(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-06
(45)【発行日】2022-07-14
(54)【発明の名称】サーチュイン1遺伝子活性化剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/195 20060101AFI20220707BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220707BHJP
【FI】
A61K31/195
A61P43/00 107
(21)【出願番号】P 2018116640
(22)【出願日】2018-06-20
【審査請求日】2021-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000231497
【氏名又は名称】日本精化株式会社
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 香凜
(72)【発明者】
【氏名】仁木 洋子
(72)【発明者】
【氏名】大橋 幸浩
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-003358(JP,A)
【文献】特開2010-159252(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/195
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラネキサム酸を有効成分として含有するサーチュイン1遺伝子の転写活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
トラネキサム酸を有効成分として含有するサーチュイン1遺伝子の転写活性化剤、並びに、該活性化剤を含有する皮膚又は生体内の抗老化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療技術の発達によって人々の寿命そのものは顕著に延長しているが、その一方で、加齢に伴う心身の機能低下により日常生活に支障が生じることがある。加齢とともに生じる機能低下、例えば、視力、聴力、記憶力、運動能力、免疫機能、臓器機能などの低下(いわゆる老化現象)を抑制することは、生活の質向上の観点から非常に望まれている。
【0003】
このような観点から、最近、長寿遺伝子または抗老化遺伝子とも呼ばれるサーチュイン遺伝子が注目されている。サーチュイン遺伝子は、最初に酵母においてSir2遺伝子が同定され、酵母や線虫などの下等生物を使った実験によりSir2を欠損させると寿命が短縮し、過剰発現させると寿命が延長することが報告された。サーチュイン遺伝子は哺乳類においても保存されており、すでにサーチュイン1からサーチュイン7の7種類が同定されている。その中でも酵母Sir2と構造や機能が類似しているサーチュイン1が注目され、様々な研究がなされている。サーチュイン1は脱アセチル化酵素としてヒストンやp53、FoxO、NF-κB等の転写因子に作用し、様々な遺伝子の発現を制御すると考えられており、すでに細胞内代謝、エネルギー消費、炎症、ストレス応答経路等に関与することが報告されている。このように、サーチュイン1遺伝子の活性化は加齢による様々な生理学的な機能低下を抑制すると考えられている。また、サーチュイン1遺伝子の活性化は、動脈硬化、糖尿病、心疾患、癌、神経変性疾患、乾癬等の治療に有用であると考えられている。
【0004】
サーチュイン1遺伝子を活性化する化合物としては、一般にブドウの果皮などにも含まれるレスベラトロールがよく知れらており、また、その他にもボタンボウフウの抽出物(特許文献1)、5-アルキルレゾルシノール(特許文献2)、プロアントシアニジン(特許文献3)、コンドロイチン硫酸オリゴ糖(特許文献4)などが知られている。しかしながら、より安全性、安定性が高く、工業的かつ安価に入手可能な成分が望まれていた。
【0005】
トラネキサム酸は、抗プラスミン作用による抗出血、抗アレルギー、抗炎症等の効能を有し、出血、湿疹、口内炎、肝斑等の治療薬として広く利用されている。また、トラネキサム酸は、皮膚のメラニン生成を抑える効能を有することから、色素沈着症の予防・治療薬としても利用されている。しかしながら、サーチュイン1遺伝子を活性化する作用については、全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第5666053号公報
【文献】特許第5926616号公報
【文献】特許第5813576号公報
【文献】特許第6147322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとしている課題は、安全性、安定性が高く、工業的かつ安価に入手可能な成分を有効成分とする、サーチュイン1遺伝子の転写活性化剤、並びに、該活性化剤を含有する抗老化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、トラネキサム酸に優れたサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0009】
トラネキサム酸は安全性、安定性が高く、工業的かつ安価に入手可能な成分であり、さらに優れたサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を有することから、サーチュイン1遺伝子の転写活性化剤、並びに、皮膚又は生体内の抗老化剤の有効成分として非常に有用である。また、サーチュイン1活性化により奏される種々の用途、例えば、動脈硬化、糖尿病、心疾患、癌、神経変性疾患、乾癬等の治療薬としても利用できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明はトラネキサム酸を有効成分として含有するサーチュイン1遺伝子の転写活性化剤、並びに、該活性化剤を含有する皮膚又は生体内の抗老化剤に関する。
【0011】
本発明の有効成分であるトラネキサム酸について説明すると、トラネキサム酸は、別名トランス-4-アミノメチルシクロヘキサン-1-カルボン酸と呼ばれ、分子内にアミノ基とカルボキシル基を併せ持つ化合物である。本発明に使用されるトラネキサム酸は、そのままの形態で配合されてもよく、または、塩の形態で配合されてもよい。このようなトラネキサム酸は、出血、湿疹、口内炎、肝斑等の治療薬として広く利用されており、安全性、安定性が高い成分であるとともに、工業的に製造され、比較的安価に市販品を入手することができる。例えば、市販品としてトラネキサム酸(日本精化株式会社製)が挙げられる。
【0012】
トラネキサム酸は、後述の実施例に示すように、サーチュイン1遺伝子の転写を活性化する作用を有する。したがって、トラネキサム酸はサーチュイン1遺伝子の転写活性化剤の有効成分として利用できる。さらにサーチュイン1遺伝子の転写を活性化することは、すなわち、サーチュイン1の発現を亢進し、サーチュイン1により奏される様々な生理作用を増強することを意味し、このようなサーチュイン1の亢進は老化の抑制に有効であることが一般的に知られている。したがって、本発明のサーチュイン1遺伝子の転写活性化剤は、抗老化剤として好ましく利用することができる。
【0013】
本発明の抗老化剤は、加齢とともに生じる視力、聴力、記憶力、運動能力、免疫機能、臓器機能などの生理機能の低下や、加齢とともに生じうる疾患を抑制するために使用される。本発明の抗老化剤の使用方法は特に制限はなく、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤、懸濁剤等の経口剤;外皮用剤、貼付剤、点眼剤、点鼻剤、口腔剤、坐剤等の外用剤;点滴剤、注射剤等の非経口剤として使用することできる。本発明の抗老化剤には、必要に応じて各種添加剤を併用することができる。使用できる添加剤としては、所望の剤型を得るために通常用いられるものであれば特に制限はなく、賦形剤、着色剤、増粘剤、結合剤、崩壊剤、分散剤、安定化剤、ゲル化剤、酸化防止剤、界面活性剤、保存剤、保湿剤、pH調整剤等の公知のものを適宜選択して使用すればよい。
【0014】
本発明の抗老化剤の投与量としては、本発明の効果が得られる量であればよく、特に制限はないが、製剤の剤型、適用部位、年齢、性別などに応じて適宜調整するとよい。具体的には、成人1人1日当たり0.01~5gとすることができる。この投与量は1回で投与されてもよいが、通常、数回に分けて投与するとよい。
【実施例】
【0015】
以下の実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらに何ら限定されるものではない。
【0016】
<サーチュイン1遺伝子の転写活性化1>
トラネキサム酸を250μM又は500μMの濃度で添加した培地にて、中胚葉由来であるヒト皮膚線維芽細胞を24時間培養した後、細胞中のサーチュイン1のmRNA発現量(GAPDHにより標準化)をリアルタイムPCR法により測定した。コントロールとしてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞におけるサーチュイン1のmRNA発現量を同様に測定した。結果はコントロールの発現量を1とした相対値として
図1に示した。
【0017】
<サーチュイン1遺伝子の転写活性化2>
トラネキサム酸を250μM又は500μMの濃度で添加した培地にて、外胚葉由来であるヒト表皮角化細胞を24時間培養した後、細胞中のサーチュイン1のmRNA発現量(GAPDHにより標準化)をリアルタイムPCR法により測定した。コントロールとしてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞におけるサーチュイン1のmRNA発現量を同様に測定した。結果はコントロールの発現量を1とした相対値として
図2に示した。
【0018】
<サーチュイン1遺伝子の転写活性化3>
トラネキサム酸を250μM又は500μMの濃度で添加した培地にて、HeLa細胞を24時間培養した後、細胞中のサーチュイン1のmRNA発現量(GAPDHにより標準化)をリアルタイムPCR法により測定した。コントロールとしてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞におけるサーチュイン1のmRNA発現量を同様に測定した。結果はコントロールの発現量を1とした相対値として
図3に示した。
【0019】
図1~3の結果より、トラネキサム酸は優れたサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を有することが分かった。
【0020】
<SA-βガラクトシダーゼ活性の抑制>
UVA暴露なし又はUVA連続曝露(3J/cm
2、4日間)により光老化を誘導したヒト皮膚線維芽細胞を、250μM又は500μMのトラネキサム酸を添加した培地で24時間培養した後、SA-βガラクトシダーゼ染色を行い、SA-βガラクトシダーゼを視覚化した。比較としてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞のSA-βガラクトシダーゼを視覚化した。得られた画像は
図4に示した。
【0021】
SA-βガラクトシダーゼは老化細胞で過剰発現が認められる老化因子であり、老化マーカーとして利用されている。
図4の結果より、トラネキサム酸はUVA暴露による光老化によって過剰発現してしまうSA-βガラクトシダーゼを有意に抑制しており、優れた抗老化作用を有することが分かった。
【0022】
<細胞内活性酸素(ROS)の抑制>
UVA暴露なし又はUVA連続曝露(3J/cm
2、4日間)により光老化を誘導したヒト皮膚線維芽細胞を、250μM又は500μMのトラネキサム酸を添加した培地で24時間培養した後、細胞内ROS検出試薬である2´,7´-Dichlorodihydrofluorescein diacetate (H
2DCFDA)を用いて細胞内ROSレベル(タンパク量により標準化)を測定した。比較としてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した際の細胞内ROSレベルを同様に測定した。結果はUVA暴露なし/トラネキサム酸添加なしの場合の細胞内ROSレベルを100とした相対値として
図5に示した。
【0023】
図5の結果より、トラネキサム酸はUVA暴露による光老化によって増加してしまう細胞内ROSレベルを有意に低下させることが分かった。
【0024】
<I型コラーゲン産生の回復>
UVA暴露なし又はUVA連続曝露(3J/cm
2、4日間)により光老化を誘導したヒト皮膚線維芽細胞を、500μMのトラネキサム酸を添加した培地で24時間培養した後、培養上清中のI型コラーゲン量(タンパク量で標準化)をELISA法により測定した。比較としてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した際のI型コラーゲン量を同様に測定した。結果は
図6に示した。
【0025】
<MMP1遺伝子の発現抑制>
UVA暴露なし又はUVA連続曝露(3J/cm
2、4日間)により光老化を誘導したヒト皮膚線維芽細胞を、500μMのトラネキサム酸を添加した培地で24時間培養した後、細胞内のMMP1mRNA発現量(GAPDHにより標準化)をリアルタイムPCR法により測定した。比較としてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞のMMP1のmRNA発現量を同様に測定した。結果はUVA暴露なし/トラネキサム酸添加なしの場合の発現量を1とした相対値として
図7に示した。
【0026】
<ヒトa1鎖I型コラーゲン(COL1A1)遺伝子の発現回復>
UVA暴露なし又はUVA連続曝露(3J/cm
2、4日間)により光老化を誘導したヒト皮膚線維芽細胞を、トラネキサム酸を500μMの濃度で添加した培地で24時間培養した後、細胞内のCOL1A1mRNA発現量(GAPDHにより標準化)をリアルタイムPCR法により測定した。比較としてトラネキサム酸が無添加の培地で培養した細胞のCOL1A1のmRNA発現量を同様に測定した。結果はUVA暴露なし/トラネキサム酸添加なしの場合の発現量を1とした相対値として
図8に示した。
【0027】
図6の結果より、トラネキサム酸はUVA暴露による光老化によって低下してしまうコラーゲン産生を有意に回復することが分かった。
図7、8の結果より、この作用は、光老化にともない亢進するコラーゲン分解酵素であるMMP-1遺伝子の発現抑制、及び、光老化にともない低下するCOL1A1遺伝子の発現回復によるものと考えられた。
【0028】
以上の結果より、トラネキサム酸はサーチュイン1遺伝子の転写活性化により、老化にともなう細胞内ROSレベルの増加を抑制して、細胞内を酸化ストレスから開放することにより、種々の老化現象を抑制すると考えられる。皮膚においては、MMP-1抑制及びCOL1A1遺伝子発現によるコラーゲン産生の回復、並びにそれに伴う真皮組織の再構築がトラネキサム酸の抗老化メカニズムの一つと考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】ヒト皮膚線維芽細胞でのサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を示す図。
【
図2】ヒト表皮角化細胞でのサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を示す図。
【
図3】HeLa細胞でのサーチュイン1遺伝子の転写活性化作用を示す図。
【
図4】SA-βガラクトシダーゼ活性の抑制作用を示す画像。
【
図5】細胞内活性酸素(ROS)の抑制作用を示す図。
【
図8】COL1A1遺伝子の発現回復作用を示す図。