(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-29
(45)【発行日】2022-07-07
(54)【発明の名称】極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備
(51)【国際特許分類】
B23K 9/167 20060101AFI20220630BHJP
B23K 9/022 20060101ALI20220630BHJP
【FI】
B23K9/167 D
B23K9/022 Z
(21)【出願番号】P 2018218740
(22)【出願日】2018-11-22
【審査請求日】2021-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001298
【氏名又は名称】特許業務法人森本国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 真克
(72)【発明者】
【氏名】田中 智大
(72)【発明者】
【氏名】堀内 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】安部 正光
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-327371(JP,A)
【文献】特開平11-077299(JP,A)
【文献】特開2003-320476(JP,A)
【文献】国際公開第2016/136888(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/167
B23K 9/022
B23K 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
各層がそれぞれ
極厚板と溶接ワイヤとが溶け込んだ1本の溶接ビードで形成されて、下層、複数の層からなる中間層、および、上層からなる多層盛溶接を開先に行うための極厚板の突合せ溶接方法であって、
前記中間層を形成する工程が、
前記開先に1本の溶接ビードを形成する単層形成工程と、
前記1本の溶接ビードを所定の温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却された溶接ビードを再加熱する冷却後再加熱工程と、
前記単層形成工程、冷却工程および冷却後再加熱工程からなるサイクルを前記中間層の層数分繰り返す積層工程とを具備
し、
前記所定の温度が、前記溶接ビードがマルテンサイト変態点となる温度以下であることを特徴とする極厚板の突合せ溶接方法。
【請求項2】
単層形成工程で、溶接ビードがウィービングにより形成されることを特徴とする請求項
1に記載の極厚板の突合せ溶接方法。
【請求項3】
溶接ビードが、フェライト系耐熱鋼であることを特徴とする請求項1
または2に記載の極厚板の突合せ溶接方法。
【請求項4】
各層がそれぞれ1本の溶接ビードで形成される多層盛溶接を開先に行うための極厚板の突合せ溶接設備であって、
前記開先に1本の溶接ビードを形成する溶接機と、
前記溶接ビードを再加熱する再加熱機と、
前記溶接機および再加熱機を所定間隔で固定する固定具と、
前記固定具を前記開先に沿って相対移動させることで溶接機による溶接および再加熱機による再加熱を順次行う相対移動機と、
前記相対移動機による相対移動の速度を制御する制御機とを有し、
前記所定間隔および速度が、前記溶接機で形成された1本の溶接ビードが再加熱機により再加熱される前に所定の温度まで冷却される程度に設定され
、
予熱を行う予熱装置を備え、
前記予熱装置による予熱の温度T[℃]、溶接機による溶接の入熱量Q[kJ/mm]、および、相対移動機による相対移動の速度V[mm/min]に基づき、前記溶接機および再加熱機の所定間隔L[mm]が次の式(1)を満たすことを特徴とする極厚板の突合せ溶接設備。
L≧60V(-290+1.10T+44.3Q)・・・・・・(1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多層盛溶接では、先に形成される下の層の溶接ビードが、その上の層に溶接ビードを形成するための溶接の入熱により再加熱される。溶接ビードに粗い結晶粒が生じれば靭性の低下に繋がるが、この再加熱により、下の層の溶接ビードに生じる結晶粒が細かくなるので、当該溶接ビードの靭性が向上する。
【0003】
この原理を応用し、上の層の溶接がない(つまり再加熱されない)最上層の溶接ビードに対して、別途の再加熱により、靭性の向上を図る発明が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、プラントにおける圧力容器などの静止機器であるプラント用機器には、高圧にも耐え得るように、板厚が38mm以上の鋼板、つまり極厚板が用いられる。このような鋼板の突合せ溶接では、開先を狭くすることで、極厚板のために開先が深くなっても、溶接量が大幅に増加しないようにされている。このような開先の幅は、多層盛溶接の各層が1本の溶接ビードで形成される程度である。
【0006】
狭い開先への多層盛溶接では、各層が複数本の溶接ビードで形成される広い開先への多層盛溶接と比べて、上の層を形成する溶接からの入熱が小さくなる。これにより、狭い開先への多層盛溶接では、広い開先への多層盛溶接よりも靭性が低下する。
【0007】
本発明者らは、このような狭い開先への多層盛溶接で、特に中間層のさらに中間付近の層で靭性が大きく低下するという課題を見出した。中間付近の層は、極厚板の中間部に位置することから、溶接ビードを形成するための溶接の入熱が得られても、その熱が極厚板に拡散しやすいので、十分に再加熱されない。このため、中間付近の層では、結晶粒が細かくならないので、靭性の向上が不十分である。この課題は、極厚板の板厚が大きいほど、極厚板への熱の拡散が大きいので顕著である。
【0008】
そこで、本発明は、極厚板の狭い開先に行う多層盛溶接の靭性を向上させ得る極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、第1の発明に係る極厚板の突合せ溶接方法は、各層がそれぞれ極厚板と溶接ワイヤとが溶け込んだ1本の溶接ビードで形成されて、下層、複数の層からなる中間層、および、上層からなる多層盛溶接を開先に行うための極厚板の突合せ溶接方法であって、
前記中間層を形成する工程が、
前記開先に1本の溶接ビードを形成する単層形成工程と、
前記1本の溶接ビードを所定の温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却された溶接ビードを再加熱する冷却後再加熱工程と、
前記単層形成工程、冷却工程および冷却後再加熱工程からなるサイクルを前記中間層の層数分繰り返す積層工程とを具備し、
前記所定の温度が、前記溶接ビードがマルテンサイト変態点となる温度以下である方法である。
【0011】
さらに、第2の発明に係る極厚板の突合せ溶接方法は、第1の発明に係る極厚板の突合せ溶接方法における単層形成工程で、溶接ビードがウィービングにより形成される方法である。
【0012】
加えて、第3の発明に係る極厚板の突合せ溶接方法は、第1または2の発明に係る極厚板の突合せ溶接方法における溶接ビードが、フェライト系耐熱鋼である方法である。
【0013】
また、第4の発明に係る極厚板の突合せ溶接設備は、各層がそれぞれ1本の溶接ビードで形成される多層盛溶接を開先に行うための極厚板の突合せ溶接設備であって、
前記開先に1本の溶接ビードを形成する溶接機と、
前記溶接ビードを再加熱する再加熱機と、
前記溶接機および再加熱機を所定間隔で固定する固定具と、
前記固定具を前記開先に沿って相対移動させることで溶接機による溶接および再加熱機による再加熱を順次行う相対移動機と、
前記相対移動機による相対移動の速度を制御する制御機とを有し、
前記所定間隔および速度が、前記溶接機で形成された1本の溶接ビードが再加熱機により再加熱される前に所定の温度まで冷却される程度に設定され、
予熱を行う予熱装置を備え、
前記予熱装置による予熱の温度T[℃]、溶接機による溶接の入熱量Q[kJ/mm]、および、相対移動機による相対移動の速度V[mm/min]に基づき、前記溶接機および再加熱機の所定間隔L[mm]が次の式(1)を満たすものである。
L≧60V(-290+1.10T+44.3Q)・・・・・・(1)
【発明の効果】
【0015】
前記極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備によると、熱が拡散しやすい中間付近の層での溶接ビードも、十分に再加熱されるので、結晶粒が細かくなることにより、靭性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施の形態に係る極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備で使用される極厚板およびその開先を示す断面図である。
【
図2】同極厚板の突合せ溶接方法が具備する工程を示すフローチャートである。
【
図3】同極厚板の開先に形成された溶接金属の中間付近の層が十分に再加熱される原理を説明するための断面図である。
【
図4】同極厚板の突合せ溶接方法にウィービング溶接が適用される状態を示す概略斜視図である。
【
図5A】同極厚板の突合せ溶接方法の実験例で使用された極厚板およびその開先を示す断面図である。
【
図5B】同実験例で使用された器具を示す概略斜視図である。
【
図6】同実験例での溶接金属の溶け込み形状を示す写真であり、(a)は従来の溶接方法の結果を示し(b)は本発明に係る溶接方法の結果を示す。
【
図7】
図6の模式図であり、(a)は
図6(a)に対応し、(b)は
図6(b)に対応する。
【
図8A】同実験例でのシャルピー衝撃試験の極厚板における試験片の採取位置を示す断面図である。
【
図8B】同実験例でのシャルピー衝撃試験の結果を示すグラフである。
【
図9A】同実験例での従来の溶接方法で形成された溶接金属の断面組織を示す写真である。
【
図9B】同実験例での本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属の断面組織を示す写真である。
【
図10】同極厚板の突合せ溶接設備を示す概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る極厚板の突合せ溶接方法および極厚板の突合せ溶接設備について、図面に基づき説明する。
【0018】
初めに、本実施の形態において、前記突合せ溶接方法および突合せ溶接設備が使用される極厚板および開先について説明する。
【0019】
図1に示すように、前記極厚板Pとは、板厚が38mm以上の鋼板である。2枚の極厚板P,Pは、突き合わされて、多層盛溶接による接合のために狭い開先Gが形成される。この開先Gは、前記多層盛溶接で形成される溶接金属Mの各層L1~L9がそれぞれ1本の溶接ビードBで形成される程度の狭さ(幅)である。
図1では、一例として、第1層L1~第9層L9の9本の溶接ビードBを積層することで前記溶接金属Mが形成された状態を示す。当該溶接金属Mは、下層、中間層および上層とからなる。下層および上層は、それぞれ、極厚板Pの板厚の10%程度または10mm程度でもよく、それ以下でもよい。また、下層および上層は、それぞれ、単一の層からなるものであってもよく、複数の層からなるものであってもよい。中間層は、下層と上層との間に挟まれた層であり、複数の層からなる。
図1の例では、下層は第1層L1および第2層L2であり、中間層は第3層L3~第7層L7であり、上層は第8層L8および第9層L9である。また、後述する実験例(
図5A)では、下層および上層は、それぞれ、4層分(厚さが10mm程度)である。
[極厚板Pの突合せ溶接方法]
【0020】
まず、
図1で示した多層盛溶接を開先Gに行うための極厚板Pの突合せ溶接方法について、
図2に基づき説明する。
【0021】
図2に示すように、前記極厚板Pの突合せ溶接方法は、予熱を行う予熱工程(S0)と、前記開先Gに1本の溶接ビードBを形成する単層形成工程(S1)と、前記1本の溶接ビードBを所定の温度まで冷却する冷却工程(S2)と、前記冷却された溶接ビードBを再加熱する冷却後再加熱工程(S3)とを具備する。そして、前記多層盛溶接で形成される溶接金属MがN層(
図1では一例として9層)の場合、前記単層形成工程(S1)、冷却工程(S2)および冷却後再加熱工程(S3)からなるサイクルがN回(必要な回数だけであり
図1では一例として9回)繰り返される。この繰り返しにより、積層工程(S4)として、前記多層盛溶接に必要な層であるN層の溶接ビードBが積層される。その後の工程として、前記極厚板Pの突合せ溶接方法は、溶接後熱処理を行う溶接後熱処理工程(S10)を具備する。なお、これら単層形成工程(S1)、冷却工程(S2)、冷却後再加熱工程(S3)および積層工程(S4)を、まとめて溶接工程(S1~S4)とも言える。この溶接工程は、溶接金属Mの全層(
図1では一例として全9層)を形成するものでもよいが、少なくとも中間層を形成するものである。
【0022】
ここで、前記予熱工程(S0)および溶接後熱処理工程(S10)は、必須の工程ではない。すなわち、前記極厚板Pの突合せ溶接方法は、必要に応じて、前記予熱工程(S0)および溶接後熱処理工程(S10)を具備する。
【0023】
前記単層形成工程(S1)、冷却工程(S2)および冷却後再加熱工程(S3)を経ることで、当該単層形成工程(S1)で形成された各溶接ビードBは、冷却された後の再加熱により、結晶粒が細かくなる。また、1本の溶接ビードBが形成されるごとに前記所定の温度まで冷却後に再加熱されるので、
図3に示すように、熱hが拡散しやすい中間層のさらに中間付近の層(
図3では一例として第5層L5)での溶接ビードBも、再加熱のためのアークAなどから十分な入熱Hが得られることで、十分に再加熱される。
【0024】
前記所定の温度は、溶接ビードBがマルテンサイト変態点となる温度以下であることが好ましい。すなわち、溶接ビードBがマルテンサイト組織を有するまで冷却された後に再加熱されることで、当該溶接ビードBの結晶粒がより細かくなるからである。特に、前記所定の温度は、溶接ビードBのマルテンサイト変態率が50%となる温度以下であることが一層好ましい。すなわち、溶接ビードBのマルテンサイト変態率が50%以上になるまで冷却された後に再加熱されることで、当該溶接ビードBの結晶粒がより一層細かくなるからである。
【0025】
このように、前記極厚板Pの突合せ溶接方法によると、熱が拡散しやすい中間付近の層での溶接ビードBも、十分に再加熱されるので、結晶粒が細かくなることにより、靭性を向上させることができる。
【0026】
ところで、前記単層形成工程(S1)での開先Gに1本の溶接ビードBを形成する溶接は、ウィービング溶接でなくてもよく、
図4に示すように、ウィービング溶接であってもよい。ウィービング溶接であれば、下の層への入熱が多くなることにより、各層がより十分に再加熱されるので、靭性をより向上させることができる。
【0027】
また、前記溶接金属Mは、フェライト系耐熱鋼であってもよい。溶接金属Mがフェライト系耐熱鋼であることにより、再加熱による靭性の向上が顕著となるので、靭性をより向上させることができる。
【0028】
さらに、前記極厚板Pは、板厚が38mm以上の鋼板として説明したが、好ましくは板厚が40mm以上の鋼板であり、さらに好ましくは板厚が50mm以上の鋼板である。なぜなら、板厚が40mm以上の鋼板であれば、溶接金属Mで靭性が低下しがちな中間層のさらに中間付近の層で、靭性を大幅に向上させることができるからである。この傾向は、板厚が50mm以上の鋼板でさらに顕著である。
[実験例]
【0029】
前記極厚板の突合せ溶接方法が靭性の向上に繋がることを実験により確認したので、この実験の条件および結果を以下に実験例として示す。
【0030】
本実験では、
図5Aに示すように、U字の狭い開先Gが形成された板厚が50mmの鋼板を極厚板Pとして採用した。前記開先Gは、深さを42mmにし、底部をR5の曲面にし、側部を4°で上拡がりとした。
図5Bに示すように、前記極厚板Pの底面を拘束材SBで支え、水冷システムCを開先Gの長手方向に平行な両側面に接触させるように支持治具Jで固定した。また、前記開先Gの長手方向に垂直な両側面に始端タブE1および終端タブE2を接続した。
【0031】
前記極厚板Pおよび多層盛溶接に使用した溶接ワイヤの化学成分は、次の表1に示す通りである。
【0032】
【0033】
前記極厚板Pに形成された開先Gに行った多層盛溶接の条件は、次の表2の通りである。なお、次の表2に示さない条件としては、ホットワイヤTIG溶接を採用し、溶接時の予熱およびパス間温度を200~270℃にし、再加熱の入熱は溶接での入熱の約70%にした。
【0034】
【0035】
本実験で開先Gに形成された溶接金属の溶け込み形状を比較した。
図6(a)には従来の溶接方法で形成された溶接金属の溶け込み形状の写真を示し、
図6(b)には本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属の溶け込み形状の写真を示す。また、
図7(a)には従来の溶接方法で形成された溶接金属の溶け込み形状の模式図を示し、
図7(b)には本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属の溶け込み形状の模式図を示す。すなわち、
図6(a)および
図7(a)は従来の溶接金属の溶け込み形状を示し、
図6(b)および
図7(b)は本発明に係る溶接金属の溶け込み形状を示す。
図6(a)および
図7(a)と、
図6(b)および
図7(b)とは、いずれも上の層を形成する溶接からの加熱Bhが見られた。しかしながら、
図6(b)および
図7(b)では、
図6(a)および
図7(a)とは異なり、溶接金属を構成する各層の溶接ビードBに半楕円形の溶け込みBpが見られた。このため、本発明に係る溶接方法では、従来の溶接方法に比べて、各層の溶接ビードBが十分に再加熱されていることが示された。
【0036】
本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属の靭性が高いことを確かめるために、従来の溶接方法で形成された溶接金属および本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属に対して、溶接後熱処理(保持温度:750℃、保持時間:10時間)を行った後に、シャルピー衝撃試験を行った。このシャルピー衝撃試験では、
図8Aに示すように、板厚50mmの極厚板Pの3/4の深さ(つまり37.5mmの深さ)から試験片TPを採取した。当該試験片TPでのノッチnの位置を、溶接金属Mの中央部とした。このシャルピー衝撃試験では、試験温度を次の表3に示す通りに設定し、各試験温度での試験回数を3回にした。
【0037】
【0038】
前記シャルピー衝撃試験の結果を
図8Bに示す。
図8Bに示すグラフでは、横軸が試験温度[℃]であり、縦軸がシャルピー衝撃吸収エネルギー[J]である。
図8Bに示すように、〇でプロットした従来の溶接方法よりも、△でプロットした本発明に係る溶接方法の方が、シャルピー衝撃吸収エネルギーが平均して高かった。特に、試験温度が-30℃のような低温では、この傾向が顕著であった。シャルピー衝撃吸収エネルギーが高いことは、靭性が高いことに等しいので、このシャルピー衝撃試験の結果により、従来の溶接方法で形成された溶接金属Mよりも、本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属Mの方が、靭性が高いことを確認できた。
【0039】
次に、前記シャルピー衝撃試験後の試験片TPの断面組織を比較した。
図9Aには従来の溶接方法で形成された溶接金属の断面組織の写真を示し、
図9Bには本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属の断面組織の写真を示す。
図9Aおよび
図9Bに示す実線、一点鎖線および二点鎖線は、理解を容易にするために、いずれも前記写真に対し図面として後から描いた線である。
図9Aでは、上の層を形成する溶接からの加熱Bhが小さく、粗大な柱状晶が見られる領域が大きく、全体的に結晶粒が粗い。すなわち、従来の溶接方法で形成された溶接金属Mは、全体的に結晶粒が粗い。これに対して、
図9Bでは、再加熱の入熱は溶接での入熱の約70%であり、再加熱による半楕円形の溶け込み部Bpで粗大な柱状晶は見られず、再加熱による十分な加熱により本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属Mは、全体的に結晶粒が細かい。
図9Aおよび
図9Bの比較から、従来の溶接方法で形成された溶接金属Mよりも、本発明に係る溶接方法で形成された溶接金属Mの方が、結晶粒が細かくなっているので、靭性が高いと言える。
[極厚板Pの突合せ溶接設備1]
【0040】
前記極厚板Pの突合せ溶接方法を使用するための設備である極厚板Pの突合せ溶接設備について、
図10に基づき説明する。
【0041】
以下の説明において、前記極厚板Pの突合せ溶接方法で説明した構成については、同一の符号を付してその説明を省略する。なお、
図10に示す極厚板Pの突合せ溶接設備1は、一例に過ぎず、前述した極厚板Pの突合せ溶接方法を一部でも使用する設備であれば、その構成の一部を削除または変更したものでもよい。
【0042】
図10に示すように、この極厚板Pの突合せ溶接設備1は、前記多層盛溶接に必要な層の溶接ビードBを積層する溶接装置2を備える。また、前記極厚板Pの突合せ溶接設備1は、必要に応じて、
図2に示す予熱工程(S0)での予熱を行う予熱装置7と、
図2に示す溶接後熱処理工程(S10)での溶接後熱処理を行う溶接後熱処理装置(図示省略)とを備える。勿論、これら予熱装置7および溶接後熱処理装置は、前記極厚板Pの突合せ溶接設備1の必須の構成ではない。前記予熱装置7は、
図10に示すように、例えば、極厚板Pを炎で炙る多数のガスバーナ70と、これら多数のガスバーナ70を支持する架台71とを有する。前記溶接後熱処理装置は、図示しないが、例えば、前記溶接装置2および予熱装置7とは異なる場所に配置される装置であり、多層盛溶接で接合された極厚板Pごと溶接金属Mを加熱する大型焼鈍炉でもよく、溶接金属Mおよびその近傍を局部加熱する電気ヒータでもよい。
【0043】
前記溶接装置2は、前記開先Gに1本の溶接ビードBを形成する溶接機3と、前記溶接ビードBを再加熱する再加熱機4とを有する。また、前記溶接装置2は、前記溶接機3および再加熱機4が所定間隔Lで固定されて、前記開先Gに沿って走行することで溶接機3による溶接および再加熱機4による再加熱を順次行う走行機5(固定具および相対移動機の一例)を有する。さらに、前記溶接装置2は、この走行機5による走行の速度(つまり溶接速度)Vを制御する制御機6を有する。前記所定間隔Lおよび走行の速度Vは、前記溶接機3で形成された1本の溶接ビードBが再加熱機4により再加熱される前にマルテンサイト変態率が50%以上になるまで冷却される程度に設定されている。なお、前記制御機6は、走行機5による走行の速度Vを制御するのではなく、固定された走行機5に対して極厚板Pを当該速度Vで移動させるものでもよく、走行機5および極厚板Pを相対速度が当該速度Vとなるように移動させるものでもよい。この場合、前記溶接装置2は、図示しないが、前記溶接機3および再加熱機4を所定間隔Lで固定する固定具と、この固定具を前記開先Gに沿って相対移動させることで溶接機3による溶接および再加熱機4による再加熱を順次行う相対移動機とを備える。
【0044】
前記溶接装置2の溶接機3は、アークAを発生させる電極30と、このアークAに溶接ワイヤ32を供給する溶接ワイヤ供給部31とを有する。前記再加熱機4は、アークAを発生させる電極40を有する。前記溶接機3の電極30および再加熱機4の電極40は、それぞれシールドガスIを供給するように構成されている。ここで、前記走行機5による走行により、前記溶接機3の電極30は前記再加熱機4の電極40よりも前方を走行するので、以下では、前記溶接機3の電極30を前方電極30と称し、前記再加熱機4の電極40を後方電極40と称する。前方電極30と後方電極40とが前記所定間隔Lで離されて配置されることにより、前方電極30で形成された溶接ビードBは、後方電極40で再加熱されるまでに、冷却されることになる。この冷却が前述した冷却工程となるように、前記所定間隔L、前方電極30による溶接の入熱量、および、走行機5による走行の速度Vなどのパラメータが設定される。例えば、前記極厚板Pの突合せ溶接設備1が予熱を行う予熱装置7を備える場合、前記予熱装置7による予熱の温度T[℃]、溶接機3による溶接の入熱量Q[kJ/mm]、および、走行機5による走行の速度V[mm/min]に基づき、前記溶接機3(前方電極30)および再加熱機4(後方電極40)の所定間隔L[mm]は次の式(1)を満たすことが好ましい。
L≧60V(-290+1.10T+44.3Q)・・・・・・(1)
【0045】
この式(1)は、本発明者らにより次の検討を行うことで導出された。すなわち、まず、溶接解析ソフトにより、多層盛溶接の溶接金属において最も温度が低下しにくい層は最上層であるとの知見を得た。次に、最上層において、マルテンサイト変態率が50%以上となる温度である350℃まで冷却される時間t[s]を算出した。算出された時間tは、次の表4の通りである。これら時間t[s]を算出する際に変動させたパラメータは、予熱の温度T[℃]および溶接の入熱量Q[kJ/mm]である。
【0046】
【表4】
表4で得られたデータから回帰式を算出した。この算出された回帰式は、次の式(2)である。
t=-290+1.10T+44.3Q・・・・・・(2)
【0047】
ここで、前方電極30および後方電極40の所定間隔L[mm]は、走行の速度V[mm/min]に前記時間t[s]×60(つまり単位sを単位minに換算)を乗じたもの以上であるから、
L≧V×t×60
≧60Vt・・・・・・(3)
と表記できる。
この式(3)におけるtに、前記式(2)の右辺(つまりtに相当)を代入した式が、次の式(1)である。
L≧60V(-290+1.10T+44.3Q)・・・・・・(1)
【0048】
このため、この式(1)を満たすことで、前方電極30で形成された各溶接ビードBは、後方電極40からのアークAで再加熱されるまでに、マルテンサイト変態率が50%以上となる温度である350℃まで冷却される。具体的には、溶接金属の最上層となる溶接ビードBはマルテンサイト変態率が50%以上となる温度である350℃まで冷却され、当該溶接金属の最上層以外の層(最上層から下の層)となる溶接ビードBは、350℃より低い温度まで冷却される。したがって、前記式(1)を満たすことで、各溶接ビードBは十分に冷却された後に再加熱されるので、再加熱による靭性の向上が顕著となる。
【0049】
このように、前記極厚板Pの突合せ溶接設備1によると、前記極厚板Pの突合せ溶接方法を使用するので、当該極厚板Pの突合せ溶接方法の効果を奏する。
【0050】
また、前記式(1)を満たすことにより、再加熱による靭性の向上が顕著となるので、靭性をより向上させることができる。
【0051】
さらに、走行機5が走行するだけで、溶接ビードBを形成するとともに、当該溶接ビードBを適切に冷却した後で再加熱するので、施工時間を短縮することができる。
【0052】
また、前記実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は、前述した説明ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。前記実施の形態で説明した構成のうち「課題を解決するための手段」での第1および第5の発明として記載した構成以外については、任意の構成であり、適宜削除および変更することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
P 極厚板
G 開先
M 溶接金属
B 溶接ビード
L 所定間隔
1 突合せ溶接設備
2 溶接装置
3 溶接機
4 再加熱機
5 走行機
6 制御機
7 溶接後熱処理装置
30 前方電極
31 溶接ワイヤ供給部
32 溶接ワイヤ
40 後方電極