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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-28
(45)【発行日】2022-07-06
(54)【発明の名称】ねじ締付装置及びねじ締付方法
(51)【国際特許分類】
   B25B 23/14 20060101AFI20220629BHJP
【FI】
B25B23/14 610H
B25B23/14 610K
B25B23/14 610E
B25B23/14 610C
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018198482
(22)【出願日】2018-10-22
(65)【公開番号】P2020066068
(43)【公開日】2020-04-30
【審査請求日】2021-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(73)【特許権者】
【識別番号】000177128
【氏名又は名称】三洋機工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】宮郷 正澄
(72)【発明者】
【氏名】両田 寿
(72)【発明者】
【氏名】浦田 航太朗
【審査官】城野 祐希
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-102978(JP,A)
【文献】特開2013-220507(JP,A)
【文献】特開平7-256566(JP,A)
【文献】特開2005-118911(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0109520(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25B 23/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から所定回転角度まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付装置において、
予め設定された前記ねじ部材の回転角度所定値毎に前記ねじ締付時のトルク変動値を検出するトルク変動値検出手段と、
前記トルク変動値検出手段で検出された所定回数分の前記トルク変動値の平均値又は該トルク変動値の傾向から前記ねじ部材のスリップを検出するスリップ検出手段と、
前記スリップ検出手段で前記ねじ部材のスリップが検出された場合に前記ねじ締付を停止するねじ締付停止手段とを備えたことを特徴とするねじ締付装置。
【請求項2】
前記スリップ検出手段は、
前記所定回数分のトルク変動値の移動平均値を算出する移動平均値算出手段と、
前記移動平均値算出手段で算出された前記トルク変動値の移動平均値が予め設定された所定値以下である場合に前記ねじ部材のスリップが生じたと判定するスリップ判定手段とを備えたことを特徴とする請求項1に記載のねじ締付装置。
【請求項3】
前記スリップ検出手段は、前記所定回数分のトルク変動値が予め設定された所定繰り返し数以上連続して前記トルクの減少傾向を示す場合に前記ねじ部材のスリップが生じたと判定することを特徴とする請求項1に記載のねじ締付装置。
【請求項4】
前記所定回数は変更可能であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のねじ締付装置。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載のねじ締付装置を用いたねじ締付方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ねじ締付装置及びねじ締付方法、特に、軸力精度を高めることが可能なねじ締付装置及びねじ締付方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車製造業では、例えば車両に要求されるダウンサイジングに伴い、車両の種々の部材の剛性が低下する傾向にある。こうした車両用部材をボルト部材やナット部材といったねじ部材で締結する場合、ねじ締付の重要な管理項目は、締付トルクよりも、ボルト部材に生じる軸力である。すなわち、ねじ部材の軸力を管理することで、例えば締結対象部材の変形に係る応力を管理することが可能となる。
【0003】
この軸力は、ボルト部材などの軸部材に生じる引張力であり、例えば、ナットやボルト頭部などのねじ部材の座面が締付対象となる部材(以下、締付対象部材と記す)に当接してからのねじ部材の締付回転角度に比例する。
【0004】
従来、ねじ部材締付の多くは、トルク角度法と呼ばれる締付方法に則って行われる。このトルク角度法によるねじ締付は、ねじ部材の座面が締付対象部材に当接(以下、着座ともいう)し、所定のトルク(スナッグトルクともいう)が生じてから所定締付回転角度だけねじ部材を回転して締付けるものである。しかしながら、このトルク角度法では、ねじ部材着座からスナッグトルクが生じるまでのねじ部材の回転角度が不明である。
【0005】
これは、ねじ部材の締付トルクだけを監視しても、ねじ部材の着座を正確に検出することが困難であることに加え、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度は、ねじ部材の座面と締付対象部材との間の摩擦係数によって変化するからである。従って、トルク角度法では、ねじ部材着座からのねじ部材の締付回転角度を正確に管理することができない。前述のように、ねじ締付の軸力は、ねじ部材着座からのねじ部材の締付回転角度に比例することから、トルク角度法では、ねじ部材の軸力精度を高めることが困難である。
【0006】
これに対し、下記特許文献1に記載されるねじ締付方法では、ねじ部材の着座を求めることが可能であることから、ねじ部材の締付回転角度を所定回転角度に管理することが可能となり、結果としてねじ部材の軸力精度を高めることが可能である。このねじ締付方法は、トルクテンション法とも呼ばれ、具体的には、スナッグトルクが生じてからねじ部材を所定締付回転角度だけ締付け、その時点のトルクとスナッグトルクとの差及びその所定締付回転角度からねじ部材回転角度に対するトルク増大率を求め、このトルク増大率と例えばスナッグトルクからねじ部材の着座点(仮想着座点と規定する)を求める。これにより、仮想着座点からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を求めることが可能となるので、仮想着座点からのねじ部材締付回転角度を所定回転角度にすることができ、結果として、ねじ部材の軸力精度を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭62-102978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、トルクトランスデューサなどのトルク検出器で検出されるトルク値はノイズを伴い、そのノイズは、例えば、ねじ部材の座面と締付対象部材の接触状態に応じて大小さまざまである。また、ねじ締付中に生じるねじ部材の座面と締付対象部材の滑り、いわゆるスティックスリップ(以下、単にスリップと記す)によってトルク値に変動が生じることもある。このねじ部材のスリップの発生頻度はごく小さいが、いつ発生するかは不明である。例えば、上記トルクテンション法においてトルク増大率を算出するトルク値にスリップが生じていた場合、算出されるトルク増大率は、実際のトルク増大率と異なり、例えば仮想着座点を正確に求めることができないことから軸力精度を高めることができない。なお、ねじ締付中のスリップの発生頻度はごく小さいことから、スリップが生じたらねじ締付を停止してもよい。
【0009】
このトルク値変動を伴うスリップを検出するために、ねじ部材の回転角度所定値毎にトルク変動値を検出(算出)すると共にそのトルク変動値の変動幅を規定し、この規定変動幅以上のトルク変動値が生じた場合にスリップとみなすことが考えられる。しかしながら、そのようにした場合、トルク変動値が検出トルク値のノイズで大きくなってしまい、そのノイズを拾ったトルク変動値が規定変動幅を超えるとスリップと誤判定するおそれがある。スリップではないノイズをスリップと誤判定すると、量産性を損なう。このノイズ誤判定を回避するためには、トルク変動値算出のための分母となる回転角度所定値を大きくすることでノイズの影響を解消することができる。しかし、そのようにすると、どの時点でスリップが発生したのかが不明確となり、スリップの検出があいまいになることから信頼性に劣る。このようにねじ部材のスリップとノイズの判別は信頼性と量産性の両面でトレードオフの関係にある。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、信頼性と量産性を損なうことなくねじ部材の軸力精度を高めることのできるねじ締付装置及びねじ締付方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため請求項1に記載のねじ締付装置は、
ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、前記回転角度に対する前記トルクのトルク増大率から該ねじ部材の座面の仮想着座点を求め、該仮想着座点から所定回転角度まで前記ねじ部材を締付けるねじ締付装置において、予め設定された前記ねじ部材の回転角度所定値毎に前記ねじ締付時のトルク変動値を検出するトルク変動値検出手段と、前記トルク変動値検出手段で検出された所定回数分の前記トルク変動値の平均値又は該トルク変動値の傾向から前記ねじ部材のスリップを検出するスリップ検出手段と、前記スリップ検出手段で前記ねじ部材のスリップが検出された場合に前記ねじ締付を停止するねじ締付停止手段とを備えたことを特徴とする。
【0012】
この構成によれば、ねじ部材の回転角度所定値毎に検出された所定回数分のトルク変動値の平均値を算出することにより、トルク変動値に含まれるトルク値ノイズの影響が解消されるので、このトルク変動値の平均値が、例えば所定値以下である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に検出することができる。また、ねじ部材の回転角度所定値毎に検出された所定回数分のトルク変動値が、例えば所定繰り返し数分、連続して締付トルクの減少傾向を示す場合には、ねじ部材のスリップが生じたと明確に検出することができる。従って、このようにスリップの発生を明確に検出した場合には、ねじ締付を停止することにより、信頼性と量産性を損なうことなく、ねじ締付における軸力精度を高めることが可能となる。
【0013】
請求項2に記載のねじ締付装置は、請求項1に記載のねじ締付装置において、前記スリップ検出手段は、前記所定回数分のトルク変動値の移動平均値を算出する移動平均値算出手段と、前記移動平均値算出手段で算出された前記トルク変動値の移動平均値が予め設定された所定値以下である場合に前記ねじ部材のスリップが生じたと判定するスリップ判定手段とを備えたことを特徴とする。
【0014】
この構成によれば、ねじ部材の回転角度所定値毎に検出された所定回数分のトルク変動値の移動平均値を算出することにより、トルク変動値に含まれるトルク値ノイズの影響を適切に解消することが可能となるので、このトルク変動値の移動平均値が所定値以下である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に判定することができる。
【0015】
請求項3に記載のねじ締付装置は、請求項1に記載のねじ締付装置において、前記スリップ検出手段は、前記所定回数分のトルク変動値が予め設定された所定繰り返し数以上連続して前記トルクの減少傾向を示す場合に前記ねじ部材のスリップが生じたと判定することを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、ねじ部材の回転角度所定値毎に検出された所定回数分のトルク変動値が、所定繰り返し数以上連続してトルクの減少傾向を示す場合、具体的には負値である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に判定することができる。なお、所定回数の数値と所定繰り返し数の数値は同じであってもよい。
【0017】
請求項4に記載のねじ締付装置は、請求項1乃至3の何れか1項に記載のねじ締付装置において、前記所定回数は変更可能であることを特徴とする。
【0018】
この構成によれば、ねじ部材のスリップ検出のために用いられる所定回数分のトルク変動値の個数は、検出トルク値ノイズの影響を解消するためのものであるから、これを適宜変更可能とすることで、実際のねじ締付の仕様や諸元、条件、状況に対応して軸力精度及びスリップ検出精度を高めることが可能となる。
【0019】
請求項5に記載のねじ締付方法は、請求項1乃至4の何れか1項に記載のねじ締付装置を用いたことを特徴とする。
【0020】
この構成によれば、信頼性と量産性を損なうことなく、ねじ締付における軸力精度を高めることができる。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように、本発明によれば、検出トルク値ノイズと区別して、ねじ部材のスリップだけを明確に検出できることから、ねじ部材スリップの検出時にねじ締付を停止することで、信頼性と量産性を損なうことなく、ねじ締付における軸力精度を高めることができる。そして、その結果、車両のダウンサイジングを支障なく推進することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明のねじ締付装置及びねじ締付方法が適用されたねじ締付装置の一実施の形態を示す概略構成図である。
図2図1のねじ締付装置で行われるねじ締付方法の説明図である。
図3図1のねじ締付方法でねじ部材のスリップが発生したときの説明図である。
図4図1の制御装置で行われる演算処理のフローチャートである。
図5図4の演算処理の作用の説明図である。
図6図4の演算処理の作用の説明図である。
図7図1の制御装置で行われる演算処理の他の例を示すフローチャートである。
図8】従来のねじ締付方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明のねじ締付装置及びねじ締付方法の一実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。図1は、この実施の形態のねじ締付装置の概略構成図であり、例えば車両のエンジンの組立に用いられる。このねじ締付装置の部材構成は、従来既存のねじ締付装置と同等又はほぼ同等である。このねじ締付装置は、例えばボルト部材の頭部やナット部材に被嵌されて、それらねじ部材を回転するソケット10と、このソケット10を回転する電動モータ12と、電動モータ12によるねじ部材の締付トルクを検出する、トルクトランスデューサなどのトルク検出器14と、ねじ部材の回転角度を検出する回転角度センサ16を備えて構成され、電動モータ12の駆動は制御装置18によって行われる。また、トルク検出器14で検出された締付トルクや、回転角度センサ16で検出された回転角度は制御装置18に読込まれる。
【0024】
制御装置18は、マイクロプロセッサなどの図示しないコンピュータシステムを搭載して構成される。このコンピュータシステムは、周知のコンピュータシステムと同様に、高度な演算処理機能を有する演算処理装置に加え、例えばプログラムを記憶する記憶装置や、センサ信号を読込んだり、他の制御装置と相互通信を行ったりするための入出力装置を備えて構成される。自動車製造業で用いられるコンピュータシステムには、例えばプログラマブルロジックコントローラがある。
【0025】
この実施の形態のねじ締付装置で行うねじ締付方法を説明する前に、上記従来のトルク角度法によるねじ締付方法について、図8を用いて説明する。トルク角度法では、ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付の検出トルク値がスナッグトルクに到達してから所定締付回転角度φだけねじ部材を回転して締付を行う。検出トルク値は、ねじ部材が締付対象部材に着座した時点から発生するものとする。例えば、図に実線で示す直線が、平均(中央値)的な締付トルク-回転角度特性であるとして、この特性は、例えばねじ部材の座面と締付対象部材との間(以下、座面間とも記す)の摩擦係数に応じて変化する(当然、ねじ山の摩擦係数も影響する)。
【0026】
例えば、図8に一点鎖線で示すように座面間の摩擦係数が大きい(図では高μ)場合には、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度が小さい。一方、図に二点鎖線で示すように座面間の摩擦係数が小さい(図では低μ)場合には、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度が大きい。前述のように、実際の検出トルクは、図のように簡易な直線(曲線)ではなく、細かいノイズを伴う上に、ねじ部材着座の際には、波形の乱れることが多く、どの時点をもってねじ部材着座と判定するかが困難である。例えば摩擦係数の大きい場合と小さい場合で、スナッグトルク発生時までのねじ部材回転角度に角度差Δφがあると、所定締付回転角度φだけねじ部材を回転させた後も、この角度差Δφが残存する。ねじ部材の軸力は、ねじ部材着座からの締付回転角度に依存するから、締付完了時の締付回転角度に角度差Δφが残存すると、両者の軸力はその分だけ異なる。従って、トルク角度法によるねじ締付では、ねじ部材の軸力精度を高めることが困難である。
【0027】
図2は、この実施の形態のねじ締付装置で行うねじ締付方法の原理の説明図であり、具体的には上記トルクテンション法によるねじ締付方法である。このトルクテンション法によるねじ締付方法でも、ねじ部材が締付対象部材に着座し、締付トルクの検出トルク値がスナッグトルクに到達したら所定締付回転角度φだけねじ部材を回転して締付を行う。そして、この時点の検出トルク値と例えばスナッグトルクの差分値を所定締付回転角度φで除して単位回転当たりのトルク増大率を検出(算出)する。図から明らかなように、スナッグトルク到達から所定締付回転角度φだけねじ部材を回転したときの到達トルク値は、座面間の摩擦係数が大きい場合(高μ)と小さい場合(低μ)とで異なるが、その時点の検出トルク値とスナッグトルクの差分値を所定締付回転角度φで除したトルク増大率は、夫々の座面間摩擦係数を反映したものとなり、摩擦係数が大きければ大きく、小さければ小さくなる。
【0028】
従って、このトルク増大率で各締付トルク-回転角度曲線(直線)をさかのぼれば、検出トルク値が0となる、曲線(直線)の切片を求めることができ、これが仮想着座点となる。従って、図解的には、この仮想着座点と例えばスナッグトルクから、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を求めることができる。また、スナッグトルクをトルク増大率で除すことで、ねじ部材着座からスナッグトルク発生までのねじ部材の回転角度を直接的に求めることもできる。ねじ部材の軸力はねじ部材着座からの所定回転角度φで規定することができるから、この所定回転角度φからスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度と上記所定締付回転角度φを減じた回転角度が、残りの回転すべきねじ部材の締付回転角度になる。このねじ締付工程は、上記制御装置18の主要な制御態様によって、上記トルク検出器14及び回転角度センサ16の出力を読込みながら、電動モータ12の駆動状態を制御して実行される。なお、制御装置18内に読込まれたトルク検出器14の出力、即ちトルク値や回転角度センサ16の出力、即ち回転角度値は、例えば短いサンプリング周期で制御装置18に読込まれ、上記記憶装置内に記憶される。
【0029】
図3は、例えば図2の締付トルク-回転角度曲線の実際の波形を一部模式的に示したものである。図の細かい波形は、検出トルク値に乗っているノイズを示す。また、摩擦係数が大きい(図の高μ)締付トルク-回転角度曲線に表れる一時的な大きな変動がねじ部材のスリップを表す。もし、このスリップ発生中にトルク増大率を算出すると、そのトルク増大率に応じた締付トルク-回転角度曲線は図に一点鎖線で示すようなものになってしまう。これは、例えば図に二点鎖線で示す摩擦係数の小さい(低μ)の締付トルク-回転角度曲線のものと同等になってしまうことから、そのトルク増大率を用いて仮想着座点或いはスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度を求めると、それらは、実際の仮想着座点やスナッグトルク発生までのねじ部材回転角度と異なる。即ち、締付トルク検出中にねじ部材のスリップが生じたならば、そのねじ部材の軸力精度を高めることは困難であるから、ねじ締付を停止すべきである。
【0030】
そこで、この実施の形態では、スナッグトルク発生後、例えば、図3のノイズ周期程度の微小な、ねじ部材の回転角度所定値(上記所定締付回転角度φとは異なる)毎に、例えば検出トルク値の今回値と前回値との差分値からトルク変動値を算出し、更にトルク変動値を回転角度所定値で除して傾き値を算出し、例えばその移動平均値から、後述するねじ部材のスリップを検出している。なお、これ以降、トルク変動値を回転角度所定値で除した値を傾き値と規定して使用するが、上記回転角度所定値は一定であることから、この傾き値とトルク変動値は実質的に等価であると考えてよい。また、上記回転角度所定値が上記所定締付回転角度φと同じになれば、トルク変動値を回転角度所定値で除した値は、上記トルク増大率と同等になる。
【0031】
図4は、ねじ締付中のねじ部材のスリップを検出するために上記制御装置18で行われる演算処理のフローチャートである。この演算処理は、上記制御装置18内で、例えば上記スナッグトルク発生後、例えば所定のサンプリング周期毎にタイマ割込み処理によって実行され、まずステップS1で、上記回転角度センサ16からの出力値から、前回傾き算出時からネジ部材の回転角度が上記回転角度所定値以上増大したか否かを判定し、ねじ部材の回転角度が回転角度所定値以上増大した場合にはステップS2に移行し、そうでない場合には復帰する。
【0032】
ステップS2では、前回傾き算出時のねじ部材の回転角度前回値に上記回転角度所定値を加算した回転角度今回値のトルク値をトルク今回値として読込む。
【0033】
次にステップS3に移行して、上記トルク今回値から記憶されているトルク前回値を減じた値を上記回転角度所定値で除して傾き今回値を算出する。
【0034】
次にステップS4に移行して、上記ステップS3で算出された傾き今回値を含めて記憶された傾き前回値の数が予め設定された所定回数に到達したか否かを判定し、記憶された傾き前回値の数が所定回数に到達した場合にはステップS5に移行し、そうでない場合には復帰する。なお、この実施の形態では、後述するように、この所定回数を、例えばオペレータ入力によって変更可能とした。
【0035】
ステップS5では、上記傾き今回値を含めて上記所定回数分の傾き前回値の傾き移動平均値を算出する。この実施の形態では、傾き今回値を含めた所定回数分の傾き前回値の加算値を所定回数で除して傾き移動平均値を求める。
【0036】
次にステップS6に移行して、上記ステップS5で算出された傾き移動平均値が所定値以下であるか否かを判定し、傾き移動平均値が所定値以下である場合にはステップS7に移行し、そうでない場合にはステップS8に移行する。この所定値には、例えば0を用いることができる。
【0037】
ステップS7では、ねじ締付停止指令を出力してから演算処理を終了する。
【0038】
一方、ステップS8では、トルク今回値をトルク前回値に、回転角度今回値を回転角度前回値に、傾き今回値を傾き前回値に夫々更新記憶してから復帰する。
【0039】
この演算処理によれば、ねじ部材の回転角度所定値毎に傾き今回値を算出して、それを傾き前回値として記憶し、傾き今回値を含む傾き前回値が所定回数分以上になったら、傾き今回値を含む所定回数分の傾き前回値の傾き移動平均値を求め、この傾き移動平均値が所定値以下、例えば0以下である場合に、ねじ部材にスリップが生じたと判定してねじ締付を停止する。後述のように、又は周知のように、トルク値ノイズの成分を含むトルク変動値や傾き値は、移動平均値とすることで、ノイズの影響を解消することが可能となる。
【0040】
図5(a)は、ねじ部材のスリップは生じていないものの、検出トルク値に比較的大きなノイズが多数存在する締付トルク-回転角度実測曲線を示す。また、この検出トルク値から直接的に求めた傾き値(=トルク変動値)を図5(b)に示す。この例では、検出トルク値にノイズが多く、しかもノイズが大きいので、例えば、上記傾き値の変動範囲を規定し、その規定変動範囲を超える傾き値が生じたらねじ部材のスリップが発生したとみなす場合には、傾き値のノイズ成分をスリップと誤判定してしまう可能性が高い。これに対し、図5(c)は、直近の2個分の傾き値の移動平均値、図5(d)は、同じく直近の4個分の傾き移動平均値、図5(e)は6個分、図5(f)は8個分、図5(g)は10個分の傾き移動平均値を夫々示す。これらの図から明らかなように、例えば2個分の傾き移動平均値でも、傾き値(=トルク変動値)のノイズ成分は相応に解消され、10個分の傾き移動平均値ではノイズの影響が殆ど解消されている。従って、検出トルク値の傾き値(=トルク変動値)の移動平均値を用いれば、検出トルク値のノイズの影響を効率よく解消することが可能になる。
【0041】
一方、図6(a)は、検出トルク値に大きなノイズは存在しないものの、ねじ締付中に、回転角度A部でねじ部材のスリップが生じた場合の締付トルク-回転角度実測曲線を示す。また、図6(b)は、図6(a)の検出トルク値から直接的に求めた傾き値(=トルク変動値)である。この例では、検出トルク値のノイズが小さいので、傾き値自体は、上記A部におけるねじ部材スリップ発生時を除き、変動が小さい。この傾き値に対し、図6(c)には、直近の2個分の傾き値の移動平均値、図6(d)は、同じく直近の4個分の傾き移動平均値、図6(e)は6個分、図6(f)は8個分、図6(g)は10個分の傾き移動平均値を示す。これらの図から明らかなように、移動平均を用いて検出トルク値のノイズを均しても、ねじ部材スリップに伴う傾き値変動の傾向は残存し、例えば前述のように所定値(規定値)を0にした場合、この例では、8個分の傾き移動平均値でも所定値以下となって、ねじ部材スリップの発生を明確に判定することができる。そして、ねじ部材スリップが生じた場合にねじ締付を停止することで、信頼性と量産性を損なうことなくねじ部材の軸力精度を高めることができる。
【0042】
また、この実施の形態では、移動平均に用いる傾き値(=トルク変動値)の個数、即ち所定回数を任意に変更できるようにした。前述のように、この所定回数は、検出トルク値のノイズ成分を均して、傾き値(=トルク変動値)におけるノイズの影響を解消するためのものであるが、ねじ部材と締付対象部材の仕様や諸元、ねじ締付の条件や状況に応じて、検出トルク値に生じるノイズの状態は変化する。従って、このノイズ成分を均すための上記所定回数を、例えばオペレータがノイズの発生状況に応じて変更設定すれば、ノイズ成分解消に最も好ましい所定回数とすることが可能となると共に、より好適な所定回数を学習することも可能となる。
【0043】
また、上記ねじ部材スリップ発生時の傾き値(=トルク変動値)の傾向は、検出トルク値に乗っているノイズの特性とは異なり、ねじ部材スリップの発生後には、或る程度の時間連続して、検出トルク値が減少することを意味する。従って、例えば所定回数分の傾き値(=トルク変動値)に着目し、その傾き値が例えば所定繰り返し回数分、検出トルク値の減少傾向を示す、即ち負である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと判定することも可能である。
【0044】
図7は、この実施の形態におけるねじ部材スリップ検出のための演算処理の他の例を示すフローチャートである。この演算処理は、上記図4の演算処理に類似している。具体的には、図4の演算処理のステップS5及びステップS6が、図7ではステップS5’に変更されているだけで、その他のステップは全て同じである。この図7の演算処理も、図4の演算処理と同じく、スナッグトルク発生後、所定のサンプリング周期でタイマ割込み処理によって実行される。この図7の演算処理のステップS5’では、傾き今回値を含めて直近の所定回数(=所定繰り返し数)分の傾き前回値が全て負であるか否かを判定し、傾き前回値が全て負である場合には上記ステップS7に移行し、そうでない場合には上記ステップS8に移行する。
【0045】
この演算処理では、傾き今回値を含めて直近の所定回数、例えば4個分の傾き前回値が全て負である場合には、ねじ部材にスリップが生じたと判定してねじ締付を停止する。検出トルク値のノイズは、短い時間間隔で増減する。トルク値に乗っているノイズは、あくまでもノイズであり、トルク値そのものは締付トルク又はその近傍であることから、ノイズはトルク値の本体の近傍で増減するだけである。一方、ねじ部材と締付対象部材の座面間滑りなどに由来するスリップは、明らかなトルク(トルク値)抜けであるから、締付トルクそのものが或る程度の時間連続して減少する。従って、図7の演算処理のように、傾き今回値を含めて直近の所定回数(=所定繰り返し数)の傾き前回値が全て負である場合には、ねじ部材にスリップが生じたと明確に判定することができる。そして、ねじ部材スリップが生じた場合にねじ締付を停止することで、信頼性と量産性を損なうことなくねじ部材の軸力精度を高めることができる。
【0046】
このように、この実施の形態のねじ締付装置によれば、ねじ締付時におけるねじ部材の回転角度とねじ締付のトルクを検出し、ねじ部材の回転角度に対するトルク増大率から仮想着座点を求め、その仮想着座点から所定回転角度までねじ部材を締付ける場合に、予め設定された回転角度所定値毎にねじ締付時の傾き値(=トルク変動値)を検出し、所定回数分の傾き値の平均値又はその傾向からねじ部材のスリップを検出し、スリップが検出された場合にはねじ締付を停止する。このとき、所定回数分の傾き値(=トルク変動値)の平均値を算出することにより、トルク値ノイズの影響が解消されるので、この傾き平均値が所定値以下である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に検出することができる。また、所定回数分の傾き値(=トルク変動値)が所定繰り返し数分、連続して締付トルクの減少傾向を示す場合には、ねじ部材のスリップが生じたと明確に検出することができる。そして、このようにスリップの発生を明確に検出した場合には、ねじ締付を停止することにより、信頼性と量産性を損なうことなく、ねじ締付における軸力精度を高めることが可能となる。
【0047】
また、所定回数分の傾き値(=トルク変動値)の移動平均値を算出することにより、トルク値ノイズの影響を適切に解消することが可能となるので、その傾き移動平均値が所定値以下である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に判定することができる。
【0048】
また、所定回数分の傾き値(=トルク変動値)が予め設定された所定繰り返し数以上連続してトルクの減少傾向を示す場合、即ち所定繰り返し数の傾き前回値が全て負である場合に、ねじ部材のスリップが生じたと明確に判定することができる。
【0049】
また、ねじ部材のスリップ検出のために用いられる所定回数分の傾き値(=トルク変動値)の個数は、検出トルク値ノイズの影響を解消するためのものであるから、これを適宜変更可能とすることで、実際のねじ締付の仕様や諸元、条件、状況に対応して軸力精度及びスリップ検出精度を高めることが可能となる。
【0050】
以上、実施の形態に係るねじ締付装置及びねじ締付方法について説明したが、本件発明は、上記実施の形態で述べた構成に限定されるものではなく、本件発明の要旨の範囲内で種々変更が可能である。例えば、ねじ部材のスリップを検出するための傾き前回値の個数、即ち所定繰り返し数を、着目する傾き前回値の個数、即ち所定回数と同じ数値としたが、両者は異なっていてもよい。
【符号の説明】
【0051】
10 ソケット
12 電動モータ
14 トルク検出器
16 回転角度センサ
18 制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8