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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-04
(45)【発行日】2022-07-12
(54)【発明の名称】複合部材およびこれからなる切削工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 1/10 20060101AFI20220705BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20220705BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220705BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220705BHJP
   C22C 29/08 20060101ALI20220705BHJP
   B23K 26/342 20140101ALN20220705BHJP
   B23P 15/28 20060101ALN20220705BHJP
【FI】
C22C1/10 G
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C22C29/08
B23K26/342
B23P15/28 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2016150496
(22)【出願日】2016-07-29
(65)【公開番号】P2018016875
(43)【公開日】2018-02-01
【審査請求日】2019-03-15
【審判番号】
【審判請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 誠
(72)【発明者】
【氏名】藤原 和崇
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】池渕 立
【審判官】市川 篤
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-000596(JP,A)
【文献】特開2011-083822(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C1/00
B23B27/14
B23C5/16
B23B51/00
C22C29/08
B23P15/28
B23K26/342
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層が設けられている複合材料であって、
(a)前記WC基超硬合金層は、50μm以上1000μm以下の最大厚さを有し、
(b)前記WC基超硬合金層表面を含む任意の縦断面を観察した場合、WC粒子が占める面積割合は、前記WC基超硬合金層の面積の50%以上であり、
(c)前記WC基超硬合金層表面から、該層の厚さの1/5の内部深さまでの領域において縦断面を観察し、前記WC基超硬合金層におけるWC粒子について、アスペクト比が1以上2未満のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合をX面積%とした場合、アスペクト比が2以上のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合Y%は、0.5X≦Y≦2Xを満足することを特徴とする複合材料。
【請求項2】
請求項1に記載の複合材料において、前記WC基超硬合金層の結合相は、Feを20原子%以上50原子%以下含有し、
前記WC基超硬合金層の硬さは、前記鉄鋼系材料との界面側から前記WC基超硬合金層表面に向かって漸次増加する硬さプロファイルを備え、かつ、前記WC基超硬合金層の最表面におけるビッカース硬さHVは1500以上2000以下であることを特徴とする請求項1に記載の複合材料。
【請求項3】
前記複合材料において、前記WC基超硬合金層を設ける以前の前記鉄鋼系材料の表面を基準面とした場合、前記WC基超硬合金層の最大侵入深さが前記鉄鋼系材料の基準面から内部へ20μm以上200μm以下に形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の複合材料。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の複合材料から構成されていることを特徴とする切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複合部材およびこれからなる切削工具に関し、特に、鉄鋼系材料基体の表面の一部または全部に、WC基超硬合金が設けられた高硬度、高靱性を有する複合部材に関し、さらには、この複合部材からなる切削性能のすぐれた切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼や鋳鉄の切削加工用工具としては、WC基超硬合金が広く利用されているが、希少金属であるタングステンの使用量を削減するために、従来から、各種の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具を少なくとも基体、溶射皮膜で構成し、該基体を工具鋼、合金鋼、鋳鉄からなる鉄鋼材料で構成し、該溶射皮膜を超硬質合金とした金属材料切削用工具が提案されており、これによって、高能率、長寿命、高精度等の工具性能を維持しつつ、工具コストを低減した切削工具を提供し得るとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、切削用材料として炭化タングステンを使用することは、よく知られているが、鑞付けにより、炭化タングステン製インサートを、切削工具に取り付けるのに適したプロセスではないとの観点から、結合剤がコバルト、硬質材料が炭化タングステンであるような前記硬質材料を含む混合物を鋼帯の縁部に被着させ鋼帯の一部分を融解させるために、前記移動可能な鋼帯を放射線ビームで照射し、前記硬質材料及び結合剤元素を含む前記混合物を前記鋼帯の融解部分に供給し、硬質材料により被覆された鋼帯から個々のブレードを形成するブレードの製造方法が提案されている。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、複合材料からなる切削工具インサートとして、基体(台金)にWC成分の含有量が10mass%以下であるTi基サーメットを採用し、その基体の刃先となる部分にのみ、WCと結合相形成成分(例えば、Co,Ni,Fe)を主成分とし、該結合相の面積割合が8~30面積%であるWC基超硬合金を刃先材料として形成し、一方、基体と刃先材料との界面側のTi基サーメットの結合相(例えば、Co,Ni,Feからなる結合相)の含有量を10~40面積%とすることによって、タングステン使用量の低減を図り得るばかりか、密着強度不足による欠損や変形を生じることもなく、かつ、すぐれた耐摩耗性を発揮するWC基超硬合金製切削工具インサートを得ること、さらに、刃先材料を溶射膜として構成した場合には、Ti基サーメットの結合相富化層の下部に結合相量が少なく、硬質層が富化した層が形成されており、WC成分の含有量が10mass%以下であり、また、適正な結合相分布が形成されているために、溶射膜との熱膨張係数差が制御され、それによる適度な残留圧縮応力が付与されることにより、より一段と密着強度にすぐれるとともに、剥離、欠損等の異常損傷を発生することもなく、すぐれた耐摩耗性を発揮するタングステン使用量を低減したWC基超硬合金製切削工具インサートを得ることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-191126号公報
【文献】特開2010-596号公報
【文献】特開2013-188832号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記特許文献1~3に示す、超硬合金と鉄鋼材料、あるいは、超硬合金とサーメットからなる複合材料においては、希少金属であるタングステンの使用量の低減は図られるものの、この複合材料から形成した切削工具を、切れ刃に高負荷が作用する切削条件で使用した場合には、超硬合金の硬度が不十分であり、また、靱性・抗折強度も十分ではないため、耐欠損性、耐摩耗性の観点から、切削工具としての十分な性能を発揮することができなかった。
そこで、希少金属であるタングステンの使用量を低減し得るとともに、硬度、靱性にすぐれたWC基超硬合金と鉄鋼系材料からなる複合材料が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上述のような観点から、タングステン使用量の低減を図るとともに、硬度、靱性(曲げ強度)にすぐれたWC基超硬合金と鉄鋼系材料からなる複合材料について鋭意検討したところ、鉄鋼系材料をレーザー照射により融解し、融解した鉄鋼系材料にWC基超硬合金粉末を分散させ、鉄鋼系材料上にWC基超硬合金層を形成するにあたり、レーザー照射条件(レーザー出力、レーザースポット径、走査速度)を適切にコントロールし、WC基超硬合金層における所定のアスペクト比のWC粒子を所定の面積割合で形成することにより、WC基超硬合金層の硬度、靱性(曲げ強度)を高め得ることを見出したのである。
また、前記WC基超硬合金層の硬さを、その厚さ方向に向かって漸次増加させることによって、WC基超硬合金層の最表面では、1500~2000HVの硬さを得られることを見出したのである。
さらに、前記WC基超硬合金層を、鉄鋼材料内部に所定の深さ侵入するように形成することにより、靱性(曲げ強度)をさらに高め得ることを見出したのである。
そして、前記複合材料によって切削工具を構成することにより、この切削工具は、硬度、靱性にすぐれるため、長期の使用にわたって、すぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層が設けられている複合材料であって、
(a)前記WC基超硬合金層は、50μm以上1000μm以下の最大厚さを有し、
(b)前記WC基超硬合金層表面を含む任意の縦断面を観察した場合、WC粒子が占める面積割合は、前記WC基超硬合金層の面積の50%以上であり、
(c)前記WC基超硬合金層表面から、該層の厚さの1/5の内部深さまでの領域において縦断面を観察し、前記WC基超硬合金層におけるWC粒子について、アスペクト比が1以上2未満のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合をX面積%とした場合、アスペクト比が2以上のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合Y%は、0.5X≦Y≦2Xを満足することを特徴とする複合材料。
(2)前記(1)に記載の複合材料において、前記WC基超硬合金層の結合相は、Feを20原子%以上50原子%以下およびCoを50原子%以上80原子%以下含有し、
前記WC基超硬合金層の硬さは、前記鉄鋼系材料との界面側から前記WC基超硬合金層表面に向かって漸次増加する硬さプロファイルを備え、かつ、前記WC基超硬合金層の最表面におけるビッカース硬さHVは1500以上2000以下であることを特徴とする前記(1)に記載の複合材料。
(3)前記複合材料において、前記WC基超硬合金層を設ける以前の前記鉄鋼系材料の表面を基準面とした場合、前記WC基超硬合金層の最大侵入深さが前記鉄鋼系材料の基準面から内部へ20μm以上200μm以下に形成されていることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の複合材料。
(4)前記(1)乃至(3)のいずれかに記載の複合材料において、鉄鋼系材料が高速度工具鋼またはダイス鋼であることを特徴とする複合材料。
(5)前記(1)乃至(4)のいずれかに記載の複合材料から構成されていることを特徴とする切削工具。」
を特徴とするものである。
【0010】
次に、この発明について、詳細に説明する。
【0011】
図1にその縦断面模式図を示すように、本発明は、鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層が設けられている複合材料であって、WC基超硬合金層は、50μm以上1000μm以下の最大厚さを有するとともに、該WC基超硬合金層において、WC粒子が占める面積割合は50面積%以上である。
本発明で、WC基超硬合金層の最大厚さを、50μm以上1000μm以下としているのは、例えば、本発明の複合材料を高硬度耐摩耗性部材である切削工具として用いた場合に、WC基超硬合金層の最大厚さが薄い場合には、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができないからであり、特に、WC基超硬合金層の最大厚さが50μm未満である場合には、短寿命となる。一方、WC基超硬合金層の最大厚さが1000μmを超える場合には、すぐれた硬さを備えるものの靱性が低下し剥離・欠損等を発生しやすくなることから、WC基超硬合金層の最大厚さは、50μm以上1000μm以下とする。
鉄鋼系材料表面への上記厚さのWC基超硬合金層は、例えば、後記するレーザーを用いた肉盛法を複数回繰り返し行うことによって形成することができる。
なお、本発明の複合材料を構成する鉄鋼系材料としては、特段の制限はないが、高速度工具鋼、ダイス鋼を用いることが好適である。
【0012】
本発明でいう、WC基超硬合金層の厚さとは、走査型電子顕微鏡およびオージェ電子分光装置を用いて、WC基超硬合金層と鉄鋼系材料との接合部近傍の縦断面観察をし、WC基超硬合金層側からみて、WC粒子が観察される臨界位置を界面とし、WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面に垂直方向に、前記界面からWC基超硬合金層表面までの最大距離をWC基超硬合金層の最大厚さという(図1参照)。
【0013】
本発明のWC基超硬合金層は、主として、WC基超硬合金の硬質成分であるWC粒子によってその高硬度を発現するが、前記WC基超硬合金層表面を含む縦断面観察において、該層中に占めるWC粒子の面積割合が50面積%未満では、十分な高硬度、耐摩耗性を発揮することができないから、WC基超硬合金層に占めるWC粒子の面積割合は50面積%以上とする。
【0014】
前記WC基超硬合金層の厚さおよび該層中に占める前記WC粒子の面積割合を有する本発明の複合材料において、アスペクト比が1以上2未満であるWC粒子は、比較的等方的な性質を有する組織であって、このWC粒子によってWC基超硬合金層全体としての高硬度を担保している。一方、アスペクト比が2以上のWC粒子は、細長い組織であり、WC基超硬合金層におけるクラックの伝播を抑え、靱性を向上させる効果を有する。
したがって、高硬度とともに靱性を向上させるためには、アスペクト比が1以上2未満であるWC粒子とアスペクト比が2以上であるWC粒子の面積割合を調整することが必要であるが、WC粒子アスペクト比が1以上2未満のWC粒子が占める面積割合をX面積%とした場合、アスペクト比が2以上のWC粒子が占める面積割合Yが0.5X未満では、WC基超硬合金層の靱性が不足し、一方、前記面積割合Yが2Xを超えると硬さが不足することから、本発明の複合材料においては、0.5X≦Y≦2Xと定めた。
【0015】
本発明において、前記WC粒子の面積割合、WC粒子のアスペクト比、Xの値、Yの値は、次の方法によって測定・算出する。
まず、WC基超硬合金層の表面から、該層の厚さの1/5の内部深さまでの領域において、2000倍の走査型電子顕微鏡による縦断面の画像を取得し、この画像から、各WC粒子について面積割合とアスペクト比を求めるが、まず、アスペクト比が1以上2未満のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合を合計して、その値をXとする。
ついで、アスペクト比が2以上のWC粒子が前記観察した縦断面の面積に占める面積割合を合計して、その値をYとし、前記Xの値とYの値が、不等式0.5X≦Y≦2Xを満足するか否かを判定する。
また、前記2000倍の走査型電子顕微鏡により取得した画像全体の面積と、全てのWC粒子が占める面積を比較し、全てのWC粒子が占める面積割合を算出することにより、WC基超硬合金層に占めるWC粒子の面積割合を算出する。
【0016】
本発明の複合材料におけるWC基超硬合金層を構成する硬質成分としては、前記のように該層中において50面積%以上を占めるWC粒子を主たる硬質成分とするが、従来から知られているTi、Zr、Cr、V、NbおよびTaの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物等からなる副硬質相成分を含有させることができる。
また、本発明では、前記WC基超硬合金層を構成する結合相成分として、20~50原子%Feおよび50~80原子%のCoを含有させる。
結合相成分のFeが20原子%未満では、鉄鋼系材料との密着強度が不十分となり靱性が低下する恐れがあり、一方、Feの含有量が50原子%を超えると鉄系材料からなる被削材との反応性が高くなり、クレーター摩耗が発達しやすくなることから、Feの含有量20~50原子%、残部はCo(即ち、Co含有量は50~80原子%)とすることが望ましい。
【0017】
前記WC基超硬合金層の結合相におけるFe含有量およびCo含有量は、次のようにして求めることができる。
まず、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面からWC基超硬合金層側に、前記界面からWC基超硬合金層表面に向けてWC基超硬合金層を10等分するように、WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面と平行方向に9本の線を引き、同線上で線分析を行い、結合相中のFeおよびCoの含有量を測定し、前記9本の線についてそれぞれ測定したFeおよびCoの含有量を平均化することによって、WC基超硬合金層の結合相におけるFe含有量およびCo含有量をそれぞれの平均値として求めることができる。
【0018】
また、本発明では、WC基超硬合金層における層厚方向の硬さプロファイルを、鉄鋼系材料との界面側からWC基超硬合金層表面に向かって漸次硬さが増加する傾斜構造とし、WC基超硬合金層の最表面におけるビッカース硬さHVを1500以上2000以下とすることが望ましい。
このような硬さ分布は、例えば、後記するレーザーを用いた肉盛法を複数回繰り返し行うことによって形成することができ、本発明により得られるWC基超硬合金層の最表面におけるHV1500以上2000以下という硬さは、通常のWC基超硬合金の硬さに匹敵するものである。
【0019】
本発明におけるWC基超硬合金層における層厚方向の硬さプロファイル(硬さ傾斜構造)は、前記結合相中のFeおよびCoの含有量を測定する際に用いた前記9本の線について、それぞれのマイクロビッカース硬さを測定することにより、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面からWC基超硬合金層表面に向かう硬さプロファイルを求めることができる。
【0020】
本発明では、例えば、レーザーを用いた肉盛法により鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層を形成し、しかも、図1に示すように、前記WC基超硬合金層の最大侵入深さが前記鉄鋼系材料の基準面から内部へ20μm以上200μm以下に形成されていること望ましい。
つまり、レーザー照射により鉄鋼系材料を溶融させ、鉄鋼系材料表面の一部または全部に鉄鋼系材料のプールを形成するとともに、該プール内にWC基超硬合金を溶け込ませ、これを冷却することによって、WC基超硬合金付加層の最大浸入深さが鉄鋼系材料の基準面から20μm~200μmの深さとなるようWC基超硬合金層が形成されていることが望ましい。
ここで、鉄鋼系材料の基準面とは、WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面をいう。
鉄鋼系材料の基準面からのWC基超硬合金層の最大浸入深さが20μm未満では、形成される鉄鋼系材料のプールの深さが浅く、鉄鋼系材料とWC基超硬合金との溶け込み量が少なく、鉄鋼系材料に対するWC基超硬合金層の密着効果が少ないため、複合部材に負荷が作用した場合、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層が剥離を発生しやすい。
一方、鉄鋼系材料の基準面からのWC基超硬合金層の最大浸入深さが200μmを超える場合には、鉄鋼系材料の溶融量が大きいため、冷却時に割れを生じやすくなり、その結果、WC基超硬合金層の脱落が生じやすくなる。
したがって、鉄鋼系材料の基準面からのWC基超硬合金層の最大浸入深さは、20μm~200μmとすることが望ましい。
【0021】
鉄鋼系材料の基準面からのWC基超硬合金層の最大浸入深さは、走査型電子顕微鏡により取得した画像において、WC基超硬合金層を形成する以前の鉄鋼系材料の表面を基準面とし、該基準面からWC基超硬合金層を横断する線分を引き、該線分から、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層の界面への垂直な距離を測定し、その最大距離をWC基超硬合金層の最大浸入深さとして求める。
【0022】
本発明の複合材料は、硬度、靱性にすぐれることから、WC基超硬合金層を切れ刃側として使用する切削工具に好適である。
なお、WC基超硬合金層をそのまま切れ刃として切削加工に供することができるが、WC基超硬合金層表面に、従来から良く知られている硬質被覆層(例えば、Ti化合物層、TiAlN層、Al層等)を物理蒸着あるいは化学蒸着等により被覆形成することによって、表面被覆切削工具として使用することもできる。
【0023】
本発明の複合材料は、例えば、レーザー肉盛法によって作製することができる。
まず、WC基超硬合金層を形成する鉄鋼系材料の所定位置に対してレーザー照射を行い、該位置の鉄鋼系材料を溶融させてプールを形成し、該プールに向けて所定成分組成のWC基超硬合金粉末を吹きつけ、該プールにおいて溶融した鉄鋼系材料でWC基超硬合金を希釈・溶融し、その後、これを冷却し、さらにこの操作を複数回繰り返し行うことにより、本発明で規定するWC基超硬合金層(厚さ、WC粒子の面積割合、所定アスペクト比率のWC粒子、結合相成分組成、硬さプロファイル、最大浸入深さ)が、鉄鋼系材料の表面の一部または全部に設けられた、すぐれた硬さと靱性を有する複合材料を作製することができる。
なお、レーザー肉盛操作を繰り返し行う場合には、レーザー照射によって、鉄鋼系材料は溶融させず、直前に形成したWC基超硬合金層のうちの、結合相のみを溶融させることが好ましい。
なお、レーザー照射に際して、鉄鋼系材料にクラックを発生させないため、大出力、大スポット径の照射は避けるべきであって、レーザー出力100~300W、スポット径0.1~2mm程度の低エネルギー照射が望ましい。
【0024】
例えば、鉄鋼系材料として高速度工具鋼の表面に、レーザー出力500W、スポット径2mmの条件で肉盛を行った場合には、レーザー出力が大きく、高速度工具鋼表面の溶融プールが大きくなるため、WC基超硬合金層の最大浸入深さは200μmを超えるとともに、冷却後ビード割れが発生した(図2参照)。
【0025】
これに対して、鉄鋼系材料として前記と同じ高速度工具鋼の表面に、レーザー出力200W、スポット径1mmの条件で、この操作を合計3回繰り返し行って肉盛層を形成した場合には、1回目の操作では、WC基超硬合金層の厚さは80μm、かつ、最大浸入深さは50μmのWC基超硬合金層が形成され、3回目の操作により、290μmの厚さ、100μmの最大浸入深さのWC基超硬合金層が形成され、冷却後もクラックの発生は生じなかった(図3参照)。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層が設けられ、すぐれた靱性とすぐれた硬さを相兼ね備えた複合材料を得ることができる。
そして、この複合材料は、そのすぐれた靱性とすぐれた硬さを生かし、切削工具として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層が設けられている本発明に係る複合材料の縦断面模式図を示す。
図2】繰返し肉盛回数1回の比較例複合材料1についての縦断面概観組織(上段)とWC基超硬合金層内の組織(下段)を示す。
図3】繰返し肉盛回数3回の本発明複合材料1についての縦断面概観組織(上段)とWC基超硬合金層内の組織(下段)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、この発明を実施例に基づいて、具体的に説明する。
【実施例
【0029】
表1に示す成分組成の鉄鋼系材料の表面に、表2に示す本発明条件にてレーザーを照射し、レーザー照射箇所に表3に示す配合組成からなる造粒-仮焼したWC基超硬合金粉末を表2に示す条件で投射し、この操作を、表2に示す回数繰り返し行い、鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層を形成することにより、表4に示す本発明の複合材料1~12(本発明複合材料1~12という)を作製した。
なお、レーザー照射条件は、いずれも、レーザー出力100~300W、スポット径0.1~2.0mm、操作速度500~2000mm/min、繰返し肉盛回数1~10回の範囲内である。
なお、本発明複合材料1の縦断面概観組織とWC基超硬合金層内の組織を図3に示す。
【0030】
本発明複合材料1~12について、走査型電子顕微鏡とオージェ電子分光装置を用いて、WC基超硬合金層と鉄鋼系材料との接合部近傍の縦断面を観察し、WC基超硬合金層側からみて、WC粒子が観察される臨界位置を界面とし、WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面に垂直方向に、界面からWC基超硬合金層表面までの距離を求め、そのうちの最大値をWC基超硬合金層の最大厚さとして求めた。
【0031】
また、本発明複合材料1~12について、2000倍の走査型電子顕微鏡によりWC基超硬合金層表面を含む任意の縦断面箇所の画像を取得し、画像全体の面積と、該画像中に存在する全てのWC粒子が占める合計面積とから、WC基超硬合金層に占めるWC粒子の面積割合を算出した。
さらに、WC基超硬合金層の表面から、該層の厚さの1/5の内部深さまでの領域において、前記2000倍の走査型電子顕微鏡により縦断面箇所の画像を取得し、この画像から、各WC粒子についてのアスペクト比と面積割合を求め、アスペクト比が1以上2未満のWC粒子の面積割合を合計して、その値をXとし、ついで、アスペクト比が2以上のWC粒子の面積割合を合計して、その値をYとし、前記Xの値とYの値が、不等式0.5X≦Y≦2Xを満足するか否かを判定した。
【0032】
また、本発明複合材料1~12について、2000倍の走査型電子顕微鏡を用いて、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面近傍の画像を取得し、まず、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面からWC基超硬合金層側に、前記界面からWC基超硬合金層表面に向けてWC基超硬合金層を10等分するように、前記WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面と平行方向に9本の線を引き、同線上で線分析を行い、結合相中のFeおよびCoの含有量を測定し、前記9本の線についてそれぞれ測定したFeおよびCoの含有量を平均化することによって、WC基超硬合金層の結合相におけるFe含有量およびCo含有量をそれぞれの平均値として求めた。
【0033】
さらに、本発明複合材料1~12について、走査型電子顕微鏡により、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面近傍の画像を取得し、該画像において、鉄鋼系材料の基準面((WC基超硬合金層を設ける以前の鉄鋼系材料の表面))からWC基超硬合金層を横断する線分を引き、該線分から、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層の界面までの垂直な距離を測定し、その最大距離をWC基超硬合金層の最大浸入深さとして求めた。
【0034】
表4に、上記で得た測定値、算出値、判定結果等を示す。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
【表4】

【0039】
比較のため、表1に示す成分組成の鉄鋼系材料の表面に、表5に示す条件にてレーザーを照射し、レーザー照射箇所に表3に示す配合組成からなる造粒-仮焼したWC基超硬合金粉末を投射し、鉄鋼系材料の表面の一部または全部にWC基超硬合金層を形成することにより表6に示す比較例の複合材料1~12(比較例複合材料1~12という)を作製した。
なお、レーザー照射条件は、いずれも、レーザー出力50~2000W、スポット径0.05~5mm、操作速度200~3000mm/min、繰返し肉盛回数1~20回の範囲内である。
なお、比較例複合材料1の縦断面概観組織とWC基超硬合金層内の組織を、図2に示す。
【0040】
次いで、比較例複合材料1~12について、本発明複合材料1~12の場合と同様にして、WC基超硬合金層の最大厚さ、WC基超硬合金層に占めるWC粒子の面積割合を求め、また、WC基超硬合金層中におけるアスペクト比が1以上2未満のWC粒子の面積割合合計Xと、アスペクト比が2以上のWC粒子の面積割合合計Yを求め、不等式0.5X≦Y≦2Xを満足するか否かを判定した。
【0041】
さらに、WC基超硬合金層の結合相中のFeおよびCoの含有量を求め、WC基超硬合金層の最大浸入深さを求めた。
表6に、これらの値を示す。
【0042】
【表5】


【0043】
【表6】

【0044】
つぎに、上記本発明複合材料1~12および比較例複合材料1~12について、結合相中のFeおよびCoの含有量を測定する際に用いた前記9本の線について、それぞれのマイクロビッカース硬さHVを測定することにより、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面からWC基超硬合金層表面に向かう硬さプロファイルを求めるとともに、WC基超硬合金層の最表面のマイクロビッカース硬さHVおよび肉盛り中央付近での圧痕におけるクラックの長さからPalmqvistの式を用い破壊靱性値を求めた。
表7に、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面からWC基超硬合金層表面に向かう硬さプロファイル、WC基超硬合金層の最表面のマイクロビッカース硬さHVの値(GPa)および破壊靱性値の値(MPa・m^(1/2))を示す。
なお、硬さプロファイルについては、前記HVを測定した9本の線のうち、鉄鋼系材料とWC基超硬合金層との界面側の3本の線について求めた硬さの平均値を界面側硬さとし、WC基超硬合金層表面側の3本の線について求めた硬さの平均値を表面側硬さとし、残りの3本の線について求めた硬さの平均値を中央硬さとして、表7に記した。
【0045】
【表7】
【0046】
ついで、上記本発明複合材料1~12および比較例複合材料1~12から、WC基超硬合金付加層をそれぞれの切れ刃とする本発明ドリル1~12、本発明エンドミル1~12、比較例ドリル1~12、比較例エンドミル1~12を作製した。
また、参考のため、表1に示される高速度工具鋼A及び合金工具鋼Bから参考ドリルA、参考エンドミルA、参考ドリルB、参考エンドミルBを作製した。
これらのドリル、エンドミルを切削試験に供することによって切削性能を調査した。
【0047】
なお、前記エンドミルは、いずれも、切刃部の直径×長さが10mm×20mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃スクエア形状のサイズ・形状をもち、また、前記ドリルは、いずれも、溝形成部の直径×長さがそれぞれ5mm×63.5mmの寸法、並びにねじれ角27度の2枚刃形状をもつ。
【0048】
前記の各ドリルについて、次に示す切削条件Aで穴あけ加工試験条件を実施し、前記の各エンドミルについて、次に示す切削条件Bで側面切削加工試験を実施した。
[切削条件A]
被削材-平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S25Cの板材
回転速度:1600min.-1
送り:0.14mm/rev、
穴深さ:15mm、
の条件での炭素鋼の湿式穴あけ切削加工試験を行い(水溶性切削油使用)、先端切刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの穴あけ加工数を測定した。
[切削条件B]
被削材-平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S45Cの板材、
切削速度:28.3m/min、
回転速度:900min.-1
切り込み: ae1.6mm、ap15mm、
送り速度(1刃当り):0.083mm/tooth、
切削長:200m、
の条件での炭素鋼の側面切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表8に、これらの試験結果を示す。
【0049】
【表8】

【0050】
表7に示される結果から、本発明複合材料1~12は、硬度、靱性ともに、比較例複合材料1~12に比し、優れていることがわかり、表8に示される結果から、本発明複合材料1~12は切削性能においても優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の複合材料は、硬度、靱性ともに優れることから、例えば、本発明複合材料により切削工具を構成した場合には、切削加工時にチッピング、欠損等の異常損傷を発生することなく、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮し、切削加工の省エネ化、低コスト化、高能率化に寄与するものである。

図1
図2
図3