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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-07
(45)【発行日】2022-07-15
(54)【発明の名称】質量分析
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20220708BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20220708BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20220708BHJP
【FI】
H01J49/00 810
G01N27/62 Z
H01J49/42 200
H01J49/42 400
H01J49/42 600
【請求項の数】 19
(21)【出願番号】P 2019514033
(86)(22)【出願日】2017-09-12
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-10-17
(86)【国際出願番号】 GB2017052678
(87)【国際公開番号】W WO2018046968
(87)【国際公開日】2018-03-15
【審査請求日】2020-04-16
(31)【優先権主張番号】1615469.2
(32)【優先日】2016-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508320561
【氏名又は名称】ザ ユニバーシティ オブ ウォリック
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】オコーナー, ピーター
(72)【発明者】
【氏名】ヴァン アグトホーフェン, マリア アンドレア
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-192557(JP,A)
【文献】特許第5440449(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析を実行する方法であって、
それぞれが質量電荷比を有する複数のイオンを収容するために静電型または動電型イオントラップを使用することであって、前記イオンが第1の複数の質量電荷比を有し、各イオンが、ある半径の、静電型または動電型イオントラップ内の経路を辿る、静電型または動電型イオントラップを使用することと、
前記第1の複数の質量電荷比の一部である第2の複数の質量電荷比の各々について、
前記質量電荷比に依存して、質量電荷比依存的に前記イオンの前記半径を変更することと、
このように変更された前記イオンを半径依存的にフラグメンテーションすることと、
前記イオンの質量スペクトルを判定することと
を含む、方法。
【請求項2】
前記静電型または動電型イオントラップは、リニアイオントラップ(LIT)、または、四重極イオントラップ、3次元イオントラップ、またはイオンが一貫した振動周波数を有するイオントラップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記半径の前記変更が、前記イオンに印加される電界を変更することを含む、請求項1から2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
遅延によって分離された励起パルスを印加することを含み、前記遅延が、前記質量電荷比依存性を実現する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
ある周波数で変更される変更励起パルスを印加することを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記周波数は、前記質量電荷比を有するイオンの振動周波数の共振を実現するようなものである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記変更励起パルスは、SWIFT(stored waveform inverse fourier transform)パルスおよびSWIM(stored waveform ion radius modulation)パルスのうちの少なくとも1つを含む、請求項5または請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記半径の変更が、異なる半径をもつ経路に対して前記質量電荷比を有するイオンの前記半径を優先的に変化させること、または異なる半径をもつ経路に対して前記質量電荷比を有していないイオンの前記半径を優先的に変化させることを含む、請求項1から7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記イオンをフラグメンテーションすることは、フラグメンテーションゾーンを通過するイオンをフラグメンテーションすることを含む、請求項1から8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記半径の前記変更が、前記フラグメンテーションゾーンに入る、および/または出るイオンの半径を変更する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記質量スペクトルが、飛行時間(TOF)質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT ICR)、リニアイオントラップ(LIT)、及び、オービトラップ質量分析計を含むグループのうちの少なくとも1つを使用して判定される、請求項1から10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記質量スペクトルが、トリプル四重極(QQQ)質量分析計を使用して判定される、請求項1から11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
静電型または動電型イオントラップと、前記静電型または動電型イオントラップのための制御回路とを備える質量分析機器であって、前記静電型または動電型イオントラップが、少なくとも2つの軸方向トラッピング電極と、複数の径方向トラッピング電極と、少なくとも1つの励起電極とを含む電極を備え、前記制御回路が、
前記電極によって規定されたボイド内に複数のイオンを使用時に含有するように、各励起電極に電圧を印加し、各イオンが、ある半径の、前記静電型または動電型イオントラップ内の経路を辿り、前記イオンが第1の複数の質量電荷比を有し、
前記第1の複数の質量電荷比の一部である 第2の複数の質量電荷比の各々について、
前記質量電荷比に依存して、前記イオンの前記半径を変更するように構成され、
前記機器が、このように変更された前記イオンを半径依存的にフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーションデバイスと、前記イオンの質量スペクトルを判定するように構成された質量判定デバイスとをさらに備える、
質量分析機器。
【請求項14】
前記静電型または動電型イオントラップが、リニアイオントラップ(LIT)、または、四重極イオントラップ、3次元イオントラップ、またはイオンが一貫した振動周波数を有するイオントラップを含む、請求項13に記載の機器。
【請求項15】
前記半径の前記変更が、各励起電極を使用して前記イオンに印加される電界を変更することを含むように、前記制御回路が構成される、請求項13または14に記載の機器。
【請求項16】
前記半径の前記変更が、異なる半径をもつ経路に対して特定の質量電荷比を有するイオンの前記半径を優先的に変化させること、または異なる半径をもつ経路に対して前記特定の質量電荷比を有していないイオンの前記半径を優先的に変化させることを含むように、前記制御回路が構成される、請求項13から15のいずれかに記載の機器。
【請求項17】
前記フラグメンテーションデバイスが、フラグメンテーションゾーンを通過するフラグメントイオンをフラグメンテーションするように構成される、請求項13から16のいずれかに記載の機器。
【請求項18】
前記制御回路が、前記フラグメンテーションゾーン内、または外へイオンをシフトさせるように前記半径を変更するように構成される、請求項17に記載の機器。
【請求項19】
前記質量判定デバイスが、飛行時間(TOF)質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT ICR)質量分析計、リニアイオントラップ(LIT)質量分析計、オービトラップ質量分析計、及び、トリプル四重極(QQQ)質量分析計を含むグループから選択される1つの測定機器を含む、請求項13から18のいずれかに記載の機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析を実行する方法および質量分析機器に関する。
【背景技術】
【0002】
2次元質量分析(2D MS)は、先行してイオン分離する必要なしに、試料中のプリカーサイオンとフラグメントイオンとを相関させる技術である。2D MSは、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT-ICR MS)(M. B. Comisarow,A. G. Marshall、「Fourier transform ion cyclotron resonance spectroscopy」、Chem. Phys. Lett.、1974年、25,282)について、1987年に、Pfandlerらによって最初に提案された(P. Pfaendler,G. Bodenhausen,J. Rapin,R. Houriet, T. Gaumann、「Two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、Chem.Phys.Lett.1987年,138, 195;P. Pfaendler,G. Bodenhausen,J. Rapin,M. E. Walser,T. Gaumann、「Broad-band two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance」、J. Am. Chem. Soc.、1988年,110,5625;M. Bensimon,G. Zhao,T. Gaumann、「A method to generate phase continuity in two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、Chem.Phys.Lett.、1989年,157,97)。2D MSのパルスシーケンスは、NOESY NMR分光法(A. Kumar,R. R. Ernst,K. Wuethrich、「A two-dimensional nuclear Overhauser enhancement (2D NOE) experiment for the elucidation of complete proton-proton cross-relaxation networks in biological macromolecules」、Biochem.Biophys.Res.Commun.、1980年、95,1)と、Marshallらによって実行された位相反転実験(A. G. Marshall,T. C. L. Wang,T. L. Ricca、「Ion cyclotron resonance excitation/deexcitation:a basis for stochastic Fourier transform ion cyclotron mass spectrometry」、Chem.Phys.Lett.、1984年、105,233)の両方に着想を得たものである。規則的に増分した遅延により分離された2つの同一の励起パルスを使用し、フラグメンテーション期間の前に、半径依存的なフラグメンテーション法を用いて、イオンサイクロトロン半径をサイクロトロン周波数(すなわち質量電荷比)により変更した(S. Guan,P. R. Jones、「A theory for two-dimensional Fourier-transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、J.Chem.Phys.、1989年、91,5291)。得られた2D質量スペクトルは、試料からのすべてのイオンのフラグメンテーションパターンを示し、それらのパターンにより、簡単にフラグメントイオンスキャン、プリカーサイオンスキャンおよび中性ロスライン、さらに場合によっては電子捕獲ラインを抽出することが可能になる(M. A. van Agthoven,M.-A. Delsuc,G. Bodenhausen,C. Rolando、「Towards analytically useful two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、Anal.Bioanal.Chem.、2013年、405,51)。2D質量スペクトルは、イオン分離を必要とせずに、試料からの全イオンのフラグメンテーションパターンを示すので、真の意味で包括的であると捉えることができ、複合試料の分析に非常に有用となり得る。
【0003】
データの処理および記憶のための計算能力の進歩を背景に、2010年以降、FT-ICR機器上の2D MSは、フラグメンテーション方法として赤外多光子解離(IRMPD)および電子捕獲解離(ECD)を用いた成熟した分析技術へと発展した(M. A. van Agthoven,M.-A.Delsuc,C. Rolando、「Two-dimensional FT-ICR/MS with IRMPD as fragmentation mode」、Int.J.Mass Spectrom、2011年、306,196;M. A. van Agthoven,L. Chiron,M.-A. Coutouly,M.-A. Delsuc,C. Rolando、「Two-Dimensional ECD FT-ICR Mass Spectrometry of Peptides and Glycopeptides」、Anal.Chem.、2012年、84,5589;M. A. van Agthoven,L. Chiron,M.-A. Coutouly,A. A. Sehgal,P. Pelupessy,M.-A. Delsuc,C. Rolando、「Optimization of the discrete pulse sequence for two-dimensional FT-ICR mass spectrometry using infrared multiphoton dissociation」、Int.J.of Mass Spectrom、2014年、370,114)。2D質量スペクトルにおけるノイズの影響を低減するために、ノイズ除去アルゴリズムが開発された(M. A. van Agthoven,M.-A. Coutouly,C. Rolando,M.-A. Delsuc、「Two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry: reduction of scintillation noise using Cadzow data processing」、Rapid Commun.Mass Spectrom.、2011年、25,1609;L. Chiron,M. A. van Agthoven,B. Kieffer,C. Rolando,M.-A. Delsuc、「Efficient denoising algorithms for large experimental datasets and their applications in Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.、2014年、111,1385)。2D MSは、小分子の分析(M. van Agthoven,M. Barrow, L. Chiron,M.-A. Coutouly,D. Kilgour,C. Wootton,J. Wei,A. Soulby,M.-A.Delsuc,C. Rolando, P. O’Connor、「Differentiating Fragmentation Pathways of Cholesterol by Two-Dimensional Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance Mass Spectrometry.」、J. Am. Soc. Mass Spectrom、2015年、26,2105)、並びに、ボトムアッププロテオミクス(H. J. Simon, M. A. van Agthoven,P. Y. Lam,F. Floris,L. Chiron,M. A. Delsuc,C. Rolando,M. P. Barrow,P. B. O'Connor、「Uncoiling collagen
: a multidimensional mass spectrometry study」、Analyst、2016年,141,157;M. A. van Agthoven,C. A. Wootton,L. Chiron,M.-A. Coutouly,A. Soulby,J. Wei,M. P. Barrow,M.-A. Delsuc,C. Rolando,P. B. O'Co
nnor、「Two-Dimensional Mass Spectrometry for Proteomics, a Comparative Study with Cytochrome c」、Anal. Chem.(Washington, DC, U.S.)、2016年、88, 4409)、及び、トップダウンプロテオミクス(F. Floris, M. van Agthoven, L. Chiron, A. J. Soulby, C. A. Wootton, Y. P. Y. Lam, M. P. Barrow, M.-A. Delsuc, P. B. O’Connor、「2D FT-ICR MS of Calmodulin:A Top-Down and Bottom-Up Approach」、 Journal of The American Society for Mass Spectrometry、2016年、27, 1531)に対して有効に利用されている。
【0004】
1993年には、Rossらにより、さらなるFT-ICR質量分析計上の2D MSのパルスシーケンスが提案された(C. W. Ross,III,S. Guan,P. B. Grosshans,T. L. Ricca,A. G. Marshall、「Two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry/mass spectrometry with stored-waveform ion radius modulation」、J. Am. Chem. Soc.、1993年、115,7854)。このパルスシーケンスは、パルス間の遅延ではなく、励起後のイオンのサイクロトロン半径が励起振幅と励起長との積に比例するという事実に基づく(M. V. Gorshkov,E. N. Nikolaev、「Optimal cyclotron radius for high resolution FT-ICR spectrometry」、Int. J. Mass Spectrom. Ion Processes、1993年、125,1)。SWIFT(stored waveform inverse Fourier transform)(A. G. Marshall,T. C. L. Wang,L. Chen,T. L. Ricca、「New excitation and detection techniques in Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、ACS Symp. Ser.、1987年、359,21)を利用して、励起周波数に従って変更された振幅の励起パルスを発生させた。ICRセル中のプリカーサイオンにこれらの励起パルスを適用すると、それらのサイクロトロン周波数に従ってそれらのサイクロトロン半径が変更されたので、半径依存的なフラグメンテーションの後にそれらのフラグメントの存在量が変更された。SWIM(stored waveform ion radius modulation)と呼ばれるこの技術は、アミノ酸のダイマーおよびトリマーの分析(G. van der Rest,A. G. Marshall、「Noise analysis for 2D tandem Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry」、Int. J. Mass Spectrom 、2001年、210/211,101)と、ポリマーおよび製剤製品の分析(C. W. Ross,W. J. Simonsick,Jr.,D. J. Aaserud、「Application of Stored Waveform Ion Modulation 2D-FTICR MS/MS to the Analysis of Complex Mixtures」、Anal. Chem.2002年、74,4625)とに利用された。しかしながら、SWIFTを利用可能な市販のFT-ICR機器が稀であるため、SWIMよりも、2D FT-ICR MSの元来のパルスシーケンスの方が利用しやすい。
【0005】
2D MSはFT-ICR機器に対して良好な結果を示すが、FT-ICR機器の購入および維持に高コストがかかることが、2D MS開発の妨げになっている。さらに、FT-ICR質量分析計のデューティーサイクルによっては、各2D MS実験が30分以上かかる可能性がある。したがって、他の質量分析計に適用できる2D質量分析技術を開発することが、複合試料に対するデータ非依存の構造分析の開発にとって重要である。
【0006】
イオンマニピュレーションデバイスとして、リニアイオントラップ(LIT)(J. C. Schwartz,M. W. Senko,J. E. P. Syka、「A two-dimensional quadrupole ion trap mass spectrometer」、J. Am. Soc. Mass Spectrom、2002年、13,659)が一般的に利用されている。それは、四重極イオントラップよりも大量のイオンに対応可能な寸法を有する(R. E. March、「An introduction to quadrupole ion trap mass spectrometry」、Journal of Mass Spectrometry、1997年、32,351)。LITにより、共振質量選択動径励起が確立されている(B. A. Collings,W. R. Stott,F. A. Londry、「Resonant excitation in a low-pressure linear ion trap」、Journal of the American Society for Mass Spectrometry、2003年、14,622;D. J. Douglas,N. V. Konenkov、「Mass selectivity of dipolar resonant excitation in a linear quadrupole ion trap」、Rapid Communications in Mass Spectrometry、2014年、28,430)。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、質量分析を実行する方法であって、
それぞれ質量電荷比を有する複数のイオンを収容するために静電型または動電型イオントラップを使用することであって、イオンが第1の複数の質量電荷比を有し、各イオンが、半径を有する静電型または動電型イオントラップ内の経路を辿る、使用することと、
第2の複数の質量電荷比の各々について、
質量電荷比に依存して、質量電荷比依存的にイオンの半径を変更することと、
このように変更されたイオンを半径依存的にフラグメンテーションすることと、
イオンの質量スペクトルを判定することと
を含む方法が提供される。
【0008】
したがって、本出願人は、静電型または動電型イオントラップにおける2次元(2D)質量分析(MS)の応用例を実現した。全ての走査による質量スペクトルの照合は、プリカーサの質量電荷比と相関されるフラグメント(1次元)の質量電荷比に関する情報を提供することになる(どのイオンをフラグメンテーションするか制御する半径変更に対する質量電荷比依存性による)。発明者には、とりわけ、従来どおりにフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT ICR MS)を実行するよりも、静電型または動電型イオントラップにおける2D MSがより迅速に実行できうることを確認した。事実、十分に急速に質量スペクトルを得ることができる場合、液体クロマトグラフィ(LC)または気体クロマトグラフィ(GC)のタイムスケールでの分析が可能であり得る。さらに、静電型または動電型イオントラップは、FT ICR MSほど厳格な真空条件が求められない。即ち、大気(または他の非検体)ガスの存在に対する許容度が高いのである。
【0009】
典型的には、静電型または動電型イオントラップは、リニアイオントラップ(LIT)を含む。或いは、静電型または動電型イオントラップは、四重極イオントラップ、3次元イオントラップ、またはイオンが一貫した振動周波数を有するイオントラップを含み得る。
【0010】
半径の変更は、イオンに印加される電界を変更することを含み得る。1つの実施形態では、遅延によって分離された励起パルスが印加され、遅延によって、質量電荷比依存性が実現される。しかしながら、好ましい実施形態では、ある周波数で変調される変調励起パルスを実現することができる。これは、典型的には、質量電荷比を有するイオンの振動周波数の共振を実現するようなものである。変調励起パルスは、SWIFT(被記憶波形逆フーリエ変換:stored waveform inverse Fourier transform)パルスまたはSWIM(被記憶波形イオン半径変更:stored waveform ion radius modulation)パルスを含み得る。この後者の実施形態では、イオンは全体としてコヒーレントでなくてもよい。事実、SWIMの利点として、元来の2D FT-ICRパルスシーケンスとは異なり、動径変化において、イオン雲がコヒーレントである必要がないのである。イオン種の密度とフラグメンテーションゾーンとの間の重複をSWIMにより変更できる場合、フラグメントイオン存在量をそれらのプリカーサの共振周波数によって変更することができ、静電型または動電型イオントラップの2D質量分析がしやすくなる。
【0011】
したがって、イオンをフラグメンテーションするステップは、フラグメンテーションゾーンを通過するイオンをフラグメンテーションすることを含んでもよい。半径の変更は、フラグメンテーションゾーンに入る、および/または出るイオンの半径を変更としてもよい。典型的には、フラグメンテーションゾーンは、典型的には半径0を含む、より小さな半径のものとなる。
【0012】
イオンをフラグメンテーションするステップは、レーザベースの(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおけるイオンへのレーザビームの印加を含む)フラグメンテーション方法、電子ベースの(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおけるイオンへの電子ビームの印加を含む)フラグメンテーション方法、または衝突ベースの(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおけるイオンとガス分子との衝突を含む)フラグメンテーション方法を含んでもよい。
【0013】
任意の好都合な手段によって質量スペクトルを判定することができる。1つの実施形態では、飛行時間(TOF)質量分析計を使用して質量スペクトルを判定することができる。これは、その他いくつかのMSデバイスよりも正確性は低いが迅速で、分解能が高いにもかかわらず迅速である。本発明の方法へのTOF MSの適用は、本発明の方法の速度およびTOF MSの動作の相乗効果により特に有利であることが確認された。さらに、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT ICR)、リニアイオントラップ(LIT)、オービトラップ質量分析計、トリプル四重極(QQQ)質量分析計または他のそのような方法など、他の質量分析方法を使用することもできる。
【0014】
第2の複数の質量電荷比は、第1の複数の質量電荷比と同様でもよく、あるいは、そのサブセットまたはスーパーセットでもよい。典型的には、第2の複数の質量電荷比は、典型的には連続している範囲全体に離散離間している質量電荷比の範囲を含むことになる。
【0015】
本発明の第2の態様によれば、静電型または動電型イオントラップと、静電型または動電型イオントラップのための制御回路とを備える質量分析機器であって、静電型または動電型イオントラップが、少なくとも2つの軸方向トラッピング電極と、複数の径方向トラッピング電極と、少なくとも1つの励起電極とを含む電極を備え、制御回路が、
電極によって規定されたボイド内に複数のイオンを使用時に含有するように、各励起電極に電圧を印加し、各イオンが、ある半径の、静電型または動電型イオントラップ内の経路を辿り、
イオンの質量電荷比に依存して、イオンの半径を変更するように構成され、
当該機器が、このように変更されたイオンを半径依存的にフラグメンテーションするように構成されたフラグメンテーションデバイス、およびイオンの質量スペクトルを判定するように構成された質量判定デバイスをさらに備える、質量分析器が提供される。
【0016】
したがって、本出願人は、静電型または動電型イオントラップにおける2次元(2D)質量分析(MS)の応用例を実現した。質量電荷比依存的な変更により、異なる質量電荷比のイオンが選択的に変更される、一連の走査からの質量スペクトルの照合は、プリカーサの質量電荷比と相関されるフラグメント(1次元)の質量電荷比に関する情報を提供することになる(どのイオンをフラグメンテーションするか制御する半径変更に対する質量電荷比依存性による)。発明者には、とりわけ、従来どおりにフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT ICR MS)を実行するよりも、静電型または動電型イオントラップにおける2D MSがより迅速に実行できうることを確認した。事実、十分に急速に質量スペクトルを得ることができる場合、液体クロマトグラフィ(LC)または気体クロマトグラフィ(GC)のタイムスケールでの分析が可能であり得る。さらに、静電型または動電型イオントラップは、FT ICR MSほど厳格な真空条件が求められない。即ち、大気(または他の非検体)ガスの存在に対する許容度が高いのである。
【0017】
典型的には、静電型または動電型イオントラップは、リニアイオントラップ(LIT)を含む。或いは、静電型または動電型イオントラップは、四重極イオントラップ、3次元イオントラップ、またはイオンが一貫した振動周波数を有するイオントラップを含み得る。
【0018】
半径の変更は、各励起電極を使用してイオンに印加される電界を変更することを含み得る。1つの実施形態では、制御回路は、遅延によって分離された各励起電極に励起パルスを印加するように構成され、遅延は、質量電荷比依存性を実現する。しかしながら、好ましい実施形態では、制御回路は、各励起電極に、ある周波数で変調される変調励起パルスを実現することができる。これは、特定の質量電荷比を有するイオンの振動周波数の共振を実現するようなものである。変調励起パルスは、SWIM(stored waveform ion radius modulation)パルスを含み得る。このような実施形態では、イオンは全体としてコヒーレントでなくてもよい。
【0019】
制御回路は、半径の変更が、異なる半径をもつ経路に対して特定の質量電荷比を有するイオンの半径を優先的に変化させること、または異なる半径をもつ経路に対して特定の質量電荷比を有していないイオンの半径を優先的に変化させることを含むように構成してもよい。したがって、フラグメンテーションデバイスは、特定の質量電荷比を有するまたは有さないフラグメントイオンを優先的にし得る。
【0020】
したがって、フラグメンテーションデバイスは、フラグメンテーションゾーンを通過するイオンをフラグメンテーションするように構成してもよい。制御回路は、フラグメンテーションゾーン内、または外へイオンをシフトさせるように半径を変更するように構成してもよい。典型的には、フラグメンテーションゾーンは、典型的には半径0を含む、より小さな半径のものとなる。
【0021】
フラグメンテーションデバイスは、(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおいてイオンにレーザビームを印加するように構成さえる)レーザ、(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおいてイオンに電子ビームを印加するように構成される)電子源、または(典型的にはフラグメンテーションゾーンにおいてガス分子とイオンとを衝突させるように構成される)衝突源を備えてもよい。
【0022】
質量判定デバイスは、任意の好都合な手段とすることができる。1つの実施形態では、フラグメンテーション後にイオンが転送される飛行時間(TOF)質量分析計を備えてもよい。これは、その他いくつかのMSデバイスよりも正確性は低いが迅速である。本発明の方法へのTOF MSの適用は、本発明の方法の速度およびTOF MSの動作の相乗効果により特に有利であることが確認された。さらに、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT ICR)質量分析計、リニアイオントラップ(LIT)質量分析計、オービトラップ質量分析計、トリプル四重極(QQQ)質量分析計または他の質量分析計など、他の質量分析デバイスを使用することもできる。
【0023】
添付図面を参照して、あくまで例として、本発明の実施形態について以下に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1aから1dは、本発明の第1の実施形態による質量分析機器の断面図を示す。
図2図1の機器に印加される様々な信号の相対的タイミングを示す。
図3図1の機器の電極に印加される励起信号を示す。
図4図1の機器の電極に印加される各パルスのピーク振幅を示す。
図5図1の装置を用いて実行される様々なシミュレーションの終了時におけるイオン数を示す。
図6図1の機器から得られる、シミュレートされた2次元質量スペクトルを示す。
図7図7a~7cは、本発明の第2の実施形態による質量分析機器の断面図を示す。
図8図8a~8cは、周波数プロファイルを増大および減少させた結果を示す。
図9図9a~9cは、周波数プロファイルを増大および減少させた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の第1の実施形態では、SIMIONイオン軌道計算を使用して探査される、リニアイオントラップ(LIT)における2D質量分析の実現可能性を実証する質量分析機器について説明する。
【0026】
SIMION 8.0(Scientific Instrument Services、米国ニュージャージー州リンゴーズ)を使用して、x=16mm、y=16mm、z=83mmの寸法のイオン光学ベンチ上ですべてのシミュレーションを実行した。リニアイオントラップ(LIT)は、y=0平面を中心に鏡面対称で単一のポテンシャルアレイに内蔵されている。これはSchwartzらによってモデル化されたものと同様である(J. C. Schwartz,M. W. Senko,J. E. P. Syka、「A two-dimensional quadrupole ion trap mass spectrometer」、J. Am. Soc. Mass Spectrom、2002年、13,659)。ポテンシャルアレイは、10グリッド単位/mm精度の11個の電極を含んでおり、10-5の収束限界で精密化した。
【0027】
図1は、LITを含むイオン光学ベンチを示している。図1aに示すように、軸方向にイオンを収容するために2つのエンドキャップ1が使用され、径方向にイオンを収容するために3つの四極子2、3(2つの一致する外側四極子2および中央四極子3)が使用される。図1bは、厚さ2mmおよび開口部半径3mmのエンドキャップ電極1を示す。エンドキャップ電極は、外側四極子2から2mmの間隙5を空けて離隔される。図1cおよび図1dは、四極子2、3を形成する四極子ロッド2a~2d、3a~3dが、軸8を中心にして4mmの内径で双曲線形状であることを示す。外側四極子2の長さは、12mmである。中央四極子3の長さは、37mmである。四極子2、3は、1mmの間隙6を空けて互いに離隔されている。軸上レーザ7は、トラップに保持されるイオンに対して、半径依存的なフラグメンテーションを行う。その際に四極子に印加される電圧は、エンドキャップ1に+10.0VDC、外側四極子ロッド2a~2dに+5.0VDC、中央四極子ロッド3a~3dに+/-100.0VRFである。等ポテンシャル線は、-100.0V、-75.0V、-50.0V、-25.0V、-10.0V、0.0V、+2.5V、5.0Vおよび10.0Vに対応する。
【0028】
本明細書では直接シミュレートしないが、上記LITの内容物を、以下で説明するようにそれぞれの励起およびフラグメンテーションの後の質量スペクトルを判定するために、さらなる質量分析計10に送ることができる。
【0029】
図2は、イオン軌道をシミュレートするために使用される実験のタイミングを示す。実験条件を発生させるために使用されるワークベンチプログラムは、Lua 5.1.1(ブラジル国リオデジャネイロ州リオデジャネイロ)プログラミングで記述された。各イオン軌道シミュレーションの最初の10μs(初期設定セグメント)の間、LITの中央の0.2mm半径の区域においてイオン化をランダム化した。連続するトラッピング電圧を、イオン軌道シミュレーション全体にわたって、エンドキャップ電極上では+10.0Vに、外側四極子のロッド上では+5.0Vに設定した。振幅300.0Vpp、周波数1.1MHzの高周波電圧を3つの四極子すべてに印加した。
【0030】
50.0μs後、以下で説明するように、SWIFTを使用して外部で生成した励起パルスを、振幅700.00V0p、周波数範囲20~550kHzで中央四極子3のロッド3a~3dに印加した。各パルスの長さを380μsに設定した。
【0031】
励起パルスの最後に、軸8を中心に0.05mm半径の最上部のフラグメンテーションゾーンを用いて、レーザ7の使用についてフラグメンテーション期間をモデル化した。以下の式を使用してフラグメンテーションの確率を計算した。
【数1】
式中、Pは、フラグメンテーションの確率であり、tは、フラグメンテーション期間中にフラグメンテーションゾーン内でイオンが費やした時間であり、Tdecayは500.0μsに設定した。このモデルは、レーザベースのフラグメンテーション法を表わすために選択された。フラグメンテーションゾーンの半径と時間減衰はいずれも、妥当なフラグメンテーション効率を実現するように任意選択された。イオン軌道シミュレーション毎に、フラグメンテーションの実行は一度のみとした。フラグメンテーション期間後、イオン軌道計算が終了するように設定した。128個の異なる励起パルスを用いて実験スクリプトを128回繰り返した。
【0032】
SWIMパルス生成
パイソン2.7プログラム言語を開発環境Spyder2.3.8(Anaconda, Continuum Analytics,米国テキサス州オースチン)において使用して、128個のSWIM(stored waveform ion radius modulation)パルスを発生させ、カンマ区切り(csv)ファイルの形式で記憶し、SIMIONワークベンチプログラムによって呼び出されるようにした。図3には、Rossらによって提案されたように各パルスを発生させるプロセスがまとめられている(C. W. Ross,III,S. Guan,P. B. Grosshans,T. L. Ricca,A. G. Marshall、「Two-dimensional Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry/mass spectrometry with stored-waveform ion radius modulation」、J. Am. Chem. Soc.、1993年、115,7854;C. W. Ross,W. J. Simonsick,Jr.,D. J. Aaserud、「Application of Stored Waveform Ion Modulation 2D-FTICR MS/MS to the Analysis of Complex Mixtures」、Anal. Chem.、2002年、74,4625)。各パルスの周波数範囲は、20~2117.151kHzであるが、各パルスの振幅は、20~550kHzの周波数範囲上で非ゼロである。周波数増分は、1Hzであった。各パルスの振幅包絡線は、以下の式によって求められる。
【数2】
式中、Mは振幅であり、fは周波数であり、nはパルスのインデックスであり、fmaxはパルスの最大周波数(ここでは、550kHz)であり、fminはパルスの最小周波数(ここでは、20kHz)である。
【0033】
時間領域パルスの最大電圧を低減するために、Guanらよって提案された四相関数(S. Guan,R. T. McIver,Jr.、「Optimal phase modulation in stored wave form inverse Fourier transform excitation for Fourier transform mass spectrometry. I. Basic algorithm」、J. Chem. Phys.、1990年、92,5841)を周波数領域パルスに適用した。
【数3】
式中、φは位相であり、fは周波数であり、fmax,rangeは全周波数範囲(ここでは、2117.151kHz)であり、fminは最小周波数(ここでは、20kHz)である。式2と式3とを組み合わせて得られる関数:
【数4】
を、逆高速フーリエ変換の実数部を使用して、時間領域パルスに変換した。
【0034】
得られた時間領域パルスは、1秒であった(時間増分0.477μs)。csvファイルでの記憶前に10nsの時間増分を達成するために、パルスの有意部分を380μsで切り捨てて補間した。
【0035】
粒子定義、データ記録およびデータ処理
イオン軌道計算をクーロン反発なしに行った。各SWIMパルスについて、m/z166、m/z195およびm/z322の100個のイオンの軌道を計算した。それらのフラグメントのm/z比は、それぞれm/z122、m/z181およびm/z190であった。すべてのm/z比を任意に選択した。各イオン軌道計算について、イオンスプラットの瞬間またはシミュレーションの終了時に、イオンのインデックス、m/z比および飛行時間をテキストファイルに記録および記憶した。シミュレーションの終了時にLIT中に残存するイオンの数を、全イオン電流(TIC)と定義した。
【0036】
シミュレーションを目的として、パイソン2.7プログラム言語を使用して、イオン軌道計算により記録されたデータを2D質量スペクトルに変換したが、実世界の実施形態では、質量分析計(MS)、典型的には飛行時間(TOF)MSが使用される。
【0037】
各m/z比について、マグニチュードモードにおけるSWIMインデックスnに沿って、イオン数のフーリエ変換を計算した。nのサンプリングレートは1なので、符号化周波数に対するナイキスト周波数が0.5となる。128個のデータポイントにわたってイオン数を測定したので、周波数増分は1/64である。3つのプリカーサイオンm/z比を使用し、周波数を基準点として符号化する周波数対質量変換のために二次適合を使用した(E. B. Ledford,Jr.,D. L. Rempel,M. L. Gross、「Space charge effects in Fourier transform mass spectrometry. II. Mass calibration」、Anal. Chem.、1984年、56,2744)。
【0038】
シミュレーション結果
四極子におけるイオン軌道の周波数は、以下の式によって求められる。
【数5】
式中、frは動径周波数であり、fdriveは四極子電極に印加されたRF電圧の周波数であり、βrは径方向寸法おいてマチウ方程式を解くために使用される安定性パラメータである(0≦βr≦1)。質量分析において一般に使用される安定性図の区域では、m/z比が増大するとβr安定性パラメータは減少する(R. E. March、「An introduction to quadrupole ion trap mass spectrometry」、Journal of Mass Spectrometry、1997年、32,351)。四極子おいて所与のm/z比のイオンを動径励起または不安定化させるために、共振RF電圧を使用することができる。動径励起は、励起電圧のRF振幅および長さとともに増大する。
【0039】
この効果は、Hilgerらによるリニアイオントラップにおけるイオン分離に使用されてきた(R. T. Hilger,R. E. Santini,C. A. Luongo,B. M. Prentice,S. A. McLuckey、「A method for isolating ions in quadrupole ion traps using an excitation waveform generated by frequency modulation and mixing」、Int. J. Mass Spectrom、2015年、377,329)。この研究において、四極子ロッドに双曲線形状が選択された。一方で、リニアイオントラップについて、共振周波数に関して同様の結果となる多くの異なる電極形状が開発され、テストされてきた。共振周波数がフラグメンテーションゾーンのサイズ全体で安定している限り、半径変更の品質は影響されにくい。
【0040】
各SWIMファイルにおいて、イオンは、式5で定義された周波数に基づいて式2により求められた周波数依存的なRF振幅の、一定の範囲の周波数(すなわちm/z比)にわたって動径励起される。所与のm/z比について、それらの共振周波数における振幅(すなわち励起後にイオン雲の半径)は、以下の符号化周波数を用いて、SWIMファイルのインデックスnに従って変更される。
【数6】
式中、feは符号化周波数であり、frはイオンの軌道の共振径方向周波数であり、fminは(m/z範囲における最も高いm/z比に対応する)周波数範囲の最小周波数であり、fmaxは(m/z範囲における最も低いm/z比に対応する)周波数範囲の最大周波数である。
【0041】
IRMPD(S. A. Hofstadler,K. A. Sannes-Lowery,R. H. Griffey、「Infrared Multiphoton Dissociation in an External Ion Reservoir」、Anal. Chem.、1999年、71,2067)、UVPD(R. Cannon Joe,B. Cammarata Michael,A. Robotham Scott,C. Cotham Victoria,B. Shaw Jared,T. Fellers Ryan,P. Early Bryan,M. Thomas Paul,L. Kelleher Neil,S. Brodbelt Jennifer、「Ultraviolet photodissociation for characterization of whole proteins on a chromatographic time scale」、Anal Chem、2014年、86,2185)、または、ETD(G. C. McAlister,D. Phanstiel,D. M. Good,W. T. Berggren,J. J. Coon、「Implementation of Electron-Transfer Dissociation on a Hybrid Linear Ion Trap-Orbitrap Mass Spectrometer」、Anal. Chem.(米国ワシントンDC) 、2007年、79,3525)のような、本実施形態とともに使用できるレーザベースまたは電子ベースのフラグメンテーション法の場合、フラグメンテーション効率が高いゾーンは、四極子の中央にある。イオン雲の半径が大きい(共鳴励起が高い)とき、イオン雲とフラグメンテーションゾーンとの間の重複は小さく、フラグメンテーションがあまり期待できない。イオン雲の半径が小さい(共鳴励起が低い)と、イオン雲とフラグメンテーションゾーンとの間の重複は大きく、フラグメンテーション効率が高くなることが予想される。
【0042】
FT-ICR MSとは異なり、LITにおけるイオンマニピュレーションは、イオン雲コヒーレンスを必要としない(M. B. Comisarow,A. G. Marshall、「Fourier transform ion cyclotron resonance spectroscopy」、Chem. Phys. Lett.、1974年、25,282)。その結果、分解能を損なうことなく、衝突活性化解離を2D LIT MSにおいて使用することができる。CADにおけるフラグメンテーション効率は、イオン運動エネルギーとともに向上するため、イオン雲とフラグメンテーションゾーンとの間の重複は、高半径でイオンが励起されたときには高く、イオンが低半径で励起されたときには低い。
【0043】
これらの仮定に従って、SWIMにおけるフラグメントイオン存在量は、フラグメンテーション法が、レーザベースか、電子ベースか、またはCADであるかどうかにかかわらず、それらのプリカーサの半径と同じ(式6で定義した)符号化周波数で変更される。この効果により、LITにおける2D MSが可能になる。
【0044】
図3は、広帯域励起の逆フーリエ変換からなる、SWIMを使用したイオン雲半径の符号化を示している。励起波形が、すべての周波数において0位相を有する場合、逆フーリエ変換により、高い振幅の短励起の原因となるチャープパルスがもたらされる(A. G. Marshall,T. C. L. Wang,T. L. Ricca、「Tailored excitation for Fourier transform ion cyclotron mass spectrometry」、J. Am. Chem. Soc.、1985年、107,7893)。チャープパルスにより、質量分析器を駆動するRF増幅器は、高い電圧振幅(数百Vpp)および高い周波数仕様が求められる。励起パルスにおける個々の周波数の影響を経時的に広げることで、RF増幅器に求められる性能を低く抑えるため、Guanら(1990年、前述している)は、最適な振幅低減のため、SWIFT励起パルスの位相変更を最適化するアルゴリズムを提案した。広帯域励起の場合、最適な位相変調は、式3によって得られる。振幅包絡線が異なる広帯域励起の場合、最適な位相変調は、包絡線の形状に依存する。SWIMの場合、これは、最適な位相変調関数が各インデックスnについて異なることを意味する。
【0045】
in silicoの実験では、電圧振幅の制限はないが、2D MS実験を物理的な実施形態に適応させるためには、パルスの電圧振幅およびパルスの長さという2つの要素について検討する必要がある。一方では、パルスの電圧振幅は、RF増幅器の性能の範囲内であることが求められる。他方では、LCのタイムスケールに2D MSを適合するには、パルス幅が限定されている必要がある(この実験では、最低周波数は、400μsのパルス幅に対応する20kHzである)。さらに、SWIMインデックスnとは無関係の位相変調関数を選択すると、各実験の前に、SWIMパルスをより早く発生させることになる。この研究では、式3で提案される位相変調関数を選択した。図4は、正規化された周波数領域包絡線のための位相変調を用いたパルスのピーク間振幅および当該位相変調を用いないパルスの頂点間振幅を示している。すべてのSWIMインデックスについて、位相変調を用いたパルスは、位相変調を用いないパルスよりも低い振幅を有する。平均振幅は位相変調を用いないと0.187であり、位相変更を用いると0.111である。したがって、平均振幅が1.68倍減となる。これにより、2D MSのプロトタイプに対して、RF増幅器に求められる性能がほぼ半分に抑えられる。
【0046】
図5は、各イオン軌道計算の終了時のイオン数、すなわち、イオンの合計数、プリカーサイオンの数およびフラグメントイオンの数をSWIMインデックスnの関数として示している。3つのm/z比、すなわち、m/z166、m/z195およびm/z322について、イオン軌道計算を実行した。
【0047】
図5は、シミュレーションの終了時のイオンの合計数をSWIMファイルのインデックスを用いて周期的に変更することを示している。全イオン数の周期的な低下は、イオンがLITから出るまでSWIMパルスによって高い半径に励起されていることによるものである。全イオン数の減少は、フラグメントイオンの数の減少と一致する。即ち、フラグメンテーションゾーンはLITの中央に位置しており、プリカーサイオンの半径が増大するにつれて、そのフラグメンテーション効率が低下する。プリカーサイオンの数の挙動は、より複雑である。プリカーサイオンがフラグメンテーションゾーン内に存在する時間はより少なく、励起後のプリカーサイオンの半径が増大するにつれて、そのフラグメンテーション効率が低下する。プリカーサイオンの半径がLITのサイズに達すると、プリカーサイオンはフラグメンテーション期間の前にLITから放出されるので、プリカーサイオンの数は再び低下する。この挙動は、図3a、図3b、および図3cについて繰り返されており、m/z比に依存しない。しかしながら、大きな半径での全イオン数の低下は、m/z比の減少とともに増大し(SWIMパルスの380μsでの切り捨てによるものであり得る)、その結果、より低い周波数における励起が低下し、したがって、より高m/z比における励起がより少なくなる。
【0048】
変更の周波数は、m/z比とともに低下し、図5aは、m/z166のプリカーサのイオン数は5サイクルを経ることを示しており、図5bでは、m/z195のプリカーサは4サイクルを経て、図5cでは、m/z322のプリカーサは2サイクルを経ている。これらの周波数は、式6の符号化周波数に対応する。対応する共振周波数は、m/z166では103kHz、m/z195では86kHz、m/z322では53kHzである。すべての実験におけるイオン数の周波数は、プリカーサイオンおよびフラグメントイオンの周波数と同じであり、したがって、プリカーサイオンの存在量とフラグメントイオンの存在量との間に相関性、およびLITにおける2D質量分析の可能性が確立される。
【0049】
図6は、図5に提示したデータを用いて生成された2D質量スペクトルを示している。2D FT-ICR質量スペクトルの場合のように、横軸は、イオン軌道計算の終了時に測定されたm/z比は(すなわち、フラグメントm/z比)を表し、縦軸は、周波数対質量変換から計算されたm/z比(すなわち、プリカーサm/z比)を表している。図6の点線は、自身の符号化周波数(すなわちm/z比)に応じたプリカーサイオンの存在量の変化に対応する「(m/z)フ゜リカーサ=(m/z)フラク゛メント」の式による自己相関を示している。
【0050】
図6は、m/z(195,195)およびm/z(322,322)における自己相関線上の2つのピークを示す。各プリカーサイオンは、フラグメントイオン線上にピークを有し、m/z195についてはm/z(181,195)、m/z322についてはm/z(190,322)である。2D質量スペクトルは、m/z(122,166)においてピークを示すが、m/z(166,166)において自己相関線上に対応するピークがなく、励起が(射出による)最大励起と(フラグメンテーションによる)最小励起の両方におけるイオン損失を生じるのに十分な強さであるので、プリカーサイオンの変更は、フラグメントイオンの変更の2倍の頻度である。
【0051】
図6の2D質量スペクトルの、プリカーサ垂直寸法における分解力は低く、m/z200において10未満である。2D MS法はプリカーサ寸法についてFTベースなので、SWIMインデックスnに沿ったデータポイント数の増大は、プリカーサ寸法における分解力を大幅に増大させ得る。現状、データポイントやLITの径方向における周波数の不安定性以上に垂直分解力を制限するものは確認されていない。同様に、2D MS法はプリカーサ寸法についてFTベースなので、2D質量スペクトルのプリカーサ寸法における信号対雑音比は、SWIMインデックスnに沿ったデータポイント数とともに増大すると予想できる。
【0052】
この実施形態では、2D FT-ICR MSの研究とは異なり、SIMIONソフトウェアによってイオンのm/z比を直接測定したのでデータのフーリエ変換を計算することは、垂直寸法においてのみ必要であった。物理的な実施形態では、データ処理は、質量分析器10の性質に依存する。オービトラップとFT-ICR質量分析計はいずれもFTベースであり、両方の次元においてフーリエ変換を必要とするが、飛行時間と四極子はいずれも、より早く計算される飛行時間からm/zz比への変換に依拠する。
【0053】
この実施形態では、イオンマニピュレーションデバイスとしてLITを使用した。LITは、同様に質量分析器としても使用してもよく、あるいは、フラグメンテーション期間の終了時に質量分析器にイオンを移動させるように、他の質量分析器に接続されてもよい。イオン移動の最適化は、使用する質量分析器の種類に依存する。コストの点では、LIT単独、または、トリプル四重極内のLITが最も魅力的な選択肢であるが、収集時間がかかり、分解力が低い。LITをオービトラップまたはFT-ICR質量分析計と接続すると、分解力が劇的に向上するが、機器のコストもまた増大する。また、これらの2つの質量分析器のデューティーサイクルは長く、これにより、収集時間が長くなる。より速い収集を達成するために、TOF分析器は、デューティーサイクルが短いのでかなり有利であり、2D MSをオンライン液体クロマトグラフィと接続することを可能とし得る。
【0054】
この実施形態は、リニアイオントラップにおける2次元質量分析の実現可能性が示される(ここでは半径依存的なフラグメンテーション法を適用する前にSWIMパルスを印加してプリカーサイオン雲の半径を変更することによる)。得られたフラグメントイオンの存在量は、プリカーサイオンの存在量と同じ符号化周波数を用いて変更され、あるいは、プリカーサの最大励起がイオン放出につながる場合には、プリカーサイオンの存在量の符号化周波数を半分にする。イオンの存在量のフーリエ変換を計算し、各m/z比についてそれらをプロットすると、2D質量スペクトルは、2D FT-ICR MSについて説明したものと同様になる。
【0055】
したがって、リニアイオントラップにおける2D MSは、レーザベース(IRMPD、UVPD)、電子ベース(ETD、PTD)または衝突ベース(CAD)の、様々な半径依存的なフラグメンテーション技術に、適用することができる。LITは、イオンマニピュレーションデバイスとしても、質量分析器としても使用できるが、高い分解能またはより速い収集時間などの実験セットアップにおける様々な所望の特性を得るために、FT-ICR質量分析計、オービトラップまたはTOFのような他の質量分析器を接続することができる。特に、LITをデューティーサイクルがより速い質量分析器と接続すると、10秒超の収集時間の短縮が図られ、それにより、2D MSはLCまたはGCのタイムスケールに適合可能になる。そのような機器により、イオン分離分析を必要としないLC-2D MS実験が実現される。LC-2D MSは、MS/MSが大量の検体を除外する、プロテオミクスおよびペトロリオミクス等の場合のような、複合試料の分析に極めて有効な技術であり、MS/MSは、多くの検体を省略する。
【0056】
添付図面の図7に示される本発明の第2の実施形態では、リニアイオントラップにおける2D質量分析の実現可能性を実証する別の質量分析機器が示されている。第1の実施形態と等しい整数は、50を足した対応する参照番号として示されている。
【0057】
この実施形態では、収容されたイオンを保持するフィールドを提供するために、機器の長さに沿って4つの四極子電極52のセットが提供される。4つの励起電極60a、60bのさらなるセットが2対の電極として提供され、各対60a、60bは、四極子電極52の両側に2つの電極を備えている。
【0058】
したがって、SWIM励起パルスを四極子電極52に印加するのではなく、励起電極に印加する。さらに、励起パルスを1対の励起電極60a、60bにのみ印加するのではなく、SWIM逆フーリエ変換ステップを行った後、時間領域パルスの実数部を一方の対60aに印加することができ、虚数部は他方の対60bに印加される。
【0059】
これにより、電極のうちの1対にパルスを印加するという同様の結果が得られるが、(少なくとも約)1/2の振幅が電極の各対に印加される。したがって、ピーク振幅を低減することができる。
【0060】
さらに、この実施形態では、動径周波数とともに線形に増大するSWIM周波数を有するのではなく、SWIM周波数は、動径周波数とともに低下する。イオン存在量は、fではなく、fNyquist-fで変更される。
【0061】
最大値の半分の全幅は周波数とは無関係であるため、質量精度および質量分解能は、周波数プロファイルにかかわらずm/z比で減少することになる。このことは、周波数プロファイルを増大および減少させた結果を示す、添付図面の図8および図9に示されている。これらの図のそれぞれにおいて、グラフa)は、所与の径方向のモーション周波数についてのSWIM周波数を示し、グラフb)は、所与の周波数におけるMS強度を示し、グラフc)は、得られた2D質量スペクトルを示している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9