IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

特許7102976プレス成形用素材の創製方法およびその創製装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-11
(45)【発行日】2022-07-20
(54)【発明の名称】プレス成形用素材の創製方法およびその創製装置
(51)【国際特許分類】
   B21C 37/02 20060101AFI20220712BHJP
   B21D 31/00 20060101ALI20220712BHJP
【FI】
B21C37/02 Z
B21D31/00 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018122564
(22)【出願日】2018-06-28
(65)【公開番号】P2020001061
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-04-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩田 徳利
(72)【発明者】
【氏名】岩田 隆道
(72)【発明者】
【氏名】与語 康宏
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-244525(JP,A)
【文献】特開平03-013243(JP,A)
【文献】特開2014-131812(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 47/00-43/04
B21D 31/00-35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
帯状の板材の少なくとも一面側に該板材の全幅に亘って配設された工具で、引き抜かれる該板材を板厚方向の一方へ押し込んで該板材を引張り曲げすることにより、該板材の板厚が減少した領域を形成する引張曲げ工程を備え、
長手方向に関して板厚の異なる領域が分布したプレス成形用素材を得る創製方法。
【請求項2】
前記帯状の板材の幅内の一部に該板材の両面側に対向して配設された工具で、引き抜かれる該板材を挟圧しつつ板厚方向の一方へ押し込んで該板材を曲げしごきすることにより、該板材の板厚が減少した領域を形成する曲げしごき工程をさらに備え、幅方向に関して板厚の異なる領域が分布したプレス成形用素材を得る請求項1に記載の創製方法。
【請求項3】
請求項1に記載の引張曲げ工程と請求項2に記載の曲げしごき工程とを少なくとも1回ずつ行うことにより、長手方向および幅方向に関して板厚の異なる領域が分布したプレス成形用素材を得る創製方法。
【請求項4】
帯状の板材の少なくとも一面側に配設され、少なくとも該板材に摺接する先端側の断面形状が該板材の全幅に亘って一様な工具を備え、
請求項1または3に記載の創製方法に用いられるプレス成形用素材の創製装置。
【請求項5】
帯状の板材の幅内の少なくとも一部に、該板材の両面側に対向して配設された工具を備え、
請求項2または3に記載の創製方法に用いられるプレス成形用素材の創製装置。
【請求項6】
請求項4に記載の工具と請求項5に記載の工具とを少なくとも1組ずつ備えるプレス成形用素材の創製装置。
【請求項7】
帯状の板材を引き抜く引抜手段と、
前記工具を板厚方向へ押し込む押込手段と、
を備える請求項4~6のいずれかに記載のプレス成形用素材の創製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、領域毎に板厚が異なる板厚分布を有するプレス成形用素材の創製方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形品は多種多様な製品に用いられ、単なる筐体やパネル等に用いられるだけではなく、構造部材としても用いられる。例えば、自動車の車体(ピラー、シャーシ等)にもプレス成形品が用いられる。このようなプレス成形品は、相反する特性(軽量性、強度、剛性等)を高次元で満たすことが求められる。
【0003】
このため、部位(領域)により板厚の異なる素材が利用されている。具体的には、板厚の異なる複数の鋼板を溶接したテーラードブランク(tailored blank)鋼板や、圧延により長手方向の板厚を変化させたにテーラーロールドブランク鋼板等が利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-15073号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】鉄と鋼 第66年(1980) 第5号 P110-116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、テーラードブランク鋼板は高価であり、溶接部と非溶接部とで材料特性が変化する。テーラーロールドブランク鋼板の製造には、大きな加圧力を付与できる圧延装置が必要となる。
【0007】
なお、非特許文献1には、圧延異形断面板に関する記載があるが、その対象は電子機器等に用いられる銅(合金)板である。また特許文献1には、複数のロールで板材を曲げ伸し・曲げ戻しして、所望形状の予備成形素材を得る方法を提案している。しかし、その方法は、そもそも板状素材の創製方法ではなく、予備成形体の中央部の板厚を減少させられる程度に過ぎない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、板厚分布を有するプレス成形用素材を得るための新たな創製方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、従来の圧延等とは異なり、板材に対して、引張り曲げまたは曲げしごきという塑性加工を加えることにより、特定方向に関して板厚が変化した(つまり板厚分布を有する)プレス成形用素材を比較的小さい加工力で得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《創製方法》
(1)第1の本発明は、帯状の板材の少なくとも一面側に該板材の全幅に亘って配設された工具で、引き抜かれる該板材を板厚方向の一方へ押し込んで該板材を引張り曲げすることにより、該板材の板厚が減少した領域を形成する引張曲げ工程を備え、長手方向に関して板厚の異なる領域が分布したプレス成形用素材を得る創製方法である。
【0011】
(2)第2の本発明は、帯状の板材の幅内の一部に該板材の両面側に対向して配設された工具で、引き抜かれる該板材を挟圧しつつ板厚方向の一方へ押し込んで該板材を曲げしごきすることにより、該板材の板厚が減少した領域を形成する曲げしごき工程を備え、幅方向に関して板厚の異なる領域が分布したプレス成形用素材を得る創製方法である。
【0012】
(3)本発明のプレス成形用素材の創製方法(単に「創製方法という。)では、いずれも曲げ変形を利用して塑性変形(板厚減少)をさせている。これにより、本発明の創製方法によれば、単なる圧延やしごき等を行う場合よりも小さな加工力で、板厚が長手方向または幅方向に変化した(つまり板厚分布を有する)板状の素材を得ることができる。
【0013】
また本発明の創製方法の場合、工具の形態、移動量(押込量等)、配置等を変えることにより、板厚減少量、板厚減少領域等を幅広く調整でき、創製できる素材の形態自由度も大きい。
【0014】
なお、所望特性に応じた板厚分布を有するプレス成形用素材(単に「素材」という。)を用いることにより、例えば、高強度化と軽量化を高次元で両立したプレス成形品(例えば、自動車の車体部材)を得ることができる。
【0015】
《創製装置》
本発明は、上述した創製方法を実施するための創製装置としても把握できる。例えば、長手方向に板厚分布した素材を創製する場合なら、本発明の創製装置は、帯状の板材の少なくとも一面側に配設され、少なくとも該板材に摺接する先端側の断面形状が該板材の全幅に亘って一様な工具を備えると好適である。
【0016】
また、幅方向に板厚分布した素材を創製する場合なら、本発明の創製装置は、帯状の板材の幅内の少なくとも一部に、該板材の両面側に対向して配設された工具を備える好適である。
【0017】
創製装置は、工具(金型等)単体として把握してもよいし、その工具を含む構成(システム)として把握してもよい。後者の場合、本発明の創製装置は、例えば、帯状の板材を引き抜く引抜手段と、前記工具を板厚方向へ押し込む押込手段とをさらに備えるとよい。
【0018】
引抜手段は、張力が印加された板材を一方(下流側)へ移動させる。張力は、少なくとも工具の前後で生じている必要がある。引抜手段は、例えば、後方で板材を摺動可能に挟持するビード等と、先方で板材を巻き取る巻取装置とにより構成され得る。
【0019】
押込手段は、油圧、電動等によるアクチュエーターにより実現される。工具が複数あるとき、押込手段は、高さ(突出量)の調整がされた複数の工具を一括して押し込んでもよいし、各工具を個別に押し込んでもよい。なお、押込手段による工具等の押込量や退避等は、創製する板厚分布に応じて制御装置により制御される。
【0020】
《その他》
(1)本発明は、引張曲げ工程と曲げしごき工程を少なくとも1回ずつ行って、長手方向と幅方向の両方に板厚分布を有する素材を創製する方法でもよい。それら各工程は、連続的に処理されてもよいし、バッチ処理されてもよい。連続的に処理する場合、引張曲げ工程を行う工具と曲げしごき工程を行う工具を並列させてもよい。なお、各工程の先後または各工具の配列の先後は、適宜、選択される。
【0021】
(2)本明細書でいう長手方向は、板材が延在する方向である。特に断らない限り、その長手方向が、引き抜かれる方向(単に「引抜方向」という。)または引張力が印加される方向(単に「張力方向」という。)となる。幅方向は、長手方向に対する直交する方向であり、板材の短手方向である。板厚方向は、長手方向と幅方向に直交する方向である。
【0022】
説明の便宜上、適宜、長手方向をX(軸)方向、幅方向をY(軸)方向、板厚方向をZ(軸)方向とする。この際、特に断らない限り、板材が引き抜かれる向き(後方側から先方側または上流側から下流側に向かう向き)をX軸の正方向とする。
【0023】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1A】長手方向に板厚分布した素材の一形態例である。
図1B】その素材の創製過程を示す模式図である。
図1C】その素材の創製装置(工具)の一例を示す斜視図である。
図2A】幅方向に板厚分布した素材の一形態例である。
図2B】その素材の創製過程を示す模式図である。
図2C】その素材の創製装置(工具)の一例を示す斜視図である。
図2D】各工具の先端面の幅方向に関する形態を示す断面図である。
図3A】長手方向と幅方向に板厚分布した素材の一形態例である。
図3B】その素材の創製過程を示す模式図である。
図4】長手方向に板厚分布した素材の創製例の説明図である。
図5A】幅方向に板厚分布した素材を創製したときの解析モデルを示す模式図である。
図5B】創製過程を示す解析例の模式図である。
図5C】その解析結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、創製方法または創製装置のみならず、創製方法により得られた素材にも適宜該当し、方法的な構成要素であっても物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0026】
《板材》
板材は、鉄系、アルミニウム系、マグネシウム系、チタン系等のいずれでもよい。板材の代表例は鋼板である。特に本発明は、高張力鋼板から素材を創製する場合に好適である。なお、「~系」は、材質が純金属または合金であることを意味する。
【0027】
創製前の板材は、通常、板厚が一定な平板である。サイズは種々あり得るが、通常、その板厚は0.5~4mmさらには0.8~3mm程度である。
【0028】
《創製方法》
(1)引張曲げ工程が施された領域は、その施工前よりも板厚が減少する。引張曲げ工程を長手方向に関して選択的に行うことにより、その長手方向に関して板厚が変化した(つまり板厚分布した)素材が得られる。
【0029】
(2)曲げしごき工程が施された領域も、その施工前よりも板厚が減少する。曲げしごき工程を幅方向に関して選択的に行うことにより、その幅方向(断面)に関して板厚が変化した素材が得られる。
【0030】
(3)いずれの場合も、板厚が異なる領域の分布は、素材の要求仕様に応じて適宜調整される。長手方向と幅方向の両方向に関して板厚分布を付与する場合は、上述した各工程をそれぞれ、少なくとも1回ずつ行うとよい。各工程間の先後は問わない。なお、板厚分布の付与は、各工程を1回行うだけでもよいが、複数回に分割して(つまり多段階で)行ってもよい。
【0031】
《創製工具/創製装置》
(1)板材の引張曲げを行う工具(単に「引張曲げ工具」という。)は、例えば、板材に摺接する先端部が板材の全幅に亘って一様な断面形状を有する。その断面形状は、例えば、円状、楕円状、台形状等である。いずれの場合でも、板材との接触する部分(いわゆる「肩部」)は、滑らかな曲面(例えば丸め面取り)からなるとよい。
【0032】
(2)板材の曲げしごきを行う工具(単に「曲げしごき工具」という。)は、例えば、板材の幅内の少なくとも一部で両面側に一対配設される。曲げしごき工具も引張曲げ工具と同様に、種々の断面形状が考えられる。曲げしごき工具の一方(板材を押し込んで曲げ変形させる側)は、いずれも板材との接触する肩部が滑らかな曲面からなるとよい。曲げしごき工具の他方は、その一方との間で板材を挟圧してしごきを行えればよく、板材との接触部は長手方向に関して、滑らかな曲面でも平坦面でもよい。
【0033】
板材に確実な曲げ変形を生じさせるため、曲げしごき工具の長手方向側に隣接して曲げ補助工具を設けてもよい。また、所望する板厚を確保するために、曲げしごき工具は複数配設されてもよい。また、板厚の小さい領域と板厚の大きい領域とを緩やかに接続する遷移域を形成するために、補助工具を設けてもよい。例えば、幅方向に板厚分布を創製する場合、板材を曲げつつ、板厚を傾斜的に変化させる(しごく)補助工具が設けられてもよい。
【0034】
さらに、板厚を減少させないか、極僅かに板厚を減少させる(しごきする)領域には、所望の板厚を確保するための整形工具を設けてもよい。このような補助工具や整形工具は、板材の両面側に少なくとも一対あればよい。各工具の配置位置、配置数、配置順序は、所望する板厚分布により適宜調整される。
【0035】
曲げしごき工具、補助工具または整形工具の先端面(板材との接触面)は、幅方向に関して、平坦面でも傾斜面でもよい。傾斜面とすると、幅方向の板厚を傾斜的に変化させたり、急激な板厚変化を緩和できる。
【0036】
長手方向の板厚分布の付与工程(引張曲げ工程)と幅方向の板厚分布の付与(曲げしごき工程)を、板材の一回の引抜きで行う場合、上述した引張曲げ工具と曲げしごき工具は長手方向に並列して配設するとよい。それら各工具の配置の先後は問わない。なお、各工具の少なくとも一部は、板材と接触する工具の先端側がロール状となっていてもよい。
【0037】
《長手方向の板厚分布》
引張曲げ工程により、板材の長手方向に板厚分布を付与した素材を創製する一例を図1A~1C(これらを併せて単に「図1」という。)に示した。例えば、初期の板厚が均一な帯状の板材P0(図略)から、図1Aに示すように、長手方向に板厚が変化した素材P1は、図1B、1Cに示す上型Uと下型Lを用いて創製できる。
【0038】
上型Uは、板材P0の引抜方向の後方(上流)側から順に配列された工具U0~U4と、それを保持する筐体Ucとを備える。下型Lは、板材P0の引抜方向の後方側から順に配列された工具L0~L4と、それを保持する筐体Lcとを備える。各工具U0~U4と各工具L0~L4は、それぞれが上下方向に対向して配置される。なお、本明細書では、説明の便宜上、各図の記載に基づいて上下関係を規定した。現実の創製装置の上下関係を限定するものではない。
【0039】
板厚が減少している領域r11、r15を創製する場合、板材P0の全幅に亘る各工具を図1Bに示すように配置して、板材P0を引張曲げ変形させる。例えば、工具U1、U3を下方へ押し下げ、工具L2の上面は工具L0、L4の上面(板材P0の下面)とほぼ面一状態とする。それ以外の各工具は板材P0から離間させておく。それら工具と接触した板材P0は、引張曲げされて、板厚が減少した領域r11、r15を長手方向に形成する。
【0040】
板厚が減少していない(ほぼ初期板厚のままである)領域r13は、例えば、上型Uと下型Lを全体的に板材P0から離間させるか、工具U1、U3を板材P0から離間させて形成される。この他、領域r13は、各工具U1~U3と各工具L1~L3との間隔を、初期板厚として形成してもよい。
【0041】
素材P1の領域r12、r14は、各型または各工具の移動中に形成される遷移域である。領域r12、r14により、長手方向の板厚の変化が緩やかになる。
【0042】
《幅方向の板厚分布》
曲げしごき工程により、板材の幅方向に板厚分布を付与した素材を創製する一例を図2A~2C(これらを併せて単に「図2」という。)に示した。例えば、初期の板厚が均一な帯状の板材P0(図略)から、図2Aに示すように、幅方向に板厚が変化した素材P2は上型Uと下型Lを用いて創製できる。
【0043】
上型Uは、図2Bに示すように、板材P0の引抜方向の後方側から順に配列された工具U0、工具U11、U12、U13、工具U21、U22、U23、工具U31、32、33、工具U4と、それを保持する筐体(図略)とを備える。
【0044】
下型Lは、図2Bに示すように、板材P0の引抜方向の後方側から順に配列された工具L0、工具L11、L12、L13、工具L21、L22、L23、工具L31、32、33、工具L4と、それを保持する筐体(図略)とを備える。上型Uと下型Lを構成する各工具は、それぞれが上下方向に対向して配置されている。また、各工具は、独立して、上下位置の調整が可能となっている。
【0045】
板厚が減少している領域r21、r25を創製する場合、板材P0の両端側の長手方向に配列した工具U11、U21、U31と工具L11、L21、L31(曲げしごき工具)を、図2B中の断面Aに示すように配置し、それらの間を板材P0が通過するように板材P0を引き抜く。このとき、一対の工具U11、L11と、一対の工具U21、L21と、一対の工具U31、L31とは、それぞれ上下方向にずらして配置する。また、各一対の工具間の隙間を、例えば、後方から先方(引抜方向)に向かって徐々に狭めてもよい。引き抜かれる板材P0は、それら工具間を通過する際に、曲げられつつ、しごかれる。これにより、比較的小さい力で、板材P0の端部領域r21(r25)に塑性変形を生じさせて、板厚を減少させられる。
【0046】
板材P0の初期板厚をほぼ維持する領域r23は、曲げ・しごきが生じないように、板材P0の中央長手方向に配列された工具U13、U23、U33と工具L13、L23、L33(整形工具)を、図2B中の断面Cに示すように配置し、それらの間に板材P0を通過させる。上下方向に配設した各一対の工具は、板材P0から離間させてもよいし、少なくとも一対の工具の隙間(図2Bでは工具U23と工具L23の隙間)を初期板厚としてもよい。
【0047】
素材P2の領域r22、r24は、長手方向に板厚を減少させた領域r21、r25と板厚を減少させていない領域r23との遷移域であり、幅方向の板厚の変化を緩やかにしている。この場合、上述した領域r21、r25を創製する場合と同様に、長手方向に配列された工具U12、U22、U32と工具L12、L22、L32(補助工具)を、図2B中の断面Bに示すように配置し、それらの間に板材P0を通過させる。このときも、隣接する各一対の工具は、それぞれ上下方向に僅かにずらして配置する。また、各一対の工具間の隙間も、例えば、後方から先方(引抜方向)に向かって徐々に狭めてもよい。これにより、引き抜かれる板材P0は、それら工具間を通過する際に、曲げられつつ、幅方向に傾斜してしごかれる。こうして、比較的小さい力で、板材P0の領域r22(r24)も塑性変形して、板厚を変化させられる。なお、領域r22(r24)は、板厚が傾斜的に変化する遷移域であるため、各工具U12、U22、U32、L12、L22、L32は、例えば、幅方向に関して、先端面の上下位置が変化(傾斜)している(図2C参照)。
【0048】
図2Bには、素材P2の各領域を、幅方向に分割した複数群の工具で創製する場合を示した。図2Cには、同形態の素材P2を創製できる幅方向に連続した工具を示した。図2Cに示した工具U1は、図2Bに示した工具U11、U12、U13を一体化したものである。同様に、工具U2は工具U21、U22、U23を一体化したものであり、工具U3は工具U31、U32、U33を一体化したものである。
【0049】
また、工具L1は図2Bに示した工具L11、L12、L13を、工具L2は工具L21、L22、L23を、工具L3は工具L31、L32、L33を、それぞれ一体化したものである。
【0050】
工具U0~U4は筐体Ucにセットされて上型Uとなり、工具L0~L4は筐体Lcにセットされて下型Lとなる。上型Uと下型Lが上下に配設されることにより組型Kとなる。
【0051】
図2Bに示した工具U11、U12、U13、工具U21、U22、U23または工具U31、U32、U33の先端面は、幅方向に関して、種々の形態をとり得る。例えば、図2Dに示すように、各工具の幅方向の断面(図2B中の断面Eまたは断面F)は、平坦面でも傾斜面でもよい。
【0052】
《長手方向と幅方向の板厚分布》
上述した引張曲げ工程と曲げしごき工程を連続的に(一工程として)行えば、板材の長手方向および幅方向の両方に関して、板厚分布を付与した素材を効率的に創製できる。その一例を図3A、3B(これらを併せて単に「図3」という。)に示した。図1および図2に示した各工具と実質的に同様な工具には、同符号を付して、それらの詳細な説明は省略した。
【0053】
図3に示すような各工具間で、板材P0を引き抜くと、図3Aに示すように、長手方向に関して板厚が減少した領域r11、15と幅方向に関して板厚が減少した領域r21、25と、板厚が遷移する長手方向の領域r12、14および幅方向の領域r22、24と、板厚がほぼ初期のままである領域r13(r23)とを有する素材P3が、一工程で得られる。なお、当然ながら、各工具(または型)の上下位置は、工程中に一定ではなく、加工する各領域に応じて(つまり板材の引抜き位置(長さ)に連動して)上下動する。これにより、引張曲げ加工または曲げしごき加工がなされたり、逆に加工がなされなかったりする各領域が形成され、各領域毎に板厚の異なる所望形態のプレス成形用素材が得られる。
【実施例
【0054】
引張曲げまたは曲げしごきにより、板厚が減少した素材が得られることを次のように確認した。その具体例を示しつつ、本発明をさらに詳しく説明する。
【0055】
《長手方向の板厚減少》
(1)工具
引張曲げにより板材の長手方向の板厚を減少させるため、図4に示す上型Uと下型Lを用意した。上型Uは、工具に相当する凸部U1、U2、U3を有する。これら各凸部の下面位置は同一とした。各凸部の肩部(断面)の曲率半径(単に「肩R」という。)は図4に併記した。なお、引抜方向に対して後方(上流)側を左側、先方(下流)側を右側とした(下型Lも同様)。
【0056】
下型Lは、工具L1~L5を有する。各工具の上面位置と、各工具の肩Rは図4に併記した。各上面位置は、試験片T(板材)の下面位置(保持部L0の上面/基準面)からの変位量(上方が正方向)である。
【0057】
(2)創製
軟鋼板(JIS SPCC)からなる試験片T(700mm×100mm×t2.3mm)を、上述した上型Uと下型Lで挟持した。両型間に所定の加圧力を印加した状態で、試験片Tを引き抜いた。このとき、試験片Tの各曲げ部には、その入側(後方側、上流側)の曲げ・曲げ戻しにより生じる引張力が負荷された状態となっている。
【0058】
加圧力:65kNで創製したところ、試験片Tの板厚は、2.27mm(引抜部の測定値)→1.52mmまで減少した。
【0059】
また、同様な加工を多工程で行った。加圧力と回数(加工の繰り返し数)と加工後の板厚を図4に併記した。引張曲げ工程を多工程とすることにより、小さい加圧力でも、大幅に板厚を減少させられることがわかった。例えば、6回加工を行った場合、圧延時の約1/5の加圧力で、板厚を1/3にまで減少させられた。
【0060】
《幅方向の板厚減少》
(1)工具
曲げしごきにより板材の幅方向の板厚を減少させる解析モデルとして、図5Aに示す上型Uと下型Lを設定した。上型Uは工具U11~U13、U2、U31~33からなり、下型Lは工具L1、L2、L3からなる。ここでは主に、板材の端部の板厚を減少させる場合を解析した。このため主に、工具U11、U2、U31と、それらと対をなす工具L1、L2、L3とに着眼した。試験片Tは上述した軟鋼板(初期板厚:t0=2.3mm)とした。
【0061】
各工具の上下位置は、試験片T(板材)の下面位置(保持部L0の上面/基準面)を0とするZ座標値で示した。ZU33=ZU13=2.3は、試験片Tの板厚(2.3mm)と同じであることを意味し、その中央部での板厚減少はない(初期板厚のまま)とした。DZU32=0.5*DZU31、DZU12=0.5*DZU11は、それぞれ遷移域にある工具U32、U12の上下変位(DZ)が、端部にある工具U31、U11の上下変位(DZ)の1/2(0.5倍)であることを意味する。
【0062】
U2=2.8は、工具U2の下端面が基準面から2.8mm上方(ZU2=2.8)にあることを意味する。DL2=0.5は、工具L2の上端面が基準面から0.5mm下方(ZL2=-0.5)にあることを意味する。工具U11と工具L1の隙間(DC1=|ZU11-ZL1|)と、工具U31と工具L3の隙間(DC3=|ZU31-ZL3|)とにより、試験片Tの各しごき量(C1=t0-DC1、C3=t0-DC3)が定まる。ここではC3=0.87とした。
【0063】
なお、D3=1.05は、工具L3の上端面が基準面から1.05mm下方(ZL3=-1.05)にあることを意味する。従って、工具U31の下端面は基準面から0.38mm下方(ZU31=0.38)にあることとなる。
【0064】
(2)解析
しごき量(C1)と、工具L1の上端面位置(基準面からの距離:D1=|ZL1|)とを種々変更してシミュレーションを行った。その一例を図5Bに示した。
【0065】
C1=0.6、D1=2.4(ZL1=-2.4、ZU11=-0.7)とした場合(図5Bの上側)、試験片Tは工具U11と工具L1の間で、曲げられつつ、第1段目のしごき(しごき量C1)を受ける。その後、試験片Tは工具U2と工具L2の間を曲がりつつ通過し、さらに工具U31と工具L3の間で、曲げられつつ、第2段目のしごき(しごき量C3)を受ける。このとき、板材に加わるひずみ(算出値)は小さく、板材は工具間で詰まることもなく、スムーズに塑性変形(板厚減少)することが確認された。
【0066】
この加工後の試験片Tの幅方向の板厚変化を図5Cに示した。端部の板厚は、ほぼ、第2段目のしごき量(C3)を差し引いた板厚(t0-C3=2.3-0.87=1.43mm)となることが確認できた。
【0067】
一方、C1=0.6、D1=0(ZL1=0、ZU11=1.7)とした場合(図5Bの下側)、試験片Tは工具U11と工具L1の間で、曲げられることなく第1段目のしごきを受ける。その後、試験片Tは工具U2と工具L2の間を通過して工具U31と工具L3の間へ誘導されて第2段目のしごきを受ける。このとき、板材に加わるひずみ(算出値)が非常に大きくなり、板材は工具間で詰まり、板材は座屈する。従って、この場合、スムーズな板厚減少は不可能となる。
【0068】
以上のことから、本発明の創製方法によれば、引張曲げまたは曲げしごきにより、比較的小さい加工力で、スムーズな板厚減少が可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0069】
P 板材
U 上型(工具)
L 下型(工具)
r 領域
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図5C