(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-12
(45)【発行日】2022-07-21
(54)【発明の名称】緩衝剤を含む組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 51/04 20060101AFI20220713BHJP
A61K 51/08 20060101ALI20220713BHJP
A61K 51/10 20060101ALI20220713BHJP
A61K 47/12 20060101ALI20220713BHJP
A61K 47/54 20170101ALI20220713BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20220713BHJP
A61K 47/68 20170101ALI20220713BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220713BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20220713BHJP
A61K 103/32 20060101ALN20220713BHJP
A61K 103/30 20060101ALN20220713BHJP
【FI】
A61K51/04 100
A61K51/04 200
A61K51/04 310
A61K51/04 320
A61K51/08 100
A61K51/08 200
A61K51/10 100
A61K51/10 200
A61K47/12
A61K47/54
A61K47/64
A61K47/68
A61P35/00
A61P35/02
A61K103:32
A61K103:30
(21)【出願番号】P 2018534445
(86)(22)【出願日】2017-08-21
(86)【国際出願番号】 JP2017029696
(87)【国際公開番号】W WO2018034354
(87)【国際公開日】2018-02-22
【審査請求日】2020-06-04
(31)【優先権主張番号】P 2016161114
(32)【優先日】2016-08-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】322005219
【氏名又は名称】PDRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】船瀬 雄一
(72)【発明者】
【氏名】黒川 将弘
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/099524(WO,A1)
【文献】特表2012-517974(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0009124(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0054855(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0132219(US,A1)
【文献】Advanced Drug Delivery Reviews,2008年,vol.60,p.1347-1370
【文献】RADIOCHEMISTRY,2009年,vol.51, no.5,p.502-506
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 51/02
A61K 51/04
A61K 51/08
A61K 51/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)キレート基とターゲティング部との連結体であるキレート化ターゲティング剤、並びに
(b)安息香酸、マレイン酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤
を含む組成物であって、
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luからなる群から選ばれる放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させるために使用する、組成物であって、
前記緩衝剤は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該緩衝剤のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有する組成物。
【請求項2】
前記放射性金属が、
90Yおよび
177Luからなる群から選ばれる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記キレート基が、DOTA構造、DTPA構造またはNETA構造を有するキレート基である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記キレート基が、次のキレート基から選ばれるものである、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【化1】
【請求項5】
前記ターゲティング部が、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、抗体もしくはそのフラグメントおよび核酸から選ばれるものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記キレート化ターゲティング剤と前記緩衝剤とが同じ容器に収納されている、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記緩衝剤が凍結乾燥されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属をさらに有し、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とが互いに接触しない状態で収納されている、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属とキレート化ターゲティング剤とを、安息香酸、マレイン酸、コハク酸、およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤の存在下に混合し、
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる、
放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法であって、
前記緩衝剤は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該緩衝剤のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有させる製造方法。
【請求項10】
(A)
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤とを組み合わせてなる、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療薬であって、
前記緩衝剤は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該緩衝剤のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有する診断又は治療薬。
【請求項11】
(a)キレート基とターゲティング部との連結体であるキレート化ターゲティング剤、並びに
(b)安息香酸、マレイン酸、コハク酸、安息香酸の共役塩基、マレイン酸の共役塩基、コハク酸の共役塩基、安息香酸と安息香酸の共役塩基の混合物、マレイン酸とマレイン酸の共役塩基の混合物、およびコハク酸とコハク酸の共役塩基の混合物から選ばれる1種又は2種以上の化合物
を含む組成物であって、
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luからなる群から選ばれる放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させるために使用する、組成物であって、
前記
(b)の化合物は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該
(b)の化合物のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有する組成物。
【請求項12】
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成するときの反応液中の前記
(b)の化合物の濃度が、10mmоl/L以上500mmоl/L以下である請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成するときの反応液中の前記
(b)の化合物の濃度が、50mmоl/L以上250mmоl/L以下である請求項11に記載の組成物。
【請求項14】
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属をさらに有し、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とが互いに接触しない状態で収納されている、請求項11~13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
(A)
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、コハク酸、安息香酸の共役塩基、マレイン酸の共役塩基、コハク酸の共役塩基、安息香酸と安息香酸の共役塩基の混合物、マレイン酸とマレイン酸の共役塩基の混合物、およびコハク酸とコハク酸の共役塩基の混合物から選ばれる1種又は2種以上の化合物とを組み合わせてなる、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療薬であって、
前記
(C)の化合物は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該
(C)の化合物のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有する診断又は治療薬。
【請求項16】
90Y、
153Sm、
165Dy、
165Er、
166Hoおよび
177Luから選ばれる放射性金属とキレート化ターゲティング剤とを、
(C)安息香酸、マレイン酸、コハク酸、安息香酸の共役塩基、マレイン酸の共役塩基、コハク酸の共役塩基、安息香酸と安息香酸の共役塩基の混合物、マレイン酸とマレイン酸の共役塩基の混合物、およびコハク酸とコハク酸の共役塩基の混合物から選ばれる1種又は2種以上の化合物の存在下に混合し、
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる、
放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法であって、
前記
(C)の化合物は、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる反応溶液のpHを2以上8以下にし、当該
(C)の化合物のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量含有させる製造方法。
【請求項17】
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成するときの反応液中の前記
(C)の化合物の濃度が、10mmоl/L以上500mmоl/L以下である請求項16に記載の製造方法。
【請求項18】
前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成するときの反応液中の前記
(C)の化合物の濃度が、50mmоl/L以上250mmоl/L以下である請求項16に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性金属標識キレート化ターゲティング剤を調製するための、緩衝剤を含む組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
核医学において用いられる放射性医薬には、キットと呼ばれる形態と注射液と呼ばれる形態がある。キットは、医療現場において放射性金属とキレート化ターゲティング剤とを反応させてヒトへ投与する注射液を調製するための組成物で、少なくとも放射性金属とこれと別に収納されるキレート化ターゲティング剤から構成される。一方、注射液は、医療現場でそのまま投与可能に調製された組成物である。
キットを構成する放射性金属は一般にpH1前後の塩酸溶液として供給される。例えば、RI標識抗体療法剤であるゼヴァリン(登録商標)のキットを構成する111Inまたは90Yには添加物として適量の塩酸が添加されている。その他多くの放射性金属が塩酸溶液として供給されている。
【0003】
キレート化ターゲティング剤はキレート基とターゲティング部との連結体であり、キレート基と放射性金属との錯体を形成させることによりキレート化ターゲティング剤を放射性金属で標識する。例えば、ゼヴァリン(登録商標)のイブリツモマブチウキセタンはキレート化ターゲティング剤であり、抗CD20抗体であるイブリツモマブと呼ばれるターゲティング部とチウキセタンまたはMX-DTPAと呼ばれるキレート基との結合体である。そしてこれを111Inまたは90Yで標識して使用する。
【0004】
キレート基と放射性金属との反応は多くの場合弱酸性から中性の水溶液中で行われ、このような標識反応におけるpHを調整するため、キットには通常さらに緩衝剤を含む。この緩衝剤により放射性金属を溶解している塩酸を中和し、かつ反応に最適なpHに調整する設計となっている。ゼヴァリン(登録商標)には緩衝剤として酢酸ナトリウムが含まれている。
また酢酸緩衝剤を用いた例としては、出願人が抗カドヘリン抗体を酢酸緩衝剤(酢酸アンモニウム-HCl)存在下に67Ga、111In又は90Yで標識した、放射性金属標識抗カドヘリン抗体を開示している(特許文献1)。
【0005】
酢酸緩衝剤は、このように放射性金属標識において最も広く利用されている緩衝剤であるが、その酸解離定数(pKa)は4.76とされ緩衝能はその前後のpH範囲にしか及ばないという制限がある。
【0006】
このような背景から、特許文献2では、ガリウムでのキレート錯化方法について検討されており、乳酸、酒石酸、炭酸、リン酸、アスコルビン酸、コハク酸、マレイン酸を緩衝剤として用いた場合にはキレートとガリウムは完全錯化するが、クエン酸を用いた場合には錯化しないことが開示されている。また、オクトレオスキャン(登録商標)は、神経内分泌腫瘍の診断に用いられるキットで、111Inとペンテトレオチドからなり、その他緩衝剤としてクエン酸とクエン酸ナトリウムを含有したキットである。このように、放射性金属によるキレート錯化において、クエン酸緩衝剤はガリウムでは適していないがインジウムには適しており、緩衝剤の中には放射性金属ごとに適するものと適さないものが混在することを示している。
【0007】
また、キットは凍結乾燥製剤の形態を採用することもあるが、広く使用されている酢酸緩衝剤は凍結乾燥過程で昇華することから緩衝剤としてこれを選択することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】再公表2011-99524号公報
【文献】特表2012-517974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoまたは177Luにおいては、どのような緩衝剤が使用可能か、また凍結乾燥製剤として使用可能かは明らかではない。
そこで本発明の課題は、キレート化ターゲティング剤を90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoまたは177Luで標識するときに使用する新規な緩衝剤を含む組成物を提供することにある。
また、本発明の別な課題は、キレート化ターゲティング剤を90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoまたは177Luで標識するときに使用する新規な緩衝剤を含む凍結乾燥された組成物を提供することにある。
また、本発明の別な課題は、新規な緩衝剤の存在下にキレート化ターゲティング剤を90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoまたは177Luで標識する、放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで本発明者は、90Y標識反応において様々な緩衝剤を用いて検討した結果、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の化合物が緩衝剤として有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔13〕を提供するものである。
〔1〕(a)キレート基とターゲティング部との連結体であるキレート化ターゲティング剤、並びに
(b)安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤
を含む組成物であって、90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luからなる群から選ばれる放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させるために使用する、組成物。
〔2〕放射性金属が、90Yおよび177Luからなる群から選ばれる、〔1〕に記載の組成物。
〔3〕キレート基が、DOTA構造、DTPA構造またはNETA構造を有するキレート基である、〔1〕または〔2〕に記載の組成物。
〔4〕キレート基が、次のキレート基から選ばれるものである、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の組成物。
【0012】
【0013】
〔5〕ターゲティング部が、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、抗体もしくはそのフラグメントおよび核酸から選ばれるものである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の組成物。
〔6〕キレート化ターゲティング剤と前記緩衝剤とが同じ容器に収納されている、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の組成物。
〔7〕緩衝剤が凍結乾燥されている、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の組成物。
〔8〕90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属をさらに有し、放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤とが互いに接触しない状態で収納されている、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の組成物。
〔9〕90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属とキレート化ターゲティング剤とを、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤の存在下に混合し、
放射性金属とキレート化ターゲティング剤とで錯体を形成させる、
放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法。
〔10〕(A)90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤とを組み合わせてなる、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療薬。
〔11〕(A)90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤とを組み合わせてなる、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療薬製造のための使用。
〔12〕キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患を診断又は治療するための、(A)90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤との組み合わせ。
〔13〕(A)90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれる放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上の緩衝剤とを組み合わせて投与することを特徴とする、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の組成物は、組成物中に含まれる緩衝剤がキレート化ターゲティング剤の放射性金属標識反応において、この反応を阻害することなくpH緩衝作用を発揮することができるため、放射性金属キレート化ターゲッティング剤を調製するための組成物として有用である。
また、本発明の組成物は、組成物中に含まれる緩衝剤が凍結乾燥過程で昇華しないため、凍結乾燥製剤として有用である。
また、本発明の製造方法は、キレート化ターゲティング剤の放射性金属標識反応において、この反応を阻害することなくpH緩衝作用を発揮する緩衝剤を使用するため、放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法として有用である。
また、本発明の組成物は、キレート化ターゲティング剤が対象とする疾患の診断又は治療薬として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
緩衝剤とは、酸または塩基を添加した場合のpH変化を緩める作用、すなわち緩衝作用を有する化合物である。例えば、緩衝剤として、弱酸とその共役塩基、または弱塩基とその共役酸の混合物を挙げることができる。ただし、緩衝剤は、媒体に溶解した際に混合物になっていれば良く、例えば弱酸のみを水に溶解すれば酸解離による平衡により弱酸とその共役塩基の混合物となるため、本発明では、試薬として1種類である場合も緩衝剤に含める。
【0017】
本発明の緩衝剤は、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上である。塩としては、例えば、ナトリウムおよびカリウムなどのアルカリ金属との塩、カルシウムおよびマグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩、アンモニウム塩が挙げられる。好ましい緩衝剤は、安息香酸、マレイン酸、コハク酸およびこれらの塩から選ばれる1種又は2種以上であり、特に好ましい緩衝剤は、安息香酸およびその塩から選ばれる1種又は2種以上である。
目的とするpHに調整するには、弱酸とその共役塩基の塩を混合しても良いし、弱酸またはその共役塩基の塩と後述するpH調整剤を混合しても良い。目的の反応でのpHに近いpKaを有する緩衝剤を選択することが緩衝能の点から好ましい。本発明の組成物を放射性金属標識キレート化ターゲティング剤にした際に、その溶液のpHは2以上8以下が好ましく、3以上7以下がより好ましく、4以上6以下が特に好ましい。
【0018】
キレート化ターゲティング剤のターゲティング部とは、ヒトの体内で標的とする箇所に選択的に取り込まれるかまたは局在する機能を有する化合物を意味する。多くの場合、疾患の診断または治療においてはその疾患に特徴的な分子や環境を標的とし、これらに特異性を有する化合物がターゲティング部として選択される。ターゲティング部は局在の機序には限定されず、例えば、抗原に結合する抗体または抗体フラグメント、受容体に結合するアゴニストまたはアンタゴニスト、タンパク質に結合するアプタマー、EPR効果を利用するリポソーム、ミセル、カーボンナノチューブ等の高分子、低酸素に集積するニトロイミダゾール化合物等の低分子化合物などが挙げられる。
【0019】
ターゲティング部は、合成したものでも天然のものでも良く、分子量にも限定されない。具体的には、低分子化合物、線状、環状またはその組み合わせのいずれでも良いペプチド、タンパク質、抗体または抗体フラグメント、成長因子、アフィボディ、ユニボディ、ナノボディ、単糖類、多糖類、ビタミン、核酸、ペプチド核酸、アプタマー、リポソーム、ミセル、カーボンナノチューブなどが挙げられる。
ターゲティング部が抗体またはそのフラグメントである場合、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体またはそれらのフラグメントを指す。抗体フラグメントはFabフラグメント、F(ab’)2フラグメントを指す。
【0020】
好ましいターゲティング部は抗CDH3抗体(抗P-カドヘリン抗体)であり、特に好ましいターゲティング部は特許文献1に記載の抗CDH3抗体である。抗CDH3抗体として、例えば、細胞株PPMX2016、PPMX2025、PPMX2029、PPAT-052-02、PPAT-052-03、PPAT-052-09、PPAT-052-24、PPAT-052-25、PPAT-052-26、PPAT-052-28、PPAT-052-02c、PPAT-052-03c、PPAT052-09c、PPAT-052-21c、PPAT-052-24c、PPAT-052-25c、PPAT-052-26c、PPAT-052-27c、PPAT-052-28cまたはPPAT-052-29cから産生される抗体が挙げられる。
【0021】
放射性金属とは、金属元素かつ放射性核種である核種を意味する。
本発明の放射性金属は、90Y、153Sm、165Dy、165Er、166Hoおよび177Luから選ばれるものである。Sm、Dy、Er、Ho、Luはランタノイドと呼ばれYとともに希土類元素に属し、互いの物理的および化学的性質は共通する。いずれも3価の酸化状態を好み、ランタノイド収縮によりイオン半径も近い。従って、Yとランタノイドとは錯体化学において一様に扱われ類似する関係にある(Liuら、Advanced Drug Delivery Reviews 60:1347-1370(2008))。本発明の放射性金属としては、90Yまたは177Luが好ましく、90Yが特に好ましい。
【0022】
キレート基とは、放射性金属に対しキレート結合し得る有機基を意味する。具体的には、1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-四酢酸(DOTA)構造、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)構造または[2-(4,7-ビスカルボキシメチル[1,4,7]トリアザシクロノナン-1-イル-エチル)カルボニルメチルアミノ)酢酸(NETA)構造を基本骨格として有するキレート基が挙げられる。NETAはDOTAの高い錯体安定性とDTPAの高い錯化速度の二つの特徴をあわせもつ性能を期待して考案されたキレートで、DOTAよりもYへの錯化速度が速いことが知られている(Chongら、Journal of Medicinal Chemistry 45:3458-3464(2002))。これらの基本骨格において1つのカルボキシル基がターゲティング部とのアミド結合に使用されていても良く、DOTA構造、DTPA構造、NETA構造は、アミノ基とカルボキシル基と任意のアミドのカルボニル基でYまたはランタノイドに配位して安定な錯体を形成する。また、これらの基本骨格においてエチレン基のうちの1つは、シクロヘキシレン基またはイソプロピレン基でも良い。また、キレート基は、1つのカルボキシル基または基本骨格のエチレン基もしくはメチレン基に導入した側鎖を介してターゲティング部と連結する。このような側鎖としては、簡易にターゲティング部と連結できるものがよく、無水物基、ブロモアセトアミド基、ヨードアセトアミド基、イソチオシアナト基、イソチオシアナトベンジル基、N-ヒドロキシコハク酸イミド基、または、マレイミド基などの活性基を有する基が知られている(Liuら、Advanced Drug Delivery Reviews 60:1347-1370(2008))。
【0023】
本発明のキレート基としては、DOTA構造、DTPA構造またはNETA構造を有するキレート基が好ましく、下式に示すいずれかのキレート基がより好ましく、
【0024】
【0025】
下式に示すいずれかのキレート基が最も好ましい。
【0026】
【0027】
キレート化ターゲティング剤とは、キレート基とターゲティング部とが共有結合を介して連結された連結体を意味する。連結には前述した活性基を有する基が慣用されている。連結の際には、キレート基とターゲティング部との間に任意にリンカーまたはスペーサーなどと呼ばれる基を挟んでも良く、例えば特許文献1に様々なタイプのリンカーが挙げられている。リンカーはターゲティング部の生体内分布を最適化するように電荷、親油性、親水性を制御するように使用され、また、生体内での標的への結合を嵩高い錯体が立体的に阻害しないようにするのにも役立つ。
【0028】
凍結乾燥とは、凍結させた組成物から真空環境下に水を昇華することによって除去する技術を意味する。本発明の緩衝剤は凍結乾燥により昇華しないため、凍結乾燥製剤にも利用することができる。特にタンパク質を扱う分野において、その変性、凝集等の物理的不安定性と脱アミド化、酸化等の化学的不安定性に起因する問題を解決する手法として慣用されており、組成物の有効期間を長期化することができる。従って、本発明のキレート化ターゲティング剤がタンパク質である場合に、これと緩衝剤が同じ容器に収納された凍結乾燥製剤が特に好ましい。本発明の組成物は、凍結乾燥された状態であってもよい。すなわち、本発明の組成物に水を加えたものを凍結乾燥させることで、本発明の組成物を凍結乾燥された状態にすることができる。
【0029】
緩衝剤の有効な含有量は、放射性金属含有溶液と混合したときにその溶液に含まれる酸を中和でき、かつ最適な反応pHを維持できる量であることが好ましい。放射性金属はその半減期に従って刻々と減少することから、注射液調製時に必要な放射性金属の量はヒトへの予定投与時刻から遡って計算される。つまり注射液調製時に使用される放射性金属含有溶液の量は通常一定ではない。従って、緩衝剤の含有量は想定される最も多い放射性金属含有溶液の量に対応できる量が好ましく、注射液調製時にはその全量を使用するようにしても良いし、放射性金属含有溶液量に応じて可変としても良い。このような緩衝剤の含有量は反応におけるpHを希望するpHの範囲内に調整することができる限り特に限定されるものではないが、キレート化ターゲティング剤を放射性金属で標識するときの反応液のpHが、使用する緩衝剤のpKa値プラスマイナス1.5の範囲内に調整される量であることが好ましく、使用する緩衝剤のpKa値プラスマイナス1.0の範囲内に調整される量であることがさらに好ましく、使用する緩衝剤のpKa値プラスマイナス0.5の範囲内に調整される量であることが特に好ましい。このような緩衝剤の含有量は、キレート化ターゲティング剤を放射性金属で標識するときの反応液中、2mmol/L以上1000mmol/L以下の濃度であればよく、10mmol/L以上500mmol/L以下の濃度が好ましく、50mmol/L以上250mmol/L以下の濃度がより好ましい。
当業者であればこのような緩衝剤の量は、製品設計に応じて使用する放射性金属の溶液の量を設定し、その量にあわせて適宜設定することができる。
【0030】
本発明の組成物は、薬理学的に許容される追加の添加物を適宜混合しても良い。添加物としては、例えば、賦形剤、界面活性剤、pH調整剤、等張化剤、安定化剤をさらに含むことができる。
賦形剤としては、エリスリトール、マンニトール、キシリトール及びソルビトールなどの糖アルコール類;白糖、粉糖、乳糖、スクロース、トレハロース及びブドウ糖などの糖類;α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、ヒドロキシプロピルβ-シクロデキストリン及びスルホブチルエーテルβ-シクロデキストリンナトリウムなどのシクロデキストリン類;結晶セルロース及び微結晶セルロースなどのセルロース類;並びにトウモロコシデンプン、バレイショデンプン及びアルファー化デンプンなどのでんぷん類などが挙げられる。
界面活性剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、スルホコハク酸ジオクチルナトリウム、ポリソルベート及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。
pH調整剤としては、塩酸、水酸化ナトリウムなどが挙げられる。pH調整剤は緩衝剤とともに使用してpHを調整することができる。
等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖、マンニトール、グリセリンなどが挙げられる。
安定化剤としては、アスコルビン酸、ベンジルアルコール、ゲンチジン酸、α-チオグリセロール、ポビドン、エタノールなどが挙げられる。
これらの添加物は、いずれか一種または二種以上を組み合わせても良い。配合量は特に限定されず、それぞれの目的に応じ、その効果が充分に発現されるよう適宜配合すれば良い。
【0031】
本発明の組成物は、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤とが同じ容器に収納されていても良いし、別々の容器に収納されていても良いが、同じ容器に収納されるのが好ましい。同じ容器に収納されている組成物の場合、この組成物と放射性金属を混合させるだけで放射性金属標識キレート化ターゲティング剤を調製することができる。医療現場においてはなるべく操作が簡便であることが誤操作を予防する観点から好ましい。別々の容器に収納されている組成物の場合、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤を混合させ次いで放射性金属と混合させても良いし、キレート化ターゲティング剤と放射性金属を混合させ次いで緩衝剤と混合させても良いし、緩衝剤と放射性金属を混合させ次いでキレート化ターゲティング剤と混合させても良いが、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤を混合させ次いで放射性金属と混合させるのが好ましい。キレート化ターゲティング剤と放射性金属を先に混合すると、pHが調整されずに両者が接触することから別反応が進行するおそれがある。また、緩衝剤と放射性金属を先に混合すると、媒体が中性側に調整され放射性金属が水酸化物として沈殿するおそれがある。
【0032】
また、本発明の組成物は、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤とを含む組成物に加えて、放射性金属をさらに有する組成物であっても良い。これは放射性医薬の有効成分を調製するために必要な全ての材料が1セットになったキットであることを意味する。多くの場合、キレート化ターゲティング剤と放射性金属を提供する主体は別々であるが、これらをまとめて1セットとして提供すれば使用する者にとって便利である。ただし、放射性金属とキレート化ターゲティング剤とは互いに接触しない状態で収納されていなければならず、好ましくは別々の容器に収納されていれば良い。
【0033】
(A)前記放射性金属と、(B)キレート化ターゲティング剤と、(C)前記緩衝剤との組み合わせ(詳細には、放射性金属とキレート化ターゲティング剤とで形成された錯体および緩衝剤の混合物)は、前記キレート化ターゲティング剤が対象とする診断薬又は治療薬として有用である。ここで、診断薬及び治療薬の対象疾患は、ターゲティング部によって決定される。例えばターゲティング部が抗CDH3抗体の場合は、咽頭癌、喉頭癌、舌癌、肺癌、乳癌、食道癌、胃癌、大腸癌、子宮癌、卵巣癌、肝臓癌、膵臓癌、胆嚢癌、腎臓癌、前立腺癌、悪性黒色腫、甲状腺癌などの上皮癌;骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、血管肉腫、繊維肉腫、白血病や悪性リンパ腫、骨髄腫などの非上皮癌である。
【0034】
本発明の組成物を治療薬として用いる場合、投与経路は、通常非経口投与経路で、例えば、注射剤(皮下注、静注、筋注、腹腔内注など)、経皮、経粘膜、経鼻、経肺などで投与される。治療薬としての投与量は、患者の症状、投与経路、体重、年令等によっても異なるが、例えば、成人の1回の投与量は37~3700MBqであるのが好ましい。
【0035】
放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造方法は、例えば、以下のように行うことができる。前記放射性金属とキレート化ターゲティング剤とを、前記緩衝剤の存在下に混合すれば、前記放射性金属と前記キレート化ターゲティング剤が錯体を形成し、放射性金属標識キレート化ターゲティング剤が製造できる。これらの成分の混合手段は、前記のように、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤との収納状態により相違する。すなわち、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤とは、同じ容器に収納されていても良いし、別々の容器に収納されていても良いが、同じ容器に収納されるのが好ましい。同じ容器に収納されている組成物の場合、この組成物と放射性金属を混合させるだけで放射性金属標識キレート化ターゲティング剤を調製することができる。別々の容器に収納されている組成物の場合、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤を混合させ次いで放射性金属と混合させても良いし、キレート化ターゲティング剤と放射性金属を混合させ次いで緩衝剤と混合させても良いし、緩衝剤と放射性金属を混合させ次いでキレート化ターゲティング剤と混合させても良いが、キレート化ターゲティング剤と緩衝剤を混合させ次いで放射性金属と混合させるのが好ましい。
【実施例】
【0036】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
1.緩衝剤の評価
緩衝剤として酒石酸、マレイン酸、コハク酸、ヒスチジン、グルタミン酸、安息香酸、クエン酸、2-モルホリノエタンスルホン酸、乳酸を選択し、キレート化ターゲティング剤の90Y標識反応における、緩衝能および標識率を調べた。対照として酢酸についても同時に調べた。
【0038】
緩衝液は、各緩衝剤を含む水溶液とその共役酸もしくは共役塩基を含む水溶液とを混合、または各緩衝剤を含む水溶液と塩酸もしくは水酸化ナトリウム水溶液とを混合してpH5.5に調整した。
キレート化ターゲティング剤としては、特許文献1に記載のDOTA-抗CDH3抗体である、DOTA-PPAT-052-28cを用い、これを緩衝液に溶解した2.5mg/mLまたは5mg/mLの抗体緩衝溶液として調製した。
【0039】
90Y標識は、緩衝剤の存在下にDOTA-PPAT-052-28cと90YCl3溶液(0.04mol/L塩酸:Cisbio社製)を混合して行った。なお、標識率は標識反応液を90Yにキレート能のあるDTPAを含む水溶液で希釈し、その一部を薄層クロマトグラフィー(BIODEX社製、Tec-Control Chromatography 150-771)にスポットし、生理食塩液で展開した後にラジオクロマナイザー(raytest社製、RITA)を用いて確認した。薄層クロマトグラフィー上、90Yで標識されたDOTA-PPAT-052-28cは原点にとどまり、未反応の90YはDTPAと錯化して溶媒先端に展開された。
【0040】
酒石酸、マレイン酸およびコハク酸の評価
表1記載の各濃度の抗体緩衝溶液100μLおよび90YCl3溶液38μLを混合し、40℃で15分間反応させた。反応後、薄層クロマトグラフィーによる標識率の算出を行った。また、緩衝液1000μLおよび0.04mol/L塩酸382μLを混合してpHを測定した。
【0041】
【0042】
結果を表2に示す。
いずれの緩衝液も125mmol/Lの濃度であれば酢酸ナトリウム緩衝液と同等な緩衝能を発揮できることが分かった。しかし、酒石酸ナトリウム緩衝液については標識反応に適当なpHであるにもかかわらず、標識率が低かった。このことは、90Y標識において酒石酸が反応を阻害していることを示唆する。マレイン酸ナトリウム緩衝液およびコハク酸ナトリウム緩衝液については、酢酸ナトリウム緩衝液と同等の標識率を得ることができた。
【0043】
【0044】
ヒスチジン、グルタミン酸、安息香酸およびマレイン酸の評価
表3記載の抗体緩衝溶液と90YCl3溶液を50:41で混合し、40℃で15分間反応させた。反応後、薄層クロマトグラフィーによる標識率の算出を行った。pHは、表3記載の抗体緩衝溶液と0.05mol/L塩酸を50:41で混合し、測定した。
【0045】
【0046】
結果を表4に示す。
グルタミン酸ナトリウム緩衝液、安息香酸ナトリウム緩衝液、マレイン酸ナトリウム緩衝液については、酢酸ナトリウム緩衝液と同等な緩衝能を発揮できることが分かった。しかし、グルタミン酸ナトリウム緩衝液については標識反応に適当なpHであるにもかかわらず、標識率が低かった。このことは、90Y標識においてグルタミン酸が反応を阻害していることを示唆する。安息香酸ナトリウム緩衝液およびマレイン酸ナトリウム緩衝液については、酢酸ナトリウム緩衝液と同等の標識率を得ることができた。
また、ヒスチジン緩衝液については試験例7の濃度では十分な緩衝能がないことが分かった。
【0047】
【0048】
クエン酸、2-モルホリノエタンスルホン酸および乳酸の評価
表5記載の抗体緩衝溶液と90YCl3溶液を50:41で混合し、40℃で20分間反応させた。反応後、薄層クロマトグラフィーによる標識率の算出を行った。pHは、表5記載の抗体緩衝溶液と0.05mol/L塩酸を50:41で混合し、測定した。
【0049】
【0050】
結果を表6に示す。
いずれの緩衝液も酢酸ナトリウム緩衝液と同等な緩衝能を発揮できることが分かった。しかし、クエン酸ナトリウム緩衝液および乳酸緩衝液については標識反応に適当なpHであるにもかかわらず、標識率が低かった。このことは、90Y標識においてクエン酸および乳酸が反応を阻害していることを示唆する。2-モルホリノエタンスルホン酸緩衝液については、酢酸ナトリウム緩衝液と同等の標識率を得ることができた。
【0051】
【0052】
2.凍結乾燥製剤の調製および90Y標識
酢酸緩衝剤と同等な緩衝能および標識率を示した緩衝剤のうち、安息香酸を選択して凍結乾燥製剤を調製した。そして、これを用いて90Y標識を行った。
【0053】
5mg/mLのDOTA-PPAT-052-28cおよび100mg/mLのトレハロースを含む250mmol/L安息香酸ナトリウム緩衝液1.4mLを表7に示す条件で凍結乾燥して、白色ケーキ状の凍結乾燥製剤を得た。
次いで、この凍結乾燥製剤を用いて90Y標識を行った。生成されたケーキに1.4mLの注射用水を加えた(試験例14)。また、対照として5mg/mLのDOTA-PPAT-052-28cを含む250mmol/L酢酸ナトリウム緩衝液を用いた(比較例4)。これらの抗体溶液と90YCl3溶液をそれぞれ50:41で混合し、40℃で15分間反応させた。反応後、薄層クロマトグラフィーによる標識率の算出を行った。
【0054】
【0055】
結果を表8に示す。
凍結乾燥を実施しても250mmol/L安息香酸ナトリウム緩衝液は酢酸ナトリウム緩衝液と同等の標識率を得ることが可能であった。このことは、安息香酸緩衝剤は凍結乾燥工程を経ても昇華することなく使用時に十分な緩衝能を維持することができ、凍結乾燥製剤の緩衝剤として適することを示す。
【0056】
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の組成物は、組成物中に含まれる緩衝剤が放射性金属とキレート化ターゲティング剤との反応を阻害することなくpH緩衝作用を発揮することができるため、放射性金属標識キレート化ターゲティング剤の製造に有用である。