(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-24
(45)【発行日】2022-07-04
(54)【発明の名称】窒化鋼部材並びに窒化鋼部材の製造方法及び製造装置
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20220627BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20220627BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20220627BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220627BHJP
C21D 9/30 20060101ALN20220627BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20220627BHJP
【FI】
C23C8/26
C21D1/06 A
C21D1/76 M
C22C38/00 301N
C21D9/30 A
C21D9/30 B
C21D9/32 A
C21D9/32 B
(21)【出願番号】P 2018085305
(22)【出願日】2018-04-26
【審査請求日】2021-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000111845
【氏名又は名称】パーカー熱処理工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100088694
【氏名又は名称】弟子丸 健
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100095898
【氏名又は名称】松下 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100107537
【氏名又は名称】磯貝 克臣
(72)【発明者】
【氏名】平岡 泰
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 陽一
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-221203(JP,A)
【文献】特開2016-194111(JP,A)
【文献】特開2016-211069(JP,A)
【文献】特開2017-160517(JP,A)
【文献】国際公開第2012/115135(WO,A1)
【文献】ディータ・リトーケ ほか,“鉄の窒化と軟窒化”,初版 第1刷,日本,株式会社アグネ技術センター,2011年08月30日,p.11,12,37-39,131-133,136,137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/06
C21D 1/76
C21D 9/30 - 9/32
C22C 38/00
C23C 8/26
F27B 5/04
F27B 5/16 - 5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とし、表面に鉄窒化物化合物層が形成されている窒化鋼部材であって、
前記鉄窒化物化合物層の厚さは、13μm以上であり、
前記鉄窒化物化合物層の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVaεとした時、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であり、
前記鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が
0.2以上であって0.4以下である
ことを特徴とする窒化鋼部材。
【請求項2】
前記鉄窒化物化合物層の厚さは、20μm~35μm以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の窒化鋼部材。
【請求項3】
前記Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が、0.3以上である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の窒化鋼部材。
【請求項4】
案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉を用いて、質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とする窒化鋼部材を製造する方法であって、
少なくとも2段階の窒化処理を有しており、
1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、
2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御される
ことを特徴とする窒化鋼部材の製造方法。
【請求項5】
案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉を用いて、質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とする窒化鋼部材を製造する方法であって、
少なくとも3段階の窒化処理を有しており、
1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7~3.0の範囲に制御され、
2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、
3段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御される
ことを特徴とする窒化鋼部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化鋼部材並びに窒化鋼部材の製造方法及び製造装置に関する。さらに詳しくは、自動車の変速機用の歯車やクランクシャフト等に有用な耐疲労性に優れる窒化鋼部材並びに当該窒化鋼部材の製造方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の表面硬化処理の中でも、低熱処理ひずみ処理である窒化処理のニーズは高く、最近では特に、ガス窒化処理の雰囲気制御技術への関心が高まっている。
【0003】
ガス窒化処理により得られる基本的な組織構成では、表面において鉄窒化物である化合物層が形成され、内部において拡散層と呼ばれる硬化層が形成される。当該硬化層は、通常、母材成分のSiやCrなどの合金窒化物からなる。
【0004】
これらの2層の各々の厚さ(深さ)及び/または表面の鉄窒化物のタイプ等を制御するために、ガス窒化処理の温度と時間とに加えて、ガス窒化処理炉内の雰囲気も適宜に制御されている。具体的には、ガス窒化炉内の窒化ポテンシャル(KN)が適宜に制御されている。
【0005】
例えば、当該制御を介して、鋼材の表面に生成される化合物層中のγ’相(Fe4N)とε相(Fe2-3N)の体積分率(鉄窒化物のタイプ)を制御することが提案されている。具体的には、ε相よりもγ’相を形成することにより、耐疲労性が改善されることが知られており(非特許文献1)、γ’相の形成により曲げ疲労強度や面疲労を改善した窒化鋼部材が提案されている(特許文献1)。更に、化合物層中のγ′相の厚さを厚くするほど、曲げ疲労強度が向上することも知られている(非特許文献2)。もっとも、γ’相を多く形成するべくガス窒化処理を行っても、化合物層中には少なからずε相が含まれており、実際にはγ’相とε相との2相状態となっている。
【0006】
ここで、比較的厚い化合物層を形成する際には、拡散層と接する内部側の化合物層の領域内にε相が形成され易く、当該領域にγ′相を形成させることは困難であると認識されていた(特許文献2)。ε相は比較的脆く、疲労亀裂の成長速度が速い。従って、厚膜化を目指すと、疲労強度が劣化するおそれがあった。当該領域内においてε相が形成され易い理由は、窒化処理中の表面脱炭反応によって母相内の炭素が表面側へ移動するが、母相に比べ化合物層中の炭素拡散の速度が遅いために拡散層/化合物層の界面で炭素が濃化することに起因する(非特許文献3)。
【0007】
また、比較的厚い化合物層を形成する際には、化合物層の表層領域における窒素濃度が高くなるため、当該表層領域においてε相の割合が増加することが知られている。具体的には、化合物層の厚さが17μmを超えると、ε相の割合が増加する(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2013-221203号公報
【文献】特開2016-211069号公報
【文献】特開2017-36509号公報
【文献】平岡泰、渡邊陽一、石田暁丈:熱処理、55巻、1号、1-2ページ
【文献】Y.Hiraoka, A.Ishida:Materials Transactions, 58巻、2017年、993-999ページ
【文献】ディータリートケほか:鉄の窒化と軟窒化、アグネ技術センター、2013年、37-49ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述した様に、化合物層においてγ’相が増えるように制御することで、窒化鋼部材の疲労強度を向上させることが可能であり、γ’相を厚くすることで、さらに疲労強度を向上させることが可能である。しかしながら、γ’相を厚くするべく比較的厚い化合物層を形成するためには、拡散層/化合物層の界面近傍の領域でのε相の形成を抑制し、また、化合物層の表層領域においてもε相の形成を抑制することが必要である。
【0010】
本件発明者は、鋭意の検討及び種々の実験を繰り返し、処理炉の構成を限定した上で窒化処理の温度と窒化ポテンシャルを高精度に制御することよって、比較的厚いγ’相主体の化合物層を形成する場合に、拡散層/化合物層の界面近傍の領域においても所望量のγ’相を維持でき、化合物層の表層領域においてもε相の増大を抑制できることを知見した。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づいて創案されたものである。本発明の目的は、耐疲労性が顕著に改善された窒化鋼部材、及び、そのような窒化鋼部材を製造するための製造方法及び製造装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とし、表面に鉄窒化物化合物層が形成されている窒化鋼部材であって、前記鉄窒化物化合物層の厚さは、13μm以上であり、前記鉄窒化物化合物層の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVaεとした時、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であり、前記鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上であって0.4以下であることを特徴とする窒化鋼部材である。
【0013】
このような窒化鋼部材は、本件発明者が創案した後述の方法によって、初めて製造可能になった(初めて世の中に提供された)ものである。このような窒化鋼部材においては、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であるため、当該鉄窒化物化合物層の全体をγ’相主体の化合物層であると考えることができ、その厚さが13μm以上であることによって、疲労強度が顕著に向上されている。そして、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上であって0.4以下に維持されているため、当該領域におけるε相の存在による疲労強度の劣化が顕著に抑制されている。
【0014】
前記鉄窒化物化合物層の厚さは、20μm~35μm以上であることが更に好ましい。当該厚さが20μmであれば、疲労強度が更に向上される。また、35μmというのは、生産性を考慮した好適値である。(鉄窒化物化合物層の厚さは、概ね窒化時間に対応する。窒化時間に制限が無ければ、鉄窒化物化合物層の厚さにも上限はない。)
【0015】
また、前記Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値は、0.3以上であることが更に好ましい。この場合、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域におけるε相の存在による疲労強度の劣化が、更に抑制される。
【0016】
また、本発明は、案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉を用いて、質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とする窒化鋼部材を製造する方法であって、少なくとも2段階の窒化処理を有しており、1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御されることを特徴とする窒化鋼部材の製造方法である。
【0017】
当該窒化鋼部材の製造方法によれば、
質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とし、表面に鉄窒化物化合物層が形成されている窒化鋼部材であって、前記鉄窒化物化合物層の厚さは、13μm以上であり、前記鉄窒化物化合物層の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVεとした時、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であり、前記鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上であることを特徴とする窒化鋼部材
を製造することができる。
【0018】
ここで、2段目の処理(490℃~510℃の範囲での処理)は、1段目の処理(560℃~600℃の範囲での処理)と同一の循環型処理炉を用いて引き続いて行われてもよいし、1段目の処理とは異なる循環型処理炉を用いて行われてもよい。循環型処理炉における温度条件の設定(昇降)性能によって、後者の方が生産効率が良い場合がある。1段目の処理用の循環型処理炉から2段目の処理用の循環型処理炉まで材料を移動する間、当該材料の温度は、1段目の処理における温度条件に維持されてもよいし、一時的に室温程度にまで自然冷却されてもよい。いずれの場合にも、本発明方法が有効であることが、本件発明者によって(後述の実施例において)確認されている。
【0019】
あるいは、本発明は、案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉を用いて、質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とする窒化鋼部材を製造する方法であって、少なくとも3段階の窒化処理を有しており、1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7~3.0の範囲に制御され、2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、3段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御されることを特徴とする窒化鋼部材の製造方法である。
【0020】
当該窒化鋼部材の製造方法によっても、
質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とし、表面に鉄窒化物化合物層が形成されている窒化鋼部材であって、前記鉄窒化物化合物層の厚さは、13μm以上であり、前記鉄窒化物化合物層の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVεとした時、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であり、前記鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上であることを特徴とする窒化鋼部材
を製造することができる。
【0021】
ここで、3段目の処理(490℃~510℃の範囲での処理)は、1段目及び2段目の処理(560℃~600℃の範囲での処理)と同一の循環型処理炉を用いて引き続いて行われてもよいし、1段目及び2段目の処理とは異なる循環型処理炉を用いて行われてもよい。循環型処理炉における温度条件の設定(昇降)性能によって、後者の方が生産効率が良い場合がある。1段目及び2段目の処理用の循環型処理炉から3段目の処理用の循環型処理炉まで材料を移動する間、当該材料の温度は、1段目及び2段目の処理における温度条件に維持されてもよいし、一時的に室温程度にまで自然冷却されてもよい。いずれの場合にも、本発明方法が有効であることが、本件発明者によって(後述の実施例において)確認されている。
【0022】
また、本発明は、案内筒と撹拌ファンとを有する循環型処理炉を備え、1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御されることを特徴とする窒化鋼部材の製造装置である。
【0023】
あるいは、本発明は、案内筒と撹拌ファンとを有する循環型処理炉を備え、1段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7~3.0の範囲に制御され、2段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が560℃~600℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.15~0.4の範囲に制御され、3段目の処理においては、前記循環型処理炉内の温度が490℃~510℃の範囲に制御され、且つ、前記循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.5~2.0の範囲に制御されることを特徴とする窒化鋼部材の製造装置である。
【0024】
これらの窒化鋼部材の製造装置によれば、
質量%で0.10%以上の炭素量を有する炭素鋼または低合金鋼を母相とし、表面に鉄窒化物化合物層が形成されている窒化鋼部材であって、前記鉄窒化物化合物層の厚さは、13μm以上であり、前記鉄窒化物化合物層の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVεとした時、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であり、前記鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上であることを特徴とする窒化鋼部材
を製造することができる。
【0025】
本発明の窒化鋼部材の製造装置は、例えば、アンモニアガスとアンモニア分解ガスとが前記循環型処理炉内に導入されるようになっている。この場合、当該製造装置は、前記窒化ポテンシャルを制御するために、前記アンモニアガスの導入量と前記アンモニア分解ガスの導入量との総流量を一定として互いの導入比を変更する第1制御と、前記アンモニア分解ガスの導入を停止させた状態で、前記アンモニアガスの導入量を変更する第2制御と、を選択的に実施できるようになっていることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明による窒化鋼部材によれば、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であるため、当該鉄窒化物化合物層の全体をγ’相主体の化合物層であると考えることができ、その厚さが13μm以上であることによって、疲労強度が顕著に向上されている。そして、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)の値が0.2以上に維持されているため、当該領域におけるε相の存在による疲労強度の劣化が顕著に抑制されている。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の一実施形態による窒化鋼部材の断面顕微鏡写真である。
【
図2】EBSD法で解析した
図1の窒化鋼部材の断面相分布である。
【
図3】γ’相が含有できる炭素量と温度との関係を示す図である。
【
図5】EBSD法で解析した
図3の窒化鋼部材の断面相分布である。
【
図6】小野式回転曲げ疲労試験片の形態を示す図である。
【
図7】疲労限度と化合物層厚さとの関係を示す図である。
【
図8】疲労限度と下部1/4の領域でのγ’相の体積割合比との関係を示す図である。
【
図9】本発明の一実施形態による窒化鋼部材の製造装置の概略図である。
【
図10】循環型処理炉(横型ガス窒化炉)の概略断面図である。
【
図13】炉内に挿入される冶具の例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0029】
(本発明の一実施形態の窒化鋼部材100の構成)
図1は、本件発明者によって実施に製造された本発明の一実施形態の窒化鋼部材100の断面顕微鏡写真である。
図1に示すように、本実施形態の窒化鋼部材100は、表面に硬化層としての鉄窒化物化合物層101を備え、鉄窒化物化合物層101の下部に、母相内に窒素が拡散されている拡散層102を備えている。本実施形態の母相(母材)は、炭素含有量が質量%で0.45%程度であるS45Cである。
【0030】
図1の窒化鋼部材100の鉄窒化物化合物層101は、窒化鋼部材100の表面から約16μmの厚さを有している。
図1の窒化鋼部材100の拡散層102は、窒化鋼部材100の表面から約1000μmの深さまで延在している。
【0031】
前述のとおり、鉄窒化物化合物層101は、ε相(Fe2-3N)とγ’相(Fe4N)とを含む層である。これらの相の分布状態は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法によって解析することができる。具体的には、鉄窒化物化合物層101の深さ方向断面において、γ’相とε相の面積比率から判定することができる。(当該面積比率が、体積比率に相当すると考えられる。)例えば、幅100μmの深さ方向断面を3断面(3視野分)とって、それらの平均値から判定することができる。
【0032】
図2は、
図1の断面のEBSD法の解析結果である。
図2の実施形態では、鉄窒化物化合物層101において、全領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVaεとした時のVaγ’/(Vaε+Vaγ’))の値が、0.70程度である。また、鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時のVbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値が、0.2より大きい。
【0033】
(窒化鋼部材100の製造方法)
図1の鉄窒化物化合物層101は、案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉(詳しくは後述)を用いて、3段階の窒化処理によって製造される(後述する表1(化合物層厚さ16μmの例)参照)。
【0034】
1段目の処理(例えば2時間)においては、循環型処理炉内の温度が580℃の範囲に制御され、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7に制御される。この処理によって、鉄窒化物化合物層101の全体の厚さが調整される。
【0035】
2段目の処理(例えば0.5時間)においては、循環型処理炉内の温度は580℃に維持されたまま、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.3に制御される。この処理によって、鉄窒化物化合物層101の全領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVaεとした時のVaγ’/(Vaε+Vaγ’))の値が調整される。
【0036】
3段目の処理(例えば2時間)においては、循環型処理炉内の温度が500℃に制御され、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7に制御される。この処理によって、鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時のVbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値が調整される。
【0037】
この3段目の処理こそ、本発明の製造方法における新規な特徴である。本件発明者は、γ’相が最も炭素を含有する(共存する)ことができる温度範囲が490~510℃であることを参考にして(
図3参照)、当該温度範囲での再窒化処理を実施してみたところ、従来はε相が多かった鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中においてもγ’相の体積割合比を0.2以上に維持できることを知見し、本発明をなしたのである。なお、この処理における窒化ポテンシャルは、0.5~2.0とされる(後述される)。
【0038】
(比較例の窒化鋼部材120の構成)
一方、
図4は、従来の製造方法によって製造された比較例としての窒化鋼部材120の断面顕微鏡写真である。
図4に示すように、比較例の窒化鋼部材120も、表面に硬化層としての鉄窒化物化合物層121を備え、当該硬化層201の下部に、母相内に窒素が拡散されている拡散層122を備えている。比較例の母相(母材)も、炭素含有量が質量%で0.45%程度であるS45Cである。
【0039】
図4の窒化鋼部材120の鉄窒化物化合物層121も、窒化鋼部材120の表面から約16μmの厚さを有している。
図4の窒化鋼部材120の拡散層122も、窒化鋼部材120の表面から約1000μmの深さまで延在している。
【0040】
図5は、
図4の断面のEBSD法の解析結果である。
図5の比較例では、鉄窒化物化合物層121において、全領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層121の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVεとした時のVaγ’/(Vaε+Vaγ’))の値が、0.55程度である。また、鉄窒化物化合物層121の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層121の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時のVbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値が、0.2より小さい。
【0041】
(窒化鋼部材120の製造方法)
図4の鉄窒化物化合物層121は、案内筒と撹拌ファンとを備えた循環型処理炉(詳しくは後述)を用いて、2段階の窒化処理によって製造される。
【0042】
1段目の処理(例えば2時間)においては、循環型処理炉内の温度が580℃の範囲に制御され、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.7に制御される。この処理によって、鉄窒化物化合物層121の全体の厚さが調整される。
【0043】
2段目の処理(例えば0.5時間)においては、循環型処理炉内の温度は580℃に維持されたまま、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルが0.3に制御される。この処理によって、鉄窒化物化合物層101の全領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の全領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVaγ’とVεとした時のVaγ’/(Vaε+Vaγ’))の値が0.5以上となるように調整される。(γ’相の体積割合比(Vaγ’/(Vaε+Vaγ’))が0.5以上であることが好ましいことは、特許文献2に開示されている。)
【0044】
窒化鋼部材100の製造方法と異なり、3段目の処理は実施されない。このため、鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(鉄窒化物化合物層101の下部1/4の領域中に占めるγ’相とε相の体積割合をそれぞれVbγ’とVbεとした時のVbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値が調整されない(小さい値のままである)。
【0045】
(試験片による効果の検証(1):実施形態と比較例)
曲げ疲労試験用の試験片を用いて、疲労強度の向上について検証した。具体的には、
図1の構成(断面)を有するような試験片を作成して、疲労限度を測定した。試験片の形態は、
図6に示すように、小野式回転曲げ疲労試験機(島津製作所、H7型)に対応するものである。
【0046】
試験の結果(疲労限度)は、45.4kgfであった。これに対して、
図4の構成(断面)を有するような試験片を作成して、疲労限度を測定したところ、40.8kgfであった。この結果から、
図1の実施形態の窒化鋼部材100は、耐疲労性が顕著に改善されていることが分かる。
【0047】
(試験片による効果の検証(2):鉄窒化物化合物層の厚さ)
鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)の値が0.5以上であれば、当該鉄窒化物化合物層の全体をγ’相主体の化合物層であると考えることができる。従って、鉄窒化物化合物層の厚さが厚い方が、疲労強度は高くなると考えられる。
【0048】
前述の鉄窒化物化合物層101の製造方法のうち、1段目の処理内容を変更して、鉄窒化物化合物層の厚さを更に厚くした変形例を作成した。具体的には、以下の表1に示すように、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルを1.3として、鉄窒化物化合物層の厚さを20μmとした。また、循環型処理炉内の窒化ポテンシャルを1.3として、処理時間を3時間に延長して、鉄窒化物化合物層の厚さを25μmとした。
【0049】
このような変形例においても、表1に示すように、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比は0.5よりも大きく、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比は0.2よりも大きかった。
【0050】
そして、各変形例に対応する試験片を作成して、疲労限度を測定した。試験の結果(疲労限度)は、鉄窒化物化合物層の厚さが20μmである時、47.4kgfであり、鉄窒化物化合物層の厚さが25μmである時、49.0kgfであった。これらの結果は、
図7にプロットされている。
【0051】
更なる比較のため、鉄窒化物化合物層101の製造方法のうち、1段目の処理を実施しないで、2段目の処理内容を変更して、鉄窒化物化合物層の厚さを薄くした変形例及び比較例を作成した。具体的には、以下の表1に示すように、1段目の処理をやめ、2段目の処理において処理時間を3時間に延長して、鉄窒化物化合物層の厚さを13μmとした(変形例)。また、1段目の処理をやめ、2段目の処理において処理時間を2時間として、鉄窒化物化合物層の厚さを10μmとした(比較例)。また、1段目の処理をやめ、2段目の処理において窒化ポテンシャルを0.25とし、処理時間を3時間として、鉄窒化物化合物層の厚さを6μmとした(比較例)。また、1段目の処理をやめ、2段目の処理において窒化ポテンシャルを0.2とし、処理時間を3時間として、鉄窒化物化合物層の厚さを2μmとした(比較例)。
【0052】
鉄窒化物化合物層の厚さを13μmとした変形例においても、表1に示すように、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比は0.5よりも大きく、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比は0.2よりも大きかった。
【0053】
そして、当該変形例に対応する試験片を作成して、疲労限度を測定した。試験の結果(疲労限度)は、43.9kgfであった。この結果も、
図7にプロットされている。
【0054】
一方、鉄窒化物化合物層の厚さを2~10μmとした比較例においても、表1に示すように、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比は0.5よりも大きく、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比は0.2よりも大きかった。
【0055】
しかしながら、当該比較例に対応する試験片を作成して、疲労限度を測定したところ、試験の結果(疲労限度)は、40.8kgf未満であった。すなわち、鉄窒化物化合物層の厚さが13μm未満の場合、疲労強度の向上という本発明の効果が得られないことが分かる。これらの結果も、
図7にプロットされている。
【0056】
【0057】
(試験片による効果の検証(3):下部1/4のγ’相の体積割合比)
鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比が0.5よりも大きいという条件を維持しながら、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比を異ならせるべく、3段階の処理内容を以下の表2に示すように変更した。表2に示すいずれの条件によっても、生成された鉄窒化物化合物層の厚さは20μmであった。
【0058】
【0059】
そして、表2の各条件に対応する試験片を作成して、疲労限度を測定した。試験の結果(疲労限度)は、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(Vbγ’/(Vbε+Vbγ’))を横軸として、
図8にプロットされている。
【0060】
図8に示すように、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(Vbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値が0.2以上である時に、疲労強度が顕著に向上されることが分かる。
【0061】
(本発明による製造方法の補足)
窒化鋼部材100の製造方法として説明した1段目の処理は、前述の通り、鉄窒化物化合物層の全体の厚さを調整するための処理であり、一般的には、生産性を上げるべく、できるだけ短時間で鉄窒化物化合物層の全体の厚さを増大できる処理である。
【0062】
所望する鉄窒化物化合物層の全体の厚さがさほど厚くない場合(13~16μmの場合)には、表1を用いて説明した通り、当該1段目の処理は省略可能である。一方、所望する鉄窒化物化合物層の全体の厚さが厚い場合には、1段目の処理として、高い窒化ポテンシャルで窒化処理を実施することが好ましい。その具体的な範囲としては、0.5~3.0、特には0.8~3.0、が好ましい。また、窒化温度の範囲についても、窒化層がより速く成長する高温域、具体的には560℃~600℃、に制御されることが好ましい。
【0063】
次に、窒化鋼部材100の製造方法として説明した2段目の処理は、前述の通り、鉄窒化物化合物層の全領域中におけるγ’相の体積割合比(Vaγ’/(Vaε+Vaγ’))の値を0.5以上とするための処理である。この処理では、低い窒化ポテンシャルで窒化処理を実施することが必要である。その具体的な範囲としては、0.15~0.4が好ましい。また、窒化温度の範囲は、1段目の処理と同じく、窒化層がより速く成長する高温域、具体的には560℃~600℃、に制御されることが好ましい。
【0064】
当該2段目の処理について、特に好ましい条件の詳細を開示すれば、窒化温度が580℃である場合に好適な窒化ポテンシャルの範囲は、0.25~0.3であり、窒化温度が560℃である場合に好適な窒化ポテンシャルの範囲は、0.3~0.4である。
【0065】
そして、窒化鋼部材100の製造方法として説明した3段目の処理は、前述の通り、鉄窒化物化合物層の下部1/4の領域中におけるγ’相の体積割合比(Vbγ’/(Vbε+Vbγ’))の値を0.2以上とするための処理である。この処理は、γ’相が最も炭素を含有する(共存する)ことができる490℃~510℃という温度範囲(
図3参照)で実施される必要がある。更に、当該温度範囲であっても、ε相が形成されやすい窒化ポテンシャルでは、γ’相の体積割合が低下してしまう。このため、窒化ポテンシャルの範囲についても、0.5~2.0に制御される必要がある。
【0066】
(窒化鋼部材の製造装置の構成)
ここで、ガス窒化処理の基本的事項について化学的に説明すれば、ガス窒化処理では、被処理品が配置される処理炉(ガス窒化炉)内において、以下の式(1)で表される窒化反応が発生する。
NH3→[N]+3/2H2 ・・・(1)
【0067】
このとき、窒化ポテンシャルKNは、以下の式(2)で定義される。
KN=PNH3/PH2
3/2 ・・・(2)
ここで、PNH3は炉内アンモニア分圧であり、PH2は炉内水素分圧である。窒化ポテンシャルKNは、ガス窒化炉内の雰囲気が有する窒化能力を表す指標として周知である。
【0068】
一方、ガス窒化処理中の炉内では、当該炉内へ導入されたアンモニアガスの一部が、式(3)の反応にしたがって水素ガスと窒素ガスとに熱分解する。
NH3→1/2N2+3/2H2 ・・・(3)
【0069】
炉内では、主に式(3)の反応が生じており、式(1)の窒化反応は量的にはほとんど無視できる。したがって、式(3)の反応で消費された炉内アンモニア濃度または式(3)の反応で発生された水素ガス濃度が分かれば、窒化ポテンシャルを演算することができる。すなわち、発生される水素及び窒素は、アンモニア1モルから、それぞれ1.5モルと0.5モルであるから、炉内アンモニア濃度を測定すれば炉内水素濃度も分かり、窒化ポテンシャルを演算することができる。あるいは、炉内水素濃度を測定すれば、炉内アンモニア濃度が分かり、やはり窒化ポテンシャルを演算することができる。
【0070】
なお、ガス窒化炉内に流されたアンモニアガスは、炉内を循環した後、炉外へ排出される。すなわち、ガス窒化処理では、炉内の既存ガスに対して、フレッシュ(新た)なアンモニアガスを炉内へ絶えず流入させることにより、当該既存ガスが炉外へ排出され続ける(供給圧で押し出される)。
【0071】
ここで、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が少なければ、炉内でのガス滞留時間が長くなるため、分解されるアンモニアガスの量が増加して、当該分解反応によって発生される窒素ガス+水素ガスの量は増加する。一方、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が多ければ、分解されずに炉外へ排出されるアンモニアガスの量が増加して、炉内で発生される窒素ガス+水素ガスの量は減少する。
【0072】
さて、
図9は、本発明の一実施形態による窒化鋼部材を製造するための製造装置を示す概略図である。
図9に示すように、本実施形態の製造装置1は、循環型処理炉2を備えており、当該循環型処理炉2内へ導入するガスとして、アンモニアとアンモニア分解ガスの2種類のみを用いている。アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。もっとも、導入ガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニアとアンモニア分解ガスの2種類のみ、(3)アンモニアと窒素ガスの2種類のみ、または、(4)アンモニアとアンモニア分解ガスと窒素ガスの3種類のみ、から選択され得る。
【0073】
循環型処理炉2の断面構造例を、
図10に示す。
図10において、炉壁(ベルとも呼ばれる)201の中に、レトルトと呼ばれる円筒202が配置され、更にその内側に内部レトルトと呼ばれる円筒204が配置されている。ガス導入管205から供給される導入ガスは、図中の矢印に示されるように、被処理品の周囲を通過した後、攪拌扇203の作用によって2つの円筒202、204間の空間を通過して循環する。206は、フレア付きのガスフードであり、207は、熱電対であり、208は冷却作業用の蓋であり、209は、冷却作業用のファンである。当該循環型処理炉2は、横型ガス窒化炉とも呼ばれており、その構造自体は公知のものである。
【0074】
被処理品Sは、炭素鋼または低合金鋼であって、例えば自動車部品であるクランクシャフトやギア等である。
【0075】
また、
図9に示すように、本実施形態の表面硬化処理装置1の処理炉2には、炉開閉蓋7と、攪拌ファン8と、攪拌ファン駆動モータ9と、雰囲気ガス濃度検出装置3と、窒化ポテンシャル調節計4と、プログラマブルロジックコントローラ30と、炉内導入ガス供給部20と、が設けられている。
【0076】
攪拌ファン8は、処理炉2内に配置されており、処理炉2内で回転して、処理炉2内の雰囲気を攪拌するようになっている。攪拌ファン駆動モータ9は、攪拌ファン8に連結されており、攪拌ファン8を任意の回転速度で回転させるようになっている。
【0077】
雰囲気ガス濃度検出装置3は、処理炉2内の水素濃度またはアンモニア濃度を炉内雰囲気ガス濃度として検出可能なセンサにより構成されている。当該センサの検出本体部は、雰囲気ガス配管12を介して処理炉2の内部と連通している。雰囲気ガス配管12は、本実施形態においては、雰囲気ガス濃度検出装置3のセンサ本体部と処理炉2とを直接連通させる経路で形成され、途中で排ガス燃焼分解装置41へ繋がる炉内ガス廃棄配管40が接続されている。これにより、雰囲気ガスは、廃棄されるガスと雰囲気ガス濃度検出装置3に供給されるガスとに分配される。
【0078】
また、雰囲気ガス濃度検出装置3は、炉内雰囲気ガス濃度を検出した後、当該検出濃度を含む情報信号を、窒化ポテンシャル調節計4へ出力するようになっている。
【0079】
窒化ポテンシャル調節計4は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13と、ガス流量出力調整装置30と、を有している。また、プログラマブルロジックコントローラ31は、ガス導入量制御装置14と、パラメータ設定装置15と、を有している。
【0080】
炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内雰囲気ガス濃度検出装置3によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて、処理炉2内の窒化ポテンシャルを演算するようになっている。具体的には、実際の炉内導入ガスに応じてプログラムされた窒化ポテンシャルの演算式が組み込まれており、炉内雰囲気ガス濃度の値から窒化ポテンシャルを演算するようになっている。
【0081】
パラメータ設定装置15は、例えばタッチパネルからなり、炉内導入ガスの総流量、ガス種、処理温度、目標窒化ポテンシャル、等をそれぞれ設定入力できるようになっている。設定入力された各設定パラメータ値は、ガス流量出力調整手段30へ伝送されるようになっている。
【0082】
そして、ガス流量出力調整手段30が、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、アンモニアガスとアンモニア分解ガスの各々の導入量を入力値とした制御を実施するようになっている。より具体的には、アンモニアガスの導入量とアンモニア分解ガスの導入量との総流量を一定として互いの導入比を変更する第1制御と、アンモニア分解ガスの導入を停止させた状態でアンモニアガスの導入量を変更する第2制御と、を選択的に実施できるようになっている。ガス流量出力調整手段30の出力値は、ガス導入量制御手段14へ伝達されるようになっている。
【0083】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送るようになっている。
【0084】
本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニアガス用の第1炉内導入ガス供給部21と、第1供給量制御装置22と、第1供給弁23と、第1流量計24と、を有している。また、本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニア分解ガス(AXガス)用の第2炉内導入ガス供給部25と、第2供給量制御装置26と、第2供給弁27と、第2流量計28と、を有している。
【0085】
本実施形態では、アンモニアガスとアンモニア分解ガスとは、処理炉2内に入る前の炉内導入ガス導入配管29内で混合されるようになっている。
【0086】
第1炉内導入ガス供給部21は、例えば、第1炉内導入ガス(本例ではアンモニアガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0087】
第1供給量制御装置22は、マスフローコントローラにより形成されており、第1炉内導入ガス供給部21と第1供給弁23との間に介装されている。第1供給量制御装置22の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第1供給量制御装置22は、第1炉内導入ガス供給部21から第1供給弁23への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0088】
第1供給弁23は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第1供給量制御装置22と第1流量計24との間に介装されている。
【0089】
第2炉内導入ガス供給部25は、例えば、第2炉内導入ガス(本例ではアンモニア分解ガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0090】
第2供給量制御装置26は、マスフローコントローラにより形成されており、第2炉内導入ガス供給部25と第1供給弁27との間に介装されている。第1供給量制御装置26の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第3供給量制御装置26は、第2炉内導入ガス供給部25から第2供給弁27への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0091】
第2供給弁27は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第2供給量制御装置26と第2流量計28との間に介装されている。
【0092】
(窒化鋼部材の製造装置の作用(製造方法))
次に、本実施形態の製造装置1の作用について説明する。まず、循環型処理炉2内に被処理品Sが投入され、循環型処理炉2が所望の処理温度に加熱される。その後、炉内導入ガス供給部20からアンモニアガスとアンモニア分解ガスとの混合ガス、あるいはアンモニアガスのみ、が設定初期流量で処理炉2内へ導入される。この設定初期流量も、パラメータ設定装置15において設定入力可能であり、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)によって制御される。また、攪拌ファン駆動モータ9が駆動されて攪拌ファン8が回転し、処理炉2内の雰囲気を攪拌する。
【0093】
窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内の窒化ポテンシャルを演算し(最初は極めて高い値である(炉内に水素が存在しないため)がアンモニアガスの分解(水素発生)が進行するにつれて低下してくる)、目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったか否かを判定する。この基準偏差値も、パラメータ設定装置15において設定入力可能である。
【0094】
炉内窒化ポテンシャルの演算値が目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったと判定されると、窒化ポテンシャル調節計4は、ガス導入量制御手段14を介して、炉内導入ガスの導入量の制御を開始する。
【0095】
窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、入力される水素濃度信号またはアンモニア濃度信号に基づいて炉内窒化ポテンシャルを演算する。そして、ガス流量出力調整手段30は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、炉内導入ガスの導入量を入力値としたPID制御を実施する。具体的には、当該PID制御において、アンモニアガスの導入量とアンモニア分解ガスの導入量との総流量を一定として互いの導入比を変更する第1制御と、アンモニア分解ガスの導入を停止させた状態でアンモニアガスの導入量を変更する第2制御と、が選択的に実施される。当該PID制御においては、パラメータ設定装置15にて設定入力された各設定パラメータ値が用いられる。この設定パラメータ値は、例えば、目標窒化ポテンシャルの値に応じて異なる値が用意されている。
【0096】
そして、ガス流量出力調整手段30が、PID制御の結果として、炉内導入ガスの各々の導入量を制御する。具体的には、ガス流量出力調整手段30が、各ガスの流量を決定し、当該出力値がガス導入量制御手段14へ伝達される。
【0097】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送る。
【0098】
以上のような制御により、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルの近傍に安定的に制御することができる。これにより、被処理品Sの窒化処理後表面にε相や脱炭を阻害する酸化膜を形成させることなく極めて高品質に窒化処理を行うことができる。
【0099】
(第1制御と第2制御との選択について)
第1制御が採用された例を、
図11(a)及び
図11(b)に示す。
図11(a)及び
図11(b)の例では、アンモニアガスの導入量とアンモニア分解ガスの導入量との総流量が、166(l/min)で一定となっており、窒化ポテンシャルが0.16に高精度に制御されている。
【0100】
第2制御が採用された例を、
図12(a)及び
図12(b)に示す。
図12(a)及び
図12(b)の例では、アンモニア分解ガスの導入が停止され、アンモニアガスの導入量のみが220(l/min)の近傍で小刻みにフィードバック制御されることで、窒化ポテンシャルが0.16に高精度に制御されている。
【0101】
制御の安定性及び処理の安全性という観点からは、第1制御が実施されることが好ましい。しかしながら、被処理品Sの炉内挿入量が多い場合(例えば被処理品Sの表面積が7m2を超える場合)には、(3)式の分解反応が多く生ずるため、第1制御では窒化ポテンシャルを高精度に制御することが難しい。そのような場合には、第2制御に移行して窒化ポテンシャル制御が行われることが好ましい。
【0102】
(案内筒(内部レトルト)の重要性について)
本件発明者の実験によれば、製造装置1から案内筒5(内部レトルト)を取り除いて窒化処理を実施した場合(比較例)には、被処理品Sの表面にε相やα相が形成されてしまうことが確認された。(比較例においては、案内筒4を取り除いたことに加えて、撹拌扇9とガス導入管29の位置についても、炉内天井中央に移動した。)
【0103】
具体的には、製造装置1を用いた場合と、比較例の場合とで、(1)処理温度:580℃、窒化ポテンシャル:0.2、処理時間:1.5時間の処理を実施し、その後(2)処理温度:580℃、窒化ポテンシャル:1.5、処理時間:1.5時間の窒化処理を実施し、さらに(2)処理温度:580℃、窒化ポテンシャル:0.3、処理時間:20分の窒化処理を実施し、最後に(4)処理温度:500℃、窒化ポテンシャル:0.7、処理時間:2時間の窒化処理を実施した(合計4段階)。被処理品Sとしては、
図13で示される冶具を用いて、A面(炉蓋側)、B面(炉内中央)、C面(炉内奥行側)の中央に、それぞれ、鋼材として、S45C鋼であってφ20×5mmのコイン状の試験片が用いられた。
【0104】
窒化処理後の各試験片の表面のX線構造解析をしたところ、以下の表3に示すように、実施例の場合には、いずれの面においても均一な化合物層厚さ、且つγ′相が得られた。
【0105】
一方、比較例の場合には、炉蓋側へ設置したA面はε相がみられたのに対して、奥行方向へ設置したC面はα相とγ′相の2相になっており、また奥行方向へ行くほど化合物層厚さが薄くなる傾向が認められた。これは、窒化ポテンシャルの炉内均一性が良くないためであると考えられる。
【0106】
【0107】
(S45Cを母材とした更なる実施例及び比較例)
S45C鋼から表4の各条件に基づいてそれぞれ
図6に示す形態の試験片を作成し(化合物層の厚さは23μmで共通)、回転曲げ疲労強度の試験を実施した。具体的には、小野式回転曲げ疲労試験機(島津製作所、H7型)を用いて、試験荷重を47kgf、回転数を3600rpmとして、10
7回転を迎えることができるか否かを判定した。
【0108】
その結果、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)>0.5とVbγ’/(Vbε+Vbγ’)>0.2との両方を満たす試験片(表4の最上段の条件)のみが、107回転を迎えることができた。
【0109】
【0110】
比較例1及び比較例2は、3段目の窒化処理の処理温度が本発明による製造方法の条件を満たしていなかったため、Vbγ’/(Vbε+Vbγ’)>0.2を満たすことができず、結果として実施例と同等の疲労強度を実現することができなかった。比較例3は、2段目の窒化処理がスキップされたため、化合物層全体でのγ’相比率が低く、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)>0.5を満たすことができず、結果として実施例と同等の疲労強度を実現することができなかった。
【0111】
(SCM435を母材とした更なる実施例及び比較例)
本発明は、炭素鋼の他に、炭素含有量が質量%で0.1%以上である低合金鋼にも適用可能である。例えば、SCr440やSCM435等も、母相として利用可能である。
【0112】
SCM435鋼から表5の各条件に基づいてそれぞれ
図6に示す形態の試験片を作成し(化合物層の厚さは18μmで共通)、回転曲げ疲労強度の試験を実施した。具体的には、小野式回転曲げ疲労試験機(島津製作所、H7型)を用いて、試験荷重を55kgf、回転数を3600rpmとして、10
7回転を迎えることができるか否かを判定した。
【0113】
【0114】
その結果、3段目の処理工程が実施された場合(表5の上段の条件)のみ、Vaγ’/(Vaε+Vaγ’)>0.5とVbγ’/(Vbε+Vbγ’)>0.2との両方を満たし、107回転を迎えることができた。
【符号の説明】
【0115】
1 窒化鋼部材の製造装置
2 循環型処理炉
3 雰囲気ガス濃度検出装置
4 窒化ポテンシャル調節計
5 内部レトルト
6 レトルト
7 炉開閉蓋
8 攪拌ファン
9 攪拌ファン駆動モータ
12 雰囲気ガス配管
13 炉内窒化ポテンシャル演算装置
14 ガス導入量制御装置
15 パラメータ設定装置(タッチパネル)
20 炉内ガス供給部
21 第1炉内導入ガス供給部
22 第1炉内ガス供給制御装置
23 第1供給弁
25 第2炉内導入ガス供給部
26 第2炉内ガス供給制御装置
27 第2供給弁
29 炉内導入ガス導入配管
30 ガス流量出力調整装置
31 プログラマブルロジックコントローラ
40 炉内ガス廃棄配管
41 排ガス燃焼分解装置
100 一実施形態の窒化鋼部材
101 鉄窒化物化合物層
102 拡散層
120 比較例の窒化鋼部材
121 鉄窒化物化合物層
122 拡散層
201 炉壁またはベル
202 レトルト
203 撹拌扇
204 案内筒(内部レトルト)
205 ガス導入管
206 フレア付きのガス排気またはガスフード
207 熱電対
208 冷却作業用の蓋
209 冷却作業用の送風機