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特許71013621,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い酵母の作出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-07
(45)【発行日】2022-07-15
(54)【発明の名称】1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い酵母の作出方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20220708BHJP
   C12G 3/022 20190101ALI20220708BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20220708BHJP
【FI】
C12N1/16 G
C12N1/16 B ZNA
C12G3/022 119G
C12N15/10 200Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2016143331
(22)【出願日】2016-07-21
(65)【公開番号】P2018011553
(43)【公開日】2018-01-25
【審査請求日】2019-05-31
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本農芸化学会中四国支部第44回講演会 講演要旨集、第58頁、日本農芸化学会 中四国支部事務局 〔刊行物等〕 平成28年1月23日に日本農芸化学会中四国支部第44回講演会にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】301025634
【氏名又は名称】独立行政法人酒類総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】391029727
【氏名又は名称】日本盛株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯谷 敦子
(72)【発明者】
【氏名】神田 涼子
(72)【発明者】
【氏名】池田 優理子
(72)【発明者】
【氏名】宇原 諒
(72)【発明者】
【氏名】藤井 力
(72)【発明者】
【氏名】山脇 好裕
(72)【発明者】
【氏名】松丸 克己
(72)【発明者】
【氏名】若林 興
(72)【発明者】
【氏名】井上 豊久
(72)【発明者】
【氏名】中江 貴司
【合議体】
【審判長】長井 啓子
【審判官】福井 悟
【審判官】伊藤 良子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-144164(JP,A)
【文献】特開2013-169191(JP,A)
【文献】生物工学会誌(2015)Vol.93,No.3,pp.116-121
【文献】Journal of Bioscience and Bioengineering(2013)Vol.116,No.4,pp475-479
【文献】FEBS Journal(2008)Vol.275,pp.4111-4120
【文献】Biosci.Biotechnol.Biochem.(2004)Vol.68, No.1,pp.206-214
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00
C12G3/00
PubMed
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母親株より、メチオニン要求性を示す株を取得する工程、並びに
メチオニン要求性を示す株を変異処理した後、メチオニン含有培地及びメチオニンを含まず5’-メチルチオアデノシン(MTA)を含むMTA含有培地の両者にレプリカして培養し、MTA含有培地においてメチオニン含有培地よりも増殖能が低い株を選択する工程、
を含む、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い酵母の作出方法であって、メチオニン含有培地及びMTA含有培地は、メチオニン及びMTA以外の硫黄源が制限された培地であって、メチオニン及びMTA以外の硫黄分濃度が0.005 mM未満の培地である、方法。
【請求項2】
MTA含有培地での増殖能が低い株として選択された株及び親株を液体培養し、培養上清中の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの濃度を測定し、親株と比べて1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生産量が低い株を選択する工程をさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
取得された1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生産性が低い酵母株より、メチオニン要求性が失われた株を取得することをさらに含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
酵母親株として1倍体の酵母を使用し、取得された1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生産性が低い酵母株を2倍体化する工程をさらに含む、請求項2記載の方法。
【請求項5】
2倍体化した株より、メチオニン要求性が失われた株を選択する工程をさらに含む、請求項4記載の方法。
【請求項6】
MTA含有培地においてメチオニン含有培地よりも増殖能が低い株を選択する前記工程、又は親株と比べて1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生産量が低い株を選択する前記工程の後に、選択された株のMDE1遺伝子及びMRI1遺伝子の配列を決定し、変異部位を特定する工程を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
酵母が醸造酵母である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
酵母が清酒酵母である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
MDE1遺伝子がコードするタンパク質の第54番プロリンがロイシンになる変異、又はMRI1遺伝子がコードするタンパク質の第192番グリシンがアスパラギン酸になる変異を有する、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母。
【請求項10】
醸造酵母である、請求項9記載の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母。
【請求項11】
清酒酵母である、請求項10記載の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母。
【請求項12】
請求項7記載の方法により、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い醸造酵母を作出し、該醸造酵母を用いてアルコール発酵を行なうこと、又は請求項10記載の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母を用いてアルコール発酵を行なうことを含む、硫化物様のオフフレーバーが低減されたアルコール飲料の製造方法。
【請求項13】
請求項8記載の方法により、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い清酒酵母を作出し、該清酒酵母を用いてアルコール発酵を行なうこと、又は請求項11記載の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母を用いてアルコール発酵を行なうことを含む、老香の発生が抑制された清酒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジメチルトリスルフィドの前駆物質である1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い酵母の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジメチルトリスルフィド(DMTS)は清酒の貯蔵により生成する物質で、硫黄様、タマネギ様のにおいを呈する。清酒の劣化臭である老香の主要構成成分である(非特許文献1)。DMTSは、清酒以外の様々な飲料においても硫化物様のオフフレーバーの原因となりうる(非特許文献2、3)。近年清酒の人気は諸外国においても高まりを見せており、外国への輸出では輸送・貯蔵の期間が長期化することから、貯蔵中の清酒におけるDMTSの発生を抑制することはますます重要な課題となっている。
【0003】
これまでの研究により、DMTSの前駆物質の一つである1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン(DMTS-P1)の生成に酵母のMDE1遺伝子及びMRI1遺伝子が関与すること、これらの遺伝子を破壊することで清酒の貯蔵中に生成するDMTSを著しく抑制できることが明らかにされている(非特許文献4)。しかし、遺伝子組換え体を用いて清酒を製造するためには難しい課題が多く、実用化は難しいのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】日本醸造協会誌, 101, 125-131, 2006
【文献】J. Agric. Food Chem. 48, 6196-6199, 2000
【文献】J. Am. Soc. Brew. Chem. 56, 99-103, 1998
【文献】J. Biosci. Bioeng. 116, 475-479 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、食品生産にも実用化可能なDMTS-P1低生産性酵母を取得するための新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
MDE1遺伝子およびMRI1遺伝子に関係する表現型としては、MDE1破壊株がcaspofungin(Lesage, G. et al : Genetics, 167, 35-49 (2004))やselenomethionine(Brockhorn, J. et al : PNAS, 105, 17682-17687 (2008))に耐性を示すことなどの報告がある。しかしながら、本願発明者らが清酒酵母において検討したところ、これらの表現型は清酒酵母において再現されなかった。
【0007】
一方、メチオニン再生経路で働く酵素に関する研究で、メチオニン要求性を示す酵母においてMEU1、MRI1、MDE1、UTR4等の遺伝子を破壊すると、メチオニン添加培地では増殖できるが5'-メチルチオアデノシン(MTA)添加培地では増殖能が低下することが報告されている(Pirkov, I. et al., FEBS Journal, 275, 4111-4120 (2008))。本願発明者らは、この報告に着目して鋭意研究した結果、清酒酵母にメチオニン要求性を付与した上で変異誘発し、メチオニン添加培地よりもMTA添加培地での増殖が劣る株を選択することにより、MRI1遺伝子又はMDE1遺伝子に生じた変異によりDMTS-P1の生産能が大きく低下した株を選択した株の中から極めて高い確率で取得できること、取得されたDMTS-P1低生産性酵母株のメチオニン要求性を失わせることで醸造特性が回復し、DMTS生成ポテンシャル(強制劣化によるDMTS生成量)が低く清酒等のアルコール飲料の醸造に適した酵母株を得ることができること、また、上記の方法で取得されたDMTS-P1低生産性酵母の変異を利用し、セルフクローニング法により非組み換え体酵母に当該変異を導入することで、もとの非組み換え体酵母の醸造特性を維持した当該変異を有するセルフクローニング酵母株を作出できることを見出し、本願発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、
酵母親株より、メチオニン要求性を示す株を取得する工程、並びに
メチオニン要求性を示す株を変異処理した後、メチオニン含有培地及びメチオニンを含まず5’-メチルチオアデノシン(MTA)を含むMTA含有培地の両者にレプリカして培養し、MTA含有培地においてメチオニン含有培地よりも増殖能が低い株を選択する工程、
を含む、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い酵母の作出方法であって、メチオニン含有培地及びMTA含有培地は、メチオニン及びMTA以外の硫黄源が制限された培地であって、メチオニン及びMTA以外の硫黄分濃度が0.005 mM未満の培地である、方法を提供する。
さらに、本発明は、MDE1遺伝子がコードするタンパク質の第54番プロリンがロイシンになる変異、又はMRI1遺伝子がコードするタンパク質の第192番グリシンがアスパラギン酸になる変異を有する、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性酵母を提供する。該酵母は醸造酵母、例えば清酒酵母であり得る。
さらに、本発明は、上記本発明の方法により、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い醸造酵母を作出し、該醸造酵母を用いてアルコール発酵を行なうこと、又は上記本発明の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性醸造酵母を用いてアルコール発酵を行なうことを含む、硫化物様のオフフレーバーが低減されたアルコール飲料の製造方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の方法により、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オンの生成能が低い清酒酵母を作出し、該清酒酵母を用いてアルコール発酵を行なうこと、又は上記本発明の1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン低生産性清酒酵母を用いてアルコール発酵を行なうことを含む、老香の発生が抑制された清酒の製造方法を提供する。

【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、異種生物由来の配列をゲノム上に含まないDMTS-P1低生産性酵母を取得するための方法が提供される。MTA含有培地での増殖能の低下を指標として選択された酵母株は、極めて高い確率でMDE1遺伝子又はMRI1遺伝子の変異によるDMTS-P1低生産性を示す。醸造酵母を用いてDMTS-P1低生産性酵母を作出し、該酵母を用いてアルコール発酵を行なえば、清酒等アルコール飲料の貯蔵中のDMTS発生が抑制されるので、硫化物様のオフフレーバーの発生が抑制されたアルコール飲料を、清酒においては老香の発生が抑制された清酒を製造することができる。異種生物由来の配列をゲノム上に含まないため、食品産業で用いられる醸造酵母の育成に大いに貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1において取得したメチオニン要求性変異株MR-01、及びMR-01株よりMTA培地での増殖能の低下を指標として選択した変異株9株を液体培養し、培養上清中のDMTS-P1の生成量を調べた結果である。
図2】実施例1においてK701株の1倍体から取得したMRI1遺伝子変異株LMU-H9株(1倍体)、実施例2においてセルフクローニングにより作出したLMU-H9株のMRI1変異をホモに持つ30-5株(2倍体)、及びセルフクローニングの親株K901株(2倍体)を用いた小仕込み試験において、炭酸ガス減量を調べた結果である。
図3】実施例3においてMTA培地での増殖能の低下を指標として選択した変異株を液体培養し、培養上清中のDMTS-P1の生成量を調べた結果である(n=2)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明によるDMTS-P1低生産酵母の作出方法に供する酵母株は、好ましくは醸造酵母である。醸造酵母の具体例としては、清酒酵母、ビール酵母、ワイン酵母、焼酎酵母などが挙げられる。中でも本発明においては、親株として清酒酵母を特に好ましく用いることができる。
【0012】
まず、酵母親株より、メチオニン要求性を示す株を取得する。メチオニン要求性を示す酵母株は鉛イオンPb2+の存在下で暗褐色~黒色に発色することが知られており(Gregory, J. Cost et al : YEAST, 12, 939-941 (1996))、鉛添加培地上でのコロニー色を指標としてメチオニン要求性を示す株を選択することができる。培地の鉛(Pb2+)濃度は0.3~3 mM程度で良い。変異処理した酵母親株又は変異処理しない酵母親株を鉛添加培地に播き、暗褐色~黒色に発色したコロニーを回収すればよい。変異処理の具体例としては、紫外線照射、放射線照射等の物理的変異処理、及びエチルメタンスルフォン酸(EMS)等の変異剤で処理する化学的変異処理等が挙げられるが、これらに限定されない。親株の変異処理は行っても行わなくても良い。
【0013】
次いで、得られたメチオニン要求性酵母株を、メチオニン含有培地と、メチオニンを含まず5’-メチルチオアデノシン(MTA)を含むMTA含有培地の両者で培養し、MTA含有培地においてメチオニン含有培地よりも増殖能が低い株を選択する。当該工程においても、メチオニン要求性株の変異処理は行っても行わなくてもよい。得られたメチオニン要求性酵母株を変異処理して、又は変異処理せずに、YPDプレート等の通常の酵母用寒天培地に播種して培養後、各コロニーをメチオニン含有培地及びMTA含有培地の両方に播種して培養し、メチオニン含有培地に比べてMTA含有培地での増殖が劣るものを選択すればよい。また、MTA含有培地を用いてメチオニン要求性酵母株をナイスタチン処理し、増殖の劣るものを濃縮してからメチオニン含有培地及びMTA含有培地に播種することも可能である。ナイスタチンはポリエンマクロライド系の抗生物質であり、増殖する酵母に取り込まれて酵母を死滅させる。増殖能が低いものは死滅率が低くなるため、結果として増殖の悪い酵母細胞が濃縮される。
【0014】
メチオニン含有培地及びMTA含有培地は、酵母用の最少培地にメチオニン及びMTAを添加してそれぞれ調製することができる。メチオニン及びMTAの濃度は0.1mM~10mM程度でよい。最少培地は、硫黄源が制限されたものを好ましく用いることができる。すなわち、メチオニン含有培地及びMTA含有培地は、メチオニン及びMTA以外の硫黄源が制限された培地であることが好ましい。ここでいう「硫黄源が制限された」とは、メチオニン及びMTA以外の硫黄分濃度が5 mM未満、例えば0.005 mM未満であることをいう。メチオニン及びMTA以外の硫黄源が制限された培地をこの工程で用いることで、メチオニン含有培地及びMTA含有培地での増殖の差がより明瞭になるので、増殖能の差を判別しやすくなる。
【0015】
メチオニン含有培地及びMTA含有培地での増殖能の評価は、反復して行っても良い。すなわち、MTA含有培地での増殖能が低い株を候補株として選択した後、メチオニン含有培地及びMTA含有培地で候補株を培養し、増殖能に差があることが再度確認された株をMTA含有培地での増殖能が低い株として選択してもよい。
【0016】
上記の工程で取得された、MTA含有培地での増殖能が低い株は、極めて高い確率でMDE1遺伝子又はMRI1遺伝子の機能欠損変異を有し、DMTS-P1低生産性を示す。実際にDMTS-P1低生産性であることを確認するためには、例えば、該酵母株及び親株を液体培地中で一定期間(例えば数日間、ないしは1週間程度)培養し、培養上清中のDMTS-P1濃度を測定し、親株とDMTS-P1濃度を比較すればよい。MDE1遺伝子又はMRI1遺伝子に変異が生じているか否かは、各遺伝子の配列をシークエンシングにより決定し、親株の各遺伝子の配列と比較すればよい。野生型の醸造酵母のMDE1遺伝子及びMRI1遺伝子の一例として、清酒酵母きょうかい701号のMDE1遺伝子の配列を配列番号1(コード領域の塩基配列)、配列番号2(アミノ酸配列)、配列番号3(コード領域+前後各300bp程度のゲノム領域)に、MRI1遺伝子の配列を配列番号4(コード領域の塩基配列)、配列番号5(アミノ酸配列)、配列番号6(コード領域+前後各300bp程度のゲノム領域)にそれぞれ示す。また、配列番号5にはMDE1遺伝子の隣接する各300bp程度を含むゲノム領域を、配列番号6にはMRI1遺伝子の隣接する各300bp程度を含むゲノム領域をそれぞれ示す。
【0017】
下記実施例では、MDE1遺伝子においては、第161位のシトシンがチミンになり(161C→T)、タンパク質の第54番プロリンがロイシンになる(54Pro→Leu)置換変異が同定され、MRI1遺伝子においては、第575位のグアニンがアデニンになり(575G→A)、タンパク質の第192番グリシンがアスパラギン酸になる(192Gly→Asp)置換変異が同定されている。このような一塩基置換の他にも、異なる部位での少数の塩基の置換や欠失等が生じる可能性があるが、配列を決定すれば容易に変異を特定できる。変異の特定は、MTA含有培地での増殖能が低い株を選択する工程の後、又は選択された株を液体培養してDMTS-P1の生産能を確認した後に任意で行われ得る。
【0018】
清酒酵母等の醸造酵母では、メチオニン要求株は、大吟醸仕込みなどもろみの栄養分が少ない条件では増殖や発酵の遅れが生じる可能性がある。そのため、醸造酵母、特に清酒酵母で上記の通りにDMTS-P1低生産変異株を取得した場合には、メチオニン要求性を喪失させることが望ましい。
【0019】
親株として1倍体の酵母を用いた場合には、2倍体化を行なう。まず、DMTS-P1低生産変異株を性の異なるメチオニン要求性をもたない1倍体酵母と掛けあわせ、得られた2倍体から1倍体を取得する。得られた1倍体の中には、DMTS-P1低生産変異株と性は異なるが、MDE1遺伝子又はMRI1遺伝子に同じ変異が入った株が得られる。この株をDMTS-P1低生産変異株と掛け合わせることで、ホモに変異が入った2倍体が得られる。この時、メチオニン要求性や変異により生じる可能性がある発酵能の低下等も原因遺伝子が相補され、高い確率で欠点が減少する。従って、2倍体化した株の中から、メチオニン要求性が失われた株を効率よく取得することができる。メチオニン非含有培地で2倍体化した株を培養し、増殖可能となった株を選択すればよい。
【0020】
親株として2倍体の酵母を用いた場合には、メチオニン非含有培地で増殖できるリバータントを取得すればよい。例えば、徐々にメチオニン濃度を低下させてDMTS-P1低生産変異株を継代培養し、最終的にメチオニン非添加の培地でも増殖可能となった株を選択すればよい。
【0021】
上記の通りに作出した酵母DMTS-P1低生産変異株の変異を、セルフクローニング法により所望の酵母に導入することにより、DMTS-P1低生産性酵母株を作出することも可能である。この場合、変異を導入する酵母としてメチオニン要求性を示す酵母株を使用する必要がないため、醸造特性が損なわれるリスクがない。
【0022】
本発明において、セルフクローニング法とは、同一種由来の核酸が移植され、異種由来の核酸がゲノム上に残らない組換えDNA技術をいう。異種由来の核酸には、形質転換体の選抜のための薬剤耐性等のマーカー遺伝子、及び遺伝子組換え用プラスミドベクターに由来する核酸が包含される。食品産業で用いられる実用酵母の育成においては、そのような遺伝子導入のためだけに必要な外来DNA配列がゲノム上に残らない手法が望ましい。
酵母のセルフクローニング技術はこの分野で良く知られており、例えばAritomi et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 68(1), 206-214, 2004や特開2003-144164等に記載されている。これらの方法では、形質転換体の選抜のための薬剤耐性マーカーと、マーカー除去株の選抜のための生育抑制マーカーとを含むプラスミドベクターを利用して、ゲノム中の正常遺伝子を変異遺伝子に置き換える。以下、当該技術を用いたセルフクローニング法によるDMTS-P1低生産性酵母株の作出方法について説明する。
【0023】
まず、上記のようにMTA含有培地での増殖能低下を指標として取得した酵母DMTS-P1低生産変異株より、MDE1遺伝子又はMRI1遺伝子上に生じた変異を含む領域(変異型領域)を増幅し、形質転換体選抜用の薬剤耐性マーカー及びマーカー除去株選抜用の生育抑制マーカーを含むセルフクローニング用のプラスミドベクターに組み込む。増幅させる変異型領域は、変異部位を含んでいればサイズは問わず、変異を有するMDE1遺伝子又はMRI1遺伝子の一部領域でも全長でもよいが、酵母ゲノムへの導入及び異種由来配列の除去の過程では相同組換え機構を利用することから、相同組換えの効率を考慮し、500bp程度以上の領域を増幅して用いることが好ましい。また、形質転換用プラスミドベクターは、酵母に導入したい変異型領域内で1か所を切断しリニア化して酵母細胞に導入するため、ベクターを切断せず、変異部位に影響しない部位において変異型領域内を1か所だけで切断する制限酵素サイトを有するように増幅領域を選択する。
【0024】
薬剤耐性マーカーとしてはYAP1(セルレニン、シクロヘキシミド耐性)、AUR1-C(オーレオバシジン耐性)など、生育抑制マーカーとしてはGIN11等の公知のマーカーを用いることができる。そのようなマーカー遺伝子を用いた酵母のセルフクローニング用プラスミドは、上掲のAritomi et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 68(1), 206-214, 2004や特開2003-144164等に記載され公知であり、またpAUR135等の市販品も存在する。いずれのものを用いても良い。
【0025】
変異型領域を組み込んだセルフクローニング用プラスミドベクターは、変異型領域内の1か所だけで切断する制限酵素により切断してリニア化し、酵母細胞内に導入する。ここで用いる酵母としては、メチオニン要求性を示さない通常の2倍体の非組み換え体酵母、例えば清酒酵母等の醸造酵母を好ましく用いることができる。ここでいう「非組み換え体」とは、典型的には、野生型ないしは天然の若しくは人為的に誘発された変異を有する酵母であるが、異種由来の配列を含まない酵母も包含され、例えば何らかの特性が付与されたセルフクローニング株も包含される。
【0026】
プラスミドをリニア化したDNAコンストラクトは、2つに分断された変異型領域(そのうちの一方に変異部位が含まれる)が両末端に配置され、その間に薬剤耐性マーカー、生育抑制マーカー、及びプラスミド由来配列が含まれた構造をとる。このDNAコンストラクトは、両末端に分断して配置された変異型領域と、酵母ゲノム上の変異を有しないもとの遺伝子領域との間での相同組換えにより、その遺伝子領域の内部に組み込まれる。これにより、酵母細胞のゲノム中では、マーカー遺伝子及びプラスミド由来配列を介して正常型遺伝子配列と変異型遺伝子配列が縦列して存在する状態になる。まず、薬剤耐性により、DNAコンストラクトがゲノム中に組み込まれた酵母を選択する。
【0027】
次いで、ゲノム中で縦列して存在する正常型遺伝子配列と変異型遺伝子配列との間で相同組換えが生じると、薬剤耐性マーカー及び生育抑制マーカーを含むプラスミド配列が脱落し、正常型遺伝子及び変異型遺伝子のいずれかがゲノム上に残される。そのため、DNAコンストラクトがゲノム中に組み込まれた酵母細胞について、生育抑制マーカーを発現させる条件下で(例えば、生育抑制マーカーがガラクトース誘導性過剰発現プロモーターの制御下にある場合には、ガラクトース培地上で)さらに選択をかけると、プラスミド配列が残存する酵母細胞は生育抑制マーカーの作用により生育することができず、一方、相同組換えが生じてプラスミド配列が脱落した酵母細胞は生育できるので、プラスミド配列が脱落し正常型遺伝子又は変異型遺伝子のみがゲノム中に残存する酵母株を得ることができる。ゲノム中に残存した遺伝子が変異型配列の遺伝子であるかどうかは、変異部位近傍のシークエンシングを行なって確認すればよい。
【0028】
2倍体の酵母を親株としてセルフクローニングを行なった場合、1回のセルフクローニング操作によって得られる形質転換体は、通常は一方のアリルのみ変異型配列で置き換えられたヘテロ変異株である。このヘテロ変異株に対して上記のDNAコンストラクトを導入し、薬剤耐性マーカーと生育抑制マーカーを利用したスクリーニングを行なうことで、両アリルが変異型配列で置き換えられたホモ変異株を得ることができる。
【0029】
MTA含有培地での増殖能低下を指標として取得した酵母DMTS-P1低生産変異株、及び該変異株の変異部位を利用したセルフクローニング株は、DMTS-P1の生産性が低く、DMTS生成ポテンシャルも低い。そのため、醸造酵母を用いてこれらの株を作出し、該株を用いてアルコール発酵を行なえば、アルコール飲料貯蔵中のDMTSの発生が抑制されるので、硫化物様のオフフレーバーの発生が抑制されたアルコール飲料を、清酒酵母の場合は老香の発生が抑制された清酒を生産することができる。
【0030】
下記実施例では、MTA含有培地での増殖能の低下を指標とした方法により取得される変異の一例として、MDE1遺伝子においては、第161位のシトシンがチミンになり(161C→T)、タンパク質の第54番プロリンがロイシンになる(54Pro→Leu)置換変異が同定され、MRI1遺伝子においては、第575位のグアニンがアデニンになり(575G→A)、タンパク質の第192番グリシンがアスパラギン酸になる(192Gly→Asp)置換変異が同定されている。これらの変異を有する酵母株は、上記した本発明の方法によるほか、野生型の酵母株のゲノムから該当領域を増幅し、遺伝子工学分野の常法により増幅断片に一塩基置換を導入し、これをセルフクローニング法により酵母に導入することによって作出することも可能である。良好な醸造特性を有する酵母を用いてこれらの変異を導入した酵母株も、硫化物様のオフフレーバーの発生が抑制されたアルコール飲料、老香の発生が抑制された清酒の生産に好ましく用いることができる。
【実施例
【0031】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。DMTS-P1及びDMTSの分析は以下の通りに行った。
【0032】
<DMTS-P1の分析(LC/MS)>
試料(培養上清又は清酒)1 mLに、内部標準として20 mg/Lの1,2-dihydroxy-5-(methyl(d3)sulfinyl)pentan-3-one (methyl(d3)DMTS-P1)を25μL添加し、蒸留水で2mLにメスアップした。これを約1mLの陽イオン交換樹脂(Dowex50WX4)に通液し、蒸留水6 mLで洗浄した。通過液を合併し、凍結乾燥後蒸留水1 mLに溶解し、もしくは合併した通過液をそのままフィルターろ過してLC/MS試料とした。LC/MSの条件は以下のとおり。
装置:島津製作所社製高速液体クロマトグラフ質量分析計LCMS-8040
カラム:BDS Hypersil C18 (3.0×150mm)
移動相:超純水、0.3mL/min
インジェクション:5μL
イオン化モード:ESI (+)
インターフェイス電圧:4.5 kV
ネブライザーガス流量:1.5 L/min
ドライイングガス流量:10.0 L/min
ブロックヒーター温度:500℃
試料導入部温度:300℃
MRM条件
DMTS-P1:プレカーサーイオン;m/z 181, モニターイオン;m/z 117
Methyl(d3)DMTS-P1:プレカーサーイオン;m/z 184, モニターイオン;m/z 117
【0033】
<DMTSの分析(GC/MS)>
stir bar sorptive extraction (SBSE)により行った。エタノール濃度10%となるように加水した清酒試料10mlに、塩化ナトリウム2g、および内部標準としてdimethyl(d6)trisulfide (DMTS-d6) を1 μg/Lとなるように添加し、攪拌子(Twister、Gerstel社製)を入れて700 rpm、30分間攪拌し、香気成分の抽出を行った。香気成分を吸着したTwisterをGerstel社製の加熱脱着装置(TDSA)に装着した。
加熱脱着条件
TDSA:20℃(1min)→60℃/min→230℃(4min)
CIS4:-150℃(0.7min)→12℃/sec→250℃(10min)
GC/MS条件
装置:Agilent社製 GC6890およびMSD5973
カラム:HP-INNOWax(30 m×0.25 mm×0.25 μm)
オーブン温度:40℃(5min)→5℃/min→120℃→15℃/min→240℃(10min)
キャリアガス:He, 1.0 mL/min
インジェクション:スプリットレス
SIMモード
モニターイオン:DMTS; m/z 126, DMTS-d6; m/z 132
【0034】
実施例1:MTA培地での増殖能低下を指標としたDMTS-P1低生産変異酵母株のスクリーニング(その1)
(1) メチオニン要求性変異株のスクリーニング
清酒酵母はMet要求性を持たないため、まず清酒きょうかい701号(K701)の1倍体株であるK701-α9株より、Pb添加培地上でのコロニー色を指標として(Gregory, J. Cost et al., YEAST, 12, 939-941 (1996))Met要求性変異株のスクリーニングを行なった。
【0035】
K701-α9株をEMS処理し、Pb添加培地(硝酸鉛添加、培地の鉛(Pb2+)濃度は3mM)上に播種し、30℃で4~5日間培養後、暗褐色~黒色に発色したコロニーを回収した。約14,000コロニーからのスクリーニングの結果、7株のメチオニン要求性変異株を取得した。この7株より、増殖試験で増殖が良好であり、かつ、リバータント率(先祖返りしてメチオニン要求を失う率)が低い株を4株取得した。この4株のうち、MTA資化能が最も良いMR-01株をその後のスクリーニング工程に付した。
【0036】
(2) MTA培地及びMet培地での増殖差を指標としたDMTS-P1低生産変異株のスクリーニング
目的とするmde1もしくはmri1変異株のスクリーニングは、MTAもしくはMetを添加し、それ以外の硫黄源を制限した最少培地(MTA培地、Met培地)での増殖差を指標として行った。
【0037】
上記で得られたMet要求性変異株MR-01株を培養して増殖させた後、EMS処理して変異を誘発させた。変異処理後の酵母細胞をYPDプレートに播種して培養後、出てきたコロニーをMTA培地およびMet培地にレプリカし、Met培地に比べてMTA培地での増殖が劣る株を候補株とした。MTA培地及びMet培地の組成は表1に示す通りであり、MTA及びMet以外の硫黄源を制限した組成とした(MTA及びMet以外の硫黄分濃度は約1.2μM未満)。
【0038】
候補株について、スポット法(初期菌体数が同じになるよう調整した菌体懸濁液を寒天培地上に滴下し、一定期間後、菌体増殖の違いを観察する方法)により増殖差を確認し、差がみられた株を選択した。これらをYPD培地で一晩前培養後、菌体数が1×106cells/mLとなるようにYPD培地に植菌し、30℃で1週間静置培養して、培養液の上清のDMTS-P1濃度をLC-MSにより測定した。
【0039】
【表1】
【0040】
MR-01株由来の約24,000コロニーからのスクリーニングの結果、MTA培地での増殖能が低い株が19株得られた。そのうちの9株で親株よりも有意にDMTS-P1の生成量が低下しており、9株中の3株ではDMTS-P1の生成がほとんど見られなかった(図1)。DNAシーケンスの結果、3株のうちの2株(LMU-H1株、LMU-H9株)については、それぞれMDE1およびMRI1のORF内にアミノ酸置換を伴う変異が確認された(MDE1, 161C→T, 54Pro→Leu; MRI1, 575G→A, 192Gly→Asp)。
【0041】
得られた3株の小仕込試験の結果、LMU-H9株は発酵が大きく遅れたが、LMU-H1株は良好な発酵経過を示し、実用株として有望と考えられた。
【0042】
(3) LMU-H1株の2倍体化
LMU-H1株(MATα)は1倍体であるので、2倍体化を行った。LMU-H1株とK701の野生型1倍体であるK701-a4(MATa)とを交雑し、得られた交雑株を胞子形成させた。胞子形成させたプレートから、ランダムスポア法により約400のコロニーを得た。これらのうち8株においてMTA資化能の低下がみられ、MDE1遺伝子のシークエンスの結果、MATaの1倍体で1株、MATαの1倍体で2株、MATa/αの2倍体で2株が、mde1変異株であることが確認された。上記MATa/αの2株はランダムスポア法の過程で2倍体のmde1変異株が偶発的に得られたものである(mde-D1、D2)。また、LMU-H1を含め接合型の異なる1倍体のmde1変異株どうしを交雑させ、2倍体のmde1変異株を3株得た(mde-D3~D5)。
【0043】
(4) 2倍体mde1変異株を用いた清酒小仕込試験
mde-D1~D5の5株を用いてα化米による清酒小仕込試験を行った。精米歩合77%のα化米と精米歩合75%の麹を用い、表2の仕込配合に従い三段仕込みとし、発酵温度は13℃一定とした。mde-D2は仕込20日目に上槽し、それ以外は15日目に上槽した。生成酒は国税庁所定分析法に従い、アルコール度数、日本酒度、総酸度及びアミノ酸度を分析した。DMTS-P1はLC-MSで測定した。DMTS生成ポテンシャル(DMTS-pp、強制劣化によるDMTS生成量)は、生成酒を70℃で1週間貯蔵後、GC-MSにより測定した。
【0044】
【表2】
【0045】
その結果、いずれの株もDMTS-P1濃度は対照株に比べて大きく減少した(表3)。DMTS生成ポテンシャル(DMTS-pp)は5株中4株で1/9~1/3に低下した。mde-D2株ではDMTS-ppの低下がみられなかったが、アミノ酸度が高いことなどが原因と考えられる。また、5株のうちmde-D2株以外はメチオニン要求性が消失していた。
【0046】
【表3】
【0047】
さらに、mde-D1株、mde-D5株を用いて、総米1kgの清酒小仕込試験を行った。精米歩合75%の蒸米と麹を用い、表4の仕込配合に従い三段仕込みとし、発酵温度は13℃一定とした。K701とmde-D5は仕込14日目に上槽し、mde-D1は15日目に上槽した。生成酒をアルコール15%に調整後(表5)、40℃で貯蔵し官能評価を行った。官能評価は11名のパネルにより行った。
【0048】
【表4】
【0049】
【表5】
【0050】
その結果、mde-D1株、mde-D5株による小仕込酒は対照株に比べて長期保存後の老香が少なく、総合評価において評価がよい傾向がみられた(表6)。以上の結果から、上記方法によりDMTS-P1低生産酵母を育種することができ、また、得られた株で仕込んだ清酒は貯蔵によるDMTSの生成が抑制されることが明らかとなった。
【0051】
【表6】
【0052】
実施例2:セルフクローニング法による変異導入株の作出
(1) LMU-H9株の変異MRI1配列を導入したセルフクローニング株の作出
親株を清酒きょうかい901号(K901株)とし、LMU-H9株の変異MRI1配列を用いて変異導入株を作成した。LMU-H9株の点変異575 G→Aを含む領域を、LMU-H9株のゲノムからPCRで増幅後、組込み型の配列除去型プラスミドpAUR135 (Takara)にクローニングした。本プラスミドは、形質転換体選択マーカーとしてオーレオバシジン耐性を付与するAUR1-C遺伝子に加え、ガラクトース誘導の自殺遺伝子を持つため、配列が除去された株だけがガラクトース培地で生き残れることを利用して、プラスミド除去を行う(Aritomi K, et al. Biosci Biotechnol Biochem. 68, 206-214 (2004); 特開2003-144164など)。具体的な工程を以下に記載する。
【0053】
LMU-H9株のゲノムを鋳型とし、プライマーMRI1-SF(CTTTGATAGATCGGAGCCAGA、配列番号7)及びMRI1-SR(TTGAATTCCTCAGGGTTACGTT、配列番号8)を用いたPCRにより、点変異を含む993bpの領域(配列番号9)を増幅した。pAUR135への挿入のため、増幅断片をEcoRIで処理し、986bpのインサート断片を回収した。pAUR135をSmaI及びEcoRIで切断し、インサート断片をライゲーションして形質転換用プラスミド(配列番号10、741~1726位がインサートの変異型MRI1部分配列)を得た。
【0054】
形質転換用プラスミドをSpe Iで切断してリニア化し、K901株に導入した後、ゲノム中にプラスミドが組み込まれた株をプラスミドの薬剤耐性(オーレオバシジン耐性)で選抜した。選抜した株をガラクトース培地で培養することにより、プラスミド配列が除かれた株を得た。プラスミドの除去は、プラスミド配列部分に設定したプライマー(pAUR135-checkF3: GCCTGATGCGGTATTTTCTC(配列番号11)及びpAUR135-checkR3: TCGTCGTTTGGTATGGCTTC(配列番号12))を用いたPCRにより確認した。また、プラスミド配列が除かれる際、正常なMRI1配列に戻る場合と変異型MRI1配列になる場合があるため、MRI1遺伝子の塩基配列をシークエンスすることで変異型配列の組み込みを確認した。
【0055】
K901株は2倍体であるため、プラスミド配列が除かれ変異型配列の組み込みが確認された株に対して、形質転換用プラスミドの導入作業を再度行い、両アリルのMRI1遺伝子が変異型に置換された株30-5株を得た。
【0056】
(2) セルフクローニング株を用いた発酵試験
K901株(親株、2倍体)、LMU-H9株(1倍体)、及びLMU-H9株のMRI1変異をホモに持つセルフクローニング株30-5株(2倍体)を用いた総米300gの小仕込み試験(表7)を3連で行い、製成酒のDMTS-P1濃度、DMTS-pp測定及び一般分析を行った。なお、アルコール度数は簡易分析法(アルコメイト)、日本酒度は振動密度計、酸度・アミノ酸度はpHによる滴定法を用いて測定した。また、DMTS-P1はLC-MSで、DMTS-ppはGC-MSにより測定した。
【0057】
【表7】
【0058】
結果を図2及び表8、9に示す。1倍体のLMU-H9株の炭酸ガス減量は低く、30-5株の炭酸ガス減量は親株のK901株とほぼ同じであった(図2、表8)。親株のK901株に比べ、LMU-H9株・30-5株ではDMTS-P1生成能が大幅に低減した(表8)。一般成分分析の結果によると、1倍体のLMU-H9株はアルコールが低い等の特徴があったが、30-5株はK901株とほぼ同程度であった(表9)。なお、セルフクローニング株の作出過程で得られた、変異をヘテロで持つ2倍体株についてもDMTS-P1生成能を調べたところ、DMTS-P1生成能の低下は認められなかった。
【0059】
【表8】
【0060】
【表9】
【0061】
実施例3:MTA培地での増殖能低下を指標としたDMTS-P1低生産変異酵母株のスクリーニング(その2)
(1) メチオニン要求性変異株のスクリーニング
清酒酵母きょうかい7号(K7、2倍体)より、Pb添加培地上でのコロニー色を指標としてMet要求性変異株のスクリーニングを行なった。
【0062】
K7株をUV照射(10分間、生存率80%)したもの、およびUV照射しないものをPb添加培地(Pb2+濃度3mM)上に播種し、30℃で4~5日間培養後、暗褐色~黒色に発色したコロニーを回収した。合計約30万コロニーからのスクリーニングの結果、UV照射ありで2株、UV照射なしで1株のMet要求性変異株を取得した。UV処理ありで取得した変異株をU5およびU6株、UV処理なしで取得した自然突然変異株をS1-2株と命名した。
【0063】
(2) MTA培地及びMet培地での増殖差を指標としたDMTS-P1低生産変異株のスクリーニング
得られたMet要求性変異株S1-2株を培養して増殖させた後、UV照射(30分間、生存率10~20%)して変異を誘発させた。変異処理後の酵母細胞をYPDプレートに播種して培養後、出てきたコロニーをMTA培地およびMet培地にレプリカし、Met培地に比べてMTA培地での増殖が劣る株を候補株とした。MTA培地及びMet培地の組成は、Sodium glutamate 7.1g/LをUrea 2.3g/Lに変更し、Biotin及びThiamineを除いたほかは表1と同じ組成とした(MTA及びMet以外の硫黄分は含有しない)。
【0064】
候補株について、上記1.(2)と同様にスポット法により増殖差を確認し、差がみられた株を選択した。これらをYPD培地で一晩前培養後、菌体数が1×106cells/mLとなるようにYPD培地に植菌し、30℃で1週間静置培養して、培養液の上清のDMTS-P1濃度をLC-MSにより測定した。
【0065】
S1-2株由来の約60,000コロニーからのスクリーニングの結果、MTA培地での増殖能が低い株が51株得られた。そのうちの5株で親株と比較して顕著なDMTS-P1濃度の減少が認められた。図3にはDMTS-P1測定結果を示す。
図1
図2
図3
【配列表】
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