(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-12
(45)【発行日】2022-07-21
(54)【発明の名称】バクテリオファージを使用する細菌の検出
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20220713BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20220713BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20220713BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12M1/34 B
G01N33/48 M
(21)【出願番号】P 2017568391
(86)(22)【出願日】2016-07-29
(86)【国際出願番号】 US2016044621
(87)【国際公開番号】W WO2017023721
(87)【国際公開日】2017-02-09
【審査請求日】2019-07-25
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-30
(32)【優先日】2015-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】506339556
【氏名又は名称】ユニバーシティ オブ ピッツバーグ - オブ ザ コモンウェルス システム オブ ハイヤー エデュケイション
【氏名又は名称原語表記】University of Pittsburgh - Of the Commonwealth System of Higher Education
【住所又は居所原語表記】1st Floor Gardner Steel Conference Center,130 Thackeray Avenue,Pittsburgh,PA 15260(US)
(73)【特許権者】
【識別番号】517456462
【氏名又は名称】デュケイン ユニバーシティ オブ ザ ホーリー スピリット
【氏名又は名称原語表記】Duquesne University of the Holy Spirit
【住所又は居所原語表記】309 Administration Building,Pittsburgh,PA 15282(US)
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】特許業務法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】ケラム,ジョン,アルストン
(72)【発明者】
【氏名】ヘンペル,ジョン,ディー.
(72)【発明者】
【氏名】エドガー,ロバート,ヒュー
(72)【発明者】
【氏名】ヴィエーター,ジョン,アンドリュー
【合議体】
【審判長】上條 肇
【審判官】長井 啓子
【審判官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特表昭61-501489(JP,A)
【文献】特開昭60-159648(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0170149(US,A1)
【文献】国際公開第98/13515(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00 - 7/08
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPI(STN)
JSTplus/JST7580/JMEDplus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者から採取された試料が細菌の種、株、又は型を含むか否かを検出する方法であって、
光音響セルを有する検出装置によって検出可能な標識を含む標識化バクテリオファージと、前記試料とを混合する工程であって、前記標識化バクテリオファージが前記細菌の種、株、又は型と選択的に結合する活性を示す工程と、
前記
光音響セルを使用して前記細菌の種、株、又は型と結合した前記標識化バクテリオファージの存在を検出する工程と、を備える、方法。
【請求項2】
前記試料と前記標識化バクテリオファージとを混合した後に、未結合の標識化バクテリオファージを除去する工程をさらに備える、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検出装置は、
流量測定装置を有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記検出装置は、
前記光音響セルを有する光音響フローサイトメトリー装置を有する、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記細菌の種、株、又は型を検出のときに定量する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記光音響セルで使用されるエネルギーレベルは、未結合の標識化バクテリオファージの検出を抑えるに足りる低さである、請求項
1に記載の方法。
【請求項7】
複数の標識化バクテリオファージと前記試料とを混合して、前記複数のバクテリオファージのそれぞれを、細菌の異なる種、株、又は型に選択的に結合させ、前記複数のバクテリオファージのそれぞれが、前記検出装置によって独立して検出可能な異なる標識を含み、前記検出装置を使用して、前記細菌の異なる種、株、又は型の少なくとも1つに結合した前記標識化バクテリオファージの存在を検出する、請求項1
、2、4、5又は6に記載の方法。
【請求項8】
患者から採取された試料中の細菌の少なくとも1種の種、株、又は型を特定する装置であって、
前記細菌の種、株、又は型に選択的に結合する少なくとも1種の標識化バクテリオファージを含み、
前記少なくとも1種の標識化バクテリオファージは、
光音響セルによって検出可能な付着済みの標識を含み、
前記装置は、前記細菌の種に結合した前記標識化バクテリオファージを検出
する前記光音響セルを有する検出装置をさらに含む、装置。
【請求項9】
前記検出装置は、
前記光音響セル
を有する光音響フローサイトメトリー装置を
有する、請求項8に記載の装置。
【請求項10】
前記検出装置は、流量測定装置を含む、請求項
8に記載の装置。
【請求項11】
前記細菌の種、株、又は型が定量される、請求項8~10のいずれか1項に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本出願は、2015年7月31日に出願された米国仮特許出願番号第62/199472の利益を主張し、その開示が参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
以下の情報は、下記に開示された技術を理解するうえで読者を支援するために、また、そのような技術が典型的に使用され得る環境を支援するために提供される。本明細書において使用される用語は、本文書で別途明記されない限り、特定のいくつかの狭い解釈に限定されることを意図したものでない。本明細書に記載の参考文献は、技術の理解又はその背景の理解を容易にし得る。本明細書で引用された全ての参考文献の開示は、参考として援用される。
【0003】
例えば、体液(血液など)から細菌を単離するための現状の方法は、存在する細菌の正確な種、株、又は型を決定するために、病院、研究室、又はその他の環境において、48時間以上を必要とする。さらに、これらの方法は、検出された任意の細菌を正確には定量することができず、また、寒天プレート上で容易に増殖する細菌に限定されている。より迅速で定量的な方法又は試験が、非常に利益をもたらすと考えられる。
【発明の概要】
【0004】
一態様では、細菌の種、株、又は型(type)を検出あるいは決定する方法は、検出装置によって検出可能な標識を含む標識化バクテリオファージと、標識化バクテリオファージが選択的に結合する細菌の種、株、又は型を含有する細菌培養物とを混合する工程、及び、細菌の種、株、又は型に結合した標識化バクテリオファージを検出する検出装置を使用する工程を備える。斯かる方法は、例えば、標識化バクテリオファージと細菌培養物とを混合した後に、未結合の標識化バクテリオファージを除去する工程をさらに備えてもよい。いくつかの実施例において、検出装置は、光音響セルを有する。検出装置は、例えば、光音響流量測定装置を有してもよい。細菌の種、株、又は型が特定され、定量されてもよい。いくつかの実施例において、光音響装置(又は光音響セルを有する装置)で使用するエネルギーレベルは、未結合の標識化バクテリオファージの検出を抑制、最小化、又は排除するに足りる低さである。これに関して、バクテリオファージは、標的細菌に結合することによって、空間的に隔離され、その結果、それらのタグが生成する信号を増強する。
【0005】
いくつかの実施形態では、複数の標識化バクテリオファージと試料とを混合してもよい。複数のバクテリオファージは、それぞれ、細菌の異なる種、株、又は型に選択的に結合する。複数のバクテリオファージのそれぞれは、検出装置によって独立して検出可能な、異なる標識を含む。検出装置は、細菌の異なる種、株、又は型の少なくとも1つに結合した標識化バクテリオファージの存在を検出するために使用される。バクテリオファージは、例えば、異なるエネルギー波長で検出可能な異なる標識で標識されてもよい。
【0006】
別の態様において、試料が少なくとも1種の細菌の種、株、又は型を含むか否かを検出する装置は、複数のバクテリオファージを含む。複数のバクテリオファージのそれぞれは、細菌の異なる種、株、又は型と選択的に結合する。複数のバクテリオファージは、それぞれ、検出装置によって独立して検出可能な異なる標識を含む。
【0007】
別の態様において、細菌の種、株、又は型を検出する装置は、細菌の種、株、又は型に選択的に結合し付着済みの標識を含む標識化バクテリオファージを含み、また、細菌の種、株、又は型に結合した標識化バクテリオファージを検出すべく適応された装置を含む。検出装置は、例えば、光音響セルを含んでもよい。いくつかの実施例において、検出装置は、光音響流量測定装置を有する。上述したように、細菌の種、株、又は型が特定され、定量されてもよい。
【0008】
さらなる態様において、バクテリオファージは、付着済みの標識を含み、その標識は、検出装置によって検出可能であるように選択される。標識は、例えば、光音響セルを用いて検出可能であってもよい。いくつかの実施例において、標識は、光音響流量測定装置を用いて検出可能である。
【0009】
本発明の機器、装置、方法、及び組成物は、その属性及び付随する利点と共に、添付の図面と併せて以下の詳細な説明を考慮して、最良に認識され理解され得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、イソチオシアネート部分(フルオレセインイソチオシアネート)を含む標識を用いて、バクテリオファージを標識化又はタグ化するための代表的な図を示す。
【
図2】
図2は、光音響流量測定装置の一実施形態を示す図である。
【
図3】
図3は、光音響流量測定装置を用いて特定の細菌を検出するための、標識化又はタグ化されたバクテリオファージの使用の研究を示し、非タグ化細菌が光音響信号を発しない一方で、タグ化細菌が(タグ化バクテリオファージによって)光音響信号を発することを表す。
【
図4】
図4は、2つの相流を用いた、標的細菌細胞の単離の描写を示す。
【
図5】
図5は、2つの相流を用いた、標的細菌細胞の単離の別の描写を示す。
【
図6A】
図6Aは、パルスあたり約2.12ミリジュール(mJ)でのバクテリオファージのレーザ照射に起因する波形を示す。
【
図6B】
図6Bは、パルスあたり約3.96mJでのバクテリオファージのレーザ照射に起因する波形を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一般的に記載及び図示されるように実施形態の構成要素を、本願の図面において、説明された代表的な実施形態に加えて多種多様な異なる形態で、調整及び設計できることは、容易に理解され得る。従って、図面に示されるような代表的な実施形態のより詳細な以下の説明は、クレームされた実施形態の範囲を限定することを意図するものではなく、代表的な実施形態の単なる例示である。
【0012】
本明細書の全体における「一実施形態」又は「実施形態」(など)への参照は、本実施形態に関連して記載される特定の特徴、構造、又は特性が少なくとも1つの実施形態に含まれることを意味する。従って、本明細書の全体における様々な箇所で、「一実施形態では」又は「実施形態では」等の語句の表現は、全てが同じ実施形態を参照するとは限らない。
【0013】
さらに、説明された特徴、構造、又は特性が、1以上の実施形態においてあらゆる適切な様式で組み合わされてもよい。以下の説明において、実施形態の完全な理解を与えるために、多数の具体的な詳細が提供される。しかしながら、1以上の具体的な詳細を用いずに実施でき、代わりに他の方法、構成、材料などを用いて、様々な実施形態を実施できることは、当業者であれば認識し得る。他の例において、周知の構造、材料、又は操作は、難読化を避けるために、詳細には図示又は説明されない。
【0014】
本明細書及び添付の特許請求の範囲で使用されるように、文脈が別途明確に指示しない限り、単数形「a」、「an」、「the」は、複数形の参照を包含する。従って、例えば、「a bacteriophage」への参照は、複数のそのようなバクテリオファージと、当業者に公知のその等価物などとを包含し、また、「the bacteriophage」への参照は、1以上のそのようなバクテリオファージ、及び当業者に公知のその等価物などへの参照である。本明細書における数値範囲の記載は、単に範囲内のそれぞれ別個の数値を個々に参照する省略法として役立つことが意図されている。本明細書に特段の表示がない限り、各個別の数値は、中間範囲と同様に、本明細書で個々に記載されたごとく、本明細書に組み込まれる。本明細書に示されない限り、又は文章で明らかに反対のことが示されていない限り、本明細書に記載の全ての方法を、適切なあらゆる順序で行うことができる。
【0015】
バクテリオファージ(所々ファージと称する)は、標的細菌宿主の外部表面に存在する抗原に識別的に結合することによって細菌に感染するウイルスである。いくつかの実施形態では、本発明の機器、装置、及び方法は、検知装置(例えば、光音響検知装置)と、標識化バクテリオファージとを使用する迅速な細菌分類方法を提供する。用語「標識」及び「タグ」は、本明細書において、バクテリオファージと結合可能であり、検出装置によって検出することができる実体又は部分を指すために互換的に使用される。これに関して、バクテリオファージ又はファージは、検出可能な標識又はタグ(例えば、光音響に対して不安定な標識又はタグ)を使用して標識化又はタグ化され、次いで、例えば、標的細菌と非標的細菌との細菌混合物又は細菌培養物に添加される。本明細書で使用される場合、「不安定な」という用語は、容易に変化することができる標識又はタグを参照するものであり、及び/又は、その標識又はタグは、様々なバクテリオファージとともに用いることができる。例えば、ファージ吸着後、過剰のファージ及び未結合のファージを除去するために洗浄工程を使用してもよい。標識化又はタグ化されたファージ/細菌混合物は、次に、標識化され又はタグ化された結合したファージによって標的細菌を検出する(例えば、光音響セルのような)検出装置によって処理される。
【0016】
光音響は、高速パルスレーザ光を用いた、光吸収物体を標的とすることによる、光子の機械的エネルギーへの変換である。光音響波は、例えば、レーザ誘起による加熱である熱弾性膨張によって生成させることができ、熱弾性膨張によって体積膨張及び収縮が生じる。
【0017】
本明細書における多数の実施形態の研究は、例えば、スパイク培養(spiked culture)を用いた、5/1を超える信号/ノイズ比での本提案の実現可能性を実証した。本明細書における研究は、混合培養物中の細菌汚染を検出するためにバクテリオファージを効果的に使用できることを実証している。さらに、本明細書における研究は、例えば、グラム陽性及びグラム陰性の両方のヒト病原体を標的とする様々な宿主域とともにさらなるファージを使用することによる、検出能力を拡張することの価値を実証している。本明細書における機器、装置及び方法は、細菌汚染を検出し、また、(現状の検出方法と比較して)結果を得るための時間を少なくとも1桁の規模(例えば、3-4日以内でなく3-4時間以内に)で短くするための、臨床的に利用可能な方法を提供する。そのような性能を備えたアッセイ(方法)は、例えば、病院及び医療研究所で非常に有利となり得る。本明細書のアッセイを取り入れることは、例えば標的の抗生物質を使用して、例えば、医師が感染症をより早期に治療することを可能にし得る。検出技術におけるこのような進歩の効果は、将来におけるファージを都度調製する療法を支援し、また、包括的且つ重要な救命の潜在的可能性を有することになると思われる。
【0018】
様々なバクテリオファージの宿主域は、予め決められている。加えて、細菌の宿主域は、細菌によって表出された細菌O抗原と他の表面タンパク質とに結合するファージによって主に決定されることが示されてきた。上述したように、バクテリオファージは、細菌に感染するウイルスである。バクテリオファージの宿主域は、バクテリオファージが感染及び溶解可能な、細菌のいずれかの属、種、株、又は型によって決定される。バクテリオファージの宿主域は、特定の細菌ウイルスの決定的な生物学的特徴の1つである。有効なファージ感染は、1.宿主への良好な付着、2.宿主外膜及び/又は細胞壁における初期の貫通、3.内膜を貫通してファージDNAを移動させてファージにコードされたタンパク質及び核酸の合成を導くこと、そして、4.死んだ宿主細胞からの子孫ファージの脱出(溶解)、を必要とする。宿主への付着は、尾部を有するファージの後部先端に現れた尾スパイク及び尾繊維と称される特殊タンパク質によって仲介される。これらのタンパク質は、宿主細菌の外表面上の特定の構造体に付着する。リポ多糖(O抗原)、フラジェリン、テイコ酸、莢膜多糖(K-抗原)、及び、栄養素輸送体のような特定の膜タンパク質が、付着部位として使用され得る。特定の細胞表面分子に付着するファージの能力は、宿主域の主要な決定因子であると考えられる。細胞内で複製する所定ファージの能力に影響を与える、細胞の他の生理学的又は遺伝的性質があり、例えば、制限酵素又はCRISPRシステムの存在であり、これらは、原則として宿主域に影響し得る。バクテリオファージの宿主域及び細菌耐性は、例えば、Hyman P1, Abedon ST, Adv Appl Microbiol.m 2010;70:217-48. doi: 10.1016/S0065-2164(10)70007-1. Epub 2010 Mar 6; 及び Kutter, E. Methods Mol Biol, 2009;501:141-9. doi: 10.1007/978-l-60327-164-6_14において議論されている。
【0019】
例えば、光音響セル又は他の検出装置を用いることによって、選択的又は識別的に結合する、細菌をさらに識別するためのバクテリオファージの能力を、使用してもよい。これに関して、標識化又はタグ化された(例えば、光音響的に標識又はタグ化された)バクテリオファージによって、標識化バクテリオファージが選択的に結合する特定の細菌を検出又は特定することが可能となる。標識、並びに、標識と関連する(蛍光標識又は蛍光タグを使用したフローサイトメトリーのような)光音響検出装置以外の検出装置、又は、電子顕微鏡を、本明細書のいくつかの実施形態で使用してもよい。フローサイトメトリーにおいて、バクテリオファージは、例えば、仲介する結合剤(例えば、ファージに対するモノクローナル抗体、及び、抗体に結合した緑色蛍光タンパク質GFP)を使用してバクテリオファージに結合した蛍光分子を有してもよい。例えば、電子顕微鏡を使用してもよく、ナノ金粒子がバクテリオファージに付着し、細菌を標的とし、染色され、電子顕微鏡像を用いてカウントされてもよい。一般に、光音響検知装置又は検出装置は、多くの他の検出装置(例えば、フローサイトメトリー及び又は電子顕微鏡)よりも高い、向上した検出速度及び特異性をより低コストで提供できる。
【0020】
本明細書におけるいくつかの研究では、光音響互換性又は光音響性の標識/タグを、まずバクテリオファージに結合させた。本明細書で使用された光音響タグ又は標識は、光音響信号を発する任意の化合物又は部分を指す。このような化合物は、実験によって又は理論によって文献において決められ得る。いくつかの実施形態では、本明細書で使用するのに適切な光音響タグや標識は、バクテリオファージに容易に組み込まれあるいは結合し、また、バクテリオファージの結合活性を有意には阻害しない。適切な光音響タグ又は標識の例としては、限定されないが、フルオレセインイソチオシアネート(FITC;例えば、米国、ミズーリ州、セントルイスのSigma-Aldrich社から入手可能)、エバンスブルー色素(EB;アゾ色素は、下記式を有し、C34H24N6Na4O14S4、例えば、Sigma-Aldrich社から入手可能)、IR775S、ブルー(シアニン誘導体色素)、及び、タンパク質染色剤ダイレクトレッド81(C29H19N5Na2O8S2;例えば、Sigma-Aldrich社から入手可能)が挙げられる。ダイレクトレッド81及び他の多くのタグや標識は、多数の異なるバクテリオファージとともに使用されることができ、バクテリオファージの活性を阻害しないものであり、本明細書の研究で用いられた。一般的に、ほとんどのタグ又は標識(例えば、光音響信号によって検出可能なタグ又は標識)は、任意のバクテリオファージと組み合わせて使用することができる。使用できるタグには、ほとんど無制限の多様性もある。このような標識の化学的性質のため、バクテリオファージを標識することは、標識とバクテリオファージとを混合する程度に単純であってもよい。
【0021】
当業者に知られている多くの技術は、バクテリオファージへの標識又はタグの結合のために適したものである。フルオレセインイソチオシアネートは、アミノ基と共有結合付加化合物を形成する。タンパク質によって、リジン残基のイプシロン-アミノ基は、アミノ基を提供できる。バクテリオファージのキャプシドタンパク質は、反応のためのリジン残基を提供する。
図1は、イソチオシアネートとアミノ基との反応のための反応スキームの一例を示す。
図1は、フルオレセインイソチオシアネートの化学構造も示した。
図1のスキームにおいて、R’は、フルオレセイン部分であり、R”は、そのタンパク質のリジン残基のイプシロンアミンであるNH
2を有する標的タンパク質である。さらに、本明細書における標識として使用に適した多くの染色化合物は、スルホン酸(SO
3)基を含む。これらのスルホン酸基のpKaは、十分に低いことから、スルホン酸基は、特に、本明細書の試験(アッセイ)で使用される比較的中性のpH、及び、イオン強度において、タンパク質中のリジン残基及びアルギニン残基によって提供される塩基性基と、非常に強く結合できる。
【0022】
いくつかの実施形態において、感染性粒子の数/mLを具体的かつ正確に測定するために、既知の宿主域を有する単一バクテリオファージの調製物を滴定した。ファージと過剰の標識とをインキュベートすることによって、光音響標識をファージに結合させた。次に、標識化バクテリオファージを、卓上遠心機を用いて沈殿させ、新鮮な緩衝液に再懸濁させ、未結合の標識を除去した。標識化ファージを、感染性粒子の数/mLを測定するために滴定した。標識化される前と後とにおける感染性粒子の数/mLは、区別できなかったことから、ファージ粒子の標識は、ファージの感染速度を低下及び変更させないことが実証された。本明細書におけるいくつかの代表的な実施形態では、標識化Det7バクテリオファージは、サルモネラ菌LT2に結合し、標識化HK97は、LE392大腸菌に結合し、D29バクテリオファージは、陰性対照としてK12大腸菌に関連して使用され(D29は、マイコバクテリウムバクテリオファージであり、大腸菌に付着しない)、そして標識化T4バクテリオファージは、大腸菌B、及び大腸菌K12、及びセラチアに結合した。
【0023】
上述したように、多くの研究では、標識化ファージを、光音響標識又は光音響タグを用いて検出した。これに関連して、以前の研究を基に既知の力価を有する標識化バクテリオファージを、新鮮な緩衝液中に回収した。卓上遠心機を用いてファージを沈殿させ、吸光性を有しない新鮮な緩衝液に再懸濁させた。ファージを再懸濁させて、既知の標識粒子の数/mLを得た。次に、ファージ緩衝液混合物を光音響セルによって滴定し、検出することが必要な標識化ファージの数を測定した。標識化ファージが検出されて、それによって、標識化未結合ファージからの信号を光音響セルによって検出可能であることが実証された。
【0024】
その後、標的細菌を用いて、標識化ファージを試験した。いくつかの研究では、コロニー形成unit/mLを測定するために、標識化ファージの宿主細菌を滴定した。以前の研究を基にした既知の力価の標識化ファージを、ファージ/標的細菌の比を10/1として添加した。ファージ/細菌混合物を一定期間、ともにインキュベートすることで、ファージが細菌に結合することを可能にした。次に、卓上遠心機を用いてファージ/細菌混合物を沈殿させ、等量の新鮮な緩衝液で再懸濁させ、未結合の標識化ファージを除去した。その後、結合した標識化ファージを有する細菌を、光音響セルに供して、信号を検出した。未結合の細菌を単独で陰性コントロールとして取り扱った。
【0025】
図2は、光音響流量測定装置の代表的な実施形態を示す。ある研究では、本明細書における迅速な細菌分類法は、光音響フローサイトメトリーによって誘起される超音波又はレーザによって誘起される超音波を使用し、斯かる方法において、532nmのレーザ光が、光安定性発色団を含むファージにおいて超音波を発生させた。光音響的に不安定なタグを用いてバクテリオファージを標識化した後、上記のように、標的細菌及び非標的細菌の細菌培養物にバクテリオファージを添加した。遠心分離を用いた細菌の吸着の後に、再度、過剰のファージ及び未結合のファージを取り除いた。次に、標識化ファージ/細菌の混合物を、マイクロ流体装置によって処理した。該装置では、5ナノ秒パルスレーザ光が、標的細菌細胞において、染色粒子の熱弾性膨張の結果として、高周波の超音波を生成した。光音響流量計は、標的細菌に発生した超音波を検出する集束超音波トランスデューサを含んでいた。この信号(例えば、
図3を参照)は、自動化されたソフトウェアインタフェースを使用して、コンピュータにおいて処理され、保存された。培養物中の各標的細菌細胞の絶対数を得るために、陽性信号を発する細菌細胞を、処理細胞の総数に対して図表化した。例えば、大腸菌を用いて、5:1を超える信号:ノイズ比を達成した。本明細書の研究は、光音響などの検出スキームと組み合わされたバクテリオファージが混合培養物において特定の細菌を定量するために効果的に使用され得ることを実証した。
【0026】
図4は、光音響検出の際に各液滴内でレーザパルスによって生じる熱弾性膨張の進行を示す。
図5は、2つの相流を用いた光音響セルの図を示す。光音響セル中に試料を一度に1滴流す。各液滴は、レーザからの光によって作用を受け、信号が音響センサ(図示しないが、例えば、光音響セルの直下に配置してもよい)によって検出される。
【0027】
図6A及び
図6Bは、遊離浮遊ファージ又は未結合ファージへの照射からの光音響波形の2つのグラフを示す。
図6Aの波形は、パルスあたり約2.12ミリジュール(mJ)でのバクテリオファージへのレーザ照射から生じる。
図6Bの波形は、パルスあたり3.96ミリジュール(mJ)でのバクテリオファージへの照射から生じる。これらの結果が示すことは、本明細書における検出アルゴリズムの実施形態において、十分に低いエネルギー照射(例えば、約2mJ)を使用すると、所定の検出限界以下の波形が生じるということである。照射エネルギーの適切なレベルは、当業者によって容易に決定される。細菌に結合しているバクテリオファージは、より集中することになり、より大きい振幅の信号を与える。有益なことに、十分に低いエネルギーでの検出手順では、いかなる遊離浮動ファージも検出されない。
【0028】
臨床医にとって厳しい挑戦は、多剤耐性病原体に対する活性を有する広域スペクトル抗生物質による経験的治療から利益を得る可能性が最も高い患者を正しく特定することである。これらの抗生物質は、より高価であり、標準投薬法よりも強い毒性を持っている。加えて、より狭いスペクトル薬で治療される患者のための広域スペクトル抗生物質を使用することは、社会における薬剤耐性の出現と、さらなる複雑な管理とをもたらすこととなる。薬剤耐性のリスクを有する生物を除外する能力によって、経験的な広域スペクトル療法で現状治療されている多くの患者のための、より安価でより安全な抗生物質の使用が可能になると考えられる。
【0029】
2つのシナリオが細菌感染症の診断を混乱させる。第1に、いくつかの細菌は、培養で生育させることが困難又は不可能でさえある。例えば、マイコプラズマ肺炎のような肺炎において一般的な病原体は、培養において生育しない。第2に、定まった方法で培養できる生物であっても、(経験的に患者に与えられているかもしれない)抗生物質の存在下で増殖しない。試料から抗生物質を除去できる樹脂は、時には有効であるが、多くの場合、すべての治療法は、一定期間停止する必要があり、その後、患者の血液又は他の体液が培養され得る。これは、管理を遅延させ、患者をリスクのある状態に陥らせ得る。
【0030】
非滅菌体液(例えば唾液)が培養される場合、病原体からの菌叢を区別するために、存在する細菌の数を推定する必要があることが多い。通常の手法は、生物を「プレートアウト(plate out)」して、コロニーをカウントする段階希釈を使用することである。これは、結果を得るために日数を要する時間がかかる工程である。本明細書に記載のファージに基づく検出は、例えば数日でなく数時間で、単一工程で、試料中の生物数を推定する能力を有する。
【0031】
代表的な臨床例では、患者は、咳、高熱を呈し、また、肺葉浸潤を示す胸部X線写真を呈する。管理における標準的な手法は、多様な病原体を網羅するために広域スペクトルの抗生物質を使用すること、及び、培養のために血液及び唾液の試料を送ることであると考えられる。この手法の欠点は、以下を含む。(i)複数の抗生物質、又は「スーパー抗生物質」は、より高いコスト、より大きい副作用のリスクを受け入れる必要がある。(ii)わずか約85~90%を「網羅する」能力であるが故に、治療は、症例の10~15%で効果がないかもしれず、それにより、適切な抗生物質が遅れ、死亡のリスクを増加させる。また、(iii)初期培養物は、症例の約50%において(又はそれよりも小さい)のみ陽性であり、抗生物質が基板上にあり、抗生物質が試料中にあることになり、その後の培養物が失敗となって、診断変更を導き、有害事象のリスクを増加させ得る。
【0032】
対照的に、本方法論の代表的な実施形態の手法は、以下の表1に示されている。表1において、NAは、適用できないことであり、BSAは、広域スペクトル抗生物質(例えば、ピペラシリンタゾバクタム)である。表1の例では、異なる標識化ファージ(即ち、異なって/独立して検出可能又は測定可能な検出特性/波長を有する標識を含むファージ)を、試料に同時に適用することができる。
【0033】
【0034】
表1の例では、430nmの励起レーザ波長からの光音響信号を示す試料は、肺炎球菌性肺炎(最も一般的な病原体)について陽性であると解釈され、また、低コストで低毒性の単一の薬物療法(アンピシリン)の使用を可能にすると考えられる。一方、532nmの励起レーザ波長からの光音響信号は、ブドウ球菌の診断につながる。この生物は、通常、アンピシリン(及び他のペニシリン類似薬物)に耐性を有するため、バンコマイシンが使用され得る。抗生物質を用いたウイルス性又は真菌性の肺炎の治療は、実際に害を引き起こす可能性がある。結核などの希な原因のためのさらなる精密検査は、「希な原因」の存在を早期に認識することによって促進されると考えられる。「無(null)」の結果は、臨床医を、疑わしい珍しい細菌又は(より一般的な)ウイルス感染のいずれかに導く。重要な点として、本明細書の試験による無(null)の結果、及び、培養物による「増殖なし」の結果(24時間で入手可能)は、高い可能性でウイルス診断につながり、また、抗生物質を保留することができる。表1に記載のバクテリオファージは、各細菌についての単なる代表的なファージである。当業者に知られているように、記載された細菌の各々に関連して使用され得る他の多くのバクテリオファージがある。
【実施例】
【0035】
実験
バクテリオファージの結合のための代表的な手順。代表的な例では、バクテリオファージは、mLあたりのプラーク形成単位(PFU/mL)が1010のHK97であった。細菌は、mLあたりのコロニー形成単位(CFU/mL)が109の大腸菌Ymel株であった。培養物は、約1週間4℃で保存可能であった。インキュベートのために、細菌の細胞あたり10~100のバクテリオファージを加えた。混合物を振とうしつつ37℃で5~10分間インキュベートした。37℃の水を用いて緩やかに撹拌しながらインキュベートすることも許容できる。細胞/ファージ混合物をエッペンドルフチューブに入れ、1~2分間、10,000×gで回転させた。(未結合ファージを含む)上清を捨てた。等容量の、冷蔵したリン酸緩衝溶液(PBS)、ルリアブロス(LB)、又は滅菌水で沈殿物を再懸濁した。感染した細胞は、溶解が起こり始めるまで20~60分を要する。
【0036】
標識化バクテリオファージ及び未結合バクテリオファージの研究のための代表的な手順。精製されたバクテリオファージ(1011PFU/mLの最終濃度)の100μLを、100μg/mLの濃度のダイレクトレッド溶液の900μLに添加した。ボルテックス処理後、バクテリオファージを室温で30分間インキュベートした。次に、冷蔵遠心機を(例えば、14,800×gで4℃にて3時間)用いてバクテリオファージを沈殿させた。上清を除去し、沈殿物をpH7.2のPBSで洗浄した(1011PFU/mL)。
【0037】
2.12mJのバクテリオファージの光音響研究(
図6Aを参照)では、2.12mJのレーザエネルギーを有する光音響装置によって、試料1mLを実験した。23個の検出のうち、11個は、検出限界値よりも大きかった。持続する低レベルの検出は、ちょうど検出限界値未満であった。水が装置を通った後に低レベル検出からの信号が消失した。試料を回収し、次の実験に使用した。回収した試料を滴定し、依然として10
11PFU/mLであることが判明した。検出限界レベルを超えたいくつかの検出は、凝集したバクテリオファージの結果である可能性がある。
【0038】
3.96mJでのバクテリオファージの光音響研究において、レーザーエネルギーを3.96mJ(
図6B参照)に増加した。バックグランドを検査するために水を装置に供した。バクテリオファージ試料を装置に供したところ、十分に検出限界値を超えた一定の検出が達成された。バクテリオファージの検出及び信号が完全に消失した後、水を直接装置に供した。
【0039】
これらの結果によって、集結したバクテリオファージを比較的低いエネルギーレベル(例えば、約2mJ)で検出できることが示された。バクテリオファージは、標的細菌を使用して集結されると思われる。しかしながら、このような低エネルギーレベルでは、未結合ファージが検出されないと思われる。
【0040】
上述の説明及び添付の図面は、現時点での代表的ないくつかの実施形態を示す。様々な変更、付加、及び代替設計は、当然のことながら、前述の説明でではなく、添付の特許請求の範囲によって示された、本明細書の範囲から逸脱しない上記の教示の観点から、当業者にとって明白なものになると思われる。請求項と同等の意味及び範囲内でのすべての変更及び変形が、その範囲内に包含されるべきである。