(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-30
(45)【発行日】2022-07-08
(54)【発明の名称】匍匐害虫防除方法、及び匍匐害虫防除用エアゾール
(51)【国際特許分類】
A01N 53/06 20060101AFI20220701BHJP
A01N 53/08 20060101ALI20220701BHJP
A01P 7/04 20060101ALI20220701BHJP
A01N 25/06 20060101ALI20220701BHJP
【FI】
A01N53/06 110
A01N53/08 110
A01N53/08 125
A01P7/04
A01N25/06
(21)【出願番号】P 2021545422
(86)(22)【出願日】2020-12-24
(86)【国際出願番号】 JP2020048431
(87)【国際公開番号】W WO2021132458
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2021-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2019239727
(32)【優先日】2019-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000207584
【氏名又は名称】大日本除蟲菊株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100171310
【氏名又は名称】日東 伸二
(72)【発明者】
【氏名】原田 悠耶
(72)【発明者】
【氏名】小林 洋子
(72)【発明者】
【氏名】川尻 由美
(72)【発明者】
【氏名】中山 幸治
【審査官】早乙女 智美
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-063576(JP,A)
【文献】特開2013-170140(JP,A)
【文献】特開2012-240929(JP,A)
【文献】特開2018-162242(JP,A)
【文献】特開2015-027982(JP,A)
【文献】特開2011-132196(JP,A)
【文献】特開2019-182847(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 53/06-53/08
A01N 25/06
A01P 7/04
Japio-GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
匍匐害虫防除成分及び溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを定量噴射バルブを備えたエアゾール容器に充填してなる定量噴射タイプのエアゾールを用いた匍匐害虫防除方法であって、
前記匍匐害虫防除成分は、一般式(I):
【化1】
[式中、Xは水素原子、メチル基、又はメトキシメチル基を表し、R
1及びR
2は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のハロアルキル基、又はシアノ基を表す。]で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び、一般式(II):
【化2】
[式中、Yは水素原子又はシアノ基を表し、Zは水素原子又はフッ素原子を表し、R
3及びR
4は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、又は炭素数1~3のハロアルキル基を表す。]で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物を含み、
前記エアゾールは、重量として、前記エアゾール原液における前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の含有量をaとし、前記3-フェノキシベンジルエステル化合物の含有量をbとし、前記溶剤の含有量をcとしたとき、以下の式(1):
δ = b/(a+c) ・・・(1)
で定義するδが
0.524~
1.16を満たし、
前記エアゾール原液の充填容量をL、前記噴射剤の充填容量をGとしたとき、以下の式(2):
0.2 ≦ L/(L+G) ≦
0.4 ・・・(2)
を満たすように構成されており、
前記エアゾールの噴射距離5cmにおける噴射力が10~50gfに設定されており、
前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物は、メトフルトリン及び/又はトランスフルトリンであり、
前記3-フェノキシベンジルエステル化合物は、フェノトリン、ペルメトリン、及びシフェノトリンからなる群から選択される少なくとも一つであり、
前記溶剤は、エタノールであり、
前記定量噴射バルブの一回当たりの噴射容量が、0.2~0.4mLであり、
前記匍匐害虫は、トコジラミであり、
前記エアゾールを屋内で空間に向けて噴霧する匍匐害虫防除方法。
【請求項2】
前記匍匐害虫防除成分の気中への放出量は、0.1~50mg/m
3である
請求項1に記載の匍匐害虫防除方法。
【請求項3】
一般式(I):
【化3】
[式中、Xは水素原子、メチル基、又はメトキシメチル基を表し、R
1及びR
2は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のハロアルキル基、又はシアノ基を表す。]で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び、一般式(II):
【化4】
[式中、Yは水素原子又はシアノ基を表し、Zは水素原子又はフッ素原子を表し、R
3及びR
4は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、又は炭素数1~3のハロアルキル基を表す。]で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物を含む匍匐害虫防除成分、並びに溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを定量噴射バルブを備えたエアゾール容器に充填してなり、
重量として、前記エアゾール原液における前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の含有量をaとし、前記3-フェノキシベンジルエステル化合物の含有量をbとし、前記溶剤の含有量をcとしたとき、以下の式(1):
δ = b/(a+c) ・・・(1)
で定義するδが
0.524~
1.16を満たし、
前記エアゾール原液の充填容量をL、前記噴射剤の充填容量をGとしたとき、以下の式(2):
0.2 ≦ L/(L+G) ≦
0.4 ・・・(2)
を満たすように構成されており、
噴射距離5cmにおける噴射力を10~50gfに設定してあ
り、
前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物は、メトフルトリン及び/又はトランスフルトリンであり、
前記3-フェノキシベンジルエステル化合物は、フェノトリン、ペルメトリン、及びシフェノトリンからなる群から選択される少なくとも一つであり、
前記溶剤は、エタノールであり、
前記定量噴射バルブの一回当たりの噴射容量が、0.2~0.4mLであり、
前記匍匐害虫は、トコジラミである匍匐害虫防除用エアゾール。
【請求項4】
前記匍匐害虫防除成分の気中への放出量は、0.1~50mg/m
3である
請求項3に記載の匍匐害虫防除用エアゾール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、定量噴射タイプのエアゾールを用いたトコジラミ等の匍匐害虫防除方法、及びトコジラミ等の匍匐害虫防除用エアゾールに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、一部のホテルや宿泊所においてトコジラミの蔓延が社会問題となっており、早急な対応策が求められている。床面や壁を徘徊し、隙間に潜むトコジラミを対象とし、トコジラミが生息する場所や通り道に施用するタイプの殺虫剤としては、従来、(1)燻煙剤、(2)全量噴射型エアゾール、及び(3)塗布型エアゾールが代表的で、それぞれ剤型上の特徴を有している。
【0003】
(1)燻煙剤や(2)全量噴射型エアゾールは、薬剤を一気に室内の隅々まで放散し、所定時間室内を密閉して薬剤濃度を高め、その間、人が入室できないことから、医薬品の範疇に該当する。これらの製剤は、放散された薬剤によって、処理空間全体においてトコジラミに対して高い駆除効果を奏する、所謂、空間処理であることが特徴である。しかしながら、これらの製剤は、処理前に電気器具類や食器類を養生し、また処理後には噴射沈降物の清掃作業を必要とするなどの手間を要すること、さらに、薬剤の安全性に格別留意する必要があることなどから、手軽に頻繁に採用される剤型とは言い難い。
【0004】
一方、局所的に処理する(3)塗布型エアゾールは、その多くが人体に対する作用が緩和な医薬部外品に該当し、使いやすさがメリットとして評価される。塗布型エアゾールには、例えば、害虫防除成分と特定の飽和脂肪族炭化水素とを配合することで、トコジラミを防除できるものが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【0005】
また、(1)燻煙剤や(2)全量噴射型エアゾールよりも少ない薬剤量で、匍匐害虫を駆除する方法として、殺虫成分及び溶剤を含む殺虫液を、ピエゾ式噴霧器により少量ずつ時間をかけて放散させる匍匐害虫駆除方法が知られている(例えば、特許文献2を参照)。特許文献2の害虫駆除方法では、室内空間、収容空間等の空間内に粒子径の小さい殺虫液微粒子を浮遊させ続けることで、匍匐害虫を駆除することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-170140号公報
【文献】特開2009-143868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の塗布型エアゾールは、(1)燻煙剤や(2)全量噴射型エアゾールのような空間処理ではなく、薬剤を処理した箇所でのみトコジラミに対して駆除効果を奏する、所謂、局所処理であるため、薬剤とトコジラミとの接触効率が(1)燻煙剤や(2)全量噴射型エアゾールに較べて劣り、必ずしも効率的な駆除方法を提供できるものではない。
【0008】
特許文献2の匍匐害虫駆除方法は、液体電気蚊取りのように、微量の薬剤を継続して長時間にわたり空間に放散し、ゴキブリを駆除することを提案したものであるが、薬剤に強いゴキブリを対象とする以上、強力な殺虫成分を使用せざるを得ず、人体に対する安全性の懸念が避けられない。また、トコジラミは、ゴキブリとは生態や習性が異なり、特許文献2の方法によってトコジラミを必ずしも効果的に駆除できるとは限らない。
【0009】
このように、薬剤とトコジラミとの接触効率に優れた空間処理でありながら、使いやすい医薬部外品に該当する匍匐害虫防除剤の開発が望まれるが、未だ実用化されたものはなかった。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、定量噴射タイプのエアゾールを用いて、隙間に潜む習性を有する匍匐害虫、特にトコジラミを効果的に防除することができる匍匐害虫防除方法、及び匍匐害虫防除用エアゾールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明に係る匍匐害虫防除方法の特徴構成は、
匍匐害虫防除成分及び溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを定量噴射バルブを備えたエアゾール容器に充填してなる定量噴射タイプのエアゾールを用いた匍匐害虫防除方法であって、
前記匍匐害虫防除成分は、一般式(I):
【化1】
[式中、Xは水素原子、メチル基、又はメトキシメチル基を表し、R
1及びR
2は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のハロアルキル基、又はシアノ基を表す。]で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び、一般式(II):
【化2】
[式中、Yは水素原子又はシアノ基を表し、Zは水素原子又はフッ素原子を表し、R
3及びR
4は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、又は炭素数1~3のハロアルキル基を表す。]で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物を含み、
前記エアゾールは、重量として、前記エアゾール原液における前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の含有量をaとし、前記3-フェノキシベンジルエステル化合物の含有量をbとし、前記溶剤の含有量をcとしたとき、以下の式(1):
δ = b/(a+c) ・・・(1)
で定義するδが0.45~4.00を満たし、
前記エアゾール原液の充填容量をL、前記噴射剤の充填容量をGとしたとき、以下の式(2):
0.1 ≦ L/(L+G) ≦ 0.5 ・・・(2)
を満たすように構成されており、
前記エアゾールを屋内で空間に向けて噴霧することにある。
【0012】
本構成の匍匐害虫防除方法によれば、定量噴射タイプのエアゾールを用いて空間処理を行うものであるため、人が居る状況下でも安全性の高い匍匐害虫防除のための処理を行うことができる。また、匍匐害虫防除成分として、比較的高い揮散性を有する2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物と、難揮散性である3-フェノキシベンジルエステル化合物とを組み合わせて用いることで、匍匐害虫防除成分が床や壁に付着して、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に対する防除効果を高めることができる。さらに、エアゾール原液の各成分の含有量をパラメータとする上記の式(1)から求められるδが上記の範囲となるように、上記の特定の匍匐害虫防除成分及び溶剤を組み合わせることで、また、エアゾール原液及び噴射剤の充填容量をパラメータとする上記の式(2)の値を上記の範囲に設定することで、これらの予期し得ない相乗効果により、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に対する優れた防除効果に加えて、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫を効果的に防除することが可能となる。
【0013】
本発明に係る匍匐害虫防除方法において、
前記溶剤は、炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルであることが好ましい。
【0014】
本構成の匍匐害虫防除方法によれば、溶剤が炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルであることにより、噴霧粒子が隙間に入り易くなり、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫に対しても優れた防除効果を発揮することができる。
【0015】
本発明に係る匍匐害虫防除方法において、
前記匍匐害虫は、トコジラミであることが好ましい。
【0016】
本構成の匍匐害虫防除方法によれば、匍匐害虫として、特にトコジラミに対して優れた防除効果を発揮することができる。
【0017】
上記課題を解決するための本発明に係る匍匐害虫防除用エアゾールの特徴構成は、
一般式(I):
【化3】
[式中、Xは水素原子、メチル基、又はメトキシメチル基を表し、R
1及びR
2は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のハロアルキル基、又はシアノ基を表す。]で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び、一般式(II):
【化4】
[式中、Yは水素原子又はシアノ基を表し、Zは水素原子又はフッ素原子を表し、R
3及びR
4は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、又は炭素数1~3のハロアルキル基を表す。]で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物を含む匍匐害虫防除成分、並びに溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを定量噴射バルブを備えたエアゾール容器に充填してなり、
重量として、前記エアゾール原液における前記2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の含有量をaとし、前記3-フェノキシベンジルエステル化合物の含有量をbとし、前記溶剤の含有量をcとしたとき、以下の式(1):
δ = b/(a+c) ・・・(1)
で定義するδが0.45~4.00を満たし、
前記エアゾール原液の充填容量をL、前記噴射剤の充填容量をGとしたとき、以下の式(2):
0.1 ≦ L/(L+G) ≦ 0.5 ・・・(2)
を満たすように構成されていることにある。
【0018】
本構成の匍匐害虫防除用エアゾールによれば、匍匐害虫防除成分として、比較的高い揮散性を有する2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物と、難揮散性である3-フェノキシベンジルエステル化合物とを組み合わせて用いることで、匍匐害虫防除成分が床や壁に付着して、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に対する防除効果を高めることできる。さらに、エアゾール原液の各成分の含有量をパラメータとする上記の式(1)から求められるδが上記の範囲となるように、上記の特定の匍匐害虫防除成分及び溶剤を組み合わせることで、また、エアゾール原液及び噴射剤の充填容量をパラメータとする上記の式(2)の値を上記の範囲に設定することで、これらの予期し得ない相乗効果により、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に対する優れた防除効果に加えて、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫を効果的に防除することが可能となる。
【0019】
本発明に係る匍匐害虫防除用エアゾールにおいて、
前記溶剤は、炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルであることが好ましい。
【0020】
本構成の匍匐害虫防除用エアゾールによれば、溶剤が炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルであることにより、噴霧粒子が隙間に入り易くなり、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫に対しても優れた防除効果を発揮することができる。
【0021】
本発明に係る匍匐害虫防除用エアゾールにおいて、
噴射距離5cmにおける噴射力を3~50gfに設定してあることが好ましい。
【0022】
本構成の匍匐害虫防除用エアゾールによれば、噴射距離5cmにおける噴射力を3~50gfに設定することで、床面及び壁面に十分量の匍匐害虫防除成分が付着するとともに、処理空間の隙間に匍匐害虫防除成分が到達し、床面に徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫と隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫の何れに対しても実用上十分な防除効果が得られる。
【0023】
本発明に係る匍匐害虫防除用エアゾールにおいて、
前記匍匐害虫は、トコジラミであることが好ましい。
【0024】
本構成の匍匐害虫防除用エアゾールによれば、匍匐害虫として、特にトコジラミに対して優れた防除効果を発揮することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の匍匐害虫防除方法、及び匍匐害虫防除用エアゾールについて説明する。ただし、本発明は、以下に説明する構成に限定することを意図するものではない。
【0026】
〔匍匐害虫防除用エアゾールの配合〕
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、空間処理によってトコジラミ等の匍匐害虫を防除するために用いられる定量噴射タイプのエアゾールであり、匍匐害虫防除成分及び溶剤を含有するエアゾール原液、並びに噴射剤を、定量噴射バルブを備えたエアゾール容器に充填したものとして構成される。ここで、本発明における「空間処理」とは、処理空間に広く匍匐害虫防除成分を放散させることで、処理空間全体においてトコジラミ等の匍匐害虫を防除する処理である。空間処理は、防除成分を局所的に処理し、防除成分を処理した箇所でのみ匍匐害虫を防除する局所処理と比較して、匍匐害虫に対する防除成分の接触効率が優れるため、高い防除効果が期待できるものであるが、処理空間内の人に対する安全性に留意する必要がある。本発明の匍匐害虫防除方法では、定量噴射タイプのエアゾールを屋内で空間に向けて噴霧するため、トコジラミ等の匍匐害虫に対して実用上十分な防除効果を奏することが可能でありながら、薬剤量が燻煙剤や全量噴射型エアゾールよりも少なく、人体に対する作用が緩和なものとなる。なお、本明細書では、ノックダウン効果や致死効果に基づく駆除効果に加え、忌避効果を合わせて防除効果と呼ぶ。駆除効果が低くても十分な忌避効果があれば、実用上、防除が達せられる場面も多い。
【0027】
<エアゾール原液>
エアゾール原液の主成分の一つである匍匐害虫防除成分は、一般式(I):
【化5】
[式中、Xは水素原子、メチル基、又はメトキシメチル基を表し、R
1及びR
2は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のハロアルキル基、又はシアノ基を表す。]で示される共通骨格を有する2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物と、一般式(II):
【化6】
[式中、Yは水素原子又はシアノ基を表し、Zは水素原子又はフッ素原子を表し、R
3及びR
4は夫々、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルキル基、又は炭素数1~3のハロアルキル基を表す。]で示される共通骨格を有する3-フェノキシベンジルエステル化合物とを含む。本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、屋内の処理空間で一定量噴射すると、噴霧粒子が主に付着性粒子として床面に沈降するが、匍匐害虫防除成分として一般式(I)で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び一般式(II)で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物という異なる共通骨格の化合物を組み合わせて用いることで、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に対する防除効果を高めることができる。
【0028】
一般式(I)で示される2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物としては、例えば、メトフルトリン、トランスフルトリン、プロフルトリン、モンフルオロトリン、ジメフルトリン、テフルトリン、ヘプタフルトリン、及びメパフルトリン等が挙げられるが、これらの中でも、揮散性(蒸気圧)や安定性、基礎殺虫効力等を考慮すると、メトフルトリン、トランスフルトリン、及びプロフルトリンが好ましい。上記の2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物は、単独又は複数種類を混合して使用することができる。なお、2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の酸部分やアルコール部分において、不斉炭素に基づく光学異性体や二重結合に基づく幾何異性体が存在する場合、それらの各々や任意の混合物も本発明に包含される。
【0029】
一般式(II)で示される3-フェノキシベンジルエステル化合物としては、例えば、フェノトリン、シフェノトリン、ペルメトリン、シペルメトリン、デルタメトリン、シハロトリン、及びシフルトリン等が挙げられる。これらの中でも、フェノトリン、ペルメトリン、及びシフェノトリンが好ましい。上記の3-フェノキシベンジルエステル化合物は、単独又は複数種類を混合して使用することができる。なお、3-フェノキシベンジルエステル化合物の酸部分やアルコール部分において、不斉炭素に基づく光学異性体や二重結合に基づく幾何異性体が存在する場合、それらの各々や任意の混合物も本発明に包含される。
【0030】
2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び3-フェノキシベンジルエステル化合物を合計したエアゾール原液中の匍匐害虫防除成分の含有量は、30~75w/v%とすることが好ましい。エアゾール原液中の匍匐害虫防除成分の含有量が上記の範囲にあれば、エアゾールが噴射された際、噴霧粒子がトコジラミ等の匍匐害虫の防除に最適な状態で形成され、適切な防除効果を得ることができる。エアゾール原液中の匍匐害虫防除成分の含有量が30w/v%未満であると、処理空間に放出される匍匐害虫防除成分が不足し、十分な防除効果が得られない虞がある。エアゾール原液中の匍匐害虫防除成分の含有量が75w/v%を超えると、エアゾールが噴射された際、噴霧粒子がトコジラミ等の匍匐害虫の防除に最適な状態で形成されない虞がある。
【0031】
エアゾール原液の主成分の一つである溶剤には、炭素数が2~3の低級アルコール、炭化水素系溶剤(ノルマルパラフィン系溶剤、及びイソパラフィン系溶剤等)、炭素数が16~20の高級脂肪酸エステル、炭素数が3~10のグリコールエーテル系溶剤、並びにケトン系溶剤等が挙げられ、炭素数2~3の低級アルコール、又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルが好ましく用いられる。これらの溶剤を用いることで、噴霧後に、噴霧粒子が隙間に入り易くなり、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫に対しても優れた防除効果を発揮することができる。炭素数2~3の低級アルコールとしては、エタノール、1-プロパノール、及び2-プロパノール等が挙げられ、炭素数16~20の高級脂肪酸エステルとしては、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、及びラウリン酸ヘキシル等が挙げられる。これらの中でも、隙間に入りやすいという観点から、エタノール、又はミリスチン酸イソプロピルが好ましく、噴霧後に揮散し粒子径が小さくなりやすく、隙間により入りやすいという観点から、エタノールがより好ましい。
【0032】
エアゾール原液は、重量として、2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物の含有量をaとし、3-フェノキシベンジルエステル化合物の含有量をbとし、溶剤の含有量をcとしたとき、以下の式(1):
δ = b/(a+c) ・・・(1)
で定義するδが0.45~4.00を満たすように調製され、0.45~3.20を満たすように調製されることが好ましい。上記の式(1)から求められるδは、エアゾール原液における高い揮散性を有する成分(2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び溶剤)に対する難揮散性の成分(3-フェノキシベンジルエステル化合物)の重量比率を示すパラメータであり、δの値が0.45~4.00となるように、上記の特定の匍匐害虫防除成分及び溶剤を組み合わせることで、これらの予期し得ない相乗効果により、床や壁を徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫に加えて、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫を効果的に防除することが可能となる。
【0033】
エアゾール原液には、上記成分に加え、カビ類、菌類、ウイルス等を対象とした防カビ剤、抗菌剤、殺菌剤、抗ウイルス剤、芳香剤、消臭剤、安定化剤、帯電防止剤、消泡剤、及び賦形剤等を適宜配合することもできる。防カビ剤、抗菌剤、殺菌剤、及び抗ウイルス剤としては、ヒノキチオール、2-メルカプトベンゾチアゾール、2-(4-チアゾリル)ベンゾイミダゾール、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリホリン、3-メチル-4-イソプロピルフェノール、及びオルト-フェニルフェノール等を例示できる。また、芳香剤としては、オレンジ油、レモン油、ラベンダー油、ペパーミント油、ユーカリ油、シトロネラ油、ライム油、ユズ油、ジャスミン油、檜油、緑茶精油、リモネン、α-ピネン、リナロール、ゲラニオール、フェニルエチルアルコール、アミルシンナミックアルデヒド、クミンアルデヒド、ベンジルアセテート等の芳香成分、「緑の香り」と呼ばれる青葉アルコールや青葉アルデヒド配合の香料成分等が挙げられる。
【0034】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、水性化処方を採用することもできる。この場合、エアゾール原液に含まれる水の量は5~50v/v%程度が好適であり、噴霧粒子の噴射パターンに影響を与えない範囲で、可溶化助剤として若干量の非イオン系界面活性剤を添加してもよい。非イオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、及びポリオキシエチレンアルキルアミノエーテル類等のエーテル類、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、及びポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル類等の脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンスチレン化フェノール、並びに脂肪酸のポリアルカロールアミド等が挙げられ、なかでも、エーテル類が好ましい。
【0035】
<噴射剤>
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールで用いる噴射剤としては、液化石油ガス(LPG)、ジメチルエーテル(DME)、及びハイドロフルオロオレフィン等の液化ガス、窒素ガス、炭酸ガス、亜酸化窒素、並びに圧縮空気等が挙げられ、これらの中でも、液化ガスが好ましい。上記の噴射剤は、単独又は混合状態で使用することができるが、LPGを主成分としたものが使い易い。
【0036】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、エアゾール容器に充填されるエアゾール原液の充填容量をLとし、噴射剤の充填容量をGとしたとき、以下の式(2):
0.1 ≦ L/(L+G) ≦ 0.5 ・・・(2)
を満たすように構成される。上記の式(2)を満たすことで、十分な量の匍匐害虫防除成分を床面、壁面、及び処理空間内の隙間の全体へ均一に拡散させることができる。[L/(L+G)]が0.1より小さい、つまり、エアゾール容器内に封入する噴射剤を多量にすると、噴射されるエアゾール原液から形成される噴霧粒子が必要以上に微細化され、匍匐害虫防除成分の床面、壁面への付着量が不足する虞がある。[L/(L+G)]が0.5より大きい、つまり、エアゾール容器内に封入する噴射剤を少量にすると、噴霧粒子が大きくなり、匍匐害虫防除成分の隙間への到達が不十分となる虞がある。
【0037】
〔匍匐害虫防除用エアゾールの噴射口〕
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールの噴射口の形状(断面形状)は、特に限定されないが円形、四角形等の多角形、楕円形等が挙げられ、円形であることが好ましい。ここで、噴口径は、噴射口の形状が楕円形である場合は楕円形の長径を意味し、噴射口の形状が多角形状である場合は多角形の外接円の直径を意味する。噴射口の開口面積は、0.05~8.0mm2であることが好ましく、0.1~4.0mm2であることがより好ましく、0.2~3.0mm2であることがさらに好ましい。例えば、噴射口の数が1個であり、噴射口の形状が円形である場合、噴射口のサイズ(噴口径)は、0.2mm以上であることが好ましく、0.3mm以上であることがより好ましく、0.5mm以上であることがさらに好ましい。また、噴口径は、3.0mm以下であることが好ましく、2.0mm以下であることがより好ましく、1.8mm以下であることがさらに好ましい。噴口径が0.2~3.0mmであれば、噴霧粒子のサイズが適切なものとなり、隙間に十分量の匍匐害虫防除成分が到達し、隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫も好適に防除することが可能となる。
【0038】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールの噴射口の数は、1個であってもよく、2個以上であってもよいが、簡便で低コストで製造できるという観点からすれば、噴射口の数は1個であることが好ましい。
【0039】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールの噴射口は、水平面に対する噴射口の仰角が、通常0~60°に設定されており、10~60°に設定されていることが好ましく、15~50°に設定されていることがより好ましい。水平面に対する噴射口の仰角が上記の範囲であれば、噴射不良が起こりにくく、エアゾール原液を安定に噴射することができる。なお、噴射口を2個有するノズル又はアクチュエータの水平面に対する噴射口の仰角については、各噴射口の中心を結んだ線分の垂直二等分線の水平面に対する仰角とする。噴射口を3個以上有するノズル又はアクチュエータについては、水平面に対する噴射口の仰角を以下のように定める。ノズル又はアクチュエータの噴射部の中央に噴射口が存在するものについては、その中央の噴射口の中心を貫く直交線の水平面に対する仰角とする。ノズル又はアクチュエータの噴射部の中央に噴射口が存在しないものについては、各噴射口の中心を結ぶ多角形の外接円の中心を貫く直交線の水平面に対する仰角とする。
【0040】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、噴射口からの距離が5cmの箇所において噴射力が3~50gfに設定されていることが好ましく、10~30gfに設定されていることがより好ましい。噴射力が3~50gfの範囲にあれば、床面及び壁面に十分量の匍匐害虫防除成分が付着するとともに、処理空間の隙間に匍匐害虫防除成分が到達し、床面に徘徊するトコジラミ等の匍匐害虫と隙間に潜むトコジラミ等の匍匐害虫の何れに対しても実用上十分な防除効果が得られる。なお、本実施形態では、害虫防除用エアゾールの噴射力を、デジタルフォースゲージ(FGC-0.5、日本電産シンポ株式会社製)により測定した。
【0041】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールは、定量噴射バルブの一回当たりの噴射容量が、0.1~5.0mLであることが好ましく、0.2~3.0mLであることがより好ましく、0.2~1.0mLであることがさらに好ましい。一回当たりの噴射容量が0.1~5.0mLであれば、例えば、4.5~8畳の部屋に相当する容積18.8~33.3m3(面積7.5~13.3m2、高さ2.2~3.0m)の処理空間において、匍匐害虫防除用エアゾールを一回から数回噴射することで匍匐害虫防除成分の放出量が適切なものとなり、処理空間において匍匐害虫に対して実用上十分な防除効果が得られ、特にトコジラミに対して優れた防除効果が得られる。また、一回当たりの噴射容量が0.1~5.0mLであれば、処理頻度は1~7日間に1回で十分なものとなる。
【0042】
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールにおいて、ノズルや容器等の形状は、その用途、使用目的等に応じて適宜選択することができる。例えば、上から押して噴射するボタンと斜め上方向きのノズルを備えた卓上タイプとしたり、小型容器の携帯用として設計することができる。また、匍匐害虫防除用エアゾールを作動させるためのアクチュエータは、ノズルを有するものでも、ノズルを有さないものでも構わない。ノズルを有するものである場合、突出したノズル付きのものでも、突出していないノズル付きのものでも構わないが、突出したノズル付きのものが好ましい。ノズル付きアクチュエータである場合、ノズルの長さは、特に限定されないが、2.0~80mmが好ましく、3.0~70mmがより好ましく、4.0~60mmが特に好ましい。アクチュエータにおける操作ボタンは、プッシュダウンタイプやトリガータイプのボタンを採用することができる。
【0043】
〔匍匐害虫防除方法〕
本発明の匍匐害虫防除方法は、本発明の匍匐害虫防除用エアゾールのような特定の匍匐害虫防除成分及び溶剤を含む定量噴射タイプのエアゾールを処理空間に向けて噴射するものである。燻煙剤や全量噴射型エアゾールを用いる場合、薬剤処理中は処理空間に人が入室できず処理空間を2~3時間閉め切る必要があることに加え、処理前に電気器具類や食器類を養生し、また処理後には噴射沈降物の清掃作業を必要とする。これに対し、本発明の匍匐害虫防除方法では、定量噴射タイプのエアゾールを用いることで、処理空間に噴射する匍匐害虫防除成分を少量に抑えることができる。そのため、本発明の匍匐害虫防除方法によれば、燻煙剤や全量噴射型エアゾールの場合に必要な処理前の準備手順や、処理後の噴射沈降物の清掃作業が不要となる。また、本発明の匍匐害虫防除方法は、定量噴射タイプのエアゾールを用いて空間処理を行うものであるため、処理空間となる屋内空間から退室せずとも、匍匐害虫防除のための処理を安全に実施することができる。このように、本発明の匍匐害虫防除方法は、局所処理方式よりも防除効果に優れた空間処理方式を採用しつつ、従来の燻煙剤や全量噴射型エアゾールを用いた空間処理からは想定できない利便性が得られる。
【0044】
本発明の匍匐害虫防除方法において、匍匐害虫防除用エアゾールを屋内で噴霧するときに、匍匐害虫防除成分の気中への放出量は、0.1~50mg/m3であることが好ましく、0.5~50mg/m3であることがより好ましい。匍匐害虫防除成分の気中への放出量が上記の範囲にあれば、人が居る状況下でも高い安全性を有しながら、匍匐害虫、特にトコジラミに対する優れた防除効果を得ることができる。一回当たりの噴射容量が1.0~5.0mLの定量噴射バルブを備えた匍匐害虫防除用エアゾールを用いて、4.5~8畳の部屋に相当する容積が18.8~33.3m3(面積7.5~13.3m2、高さ2.2~3.0m)の屋内の処理空間で本発明の匍匐害虫防除方法を実施する場合、通常、一回の噴射により、気中への匍匐害虫防除成分の放出量が0.1~50mg/m3となる。より容積の大きな屋内の処理空間においては、その処理空間の容積にあわせて気中の匍匐害虫防除成分の放出量が0.1~50mg/m3となるように、複数回噴射することで、処理空間の大きさに関わらず同様の防除効果を得ることができる。なお、一回あたりの噴射容量が1.0mL未満、例えば、0.1~0.9mLの定量噴射バルブを備えたエアゾールを用いる場合でも、気中の匍匐害虫防除成分の放出量が0.1~50mg/m3となるように適宜噴射回数を調整することで、匍匐害虫、特にトコジラミに対する優れた防除効果を得ることができる。
【0045】
本発明の匍匐害虫防除方法は、1~7日に一回の頻度で実施することが好ましい。上述したように本発明の匍匐害虫防除方法では、2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、及び3-フェノキシベンジルエステル化合物を含む匍匐害虫防除成分、並びに溶剤(好ましくは、炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステル)を併用することによって、これらの相乗効果により匍匐害虫、特にトコジラミに対する防除効果をより向上することが可能であるため、1~7日に一回の実施頻度であっても、匍匐害虫に対し実用上十分な防除効果が期待でき、特にトコジラミに対しては優れた防除効果が得られる。このように、本発明の匍匐害虫防除方法は、匍匐害虫防除用エアゾールの施用頻度を低減することができる。
【0046】
本発明の匍匐害虫防除方法において、匍匐害虫防除用エアゾールの噴射方向角が水平面に対して0~60°となるように噴霧することが好ましく、30~60°となるように噴霧することがより好ましい。エアゾールの噴射方向角が上記範囲内であれば、拡散均一性が優れたものとなる。
【0047】
本発明の匍匐害虫防除方法が有効な匍匐害虫の種類は、特に限定されない。匍匐害虫を例示すると、クモ、ゴキブリ、ムカデ、アリ、ゲジ、ヤスデ、ダンゴムシ、ワラジムシ、シロアリ、ケムシ、ダニ、シラミ、マダニ、トコジラミ等が挙げられる。これらの中でも、クモ、ゴキブリ、トコジラミに対して優れた防除効果を奏することができ、トコジラミ(ナンキンムシ)、タイワントコジラミ(ネッタイトコジラミ)等のトコジラミに対しては特に優れた防除効果を奏する。
【実施例】
【0048】
本発明の効果を検証するため、本発明の特徴構成を備えた匍匐害虫防除用エアゾール(実施例1~17)を準備し、床を徘徊するトコジラミ、及び隙間に潜むトコジラミに対する駆除効果を検討した。また、比較のため、本発明の特徴構成を備えていない匍匐害虫防除用エアゾール(比較例1~8)を準備し、同様の検討を実施した。
【0049】
〔実施例1〕
2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物である化合物Aとしてメトフルトリン0.168g(0.56w/v%)と、3-フェノキシベンジルエステル化合物である化合物Bとしてフェノトリン13.20g(44w/v%)とを、溶剤であるエタノール13.76gに溶解してエアゾール原液を調製した。このエアゾール原液は、前述の式(1)により算出されるδの値が0.948である。このエアゾール原液30mLと、液化石油ガス70mLとを定量噴射バルブ(一回当たりの噴射容量0.4mL)付きエアゾール容器に加圧充填して、実施例1で用いる匍匐害虫防除用エアゾールを得た。この匍匐害虫防除用エアゾールは、エアゾール原液の充填容量L、及び噴射剤の充填容量Gから算出される容量比率[L/(L+G)]が0.3であり、噴射距離5cmにおける噴射力は14gfであった。
【0050】
〔実施例2〕
2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物である化合物Aとしてメトフルトリン0.168g(0.56w/v%)と、3-フェノキシベンジルエステル化合物である化合物Bとしてフェノトリン13.20g(44w/v%)とを、溶剤であるエタノール13.76gに溶解してエアゾール原液を調製した。このエアゾール原液は、前述の式(1)により算出されるδの値が0.948である。このエアゾール原液30mLと、液化石油ガス70mLとを定量噴射バルブ(一回当たりの噴射容量0.2mL)付きエアゾール容器に加圧充填して、実施例2で用いる匍匐害虫防除用エアゾールを得た。この匍匐害虫防除用エアゾールは、エアゾール原液の充填容量L、及び噴射剤の充填容量Gから算出される容量比率[L/(L+G)]が0.3であり、噴射距離5cmにおける噴射力は5gfであった。
【0051】
〔実施例3〕
2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物である化合物Aとしてメトフルトリン0.168g(0.56w/v%)と、3-フェノキシベンジルエステル化合物である化合物Bとしてフェノトリン13.20g(44w/v%)とを、溶剤であるエタノール13.76gに溶解してエアゾール原液を調製した。このエアゾール原液は、前述の式(1)により算出されるδの値が0.948である。このエアゾール原液30mLと、液化石油ガス70mLとを定量噴射バルブ(一回当たりの噴射容量1.0mL)付きエアゾール容器に加圧充填して、実施例3で用いる匍匐害虫防除用エアゾールを得た。この匍匐害虫防除用エアゾールは、エアゾール原液の充填容量L、及び噴射剤の充填容量Gから算出される容量比率[L/(L+G)]が0.3であり、噴射距離5cmにおける噴射力は27gfであった。
【0052】
〔実施例4~17、比較例1~8〕
実施例1に準じた手順で、表1、及び表2に示す配合にて各種匍匐害虫防除用エアゾールを調製した。なお、各匍匐害虫防除用エアゾールは、噴射距離5cmにおける噴射力を、何れも14gfとなるように調製した。
【0053】
【0054】
【0055】
実施例1~17、及び比較例1~8について、(1)床を徘徊するトコジラミに対する駆除効果、及び(2)隙間に潜むトコジラミに対する駆除効果を確認するための試験を行った。試験結果を表3に示す。
【0056】
(1)床を徘徊するトコジラミに対する駆除効果
20×20cmのガラス板合計4枚を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各ガラス板の上に逃亡防止のためにワセリンを塗布した直径約10cmのプラスチックリングを置き、各リング内に所定の供試昆虫(トコジラミ:5匹)を放って自由に徘徊させた。実施例1、及び4~17、並びに比較例1~8では、部屋の中央で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方4隅に向けて4ショット噴霧した。実施例2では、部屋の中央で、供試エアゾールを0.2mLずつ、やや斜め上方4隅に向けて6ショット噴霧した。実施例3では、部屋の中央で、供試エアゾールを1.0mL、やや斜め上方に向けて1ショット噴霧した。噴霧から24時間放置して薬剤に暴露させた後、ガラス板を、供試昆虫を含むリングごと別部屋に移し、餌を与え、さらに24時間後に供試昆虫の致死率を求めた。
【0057】
(2)隙間に潜むトコジラミに対する駆除効果
逃亡防止のためのワセリンを塗ったバット(幅35cm、奥行28cm、高さ6cm)を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各バットにトコジラミ5匹を放ち、木製シェルター(幅20cm、奥行10cm、高さ1cm、前面のみ開放)を静置してトコジラミを潜ませた。実施例1、及び4~17、並びに比較例1~8では、部屋の中央で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方4隅に向けて4ショット噴霧した。実施例2では、部屋の中央で、供試エアゾールを0.2mLずつ、やや斜め上方4隅に向けて6ショット噴霧した。実施例3では、部屋の中央で、供試エアゾールを1.0mL、やや斜め上方に向けて1ショット噴霧した。噴霧から30分放置して薬剤に暴露させた後、バットを、供試昆虫が潜む木製シェルターごと別部屋に移し、餌を与え、さらに5日後に供試昆虫の致死率を求めた。
【0058】
【0059】
試験の結果、実施例1~17の何れでも、床を徘徊するトコジラミの致死率が85%以上となり、隙間に潜むトコジラミの致死率が80%以上となった。このことから、本発明の匍匐害虫防除方法を実施することで、床を徘徊するトコジラミに対する防除効果と、隙間に潜むトコジラミに対する防除効果との両方を、高いレベルで得られることが確認された。なお、実施例1、及び4~17で用いた匍匐害虫防除用エアゾールは、1回の処理に1.6mL(0.4mL×4)使用するとして、約60回分有効であった。実施例2で用いた匍匐害虫防除用エアゾールは、1回の処理に1.2mL(0.2mL×6)使用するとして、約80回分有効であった。実施例3で用いた匍匐害虫防除用エアゾールは、1回の処理に1.0mL使用するとして、約100回分有効であった。
【0060】
これに対し、比較例1や2のように前述の式(1)により算出されるδの値が0.45~4.00の範囲を外れるものでは、床を徘徊するトコジラミ、及び隙間に潜むトコジラミの何れに対しても、十分な防除効果が得られなかった。このことから、δの値が0.45~4.00の範囲から外れると、2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物、3-フェノキシベンジルエステル化合物、並びに炭素数2~3の低級アルコール又は炭素数16~20の高級脂肪酸エステルである溶剤を併用することによる相乗効果が十分に発揮されないと考えられる。
【0061】
化合物Aとして2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物とは異なるエムペントリンを用いた比較例3では、特に、隙間に潜むトコジラミに対する防除効果が不十分であった。化合物Bとして3-フェノキシベンジルエステル化合物とは異なるイミプロトリンを用いた比較例4では、床を徘徊するトコジラミと隙間に潜むトコジラミの何れに対しても防除効果をほとんど確認できなかった。また、匍匐害虫防除成分として、化合物Bである3-フェノキシベンジルエステル化合物のみを配合した比較例5では、特に、隙間に潜むトコジラミに対する防除効果が不十分であった。匍匐害虫防除成分として、化合物Aである2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物のみを配合した比較例6では、床を徘徊するトコジラミ、及び隙間に潜むトコジラミの何れに対しても、防除効果がほとんど確認できなかった。このことから、床を徘徊するトコジラミと隙間に潜むトコジラミの両方に対して十分な防除効果を得るには、複数種類の匍匐害虫防除成分を併用することが効果的であるが、単に、複数種類の匍匐害虫防除成分を併用するだけでは不十分であり、本発明に規定する特定の2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物と、3-フェノキシベンジルエステル化合物とを組み合わせて用いる必要があると考えられる。
【0062】
エアゾール原液の充填容量L、噴射剤の充填容量Gから算出される容量比率[L/(L+G)]が0.6であり、エアゾール原液の充填容量が過剰に多い比較例7は、床を徘徊するトコジラミに対しては高い防除効果を奏するが、隙間に潜むトコジラミへの防除効果が不十分であった。これは、エアゾール原液の充填容量が多いために噴霧粒子が大きくなり、噴霧粒子が速く床面に沈降しすぎることで、噴霧粒子の隙間への到達が不十分になり、隙間に潜むトコジラミへの防除効果が低下したと考えられる。一方、容量比率[L/(L+G)]が0.05であり、噴射剤の充填容量が過剰に多い比較例8は、隙間に潜むトコジラミに対しては防除効果を奏するが、床を徘徊するトコジラミへの防除効果が不十分であった。これは、噴射剤の充填容量が多いために噴霧粒子が過度に小さくなり、噴霧粒子が隙間へ到達し易くなるが、隙間に到達しなかった噴霧粒子は床面へ沈降することなく気中に長く残存するため、床面に付着する匍匐害虫防除成分が不足したことが原因と考えられる。
【0063】
〔参考例1〕
本発明の匍匐害虫防除用エアゾールにおいて、実施例で使用した溶媒(エタノール、2-プロパノール、ミリスチン酸イソプロピル)以外の溶媒を使用した場合の効果を確認するため、実施例7の配合において、溶剤として2-プロパノールの代わりにイソパラフィン系溶剤であるアイソパーMを使用し、匍匐害虫防除用エアゾール(参考例1)を調製した。参考例1の匍匐害虫防除用エアゾールは、前述の式(1)により算出されるδの値が2.28であり、エアゾール原液の充填容量L、及び噴射剤の充填容量Gから算出される容量比率[L/(L+G)]が0.3であり、噴射距離5cmにおける噴射力は14gfであった。
【0064】
参考例1の匍匐害虫防除用エアゾールについて、上記の実施例と同様の駆除効果確認試験を行ったところ、床を徘徊するトコジラミの致死率(1日後)は80%であったが、隙間に潜むトコジラミの致死率(5日後)は15%に留まり、床を徘徊するトコジラミに対する防除効果と比較して、隙間に潜むトコジラミに対する防除効果が低下していた。これは、噴霧後に、噴霧粒子の隙間への到達が不十分となり、隙間に潜むトコジラミに対して、本発明に規定する特定の2,3,5,6-テトラフルオロベンジルエステル化合物と、3-フェノキシベンジルエステル化合物との防除効果(相乗効果)が実施例ほどには発揮されなかったことが原因と考えられる。
【0065】
(3)クモに対する駆除効果1
20×20cmのガラス板合計4枚(ヒメグモ用)を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各ガラス板の上に直径約20cmのプラスチックリングを置き、各リング内に所定の供試昆虫(ヒメグモ:1匹)を放って自由に徘徊させた。実施例9の匍匐害虫防除用エアゾールを部屋の中央(床上1.5mの高さ)で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方に方向を変えながら、4ショット噴霧した。噴霧から30分間放置して供試昆虫を薬剤に暴露させた後、ガラス板を、供試昆虫を含むリングごと別部屋に移し、餌を与え、さらに24時間後に供試昆虫の致死率を求めたところ、致死率は100%であった。
【0066】
(4)クモに対する駆除効果2
20×20cmのガラス板合計4枚(ヒメグモ用)を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各ガラス板の上に直径約20cmのプラスチックリングを置き、各リング内に所定の供試昆虫(ヒメグモ:1匹)を放って自由に徘徊させた。実施例12の匍匐害虫防除用エアゾールを部屋の中央(床上1.5mの高さ)で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方に方向を変えながら、4ショット噴霧した。噴霧から30分間放置して供試昆虫を薬剤に暴露させた後、ガラス板を、供試昆虫を含むリングごと別部屋に移し、餌を与え、さらに24時間後に供試昆虫の致死率を求めたところ、致死率は100%であった。
【0067】
(5)ゴキブリに対する駆除効果1
20×20cmのガラス板合計4枚(ワモンゴキブリ用)を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各ガラス板の上に直径約20cmのプラスチックリングを置き、各リング内に所定の供試昆虫(ワモンゴキブリ:幼虫5匹)を放って自由に徘徊させた。実施例9の匍匐害虫防除用エアゾールを部屋の中央(床上1.5mの高さ)で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方に方向を変えながら、4ショット噴霧した。噴霧から30分間放置して供試昆虫を薬剤に暴露させた後、ガラス板を、供試昆虫を含むリングごと別部屋に移し、餌を与え、さらに24時間後に供試昆虫の致死率を求めたところ、致死率は100%であった。
【0068】
(6)ゴキブリに対する駆除効果2
20×20cmのガラス板合計4枚(ワモンゴキブリ用)を閉めきった容積25m3の部屋(6畳の部屋に相当、面積10m2)の4隅に設置し、各ガラス板の上に直径約20cmのプラスチックリングを置き、各リング内に所定の供試昆虫(ワモンゴキブリ:幼虫5匹)を放って自由に徘徊させた。実施例12の匍匐害虫防除用エアゾールを部屋の中央(床上1.5mの高さ)で、供試エアゾールを0.4mLずつ、やや斜め上方に方向を変えながら、4ショット噴霧した。噴霧から30分間放置して供試昆虫を薬剤に暴露させた後、ガラス板を、供試昆虫を含むリングごと別部屋に移し、餌を与え、さらに24時間後に供試昆虫の致死率を求めたところ、致死率は95%であった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の匍匐害虫防除方法、及び匍匐害虫防除用エアゾールは、一般家屋、宿泊施設等での匍匐害虫、特にトコジラミの防除を目的として利用することが可能である。