(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-30
(45)【発行日】2022-07-08
(54)【発明の名称】覚醒方法および覚醒装置
(51)【国際特許分類】
G08G 1/16 20060101AFI20220701BHJP
A61K 31/015 20060101ALI20220701BHJP
A61L 9/12 20060101ALI20220701BHJP
B60K 28/06 20060101ALI20220701BHJP
【FI】
G08G1/16 F
A61K31/015
A61L9/12
B60K28/06
(21)【出願番号】P 2018063526
(22)【出願日】2018-03-29
【審査請求日】2021-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】391002487
【氏名又は名称】学校法人大同学園
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩井 幸一郎
(72)【発明者】
【氏名】榊原 清美
(72)【発明者】
【氏名】加藤 和広
(72)【発明者】
【氏名】中島 毅彦
(72)【発明者】
【氏名】光田 恵
(72)【発明者】
【氏名】棚村 壽三
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】日本味と匂学会誌,2006年,Vol.13, No.3,p.583-586
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G08G 1/16
A61K 31/015
A61L 9/12
B60K 28/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眠気対策が必要な作業者へ、6段階臭気強度表示法に基づく臭気強度が1~2となる範囲でα-ピネンを放出する覚醒方法
(ただし、人間を治療する方法を除く)。
【請求項2】
α-ピネンの濃度は0.01~4ppmである請求項1に記載の覚醒方法。
【請求項3】
前記α-ピネンの濃度は0.05~0.5ppmである請求項2に記載の覚醒方法。
【請求項4】
人の覚醒度に応じてα-ピネンの放出を行う請求項1~3のいずれかに記載の覚醒方法。
【請求項5】
α-ピネンの放出を間欠的に行う請求項1~4のいずれかに記載の覚醒方法。
【請求項6】
10~60秒間毎にα-ピネンを3~30秒間放出する請求項5に記載の覚醒方法。
【請求項7】
前記作業者は、移動体の運転者または搭乗者である請求項1~6のいずれかに記載の覚醒方法。
【請求項8】
α-ピネンを含む香料を収容した容器と、
α-ピネンの放出を調整する調整手段とを備え、
請求項1~7のいずれかの記載に沿った量、時期または期間でα-ピネンを放出する覚醒装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の覚醒状態の持続等に有効な覚醒方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
人は、眠気を感じて覚醒度が低下してくると、判断や動作に遅れや誤り等を生じ易くなる。このような状況は、作業効率の低下のみならず、危険を誘発する要因ともなり得る。
【0003】
そこで、各種の作業者や車両の運転者等に対して、覚醒状態を持続させたり、覚醒を促したりする方策が提案されている。これに関連する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開11-310054号公報
【文献】特開2002-265977号公報
【文献】特開2009-51835号公報
【文献】特開2014-196250号公報
【文献】特開平5-255688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、適切なタイミングで覚醒用の香りを発生させて運転者に覚醒を促す車両用覚醒維持装置を提案している。しかし、特許文献1には、覚醒用の香りに関する具体的な記載が一切ない。
【0006】
特許文献2~4には、ピネンに関する記載がある。しかし、特許文献2は、交感神経活性化香料組成物の一例として、単に「ピネン」が列記されているに留まる。また特許文献3は睡眠改善作用等がある自律神経調整剤に関するものであり、特許文献4は睡眠改善剤に関するものである。さらに、特許文献3中で挙げられている特許文献5にもα-ピネンに関する記載がある。しかし、それらいずれの公報も、いわば覚醒作用とは真逆な睡眠改善作用に着目したものである。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、覚醒状態の持続等の作用(単に「覚醒作用」という。)を人に与え得る新たな覚醒方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、揮発したα-ピネンが人の覚醒状態の持続に有効であることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《覚醒方法》
(1)本発明は、揮発したα-ピネンの放出による覚醒方法である。
【0010】
(2)本発明の覚醒方法によれば、人に不快感等を与えずに、人の覚醒状態を持続・延長させたり、人の覚醒度を高めたりすることが可能となる。
【0011】
《覚醒装置》
本発明は、その覚醒方法を実現する覚醒装置としても把握できる。すなわち本発明は、α-ピネンを含む香料を収容した容器と、α-ピネンの放出を調整する調整手段とを備え、上述した覚醒方法を行える覚醒装置でもよい。
【0012】
《覚醒香料》
本発明は、揮発成分(匂い成分)であるα-ピネンによる覚醒作用に着眼している。そこで本発明は、α-ピネンを含む覚醒香料としても把握できる。この覚醒香料を、上述した覚醒方法や覚醒装置におけるα-ピネン源に用いると好ましい。
【0013】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】各成分の覚醒持続時間を対比した棒グラフである。
【
図2】α-ピネンの臭気強度と快・不快度の関係を示す棒グラフである。
【
図3A】α-ピネンの臭気強度と緩徐眼球運動(SEM)を検出するまでの時間との関係を示す棒グラフである。
【
図3B】α-ピネンの臭気強度と操舵悪化を検出するまでの時間との関係を示す棒グラフである。
【
図3C】α-ピネンの臭気強度と目視判定指標で「かなり眠そう(D3)」に至るまでの時間との関係を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の覚醒方法、覚醒装置または覚醒香料のいずれにも適宜該当し得る。
【0016】
《α-ピネン》
α-ピネンは、ピネン(C10H16)の構造異性体の一つである。また、α-ピネンには二つの鏡像異性体が存在するが、本発明に係るα-ピネンはいずれでもよい。
【0017】
《放出量》
α-ピネンは、常温常圧下で液状であるが、僅かに揮発して特有の香りを放つ。α-ピネンは、6段階臭気強度表示法に基づく臭気強度が3以下さらには2以下となる範囲で放出されると、高い覚醒作用(覚醒持続効果)が得られて好ましい。その下限値は、臭気強度が0(無臭)以上、0超さらには1以上であると好ましい。
【0018】
人が感取する空間に放出されたα-ピネンの濃度と臭気強度の関係は、厳密に規定することが困難であるが、臭気強度0:0.01ppm以下、臭気強度1:0.01~0.25ppm、臭気強度2:0.25~4ppm、臭気強度3:4~30ppm、臭気強度4:30~100ppm、臭気強度5:100ppm以上、にほぼ相当するといえる。そこで、放出されるα-ピネンの濃度は0.01~7ppm、0.05~5ppmさらには0.1~1ppmであると好ましい。なお、本明細書でいう「ppm」は、単位体積当たりのα-ピネンの体積割合であり、鼻に吸引される空気濃度により測定(特定)される。なお、実車の場合なら、乗員の吸引濃度が所定値となるように、香り提示装置により提供される。
【0019】
《放出時期》
α-ピネンは、常時放出されていてもよいが、覚醒維持等を必要とするタイミングで放出されると効率的である。例えば、人の覚醒度に応じてα-ピネンの放出を行うと好ましい。具体的にいうと、覚醒度が低下したとき(眠気の発生が検知されたとき)に、α-ピネンを放出すると好ましい。
【0020】
なお、覚醒度は、人間の生理情報(脳波、心拍、脈波、呼吸、眼球運動、瞬き、視線等)の他、車両の運転情報(横揺れ、車線逸脱等)等に基づいて判断(判定)されてもよい。前者の場合、医学分野では脳波等により判断されるが、作業者(運転者等を含む)等への利用を考えると、眼球運動(緩徐眼球運動/SEM:Slow Eye Movement)、瞬き、視線、心拍等を指標とした眠気評定により、覚醒度を間接的に判断すると好ましい。これらであれば、カメラやセンサー等により、比較的容易に覚醒度を評価できる。
【0021】
またα-ピネンを放出する際に、連続的に放出してもよいが、間欠的(断続的)に行ってもよい。間欠的な放出でも、人に十分な覚醒作用を与えることが可能であり、α-ピネンの消費量の抑制も図れる。その際、放出間隔(インターバル)は適宜調整されるが、例えば、10~60秒毎さらには15~45秒毎の間隔でα-ピネンを放出するとよい。そのとき、1回あたりのα-ピネンの放出時間は、例えば、3~30秒間さらには5~15秒間とするとよい。
【0022】
《放出対象》
α-ピネンの放出は、覚醒維持等が必要な人になされればよく、その対象者を問わない。特に、眠気対策を即座にとり難い人、例えば、移動体(各種の車両、船舶、航空機等)の運転者または搭乗者に対してα-ピネンが放出されると好ましい。
【0023】
《覚醒装置》
α-ピネンの放出は、例えば、上述した覚醒装置によりなされる。α-ピネンを含む香料を収容した容器には、交換が容易なカートリッジ等を用いるとよい。α-ピネンの放出は、例えば、α-ピネンを収容した容器や、揮発したα-ピネンの貯留タンク等に設けたバルブ(調整手段)を開閉することにより行える。なお、α-ピネンを放出する時期、期間、量等は、予めプログラムされた制御手段(コンピュータ等)により調整手段の作動を制御してなされる。制御手段は、例えば、上述した覚醒度等に基づいて、調整手段の作動を制御する。
【0024】
《覚醒香料》
覚醒作用に必要なα-ピネンの放出が可能である限り、覚醒香料はα-ピネン以外の香料成分を含んでもよい。覚醒香料は、液体のα-ピネンのままでもよいが、それを吸質体(スポンジ等)に保持された状態でも、さらには他物質と混練等して固形化させたものでもよい。
【実施例】
【0025】
α-ピネンの覚醒作用を種々の指標で評価した。それらの具体例に基づいて、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0026】
《第1実施例》
(1)香り成分
図1に示した10種の香り成分(揮発性成分、臭気成分)を用意した。各香り成分について、被験者(ドライバー想定)に対する覚醒作用を調査した。
【0027】
(2)調査
ドライビングシミュレータを用いて、車速:約80km/h(一定)に制御された状態で、ステアリングのみを操作する模擬運転を被験者に40分間行わせた(運転課題)。その運転の開始から終了までの間、各香り成分を被験者に間欠的に提示した。香り成分の提示は、10秒間の提示と30秒間の無提示(無臭)を繰り返して行った。提示した香り成分の臭気強度は3(一定)とした。
【0028】
被験者は健康な10名の男・女(男女各5名、いずれの20歳代)とした。各香り成分毎に、各被験者について緩徐眼球運動(SEM)を指標とした眠気評定を行った。この際、被験者の眼球運動を測定し、SEMが初めて検出されるまでの時間(「覚醒維持時間」という。)を測定した。この結果をまとめて
図1に示した。なお、
図1には、香り成分を全く提示しなかったとき(単に「無臭時」という。)の覚醒維持時間(破線)も併せて示した。
【0029】
(3)評価
図1から明らかなように、l-カルボン(A)、β-カリオフィレン(B)、ゲラニオール(F)、d-リモネン(G)およびα-ピネン(I)に、比較的高い覚醒維持時間の延長効果(単に「覚醒持続効果」という。)があることがわかった。その中でも特に、α-ピネンが優れた覚醒持続効果を示すことが明らかとなった。
【0030】
《第2実施例》
(1)調査
第1実施例の結果を踏まえて、α-ピネンについて、臭気強度と快・不快度の関係を調査した。その結果をまとめて
図2に示した。臭気強度は、悪臭防止法において、規制基準を定めるための基本的な考え方として用いられた6段階臭気強度表示法により示した。快・不快度は7段階快・不快度表示法により示した。
【0031】
(2)評価
図2から明らかなように、臭気強度0~3(未満)さらには1~2であれば、α-ピネンを接した被験者は不快感を感じることがないことがわかった。
【0032】
《第3実施例》
(1)調査
臭気強度の異なるα-ピネンを提示した被験者の覚醒維持時間を種々の指標で調査した。各被験者に与えた運転課題およびにおい提示方法(間欠提示方法)は第1実施例の場合と同じにした。α-ピネンの臭気強度は、4条件(0:0ppm、1:0.08ppm、2:0.8ppm、3:7ppm)のいずれかとした。被験者は健康な20名の男・女(男女各10名、平均年齢:21.8歳)とした。
【0033】
指標には、SEM指標(緩徐眼球運動指標)、操舵指標(車両横位置:SD)および目視判定指標を用いた。各指標による眠気評定(覚醒維持時間)をそれぞれ
図3A、
図3Bおよび
図3Cに示した。覚醒維持時間は、操舵指標の場合は操舵ふらつきが検出されるまでの時間、目視判定指標の場合は眠気評定の「D3」(かなり眠そう)までの時間とした。SEM指標の覚醒維持時間は、第1実施例の場合と同様とした。
【0034】
(2)評価
いずれの指標に基づく眠気評定においても、臭気強度1~2のとき、特に臭気強度1近傍(0.05~0.5ppm)のとき、覚醒維持時間を長くできることがわかった。なお、
図3A~3Bに示した5分の覚醒維持時間の延長は、概ね、実車の運転なら15分の覚醒維持時間の延長に相当する。
【0035】
以上から明らかなように、本発明に係る揮発したα-ピネン(香り成分)の提示により、覚醒作用を付与できることがわかった。