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特許7098544工作機械の熱変位補正方法及び熱変位補正装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-01
(45)【発行日】2022-07-11
(54)【発明の名称】工作機械の熱変位補正方法及び熱変位補正装置
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/18 20060101AFI20220704BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20220704BHJP
【FI】
B23Q15/18
G05B19/404 K
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019007947
(22)【出願日】2019-01-21
(65)【公開番号】P2020116660
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】溝口 祐司
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-125648(JP,A)
【文献】特開2004-148443(JP,A)
【文献】特開2014-000662(JP,A)
【文献】特開2007-007752(JP,A)
【文献】特開昭64-064750(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0213867(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/007-15/28,
G05B 19/18-19/416,19/42-19/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具装着部に工具または位置計測センサを着脱可能であり、前記工具を装着して回転可能な主軸を備えた工作機械において、
前記工具または前記位置計測センサの使用履歴、前記主軸に装着する前の時点での前記工具または前記位置計測センサの温度、前記工作機械の機体温度、前記工作機械の周囲気温の何れかの情報を用いて、前記主軸に装着された時点における前記工具または前記位置計測センサの初期工具温度を設定する初期工具温度設定ステップと、
前記初期工具温度と前記主軸の温度とに基づいて、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定する工具温度推定ステップと、
前記工具温度推定ステップで推定された温度に基づいて、予め設定された工具熱変位推定式により、前記工具または前記位置計測センサの熱変位量を推定する熱変位量推定ステップと、
推定された熱変位量に基づいて前記工作機械の送り軸を移動させて補正を行う熱変位補正ステップと、を実行する熱変位補正方法であって、
前記工具温度推定ステップでは、前記主軸の温度を前記主軸に取り付けられた温度センサにより測定すると共に、測定された前記主軸の温度と、前記主軸の回転・停止で異なる設定とされた工具装着部温度推定式とにより、前記主軸の工具装着部温度を推定し、
前記工具装着部温度と、前記工具または前記位置計測センサの前記初期工具温度と、予め設定された工具温度推定式とにより、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定することを特徴とする工作機械の熱変位補正方法。
【請求項2】
前記工具装着部温度推定式は、前記主軸を回転している状態から停止させた後、工具交換が行われたか否か、及び前記主軸に前記工具が装着されているか否かによりそれぞれ異なる式で設定されていることを特徴とする請求項1に記載の工作機械の熱変位補正方法。
【請求項3】
前記工具装着部温度推定式は、前記主軸の温度を入力とした一次遅れの式で表されることを特徴とする請求項1又は2に記載の工作機械の熱変位補正方法。
【請求項4】
前記工具温度推定式および前記工具熱変位推定式は、前記工具または前記位置計測センサの種類に応じた推定式を使用することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の工作機械の熱変位補正方法。
【請求項5】
工具装着部に工具または位置計測センサを着脱可能であり、前記工具を装着して回転可能な主軸を備えた工作機械において、
前記工具または前記位置計測センサの使用履歴、前記主軸に装着する前の時点での前記工具または前記位置計測センサの温度、前記工作機械の機体温度、前記工作機械の周囲気温の何れかの情報を用いて、前記主軸に装着された時点における前記工具または前記位置計測センサの初期工具温度を設定する初期工具温度設定手段と、
前記初期工具温度と前記主軸の温度とに基づいて、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定する工具温度推定手段と、
前記工具温度推定手段で推定された温度に基づいて、予め設定された工具熱変位推定式により、前記工具または前記位置計測センサの熱変位量を推定する熱変位量推定手段と、
推定された熱変位量に基づいて前記工作機械の送り軸を移動させて補正を行う熱変位補正手段と、を備えた熱変位補正装置であって、
前記工具温度推定手段は、前記主軸の温度を前記主軸に取り付けられた温度センサにより測定すると共に、測定された前記主軸の温度と、前記主軸の回転・停止で異なる設定とされた工具装着部温度推定式とにより、前記主軸の工具装着部温度を推定し、
前記工具装着部温度と、前記工具または前記位置計測センサの前記初期工具温度と、予め設定された工具温度推定式とにより、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定することを特徴とする工作機械の熱変位補正装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械の主軸に取り付けて使用される工具や位置計測センサの熱変位を補正し、加工精度や計測精度を向上させる方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
マシニングセンタにおいては、主軸にタッチプローブなどの位置計測センサを取り付け、ワーク原点位置の計測、加工後のワーク寸法の測定、機械精度の校正などが行われている。
しかし、使用方法によってはタッチプローブの熱変形が生じて位置計測精度が悪化してしまう場合がある。例えば主軸を高速回転させて加工した直後にタッチプローブを主軸に装着して位置計測を行うと、主軸の熱がタッチプローブに伝わることによって熱変形が生じ、計測精度が悪化してしまう。同様に、主軸に基準工具を取り付け、ワークの原点位置を設定する場合においても、軸を高速回転させて加工した直後に基準工具を主軸に装着して計測を行うと、主軸の熱が基準工具に伝わることによって熱変形が生じ、計測精度が悪化してしまう場合がある。以上の問題から計測を精度良く行うには主軸が冷えた状態で行う必要があり、従来は主軸を回転させて加工した後に計測を行う場合は、主軸を停止させてから冷却されるまで待つ必要があった。
一方、工作機械で問題となる主軸発熱による熱変位を補正する技術は広く用いられている。例えば、特許文献1~3には、主軸発熱の影響による工具の熱変位を補正する方法が示されている。
特許文献1では、工具の温度変化を、工作機械の主軸の軸受近傍の温度と熱安定性の高い部位の温度差をもとに1次遅れ式から推定する方法が示されている。さらに、工具や工具ホルダの種類によって1次遅れ式で使用するパラメータを変更して、工具毎に最適な推定が行えるとしている。
特許文献2では、工具装着後の過渡的な工具温度の変化にも対応できるようにするため、使用直前の工具温度と主軸の温度とをもとに使用中の工具温度を推定して補正する方法が示されている。さらに、この方法では、工具毎に使用履歴を記録しておき、主軸に装着されているときと、工具マガジンに格納されているときのそれぞれの工具の温度変化を推定することで、工具装着時の初期温度を正確に推定できるようにしている。
特許文献3では、装着部がテーパー状になっている工具(いわゆるBTシャンクの工具)について、工具装着時の引き込みによる変位を補正する技術が示されている。この発明では主軸の軸受近傍の温度を使用して工具装着部の温度上昇値を求め、温度上昇値からあらかじめ求めた式に基づいて工具の引き込み量を計算し、工具の引き込みによる変位を補正している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2004-148443号公報
【文献】特許第4469325号公報
【文献】特開2010-172981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の発明では、工具を装着する際の初期温度については考慮されていない。実際は工具を主軸に装着してから徐々に工具温度が上昇していくが、この発明では、工具装着の際に瞬間的に主軸温度から計算される工具推定温度に一致するという想定となっている。この方法では、工具装着後に工具温度が変化している過渡状態での推定誤差が大きい。
特許文献2の発明では、使用直前の工具温度と主軸の温度とをもとに使用中の工具温度を推定することで、工具装着後の過渡状態で精度良く補正できるようにしている。しかし、温度の具体的な推定方法については十分に示されていない。また、特許文献2では、加工工具を使用する場合を前提として書かれており、タッチプローブのような位置計測センサを主軸に装着する場合は想定されていない。温度の推定方法については、実施例において「工具温度の推定は、例えば、経験的に得られた関係や、実験的に得られた関係であり、工具毎に設定された関係などに基づいて行われる」とし、例として「工具温度の推定は、簡易的には、主軸の温度変化と、これに装着された工具の温度変化とが略同様の温度上昇曲線及び温度低下曲線を示し、工具の温度が主軸の温度に対し一定時間t遅れて変化するものとして行うことができる」とあるが、単純な一定時間の遅れでは主軸を停止させて使用するタッチプローブのような位置計測センサについて、温度を精度良く推定することは困難である。
一方、例えば特許文献1と特許文献2との方法を組み合わせて、工具の使用履歴から求めた使用直前の工具温度を初期値として定義し、工作機械の主軸の軸受近傍の温度と熱安定性の高い部位の温度差を入力温度として、1次遅れの式により工具の温度変化を計算する方法が考えられる。主軸回転時の発熱により主軸温度が上昇していく場合には、この方法により精度良く工具の温度変化を推定できると考えられる。しかし、例えばタッチプローブを使用する場合のように、主軸回転停止後、冷却していく過程で工具を装着する場合においては、以下の理由により、この方法で推定することは困難であると考えられる。軸受近傍には冷却回路が設けられていることが多く、主軸回転停止後には急速に温度が低下する。そのため、測定された軸受近傍の温度からは十分冷却されたとみなされたとしても工具装着部はまだ熱が残っており、工具を装着した際に熱が伝わって工具が熱変形することが起こりうる。そのため、主軸回転停止後冷却していく過程で工具を装着する場合の変化を推定するには、工具装着部の温度変化を考慮する必要があると考えられる。ただし、工具装着部は高速で回転する軸にあるため、直接温度を測定することは困難である。そのため、多くの場合、主軸の温度センサは容易に測定可能な固定部に取り付けられる。
そのため、特許文献3では、工具装着部分の温度上昇値を主軸の工具装着部分に近い主軸軸受近傍の温度上昇値より求めると記載されている。しかし、この発明では瞬間的な温度上昇値の比例関係を想定しており、工具装着部分の温度が遅れて変化することは想定されていない。主軸停止後の冷却時は主軸回転時とは異なり、軸受近傍の温度と工具装着部の温度は単純な比例関係にはならない。さらに、この発明が対象としているのは、工具を装着した瞬間に発生する工具の引き込みによる変位であり、工具装着後、時間の経過に伴って変化していく工具の熱変位を対象とはしていない。
以上に示したように特許文献1~3に開示される方法は、主軸を回転させて使用する加工工具に対しては有効であるが、主軸を停止させて使用する基準工具やタッチプローブに対しては十分な効果を発揮できない。すなわち、主軸を高速回転させて加工した後に基準工具やタッチプローブを装着したときに、主軸の熱が基準工具やタッチプローブに伝わることによって熱変形が生じ、計測精度が悪化してしまう問題を解決できない。
【0005】
そこで、本発明は、主軸を高速回転させて加工した後に位置計測センサを装着した際等、工具や位置計測センサを装着するタイミングにかかわらず、工具や位置計測センサの熱変形を高い精度で補正し、加工精度や計測精度を向上させることができる工作機械の熱変位補正方法及び熱変位補正装置を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、工具装着部に工具または位置計測センサを着脱可能であり、前記工具を装着して回転可能な主軸を備えた工作機械において、
前記工具または前記位置計測センサの使用履歴、前記主軸に装着する前の時点での前記工具または前記位置計測センサの温度、前記工作機械の機体温度、前記工作機械の周囲気温の何れかの情報を用いて、前記主軸に装着された時点における前記工具または前記位置計測センサの初期工具温度を設定する初期工具温度設定ステップと、
前記初期工具温度と前記主軸の温度とに基づいて、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定する工具温度推定ステップと、
前記工具温度推定ステップで推定された温度に基づいて、予め設定された工具熱変位推定式により、前記工具または前記位置計測センサの熱変位量を推定する熱変位量推定ステップと、
推定された熱変位量に基づいて前記工作機械の送り軸を移動させて補正を行う熱変位補正ステップと、を実行する熱変位補正方法であって、
前記工具温度推定ステップでは、前記主軸の温度を前記主軸に取り付けられた温度センサにより測定すると共に、測定された前記主軸の温度と、前記主軸の回転・停止で異なる設定とされた工具装着部温度推定式とにより、前記主軸の工具装着部温度を推定し、
前記工具装着部温度と、前記工具または前記位置計測センサの前記初期工具温度と、予め設定された工具温度推定式とにより、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定することを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1の構成において、前記工具装着部温度推定式は、前記主軸を回転している状態から停止させた後、工具交換が行われたか否か、及び前記主軸に前記工具が装着されているか否かによりそれぞれ異なる式で設定されていることを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1または2の構成において、前記工具装着部温度推定式は、前記主軸の温度を入力とした一次遅れの式で表されることを特徴とする。
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3の何れかの構成において、前記工具温度推定式および前記工具熱変位推定式は、前記工具または前記位置計測センサの種類に応じた推定式を使用することを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項5に記載の発明は、工具装着部に工具または位置計測センサを着脱可能であり、前記工具を装着して回転可能な主軸を備えた工作機械において、
前記工具または前記位置計測センサの使用履歴、前記主軸に装着する前の時点での前記工具または前記位置計測センサの温度、前記工作機械の機体温度、前記工作機械の周囲気温の何れかの情報を用いて、前記主軸に装着された時点における前記工具または前記位置計測センサの初期工具温度を設定する初期工具温度設定手段と、
前記初期工具温度と前記主軸の温度とに基づいて、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定する工具温度推定手段と、
前記工具温度推定手段で推定された温度に基づいて、予め設定された工具熱変位推定式により、前記工具または前記位置計測センサの熱変位量を推定する熱変位量推定手段と、
推定された熱変位量に基づいて前記工作機械の送り軸を移動させて補正を行う熱変位補正手段と、を備えた熱変位補正装置であって、
前記工具温度推定手段は、前記主軸の温度を前記主軸に取り付けられた温度センサにより測定すると共に、測定された前記主軸の温度と、前記主軸の回転・停止で異なる設定とされた工具装着部温度推定式とにより、前記主軸の工具装着部温度を推定し、
前記工具装着部温度と、前記工具または前記位置計測センサの前記初期工具温度と、予め設定された工具温度推定式とにより、前記工具または前記位置計測センサの温度を推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
請求項1及び5に記載の発明によれば、主軸に取り付けられた温度センサの情報をもとに工具装着部温度推定式に基づいて、工具または位置計測センサの装着部である工具装着部の温度を推定し、工具装着部温度をもとに工具温度推定式に基づいて、工具または位置計測センサの温度を推定する。さらに工具装着部温度推定式は回転時と停止時とで異なる推定式を使用することで、主軸停止後にゆっくり冷えていく工具装着部の温度を精度良く推定できる。これにより、主軸を高速回転させて発熱した後に、停止させたままある時間を置いて工具やタッチプローブを装着する場合、装着する時点で工具装着部に残る熱を考慮して、工具やタッチプローブの温度変化を推定することができる。そのため、工具やタッチプローブを装着するタイミングによらず、高い精度で温度変化と熱変位を推定することができ、加工精度や計測精度を向上させることができる。
請求項2に記載の発明によれば、上記効果に加えて、さらに主軸を回転している状態から停止させた後、工具交換が行われたか否か、および主軸に工具が装着されているか否かにより異なる工具装着部温度推定式を用いる。主軸を停止させた後、工具交換を行わなかった場合には、熱くなった工具が付いたままであるので、工具装着部の温度は緩やかに低下する。一方、主軸を停止させた後、工具交換を行った場合には、冷たい工具が付くことにより工具装着部の熱が奪われ、温度は素早く低下する。この効果を工具装着部温度推定式に反映することで、どのようなタイミングで工具交換を行ったとしても精度良く工具やタッチプローブの熱変位を推定することができる。
請求項3に記載の発明によれば、上記効果に加えて、工具装着部温度推定式を、主軸温度を入力とした一次遅れの簡易な推定式で表すので、パラメータの設定が容易になり計算負荷も小さくできる。
請求項4に記載の発明によれば、上記効果に加えて、工具または位置計測センサの種類に応じた工具温度推定式及び工具熱変位推定式を使用することにより、工具や位置計測センサの熱特性や寸法の違いを反映して、高い精度で温度変化と熱変位を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明を適用するマシニングセンタの主軸及び熱変位補正装置の概念図である。
図2】本発明の工具装着部温度を推定する処理を表すフローチャートである。
図3】本発明の熱変位補正方法の流れを表すフローチャートである。
図4】主軸停止直後にタッチプローブを装着した場合の温度及び熱変位を推定して補正量を計算した例を示すグラフである。
図5】主軸停止後20分経過後にタッチプローブを装着した場合の温度及び熱変位を推定して補正量を計算した例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明を適用したマシニングセンタの主軸1を模式的に表したものである。この主軸1には、回転軸2と固定部3(ハウジング)とがあり、その間に軸受4が介在されて、この軸受4が回転軸2の回転時に発熱する。回転軸2の先には装着部としての工具装着部5があり、工具やタッチプローブが装着される。この図では位置計測センサとしてのタッチプローブ6が装着されている。
軸受4の近傍の固定部3には、冷却油を流して発熱の影響を抑えるための冷却回路7が設けられると共に、軸受4の発熱の影響による温度変化を検知する主軸温度センサ8が取り付けられている。主軸温度センサ8で取得した温度情報は、熱変位を推定し補正する際に用いられる。
【0010】
また、このマシニングセンタには、主軸温度センサ8の出力データから温度を測定する温度測定部11と、後述する工具装着部温度推定式、工具温度推定式、工具熱変位推定式や各式に用いるパラメータ等を記憶する記憶部12と、温度測定部11から得られる温度情報と記憶部12に記憶されている各推定式を用いて工具装着部5の温度と工具またはタッチプローブ6の温度とを推定し、工具またはタッチプローブ6の熱変位量を演算する補正量演算部13と、補正量演算部13で演算される熱変位量に基づいて主軸1への指令値を補正するNC装置14とからなる熱変位補正装置10が設けられている。
ここでは補正量演算部13が本発明の初期工具温度設定手段、工具温度推定手段、熱変位量推定手段としてそれぞれ機能し、NC装置14が熱変位補正手段として機能する。
【0011】
主軸1が回転して軸受4で熱が発生したとき、回転軸2、工具装着部5へと伝わっていき、さらに装着されている工具やタッチプローブ6にも伝わっていく。主軸1や工具の熱伝導特性により、工具装着部5の温度は遅れて上昇することになる。回転後、主軸1が停止した場合は、軸受4は、冷却回路7の効果により急速に冷却されるが、冷却回路7から離れた工具装着部5では発熱の影響が長く残り、ゆっくりと温度が低下していく。よって、固定部3に取り付けられた主軸温度センサ8の検出温度と、工具装着部5の実際の温度の間にはズレが生じることになる。さらに、主軸1の停止後に工具交換を行わなかった場合は、主軸1の回転中の発熱が伝わって熱くなった工具が付いたままであるので、工具装着部5の温度は緩やかに低下する。一方、主軸1を停止させた後、工具を取り外した場合には、工具装着部5が空気に触れることで、工具装着部5の熱が奪われ、工具装着部5の温度は素早く低下する。さらに工具交換を行い、冷えた状態の工具が装着された場合には工具装着部5の熱が工具に移動することで、工具装着部5の温度はさらに素早く低下する。このように主軸1の停止後に工具が装着されているか否か、工具交換が行われたか否かによっても工具装着部5の温度変化の傾向は変わる。
本発明では、測定した主軸1の温度と工具装着部5の温度とのズレを考慮して、工具やタッチプローブ6の温度を精度良く推定し、熱変位を補正する。ここでは工具装着部温度を推定する処理のフローチャートを図2に、ついで図2で推定した工具装着部温度から、工具やタッチプローブ6の温度と熱変位とを推定し、補正する処理のフローチャートを図3に示す。
【0012】
まず、図2の処理では、主軸1の状態に応じて、最適な工具装着部温度推定式を設定し、工具装着部5の温度を推定する。
これまで述べたように、主軸1の熱伝導特性により、工具装着部5の温度は軸受4付近の温度に対して遅れて変化する。この遅れを、例えば式1に示すような一次遅れの式で工具装着部温度推定式を表すことで、主軸温度センサ8で検出した主軸1の温度から工具装着部5の温度を推定できる。
【0013】
【数1】
【0014】
工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tは、式1のパラメータであり、計算を行う場合はこの値をあらかじめ決めておく必要がある。この値を主軸1の状態に合わせて決定することで、高い精度で工具装着部5の温度を推定することができる。本発明では、主軸1の回転中と停止中とで異なる時定数Tの値を設定する。さらに、主軸1の停止後に工具交換を行った場合とそうでない場合とで異なる時定数Tの値を設定する。それぞれの時定数Tは実験等により予め決定しておくが、通常回転中よりも停止中の方が工具装着部5の温度が緩やかに変化するため時定数の値は大きくなる。また、主軸1の停止後に工具交換を行った場合、冷えた工具に熱が伝わることで工具装着部5の温度が素早く低下するため、主軸1の停止後に工具交換を行わない場合に比べて時定数は小さくなる。
【0015】
さらに図2のフローを用いて処理の流れを説明する
まず、S1で主軸温度を読み込む。ここで言う主軸温度は、図1の主軸温度センサ8で測定した温度から求める。測定した温度をそのまま使用しても良いし、必要に応じてフィルタ処理等を行っても良い。また室温や主軸発熱の影響を受けない部位の機体温度を基準温度として、測定した主軸の温度と基準温度との差を主軸温度としても良い。
次に、S2で主軸1が停止中か回転中かを判定する。これは、主軸モータへの制御指令や、回転を検知するエンコーダーの信号などに基づいて行われる。
S2の判定で主軸停止中の場合は、S3で主軸停止中(工具交換前)の工具装着部温度推定式を設定する。本実施例では先の式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tに、主軸停止中(工具交換前)に対応する値を設定する。
同様に、主軸回転中の場合は、S4で主軸回転中の工具装着部温度推定式を設定する。本実施例では式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tに、主軸回転中に対応する値を設定する。
【0016】
次に、主軸停止中の場合は、S5において、最後に主軸1を停止させたとき以降に工具取り外しを行ったかどうかを判定する。ここで工具取り外し行っていない場合は、主軸停止中(工具交換前)の工具装着部温度推定式のままであるが、工具取り外しを行った場合には、S6において、主軸停止中(工具なし)の工具装着部温度推定式に切り替える。本実施例では式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tに、主軸停止中(工具なし)に対応する値を設定する。
一方、工具取り外しを行った場合には、S7において、別の工具を主軸1に取り付けたかどうかを判定する。別の工具を取り付けず、主軸1に工具が装着されていない状態のままの場合は、主軸停止中(工具なし)の工具装着部温度推定式のままであるが、別の工具を取り付けた場合には、S8において、主軸停止中(工具交換後)の工具装着部温度推定式に切り替える。本実施例では式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tに、主軸停止中(工具交換後)に対応する値を設定する。
最後にS9において、S1で読み込んだ主軸温度と、S2~S8で決定した主軸1の状態に応じた工具装着部温度推定式を用いて、工具装着部温度を推定する。
【0017】
また、本実施例では工具装着部温度推定式を式1のような単純な一次遅れの式とし、工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tを変化させることで異なる主軸1の状態に対応したが、工具装着部温度推定式は、熱伝導の有限要素モデルに基づいた行列式など、他の形式の数式としてもよい。また、条件に応じて1つのパラメータを変更するのではなく、推定式そのものを別の式として設定しても良い。
また、停止中(工具交換前)、停止中(工具なし)、停止中(工具交換後)、回転中の4つの条件で4通りの式を切り替えているが、回転中と停止中の2通り、回転中、停止中(工具交換前)、停止中(工具交換後)の3通りで切り替えても良い。
次に、図2で推定した工具装着部温度から、工具やタッチプローブの温度と熱変位とを推定し、熱変位補正を行う。この方法を図3のフローチャートに従って説明する。
【0018】
まず、S11で、工具またはタッチプローブが主軸1に装着されたことを検知する。これは、工具またはタッチプローブをクランプする図示しないクランプ部材の移動や、工具またはタッチプローブの着座面に供給されるエアの圧力等を検知することで行われる。
次に、S12で、工具またはタッチプローブの装着時の初期工具温度を設定する(初期工具温度設定ステップ)。例えば工具交換が行われた時に、それまで計算していた工具の推定温度をリセットして、工具の推定温度を初期工具温度に設定する。初期工具温度の設定方法は例えば、工具マガジン内に温度センサを設けておき、その温度を初期工具温度とする方法が考えられる。また、特許文献1に書かれているように、工具(またはタッチプローブ)の使用履歴に基づいて初期工具温度を計算しても良い。工作機械の機体温度や周囲気温を用いて初期工具温度を計算してもよい。
【0019】
次に、S13で、工具またはタッチプローブの種類に応じて記憶部12に予め保存されていた工具温度推定式と工具熱変位推定式のパラメータを読み込む。すなわち、工具やタッチプローブの種類に応じたパラメータを予め設定しておくことで、その工具やタッチプローブに合わせて精度良く温度や熱変位の推定を行えるようにする。
次に、S14で、読み込まれたパラメータと工具装着部温度推定式とに基づいて、主軸温度から工具装着部温度を推定する。すなわち、図2のフローチャートに従って、主軸1の回転・停止、工具交換実施の有無によって異なる工具装着部温度推定式を設定し、工具装着部温度を推定する。
次に、S15で、S14で推定した工具装着部温度を入力温度として設定する。すなわち、式1で求めた工具装着部温度θを入力温度として設定する。工具が装着された時点から、工具装着部温度θは入力温度として有効になる。つまり、主軸1が発熱し、工具装着部温度θが高い状態で工具が装着されれば、工具への入力温度が高くなる。逆に主軸1が十分冷却され、工具装着部温度θが常温に戻った状態で工具が装着されれば、工具への入力温度が低くなる。
次に、S16で、工具温度推定式に基づいて、図2のS1で読み込まれた主軸温度から工具またはタッチプローブの温度を計算する(S13~S16:工具温度推定ステップ)。
すなわち、S14で推定した工具装着部温度θが、接触面を通して工具またはタッチプローブに伝わっていき、工具またはタッチプローブの温度が変化する。この温度変化を工具温度推定式により表す。推定式の例として、式1と同様の一次遅れの以下の式2が考えられる。
【0020】
【数2】
【0021】
工具またはタッチプローブの温度変化の遅れを表す時定数Tは、式2のパラメータであり、計算を行う場合はこの値を工具またはタッチプローブの種類に応じてあらかじめ決めておく必要がある。また、式2は工具温度推定式の一例であるが、工具温度推定式では、主軸回転速度や加工空間温度など、他の情報を用いても良い。また、式2のように単純な式でなく、有限要素モデルに基づいた行列式などにより工具の温度分布を計算する方法も考えられる。
【0022】
次に、S17で、工具熱変位推定式に基づいて工具またはタッチプローブの熱変位量を計算する(熱変位量推定ステップ)。
すなわち、S16で推定した工具またはタッチプローブの温度に基づいて、工具またはタッチプローブの熱変位を計算する。工具熱変位推定式は例えば以下の式3のように、温度に比例係数を掛けた式で表される。
【0023】
【数3】
【0024】
比例係数Kは、式3のパラメータであり、計算を行う場合はこの値を工具またはタッチプローブの種類に応じてあらかじめ決めておく必要がある。
次に、S18で、推定した熱変位により補正する(熱変位補正ステップ)。すなわち、S7で推定した熱変位分だけ送り軸を移動させ工具刃先またはタッチプローブの測定点を補正する。
次に、S19で、工具またはタッチプローブが取り外されたか否かを判定する。ここで取り外された場合は処理を終了する。装着されている場合は、時間間隔ΔtでS4からS8の処理を繰り返す。
【0025】
以上のフローにより、主軸1に装着された工具またはタッチプローブの熱変位を精度良く推定することができる。本実施例では、式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数T、式2の工具またはタッチプローブの温度変化の遅れを表す時定数T、式3の比例係数Kの3つのパラメータがあるが、これらのパラメータは実験や解析に基づいてあらかじめ設定しておく。
図3のフローにより、温度および熱変位を推定、補正した例を図4図5のグラフで説明する。いずれも主軸1を120分回転させて発熱させた後、タッチプローブ6に交換して、所定の位置を繰り返し測定した時の位置の変化を表している。図4は主軸1の停止直後にタッチプローブ6を装着した場合、図5は主軸1を停止し20分置いた後にタッチプローブ6を装着した場合である。
主軸1の停止直後に装着した場合は、工具装着部5の温度が高く、タッチプローブ6に流入する熱量が多くなるため、熱変位は大きくなる。一方、20分置いた後に装着した場合、直後に装着した場合と比べて熱変位は減少しているが、依然として残っている。熱変位補正を行わない場合、熱変位の影響をなくすには、主軸1の停止から長時間待たなければならないことが分かる。
【0026】
主軸1を回転させている時は、軸受4などで発生する熱の影響で、主軸温度センサ8で検出される主軸1の温度はグレーの実線のように上昇していく。一方、主軸1を停止した時は、冷却の効果により急速に低下し、本実施例で示す主軸1の場合は約20分で元の温度に戻る。しかし、この状態でタッチプローブ5に交換すると、熱変位が発生する。これは主軸温度センサ8で検出される主軸1の温度に対して、工具装着部5の温度がグラフの破線に示すように遅れて低下するため、工具装着部5に残っていた熱がタッチプローブ6に流入することにより起こる現象である。また、グラフの破線に示すように工具装着部5の温度は、主軸回転中は主軸温度センサ8で検出される主軸1の温度に近い温度変化を示すが、主軸停止中には、主軸温度センサ8で検出される主軸1に対して大きく遅れて変化する。また、主軸1を停止した後、工具交換を行った場合には、冷たい工具が主軸1に装着されることによって主軸1の熱が奪われるため、工具交換を行わなかった場合に比べて工具装着部5の温度が素早く低下する。図5のグラフの破線より、タッチプローブ装着前に比べて装着後は温度変化が速くなっていることが分かる。
【0027】
しかし、式1に基づいて工具装着部5の温度変化を推定することで、装着のタイミングによって変化するタッチプローブ6に流入する熱の違いを表すことができる。このとき、主軸1が回転中か停止中か、主軸停止後に工具交換を行ったか否かにより、式1の工具装着部5の温度変化の遅れを表す時定数Tを変化させることで、状況に応じて精度良く求めることができる。さらに式2で、主軸1の工具装着部5から流入する熱により変化するタッチプローブ6の温度変化を計算し、式3で変位量に換算することで、熱変位を推定する処理を行うことにより、図4図5に示すようにタッチプローブ6を装着するタイミングによらず、高い補正精度を得ることができる。?
【0028】
このように、上記形態の熱変位補正装置10及び熱変位補正方法によれば、主軸温度センサ8の情報をもとに工具装着部温度推定式に基づいて、工具装着部5の温度を推定し、推定した工具装着部温度をもとに工具温度推定式に基づいて、工具またはタッチプローブ6の温度を推定する。これにより、主軸1を高速回転させて発熱した後に、ある時間を置いて工具やタッチプローブ6を装着する場合、装着する時点で工具装着部5に残る熱を考慮して、工具やタッチプローブ6の温度変化を推定することができる。そのため、工具やタッチプローブ6を装着するタイミングによらず、高い精度で温度変化と熱変位を推定することができ、加工精度や計測精度を向上させることができる。
【0029】
特にここでは、S13,14の工具温度推定ステップでは、工具またはタッチプローブ6の種類に応じた推定式を使用するので、工具やタッチプローブ6の熱特性や寸法の違いを反映して、高い精度で温度変化と熱変位を推定することができる。
また、工具装着部温度推定式を、主軸温度を入力とした一次遅れの簡易な推定式で表すので、パラメータの設定が容易になり計算負荷も小さくできる。
さらに、S16の工具温度推定ステップでは、工具温度推定式を、工具装着部温度を入力とした一次遅れの簡易な推定式で表すので、パラメータの設定が容易になり計算負荷も小さくできる。
【0030】
なお、上記形態では主軸温度センサを1つのみ示しているが、複数を異なる箇所に設置して両者の温度情報の平均値を主軸温度として使用したりしても差し支えない。工作機械もマシニングセンタに限らない。
【符号の説明】
【0031】
1・・主軸、2・・回転軸、3・・固定部、4・・軸受、5・・工具装着部、6・・タッチプローブ、7・・冷却回路、8・・主軸温度センサ、10・・熱変位補正装置、11・・温度測定部、12・・記憶部、13・・補正量演算部、14・・NC装置。
図1
図2
図3
図4
図5