IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本毛織株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図1
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図2
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図3
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図4
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図5
  • 特許-ゼラチン中空糸及びその製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-06
(45)【発行日】2022-07-14
(54)【発明の名称】ゼラチン中空糸及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 4/00 20060101AFI20220707BHJP
【FI】
D01F4/00 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019113009
(22)【出願日】2019-06-18
(65)【公開番号】P2020204120
(43)【公開日】2020-12-24
【審査請求日】2021-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】390018153
【氏名又は名称】日本毛織株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】宮本 弘毅
(72)【発明者】
【氏名】伊勢 智一
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-167397(JP,A)
【文献】特開2012-237083(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0130729(US,A1)
【文献】特開2020-204119(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 4/00
D01D 1/00 - 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチンを主成分とする中空糸であり、
前記ゼラチン中空糸は、水溶性高分子を含まないか又は水溶性高分子が0質量%を超え10質量%以下含まれ、化学架橋成分は含まず、
前記中空糸は5℃の冷水に60分浸漬しても形状を維持し、溶解しないことを特徴とするゼラチン中空糸。
【請求項2】
前記水溶性高分子はポリエチレングリコールである請求項1に記載のゼラチン中空糸。
【請求項3】
前記ポリエチレングリコールの分子量は500以上5000未満である請求項2に記載のゼラチン中空糸。
【請求項4】
湿潤状態におかれたときに色調が変わり、湿潤状態になったことが外観で判別することができる請求項1~3のゼラチン中空糸。
【請求項5】
前記中空糸は、さらに熱架橋されており、37℃の温水で20時間浸漬しても形状を維持し、溶解しない請求項1~3のいずれかに記載のゼラチン中空糸。
【請求項6】
前記ゼラチン中空糸の内径/外径で算出される中空率は1%~95%である請求項1~5のいずれかに記載のゼラチン中空糸。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載のゼラチン中空糸の製造方法であって、
ゼラチンが50質量%を超え70質量%以下、水溶性高分子を含まないか又は水溶性高分子が0質量%を超え10質量%以下含まれ、化学架橋成分は含まず、水が30質量%以上50質量%未満の割合とし、
混合してゼラチン含有水溶液の気液混合物とし、前記気液混合物を減圧脱泡して紡糸液とし、
前記紡糸液を押し出し、垂直方向に配置される加熱紡糸筒を通過させて乾式紡糸し、
前記加熱紡糸筒を出た下部でカットすることを特徴とするゼラチン中空糸の製造方法。
【請求項8】
前記加熱紡糸筒は、温度120~180℃、かつ押し出し物の滞留時間が5秒以上である請求項7に記載のゼラチン中空糸の製造方法。
【請求項9】
前記中空糸は、さらに温度100~150℃、加熱時間24時間~96時間、真空度10kPa以下で熱架橋する請求項7又は8に記載のゼラチン中空糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主として医療用途に有用なゼラチン中空糸及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゼラチンは生体適合性のある高分子であり、細胞培養基材や手術時の臓器の一時的代替のための構造物の材料として用いられている。従来の化学架橋されていないゼラチン繊維は水に溶けやすく、医療用途に適用するには困難性があった。特許文献1には、ゼラチンとポリエチレングリコール等の水溶性直鎖状高分子を含む水溶液を、空気中に押し出して紡糸することが提案されている。特許文献2には、ゼラチン溶液を凝固浴に吐出させてゲル状繊維とし、取り出して延伸し、残存する溶液を除去することが提案されている。特許文献3には、ゼラチン水溶液をゾル状態となるように加温し、空気中で紡糸した後、架橋剤溶液に浸漬して架橋させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-167397号公報
【文献】特開2005-120527号公報
【文献】特開2005-163204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前記のような従来技術で得られたゼラチン繊維は、水に溶けやすく、医療用途に適用するには困難性があった。またゼラチン繊維にアルデヒド類を用いた化学架橋を施し、破断伸度の大きいゼラチン繊維が提案されているが、架橋成分に問題があり、細胞培養や臓器代替繊維構造物には用いることができなかった。
【0005】
本発明は、前記従来の問題を解決するため、適度な耐水性を有する医療用途に好適なゼラチン中空糸及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のゼラチン中空糸は、ゼラチンを主成分とする中空糸であり、前記ゼラチン中空糸は、水溶性高分子を含まないか又は水溶性高分子が0質量%を超え10質量%以下含まれ、化学架橋成分は含まず、前記中空糸は5℃の冷水に60分浸漬しても形状を維持し、溶解しないことを特徴とする。
【0007】
本発明のゼラチン中空糸の製造方法は、前記のゼラチン中空糸の製造方法であって、ゼラチンが50質量%を超え70質量%以下、水溶性高分子を含まないか又は水溶性高分子が0質量%を超え10質量%以下含まれ、化学架橋成分は含まず、水が30質量%以上50質量%未満の割合とし、混合してゼラチン含有水溶液の気液混合物とし、前記気液混合物を減圧脱泡して紡糸液とし、前記紡糸液を押し出し、垂直方向に配置される加熱紡糸筒を通過させて乾式紡糸し、前記加熱紡糸筒を出た下部でカットすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明のゼラチン中空糸は、ゼラチンを主成分とする中空糸であり、水溶性高分子を含まないか又は水溶性高分子が0質量%を超え10質量%以下含まれ、化学架橋成分は含まず、5℃の冷水に60分浸漬しても形状を維持し、溶解しないという適度な耐水性を有する。また、水溶性高分子を含む場合は、強度及び伸度もあり、織物、編み物、組み紐などに加工することができる。このゼラチン中空糸は、細胞培養基材や臓器代替繊維構造物などの医療用途等に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は本発明の一実施形態のゼラチン中空糸の断面図である。
図2図2は同、実施例1で得られたゼラチン中空糸の走査型電子顕微鏡(Flex SEM 1000型,日立,倍率50倍)の断面写真である。
図3図3は同、実施例1で得られたゼラチン中空糸の走査型電子顕微鏡(Flex SEM 1000型,日立,倍率50倍)の側面写真である。
図4図4は本発明の一実施例で使用する紡糸機の模式的説明図である。
図5図5は本発明の実施例のゼラチン中空糸の強伸度グラフである。
図6図6Aは本発明の一実施形態のゼラチン中空糸の乾燥状態を示す写真(倍率13倍)、図6Bは同、湿潤状態を示す写真(倍率13倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、ゼラチンを主成分とする中空糸である。主成分とは90質量%以上をいう。化学架橋成分は含まない。有害物質を加えないためである。本発明の中空糸は、糸断面が丸で中空ある。本発明の製造方法とも関係するが、本発明では加熱紡糸筒を使用し、この加熱紡糸筒を出た位置では、ゼラチン中空糸は中空状体であり、巻き取ると中空がつぶれて断面が扁平になる。したがって、加熱紡糸筒を出た位置でカットすることにより得られる。これによりストレート状の中空糸となる。また、加熱紡糸筒で加熱処理を受け、耐水性が向上する。
【0011】
前記ゼラチン中空糸は水溶性高分子を含んでもよい。水溶性高分子を含ませると伸度が高くなり、織物、編み物、組み紐などに加工しやすくなる。前記水溶性高分子はポリエチレングリコールが好ましい。前記ポリエチレングリコールの分子量は500以上5000未満が好ましい。ポリエチレングリコールの添加量は中空糸に対して0.01~10質量%が好ましく、さらに好ましくは0.1~8質量%である。
【0012】
前記中空糸は、乾燥状態では外観は白く不透明であるが、水で濡れて湿潤状態になると瞬時に透明になる。これはゼラチンとポリエチレングリコールの間の空隙が水分で満たされることにより生じていると思われ、細胞培養基材や手術時の臓器の一部代替のための構造物として用いられる際に糸の湿潤状態が外観で判別できることから、非常に有用な特性である。図6A-Bに乾燥状態と湿潤状態の外観写真を示す。
【0013】
前記中空糸の最大強度は10MPa以上、破断伸度は20%以上であるのが好ましい。最大強度と伸度が前記の範囲であれば、織物、編み物、組み紐などに加工しやすくなる。
【0014】
前記中空糸は熱架橋することが耐水性を上げるために好ましい。熱架橋は化学架橋に比べて架橋剤を使用しない点で安全である。熱架橋の温度は100~150℃、加熱時間は24時間~96時間、真空度10kPa以下が好ましい。これにより、熱架橋時の酸化劣化を防止できる。大気中で熱処理すると、酸化劣化が進んで物性が低下する問題がある。前記条件で熱架橋させると、さらに耐水性が向上し、水に溶けにくくなる。熱架橋は、中空糸で行ってもよいし、織物、編み物、組み物等に加工した後に行ってもよい。織物、編み物、組み物等に加工する場合は、加工後に熱架橋するのが好ましい。熱架橋により、中空糸は37℃の温水で20時間浸漬しても確実に形状を維持し、溶解しない状態となる。
【0015】
本発明のゼラチン中空糸の製造方法は、次の工程を含む。
(1)ゼラチン濃度が50質量%を超え70質量%以下となるように、水を加えてゼラチン水溶液の気液混合物とする工程。このときにポリエチレングリコールなどの水溶性高分子を添加してもよい。
(2)前記ゼラチン水溶液の気液混合物を減圧脱泡して紡糸液とする工程。
(3)前記紡糸液を押し出し、加熱紡糸筒を通過させて乾式紡糸する工程。この工程で中空糸が得られる。
(4)中空糸を熱架橋させる工程(好ましい工程)。
【0016】
前記工程(1)において、ゼラチンを加熱水に溶解するのが好ましい。溶解温度は40~90℃が好ましい。溶解した後、フィルトレーションして異物やごみなどを除去してもよい。
前記工程(2)において、減圧脱泡時の真空度は5~30kPaであるのが好ましい。これにより効率よく気体(気泡)を除去できる。この工程においても40~90℃に保持するのが好ましい。
【0017】
前記工程(3)において、紡糸液も40~90℃に保持して押し出すのが好ましい。前記加熱紡糸筒は、温度120~180℃に保持し、かつ押し出し物の滞留時間は5秒以上とするのが好ましい。これにより、押し出し物から急激に水分が除去され、糸条を形成するとともに5℃の冷水に60分浸漬しても形状を維持し、溶解しない耐水性が得られる。
【0018】
前記加熱紡糸筒は垂直方向に向いている。そして、加熱紡糸筒を出た位置では、ゼラチン中空糸は中空状体であり、ここでカットする。カットしないで巻き取ると中空がつぶれて断面が扁平になる。加熱紡糸筒を出た位置で中空になる理由は、加熱紡糸筒内で急激に水分が除去されるためと思われる。
【0019】
次に図面を用いて説明する。図1は本発明の一実施形態のゼラチンフィラメント中空糸の断面図である。このゼラチン中空糸1は円筒形ゼラチン層2と、内部に中空部分3がある。中空糸の表面にはスキン層があり、内部にはコア層が形成されると思われる。スキン層は加熱紡糸筒において急激に水分が除去されて形成し、内部コア層はゆっくり水分が除去されて形成したものと思われる。
実施例1(ゼラチン100質量%)と実施例2(ゼラチンにポリエチレングリコールを混合)を比較すると、最大強度までの挙動は共通するが、実施例1(ゼラチン100質量%)は最大強度の点で破断してしまう。ところが、ゼラチンにポリエチレングリコールを混合した組成は最大強度の50%以上の強度を保って破断伸度まで進む。おそらく配向分子の滑りが生じているものと推定される。本発明のゼラチン中空糸は、このように特異な強伸度特性を示す。
【0020】
図2は同、ゼラチン中空糸の走査型電子顕微鏡((Flex SEM 1000型,日立,50倍)の断面写真、図3は同、側面写真である。
【0021】
図4は本発明の一実施例で使用するフィラメント製造装置10の模式的説明図である。シリンジ11に入れたゼラチン水溶液の紡糸液12をノズル13から空気中に押し出す。ノズル13は通常の丸断面でよい。ノズル13の下には加熱紡糸筒14が直結している。加熱紡糸筒14は14a-14dの4区画からなり、それぞれの区画で温度制御が可能となっている。自重落下するゼラチン中空糸15はカットして所定長さの中空糸とする。中空糸15は必要に応じ熱架橋処理する。
【実施例
【0022】
以下、実施例を用いてさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0023】
測定方法は下記のとおりである。
<繊維断面>
走査型電子顕微鏡((Flex SEM 1000型,日立,倍率50倍)の写真で観察した。
<その他>
JIS又は業界の規定する測定方法に従って測定した。
【0024】
(実施例1)
ゼラチンとして新田ゼラチン社製、(ゼリー強度262g 原料:アルカリ処理牛骨)を使用し、ゼラチン60.0gに水40gを加えて100gとし、80℃に加温して溶解し、10kPaの減圧下で脱泡して紡糸原液を得た。
この紡糸原液を樹脂シリンジに充填し、内径0.61mmの樹脂製ノズルを装着して保温ホルダーに入れて温度を57℃に調整し、末端より0.1MPaの加圧空気を送ってノズルから原液を押し出した。
ノズルから押し出した原液を垂直に設置した内径200mmのステンレス管にヒーターを巻き付けた長さ2mの加熱紡糸筒に上から通して125℃の温度で加熱して乾燥し、下端の筒出口でカットして中空糸を得た。加熱紡糸筒内の滞留時間は5分であった。
得られた中空糸を20℃、65%RH環境下で24時間静置した後、島津製作所製オートグラフASX-Gにて、つかみ間隔50mm、引張速度5mm/分でJIS-L1015法に準拠して引張強さと破断伸度を測定した。繊維形状は光学顕微鏡にて観察した。
得られた中空糸を5℃の水中に60分間浸漬したところ、溶解することなく形状を維持していた。
得られた中空糸のサンプル10個の平均値の強伸度特性は、最大強度53.4MPa、破断伸度3.9%であった。また、繊維の断面形状は図1-2に示すように中空であり、外径0.59mm、内径0.37mm、中空率62.7%であった。この中空糸の前記強伸度平均値に近い強伸度グラフを図5に示す。
続いてこの中空糸に、140℃、48時間、真空度1kPa以下の条件で熱架橋を施した。熱架橋前は37℃の温水で20時間浸漬すると溶解したが、熱架橋させると、37℃の温水で20時間浸漬しても形状を維持し、溶解しなかった。このことから、耐水性が向上し、水に溶けにくくなることが確認できた。
【0025】
(実施例2)
ゼラチンを58.2g、ポリエチレングリコール(分子量1000)を1.8g(PEG3質量%)とした以外は実施例1と同様に液調整・紡糸し、中空糸を得た。得られた中空糸を5℃の水中に60分間浸漬したところ、溶解することなく形状を維持していた。得られた中空糸のサンプル10個の平均値の強伸度特性は、最大強度21.5MPa、破断伸度124.8%であった。また、繊維の断面形状は図1-2に示すように中空であり、外径0.74mm、内径0.56mm、中空率75.7%であった。この中空糸の前記強伸度平均値に近い強伸度グラフを図5に示す。
続いてこの中空糸に、140℃、48時間、真空度1kPa以下の条件で熱架橋を施した。熱架橋前は37℃の温水で20時間浸漬すると溶解したが、熱架橋させると、37℃の温水で20時間浸漬しても形状を維持し、溶解しなかった。このことから、耐水性が向上し、水に溶けにくくなることが確認できた。
以上の結果を表1にまとめて示す。表1のデータは紡糸後1日後のデータであり(熱架橋無し)、測定数10の平均値である。
【0026】
【表1】
【0027】
以上のとおり、実施例1及び2の中空糸は熱架橋により水に溶けにくくなることが確認できた。また、ポリエチレングリコールを含む場合は、強度及び伸度もあり、織物、編み物、組み紐などに加工することができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のゼラチン中空糸は人工血管、生体用管などに有用である。また、織物、編み物、組み紐などに加工することができる。この織物、編み物、組み紐などは人工血管、腸管などのステントに有用である。また、織物、編物、組紐等の繊維構造物に加工することで、創傷被覆材や手術時の保護・支持材等の医療用資材、細胞培養基材等の再生医療用基材などに有用である。
【符号の説明】
【0029】
1 ゼラチン中空糸
2 円筒形ゼラチン層
3 中空部分
10 フィラメント製造装置
11 シリンジ
12 紡糸液
13 ノズル
14 加熱紡糸筒
16 ガイドロール
17 巻き取り機
図1
図2
図3
図4
図5
図6