(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-27
(45)【発行日】2022-07-05
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/42 20060101AFI20220628BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220628BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20220628BHJP
【FI】
H01J49/42 250
G01N27/62 E
H01J49/06 200
(21)【出願番号】P 2018227790
(22)【出願日】2018-12-05
【審査請求日】2021-03-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 知義
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-507875(JP,A)
【文献】特表2017-535040(JP,A)
【文献】米国特許第06924478(US,B1)
【文献】国際公開第2009/095958(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分をイオン化するイオン源と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
前記セルの内部にイオンを入射するイオン入射口に配設された入口電極と、
前記入口電極に直流電圧を印加する電圧発生部と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧を前記入口電極に印加するように前記電圧発生部を制御する制御部と、
を備え
、
前記、分析目的であるイオンを分析していない待機期間とは、前記セルの内部に所定のガスを導入し始めてから該セルの内部に十分なガスが充満するまでの時間に相当する期間である質量分析装置。
【請求項2】
前記セルの内部からイオンを排出するイオン排出口に配設された出口電極、をさらに備え、
前記電圧発生部は、前記入口電極とは別に前記出口電極に直流電圧を印加するものであり、
前記制御部は、
前記待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記排除対象のイオンの極性と逆極性の直流電圧を前記出口電極に印加するように前記電圧発生部を制御する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記セルの内部に配設された、高周波電場によりイオンを捕捉するイオンガイド、をさらに備え、
前記電圧発生部は、前記入口電極及び前記出口電極とは別に、前記イオンガイドに高周波電圧を印加するものであり、
前記制御部は、前記排除対象のイオンの極性と逆極性の直流電圧を前記出口電極に印加するとき、イオンを捕捉するための高周波電圧を前記イオンガイドに印加するように前記電圧発生部を制御する、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記イオン源と前記セルとの間に配設された、イオン通過口を頂部に有するスキマーと、
該スキマーと前記セルとの間に配設された、電場の作用により該スキマーのイオン通過口を通したイオンの引き込みを促進する引込電極と、
をさらに備え、
前記電圧発生部は、前記入口電極とは別に、前記引込電極に直流電圧を印加するものであり、
前記制御部は、分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、イオンを引き込む作用を生じない直流電圧を前記引込電極に印加するように前記電圧発生部を制御する、請求項1~3のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記イオン源は誘導結合プラズマイオン源であり、前記セルは干渉イオンを除去するためのコリジョンセルであり、前記排除対象のイオンは、前記イオン源で使用されるプラズマガス由来のイオンである、請求項1~
4のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項6】
試料成分をイオン化するイオン源と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
前記イオン源と前記セルとの間に配設された、イオン通過口を頂部に有するスキマーと、
該スキマーと前記セルとの間に配設された、電場の作用により該スキマーのイオン通過口を通したイオンの引き込みを促進する引込電極と、
前記引込電極に直流電圧を印加する電圧発生部と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧、又は、該排除対象のイオンを引き込む作用を生じない直流電圧を、前記引込電極に印加するように前記電圧発生部を制御する制御部と、
を備え
、
前記、分析目的であるイオンを分析していない待機期間とは、前記セルの内部に所定のガスを導入し始めてから該セルの内部に十分なガスが充満するまでの時間に相当する期間である質量分析装置。
【請求項7】
前記イオン源は誘導結合プラズマイオン源であり、前記セルは干渉イオンを除去するためのコリジョンセルであり、前記排除対象のイオンは、前記イオン源で使用されるプラズマガス由来のイオンである、請求項
6に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、更に詳しくは、試料成分由来のイオンに所定のガスを接触させるためのコリジョンセルを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン源として誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;以下「ICP」と称す)イオン源を用いたICP質量分析装置(以下「ICP-MS」と称す)は、試料液に含まれる複数の微量な金属を一斉に分析するような用途でしばしば用いられる。
【0003】
一般的なICP-MSでは、ICPイオン源で生成された試料成分由来のイオンは、イオン取込口であるサンプリングコーンやスキマーを通して、略大気圧雰囲気中から、真空雰囲気に維持されるチャンバ内に取り込まれる。取り込まれたイオンは引出電極により形成される電場によって加速され、収束レンズを経てコリジョンセル内に導入される。チャンバ内には、観測目的である成分(元素)のイオンのほかに、様々な要因によって発生する干渉イオンも導入される。干渉イオンには、ICPイオン源においてプラズマの生成に用いられるアルゴン等のガスに起因するもの、試料液に含まれる夾雑物や試料液に添加される添加物(硝酸や塩酸など)に起因するもの、などがある。コリジョンセルは、こうした干渉イオンと目的イオンとを分離するためのものである。
【0004】
分析時、コリジョンセル内にはHeガス(又は別の種類の不活性ガス)が導入される。コリジョンセル内に入射した各種イオンは該コリジョンセル内でHeガスと繰り返し接触し、その接触の度に、イオンが有する運動エネルギは減少する。一般に干渉イオンは多原子イオンであり、同じ質量を有する観測目的である元素イオンに比べて衝突断面積が大きい。そのため干渉イオンは観測目的の元素イオンに比べてHeガスとの接触の回数が多く、そのためにコリジョンセル内で運動エネルギがより小さくなる。そこで、コリジョンセルの出口において、運動エネルギが所定値以上であるイオンのみを通過させ運動エネルギが所定値未満であるイオンを遮断するように電位障壁を形成しておくことにより、干渉イオンを観測目的の元素イオンと分離して除去することができる。こうした手法によるイオンの分離及び除去の手法は、運動エネルギ弁別法(Kinetic Energy Discrimination=KED)と呼ばれる。
【0005】
また、観測目的であるイオンと、それと質量が同じである干渉イオンとをコリジョンセルで分離するために、電荷移動等の反応を利用する場合もある。その場合、不活性ガスではなく、水素やアンモニア等の活性であるリアクションガスがコリジョンセル内に導入される。コリジョンセル内に入射した特定の干渉イオンはリアクションガスと接触し、電子移動やプロトン移動などの反応を生じて、中性粒子になったり、或いは、質量電荷比が異なる別のイオンに変化したりする。中性粒子はコリジョンセル内のイオンガイドにより形成される高周波電場に捕捉されず発散する。また、質量電荷比が変化した干渉イオン由来のイオンは、後段の四重極マスフィルタ等の質量分離器で観測目的のイオンと分離される。このようにして、干渉イオンを観測目的であるイオンと分離し除去することができる。
【0006】
なお、リアクションガスが用いられる場合、コリジョンセルはリアクションセルと呼ばれることもあるが、本明細書では「リアクションセル」との用語を用いず、コリジョンセルで統一している。
【0007】
ICP-MSにおいて、上述したようなコリジョンセルによる干渉イオンの除去は現在広く利用されているものの、次のような問題がある。
【0008】
一般的なICP-MSでは、ICPイオン源から真空領域へのイオンの取込口であるサンプリングコーンから、コリジョンセルまでのイオン光学系が、略直線の軸上に配置されている。そのため、ICPイオン源で生成された、プラズマガスであるArのイオンのほかに、Ar等の反応性中性粒子(ラジカル粒子)や分子もガス流に乗ってサンプリングコーンからチャンバ内に取り込まれる。Arイオン(Ar+、Ar2
+)がコリジョンセル内に入射すると、該コリジョンセル内に配置されているイオンガイドにより形成されている高周波電場で捕捉される。また、Arの反応性中性粒子はコリジョンセル内に入射してコリジョンガスやリアクションガスと接触すると容易にイオン化し、こうしてコリジョンセル内で生成されたArイオンも高周波電場に捕捉される。
【0009】
上記のようにコリジョンセル内の空間に捕捉されたArイオンは、その多くが、コリジョンセルの出口に形成されている干渉イオン除去のためのエネルギ障壁を乗り越え得ない。そのため、こうした不所望のイオンはコリジョンセルから排出されにくく、コリジョンセルの内部に滞留する。こうしたコリジョンセル内での不所望のイオンの滞留が分析開始直前に起こると、滞留したイオンの空間電荷効果によって、分析対象である元素イオンの軌道や運動エネルギが影響を受ける。その結果として、検出器で観測されるイオン強度が安定せず、長い時間に亘りドリフトを生じるという課題があった。
【0010】
これに対し、特許文献1に記載のICP-MSでは、ICPイオン源から真空領域へのイオン取込口の中心軸とコリジョンセルの中心軸とを一直線上からずらす軸ずらし光学系又は軸曲げ光学系をコリジョンセルの前に設けている。電荷を有さない反応性中性粒子や分子はイオン取込口を経て真空領域に入ったあと、軸ずらし光学系で直進してコリジョンセルの入口に到達しない。そのため、Ar等の反応性中性粒子や分子はコリジョンセル内に侵入せず、コリジョンセル内における不所望のイオンの滞留を軽減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、軸ずらし光学系では、ICPイオン源で生成されたArイオンを除去することはできない。また、軸ずらし光学系では電場によって目的とする元素イオンを誘引してコリジョンセルの入口に導くが、軸ずらしをしない場合に比べると目的の元素イオンの通過効率が下がることが避けられない。そのため、目的の元素イオンの検出感度が下がるおそれがある。
【0013】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、コリジョンセル内に不要なイオンが蓄積されることによる空間電荷効果のために観測目的であるイオンの強度の安定性が損なわれることを回避し、イオン強度のドリフト等の変動が小さい高精度な質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の態様の質量分析装置は、試料成分をイオン化するイオン源と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
前記セルへのイオン入射口に配設された入口電極と、
前記入口電極に直流電圧を印加する電圧発生部と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧を印加するように前記電圧発生部を制御する制御部と、
を備える。
【0015】
また本発明の第2の態様の質量分析装置は、試料成分をイオン化するイオン源と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
前記イオン源と前記セルとの間に配設された、イオン通過口を頂部に有するスキマーと、
該スキマーと前記セルとの間に配設された、電場の作用により該スキマーのイオン通過口を通したイオンの引き込みを促進する引込電極と、
前記引込電極に直流電圧を印加する電圧発生部と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧、又は、該排除対象のイオンを引き込む作用を生じない直流電圧を、前記引込電極に印加するように前記電圧発生部を制御する制御部と、
を備える。
【発明の効果】
【0016】
本発明の第1及び第2の態様の質量分析装置によれば、イオン源で生成される不要なイオンがセルの内部に入りにくくなる。それにより、コリジョンセル等のセル内に不要なイオンが蓄積されることによる空間電荷効果を低減し又は殆ど解消し、分析時にセル内に導入される観測目的であるイオンへの影響を減らす又は無くすことができる。その結果、イオン強度のドリフト等の変動を抑え、高精度な分析が可能となる。
【0017】
また特に本発明の第2の態様の質量分析装置によれば、不要なイオンのみならず、イオン源で生成される不要な反応性中性粒子等の中性粒子もセルに到達しにくくなる。それにより、セル内で反応性中性粒子がガスと接触することによって不要なイオンが生成されることも少なくなるので、セル内での空間電荷効果の低減に一層有利である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態であるICP-MSの概略構成図。
【
図2】本実施例のICP-MSにおける分析待機期間中のイオンの挙動の説明図。
【
図3】本実施形態のICP-MSにおける分析開始時の制御フローチャート。
【
図4】イオン強度の時間的変化の実測結果を示す図。
【
図5】イオン強度の時間的変化の実測結果を示す図。
【
図6】イオン強度の時間的変化の実測結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態であるICM-MSについて、添付図面を参照して説明する。
<本実施形態の装置の構成>
図1は、本実施形態のICP-MSの概略構成図である。
【0020】
このICP-MSは、略大気圧であり電気的に接地されたイオン化室1と、該イオン化室1側から順に真空度が高くなる第1真空室2、第2真空室3、及び第3真空室4と、を備える。図示しないものの、第1真空室2内はロータリポンプにより真空排気され、第2真空室3及び第3真空室4内はロータリポンプ及びターボ分子ポンプにより真空排気される。
【0021】
イオン化室1の内部には、ICPイオン源5が配設されている。ICPイオン源5は、ネブライズガスにより霧化した液体試料が流通する試料管、該試料管の外周に形成されたプラズマガス管、及び該プラズマガス管の外周に形成された冷却ガス管、を有するプラズマトーチ51を、含む。プラズマトーチ51の試料管の入口端には、液体試料をプラズマトーチ51に導入するオートサンプラ52が設けられている。そのほかに、図示しないものの、試料管にはネブライズガスを供給するネブライズガス供給源、プラズマガス管にはプラズマガス(例えばArガス)を供給するプラズマガス供給源、冷却ガス管には冷却ガスを供給する冷却ガス供給源、がそれぞれ接続されている。なお、このICPイオン源5の構成はごく一般的なものであり、様々な変形が可能である。
【0022】
第1真空室2は、略円錐形状であるサンプリングコーン7と、同じく略円錐形状であるスキマー8との間に形成されている。サンプリングコーン7及びスキマー8は、いずれもその頂部にイオン通過口を有する。第1真空室2は、ICPイオン源5から供給されるイオンを後段へと送るとともに溶媒ガス等を排出するためのインターフェイスとして機能する。
【0023】
第2真空室3内には、スキマー8側から、つまりはイオンが入射する側から順に、引込電極9、イオンを収束させるためのイオンレンズ10、コリジョンセル11、及びエネルギ障壁形成用電極15、が配置されている。引込電極9、イオンレンズ10、エネルギ障壁形成用電極15はいずれも、イオンを通過させるための略円形状の開口が形成された円盤状の電極である。コリジョンセル11の入口側には、イオン通過開口121が形成された入口電極12、コリジョンセル11の出口側には同様にイオン通過開口131が形成された出口電極13が配置されている。コリジョンセル11の内部には、イオン光軸18に平行に配置された複数本のロッド電極を含む、多重極(例えば八重極)型のイオンガイド14が配設されている。
【0024】
最終段の第3真空室4内には、プリロッド電極とメインロッド電極とを含む四重極マスフィルタ16と、イオン検出器17と、が配置されている。
【0025】
ガス供給部19は、ガス供給管を通してコリジョンセル11の内部にコリジョンガス又はリアクションガスを供給する。コリジョンガスはHe(又は別の不活性ガス)であり、リアクションガスは水素、アンモニア等の反応性ガスである。電圧発生部20は各部に印加する電圧を発生するものであるが、ここでは、図面が煩雑になるのを避けるために、特に本実施形態の装置において重要である、電圧供給線のみを描いている。なお、電圧発生部20は、所定の電圧の直流電圧を発生する複数の直流電圧発生部と、所定振幅及び所定周波数である高周波電圧を発生する複数の高周波電圧発生部と、を含む。
【0026】
電圧制御部21は制御部22の制御の下で、電圧発生部20から各部へ印加される電圧の大きさと、印加のタイミングとを制御するものである。制御部22は各部を統括的に制御することで分析を実行するものであり、入力部23や表示部24などを介したユーザインターフェイスの機能も有する。データ処理部25は、イオン検出器17で得られた検出信号をデジタル化するアナログデジタル(AD)変換器を含み、収集されたデータを処理してマススペクトルを作成する等の処理を実行する。
【0027】
なお、制御部22、電圧制御部21、データ処理部25の実体はCPU、RAM、外部記憶装置などを含むパーソナルコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされた所定のプログラムをCPUを中心に実行することにより、それら各部の機能が具現化される構成とすることができる。
【0028】
<本実施形態の装置の動作>
本実施形態のICP-MSにおける特徴的な分析動作を、
図2及び
図3を参照して説明する
図3は一つの試料に対する分析を行う際の制御フローチャートである。また、
図2は分析準備期間中におけるイオンの挙動を説明するための模式図である。なお、IPC-MSにおける分析対象である各種の元素イオンは、通常、正イオンであるので、以下の説明では、分析対象のイオンは正イオンであるとする。但し、分析対象のイオンが負イオンであっても、各部へ印加する電圧の極性等を適宜変更することで、以下の説明における分析と同様の分析が可能であることは明らかである。
【0029】
分析開始前の待機状態では、各真空室2、3、4はそれぞれ真空排気された状態である。入力部23を介してユーザから分析開始の指示がなされると、又は、予め設定された自動分析プログラムに従って自動的に分析開始が指示されると、制御部22は分析準備作業を開始する(ステップ101)。まず、制御部22はガス供給部19を動作させ、所定のガスをコリジョンセル11内に連続的に又は間欠的に供給し始める(ステップ102)。供給されるガスの種類は分析モードにより異なり、コリジョンモードでは例えばHeガス、リアクションモードでは例えばH2ガスである。
【0030】
コリジョンセル11内にガスを供給し始めても、該ガスがコリジョンセル11内に充満するまでには少し時間が掛かり、それまで実質的な分析を行うことはできない。この期間が分析準備期間である。制御部22からの指示を受けた電圧制御部21はこのとき、ICPイオン源5で生成される不所望のイオンが持つ初期エネルギよりも高い電位障壁がスキマー8と引込電極9との間に形成されるべく、引込電極9に所定電圧値の正の直流電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ103)。ここでいうICPイオン源5で生成される不所望のイオンとは、主として、ICPイオン源5で使用されるプラズマガス由来のイオンであり、プラズマガスがArである場合、Ar+、Ar2
+などである。この不所望のイオンが持つ初期エネルギはそれほど大きくないので、一般に、引込電極9に印加される電圧は+数V程度である。
【0031】
また、電圧制御部21は制御部22の指示の下で、コリジョンセル11の入口電極12に所定電圧値の正の直流電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ104)。このときに入口電極12に印加される電圧は、例えば+数十V~二百V程度である。
【0032】
また、電圧制御部21は制御部22の指示の下で、コリジョンセル11内のイオンガイド14に、通常の分析時に比べて大きな振幅値の高周波電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ105)。さらに電圧制御部21は、コリジョンセル11の出口電極13に、通常の分析時に比べて大きな所定電圧値の負の直流電圧を連続的に又はパルス的に印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ106)。このとき、イオンガイド14に印加される高周波電圧の振幅値は例えば50V以上、出口電極13に印加される直流電圧は例えば-100V程度(通常分析時には-10~-十数V程度)である。
【0033】
上述したように引込電極9に印加される直流電圧により、該引込電極9の近傍には、イオンと同極性の電場による電位障壁が形成される。ICPイオン源5で生成され、サンプリングコーン7のイオン通過口701及びスキマー8のイオン通過口801を経て第2真空室3に入ったプラズマガス等に由来するイオンは、上記電位障壁で堰き止められる。そのため、スキマー8と引込電極9との間の領域31にはイオンが滞留し、イオンの密度が高くなる。ICPイオン源5からは、上記のようなイオンのみならず、プラズマガス由来の反応性中性粒子やプラズマガス分子も真空領域中に侵入しようとする。ところが、スキマー8と引込電極9との間の領域31のイオン密度は高いため、スキマー8のイオン通過口801を通過した反応性中性粒子やガス分子はイオンに接触し易い。イオンに接触した反応性中性粒子やガス分子は軌道を変え、周囲の電極等に衝突して消滅したり或いは第2真空室3内から外部へ排出されたりする。そのため、反応性中性粒子やガス分子がコリジョンセル11の入口にまで到達しにくくし、コリジョンセル11の内部に入り込む反応性中性粒子やガス分子の量を減らすことができる。
【0034】
上述したようにコリジョンセル11の入口電極12に印加される電圧により、イオンレンズ10と入口電極12との間の領域32にはプラズマガス等に由来するイオンと同極性の電場が形成される。そのため、ICPイオン源5から第1真空室2を経て第2真空室3へと導入され、上記領域31を通過してしまったイオンは、入口電極12の手前で押し戻される。これにより、プラズマガス等に由来する不所望のイオンのコリジョンセル11内へ侵入を一層低減することができる。なお、反応性中性粒子や分子は電荷を有さないので、領域32に形成される電場の作用では除去できないが、上述したように、反応性中性粒子や分子は領域31を通過しにくいので、コリジョンセル11の内部に入り込む反応性中性粒子やガス分子の量は少なくて済む。
【0035】
また、プラズマガス等に由来するイオンの一部は、領域31及び領域32のいずれをも通過してコリジョンセル11内に入り込むことがある。また、プラズマガス等に由来する反応性中性粒子や分子の一部が領域31及び領域32を通過してコリジョンセル11内に入り、コリジョンセル11内でガスと接触して不所望のイオンになることがある。こうした外部から入り込んだイオンやコリジョンセル11内で発生したイオンは、コリジョンセル11内に存在するガスに接触してエネルギを減じ、イオンガイド14により形成される高周波電場に捕捉される。このときの高周波電場は通常の分析時よりも強いため、イオンはイオン光軸18近傍の比較的狭い領域33に収束される。
【0036】
上述したようにコリジョンセル11の出口電極13には、捕捉されるイオンと逆極性の比較的高い電圧が印加されている。そのため、領域33に滞留したイオンは、出口電極13への印加電圧による強い電場によって誘引され、出口電極13のイオン通過開口131を経てコリジョンセル11から排出される。
【0037】
即ち、分析実行前の分析準備期間中には、ICPイオン源5とコリジョンセル11との間で、該コリジョンセル11への不所望のイオン及び不所望の反応性中性粒子の侵入が抑止される。一方、コリジョンセル11に入ってしまった不所望のイオン、及びコリジョンセル11内で生成された不所望のイオンについては、コリジョンセル11の外部へ迅速に排出される。このようにして本実施形態のICP-MSでは、分析準備期間中に、コリジョンセル11内にイオンが滞留しにくくなっている。
【0038】
制御部22は、ガス供給部19から供給されるガスがコリジョンセル11内に十分に充満するように予め定められた所定の待ち時間が経過するまで待つ(ステップ107)。コリジョンセル11内に導入されたガスは入口電極12及び出口電極13のイオン通過開口121、131から漏出するから、コリジョンセル11内にできるだけ均一な密度でガス分子が充満する状態にするには待ち時間は長いほうがよい。一例としては、ガス導入開始からの待ち時間を40秒以上とするとよい。
【0039】
所定の待ち時間が経過すると(ステップ107のYes)、制御部22からの指示を受けた電圧制御部21は、イオンを引き込むような所定電圧値の負の直流電圧を引込電極9に印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ108)。また、コリジョンセル11の入口電極12にも所定の電圧値である負の直流電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ109)。また、電圧制御部21は、コリジョンセル11内のイオンガイド14に、分析対象である成分(目的成分)に応じた所定の振幅値の高周波電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ110)。また、コリジョンセル11の出口電極13に電位障壁形成用の所定の電圧を印加するように電圧発生部20を制御する(ステップ111)。
【0040】
そして、ステップ108~111のように各部へ電圧を印加した状態で分析を実行する(ステップ112)。即ち、電圧制御部21は、例えば目的成分由来のイオンが通過するように四重極マスフィルタ16への印加電圧を設定する。そして、それら各部へ印加した電圧が静定するのに必要な時間(例えば数msec程度)が経過したあと、目的とする試料成分のイオンの強度を検出する。
【0041】
例えばコリジョンモードでは、ICPイオン源5で生成された試料成分由来のイオンはプラズマガス由来の不所望のイオンとともに、コリジョンガスが充満されているコリジョンセル11内に導入される。導入されたイオンはコリジョンガスと繰り返し衝突し、そのエネルギが減衰する。衝突断面積が大きなイオンほどコリジョンガスとの衝突の機会が多く、エネルギの減衰が大きい。通常、プラズマガス由来のイオンの衝突断面積は目的とする試料成分由来のイオンの衝突断面積よりも大きいため、プラズマガス由来のイオンのほうが運動エネルギが小さくなる。そのため、プラズマガス由来のイオンはコリジョンセル11の出口に形成されている電位障壁を乗り越えにくい。こうして運動エネルギ弁別法によりプラズマガス等に由来する不要なイオンを除去して、主として試料成分のイオンを四重極マスフィルタ16に送り込んで分析することができる。
【0042】
上述したように、分析開始前である分析準備期間中に、コリジョンセル11内には殆どイオンが存在しない状態となっているため、試料成分由来のイオンに対する分析を開始する時点で、コリジョンセル11の内部に滞留しているイオンの空間電荷効果は殆どない。そのため、分析の際にコリジョンセル11内に導入される試料成分由来のイオンの軌道が上記空間電荷効果の影響を受けることもなく、該イオンが正常な軌道に従ってコリジョンセル11を通過して四重極マスフィルタ16に導入される。それによって、最終的にイオン検出器17に到達する試料成分由来のイオンの量を従来よりも増加させることができ、高い分析感度を実現することができる。また、試料成分由来のイオンの軌道が上記空間電荷効果の影響を受けないので、イオン強度のドリフトも軽減でき、さらには試料成分の種類によるドリフトのばらつきも軽減できる。
【0043】
なお、上記説明では、コリジョンセル11内にガスの供給を開始してからガスがコリジョンセル11内に十分に充満して分析を開始するまでの分析準備期間中の全期間に亘り、コリジョンセル11内にイオンが滞留しないように各部への印加電圧を設定していた。しかしながら、必ずしも、分析準備期間中の全期間に亘り、そうした電圧設定を継続して行う必要はない。例えば、
図3に示したフローチャートにおいて、ステップ102でガス供給を開始してから、所定の時間が経過したあとにステップ103~106の処理を実行してもよい。また、コリジョンモードではなく、リアクションモードでも基本的な動作は同じである。
【0044】
<本実施形態の装置での実測例>
図4~
図6は、本実施形態のICP-MSにおいてイオン強度の時間的変化を実測した結果を示す図である。これは、リアクションガスとしてH
2ガスを用いたリアクションモードでの実測結果であり、セレン(Se)、ビスマス(Bi)、インジウム(In)、コバルト(Co)、ヒ素(As)、及び、ベリリウム(Be)、という6種類の元素について、選択イオンモニタリング(SIM)測定を繰り返したときの、イオン強度の時間変化を測定したものである。いずれも、横軸は経過時間、縦軸はイオンの強度比である。
【0045】
図4は、領域31におけるイオン及び中性粒子の通過阻止、領域32におけるイオンの通過阻止、及び領域33からのイオン排出の促進、という三つの対策のいずれをも行わない場合(つまりは従来と同様)の実測結果である。
図5は、領域32におけるイオンの通過阻止、及び領域33からのイオン排出の促進、という二つの対策のみを実施した場合の実測結果である。
図6は、上記三つの対策を全て実施した場合の実測結果である。図中には、3.5時間経過後における、6種類の元素についてのイオン強度のばらつきの最大幅を縦の両端矢印で示している。
【0046】
図4~
図6から、領域32におけるイオンの通過阻止、及び領域33からのイオン排出の促進、という二つの対策により、イオン強度の長時間安定性がかなり改善され、さらに、それに領域31におけるイオン及び中性粒子の通過阻止という対策を加えることで、イオン強度の長時間安定性は一層改善されることが判る。この結果から、本実施形態のICP-MSでは上記三つの対策がいずれも採られているが、必ずしもその必要はなく、上記三つの対策の少なくともいずれか一つを採用することで、上述した効果が得られることが分かる。例えば、領域31におけるイオン及び中性粒子の通過阻止のみの一つを実施しても、上述した効果が得られるし、領域32におけるイオンの通過阻止、及び領域33からのイオン排出の促進、という二つを実施しても、上述した効果が得られる。
【0047】
<変形例>
上記実施形態のIPC-MSはいわゆるシングルタイプの四重極型質量分析装置であるが、質量分析部の構成は適宜に変更可能である。こうした変形例として、IPCイオン源を備えたトリプル四重極型質量分析装置、IPCイオン源を備えた四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置などがある。
【0048】
また上記実施形態のICP-MSにおける各構成要素は適宜、既知である別の態様の同じ機能を有する構成要素に置き換え可能である。例えば、
図1において、コリジョンセル11内に配置されるイオンガイド14は多重極型のロッド電極を含む構成であるが、高周波電場によりイオンを収束させる機能を有するものであれば、置き換えが可能である。
【0049】
また、本発明はICPイオン源でないイオン源を有する質量分析装置にも適用し得る。具体的には、エレクトロスプレーイオン化( ElectroSpray Ionization=ESI)イオン源、大気圧化学イオン化(Atmospheric Pressure Chemical Ionization=APCI)イオン源、 探針エレクトロスプレーイオン化 (Probe ElectroSpray Ionization)イオン源、リアルタイム直接分析(Direct Analysis in Real Time=DART)イオン源などの様々なイオン化法によるイオン源、特に、イオン化に際して不所望のイオンを生じ易い、Arなどのガスを利用したイオン源と、イオン源で生成されたイオン又はそれに由来するイオンをガスに接触させてそのエネルギを減少させたり解離させたりするためのコリジョンセルと、を有する質量分析装置に、本発明を適用することは特に効果的である。
【0050】
また、上記実施形態や変形例はいずれも本発明の一例であって、上記記載のもの以外に、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0051】
<本発明の各種態様の説明>
以上、図面を参照して本発明における種々の実施形態を説明したが、最後に、本発明の種々の態様について説明する。
【0052】
本発明の第1の態様の質量分析装置は、試料成分をイオン化するイオン源(5)と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源(5)で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセル(11)と、該セル(11)から排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部(16)と、を具備する質量分析装置であって、
前記セル(11)の内部にイオンを入射するイオン入射口に配設された入口電極(12)と、
前記入口電極(12)に直流電圧を印加する電圧発生部(20)と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源(5)で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧を前記入口電極(12)に印加するように前記電圧発生部(20)を制御する制御部(21,22)と、
を備えるものである。
【0053】
また本発明の第2の態様の質量分析装置は、試料成分をイオン化するイオン源(5)と、所定のガスがその内部に導入され、前記イオン源(5)で生成されたイオン又はそれに由来するイオンを、前記所定のガスに接触させるセル(11)と、該セル(11)から排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部(16)と、を具備する質量分析装置であって、
前記イオン源(5)と前記セル(11)との間に配設された、イオン通過口(801)を頂部に有するスキマー(8)と、
該スキマー(8)と前記セル(11)との間に配設された、電場の作用により該スキマー(8)のイオン通過口(801)を通したイオンの引き込みを促進する引込電極(9)と、
前記引込電極(9)に直流電圧を印加する電圧発生部(20)と、
分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記イオン源(5)で生成される排除対象のイオンの極性と同極性の直流電圧、又は、該排除対象のイオンを引き込む作用を生じない直流電圧を、前記引込電極(9)に印加するように前記電圧発生部(20)を制御する制御部(21,22)と、
を備えるものである。
【0054】
第1の態様の質量分析装置によれば、待機期間中に、イオン源で生成されてしまう不要なイオンがセル内に入りにくくなる。そのため、分析目的であるイオンを分析する際に、セル内に不要なイオンが蓄積していることによる空間電荷効果が低減される又は殆ど解消される。それにより、セル内における分析目的であるイオンに対する空間電荷効果の影響を減らし又は無くし、イオン強度の時間的な変動、つまりはドリフトを抑えて高精度の分析が行える。
【0055】
また第2の態様の質量分析装置によれば、待機期間中に、イオン源で生成されてしまう不要なイオンがセル内に入りにくくなる。それとともに、スキマーと引込電極との間に滞留するイオンに妨害されて、イオン源で生成された反応性中性粒子等の電荷を有さない不所望の粒子もセル内に入りにくくなる。そのため、分析目的であるイオンを分析する際に、セル内に不要なイオンが蓄積していることによる空間電荷効果が低減される又は殆ど解消される。それにより、セル内における分析目的であるイオンに対する空間電荷効果の影響を減らし又は無くし、イオン強度の時間的な変動、つまりはドリフトを抑えて高精度の分析が行える。
【0056】
本発明の第3の態様の質量分析装置は、上記第1の態様の質量分析装置において、
前記セル(11)の内部からイオンを排出するイオン排出口に配設された出口電極(13)、をさらに備え、
前記電圧発生部(20)は、前記入口電極(12)とは別に前記出口電極(13)に直流電圧を印加するものであり、
前記制御部(21,22)は、分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、前記排除対象のイオンの極性と逆極性の直流電圧を前記出口電極(13)に印加するように前記電圧発生部(20)を制御する。
【0057】
第3の態様の質量分析装置によれば、セルの手間で阻止されずに該セル内に入射してしまった不要なイオン、及びセル内で反応性中性粒子等から生成された不要なイオンを、迅速にセル内から外部へ排出することができる。そのため、分析目的であるイオンを分析する際に、セル内に存在する不要なイオンをより一層少なくすることができる。それにより、セル内における分析目的であるイオンに対する空間電荷効果の影響をより確実に低減し、イオン強度の時間的な安定性を高め、高精度の分析を行うことができる。
【0058】
本発明の第4の態様の質量分析装置は、上記第3の態様の質量分析装置において、
前記セル(11)の内部に配設された、高周波電場によりイオンを捕捉するイオンガイド(14)、をさらに備え、
前記電圧発生部(20)は、前記入口電極(12)及び前記出口電極(13)とは別に、前記イオンガイド(14)に高周波電圧を印加するものであり、
前記制御部(21,22)は、前記排除対象のイオンの極性と逆極性の直流電圧を前記出口電極(13)に印加するとき、イオンを捕捉するための高周波電圧を前記イオンガイド(14)に印加するように前記電圧発生部(20)を制御する。
【0059】
第4の態様の質量分析装置によれば、セル内に入り込んだ不要なイオン及びセル内で生成された不要なイオンはイオンガイドによる高周波電場に捕捉され、イオン光軸付近に集まる。それにより、不要なイオンの極性と逆極性の直流電圧が出口電極に印加されたときに、それにより形成される電場によって上記不要なイオンは外部へと排出され易い。その結果、セル内からの不要なイオンの排出をより効率良く、確実に行うことができる。
【0060】
本発明の第5の態様の質量分析装置は、上記第1の態様、第3の態様、又は第4の態様のいずれか一つの質量分析装置において、
前記イオン源(5)と前記セル(11)との間に配設された、イオン通過口(801)を頂部に有するスキマー(8)と、
該スキマー(8)と前記セル(11)との間に配設された、電場の作用により該スキマー(8)のイオン通過口(801)を通したイオンの引き込みを促進する引込電極(9)と、
をさらに備え、
前記電圧発生部(20)は、前記入口電極(12)とは別に、前記引込電極(9)に直流電圧を印加するものであり、
前記制御部(21,22)は、分析目的であるイオンを分析していない待機期間の少なくとも一部の期間中に、イオンを引き込む作用を生じない直流電圧を前記引込電極(9)に印加するように前記電圧発生部(20)を制御する。
【0061】
第5の態様の質量分析装置によれば、待機期間中に、イオン源で生成されてしまう不要なイオンがセル内に入りにくくなるだけでなく、スキマーと引込電極との間に滞留するイオンに妨害されて、イオン源で生成された反応性中性粒子等の電荷を有さない不所望の粒子もセル内に入りにくくなる。そのため、分析目的であるイオンを分析する際に、セル内に不要なイオンが蓄積していることによる空間電荷効果が低減される又は殆ど解消される。それにより、セル内における分析目的であるイオンに対する空間電荷効果の影響を一層低減し、イオン強度の安定性をさらに増すことができる。
【0062】
また本発明の第6の態様の質量分析装置は、上記第1乃至第5の態様のいずれか一つの質量分析装置において、
前記、分析目的であるイオンを分析していない待機期間とは、前記セル(11)の内部に所定のガスを導入し始めてから該セル(11)の内部に十分なガスが充満するまでの時間に相当する期間である。
【0063】
第6の態様の質量分析装置によれば、分析に必要なガスがセル内に充填されるまでの期間中にセル内に残留する不要なイオンを除去することができる。それにより、ガスがセル内に充満したあと直ぐに、目的試料成分についての分析を実施することができ、分析のスループット向上を図ることができる。
【0064】
本発明の第7の態様の質量分析装置は、上記第1乃至第6の態様のいずれか一つの質量分析装置において、
前記イオン源(5)は誘導結合プラズマイオン源であり、前記セル(11)は干渉イオンを除去するためのコリジョンセルであり、前記排除対象のイオンは、前記イオン源(5)で使用されるプラズマガス由来のイオンである。
【0065】
第7の態様の質量分析装置によれば、誘導結合プラズマイオン源で生成されるAr等のプラズマガス由来のイオンがコリジョンセル内に蓄積されることによる悪影響を排除して、目的試料成分由来のイオンを高い精度で分析することができる。
【符号の説明】
【0066】
1…イオン化室
2…第1真空室
3…第2真空室
4…第3真空室
10…イオンレンズ
11…コリジョンセル
12…入口電極
121、131…イオン通過開口
13…出口電極
14…イオンガイド
15…エネルギ障壁形成用電極
16…四重極マスフィルタ
17…イオン検出器
18…イオン光軸
19…ガス供給部
20…電圧発生部
21…電圧制御部
22…制御部
23…入力部
24…表示部
25…データ処理部
5…ICPイオン源
51…プラズマトーチ
52…オートサンプラ
7…サンプリングコーン
801…イオン通過口
8…スキマー
9…引込電極