(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-29
(45)【発行日】2022-07-07
(54)【発明の名称】増殖性硝子体網膜症用メトトレキサート
(51)【国際特許分類】
A61K 31/519 20060101AFI20220630BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20220630BHJP
A61K 9/107 20060101ALI20220630BHJP
A61K 9/127 20060101ALI20220630BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20220630BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20220630BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20220630BHJP
【FI】
A61K31/519 ZMD
A61K9/08
A61K9/107
A61K9/127
A61K47/32
A61K47/38
A61P27/02
(21)【出願番号】P 2017505180
(86)(22)【出願日】2015-07-30
(86)【国際出願番号】 US2015042951
(87)【国際公開番号】W WO2016019165
(87)【国際公開日】2016-02-04
【審査請求日】2018-07-27
【審判番号】
【審判請求日】2020-12-07
(32)【優先日】2014-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】511140770
【氏名又は名称】マサチューセッツ アイ アンド イヤー インファーマリー
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100196966
【氏名又は名称】植田 渉
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】エリオット,ディーン
(72)【発明者】
【氏名】ストリジュースキー,トーマス ピー.
【合議体】
【審判長】藤原 浩子
【審判官】渕野 留香
【審判官】原田 隆興
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2009/0081277(US,A1)
【文献】特表2003-518987(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0200662(US,A1)
【文献】Intraocular methotrexate in ocular diseases other than primary central nervous system lymphoma,American journal of ophthalmology,2006年,vol.142,no.5,p.883-885
【文献】The safety of intraocular methotrexate in silicone-filled eyes,Retina,2008年,vol.28,no.8,p.1082-1086
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-31/80
STN(REGISTRY,CAplus,MEDLINE,BIOSIS,EMBASE)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における増殖性硝子体網膜症(PVR)
を発症するリスク
の低減において使用するためのメトトレキサートを含む組成物であって、前記メトトレキサートが、少なくとも1カ月、2カ月、または3カ月以上の期間にわたり、週1回を限度として、複数回の硝子体内注射によって投与される、組成物。
【請求項2】
複数回の硝子体内注射が、10回以上
の硝子体内注射
である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
各注射が0.1ml中400mcgの用量のメトトレキサートを供給する、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記メトトレキサートが角膜輪部の後側に投与される、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
PVRを前記対象が発症するリスクを増加させる眼科の外科的処置を、前記対象が受けている、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記眼科の外科的処置が、経扁平部硝子体切除(PPV)、網膜剥離(RD)手術、強膜バックル手術、または他方の眼の処置である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記対象が、外傷に続発する裂孔原性網膜剥離、既存の増殖性硝子体網膜症を処置するために;またはPVR発症の高リスク状態を伴う他の適応症のために、PPVを必要とする、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
前記PVR発症の高リスク状態を伴う適応症が、巨大網膜裂孔、3乳頭領域より大きい網膜裂隙、長年の網膜剥離もしくは出血を伴う剥離である、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
最初の注射が前記外科的処置の最後に投与され;
8回の週1回の注射が
前記外科的処置の後2カ月目まで投与され;および
最後の10回目の注射が
前記外科的処置の後3カ月目に投与される、
請求項5~8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
9回連続の週1回の注射、および最初の注射から3カ月後の10回目の注射の投与を含む請求項1~8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
10回目の注射の後の、追加の注射の月1回の投与を含む請求項1~8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回または9回の追加の注射の、前記10回目の注射の後での投与を含む請求項10または11に記載の組成物。
【請求項13】
前記追加の注射が月1回投与される、請求項12に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優先権の主張
本願は、2014年7月30日に出願された米国特許出願第62/030,778号明細書の利益を主張するものである。前述の文献の内容は全て、参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、網膜剥離を処置するための外科的硝子体切除および/または強膜バックルの後の、増殖性硝子体網膜症(PVR)または網膜前膜(ERM)のリスクを低減するための、メトトレキサート、例えばメトトレキサートの反復投与製剤または持続放出性製剤の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
網膜剥離(RD)は、米国において突発性視力喪失の重要な原因であり、年間およそ40,000症例が発生している。処置が遅れると、永久的に視力が失われる。
【0004】
網膜剥離は、網膜色素上皮(RPE)からの網膜神経感覚上皮(neurosensory retina)の分離と定義される。非病的状態では、網膜色素上皮は密着結合によって閉塞された連続的な上皮単層であり、この密着結合によって下にある脈絡膜毛細血管床が感覚網膜の光受容体から厳密に分離維持され、このようにして外側血液網膜関門が形成されている。網膜色素上皮の機能には、光受容体の栄養供給、老廃物の除去および網膜下液の再吸収が含まれる。
【0005】
網膜剥離の最終的な処置は外科的修復である。処置担当網膜学専門家(treating retinologist)には多くの手術技法が利用可能であるが、網膜剥離の処置の根本的な原則は依然として同じである。すなわち、網膜下腔から液体を除去すること、現存する牽引のいずれをも緩和させること、ならびに液体の移入の根本原因が網膜裂隙または滲出プロセスのいずれにあっても、それに対する処置および予防をすることである。
【0006】
増殖性硝子体網膜症(PVR)は、網膜剥離手術の失敗の最も一般的な原因であり、全ての網膜剥離手術の5~10%に発生する合併症である。PVRは、手術をしない場合にも自然発症的に発生する可能性がある。PVRは、眼に繰り返し外科用器具を使用した後、外傷などで眼に著しい生理学的損傷を受けた後、および多数の裂孔、巨大裂孔、硝子体の出血によって併発した網膜剥離において、またはぶどう膜炎を有する眼において、発症する可能性が最も高い。
【0007】
PVRの比較的軽度な形態は、黄斑パッカーまたは網膜前膜(ERM)と呼ばれ、RD手術の20~30%の術後経過を複雑化し、これらの半数は視覚的な歪みが大きいため、患者には手術が必要になる。さらに、剖検研究は、RD手術を受けた患者の75~80%近くに、増殖性膜の組織学的証拠があることを示している。このことは、多くの患者がRD手術の術後に完全な視力が得られないが、臨床的に明白なERMは何ら有していないことの理由を説明し得るものである。さらに、ERMは自然発症的に発症する可能性がある。
【0008】
PVRまたはERMを予防する処置はこれまで見出されていない。PVRまたはERMが発症すると、手術が唯一の処置となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、少なくとも一部は、PVRまたはERMを処置またはその発症するリスクを低減する方法の開発に基礎を置くものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、本発明は、第1の態様において、対象における増殖性硝子体網膜症(PVR)または網膜前膜(ERM)を処置またはその発症するリスクを低減する方法を提供する。この方法は、少なくとも1カ月、2カ月、または3カ月以上の期間にわたり、週1回を限度として、複数回、例えば10回以上のメトトレキサートの硝子体内注射を投与するステップを含む。
【0011】
いくつかの実施形態では、各注射は0.1ml中400mcgの用量のメトトレキサートを供給する。
【0012】
いくつかの実施形態では、メトトレキサートは角膜輪部の後側に投与される。
【0013】
いくつかの実施形態では、対象は、ERMまたはPVRを対象が発症するリスクを増加させる眼科の外科的処置、例えば、経扁平部硝子体切除(PPV)、網膜剥離(RD)手術、ERM手術、強膜バックル手術、または他方の眼の処置を受けている。いくつかの実施形態では、対象は、外傷に続発する裂孔原性網膜剥離、既存の増殖性硝子体網膜症(例えばグレードC以上)を処置するために;またはPVR発症の高リスク状態を伴う他の適応症、例えば、巨大網膜裂孔(巨大網膜裂孔は、眼球の外周の90°以上にわたる裂孔と定義される)、3乳頭領域より大きい網膜裂隙、長年の網膜剥離もしくは出血を伴う剥離のために、PPVを必要とする。
【0014】
いくつかの実施形態では、最初の注射は外科的処置の最後に投与され、8回の週1回の注射が術後2カ月目まで投与され、および最後の10回目の注射は術後3カ月目に投与される。
【0015】
いくつかの実施形態では、本方法は、9回連続の週1回の注射、および最初の注射から3カ月後の10回目の注射を投与するステップを含む。
【0016】
いくつかの実施形態では、本方法は、最後の、例えば10回目の注射の後に、追加の注射を月1回投与するステップを含む。
【0017】
いくつかの実施形態では、本方法は、1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回または9回の追加の注射を、例えば月1回で、10回目の注射の後に投与するステップを含む。
【0018】
本発明は、別の態様において、対象におけるPVRまたはERMを処置またはその発症するリスクを低減する方法を提供する。本方法は、少なくとも3カ月間にわたってメトトレキサートの持続放出性製剤を硝子体内に投与するステップを含む。
【0019】
いくつかの実施形態では、持続放出性製剤は、脂質でカプセル化した製剤、メトトレキサート(MTX)の多胞リポソーム(MVL)製剤、ナノもしくはマイクロ粒子、ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル、または生体接着性ポリマーである、またはこれらを含む。いくつかの実施形態では、生体接着性ポリマーは、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリアクリル酸(PAA)またはヒアルロン酸(HA)のうち1種または複数種を含む。
【0020】
本発明は、さらなる態様において、対象におけるPVRまたはERMを処置またはその発症するリスクを低減する方法を提供する。本方法は、メトトレキサートを持続放出するデバイスを、少なくとも3カ月間にわたって対象の眼内に埋め込んでおくステップを含む。
【0021】
いくつかの実施形態では、デバイスは非生分解性である。
【0022】
一般に、本明細書に記載している方法において、対象はがんに罹患しておらず、例えば眼がん(ocular cancer)に罹患しておらず、例えば眼球リンパ腫にもB細胞リンパ腫にも罹患していない。いくつかの実施形態では、対象はぶどう膜炎に罹患していない。いくつかの実施形態では、本方法は、対象がPVRもしくはERMを発症するリスクを有しているもしくはそのリスクにさらされている、または副作用としてのPVRもしくはERMの高リスクを伴う処置を受けようとしていることを判断するステップと、対象を選択するステップとを含む。
【0023】
別段の定義がされていない限り、本明細書で使用する全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって広く理解されているものと同じ意味を有する。方法および材料は、本発明において使用するために本明細書に記載しているが、当技術分野において公知の他の好適な方法および材料も使用することができる。材料、方法および実施例は、説明するためのものに過ぎず、限定するものではない。本明細書に挙げている全ての刊行物、特許出願、特許、配列、データベース記載事項および他の参考文献は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。矛盾する場合は、定義を含む本明細書により管理する。
【0024】
本発明の他の特長および利点は、以下の詳細な説明および図面から、ならびに特許請求の範囲から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本方法を使用する例示的な処置プロトコールを示すフローチャートである。
【
図2A】それぞれ、12ウェルにウェル当たり30,000細胞でプレーティングしたヒトPVR細胞の9枚一組の画像であり、メトトレキサートが培養物中でヒト増殖性硝子体網膜症(PVR)細胞の増殖を抑制したことを示す。図のように、細胞を100μM、200μMまたは400μMのメトトレキサート(MTX)で処理し、画像を72時間後(2A)、1週間後(2B)または2週間後(2C)に撮影した。72時間時点で(2A)、顕微鏡写真は、対照プレート(最上段)でも3種のメトトレキサート濃度(2~4段)でも類上皮細胞形態は類似しており、集密は限定的であることを示した。1週間時点では(2B)、対照プレート(1段)は均一で集密な細胞シートを示したが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は成長抑制および集密の欠如を示し、見たところ類上皮細胞が少なかった。2週間時点では、対照プレート(1段)は継続して均一で集密な細胞シートであったが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は、継続して成長が抑制され、集密が欠如していた。
【
図2B】それぞれ、12ウェルにウェル当たり30,000細胞でプレーティングしたヒトPVR細胞の9枚一組の画像であり、メトトレキサートが培養物中でヒト増殖性硝子体網膜症(PVR)細胞の増殖を抑制したことを示す。図のように、細胞を100μM、200μMまたは400μMのメトトレキサート(MTX)で処理し、画像を72時間後(2A)、1週間後(2B)または2週間後(2C)に撮影した。72時間時点で(2A)、顕微鏡写真は、対照プレート(最上段)でも3種のメトトレキサート濃度(2~4段)でも類上皮細胞形態は類似しており、集密は限定的であることを示した。1週間時点では(2B)、対照プレート(1段)は均一で集密な細胞シートを示したが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は成長抑制および集密の欠如を示し、見たところ類上皮細胞が少なかった。2週間時点では、対照プレート(1段)は継続して均一で集密な細胞シートであったが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は、継続して成長が抑制され、集密が欠如していた。
【
図2C】それぞれ、12ウェルにウェル当たり30,000細胞でプレーティングしたヒトPVR細胞の9枚一組の画像であり、メトトレキサートが培養物中でヒト増殖性硝子体網膜症(PVR)細胞の増殖を抑制したことを示す。図のように、細胞を100μM、200μMまたは400μMのメトトレキサート(MTX)で処理し、画像を72時間後(2A)、1週間後(2B)または2週間後(2C)に撮影した。72時間時点で(2A)、顕微鏡写真は、対照プレート(最上段)でも3種のメトトレキサート濃度(2~4段)でも類上皮細胞形態は類似しており、集密は限定的であることを示した。1週間時点では(2B)、対照プレート(1段)は均一で集密な細胞シートを示したが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は成長抑制および集密の欠如を示し、見たところ類上皮細胞が少なかった。2週間時点では、対照プレート(1段)は継続して均一で集密な細胞シートであったが、メトトレキサート400、200および100にそれぞれ曝露した2~4段は、継続して成長が抑制され、集密が欠如していた。
【発明を実施するための形態】
【0026】
増殖性硝子体網膜症(PVR)は、網膜剥離手術後の一般的な事象である。PVRは、手術後、重大な外傷後、または自然発症的にでも、眼内に形成する「瘢痕化」状態である。その発病機序は網膜色素上皮層の破壊であり、炎症、(神経)網膜表面への細胞の遊走および増殖を伴う。次の4~12週間にわたり、網膜表面上の膜が増殖し、収縮し、網膜に牽引を適用し、その結果、網膜のRPEからの再剥離が起こる。PVRが発生し、網膜が2回目の剥離を起こすと、視力が回復する見込みはない。
【0027】
増殖性硝子体網膜症(PVR)および網膜前膜(ERM)の病理生物学
網膜前膜(ERM)は、典型的には眼の疾患に対する応答において、細胞(例えば、網膜色素上皮(RPE)細胞、グリア細胞、線維芽細胞およびマクロファージ)が網膜表面で異常に増殖することによって起こり、膜は収縮する傾向があり、皺が発生し、このため黄斑の歪みが生じる。例えば、Hiscott et al., Br J Ophthalmol. 68(10):708-15 (1984); Hiscott et al., Eye 16, 393-403 (2002);およびAsato et al., PLoS One. 8(1): e54191 (2013)を参照されたい。
【0028】
ERMと同様に、PVRは硝子体および網膜の異常な創傷治癒応答であり、増殖能をもつ細胞が、炎症伝達物質に駆り立てられて網膜表面で増殖し、収縮し、最終的に再発性網膜剥離(RD)を引き起こす臨床症候群である。PVRの発病機序は、RPE細胞が硝子体腔内に導入されることで始まる。この細胞は網膜裂孔自体の発生時に導入されることもあり、医原的に、例えば冷凍療法または網膜切除の使用によって導入されることもある。PVRを有するサルの眼に関する諸研究は、ミュラー細胞の導入、ならびに潜在的には線維細胞の導入も同様に生じることも前提としている。RPE細胞の導入と同時に、成長因子(血管内皮成長因子(VEGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、フィブロネクチン、形質転換成長因子β(TGF-β)を含む)および他の伝達物質の導入または上方調節が生じる。このプロセスは、グリア、RPEおよび他の細胞構成要素が増殖し、分化形質転換(transdifferentiate)して収縮筋線維細胞になる自己分泌ループを開始する。病理学検査をすると、マクロファージおよび線維芽細胞が、PVRの試料中によく確認されている。
【0029】
RPEが破壊した時点で、炎症がPVRの発症に重要な役割をすることも提唱されている。サイトカインであるIL-6、IL-1、TNF-αおよびIFN-γが、硝子体中で、PVRの初期の増殖期に高濃度で確認されているが、これらは瘢痕形成期には正常レベルまで減少する。これらのサイトカインは、PVRを発症していない眼内には存在しない。
【0030】
PVRを予防するための薬理学的助剤の使用は、眼科学において実現が困難な目標であった。過去のPVR研究において用いられた一般的な薬理学的戦略は、種々の薬剤、例えばダウノルビシン、5-フルオロウラシル(5-FU)、トリアムシノロン、低分子量ヘパリンおよびナプロキセンなどの、単回、硝子体内、術中投与であった10~15。硝子体に送達した薬物の排除は、薬物の分子量、血液網膜関門の状態、硝子体腔の容積などを含む複数の要因に依存するが、これらの過去のPVR研究で使用された薬物は、その投与から数日内に眼から排除された可能性が高い。逆に、PVRは、手術から少なくとも6~8週間後までは、臨床的に認められる病理学的な疾患にならない。
【0031】
メトトレキサート
メトトレキサートは非天然の化学物質であり、N-[4-[[(2,4-ジアミノ-6-プテリジニル)メチル]メチルアミノ]ベンゾイル]-L-グルタミン酸としても知られる。葉酸類似体であるメトトレキサートは、ジヒドロ葉酸還元酵素を可逆的に抑制することにより、抗増殖剤として作用すると考えられており、ジヒドロ葉酸が還元されてテトラヒドロ葉酸になるのを防ぎ、プリンヌクレオチドの合成に使用されている。
【0032】
抗炎症性作用の機序は明らかではないが、提唱されている機序には、そのアデノシンの細胞外濃度を高める能力、炎症促進性サイトカインの抑制、活性化T細胞のアポトーシスの誘導および活性化T細胞の細胞内接着の抑制が含まれる。
【0033】
いくつかの実施形態では、メトトレキサートは、例えば、平衡塩類溶液に溶解し、25mgバイアルから滅菌の400mcg/0.1mlの単回使用用量にして、反復注射用に製剤化される。
【0034】
いくつかの実施形態では、メトトレキサートは持続放出性に製剤化される。メトトレキサートの複数種の持続放出性製剤が当技術分野において公知であり、以下を含むが、これらに限定されるものではない:脂質でカプセル化した製剤などの生分解性埋め込み剤、例えばBonetti et al., Cancer Chemother Pharmacol 33:303-306 (1994)およびChatelut et al., J Pharm Sci. 1994 Mar;83(3):429-32に記載されているデポ/メトトレキサート;メトトレキサート(MTX)の多胞リポソーム(MVL)製剤、例えば、国際公開第2011143484号パンフレットに記載されているもの;ナノまたはマイクロ粒子、例えばVijayaragavan et al., Int J Pharm Res 3(1):39-44 (2011)に記載されているα-ラクトアルブミンマイクロ粒子、またはTaheri et al., J Nanomaterials 2011 (dx.doi.org/10.1155/2011/768201)に記載されているコンジュゲートしたメトトレキサート-ヒト血清アルブミンのナノ粒子;ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル;生体接着性ポリマー、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、カルボキシメチルセルロース(CMC)およびポリアクリル酸(PAA)誘導体、ならびにヒアルロン酸(HA)、例えば可溶性ヒドロキシプロピルセルロースの眼球インサートであるLacrisert(Aton Pharma)。
【0035】
代替としてまたは追加として、持続放出性は、硝子体内埋め込み剤などの持続放出性デバイスを使用して実現することができる。硝子体内埋め込み剤には、例えば、Palakurthi et al., Current Eye Research、35(12):1105-1115 (2010)に記載されているもの、もしくはRetisert(Bausch & Lomb)、Ozurdex(Allergan)に類似のもの;または非生分解性埋め込み剤、例えば、Iluvien(Alimera)もしくはVitrasert(Bausch & Lomb)埋め込み剤に類似のもの;I-vationプラットフォーム(SurModics Inc.)などがある。Lee et al., Pharm Res. 27(10):2043-53 (2010); Haghjou et al., J Ophthalmic Vis Res. 6(4):317-329 (2011); Kim et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 45(8):2722-2731 (2004);およびVelez and Whitcup, Br J Ophthalmol 83:1225-1229 (1999)も参照されたい。
【0036】
対象
本明細書に記載している方法は、PVRまたはERMを予防(そのリスクを低減)するために、以下のような患者において使用することができる。例えば、外傷に続発する裂孔原性網膜剥離のために経扁平部硝子体切除(PPV)が必要な患者において;既存の増殖性硝子体網膜症グレードC以上のためにPPVが必要な患者において;および/またはPVR発症の高リスク状態を伴う他の適応症、例えば、巨大網膜裂孔(巨大網膜裂孔は、眼球の外周の90°以上にわたる裂孔と定義される)、3乳頭領域より大きい網膜裂隙、長年の網膜剥離もしくは出血を伴う剥離のためにPPVが必要な、網膜剥離を有する患者において、使用することができる。
【0037】
PVRに加えて、持続性のメトトレキサートの眼内使用は他に、以下が挙げられる。
【0038】
網膜剥離(RD)手術後の網膜前膜の予防
RD症例のおよそ20~30%が臨床的に認められるERMを発症する。この半数は視覚的な歪みが大きいため、患者には手術が必要になる。さらに、剖検研究は、RD手術を受けた患者の75~80%近くに、ある程度の増殖性膜があることを示している。このことは、多くの患者はRD手術の術後に完全な視力が得られないにもかかわらず、ヒトの肉眼で認められるERMは何ら有していないことの理由を説明し得るものである。
【0039】
自然発症的に発症するERMの予防
ERMは自然発症的に発症することがあり、その場合手術が必要になる。対象が一方の眼にERMを発症した場合、他方の眼にERMを予防するためのデバイスを埋め込むと、その眼における発症を予防することが可能である。
【0040】
ERM手術後の二次的なERMの予防
ERMを発症している患者について、ERMは除去することができるが、一部は再発し、再手術が必要になる。埋め込み剤を残しておくと、再発性のERMを予防することが可能である。
【0041】
本明細書に記載している方法には、上記の状態の結果としてのPVRまたはERMの発症を予防するための処置を必要とする対象を識別および/または選択するステップ(例えば、上記の状態の結果としての処置の必要性(例えば、上記の状態の結果としてPVRまたはERMを発症するリスクの上昇)に基づいて対象を選択するステップ)を含めることができる。いくつかの実施形態では、本明細書に記載している方法で処置される対象は眼がんに罹患しておらず、例えばリンパ腫(例えばB細胞リンパ腫)に罹患しておらず、および/またはぶどう膜炎に罹患していない。
【0042】
PVRの症状は、臨床的に広範な表現型を包含する。PVRは、軽度の細胞の濁り(グレードA)から、特徴的な硬化した漏斗状の網膜剥離を引き起こす厚い線維膜(グレードD)まで、様々であり得る。複数のグレード付け方式が使用されており、例えば、Ryan, Retina, 5th ed (Elsevier 2013); Retina Society Terminology Committee. The classification of retinal detachment with proliferative vitreoretinopathy. Ophthalmology 1983;90:121-5 (1983); Machemer R, Aaberg TM, Freeman HM, et al. Am J Ophthalmol 112:159-65 (1991); Lean J, Irvine A, Stern W, et al. Classification of proliferative vitreoretinopathy used in the silicone study. The Silicone study group. Ophthalmology 1989;96:765 - 771を参照されたい。いくつかの実施形態では、本方法は、低グレード(例えば、グレードAまたはグレード1)PVRに罹患している対象、またはERMに罹患している対象を識別、選択、および/または処置するステップを含む。いくつかの実施形態では、本方法は、PVRまたはERMの発症の早期徴候、すなわち、細胞増殖を示す「硝子体の曇り」の存在(発達して最終的に器質化シートになり得る)について対象をモニターするステップと、本明細書に記載のとおり1回または複数回の用量のMTXを投与するステップとを含む。初期グレードAのPVRと初期のERMとは、互いを識別するのが困難な場合があるが、最終的に、未処置のPVRは進行し;ERMは黄斑に軽度の牽引を生じさせて変視症をもたらすが、網膜の剥離を起こすことはなく、一方、未処置のPVRは剥離を起こし、最終的に、漏斗状の萎縮性網膜に至る。本方法は、現時点でPVRの徴候はなくてもPVRまたはERMのリスクがある対象を処置するために使用することもできる。
【0043】
PVRまたはERMを処置またはその発症するリスクを低減する方法
本明細書に記載している方法は、最初のもしくは再発性のPVRまたはERMを発症するリスクがある対象、例えば、上記のように、RD手術またはERM手術を受けている対象、およびPVRまたはERMに罹患している、またはPVRまたはERMを発症するリスクがある対象における、メトトレキサートの使用を含む。いくつかの実施形態では、本明細書に記載している方法は、経扁平部硝子体切除(PPV)または強膜バックル(SB)を受けた、受けている、または受ける予定の対象における、メトトレキサートの使用を含む。いくつかの実施形態では、本方法は、PPV、RD手術またはERM手術を行うステップを含む。これらの手術を行う方法は当技術分野において公知であり、例えば、通常、PPVは、局所または全身麻酔下で、23ゲージまたは20ゲージの3ポートの強膜切開を使用して行われる。存在する網膜前膜はいずれも、例えば膜ピックおよび鉗子を使用して切り剥がすことができる。術中組織染色、ペルフルオロカーボン、冷凍凝固、眼内レーザー、強膜バックリングおよび水晶体切除術も必要に応じて行うことができる。標準的なタンポン充填剤、例えばシリコーン油またはガスなどを使用することができる。
【0044】
本明細書に記載している方法は、有効量のメトトレキサートの使用を含む。「有効量」とは、有益なまたは所望の結果、例えば所望の治療効果(すなわち、PVRまたはERMを発症するリスクを低減する予防的有効量)をもたらすのに十分な量のことである。有効量は、1回または複数回の投与、適用または投与量で投与することができる。メトトレキサートの治療有効量は、例えば注射1回につき400μg/0.1mlとすることができ、例えば少なくとも10回の注射で、10回の注射全体の累積用量4,000μgを投与するが、いくつかの実施形態では、本方法は10回を超える注射を投与するステップを含み、累積用量は4,000μgを超える。いくつかの実施形態では、本方法は、10回未満の注射を投与するステップを含み、累積用量は4,000μg未満である。組成物は、1日1回または複数回から、1週間に1回または複数回、1カ月に1回または複数回投与することができ、2日に1回を含む。当業者は、疾患または障害の重症度、以前の処置、対象の全身の健康状態および/または年齢ならびに罹患している他の疾患を含むがこれらに限定されないある種の要因が、対象を効果的に処置するために必要な投与量およびタイミングに影響を及ぼし得ることを理解されよう。
【0045】
いくつかの実施形態では、メトトレキサートの硝子体内注射は、麻酔および消毒剤、例えば5%ポビドンヨウ素を結膜嚢に局所適用してから、無菌で行われる。いくつかの実施形態では、各対象は、メトトレキサート、例えば400mcg/0.1mlのメトトレキサートの硝子体内注射を、水晶体の状態に応じて角膜輪部の3.0~3.5mm後側に、30ゲージニードルで投与される。
【0046】
いくつかの実施形態では、対象は、その術後の期間に、複数回のメトトレキサートの硝子体内注射を投与される。最初の注射は術中に投与することができ、続いて注射を、術後1週目、2週目、3週目、4週目、5週目、6週目、7週目および8週目、ならびに術後3カ月目に投与することができ、合計10回の注射とすることができる。例えば
図1を参照されたい。いくつかの実施形態では、本方法は、メトトレキサートを、10回分の用量で、もしくは10回分以上の用量で、または10回分未満の用量で、3カ月間以上にわたって投与するステップを含み、注射は週1回を限度として投与されることになる。いくつかの実施形態では、本方法は、その後は週1回、隔週1回または月1回の頻度での、その後の追加の1カ月間、2カ月間、3カ月間、4カ月間、5カ月間、6カ月間、7カ月間、8カ月間、9カ月間、10カ月間、11カ月間または12カ月間の追加の用量を含む。いくつかの実施形態では、本方法は、
図1に示すように、3カ月にわたる10回分の用量と、任意選択による、その後は1カ月おきの頻度での、その後の追加の1カ月間、3カ月間または6カ月以上の間の、追加の1回分または複数回分の用量とを含む。
【0047】
いくつかの実施形態では、対象は、例えば上記のように、MTXを経時で、例えば、1週間、2週間、1カ月、2カ月、3カ月、6カ月または1年にわたって放出する持続放出性埋め込み剤を投与される。いくつかの実施形態では、本方法は、少なくとも6カ月間、1年間または2年以上の間MTX投与を供給するための、後続の埋め込み剤を投与するステップを含む。
実施例
【0048】
本発明を以下の実施例においてさらに説明するが、以下の実施例は、特許請求の範囲に記載の本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0049】
増殖性硝子体網膜症のリスクが高いシリコーン充填した術後の眼内の、持続性のメトトレキサート
術後の増殖性硝子体網膜症(PVR)の発症について高リスクの特徴を有する眼内に、複数回のメトトレキサートの硝子体内注射を投与すると、視力の予後が改善し、解剖学的最終再付着率が高くなり、再手術率が低減し、術後4カ月でのPVRの発生が低減するであろうという仮説を立てた。
【0050】
PVRを発症するリスクが高い臨床的因子を有する網膜剥離の患者10名において、小規模の試験的研究を行った。
【0051】
男女18歳~89歳の患者を、外傷に続発する裂孔原性網膜剥離のために経扁平部硝子体切除(PPV)が必要な場合、既存の増殖性硝子体網膜症グレードC以上のためにPPVが必要な場合、またはPVR発症の高リスク状態を伴う他の適応症、すなわち、巨大網膜裂孔(巨大網膜裂孔は、眼球の外周の90°以上にわたる裂孔と定義される)、3乳頭領域より大きい網膜裂隙、長年の網膜剥離、出血を伴う剥離のためにPPVが必要な網膜剥離を有する場合、この試験に適格とした。
【0052】
PPVを、局所または全身麻酔下で、23ゲージまたは20ゲージの3ポート強膜切開を使用して行った。存在する網膜前膜はいずれも、膜ピックおよび/または鉗子を使用して切り剥がした。術中組織染色、ペルフルオロカーボン、冷凍凝固、眼内レーザー、強膜バックリングおよび水晶体切除術を必要に応じて行った。シリコーン油またはガスをタンポン充填剤として使用した。
【0053】
散瞳眼底検査を要する定期的な術後通院は、術後1日目、7日目、1カ月目、2カ月目および3カ月目とした。患者は、シリコーン油の除去のために、最初の手術の3カ月後に再来院して手術室に入り、4カ月後に診察を受けた。
【0054】
上記の標準治療を施すことに加えて、患者にはその術後の期間に、複数回のメトトレキサートの硝子体内注射を投与した。最初の注射を術中に投与し、続いて術後1週目、2週目、3週目、4週目、5週目、6週目、7週目、8週目および術後3カ月目に注射し、合計10回の注射とした。メトトレキサートの硝子体内注射は、麻酔および5%ポビドンヨウ素を結膜嚢に局所適用してから、無菌で行った。各患者に、400mcg/0.1mlのメトトレキサートの硝子体内注射を、水晶体の状態に応じて角膜輪部の3.0~3.5mm後側に、30ゲージニードルで投与した。
【0055】
注射後、十分な散瞳眼底検査などで、有害事象について患者をモニターした。
【0056】
統計および術前の視力
男性8名および女性2名を試験に登録した(表1)。患者の年齢は18歳~63歳の範囲であった。患者2名(#4および#9)は登録時に外傷性網膜剥離(網膜全剥離、360度の巨大網膜裂孔、および眼球開放創後の強膜の創傷への網膜の嵌頓)があった。その他の患者8名は、過去に複数回の(平均2.5回)増殖性膜に続発する網膜剥離に罹患していた。患者1名(MTX08M)には、手術をする眼に、強度の病的近視、ぶどう腫、萎縮、格子状変性および敷石状変性を伴う、ベースラインの網膜の重大な併存症があった。術前の視力の中央値は手動弁(Hand Motion)で2フィートであった。
【0057】
手術の詳細
各患者の手術の詳細を表2に示す。手術時間を、外科的複雑度を示す代替として記録した。全ての患者に、硝子体切除、広範な膜剥離、網膜減張切除(relaxing retinectomy)、ペルフルオロカーボン液、眼内レーザーおよびシリコーン油注射を施した。過去に外科的介入された対象4名は、依然として眼球に適切な凹みを設けているバックルを有しており、このため原位置に残した。
【0058】
視力および解剖学的結果
試験に登録した対象全員の視力および解剖学的予後はきわめてよくないものであったにもかかわらず、処置プロトコールの3カ月間、メトトレキサートを投与している間にPVRを発症した対象はいなかった。興味深いことであるが、外傷患者のうちの1名(#4)には、注射プロトコールの終了から2週間後(術後3.5カ月)に広範囲のPVRが発生したが、試験中の週1回の検査では増殖細胞の証拠は見られなかった。これはきわめて異例であり、メトトレキサートを3カ月間存在させて、その後に非存在にすることで説明することができる。この患者には再手術が必要になった。他の対象2名は、網膜の下に液体の再蓄積が発生し、再手術が必要になったが、膜は認められなかった。
【0059】
安全性および有害事象
観察された有害事象が表3に報告されている。対象全員に、シリコーン油の使用に応じて、ある程度の結膜充血が見られた。点状表層角膜症(SPK)が、無症候の患者1名に、1回の臨床検査で観察された。1週間後の検査では正常な角膜表面が見られ、さらなる続発症は観察されなかった。患者10名の追跡調査期間は4カ月~39カ月に及び、追跡調査期間中央値は25カ月であった。数か月から数年後の追跡調査データでも、重要な有害事象は観察されなかった。最終の追跡調査来院時の視力および眼圧は、患者全員において、試験期間の終了である術後4カ月目に観察した視力および眼圧と類似しており、良好な長期安全性を示唆していた。
【0060】
さらに、SPKを発症した同じ患者において、眼圧上昇が1回の検査で記録された(Goldmann Tonometryにより44mmHg)。患者報告によると、この女性患者は、Flonase(フルチカゾン経鼻剤)を「1日に何回も」使用し、Pred Forte点眼薬を1日2回さすように指示されていたが、Pred Forteを1日4回さしていた。この女性患者の眼圧は検査室で局所治療によって正常化した。硝子体内注射を予定どおり投与し、この女性患者は正常眼圧になって退院した。この女性患者には、緑内障サービスで追跡調査をする計画と共にAlphaganおよびXalatanの処方箋を出した。さらなる眼圧上昇は、試験期間中も追跡調査でも観察されず、この女性患者の一過性の眼圧上昇は、予想どおり、過剰なステロイド使用による可能性が最も高いことが示唆された。患者MTX08Mは、試験終了時の視力が無光覚視力(NLP vision)であった。この男性患者には、手術をする眼に、病的近視、ぶどう腫、萎縮、格子状変性および敷石状変性の既往があった。この男性患者の手術(患者にとってその眼における3回目の硝子体内手術であり、本試験の手術日)から1カ月後に、乳頭蒼白が見られた。その網膜の光干渉断層撮影写真には、術前後ともに、男性患者の先行網膜疾患に続発した崩壊性薄膜が見られた。このとき、この男性患者の視力は光覚弁(LP)であった。この男性患者に、継続的に注射を投与したが、視力の改善は限定的であり、最終来院時に無光覚と確認した。
【0061】
試験プロトコール中にPVRの発症がほとんどないという優れた解剖学的結果が見られたことに加えて、このプロトコールには優れた視力の結果が伴った。術後視力中央値は20/200であった。これは注目に値する。なぜなら、他の1群はPVRを含む多種多様な状態でメトトレキサートを眼内に使用しているが、これまで予後の改善を示した者は1名もいないからである。Hardwigらは、患者5名に、種々の用量のメトトレキサートを硝子体内注射したが、何らかの視力の改善があったのは患者1名のみで、群については視力の変化がなかった(Hardwig et al., Retina 28:1082-1086 (2008))。さらに、この試験では有効性を検証する試みがなされなかった。また、2006年にHardwigらは、1用量のメトトレキサートを、PVRを有する患者1名の前眼房内に注射したが、本明細書に記載しているように硝子体内腔に注射したのではなかった(Hardwig et al., Am J Ophthalmol 2006;142:883-885 (2006))。
【0062】
本結果はきわめて有望であり、偶然によって説明されるとは考えにくい。10回のメトトレキサートの硝子体内注射を投与した患者は、PVRのリスクが最も高い患者として意図的に選択されたため、その状態の重症度を考慮すると、きわめて良好な結果を出した。
【実施例2】
【0063】
持続性のメトトレキサートはin vitroで増殖性硝子体網膜症の成長を抑制する
メトトレキサートが培養物中でヒト増殖性硝子体網膜症(PVR)細胞を抑制するであろうとの仮説を立てた。PVR膜切除を、PVRに続発した網膜剥離の修復を受けている患者に行った。細胞分離技術を使用して、PVR膜の細胞構成要素を細胞外マトリックス膜から分離した。ウェル当たり30,000細胞を標準的な12ウェルプレートに置いた。12ウェルの全てに、内皮細胞成長培地を追加の成長因子と共に与えた。それぞれが3ウェルからなる4群を設定した。第1の群は、標準的な成長培地を与えられるが他の介入は受けない、対照としての役目をした。残りのウェルは処置群として設定した。3ウェルからなる第2の群は第1の処置群としての役目をし、細胞を400マイクログラムのメトトレキサートに曝露した。それぞれが3ウェルからなる第3および第4の群では、培養した細胞をそれぞれ200マイクログラムおよび100マイクログラムのメトトレキサートに曝露した。
【0064】
72時間時点で、典型的な類上皮細胞形態でのPVR細胞の成長は類似しており、集密は限定的であることが観察された(
図2a)。播種から1週間後(
図2b)、PVR対照細胞は集密な細胞シートを示したが、メトトレキサートに曝露した細胞は、全ての濃度で、成長抑制、集密の欠如を示し、見たところ類上皮細胞が少なかった。2週間時点で(
図2C)、細胞の集密度の抑制が続いていたが、対照プレートでは増殖し続けていた。
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
参考文献
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【0069】
他の実施形態
本発明を、その詳細な説明をしながら記載してきたが、当然のことながら、上記の記載は説明することを目的とし、添付の特許請求の範囲によって規定される本発明の範囲を限定するものではない。他の態様、利点および変更は以下の特許請求の範囲内にある。