(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-12
(45)【発行日】2022-07-21
(54)【発明の名称】原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法
(51)【国際特許分類】
G21D 1/00 20060101AFI20220713BHJP
G21F 9/06 20060101ALI20220713BHJP
【FI】
G21D1/00 W
G21F9/06 G
(21)【出願番号】P 2018237434
(22)【出願日】2018-12-19
【審査請求日】2021-10-11
(73)【特許権者】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】細川 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 麻由
(72)【発明者】
【氏名】石田 一成
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-054538(JP,A)
【文献】特開平08-304589(JP,A)
【文献】国際公開第2010/090307(WO,A1)
【文献】特開昭61-111500(JP,A)
【文献】米国特許第06724854(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21D 1/00
G21F 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルイオンを含む皮膜形成液を、原子力プラントの炭素鋼部材の、炉水と接触する第1表面に接触させてこの第1表面にニッケル金属皮膜を形成し、前記ニッケル金属皮膜の第2表面に貴金属を付着させ、前記ニッケル金属皮膜の形成及び前記貴金属の付着は、前記原子力プラントの運転停止後で前記原子力プラントの起動前に行われ、前記原子力プラントの起動後に、前記貴金属を付着した前記ニッケル金属皮膜の第1表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の前記炉水を接触させ、前記炉水に酸化剤を注入することにより前記炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上にすることを特徴とする原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項2】
前記炭素鋼部材の腐食電位を、前記酸化剤の注入により、0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする請求項1に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項3】
前記炉水への前記酸化剤の注入が、酸化剤注入装置により行われる請求項1または2に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項4】
腐食電位測定装置により、前記ニッケル金属皮膜が形成された前記炭素鋼部材の腐食電位を測定し、測定されたその腐食電位に基づいて前記酸化剤注入装置から前記炉水への前記酸化剤の注入量を調節する請求項3に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項5】
前記炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上に維持する第1期間は、前記炉水への水素により前記炭素鋼部材の腐食電位を0mV未満に維持する第2期間よりも前に存在する請求項1ないし4のいずれか1項に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項6】
前記第1期間は、100以上500時間以下の範囲内の期間である請求項5に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項7】
前記炭素鋼部材の第1表面に接触される前記皮膜形成液に、pH緩衝溶液の、酸及び塩基のそれぞれ1種類の成分を注入する請求項1ないし6のいずれか1項に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項8】
前記皮膜形成液のpHが、3.9以上4.2以下の範囲内に存在する請求項7に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項9】
原子炉に連絡される第1配管であって炭素鋼部材である前記第1配管に接続された第2配管を通してニッケルイオンを含む皮膜形成液を前記第1配管に供給し、
供給された前記皮膜形成液を前記第1配管の内面に接触させて前記第1配管の内面にニッケル金属皮膜を形成し、
貴金属イオン及び還元剤を含む水溶液を前記第2配管から前記第1配管に供給してこの水溶液を前記ニッケル金属皮膜の表面に接触させ、前記ニッケル金属皮膜の表面に貴金属を付着させ、
前記ニッケル金属皮膜の形成及び前記貴金属の付着は、原子力プラントの運転停止後で前記原子力プラントの起動前に行われ、
前記原子力プラントの起動後に、前記貴金属を付着した前記ニッケル金属皮膜の表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水を接触させ、
前記炉水に酸化剤を注入することにより前記第1配管の腐食電位を0mV以上にすることを特徴とする原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項10】
前記第1配管の腐食電位を、前記酸化剤の注入により、0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする請求項9に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項11】
前記炉水への前記酸化剤の注入が、前記第1配管に接続された酸化剤注入装置により行われる請求項9または10に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項12】
腐食電位測定装置により、前記ニッケル金属皮膜が形成された前記炭素鋼部材の腐食電位を測定し、測定されたその腐食電位に基づいて前記酸化剤注入装置から前記炉水への前記酸化剤の注入量を調節する請求項11に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項13】
前記第1配管の腐食電位を0mV以上に維持する第1期間は、前記炉水への水素により前記炭素鋼部材の腐食電位を0mV未満に維持する第2期間よりも前に存在する請求項9ないし12のいずれか1項に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項14】
前記第1配管の内面に接触される前記皮膜形成液に、pH緩衝溶液の、酸及び塩基のそれぞれ1種類の成分を注入する請求項9ないし13のいずれか1項に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【請求項15】
前記皮膜形成液のpHが、3.9以上4.2以下の範囲内に存在する請求項14に記載の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法に係り、特に、沸騰水型原子力プラントに適用するのに好適な原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力プラントとして、例えば、沸騰水型原子力プラント(以下、BWRプラントという)及び加圧水型原子力プラント(以下、PWRプラントという)が知られている。例えば、BWRプラントでは、原子炉圧力容器(RPVと称する)内で発生した蒸気が、タービンに導かれ、タービンを回転させる。タービンから排出された蒸気は、復水器で凝縮されて水になる。この水は、給水として給水配管を通ってRPVに供給される。RPV内での放射性腐食生成物の発生を抑制するために、給水に含まれる金属不純物が、給水配管に設けられたろ過脱塩装置で除去される。
【0003】
BWRプラント及びPWRプラントでは、RPVなどの主要な構成部材は、腐食を抑制するために、水が接触する接水部にステンレス鋼及びニッケル基合金などを用いる。原子炉浄化系、残留熱除去系、原子炉隔離時冷却系、炉心スプレイ系及び給水系などの構成部材には、プラントの製造所要コストを低減する観点、あるいは高温水に起因するステンレス鋼の応力腐食割れを避ける観点から、主に炭素鋼部材が用いられる。
【0004】
さらに、炉水(RPV内に存在する冷却水)の一部を原子炉浄化系の炉水浄化装置によって浄化し、炉水中に僅かに存在する金属不純物を積極的に除去している。
【0005】
しかし、上述のような腐食防止対策を講じても、炉水中における極僅かな金属不純物の存在は避けられないため、一部の金属不純物が、金属酸化物として、燃料集合体に含まれる燃料棒の外面に付着する。燃料棒外面に付着した金属不純物に含まれる金属元素は、燃料棒内の核燃料物質から放出される中性子の照射により原子核反応を生じ、コバルト60、コバルト58、クロム51、マンガン54等の放射性核種になる。酸化物の形態で燃料棒外面に付着した一部の放射性核種は、取り込まれている酸化物の溶解度に応じて炉水中にイオンとして溶出し、また、クラッドとよばれる不溶性固体として炉水中に再放出される。炉水中の放射性核種の一部は、原子炉浄化系で取り除かれる。しかしながら、除去されなかった放射性核種は炉水と共に再循環系などを循環している間に、構造部材の炉水と接触する表面に蓄積される。この結果、構造部材表面から放射線が放出され、定検作業時の従事者の放射線被ばくの原因となる。その従業者の被ばく線量は、各人毎に規定値を超えないように管理されている。しかしながら、近年この規定値が引き下げられ、各人の被ばく線量を経済的に可能な限り低くする必要が生じている。
【0006】
運転を経験した原子力プラントの構成部材、例えば、配管の炉水と接触する表面に形成された、コバルト60やコバルト58等の放射性核種を含む酸化皮膜を、化学薬品を用いた溶解により除去する化学除染法が提案されている(特開2000-105295号公報)。
【0007】
また、配管への放射性核種の付着を低減する方法が様々検討されている。例えば、化学除染後の原子力プラントの構造部材の表面に、フェライト皮膜の一種であるマグネタイト皮膜を形成することによって、プラントの運転後においてその構造部材の表面に放射性核種が付着することを抑制する方法が、特開2006-38483号公報に提案されている。さらに、特開2006-38483号公報には、構造部材の表面にマグネタイト皮膜を形成した後、原子力プラントを起動し、貴金属を注入した炉水をそのマグネタイト皮膜に接触させてマグネタイト皮膜上に貴金属を付着させることが記載されている。
【0008】
特開2007-182604号公報は、原子力プラントの運転停止中で、鉄(II)イオン、ニッケルイオン、酸化剤及びpH調整剤(例えば、ヒドラジン)を含む60℃~100℃の範囲の皮膜形成液を、化学除染後において、原子力プラントの炭素鋼製の構造部材の表面に接触させ、この表面にニッケルフェライト皮膜を形成することを記載する。ニッケルフェライト皮膜の形成により、炭素鋼製の構造部材の腐食が抑制され、その構造部材への放射性核種の付着が抑制される。
【0009】
特開2012-247322号公報は、原子力プラントの運転停止中で、鉄(II)イオン、酸化剤及びpH調整剤(ヒドラジン)を含む60℃~100℃の範囲の皮膜形成液を、原子力プラントの、化学除染されたステンレス鋼製の構成部材の表面に接触させ、この表面にマグネタイト皮膜を形成することを記載する。特開2012-247322号公報には、運転停止中において、貴金属(例えば、白金)を含む水溶液を形成されたマグネタイト皮膜に接触させ、貴金属をマグネタイト皮膜上に付着させることも記載されている。
【0010】
さらに、炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成し、ニッケルイオン、鉄(II)イオン、酸化剤及びpH調整剤を含み、pHが5.5ないし9.0の範囲にあり、温度が60℃ないし100℃の範囲にある皮膜形成液を用いて、そのニッケル金属皮膜の表面にニッケルフェライト皮膜を形成し、その後、そのニッケル金属皮膜を高温水によってニッケルフェライト皮膜に転換する方法が提案されている(例えば、特開2011-32551号公報)。
【0011】
特開2014-44190号公報は、原子力プラントの構成部材への貴金属付着方法を記載する。この貴金属付着方法では、原子力プラントの運転停止中に実施される化学除染において、還元除染剤の一部が分解された状態における、ステンレス鋼製の構成部材の表面への貴金属(例えば、白金)の付着、または還元除染剤分解工程後の浄化工程における、構成部材の表面への貴金属の付着を行っている。その構成部材の表面への貴金属の付着により、その表面への放射性核種の付着が抑制される。
【0012】
特開2018-48831号公報は、炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の表面に貴金属を付着し、貴金属が付着されたニッケル金属皮膜の表面に、酸素を含む200℃以上の水を接触させることによって、そのニッケル金属皮膜を、炭素鋼部材の表面を覆う、貴金属の作用によっても溶出しない安定なニッケルフェライト皮膜(Ni1-xFe2+xO4においてxが0であるニッケルフェライト皮膜)に変換させることを記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2000-105295号公報
【文献】特開2006-38483号公報
【文献】特開2007-182604号公報
【文献】特開2012-247322号公報
【文献】特開2011-32551号公報
【文献】特開2014-44190号公報
【文献】特開2018-48831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
原子力プラントでは作業員の放射線被ばく低減のため、構造材料への放射性核種の付着抑制技術が望まれており、炭素鋼部材に対しても放射性核種の付着が抑制され、その付着抑制効果が長期に亘って持続することが望まれている。
【0015】
本発明の目的は、原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着をさらに抑制することができる原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、ニッケルイオン及び還元剤を含む皮膜形成液を原子力プラントの炭素鋼部材の第1表面に接触させてその第1表面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の第2表面に貴金属を付着させ、原子力プラントを起動させてニッケル金属皮膜の第1表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水を接触させ、炉水に酸化剤を注入することにより炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上にすることにある。
【0017】
本発明によれば、炭素鋼部材の第1表面に形成された、貴金属が付着したニッケル金属皮膜の第2表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水を接触させ、炉水に酸素を注入することにより炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上にすることにより、粒径が大きいニッケルフェライトの結晶がその第1表面に形成されるニッケルフェライト皮膜に含まれる状態となり、そのニッケルフェライト皮膜におけるニッケルフェライトの結晶粒界の密度がさらに低下する。このため、炭素鋼部材への放射性核種(例えば、Co-60)の付着がさらに抑制される。
【0018】
(A1)ニッケルイオン及び還元剤を含む皮膜形成液を原子力プラントの炭素鋼部材の第1表面に接触させてその第1表面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の第2表面に貴金属を付着させ、原子力プラントを起動させてニッケル金属皮膜の第2表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水を接触させ、炉水に酸化剤を注入することにより炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上にする原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法において、さらに好ましい方法を以下に説明する。
【0019】
(A2)好ましくは、上記の(A1)において、炉水に酸化剤を注入する期間が所定期間を経過したとき、その炉水に水素を注入することにより炭素鋼部材の腐食電位を0mV未満にすることが望ましい。
【0020】
(A3)好ましくは、上記の(A2)において、水素を注入することにより炭素鋼部材の腐食電位を-300mV以下-500mV以上の範囲内の腐食電位にすることが望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着をさらに抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の好適な一実施例である、沸騰水型原子力発電プラントの浄化系配管に適用される実施例1の原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法の手順を示すフローチャートである。
【
図2】実施例1の原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法を実施する際に用いられる貴金属注入装置を沸騰水型原子力発電プラントの浄化系配管に接続した状態を示す説明図である。
【
図3】
図2に示す貴金属注入装置の詳細構成図である。
【
図4】
図1に示される原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法が開始される前における、沸騰水型原子力発電プラントの浄化系配管の断面図である。
【
図5】
図1に示される原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法により浄化系配管の内面にニッケル金属皮膜が形成された状態を示す説明図である。
【
図6】
図1に示される原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法により浄化系配管の内面に形成されたニッケル金属皮膜の表面に、ニッケル金属を含む貴金属粒子を付着させた状態を示す説明図である。
【
図7】130℃以上330℃以下の温度範囲内の温度を有する炉水を、浄化系配管内面に形成された貴金属を付着したニッケル金属皮膜に接触させる状態を示す説明図である。
【
図8】浄化系配管内面に形成された貴金属を付着したニッケル金属皮膜を低電位環境水質でニッケルフェライトに転換した場合のニッケルフェライト皮膜の状態を模式的に示す説明図である。
【
図9】浄化系配管内面に形成された貴金属を付着したニッケル金属皮膜を高電位環境水質でニッケルフェライトに転換した場合のニッケルフェライト皮膜の状態を模式的に示す説明図である。
【
図10】貴金属の付着したニッケル金属皮膜のニッケルフェライト皮膜への転換水質条件の違いによるCo-60付着速度を比較した説明図である。
【
図11】研磨した炭素鋼試験片及び貴金属が付着されたニッケル金属皮膜を形成した炭素鋼試験片のそれぞれにCo-60を含む模擬炉水を接触させるCo-60付着試験後における、それぞれの試験片表面に形成された皮膜のレーザーラマンスペクトル分析結果を示す説明図である。
【
図12】炭素鋼試験片の表面に接触させる皮膜形成水溶液のpHと炭素鋼試験片の表面に形成されたニッケル金属皮膜の量との関係を示す特性図である。
【
図13】皮膜形成水溶液に注入するギ酸の濃度とアンモニアの濃度との関係を、皮膜形成水溶液のpHをパラメータとして示す特性図である。
【
図14】本発明の好適な他の実施例である、沸騰水型原子力発電プラントの浄化系配管に適用される実施例2の原子力プラントの構造部材への放射性核種の付着抑制方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
特開2018-48831号公報に記載されているように、前述の特開2006-38483号公報及び特開2012-247322号公報に記載された方法により、原子力プラントの構造部材の表面にフェライト皮膜の一種であるマグネタイト皮膜を形成した場合には、形成されたマグネタイト皮膜が付着した貴金属の作用により炉水中に溶出するという課題が生じる。炭素鋼部材の表面に形成されたフェライト皮膜の溶出によりフェライト皮膜が消失する運転サイクルの末期では、フェライト皮膜による放射性核種の付着抑制効果が消失するため、この運転サイクルでの原子力プラントの運転を停止した後、炭素鋼部材の表面に、再度、フェライト皮膜を形成する必要がある。なお、炭素鋼部材の表面に形成されたフェライト皮膜が付着した貴金属の作用により溶出する理由は、特開2018-48831号公報の段落0036に記載されている。なお、付着した貴金属の作用により炉水中に溶出するニッケルフェライト皮膜は、不安定なニッケルフェライト皮膜(Ni1-xFe2+xO4においてxが、例えば、0.3であるニッケルフェライト皮膜、すなわち、Ni0.7Fe2.3O4皮膜)である。
【0024】
そのような課題を解消するために、特開2018-48831号公報では、炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の表面に貴金属を付着させ、貴金属が付着されたニッケル金属皮膜の表面に、酸素を含む200℃以上330℃の温度範囲内の温度を有する水を接触させている。これによって、そのニッケル金属皮膜が、炭素鋼部材の表面を覆う、付着した貴金属の作用によっても溶出しない安定なニッケルフェライト皮膜(Ni1-xFe2+xO4においてxが、例えば、0であるニッケルフェライト皮膜、すなわち、NiFe2O4皮膜)に変換される(特開2018-48831号公報の段落0037ないし段落0040参照)。炭素鋼部材の表面を覆う安定なニッケルフェライト皮膜によって、炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制効果を、より長い期間に亘って持続させることができる。
【0025】
特開2018-48831号公報に記載された、原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法によって、その炭素鋼部材への放射性核種の付着が抑制される。しかし、発明者らは、原子力プラントの炭素構成部材への放射性核種の付着を、特開2018-48831号公報に記載された付着抑制方法よりもさらに抑制できる対策の実現を目指し、種々の検討を行った。この結果、発明者らは、炭素構成部材への放射性核種の付着をさらに抑制できる効果的な方法を見出した。この検討結果を以下に説明する。
【0026】
原子力プラントの炭素鋼部材の冷却水、すなわち、炉水と接触する表面へのニッケル金属皮膜の形成は、その表面に対する化学除染に引き続いて行うことが望ましい。それによる利点は、化学除染で使用する薬液の昇温、注入、循環及び浄化の機能を、ニッケル金属皮膜の形成に利用できることである。使用する薬剤についてはニッケルの対アニオンとして水や二酸化炭素に分解可能なギ酸を用いることとして、ギ酸ニッケルを使用した。炭素鋼をギ酸ニッケルの水溶液に浸漬すると、下記の式(1)で表される置換めっき反応が生じて炭素鋼表面にニッケル金属皮膜が形成される。
【0027】
Fe+Ni2+ → Fe2++Ni …(1)
さらに、ギ酸ニッケル水溶液に還元剤を注入すると、この還元剤の作用により、ニッケルイオンが還元されてニッケル金属となり、このニッケル金属が炭素鋼の表面に析出する。還元剤として、例えば、ヒドラジンを使用すると、式(2)に示す反応により、炭素鋼の表面にニッケル金属が生成される。
【0028】
2Ni2++N2H4 → Ni+N2+2H++H2 …(2)
このようにして、運転停止中の原子力プラントの炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成させた後、このニッケル金属皮膜の表面に、還元剤であるヒドラジンを含む、白金水溶液のヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水溶液を接触させ、白金をニッケル金属皮膜の表面に付着させる。その後、原子力プラントが再起動され、応力腐食割れ抑制を目的として、水素が原子力プラントの炉水に注入される。水素の注入によって、炉水と接触する部材の腐食電位を-230mV以下に低下させる腐食環境緩和水質の炉水が生成される。この腐食環境緩和水質の、水素を含む炉水を、炭素鋼部材の表面に形成されて、白金を付着させたニッケル金属皮膜に接触させると、白金及び水素の作用によって炭素鋼部材及びニッケル金属皮膜の腐食電位は-500mV程度に低下する。このような腐食環境において、ニッケル金属皮膜に接触する高温(130℃以上330℃以下の温度範囲内の温度)の炉水に含まれる酸素による酸化反応、及び炭素鋼部材の母材である炭素鋼の酸化反応で形成される鉄イオンの作用によって、下記の式(3)で表される反応が生じ、上記のニッケル金属皮膜は付着された白金の作用によっても溶出しない安定なニッケルフェライト皮膜に転換される。
【0029】
2Ni+2Fe+2O2 → NiFe2O4 …(3)
この安定なニッケルフェライト皮膜が放射性核種(例えば、Co-60)の付着抑制に貢献する。しかしながら、発明者らは、このニッケルフェライト皮膜のCo-60付着抑制効果を更に高める方法を見出すために、以下の実験を行った。この実験は、ニッケル金属皮膜のニッケルフェライト皮膜への転換を、-500mVの低腐食電位環境ではなく、0mV以上の高腐食電位環境で行われた。その実験において、発明者らは、試験片A及びCとして炭素鋼製の研磨試験片を使用し、及び試験片B及びDとして炭素鋼製の研磨試験片の表面にニッケル金属皮膜を形成してこの皮膜の表面に白金を付着させた試験片を使用した。
【0030】
それぞれの試験片を用いたCo-60付着実験を具体的に説明する。試験片A及びBを用いたCo-60付着実験では、試験片A及びBを閉ループの循環配管内に設置し、その循環配管内で、原子炉内の炉水を模擬したCo-60を含む模擬水を循環させた。試験片A及びBは、循環配管内で模擬水に浸漬された。試験片A及びBに対しては、模擬水として、溶存水素が存在する腐食環境緩和水質の、温度が280℃である模擬水を用い、この模擬水を循環配管内で循環させて循環配管が-500mVの低腐食電位になる環境を生成し、この環境下で、Co-60付着実験を行った。
【0031】
このCo-60付着実験において、試験片A及びBのそれぞれの、循環配管内を流れる模擬水への浸漬時間は、500時間、1000時間、及び1500時間の三通りとした。このため、試験片A及びBのそれぞれは、三通りの浸漬時間に対応して三個ずつ使用される。500時間、1000時間、及び1500時間の各浸漬時間が経過する都度、試験片A及びBが、一個ずつ、循環配管から取り出され、取り出された各試験片におけるCo-60付着量を測定した。各浸漬時間における、試験片A及びBのそれぞれに対するCo-60付着量に基づいて、時間区間t1,t2及びt3での、試験片A及びBのそれぞれに対する平均のCo-60付着速度を求めた。なお、時間区間t1は0時間<t1≦500時間であり、時間区間t2は500時間<t2≦1000時間であり、時間区間t3は1000時間<t3≦1500時間である。
【0032】
一方、試験片C及びDを用いたCo-60付着実験でも、試験片C及びDのそれぞれは、循環配管内を循環する、Co-60を含む280℃の前述の模擬水に浸漬される。試験片C及びDを用いたCo-60付着実験では、最初の500時間において、溶存酸素が存在して溶存水素が存在しない腐食環境形成水質(通常炉内水質環境(NWC))の模擬水(温度280℃)を用いて循環配管が0mV以上+200mV以下の範囲内の高腐食電位になる環境を生成し、この環境下で、Co-60付着実験を行った。最初の500時間が経過したとき、循環配管内を循環する模擬水に水素を注入し、酸素100ppb及び水素40ppbを含む腐食環境緩和水質の模擬水により、循環配管が-500mVの低腐食電位になる環境を生成し、この環境で、試験片C及びDに対するCo-60付着実験を行った。腐食環境緩和水質の模擬水に試験片C及びDのそれぞれを浸漬させる浸漬時間は、1000時間及び1500時間の二通りとした。
【0033】
500時間、1000時間、及び1500時間の各浸漬時間が経過する都度、試験片C及びDが、一個ずつ、循環配管から取り出され、取り出された各試験片におけるCo-60付着量を測定した。各浸漬時間における、試験片C及びDのそれぞれに対するCo-60付着量に基づいて、時間区間t1,t2及びt3での、試験片C及びDのそれぞれに対する平均のCo-60付着速度を求めた。
【0034】
試験片A,B,C及びDのそれぞれに対するCo-60付着速度を、
図10に示す。
図10から明らかであるように、表面にニッケル金属皮膜を形成してこのニッケル金属皮膜の表面に白金を付着した試験片B及びDでは、表面にニッケル金属皮膜が形成されていなく白金も付着していない試験片A及びCに比べてCo-60の付着速度、すなわち、Co-60の付着量が著しく低下した。
【0035】
そして、循環配管から取り出された試験片A,B,C及びDのそれぞれの表面における組成をラマン分光によって分析した。この分析結果を
図11に示す。実質的に炭素鋼である試験片A及びCの各表面には、主にFe
3O
4からなる皮膜が形成されていた。Co-60の付着量が大幅に低減された試験片B及びDの各表面には、ニッケルフェライト(NiFe
2O
4)を主成分とする酸化皮膜が形成されていた。このNiFe
2O
4は、Ni
1-xFe
2+xO
4においてxが0である形態である。
【0036】
試験片A,B,C及びDのそれぞれに対するCo-60付着速度を、
図10を用いて具体的に説明する。腐食環境緩和水質の模擬水のみに浸漬された研磨試験片Aとニッケル金属皮膜を形成した試験片Bとを比較すると、時間区間t
2及びt
3では、試験片Bは、試験片AよりもCo-60付着速度が低くなる。試験片Bと試験片Aの付着速度の差を比較すると、時間区間t
2から時間区間t
3へと時間が経過するに伴ってその差が小さくなっている。一方、研磨試験片C及びニッケル金属皮膜を形成した試験片Dのそれぞれを腐食環境形成水質の模擬水に浸漬させた時間区間t
1では、それぞれのCo-60付着速度は同じである。時間区間t
1よりもさらに浸漬時間が経過し、時間区間t
2になると、試験片DのCo-60付着速度は、急激に低下して試験片Bのそれとほぼ同じになり、時間区間t
3になると、試験片DのCo-60付着速度は、試験片BのCo-60付着速度が増加するので試験片Bのそれよりも小さくなる。
【0037】
なお、試験片B及びDのそれぞれに形成されたニッケル金属皮膜は、280℃の模擬水に接触するため、そのニッケル金属皮膜は安定なニッケルフェライト皮膜に変換される。
【0038】
この結果、発明者らは、炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成した後、このニッケル金属皮膜の表面に、最初から腐食環境緩和水質の炉水を接触させるよりも、形成されたニッケル金属皮膜に、最初に腐食環境形成水質の炉水を接触させ、その後、腐食環境緩和水質の炉水を接触させることにより、そのニッケル金属皮膜を、より長期的に、放射性核種の付着抑制に有効な安定なニッケルフェライト皮膜に変換できることを見出した。
【0039】
表面にニッケル金属皮膜が形成されてこのニッケル金属皮膜表面に貴金属(例えば、白金)が付着された炭素鋼部材(試験片B及びD)のニッケル金属皮膜が、酸素を含む130℃以上330℃以下の温度範囲内の温度の水との接触により、付着した貴金属の作用によっても溶出しない、炭素鋼部材の表面を覆う安定なニッケルフェライト皮膜(Ni1-xFe2+xO4において0≦x<0.3を満足するニッケルフェライト、例えば、NiFe2O4)に変換される理由を説明する。
【0040】
130℃以上330℃以下の温度範囲内の温度を有する水であって、酸素(酸化剤)の注入により生成されて炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質のその水が、炭素鋼部材表面に形成されたニッケル金属皮膜に接触すると、炭素鋼部材の表面に形成されたニッケル金属皮膜が、例えば、Ni1-xFe2+xO4においてxが0である安定なニッケルフェライトの皮膜に変換される。具体的には、その腐食環境形成水質の水により、ニッケル金属皮膜及び炭素鋼部材が130℃以上に加熱される。その水に含まれる酸素がニッケル金属皮膜内に移行し、炭素鋼部材に含まれるFeがFe2+となってニッケル金属皮膜内に移行する。ニッケル金属皮膜内のニッケルが、130℃以上の高温環境で、ニッケル金属皮膜内に移行した酸素及びFe2+と反応し、ニッケル金属皮膜の表面に付着した白金等の貴金属、及び炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質の水の作用により、そのニッケル金属皮膜が、例えば、Ni1-xFe2+xO4においてxが0である安定なニッケルフェライトの皮膜に変換される。この安定なニッケルフェライト皮膜が、炭素鋼部材の表面を覆う。
【0041】
ちなみに、表面に付着した貴金属の作用によって溶出する不安定なニッケルフェライトは、Ni1-xFe2+xO4において0.3≦x<0を満足するニッケルフェライト、例えば、Ni0.7Fe2.3O4である。Ni0.7Fe2.3O4は、前述したように、Ni1-xFe2+xO4においてxが0.3であるニッケルフェライトである。
【0042】
炭素鋼部材の表面を覆ったニッケル金属皮膜に含まれるニッケル金属から、130℃以上の高温の環境下において上記のように生成された、Ni1-xFe2+xO4においてxが0であるニッケルフェライトは、結晶が大きく成長しており、貴金属が付着してもNi0.7Fe2.3O4皮膜のように水中に溶出しなく安定である。発明者らは、安定なニッケルフェライト皮膜では、ニッケルフェライトの結晶が大きくなることによって結晶粒界の密度が低下し、粒界を通してのCo-60等の放射性核種のそのニッケルフェライト皮膜への拡散が抑制されたと考えた。このように、130℃以上の高温の環境下で、炭素鋼部材の表面を覆ったニッケル金属から生成されたその安定なニッケルフェライト皮膜は、60℃~100℃の低い温度範囲で生成されたNi0.7Fe2.3O4皮膜よりも長期に亘って炭素鋼部材への放射性核種の付着を抑制することができる。
【0043】
なお、先願である特願2018-49244号(出願日:平成30年3月16日)でも、その明細書に「炭素鋼部材の表面を覆ったニッケル金属皮膜に含まれるニッケル金属から、130℃以上330℃以下の温度範囲内の高温の環境下において上記のように生成された、Ni1-xFe2+xO4においてxが0であるニッケルフェライトは、結晶が大きく成長しており」(段落0064,2行~4行参照)と記載されているように、ニッケル金属から変換された安定なニッケルフェライトの結晶が大きくなり、炭素鋼部材への放射性核種の付着を抑制できる。
【0044】
しかしながら、本発明は、特願2018-49244号では実施されていない「炉水への水素注入の前に、BWRプラント1の運転時における、酸化剤(例えば、酸素)の炉水への注入」が実施されて、炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にしているため、本発明では、ニッケル金属皮膜から生成された安定なニッケルフェライトに含まれるニッケルフェライトの結晶が特願2018-49244号で生成される安定なニッケルフェライトの結晶よりも大きくなる。このため、本発明では、安定なニッケルフェライト膜における、単位体積当たりの結晶粒界密度が特願2018-49244号におけるその粒界密度よりもさらに低下し、炭素鋼部材への放射性核種の付着が特願2018-49244号におけるその付着よりもさらに抑制される。
【0045】
特願2018-49244号における炭素鋼部材への放射性核種の付着速度の低減効果、すなわち、炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制効果は、
図10に示す試験片Bで得られる放射性核種の付着抑制効果に対応する。これに対して、本発明における炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制効果は、
図10に示す試験片Dで得られる放射性核種の付着抑制効果に対応する。炉水の、炭素鋼部材の表面に形成された安定なニッケルフェライト皮膜への接触時間が、長くなる程、炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制効果は、本発明の方が特願2018-49244号よりも大きくなる。
【0046】
以上に述べた検討結果に基づいて、発明者らは以下に述べる発明を新たに創生することができた。すなわち、発明者らは、ニッケルイオン及び還元剤を含む皮膜形成水溶液を炭素鋼部材の表面に接触させ、炭素鋼部材のその表面にニッケル金属皮膜を形成し、貴金属をそのニッケル金属皮膜表面に付着させ、酸素を含む130℃以上330℃以下の温度範囲内の温度を有し、酸化剤の注入により生成されて炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上(具体的には、0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位)にする腐食環境形成水質の水を、表面に貴金属が付着したニッケル金属皮膜と接触させることにより、結果的に、粒径が大きい安定なニッケルフェライト(例えば、NiFe
2O
4)の結晶がニッケル金属皮膜から変換された安定なニッケルフェライト皮膜に含まれることになり、このニッケルフェライト皮膜のニッケルフェライトの結晶粒界の密度をさらに低下させるという原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の新たな付着抑制方法を発想するに至った。
図10に示された時間区間t
3における試験片BのCo-60の付着速度と試験片DのCo-60の付着速度の比較から明らかであるように、炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質のその水が炭素鋼部材の表面に形成されて貴金属が付着されたニッケル金属皮膜に接触されるその放射性核種の新たな付着抑制方法によれば、炭素鋼部材の表面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の表面に貴金(例えば、白金)を付着させ、そのニッケル金属皮膜に、溶存水素が存在する腐食環境緩和水質の、温度が280℃である水を接触させた場合(試験片B)に比べて、炭素鋼部材への放射性核種の付着を著しく抑制することができる。
【0047】
さらに、前述のように、炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質のその水を、炭素鋼部材の表面に形成されて貴金属が付着されたニッケル金属皮膜に接触させる場合には、炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質のその水をそのニッケル金属皮膜に接触させた後に、炭素鋼部材の腐食電位を-300mV~-500mV(-300m以下-500mV以上)の範囲内の腐食電位、例えば、-500mVにする腐食環境緩和水質の水を炭素鋼部材に接触させたとしても、炭素鋼部材の表面に形成された安定なニッケルフェライト皮膜は、より長い期間に亘ってその表面に維持され、炭素鋼部材への放射性核種の付着を長期に亘って効果的に抑制することができる。炭素鋼部材の腐食電位を-300mV以下にすることにより、原子力プラントのステンレス鋼部材における応力腐食割れの発生を著しく抑制することができる。
【0048】
さらに、式(1)及び式(2)の各反応により炭素鋼の表面に形成されるニッケル金属皮膜の量を調べるため、炭素鋼製の試験片を90℃のギ酸ニッケル水溶液に浸漬し、浸漬開始から60分が経過したときに、その試験片をギ酸ニッケル水溶液から取り出した第1ケース、及び別の炭素鋼製の試験片をギ酸ニッケル水溶液に浸漬し、浸漬開始から60分が経過したときに、その試験片が浸漬されているギ酸ニッケル水溶液にヒドラジン(還元剤)を注入し、ヒドラジンを含むギ酸水溶液に浸漬された試験片を、ヒドラジンを含むギ酸水溶液への浸漬開始から4時間が経過したときに、ヒドラジンを含むギ酸水溶液から取り出した第2ケースのそれぞれのケースについて、それぞれの試験片に形成されたニッケル金属皮膜の量を比較した。
【0049】
この結果、ヒドラジンの注入前にギ酸ニッケル水溶液から試験片を取り出した、式(1)の反応だけが生じる第1ケースにおいて試験片に形成されたニッケル金属皮膜の量が、ヒドラジンが注入されたギ酸ニッケル水溶液から試験片を取り出した、式(1)及び式(2)のそれぞれの反応が生じる第2ケースにおいて試験片に形成されたニッケル金属皮膜の量の約8割に達することを確認した。このため、炭素鋼部材へのニッケル金属皮膜の形成には、式(1)の置換めっき反応が大きな影響を与え、その置換めっき反応が重要であることが分かった。
【0050】
次に、式(1)の置換めっき反応の、皮膜形成水溶液のpH依存性を調べたところギ酸ニッケルを含む皮膜形成水溶液のpHが4.0で、炭素鋼部材におけるニッケル金属皮膜形成量が極大化する傾向を見出した。ニッケル金属皮膜の形成量のpH依存性の結果を
図12に示す。
図12から明らかであるように、炭素鋼部材の表面に形成されるニッケル金属皮膜の量は、皮膜形成水溶液のpHが3.9~4.2(3.9以上4.2以下)の範囲内で炭素鋼部材内の鉄と皮膜形成水溶液に含まれるニッケルイオンとの置換メッキ反応の効率が増大するため、その量の最大値の80%以上になった。このため、ニッケル金属皮膜を炭素鋼部材の表面に形成するためには、皮膜形成水溶液のpHを3.9以上4.2以下の範囲に制御することが好ましい。
【0051】
皮膜形成水溶液のpHを3.9以上4.2以下の範囲に制御するために、pH緩衝溶液が注目され、ギ酸ニッケル水溶液による皮膜形成水溶液のpHの調節と併せて、皮膜形成水溶液へのpH緩衝溶液の注入が検討された。pH緩衝溶液は、弱酸と弱塩基の混合溶液であり、希釈しても、外部から酸または塩基を加えてもそれらの影響をあまり受けず、水素イオン濃度(pH)がそれほど変化しないような溶液である。このようなpH緩衝溶液としては、弱酸であるギ酸ニッケルに含まれる、例えば、ギ酸と、弱塩基には取り扱いが容易な、例えば、アンモニアの混合溶液がある。弱酸及び弱塩基のそれぞれは、pH緩衝溶液の成分である。例えば、pH緩衝溶液の一例であるギ酸及びアンモニアの混合溶液では、ギ酸及びアンモニアのそれぞれがpH緩衝溶液の成分である。pH緩衝溶液は、酸及び塩基のそれぞれ1種類の成分を含んでいるとも言える。皮膜形成水溶液にpH緩衝溶液を注入することによって、皮膜形成水溶液のpHをある値、例えば、3.9以上4.2以下の範囲内のpHに一定に保つことができる。また、pH緩衝溶液の他の例としては、酢酸とアンモニアの混合溶液がある。pH緩衝溶液に含まれるギ酸及び酢酸は、触媒及び酸化剤の作用により分解することができる。
【0052】
pH緩衝溶液にギ酸及びアンモニアの混合溶液を使用することとして、皮膜形成水溶液のpHを4.0にする場合におけるギ酸及びアンモニアのそれぞれの濃度を計算する。ギ酸ニッケルのニッケル濃度を、例えば200ppmとした場合、そのニッケル濃度に伴うギ酸濃度は約400ppmとなる。このため、ギ酸及びアンモニアの混合溶液(pH緩衝溶液)においてギ酸ニッケルの注入時にpH緩衝性を持たせるためには、その混合溶液のギ酸濃度は、少なくともギ酸ニッケルに伴うギ酸濃度よりも高くする必要がある。上記の混合溶液において、例えば、2倍の800ppmのギ酸を用いたとき、皮膜形成水溶液のpHを4.0にするために必要なアンモニアの濃度は、以下のように計算できる。ギ酸の酸解離反応式及び酸解離平衡式は、ぞれぞれ、式(4)及び式(5)のように表される。
【0053】
HCOOH → H++HCOO- ……(4)
【0054】
【0055】
ここで、KFはギ酸の酸解離乗数、[H+]は皮膜形成水溶液の水素イオン濃度、[HCOO-]は皮膜形成水溶液のギ酸イオン濃度、及び[HCOOH]は皮膜形成水溶液のギ酸濃度である。
【0056】
ギ酸の全濃度[HCOOH]Tは、式(6)で表される。
【0057】
[HCOOH]T=[HCOOH]+[HCOO-] ……(6)
アンモニアの酸解離反応式及び酸解離平衡式は、それぞれ、式(7)及び式(8)で表される。
【0058】
NH4
+ → H++NH3 ……(7)
【0059】
【0060】
ここで、KAはアンモニアの酸解離乗数、[NH3]は皮膜形成水溶液のアンモニア濃度、及び[NH4
+]は皮膜形成水溶液のアンモニアイオン濃度である。
【0061】
アンモニアの全濃度[NH3]Tは、式(9)で表される。
【0062】
[NH3]T=[NH3]+[NH4
+] ……(9)
水のイオン積KWを、KW=[H+][OH-]として表すと、イオン均衡式は式(10)で表される。なお、[OH-]は水酸化物イオン濃度である。
【0063】
[H+]+[NH4
+]=[OH-]+[HCOO-] ……(10)
式(10)の[NH4
+]、[OH-]、[HCOO-]について、式(5)、式(6)、式(8)、式(9)及び水のイオン積KWの関係を使って整理すると、式(11)が得られる。
【0064】
【0065】
K
F=1.12×10
-4、K
A=2.43×10
-8、及びK
W=5.379×10
-13として、ギ酸全濃度[HCOOH]
Tを800ppm(17.4mmol/L)、皮膜形成水溶液のpHを4.0とした時のアンモニア全濃度[NH
3]
Tを求めると、156ppmとなる。同様に、皮膜形成水溶液のpHが4.0である場合のギ酸全濃度400ppm~1600ppmの範囲におけるアンモニア全濃度[NH
3]
Tを求めた。皮膜形成水溶液のpHが4.0である場合における、ギ酸濃度と求められたアンモニア濃度の関係を
図13に実線で示した。同様に、
図13には、皮膜形成水溶液のpHが3.9の場合におけるギ酸濃度とアンモニア濃度の関係を一点鎖線で、皮膜形成水溶液のpHが4.2の場合におけるギ酸濃度とアンモニア濃度の関係を破線でそれぞれ示している。
図13によれば、pH3.9からpH4.2に必要なギ酸及びアンモニアのそれぞれの濃度は、一点鎖線(pH3.9)と破線(pH4.2)に挟まれた領域の濃度とすればよいことが分かる。
【0066】
以上の検討結果を反映した、本発明の実施例を以下に説明する。
【実施例1】
【0067】
本発明の好適な一実施例である実施例1の原子力プラントの炭素鋼部材へのニッケル金属皮膜と貴金属の付着方法を、
図1、
図2及び
図3を用いて説明する。本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材への貴金属の付着方法は、沸騰水型原子力発電プラント(BWRプラント)の、炭素鋼製の浄化系配管(炭素鋼部材)に適用される。
【0068】
このBWRプラント1の概略構成を、
図2を用いて説明する。BWRプラント1は、原子炉2、タービン9、復水器10、再循環系、原子炉浄化系及び給水系等を備えている。原子炉2は、炉心4を内蔵する原子炉圧力容器(以下、RPVという)3を有し、RPV3内で炉心4を取り囲む炉心シュラウド(図示せず)の外面とRPV3の内面との間に形成される環状のダウンカマ内に複数のジェットポンプ5を設置する。炉心4には多数の燃料集合体(図示せず)が装荷されている。燃料集合体は、核燃料物質で製造された複数の燃料ペレットが充填された複数の燃料棒を含む。
【0069】
再循環系は、ステンレス鋼製の再循環系配管6、及び再循環系配管6に設置された再循環ポンプ7を有する。給水系は、復水器10とRPV3を連絡する給水配管11に、復水ポンプ12、復水浄化装置(例えば、復水脱塩器)13、低圧給水加熱器14、給水ポンプ15及び高圧給水加熱器16を、復水器10からRPV3に向って、この順に設置して構成されている。水素注入装置28は、開閉弁99が設けられた水素注入配管29によって、復水ポンプ12と復水浄化装置13の間で給水配管11に接続される。原子炉浄化系は、再循環系配管6と給水配管11を連絡する浄化系配管18に、浄化系ポンプ19、再生熱交換器20、非再生熱交換器21及び炉水浄化装置22をこの順に設置している。浄化系配管18は、再循環ポンプ7の上流で再循環系配管6に接続される。原子炉2は、原子炉建屋(図示せず)内に配置された原子炉格納容器27内に設置される。そして、酸化剤注入装置25が、開閉弁98が設けられた酸化剤注入配管26によって、浄化系配管18に設置されている弁23と浄化系ポンプ19の間においてできるだけ弁23に近い位置で浄化系配管18に接続される。
【0070】
RPV3内の冷却水(以下、炉水という)は、再循環ポンプ7で昇圧され、再循環系配管6を通ってジェットポンプ5内に噴出される。ダウンカマ内でジェットポンプ5のノズルの周囲に存在する炉水も、ジェットポンプ5内に吸引されて炉心4に供給される。炉心4に供給された炉水は、燃料棒内の核燃料物質の核分裂で発生する熱によって加熱され、加熱された一部の炉水が蒸気になる。この蒸気は、RPV3から主蒸気配管8を通ってタービン9に導かれ、タービン9を回転させる。タービン9に連結された発電機(図示せず)が回転し、電力が発生する。タービン9から排出された蒸気は、復水器10で凝縮されて水になる。この水は、給水として、給水配管11を通りRPV3内に供給される。給水配管11を流れる給水は、復水ポンプ12で昇圧され、復水浄化装置13で不純物が除去され、給水ポンプ15でさらに昇圧される。給水は、低圧給水加熱器14及び高圧給水加熱器16で加熱されてRPV3内に導かれる。抽気配管17でタービン9から抽気された抽気蒸気が、給水の加熱源として、低圧給水加熱器14及び高圧給水加熱器16にそれぞれ供給される。
【0071】
再循環系配管6内を流れる炉水の一部は、浄化系ポンプ19の駆動によって浄化系配管18内に流入し、再生熱交換器20及び非再生熱交換器21で冷却された後、炉水浄化装置22で浄化される。浄化された炉水は、再生熱交換器20で加熱されて浄化系配管18及び給水配管11を経てRPV3に戻される。
【0072】
本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法では、皮膜形成装置30が用いられ、この皮膜形成装置30が、
図2に示すように、BWRプラントの浄化系配管18に接続される。
【0073】
皮膜形成装置30の詳細な構成を、
図3を用いて説明する。
【0074】
皮膜形成装置30は、サージタンク31、循環ポンプ32,33、循環配管34、ニッケルイオン注入装置35、還元剤注入装置40、白金イオン注入装置45、加熱器51、冷却器52、カチオン交換樹脂塔53、混床樹脂塔54、分解装置55、酸化剤供給装置56、エゼクタ61及び緩衝溶液注入装置81を備えている。
【0075】
開閉弁62、循環ポンプ33、弁63,66,69及び74、サージタンク31、循環ポンプ32、弁77及び開閉弁78が、上流よりこの順に循環配管34に設けられている。弁63をバイパスする配管65が循環配管34に接続され、弁64及びフィルタ50が配管65に設置される。弁66をバイパスして両端が循環配管34に接続される配管68には、冷却器52及び弁67が設置される。両端が循環配管34に接続されて弁69をバイパスする配管71に、弁96、カチオン交換樹脂塔53及び弁70及び95が、この順番で、上流より設置される。両端が配管71に接続されてカチオン交換樹脂塔53及び弁70をバイパスする配管73に、混床樹脂塔54及び弁72が設置される。具体的には、配管73の上流端が弁96とカチオン交換樹脂塔53の間で配管71に接続され、配管73の下流端が弁70と弁95の間で配管71に接続される。カチオン交換樹脂塔53は陽イオン交換樹脂を充填しており、混床樹脂塔54は陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂を充填している。
【0076】
弁75及び弁75よりも下流に位置する分解装置55が設置される配管76が、弁72の下流で配管73に接続され、サージタンク31と弁74の間で循環配管34に接続される。分解装置55は、内部に、例えば、ルテニウムを活性炭の表面に添着した活性炭触媒を充填している。サージタンク31が、弁74と循環ポンプ32の間で循環配管34に設置される。加熱器51がサージタンク31内に配置される。弁79及びエゼクタ61が設けられる配管80が、弁77と循環ポンプ32の間で循環配管34に接続され、さらに、サージタンク31に接続されている。再循環系配管6の内面の汚染物を還元溶解するために用いるシュウ酸(還元除染剤)をサージタンク31内に供給するためのホッパ(図示せず)がエゼクタ61に設けられている。
【0077】
ニッケルイオン注入装置35が、薬液タンク36、注入ポンプ37及び注入配管38を有する。薬液タンク36は、注入ポンプ37及び弁39を有する注入配管38によって循環配管34に接続される。ギ酸ニッケル(Ni(HCOO)2・2H2O)を水に溶解して調製したギ酸ニッケル水溶液(ニッケルイオンを含む水溶液)が、薬液タンク36内に充填される。
【0078】
白金イオン注入装置(貴金属イオン注入装置)45が、薬液タンク46、注入ポンプ47及び注入配管48を有する。薬液タンク46は、注入ポンプ47及び弁49を有する注入配管48によって循環配管34に接続される。白金錯体(例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水和物(Na2[Pt(OH)6]・nH2O))を水に溶解して調整した白金イオンを含む水溶液(例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水和物水溶液)が、薬液タンク46内に充填されている。白金イオンを含む水溶液は貴金属イオンを含む水溶液の一種である。貴金属イオンを含む水溶液としては、白金イオンを含む水溶液以外に、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム及びイリジウムのいずれかのイオンを含む水溶液を用いてもよい。
【0079】
還元剤注入装置40が、薬液タンク41、注入ポンプ42及び注入配管43を有する。薬液タンク41は、注入ポンプ42及び弁44を有する注入配管43によって循環配管34に接続される。還元剤であるヒドラジンの水溶液が薬液タンク41内に充填される。還元剤としては、ヒドラジン、ホルムヒドラジン、ヒドラジンカルボアミド及びカルボヒドラジド等のヒドラジン誘導体及びヒドロキシルアミンのいずれかを用いるとよい。
【0080】
緩衝溶液注入装置81が、薬液タンク82、注入ポンプ83及び注入配管84を有する。薬液タンク82は、注入ポンプ83及び弁85を有する注入配管84によって循環配管34に接続される。pH緩衝溶液であるギ酸とアンモニアの混合水溶液が薬液タンク82内に充填される。
【0081】
注入配管38,84、48及び43が、弁77から開閉弁78に向かってその順番で、弁77と開閉弁78の間で循環配管34に接続される。
【0082】
酸化剤供給装置56が、薬液タンク57、供給ポンプ58及び供給配管59を有する。薬液タンク57は、供給ポンプ58及び弁60を有する供給配管59によって弁75よりも上流で配管76に接続される。酸化剤である過酸化水素が薬液タンク57内に充填される。酸化剤としては、オゾン、または酸素を溶解した水を用いてもよい。
【0083】
pH計97が、注入配管43と循環配管34の接続点と開閉弁78の間で循環配管34に取り付けられる。
【0084】
BWRプラント1は、1つの運転サイクルでの運転が終了した後に停止される。この運転停止後に、炉心4に装荷されている燃料集合体の一部が使用済燃料集合体として取り出され、燃焼度0GWd/tの新しい燃料集合体が炉心4に装荷される。このような燃料交換が終了した後、BWRプラント1が、次の運転サイクルでの運転のために再起動される。燃料交換のためにBWRプラント1が停止されている期間を利用して、BWRプラント1の保守点検が行われる。
【0085】
上記のようにBWRプラント1の運転が停止されている期間中において、BWRプラント1における炭素鋼部材の一つである、RPV3に連絡される炭素鋼製の配管系、例えば、浄化系配管18を対象にした、本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種付着抑制方法が実施される。この方法では、まず、化学除染によって、放射性核種を取り込んだ酸化皮膜を浄化系配管18の内面から取り除き、化学除染を実施した浄化系配管18の内面にニッケル金属皮膜を形成し、そして、形成されたニッケル金属皮膜の表面に貴金属、例えば、白金を付着させ、その後、白金が付着したニッケル金属皮膜が安定なニッケルフェライト皮膜に変換される。
【0086】
本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法を、
図1に示す手順に基づいて以下に説明する。本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種付着抑制方法では、ニッケル金属皮膜の形成及びこのニッケル金属皮膜への貴金属の付着について、皮膜形成装置30が用いられる。
【0087】
まず、皮膜形成対象の炭素鋼製の配管系に、皮膜形成装置を接続する(ステップS1)。BWRプラント1の運転が停止されているときに、例えば、再循環系配管6に接続されている浄化系配管18に設けられた弁23のボンネットを開放して再循環系配管6側を封鎖する。皮膜形成装置30の循環配管34の開閉弁78側の一端部が弁23のフランジに接続され、循環配管34の一端部が浄化系ポンプ19の上流側で浄化系配管18に接続される。他方、再生熱交換器20と非再生熱交換器21の間で浄化系配管18に設置されている弁24のボンネットを開放して非再生熱交換器21側を封鎖する。循環配管34の開閉弁62側の他端部が弁24のフランジに接続され、循環配管34の他端部が再生熱交換器20の下流側で浄化系配管18に接続される。循環配管34の両端が浄化系配管18に接続され、浄化系配管18及び循環配管34を含む閉ループが形成される。
【0088】
皮膜形成対象の炭素鋼製の配管系に対する化学除染を実施する(ステップS2)。前の運転サイクルでの運転を経験したBWRプラント1では、放射性核種を含む酸化皮膜が、RPV3から排出された炉水と接触する浄化系配管18の内面に形成されている。後述のニッケル金属皮膜を浄化系配管18の内面に形成する前に、その内面から放射性核種を含む酸化皮膜を除去することが好ましい。この酸化皮膜の除去は、ニッケル金属皮膜と浄化系配管18の内面の密着性を向上させることにもつながる。この酸化皮膜を除去するために、化学除染、特に、還元除染剤であるシュウ酸を含む還元除染液を用いた還元除染が、浄化系配管18の内面に対して実施される。
【0089】
ステップS2において、浄化系配管18の内面に対して適用される化学除染は、特開2000-105295号公報に記載された公知の還元除染である。炭素鋼製の浄化系配管18に対しては、酸化除染は実施されない。化学除染工程のうち、ニッケル金属皮膜及び貴金属付着工程が行われる直前の還元除染について説明する。
【0090】
まず、開閉弁62,弁63,66,69,74及び77、及び開閉弁78をそれぞれ開き、他の弁を閉じた状態で、循環ポンプ32及び33を駆動する。これにより、浄化系配管18内にサージタンク31内で加熱器51により加熱された水が、循環配管34及び浄化系配管18によって形成される閉ループ内を循環する。循環する水は、加熱器51により90℃に調節される。この水の温度が90℃になったとき、弁79を開いて循環配管34内を流れる一部の水を配管80内に導く。ホッパ及びエゼクタ61から配管80内に供給された所定量のシュウ酸が、配管80内を流れる水によりサージタンク31内に導かる。このシュウ酸がサージタンク31内で水に溶解し、シュウ酸水溶液(還元除染液)がサージタンク31内で生成される。
【0091】
このシュウ酸水溶液は、循環ポンプ32の駆動によってサージタンク31から循環配管34に排出される。還元剤注入装置40の薬液タンク41内のヒドラジン水溶液が、弁44を開いて注入ポンプ42を駆動することにより、注入配管43を通して循環配管34内のシュウ酸水溶液に注入される。pH計97で測定されたシュウ酸水溶液のpH値に基づいて注入ポンプ42(または弁44の開度)を制御して循環配管34内へのヒドラジン水溶液の注入量を調節することにより、浄化系配管18に供給されるシュウ酸水溶液のpHが2.5に調節される。本実施例では、浄化系配管18の内面にニッケル金属を付着させるとき、及びそのニッケル金属の皮膜の上に貴金属、例えば、白金を付着させるときに用いる還元剤であるヒドラジンが、還元除染の工程ではシュウ酸水溶液のpHを調整するpH調整剤として用いられる。
【0092】
pHが2.5で90℃の、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液(還元除染水溶液)が、循環配管34から浄化系配管18に供給され、浄化系配管18の内面に形成された、放射性核種を含む酸化皮膜に接触する。この酸化皮膜は、シュウ酸によって溶解される。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、酸化皮膜を溶解しながら浄化系配管18内を流れ、浄化系ポンプ19及び再生熱交換器20を通過して循環配管34に戻される。循環配管34に戻されたヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、開閉弁62を通って循環ポンプ33で昇圧され、弁63、66、69及び74を通過してサージタンク31に達する。このように、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を循環し、浄化系配管18の内面の還元除染を実施してその内面に形成された酸化皮膜を溶解する。
【0093】
酸化皮膜の溶解に伴って、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液の放射性核種濃度及びFe濃度が上昇する。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に含まれる放射性核種の濃度及びFeの濃度の上昇を抑えるために、カチオン交換樹脂塔53が使用される。すなわち、弁70,95及び96を開いて弁69の開度を調節することにより、浄化系配管18から循環配管34に戻されたヒドラジンを含むシュウ酸水溶液の一部が、配管71を通ってカチオン交換樹脂塔53に導かれる。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に含まれた放射性核種及びFe等の金属陽イオンは、カチオン交換樹脂塔53内の陽イオン交換樹脂に吸着されて除去される。カチオン交換樹脂塔53から排出されたヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、弁95を通過して、弁69を通過したヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に混合される。混合されたこれらのシュウ酸水溶液は、循環配管34から浄化系配管18に再び供給され、浄化系配管18の還元除染に用いられる。なお、カチオン交換樹脂はヒドラジンプレークした樹脂を使用している。
【0094】
シュウ酸を用いた、炭素鋼部材(例えば、浄化系配管18)の表面に対する還元除染では、炭素鋼部材の表面に難溶解性のシュウ酸鉄(II)が形成され、このシュウ酸鉄(II)により、炭素鋼部材の表面に形成された放射性核種を含む酸化皮膜のシュウ酸による溶解が抑制される場合がある。この場合には、弁69を全開にし、弁70を閉じてヒドラジンを含むシュウ酸水溶液のカチオン交換樹脂塔53への供給を停止し、酸化剤である過酸化水素を、循環配管34内を流れるヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に注入する。この過酸化水素のヒドラジンを含むシュウ酸水溶液への注入は、弁60を開いて供給ポンプ58を起動し、薬液タンク57内の過酸化水素を供給配管59及び配管76及び71等を通して循環配管34内を流れているヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に供給する。このとき、弁72及び75は閉じている。過酸化水素及びヒドラジンを含むシュウ酸水溶液が循環配管34から浄化系配管18内に導かれ、浄化系配管18の内面に形成されたシュウ酸鉄(II)に含まれるFe(II)が、そのシュウ酸水溶液に含まれる過酸化水素の作用により、Fe(III)に酸化され、そのシュウ酸鉄(II)がシュウ酸鉄(III)錯体としてヒドラジンを含むシュウ酸水溶液中に溶解する。すなわち、シュウ酸鉄(II)、及びシュウ酸水溶液に含まれる過酸化水素及びシュウ酸が、下記の式(12)に示す反応により、シュウ酸鉄(III)錯体、水及び水素イオンを生成する。
【0095】
2Fe(COO)2+H2O2+2(COOH)2 →
2Fe[(COO)2]2
-+2H2O+2H+ …(12)
浄化系配管18の内面に形成されたシュウ酸鉄(II)が溶解され、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に注入した過酸化水素が式(12)の反応によって消失したことが確認された後、弁70を開いて弁69の開度を調節し、循環配管34内を流れて弁66を通過したヒドラジンを含むシュウ酸水溶液の一部を、配管71を通してカチオン交換樹脂塔53に供給する。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に含まれる放射性核種等の金属陽イオンが、カチオン交換樹脂塔53内の陽イオン交換樹脂に吸着されて除去される。なお、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液内の過酸化水素の消失は、循環配管34からサンプリングしたシュウ酸水溶液に過酸化水素に反応する試験紙を浸漬し、試験紙に現れる色を見ることによって確認できる。
【0096】
浄化系配管18の、還元除染箇所の線量率が設定線量率まで低下したとき、または、浄化系配管18の還元除染時間が所定の時間に達したとき、シュウ酸水溶液に含まれるシュウ酸及びヒドラジンを分解する。すなわち、還元除染剤分解工程が実施される。なお、還元除染箇所の線量率が設定線量率まで低下したことは、浄化系配管18の還元除染箇所からの放射線を検出する放射線検出器の出力信号に基づいて求められた線量率により確認することができる。
【0097】
シュウ酸水溶液に含まれるシュウ酸及びヒドラジンの分解は、以下のようにして行われる。弁75を開いて弁69の開度を一部減少させ、カチオン交換樹脂塔53内を流れて弁70を通過した、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、弁75を通して配管76により分解装置55に供給される。このとき、弁95は閉じており、弁96は開いている。さらに、弁60を開いて供給ポンプ58を駆動することにより、薬液タンク57内の過酸化水素が、供給配管59を通して配管76に供給され、分解装置55内に流入する。シュウ酸水溶液に含まれるシュウ酸及びヒドラジンは、分解装置55内で、活性炭触媒及び供給された過酸化水素の作用により分解される。分解装置55内でのシュウ酸及びヒドラジンの分解反応は、式(13)及び式(14)で表される。
【0098】
(COOH)2+H2O2 → 2CO2+2H2O ……(13)
N2H4+2H2O2 → N2+4H2O ……(14)
シュウ酸及びヒドラジンの分解装置55内での分解は、シュウ酸水溶液を循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を循環させながら行われる。供給した過酸化水素がシュウ酸及びヒドラジンの分解のために分解装置55で完全に消費されて分解装置55から流出しないように、薬液タンク57から分解装置55への過酸化水素の供給量を、供給ポンプ58の回転速度を制御して調節する。
【0099】
還元除染剤分解工程においても、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液中にシュウ酸が存在すると、このシュウ酸水溶液と接触する、炭素鋼部材である浄化系配管18の内面に、シュウ酸鉄(II)が形成される可能性がある。そこで、シュウ酸水溶液に含まれるシュウ酸及びヒドラジンの分解がある程度進んだ段階で、供給ポンプ58の回転速度を増大させ、分解装置55から過酸化水素が流出するように、薬液タンク57から分解装置55への過酸化水素の供給量を増加させる。その際、カチオン交換樹脂塔53に過酸化水素が流入しないように弁96及び弁70は閉じる。
【0100】
分解装置55から排出された、過酸化水素及びヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、循環配管34から浄化系配管18に導かれる。炭素鋼部材である浄化系配管18の内面に形成されたシュウ酸鉄(II)は、前述したように、その過酸化水素の作用によりシュウ酸鉄(III)錯体になりヒドラジンを含むシュウ酸水溶液中に溶解する。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液中のシュウ酸等の分解が進んでいるため、シュウ酸鉄(II)に含まれるFe(II)を溶解しやすいFe(III)に変換するシュウ酸が不足し、循環配管34の内面にFe(OH)3が析出しやすくなる。このため、Fe(OH)3の析出を抑制するため、シュウ酸水溶液にギ酸を注入する。ギ酸の注入は、例えば、弁79を開いて配管80内にシュウ酸水溶液が流れている状態で前述のホッパ及びエゼクタ61からギ酸をそのシュウ酸水溶液に供給してサージタンク31に導くことにより行われる。供給されたギ酸は、シュウ酸水溶液に混合される。
【0101】
供給されたギ酸を含むヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、濃度の低下したシュウ酸及びヒドラジンに加え、分解装置55から排出された過酸化水素を含んでいる。このギ酸及び過酸化水素を含むヒドラジンを含むシュウ酸水溶液は、浄化系配管18に供給される。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液に含まれる過酸化水素は浄化系配管18内面に析出したシュウ酸鉄(II)を溶解し、ギ酸はFe(OH)3を溶解する。このシュウ酸水溶液は、循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループを循環するため、シュウ酸及びヒドラジンの分解も、分解装置55内で継続される。
【0102】
次に、シュウ酸及びヒドラジンの分解工程を終了するため、循環配管34内を流れるヒドラジンを含むシュウ酸水溶液の過酸化水素濃度を低下させてカチオン交換樹脂塔53にシュウ酸水溶液を供給する。このため、弁60を閉じて、ギ酸の注入を停止するために弁79を閉じる。循環配管34内を流れるシュウ酸水溶液への過酸化水素及びギ酸の注入が停止されると、ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液中のこれらの濃度も低下する。ヒドラジンを含むシュウ酸水溶液の過酸化水素濃度が1ppm以下になったとき、弁96、弁70を開いて弁69の開度を低減させ、カチオン交換樹脂塔53にシュウ酸水溶液を供給する。シュウ酸水溶液に含まれる金属陽イオンは、前述したように、カチオン交換樹脂塔53内の陽イオン交換樹脂で除去され、シュウ酸水溶液の金属陽イオン濃度が低下する。分解装置55内でシュウ酸、ヒドラジン及びギ酸の分解は継続される。シュウ酸、ヒドラジン及びギ酸のうちでは、ヒドラジンが先に分解され、次いでシュウ酸が分解され、ギ酸が最後に残る。この状態でシュウ酸及びヒドラジンの分解工程を終了する。
【0103】
以上に述べた化学除染が終了したとき、浄化系配管18は、浄化系配管18の内面から放射性核種を含む酸化皮膜が除去されて
図4に示す状態になっており、浄化系配管18の内面が前述した残存するギ酸を含む水溶液に接触している。
【0104】
皮膜形成液の温度調整を行う(ステップS3)。弁69及び74を開けて弁96、弁70及び75を閉じる。循環ポンプ32及び33が駆動しているので、残存するギ酸を含む水溶液が循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を循環する。そのギ酸を含む水溶液が、加熱器51によって90℃まで加熱される。このギ酸水溶液(後述の皮膜形成水溶液)の温度は、60℃~100℃(60℃以上100℃以下)の範囲にすることが望ましい。さらに、弁64を開いて弁63を閉じる。これらの弁操作により、循環配管34内を流れているギ酸水溶液がフィルタ50に供給され、ギ酸水溶液に残留している微細な固形分がフィルタ50によって除去される。微細な固形分をフィルタ50によって除去しない場合には、浄化系配管18の内面に後述のニッケル金属皮膜を形成する際に、ニッケルギ酸水溶液を循環配管34に注入したとき、その固形物の表面にもニッケル金属皮膜が形成され、注入したニッケルイオンが余分に消費される。フィルタ50へのギ酸水溶液の供給は、このようなニッケルイオンの余分な消費を防止するためである。
pH緩衝溶液を注入する(ステップS4)。弁63を開いて弁64を閉じ、フィルタ50への通水を停止する。pH緩衝溶液注入装置81の弁85を開いて注入ポンプ83を駆動し、薬液タンク82内のpH緩衝溶液、具体的には、ギ酸及びアンモニアの混合水溶液を、注入配管84を通して循環配管34を流れる残存するギ酸を含む90℃の水溶液に注入される。注入されるギ酸及びアンモニアの各濃度は、例えば、800ppm及び156ppmである。pH緩衝溶液の注入により、循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を流れるギ酸及びアンモニアを含む水溶液のpHは、3.9以上4.2以下の範囲内の、例えば、4.0になり、4.0に保たれる。循環するギ酸及びアンモニアを含む水溶液(後述の皮膜形成水溶液)のpHは、薬液タンク82に供給する前にpH緩衝溶液に含まれるギ酸及びアンモニアの混合比率を予め変えることによって、3.9以上4.2以下のpHの範囲内で調節することが可能である。
【0105】
ニッケルイオン水溶液を注入する(ステップS5)。ニッケルイオン注入装置35の弁39を開いて注入ポンプ37を駆動し、薬液タンク36内のギ酸ニッケル水溶液を、注入配管38を通して循環配管34内を流れる、ギ酸及びアンモニアを含む90℃の水溶液に注入する。注入されるギ酸ニッケル水溶液のニッケルイオン濃度は、例えば、200ppmである。ステップS4においてギ酸及びアンモニアを含む90℃の水溶液のpHは4.0で緩衝されるので、ギ酸ニッケル水溶液の注入によって生成されるニッケルイオン、ギ酸及びアンモニアを含む90℃の水溶液(皮膜形成水溶液(皮膜形成液))のpHは、4.0からほとんど変動しない。
【0106】
この90℃の皮膜形成水溶液は、循環配管34から浄化系配管18に供給され、浄化系配管18の内面に接触する。その90℃でpH4.0の皮膜形成水溶液89が浄化系配管18の内面に接触することによって、浄化系配管18に含まれる鉄と皮膜形成水溶液89に含まれるニッケルイオンとの間で置換めっき反応が生じ、浄化系配管18の内面にニッケル金属皮膜86が形成される(
図5参照)。この置換メッキ反応について具体的に説明する。浄化系配管18に含まれる鉄が鉄(II)イオンとなってその内面に接触する皮膜形成水溶液89中に溶出する。皮膜形成水溶液89に含まれるニッケルイオンは、溶出する鉄(II)イオンとの置換によって浄化系配管18の内面に取り込まれ、鉄(II)イオンの溶出に伴って発生した電子により還元されてニッケル金属になる。このため、浄化系配管18の内面に前述のニッケル金属皮膜86が形成される。
【0107】
このような置換めっき反応を進める時間を確保するため、例えばギ酸ニッケル水溶液注入開始後、次の工程(ステップS6における還元剤注入工程)を実施するまで、60分の反応時間を設ける。この60分間では、皮膜形成水溶液89は、還元剤を含んでいない。このため、ギ酸ニッケル水溶液の注入開始から後述のステップS6の工程による還元剤注入開始までの60分間では、浄化系配管18の内面に取り込まれたニッケルイオンは、還元剤ではなく、電子によって還元されてニッケル金属になる。やがて、電子によって還元されてニッケル金属により、浄化系配管18の内面全体を覆うニッケル金属皮膜86が形成され、浄化系配管18から皮膜形成水溶液89への鉄(II)イオンの溶出が止まる。
【0108】
還元剤を注入する(ステップS6)。ギ酸ニッケル水溶液の注入開始から60分が経過したとき、還元剤注入装置40の弁44を開いて注入ポンプ42を駆動し、薬液タンク41内の還元剤であるヒドラジンの水溶液を、注入配管43を通して循環配管34内を流れる、ニッケルイオン、ギ酸及びアンモニアを含み90℃の皮膜形成水溶液に注入される。注入されるヒドラジン水溶液のヒドラジン濃度は、例えば、200ppmである。ニッケルイオン、ギ酸、アンモニア及びヒドラジンを含む90℃の水溶液、すなわち、皮膜形成水溶液(皮膜形成液)89は、循環配管34から浄化系配管18に供給される。この皮膜形成水溶液89が、浄化系配管18の内面、具体的には、ステップS5の工程において電子の還元作用により浄化系配管18の内面全体を覆って形成されたニッケル金属皮膜86の表面に接触することにより、このニッケル金属皮膜86の表面に吸着されたニッケルイオンは、電子による還元作用ではなく、皮膜形成水溶液89に含まれるヒドラジンの還元作用によりニッケル金属となる。このため、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86の厚みが増大する。還元剤であるヒドラジンの注入により皮膜形成水溶液89のpHが7等に大きくなると、ニッケル金属皮膜86の表面に吸着されるニッケルイオンの量が増大し、ヒドラジンの作用により生成されるニッケル金属の量が増大する。
【0109】
浄化系配管18から循環配管34に排出された皮膜形成水溶液89は、循環ポンプ33及び32で昇圧され、ニッケルイオン注入装置35からのギ酸ニッケル水溶液及び還元剤注入装置40からのヒドラジン水溶液をそれぞれ注入して、再び、浄化系配管18に導かれる。このように、皮膜形成水溶液89を、循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を循環させることによって、やがて、浄化系配管18の、皮膜形成水溶液89と接触する内面全体が、均一な設定厚みのニッケル金属皮膜86で覆われる。このとき、浄化系配管18の内面に存在するニッケル金属は、例えば1平方センチメートル当たり50μgから300μg(50μg/cm2以上300μg/cm2以下)の範囲となる。なお、浄化系配管18の該当する内面全体を覆うニッケル金属皮膜86の1平方センチメートル当たりの量は、その内面と接触する皮膜形成水溶液89の温度によって異なる。皮膜形成水溶液89の温度が60℃の場合には、その量は50μg/cm2であり、皮膜形成水溶液89の温度が90℃である本実施例では、その量は250μg/cm2である。
【0110】
ニッケル金属皮膜の形成が完了したかを判定する(ステップS7)。浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86が不十分な場合(その内面に存在するニッケル金属が250μg/cm2未満の場合)には、ステップS5~S7の各工程が繰り返される。浄化系配管18の内面に存在するニッケル金属が、250μg/cm2になったとき、注入ポンプ37を停止して弁39を閉じて循環配管34へのギ酸ニッケル水溶液の注入を停止すると共に注入ポンプ42を停止して弁44を閉じて循環配管34へのヒドラジン水溶液の注入を停止し、浄化系配管18の内面へのニッケル金属皮膜86の形成を終了する。ギ酸ニッケル水溶液を循環配管34に注入してからの経過時間が設定時間になったとき、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86に含まれるニッケル金属が250μg/cm2になったと判定する。その設定時間は、炭素鋼試験片の表面のニッケル金属が250μg/cm2になるまでの時間を予め測定することによって求められる。
【0111】
ギ酸、還元剤を分解する(ステップS8)。弁96、弁70を開いて弁69の開度の一部を閉じ、ニッケルイオン、ギ酸、アンモニア及びヒドラジンを含む皮膜形成水溶液89の一部を、配管71を通してカチオン交換樹脂塔53に導く。さらに、弁95を閉じたままにしておき、弁75を開いてカチオン交換樹脂塔53から出てくるニッケルイオン及びアンモニアが除去された皮膜形成水溶液89を、配管76を通して分解装置55に導く。さらに、薬液タンク57内の過酸化水素を供給配管59及び配管76を通して分解装置55に供給する。皮膜形成水溶液89に含まれる、ギ酸、還元剤であるヒドラジンは、分解装置55内で、活性炭触媒及び過酸化水素の作用により、二酸化炭素、窒素及び水に分解される。
【0112】
ニッケルイオン及びアンモニアが除去され、ギ酸及び還元剤が分解された皮膜形成水溶液を浄化する(ステップS9)。ギ酸及びヒドラジン(還元剤)が分解された後、弁69を開いて弁96、弁70、弁75を閉じて皮膜形成水溶液89のカチオン交換樹脂塔53及び分解装置55への供給を停止し、弁67を開いて弁66の開度の一部を閉じ、弁72及び95を開く。このとき、弁69は閉じており、循環ポンプ33及び32は駆動している。浄化系配管18から循環配管34に戻されたニッケルイオンとアンモニアが浄化されヒドラジンとギ酸が分解された皮膜形成水溶液89は、冷却器52で60℃になるまで冷却される。さらに、冷却器52から排出された60℃の皮膜形成水溶液が混床樹脂塔54に導かれ、この皮膜形成水溶液89に残留しているニッケルイオン、他の陽イオン及び陰イオンが、混床樹脂塔54内の陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂に吸着されて除去される(第1浄化工程)。60℃に冷却された皮膜形成水溶液を、上記の各イオンが実質的になくなるまで、循環配管34及び浄化系配管18を循環させる。各イオンが実質的になくなった皮膜形成水溶液は、実質的に60℃の水である。浄化終了後、弁66を開いて弁67、弁72、弁95を閉じる。
【0113】
次のステップS10の工程におけるニッケル金属皮膜86の表面への白金の付着を容易にするため、循環するその60℃の水に、浄化後も僅かに残存するFe3+イオンの水酸化鉄(III)形成による析出を抑制する目的でアンモニアを注入する。循環配管34内を流れる60℃の水の一部を、弁79を開いて配管80を通してエゼクタ61に導き、ホッパ(図示せず)からエゼクタ61により吸い込むアンモニア水を、配管80内を流れるその水に混入する。アンモニアが混入された水は、サージタンク31に導かれる。所定量のアンモニア、例えば、50ppm分のアンモニアがその水に混入されたところで、弁79を閉じてアンモニアの混入を終了する。
【0114】
白金イオン水溶液を注入する(ステップS10)。白金イオン注入装置45の弁49を開いて注入ポンプ47を駆動する。循環配管34内を流れる水は、加熱器51による加熱により60℃に保たれる。循環配管34内を流れる60℃のアンモニアを含む水に、注入配管48を通して薬液タンク46内の白金イオンを含む水溶液(例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水和物(Na2[Pt(OH)6]・nH2O)の水溶液)が注入される。注入されるこの水溶液の白金イオンの濃度は、例えば、1ppmである。ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水和物の水溶液内では、白金がイオン状態になっている。60℃のアンモニア及び白金イオンを含む水溶液が、循環配管34から浄化系配管18に供給され、浄化系配管18から循環配管34に戻される。その白金イオンを含む水溶液は、循環配管34及び浄化系配管18を含む閉ループ内を循環する。
【0115】
注入開始直後において、薬液タンク46から循環配管34と注入配管48の接続点を通して循環配管34に注入される、Na2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液のその接続点での白金濃度が、設定濃度、例えば、1ppmとなるように、予め、Na2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液の循環配管34への注入速度を計算し、さらに、循環配管34内を流れる60℃のアンモニアを含む水の白金イオンをその設定濃度にして、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜表面に所定量の白金を付着させるのに必要な、薬液タンク46に充填するNa2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液の量を計算し、計算されたNa2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液の量を薬液タンク46に充填する。計算されたNa2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液の循環配管34への注入速度に合わせて注入ポンプ47の回転速度を制御し、薬液タンク46内のNa2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液を循環配管34内に注入する。
【0116】
還元剤を注入する(ステップS11)。還元剤注入装置40の弁44を開いて注入ポンプ42を駆動し、薬液タンク41内の還元剤であるヒドラジンの水溶液を、注入配管43を通して循環配管34内を流れる、白金イオンを含む60℃の水溶液に注入する。注入されるヒドラジン水溶液のヒドラジン濃度は、例えば、100ppmである。
【0117】
ヒドラジン水溶液は、60℃のNa
2[Pt(OH)
6]・nH
2Oの水溶液がヒドラジン水溶液の注入点である注入配管43と循環配管34の接続点に到達した以降に循環配管34に注入される。この場合には、白金イオン、ヒドラジンを含み60℃の水溶液が、循環配管34から浄化系配管18に供給される。しかし、より好ましくは、薬液タンク46内に充填された所定量のNa
2[Pt(OH)
6]・nH
2Oの水溶液を全て循環配管34内に注入し終わった直後にヒドラジン水溶液を循環配管34に注入することが望ましい。この場合には、白金イオンを含む60℃の水溶液が循環配管34から浄化系配管18に供給され、白金イオン水溶液の循環配管34への注入が終了した後では、白金イオン及びヒドラジンを含み60℃の水溶液90(
図6参照)が循環配管34から浄化系配管18に供給される。
【0118】
前者のヒドラジン水溶液の注入の場合には、ヒドラジンにより白金イオンを白金にする還元反応が、最初に、循環配管34内を流れる、ヒドラジン及び白金イオンを含む水溶液内で生じるのに対して、後者のヒドラジン水溶液の注入の場合には、既に、白金イオンが浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86の表面に吸着されており、この吸着された白金イオンがヒドラジンにより還元されるので、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86表面への白金87の付着量がさらに増加する(
図6参照)。
【0119】
ヒドラジン水溶液の注入開始直後において、薬液タンク41から循環配管34と注入配管43の接続点を通して注入されるヒドラジン水溶液のその接続点でのヒドラジン濃度が、設定濃度、例えば、100ppmとなるように、予め、ヒドラジン水溶液の循環配管34への注入速度を計算し、さらに、循環配管34内を流れる60℃の白金イオンを含む水溶液90内のヒドラジンをその設定濃度にして、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86表面に吸着された白金イオンを白金87に還元するために必要な、薬液タンク41に充填するヒドラジン水溶液の量を計算し、計算されたヒドラジン水溶液の量を薬液タンク41に充填する。計算されたヒドラジン水溶液の循環配管34への注入速度に合わせて注入ポンプ42の回転速度を制御し、薬液タンク41内のヒドラジン水溶液を循環配管34内に注入する。
【0120】
なお、薬液タンク46内のNa2[Pt(OH)6]・nH2Oの水溶液(白金イオンを含む水溶液)が、全量、循環配管34に注入されたとき、注入ポンプ47の駆動を停止して弁49を閉じる。これにより、白金イオンを含む水溶液の循環配管34への注入が停止される。また、薬液タンク41内のヒドラジン水溶液(還元剤水溶液)が、全量、循環配管34に注入されたとき、注入ポンプ42の駆動を停止して弁44を閉じる。これにより、ヒドラジン水溶液の循環配管34への注入が停止される。
【0121】
ニッケル金属皮膜86表面に吸着した白金イオンが注入されたヒドラジンによって還元されて白金87となるため、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86表面に白金87が付着する(
図6参照)。この白金付着工程において、炭素鋼配管表面にはニッケル金属皮膜86が既に形成されているため、下地の鉄の溶出が抑制されるので白金がニッケル金属皮膜86の表面に付着し易くなる。
【0122】
白金の付着が完了したかを判定する(ステップS12)。白金イオン水溶液及び還元剤水溶液の注入からの経過時間が所定時間になったとき、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86表面への所定量の白金87の付着が完了したと判定する。その経過時間が所定時間に到達しないときには、ステップS10~S12の各工程が繰り返される。
【0123】
浄化系配管及び循環配管内に残留する水溶液を浄化する(ステップS13)。浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86表面への白金87の付着作業が完了したと判定された後、弁96、弁72、弁95を開いて弁69の開度の一部を閉じ、循環ポンプ33で昇圧された、白金イオン、アンモニア及びヒドラジンを含む60℃の水溶液を、混床樹脂塔54に供給する。その水溶液に含まれる白金イオン、他の金属陽イオン(例えば、ナトリウムイオン)、アンモニア、ヒドラジン及びOH基が、混床樹脂塔54内のイオン交換樹脂に吸着し、その水溶液から除去される(第2浄化工程)。
【0124】
廃液を処理する(ステップS14)。第2浄化工程が終了した後、ポンプ(図示せず)を有する高圧ホース(図示せず)により循環配管34と廃液処理装置(図示せず)を接続する。第2浄化工程の終了後に、浄化系配管18及び循環配管34内に存在する、放射性廃液である水溶液は、そのポンプを駆動することによって循環配管34から高圧ホースを通して廃液処理装置(図示せず)に排出され、廃液処理装置で処理される。浄化系配管18及び循環配管34内の水溶液が排出された後、洗浄水を浄化系配管18及び循環配管34内に供給し、循環ポンプ32,33を駆動してこれらの配管内を洗浄する。洗浄終了後、浄化系配管18及び循環配管34内の洗浄水を、上記した廃液処理装置に排出する。
【0125】
以上により、本実施例の原子力プラントの炭素鋼部材へのニッケルフェライト皮膜への転換に必要なニッケル金属と貴金属の付着が終了する。そして、浄化系配管18に接続された皮膜形成装置30を浄化系配管18から取り外し、浄化系配管18を復旧させる(ステップS15)。
【0126】
原子力プラントを起動させる(ステップS16)。燃料交換が終了してBWRプラント1の保守点検が終了した後、次の運転サイクルでの運転に入るために、白金87を付着したニッケル金属皮膜86が内面に形成された浄化系配管18を有するBWRプラント1が起動される。
【0127】
130℃以上の330℃の範囲内の温度の炉水を白金が付着されたニッケル金属皮膜に接触させる(ステップS17)。BWRプラント1が起動されたとき、RPV3内の炉水は、再循環ポンプ7で昇圧され、再循環系配管6を通ってジェットポンプ5内に噴出される。ダウンカマ内でジェットポンプ5のノズルの周囲に存在する炉水も、ジェットポンプ5内に吸引されて炉心4に供給される。炉心から吐出された炉水は、ダウンカマ内に戻される。炉心4から制御棒(図示せず)が引き抜かれて炉心4が未臨界状態から臨界状態になり、さらなる制御棒の引き抜きによって、やがて、炉心4内の炉水が燃料棒内の核燃料物質の核分裂で生じる熱で加熱される(核加熱)。炉心4では蒸気が発生せず、まだ、タービン9には蒸気が供給されていない。さらに、制御棒が炉心4から引き抜かれ、原子炉2の昇温昇圧工程において、RPV3内の圧力が定格圧力まで上昇され、その核分裂で生じる熱によって炉水が加熱されてRPV3内の炉水の温度が定格温度(280℃)まで上昇される。RPV3内の圧力が定格圧力になり、炉水温度が定格温度に上昇した後、炉心4からの制御棒の引き抜き、及び炉心4に供給される炉水の流量増加により、原子炉出力が定格出力(100%出力)まで上昇される。定格出力を維持した、BWRプラント1の定格運転が、その運転サイクルの終了まで継続される。原子炉出力が、例えば、10%出力まで上昇したとき、炉心4で発生した蒸気が主蒸気配管8を通してタービン9に供給されて発電が開始され、これ以降、BWRプラント1の運転が終了するまで、発電が継続される。
【0128】
炉水91には、酸素及び過酸化水素が含まれている。酸素及び過酸化水素は、RPV3内で炉水91の放射線分解により生成される。RPV3内の炉水91は、再循環系配管6から浄化系配管18内に導かれ、浄化系配管18の内面に形成されている、白金87が付着したニッケル金属皮膜86に接触する(
図7参照)。原子炉2の昇温昇圧工程において、前述の核分裂で生じる熱による炉水の加熱により、このニッケル金属皮膜86に接触する炉水91の温度は上昇し、やがて、130℃以上になり、280℃まで上昇する。炉水91の温度が130℃以上になると、内面に形成されたニッケル金属皮膜86、及び保温材で取り囲まれている浄化系配管18のそれぞれの温度も130℃以上になる。本実施例では、130℃以上330℃以下の温度範囲内である130℃以上280℃以下の温度範囲内の温度の炉水が、白金87が付着したニッケル金属皮膜86に接触される。
【0129】
この結果、炉水91に含まれる酸素がニッケル金属皮膜86内に移行し、浄化系配管18に含まれるFeがFe
2+となってニッケル金属皮膜86内に移行し(
図9参照)、ニッケル金属皮膜86に付着した白金87の作用、及び約130℃以上の高温環境の形成により、後述のステップS18の工程で説明するように、浄化系配管18等の腐食電位が0mV~+200mVの範囲内の腐食電位になる状態で、ニッケル金属皮膜86内に、Ni
1-xFe
2+xO
4において、例えば、xが0である安定なニッケルフェライト(NiFe
2O
4)が生成される。
【0130】
炉水に酸化剤を注入する(ステップS18)。BWRプラント1の起動後、核加熱開始時点で、浄化系配管18内を流れる炉水91に酸化剤、例えば、酸素を注入し始める。核加熱により炉水91の温度が130℃以上になった場合にも、その炉水91に酸素が注入される。酸化剤としては、酸素の代りに過酸化水素を用いてもよい。酸化剤注入配管26に設けられて開閉弁98を開くことにより、酸素は、酸化剤注入装置25から酸化剤注入配管26を通して浄化系配管18に供給される。注入された酸素を含む腐食環境形成水質の炉水91が、浄化系配管18の内面に形成された、白金87を付着したニッケル金属皮膜86の表面に接触する(
図9参照)。浄化系配管18内を流れて酸素が注入された炉水91の酸素濃度は、そのニッケル金属皮膜86が内面に形成された浄化系配管18の腐食電位を、0mV~+200mV(0mV以上+200mV以下)の高腐食電位に維持できる濃度とする。この結果、浄化系配管18、及び浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86の腐食電位も、0mV~+200mVの高腐食電位に維持される。
【0131】
浄化系配管18、及びその内面に形成されたニッケル金属皮膜86の腐食電位が0mV~+200mVの範囲内の腐食電位に維持されて、130℃以上の温度の炉水91と接触している状態で、炉水91からニッケル金属皮膜86内に移行した酸素、浄化系配管18からニッケル金属皮膜86内に移行したFe
2+、及びニッケル金属皮膜86に含まれるニッケルによる安定なニッケルフェライト生成反応が、ニッケル金属皮膜86に付着した白金87の触媒作用によって促進され、ニッケル金属皮膜86に含まれる一部のニッケル金属が、Ni
1-xFe
2+xO
4において、例えば、xが0である安定なニッケルフェライト(NiFe
2O
4)が生成される。このため、浄化系配管18等の腐食電位が0mV~+200mVの範囲内の腐食電位に維持されている状態では、前述したように、大きな結晶の安定なニッケルフェライト(例えば、NiFe
2O
4)88B(
図9参照)がニッケル金属皮膜86内に生成される。この安定なニッケルフェライト88Bは、付着した白金87の作用によっても溶出することはない。
【0132】
なお、炉水91の放射線分解によって、酸素だけでなく水素も生成される。炉水91中のこの水素は、白金87の作用により炉水91に含まれる酸素と反応して水になる。このような水素と酸素の反応により、浄化系配管18及びニッケル金属皮膜86の腐食電位が低下しようとするが、放射線分解によって生成される水素の量に比べて、ステップS18の工程で炉水91に注入される酸素の量が圧倒的に多いため、浄化系配管18及びニッケル金属皮膜86の腐食電位は、上記したように、0mV~+200mVの範囲内の腐食電位になる。炉水91の放射線分解は、BWRプラント1の運転中、継続して生じる。
【0133】
浄化系配管18の腐食電位を、0mV~+200mVの範囲内の腐食電位(高腐食電位)に維持できる濃度は、例えば、炉水の溶存酸素濃度で200ppbである。炉水の溶存酸素濃度が200ppbになると、浄化系配管18の腐食電位は0mVになる。浄化系配管18の高腐食電位を維持する期間は、例えば、浄化系配管18が高腐食電位に到達してからの100時間以上500時間以下の範囲内の期間(所定期間)、例えば、100時間である。酸化剤注入装置25から炉水への酸素の注入は、その100時間の間、継続される。所定期間である、例えば、100時間が経過した後、炉水への酸素の注入は停止される。
【0134】
炉水への酸素注入により浄化系配管18を高腐食電位に維持する期間を100時間未満にした場合には、ニッケルフェライト皮膜から変換されたニッケルフェライト皮膜に含まれるニッケルフェライトの結晶粒径が十分大きくならず、ニッケルフェライトの結晶粒界の密度が十分低下しないため、浄化系配管18への放射性核種の付着の抑制が阻害される。また、炉水への酸素注入により浄化系配管18を高腐食電位に維持する期間が500時間を超える場合には、炉水中の溶存酸素濃度が高くなりすぎ、原子力プラントのステンレス鋼部材における応力腐食割れの発生確率が著しく増大する。これらの問題を解消するため、炉水への酸素注入により浄化系配管18を高腐食電位に維持する期間は、100時間以上500時間以下の範囲にする必要がある。
【0135】
注入された酸素を含む130℃以上の炉水91が、浄化系配管18の内面に形成されて白金87が付着されたニッケル金属皮膜86に接触し、その酸素の注入により浄化系配管18の腐食電位が0mV~+200mVの範囲内の腐食電位になるため、ニッケル金属皮膜86に含まれる一部のニッケル金属から転換された安定なニッケルフェライト88Bの結晶粒径が、
図9に示すように大きくなる。
【0136】
ちなみに、酸素が炉水に注入されないで0mV~+200mVの範囲内の高腐食電位を経験していなく、白金が付着したニッケル金属皮膜が内面に形成された浄化系配管18内に、酸素を含まず、浄化系配管18の腐食電位が-500mVになる濃度の水素を含む130℃以上の温度を有する炉水を流し、この炉水が上記のニッケル金属皮膜に接触した場合には、そのニッケル金属皮膜86は、
図8に示すように、
図9に示されたニッケルフェライト88Bの結晶粒径よりも小さな結晶粒径を有する安定なニッケルフェライト88Cを含むニッケルフェライト皮膜88Dに変換される。
【0137】
炉水に水素を注入する(ステップS19)。酸素の炉水への注入から100時間(浄化系配管18の高腐食電位を維持する期間)が経過したとき、開閉弁99を開くことによって、水素が水素注入装置28から水素注入配管29を通して給水配管11に注入される。注入された水素は、給水配管11内を流れる給水に混入され、給水と共にRPV3内の炉水91に注入される。水素を含む炉水91は、RPV3から再循環系配管6を介して浄化系配管18に供給され、浄化系配管18の内面上の、前述の酸素の注入により浄化系配管18等の腐食電位が0mV~+200mVの範囲内の腐食電位になっているときに生成された結晶粒径の大きなニッケルフェライト88Bを含んで白金87が付着されたニッケル金属皮膜86の表面に接触する。水素を含む炉水91の接触により浄化系配管18の腐食電位は、例えば、-500mVまで低下する。なお、水素注入装置28から給水配管11に供給する水素の量を制御し、浄化系配管18の腐食電位が、例えば、-500mVになるように、そのニッケル金属皮膜86の表面に接触する炉水91の水素濃度を調節する。本実施例では、水素の注入により浄化系配管18の腐食電位が-500mVに維持される。
【0138】
浄化系配管18の腐食電位が-500mVまで低下するのは、炉水91に含まれる酸素が白金87の触媒作用によって炉水91中の注入された水素と反応して水になり、炉水91の溶存酸素濃度を低下させるからである。
【0139】
炉水91への水素注入が開始された後で浄化系配管18等の腐食電位が、例えば、-500mVの低腐食電位になっているときにも、浄化系配管18の内面上に存在する、ニッケルフェライト88Bを含むニッケル金属皮膜86に残存するニッケル金属が、炉水91からニッケル金属皮膜86内に移行した酸素、及び浄化系配管18からニッケル金属皮膜86内に移行したFe
2+と反応してニッケル金属皮膜86内で安定なニッケルフェライト(例えば、NiFe
2O
4)88Cを生成する(
図9参照)このニッケルフェライト88Cの結晶粒径は、ステップS18の工程で生成された安定なニッケルフェライト88Bのそれよりも小さい。
【0140】
やがて、浄化系配管18の内面に形成された、ニッケルフェライト88Bを含むニッケル金属皮膜86が、ニッケルフェライト88B及び88Cを含む安定なニッケルフェライト皮膜88Aに変換される(
図9参照)。表面に白金87が付着して、この白金87の作用によっても溶出しない安定なニッケルフェライト皮膜88Aが、浄化系配管18の内面全体を覆うことになる。なお、
図9において模式的に示されたニッケルフェライト皮膜88Aでは、3つのニッケルフェライト88Cの結晶以外は、全て、ニッケルフェライト88Bの結晶になっている。
【0141】
本実施例によれば、炭素鋼部材である浄化系配管18の内面に接触させてその内面にニッケル金属皮膜を形成し、このニッケル金属皮膜の表面に貴金属を付着させ、原子力プラントを起動させて浄化系配管18の内面に形成された、白金87が付着したニッケル金属皮膜86の表面に130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水91を接触させ、さらに、炉水91への酸素の注入により炭素鋼部材の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にするため、粒径が大きいニッケルフェライト88Bの結晶が浄化系配管18の内面に形成されるニッケルフェライト皮膜88Aに含まれる状態となり、ニッケルフェライト皮膜88Aにおけるニッケルフェライトの結晶粒界の密度がさらに低下する。このため、浄化系配管18への放射性核種(例えば、Co-60)の付着がさらに抑制される。
【0142】
本実施例によれば、注入された酸素(酸化剤)を含み浄化系配管18の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質の炉水に、ニッケル金属皮膜86の表面が接触するという過程を経て生成され、粒径が大きいニッケルフェライト88Bの結晶を含むニッケルフェライト皮膜88Aは、その腐食環境形成水質の炉水に接触することなく浄化系配管18の腐食電位を-500mVにする腐食環境緩和水質の炉水に接触することによりニッケル金属皮膜86から転換されたニッケルフェライト皮膜よりもさらに放射性核種の付着抑制効果を高めることができる。
【0143】
本実施例では、130℃以上330℃以下の範囲内の温度の炉水であって注入された酸素(酸化剤)を含み浄化系配管18の腐食電位を0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位にする腐食環境形成水質の炉水を、浄化系配管18の内面に形成されて貴金属(例えば、白金87)が付着したニッケル金属皮膜86の表面に接触させるという過程を経て生成されたニッケルフェライト皮膜88Aは、粒径が大きいニッケルフェライト88Bの結晶を含み、付着している白金87の作用によっても溶出しない安定なニッケルフェライト皮膜(例えば、NiFe2O4)である。このため、浄化系配管18の内面を覆う安定なニッケルフェライト皮膜88Aによる、浄化系配管18への放射性核種の付着抑制効果をより長い期間にわたって持続させることができる。なお、ニッケルフェライト皮膜88Aは、さらに、水素を含み浄化系配管18の腐食電位を-300mV以下-500mV以上の範囲内の腐食電位にする腐食環境緩和水質の炉水を、浄化系配管18の内面に形成されている、貴金属(例えば、白金87)が付着している、粒径が大きいニッケルフェライト88Bの結晶を含むニッケル金属皮膜86の表面に接触させるという過程を経るため、ニッケルフェライト88Bの結晶よりも粒径が小さいニッケルフェライト88Cの結晶を含んでいる。
【0144】
皮膜形成水溶液がpH緩衝溶液の、酸及び塩基のそれぞれ1種類の成分を含んでいるため、皮膜形成水溶液のpHはギ酸ニッケル水溶液及び還元剤(例えば、ヒドラジン))の注入によっても影響を受けず、還元剤、及びpH緩衝溶液、酸及び塩基のそれぞれ1種類の成分を含む皮膜形成水溶液を炭素鋼部材の表面に接触している間、皮膜形成水溶液のpHを設定値に維持することができる。このため、皮膜形成水溶液のpHの変動による、浄化系配管18の内面へのニッケル金属の付着量の減少を防止することができ、その表面へのニッケル金属の付着量を増大させることができる。この結果、浄化系配管18の内面へのニッケル金属皮膜の形成に要する時間を短縮することができる。
【0145】
皮膜形成水溶液のpHを3.9以上4.2の範囲内のpHにすることによって、浄化系配管18の内面に形成されるニッケル金属皮膜86の量を著しく増大させることができる(
図12参照)。皮膜形成水溶液がpH緩衝溶液を含むことによって、皮膜形成水溶液のpHの設定値を3.9以上4.2の範囲内のpHにすることができ、pH緩衝溶液の作用と相俟って浄化系配管18の内面に形成されるニッケル金属皮膜86の量をさらに増大させることができる。この結果、浄化系配管18の内面へのニッケル金属皮膜86の形成に要する時間を、さらに短縮することができる。
【0146】
本実施例によれば、ニッケルイオン及び還元剤(例えば、ヒドラジン)を含む皮膜形成水溶液を浄化系配管18の内面に接触させ、浄化系配管18の、炉水と接触する内面に、この内面を覆うニッケル金属皮膜86を形成することができる。このニッケル金属皮膜86によって、浄化系配管18から皮膜形成水溶液へのFe2+の溶出を防止することができ、浄化系配管18の内面への貴金属(例えば、白金)の付着がFe2+の溶出によって阻害されることがなくなり、その内面への貴金属の付着(具体的には、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86の表面への貴金属の付着)に要する時間を短縮することができる。また、その内面への貴金属の付着を効率良く行うことができ、浄化系配管18の内面への貴金属の付着量が増加する。
【0147】
本実施例では、浄化系配管18の内面に形成されたニッケル金属皮膜86には、50μg/cm2以上300μg/cm2以下の範囲内のニッケル金属が存在する。このように、50μg/cm2以上300μg/cm2以下の範囲内のニッケル金属が存在すると、ニッケル金属皮膜86が、浄化系配管18の、皮膜形成水溶液に接触する内面の全面を覆った状態とになり、BWRプラント1の運転中において、浄化系配管18内を流れる炉水が浄化系配管18の母材と接触することが、そのニッケル金属皮膜86によって、遮られる。このため、炉水に含まれる放射性核種の浄化系配管18の母材への取り込みが生じない。
【0148】
浄化系配管18の内面へのニッケル金属皮膜86の形成は、皮膜形成水溶液に含まれたニッケルイオンが浄化系配管18に含まれる鉄と置換めっき反応によって浄化系配管18の内面に取り込まれ、浄化系配管18からのFe2+の溶出に伴って生成された電子、または皮膜形成水溶液に含まれるヒドラジン(還元剤)により配管内表面に吸着したニッケルイオンが還元されてニッケル金属になる。このように、置換めっき反応と電子または還元剤の還元作用によって生成されたニッケル金属は、浄化系配管18の母材との密着性が強い。このため、形成されたニッケル金属皮膜86は、浄化系配管18からはがれることはない。
【0149】
本実施例では、浄化系配管18の内面を還元除染した後、浄化系配管18の内面にニッケル金属皮膜86を形成するため、浄化系配管18の内面に形成された、放射性核種を含む酸化皮膜の上にニッケル金属皮膜が形成されることはなく、浄化系配管18から放出される放射線が低減され、浄化系配管18の表面線量率が著しく低減される。
【0150】
シュウ酸水溶液を用いた、浄化系配管18内面の還元除染時、及びシュウ酸の分解時において、炭素鋼部材である浄化系配管18の内面に形成されたシュウ酸鉄(II)を、シュウ酸水溶液に注入した酸化剤(例えば、過酸化水素)の作用によって除去する。このシュウ酸鉄(II)の除去により、浄化系配管18とニッケル金属皮膜86の密着性が向上し、ニッケル金属皮膜86が浄化系配管18の内面から剥離することを防止できる。
【0151】
本実施例は、ニッケル金属皮膜86の、浄化系配管18の内面への形成、及び白金87のニッケル金属皮膜86への付着がBWRプラント1の運転停止中に行われるが、ニッケル金属皮膜86のニッケルフェライト皮膜88Aへの変換が、BWRプラント1の起動後において行われる。このため、炉水の温度が130℃未満の状態では、ニッケル金属皮膜86がニッケルフェライト皮膜88Aに変わっておらず、浄化系配管18の内面が、白金87が付着したニッケル金属皮膜86で覆われている(
図6参照)。この状態でも、白金87の作用により炉水91が接触している浄化系配管18及びニッケル金属皮膜86の腐食電位が低下し、ニッケル金属皮膜86及び浄化系配管18への放射性核種の取り込みは生じない。このように、浄化系配管18への放射性核種の付着が抑制される。
【0152】
安定なニッケルフェライト皮膜88Aに付着している白金87は、ニッケル金属皮膜86を安定なニッケルフェライト皮膜88Aへの変換に作用するだけでなく、BWRプラント1の運転中において、炉水91中の溶存酸素と水素注入により炉水91に注入された水素を反応させて水を生成する触媒としても機能する。このため、炉水91の溶存酸素濃度が低減され、BWRプラント1のステンレス鋼製の構造部材(例えば、再循環系配管6等)における応力腐食割れの発生が抑制される。さらに、本実施例では、ステップS19の工程で注入された水素、及びニッケルフェライト皮膜88Aに付着している白金87の作用により、浄化系配管18及びニッケルフェライト皮膜88Aの腐食電位が、-300mV以下-500mV以上の範囲内の腐食電位、例えば、-500mVになっている。-300mV以下-500mV以上の範囲内の低い腐食電位の状態では、炉水に注入された水素は、白金87が付着した安定なニッケルフェライト皮膜88Aを内面に形成した炭素鋼配管、例えば、浄化系配管18への放射性核種の付着抑制に対して有効に作用する。なお、炭素鋼部材がそのような低い腐食電位の状態にあるとき、炭素鋼部材への放射性核種の付着が抑制されることは、発明者らの試験によって確認済である。
【実施例2】
【0153】
本発明の好適な他の実施例である実施例2の原子力プラントの炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法を、
図14を用いて以下に説明する。本実施例の炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法は、BWRプラントの浄化系配管に適用される。
【0154】
本実施例の炭素鋼部材への放射性核種の付着抑制方法でも、実施例1の原子力プラントの放射性核種付着抑制方法において実施されるステップS1~S19の各工程が実施される。本実施例は、実施例1と異なり、腐食電位測定器92及び腐食電位センサ93を有する腐食電位測定装置を用いている。腐食電位センサ93は、浄化系配管18に取り付けられて円筒である固定用座18A内に配置され、その固定用座18Aに取り付けられる。固定用座18Aは、浄化系配管18側の一端部が解放されており、その一端部とは反対側の他端部が封鎖されている。腐食電位センサ93は、浄化系配管18及び固定用座18Aの外部に配置された腐食電位測定器92に配線によって接続される。腐食電位測定器92は、他の配線によって酸素注入量制御装置(図示せず)を介して酸化剤注入装置25に接続される。
【0155】
ステップS1~S18の各工程のうちステップS18の工程(注入された酸素を含む炉水を、白金を付着したニッケル金属皮膜に接触させて浄化系配管18及びこのニッケル金属皮膜の腐食電位を0mV以上+200mV以下の高腐食電位にする。)において、この高腐食電位を腐食電位センサ93及び腐食電位測定器92を用いて測定する。腐食電位センサ93の先端部には、白金を付着させたニッケル金属皮膜で覆われた炭素鋼部材が配置されている。
【0156】
腐食電位センサ93及び腐食電位測定器92による浄化系配管18の腐食電位の測定を以下に説明する。固定用座18A内に配置された腐食電位センサ93の先端部、すなわち、炭素鋼部材を覆っている、白金を付着させたニッケル金属皮膜が、固定用座18A内で浄化系配管18内を流れる炉水に接触している。このような腐食電位センサ93は、炉水に含まれる酸素濃度及び炉水に含まれる水素濃度に応じた電位を発生する。この電位が伝えられる腐食電位測定器92は、ニッケル金属皮膜で覆われている炭素鋼部材の腐食電位を測定する。この測定された、腐食電位センサ93先端部に存在する炭素鋼部材の腐食電位が、浄化系配管18の腐食電位である。
【0157】
腐食電位測定器92で測定された浄化系配管18の腐食電位は、酸素注入量制御装置に入力される。酸素注入量制御装置は、測定された腐食電位と0mV以上+200mV以下の範囲内の所定の腐食電位(設定腐食電位)を比較し、測定された腐食電位が設定腐食電位に比べて低い場合には、酸化剤注入配管26に設けられた開閉弁の開度を増加させて浄化系配管18内を流れる炉水に注入する酸素の量を増加させる。酸素の注入量の増加により腐食電位測定器92で測定される腐食電位が設定腐食電位になったとき、浄化系配管18の腐食電位が設定腐食電位を維持するように、酸素注入量制御装置によりその開閉弁の開度が調節される。
【0158】
また、ステップS19の工程(水素注入工程)における水素注入により、腐食電位測定器92で測定された浄化系配管18の腐食電位が-500mVよりも低くなる場合には、腐食電位測定器92から測定された腐食電位を入力した酸素注入量制御装置は、酸化剤注入配管26に設けられた開閉弁の開度を増加させて浄化系配管18内を流れる炉水に注入する酸素の量を増加させ、浄化系配管18の腐食電位を-500mVを維持するようにその開閉弁の開度を調節する。
【0159】
さらに、BWRプラント1のステンレス鋼部材の応力腐食割れ発生の抑制対策として炉水への水素注入が開始される(ステップS19の工程)が、給水に水素を注入してから水素を含む給水が炉水に混入されて水素を含む炉水がそのステンレス鋼部材に接触するまでに時間遅れがあるため、給水への水素注入が、浄化系配管18の高腐食電位を維持する期間である、例えば、100時間が経過する前に実施される場合も考えられる。この場合には、水素の注入による水素と酸素の反応により炉水中の酸素濃度が減少し、その100時間が経過する前に浄化系配管18の腐食電位が0mVよりも低下してしまう恐れがある。水素注入により浄化系配管18の腐食電位が0mVよりも低下した場合には、腐食電位センサ93から入力した電位を用いて腐食電位測定器92で測定された浄化系配管18の腐食電位を酸素注入量制御装置が入力し、酸素注入量制御装置は入力した腐食電位と設定腐食電位とを比較し、入力した腐食電位が設定腐食電位(0mV以上+200mV以下の範囲内の腐食電位)になるように、酸化剤注入配管26に設けられた開閉弁の開度を制御して浄化系配管18内を流れる炉水に注入する酸素の量を調節する。この制御により、その100時間の間は浄化系配管18の腐食電位が設定腐食電位に維持される。
【0160】
浄化系配管18の高腐食電位を維持する期間が100時間になったときには、酸素注入量制御装置が酸化剤注入配管26に設けられた開閉弁の開度を減少させて浄化系配管18に注入される酸素の量を減少させ、浄化系配管18の腐食電位を-500mVに低下させる。
【0161】
本実施例は、実施例1で生じる効果を全て得ることができる。また、本実施例は、腐食電位測定装置を用いて浄化系配管18の腐食電位を測定することができるため、浄化系配管18の腐食電位に基づいて酸素注入量制御装置により酸化剤注入装置25から浄化系配管18への酸素の注入量を調節することができ、浄化系配管18の腐食電位を容易に調節することができる。
【0162】
実施例1及び2のそれぞれは、加圧水型原子力発電プラントに適用してもよい。
【符号の説明】
【0163】
1…沸騰水型原子力発電プラント、2…原子炉、3…原子炉圧力容器、4…炉心、6…再循環系配管、7…再循環ポンプ、9…タービン、11…給水配管、18…浄化系配管、25…酸化剤注入装置、26…酸化剤注入配管、30…皮膜形成装置、31…サージタンク、32,33…循環ポンプ、34…循環配管、35…ニッケルイオン注入装置、36,41,46,57,82…薬液タンク、37,42,47,83…注入ポンプ、40…還元剤注入装置、45…白金イオン注入装置、51…加熱器、52…冷却器、53…カチオン交換樹脂塔、54…混床樹脂塔、55…分解装置、56…酸化剤供給装置、58…供給ポンプ、81…緩衝溶液注入装置、86…ニッケル金属皮膜、87…白金、88A,88D…ニッケルフェライト皮膜、92…腐食電位測定器、93…腐食電位センサ。