選択することができる。なお、本明細書において「アンバーグリスノートを呈する香料素材」とは、アンバーグリスノートを呈する香料の素材となる化合物、組成物または混合物をいうものとする。以下、本発明のスクリーニング方法の各工程について説明する。
【0012】
<工程(i)>
工程(i)では、OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する。
【0013】
嗅覚受容体としては、OR7A17、OR7C1、および配列番号2または4で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体が用いられる。
OR7A17は、GenBankにNM_030901として登録されており、配列番号1で示される塩基配列の第1番目から第930番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号2)からなるタンパク質である。
OR7C1は、GenBankにNM_198944として登録されており、配列番号3で示される塩基配列の第1番目から第963番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号4)からなるタンパク質である。
OR7A17は、化合物(a)および化合物(c)に強く応答し、OR7C1は化合物(b)、化合物(d)、化合物(e)、化合物(f)および化合物(g)などに選択的に強く応答することから、OR7A17およびOR7C1を用いたスクリーニング方法は、アンバーグリスノートを呈する香料素材の開発に貢献できるものと期待される。
【0014】
嗅覚受容体としてこれらの嗅覚受容体が有するアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつアンバーグリスノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体を用いてもよい。なお、本明細書においてアミノ酸配列の配列同一性は、BLAST検索アルゴリズム(NCBIより公に入手できる)によって算出される。
【0015】
本発明において、アンバーグリスノートを呈する香料としては、次式で示される化合物からなる群より選択される一種以上が好ましく挙げられる。
【0016】
【化2】
【0017】
化合物(a)(3aR,5aS,9aS,9bR)-3a,6,6,9a-tetramethyl-2,4,5,5a,7,8,9,9b-octahydro-1H-benzo[e][1]benzofuranは、AMBROXAN(登録商標)という名称で知られており、花王株式会社より入手可能である。
化合物(b)(2,2,6,6,7,8,8-heptamethyl-3,3a,4,5,5a,7,8a,8b-octahydrocyclopenta[g][1]benzofuran)は、Amber Xtreme(商標)という名称で知られる香料の主成分であり、International Flavors and Fragrances社より入手可能である。
化合物(c)(1-(1,2,3,4,5,6,7,8-octahydro-2,3,8,8,-tetramethyl-2-naphthyl)ethan-1-one)は、ORBITONE(登録商標)という名称で知られており、高砂香料工業株式会社より入手可能である。
化合物(d)(1R,6S)-(1-(2,2,6-Trimethylcyclohexyl)hexan-3-ol)は、Ambestol(登録商標)またはNORLIMBANOL(登録商標) DEXTROという名称で知られており、高砂香料工業株式会社またはFirmenich社より入手可能である。
化合物(e)( 2-(2,2,7,7-Tetramethyltricyclo[6.2.1.0](1,6)undec-5-en-5-yl)propan-1-olおよび2-(2,2,7,7-Tetramethyltricyclo[6.2.1.0](1,6)undec- 4-en-5-yl)propan-1-olの異性体混合物)は、AMBERMAX(登録商標)という名称で知られており、Givaudan社より入手可能である。
化合物(f)((4aR,5R,7aS,9R)-Octahydro-2,2,5,8,8,9a-hexamethyl-4H-4a,9-methanozuleno[5,6-d]-1,3-dioxole)は、AMBROCENIDE(商標)という名称で知られており、Symrise社より入手可能である。
化合物(g)(3,8,8, 11a-Tetramethyldodecahydro-5H-3,5a-epoxy-napht(2, 1-c) oxepin and isomers)は、AMBERKETALという名称で知られており、Givaudan社より入手可能である。
【0018】
これらの中でも、アンバーグリスノートを呈する香料としては、化合物(a)、化合物(b)、化合物(c)および化合物(e)がより好ましく、化合物(a)および化合物(e)が特に好ましい。なお、本明細書において「応答性を示す」とは、嗅覚受容体発現細胞において、香料非存在下と比較して何らかの変化が見られることを意味する。
【0019】
嗅覚受容体は、一種で用いても、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
本発明において嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する方法は特に制限されない。例えば、嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上で被験化合物と接触させ、嗅覚受容体の応答を測定してもよいし、嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で被験化合物と接触させ、嗅覚受容体の応答を測定してもよい。嗅覚受容体と被験化合物を接触させる時間は、被験化合物の濃度にも依存するため一概には言えないが、通常、2~4時間である。
【0021】
嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞は、嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0022】
本発明の好ましい態様では、嗅覚受容体と共に、ウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込んでもよい。ウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込むことにより、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進することができる。
ウシロドプシンは、GenBankにNM_001014890として登録されている。ウシロドプシンは、配列番号5で示される塩基配列の第1番目から第1047番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号6)からなるタンパク質である。
また、ウシロドプシンに代えて、配列番号6で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ嗅覚受容体の細胞膜発現を促進することができるタンパク質を用いてもよい。
なお、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進できるものであれば、ウシロドプシンに限らず、他のタンパク質のアミノ酸残基を用いてもよい。
【0023】
嗅覚受容体の応答を測定する方法は特に制限されなく、当分野で用いられている任意の方法を用いることができる。例えば、香気化合物が嗅覚受容体へ結合すると、細胞内のGタンパク質を活性化し、Gタンパク質がアデニル酸シクラーゼを活性化して、ATPを環状AMP(cAMP)へと変換し、細胞内のcAMP量を増加させることが知られている。したがって、cAMP量を測定することで嗅覚受容体の応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ法等が用いられる。中でも、ルシフェラーゼなどの発光物質を用いたレポータージーンアッセイ法により嗅覚受容体の応答を測定することが好ましい。
【0024】
<工程(ii)>
工程(ii)では、被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する。
嗅覚受容体の応答を測定する方法は、嗅覚受容体と被験化合物を接触させないことを除いて、工程(i)で示した方法と同様の方法を用いることができる。例えば、嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよいし、嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよい。工程(i)と(ii)における測定結果を適切に比較するために、工程(i)と(ii)における測定条件は、被験化合物の接触の有無を除いて、同じであることが好ましい。
【0025】
<工程(iii)>
工程(iii)では、工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として選択する。
本発明では、工程(i)および(ii)における測定結果を比較して応答性に変化が見られた場合、工程(i)で用いた被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として評価することができる。
本発明の一実施態様によれば、応答性の変化は、工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値を指標として評価してもよい。例えば、ルシフェラーゼなどの発光物質を用いたレポータージーンアッセイ法により嗅覚受容体の応答を測定する場合、Fold Increase値が好ましくは2以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは10以上の被験化合物を、アンバーグリスノートを呈する候補化合物として評価することができる。
【0026】
上記のようにして、被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物をスクリーニングすることができる。本発明によれば、人間の嗅覚によって行う官能評価による嗅覚疲労や個人差などによる問題を生じることなく、多数の被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物を選択することができる。
選択された化合物は、アンバーグリスノートを呈する香料素材の候補化合物として用いることができる。選択された化合物を基に必要に応じて改変等を行い、最適な匂いのする化合物を開発することもできる。さらには、選択された化合物を他の香料素材とブレンドして最適な匂いのする香料素材を開発することも可能である。本発明のスクリーニング方法を用いることにより、アンバーグリスノートを呈する新しい香料素材の開発に貢献することができる。
【実施例
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制限されるものではない。
【0028】
[実施例1]
アンバーグリスノートを呈する香料化合物(a)および化合物(b)に応答する嗅覚受容体の探索
(1)嗅覚受容体遺伝子クローニング
ヒト嗅覚受容体OR7A17およびOR7C1遺伝子はGenBankに登録されている配列情報を基に、Human Genomic DNA: Female(Promega社)よりPCR法にてクローニングすることで得た。pME18SベクターにウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込み、さらにその下流に、得られたヒト嗅覚受容体遺伝子を組み込むことで、ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクターを得た。
【0029】
(2)HEK293T細胞での嗅覚受容体遺伝子の発現
ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクター0.05μg、RTP1Sベクター0.01μg、cAMP応答配列プロモーターを含むホタルルシフェラーゼベクターpGL4.29(Promega社)0.01μg、およびチミジンキナーゼプロモーターを含むウミシイタケルシフェラーゼベクターpGL4.74(Promega社)0.005μgをOpti-MEM I(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)10μLに溶解して遺伝子溶液(1穴分)とした。HEK293T細胞を、24時間後にコンフルエントに達する細胞数で96穴プレート(Biocoat、Corning社)に100μLずつ播種し、Lipofectamine 3000の使用法に従ってリポフェクション法によって遺伝子溶液を各穴に添加して、細胞に遺伝子導入を行い、37℃、5%二酸化炭素雰囲気下で24時間培養した。
【0030】
(3)ルシフェラーゼレポータージーンアッセイ
培養液を除去した後に、検体となる香料化合物を測定する濃度になる様にCD293(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)培地(20μM L-グルタミン添加)で調製したものを50μLずつ添加し、3時間の刺激を行った後に、Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega社)の使用方法に従ってルシフェラーゼ活性を測定した。嗅覚受容体の応答強度は、香料化合物の刺激によって生じたルシフェラーゼ活性を、香料化合物を含まない試験系で生じたルシフェラーゼ活性で割ることで求められるFold Increase値で表現した。
【0031】
(4)化合物(a)および化合物(b)に対する嗅覚受容体応答の測定
OR7A17およびOR7C1を発現させた細胞で、化合物(a)(花王株式会社)100μMおよび化合物
(b)(International Flavors and Fragrances社)300μMに対する受容体応答を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。結果を図1AおよびBにそれぞれ示す。化合物(a)に対してはOR7A17のみが、化合物(b)に対してはOR7C1のみが、Fold Increase値10以上の応答を示した。
一方で、嗅覚受容体を発現させなかった細胞を用いたMock試験、および米国特許出願公開第2015/0260707号明細書にアンバーグリス香料化合物への応答が記載されているOR2L8およびOR4K5は、Fold Increase値10以上の応答を示さなかった。
なお、OR2L8は、GenBankにNM_001001963として登録されており、配列番号7で示される塩基配列の第1番目から第939番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号8)からなるタンパク質である。またOR4K5は、GenBankにNM_001005483として登録されており、配列番号9で示される塩基配列の第1番目から第972番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号10)からなるタンパク質である。
【0032】
また、OR7A17の、様々な濃度の化合物(a)に対する受容体応答、およびOR7C1の、様々な濃度の化合物(b)に対する受容体応答を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。結果を図2AおよびBにそれぞれ示す。OR7A17は化合物(a)に、OR7C1は化合物(b)に対して濃度依存的な応答を示した。一方で、Mock試験では応答が見られなかった。すなわち、OR7A17は化合物(a)に対して、OR7C1は化合物(b)に対して、特異的に応答することが示された。
【0033】
[実施例2]
アンバーグリス香料化合物に対するOR7A17およびOR7C1の応答強度の評価
化合物(a)または化合物(b)に対して強い応答を示したOR7A17またはOR7C1を用いて、アンバーグリスノートを呈する香料化合物である化合物(c)(高砂香料株式会社)、化合物(d)(高砂香料工業株式会社)、化合物(e)(Givaudan社より50%Dowanol TPM希釈品として入手)、化合物(f)(Symrise社より10%TEC希釈品として入手)および化合物(g)(Givaudan社より8.5%IPM希釈品として入手)に対する応答強度を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。結果を図3A、B、C、DおよびEにそれぞれ示す。OR7A17は化合物(c)に対して、OR7C1は化合物(d)、化合物(e)、化合物(f)および化合物(g)に対して濃度依存的な応答を示した。一方で、Mock試験では応答が見られなかった。すなわち、OR7A17およびOR7C1は各種アンバーグリス香料化合物に特異的に応答することが示された。
【0034】
[実施例3]
様々な香調の香料化合物に対するOR7A17およびOR7C1の応答強度の評価
前出のアンバーグリスノート香料化合物(a)、化合物(c)、化合物(d)、化合物(b)、化合物(e)、化合物(f)および化合物(g)に加えて、比較として様々な香調の表1に記載の非アンバーグリスノート香料化合物に対する、OR7A17およびOR7C1の応答強度を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。各化合物の濃度は、細胞毒性やMock試験系での受容体非特異的な応答を示さない条件とした。
【0035】
【表1】
【0036】
なお、表1に記載の非アンバーグリスノート香料化合物は、以下のものを使用した。
D-Limonene(ナカライテスク株式会社)
Cis-3-Hexenol(日本ゼオン株式会社)
Melonal(Givaudan社)
L-Menthol(高砂香料工業株式会社)
Linalyl acetate(東京化成工業株式会社)
Vanillin(東京化成工業株式会社)
Citronellol(Renessenz社)
THESARON(登録商標)、(1R,6S)-Ethyl 2,2,6-trimethylcyclohexanecarboxylate(高砂香料工業株式会社)
CALONE(登録商標)、7-Methylbenzo[b][1,4]dioxepin-3-one(Firmenich社)
HINDINOL(登録商標)、(R,E)-2-Methyl-4-(2,2,3-trimethylcyclopent-3-enyl)but-2-en-1-ol)(高砂香料工業株式会社)
JAVANOL(登録商標)、[(1R,2S)-1-methyl-2-[[(1R,3S,5S)-1,2,2-trimethyl-3-bicyclo[3.1.0]hexanyl]methyl]cyclopropyl]methanol(Givaudan社)
L-Muscone、(R)-3-methylcyclopentadecan-1-one(高砂香料工業株式会社)
【0037】
結果を図4に示す。OR7A17およびOR7C1はアンバーグリスノートを呈する7種の化合物のいずれかに応答し、その他の香調の化合物に対しては応答しなかった。すなわち、OR7A17およびOR7C1はアンバーグリスノート香料化合物に特異的に応答することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のスクリーニング方法を用いることにより、多数の被験化合物の中からアンバーグリスノートを呈する候補化合物を選択することができる。本発明のスクリーニング方法は、アンバーグリスノートを呈する新しい香料素材の開発に貢献できるものと期待される。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図4
【配列表】
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