(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-01
(45)【発行日】2022-07-11
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 15/00 20060101AFI20220704BHJP
C01B 32/168 20170101ALI20220704BHJP
C01B 32/159 20170101ALI20220704BHJP
【FI】
C01G15/00 B
C01B32/168
C01B32/159
(21)【出願番号】P 2018131832
(22)【出願日】2018-07-11
【審査請求日】2021-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】下位 法弘
(72)【発明者】
【氏名】田路 和幸
(72)【発明者】
【氏名】福田 健作
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-133196(JP,A)
【文献】特開2011-016711(JP,A)
【文献】高結晶性単層カーボンナノチューブを用いた低消費電力型平面発光源,第29回エレクトロニクス実装学会春季講演大会,18A3-3,2015年,p.463-466
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 1/00-23/08
C01B 33/00-33/991
H01L 29/786
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スズドープ酸化インジウムとカーボンナノチューブとを含むカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜であって、前記カーボンナノチューブの下記で定義するカーボンナノチューブの体積抵抗率が1×10
-6Ω・cm以下である、カーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜。
ここでカーボンナノチューブの体積抵抗率は、単層のカーボンナノチューブをアセトン中に分散させた分散液に超音波分散処理とジェットミルによる粉砕処理を施して得られたカーボンナノチューブ分散液を、ブフナー漏斗と吸引瓶を用いて減圧濾過して得られた膜状物について4端子4探針法によって測定して得られる体積抵抗率として定義される。
【請求項2】
カーボンナノチューブの含有量が0.01質量%以上、10質量%以下である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜。
【請求項3】
電子移動度が10cm
2/Vs以上である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜。
【請求項4】
スズドープ酸化インジウムとカーボンナノチューブの含有量の和が80質量%以上である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜。
【請求項5】
有機インジウム化合物、有機スズ化合物およびカーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ分散液を基板に塗布し、加熱してカーボンナノチューブを含むスズドープインジウム酸化物膜を形成するカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜の製造方法であって、前記カーボンナノチューブの下記で定義する体積抵抗率が1×10
-6Ω・cm以下である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜の製造方法。
ここでカーボンナノチューブの体積抵抗率は、単層のカーボンナノチューブをアセトン中に分散させた分散液に超音波分散処理とジェットミルによる粉砕処理を施して得られたカーボンナノチューブ分散液を、ブフナー漏斗と吸引瓶を用いて減圧濾過して得られた膜状物について4端子4探針法によって測定して得られる体積抵抗率として定義される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い電子移動度(以下、移動度と表記する場合がある。)を有するカーボンナノチューブ(以下、CNTと表記する。)含有金属酸化物膜、特にCNT含有スズドープ酸化インジウム(以下、ITOと表記する。)膜に関する。
【背景技術】
【0002】
金属酸化物膜は真空成膜法による製造において実用化がなされ、現在注目を集めている。また、高い特性を有する金属酸化物膜を簡便に、かつ大気圧下で形成することを目的とした、液相プロセスによる金属酸化物半導体膜の作製に関して研究開発が盛んに行われている。
例えば、硝酸塩等の金属塩を含む溶液を塗布し、金属酸化物半導体層を形成する手法が開示されている(特許文献1参照)。
また、溶液を基板上に塗布し、紫外線を用いることで150℃以下の低温で金属酸化物薄膜を形成する方法が報告されている(特許文献2参照)。
また、硝酸インジウムを含む溶液を基板上に塗布し、塗布膜を乾燥させて金属酸化物半導体前駆体膜を形成する工程と、金属酸化物半導体前駆体膜を金属酸化物半導体膜に転化する工程とを交互に2回以上繰り返すことを含み、前記転化する少なくとも2回の工程において、基板の最高到達温度を120℃以上250℃以下にして金属酸化物半導体前駆体膜を金属酸化物半導体膜に転化することにより金属酸化物半導体膜を得る方法が報告されている(特許文献3参照)。
また、スズ(錫)ドープインジウム酸化物とカーボンナノチューブとを含む膜の表面に溝を形成することにより電界電子放出膜を得る方法が報告されている(特許文献4参照)。
【0003】
金属酸化物膜は、薄膜トランジスタ(TFT)等の電子素子や表示装置用の材料として活用されているが、電子素子や表示装置の性能を向上するために、より移動度の高い金属酸化物膜が求められている。この要求に対して、特許文献1~3に記載の金属酸化物膜は体積抵抗率が高く、その要求に十分に応えられていなかった。また、特許文献4に記載の技術で得られる膜はスズドープインジウム酸化物(ITO)を主体とする膜の表面に溝を多数形成したものであり、その移動度は不明であった。また、金属酸化物膜にCNTを含有させる場合、CNTは高価であり、コスト低減の観点からCNTの含有量を少なくすることが工業上重要であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2009/081862号公報
【文献】特表2015-520716号公報
【文献】特開2015-111628号公報
【文献】特開2015-133196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、高い移動度を有するCNT含有金属酸化物膜、特にCNT含有量が少ない場合においても高い移動度を有するCNT含有ITO膜を提供することを目的とする。また、当該高い移動度を有するCNT含有ITO膜を簡便に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明は、以下を提供する。すなわち、
スズドープ酸化インジウムとカーボンナノチューブとを含むカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜であって、前記カーボンナノチューブの下記で定義するカーボンナノチューブの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下である、カーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜が提供される。
ここでカーボンナノチューブの体積抵抗率は、単層のカーボンナノチューブをアセトン中に分散させた分散液に超音波分散処理とジェットミルによる粉砕処理を施して得られたカーボンナノチューブ分散液を、ブフナー漏斗と吸引瓶を用いて減圧濾過して得られた膜状物について4端子4探針法によって測定して得られる体積抵抗率として定義される。
前記のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜は、前記のカーボンナノチューブの含有量が0.01質量%以上、10質量%以下であることが好ましく、電子移動度が10cm2/Vs以上であることが好ましく、スズドープ酸化インジウムとカーボンナノチューブの含有量の和が80質量%以上であることが好ましい。
また本発明においては、前記のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜の製造方法であって、有機インジウム化合物、有機スズ化合物およびカーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ分散液を基板に塗布し、加熱してカーボンナノチューブを含むスズドープインジウム酸化物膜を形成するカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜の製造方法であって、前記カーボンナノチューブの前記で定義する体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有スズドープ酸化インジウム膜の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0007】
以上、本発明においては、CNT含有ITO膜に、後述するCNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下であるCNTを含有させることにより、CNT含有量が少ない場合でも高い移動度を有するCNT含有ITO膜を得ることができる。また、当該高い移動度を有するCNT含有ITO膜を、簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例1-5で得られたCNT含有ITO膜の表面のSEM写真。
【
図2】実施例1-20で得られたCNT含有ITO膜の表面のSEM写真。
【
図3】CNT含有ITO膜中のCNT含有量と移動度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本出願人らは以前、高純度で結晶性の高い単層(シングルウォール)CNTおよびその製造方法について特許出願し、特開2011-016711号公報により公開されている。当該特許出願により開示された製造方法は、アーク放電により得られたCNTを含む粗製煤を大気中での燃焼酸化処理、酸処理により精製した後、真空加熱処理することにより高純度で結晶性の高い単層CNTを得るというものである。
本発明者らの検討によると、その製造方法で得られた真空加熱処理を施した単層CNTは、バッキーペーパーにしたときの体積抵抗率が極めて低い(導電性が極めて高い)ことが判明した。ここでバッキーペーパー (Buckypaper)とは、カーボンナノチューブの結合体による薄膜状の物質の総称である。
本発明者らは、このようにバッキーペーパーにしたときの体積抵抗率が低いCNTをITO膜に混入することにより、CNT含有量が低い場合においても高い移動度を有するCNT含有ITO膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
[CNT含有ITO膜]
ITO(スズドープ酸化インジウム、酸化インジウムスズ、Indium Tin Oxide)は、インジウム酸化物中にスズ酸化物が固溶したものであり、製造条件によりその組成が変化する。また、出発原料として有機金属を用い、焼成温度が低い場合には有機成分が一部残存する場合もあるが、本発明におけるITOの含有量とは、酸化物膜中に含まれるインジウムおよびスズが、それぞれ化学量論組成の酸化物(In2O3およびSnO2)であると仮定して算出した値である。
本発明のCNT含有ITO膜は、実質的にインジウム酸化物、スズ酸化物、CNTを主成分として構成されるが、下記のITOとCNTの合計含有量を満たす場合には、原料であるインジウムもしくはスズの有機化合物の部分分解物および原料に由来する有機物、当該CNT含有ITO膜により構成される電子素子の特性に悪影響を与えない金属粒子等の導電性物質を含むことを妨げない。本発明のCNT含有ITO膜の表面には、溝が形成されていないことが好ましい。膜を電界電子放出膜として用いる場合には溝が必要だが、特許文献4に記載されているような溝が表面に形成されている場合には、膜の物理的強度の低下や本発明のCNT含有ITO膜を電子素子に用いた場合の実効的な移動度が低下する恐れがある。
【0011】
本発明の効果を十分得るという観点より、本発明のCNT含有ITO膜は、ITOとCNTの合計含有量が80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましく、95質量%以上であることが一層好ましい。ITOとCNTの合計含有量が80質量%未満の場合には、十分な移動度向上効果を得られなくなることがある。
本発明のCNT含有ITO膜中のインジウムとスズの組成比は、InおよびSnの質量比で示される元素組成比In/(In+Sn)が0.6~0.98であることが好ましい。質量比が0.6未満の場合には、ITOマトリクスの絶縁性が上がり、CNT間の電子導通性を阻害する場合があり、質量比が0.98を超えると、原料分散液中にCNTが分散しにくくなることが考えられる。
【0012】
[CNT]
本発明のCNT含有ITO膜は、ITOを主成分とし、CNTを微量含む金属酸化物膜である。CNT含有ITO膜中のCNT含有量は、0.01質量%~10質量%の範囲が好ましい。CNT含有ITO膜中のCNT含有量が0.01質量%未満の場合には、CNT含有ITO膜の移動度が十分向上しないおそれがあり、10質量%を超えると、高価なCNTを多量に必要とし、膜の製造コストが高くなるため好ましくない。上記を考慮すると、CNT含有ITO膜中のCNT含有量は、0.03質量%~5質量%がさらに好ましく、0.06質量%~3質量%が一層好ましい。なお、製造コストを優先させる場合には、CNT含有ITO膜中のCNT含有量は0.18質量%未満とすることが好ましい。
【0013】
本発明のCNT含有ITO膜は、CNTとして、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下であるCNTを用いることに特徴がある。CNTの添加による移動度向上効果を得やすくする観点から、CNTのバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率は1×10-7Ω・cm以下であることがさらに好ましく、1×10-8Ω・cm以下であることが一層好ましい。体積抵抗率の低いCNTを用いることにより、CNT含有ITO膜の移動度が大きく向上する理由は、明確には判明していないが、本発明者らは、多層ナノチューブの場合、外層のグラフェン層はカーボンネットワークに結晶欠陥を生じやすくグラファイトと同様の導電特性しか発現せず、理論上CNTが持つバリスティック導電特性は発現しにくいことが知られており、CNTのバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が低い(言い換えれば結晶性の高い)CNTを用いることにより、高導電特性と高移動度を有するCNT含有ITO膜を得ることができるものと推定している。CNTのバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率を1×10-8Ω・cm未満とすることは難しく、この体積抵抗率の下限は特に限定されないが、現実的には1×10-8Ω・cm以上となる。
なお、単層CNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率の測定方法については、後述する。
【0014】
本発明のCNT含有ITO膜に含有させるCNTは、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下のものであればその製造履歴を問わないが、前述した特開2011-016711号公報により開示された製造方法を用いて製造した単層CNTを用いることが好ましい。
すなわち、当該条件を満たす単層CNTは、燃焼酸化処理、酸処理を繰り返して精製した単層CNTを、真空中、好ましくは5×10-5Pa以上の真空中、1000℃以上、好ましくは1000~1500℃、さらに好ましくは1100~1300℃、最も好ましくは1200℃で加熱することによって得ることができる。
なお、当該条件を満たす単層CNTは、市販の単層CNTに前記の真空加熱処理を施すことにより製造できる場合もある。
【0015】
[電子移動度]
本発明のCNT含有ITO膜は、高い電子移動度(移動度)を有する。CNT含有ITO膜の移動度は、電子素子や表示装置の性能を向上するためには高い方が好ましく、10cm2/Vs以上が好ましくcm2/Vs、30cm2/Vs以上がさらに好ましく、50cm2/Vs以上が一層好ましい。本発明のCNT含有ITO膜は、800cm2/Vs以上という極めて高い移動度を得ることもできる。本発明のCNT含有ITO膜について移動度の上限は特に規定されるものではないが、典型的には1200cm2/Vs以下となり得る。膜の移動度は、後述するタイムオブフライト法により測定することができる。
【0016】
[膜厚]
本発明においては、CNT含有ITO膜の厚さには特に限定はなく、用途に応じて適宜設定すればよいが、0.1μm~1mmの範囲とすることが好ましい。膜厚が0.1μm未満の場合には、CNT含有ITO膜中でCNTが偏在し、十分な移動度向上効果を得られないことがある。膜厚が1mmを超える場合には、膜の焼成が均一に進まず、十分な移動度向上効果を得られない場合がある。
【0017】
[CNT含有ITO膜の製造方法]
本発明のCNT含有ITO膜は、ITOの前駆物質であるインジウムを含む成分およびスズを含む成分並びにCNTを含む分散液(原料分散液)を基板に塗布し、加熱・焼成してCNT含有ITO膜を形成することにより得ることができる。
【0018】
[原料分散液]
原料分散液に添加するインジウムを含む成分としては、有機インジウム化合物が挙げられる。有機インジウム化合物としては、トリアルキルインジウムまたはインジウムアルコキシドを使用することができる。取扱の容易性の観点からトリアルキルインジウムとしてはトリブチルインジウムが好適な例として挙げられる。アルコキシドとしては、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。前記インジウムを含む成分として、有機インジウム化合物に加えてITO粉を用いることもできる。このITO粉は、同時にスズを含む成分でもある。ITO粉を用いる場合、その粒径が過大であれば膜内でのCNTの分散性に悪影響を及ぼすので、平均粒径として10μm以下のものが好ましく0.1μm以下のものがさらに好ましい。
原料分散液に添加するスズを含む成分としては、有機スズ化合物が挙げられる。有機スズ化合物として、スズアルコキシドを用いることができる。アルコキシドとしては、インジウムアルコキシドと同様に、メトキシド、エトキシド、ブトキシド、イソプロポキシド等、加熱により酸化物に変化するものであれば、その種類は特に限定されない。
【0019】
原料分散液に添加するインジウムを含む成分とスズを含む成分として、市販のインジウム有機化合物とスズ有機化合物が有機溶剤に溶解した溶液を使用することができる。この溶液として、例えば、金属としてインジウムとスズを含む高純度化学研究所製のMOD(Metal Organic Decomposition)材料であるITO-05Cが挙げられる。このMOD材料は、MOD材料を基板上に塗布し、焼成することにより、ITO膜を得ることができるものである。
原料分散液に添加するCNTは、上述の様に、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下であるCNTを用いることが好ましい。このCNTは、後述の実施例2に記載された方法により得ることができる。また、市販の単層CNTを真空中で1000℃~1500℃の温度で加熱処理することによっても得ることができる場合がある。前記の加熱処理温度は、1100℃~1300℃とすることがさらに好ましい。
【0020】
原料分散液に用いる分散媒の種類には、特に制限はないが、インジウムおよびスズ成分にアルコキシドを用いる場合には、混合時の加水分解を抑制する観点から有機溶媒を使用することが好ましい。有機溶媒の好適な例として、アルコール、酢酸ブチル等が挙げられる。
原料分散液には、分散液の粘度調整のために、増粘剤を添加しても良い。原料分散液の粘度が低い場合、増粘剤を添加することにより、CNT分散液の塗布性が向上し、基板と膜との密着性が向上する。増粘剤としては、公知の増粘剤を使用することができる。好適な例として、エチルセルロース等が挙げられる。
原料分散液には、上記の他、分散剤を添加することができる。分散剤を使用することにより、CNTの分散性が向上する。分散剤は公知の分散剤を使用することができる。好適な例として、アニオン系の界面活性剤、ドデシルベンゼンスルホン酸、塩化ベンザルニコウム、ベンゼンスルホン酸ソーダ等が挙げられる。
【0021】
原料分散液中のCNTは、よく分散していることが好ましい。原料分散液の調製に当たって、CNT添加後の原料分散液に対して分散処理をおこなうことにより、原料分散液中のCNTの分散状態を向上させることができる。この分散処理には公知の分散処理方法を用いることができる。例として、超音波処理、ジェットミルを使用した処理、ボールミルを用いた処理を挙げることができる。
【0022】
[CNT含有ITO膜の形成]
まず、原料分散液を基板上に塗布して、塗布膜を形成する。本発明においては、基板としては、CNT含有ITO膜を生成する焼成処理に耐えるものであれば特に限定はないが、基板の材質としては、金属、ガラス、セラミックス、耐熱樹脂等を用いることができる。塗布方法としては、静電塗布、スプレー塗布、スピン塗布、ディップ塗布等の公知の塗布方法を用いることができる。前記により形成した塗布膜を300℃~600℃で加熱(焼成)することにより、ITOを主成分とし、CNTを含む膜(CNT含有ITO膜)を得ることができる。焼成は、減圧中、大気雰囲気中、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気中のいずれで行っても良い。焼成時間は、CNT含有ITO膜の移動度が高くなるように、塗布膜の厚さや組成等により、適宜設定すればよい。焼成の前に、前記により形成した塗布膜を300℃未満の温度に加熱して、塗布膜の乾燥(溶媒成分の除去)を行ってもよい。
【実施例】
【0023】
[CNT含有ITO膜中のCNT含有率の算出]
CNT含有ITO膜中のCNT含有率は、以下の方法で算出した。まず、原料分散液に含まれるインジウム(In)およびスズ(Sn)が、焼成によりそれぞれIn2O3およびSnO2に変化してITOを構成するとして、単位体積の原料分散液により形成されるITOの質量を求める。続いて、単位体積の原料分散液中に含まれるCNTの質量を前記のITOの質量で除して得られた値をCNT含有ITO膜中のCNT含有率とした。
【0024】
[体積抵抗率の測定]
分散した状態でCNTの体積抵抗率は測定困難であり、本発明においては、CNTにより構成されるCNT膜状物(バッキーペーパー)の体積抵抗によりCNTの体積抵抗を定義する。前記のCNT膜状物(バッキーペーパー)は、以下の手順で形成した。
CNT500mgとアセトン250mLとを混合し、超音波分散処理を30分間実施した。超音波分散処理後の混合液をジェットミル(株式会社スギノマシン社製、型番HJP-25001)を用いて、吐出圧力が60MPaの条件で処理をおこなうことを10回繰り返し、CNTアセトン分散液を得た。得られたCNTアセトン分散液をブフナー漏斗と吸引瓶を用いて減圧濾過することにより、CNT膜状物を得た。このCNT膜状物を圧力0.1Paの減圧下で100℃に加熱する乾燥処理を3時間おこない、CNT膜状物である布状のCNT膜(バッキーペーパー)を得た。バッキーペーパーの厚さは、50μm程度となるようにした。 得られたバッキーペーパーの体積抵抗率を、低抵抗率計(株式会社三菱化学アナリテック製;ロレスタ-GP MCP-T610)を用い、4端子4探針法にて体積固有抵抗(体積抵抗率)を測定した。
【0025】
[CNT含有ITO膜の電子移動度測定]
CNT含有ITO膜の電子移動度(移動度)は、タイムオブフライト(Time-of-Flight(TOF))法により求めた。移動度測定は、以下の条件でおこなった。
測定サンプルサイズ:10mm×10mm×20μm
光透過電極:スパッタ法で形成したITO膜
対向電極:Ta板
光透過電極および対向電極の形成領域:10mm×10mm
励起光源:ハロゲンランプ
印加電圧:100V(DC)
オシロスコープは、Keysight社製3000T X-シリーズ(1GHz)を用いて測定を実施した。結果を表1に示した。
【0026】
[実施例1-1]
[CNT]
CNT(シングルウォール、Hanwha Nanotech社製、ASP-100F)を1.3×10-5Paの真空中において1200℃で3時間加熱(アニール)し、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が5.4×10-8Ω・cmであるCNTを得た。
[原料分散液]
前記の加熱処理したCNT0.1gと、エチルセルロース(関東化学製、エチルセルロース100cP(エトキシ含有量48~49.5%)36gと、酢酸ブチル186gを混合し、混合液を得た。この混合液に対し、超音波分散処理を30分間実施した。超音波分散処理後の混合液をジェットミル(株式会社スギノマシン社製、型番HJP-25001)を用いて、吐出圧力が60MPaの条件で処理をおこなうことを10回繰り返し、CNT分散液を得た。
エチルセルロース(関東化学製、エチルセルロース100cP(エトキシ含有量48~49.5%)36gと、酢酸ブチル186gを混合し、エチルセルロース溶液を得た。
前記CNT分散液とエチルセルロース溶液と混合し、混合液を得た。ここで混合液の質量が22.2gになるようにし、かつ前記混合液のCNT含有量が0.07mgになるようにCNT分散液の量を調整した。得られた混合液と、ITO-05C(ITOのMOD材料、高純度化学研究所社製)21mL(19.8g)とを混合し、超音波分散処理を30分間実施した。超音波分散処理後の混合液をジェットミル(株式会社スギノマシン社製、型番HJP-25001)を用いて、吐出圧力が60MPaの条件で処理をおこなうことを10回繰り返し、原料分散液を得た。なお、ITO-05Cを塗布、焼成した場合、得られるITO膜の質量は、ITO-05Cの質量の5%であり、膜の組成は、In2O3:SnO2(質量比)が、95:5となる。
【0027】
[CNT含有ITO膜の形成]
静電塗布スプレーを用い、厚さ0.1mmのTa板(タンタル製の板)の表面に、前記原料分散液を塗布した。このとき、塗布領域は10mm×10mmの領域とし、塗布膜厚は、焼成後の膜厚が20μmになるように調整した。引き続き、原料分散液を塗布したTa板を、空気中230℃の条件下で30分間加熱し、乾燥した。さらに、前記乾燥後の原料分散液が塗布されたTa板を、減圧下(圧力0.001Pa)で470℃まで90分間かけて昇温し、470℃で30分間焼成して、Ta板上にCNT含有ITO膜を生成させた。この場合、CNT含有ITO膜中のCNT含有率は0.01質量%である。本実施例により得られたCNT含有ITO膜について、前記の方法により移動度を測定したところ、その値は14cm2/Vsであった。その測定結果を表1に示す。なお、表1には、CNTの真空加熱処理の有無、原料分散液中のCNT添加量(mg)、およびCNT含有ITO膜中のCNT含有率(質量%)も併せて示してある。
【0028】
[比較例1-1]
CNTとして、実施例1-1で行った真空中、1200℃で3時間の加熱処理を施さなかったCNTを使用し、その添加量を変化させてCNT含有ITO膜中のCNT含有量を0.07質量%としたことを除き、実施例1-1と同様の手順でTa板上にCNT含有ITO膜を生成させ、比較例1-1のCNT含有ITO膜を得た。この時用いたCNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率は7.2×10-2Ω・cmであった。本比較例で得られたCNT含有ITO膜の移動度は14cm2/Vsであり、CNT含有量の少ない実施例のそれよりも劣っていた。本比較例で得られたCNT含有ITO膜のCNT含有率と移動度を、表1に併せて示す。
【0029】
[参考例1]
CNTを添加しなかったことを除き、実施例1-1と同様の方法でTa板上にITO膜を生成させたところ、得られたITO膜の移動度は5.2cm2/Vsであった。真空加熱処理を施さないCNTを使用した比較例1-1でもCNTを含有させることによる移動度向上の効果が確認されるが、真空加熱処理を施したCNTを使用した実施例1-1の場合、CNTの含有量が少ない場合でも、比較例1-1よりも移動度向上の効果が大きいことが判る。
【0030】
[実施例1-2~1-20]
原料分散液に添加されるCNTの質量を表1に記載の値なるように変更した以外は実施例1-1と同じ手順で、Ta板上にCNT含有ITO膜を生成させることにより、実施例1-2~1-20のCNT含有ITO膜を得た。表1に得られたCNT含有ITO膜の移動度を示す。
また、
図1に実施例1-5で得られたCNT含有ITO膜の表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真を、
図2に実施例1-20で得られたCNT含有ITO膜の表面SEM写真をそれぞれ示す。ここで、SEM写真の左下に示される11本の白い縦棒の示す範囲が5μmである。
図1および
図2のSEM写真より、CNT含有ITO膜中で、CNTはランダムな網目状に分布していることがわかる。
【0031】
[比較例1-2~1-16]
CNTとして、実施例1-1で行った真空中、1200℃で3時間の加熱処理を施さなかったCNTを使用し、その添加量を種々変化させたことを除き、実施例1-1と同様の手順でTa板上にCNT含有ITO膜を生成させ、比較例1-2~1-16のCNT含有ITO膜を得た。この時用いたCNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率は7.2×10-2Ω・cmであった。本比較例で得られたCNT含有ITO膜のCNT含有率と移動度を、表1に併せて示す。
【0032】
【0033】
図3に、実施例1-1~1-20および比較例1-1~1-13で得られたCNT含有ITO膜中のCNT含有量と移動度の関係を示す。この図から、CNT含有ITO膜に含有させるCNTに、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が低いCNTを用いることにより、バッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が高いCNTを用いた場合と比較して、同一のCNT含有量において、CNT含有ITO膜の移動度を向上する効果が大きいことが明確に示される。
【0034】
[実施例2]
使用するCNTを以下の方法で製造し、CNT含有ITO膜中のCNT含有率が、0.25質量%になるようにした以外は、実験例1-1と同様の方法で、Ta板上にCNT含有ITO膜を生成させることにより、実施例2のCNT含有ITO膜を得た。この場合、得られたCNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率は6.0×10-8Ω・cmであり、CNT含有ITO膜の移動度は、200cm2/Vsであった。
【0035】
60質量%のカーボンブラック(東海カーボン株式会社製のシーストTA)に40質量%のコールタールピッチを添加して混合し、混合操作を3時間おこなって混合物を得た。その後、混合物を円板状(直径約100mm、厚さ20mm)のモールドに詰めて、130℃で50kg/cm2の圧力を3分間加えて成形し、成形体を得た。次に、成形体をモールドから外し、窒素雰囲気下において昇温速度5℃/分で1000℃まで加熱し、この温度で2時間保持して焼成を行った後、徐冷することにより円板を得た。この円板から6mm×6mm×70mmの角棒(低黒鉛化度炭素棒(アモルファスカーボン棒))を切り出し、中心に直径3.2mm、深さ50mmの穴を開け、この穴にFe、Ni、S(質量比10:10:1)の混合粉末からなる金属触媒を充填して陽極を作製した。次に、アーク放電装置のチャンバに装着する一対の電極として、作製した陽極と、直径16mm のグラファイト棒(純度99.9%)の陰極を使用して、以下のようにアーク放電法により単層CNTを合成した。
【0036】
まず、上記の一対の電極をアーク放電装置のチャンバに装着し、チャンバ内をロータリーポンプで排気して1.3Paまで真空引きした後、陽極と陰極を接触させた状態で、70Aの直流電流を流し、5分間ベーキング処理して、充填した金属触媒の粉末を焼成させるとともに、炭化水素を分解させた。次に、チャンバ内を30分間冷却した後、チャンバ内にヘリウムガスを1.3×104Torrまで満たし、再び1.3Paまで真空引きし、その後、チャンバ内にヘリウムガスを1.3×104Torrまで満たし、電極間距離を3mmに保ちながら90Aの電流で5分間アーク放電を行った。なお、このアーク放電時間は、陽極の炭素棒の長さに依存し、また、アーク放電の電流値は、アーク電流密度(陽極の単位断面積あたりのアーク電流値)が2.5A/mm2になるように調整した。このアーク放電の終了後、30分間冷却し、チャンバの天板および内壁上部に堆積した煤と、陰極に堆積した煤を回収した。このようにして回収された煤中には、単層カーボンナノチューブの他に不純物が含まれているので、以下のように不純物を除去し、精製をおこなった。
【0037】
まず、単層カーボンナノチューブ以外のアモルファスカーボンを燃焼によって除去するために、回収した煤を大気中において450℃で30分間加熱して燃焼酸化した後、続けて500℃で30分間加熱して燃焼酸化した。次に、この加熱後の煤を6Nの塩酸に浸して60℃で12時間以上放置した後、ろ過し、60℃で12時間以上乾燥した。この乾燥後の煤を再び大気中において500℃で30分間加熱して燃焼酸化し、この加熱後の煤を6Nの塩酸に浸して60℃で12時間以上放置した後、ろ過し、60℃で12時間以上乾燥した。この乾燥後の煤を1.3×10-5Paの真空中において1200℃で3時間加熱(アニール)し、精製された単層カーボンナノチューブを得た。
【0038】
以上の結果から、CNT含有ITO膜に、CNTをバッキーペーパーとしたときの体積抵抗率が1×10-6Ω・cm以下であるCNTを含有させることにより、少ないCNT含有量でも高い移動度を有するCNT含有ITO膜が得られることが判る。