(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-05
(45)【発行日】2022-07-13
(54)【発明の名称】組織検体を用いたがんの検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20220706BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20220706BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N33/483 C
(21)【出願番号】P 2019529724
(86)(22)【出願日】2018-07-10
(86)【国際出願番号】 JP2018025975
(87)【国際公開番号】W WO2019013187
(87)【国際公開日】2019-01-17
【審査請求日】2021-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2017135174
(32)【優先日】2017-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】516266031
【氏名又は名称】株式会社HIROTSUバイオサイエンス
(73)【特許権者】
【識別番号】517244250
【氏名又は名称】公益社団法人鹿児島共済会 南風病院
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】広津 崇亮
(72)【発明者】
【氏名】吉永 拓真
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第15/88039(WO,A1)
【文献】特開2014-36656(JP,A)
【文献】国際公開第16/147268(WO,A1)
【文献】国際公開第18/47959(WO,A1)
【文献】HIROTSU, T. et al.,A Highly Accurate Inclusive Cancer Screening Test Using Caenorhabditis elegans Scent Detection,PLoS One,2015年03月11日,Vol.10, No.3,pp.1-15,p5,lines18-34,Fig1.C
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/49
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織検体において、がんを検出する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【請求項2】
組織検体において、がんでない部分(非がん部)を検出する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんでないと予測される領域の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【請求項3】
組織検体において、がんの領域とがんでない領域とを鑑別する方法であって、
前記組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物とがんでないと予測される領域の細胞溶解物とを用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【請求項4】
細胞溶解物が、がん細胞を含む組織検体から得られたものか、がん細胞を含まない組織検体から得られたものかを鑑別する方法であって、
組織検体の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【請求項5】
組織検体が、がんを含まないと決定する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【請求項6】
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することが、
10μmの組織切片に対して1~10mLの割合で組織切片と溶媒を混合し、細胞溶解物を得ることと、10
5から10
7までの範囲の希釈倍率において細胞溶解物を希釈し、得られた希釈物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することである、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織検体を用いたがんの検出方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
線虫は、がん患者の尿サンプルに対して誘引行動を示し、健常者の尿サンプルに対して忌避行動を示すことが明らかとされ、線虫の走性行動に基づくがんの診断方法が開発されている(特許文献1)。この評価系では、尿サンプルを10倍程度に希釈し、希釈したサンプルに対して線虫が誘引行動を示した場合には、当該サンプルが由来する対象はがんを有すると評価することができる。また、希釈倍率が高い場合には、当然ながら評価の精度は大幅に低下する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本発明者らは、がん組織と正常組織との鑑別(例えば、がんと、がん周辺の正常組織との鑑別)を可能とする技術開発が必要であると考えた。本発明は、組織検体を用いたがんの検出方法を提供する。
【0005】
本発明者らは、がんの組織検体を用いて、がんと、がん周辺の正常組織との細胞溶解物を被検試料として、線虫の走性行動を確認した。その結果、線虫は、がん組織の細胞溶解物に対して誘引行動を示した一方で、がん周辺の正常組織の細胞溶解物に対しては忌避行動を示した。
本発明は、このような知見に基づくものである。
【0006】
すなわち、本発明によれば、例えば、以下の発明が提供される。
[1]組織検体において、がんを検出する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
[2]組織検体において、がんでない部分(非がん部)を検出する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんでないと予測される領域の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
[3]組織検体において、がんの領域とがんでない領域とを鑑別する方法であって、
前記組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物とがんでないと予測される領域の細胞溶解物とを用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
[4]細胞溶解物が、がん細胞を含む組織検体から得られたものか、がん細胞を含まない組織検体から得られたものかを鑑別する方法であって、
組織検体の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
[5]組織検体が、がんを含まないと決定する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
[6]前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することが、
10μmの組織切片に対して1~10mLの割合で組織切片と溶媒を混合し、細胞溶解物を得ることと、105から107までの範囲の希釈倍率において細胞溶解物を希釈し、得られた希釈物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することである、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施例1において実施した線虫を用いた誘引行動の評価系の模式図を示す。この評価系では、寒天培地を含むシャーレ上で線虫の尿サンプルへの走性行動を評価した。
【
図2】
図2は、実施例1において使用した腫瘍検体の切片を示す。
【
図3】
図3は、がん組織の細胞溶解物に対する線虫を用いた誘引行動の評価結果を示す。
【発明の具体的な説明】
【0008】
本明細書では、「線虫」とは、セノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis
elegans)を意味する。線虫は、生物研究においてモデル生物として世界中で広く飼育され、研究されているポピュラーな生物であり、飼育が容易で、嗅覚が優れているという特徴を有する。
【0009】
本明細書では、「がん」とは、腎臓がん、胃がん、子宮がん、肝臓がん、乳がん、直腸結腸がん、食道がん、すい臓がん、前立腺がん、胆管がん、肺がん、血液がん、白血病、リンパ腫等のがん種を意味する。
【0010】
本明細書では、「対象」とは、哺乳動物、例えば、ヒトを意味する。対象は、がんを有する対象、またはがんを有することが疑われる対象(以下、単に「がんが疑われる対象」ということがある)であり得る。
【0011】
本発明では、「組織検体」とは、対象から得られた臓器または組織の全部または一部、特に、対象から得られた臓器または組織の一部を意味する。組織検体としては、生検(例えば、内視鏡検査時に得られる生検)により得られる検体、および手術時に得られ得る検体(例えば、手術により摘出された臓器または組織)が挙げられる。組織検体は、単離された細胞、または細胞集塊であってもよい。「組織検体」は、多くの場合、がんであると疑われる臓器または組織の全部または一部であり得る。本明細書では、「組織検体」は、単一の臓器または組織から単離された単一の、若しくは複数の部分を含んでいてもよく、複数の臓器または組織(同一患者または別の患者)からそれぞれ得られた単一の、若しくは複数の部分を含んでいてもよい。
【0012】
本明細書では、「約」とは、その後に続く数値の上下10%までの数値、または5%までの数値を含むことを意味する。
【0013】
本明細書では、「走性行動」とは、誘引行動または忌避行動を意味する。誘引行動とは、ある物質からの物理的距離を縮める行動を意味し、忌避行動とは、ある物質からの物理的距離を広げる行動を意味する。誘引行動を誘発する物質を誘引物質といい、忌避行動を誘発する物質を忌避物質という。
【0014】
線虫(C.
elegans)は嗅覚により誘引物質に対して誘引し、忌避物質から忌避するという性質を有している。誘引物質に対して誘引する行動を誘引行動といい、忌避物質から忌避する行動を忌避行動という。また、誘引行動と忌避行動とを合わせて走性行動という。線虫は、がん患者の尿サンプルに対して誘引行動を示す一方で、健常者の尿サンプルに対して忌避行動を示す。
【0015】
本明細書では、「がんを検出する方法」または類似の表現は、「がんの検出のための線虫の走性行動の評価方法」、「がんの有無に関する予備的情報を得る方法」、「がんの診断のための予備的情報を得る方法」、「がんの診断の予備的方法」、または「がん細胞を検出する方法」と読み替えることができる。本発明で得られる情報は、中間的な情報として医師の診断の基礎となり得るものである。
【0016】
[1]本発明によれば、組織検体において、がんを検出する方法(または、がんの有無に関する予備的情報を得る方法、がんの診断のための予備的情報を得る方法、がんの診断の予備的方法、がん細胞を検出する方法、若しくはがんの診断方法)であって、
(1)前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物を用意することと、
(2)前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法。
【0017】
本発明において、組織検体は、対象から得られた臓器または組織の全部または一部であり得る。本発明のある態様では、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんを有する対象であり得る。本発明のある態様では、がんの有無を調べる必要のある対象であり得る。本発明の特定の対象では、対象は、手術中の対象、特にがん摘出手術中の対象であり得る。
【0018】
(1)前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物を用意すること
上記(1)において、がんと疑われる領域は、対象から摘出された組織検体から単離されうる。ある態様では、がんと疑われる領域は、対象から摘出された、がんを有すると疑われる組織検体から単離され得、または、対象から摘出された、がんを有する組織検体から単離され得る。組織検体は、(数mm)×(数mm~数10mm)×10μm厚程度の量が存在すれば、評価に十分である。例えば、厚みが10μmの場合、切片の面積は、1mm2以上、2mm2以上、3mm2以上、4mm2以上、5mm2以上、6mm2以上、7mm2以上、8mm2以上、9mm2以上、10mm2以上、15mm2以上、20mm2以上、30mm2以上、40mm2以上、または50mm2以上とすることができ、1000mm2以下、900mm2以下、800mm2以下、700mm2以下、600mm2以下、500mm2以下、400mm2以下、300mm2以下、200mm2以下、または100mm2以下とすることができる。
【0019】
上記(1)において、細胞溶解物は、当業者に周知の様々な方法によって得ることができる。上述した特許文献1(WO2015/088039)によれば、線虫はがん患者の尿サンプルに誘引行動を示し、健常者の尿サンプルに対しては忌避行動を示した。このことから、尿には、がん組織またはがん細胞から分泌されるがん特有の分泌因子が含まれると予想された。線虫ががん特有の分泌因子に対して走性行動を示すことを考慮すると、がん組織またはがん細胞に近接する正常組織にも、当該分泌因子が含まれてしまうこと、および、これにより、がん組織またはがん細胞に近接する正常組織に対しては、線虫は誘引行動を示すのではないかと考えられた。しかしながら、後述する実施例によれば、同一検体のがんの領域と、これに隣接する正常な領域(非がん領域)とで、線虫に誘発させる走性行動が異なった。すなわち、がんの領域に対しては線虫は誘引行動を示し、これに隣接する正常な領域に対しては線虫は忌避行動を示した。このことは、線虫の走性行動は、がんからの分泌因子に対するよりも、がん細胞内因子に対して強く影響すると考えられる。また、線虫の嗅覚で検出できたがん細胞内因子は、高度希釈倍率で検出されうる因子であった。
【0020】
したがって、本発明では、組織の細胞溶解物を用いることができ、細胞破砕がなされ、細胞内因子が抽出できるなら、どのような方法によって細胞溶解物を得てもよいであろう。組織または細胞から細胞溶解物を得る方法としては、特に限定されないが例えば、超音波破砕機による方法、圧力を掛ける方法、攪拌による方法、すりつぶす方法、および水流による方法が挙げられる。細胞溶解物を得るときの溶媒は、例えば、エタノールや水とすることができる。
【0021】
本発明のある態様では、検体の10μm厚の組織切片に対して、例えば、1~10mL、2~8mL、3~7mL、4~6mL、または約5mLの割合で、組織切片と溶媒を混合し、この混合物から細胞溶解物を得ることができる。
【0022】
本発明のある態様では、陽性対照として、がんであることが分かっている組織検体、またはがん患者の尿を用いることができる。本発明のある態様では、陰性対照として、がんを含まないことが分かっている組織検体若しくはその一部、またはがんでないことが分かっている対象(例えば、健常者)の尿を用いることができる。
【0023】
上記(1)は、(1-A)前記臓器または組織から単離されたがんと疑われる領域を用意することと、(1-B)前記領域から細胞溶解物を得ることと、を含んでいてもよい。
【0024】
(2)前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価すること
上記(2)において、細胞溶解物として、溶媒で希釈した希釈物を用いてもよい。
【0025】
本発明において、上記希釈の希釈倍率は、用いるがん検体によって変わるが、10μm厚の切片から例えば、1~10mL(例えば、2~8mL、3~7mL、4~6mL、または約5mL)の溶媒を用いて得た細胞溶解物に対して10,000~1,000,000倍程度、20,000~500,000倍程度、50,000~300,000倍程度、または約100,000倍程度の割合の溶媒で希釈することが検討され得る。当業者であれば、組織検体量に照らして希釈倍率を適宜調整することができる。また、検査のために細胞溶解物の希釈系列(上記倍率の範囲の希釈倍率を含む希釈系列;例えば、2倍~10倍の希釈系列、例えば、3~5倍の希釈系列、例えば、5~15倍の希釈系列)を作製してもよい。
【0026】
本発明において、細胞溶解物の希釈は、例えば、エタノール、水、例えば、蒸留水または滅菌水等の溶媒で行うことができる。
【0027】
細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示すか否かは、線虫と一定の距離(例えば、1cm~5cm)離して配置された細胞溶解物に対して線虫が近づいたか、遠ざかったかを観察することにより評価することができる。一部の線虫が、細胞溶解物に対して近づき、一部の線虫が、細胞溶解物から遠ざかった場合には、細胞溶解物に近づいた線虫の割合が、細胞溶解物から遠ざかった線虫の割合よりも高い場合には、線虫が細胞溶解物に対して誘引行動を示したと評価することができる。また、細胞溶解物に近づいた線虫の割合が、細胞溶解物から遠ざかった線虫の割合よりも低い場合には、線虫が細胞溶解物に対して忌避行動を示したと評価することができる。線虫としては、がん患者の尿や組織に対して誘引行動を示す線虫株はいずれも用いることができるが、例えば、野生型の線虫株、例えば、Briostol N2株、特にその雌雄同体を用いることができる。
また、例えば、下記式により走性インデックスを求めて、線虫が誘引行動を示したか、忌避行動を示したかを評価してもよい。
【0028】
走性インデックス
(走性インデックス)=
{(細胞溶解物に近づいた線虫個体数)-(細胞溶解物から遠ざかった線虫個体数)}/全線虫個体数
【0029】
走性インデックスは、-1~+1の間の数値をとり、誘引行動を示した場合には正の値を、忌避行動を示した場合には負の値を取る。そして、数値の絶対値が大きいほど、走性行動が強く表れたと解釈できる。
【0030】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が細胞溶解物に対して示した走性行動に基づいて、細胞溶解物を誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0031】
本発明の方法では、細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域が、がんを有すること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域ががんを有しないこと、またはその可能性があることが示される。細胞溶解物の希釈系列を用いた場合には、希釈系列のうちのいずれか1つ以上に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域が、がんを有すること、またはその可能性があることが示される。誘引行動は、上記走性インデックスが0を超えるか否かを指標としてその有無を評価してもよいし、陰性対照と比較してそれよりも強い誘引行動を誘発させたか否かを指標としてその有無を評価してもよいし、あるいは、これらを組み合わせて評価してもよいであろう。
【0032】
[2]本発明によれば、組織検体において、がんでない部分を検出する方法であって、
(1)前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんでないと予測される領域の細胞溶解物を用意することと、
(2)前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法が提供される。
【0033】
本発明において、組織検体は、対象から得られた臓器または組織の全部または一部であり得る。本発明のある態様では、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんを有する対象であり得る。本発明のある態様では、がんの有無を調べる必要のある対象であり得る。本発明の特定の対象では、対象は、手術中の対象、特にがん摘出手術中の対象であり得る。
【0034】
上記[2](1)において、がんでないと予測される領域は、対象から摘出された組織検体から単離されうる。ある態様では、がんでないと予測される領域は、対象から摘出された、がんを有すると疑われる組織検体(当該組織検体は、がんを有すると疑われる領域とがんでないと予測される領域とを含む)から単離され得、若しくは、対象から摘出された、がんを有する組織検体から単離され得、または、がんを有しないと予測される組織検体から単離され得、若しくは、がんを有しない組織検体から単離され得る。
【0035】
上記[2](1)において、細胞溶解物は、当業者に周知の様々な方法によって得ることができる。詳細は、[1](1)で詳述した通りである。
【0036】
上記[2](1)は、(1-A)前記組織検体から単離されたがんでないと予測される領域を用意することと、(1-B)前記領域から細胞溶解物を得ることと、を含んでいてもよい。
【0037】
(2)前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価すること
上記[2](2)は、上記[1](2)で詳述した通りである。
【0038】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が細胞溶解物に対して示した走性行動に基づいて、細胞溶解物を誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0039】
本発明の方法では、細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域が、がんを有すること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域ががんを有しないこと、またはその可能性があることが示される。
【0040】
[3]本発明によれば、組織検体において、がんの領域とがんでない領域とを鑑別(識別、区別、分類、またはがん診断)する方法であって、
(1)前記組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物とがんでないと予測される領域の細胞溶解物とを用意することと、
(2)前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法が提供される。
【0041】
本発明において、組織検体は、対象から得られた臓器または組織の全部または一部であり得る。本発明のある態様では、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんを有する対象であり得る。本発明のある態様では、がんの有無を調べる必要のある対象であり得る。本発明の特定の対象では、対象は、手術中の対象、特にがん摘出手術中の対象であり得る。
【0042】
上記[3](1)については、がんと疑われる領域については、上記[1](1)で詳述し、がんでないと予測される領域については、上記[2](1)で詳述した通りである。
また、上記[3](2)については、上記[1](2)で詳述した通りである。
【0043】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が細胞溶解物に対して示した走性行動に基づいて、細胞溶解物を誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0044】
本発明の方法では、細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域が、がんを有すること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体またはがんと疑われる領域ががんを有しないこと、またはその可能性があることが示される。
【0045】
[4]本発明によれば、細胞溶解物が、がん細胞を含む組織検体から得られたものか、がん細胞を含まない組織検体から得られたものかを決定する方法であって、
(1)組織検体の細胞溶解物を用意することと、
(2)前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法が提供される。
【0046】
本発明において、組織検体は、対象から得られた臓器または組織の全部または一部であり得、例えば、がんを有しない臓器若しくは組織から得られた組織検体;またはがんを有する臓器若しくは組織から得られた組織検体(例えば、がんの辺縁部、周辺部等)であり得る。本発明のある態様では、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんを有する対象であり得る。本発明のある態様では、がんの有無を調べる必要のある対象であり得る。本発明の特定の対象では、対象は、手術中の対象、特にがん摘出手術中の対象であり得る。
【0047】
上記[4](1)は、上記[1](1)で詳述した通りの方法で得ることができる。
また、上記[4](2)については、上記[1](2)で詳述した通りである。
【0048】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が細胞溶解物に対して示した走性行動に基づいて、細胞溶解物を誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0049】
本発明の方法では、細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体が、がんを含む組織検体であること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する組織検体ががんを含まない組織検体であること、またはその可能性があることが示される。
【0050】
上記[4]においては、検体は、複数の部分に分割して、それぞれから細胞溶解物を得て、それぞれに対して線虫の走性行動を評価してもよい。この場合、分割した部分の少なくとも1つに対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを有する検体であること、またはその可能性があることが示される。また、全ての部分の細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを有しない検体であること、またはその可能性があることが示される。
【0051】
[5]本発明によれば、組織検体ががんを含まないと決定する方法であって、
(1)前記組織検体の細胞溶解物を用意することと、
(2)前記細胞溶解物それぞれに対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法が提供される。
【0052】
本発明において、検体は、対象から得られた臓器または組織であり得る。本発明のある態様では、対象は、ヒト対象とすることができる。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんが疑われる対象であり得る。本発明のある態様では、対象は、例えば、がんを有する対象であり得る。本発明のある態様では、がんの有無を調べる必要のある対象であり得る。本発明の特定の対象では、対象は、手術中の対象、特にがん摘出手術中の対象であり得る。
【0053】
上記[5](1)については、検体は、例えば、がんと疑われる領域またはがんでないと予想される領域を含む臓器または組織から得ることができる。がんと疑われる領域またはがんでないと予想される領域については、上記[1](1)および[2](1)で詳述した通りである。
また、上記[5](2)については、上記[1](2)で詳述した通りである。
【0054】
本発明の方法は、ある態様では、
(3)線虫が細胞溶解物に対して示した走性行動に基づいて、細胞溶解物を誘引物質であるかまたは忌避物質であるか評価することをさらに含んでもよい。
【0055】
本発明の方法では、細胞溶解物に対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを有すること、またはその可能性があることが示される。本発明の方法では、例えば、細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを有しないこと、またはその可能性があることが示される。
【0056】
上記[5]においては、検体は、複数の部分に分割して、それぞれから細胞溶解物を得て、それぞれに対して線虫の走性行動を評価してもよい。この場合、分割した部分の少なくとも1つに対して線虫が誘引行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを含むこと、またはその可能性があることが示される。また、全ての部分の細胞溶解物に対して線虫が忌避行動を示した場合には、細胞溶解物が由来する検体が、がんを含まないこと、またはその可能性があることが示される。
【0057】
本発明によれば、がん組織用のがんの診断キットであって、
線虫と、細胞溶解緩衝液と、希釈液とを含む、
診断キットが提供される。対象、希釈溶媒、希釈倍率、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。
【0058】
本発明によれば、線虫を含む、がん組織用のがんの診断キットであって、線虫と、細胞溶解緩衝液と、希釈液とを含み、本発明の方法に用いられる、診断キットが提供される。対象、希釈溶媒、希釈倍率、走性行動の評価方法、がんの検出方法は、上記と同様である。
【0059】
本明細書では、「がんを検出する方法」または「がんを治療する方法」は、がんを検出する上記方法に加えて、がんを適切ながん療法によって治療することをさらに含んでいてもよい。したがって、本発明によれば、がんを治療する方法であって、本発明の検出方法によって、がんを検出することと、がんが検出された対象においてがんを治療することとを含む、がんの治療方法が提供される。がんの治療は、がんに適したがん療法(例えば、がんに対する抗癌剤の投与、放射線療法、免疫療法)により行うことができる。
【0060】
特に、がん摘出手術中の対象から得られたがん組織において、その表層の組織から細胞溶解物を得て線虫を用いた本発明の方法を行うことができる。その結果、表層部でがんが存在すること、またはその可能性があることが示された場合には、当該表層部が接していた患者臓器または組織にがんが残っている可能性があると評価することができる。そして、当該表層部が接していた患者臓器または組織にがんが残っている可能性があると評価された場合は、当該表層部が接していた患者臓器または組織をより大きく摘出することができる。より大きく摘出した後にも、さらに本発明の方法を行い、追加で摘出した組織の表層部でがんが依然として検出される場合には、当該表層部が接していた患者臓器または組織をさらにより大きく摘出することができる。このように、本発明では、手術中に検査を行ってその結果に基づいて更に大きく組織を摘出するべきか否かを判断するための基礎情報を与えることができる。
【0061】
本発明のある態様では、検体試料に対する線虫の走性行動を評価する方法であって、
前記組織検体の細胞溶解物、または組織検体から単離されたがんと疑われる領域の細胞溶解物を用意することと、
前記細胞溶解物に対する線虫の走性行動を評価することと、
を含む、方法が提供される。細胞溶解物は希釈されていてもよく、希釈系列とされていてもよく、線虫の走性行動は、走性インデックスによって評価されてもよい。
【0062】
以下、実施例により本発明を説明するが、実施例は例示であって、発明の範囲を限定するものとして解釈されるものではない。
【実施例】
【0063】
実施例1:がんの組織検体を被検試料とする線虫を用いたがん検査
同一臓器内において、がん組織と非がん組織を区別することは、困難である場合が少なくない。本実施例では、線虫が、同一臓器内におけるがん組織と非がん組織を区別することが可能かを試験した。
【0064】
まず、胃がん患者から摘出したがん組織(当該がん組織は、周辺に正常組織を有していた)を、常法により、ホルマリン固定後にパラフィン包埋して厚さ10μmの組織切片を作製した(
図2参照)。用いた組織切片は4mm×28mm×厚さ10μmであった。病理医によりがん部および非がん部を特定し、それぞれの切片3枚ずつを50mL遠心管に入れた。99%エタノール5mLを加え、超音波ホモジェナイザー(Sonifier 250A)により、がん部のホモジェネート(細胞溶解物)および非がん部のホモジェネートを得た。がん部、非がん部は、それぞれ3例ずつ症例を集めてそれぞれホモジェネートを得た。各ホモジェネートは、滅菌水により10倍~10
6倍に希釈した。陽性対象(ポジティブコントロール)としてはがん患者の尿サンプル(100倍希釈)を用い、陰性対象(ネガティブコントロール)としては健常者の尿サンプル(100倍希釈)を用いた。
【0065】
図1に示されるように、尿サンプルを滅菌水で100倍に希釈して、表面が平らな寒天プレート10上の辺縁部11に塗布し、線虫は、前記寒天プレートの中央部12に塗布し、線虫が尿サンプルに対して誘引行動を示すか、忌避行動を示すかを観察した。線虫が誘引行動を示したか忌避行動を示したかは、下記の走性インデックスにより評価した。線虫としては、Briostol N2株の雌雄同体を用いた。
【0066】
走性インデックス
(走性インデックス)=
{(領域13の線虫個体数)-(領域14の線虫個体数)}/全線虫個体数
(式中、領域13は、寒天プレート10を二点鎖線で3つの領域に分けた場合に尿サンプル側の領域であり、領域14は、上記3つの領域の尿サンプルとは離れた領域である。)
【0067】
結果は、
図3に示される通りであった。
図3では、10
n倍希釈の場合、「-n」と表記された。
【0068】
図3に示されるように、がん部組織の細胞溶解物に対しては、10
5倍希釈か10
6倍希釈の試料において線虫は、誘引行動を示したが、対照的に、非がん部組織の細胞溶解物に対しては、線虫は、忌避行動を示した。10
1~10
4倍希釈の細胞溶解物では、線虫の走性行動は安定しなかった。細胞溶解物を希釈することが望ましいことが分かった。
【0069】
このように、線虫は、がん部組織の細胞溶解物に対して誘引行動を示すだけでなく、同一組織の非がん部組織の細胞溶解物に対しては忌避行動を示し、がん部と非がん部とを鑑別することができた。