(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-05
(45)【発行日】2022-07-13
(54)【発明の名称】漂白パルプの製造方法
(51)【国際特許分類】
D21C 9/16 20060101AFI20220706BHJP
D21C 9/10 20060101ALI20220706BHJP
【FI】
D21C9/16
D21C9/10 A
(21)【出願番号】P 2018103681
(22)【出願日】2018-05-30
【審査請求日】2021-04-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【氏名又は名称】杉山 共永
(74)【代理人】
【識別番号】100156476
【氏名又は名称】潮 太朗
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】大井 洋
(72)【発明者】
【氏名】アヨブ サラゲイ
(72)【発明者】
【氏名】新開 妹井子
(72)【発明者】
【氏名】池田 英俊
【審査官】南 宏樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-150493(JP,A)
【文献】特開2008-088606(JP,A)
【文献】特開平07-189153(JP,A)
【文献】国際公開第2009/081714(WO,A1)
【文献】特開2011-001636(JP,A)
【文献】国際公開第94/005851(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第102587186(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21B 1/00-1/38
D21C 1/00-11/14
D21D 1/00-99/00
D21F 1/00-13/12
D21G 1/00-9/00
D21H 11/00-27/42
D21J 1/00-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース物質を蒸解する蒸解工程と、
前記リグノセルロース物質を蒸解して得られる未漂白パルプを、アルカリ酸素漂白処理するアルカリ酸素漂白工程と、
アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対してモノ過硫酸処理を行うモノ過硫酸処理工程と、
アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対して過酸化水素処理を行う過酸化水素処理工程と
を含む漂白パルプの製造方法であって、
前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり
0.01~0.09質量
%の二酸化塩素を
添加する、漂白パルプの製造方法。
【請求項2】
前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.01~2.00質量%のモノ過硫酸を添加する、請求項1に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項3】
前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり
0.020~
0.085質量%の二酸化塩素を添加する、請求項1または2に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項4】
前記蒸解工程において、絶乾パルプ質量当たり5~30質量%の活性アルカリを添加する、請求項1~3のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項5】
前記モノ過硫酸処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、前記モノ過硫酸処理工程の直前のパルプの粘度の値(cP)の60%以上であ
り、
前記パルプの粘度が、TAPPI Test Methods T230 om-94(1996)に準じて測定された値である、請求項1~4のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項6】
前記モノ過硫酸処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、10以上30以下であ
り、
前記パルプの粘度が、TAPPI Test Methods T230 om-94(1996)に準じて測定された値である、請求項1~5のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項7】
前記過酸化水素処理工程が、前記モノ過硫酸処理の後段である、請求項1~6のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項8】
前記過酸化水素処理工程において、硫酸マグネシウム、及び、ケイ酸ナトリウムの少なくともいずれかを用いる、請求項1~7のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項9】
前記過酸化水素処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.5~3.0質量%の過酸化水素を添加する、請求項1~8のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項10】
前記過酸化水素処理工程において、前記過酸化水素の質量を基準として0.1~5.0質量%となる量のアルカリ成分
を用いる、請求項1~9のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項11】
前記過酸化水素処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、5.0以上15以下であ
り、
前記パルプの粘度が、TAPPI Test Methods T230 om-94(1996)に準じて測定された値である、請求項1~10のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
【請求項12】
前記二酸化塩素を添加する前記モノ過硫酸処理工程が一段のみである、請求項1~11のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
【請求項13】
前記アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対して、さらに、モノ過硫酸を行う第2のモノ過硫酸処理工程、及び/又は、過酸化水素処理を行う第2の過酸化水素処理工程を含む、請求項1~11のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
【請求項14】
前記未漂白パルプをオゾンで処理するオゾン処理工程を含まない、請求項1~13のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
【請求項15】
前記漂白パルプが、溶解用パルプである、請求項1~14のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木材等に由来するリグノセルロース物質を材料とする漂白パルプの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、製紙用の漂白パルプの製造方法が知られている(例えば、特許文献1~5)。従来の漂白パルプの製造方法においては、未漂白パルプに対して様々な処理が施され、漂白パルプが製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2009/081714号公報
【文献】WO2007/132836号公報
【文献】特開2010-270410号公報
【文献】特開2010-265564号公報
【文献】特開2008-088606号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の漂白パルプの製造方法においては、未漂白パルプに対する処理工程には種々のものがあり、その組合せも様々である。そして、パルプの粘度低下の防止、漂白効果の向上、分子状塩素の削減、コストの低減等の観点から、新たな漂白パルプの製造方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の漂白パルプの製造方法を提供する。
(1)リグノセルロース物質を蒸解する蒸解工程と、
前記リグノセルロース物質を蒸解して得られる未漂白パルプを、アルカリ酸素漂白処理するアルカリ酸素漂白工程と、
アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対してモノ過硫酸処理を行うモノ過硫酸処理工程と、
アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対して過酸化水素処理を行う過酸化水素処理工程と
を含む漂白パルプの製造方法であって、
前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.1質量%以下の二酸化塩素を用いる、漂白パルプの製造方法。
(2)前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.01~2.00質量%のモノ過硫酸を添加する、上記(1)に記載の漂白パルプの製造方法。
(3)前記モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.01~0.09質量%の二酸化塩素を添加する、上記(1)または(2)に記載の漂白パルプの製造方法。
(4)前記蒸解工程において、絶乾パルプ質量当たり5~30質量%の活性アルカリを添加する、上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(5)前記モノ過硫酸処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、前記モノ過硫酸処理工程の直前のパルプの粘度の値(cP)の60%以上である、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(6)前記モノ過硫酸処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、10以上30以下である、上記(1)~(5)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(7)前記過酸化水素処理工程が、前記モノ過硫酸処理の後段である、上記(1)~(6)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(8)前記過酸化水素処理工程において、硫酸マグネシウム、及び、ケイ酸ナトリウムの少なくともいずれかを用いる、上記(1)~(7)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(9)前記過酸化水素処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.5~3.0質量%の過酸化水素を添加する、上記(1)~(8)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(10)前記過酸化水素処理工程において、前記過酸化水素の質量を基準として0.1~5.0質量%となる量のアルカリ成分をさらに用いる、上記(1)~(9)のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(11)過酸化水素処理工程の後に得られるパルプの粘度の値(cP)が、5.0以上15以下である、請求項1~10のいずれか一項に記載の漂白パルプの製造方法。
(12)前記二酸化塩素を添加する前記モノ過硫酸処理工程が一段のみである、上記(1)~(11)のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
(13)前記アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対して、さらに、モノ過硫酸を行う第2のモノ過硫酸処理工程、及び/又は、過酸化水素処理を行う第2の過酸化水素処理工程を含む、上記(1)~(11)のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
(14)前記未漂白パルプをオゾンで処理するオゾン処理工程を含まない、上記(1)~(13)のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
(15)前記漂白パルプが、溶解用パルプである、上記(1)~(14)のいずれか一項に漂白パルプの製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の漂白パルプの製造方法によれば、パルプの粘度低下を防止し、漂白効果を向上させるとともに、分子状塩素の使用量とコストとを削減しつつ漂白パルプを製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】各実施例、及び、比較例の漂白パルプの白色度(ISO%)を示すグラフである。
【
図2】各実施例、及び、比較例の漂白パルプの粘度(cP)を示すグラフである。
【
図3】一部の実施例における、漂白パルプを製造する各工程での白色度(ISO%)の値を比較するグラフである。
【
図4】一部の実施例における、漂白パルプを製造する各工程での粘度(cP)の値を比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。尚、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、発明の効果を有する範囲において任意に変更して実施することができる。
【0009】
[漂白パルプの製造方法]
本発明の漂白パルプの製造方法は、所定の未漂白パルプをアルカリ酸素漂白処理するアルカリ酸素漂白工程と、アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対する、詳細を後述するモノ過硫酸処理工程と過酸化水素処理工程とを含む。漂白パルプの製造方法においては、モノ過硫酸処理工程において、絶乾パルプ質量当たり0.1質量%以下の二酸化塩素を用いる。
【0010】
[リグノセルロース物質]
本発明で用いられるリグノセルロース物質としては、ヘキセンウロン酸を生成するメチルグルクロン酸を多く含有する広葉樹材が好適であるが、針葉樹材でもよい。また、リグノセルロース物質は、竹や麻のような非木材であってもよく、さらに、上述の広葉樹材、針葉樹材、及び、非木材の混合物でもよく、特に限定されるものではない。
【0011】
[蒸解工程]
本発明おいては、リグノセルロース物質を蒸解する蒸解工程によって未漂白パルプが得られる。蒸解工程において使用される未漂白パルプを得るための蒸解法としては、クラフト蒸解、ポリサルファイド蒸解、ソーダ蒸解、酸性サルファイト蒸解、アルカリサルファイト蒸解等の公知の蒸解法を用いることができるが、パルプ品質、エネルギー効率等を考慮すると、クラフト蒸解法、または、ポリサルファイド蒸解が好適に用いられる。
【0012】
例えば、広葉樹材100%のリグノセルロースをクラフト蒸解する場合、クラフト蒸解液の硫化度は5~75質量%、好ましくは15~45質量%、有効アルカリ添加率は絶乾木材質量当たり5~30質量%、好ましくは10~25質量%である。また、蒸解温度は130~170℃であり、蒸解の方式は、連続蒸解法あるいはバッチ蒸解法のどちらでもよい。蒸解において、連続蒸解釜を用いる場合は、蒸解液を多点で添加する修正蒸解法でもよく、その方式は特に問われない。
【0013】
リグノセルロース物質の蒸解工程においては、脱リグニン処理が施される。最終的に、漂白パルプとして溶解用パルプを得る場合、蒸解工程において、リグニンとともに、リグノセルロース物質由来のヘミセルロースを除去しておくことが好ましい。このように、脱ヘミセルロース処理が望まれる場合、例えば、クラフト蒸解法などのアルカリ蒸解法を採用してリグニンを除去する工程の前段に、加水分解処理の工程を設けてヘミセルロースを除去しても良い。また、酸性サルファイト蒸解法でリグニンを除去すると、ヘミセルロースもリグニンとともに除去することが可能であるため、溶解用パルプの製法の一環として酸性サルファイト蒸解法を用いた蒸解工程は好適に用いられる。
【0014】
蒸解工程においては、絶乾パルプ質量当たり5~30質量%の活性アルカリを添加することが好ましい。蒸解工程において、好ましくは、10~25質量%の活性アルカリを使用し、より好ましくは、12~20質量%、さらに好ましくは15~18質量%の活性アルカリを使用する。蒸解工程における活性アルカリについて、特に制限されるものではないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が用いられる。蒸解工程において、好ましくは、活性アルカリとして水酸化ナトリウムが用いられる。
【0015】
また、リグノセルロース物質の蒸解工程においては、使用する蒸解液に蒸解助剤として、公知の環状ケト化合物、例えばベンゾキノン、ナフトキノン、アントラキノン、アントロン、フェナントロキノン及び前記キノン系化合物のアルキル、アミノ等の核置換体、或いは前記キノン系化合物の還元型であるアントラヒドロキノンのようなヒドロキノン系化合物を用いることができる。さらには、ディールスアルダー法によるアントラキノン合成法の中間体として得られる安定な化合物である9,10-ジケトヒドロアントラセン化合物等から選ばれた1種或いは2種以上が添加されてもよい。これら蒸解助剤の添加率は、通常の添加率であり、例えば、木材チップ等のリグノセルロース物質の絶乾パルプ質量当たり0.001~1.0質量%である。
【0016】
[アルカリ酸素漂白工程]
上述の蒸解により得られた未漂白パルプは、必要に応じて、洗浄、粗選、及び精選工程を経て、アルカリ酸素漂白工程により、さらなる脱リグニン処理が施され、漂白される。
アルカリ酸素漂白工程として、公知の中濃度法あるいは高濃度法が適用できるが、パルプ濃度が8~40質量%であることが好ましく、パルプ濃度が10~35質量%であることがより好ましい。
【0017】
アルカリ酸素漂白工程において、パルプに添加するアルカリとしては、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)、水酸化カリウム、酸化されたクラフト白液等を使用することができる。また、アルカリ酸素漂白工程においては、アルカリとともに酸素ガスを添加しても良い。酸素ガスとして、深冷分離法からの酸素、PSA(Pressure Swing Adsorption)からの酸素、VSA(Vacuum Swing Adsorption)からの酸素等が使用できる。
【0018】
アルカリ酸素漂白工程において、アルカリと、併用されても良い酸素は、例えば、ミキサーにおいてパルプスラリーに添加され、混合が十分に行われた後、加圧下でパルプ、酸素及びアルカリの混合物を一定時間保持できる反応塔へ送られ、脱リグニンされる。アルカリ酸素漂白工程の反応条件は、例えば以下の通りである。すなわち、酸素ガスの添加率は、絶乾(BD;bonedry)パルプ質量当たり0.5~3質量%、アルカリ添加率は0.5~4質量%、反応温度は80~120℃、反応時間は15~100分、パルプ濃度は8~40質量%、好ましくは10~35質量%であり、この他の条件は公知のものが適用できる。
【0019】
アルカリ酸素漂白工程において、上記アルカリ酸素漂白の処理を連続して複数回行い、できる限り脱リグニンを進め、重金属の含有量を減らしておくことが好ましい。アルカリ酸素処理が実施された後のパルプは、好ましくは洗浄工程へ送られる。
【0020】
洗浄後のパルプに対して、以下のように、無塩素の漂白処理が施される。無塩素の漂白処理には、少なくとも、アルカリ酸素漂白処理、及び、洗浄されたパルプに対してモノ過硫酸処理を行うモノ過硫酸処理工程と、過酸化水素処理を行う過酸化水素処理工程とが含まれる。
【0021】
[モノ過硫酸処理工程]
モノ過硫酸処理工程においては、洗浄されたパルプに対して、モノ過硫酸と二酸化塩素とが添加される。
モノ過硫酸処理工程において、モノ過硫酸の絶乾パルプ質量当たりの添加量は、0.01~2.00質量%であることが好ましく、より好ましくは0.02~1.00質量%であり、さらに好ましくは0.05~0.80質量%であり、特に好ましくは、0.1~0.5質量%である。
【0022】
なお、モノ過硫酸は、ペルオキシ一硫酸(peroxymonosulfuric acid)ともよばれるものであり、ペルオキシ二硫酸を加水分解して製造することもできるし、過酸化水素と硫酸を任意の割合で混合して製造することもできるが、その製造方法については特に限定されるものではない。また、モノ過硫酸の複塩(2KHSO5・KHSO4・K2SO4)であるオキソン等を使用することもできる。ただし、経済性を考慮すると、安価な高濃度の過酸化水素と安価な高濃度の硫酸を混合して低コストでモノ過硫酸を製造し、使用することが好ましい。
【0023】
高濃度の過酸化水素と高濃度の硫酸を混合してモノ過硫酸を製造する方法としては、20~70質量%、好ましくは35~70質量%濃度の過酸化水素水に、80~98質量%、好ましくは93~98質量%濃度の濃硫酸を滴下、混合する方法が好適である。前記硫酸と過酸化水素の混合モル比は好ましくは1:1~5:1であり、さらに好ましくは2:1~4:1である。過酸化水素水、硫酸共に、濃度の低いものを用いるとモノ過硫酸の製造効率が低下するため適さない。また、これらの濃度が高すぎると、発火等の危険性が大きくなるため適さない。さらに、硫酸と過酸化水素の混合モル比が1:1~5:1から外れる場合にもモノ過硫酸の製造効率が低下するために好ましくない。
【0024】
また、モノ過硫酸処理工程においては、モノ過硫酸とともに、洗浄されたパルプに対して二酸化塩素を用いる。モノ過硫酸処理工程において用いる二酸化塩素の量は、絶乾パルプ質量当たり0.1質量%以下、あるいは0.1質量%未満である。モノ過硫酸処理工程における二酸化塩素の使用量は、好ましくは、0.09質量%以下であり、また、下限値として0であっても良いものの、より好ましい二酸化塩素の添加量は絶乾パルプ質量当たり0.01~0.09質量%であり、さらに好ましくは絶乾パルプ質量当たり0.020~0.085質量%である。
このように、本発明にて用いられるモノ過硫酸処理工程においては、高価な二酸化塩素の使用量を抑制することが可能であるため、コストの面でも有利である。また、本発明においては、分子状の塩素が不要であるのみならず、塩素系の化合物である二酸化塩素の使用量も最低限であり、安全の確保が容易であるという効果も認められる。
【0025】
モノ過硫酸処理工程において、pHは好ましくは1.5~6、より好ましくは2~4に調整される。そしてpH調整用に、公知のアルカリおよび酸を使用することができる。モノ過硫酸処理工程において、処理時間は例えば1分~5時間、好ましくは10~180分、より好ましくは30~100分である。モノ過硫酸処理工程において、処理温度は好ましくは20~100℃、より好ましくは40~90℃である。モノ過硫酸処理工程の処理対象のパルプの濃度に関しては特に限定されるものではないが、通常5~30質量%であり、操作性の点から好適には8~15質量%である。
【0026】
モノ過硫酸処理工程におけるパルプの粘度の値(cP)の保持率、すなわち、モノ過硫酸処理工程によって得られるパルプの粘度の値A1(cP)のモノ過硫酸処理工程の直前のパルプの粘度の値A2(cP)に対する比(A1/A2×100(%))の値(cP)は、60%以上であることが好ましい。上記保持率は、62%以上であることがより好ましく、さらに好ましくは、65%以上である。
また、モノ過硫酸処理工程によって得られるパルプの粘度の値(cP)は、10以上30以下であることが好ましく、より好ましくは15以上25以下である。
【0027】
[過酸化水素処理工程]
過酸化水素処理工程においては、洗浄されたパルプに対して、過酸化水素が添加される。また、過酸化水素処理工程は、モノ過硫酸処理工程の後段であることが好ましく、この場合、少なくとも一度はモノ過硫酸処理が施されたパルプが、過酸化水素処理工程の対象となる。
【0028】
過酸化水素処理工程における過酸化水素の添加率は、絶乾パルプ質量当たり0.5~3.0質量%であることが好ましく、より好ましくは、1.0~2.5質量%である。
また、過酸化水素処理工程における処理温度は、好ましくは20~100℃、より好ましくは40~90℃である。過酸化水素処理工程においては、反応系のpH値を8~14に調整することが好ましく、より好ましくは、pH値は10.5~12.0に調整される。pHの調整には、公知のアルカリおよび酸を使用することができる。また、過酸化水素処理工程におけるパルプ濃度に関しては特に限定されるものではないが、操作性の点から好適には8~15質量%で行われる。
【0029】
過酸化水素処理工程においては、さらに、マグネシウム塩、及び、ケイ酸ナトリウム(ケイ酸ソーダ)の少なくともいずれかを用いることが好ましい。マグネシウム塩として、例えば、硫酸マグネシウムをパルプに添加することが好ましい。また、ケイ酸ナトリウムとして、例えば、Na2SiO3,Na4SiO4,Na2Si2O5,Na2Si4O9等の化合物のいずれかをパルプに添加することが好ましい。マグネシウム塩、又は、ケイ酸ナトリウムを、パルプを含む反応系に添加すると、銅、鉄、マンガンなどの重金属、遷移金属によってアルカリ性の系内で酸素または過酸化水素に作用して活性酸素ラジカルを生成することによるパルプの粘度低下を防止できる。
過酸化水素処理工程におけるマグネシウム塩の添加率は、絶乾パルプ質量に対してMgが0.01~1.0質量%となる量が好ましく、より好ましくは、絶乾パルプ質量に対してMgが0.02~0.5質量%となる量であり、さらに好ましくは、絶乾パルプ質量に対してMgが0.05~0.2質量%となる量である。
また、過酸化水素処理工程におけるケイ酸ナトリウム化合物の添加率は、絶乾パルプ質量に対して0.1~2.0質量%が好ましく、より好ましくは、絶乾パルプ質量に対して0.2~1.5質量%であり、さらに好ましくは、絶乾パルプ質量に対して0.5~1.0質量%である。
【0030】
過酸化水素処理工程においては、上述のように反応系をアルカリ性に保つことが好ましく、過酸化水素の質量を基準として0.1~5.0質量%となる量、より好ましくは0.2~3.0質量%となる量、さらに好ましくは0.3~2.0質量%のアルカリ成分を用いることが好ましい。アルカリ成分としては、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)、水酸化カリウム等を使用することができる。
【0031】
過酸化水素処理工程によって得られるパルプの粘度の値(cP)は、モノ過硫酸処理工程によって得られるパルプの粘度の値(cP)は、5.0以上15以下であることが好ましく、より好ましくは6.5以上12以下である。
また、過酸化水素処理工程におけるパルプの粘度の値(cP)の保持率、すなわち、過酸化水素処理工程によって得られるパルプの粘度の値B1(cP)の過酸化水素処理工程の直前のパルプの粘度の値B2(cP)に対する比(B1/B2×100(%))の値は、30%以上であることが好ましく、より好ましくは、モノ過硫酸処理工程の直前のパルプの粘度の値(cP)の35%以上、さらに好ましくは40%以上であり、42%以上が特に好ましい。
【0032】
[各種工程の種類と段数]
漂白パルプの製造方法においては、モノ過硫酸処理工程が一段のみであることが好ましい。この場合、漂白パルプの製法の工程を簡素化することができる。ただし、漂白パルプの製造方法において、アルカリ酸素漂白処理されたパルプに対して、さらに、モノ過硫酸を行う第2のモノ過硫酸処理工程が含まれていても良い。また、上述の過酸化水素処理工程に加えて、過酸化水素処理をさらに行う第2の過酸化水素処理工程が含まれていても良い。なお、第2のモノ過硫酸処理工程と、第2の過酸化水素処理工程とが含まれる漂白パルプの製造方法においても、少なくともいずれかの過酸化水素処理工程は、モノ過硫酸処理の後段であることが好ましい。
【0033】
また、漂白パルプの製造方法においては、過酸化水素処理工程、及び、モノ過硫酸処理工程以外の漂白のための処理工程、例えば、未漂白パルプをオゾンで処理するオゾン処理工程、塩素処理工程、次亜塩素酸塩処理工程等が含まれていても良い。ただし、漂白パルプの製法の工程の簡素化、及び、安全の確保の観点からは、オゾン処理工程、塩素処理工程、及び、次亜塩素酸塩処理工程が含まれないことが好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を示して本発明について更に具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定して解釈されるものではない。
【0035】
1.モノ過硫酸の調製
70℃で、45質量%過酸化水素水(三菱ガス化学株式会社製)に、95質量%硫酸(和光純薬工業株式会社)を滴下して調製した。調製したモノ過硫酸水溶液中の濃度は、モノ過硫酸が0.19mmol/L、硫酸が0.81mmol/L、過酸化水素が0.14mmol/Lであった。
【0036】
2.二酸化塩素水の調製
二酸化塩素水は、メタノール法(R8法)により調製した。
【0037】
3.パルプ白色度の測定
パルプ白色度の測定は、TAPPI Test Methods T452 om-92(1996)に準じて行った。
【0038】
4.パルプ粘度の測定
パルプ粘度の測定は、TAPPI Test Methods T230 om-94(1996)に準じて行った。
【0039】
5.使用した木材チップ
チリ産ユーカリ・グロブラス(E.globulus)材、南アフリカ産アカシア・メアルンジー(A.mearunsii)材、ベトナム産アカシア・マンギウムとアウリカリフォルミズ交雑種(A.hybrid mangium and auriculiformis)材、日本産広葉樹混合(Quercus spp.)材のチップを使用した。
【0040】
6.クラフト蒸解
各チップについて、絶乾重量50gに水195mLを加え、150℃で2.5時間の前加水分解処理を行った。前加水分解処理した木材チップを、E.globulusは活性アルカリ添加率18%、A.mearunsii、A.hybrid mangium and auriculiformis、Quercus spp.は活性アルカリ添加率17%の条件で、150℃、3時間、硫化度30%(硫化ソーダ:Na2Sの添加率)でクラフト蒸解を行った。液比は4mL/gとした(蒸解工程)。
【0041】
7.アルカリ酸素漂白
蒸解後のチップを混合し、パルプ濃度30%、酸素圧0.5MPa、苛性ソーダ添加率0.6%の条件で、115℃、60分間、アルカリ酸素漂白を行った(アルカリ酸素漂白工程)。
【0042】
8.漂白後の洗浄方法
漂白後のパルプを手絞りで絶乾パルプ質量に対して2倍量の水を含む状態にし、絶乾パルプ質量に対して20倍量の水(40℃程度)を加えて十分撹拌した後、絶乾パルプ質量に対して2倍量の水を含む状態になるまで濾過により脱水した。次いで、絶乾パルプ質量に対して18倍量濾過液と同じく2倍量の水(40℃程度)を加えて十分撹拌した後、絶乾パルプ質量に対して2倍量の水を含む状態になるまで濾過により脱水した。これをもう一度繰り返し、漂白後の洗浄とした。
【0043】
実施例1
アルカリ酸素漂白、及び、洗浄後のパルプをポリエチレン袋に入れ、パルプ濃度10%で漂白するために必要な量の水を加え、絶乾パルプ質量に対して0.2%となるモノ過硫酸と絶乾パルプ質量に対して、二酸化塩素の質量が0.083%となる二酸化塩素水の混合液を加えた。少量の苛性ソーダでpHを3.0に調製した後、手で十分に混合し、70℃で70分間漂白した(モノ過硫酸処理工程)。処理後のパルプを上記の洗浄方法で洗浄した。
洗浄後のパルプをポリエチレン袋に入れ、パルプ濃度10%で漂白するために必要な量の水を加え、絶乾パルプ質量に対して2%となる過酸化水素とその過酸化水素の質量に対して0.7質量%となる苛性ソーダ及び、絶乾パルプ質量に対してMgが0.1質量%となる量の硫酸マグネシウムを加え、手で十分に混合し、70℃で60分間漂白した(過酸化水素処理工程)。処理後のパルプを上記の洗浄方法で洗浄し、得られた漂白パルプによりパルプシートを作製し、白色度と粘度とを測定した。
【0044】
実施例2~5
クラフト蒸解処理(蒸解工程)における木材チップに対する活性アルカリ添加率、及び、モノ過硫酸処理工程における、絶乾パルプ質量を基準とした二酸化塩素の添加量を、下記表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に漂白を行った。
【0045】
比較例1
クラフト蒸解処理における木材チップに対する活性アルカリ添加率を変更し、モノ過硫酸処理工程における、絶乾パルプ質量を基準とした二酸化塩素の添加量を0.124%とした以外は、実施例1と同様に漂白を行った。
【0046】
実施例1~5、及び、比較例1の結果を表1に示した。また、白色度と粘度については、クラフト蒸解処理(蒸解工程)における木材チップに対する活性アルカリ添加率が共通する実施例1~4の結果を
図1、及び、
図2に示した。
実施例1と比較例1においては、白色度は同等であるものの、比較例1ではモノ過硫酸処理工程において実施例1よりも粘度が低下しており、適切な量の二酸化塩素を添加することにより、粘度低下を抑制することができた。また、実施例1よりも少量の二酸化塩素を添加した各実施例においても、白色度を良好なレベルに維持しつつ、パルプの粘度低下を防止する効果が認められた。
【表1】
【0047】
実施例6
実施例1で得られた漂白パルプをポリエチレン袋に入れ、パルプ濃度10%で漂白するために必要な量の水を加え、絶乾パルプ質量に対して0.1%となるモノ過硫酸を加えた。少量の苛性ソーダでpHを3.0に調製した後、手で十分に混合し、70℃で70分間漂白した(モノ過硫酸処理工程)。処理後のパルプを上記の洗浄方法で洗浄した。
洗浄後のパルプをポリエチレン袋に入れ、パルプ濃度10%で漂白するために必要な量の水を加え、絶乾パルプ質量に対して1%となる過酸化水素とその過酸化水素の質量に対して0.7質量%となる苛性ソーダ及び、絶乾パルプ質量に対してMgが0.1質量%となる量の硫酸マグネシウムを加え、手で十分に混合し、70℃で60分間漂白した(過酸化水素処理工程)。
このように、実施例1に比べてさらに漂白された実施例6の最終的な漂白パルプと、実施例6の各処理工程(実施例1までの処理工程を含む)で得られたパルプの白色度(ISO%)、及び、粘度(cP)の値を表2に示す。
なお、以下の表において、「O」はアルカリ酸素漂白工程、「MPS」はモノ過硫酸処理工程、「Ep」は過酸化水素処理工程を示し、「ClO
2」は二酸化塩素の添加を示す。各略語の右側の欄の数値は、各略語の示す工程の直後に得られたパルプの白色度(ISO%)、及び、粘度(cP)の値である。
【表2】
【0048】
実施例7
実施例4で得られた漂白パルプに対して、モノ過硫酸処理工程にて二酸化塩素を使用しない他は実施例6と同様に、さらにモノ過硫酸処理と、過酸化水素処理とを施した。このように、実施例4に比べてさらに漂白された実施例7の最終的な漂白パルプと、実施例7の各処理工程(実施例4までの処理工程を含む)で得られたパルプの白色度(ISO%)、及び、粘度(cP)の値を表3に示す。
【表3】
また、上述の実施例6の各工程におけるパルプの白色度(ISO%)、及び、粘度(cP)の値と、実施例7における各値とを比較した結果を
図3、及び、
図4に示す。
【0049】
実施例8
実施例5で得られた漂白パルプに対して、モノ過硫酸処理工程にて二酸化塩素を使用しない他は実施例6と同様に、さらにモノ過硫酸処理と、過酸化水素処理とを施した。このように、実施例5に比べてさらに漂白された実施例8の最終的な漂白パルプと、実施例8の各処理工程(実施例5までの処理工程を含む)で得られたパルプの白色度(ISO%)、及び、粘度(cP)の値を表4に示す。
【表4】
【0050】
これらの実施例6~8の結果により、モノ過硫酸処理(MSP)、及び、過酸化水素処理(Ep)の工程をそれぞれ複数回、繰り返しても、パルプの著しい粘度低下が防止できるとともに、白色度のさらなる向上という効果が確認された。特に、最初のモノ過硫酸処理工程における二酸化塩素の添加率の条件のみが相違する実施例6と7、すなわち、最初のモノ過硫酸処理工程にて二酸化塩素の添加率が0.083質量%である実施例6と、二酸化塩素が添加されていない実施例7とを比較すると、若干量の二酸化塩素を添加することにより、その後の工程を経た後もパルプの粘度レベルをより良好に維持しつつ、白色度を大きく向上させられることが確認された。