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特許7103765電気音響変換装置及び電気音響変換装置の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-11
(45)【発行日】2022-07-20
(54)【発明の名称】電気音響変換装置及び電気音響変換装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H04R 1/10 20060101AFI20220712BHJP
   H04R 9/06 20060101ALI20220712BHJP
   H04R 1/24 20060101ALI20220712BHJP
   H04R 17/00 20060101ALI20220712BHJP
【FI】
H04R1/10 104Z
H04R9/06 A
H04R1/24 Z
H04R17/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017145207
(22)【出願日】2017-07-27
(65)【公開番号】P2019029745
(43)【公開日】2019-02-21
【審査請求日】2020-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000204284
【氏名又は名称】太陽誘電株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】特許業務法人南青山国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100196575
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 満
(72)【発明者】
【氏名】石井 茂雄
(72)【発明者】
【氏名】浜田 浩
(72)【発明者】
【氏名】土信田 豊
(72)【発明者】
【氏名】富田 隆
【審査官】辻 勇貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-225857(JP,A)
【文献】特開2016-086398(JP,A)
【文献】特開昭59-012700(JP,A)
【文献】登録実用新案第3193281(JP,U)
【文献】中国実用新案第203896502(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 1/10
H04R 9/06
H04R 1/24
H04R 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の音響を発生させる電磁式発音体と、
第2の音響を発生させる圧電式発音体と
を具備し、
前記第1の音響の音圧と前記第2の音響の音圧との交差周波数帯域が8kHz~10kHzであり、前記交差周波数帯域における前記第1及び第2の音響の音圧の和は、前記交差周波数帯域における前記第1の音響の音圧の1.5倍以上2.0倍以下である周波数帯域を含む
電気音響変換装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電気音響変換装置であって、
前記圧電式発音体は、円形の振動板を有し、
前記振動板の直径は10mm以下である
電気音響変換装置。
【請求項3】
第1の音響を発生させる電磁式発音体と、振動板を有し、第2の音響を発生させる圧電式発音体とを具備する電気音響変換装置の製造方法であって、
前記第1の音響の音圧と前記第2の音響の音圧との交差周波数帯域が8kHz~10kHzであり、前記交差周波数帯域における前記第1及び第2の音響の音圧の和が、前記交差周波数帯域における前記第1の音響の音圧の1.5倍以上2.0倍以下である周波数帯域を含むように前記振動板の振動特性を決定する
電気音響変換装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁式発音体と圧電式発音体とを備えた電気音響変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電発音素子は、簡易な電気音響変換手段として広く利用されており、例えば、イヤホンあるいはヘッドホンのような音響機器、さらには携帯情報端末のスピーカなどとして多用されている。圧電発音素子は、典型的には、振動板の片面あるいは両面に圧電素子を貼り合わせた構成を有する(例えば特許文献1参照)。
【0003】
一方、特許文献2には、ダイナミック型ドライバと圧電型ドライバとを備え、これら2つのドライバを並列駆動させることで帯域幅の広い再生を可能としたヘッドホンが記載されている。上記圧電型ドライバは、ダイナミック型ドライバの前面を閉塞し振動板として機能するフロントカバーの内面中央部に設けられており、この圧電型ドライバを高音域用ドライバとして機能させるように構成されている。
【0004】
特許文献3には、電磁式発音体と圧電式発音体を備え、電磁式発音体を低音域用に、圧電式発音体を高音域用に用いる電気音響変換装置が記載されている。この電気音響変換装置は、圧電式発音体又はその周囲に通路部を有し、通路部の大きさや個数を最適化することにより圧電式発音体から出力される音波を所望の周波数特性に調整することが可能に構成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-150305号公報
【文献】実開昭62-68400号公報
【文献】特許第5759641号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、イヤホンやヘッドホン等の音響機器においては、音質の更なる向上が求められている。電磁式発音体と圧電式発音体とを備えた電気音響変換装置においては、電磁式発音体からの再生音の音圧レベルと圧電式発音体からの再生音の音圧レベルとが相互に交差する周波数(以下、クロスオーバ周波数ともいう)付近で、2つの再生音の合成音圧レベルが急激に低下する現象(ディップ)が生じる場合がある。
【0007】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、クロスオーバ付近での音響特性の改善を図ることができる電気音響変換装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る電気音響変換装置は、第1の音響を発生させる電磁式発音体と、第2の音響を発生させる圧電式発音体とを具備する。
上記第1の音響の音圧と上記第2の音響の音圧との交差周波数帯域における上記第1及び第2の音響の音圧の和は、上記交差周波数帯域における上記第1の音響の音圧の0.5倍以上である。
【0009】
上記電気音響変換装置によれば、交差周波数帯域における第1及び第2の音響の音圧の和は、交差周波数帯域における上記第1の音響の音圧の0.5倍以上であるため、交差周波数帯域における第1及び第2の音響の合成音圧レベルの低下(ディップ)を効果的に抑えることができる。
【0010】
上記交差周波数帯域における上記第1及び第2の音響の音圧の和は、上記交差周波数帯域における上記第1の音響の音圧の1倍以上であってもよい。
【0011】
上記圧電式発音体は、円形の振動板を有してもよい。この場合、上記振動板の直径は10mm以下である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、クロスオーバ付近での音響特性の改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る電気音響変換装置の構成を示す概略側断面図である。
図2】上記電気音響変換装置における電磁式発音体の一構成例を示す要部の断面図である。
図3】上記電気音響変換装置における圧電式発音体の概略平面図である。
図4】上記圧電式発音体における圧電素子の内部構造を示す概略断面図である。
図5】上記電気音響変換装置における支持部材の概略平面図である。
図6】上記支持部材を含む発音ユニットの分解側断面図である。
図7A】比較例に係る電気音響変換装置における電磁式発音体及び圧電式発音体の音圧特性の一例を示す図である。
図7B図7Aの電気音響変換装置の音圧特性の一例を示す図である。
図8】圧力波の複素表現を説明する図である。
図9A】適用例1の説明図であって、指標αが異なる2つの電気音響変換装置の音響特性を比較して示す一実験結果である。
図9B】適用例1の説明図であって、比較例および実施形態における指標αの周波数特性を示す図である。
図10A】適用例2の説明図であって、比較例に係る電気音響変換装置の音響特性を示す一実験結果である。
図10B図10Aの比較例における指標αの周波数特性を示す図である。
図11A】適用例2の説明図であって、実施形態に係る電気音響変換装置の音響特性を示す一実験結果である。
図11B図11Aの実施形態における指標αの周波数特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0015】
[基本構成]
まず、本実施形態における電気音響変換装置の基本構成について説明する。
【0016】
図1は、本発明の一実施形態に係る電気音響変換装置としてのイヤホン100の構成を示す概略側断面図である。
図において、X軸、Y軸及びZ軸は相互に直交する3軸方向を示している。
【0017】
イヤホン100は、イヤホン本体10と、イヤピース20とを有する。イヤピース20は、イヤホン本体10の導音路41に取り付けられるとともに、ユーザの耳に装着可能に構成される。
【0018】
イヤホン本体10は、発音ユニット30と、発音ユニット30を収容する筐体40とを有する。発音ユニット30は、電磁式発音体31と、圧電式発音体32とを有する。
【0019】
(筐体)
筐体40は、発音ユニット30を収容する内部空間を有し、Z軸方向に分離可能な2分割構造で構成される。筐体40の一端面(図において上端面)410には、発音ユニット30により生成される音波を外部へ導く導音路41が設けられている。
【0020】
筐体40は、第1の筐体部401と第2の筐体部402との結合体で構成される。第1の筐体部401は、発音ユニット30を内部に収容する収容空間を有する。第2の筐体部402は導音路41を有し、第1の筐体部401とZ軸方向に組み合わされ、圧電式発音体32を被覆する。
【0021】
筐体40の内部空間は、圧電式発音体32によって第1の空間部S1と第2の空間部S2とに区画される。第1の空間部S1には電磁式発音体31が配置される。第2の空間部S2は、導音路41に連通する空間部であり、圧電式発音体32と第2の筐体部402の底部410との間に形成される。第1の空間部S1と第2の空間部S2とは、圧電式発音体32の通路部330を介して相互に連通している。
【0022】
(電磁式発音体)
電磁式発音体31は、低音域を再生するウーハ(Woofer)として機能するダイナミック型スピーカユニットで構成される。本実施形態では、例えば7~9kHz以下の音波を主として生成するダイナミックスピーカで構成され、ボイスコイルモータ(電磁コイル)等の振動体を含む機構部311と、機構部311を振動可能に支持する台座部312とを有する。
【0023】
電磁式発音体31の機構部311の構成は特に限定されない。図2は、機構部311の一構成例を示す要部の断面図である。機構部311は、台座部312に振動可能に支持された振動板E1(第2の振動板)と、永久磁石E2と、ボイスコイルE3と、永久磁石E2を支持するヨークE4とを有する。振動板E1は、その周縁部が台座部312の底部とこれに一体的に組み付けられる環状固定具310との間に挟持されることで、台座部312に支持される。
【0024】
ボイスコイルE3は、巻き芯となるボビンに導線を巻きつけて形成され、振動板E1の中央部に接合されている。また、ボイスコイルE3は、永久磁石E2の磁束の方向に対して垂直に配置される。ボイスコイルE3に交流電流(音声信号)を流すとボイスコイルE3に電磁力が作用するため、ボイスコイルE3は信号波形に合わせて図中Z軸方向に振動する。この振動がボイスコイルE3に連結された振動板E1に伝達され、第1及び第2の空間部S1、S2(図1)内の空気を振動させることにより上記低音域の音波(第1の音響)を発生させる。
【0025】
電磁式発音体31は、筐体40の内部に適宜の方法で固定される。電磁式発音体31の上部には、発音ユニット30の電気回路を構成する回路基板33が固定されている。回路基板33は、筐体40のリード部42を介して導入されたケーブル43と電気的に接続され、図示しない配線部材を介して電磁式発音体31及び圧電式発音体32へそれぞれ電気信号を出力する。
【0026】
(圧電式発音体)
圧電式発音体32は、高音域を再生するツイータ(Tweeter)として機能するスピーカユニットを構成する。本実施形態では、例えば7~9kHz以上の音波を主として生成するようにその発振周波数が設定される。圧電式発音体32は、振動板321(第1の振動板)と、圧電素子322とを有する。
【0027】
振動板321は、金属(例えば42アロイ)等の導電材料または樹脂(例えば液晶ポリマー)等の絶縁材料で構成され、その平面形状は略円形に形成される。「略円形」とは、円形だけでなく、後述するように実質的に円形のものも意味する。振動板321の外径や厚みは特に限定されず、筐体40の大きさ、再生音波の周波数帯域などに応じて適宜設定される。本実施形態では、直径約8~12mm、厚み約0.2mmの振動板が用いられる。
【0028】
振動板321は、必要に応じ、その外周から内周側に向けてくぼむ凹状やスリット状などに形成された切欠き部を有していてもよい。なお、振動板321の平面形状は、概形が円形であれば、上記切欠き部が形成されることなどにより厳密には円形でない場合にも、実質的に円形として扱うものとする。
【0029】
振動板321は、導音路41に臨む第1の主面32aと、電磁式発音体31に臨む第2の主面32bとを有する。本実施形態において圧電式発音体32は、振動板321の第1の主面32aにのみ圧電素子322が接合されたユニモルフ構造を有する。
なおこれに限られず、圧電素子322は、振動板321の第2の主面32bに接合されてもよい。また、圧電式発音体32は、振動板321の両主面32a,32bに圧電素子がそれぞれ接合されたバイモルフ構造で構成されてもよい。
【0030】
図3は、圧電式発音体32の平面図である。
【0031】
図3に示すように、圧電素子322の平面形状は矩形状であり、圧電素子322の中心軸は、典型的には、振動板321の中心軸C1と同軸上に配置されている。これに限られず、圧電素子322の中心軸は、振動板321の中心軸C1よりも例えばX軸方向に所定量だけ変位してもよい。つまり、圧電素子322は、振動板321に対して偏心した位置に配置されてもよい。これにより、振動板321の振動中心が中心軸C1とは異なる位置にずれるため、圧電式発音体32の振動モードが振動板321の中心軸C1に関して非対称となる。したがって、例えば振動板321の振動中心を導音路41に接近させることにより、高音域の音圧特性の更なる向上を図ることができる。
【0032】
振動板321は、その面内に複数の通路部330を有する。これら通路部330は、振動板321を厚み方向に貫通する通路部を構成し、第1の開口部331と、第2の開口部332とを含む。通路部330は、筐体40の内部において、第1の空間部S1と第2の空間部S2とを相互に連通させる。
【0033】
第1の開口部331は、振動板321の周縁部321cと圧電素子322との間の領域に設けられた複数の円形の孔で構成される。これら第1の開口部331は、中心線CL(振動板321の中心を通るY軸方向に平行な線)上の、中心軸C1に関して対称な位置にそれぞれ設けられる。第1の開口部331はそれぞれ同一径(例えば直径約1mm)の丸孔で形成されるが、勿論これに限られない。
【0034】
第2の開口部332は、周縁部321cと圧電素子322との間にそれぞれ設けられ、Y軸方向に長辺を有する矩形状に形成される。第2の開口部332は、圧電素子322の周縁部に沿って形成され、それらの一部は、圧電素子322の周縁部に部分的に被覆される。第2の開口部332は、振動板321の表裏を貫通する通路としての機能のほか、後述するように、圧電素子322の有する2つの外部電極間の短絡防止の機能をも有する。
【0035】
図4は、圧電素子322の内部構造を示す概略断面図である。
【0036】
圧電素子322は、素体328と、XY軸方向に相互に対向する第1の外部電極326a及び第2の外部電極326bとを有する。また、圧電素子322は、相互に対向するZ軸に垂直な第1の主面322a及び第2の主面322bを有する。圧電素子322の第2の主面322bは、振動板321の第1の主面32aに対向する実装面として構成される。
【0037】
素体328は、セラミックシート323と、内部電極層324a,324bとがZ軸方向に積層された構造を有する。つまり、内部電極層324a,324bは、セラミックシート323を挟んで交互に積層されている。セラミックシート323は、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、アルカリ金属含有ニオブ酸化物等の圧電材料によって形成されている。内部電極層324a,324bは各種金属材料などの導電性材料によって形成されている。
【0038】
素体328の第1の内部電極層324aは、第1の外部電極326aに接続されるとともに、セラミックシート323のマージン部によって第2の外部電極326bから絶縁されている。また、素体328の第2の内部電極層324bは、第2の外部電極326bに接続されるとともに、セラミックシート323のマージン部によって第1の外部電極326aから絶縁されている。
【0039】
図4において、第1の内部電極層324aの最上層は、素体328の表面(図4において上面)を部分的に被覆する第1の引出電極層325aを構成し、第2の内部電極層324bの最下層は、素体328の裏面(図4において下面)を部分的に被覆する第2の引出電極層325bを構成する。第1の引出電極層325aは、回路基板33(図1)と電気的に接続される一方の極の端子部327aを有し、第2の引出し電極層325bは、適宜の接合材を介して振動板321の第1の主面32aに電気的かつ機械的に接続される。振動板321が導電性材料で構成される場合、接合材には、導電性接着剤、はんだ等の導電性接合材が用いられてもよく、この場合には他方の極の端子部を振動板321に設けることができる。
【0040】
第1及び第2の外部電極326a,326bは、素体328のX軸方向の両端面の略中央部に各種金属材料などの導電性材料によって形成されている。第1の外部電極326aは、第1の内部電極層324a及び第1の引出電極層325aと電気的に接続され、第2の外部電極326bは、第2の内部電極層324b及び第2の引出電極層325bと電気的に接続される。
【0041】
このような構成により、外部電極326a,326b間に交流電圧が印加されると、各内部電極層324a,324b間にある各セラミックシート323が所定周波数で伸縮する。これにより、圧電素子322は振動板321に付与する振動を発生させることができる。この振動が、第2の空間部S2(図1)内の空気を振動させることにより上記高音域の音波(第2の音響)を発生させる。
【0042】
ここで、第1及び第2の外部電極326a,326bは、図4に示すように、それぞれ素体328の上記両端面の各々から突出する。このとき、第1及び第2の外部電極326a,326bは、振動板321の第1の主面32aに向かって突出する隆起部329a,329bが形成される場合がある。そこで、上述の開口部333は、隆起部329a,329bを収容できる大きさに形成される。これにより、隆起部329a,329bと振動板321との接触による外部電極326a,326b間の電気的短絡が阻止される。
【0043】
(支持部材)
イヤホン100は、筐体40の内部において圧電式発音体32を振動可能に支持する支持部材50(支持部)を有する。図5は支持部材50の概略平面図、図6は支持部材50を含む発音ユニット30の分解側断面図である。
【0044】
支持部材50は、図5に示すようにリング状(円環状)のブロック体で構成される。支持部材50は、圧電式発音体32の振動板321の周縁部321cを支持する支持面51と、筐体40の内壁面に対向する外周面52と、第1の空間部S1に臨む内周面53と、筐体40(第2の筐体部402)に接合される先端面54と、電磁式発音体31の周縁部に接合される底面55とを有する。
【0045】
支持面51は、円環状の粘着材層61(第1の粘着材層)を介して振動板321の周縁部321cに接合される。これにより、振動板321は支持部材50に対して弾性的に支持されるため、振動板321の共振のぶれが抑制され、振動板321の安定した共振動作が確保される。
【0046】
また、先端面54は、円環状の粘着材層62(第2の粘着材層)を介して第2の筐体部402の周縁内周部に接合される。底面55は、円環状の粘着材層63(第3の粘着材層)を介して電磁式発音体31に接合される。これにより、第1の筐体部401と第2の筐体部402との間で支持部材50を弾性的に挟持することができるため、支持部材50により圧電式発音体32を安定に支持することができる。
【0047】
粘着材層61~63は、適度な弾性を有する材料で構成され、典型的には、各々所定の径でカッティングされた両面粘着テープで構成される。これ以外にも、粘着材層61~63は、粘弾性樹脂の硬化物や加圧接着性の粘弾性フィルム等で構成されてもよい。また、粘着材層61~63が環状体で構成されることにより、電磁式発音体31と支持部材50との間の気密性、支持部材50と振動板321との間の気密性、そして、支持部材50と筐体40との間の気密性がそれぞれ高められ、第1及び第2の空間部S1,S2で発生した音波を効率よく導音路41へ導くことができる。
【0048】
支持部材50は、例えば、3GPa以上のヤング率(縦弾性係数)を有する材料で構成される。このような材料で構成された支持部材50は、比較的高い剛性を確保することができるため、7kHz以上の比較的高い周波数帯域で振動する圧電式発音体32(振動板321)を安定に支持することができる。
【0049】
支持部材50を構成する材料のヤング率の上限は特に限定されないが、例えば5GPa以上の材料単体では、金属やセラミックス等の無機材料にほぼ限定されるため、重量や生産コスト等との兼ね合いで上限は適宜設定可能であり、例えば500GPa以下とすることができる。一方、支持部材50を合成樹脂材料製とすることにより、軽量化、生産性の点で有利である。
【0050】
ヤング率が3GPa以上の材料としては、例えば、金属材料、セラミックス、合成樹脂材料、合成樹脂材料を主体とする複合材料が挙げられる。金属材料としては、圧延鋼、ステンレス鋼、鋳鉄等の鉄系材料のほか、アルミニウムや黄銅等の非鉄系材料など、特に制限なく採用可能である。セラミックスとしては、SiCやAl等の適宜の材料が適用可能である。
【0051】
合成樹脂材料としては、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリメチルメタアクリレート(PMMA)、ポリアセタール(POM)、硬質塩化ビニル、メチルメタクリレート・スチレン共重合体(MS)等が挙げられる。また、ポリカーボネート(PC)やスチレン・ブタジエン・アクリロニトリル共重合体(ABS)等のような単体で3GPa以上のヤング率を有しない樹脂材料であっても、これにガラス繊維等の繊維質や無機粒子等の微粒子からなるフィラー(充填材)が添加された、ヤング率(縦弾性係数)3GPa以上の複合材料(強化型プラスチック)が採用可能である。
【0052】
支持部材50は、単純な板材ではなく領域によって厚みが異なる3次元形状に形成されてもよい。これにより断面二次モーメントが大きくすることができ、同一のヤング率を有する材料であっても剛性(曲げ剛性)をさらに高めることができる。
【0053】
例えば本実施形態における支持部材50には、支持面51の外周縁部に沿って上方へ突出し、振動板321の周縁部321cを囲繞する環状片部56(第1の環状片部)が設けられており(図6参照)、その頂部に上述した先端面54が形成されている。これにより支持部材50の外周側が内周側よりも厚肉となるため、捻りや曲げに対する剛性が高められる。
【0054】
[イヤホンの動作]
続いて、以上のように構成される本実施形態のイヤホン100の典型的な動作について説明する。
【0055】
本実施形態のイヤホン100において、発音ユニット30の回路基板33には、ケーブル50を介して再生信号が入力される。再生信号は、回路基板33を介して、電磁式発音体31及び圧電式発音体32にそれぞれ入力される。これにより、電磁式発音体31が駆動されて、主として7kHz以下の低音域の音波が生成される。一方、圧電式発音体32においては、圧電素子322の伸縮動作により振動板321が振動し、主として7kHz以上の高音域の音波が生成される。生成された各帯域の音波は、導音路41を介してユーザの耳に伝達される。このようにイヤホン100は、低音域用の発音体と高音域用の発音体とを有するハイブリッドスピーカとして機能する。
【0056】
一方、電磁式発音体31によって発生した音波は、圧電式発音体32の通路部330を介して第2の空間部S2へ伝播する音波成分と、通路部330を介して第2の空間部S2へ伝播する音波成分との合成波で形成される。したがって、通路部330の大きさ、個数等を最適化することにより、電磁式発音体31から出力される低音域の音波を、例えば所定の低音帯域に音圧ピークが得られるような周波数特性に調整あるいはチューニングすることが可能となる。
【0057】
[ディップについて]
図7Aは、電磁式発音体31及び圧電式発音体32の音圧特性の一例を示す図である。図7Bは、イヤホンの音圧特性の一例を示す図である。
【0058】
図7A,Bに示すように、イヤホンの再生音は、電磁式発音体31の再生音S(DSP)(第1の音響)と圧電式発音体32の再生音S(TW)(第2の音響)との合成音である。図7Aに示すように、イヤホンの再生音は、9kHz以下の周波数帯域では電磁式発音体31の再生音S(DSP)が支配的であり、9kHz以上の周波数帯域では圧電式発音体32の再生音S(TW)が支配的である。
【0059】
しかしながら、電磁式発音体31および圧電式発音体32の周波数特性によっては、図7Bにおいて符号Aで示すように、電磁式発音体31の再生音S(DSP)の音圧P(DSP)(第1の音圧)と圧電式発音体32の再生音S(TW)の音圧P(DSP)(第1の音圧)とが相互に交差するクロスオーバ周波数(約9kHz)付近において、これら再生音S(DSP)、S(TW)の合成音圧レベルの急激な低下(ディップ)が生じる場合がある。これは、各再生音S(DSP)、S(TW)の音響特性によっては、クロスオーバ周波数付近における各再生音S(DSP)、S(TW)の位相が相互に打ち消し合ってしまうためであると考えられる。
【0060】
本発明者らは、クロスオーバ周波数付近におけるディップ発生の問題は、2つの再生音S(DSP)、S(TW)の位相を適切に調整することにより解消できることを見出した。
【0061】
一般に、圧力波Pの音圧レベルは、SPL=20log(p/p)と記述される。
圧力波Pの複素表現は、P=|P|cosθ+i|P|sinθである。図8に示すように、
|P|Real=|P|cosθ、
|P|Image=|P|sinθ
したがって、再生音S(DSP)の音圧の実軸成分|P(DSP)|Realおよび虚軸成分|P(DSP)|Image、ならびに、再生音S(TW)の音圧の実軸成分|P(TW)|Realおよび虚軸成分|P(TW)|Imageは、それぞれ以下のように記述される。
|P(DSP)|Real=|P(DSP)|cosθ
|P(TW)|Real=|P(TW)|cosθ
|P(DSP)|Image=|P(DSP)|sinθ
|P(TW)|Image=|P(TW)|sinθ
ここで、θは、再生音S(DSP)の位相、θは、再生音S(TW)の位相である。
交差周波数帯域(クロスオーバ周波数付近)においては、|P(DSP)|≒|P(TW)|と見なせるため、交差周波数帯域における音圧は、以下のように記述することができる。
|P(DSP+TW)|≒|P(DSP|{(cosθ+cosθ+(sinθ+sinθ1/2
【0062】
ここで、再生音S(DSP)、S(TW)の繋がりは、それぞれの位相の影響を受け、上式右辺の平方根の項の値は、繋がりの程度を示す指標と考えることができる。そこで、この項をαと定義すると、
α≡{(cosθ+cosθ+(sinθ+sinθ1/2
αは、θ=θ、すなわち、電磁式発音体31の再生音S(DSP)と圧電式発音体32の再生音S(TW)の位相差が0のときに、最大値α=2をとり、θ=θ+πのときに、2つの再生音S(DSP)、S(TW)が打ち消し合い、α=0となる。
つまり、αは、0から2までの連続値をとる。
【0063】
[本実施形態の電気音響変換装置]
本実施形態のイヤホン100は、指標αが0.5以上となるにように構成されている。すなわち本実施形態では、電磁式発音体31の再生音S(DSP)の音圧P(DSP)と圧電式発音体32の再生音S(TW)の音圧P(TW)との交差周波数帯域における音圧の和P(DSP+TW)が、当該交差周波数帯域における電磁式発音体31の音圧P(DSP)の0.5倍以上となるように構成される。これにより、クロスオーバ付近でのディップの発生を抑制して音響特性の改善を図ることができる。
【0064】
音圧P(DSP)と音圧P(TW)との交差周波数帯域は、クロスオーバ周波数(約9kHz)を含む所定の周波数帯域をいい、例えば、8~10kHzの帯域を意味する。この帯域での合成音圧(P(DSP+TW))を音圧P(DSP)の0.5倍以上、より好ましくは、1倍以上とすることで、クロスオーバ付近におけるディップの発生を効率よく防止することができる。
【0065】
特に、圧電式発音体32の振動板321が小径化するほど(例えば直径が10mm以下の場合)、クロスオーバ周波数付近でのディップの発生がより顕著になる傾向にあるが、上述のように指標αを適切に設定することで、クロスオーバ周波数付近において電磁式発音体31の再生音S(DSP)と圧電式発音体32の再生音S(TW)とが良好に繋がり、したがってディップを生じさせることなく良好な音響特性を確保することができる。
【0066】
指標αの設定方法は特に限定されず、電磁式発音体31および圧電式発音体32のうち少なくとも一方の音響特性の調整することで、指標αを所望の値に設定することができる。例えば、振動板321の厚みを薄くしたり、剛性を低下させたりして、圧電式発音体32の共振周波数を下げるようにすれば、指標αの設定が容易になる。
【0067】
これ以外にも、振動板321の周縁部を支持する粘着材層61(図1)の厚みや粘弾性を調整し、あるいは圧電素子322の中心を振動板321の中心軸C1に対してオフセットさせて振動板321の振動特性を調整することも、指標αの設定に有利である。更には、支持部材50の材質(ヤング率)、剛性等が調整されてもよい。
【0068】
(適用例1)
図9Aは、指標αが異なる2つのイヤホンの音響特性を比較して示す一実験結果である。図9Bは、比較例および本実施形態における指標αの周波数特性を示している。図9A,Bにおいて「Dipあり」は、図7Aに示した比較例に係るイヤホンの音響特性に相当し、「Dipなし」は本実施形態に係るイヤホン100の音響特性に相当する。圧電式発音体32の振動板321の直径はいずれも12mmであるのに対し、共振周波数は、比較例(Dipあり)では9.9kHz、本実施形態(Dipなし)では9.2kHzである。
【0069】
図9A,Bに示すように、比較例のイヤホンは、電磁式発音体31の再生音S(DSP)と圧電式発音体32の再生音S(TW)との交差周波数帯域(8~10kHz)における指標αが1以下であり、特に、クロスオーバ周波数(約9.5kHz)付近における指標αは0.5以下である。これに対して本実施形態によれば、上記交差周波数帯域における指標αは0.5以上であり、特に、クロスオーバ周波数付近における指標αは1以上(2以下)である。このため本実施形態によれば、クロスオーバ周波数付近における音圧の急激な落ち込み、すなわちディップの発生が効果的に抑制され、特に本例では、クロスオーバ周波数付近の音圧の向上が認められた。
【0070】
(適用例2)
図10Aは、図10Bに示すような指標αの周波数特性を有する比較例に係るイヤホンの音響特性を示す一実験結果である。
一方、図11Aは、図11Bに示すような指標αの周波数特性を有する本実施形態に係るイヤホンの音響特性を示す一実験結果である。
本例では、圧電式発音体32の振動板321の直径はいずれも8mmであるのに対し、共振周波数は、比較例(図10A,B)では9.8kHz、本実施形態(図11A,B)では9.3kHzである。
【0071】
比較例に係るイヤホンにおいては、図10Bに示すように、3kHz~10kHzの広い範囲で指標αの低下が著しく、クロスオーバ周波数(約9.5kHz)付近における指標αの値が0.25と極めて低い。このため、クロスオーバ周波数を含む交差周波数帯域において電磁式発音体と圧電式発音体との合成音圧レベルの急激な低下(ディップ)が認められた(図10A参照)。
【0072】
これに対して本実施形態に係るイヤホン100においては、図11Bに示すように、指標αの低下領域は認められるものの、指標αが低下する周波数帯域はクロスオーバ周波数付近よりも低周波数帯域(3kHz~8kHz)側にシフトしている。しかも、クロスオーバ周波数付近での指標αの値は最大値(α=2)に達しているため、ディップは認められないばかりか、音圧レベルの大幅な上昇をもたらすことが確認された(図11A参照)。
【0073】
以上のように本実施形態においては、2つの再生音S(DSP),(TW)の交差周波数帯域における各再生音の繋がりの程度を示す指標αを導入するとともに、この指標αの値が0.5以上、好ましくは1以上となるように圧電式発音体32の振動特性を調整するようにしている。これにより、クロスオーバ周波数付近におけるイヤホン100の音圧レベルの急激な低下(ディップ)の発生を抑えて、音響特性の改善を図ることができる。
【0074】
しかも本実施形態によれば、圧電式発音体32の共振の鋭さ(Q)を低下させることなく共振周波数を最適化するようにしているため、クロスオーバ周波数付近の音圧レベルの低下をもたらすことなく、ディップの発生を抑えることができる。
【0075】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく種々変更を加え得ることは勿論である。
【0076】
例えば以上の実施形態では、圧電式発音体32の振動板321の直径が12mmおよび8mmである適用例について説明したが、直径が10mmあるいは8mm以下の振動板を有する圧電式発音体にも同様に適用可能である。
【0077】
また以上の実施形態では、電気音響変換装置としてイヤホンを例に挙げて説明したが、これに限られず、ヘッドホン、据え置き型スピーカ、携帯情報端末に内蔵されるスピーカ等にも本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0078】
31…電磁式発音体
32…圧電式発音体
40…筐体
50…支持部材
100…イヤホン
321…振動板
322…圧電素子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9A
図9B
図10A
図10B
図11A
図11B