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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-04
(45)【発行日】2022-07-12
(54)【発明の名称】油圧クラッチ装置
(51)【国際特許分類】
   F16D 25/0638 20060101AFI20220705BHJP
【FI】
F16D25/0638
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018095971
(22)【出願日】2018-05-18
(65)【公開番号】P2019199939
(43)【公開日】2019-11-21
【審査請求日】2021-04-01
(73)【特許権者】
【識別番号】517175611
【氏名又は名称】ジーケーエヌ オートモーティブ リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】松本 尚之
【審査官】日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-117775(JP,A)
【文献】特開2018-3920(JP,A)
【文献】国際公開第2012/172863(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 25/00-39/00,48/00-48/12
F16H 57/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転可能に配置された回転軸と、この回転軸と相対回転可能に配置された回転部材と、前記回転軸と前記回転部材との間の動力伝達を断続するクラッチと、前記回転軸の外周に一体的に配置され油圧が制御された制御油が流通される油圧室と、前記回転軸の外周に軸方向移動可能に配置され前記油圧室の制御油によって前記クラッチの接続方向に移動されるピストンと、前記回転軸の外周で前記ピストンと軸方向に離間して配置され内径側で前記回転軸に設けられた規制部を介して軸方向への移動が規制されたキャンセルプレートと、前記回転軸と前記ピストンと前記キャンセルプレートとで形成され作動油が流入されることによって遠心油圧を発生させ前記ピストンを前記クラッチの接続解除方向に移動させるキャンセル室と、このキャンセル室に収容され前記ピストンと前記キャンセルプレートとの軸方向間に配置され前記ピストンを前記クラッチの接続解除方向に付勢するリターンスプリングとを備えた油圧クラッチ装置であって、
前記回転軸の外径と前記キャンセルプレートの内径とは、同等に設定され、
前記回転軸には、軸心方向に形成され前記作動油が流通する第1孔部と、径方向に形成され前記第1孔部と前記キャンセル室とを連通させる第2孔部と、径方向に形成され前記第1孔部と前記クラッチの内径側とを連通させる第3孔部とが設けられ、
前記キャンセル室への前記作動油の油圧の発生点は、前記第2孔部の内径側の開口端に設定され
前記回転部材は、前記回転軸の外周に摺動部を介して配置され、
前記第3孔部は、前記摺動部に連通し、
前記摺動部の軸方向端は、前記クラッチの内径側に連通し、
前記クラッチは、前記回転軸と前記回転部材とのうちいずれか一方と一体回転可能に設けられたクラッチハブに設けられ、
前記クラッチハブには、前記クラッチの内径側に向けて前記作動油が流通する孔部が設けられ、
前記作動油は、前記摺動部及び前記摺動部の軸方向端、並びに前記クラッチハブの孔部を介して、前記クラッチの内径側へ供給されることを特徴とする油圧クラッチ装置。
【請求項2】
請求項1記載の油圧クラッチ装置であって、
前記規制部は、周方向の一部が切り欠かれて環状に形成されて前記回転軸の外周に係合され、
前記キャンセルプレートの内径側は、軸方向に屈曲し前記規制部を収容することを特徴とする油圧クラッチ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧クラッチ装置に関する。詳細には、回転軸と回転部材との間の動力伝達を断続するクラッチを作動させる油圧クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、油圧クラッチ装置としては、回転可能に配置された回転軸と、この回転軸と相対回転可能に配置された回転部材としての従動軸と、回転軸と従動軸との間の動力伝達を断続するクラッチと、回転軸の外周に一体的に配置され油圧が制御された制御油が流通される油圧室と、回転軸の外周に軸方向移動可能に配置され油圧室の制御油によってクラッチの接続方向に移動されるピストンと、回転軸の外周でピストンと軸方向に離間して配置され内径側で回転軸に設けられた規制部を介して軸方向への移動が規制されたキャンセルプレートと、回転軸とピストンとキャンセルプレートとで形成され作動油が流入されることによって遠心油圧を発生させピストンをクラッチの接続解除方向に移動させるキャンセル室としての平衡油室と、この平衡油室に収容されピストンとキャンセルプレートとの軸方向間に配置されピストンをクラッチの接続解除方向に付勢するリターンスプリングとを備えたものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
この油圧クラッチ装置では、キャンセルプレートの内径側に、回転軸との径方向間に隙間を形成させ、平衡油室とクラッチ側とを連通させる切欠が設けられている。
【0004】
このような油圧クラッチ装置では、油圧室の制御油によってピストンがクラッチの接続方向に移動されたときに、平衡油室のキャンセルプレートの切欠からクラッチ側に作動油が流れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-292109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記特許文献1のような油圧クラッチ装置では、ピストンをクラッチの接続解除方向に移動させるとき、リターンスプリングの付勢力によってピストンを移動させている。
【0007】
このとき、油圧室内には、回転軸の回転によって制御油が油圧室の外周側に移動される遠心油圧が発生しており、リターンスプリングによるピストンのクラッチの接続解除方向への移動が阻害されている。
【0008】
そこで、キャンセル室内において、回転軸の回転によってキャンセル室内の作動油に遠心油圧を発生させることにより、油圧室内の遠心油圧を低減させている。
【0009】
しかしながら、上記特許文献1のような油圧クラッチ装置では、キャンセル室を形成するキャンセルプレートの内径側に切欠が設けられているので、キャンセル室内における作動油の油圧の発生点がキャンセルプレートの内径側の切欠が設けられた部分となってしまう。
【0010】
このため、キャンセル室内における遠心油圧を発生させるための径方向の距離が短くなってしまい、大きな遠心油圧を得ることができず、リターンスプリングの付勢力を大きくする必要があり、高コスト化していた。
【0011】
そこで、この発明は、キャンセル室内の遠心油圧を増大させることができ、リターンスプリングの付勢力を低減させ、低コスト化することができる油圧クラッチ装置の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、回転可能に配置された回転軸と、この回転軸と相対回転可能に配置された回転部材と、前記回転軸と前記回転部材との間の動力伝達を断続するクラッチと、前記回転軸の外周に一体的に配置され油圧が制御された制御油が流通される油圧室と、前記回転軸の外周に軸方向移動可能に配置され前記油圧室の制御油によって前記クラッチの接続方向に移動されるピストンと、前記回転軸の外周で前記ピストンと軸方向に離間して配置され内径側で前記回転軸に設けられた規制部を介して軸方向への移動が規制されたキャンセルプレートと、前記回転軸と前記ピストンと前記キャンセルプレートとで形成され作動油が流入されることによって遠心油圧を発生させ前記ピストンを前記クラッチの接続解除方向に移動させるキャンセル室と、このキャンセル室に収容され前記ピストンと前記キャンセルプレートとの軸方向間に配置され前記ピストンを前記クラッチの接続解除方向に付勢するリターンスプリングとを備えた油圧クラッチ装置であって、前記回転軸の外径と前記キャンセルプレートの内径とは、同等に設定され、前記回転軸には、軸心方向に形成され前記作動油が流通する第1孔部と、径方向に形成され前記第1孔部と前記キャンセル室とを連通させる第2孔部と、径方向に形成され前記第1孔部と前記クラッチの内径側とを連通させる第3孔部とが設けられ、前記キャンセル室への前記作動油の油圧の発生点は、前記第2孔部の内径側の開口端に設定され、前記回転部材は、前記回転軸の外周に摺動部を介して配置され、前記第3孔部は、前記摺動部に連通し、前記摺動部の軸方向端は、前記クラッチの内径側に連通し、前記クラッチは、前記回転軸と前記回転部材とのうちいずれか一方と一体回転可能に設けられたクラッチハブに設けられ、前記クラッチハブには、前記クラッチの内径側に向けて前記作動油が流通する孔部が設けられ、前記作動油は、前記摺動部及び前記摺動部の軸方向端、並びに前記クラッチハブの孔部を介して、前記クラッチの内径側へ供給されることを特徴とする。
【0013】
この油圧クラッチ装置では、回転軸の外径とキャンセルプレートの内径とが、同等に設定されているので、キャンセル室のキャンセルプレートの内径側から作動油が流れ出ることを抑制することができる。
【0014】
また、回転軸には、軸心方向に形成され作動油が流通する第1孔部と、径方向に形成され第1孔部とキャンセル室とを連通させる第2孔部と、径方向に形成され第1孔部とクラッチの内径側とを連通させる第3孔部とが設けられているので、第2孔部からキャンセル室へ、第3孔部からクラッチへ安定して作動油を供給することができる。
【0015】
さらに、キャンセル室への作動油の油圧の発生点は、第2孔部の内径側の開口端に設定されているので、キャンセル室内における遠心油圧を発生させるための径方向の距離を長くすることができ、キャンセル室で大きな遠心油圧を得ることができる。
【0016】
従って、このような油圧クラッチ装置では、キャンセル室内の遠心油圧を増大させることができ、リターンスプリングの付勢力を低減させ、低コスト化することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、キャンセル室内の遠心油圧を増大させることができ、リターンスプリングの付勢力を低減させ、低コスト化することができる油圧クラッチ装置を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置の断面図である。
図2】(a)は本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置のキャンセルプレートの正面図である。(b)は本発明の実施の形態に係るキャンセルプレートの側面図である。
図3】比較例としての油圧クラッチ装置における油圧室とキャンセル室との回転軸の回転数に対するスラスト荷重の変化と、油圧室のスラスト荷重とキャンセル室のスラスト荷重との間の回転軸の回転数に対するスラスト荷重の差の変化と、リターンスプリングの付勢力の範囲とを示す図である。
図4】本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置における油圧室とキャンセル室との回転軸の回転数に対するスラスト荷重の変化と、油圧室のスラスト荷重とキャンセル室のスラスト荷重との間の回転軸の回転数に対するスラスト荷重の差の変化と、リターンスプリングの付勢力の範囲とを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1図4を用いて本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置について説明する。
【0020】
本実施の形態に係る油圧クラッチ装置1は、回転可能に配置された回転軸3と、この回転軸3と相対回転可能に配置された回転部材5と、回転軸3と回転部材5との間の動力伝達を断続するクラッチ7と、回転軸3の外周に一体的に配置され油圧が制御された制御油が流通される油圧室9と、回転軸3の外周に軸方向移動可能に配置され油圧室9の制御油によってクラッチ7の接続方向に移動されるピストン11と、回転軸3の外周でピストン11と軸方向に離間して配置され内径側で回転軸3に設けられた規制部13を介して軸方向への移動が規制されたキャンセルプレート15と、回転軸3とピストン11とキャンセルプレート15とで形成され作動油が流入されることによって遠心油圧を発生させピストン11をクラッチ7の接続解除方向に移動させるキャンセル室17と、このキャンセル室17に収容されピストン11とキャンセルプレート15との軸方向間に配置されピストン11をクラッチ7の接続解除方向に付勢するリターンスプリング19とを備えている。
【0021】
また、回転軸3の外径とキャンセルプレート15の内径とは、同等に設定されている。
【0022】
さらに、回転軸3には、軸心方向に形成され作動油が流通する第1孔部21と、径方向に形成され第1孔部21とキャンセル室17とを連通させる第2孔部23と、径方向に形成され第1孔部21とクラッチ7の内径側とを連通させる第3孔部25とが設けられている。
【0023】
そして、キャンセル室17への作動油の油圧の発生点は、第2孔部23の内径側の開口端27に設定されている。
【0024】
また、回転部材5は、回転軸3の外周に摺動部29を介して配置され、第3孔部25は、摺動部29に連通している。
【0025】
さらに、摺動部29の軸方向端31は、クラッチ7の内径側に連通している。
【0026】
また、規制部13は、周方向の一部が切り欠かれて環状に形成されて回転軸3の外周に係合され、キャンセルプレート15の内径側は、軸方向に屈曲し規制部13を収容する。
【0027】
図1図2に示すように、回転軸3は、軸方向両側を一対のベアリング33,35を介して潤滑油が収容されたケーシング37に回転可能に支持されている。
【0028】
この回転軸3には、外周に出力部材としての出力ギヤ39が一体回転可能に設けられ、回転部材5からクラッチ7を介して入力された駆動力が出力ギヤ39から出力側の機構(不図示)に出力される。
【0029】
回転部材5は、入力部材としての入力ギヤからなり、回転軸3の外周にニードルベアリングやメタルブッシュからなる摺動部29を介して回転軸3と相対回転可能に配置されている。
【0030】
また、回転部材5の軸方向一端側では、軸方向端31と回転軸3の段差部との軸方向間にスラストブッシュやスラストベアリングなどの当接部材32が配置され、回転軸3によってセンタリングされている。
【0031】
一方、回転部材5の他端側は、内径側へ屈曲された環状縁部34が形成されており、作動油を一端側の軸方向端31へ流通するように堰き止めることができ、クラッチ7の潤滑が良好となる。
【0032】
この回転部材5は、入力側の機構(不図示)に接続され、入力側の機構から駆動力が入力される。
【0033】
このような回転部材5と回転軸3との間には、回転軸3と回転部材5との間に伝達される動力を断続するクラッチ7が配置されている。
【0034】
クラッチ7は、複数の外側クラッチ板と、複数の内側クラッチ板とを備えている。
【0035】
複数の外側クラッチ板は、回転軸3の外周と圧入部42によって一体回転可能に設けられたクラッチハウジング41の内周に形成された係合部に軸方向移動可能で回転軸3と一体回転可能に係合されている。
【0036】
複数の内側クラッチ板は、複数の外側クラッチ板に対して軸方向に交互に配置され、回転部材5とボルト6により固定され一体回転可能に設けられたクラッチハブ43の外周に形成された係合部に軸方向移動可能で回転部材5と一体回転可能に係合されている。
【0037】
このクラッチ7は、複数の外側クラッチ板と複数の内側クラッチ板とで構成された多板クラッチであり、滑り摩擦を伴い伝達トルクを断続可能なオンオフ型、或いは中間制御可能な制御型の摩擦クラッチとなっている。
【0038】
このようなクラッチ7は、油圧室9に流入する油圧を制御された制御油により移動されたピストン11によって押圧操作され、回転軸3と回転部材5との間の動力伝達を可能とする。
【0039】
油圧室9は、回転軸3と、クラッチハウジング41と、ピストン11とで形成され、ピストン11の内径側と外径側とに設けられたシール手段としてのリップ部によって密封された密封空間となっている。
【0040】
この油圧室9は、回転軸3の軸心に軸方向に沿って形成された軸方向油路45と、回転軸3の径方向に沿って形成され軸方向油路45と油圧室9とに連通された径方向油路47とを介して回転軸3の端部に設けられた油圧機構(不図示)に接続されている。
【0041】
油圧機構は、例えば、回転軸3の端部に設けられたオイルポンプや油圧回路が形成されたバルブボディなどからなり、ケーシング37内の潤滑油をオイルポンプによって吸入し、油圧回路を流通させることで、油圧が制御された制御油を軸方向油路45と径方向油路47とを介して油圧室9に向けて流す。
【0042】
このような油圧室9に流入された制御油は、ピストン11をクラッチ7の接続方向に移動させ、ピストン11がクラッチ7を押圧して、クラッチ7を接続させる。
【0043】
ピストン11は、環状に形成され、回転軸3の外周に軸方向に移動可能に配置され、外径側の軸方向の端部が、クラッチ7と当接可能に配置されている。
【0044】
このピストン11は、油圧室9の軸方向一側に配置されて油圧室9を構成し、油圧室9に流入された制御油によってクラッチ7の接続方向に軸方向移動される。
【0045】
このピストン11の軸方向移動により、クラッチ7が押圧操作されて接続状態となり、回転軸3と回転部材5との間の動力伝達が可能となる。
【0046】
このようなピストン11の軸方向一側には、キャンセルプレート15が配置されている。
【0047】
キャンセルプレート15は、環状に形成され、回転軸3の外周にピストン11と軸方向に離間して配置され、内径側が回転軸3の外周に形成された溝部に係合された規制部13によって軸方向一側への移動が規制されている。
【0048】
規制部13は、周方向の一部が切り欠かれて環状に形成されたCクリップやスナップリングが用いられている。
【0049】
この規制部13は、周方向の一部が切り欠かれているので、回転軸3の回転により拡径され、回転軸3の溝部から脱落し、キャンセルプレート15の軸方向位置を位置決めできなくなる恐れがある。
【0050】
そこで、キャンセルプレート15の内径側は、規制部13の外周側に位置するように軸方向他側に向けて屈曲され、規制部13を収容するように形成された収容部49となっている。
【0051】
このようにキャンセルプレート15の内径側に規制部13を収容する収容部49を設けることにより、回転軸3の回転による規制部13の拡径を規制することができ、規制部13によってキャンセルプレート15の軸方向位置を安定して保持することができる。
【0052】
加えて、キャンセルプレート15の内径側を屈曲させて収容部49を形成することにより、キャンセルプレート15に規制部13を収容するための特別な突部などを設ける必要がなく、構造を簡易化することができる。
【0053】
このようなキャンセルプレート15は、回転軸3と、ピストン11とでキャンセル室17を形成している。
【0054】
キャンセル室17は、回転軸3と、ピストン11と、キャンセルプレート15とで形成され、キャンセルプレート15の外径側に設けられたシール手段としてのリップ部によってピストン11とキャンセルプレート15との間がシールされている。
【0055】
このキャンセル室17には、ピストン11をクラッチ7の接続解除方向に向けて付勢するリターンスプリング19が収容されている。
【0056】
リターンスプリング19は、コイルスプリングからなり、ピストン11とキャンセルプレート15との軸方向間で、周方向等間隔に複数配置され、ピストン11をクラッチ7の接続解除方向に向けて付勢する。
【0057】
このリターンスプリング19は、油圧室9への制御油の供給を停止することにより、ピストン11をクラッチ7の接続解除方向に付勢して、クラッチ7の接続を解除させ、回転軸3と回転部材5との間の動力伝達を遮断する。
【0058】
このようにリターンスプリング19によってピストン11をクラッチ7の接続解除方向に移動させるとき、油圧室9内の制御油には、回転軸3の回転によって遠心油圧が付与されている。
【0059】
このため、ピストン11には、油圧室9内の制御油の遠心油圧によって、クラッチ7の接続方向に移動させる力が付与されており、リターンスプリング19のみでピストン11を移動させるためには、リターンスプリング19の付勢力を増大させなければならなかった。
【0060】
そこで、キャンセル室17に遠心油圧が付与された作動油を流入させることにより、油圧室9の制御油の遠心油圧によってピストン11にかかる力を低減することができる。
【0061】
このようなキャンセル室17は、回転軸3に設けられた第1孔部21と連通する第2孔部23に連通されている。
【0062】
第1孔部21は、回転軸3の軸心に軸方向に沿って形成され、回転軸3の軸方向一側が開口となっており、ケーシング37内の潤滑油が流入される。
【0063】
この第1孔部21には、第2孔部23が連通されている。
【0064】
第2孔部23は、一端が第1孔部21に連通され、他端がキャンセル室17に連通されるように、回転軸3の径方向に沿って形成されている。
【0065】
この第2孔部23は、回転軸3の回転により、第1孔部21に流入された潤滑油に第2孔部23から遠心油圧を付与しながら作動油としてキャンセル室17に流入させる。
【0066】
このように第2孔部23を介してキャンセル室17に作動油を流入させることにより、油圧室9の制御油の遠心油圧によってピストン11にかかる力を低減することができ、リターンスプリング19の付勢力を増大させなくとも、ピストン11をクラッチ7の接続解除方向に移動させることができる。
【0067】
ここで、回転軸3の外径とキャンセルプレート15の内径とは、同等に設定され、キャンセルプレート15の内径側の軸方向端面は、規制部13に当接可能に配置されている。
【0068】
このため、キャンセル室17に流入された作動油は、ピストン11がクラッチ7の接続方向に移動されたとき、回転軸3とキャンセルプレート15との径方向間からクラッチ7側に向けて流出する流出量が僅かであり、クラッチ7の潤滑性が低下する可能がある。
【0069】
そこで、回転軸3には、第1孔部21と連通し、クラッチ7の内径側に連通された第3孔部25が設けられている。
【0070】
第3孔部25は、一端が第1孔部21に連通され、他端が摺動部29に連通されるように、回転軸3の径方向に沿って形成されている。
【0071】
この第3孔部25は、回転軸3の回転により、第1孔部21に流入された潤滑油を第3孔部25から摺動部29を介してクラッチ7の内径側に供給させる。
【0072】
このように摺動部29を介してクラッチ7の内径側に潤滑油を供給することにより、回転軸3と回転部材5との摺動部29の潤滑性を向上することができる。
【0073】
このような第3孔部25から潤滑油が流入される摺動部29のクラッチ7側の軸方向端31は、クラッチ7の内径側に連通されている。
【0074】
このため、第3孔部25から摺動部29に流入された潤滑油は、摺動部29の軸方向端31からクラッチ7の内径側に向けて供給し易くされており、クラッチ7の潤滑性を向上することができる。
【0075】
このような油圧クラッチ装置1において、回転軸3の外径とキャンセルプレート15の内径とは、同等に設定されているので、回転軸3とキャンセルプレート15との径方向間からの作動油の漏れが非常に少なく、回転軸3とキャンセルプレート15との径方向間がシールされている状態に等しい。
【0076】
このため、キャンセル室17への作動油の油圧、すなわち遠心油圧の発生点は、第2孔部23の内径側の開口端27に設定されている。
【0077】
このようにキャンセル室17における遠心油圧の発生点を第2孔部23の内径側の開口端27に設定することにより、キャンセル室17内における遠心油圧を発生させるための径方向の距離を長くすることができ、キャンセル室17で大きな遠心油圧を得ることができる。
【0078】
このため、油圧室9で発生する遠心油圧を、キャンセル室17の遠心油圧によって大幅に低減させることができ、リターンスプリング19の配置される本数の削減、或いはリターンスプリング19自体の付勢力の低減など、リターンスプリング19の付勢力を低減することができ、低コスト化することができる。
【0079】
ここで、回転軸3の回転数に対する、油圧室9におけるスラスト荷重の変化Aと、キャンセル室17におけるスラスト荷重の変化Bと、油圧室9とキャンセル室17とのスラスト荷重の差の変化Cとを図3図4に示す。
【0080】
なお、図3に示す油圧クラッチ装置は、比較例としてのキャンセルプレート15の内径側に切り欠きを設けた、すなわちキャンセル室17における遠心油圧の発生点がキャンセルプレート15の内径側に設定されたものであり、図4に示す油圧クラッチ装置1は、実施例としてのキャンセル室17の遠心油圧の発生点が第2孔部23の開口端27に設定されたものである。
【0081】
また、図3図4には、その油圧クラッチ装置で必要なリターンスプリング19の付勢力の範囲Dを示している。
【0082】
図3図4から明らかなように、本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置1では、キャンセル室17における遠心油圧を大幅に増大させることができ、リターンスプリング19の付勢力を大幅に低減することができることがわかる。
【0083】
なお、油圧クラッチ装置1では、リターンスプリング19としてコイルスプリングを用いた場合、周方向に最大で18本、最小で8本のコイルスプリングを配置することで、十分なリターンスプリング19の付勢力を得ることができる。
【0084】
このような油圧クラッチ装置1では、回転軸3の外径とキャンセルプレート15の内径とが、同等に設定されているので、キャンセル室17のキャンセルプレート15の内径側から作動油が流れ出ることを抑制することができる。
【0085】
また、回転軸3には、軸心方向に形成され作動油が流通する第1孔部21と、径方向に形成され第1孔部21とキャンセル室17とを連通させる第2孔部23と、径方向に形成され第1孔部21とクラッチ7の内径側とを連通させる第3孔部25とが設けられているので、第2孔部23からキャンセル室17へ、第3孔部25からクラッチ7へ安定して作動油を別々に供給することができる。
【0086】
さらに、キャンセル室17への作動油の油圧の発生点は、第2孔部23の内径側の開口端27に設定されているので、キャンセル室17内における遠心油圧を発生させるための径方向の距離を長くすることができ、キャンセル室17で大きな遠心油圧を得ることができる。
【0087】
従って、このような油圧クラッチ装置1では、キャンセル室17内の遠心油圧を増大させることができ、リターンスプリング19の付勢力を低減させ、低コスト化することができる。
【0088】
また、第3孔部25は、摺動部29に連通しているので、第3孔部25から回転軸3と回転部材5との摺動部29に安定して作動油を供給することができ、摺動部29の潤滑性を向上することができる。
【0089】
さらに、摺動部29の一端側の軸方向端31は、クラッチ7の内径側に連通しているので、摺動部29の軸方向端31からクラッチ7の内径側に安定して作動油を供給することができ、クラッチ7の潤滑性を向上することができる。
【0090】
また、キャンセルプレート15の内径側は、軸方向に屈曲し規制部13を収容するので、回転軸3の回転による規制部13の拡径を規制することができ、規制部13によってキャンセルプレート15の軸方向位置を安定して保持することができる。
【0091】
さらに、クラッチハブ43には、クラッチ7の内径側に向けて複数の孔部8が設けられており、作動油により良好にクラッチ7を潤滑することができる。なお、孔部8は、軸方向に延びる切欠き形状であってもよい。
【0092】
なお、本発明の実施の形態に係る油圧クラッチ装置では、リターンスプリングとしてコイルスプリングを用いているが、これに限らず、皿バネなど、ピストンをクラッチの接続解除方向に付勢するものであれば、リターンスプリングはどのような形態であってもよい。
【0093】
このような場合であっても、キャンセル室で大きな遠心油圧を得ることができるので、リターンスプリングの付勢力を低減することができ、低コスト化することができる。
【符号の説明】
【0094】
1…油圧クラッチ装置
3…回転軸
5…回転部材
7…クラッチ
9…油圧室
11…ピストン
13…規制部
15…キャンセルプレート
17…キャンセル室
19…リターンスプリング
21…第1孔部
23…第2孔部
25…第3孔部
27…開口端
29…摺動部
31…軸方向端
図1
図2
図3
図4