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特許7101953水銀含有汚染物質の処理方法および処理システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-08
(45)【発行日】2022-07-19
(54)【発明の名称】水銀含有汚染物質の処理方法および処理システム
(51)【国際特許分類】
   B09C 1/08 20060101AFI20220711BHJP
【FI】
B09C1/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017138079
(22)【出願日】2017-07-14
(65)【公開番号】P2019017657
(43)【公開日】2019-02-07
【審査請求日】2020-06-05
(73)【特許権者】
【識別番号】598015084
【氏名又は名称】学校法人福岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(72)【発明者】
【氏名】武下 俊宏
【審査官】小久保 勝伊
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第06387669(US,B1)
【文献】英国特許出願公開第02143810(GB,A)
【文献】国際公開第2012/081715(WO,A1)
【文献】特開2010-022926(JP,A)
【文献】特開昭60-248293(JP,A)
【文献】特開2009-061397(JP,A)
【文献】特開昭60-034796(JP,A)
【文献】第24回廃棄物資源循環学会研究発表会講演論文集,2013,24,p.237-238
【文献】第26回廃棄物資源循環学会研究発表会 講演原稿,2015,p.525-526
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A62D 3/00-3/40
B09B 3/60、3/70
B09C 1/02
C02F 1/00-1/78、3/00-3/34、11/00-11/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃石膏材から硫化水素および二酸化炭素を含有するガスを発生させる工程(1)と、
記ガスをアルカリ性水溶液に吸収させ、硫化水素および二酸化炭素が溶解したガス吸収液を得る工程(2)と、
前記工程(2)で得られた前記ガス吸収液を、水銀含有汚染物質に接触させる工程(3)と、を有し、
前記工程(3)が、埋立処分場で行われ、前記水銀含有汚染物質は、前記埋立処分場の水銀を含有する廃棄物であるか、または、
前記工程(3)が、水銀に汚染された汚染土壌で行われ、前記水銀含有汚染物質は、前記汚染土壌であり、
前記水銀含有汚染物質は、少なくとも有機水銀を含有し、前記ガス吸収液を前記水銀含有汚染物質に接触させることで、少なくとも有機水銀を低毒化する水銀含有汚染物質の処理方法。
【請求項2】
前記ガス吸収液のpHは、7~11である請求項1に記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
【請求項3】
前記水銀含有汚染物質は、さらに、鉛を含有する請求項1または2に記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
【請求項4】
前記工程(1)が、嫌気雰囲気下、前記廃石膏材と水の混合物から前記ガスを発生させる工程であり、
前記水の酸化還元電位が、-300mV以上-100mV以下である請求項1~3のいずれかに記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
【請求項5】
前記工程(1)が、嫌気雰囲気下、前記廃石膏材と水の混合物から前記ガスを発生させる工程であり、
前記廃石膏材と水の混合物のpHが4~7である請求項1~4のいずれかに記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水銀を含有する廃棄物や水銀に汚染された土壌等の水銀含有汚染物質の処理方法および処理システムに関する。
【背景技術】
【0002】
重金属は、様々な製品の製造において使用されており、製造後に排出される廃棄物には、通常、重金属が含有される。また、製品自体に重金属が含まれているものもある。一方で、これら重金属は、生態系に影響を及ぼしたり、ヒトの健康に害を及ぼすことが知られている。そのため、製品の製造や廃棄等において排出される重金属を含有する廃棄物(焼却飛灰や破砕不燃物)には重金属が溶出しないように様々な規制が設けられている。
また、工場跡地等の土壌は、重金属によって汚染されている土壌も存在する。このような重金属で汚染された土壌に対しても、重金属が溶出しないように対策をする必要がある。
【0003】
特に、水銀については、水銀に関する水俣条約が2017年8月16日より発効されることが決まっており、廃金属水銀は硫化処理により不溶化した後に最終処分場に保管されること、また焼却施設の排ガスの水銀規制が強化されること等が決まっている。
【0004】
現在、焼却飛灰等に含まれる水銀等の不溶化処理には有機キレート剤が一般的に用いられている(例えば、特許文献1)。また、金属水銀を粉末硫黄と機械混合する硫化処理が検討されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-336128号公報
【文献】特開2017-051509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、重金属を含有する廃棄物や汚染土壌は重金属が溶出しないように対策する必要がある。この焼却飛灰や破砕不燃物、汚染土壌等には、各種重金属が様々な態様で含有されている。例えば、水銀の場合、金属水銀や無機水銀、有機水銀等の様々な態様で含有されている。
しかしながら、上述した特許文献2等の方法で使用される粉末硫黄は、金属水銀と反応させて処理することはできるが、粉末硫黄で有機水銀等の水銀化合物を硫化処理することは実質的に不可能である。
【0007】
また、上述した特許文献1等の有機キレート剤を使用する方法は、埋立処分場の浸出水の化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand:COD)や総窒素(Tortal Nitrogen:T-N)を増加させ、浸出水処理の障害となっている。さらに、有機キレート剤による不溶化物は、時間の経過に伴う劣化の懸念もあり、その効果がどこまで持続するか不明な点も多い。
また、最終処分場での廃棄物等の汚染物質の安定化の1つに微生物作用による安定化が挙げられている。重金属不溶化のために添加される有機キレート剤は硝化阻害を引き起こすことが知られており、これは微生物作用による廃棄物等の汚染物質の安定化を阻害することになり、汚染物質の安定化を遅延させる原因となる。
【0008】
一方、廃石膏ボードはその排出量が年々増加しており、最終処分場逼迫の懸念がなされている。廃石膏ボード等の廃石膏材の処分においては、処分時に硫化水素が生じうる。この硫化水素は、廃石膏ボード等の廃石膏材の処理時に発生を抑制する対象であり、廃石膏材処理において、硫化水素の発生を抑制する方法は様々検討されているが、廃石膏材から発生する硫化水素を有効に利用することはこれまで考えられていなかった。
【0009】
かかる状況下、本発明の目的は、廃石膏材を安定化でき、かつ、水銀含有汚染物質の処理において、より安定な処理方法および処理システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、硫化水素を発生させるための材料として廃石膏材に着目して、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる工程(1)と、前記硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る工程(2)と、前記ガス吸収液を、水銀含有汚染物質に接触させる工程(3)と、を有する水銀含有汚染物質の処理方法。
<2> 前記ガス吸収液のpHは、7~11である前記<1>に記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
<3> 前記水銀含有汚染物質は、さらに、鉛を含有する前記<1>または<2>に記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
<4> 前記水銀含有汚染物質は、有機水銀、金属水銀および無機水銀からなる群から選択される1種以上を含有する前記<1>から<3>のいずれかに記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
<5> 前記水銀含有汚染物質は、有機水銀を含有する前記<4>に記載の水銀含有汚染物質の処理方法。
<6> 廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる手段と、前記硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に供給する手段と、供給された前記硫化水素含有ガスを前記アルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る手段と、前記ガス吸収液を、水銀含有汚染物質に接触させる手段と、を有する水銀含有汚染物質の処理システム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、廃石膏材を安定化でき、かつ、水銀含有汚染物質の処理において、より安定な処理方法および処理システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の処理システムの概略構成を示した模式図である。
図2】工程(1)における原料である廃石膏材の安定化および再利用方法を説明する図である。
図3】参考例として、硫化水素存在下に保持されたメチル水銀、エチル水銀の濃度変化を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を変更しない限り、以下の内容に限定されない。なお、本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値を含む表現として用いる。
【0015】
本発明は、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる工程(1)と、前記硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る工程(2)と、前記ガス吸収液を、水銀含有汚染物質に接触させる工程(3)と、を有する水銀含有汚染物質の処理方法(以下、「本発明の処理方法」と記載する場合がある。)に関する。
【0016】
また、本発明は、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる手段と、前記硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に供給する手段と、供給された前記硫化水素含有ガスを前記アルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る手段と、前記ガス吸収液を、水銀含有汚染物質に接触させる手段と、を有する水銀含有汚染物質の処理システム(以下、「本発明の処理システム」と記載する場合がある。)に関する。
【0017】
このような水銀含有汚染物質の処理方法および処理システムとすることにより、特殊な試薬等を必要とせずに硫化水素含有ガスを簡単に発生させることができ、硫化水素含有ガスを吸収させたガス吸収液により有機水銀等の水銀含有汚染物質を硫化物として安定化することが可能である。さらに、硫化水素含有ガスの発生原料である廃石膏材は、処理後にリサイクル可能である。
【0018】
また、硫化水素含有ガスの発生原料として廃石膏材を使用するため、硫化水素含有ガスを吸収させたガス吸収液には、硫化水素に由来するイオン(HS-、S2-)に加えて、二酸化炭素に由来する炭酸イオンも含有される。処理対象となる水銀含有汚染物質は、高アルカリ性であることが多く、二酸化炭素に由来する炭酸イオンも、水銀含有汚染物質のアルカリ性を低下させる作用がある。
硫化水素に由来するイオンや炭酸イオンは残存しても微生物により分解されたり利用されたりするので、微生物作用による廃棄物等の汚染物質の安定化を阻害しない利点もある。
【0019】
さらに、硫化水素含有ガスを発生させる工程(1)と、水銀含有汚染物質を処理する工程(3)とを分離し、廃棄物の埋立処分場や汚染土壌等の原位置以外で硫化水素含有ガスを発生させて、かつ、工程(2)により得られる硫化水素含有ガスを含むガス吸収液として水銀含有汚染物質に供給するので、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる過程で生じる有機酸により水銀含有汚染物質から有機水銀や水銀蒸気が発生することがない。
また、廃棄物の埋立処分場や汚染土壌等の原位置で、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させると、水銀含有汚染物質に含まれる金属イオンによって、硫酸塩還元菌の増殖が抑制され硫化水素が発生しにくくなる場合があるが、本発明の処理方法では、工程(1)と工程(3)とを分離することで、硫酸塩還元菌の増殖の抑制が生じにくく、安定して硫化水素含有ガスの発生が可能である。
【0020】
[本発明の水銀含有汚染物質の処理方法]
以下、本発明の処理方法についてより詳細に説明する。
【0021】
[工程(1)]
工程(1)は、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させる工程である。硫化水素含有ガスを発生させる方法としては、例えば、廃石膏ボード等の廃石膏材を水に浸漬させて、嫌気雰囲気にすることで、硫酸塩還元菌の作用により硫化水素含有ガスを発生させる方法がある。
【0022】
廃石膏ボードとは、使用後の石膏ボードや石膏ボード加工時の端材である。なお、石膏ボードは、硫酸カルシウムを主成分とする石膏を板紙で被覆した、主に建築用に使用される材料である。
本発明では、廃石膏材として、廃石膏ボードや、廃石膏ボードから板紙が除去された二水石膏、廃石膏ボードから除去された板紙等が用いられる。また、使用時の形状は特に限定されず、粉砕や破砕された廃石膏材を用いることができる。
【0023】
上述のように、石膏ボードは、硫酸カルシウムを主成分とする石膏および板紙を含む構成であるので、廃石膏材は、硫酸イオン、および、板材に由来するでんぷん等の有機物を含む構成である。一方、硫化水素は、嫌気雰囲気において、水、有機物および硫酸イオン(または硫酸化合物)があれば、硫酸塩還元菌の作用により発生する。そのため、廃石膏材を水に浸漬させて、嫌気雰囲気にして硫酸塩還元菌を繁殖させることで、硫酸塩還元菌の作用によって硫化水素含有ガスを発生させることができる。すなわち、硫化水素含有ガスは、廃石膏材を利用して硫酸塩還元菌の作用により簡単に発生させることができる。なお、通常、廃石膏材から発生する硫化水素含有ガスは、硫化水素と二酸化炭素を主成分とするものである。
【0024】
また、詳しくは後述するが、硫化水素が発生するにつれ、廃石膏材に含有されるでんぷん等の有機物が減少する。硫化水素発生のために必要な条件の一つである、有機物が減少するため、硫化水素が発生しにくくなり、廃石膏材も安定化する。実質的に硫化水素を発生させない安定化二水石膏とすることも可能である。
このように廃石膏材を硫化水素含有ガスの発生原料とすることは、廃石膏材の新規用途としても捉えられる。
【0025】
工程(1)を実施する装置は、廃石膏材から硫化水素含有ガスを発生させることができれば、特に制限されないが、例えば、後述する図1の処理システム1のリアクター2で表されるような撹拌翼を有する密閉の反応容器にて実施することができる。
工程(1)を実施する装置の大きさも特に限定されず、適宜決定すればよい。例えば、廃石膏材の量は、後述する実施例における硫化水素含有ガスの発生量等に基づき、使用する廃石膏材の量等から比例計算を用いて、発生しうる硫化水素含有ガスの量が算出できる。発生しうる硫化水素含有ガスの量に応じて、装置(反応容器)の大きさは決定すればよい。
【0026】
通常、工程(1)では、廃石膏材を水に浸漬して廃石膏材と水の混合物とした後、嫌気雰囲気にすることで硫化水素含有ガスを発生させる。工程(1)において、硫化水素含有ガスが発生するような条件であれば、廃石膏材と水の混合物のpHは、特に限定されないが、通常、廃石膏材と水の混合物は、pH4~9である。硫化水素含有ガスの水中での滞留を抑制するためには、pH4~7が好ましい。また、工程(1)において、硫化水素含有ガスが発生するような条件であれば、反応温度は特に限定されないが、通常、30~38℃である。
【0027】
また、硫化水素含有ガスを発生させることができれば、使用する水は特に限定されないが、硫化水素含有ガスの発生を促すために、使用する水の酸化還元電位は、-100mV以下であることが好ましい。一方で、メタン発生を抑制するために、使用する水の酸化還元電位は、-300mV以上であることが好ましい。このような酸化還元電位の水を使用することで、硫化水素および二酸化炭素を主成分とする硫化水素含有ガスを発生させることができる。
【0028】
使用する水の量は、廃石膏材が水に浸漬するようにできれば特に限定されず、処理する廃石膏材の量や装置(反応容器)の大きさ等により適宜決定される。廃石膏材に対して使用する水の量が多すぎると、廃石膏材から発生した硫化水素含有ガスが水中に滞留しやすくなり、効率的に気相に放出されず、使用する水の量が少なすぎると、嫌気雰囲気となりにくい。廃石膏材100重量部に対して、水が50~500重量部であれば、嫌気雰囲気となりやすく、水中にガスが滞留しにくいため、効率的に硫化水素含有ガスを発生させられる。例えば、廃石膏材100重量部に対して水が400重量部以上となるようにすることができる。
【0029】
嫌気雰囲気とするため、反応容器内で廃石膏材を水に浸漬させ、廃石膏材と水とを混合した後、反応容器の気相部をN2等の不活性ガスに置換することが通常である。
また、硫化水素を効率的に発生させるために、廃石膏材と水の混合物に、硫酸塩還元菌を前培養した培養液をシード(種菌)として加えてもよい。
【0030】
反応(滞留)時間は、廃石膏材の種類や量により適宜調整すればよい。通常、廃石膏材を水に浸漬後、3~7日程度で硫化水素が発生しはじめ、30~40日経過後まで硫化水素が発生し続ける。例えば、500mLの反応容器内で廃石膏材10~50mgを水200mLに浸漬して反応(発酵)させた場合、3~7日程度では、反応容器内の気相部(ヘッドスペース)の大半は不活性ガスで占められているが、30日~40日後には、気相部(350mL)における硫化水素の濃度は、30,000~60,000ppm程度、二酸化炭素の濃度は、14~18%程度である。すなわち、硫化水素含有ガスが20%程度発生する。
硫化水素含有ガス中の硫化水素の含有量をより高めるためには、反応時間は、7日以上であることが好ましく、15日以上がより好ましく、30日以上がさらに好ましい。
【0031】
また、発生した硫化水素含有ガスが、水中に滞留して放出されにくいため、硫化水素含有ガスを工程(2)に供するとき(硫化水素含有ガス回収時)には廃石膏材と水の混合物を撹拌、さらに不活性ガスで曝気することが好ましい。
【0032】
ここで、処理後の廃石膏材(安定化させた廃石膏材)について、より詳細に説明する。処理後の廃石膏材(安定化させた廃石膏材)は、図2に示すように、実質的に硫化水素を発生させない半水石膏や石灰等の資源化物としてリサイクル可能である。
【0033】
上述のように、廃石膏材は、硫酸カルシウムに由来する硫酸イオン、および、板材に由来するでんぷん等の有機物を含む構成であり、硫酸塩還元菌の作用により硫酸イオンおよび有機物が消費され、硫化水素が発生する。廃石膏材として、板紙が除去された二水石膏を例とすると、板紙が除去された二水石膏に含有される有機物は、二水石膏として含まれる硫黄より含有量が少なく、有機物が先に消費され、硫化水素の発生が停止する。そのため、図2に示すように、硫化水素の発生が停止した段階で、でんぷん等の有機物が除去されているので、安定化した二水石膏(安定化二水石膏)を得ることができる。この安定化した二水石膏は、低温焼成により、硫化水素を実質的に発生させない半水石膏としてリサイクルすることが可能である。
【0034】
また、硫化水素の発生状態をモニタリングし、硫化水素の発生が停止したのちに、さらに、追加の有機物を供給してもよい。硫化水素の発生が停止し安定化した二水石膏(安定化二水石膏)に、さらに有機物を追加して硫化水素を発生させると安定化二水石膏は消石灰(水酸化カルシウム,Ca(OH)2))や炭酸カルシウム(CaCO3)へと変化し、安定化二水石膏に含まれる硫黄成分が枯渇すると硫化水素の発生は停止する。この残渣物を回収して高温焼成すると石灰(CaO)となり、石灰原料やセメント原料などへのリサイクルが可能となる。
【0035】
[工程(2)]
工程(2)は、前記工程(1)にて発生した硫化水素含有ガスを、アルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る工程である。
【0036】
前記工程(1)で発生した硫化水素含有ガス中の硫化水素や二酸化炭素はアルカリ性水溶液に溶解する性質を有する。硫化水素含有ガスとアルカリ性水溶液とを接触させると、硫化水素や二酸化炭素がアルカリ性水溶液と反応し、イオン化して、アルカリ性水溶液に溶解する(吸収される)。
【0037】
工程(2)を実施する装置や、硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に吸収させる方法は、本発明の目的を達成できれば特に限定されないが、例えば、工程(1)で発生した硫化水素含有ガスを、アルカリ性水溶液に吹き込むことで、アルカリ性水溶液に、硫化水素含有ガス中の硫化水素や二酸化炭素が溶解したガス吸収液を得ることができる。また、硫化水素含有ガス供給時には、硫化水素含有ガスをより溶解しやすくするために、アルカリ性水溶液を撹拌することが好ましい。
【0038】
上述のように、前記工程(1)にて発生した硫化水素含有ガスは、硫化水素と二酸化炭素を主成分とするものであるが、この硫化水素含有ガスはそのまま工程(2)で使用してよい。
硫化水素をガスのまま使用する場合、悪臭防止法、酸素欠乏症等防止規則、労働安全衛生法等による規制があるが、本発明の処理方法では、硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に吸収させガス吸収液とすることで、硫化水素が気体(ガス)として放出されることを抑制し、より安全に取り扱うことができる。
【0039】
得られるガス吸収液のpHは、本発明の目的を達成できる範囲で適宜決定されるが、7~11であることが好ましく、7~9であることがより好ましい。
このようなpHであると、後述する工程(3)において、ガス吸収液と水銀含有汚染物質を反応させたときに生成する水銀の硫化物が溶解しにくく、反応をゆるやかに進行させることができ、ガス吸収液の添加量の制御等も行いやすい。
また、後述する工程(3)において、処理対象の汚染物質に水銀に加え、鉛等の両性金属を含有する場合に、これらの両性金属の過剰な溶出を抑えつつ、これらの金属に対しても硫化反応を進行させることができる。
なお、本発明においてpHは、25℃でガラス電極式のpHメーターを用いて測定した値である。
【0040】
硫化水素含有ガスを吸収させるアルカリ性水溶液のpHは、目的とするガス吸収液のpHに応じて適宜決定すればよい。アルカリ性水溶液は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等を用いて調製することができる。コストの観点からは、水酸化ナトリウムを用いることが好ましい。
【0041】
また、得られるガス吸収液中の硫化水素に由来するイオン(HS-、S2-)(以後、「硫化物イオン等」と記載する場合がある。)の濃度は、供給量等に応じて適宜選択される。ガス吸収液中の硫化物イオン等の濃度は高すぎると、ガス吸収液中で、硫化物イオン等が多硫化しやすく、また、ガス吸収液のpHが低下した場合に、硫化水素が多量に発生するおそれがあり、安全面の観点から好ましくない。また、ガス吸収液中の硫化物イオン等の濃度が低すぎると、反応効率が低下するため好ましくない。そのため、反応性や安全性の観点から、ガス吸収液中の濃度は、硫化物イオン(S2-)の濃度換算で、1.0×10-4~1.0mol/Lとなるように調製されることが好ましく、1.0×10-4~1.0×10-1mol/Lとなるように調製されることがより好ましい。
【0042】
硫化水素含有ガスは、アルカリ性水溶液と接触するとすぐに溶解するため、必要量の硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に供給し、ガス吸収液を調製後、すぐに使用することができる。ガス吸収液は調製後すぐに使用してもよいし、一定期間貯蔵して必要時に使用してもよい。一方で、ガス吸収液の製造から、工程(3)までの時間が長すぎると、ガス吸収液中で硫化水素が多硫化して多硫化物が生じやすくなるため、工程(3)での反応性が低下するおそれがある。また、ガス吸収液を製造後に長期間貯蔵することは、安全性の観点からも好ましくない。そのため、製造されたガス吸収液は、製造後24時間以内に、工程(3)にて使用されることが好ましい。
ガス吸収液調製時の温度は、特に限定されないが、例えば、温度20~40℃とすることができる。
【0043】
[工程(3)]
工程(3)は、前記工程(2)にて得られたガス吸収液を、水銀含有汚染物質に供給し、前記水銀含有汚染物質と前記ガス吸収液とを接触させる工程である。
【0044】
これによって、硫化物イオン等(HS-、S2-)と水銀とが反応し、水に難溶な硫化物となるため、水銀を安定化することができる。
特に、本発明の処理方法では、ガス吸収液を使用した、硫化物イオン等と水銀との反応を利用するため、粉末硫黄では安定化することが困難(実質的に不可能)である、有機水銀等を含有する汚染物質の処理も可能であり、有機水銀を安定化(低毒化)することができる。
【0045】
また、通常、ガス吸収液中には硫化物イオン等の他に炭酸イオンが含まれ、上述のように、ガス吸収液中に含まれる、炭酸イオンは、汚染物質のアルカリ性の低下にも寄与しうる。例えば、排ガス処理に石灰を使用する焼却工場の飛灰(焼却飛灰)は、カルシウムが多く含まれ、強アルカリ性を示す。そのため、水銀を含有する飛灰に、ガス吸収液を添加すると、飛灰に含まれる水銀(およびその他の重金属)と硫化物イオン等との硫化反応に加えて、飛灰中に含まれるカルシウムと炭酸イオンとの反応も生じる。これによって、硫化物や炭酸カルシウムのような炭酸塩を生成して不溶化すると共に、飛灰のアルカリ性を低下させる作用がある。
【0046】
また、上述のように、本発明の処理方法では、硫化水素含有ガスを発生させる工程(1)と、水銀含有汚染物質を処理する工程(3)を分離して実施するため、新たに有機水銀や水銀蒸気が発生することがない。
【0047】
本発明の処理方法の処理対象は、水銀含有汚染物質である。水銀含有汚染物質として、具体的には、蛍光灯、温度計、電池、焼却工場から出る焼却残渣(飛灰、主灰)、汚染土壌、底質の汚泥等が挙げられる。特に、本発明の処理方法は、有機水銀、金属水銀および無機水銀からなる群から選択される1種以上を含有する水銀含有汚染物質の処理に好適である。
【0048】
中でも、本発明の処理方法は、有機水銀を含む水銀含有汚染物質の処理に好適であり、さらに好ましくは、アルキル水銀を含む水銀含有汚染物質の処理である。有機水銀を含む水銀含有汚染物質としては、汚染土壌、底質の汚泥等が挙げられる。
【0049】
また、処理対象は、水銀以外の金属元素や金属イオンを含んでいてもよい。一般的に、焼却工場から出る焼却残渣や汚染土壌、底質の汚泥等の水銀含有汚染物質は、水銀以外の重金属を含むことも多い。
【0050】
ガス吸収液のpHが7~11(特に、pHが7~9)である場合、本発明の処理方法は、水銀に加えて、さらに、鉛を含む汚染物質を処理するのに好適である。処理対象が、水銀と鉛を含有する汚染物質である場合には、水銀の硫化反応に加えて、鉛の過剰な溶出を抑制し、鉛も硫化物に変換することが可能である。
【0051】
ガス吸収液の供給量は、ガス吸収液中の硫化水素に由来するイオン(HS-、S2-)の濃度や、処理対象に含まれる水銀の含有量によって適宜決定される。上述のように、処理対象である水銀含有汚染物質には、水銀以外の重金属イオンも含まれることが多く、ガス吸収液は、水銀以外の重金属とも反応し硫化物を生成しうるため、通常、処理対象の汚染物質に含有される水銀よりガス吸収液中の硫化物イオン等が過剰になるようにガス吸収液を接触させる。
一方で、水銀に対して大過剰の硫化物イオン等を供した場合、生成した硫化水銀が再溶解することがありうる。このため、ガス吸収液は、水銀に対して、硫化物イオン等が1~3モル倍となるように供給することが好ましい。
また、汚染物質に水銀以外の重金属が含まれる場合には、水銀以外の重金属と硫化物イオン等との反応を考慮する必要があり、例えば、事前に処理対象の汚染物質をサンプリングし、ガス吸収液と反応させることで、供給量は決定することができる。
【0052】
工程(3)の処理工程が行われる具体的な場所としては、廃棄物の埋立処分場、飛灰の処理施設や水銀の硫化処理装置等が挙げられる。また、農薬の工場跡地等の有機水銀で汚染された土壌等が挙げられる。
【0053】
また、本発明の処理方法は、他の処理方法と併用してもよく、例えば、キレート剤と併用する場合、キレート剤の使用量を低減でき、浸出水処理の負荷も低減できる。
【0054】
[本発明の水銀含有汚染物質の処理システム]
次に、本発明の処理方法を実施するための、処理システムの実施形態の一例について説明する。
図1は、本発明の処理方法を実施するための処理システム1の概略構成を示した模式図である。処理システム1は、不活性ガスボンベ10、配管11、リアクター2、ガス供給配管3、ガス吸収液調製槽4、液供給配管5、処理槽6を有する。
【0055】
リアクター2は、廃石膏材から硫化水素を発生させる手段であり、廃石膏材及び水を収容後に嫌気雰囲気にできる密閉容器である。リアクター2は、撹拌翼20を有し、不活性ガスボンベ10と配管11を介して接続されている。配管11は、リアクター2に収容される廃石膏材及び水の混合物(スラリー)中に不活性ガスを送気できるように接続されている。
リアクター2内に廃石膏材および水を投入後に、不活性ガスを送気してリアクター2内の空気(気相部)を不活性ガスに置換することでリアクター2内を嫌気雰囲気とすることができる。嫌気雰囲気とすることで、硫酸塩還元菌による作用により廃石膏材を分解し、硫化水素含有ガスを発生させることができる。
【0056】
配管11は、バルブV11を有し、不活性ガスの供給量や供給速度を調整することができる。リアクター2内の気相部を不活性ガスに置換するときの不活性ガスの供給速度は特に限定されず、装置の容量等により適宜決定されるが、例えば、0.05~10L/minとすることができる。不活性ガスとしては、窒素ガスやヘリウムガス、アルゴンガス等を使用することができる。
【0057】
また、リアクター2内部の圧力は、反応の経過とともに硫化水素含有ガスの発生により増加するため、リアクター2は耐圧性の反応容器であることが通常である。なお、図示はしないが、リアクター2には、有水ホルダーやベントなどリアクター2内部の圧力を調整する手段を設けてもよい。圧力を調整する手段により、リアクター2内を若干陽圧にすることで嫌気雰囲気となりやすい。また、反応容器のサイズが大きい場合には、圧力を調整する手段を設けることが好ましい。
【0058】
また、リアクター2は、ガス供給配管3を介してガス吸収液調製槽4と接続されている。ガス供給配管3の先端部は、ガス吸収液調製槽4に貯蔵されたアルカリ性水溶液中に配置されている。ガス供給配管3は、ポンプP3を有し、リアクター2で発生した硫化水素含有ガスをポンプP3によってアルカリ性水溶液に供給することができる。また、ガス供給配管3は、バルブV3を有し、ガスの供給量を調整できる。硫化水素含有ガスをガス吸収液調製槽4に供給するときの硫化水素含有ガスのガス供給速度は特に限定されず装置の容量等により適宜決定されるが、例えば、0.05~1L/minで硫化水素含有ガスを供給することができる。
すなわち、本実施形態では、リアクター2で発生した硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に供給する手段は、ガス供給配管3、ポンプP3及びバルブV3から構成される。
【0059】
ガス吸収液調製槽4は、ガス供給配管3より供給された硫化水素含有ガスを、ガス吸収液調製槽4に貯蔵されたアルカリ性水溶液に吸収させ、ガス吸収液を得る手段である。ガス吸収液調製槽4は、アルカリ性水溶液が貯蔵できる密閉容器であり、ガス吸収液調製槽4は撹拌翼21を有する。
【0060】
例えば、不活性ガスボンベ10から配管11を介してリアクター2に不活性ガスを送り込むことで、スラリー中の硫化水素含有ガスを気相部に押し出し(ストリッピングし)、気相部の硫化水素含有ガスはさらに不活性ガスに同伴されて、ガス供給配管3を介して、ガス吸収液調製槽4に貯蔵されたアルカリ性水溶液中に導入される。このようにリアクター2で発生した硫化水素含有ガスをアルカリ性水溶液に不活性ガスにより送り込むことによって、硫化水素含有ガスがアルカリ性水溶液に溶解してガス吸収液が製造される。また、不活性ガスでストリッピングすることで発生した硫化水素含有ガスを効率的に取り出すことができる。
【0061】
硫化水素含有ガスをガス吸収液調製槽4に供給時には、発生した硫化水素が水中に滞留しないように廃石膏材と水のスラリーを撹拌することが好ましく、撹拌はゆっくり行うことが好ましく、例えば、1~15rpmの緩速撹拌で撹拌翼20を回転させることができる。
また、ガス吸収液調製槽4に貯蔵されたアルカリ性水溶液も撹拌することが好ましく、例えば、50~300rpmの急速撹拌で撹拌翼21を回転させることができる。
【0062】
また、ガス吸収液調製槽4は、その上部に循環用配管12及び13を有し、循環用配管12や13を介して、ガス吸収液調製槽4の排気ガスをリアクター2に循環させることができる。
循環用配管12は、ガス吸収液調製槽4の排気ガスをリアクター2に収容されるスラリー中に送気できるように接続されている。また、循環用配管12は、ポンプP12及びバルブV12を有し、ポンプP12により送気することで、スラリー中に発生した硫化水素ガスのストリッピングに再利用できる。
循環用配管13は、ガス吸収液調製槽4の排気ガスをリアクター2の気相部に送気できるように接続されており、硫化水素含有ガスの同伴ガスとして再利用できる。
また、バルブV12及びバルブV13をそれぞれ調整することで、循環用配管12または循環用配管13のどちらか一方のみでガスを循環させたり、循環用配管12及び循環用配管13の両方でガスを循環させることができる。このようにガスを循環することで、アルカリ性水溶液に吸収されなかった硫化水素含有ガスがあった場合でも、硫化水素含有ガスが再度アルカリ性水溶液に供給される。
【0063】
また、ガス吸収液調製槽4は、その上部にベント配管14、バルブV14を有し、ガス吸収液調製槽4の内部の圧力を調整できるようになっている。例えば、ガス吸収液を処理槽6に供給するときに、ベント配管14、バルブV14により、ガス吸収液調製槽4の内部の圧力と大気圧との圧力を調整することができるようになっている。
なお、排気ガス中に硫化水素がわずかに含有される場合もあるので、ガス吸収液調製槽4の内部の圧力を調整する手段は、硫化水素除去フィルター等と組み合わせた構造であってもよい。
【0064】
また、ガス吸収液調製槽4で製造されたガス吸収液は、液供給配管5を介して処理槽6に接続されている。液供給配管5は、ポンプP5を有し、ポンプP5によってガス吸収液を処理槽6に送液できるようになっている。また、液供給配管5は、バルブV5を有し、ガス吸収液の供給量や供給速度を調整することができる。すなわち、液供給配管5、ポンプP5及びバルブV5は、ガス吸収液調製槽4で製造されたガス吸収液を、処理槽6内の水銀含有汚染物質に接触させるための手段である。バルブV5を開き、ポンプP5を駆動させることで、ガス吸収液調製槽4のガス吸収液を液供給配管5に送液し、処理槽6に供給できるようになっている。
【0065】
処理槽6には、水銀含有汚染物質が貯蔵されている。液供給配管5の先端部は、処理槽6に貯蔵される水銀含有汚染物質中に配置されており、処理槽6では、ガス吸収液調製槽4にて製造されたガス吸収液と水銀が反応し、水銀を安定化することができる。
【0066】
なお、図1において、処理槽6は、水銀含有汚染物質が貯蔵された容器であるが、ミキサーや回転ドラムなどの機械撹拌装置であってもよい。ミキサーや回転ドラムなどの機械撹拌装置にて、水銀含有汚染物質とガス吸収液と積極的に撹拌することで、処理効率高めることができる。また、処理槽6は、廃棄物の埋立処分場、飛灰の処理施設であってもよい。
また、図示はしていないが、処理槽6で使用済みとなった液の一部をガス吸収液調整槽4に返送し、ガス吸収液として再利用してもよい。
【実施例
【0067】
以下、図1に示すシステムを用いた本発明の処理方法についてより具体的に説明する。
【0068】
[実施例1]
廃石膏材としては、廃石膏ボードリサイクル時に除去された石膏紙を使用する。リアクター2は、500mLの耐圧性の密閉容器、ガス吸収液調製槽4は1.5Lの耐圧性の密閉容器とする。ガス吸収液調製槽4には、0.01mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液1Lが貯蔵されている。塩化メチル水銀を混合した水溶液を水銀含有物質とし、塩化メチル水銀を混合した水溶液を入れた容器を処理槽6とする。
【0069】
まず、リアクター2に、石膏紙10gと200mLの純水を投入し、石膏紙を水に浸漬させる。次に、2L/minにて1分間窒素ガスを送り込み、リアクター2およびガス吸収液調製槽4の気相部を窒素ガスに置換する。このようにすることで、リアクター2内が嫌気性雰囲気となる。リアクター2とガス吸収液調製槽4との間に配置されたガス供給配管3のバルブV3を閉じ、35℃の暗所下で、スラリー(廃石膏材と水の混合物)を静置すると、30日後には、リアクター2内で32mgの硫化水素を含有する硫化水素含有ガスが発生する。また、硫化水素含有ガスには、3倍量程度の二酸化炭素が含まれている。
【0070】
次いで、ガス供給配管3のバルブV3を開き、リアクター2内のスラリーを緩速撹拌しながら、ポンプP3により200mL/minで10分間窒素ガスをリアクター2に送りこむ。また、このとき、循環用配管12のバルブV13を開き、ガス吸収液調製槽4から排気される窒素ガスが、循環用配管12を介してリアクター2に循環され硫化水素含有ガスをストリッピングするようにする。また、硫化水素含有ガスがアルカリ性水溶液に溶解しやすいように、ガス吸収液調製槽4に貯蔵されたアルカリ性水溶液も撹拌する。これにより、ガス供給配管3を通して、リアクター2で発生した硫化水素含有ガスがアルカリ性水溶液に吹き込まれ、硫化水素が溶解したガス吸収液(硫化物イオン(S2-)濃度9.4×10-4mol/L)が調製される。
【0071】
硫化水素含有ガスを供給後、5分間撹拌してガス吸収液調製後、バルブV5を開き、ポンプP5を作動させ、液供給配管5を通して、ガス吸収液を処理槽6に供給することで、水溶液中の塩化メチル水銀が処理できる。
【0072】
次に、理論的に、硫化水素含有ガスを吸収させたガス吸収液による塩化メチル水銀の安定化について説明する。
塩化メチル水銀(MeHgCl)と硫化水素(H2S)が接触すると反応式(1)によりビスメチル水銀スルフィド[(MeHg)2S]が生じるように、塩化メチル水銀の場合は、反応式(1a)または反応式(1b)により水銀含有物質中の塩化メチル水銀が(MeHg)2Sとなり低毒化(安定化)される。さらに、(MeHg)2Sは非常にゆっくりと分解され、硫化水銀(HgS)とジメチル水銀[(Me)2Hg]に分解する。[(Me)2Hg]はさらに分解されてメチル水銀(MeHg)になり、再び上記反応により(MeHg)2Sを生成し低毒化(安定化)される。
なお、実施例1のガス吸収液(硫化物イオン濃度9.4×10-4mol/L)の場合、1Lで、約470mgの塩化メチル水銀の処理が可能である。
【0073】
また、この(MeHg)2Sは揮発性が高いため、本発明の処理方法は、さらに水銀の分離回収に組み合わせて利用できる可能性もある。
【0074】
2MeHgCl + H2S → (MeHg)2S + 2HCl 反応式(1)
2MeHgCl + NaHS
→ (MeHg)2S + HCl+ NaCl 反応式(1a)
2MeHgCl + Na2S → (MeHg)2S +2NaCl 反応式(1b)
【0075】
また、酸化水銀または金属水銀と、硫化水素とが接触すると反応式(2)または反応式(3)により硫化水銀が生じる。ガス吸収液を使用した場合にも同様に、酸化水銀や金属水銀を硫化水銀として安定化させることができる。
【0076】
HgO + H2S → HgS + H2O 反応式(2)
Hg + H2S + → HgS + H2 反応式(3)
【0077】
以上のように、実施例1のガス吸収液を用いて、汚染物質に含有される水銀の態様にかかわらず、水銀の安定化が可能である。
【0078】
[実施例2]
廃石膏材として廃石膏ボードの芯材を用いた場合も、実施例1と同じシステムにて、同様に水銀含有汚染物質の処理が可能である。リアクター2内で、10gの廃石膏ボードの芯材と10gのでんぷん(易分解性の有機物)を水200mLに浸漬させて、実施例1と同様の操作を行うことで、硫化水素含有ガスが得られる。この硫化水素含有ガスを、0.01mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液1Lが貯蔵されたガス吸収液調製槽4に吹き込むことで、ガス吸収液が調製される。このガス吸収液を、塩化メチル水銀を混合した水溶液に供給することで、塩化メチル水銀が処理できる。
ここで、廃石膏ボードの芯材は、純度の高い石膏(二水石膏 CaSO4・2H2O、分子量 172.17 g/mol)であるので、理論的には、実施例1と同様の操作を行うことで、30日後には1.98gの硫化水素を含有する硫化水素含有ガスが発生し、硫化物イオン濃度0.058mol/Lのガス吸収液が調製でき、水銀含有汚染物質の処理に利用できる。
【0079】
[参考例1]
全容500mLのデュラン瓶に、約1cm四方に裁断した廃石膏剥離紙10gを量り取り、そこへ純水200mLとシード(硫酸塩還元菌を前培養した培養液)1.0mLを添加した。高純度窒素ガスを2L/minで1分間液中に吹き込み、溶存酸素の低減とヘッドスペースガスの置換を行った。ガス置換後はシリコン栓で密栓し35℃の恒温装置に静置し、硫化水素の発生を待った。ヘッドスペースに発生した硫化水素ガスはGC-FPDで濃度分析した。
なお、硫化物生成量の測定は、ヘッドスペースの硫化水素濃度測定後の容器に酢酸亜鉛溶液(240g/L)5mLを注入して撹拌し、気相の硫化水素ガスを液中に固定した後開栓し、硫化水素発生・回収装置の分解瓶の位置に配置、配管して硫化物を吸収液に回収した。回収した吸収液の硫化物量はJIS K0102によるヨウ素滴定法により定量した。
測定の結果、石膏紙10g当たり30mgの硫化物が生成した。また、硫化水素ガスの発生濃度は18,000ppmであった。これより、ヘッドスペース(空間容積350mL)に生成した硫化物量を計算(1気圧,35℃,硫化物換算)すると、8.0mgとなった。
【0080】
[参考例2]
メチル水銀とエチル水銀を含む2種アルキル水銀混合標準液(水銀:各10μg/mLベンゼン溶液,1mLアンプル5本入、和光純薬工業(株))を用いた。500mL容のデュラン瓶に純水100mL、2種アルキル水銀混合標準液1.0mLを添加した試料を4本作製し、その内の2本はヘッドスペースガスを高純度窒素ガスで置換(コントロール)し、残りの2本は硫化水素標準ガス(H2S濃度1003ppm、N2バランス)で置換した。ガス置換後は密栓し、35℃の恒温庫に暗所静置した。実験開始から3週後と5週後に内容物の全量を回収し、0.2μmのメンブレンフィルターでろ過した。ろ液のアルキル水銀を公定法により分析した。結果を図3に示す。
【0081】
図3に示すように、コントロール(N2)に対し、硫化水素を含む試料ではメチル水銀、エチル水銀の濃度が有意に減少した。これは、硫化水素がアルキル水銀に作用し、より毒性の低い物質に変化した可能性が考えられ、本実験により、硫化水素がアルキル水銀に作用し低害化することが明らかとなった。メチル水銀と硫化水素との反応(反応式(4))以外に、エチル水銀も硫化水素と反応することが確認され、以下の低害化反応(反応式(5)および反応式(6))が起こっていることが示唆された。
【0082】
2MeHgCl + H2S → (MeHg)2S + 2HCl 反応式(4)
2EtHgCl + H2S → (EtHg)2S + 2HCl 反応式(5)
EtHgCl + MeHgCl + H2
→ EtHg・MeHg S + 2HCl 反応式(6)
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の処理方法および処理システムによれば、今後規制強化の動向にある水銀を含有する廃棄物等を処理することができ、かつ、未利用の硫化水素を活用できる。そのため、水銀含有廃棄物等の処理に加え、廃石膏ボードの安定化処理技術や新規リサイクル技術などとも関連させることができ、産業上有用である。
【符号の説明】
【0084】
1 処理システム
2 リアクター
3 ガス供給配管
4 ガス吸収液調製槽
5 液供給配管
6 処理槽
10 不活性ガスボンベ
11 配管
12、13 循環用配管
14 ベント配管
20、21 撹拌翼
V3、V5、V11、V12、V13、V14 バルブ
P3、P5、P12 ポンプ
図1
図2
図3