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特許7098932硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-04
(45)【発行日】2022-07-12
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220705BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220705BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220705BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220705BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/34
C23C16/36
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018000211
(22)【出願日】2018-01-04
(65)【公開番号】P2018114611
(43)【公開日】2018-07-26
【審査請求日】2020-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2017006406
(32)【優先日】2017-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】西田 真
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-082207(JP,A)
【文献】特開2016-068252(JP,A)
【文献】特開2014-121747(JP,A)
【文献】特開2015-193071(JP,A)
【文献】特開2016-005863(JP,A)
【文献】特開2016-030319(JP,A)
【文献】特開2016-137549(JP,A)
【文献】特開2016-168669(JP,A)
【文献】TODT et al.,Superior oxidation resistance, mechanical properties and residual stresses of an Al-rich nanolamella,Surface & Coatings Technology,2014年07月11日,258,pp.1119-1127
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
C04B 35/56
C04B 41/87
C22C 1/05
C22C 14/00
C22C 29/04
C23C 16/34
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、該複合窒化物または複合炭窒化物を、
組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物は、微量のClを含有し、TiとAlとCとNとClの合量に占めるClの含有割合Z(但し、Zは原子比)は、0.0001≦Z≦0.004を満足し、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折装置を用いて測定した、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の(111)面および(200)面のX線回折スペクトルから、それぞれの面間隔d(111)およびd(200)の値を算出し、算出されたd(111)およびd(200)の値から、
A(111)=31/2d(111)、
A(200)=2d(200)、
で定義されるA(111)およびA(200)を算出し、A(111)とA(200)の差の絶対値ΔA=|A(111)-A(200)|を求めた場合、
A(111)とA(200)の差の絶対値
ΔA=|A(111)-A(200)|
ΔAが、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層を縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0である柱状組織を有することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層が存在することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1~25μmの合計平均層厚で存在することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体表面に、NaCl型の面心立方構造を有し組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y)で表わされる(但し、原子比で、Alの平均組成Xavgは0.60≦Xavg≦0.95、Cの平均組成Yavgは、0≦Yavg≦0.005)TiAlCN層を少なくとも含む硬質被覆層を形成し、該TiAlCN層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、工具基体表面の法線方向に対するTiAlCN結晶粒の{111}面の法線がなす傾斜角を測定して傾斜角度数分布を求めたとき、0~12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、0~12度の範囲内に存在する度数の合計は、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上であり、さらに、TiAlCN層の層厚方向に垂直な面内で三角形状を有し、該結晶粒の{111}で表される等価な結晶面で形成されたファセットが、該層厚方向に垂直な面内において全体の35%以上の面積割合を占める組織を形成することにより、ステンレス鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工等において硬質被覆層の耐チッピング性を高めた被覆工具が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、前記特許文献1と同様、ステンレス鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工等において硬質被覆層の耐チッピング性を高めるため、工具基体の表面に、組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y)で表わされ(但し、原子比で、Alの平均組成Xavgは0.60≦Xavg≦0.95、Cの平均組成Yavgは、0≦Yavg≦0.005)、かつ、NaCl型の面心立方構造を有するTiAlCN層を少なくとも含む硬質被覆層を形成し、該TiAlCN層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、工具基体表面の法線方向に対するTiAlCN結晶粒の{100}面の法線がなす傾斜角を測定して傾斜角度数分布を求めたとき、0~12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、0~12度の範囲内に存在する度数の合計は、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上であり、さらに、TiAlCN層の層厚方向に垂直な面内で90度未満の角度を有さない多角形状のファセットを有し、該ファセットが結晶粒の{100}で表される等価な結晶面のうちの一つに形成され、該ファセットが層厚方向に垂直な面内において全体の50%以上の面積割合を占める組織を形成した被覆工具が提案されている。
また、前記被覆工具において、TiAlCN層についてXRD解析を行ったとき、立方晶構造に由来するピーク強度Ic{200}と六方晶構造に由来するピーク強度Ih{200}との間に、Ic{200}/Ih{200}≧3.0の関係が成立する場合には、耐摩耗性向上効果がより高まるとされている。
【0005】
また、特許文献3には、工具の耐摩耗性を改善するために、工具基体上にCVDで形成された3~25μmの耐摩耗コーティング層を形成し、該コーティング層は、少なくとも、Ti1-xAlで表した場合に、0.70≦x<1、0≦y<0.25および0.75≦z<1.15を満足する1.5~17μmの層厚を有するTiAlCN層を備え、該層は、150nm未満のラメラ間隔のラメラ構造を有し、刃先は、同一結晶構造を有し、TiとAlが交互に異なった化学量を有するTi1-xAlが周期的に交互に配置されたTi1-xAlで構成され、さらに、Ti1-xAl層は少なくとも90体積%以上が面心立方構造であり、該層のTC値は、TC(111)>1.5を満足し、{111}面のX線回折ピーク強度の半価幅は1度未満である被覆工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-163423号公報
【文献】特開2015-163424号公報
【文献】国際公開第2015/135802号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1~3で提案されている被覆工具では、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工において、耐チッピング、耐摩耗性が未だ十分ではなく、満足できる切削性能を備えるとはいえない。
【0008】
そこで、本発明は前記課題を解決し、合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「TiAlCN」あるいは「(Ti1-XAl)(C1-Y)」で示すことがある)層を少なくとも含む硬質被覆層を工具基体表面に設けた被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0010】
即ち、TiAlCN層を構成するTiAlCN結晶粒が、工具基体に垂直方向に柱状組織として形成されているような場合には、高靱性を有するものの、その反面、十分な硬さを備えるものではないため、耐チッピング性と耐摩耗性の両特性を相兼ね備えた被覆工具を得るためには、TiAlCN層の耐摩耗性を向上させることが望まれる。
そこで、本発明者らは、TiAlCN層を構成するTiAlCN結晶粒の各結晶格子における格子歪について鋭意研究したところ、TiAlCN層がNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含有し、かつ、該NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒についてX線回折を行って、(111)面と(200)面の面間隔を算出し、それぞれをd(111)およびd(200)とした場合、d(111)とd(200)から算出されるそれぞれの格子定数A(111)とA(200)の差の値の絶対値ΔAを0.007~0.05Åの範囲内とした場合に、TiAlCN層の硬さを高めることができ、その結果、TiAlCN層の耐摩耗性が向上することを見出したのである。
したがって、TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について測定した前記ΔAが0.007~0.05Åである場合には、合金鋼等の高速断続切削加工等において、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性の両特性を相兼ね備えることを見出したのである。
【0011】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、該複合窒化物または複合炭窒化物を、
組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物は、微量のClを含有し、TiとAlとCとNとClの合量に占めるClの平均含有割合Z(但し、Zは原子比)は、0.0001≦Z≦0.004を満足し、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折装置を用いて測定した、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の(111)面および(200)面のX線回折スペクトルから、それぞれの面間隔d(111)およびd(200)の値を算出し、算出されたd(111)およびd(200)の値から、
A(111)=31/2d(111)、
A(200)=2d(200)
で定義されるA(111)およびA(200)を算出し、A(111)とA(200)の差の絶対値ΔA=|A(111)-A(200)|を求めた場合、
ΔAが、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記複合窒化物または複合炭窒化物層を縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0である柱状組織を有することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層が存在することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1~25μmの合計平均層厚で存在することを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0013】
TiAlCN層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y)で表されるTiAlCN層を少なくとも含む。このTiAlCN層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1~20μmのとき、その効果が際立って発揮される。これは、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるという理由による。
したがって、その平均層厚を1~20μmと定めた。
【0014】
TiAlCN層の平均組成:
本発明におけるTiAlCN層は、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合(以下、「Alの平均含有割合」という)XおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合(以下、「Cの平均含有割合」という)Yが、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005(但し、X、Yはいずれも原子比)を満足するように定める。
その理由は、Alの平均含有割合Xが0.60未満であると、TiAlCN層は硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合Xが0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。
したがって、Alの平均含有割合Xは、0.60≦X≦0.95と定めた。
また、TiAlCN層に含まれるCの平均含有割合Yは、0≦Y≦0.005の範囲の微量であるとき、TiAlCN層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果としてTiAlCN層の耐チッピング性、耐欠損性が向上する。一方、Cの平均含有割合Yが0≦Y≦0.005の範囲を逸脱すると、TiAlCN層の靭性が低下するため耐チッピング性、耐欠損性が逆に低下するため好ましくない。
したがって、Cの平均含有割合Yは、0≦Y≦0.005と定めた。
また、TiAlCN層はその成膜に際して、反応ガス成分としてAlClおよびTiClを使用することから、TiAlCN層中には微量のClが必然的に含有されるが、TiとAlとCとNとClの合量に占めるClの平均含有割合Z(即ち、Z=Cl/(Ti+Al+C+N+Cl)。但し、Zは原子比)は、0.0001≦Z≦0.004の範囲の微量であるとき、層の靭性を低下させずに潤滑性を高めることができる。しかし、平均塩素含有量が0.0001未満であると潤滑性向上効果は少なく、一方、平均塩素含有量が0.004を超えると、耐チッピング性が低下するため好ましくない。
したがって、Clの平均含有割合Zは、0.0001≦Z≦0.004と定めた。
【0015】
TiAlCN層を構成するNaCl型の面心立方構造(以下、単に、「立方晶」ともいう)を有するTiAlCN結晶粒の格子歪の指標:
本発明では、TiAlCN層の立方晶のTiAlCN結晶粒内に、積極的に格子歪を導入して、TiAlCN層の硬さを向上させる。
格子歪の導入は、例えば、TiAlCN層の成膜条件を制御することによって行うことができる。
例えば、TiAlCN層の成膜に際し、NHを用いた熱CVD法によって、TiAlCN層の成膜と同時に該層中への格子歪を導入することができる。
具体的にいえば、次のとおりである。
用いる化学蒸着装置へは、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、AlCl、N、Al(CH、Hからなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面に反応ガスを供給し、さらに、ガス成分であるN、AlCl3、Al(CHについて、供給比N/(AlCl+Al(CH)が適切な値となるように各ガス成分の供給量を調整して化学蒸着することによって、所定の格子歪が導入されたTiAlCN層を形成することができる。
なお、前記供給比N/(AlCl+Al(CH)が大きくなると、ΔAが大きくなる傾向がみられる。
ここで、上記化学蒸着の具体的な条件は、次のとおりである。
反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%):
ガス群A: NH:2~6%、H:65~75%、
ガス群B: AlCl:0.5~0.9%、TiCl:0.2~0.3%、
:3.0~12.0%、Al(CH:0.0~0.1%、H:残、
反応雰囲気圧力: 4.5~5.0kPa、
反応雰囲気温度: 700~900℃、
供給周期: 6~9秒、
1周期当たりのガス供給時間: 0.15~0.25秒、
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差: 0.10~0.20秒
【0016】
また、前記熱CVD法による、TiAlCN層の成膜については、前記とは異なるガス群の組み合わせによっても、TiAlCN層の成膜と同時に該層中への格子歪を導入することができる。
すなわち、NHとHからなるガス群Cと、TiCl、AlCl、Al(CH、Hからなるガス群Dがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Cとガス群Dの反応装置内への供給は、前記ガス群Aとガス群Bの供給と同様の手法により、行い、ガス成分であるH、AlCl3、Al(CHについて、H/(AlCl+Al(CH)が適切な値となるように各ガス成分の供給量を調整して化学蒸着することによって、所定の格子歪が導入されたTiAlCN層を形成することができる。
ここで、上記化学蒸着の具体的な条件は、次のとおりである。
反応ガス組成(ガス群Cおよびガス群Dを合わせた全体に対する容量%):
ガス群C: NH:2~6%、H:65~75%、
ガス群D: AlCl:0.3~0.9%、TiCl:0.1~0.2%、
Al(CH:0.0~0.1%、H:残、
反応雰囲気圧力: 4.5~5.0kPa、
反応雰囲気温度: 700~900℃、
供給周期: 6~9秒、
1周期当たりのガス供給時間: 0.20~0.25秒、
ガス群Cとガス群Dの供給の位相差: 0.10~0.15秒
【0017】
前記で成膜したTiAlCN層における格子歪は、次のような方法で測定することができ、また、格子歪の指標ΔAは、次のようにして求めることができる。
まず、TiAlCN層について、X線回折を行い、TiAlCN結晶粒の(111)面および(200)面についてのX線回折スペクトルを求める。
ついで、(111)面および(200)面について測定したX線回折スペクトルから、既によく知られているブラッグの式:2dsinθ=nλ(なお、dは、格子面間隔、θはブラッグ角、2θは回折角、λは入射X線の波長、nは整数)を用いて、(111)面および(200)面の格子面間隔d(111)およびd(200)を算出する。
ついで、A(111)およびA(200)を、
A(111)=31/2d(111)、
A(200)=2d(200)、
と定義し、前記で算出したd(111)およびd(200)の値から、A(111)とA(200)の値を求める。
そして、格子歪の指標ΔAは、A(111)とA(200)の差の絶対値、即ち、
ΔA=|A(111)-A(200)|
として求めることができる。
そして、ΔAが、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足する場合に、TiAlCN層は高硬度を具備するようになり、その結果、高熱発生を伴い、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工に供した場合であっても、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0018】
前記で定めた指標ΔAを備えるTiAlCN層は、層内の格子歪の存在によって高硬度を示し、その結果、すぐれた耐摩耗性を発揮するが、ΔAが0.007Å未満では、格子歪が小さいため、硬さ向上効果が十分でなく、一方、ΔAが0.05Åを超えると格子歪が過大になるため、切削加工時の耐欠損性が低下するため、前記ΔAは、0.007Å≦ΔA≦0.05Åの範囲内とする。
【0019】
結晶組織:
本発明は、前記したとおり、前記TiAlCN層を構成する、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、X線回折を行い、得られる(111)面および(200)面の面間隔である、d(111)とd(200)から算出されるそれぞれの格子定数A(111)とA(200)の差の絶対値ΔAを所定の範囲に調整することにより、TiAlCN層の硬さを高め、耐摩耗性を向上でき、耐チッピング性と耐摩耗性の両特性にすぐれた被覆工具が得られることを見出したものである。
特に、前記TiAlCN層を縦断面方向から観察した際に、複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0である柱状組織を有する場合には、結晶粒の硬さおよび靭性が向上し、硬質被覆層として前記TiAlCN層が奏する効果と相俟って、一層の優れた特性を発揮することができる。
すなわち、平均粒子幅Wを0.10μm以上、2.00μm以下とすることにより、被削材との反応性を減少させ、耐摩耗性を発揮させるとともに、靱性の向上を図り、耐チッピング性を向上させることができる。
よって、平均粒子幅Wを0.10~2.00μmとすることがより好ましい。
また、平均アスペクト比Aが2.0以上、10.0以下とし、十分な柱状組織を有することにより、小さな等軸結晶の脱落が生じにくく、十分な耐摩耗性を発揮することができ、また、10.0以下では、結晶粒の強度が増すため、耐チッピング性が向上する。
よって、平均アスペクト比Aは、2.0~10.0とすることがより好ましい。
なお、本願発明では、平均アスペクト比Aとは、走査型電子顕微鏡を用い、幅100μm、高さが硬質被覆層全体を含む範囲で硬質被覆層の縦断面観察を行う際に、工具基体表面と垂直な被覆層断面側から観察し、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。
下部層および上部層:
本発明では、硬質被覆層として前記TiAlCN層を設けることによって十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設けた場合、あるいは、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1~25μmの合計平均層厚で設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を発揮することができる。
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層として、平均層厚1~20μmのTiAlCN層を少なくとも含み、該TiAlCN層を、組成式:(Ti1-XAl)(C1-Y)で表した場合、Alの平均含有割合XおよびCの平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、また、TiAlCN層の立方晶結晶粒についてX線回折を行い、(111)面および(200)面の面間隔d(111)およびd(200)を算出し、さらに、A(111)およびA(200)を算出し、A(111)とA(200)の差の絶対値ΔAを求めた時、ΔAが、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足する。
したがって、本発明の被覆工具は、TiAlCN層が適度の格子歪(0.007Å≦ΔA≦0.05Å)を備え、高硬度化が図られるため、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工に供した場合、TiAlCN層がすぐれた耐チッピング性を備えるとともに、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、以下の実施例では、工具基体として、炭化タングステン基超硬合金(以下、「WC基超硬合金」で示す。)あるいは炭窒化チタン基サーメット(以下、「TiCN基サーメット」で示す。)を用いた場合について説明するが、立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体を工具基体として用いた場合も同様である。
【実施例1】
【0022】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
【0023】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0024】
つぎに、これらの工具基体A~Dの表面に、化学蒸着装置を用い、TiAlCN層を化学蒸着により形成した。
化学蒸着条件は、次のとおりである。
表4、表5に示される形成条件A~J、すなわち、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、AlCl、N、Al(CH、Hからなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH:2~6%、H:65~75%、ガス群BとしてAlCl:0.5~0.9%、TiCl:0.2~0.3%、N:3.0~12.0%、Al(CH:0.0~0.1%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~900℃、供給周期6~9秒、1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給位相差0.10~0.20秒とし、また、N、AlCl、Al(CHの供給比N/(AlCl+Al(CH)を3~24として、所定時間、熱CVD法を行った。
また、表6、表7に示される形成条件K~L、すなわち、NHとHからなるガス群Cと、TiCl、AlCl、Al(CH、Hからなるガス群D、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Cおよびガス群Dを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群CとしてNH:2~6%、H:65~75%、ガス群DとしてAlCl:0.3~0.9%、TiCl:0.1~0.2%、Al(CH:0.0~0.1%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~900℃、供給周期6~9秒、1周期当たりのガス供給時間0.20~0.25秒、ガス群Cとガス群Dの供給位相差0.10~0.15秒とし、また、H、AlCl、Al(CHの供給比H/(AlCl+Al(CH)を100~160として、所定時間、熱CVD法を行った。
前記表4、表5、および、表6、表7の条件でTiAlCN層を形成することにより、表9に示す平均目標層厚、Alの平均組成X、Cの平均組成Yを有する本発明被覆工具1~17を製造した。
なお、本発明被覆工具6~13、17については、表3に示される形成条件で、表8に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0025】
また、比較の目的で、工具基体A~Dの表面に、表4、表5に示される形成条件A’~J’、および、表6、表7に示される示される形成条件K’~L’にて化学蒸着を行うことにより、表10に示される平均目標層厚(μm)を有し、少なくともTiAlCN層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。
なお、本発明被覆工具6~13、17と同様に、比較被覆工具6~13、17については、表3に示される形成条件で、表8に示される下部層および上部層を形成した。
【0026】
また、本発明被覆工具1~17、比較被覆工具1~17の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表9および表10に示される平均目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0027】
また、TiAlCN層のAlの平均含有割合X、Clの平均含有割合Zについては、電子線マイクロアナライザ(Electron-Probe-Micro-Analyser:EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合X、Clの平均含有割合Zを求めた。
Cの平均含有割合Yについては、二次イオン質量分析(Secondary-Ion-Mass-Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合YはTiAlCN層についての深さ方向の平均値を示す。
ただし、Cの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CHの供給量を0とした場合のTiAlCN層に含まれるCの含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CHを意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層に含まれるCの含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYとして求めた。
表9、表10に、前記で求めたX、Y、Zの値を示す(X、Y、Zは、いずれも原子比)。
【0028】
さらに、TiAlCN層の縦断面に垂直な方向から、X線回折を行い、立方晶構造の結晶粒の(111)面および(200)面のX線回折スペクトルから、ブラッグの式:2dsinθ=nλに基づき、それぞれの格子面間隔d(111)とd(200)を算出した。
ついで、前記d(111)とd(200)から、格子定数に相当するA(111)およびA(200)を次の式から算出した。
A(111)=31/2d(111)、
A(200)=2d(200)、
ついで、前記A(111)とA(200)の差の絶対値を、格子歪の指標ΔAとして求めた。
表9、表10に、前記で求めたd(111)、d(200)、A(111)、A(200)およびΔAの値を示す。
なお、X線回折は、測定条件: Cu-Kα線(λ=1.5418Å)を線源として、測定範囲(2θ):30~50度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ辺り測定時間:0.48sec/stepという条件で測定した。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】


【0031】
【表3】

【0032】
【表4】

【0033】
【表5】

【0034】
【表6】

【0035】
【表7】

【0036】
【表8】

【0037】
【表9】



【0038】
【表10】


【0039】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1~17、比較被覆工具1~17について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0040】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材:JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度:994 min-1
切削速度:390 m/min、
切り込み:1.8 mm、
一刃送り量:0.20 mm/刃、
切削時間:8分、
表11に、その結果を示す。
【0041】
【表11】

【実施例2】
【0042】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表12に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α~γをそれぞれ製造した。
【0043】
【表12】
【0044】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表13に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0045】
【表13】

【0046】
つぎに、これらの工具基体α~γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4、表5に示される形成条件A~J、すなわち、NHとHからなるガス群Aと、AlCl、TiCl、N、Al(CH、Hからなるガス群B、および、おのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH:2~6%、H:65~75%、ガス群BとしてAlCl:0.5~0.9%、TiCl:0.2~0.3%、N:3.0~12.0%、Al(CH:0.0~0.1%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~900℃、供給周期6~9秒、1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10~0.20秒とし、また、N、AlCl、Al(CHの供給比N/(AlCl+Al(CH)を3~24として、所定時間、熱CVD法を行った。
また、表6、表7に示される形成条件K~L、すなわち、NHとHからなるガス群Cと、TiCl、AlCl、Al(CH、Hからなるガス群D、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Cおよびガス群Dを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群CとしてNH:2~6%、H:65~75%、ガス群DとしてAlCl:0.3~0.9%、TiCl:0.1~0.2%、Al(CH:0.0~0.1%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~900℃、供給周期6~9秒、1周期当たりのガス供給時間0.20~0.25秒、ガス群Cとガス群Dの供給位相差0.10~0.15秒とし、また、H、AlCl、Al(CHの供給比H/(AlCl+Al(CH)を100~160として、所定時間、熱CVD法を行った。
前記表4、表5、および、表6、表7の条件でTiAlCN層を形成することにより、表15に示す平均目標層厚、Alの平均組成X、Cの平均組成Yを有する本発明被覆工具18~34を製造した。
なお、本発明被覆工具23~30、34については、表3に示される形成条件で、表14に示される下部層および上部層を形成した。
【0047】
また、比較の目的で、同じく工具基体α~γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4および表5に示される条件かつ表14に示される目標平均層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表14に示される比較被覆工具18~34を製造した。
なお、本発明被覆工具23~30、34と同様に、比較被覆工具23~30、34については、表3に示される形成条件で、表14に示される下部層、上部層を形成した。
【0048】
本発明被覆工具18~34、比較被覆工具18~34の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表15および表16に示される平均目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0049】
また、前記本発明被覆工具18~34、比較被覆工具18~34のTiAlCN層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、X、Y、Z、d(111)、d(200)、A(111)、A(200)およびΔAを求めた。
表15および表16に、その結果を示す。
【0050】
【表14】

【0051】
【表15】


【0052】
【表16】



【0053】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具18~34、比較被覆工具18~34について、以下に示す、炭素鋼・鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・S55Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:370 m/min、
切り込み:1.2 mm、
送り:0.2 mm/rev、
切削時間:5 分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD600の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:325 m/min、
切り込み:1.5 mm、
送り:0.2 mm/rev、
切削時間:5 分、
(通常の切削速度は、180m/min)、
表17に、前記切削試験の結果を示す。
【0054】
【表17】

【0055】
表11および表17に示される結果から、本発明の被覆工具は、AlTiCN層の立方晶結晶粒に所定のAl含有割合、C含有割合、Cl含有割合を持ち、且つ、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足する格子歪が形成されていることから高硬度であり、その結果、高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、チッピング、欠損の発生もなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0056】
これに対して、AlTiCN層を構成する立方晶結晶粒において、所定のAl含有割合、C含有割合、Cl含有割合を持ち、且つ、0.007Å≦ΔA≦0.05Åを満足する格子歪が形成されていない比較被覆工具は、高速断続切削加工において、チッピング等の異常損傷の発生、あるいは、摩耗進行により、短時間で寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工ばかりでなく、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。