(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-06
(45)【発行日】2022-07-14
(54)【発明の名称】全固体電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/0585 20100101AFI20220707BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20220707BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20220707BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20220707BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20220707BHJP
【FI】
H01M10/0585
H01M4/139
H01M4/62 Z
H01M10/052
H01M10/0562
(21)【出願番号】P 2017080681
(22)【出願日】2017-04-14
【審査請求日】2020-03-19
【審判番号】
【審判請求日】2021-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 正一
(72)【発明者】
【氏名】後藤 裕二
(72)【発明者】
【氏名】藤井 信三
【合議体】
【審判長】池渕 立
【審判官】境 周一
【審判官】粟野 正明
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-69843(JP,A)
【文献】特開2012-238545(JP,A)
【文献】特開2007-227362(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0585
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一体的な焼結体で、正極用の電極活物質と固体電解質を含む正極層、固体電解質を含む固体電解質層、および負極用の電極活物質と固体電解質を含む負極層がこの順に積層されてなる積層電極体を備えた全固体電池の製造方法であって、
粉体状の前記正極用の電極活物質および前記負極用の電極活物質のそれぞれに、非晶質の前記固体電解質、導電助剤、及びバインダーと可塑剤とからなるバインダー成分を混合してスラリー状の正極層材料、およびスラリー状の負極層材料を作製する電極層材料作製ステップと、
粉体状の前記固体電解質と、前記バインダー成分とを混合してスラリー状の電解質層材料を作製する電解質層材料作製ステップと、
前記正極層材料、前記負極層材料、および前記電解質層材料を、それぞれシート状のグリーンシートに作製するグリーンシート作製ステップと、
前記正極層材料からなるグリーンシート、前記電解質層材料からなるグリーンシート、および前記負極層材料からなるグリーンシートをこの順に積層して得た積層体を大気雰囲気で熱処理し、前記グリーンシート中の前記バインダー成分を除去する脱脂ステップと、
前記脱脂ステップを経た前記積層体を、非酸素雰囲気で焼成して前記積層電極体を作製する焼成ステップと、
を含み、
前記電極層材料作製ステップでは、前記正極層材料と前記負極層材料のそれぞれに前記導電助剤を2.3%以上3.0%以下で含ませ、
前記脱脂ステップでは、前記正極層材料からなるグリーンシート、および前記負極層材料からなるグリーンシートについて、当該脱脂ステップ前の質量に対し0.1%以下の量の前記バインダー成分の残渣が含まれるように熱処理し、
前記焼成ステップでは、前記残渣を炭素化する、
ことを特徴とする全固体電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は全固体電池の製造方法および全固体電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、各種二次電池の中でもエネルギー密度が高いことで知られている。しかし一般に普及しているリチウム二次電池は、電解質に可燃性の有機電解液を用いている。そのため、リチウム二次電池では、液漏れ、短絡、過充電などに対する安全対策が他の電池よりも厳しく求められている。そこで近年、電解質に酸化物系や硫化物系の固体電解質を用いた全固体電池に関する研究開発が盛んに行われている。固体電解質は、固体中でイオン伝導が可能なイオン伝導体を主体として構成される材料であり、従来のリチウム二次電池のように可燃性の有機電解液に起因する各種問題が原理的に発生しない。そして全固体電池は層状の正極(正極層)と層状の負極(負極層)との間に層状の固体電解質(電解質層)が狭持されてなる一体的な焼結体(以下、積層電極体とも言う)に集電体を形成した構造を有している。固体電解質は、焼成によって結晶化することでイオン伝導性を発現し、固体電解質層だけではなく正極層および負極層(以下、総称して電極層とも言う)にも含まれている。すなわち、電極層は、焼成によって結晶化した固体電解質が正極および負極の電極活物質(以下、総称して電極活物質とも言う)の粒子間に介在することでイオン伝導性を発現する。
【0003】
全固体電池の本体となる上記積層電極体の製造方法としては、周知のグリーンシートを用いた方法が一般的である。グリーンシート法は、積層セラミックチップコンデンサや積層チップインダクタなどの積層チップ部品の製造方法として、すでに確立された技術であることから、全固体電池を確実かつ安価に製造するためにも、グリーンシート法により製造することが好ましい。
【0004】
グリーンシート法を用いて積層電極体を作製するためには、正極活物質と固体電解質を含むスラリー状の正極層材料、負極活物質と固体電解質を含むスラリー状の負極層材料、および固体電解質を含むスラリー状の電解質層材料をそれぞれシート状のグリーンシートに成形し、電解質層材料からなるグリーンシート(以下、電解質層シートとも言う)を正極層材料からなるグリーンシート(以下、正極層シートとも言う)と負極層材料からなるグリーンシート(以下、負極層シートとも言う)とで挟持して得た積層体を圧着し、その圧着後の積層体を焼成する。それによって焼結体である積層電極体が完成する。
【0005】
全固体電池用の電極活物質としては、正極活物質であれば、例えば、リン酸バナジウムリチウム(Li3V2(PO4)3、以下LVPとも言う)など、従来のリチウム二次電池に使用されていた材料を使用することができる。なお、以下の非特許文献1には、LVPの製造方法について記載されている。
【0006】
負極活物質であれば、アナターゼ型の酸化チタン(TiO2)などを使用することができる。また全固体電池では可燃性の電解液を用いないことから、より高い電位差が得られる電極活物質についても研究されている。
【0007】
固体電解質としては、一般式LiaXbYcPdOeで表されるNASICON型酸化物系の固体電解質があり、当該NASICON型酸化物系の固体電解質としては、以下の特許文献1に記載されている、Li1.5Al0.5Ge1.5(PO4)3(以下、LAGPとも言う)がよく知られている。
【0008】
グリーンシートを作製する方法としては、周知のドクターブレード法がある。ドクターブレード法では、無機酸化物などのセラミックス粉体にバインダー(ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール (PVB)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、アクリル、エチルメチルセルロースなど)、可塑剤(フタル酸系、グリコール系可塑剤など)、および溶剤(無水アルコールなど)を混合して得たスラリーを塗布工程あるいは印刷工程により薄板状に成形してグリーンシートを作製する。そして全固体電池ではスラリーに含ませるセラミック粉体として正極活物質、固体電解質、および負極活物質のそれぞれの粉体を用いる。
【0009】
なお、全固体電池に限らず、グリーンシートを焼成して焼結体であるセラミック部品を得る際、グリーンシート内に含まれるバインダーとそのバインダーに流動性を与える可塑剤からなる成分(以下、バインダー成分とも言う)が残存していると、焼結密度が低下するという問題がある。そのため、グリーンシート法では、焼成に先立ってグリーンシートを熱処理し、バインダー成分を除去する脱脂工程を行っている。なお、以下の特許文献2には、グリーンシート法を用いた全固体電池の製造方法について記載されている。また、非特許文献2には全固体電池の概要について記載されている。非特許文献3にはゾルゲル法によるLAGPの作製方法について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2016/157751号
【文献】国際公開第2012/063827号
【非特許文献】
【0011】
【文献】株式会社GSユアサ、”液相法により合成したリン酸バナジウムリチウムを用いたリチウムイオン電池の開発”、[online]、[平成28年1月12日検索]、インターネット<URL:http://www.gs-yuasa.com/jp/technic/vol8/pdf/008_01_016.pdf>
【文献】大阪府立大学 無機化学研究グループ、”全固体電池の概要”、[online]、[平成29年1月12日検索]、インターネット<URL:http://www.chem.osakafu-u.ac.jp/ohka/ohka2/research/battery_li.pdf>
【文献】Masashi Kotobuki, Keigo Hoshina, Yasuhiro Isshiki, Kiyoshi Kanamura、「PREPARATION OF Li1.5Al0.5Ge1.5(PO4)3 SOLID ELECTROLYTE BY SOL-GEL METHOD」、Phosphorus Research Bulletin 、Vol.25(2011)、 pp.061-063
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
全固体電池の電極層では、粉体材料として含まれている電極活物質と固体電解質との間で電子を授受する必要があり、実用的な全固体電池を実現するためには、電極層における電子伝導率を向上させることが必要となる。電子伝導率を向上させるためには、電極層中における電子伝導材料として、グリーンシート中に炭素材料(例えば、カーボンナノチューブなど)からなる導電助剤を添加するのが一般的である。
【0013】
しかし、グリーンシートを、脱脂工程を経て焼成させると、導電助剤が揮発し十分な電子伝導率が得られない場合がある。その一方で、導電助剤の揮発分を補うべく導電助剤の添加量を多くすると焼成時に焼結不良を起こす可能性がある。焼結性が不足すれば、固体電解質が十分に結晶化されず、固体電解質のイオン導電性が低下する。
【0014】
そこで本発明は、積層電極体の焼結性を確保しつつ電極層における電子伝導率を向上させることができる全固体電池の製造方法、および電極層の電子伝導率が高い積層電極体を備えた全固体電池を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するための本発明は、一体的な焼結体で、正極用の電極活物質と固体電解質を含む正極層、固体電解質を含む固体電解質層、および負極用の電極活物質と固体電解質を含む負極層がこの順に積層されてなる積層電極体を備えた全固体電池の製造方法であって、
粉体状の前記正極用の電極活物質および前記負極用の電極活物質のそれぞれに、非晶質の前記固体電解質、導電助剤、及びバインダーと可塑剤とからなるバインダー成分を混合してスラリー状の正極層材料、およびスラリー状の負極層材料を作製する電極層材料作製ステップと、
粉体状の前記固体電解質と、前記バインダー成分とを混合してスラリー状の電解質層材料を作製する電解質層材料作製ステップと、
前記正極層材料、前記負極層材料、および前記電解質層材料を、それぞれシート状のグリーンシートに作製するグリーンシート作製ステップと、
前記正極層材料からなるグリーンシート、前記電解質層材料からなるグリーンシート、および前記負極層材料からなるグリーンシートをこの順に積層して得た積層体を大気雰囲気で熱処理し、前記グリーンシート中の前記バインダー成分を除去する脱脂ステップと、
前記脱脂ステップを経た前記積層体を、非酸素雰囲気で焼成して前記積層電極体を作製する焼成ステップと、
を含み、
前記電極層材料作製ステップでは、前記正極層材料と前記負極層材料のそれぞれに前記導電助剤を2.3%以上3.0%以下で含ませ、
前記脱脂ステップでは、前記正極層材料からなるグリーンシート、および前記負極層材料からなるグリーンシートについて、当該脱脂ステップ前の質量に対し0.1%以下の量の前記バインダー成分の残渣が含まれるように熱処理し、
前記焼成ステップでは、前記残渣を炭素化する、
ことを特徴とする全固体電池の製造方法としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る全固体電池の製造方法によれば、積層電極体の焼結性を確保した上で、導体積層電極体を構成する電極層の電子伝導率を向上させることができる。そして本発明に係る全固体電池は、積層電極体を構成する電極層の電子伝導率が高く、優れた電池特性を有している。なお、その他の効果については以下の記載で明らかにする。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】焼結後の前記電極層シートの断面組織を示す電子顕微鏡写真である。
【
図3】本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法では、必要最小限の導電助剤を添加して,積層電極体の焼結性を確保しつつ、導電助剤のみでは不足する電子伝導率を炭素化させたバインダー成分によって補うこととしている。もちろん、脱脂工程によってバインダー成分を完全に除去しない場合、残存したバインダー成分(以下、残渣とも言う)によっても焼結性が低下する。そこで本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法では、炭素化させるバインダー成分の量、すなわち残渣の量を精度良く厳密に規定することで、焼結性を確保しつつ、電子伝導率を向上させることができる。
【0020】
===バインダーの炭素化===
<TG特性>
まず、電極層のグリーンシート(以下、電極層シートとも言う)の熱重量(TG)特性について、熱重量分析装置を用いて調べた。具体的には、電極活物質としてアナターゼ型TiO2、固体電解質としてLAGP、導電助剤としてカーボンナノチューブ(例えば、VGCF(登録商標))、バインダーとしてアクリル系バインダー、および可塑剤としてフタル酸ジブチル(以下、DBPとも言う)を混合してグリーンシートの起源となるスラリー状の電極層材料を作製するとともに、その電極層材料をシート状に成形して電極層シートを作製した。そして、その電極層シートの大気雰囲気でのTG特性を調べた。なお、電極層シート中の電極活物質、固体電解質、導電助剤、バインダー、および可塑剤の割合は、それぞれ36.9wt%、36.9wt%、2.3wt%、16.3wt%、および7.6wt%とした。したがって、電極層シート中のバインダー成分の当初の割合は、23.9wt%である。
【0021】
図1に上記電極層シートのTG特性を示した。
図1(A)は、TG特性の全測定期間における時間(h)と熱処理の温度(℃)との関係、および時間(h)と電極層シートのTG(%)との関係を示しており、
図1(B)は、
図1(A)におけるTG特性の全測定期間の一部を拡大した図を示している。
【0022】
図1(A)に示したように、大気雰囲気中で室温(約25℃)から熱処理の温度を400℃まで徐々に上昇させた後、バインダー成分が完全に分解する温度(例えば、500℃)よりも低い温度で脱脂工程を行うことを想定し、その400℃の温度を所定時間維持した。ここでは、未分解のバインダー成分が一定量で安定するまで、十分に長い時間(ここでは10時間)維持した。次いで、500℃の温度まで昇温させたのち、通常の脱脂工程を想定し、その500℃の温度を2時間維持した。
【0023】
一方、電極層シートのTG特性は、熱処理の温度が室温から上昇していくのに従って、電極層シート中の揮発成分などの質量が減少していく。そして
図1(B)に拡大して示したように、500℃での熱処理を行った後の質量は、当初の質量(100%)に対して23.9%の質量が減少した状態で安定した。この23.9%は、バインダー成分の全質量に相当する。すなわち、500℃で熱処理すれば、電極層シート中におけるバインダー成分の残渣は0%となることが確認できた。また、400℃の温度から500℃の温度への昇温を開始する直前、すなわち400℃での熱処理が終了した時点では、電極層シートの質量は、当初の質量に対して23.8%が減少した。したがって、作製した電極層シートでは、脱脂工程において400℃の温度で10時間熱処理すると当初の質量の0.1%が残渣となる。
【0024】
<電子伝導率>
次に、上述した電極層シートをサンプルとして複数作製し、各サンプルに対して異なる温度で脱脂工程を行った。そして、脱脂工程後のサンプルを焼成し、各サンプルの電子伝導率を測定した。なお、焼成はLAGPを結晶化させるとともに、残渣を炭素化させるために、窒素雰囲気下で600℃2時間の条件で行った。また焼成後のサンプルに対する比較例として、電極層材料からバインダー成分を除いた粉体材料と導電助剤のみの電子伝導率も調べた。電子伝導率の測定方法については、2枚の対面する金属板間に電極層シートを配置し、次いで、金属板間に異なる電圧Vを異なる機会毎に所定時間印加し、それぞれの印加機会ごとに当該所定時間の最後の3秒間の平均電流値Iを測定した。そしてアスコルビン酸の抵抗値RをV=IRの式に基づいて求め、この抵抗値Rと治具における金属板の面積および2枚の金属板間の距離から計算できる電気抵抗率(Ω・cm)の逆数を電子伝導率(S/cm)とした。なお、粉体材料や導電助剤の電子伝導率については、2枚の対面する金属板間に配置された粉体を加圧することができる治具を用い、粉体材料や導電助剤をその治具を用いて加圧して圧縮した状態で測定した。
【0025】
以下の表1に、各サンプルに対する脱脂工程の条件と電子伝導率を示した。
【0026】
【0027】
表1において、サンプル1~6は、それぞれ、電極層シートに対する脱脂工程の熱処理温度が異なっており、表中のサンプル1~6については、その脱脂工程における熱処理の温度と残渣の割合を示した。なお、各サンプルにおける残渣の割合については、事前に、各サンプルの脱脂工程と同じ温度で一定時間保持した状態でTG特性を測定することで求めた。
【0028】
サンプル7は、バインダー成分を含まず、酸化チタンとLAGPと導電助剤からなる粉体材料であり、熱処理を一切行っていないサンプルである。サンプル8は単体の導電助剤である。そして、サンプル7における酸化チタン、LAGP、および導電助剤の割合は、それぞれ48.5wt%、48.5wt%、および3wt%であり、サンプル1~6よりも導電助剤の割合が大きい。なお、表1の「状態」の欄に、脱脂工程前の当初の質量に対する残渣の質量の割合、サンプル7や8の内容を付記した。
【0029】
表1に示したように、サンプル1と2は、脱脂工程における温度が低く、バインダー成分の全てが未分解の状態で残存した。そして電子伝導率は10-10(S/cm)のオーダーであり、極めて低い。また、サンプル6は、従来例に相当し、残渣を残さず完全に脱脂したサンプルである。そしてサンプル6の電子伝導率は8.15×10-5(S/cm)であり、バインダー成分を含まず、導電助剤を増量したサンプル7の8.14×10-5(S/cm)の電子伝導率とほぼ同等であった。このサンプル6と7から、電極層シートは、焼成することによって電子伝導率が向上することが確認できた。なお、導電助剤のみのサンプル8の電子伝導率は6.87×10-2(S/cm)であり、サンプル6や7に対して1000倍程度電子伝導率が高い。
【0030】
一方、脱脂工程において敢えて残渣を残し、その残渣を、酸素が含まれていない窒素雰囲気で熱処理して炭素化させたサンプル3、4、および5では、従来例であるサンプル6に対し、それぞれ電子伝導率が5.4%、5.0% 、および3.9%向上した。サンプル3、4、および5では、残渣の量がそれぞれ、当初の電極層シートの全質量に対して0.1%、0.05%、および0.03%であることから、微量であれば、残渣の量が多いほど電子伝導率が向上することが分かった。
【0031】
しかしその一方で、揮発成分以外のバインダー成分が未分解の状態で残存するサンプル2と残渣の質量が当初の電極層シート質量の0.1%となるサンプル3とでは、脱脂工程に際しての熱処理温度の差が10℃しかなかったことを考慮すると、バインダー成分が未分解となる熱処理温度と効果的に電子伝導率が向上する熱処理温度との閾値を見極めるためには、極めて厳格な温度管理を行ったり、事前にTG特性を精密に測定しておいたりすることが必要となる。言い換えれば、電極層シートの大凡のTG特性を事前に測定すれば、残渣の量が当初の質量に対して0.1%となる熱処理温度が容易に特定でき、その温度で脱脂工程を行えば、確実に電子伝導率を向上させることができる。したがって、残渣の上限を電極層シートの脱脂工程前の当初の質量に対して0.1%に設定することは妥当であると言える。
【0032】
<炭素化した残渣>
次に、焼成後の電極層シートにおいて、炭素化した残渣がどのような状態で存在しているのかを調べてみた。
図2に焼成後の電極層シート1の切断面を電子顕微鏡で撮影したときの写真を示した。ここではサンプル3の電子顕微鏡写真を示した。図中点線の枠で示したように、炭素化した紐状の残渣2を確認することができた。
【0033】
===全固体電池の製造方法===
全固体電池の主要な構成である積層電極体は、一体的な焼結体で、固体電解質層を正極と負極の電極層で狭持させた構造を有する。全固体電池は、その積層電極体の最上層と最下層に金属箔などからなる薄膜状の集電体を形成したものである。本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法では、上述したように、電極層中に炭素化した残渣を含ませる手順が含まれる。
図3に本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法の概略を示した。ここでは、固体電解質にLAGPを用い、正極活物質にLVPを用い、負極活物質に酸化チタンを用いて全固体電池を作製する例を示した。
【0034】
積層電極体を構成する正極層、負極層、および固体電解質層のそれぞれに対応するグリーンシートには非晶質のLAGPが含まれることから、まず、その非晶質のLAGPからなる粉体材料(以下、LAGP粉体とも言う)を作製する(s1)。非晶質のLAGPは、例えば、上記特許文献1や非特許文献3に記載されている方法などによって作製することができる。そして、作製したLAGP粉体を用いて正極層シート、負極層シート、および電解質層シートを作製する。
【0035】
正極層シートについては、粉体状のLVP、LAGP粉体、およびバインダー成分を含むスラリー状の正極層材料を作製する(s2a)。そして、そのスラリー状の正極層材料をシート状に成形して正極層シートを作製する(s3a)。負極層シートについては、粉体状の酸化チタン、LAGP粉体、およびバインダー成分を含むスラリー状の負極層材料を作製し(s2b)、その負極層材料をシート状に成形して負極層シートを作製する(s3b)。正極層および負極層のグリーンシート中の電極活物質、固体電解質、導電助剤、バインダー、および可塑剤は、それぞれ36.9wt%、36.9wt%、2.3wt%、16.3wt%、および7.6wt%の割合とした。なお、正極活物質として正極層シートに含ませるLVPは、セラミック材料を扱うメーカーがサンプルあるいは製品として提供しているものを使用することができる。もちろん、上記非特許文献1に記載の方法で作製することもできる。負極活物質として用いる酸化チタンについては製品として提供されている。
【0036】
電解質層シートについては、LAGP粉体とバインダー成分とを含むスラリー状の電解質層材料を作製し(s2c)、その電解質層材料をシート状に成形して電解質層シートを作製する(s3c)。電解質層中のバインダー、および可塑剤は、16.3wt%、および7.6wt%の割合とした。
【0037】
上記の手順で各層のグリーンシートを作製したならば、正極層シート、電解質層シート、および負極層シートをこの順で積層して得た積層体を圧着する(s4)。次いで、あるいは必要に応じ、その圧着後の積層体を適宜な大きさに裁断し(s5)、所定の平面形状と平面サイズとを有する積層体を得る。
【0038】
そして、所定の平面形状と平面サイズの積層体に対して脱脂工程を行う(s6)。このとき、積層体を構成する各層のグリーンシート中のバインダー成分の質量が、脱脂工程前のグリーンシートの質量(100%)に対して0.1%以下となるように、大気雰囲気下で所定の温度(400℃以上、500℃未満)と時間で熱処理する。なお、上述したように、脱脂工程後の残渣の割合を当初の質量の0.1%以下にするのであれば、事前に電極層材料のTG特性を測定しておけば、残渣の量を容易に制御することができる。
【0039】
そして、脱脂工程を経た積層体を所定の温度(600℃)で焼成し(s7)、積層体を構成するグリーンシート中のLAGPを結晶化させる。それによって、焼結体である積層電極体が得られ、この積層電極体の最上層と最下層に金属箔からなる集電体をスパッタリングなどによって形成すれば全固体電池が完成する(s8)。
【0040】
===その他の実施例===
本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法の一つの特徴的構成は、グリーンシート法を用いて積層電極体を作製する際、電極層に炭素化した残渣をグリーンシートの当初の質量に対して所定の割合だけ含ませることにある。したがって、電極活物質や固体電解質はもちろん、バインダー成分の組成も上記実施例に限らない。
【0041】
また、本発明の実施例に係る全固体電池は、電極層に炭素化した残渣が含まれた積層電極体を有している。なお、完成後の全固体電池では、当然のことながら炭素化した残渣を含まない全固体電池よりも電極層の電子伝導率が高い。そして、積層電極体を積層方向が含まれる面で切断し、電極層の断面を電子顕微鏡で観察すれば、残渣を確認することができる。また、EDS(エネルギー分散型X線分光器)などを用いることで、その残渣の成分を定量分析することができる。
【0042】
なお、上記実施例の製造方法では、正極層シート、および負極層シート中のバインダー成分が23.9wt%であるので、脱脂工程を経て焼成した後の積層電極体の質量は、脱脂工程前の質量の76.1%より大きく76.2%以下となる。したがって、焼成後の積層電極体における正極層、および負極層の質量を100%とすると、その各層における残渣の質量は、0wt%よりも多く、2.62wt%以下となる。
【符号の説明】
【0043】
1 電極層、2 炭素化した残渣、s1 非晶質のLAGPを作製する工程、
s2a 正極層材料作製工程、s2b 負極層材料作製工程、
s2c 電解質層材料作製工程、s3a 正極層シート作製工程、
s3b 負極層シート作製工程、s3c 電解質層シート作製工程、
s4 積層・圧着工程、s5 裁断工程、s6 脱脂工程、s7 焼成工程、
s8 集電体形成工程