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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-04
(45)【発行日】2022-07-12
(54)【発明の名称】車両のトラクション制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 29/02 20060101AFI20220705BHJP
   F02D 29/00 20060101ALI20220705BHJP
【FI】
F02D29/02 311A
F02D29/00 C
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018128711
(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公開番号】P2020007949
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-06-10
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(72)【発明者】
【氏名】冨田 健史郎
(72)【発明者】
【氏名】藤末 敏
【審査官】家喜 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-028679(JP,A)
【文献】特開平11-294213(JP,A)
【文献】特開2006-232167(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 13/00 - 45/00
B60W 40/00
F16H 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源と変速機との間の動力伝達経路にロックアップ機構を有するトルクコンバータを備えた車両に適用され、
前記動力源の出力が伝達される駆動車輪の過大な加速スリップを抑制するよう、前記出力を制限する車両のトラクション制御装置であって、
前記加速スリップに基づいて、前記出力を制限する要求値を演算する演算部と、
前記ロックアップ機構の係合状態を判定する判定部と、
前記係合状態に基づいて、前記ロックアップ機構が解放される場合には、前記ロックアップ機構が拘束される場合よりも、前記要求値が小さくなるよう減少調整する調整部と、
を含んで構成される、車両のトラクション制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両のトラクション制御装置において、
前記調整部は、前記車両の発進時に限って、前記要求値の前記減少調整を実行する、車両のトラクション制御装置。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のトラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、トラクション制御と車両用ロックアップクラッチのスリップ制御との干渉を回避するよう、トラクション制御作動が判定された場合には、トルク伝達状態保持手段により、ロックアップクラッチのトルク伝達状態がそのまま保持されることが記載されている。特許文献1によれば、トラクション制御中にはスリップ制御によるトルク変化が発生しないので、制御干渉が発生しない。したがって、トラクション制御によるトルク変化が増幅されたり或いは相殺されたりすることがなく、トラクション制御が安定するとともに、スリップ制御もトラクション制御によるスロットル弁開度の変化に影響されず、安定して行われ得る。
【0003】
特許文献2には、エンジンの出力および回転数の少なくとも一方の増大を制限するトラクション制御を行っている場合には、トルクコンバータを常にロックアップし、トラクション制御の実行時には、良好な加速性、安定性を維持できることが記載されている。
【0004】
上記の特許文献では、トラクション制御が実行されている場合にはトルクコンバータがロックアップされるが、ロックアップの解除が必要なる場合(例えば、発進時、クリープ走行時、変速時)がある。ところで、ロックアップ機構を備えたトルクコンバータ(流体コンバータ)では、ロックアップ機構が、拘束されている場合と、解放されている場合とでは、動力源の出力(動力)の伝達経路が異なる。ロックアップ機構が解放されている場合には、動力は、流体コンバータ内の流体を介して、変速機に伝達される。一方、ロックアップ機構が拘束されている場合には、動力は、流体を介さず、変速機に直接伝達される。動力が、流体を介して、駆動車輪に伝達されると、動力伝達経路において時間的な遅れが生じ得る。このため、トラクション制御においては、ロックアップ機構の係合状態が参酌されて実行されることが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平8-28687号公報
【文献】特開2009-190505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、ロックアップ機構を有するトルクコンバータを備えた車両に適用され、ロックアップ機構の係合状態に基づいて、高応答なトラクション制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る車両のトラクション制御装置(TS)は、動力源(EN)と変速機(TM)との間の動力伝達経路にロックアップ機構(LU)を有するトルクコンバータ(TC)を備えた車両に適用される。トラクション制御装置(TS)は、前記動力源(EN)の出力(Qa)が伝達される駆動車輪(WHf、WHr)の過大な加速スリップ(Sw)を抑制するよう、前記出力(Qa)を制限するものであって、前記加速スリップ(Sw)に基づいて、前記出力(Qa)を制限する要求値(Qs)を演算する演算部(QS)と、前記ロックアップ機構(LU)の係合状態(Hn)を判定する判定部(HN)と、前記係合状態(Hn)に基づいて、前記ロックアップ機構(LU)が解放される場合(Fh=1)には、前記ロックアップ機構(LU)が拘束される場合(Fh=0)よりも、前記要求値(Qs)が小さくなるよう減少調整する調整部(CQ)と、を含んで構成される。例えば、トラクション制御装置(TS)では、前記調整部(CQ)は、前記車両の発進時に限って、前記要求値(Qs)の前記減少調整を実行する。
【0008】
上記構成によれば、ロックアップ機構LUの解放状態では、ロックアップ機構LUの拘束状態よりも、要求出力(要求値)Qsが小さくなるよう減少調整されるため、トルクコンバータTCの係合状態に起因する動力Qaから駆動トルクTqへの動力伝達の時間遅れが補償される。結果、駆動車輪WHfの過大な加速スリップSwが迅速に抑制され、駆動車輪WHf、WHrの収束性が向上される。更に、要求出力Qsの減少調整が、車両の発進時(例えば、1速から2速への変速)に限定されるため、制御実行の信頼性が確保され得る。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明に係る車両のトラクション制御装置TSを搭載した車両の全体構成図である。
図2】トルクコンバータTCを介した動力Qaの伝達を説明するための概略図である。
図3】トラクション制御装置TSの概要を説明するための機能ブロック図である。
図4】トラクション制御装置TSにおける駆動トルク制御の第1の処理例を説明するための機能ブロック図である。
図5】トラクション制御装置TSにおける駆動トルク制御の第2の処理例を説明するための機能ブロック図である。
図6】減少量演算ブロックSGでの処理を説明するための時系列線図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<構成部材等の記号、及び、記号末尾の添字>
以下の説明において、「ECU」等の如く、同一記号を付された構成部材、演算処理、信号、特性、及び、値は、同一機能のものである。各車輪に係る記号の末尾に付された添字「f」、「r」は、「f」は前輪に係るもの、「r」は後輪に係るものを示す包括記号である。例えば、車輪速度センサにおいて、前輪車輪速度センサVWf、及び、後輪車輪速度センサVWrと表記される。更に、記号末尾の添字「f」、「r」は省略され得る。添字「f」、「r」が省略された場合には、各記号は、その総称を表す。例えば、「VW」は、各車輪速度センサを表す。
【0011】
<本発明に係るトラクション制御装置TSを備えた車両の全体構成>
図1の全体構成図を参照して、本発明に係る車両のトラクション制御装置TSを搭載した車両について説明する。車両では、駆動装置YDが、駆動シャフトDSを介して、前輪WHfに接続される。つまり、前輪WHfが駆動車輪とされる前輪駆動の車両である。
【0012】
車両には、制動操作部材BP、制動操作量センサBA、加速操作部材AP、加速操作量センサAA、変速操作部材HP、シフト位置センサHA、操舵操作部材SW、操舵角センサSA、車輪速度センサVW、ヨーレイトセンサYR、前後加速度センサGX、横加速度センサGY、制動装置YB、及び、駆動装置YDが備えられる。
【0013】
制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両を減速させるために操作する部材である。制動操作部材BPが操作されることによって、車輪WHに対する制動トルクBqが調整され、車輪WHに制動力が発生される。
【0014】
運転者による制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作量Baを検出するよう、制動操作量センサBAが設けられる。具体的には、制動操作量センサBAとして、マスタシリンダCM内の液圧(マスタシリンダ液圧)Pmを検出するマスタシリンダ液圧センサPM、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP(図示せず)、及び、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFP(図示せず)のうちの少なくとも1つが採用される。
【0015】
加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APは、運転者が車両を加速し、定速走行するために操作する部材である。加速操作部材APが操作されることによって、車輪WHに対する駆動トルクTqが調整され、車輪WHに駆動力が発生される。運転者による加速操作部材(アクセルペダル)APの操作量Aaを検出するよう、加速操作量センサAAが設けられる。例えば、加速操作量センサAAとして、加速操作部材APの操作変位を検出する加速操作変位センサが採用される。
【0016】
車両には、変速操作を行うための変速操作部材(例えば、シフトレバー)HPが備えられる。そして、変速操作部材HPのシフト位置Haを検出するシフト位置センサHAが設けられる。
【0017】
操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SWは、運転者が車両を旋回させるために操作する部材である。操舵操作部材SWが操作されることによって、操向車輪(例えば、前輪WHf)に操舵角Saが付与され、車輪WHに横力が発生され、車両が旋回される。操舵操作部材SWの回転角度(操舵角)Saを検出するよう、操舵角センサSAが設けられる。
【0018】
車輪WHには、車輪WHの回転速度である車輪速度Vwを検出する車輪速度センサVWが備えられる。車両の車体には、車両のヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYR、車両の前後方向における加速度(前後加速度)Gxを検出する前後加速度センサGX、及び、車両の横方向における加速度(横加速度)Gyを検出する横加速度センサGYが設けられる。
【0019】
制動装置YBによって、車輪WHに制動力が発生される。制動装置YBは、マスタシリンダCM、ブレーキキャリパCP、ホイールシリンダCW、回転部材KT、摩擦材MS、流体ユニットHU、及び、制動コントローラECBにて構成される。マスタシリンダCM、流体ユニットHU、及び、ホイールシリンダCWは、制動流体路HWを介して接続される。
【0020】
通常の制動時には、流体ユニットHUは作動されず、制動操作部材BPの操作に応じて、マスタシリンダCMから、制動液BFが、ホイールシリンダCWに圧送される。車両の各車輪WHには、ブレーキキャリパCP、ホイールシリンダCW、回転部材KT、及び、摩擦材MSが備えられる。具体的には、車輪WHには、回転部材(ブレーキディスク)KTが固定され、ブレーキキャリパCPが配置されている。ブレーキキャリパCPには、ホイールシリンダCWが設けられる。ホイールシリンダCW内の液圧(制動液圧)Pwが調整されることによって、車輪WHに制動トルクBq(結果、制動力)が発生される。
【0021】
流体ユニットHUは、アンチスキッド制御、トラクション制御、車両安定化制御等が実行される場合に作動される。流体ユニットHUの作動によって、制動液圧Pwは、制動操作部材BPの操作とは独立に、且つ、各輪個別に調整される。これにより、各車輪WHの前後力(制・駆動力)が、独立、且つ、個別に制御される。流体ユニットHUは、電動ポンプ、複数の電磁弁、及び、低圧リザーバを含んで構成される。
【0022】
制動コントローラECBによって、流体ユニットHU(特に、電動ポンプの電気モータ、及び、電磁弁)が制御される。コントローラECBには、制動操作量Ba(Pm、Sp、Fp)、車輪速度Vw、ヨーレイトYr、操舵角Sa、前後加速度Gx、横加速度Gy、等が入力される。コントローラECBでは、例えば、車輪WHの過度の減速スリップ(例えば、車輪ロック)を抑制するよう、アンチスキッド制御が実行される。また、車輪WHの過度の加速スリップ(例えば、車輪スピン)を抑制するよう、トラクション制御が実行される。
【0023】
駆動装置YDによって、各車輪WHのうちの駆動車輪(駆動装置YDに接続された車輪)に駆動力が発生される。駆動装置YDは、動力源EN(「駆動源」ともいう)、変速機TM、及び、駆動コントローラECDを含んで構成される。動力源EN(例えば、内燃機関)は、加速操作量Aaに応じて、駆動コントローラECDによって制御される。また、変速機TM(例えば、自動変速機)は、シフト位置Haに応じて、駆動コントローラECDによって制御される。動力源ENと変速機TMとの間には、トルクコンバータTCが含まれ、動力源ENの出力(動力)Qaは、トルクコンバータTCを介して、変速機TMに伝達される。
【0024】
動力源ENには、スロットル開度Thを検出するスロットルセンサTH、燃料噴射量Fiを検出する噴射量センサFI、及び、駆動回転数Neを検出る回転数センサNEが設けられる。駆動コントローラECDによって、加速操作量Aa(実際値)、スロットル開度Th(実際値)、燃料噴射量Fi(実際値)、及び、動力源ENの駆動回転数Ne(実際値)に基づいて、動力源ENの出力(動力)Qaが制御される。動力源ENとして、駆動用の電気モータが採用され得る。この場合、動力源ENへの通電量(例えば、電流値)Im、及び、回転数Nmが検出される。そして、加速操作量Aa(実際値)、通電量Im(実際値)、及び、モータ回転数Nm(実際値)に基づいて、駆動用モータの出力Qaが制御される。
【0025】
変速機TMには、変速比(ギヤ位置)Gp(実際値)を検出するためのギヤ位置センサGPが設けられる。動力源ENに係る信号(Aa、Th、Fi、Ne、Im、Nm、等)に基づいて、駆動コントローラECDによって、自動変速機TMの要求変速比Gps(要求値)が決定される。例えば、要求変速比Gpsは、車体速度Vxに基づいて決定されてもよい。そして、要求変速比Gpsに応じて、実施の変速比Gp(実際値)が、要求値Gpsに一致するよう制御される(つまり、変速機TMの変速作動が実行される)。加えて、駆動コントローラECDによって、トルクコンバータTCのロックアップ機構LUが制御される。ロックアップ機構LUは、要求信号Lusに応じて、変速機TMが変速作動を開始する前に解除状態にされ、変速作動を終了した後に拘束状態にされる。換言すれば、変速機TMが変速中には、ロックアップ機構LUが解除されている。ロックアップ機構LUの係合状態が、実際の係合状態(係合信号)Luとして検出され得る。従って、ロックアップ機構LUの係合状態(解除、又は、拘束)Hnは、係合信号Lus(要求値)、Lu(実際値)に基づいて判定される。或いは、変速比Gps、Gpに基づいて、係合状態Hnが判定されてもよい。例えば、変速比Gps(要求値)、Gp(実際値)が、1速から2速に変更される場合、変速中には、ロックアップ機構LUが解除状態にされる。係合状態Hnは、トラクション制御装置TSでの目標出力Qtの演算に用いられる。
【0026】
駆動コントローラECDによって、加速操作量Aaに基づいて、要求スロットル開度Ths、燃料噴射量Fis、及び、要求変速比Gpsが演算され、出力される。要求スロットル開度Ths、燃料噴射量Fis、及び、要求変速比Gpsは、スロットル開度Th、燃料噴射量Fi、及び、変速比Gpの目標値である。実スロットル開度Th、実燃料噴射量Fi、及び、実変速比Gpが、要求スロットル開度Ths、要求燃料噴射量Fis、及び、要求変速比Gpsに一致するよう制御される。なお、動力源ENが電気モータである場合には、加速操作量Aaに基づいて要求通電量(目標値)Imsが演算され、この目標値Imsに、実際の通電量Imが一致するよう制御される。
【0027】
駆動コントローラECDと制動コントローラECBとは、通信バスBSを介して情報(演算値、センサ値等)が共有されている。例えば、制動コントローラECBにて、トラクション制御、車両安定化制御等が実行される。制動コントローラECBからの指示信号(目標出力Qt)に応じて、駆動コントローラECDによって動力源ENの出力が減少される。通信バスBSを通して情報共有されるコントローラが、「ECU(電子制御ユニット)」と称呼される。つまり、コントローラECUは、少なくとも、駆動コントローラECD、及び、制動コントローラECBを含んで構成される。
【0028】
<トルクコンバータTCを介した動力伝達>
図2の概略図を参照して、トルクコンバータTCを介した動力源ENの出力(動力)Qaの伝達について説明する。トルクコンバータTCは、多段式自動変速機、或いは、無段変速機(所謂、CVT)に設けられる。具体的には、トルクコンバータTCは、動力源EN(トルクコンバータTCの入力軸JI)と変速機TM(トルクコンバータTCの出力軸JO)との間に設けられる。変速機TMは、駆動シャフトDSを介して駆動車輪(前輪)WHfに接続される。従って、動力源ENの出力(動力)Qaは、トルクコンバータTC、変速機TM、及び、駆動シャフトDSを介して、駆動トルクTqとして、駆動車輪WHfに伝達される。
【0029】
トルクコンバータTCは、ポンプインペラPI、タービンランナTR、ステータSR、及び、ロックアップ機構LUにて構成される。ポンプインペラPI、タービンランナTR、及び、ステータSRは、羽車である。ポンプインペラPIは、トルクコンバータTCの入力軸JI(動力源の出力軸)に接続される。タービンランナTRは、トルクコンバータTCの出力軸JOに接続される。ポンプインペラPI、及び、タービンランナTRの間には作動流体が満たされ、その流体を介して、動力伝達が行われる。ポンプインペラPI、及び、タービンランナTRの間には、ステータSRが設けられ、タービンランナTRの出力トルクが、ポンプインペラPIからの入力トルクに対して増幅される。この増幅効果は、トルクコンバータTCの速度比(ポンプインペラPIの回転数に対するタービンランナTRの回転数)の増加に従って減少する。つまり、トルクコンバータTCは入力回転数に対して出力回転数が小さい領域ではトルクが増幅され、或る程度以上に出力回転数が増加されると、単なる流体継ぎ手として機能する。トルクコンバータTCの増幅作用が減少される領域での動力伝達損失を低減するよう、ロックアップ機構LUが設けられる。
【0030】
トルクコンバータTCのロックアップ機構LUは、駆動コントローラECDによって制御される。ロックアップ機構LUの係合状態によって、動力源ENの出力Qaから駆動トルクTqへの動力伝達経路が切り替えられる。つまり、トルクコンバータTCの入力軸JIと出力軸JOとの間の動力伝達において、「ロックアップ機構LUの係合が拘束され、機械的に固定された状態(直結状態)」と、「ロックアップ機構LUの係合が解放され、作動流体を介して動力が伝達される状態(解放状態)」と、が切り替えられる。直結状態においては、動力Qaは、「JI→LU→JO」の順で変速機TMに伝達される。一方、解放状態では、動力Qaは、「JI→PI→TR→JO」の順で変速機TMに伝達される。
【0031】
ロックアップ機構LUが結合(拘束)される場合には、動力源ENと変速機TMとは、流体を介さずに、直結された状態にされる。結果、駆動車輪WHfに対して、動力Qaが効率良く伝達される。例えば、トラクション制御によって、動力Qaが低減される場合、駆動トルクTqは、高応答で、直ちに減少される。
【0032】
例えば、車両の発進時、クリープ走行時、変速時には、ロックアップ機構LUの解除が必要なる。ロックアップ機構LUが解放(解除)される場合には、流体を介して、動力源ENから変速機TMへの動力伝達が行われるため、動力Qaの駆動車輪WHfに対する動力伝達において動力損失が生じる。従って、トラクション制御によって、動力Qaが減少される場合、駆動トルクTqは、トルクコンバータTCでのスリップ(ポンプインペラPIとタービンランナTRと間の回転速度差)に起因して、時間的に遅れて減少される。なお、「クリープ走行」とは、加速操作部材APが操作されていない場合でも、動力源ENのアイドリング状態で、車両が走行することである。
【0033】
<トラクション制御装置TSの概要>
図3の機能ブロック図を参照して、トラクション制御装置TSの概要について説明する。トラクション制御装置TSには、「動力源(駆動源)ENを制御して、駆動車輪WHf(前輪)の駆動トルクTqを制御する処理」、及び、「流体ユニットHUを制御して、駆動車輪WHfの制動トルクBqを制御する処理」にて構成される。トラクション制御装置TSには、車体速度演算ブロックVX、駆動基準速度演算ブロックVK、駆動トルク制御ブロックQT、制動基準速度演算ブロックVS、及び、制動トルク制御ブロックBTが含まれる。
【0034】
車体速度演算ブロックVXにて、車輪速度Vwに基づいて、車体速度Vxが演算される。例えば、従動車輪WHrの車輪速度Vwrに基づいて、車体速度Vxが演算される。従動車輪WHrは、駆動装置YDからの動力が伝達されない車輪であり、前輪駆動の車両では、後輪WHrが該当する。
【0035】
駆動基準速度演算ブロックVKにて、車体速度Vxに基づいて、駆動基準速度Vkが演算される。駆動基準速度Vkは、動力源ENの出力Qaが制御される場合(駆動トルク制御時)の基準となる車輪速度である。例えば、車体速度Vxに所定速度vkが加算されて、基準速度Vkが決定される(即ち、「Vk=Vx+vk」)。ここで、所定速度vkは、予め設定された所定値(定数)である。
【0036】
駆動トルク制御ブロックQTにて、駆動基準速度Vk、及び、駆動車輪速度Vwfに基づいて、目標出力Qtが演算される。目標出力Qtは、動力源ENの実出力(動力)Qaを制限するための目標値(制限値)である。従って、実際の出力Qaが、目標出力Qt以下の場合には、動力源ENの出力Qaは制限されない。一方、実出力Qaが、目標出力Qtよりも大きい場合には、出力Qaが目標出力Qt以下になるよう、スロットル開度Th、燃料噴射量Fi(又は、モータ通電量Im)が低減され、実際の出力Qaが減少される。結果、駆動車輪WHfの駆動トルクTqが減少され、過大な加速スリップSwが抑制される。駆動トルク制御ブロックQTの詳細については後述する。
【0037】
制動基準速度演算ブロックVSにて、車体速度Vxに基づいて、制動基準速度Vsが演算される。制動基準速度Vsは、制動液圧Pwが制御される場合(制動トルク制御時)の基準となる車輪速度である。例えば、車体速度Vxに所定速度vsが加算されて、基準速度Vsが決定される(即ち、「Vs=Vx+vs」)。ここで、所定速度vsは、予め設定された所定値(定数)であり、「vs>vk」の関係にある。
【0038】
制動トルク制御ブロックBTにて、制動基準速度Vs、及び、駆動車輪速度Vwfに基づいて、流体ユニットHUが制御される。具体的には、駆動車輪速度Vwfが、制動基準速度Vsに近づき、一致するよう、制動液圧Pwが調整される。なお、所定速度vsは、所定速度vkよりも大きい値に設定されるため、制動基準速度Vsは、駆動基準速度Vkよりも大きい。このため、トラクション制御では、先ず、駆動トルク制御が実行される。駆動トルク制御によって出力Qaが減少されたにもかかわらず、駆動車輪速度Vwfが増加、又は、十分に減少しない場合に、制動トルク制御ブロックBTによって、駆動車輪WHfの加速スリップSwが速やかに減少するよう、制動液圧Pwfが増加される(即ち、駆動車輪WHfの制動トルクBqが増加される)。
【0039】
<トラクション制御装置TSにおける駆動トルク制御の第1処理例>
図4の機能ブロック図を参照して、駆動トルク制御の第1の処理例について説明する。駆動トルク制御によって、駆動車輪WHf(出力Qaが伝達される車輪)の過大な加速スリップSwを抑制するよう、動力源ENの出力(動力)Qaが制限され、駆動トルクTqが減少される。駆動トルク制御は、車体速度演算ブロックVX、駆動基準速度演算ブロックVK、駆動輪平均速度演算ブロックVH、比例・積分制御ブロックQS、係合状態判定ブロックHN、及び、調整処理ブロックCQにて構成される。
【0040】
車体速度演算ブロックVXにて、車輪速度Vw(特に、従動車輪WHrの車輪速度Vwr)に基づいて、車体速度Vxが演算される。駆動基準速度演算ブロックVKでは、車体速度Vxに所定速度vk(例えば、定数)が加算されて、駆動基準速度Vk(単に、「基準速度Vk」ともいう)が決定される。
【0041】
駆動輪平均速度演算ブロックVHにて、駆動車輪WHfの車輪速度Vwfに基づいて、駆動輪平均速度Vh(単に、「平均速度Vh」ともいう)が演算される。駆動車輪WHfは、駆動装置YDからの動力が伝達される車輪であり、前輪駆動の車両では、前輪WHfが相当する。平均速度Vhは、2つの駆動車輪速度Vwfの平均値である。基準速度Vkと平均速度Vhに基づいて、加速スリップSwが演算される。具体的には、平均速度Vhから基準速度Vkが減算されて、加速スリップSwが決定される(即ち、「Sw=Vh-Vk」)。
【0042】
比例・積分制御ブロックQS(「演算部」に相当)では、加速スリップSwに基づいて、比例・積分制御が実行される。具体的には、加速スリップSwが所定値sz以上になると、トラクション制御の実行が開始される。そして、加速スリップSwに比例ゲインKpが乗算される(即ち、「Kp×Sw」)。また、加速スリップSwの時間積分値に積分ゲインKiが乗算される(即ち、「Ki×∫Sw」)。更に、これらが加算されて、要求出力Qsが演算される(即ち、「Qs=Kp×Sw+Ki×∫Sw」)。要求出力Qsは、実際の出力Qaを制限するための目標値(制限値)である。なお、トラクション制御の実行は、要求出力Qsが所定値qs以上になった場合に開始されてもよい。所定値sz、qsは予め設定された定数である。
【0043】
係合状態判定ブロックHN(「判定部」に相当)では、ロックアップ機構LUにおける、指示信号Lus、及び、実際の状態Luのうちの少なくとも1つに基づいて、ロックアップ機構LUの係合状態が判定される。つまり、「ロックアップ機構LUが拘束されて、トルクコンバータTCにおいて、入力軸JI(動力源ENの出力軸)と出力軸JO(変速機TMの入力軸)とが直結状態にある(直結状態)」か、「ロックアップ機構LUが解放され、トルクコンバータTCにおいて、入力軸JIと出力軸JOとが流体を通して動力伝達されている(解放状態)」か、が判定される。そして、判定結果Hnが、係合状態判定ブロックHNから出力される。例えば、係合状態Hnとして、判定フラグFhが採用され、直結状態では「Fh=0」が、解放状態では「Fh=1」が決定される。
【0044】
調整処理ブロックCQ(「調整部」に相当)にて、係合状態Hn(判定結果)に基づいて、要求出力Qs(「要求トルク」ともいう)が調整され、目標出力Qtが演算される。ここで、目標出力Qt(「目標トルク」ともいう)は、駆動トルク制御における、最終的な制限トルクの目標値である。「Qa≦Qt」の場合には、制限は行われず、実出力Qaは減少されない。「Qa>Qt」の場合には、実出力Qaが目標出力Qtにまで減少するよう、動力源ENが制御される(スロットル開度Th、燃料噴射量Fi、モータ通電量Imの低減)。
【0045】
具体的には、調整処理ブロックCQでは、係合状態Hnが拘束状態(結合状態)の場合(例えば、「Fh=0」の場合)には、要求出力Qsは調整されず、そのまま、目標出力Qtとして決定される(即ち、「Qt=Qs」)。一方、係合状態Hnが解放状態(解除状態)の場合(例えば、「Fh=1」の場合)には、要求出力Qsが、調整出力Qh(「調整トルク」ともいう)だけ減少されて、目標出力Qtが決定される(即ち、「Qt=Qs-Qh」)。つまり、ロックアップ機構LUの係合状態が、拘束状態から解放状態に変更された時点にて、目標出力Qtは、「Qs」から「Qs-Qh」に、調整出力Qhの分だけ、急減される。ここで、係合状態Hnに基づく調整出力Qhは、要求出力Qsを減少調整して、最終の目標出力Qtを決定するためのものである。
【0046】
例えば、係合状態Hnに基づく調整出力Qhは、所定トルクqhとして設定される。所定トルクqhは、予め設定された定数である。また、調整出力Qhは、スリップ状態svに基づいて決定され得る。スリップ状態svは、判定フラグFhが「0(結合状態)」から「1(解除状態)」に遷移した時点(該当する演算周期)における加速スリップSwの値である。吹き出し部の演算マップZvに示す様に、スリップ状態svの増加に伴って、調整出力Qhが大きくなるように演算される。スリップ状態svが大であることは、目標出力Qtがより小さくされるべきであることに基づく。
【0047】
調整処理ブロックCQでは、要求変速比Gps、及び、実際の変速比Gpのうちの少なくとも1つに基づいて、調整出力Qhが演算される。具体的には、変速比Gps(要求値)、Gp(実際値)に応じて、「Fh=0(拘束状態)」から「Fh=1(解放状態)」に遷移した時点(演算周期)の減速比gsが記憶される。そして、減速比gsに基づいて、調整出力Qhが決定される。例えば、多段式自動変速機において、1速(第1段であり、「ローギヤ」ともいう)から2速(第2段)に変速される場合には、減速比gsは、1速に相当する減速比である。調整出力Qhは、吹き出し部の演算マップZgに示す様に、減速比gsが大きいほど、大きくなるように演算される。減速比gsが大であることは、トルクコンバータTCでの動力伝達遅れの影響が大きいことに基づく。従って、1速から変速される場合(例えば、車両の発進時)には、2速から変速される場合に比較して、調整出力Qhが大きく決定され、結果、目標出力Qtがより小さくされる。
【0048】
ロックアップ機構LUを有するトルクコンバータTCが備えられた車両に適用されるトラクション制御装置TSでは、動力Qaの減少による駆動トルクTqの減少は、ロックアップ機構LUの係合状態に依存する。ロックアップ機構LUが拘束(締結)されている場合には、動力Qaは、トルクコンバータTC内の流体を介さず、変速機TMに直接伝達されるため、動力Qaの変化は、時間遅れなく駆動トルクTqの変化として伝達される。一方、ロックアップ機構LUが解放されている場合には、動力Qaは、トルクコンバータTC内の流体を介して、変速機TMに伝達されるため、駆動トルクTqの変化(減少)には時間的な遅れが生じ得る。
【0049】
トラクション制御装置TSでは、加速スリップSwに基づいて、動力(動力源ENの出力)Qaを制限する要求出力Qs(要求値)が演算される。また、係合状態における、指示信号(指示状態)Lus、及び、実状態Luのうちの少なくとも1つに基づいて、ロックアップ機構LUの係合状態Hnが判定される。そして、係合状態Hnに基づいて、ロックアップ機構LUが解放される場合には、調整出力Qhによって、ロックアップ機構LUが拘束される場合よりも、要求出力Qsが小さくなるよう減少調整されて、最終的な目標出力Qtが決定される。ロックアップ機構LUの解放が開始された時点で、要求出力Qsは、調整出力Qh(例えば、「=qh」)だけ、大幅減少(急減)される。これにより、トルクコンバータTCにおける動力伝達経路の影響が補償され、好適なトラクション制御が実行され得る。結果、駆動車輪WHfの過大な加速スリップSwが迅速に抑制され、駆動車輪WHfの収束性が向上される。
【0050】
また、変速機TMの減速比が大きいほど、トルクコンバータTCの影響が大きい。このため、要求変速比Gps、及び、実変速比Gpのうちの少なくとも1つに基づいて、要求出力Qsの減少調整が行われる。具体的には、ロックアップ機構LUが解除されている場合(例えば、変速機TMの変速中)において、減速比が大きいほど、調整出力Qhが大きくなるように演算される。結果、要求値Qsが小さくなるよう減少調整されて、最終的な目標出力Qtが決定される。例えば、ロックアップ機構LUが拘束状態から解放状態に遷移された時点(演算周期)の減速比gsに基づいて、減速比gsが大きいほど、要求出力Qsが、より小さくなるよう減少調整される。変速機TMの変速作動における減速比に基づいて、要求出力Qsの減少調整が行われるため、より適切なトラクション制御が実行され得る。
【0051】
要求出力Qsの減少調整は、車両の発進時に限って実行され得る。車両が停止されている場合にはロックアップ機構LUは解除状態である。従って、車両発進時には、ロックアップ機構LUは解除状態であり、変速機TMの減速比が最大(即ち、多段式自動変速機の1速)である。一方、変速比Gps、Gpが、2速以上である場合には、トルクコンバータTCは、変速中の動力伝達時間遅れに、然程、影響を及ぼさないことに基づく。要求出力Qsが減少調整される状況が限定されるため、制御の信頼性が向上され得る。
【0052】
<トラクション制御装置TSの駆動トルク制御の第2処理例>
図5の機能ブロック図を参照して、駆動トルク制御の第2の処理例について説明する。第2の処理例では、第1の処理例に対して、前後加速度演算ブロックGA、及び、減少量演算ブロックSGが付け加えられる。
【0053】
加速度演算ブロックGAでは、車体速度Vxに基づいて、前後加速度Gaが演算される。前後加速度Gaは、車両(車体)の実際の前後加速度(実加速度)である。具体的には、所定の演算周期(例えば、数ミリ秒毎)で、車体速度Vxが時間微分されて、前後加速度Gaが演算される。また、前後加速度Gaとして、前後加速度センサGXによって検出された前後加速度Gxが採用されてもよい。更に、ロバスト性を向上するよう、前後加速度度Gx(検出値)、及び、前後加速度Ga(演算値)の両方が、前後加速度Gaとして用いられてもよい。
【0054】
減少量演算ブロックSGでは、前後加速度Gaに基づいて、積算量Sgが演算される。積算量Sgは、前後加速度Gaのピーク値からの減少量である。具体的には、減少量演算ブロックSGでは、コントローラECUでの演算周期において、前回の前後加速度Ga[n-1](「前回値」ともいう)からの、今回の前後加速度Ga[n](「今回値」ともいう)の減少量Gg[n]が演算される。ここで、記号末尾の「n」は演算周期を表記するもので、「n」が現時点(今回)の演算周期、「n-1」が現時点から1つ前の演算周期(前回)を、夫々表す。
【0055】
減少量演算ブロックSGでは、演算周期毎に、順次、減少量Gg[n]が積算されていく。今回の演算周期「n」までに、積算された減少量ΣGg[n]が、「積算量Sg[n]」と称呼される(即ち、「Sg[n]=ΣGg[n]」)。つまり、前回の演算周期「n-1」までの積算量Sg[n-1]に今回の減少量Gg[n]が加算されて、今回の積算量Sg[n]が決定される。
【0056】
また、減少量演算ブロックSGでは、前回の前後加速度(前回値)Ga[n-1]から、今回の前後加速度(今回値)Ga[n]が増加した場合には、今回の積算量Sg[n]が、前回の積算量Sg[n-1]の所定割合rsに減少される(即ち、「Sg[n]=rs×Sg[n-1]」)。ここで、所定割合rsは、予め設定された定数である。例えば、所定割合rsは、「0%」に設定される。この場合、前後加速度Gaが増加した時点で、積算値Sgは、「0」にリセットされる。
【0057】
加えて、減少量演算ブロックSGには、タイマ(時間カウンタ)が含まれている。このタイマによって、時間の継続状態が演算される。継続時間は、トラクション制御が開始された後に、初めて、前後加速度Gaが減少した時点(該当する演算周期)を起点にカウントされる。そして、積算値Sgが所定量sxよりも大きい状態が初めて満足された時点から、所定時間txが経過した時点で、積算値Sgは、「0」にリセットされる。ここで、所定量sx、及び、所定時間txは、予め設定された定数である。
【0058】
調整処理ブロックCQ(調整部)にて、係合状態Hnに加え、積算量Sgに基づいて、要求出力Qsが調整される。具体的には、積算量Sg[n]が所定量sxを超過した場合に、要求出力Qsが、積算量Sgに基づく調整出力Qgだけ減少されて、目標出力Qtが決定される。即ち、ロックアップ機構LUにおいて、拘束状態では「Qt=Qs-Qg」が、解放状態では「Qt=Qs-Qh-Qg」が演算される。ここで、所定量sxは、「要求出力Qsを減少調整するか、否か(即ち、調整出力Qgを演算するか、否か)」を判定するためのしきい値であり、予め設定された所定の定数である。
【0059】
例えば、積算量Sgに基づく調整出力Qgは、所定トルクqgとして設定される。所定トルクqgは、予め設定された定数である。また、調整出力Qgは、スリップ状態sw、及び、継続時間tgのうちの少なくとも1つに基づいて決定され得る。スリップ状態swは、「Sg>sx」が満足された時点(該当する演算周期)における加速スリップSwの値である。吹き出し部の演算マップZsに示す様に、スリップ状態swの増加に伴って、調整出力Qgが大きくなるように演算される。スリップ状態swが大であることは、目標出力目標出力Qtがより小さくされるべきであることに基づく。
【0060】
継続時間tgは、積算量Sgの増加が開始された時点から、「Sg>sx」が満足される時点までの時間である。調整出力Qgは、演算マップZtに示す様に、継続時間tgが長いほど、小さくなるように演算される。継続時間tgが長いということは、前後加速度の減少が然程大きくなく、加速スリップSwが急速には増加していないことに基づく。
【0061】
トラクション制御装置TSでは、実際の前後加速度Gaが演算される。そして、演算周期のたびに、前後加速度Gaの減少量Gg(今回値Ga[n]において、前回値Ga[n-1]から減少した量Gg[n])が演算される。この減少量Ggは、順次、積算されて、積算量Sg(=ΣGg)として決定される。換言すれば、前後加速度Gaがピーク値を呈し、前後加速度Gaの減少が開始された時点(即ち、前後加速度Gaの減少が判定された演算周期)からの減少量Ggの合計が、積算量Sgである。出力調整処理においては、積算量Sgが、所定量sx以下である場合には、積算量Sgによっては要求出力Qsは調整されない。一方、積算量Sgが所定量sxよりも大きくなった時点で、要求出力Qs(要求トルク)から、調整出力Qg(調整トルク)の分が減少されて、目標出力Qt(目標トルク)が急減される(即ち、「Qt=Qs-Qg」、又は、「Qt=Qs-Qh-Qg」)。
【0062】
目標出力Qtの減少調整は、前後加速度Gaの増加が開始された時点で終了される。或いは、減少調整は、積算値Sgが所定量sx以下となった時点で終了され得る。更に、減少調整は、「Sg>sx」が初めて満足された時点から、所定時間tx(予め設定された定数)が経過した時点で終了されてもよい。減少調整の終了時には、調整出力Qgは、直ちに「0」にされるのではなく、徐々に(時間変化勾配に制限が設けられて)、「0」に向けて減少される。出力Qaの急変が抑制されるよう、目標出力Qtが、滑らかに要求出力Qsにまで増加される。
【0063】
トラクション制御装置TSでは、車両加速において、前後加速度Gaの減少が継続されている場合に、目標出力Qtが大幅に減少(即ち、急減)される。つまり、演算周期毎に決定される状態量ではなく、或る程度の演算周期に亘る状態量に応じて決定された積算量Sgに基づいて、路面の摩擦係数が高い状態から低い状態に変化している場合が適切に判定される。換言すれば、現時点の状態量のみならず、過去の状態量が利用されて路面摩擦状態が判定されるため、トラクション制御の制御量変動に起因する、制御の煩雑さが抑制される。そして、判定結果に基づいて、実出力Qaが路面摩擦係数に適した値にまで減少される。駆動車輪WHfの過大な加速スリップSwが迅速に抑制され、駆動車輪WHfの収束性が向上される。結果、運転者に対する、車両の加速感が向上される。
【0064】
<減少量演算ブロックSGでの処理>
図6の時系列線図を参照して、減少量演算ブロックSG(減少量演算部)での処理について説明する。各種記号末尾の括弧内の記号は、それがどの時点(該当する演算周期)のものであるかを示す。例えば、「Ga[t7]」は、時点t7における前後加速度Gaを表す。
【0065】
時点t4までは、前後加速度Gaは、徐々に増加している。このため、「Gg=0」に演算され、「Sg=0」である。時点t5にて、前後加速度Ga[t5]は、前後加速度Ga[t4]から減少する。従って、時点t5には、「Gg[t5]=Ga[t5]-Ga[t4]」が演算される。時点t5では、「Sg[t5]=0」であるため、「Sg[t5]=Gg[t5]」が演算される。
【0066】
時点t6にて、前後加速度Ga[t6]は、前後加速度Ga[t5]から減少する。時点t5には、「Gg[t6]=Ga[t6]-Ga[t5]」が演算される。時点t6では、「Sg[t5]=Gg[t5]」であるため、「Sg[t6]=Sg[t5]+Gg[t6]」が演算される。
【0067】
同様の演算が、演算周期毎に繰り返される。つまり、前回の前後加速度Ga[n-1]からの、今回の前後加速度Ga[n]の減少量Gg[n]が演算される。そして、前回までの積算量Sg[n-1]に今回の減少量Gg[n]が加算されて、今回の積算量Sg[n]が決定される。時点t8にて、積算量Sg[t8]が、「Sg[t7]+Gg[t8]」に演算される。時点t8までは、積算量Sgが所定量sx以下であるため、要求出力Qsの調整は実行されず、拘束状態では、要求出力Qsが、そのまま、目標出力Qtとして決定され、解放状態では、「Qt=Qs-Qh」が決定される。
【0068】
時点t9にて、積算量Sg[t9]が、「Sg[t8]+Gg[t9]」に演算される。時点t9にて、積算量Sgが所定量sxを超過するため、要求出力Qsから調整出力Qgが減少され、目標出力Qtが決定される(即ち、「Qt=Qs-Qg」、又は、「Qt=Qs-Qh-Qg」)。これにより、目標出力Qtが大幅に減少(即ち、急減)される。前後加速度Gaが減少を続ける場合、「Sg>sx」の状態が維持されるため、「Qt=Qs-Qg」、又は、「Qt=Qs-Qh-Qg」の状態(減少調整)が継続される。
【0069】
時点t15にて、前後加速度Ga[t15]が、前後加速度Ga[t14]よりも増加する。この場合、積算量Sg[t15]は、所定割合rsに減少される(即ち、Sg[t15]=rs×Sg[t14])。例えば、「rs=0%」に設定されている場合には、積算量Sg[t15]は、リセットされ、「0」にされる。また、「rs=50%」に設定されている場合には、積算量Sg[t15]は、積算量Sg[t14]の「1/2」に決定される(破線で示す特性を参照)。その後、前後加速度Gaが減少すると、積算量Sgは増加されるが、前後加速度Gaが増加すると、積算量Sgの減少が繰り返される。
【0070】
目標出力Qtの減少調整の終了条件として、「前後加速度Gaが増加」、「積算量Sgがしきい値sx以下」、及び、「減少調整の継続時間が所定時間tz(予め設定された定数)以上」のうちの少なくとも1つが採用される。時点t15にて、「前後加速度Gaの増加」、又は、「積算量Sgの減少による「Sg≦sx」の条件」が満足され、目標出力Qtの減少調整は終了される。出力調整が終了される場合には、実出力Qaが急激に変化されることを回避するよう、調整出力Qgが徐々に減少され、目標出力Qtが緩やかに増加される。
【0071】
<作用・効果>
本発明に係るトラクション制御装置TSの作用・効果についてまとめる。トラクション制御装置TSは、動力源ENと変速機TMとの間の動力伝達経路にロックアップ機構LUを有するトルクコンバータTCを備えた車両に適用される。トラクション制御装置TSによって、動力源ENの出力Qaが伝達される駆動車輪WHfの過大な加速スリップSwを抑制するよう、出力Qaが制限される。トラクション制御装置TSは、トラクション制御の比例・積分制御ブロック(要求出力演算ブロック)QS(演算部)、係合状態判定ブロックHN(判定部)、及び、調整処理ブロックCQ(調整部)を含んで構成される。
【0072】
要求出力演算ブロックQSでは、加速スリップSwに基づいて、出力Qaを制限する要求出力Qs(要求値)が演算される。係合状態判定ブロックHNでは、ロックアップ機構LUの係合状態Hnが判定される。調整処理ブロックCQでは、係合状態Hnに基づいて、要求出力Qsが減少調整され、目標出力Qtが決定される。ロックアップ機構LUが解放(係合解除)される場合には、ロックアップ機構LUが拘束される場合(係合締結)よりも、要求出力Qsが、より小さくなるように調整される。例えば、変速機TMが変速する場合には、係合状態Hnに基づいて、解放状態が開始された時点にて要求出力Qsから、調整出力Qhが減じられて、目標出力Qtが急減される。駆動コントローラECDによって、実際の出力Qaが目標出力Qtに近づき、一致するよう制御されるため、出力Qaが急減される。
【0073】
拘束状態では、動力源ENと変速機TMとは機械的に直結状態にされるが、解放状態では、動力源ENの動力Qaは、トルクコンバータTCの流体を介して、変速機TMに伝達される。このため、動力Qaが減少されても、駆動車輪WHfの駆動トルクTqの減少が開始されるまでには、時間的な遅れが生じ得る。解放状態では、最終的な目標出力Qtが、より小さくなるよう、要求出力Qsが減少調整されるため、上記時間遅れが補償され、駆動車輪WHfの過大な加速スリップSwが迅速に抑制される。
【0074】
変速機TMの減速比が大きいほど、トルクコンバータTCの解放状態に起因する時間遅れの影響が大きい。このため、調整処理ブロックCQでは、変速機TMの変速を開始する時点の減速比gsに基づいて、減速比gsが大きいほど要求値Qsが小さくなるよう演算される。これにより、減速比(例えば、変速段)に応じた要求出力Qsの調整が達成され得る。例えば、調整処理ブロックCQでは、車両の発進時に限って、要求出力Qsの減少調整が実行される。車両の停止時には、ロックアップ機構LUは解放状態にあるため、1速(ローギヤ)の状態で加速操作部材APの操作が増加された場合には、既に、要求出力Qsは調整出力Qh分だけ減少されている。要求出力Qsの減少調整の条件が限定的であるため、制御実行の信頼度が向上され得る。
【0075】
更に、トラクション制御装置TSには、前後加速度演算ブロックGA、及び、減少量演算ブロックSGが設けられ得る。前後加速度演算ブロックGAでは、所定の演算周期で前後加速度Gaが演算される。例えば、前後加速度演算ブロックGAでは、車輪速度Vwに応じた車体速度Vxに基づいて、それが時間微分されて、前後加速度Gaが演算される。また、前後加速度センサGXによって検出された前後加速度Gx(検出値)に基づいて、それがフィルタ処理されて、前後加速度Gaが決定され得る。減少量演算ブロックSGでは、演算周期において前回の前後加速度Ga[n-1](前回値)が記憶される。演算周期において今回の前後加速度Ga[n](今回値)が取得される。そして、前回値Ga[n-1]からの今回値Ga[n]の減少量Gg[n]が演算される。減少量Gg[n]は、演算周期の毎に積算されて、積算量Sg[n]が決定される。調整処理ブロックCQでは、積算量Sg[n]が所定量sx(所定の判定用しきい値)を超過した場合に、動力源ENの出力Qaが減少される。具体的には、加速スリップSwに基づいて演算された要求出力Qsから、積算量Sgに応じて決定された調整出力Qgが減じられて、目標出力Qtが急減される。駆動コントローラECDによって、実際の出力Qaが目標出力Qtに近づき、一致するよう制御されるため、出力Qaが急減される。
【0076】
複数の演算周期に亘って積算された積算量Sgに基づいて、路面の摩擦係数が高い状態から低い状態に変化している場合が判定され、実出力Qaが路面摩擦係数に適した値にまで減少される。変速機TMが変速している途中(ロックアップ機構LUが解放状態にある場合)で、走行路面が高摩擦状態から低摩擦状態に変化した場合には、目標出力Qtは、より小さい値に演算される(即ち、「Qt=Qs-Qh-Qg」)。これにより、ロックアップ機構LUの係合状態、及び、路面摩擦状態に応じた好適なトラクション制御が達成され、運転者に対する良好な加速感が達成され得る。
【0077】
<他の実施形態>
以下、他の実施形態について説明する。他の実施形態においても、上記同様の効果を奏する。上記実施形態では、トラクション制御装置TSが、動力源ENに接続される駆動車輪が前輪WHfである前輪駆動車両に適用された。トラクション制御装置TSは、後輪駆動車両にも適用され得る。この場合、駆動車輪は後輪WHrであり、従動車輪は前輪WHfである。
【0078】
トラクション制御装置TSは、4輪駆動車両に適用されてもよい。4輪駆動車両では、前後加速度Gaとして、検出前後加速度Gx(前後加速度センサGXの検出値)が採用されることが好適である。4つの車輪が駆動車輪である場合には、全ての車輪WHに加速スリップSwが含まれることに基づく。
【符号の説明】
【0079】
TS…トラクション制御装置、EN…動力源、TM…変速機、TC…トルクコンバータ、LU…ロックアップ機構、ECU…コントローラ、ECB…制動コントローラ、ECD…駆動コントローラ、VW…車輪速度センサ、GX…前後加速度センサ、AA…加速操作量センサ、QS…要求出力演算ブロック(比例・積分制御ブロック)、HN…係合状態判定ブロック、GA…前後加速度演算ブロック、SG…減少量演算ブロック、CQ…調整処理ブロック、Vw…車輪速度、Vx…車体速度、Vk…基準速度(駆動輪)、Hn…係合状態、Ga…前後加速度、Sw…加速スリップ(駆動輪)、Gg…減少量、Sg…積算量、Qh…係合状態に基づく調整出力、Qg…積算量に基づく調整出力、Qs…要求出力、Qt…目標出力、Qa…実際の出力。


図1
図2
図3
図4
図5
図6