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特許7101691金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体、および該物体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-07
(45)【発行日】2022-07-15
(54)【発明の名称】金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体、および該物体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/08 20060101AFI20220708BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20220708BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220708BHJP
【FI】
C23C16/08
B23B27/14 A
C23C16/36
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019543349
(86)(22)【出願日】2018-02-02
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-03-12
(86)【国際出願番号】 EP2018052635
(87)【国際公開番号】W WO2018146013
(87)【国際公開日】2018-08-16
【審査請求日】2020-11-27
(31)【優先権主張番号】102017102642.8
(32)【優先日】2017-02-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】594102418
【氏名又は名称】フラウンホーファー-ゲゼルシャフト ツル フェルデルング デル アンゲヴァンテン フォルシュング エー ファウ
【氏名又は名称原語表記】Fraunhofer-Gesellschaft zur Foerderung der angewandten Forschung e.V.
【住所又は居所原語表記】Hansastrasse 27c, D-80686 Muenchen, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】インゴルフ エンドラー
(72)【発明者】
【氏名】マンディ ヘーン
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-505902(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/08
B23B 27/14
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ励起を伴わない熱CVD法による一層または多層の層系を有する、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体であって、前記一層または多層の層系が、総組成(TiSi)(C)(式中、0.7<x≦0.99および0.01≦y<0.3および0.4<a<0.9および0.1<b<0.6および0.01<c≦0.1)を有する少なくとも1つのナノコンポジット層を含有し、前記ナノコンポジット層が、10nmから0nmという結晶子サイズを有する立方晶オキシ炭窒化チタンからなる第1のナノ結晶相と、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相とを有し、かつTi-O結合およびSi-O結合が形成されており、かつ前記ナノコンポジット層が、0.001から1原子%の間の塩素含有量を有する硬質材コーティング体。
【請求項2】
複数のナノコンポジット層が配置されている、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項3】
1つまたは複数の前記ナノコンポジット層が、Si/Ti原子比に関して勾配を有する、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項4】
少なくとも1つのナノコンポジット層がラメラ構造を有する、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項5】
ラメラ構造を有する前記層が、50nmから500nmの間の厚さをもつラメラを有する、請求項4記載の硬質材コーティング体。
【請求項6】
ラメラ構造を有する前記層が、Si/Ti原子比が異なるラメラを有する、請求項4記載の硬質材コーティング体。
【請求項7】
前記ナノコンポジット層が、3000HVから4000HVの硬さ、有利には3300HVから3600HVの硬さを有する、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項8】
前記ナノコンポジット層が、1μmから10μmの層厚、有利には4μmから7μmの層厚を有する、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項9】
1つまたは複数のカバー層および/または結合層が存在する、請求項1記載の硬質材コーティング体。
【請求項10】
前記カバー層および/または結合層が、Ti、Hf、Zr、Crおよび/またはAlの1つまたは複数の窒化物、炭化物、炭窒化物、オキシ窒化物、オキシ炭化物、オキシ炭窒化物、酸化物またはそれらの元素の混合相からなる、請求項記載の硬質材コーティング体。
【請求項11】
請求項1から10までのいずれか1項記載の金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体を製造するための方法であって、プラズマ励起を伴わない熱CVD法を用いて、TiCl、1つまたは複数の塩化ケイ素、CHCN、H、CO、および/またはCOからなるガス混合物中において、700℃から950℃の間の温度および0.1kPaから0.1MPaの間の圧力において、少なくとも1つの(TiSi)(C)ナノコンポジット層を蒸着させ、ガス相中の塩化ケイ素および塩化チタンの原子比Si/Tiが、1を超えるように選択される、前記方法。
【請求項12】
ガス混合物にNを添加する、請求項1記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体、ならびに該物体の製造方法に関する。本発明による硬質材層は、例えば、切削工具用の摩耗保護層として、タービンブレード用の保護層として、またはマイクロエレクトロニクスでの拡散バリアとして使用できる。
【0002】
超硬合金工具およびセラミック工具は、今日では、工具の寿命を決定的に高める様々な摩耗保護層を有する。その摩耗保護層の特性、例えば、高硬度ならびに優れた耐酸化性および温度安定性により、工具が保護され、性能が明らかに高まる。
【0003】
従来技術からすでに多数の硬質材層が公知である。それらの硬質材層は、組成、構造、および特性に関して異なる。
【0004】
摩耗保護層としては、例えば、TiSiCNまたはTiSiCNOからなる硬質材層が公知であり、その製造にはPVD法またはプラズマCVD法を使用する。
【0005】
特開2004-074361号公報(JP 2004 074 361 A)からは、基板上に配置された表面コーティングが公知であり、ただし、その表面コーティングは、(MSi)の窒化物、炭窒化物、オキシ窒化物、またはオキシ炭窒化物からなる。Mは、Ti、Al、Cr、Zr、V、Hf、Nb、Mo、W、Taであり、0.1≦y≦0.8が当てはまり、ただしx+y=1である。コーティングされた硬質材工具は、基板表面からコーティング表面に向かって連続的または徐々に変化する表面コーティング硬度を有する。
【0006】
特開2004-114219号公報(JP 2004 114 219 A)からは、基板上に配置された表面コーティングが公知であり、ただし、その表面コーティングは、(TiSi)(C)から形成されており、0.1≦y≦0.8(x+y=1)、0≦a≦0.6および0≦b≦1.0および0≦c≦0.5(a+b+c=1)の組成を有する。表面層中のCの量は、基板の表面側からコーティングの表面に向かって連続的に上昇する。
【0007】
欧州特許出願公開第1382709号明細書(EP 1 382 709 A1)からは、ナノコンポジット構造を有する、TiSiCN層またはTiSiCNO層による単層が形成される多層コーティングが公知である。その層は、結晶子サイズが0.1nmから10nmの間の立方晶TiSiCN相または立方晶TiSiCNO相、ならびにSiの非晶質の窒化物、炭化物、炭窒化物、オキシ窒化物、オキシ炭窒化物からなる。すべての層はPVDを用いて製造される。
【0008】
もっとも、PVD法を用いて製造したTiSiCNO層は、最大限10GPaという低い硬度を有することが公知である(Zheng, Y等:「Evaluation of mechanical properties of Ti(Cr)Si(O)N coated cermented carbide tools」、真空90(2013)50)。前記の層での硬度が低い理由は、多量の酸素混入(Sauerstoffeinbau)が結晶質のTiO化合物および低い硬度をもたらすことに見出される一方で、それにより、良好な生体適合性が達成される。
【0009】
国際公開第2008/129528号(WO 2008 129 528 A2)からは、クロム、バナジウム、およびケイ素のリストからの少なくとも1つの合金元素で合金化されたチタンベース硬質材からなる少なくとも1つの層を有する、コーティングされた金属基板が公知である。合金元素の全量は、金属含有量の1%から50%の間にあり、ただし、その層は、一般式(Ti100-a-b-cCrSi)Cを有する。この層はCVD法を用いて製造される。記載されるCVD法は、合金元素Cr、V、Siが常に低い量で添加される中温域工程である。さらに、塩化ケイ素の分圧が、金属塩化物TiClの分圧の0.1%から30%であると記載されている。
【0010】
独国特許出願公開第102011087715号明細書(DE 10 2011 087 715 A1)からは、TiSiCNコンポジット層、または少なくとも1つのTiSiCNコンポジット層を含有する多層層系でコーティングされた、金属、超硬合金、サーメットまたはセラミックスからなる硬質材コーティング体が公知であり、ただし、TiSiCNコンポジット層は、TiC1-xからなるナノ結晶相と非晶質SiCからなる第2の相とを含有し、付加的なプラズマ励起を伴わない熱CVD法を用いて製造されている。さらに、かかる金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体を製造するための方法が記載されており、その方法では、1つまたは複数のハロゲン化チタン、1つまたは複数の含ケイ素前駆体、水素、ならびに炭素原子および窒素原子を含む反応性化合物、および/または窒素化合物、および/または炭化水素、および/または不活性希ガスを含有するガス混合物中において、700℃から1100℃の間の温度および10Paから101.3kPaの間の圧力における、付加的なプラズマ励起を伴わない熱CVD法を用いて、物体上にTiSiCNコンポジット層を蒸着させる。
【0011】
公知の解決策での不利点は、TiSiCN層への酸素混入が、硬度および耐酸化性の低下をもたらすため、不十分な耐摩耗性をもたらし、かつ硬質材層を生み出すための方法に労力とコストがかかることである。さらに、従来のCVD法では、酸素混入が無制御に起こる。
【0012】
本発明の課題は、高硬度および耐酸化性に加えて、抜群の耐摩耗性を有する硬質材層を提供することである。この課題に含まれるのは、工業条件下でもかかる硬質材層の製造を低コストで可能にする方法の提供である。
【0013】
この課題は、特許請求項の特徴によって解決され、ただし、本発明は、個々の従属特許請求項が互いを排除しない限り、AND組み合わせ(UND-Verknuepfung)の趣旨での個々の従属特許請求項の組み合わせも含む。
【0014】
本発明によると、プラズマ励起を伴わない熱CVD法により一層または多層の層系でコーティングされている、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体が提供され、ただし、その一層または多層の層系は、総組成(TiSi)(C)(式中、0.7<x≦0.99および0.01≦y<0.3および0.4<a<0.9および0.1<b<0.6および0.01<c≦0.1)を有する少なくとも1つのナノコンポジット層を含有し、ただし、そのナノコンポジット層は、10nmから100nmという結晶子サイズを有する立方晶オキシ炭窒化チタンからなる第1のナノ結晶相と、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相とを有し、ただし、ナノコンポジット層が、0.001から1原子%の間の塩素含有量を有する。
【0015】
有利には、複数のナノコンポジット層が配置されている。
【0016】
硬質材コーティング体において、その、1つまたは複数のナノコンポジット層が、Si/Ti原子比に関して勾配を有すると同じく有利である。
【0017】
有利な一実施形態では、少なくとも1つのナノコンポジット層がラメラ構造を有し、ただし、有利には、ラメラ構造を有する層が、50nmから500nmの間の厚さをもつラメラを有する。ラメラ構造を有する層が、Si/Ti原子比が異なるラメラを有する場合も有利である。
【0018】
ナノコンポジット層が、3000HVから4000HVの硬度、とりわけ有利には3300HVから3600HVの硬度を有する場合も同じく有利である。
【0019】
さらに、ナノ結晶相が10nmから20nmの結晶子サイズを有する場合が有利である。
【0020】
硬質材コーティング体の有利な一実施形態では、ナノコンポジット層が、1μmから10μmの層厚、とりわけ有利には4μmから7μmの層厚を有する。
【0021】
1つまたは複数のカバー層および/または結合層が存在する場合も有利であり、ただし、有利には、カバー層および/または結合層が、Ti、Hf、Zr、Crおよび/またはAlの1つまたは複数の窒化物、炭化物、炭窒化物、オキシ窒化物、オキシ炭化物、オキシ炭窒化物、酸化物またはそれらの元素の混合相からなる。
【0022】
本発明によると、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる硬質材コーティング体を製造するための、プラズマ励起を伴わない熱CVD法を用いて、TiCl4、1つまたは複数の塩化ケイ素、CHCN、H、CO、および/またはCOからなるガス混合物中において、700℃から950℃の間の温度および0.1kPaから0.1MPaの間の圧力において、少なくとも1つの(TixSiy)(CaNbOc)ナノコンポジット層を蒸着させる方法が提供され、ただし、ガス相中の塩化ケイ素および塩化チタンの原子比Si/Tiが、1を超えるように選択される。
【0023】
有利には、ガス混合物にNを添加する。
【0024】
本発明による解決策を用いると、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる物体用の、高硬度および耐酸化性に加えて抜群の耐摩耗性を有する硬質材コーティングが提供される。本発明による硬質材コーティングは、プラズマ励起を伴わない熱CVD法を用いて製造されるため、工業条件下でもかかる硬質材コーティング体の製造が低コストで可能になる。
【0025】
プラズマ励起を伴わない熱CVD法により、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる物体上に、一層または多層の層系を蒸着させ、ただし、その一層または多層の層系は、総組成(TiSi)(C)(式中、0.7<x≦0.99および0.01≦y<0.3および0.4<a<0.9および0.1<b<0.6および0.01<c≦0.1)を有する少なくとも1つのナノコンポジット層を有する。
【0026】
そのナノコンポジット層は、立方晶オキシ炭窒化チタンからなる第1のナノ結晶相を有し、ただし、その結晶子は、10nmから100nmというサイズで存在する。さらに、本発明によるナノコンポジット層は、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相を有する。
【0027】
ナノコンポジット層中に2つの異なる相、つまり立方晶オキシ炭窒化チタンからなるナノ結晶相とオキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる第2の非晶質相とが存在することにより、耐摩耗性および耐酸化性に関して特に優れた特性が達成される。
【0028】
この二相ナノコンポジット構造が、ナノコンポジット層の特に高い硬度値をもたらすのに対して、オキシ炭窒化ケイ素またはオキシ炭化ケイ素からなる非晶質相の存在により、本質的に改善された耐酸化性が達成される。
【0029】
さらに、ナノコンポジット層中における、0.001から1原子%の間の低い塩素含有量に基づき、ナノコンポジット層の分解が回避される。
【0030】
有利には、硬質材コーティング体が、複数のナノコンポジット層を有することも可能であり、ただし、個々のナノコンポジット層のうちの1つのみが、それだけで、Si/Ti原子比に関して勾配を有することが可能である。しかしながら、複数の個々のナノコンポジット層からなり得るナノコンポジット層全体が、Si/Ti原子比に関して勾配を有することも可能である。少なくとも1つのナノコンポジット層中においてSi/Ti原子比に関する勾配を考慮することにより、硬質材コーティング体の摩耗特性が個別に調整され、それにより、例えば、硬質材コーティング体の寿命が本質的に改善されることが達成される。
【0031】
少なくとも1つのナノコンポジット層がラメラ構造を有する場合に、さらに改善された機械特性が達成され、ただし、そのラメラは、50nmから500nmの厚さおよび異なるSi/Ti原子比を有する。
【0032】
少なくとも1つのナノコンポジット層中におけるかかるラメラ構造の利点は、そのナノコンポジット層内での亀裂伝播が阻まれることにある。それにより、例えば、摩耗保護層および工具の寿命が本質的に改善される。
【0033】
本発明による、硬質材層のナノ結晶構造、ならびにCOおよび/またはCOの適切な使用により、3000HV[0.01]から4000HV[0.01]、特に3300HV[0.01]から3600HV[0.01]という特に高い硬度値が達成される。さらに、特別な含酸素前駆体の使用、および本発明による、プラズマ励起を伴わない熱CVD法の使用により、有利な一形態では、立方晶オキシ炭窒化チタンからなるナノ結晶相が、10nmから20nmの結晶子サイズを有することが達成できた。
【0034】
ナノコンポジット層は、有利には、1μmから10μmの層厚、特に有利な一実施形態では4μmから7μmの層厚を有する。本発明による、プラズマ励起を伴わない熱CVD法、およびそれに伴う、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる物体をコーティングする際のプロセスパラメータにより、そのような有利な、各使用範囲および用途に対して個別に調整される層厚を製造することが可能である。さらに、本発明の方法により、複雑な形状、アンダーカット、穿孔、および物体の接近しにくい領域も、本発明によるナノコンポジット層でコーティングすることが可能であり、その結果、本質的に幅広い使用範囲が可能になる。
【0035】
コーティングされる物体と本発明によるナノコンポジット層との間に1つまたは複数の結合層が存在し、かつ/またはナノコンポジット層上に1つまたは複数のカバー層が塗布されている場合が特に有利である。1つまたは複数の結合層の使用により、特に、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる物体上での本発明によるナノコンポジット層の本質的にさらに良好な付着が実現される。1つまたは複数のカバー層の塗布は、耐酸化性のさらなる上昇、または層と加工材料との間の摩擦の低下を可能にし、その結果、例えば、摩耗保護層の本質的に改善された寿命が達成される。有利には、カバー層および/または結合層が、Ti、Hf、Zr、Crおよび/またはAlの1つまたは複数の窒化物、炭化物、炭窒化物、オキシ窒化物、オキシ炭化物、オキシ炭窒化物、酸化物またはそれらの元素の混合相からなる。
【0036】
本発明によると、金属、超硬合金、サーメット、またはセラミックスからなる物体上のTiSiCNOナノコンポジット層が提供され、それにより、その物体は特に有利な特性を有する。それは、本発明による、プラズマ励起を伴わない熱CVD法によって達成され、その方法では、TiCl、1つまたは複数の塩化ケイ素、CHCN、H、CO、および/またはCOからなるガス混合物中において、700℃から950℃の間の温度および0.1kPaから0.1MPaの間の圧力において、少なくとも1つの(TiSi)(C)ナノコンポジット層を蒸着させ、ただし、ガス相中の塩化ケイ素および塩化チタンの原子比Si/Tiが、1を超えるように選択する。
公知のTiSiCNナノコンポジット層と比べて、COおよび/またはCOからなるガス添加物の使用下での適切な酸素混入により、立方晶炭窒化チタン相の粒径が低下すると同時にオキシ炭窒化チタンへの変換が達成される。
【0037】
驚くべきことに、例えば、特別なプロセス条件と関連づけた、含酸素前駆体COおよび/またはCOの特別な選択により、第2の非晶質相への適切な酸素混入が達成され、それにより、ナノコンポジット層の構造が本質的に影響を受けるということが認められた。それにより、わずかなSi含有量ですでに、ナノ結晶相の結晶子サイズが本質的に小さくなり、それが、摩耗保護層の、特に微細な構造および著しく改善された機械特性をもたらす。
【0038】
それを示すのが、模範的に表中で描写される、CVD法を用いて行ったコーティングおよび実験の結果である。
【0039】
【表1】
【0040】
そのように複雑なガス混合物を用いたCVD法では、含酸素前駆体COないしはCOを使用する際に、多相ナノコンポジット層へのOの混入がどのように起こるか予測できないことから、結合比を特定するために分光分析を行った。
【0041】
Ti-O結合およびSi-O結合の形成は、XPS分光法を用いて、O1sスペクトルおよびSi2pスペクトルの分析により検出できた。本発明による(TiSi)(C)ナノコンポジット層の場合、驚くべきことに、定められた酸素混入において、ナノコンポジット層中における酸素限界値c=0.1を超えない限り、ビッカース圧子を用いて、4000HV[0.01]までの非常に高い硬さが達成されることが分かった。
【0042】
驚くべきことに、含酸素前駆体COおよび/またはCO2を使用した際、SiCl4/TiCl4比を4から7の間に調整すると、ラメラ構造が生じることが判明した。
【0043】
以下、例示的実施形態および図を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】プラズマ励起を伴わないCVD法により製造された、例示的実施形態1による(TiSi)(C)ナノコンポジット層のX線回折図を示す。
図2】例示的実施形態1の(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関する、Si2pピークを分解したXPSスペクトルを示す。
図3】CVD法により製造された、例示的実施形態2による(TiSi)(C)ナノコンポジット層のX線回折図を示す。
図4】例示的実施形態2の(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関する、O1sピークを含むXPSスペクトルを示す。
図5】例示的実施形態3による、ラメラ構造を有する(TiSi)(C)ナノコンポジット層(B)およびその下側に位置するTiN層(A)のTEM写真を示す。
図6】例示的実施形態4の(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関する、Si2pピークを分解したXPSスペクトルを示す。
【0045】
例示的実施形態1
5μm厚のTiN/TiCN/TiN層系でプレコーティングされたWC/Co超硬合金スローアウェイチップ上に、熱CVD法を用いて、高ケイ素の(TiSi)(C)ナノコンポジット層をカバー層として蒸着させる。コーティングプロセスは、内径が75mmのホットウォールCVD反応器中で行う。CVDコーティングは、0.09体積%のTiCl、0.58体積%のSiCl、0.23体積%のCHCN、0.31体積%のCO、および98.79体積%のHからなるガス混合物を用いて行う。蒸着温度は850℃であり、プロセス圧は6kPaである。90分間のコーティング時間後に、4.5μm厚の(TiSi)(C)層が得られる。
【0046】
図1のX線回折図から、斜入射で行った薄膜X線分析では、立方晶TiC1-x相しか検出されないことが分かる。XPS検査の結果、その立方晶TiC1-x相はオキシ炭窒化チタンからなることが判明した。O1sスペクトルは、529eVから533eVの間に、TiO結合同様にSiO結合にも起因する幅広いピークを有する。このナノコンポジット層は、さらなる相として、非晶質のオキシ炭窒化ケイ素を含有し、それは、図2に示すXPS分析によって検出された。
【0047】
リートベルト解析を用いて、ナノ結晶オキシ炭窒化チタン相に対して、18.3±1.8nmという結晶子サイズを算出した。
【0048】
WDXによる元素分析は、以下の元素含有量をもたらした:
39.5原子%Ti、
9.7原子%Si、
27.2原子%C、
21.0原子%N、
2.1原子%O、
0.5原子%Cl。
【0049】
この(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関しては、y=Si/(Si+Ti)に応じて原子%濃度から算出される0.2というy値が得られる。WDX元素分析からは、C、N、Oに関する総組成(a=0.54、b=0.42、およびc=0.04)がもたらされる。ビッカース圧子を用いて、3590HV[0.01]という微小硬さを測定した。
【0050】
例示的実施形態2
5μm厚のTiN/TiCN/TiN層系でプレコーティングされたWC/Co超硬合金スローアウェイチップ上に、熱CVD法を用いて、低ケイ素の(TiSi)(C)ナノコンポジット層をカバー層として蒸着させる。コーティングプロセスは、内径が75mmのホットウォールCVD反応器中で行う。CVDコーティングは、0.18体積%のTiCl、0.57体積%のSiCl、0.22体積%のCHCN、0.78体積%のCO、71.38体積%のH、および26.87体積%のNからなるガス混合物を用いて行う。蒸着温度は850℃であり、プロセス圧は6kPaである。90分間のコーティング時間後に、6.9μm厚の(TiSi)(C)層が得られる。
【0051】
図3で描写するX線回折図が示すように、斜入射で行った薄膜X線分析では、立方晶TiC1-x相しか検出されない。XPS検査の結果、その立方晶TiC1-x相はオキシ炭窒化チタンからなることが判明した。O1sスペクトルは、図4によると、529eVから533eVの間に、層のケイ素含有量が低いことから、主にはTiO結合に起因するものの、Ti-N-O結合ないしはTi-C-O結合にも起因する幅広いピークを有する。
【0052】
このナノコンポジット層は、さらなる相として、非晶質のオキシ炭窒化ケイ素を含有し、それも同じくXPS分析によって検出された。リートベルト解析を用いて、ナノ結晶オキシ炭窒化チタン相に対して、16.8±2.1nmという結晶子サイズを算出した。
【0053】
WDXによる元素分析は、以下の元素含有量をもたらした:
43.2原子%Ti、
1.7原子%Si、
26.0原子%C、
25.4原子%N、
3.4原子%O、
0.3原子%Cl。
【0054】
この(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関しては、y=Si/(Si+Ti)に応じて原子%濃度から算出される0.04というy値が得られる。WDX元素分析からは、C、N、Oに関する総組成(a=0.47、b=0.46、およびc=0.06)がもたらされる。ビッカース圧子を用いて、3330HV[0.01]という微小硬さを測定した。
【0055】
例示的実施形態3
5μm厚のTiN/TiCN/TiN層系でプレコーティングされたWC/Co超硬合金スローアウェイチップ上に、本発明による熱CVD法を用いて、(TiSi)(C)ナノコンポジット層をカバー層として蒸着させる。コーティングプロセスは、内径が75mmのホットウォールCVD反応器中で行う。CVDコーティングは、0.09体積%のTiCl、0.58体積%のSiCl、0.22体積%のCHCN、0.31体積%のCO、71.5体積%のH、および27.3体積%のNからなるガス混合物を用いて行う。蒸着温度は850℃であり、プロセス圧は6kPaである。
【0056】
90分間のコーティング時間後に、4.1μm厚の(TiSi)(C)ナノコンポジット層が得られる。
【0057】
図5は、SiCl/TiCl比を4から7の間に調整すると生じるラメラ構造を有する(TiSi)(C)ナノコンポジット層の横断切片(Querschliff)のTEM写真を示す。ラメラ中には、EDXラインスキャンによって検出可能である異なるSi/Ti原子比が存在する。斜入射で行った薄膜X線分析では、立方晶TiC1-x相しか検出されない。ケイ素は、第2の非晶質オキシ炭窒化ケイ素相に含有されている。リートベルト解析を用いて、ナノ結晶オキシ炭窒化チタン相に対して、17.0±2.7nmという結晶子サイズを算出した。
【0058】
WDXによる元素分析は、以下の元素含有量をもたらした:
42.1原子%Ti、
4.7原子%Si、
26.7原子%C、
23.7原子%N、
2.7原子%O、
0.1原子%Cl。
【0059】
この(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関しては、y=Si/(Si+Ti)に応じて原子%濃度から算出される0.1というy値が得られる。WDX元素分析からは、C、N、Oに関する総組成(a=0.50、b=0.45、およびc=0.05)がもたらされる。ビッカース圧子を用いて、3410HV[0.01]という微小硬さを測定した。
【0060】
例示的実施形態4
5μm厚のTiN/TiCN/TiN層系でプレコーティングされたWC/Co超硬合金スローアウェイチップ上に、熱CVD法を用いて、(TiSi)(C)ナノコンポジット層をカバー層として蒸着させる。コーティングプロセスは、内径が75mmのホットウォールCVD反応器中で行う。CVDコーティングは、0.12体積%のTiCl、0.58体積%のSiCl、0.22体積%のCHCN、0.59体積%のCO、71.36体積%のH、および27.13体積%のNからなるガス混合物を用いて行う。蒸着温度は850℃であり、プロセス圧は6kPaである。90分間のコーティング時間後に、4.4μm厚の(TiSi)(C)層が得られる。
【0061】
斜入射で行った薄膜X線分析では、立方晶TiC1-x相しか検出されない。XPS検査の結果、その立方晶TiC1-x相はオキシ炭窒化チタンからなることが判明した。このナノコンポジット層は、さらなる相として、非晶質のオキシ炭化ケイ素を含有し、それは、図6に示すXPS分析によって検出された。リートベルト解析を用いて、ナノ結晶オキシ炭窒化チタン相に対して、14.0±2.1nmという結晶子サイズを算出した。
【0062】
WDXによる元素分析は、以下の元素含有量をもたらした:
42.5原子%Ti、
2.7原子%Si、
25.5原子%C、
26.2原子%N、
2.9原子%O、
0.2原子%Cl。
【0063】
この(TiSi)(C)ナノコンポジット層に関しては、y=Si/(Si+Ti)に応じて原子%濃度から算出される0.06というy値が得られる。WDX元素分析からは、C、N、Oに関する総組成(a=0.47、b=0.48、およびc=0.05)がもたらされる。ビッカース圧子を用いて、3410HV[0.01]という微小硬さを測定した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6