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特許7104865ワイヤ放電加工装置及びワイヤ放電加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-12
(45)【発行日】2022-07-21
(54)【発明の名称】ワイヤ放電加工装置及びワイヤ放電加工方法
(51)【国際特許分類】
   B23H 7/10 20060101AFI20220713BHJP
   B23H 7/28 20060101ALI20220713BHJP
【FI】
B23H7/10 E
B23H7/28
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022049934
(22)【出願日】2022-03-25
【審査請求日】2022-03-25
(31)【優先権主張番号】202111276463.7
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000132725
【氏名又は名称】株式会社ソディック
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】佃 学
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-146824(JP,A)
【文献】特開2012-206187(JP,A)
【文献】特開2006-35395(JP,A)
【文献】特開平10-315053(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 1/00 - 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ電極と、上側ガイドアッセンブリと、下側ガイドアッセンブリとを備えるワイヤ放電加工装置であって、
前記上側ガイドアッセンブリ及び前記下側ガイドアッセンブリは、被加工物を鉛直方向に挟むように前記被加工物の上側及び下側に各々配置され、
前記上側ガイドアッセンブリは、上側ワイヤガイドと、上側通電体と、通電体移動装置とを備え、
前記下側ガイドアッセンブリは、下側ワイヤガイドと、下側通電体とを備え、
前記ワイヤ電極は、前記上側ワイヤガイド及び前記下側ワイヤガイドに案内されて前記被加工物に対して放電加工を行い、
前記上側通電体及び前記下側通電体は、前記ワイヤ電極と接触していない初期位置から水平一軸方向に移動することにより前記ワイヤ電極と接触して前記ワイヤ電極に給電するように構成され、
前記通電体移動装置は、前記上側通電体を、前記初期位置から前記水平一軸方向に所定のオフセット量移動させるように構成され、
前記オフセット量は、加工条件に基づき設定され、
前記加工条件は、前記ワイヤ電極の条件、前記被加工物の加工面に要求される面粗度、及び前記被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工装置。
【請求項2】
請求項1に記載のワイヤ放電加工装置であって、
加工条件設定装置と、オフセット量設定装置とを備え、
前記加工条件設定装置は、前記加工条件を設定し、
前記オフセット量設定装置は、前記加工条件と前記オフセット量との関係を示すデータに基づき、前記加工条件設定装置により設定された前記加工条件に応じて前記オフセット量を設定し、
前記通電体移動装置は、前記上側通電体を、前記オフセット量設定装置により設定された前記オフセット量移動させるように構成される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記ワイヤ電極の前記条件は、前記ワイヤ電極の材質及び外径のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1つに記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記被加工物の条件は、前記被加工物の材質及び厚みのうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1つに記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記オフセット量は、前記面粗度が所定の閾値以下である場合の前記オフセット量が、前記面粗度が前記閾値よりも大きい場合の前記オフセット量よりも小さくなるように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項6】
請求項5に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記面粗度が前記閾値以下である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と接触するように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項7】
請求項5に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記面粗度が前記閾値以下である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と非接触となるように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項8】
請求項3に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記ワイヤ電極の前記条件は、前記ワイヤ電極の前記外径を含み、
前記オフセット量は、前記外径が所定の閾値以上である場合の前記オフセット量が、前記外径が当該閾値未満である場合の前記オフセット量よりも小さくなるように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項9】
請求項8に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記外径が当該閾値以上である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と接触するように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項10】
請求項8に記載のワイヤ放電加工装置であって、
前記外径が当該閾値以上である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と非接触となるように設定される、ワイヤ放電加工装置。
【請求項11】
ワイヤ電極による被加工物のワイヤ放電加工方法であって、
オフセット量設定工程と、通電体移動工程と、を備え、
前記ワイヤ電極は、前記被加工物を鉛直方向に挟むように上側及び下側に各々配置される上側ガイドアッセンブリ及び下側ガイドアッセンブリにそれぞれ組み込まれた上側ワイヤガイド及び下側ワイヤガイドに案内されて前記被加工物に対して放電加工を行い、
前記上側ガイドアッセンブリ及び前記下側ガイドアッセンブリは、上側通電体及び下側通電体を各々備え、
前記上側通電体及び前記下側通電体は、前記ワイヤ電極と接触していない初期位置から水平一軸方向に移動することにより前記ワイヤ電極と接触して前記ワイヤ電極に給電するように構成され、
前記オフセット量設定工程では、加工条件に基づき、前記上側通電体の前記初期位置から前記水平一軸方向における移動量であるオフセット量を設定し、
前記通電体移動工程では、前記上側通電体を、前記初期位置から前記水平一軸方向に前記オフセット量移動し、
前記加工条件は、前記ワイヤ電極の条件、前記被加工物の加工面に要求される面粗度、及び前記被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤ電極により被加工物に対して放電加工を行うワイヤ放電加工装置、及びワイヤ放電加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ワイヤ放電加工においては、ワイヤ電極と被加工物との間に形成される間隙に放電を発生させて被加工物の加工を行う。一般的なワイヤ放電加工装置において、ワイヤ電極は、加工中所定の経路に沿って走行しており、被加工物を鉛直方向に挟むように配置された一対のワイヤガイドに案内されて被加工物に対して鉛直方向下向きに走行しながら供給される。各ワイヤガイドが組み込まれるガイドアッセンブリ内には電源に接続された通電体が配置されており、通電体がワイヤ電極に接触することによりワイヤ電極に電流が供給される。
【0003】
被加工物の条件及び要求される加工精度や加工効率に応じて、ワイヤ電極の材質や外径が選択され、加工中のワイヤ電極の走行速度やワイヤ電極に付与される張力等が設定される。特許文献1には、ワイヤ電極の断線を防止しつつ加工精度及び加工効率を向上させるためのワイヤ放電加工装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5088975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、ワイヤ電極に対しては被加工物に対して上側及び下側に配置された一対の通電体が接触して電流が供給される。通電体がワイヤ電極に接触すると、摩擦によりワイヤ電極表面にクラックが発生したり、ワイヤ電極表面が削られワイヤ屑が発生したりする場合がある。ワイヤ電極は被加工物に対して鉛直方向下向きに走行しながら供給されるため、上側通電体との摩擦によりワイヤ電極表面にクラックやワイヤ屑が発生すると、当該表面と被加工物との間で放電を発生させて加工を行った際に加工面にムラやスジが発生し加工精度の低下を招く。
【0006】
一方、摩擦を抑制するためにワイヤ電極と上側通電体との接触を弱める、又は非接触とすると、給電量が減り加工速度が低下する。また、接触の程度が同じであってもワイヤ電極の材質等の条件によってはクラックやワイヤ屑が発生しにくい場合がある他、クラックやワイヤ屑の発生により加工面にムラやスジが発生したとしても、加工面に対して要求される面粗度によっては問題とならない場合もある。従って、加工条件に応じて通電体との接触の程度を適切に調整することが望ましい。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、加工速度の低下を最小限に抑えつつ加工精度を向上させることが可能なワイヤ放電加工装置及びワイヤ放電加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、ワイヤ電極と、上側ガイドアッセンブリと、下側ガイドアッセンブリとを備えるワイヤ放電加工装置であって、前記上側ガイドアッセンブリ及び前記下側ガイドアッセンブリは、被加工物を鉛直方向に挟むように前記被加工物の上側及び下側に各々配置され、前記上側ガイドアッセンブリは、上側ワイヤガイドと、上側通電体と、通電体移動装置とを備え、前記下側ガイドアッセンブリは、下側ワイヤガイドと、下側通電体とを備え、前記ワイヤ電極は、前記上側ワイヤガイド及び前記下側ワイヤガイドに案内されて前記被加工物に対して放電加工を行い、前記上側通電体及び前記下側通電体は、前記ワイヤ電極と接触していない初期位置から水平一軸方向に移動することにより前記ワイヤ電極と接触して前記ワイヤ電極に給電するように構成され、前記通電体移動装置は、前記上側通電体を、前記初期位置から前記水平一軸方向に所定のオフセット量移動させるように構成され、前記オフセット量は、加工条件に基づき設定され、前記加工条件は、前記ワイヤ電極の条件、前記被加工物の加工面に要求される面粗度、及び前記被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工装置が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るワイヤ放電加工装置においては、上側通電体の初期位置から水平一軸方向への移動量であるオフセット量が、ワイヤ電極の条件、被加工物の加工面に要求される面粗度、及び前記被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む加工条件に基づき設定される。このような構成においては、例えば、ワイヤ電極の材質によるクラックやワイヤ屑の発生しやすさ、加工面のムラやスジの許容可能性、被加工物の材質によるムラやスジの発生しやすさ等に応じてオフセット量を設定し上側通電体の接触の程度を調整することが可能であるため、加工速度の低下を最小限に抑えつつ加工精度の向上を図ることが可能となる。
【0010】
以下、本発明の種々の実施形態を例示する。以下に示す実施形態は互いに組み合わせ可能である。
好ましくは、前記ワイヤ放電加工装置は、加工条件設定装置と、オフセット量設定装置とを備え、前記加工条件設定装置は、前記加工条件を設定し、前記オフセット量設定装置は、前記加工条件と前記オフセット量との関係を示すデータに基づき、前記加工条件設定装置により設定された前記加工条件に応じて前記オフセット量を設定し、前記通電体移動装置は、前記上側通電体を、前記オフセット量設定装置により設定された前記オフセット量移動させるように構成される。
好ましくは、前記ワイヤ電極の前記条件は、前記ワイヤ電極の材質及び外径のうちの少なくとも1つを含む。
好ましくは、前記被加工物の条件は、前記被加工物の材質及び厚みのうちの少なくとも1つを含む。
好ましくは、前記オフセット量は、前記面粗度が所定の閾値以下である場合の前記オフセット量が、前記面粗度が前記閾値よりも大きい場合の前記オフセット量よりも小さくなるように設定される。
好ましくは、前記面粗度が前記閾値以下である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と接触するように設定される。
好ましくは、前記面粗度が前記閾値以下である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と非接触となるように設定される。
好ましくは、前記ワイヤ電極の前記条件は、前記ワイヤ電極の前記外径を含み、前記オフセット量は、前記外径が所定の閾値以上である場合の前記オフセット量が、前記外径が当該閾値未満である場合の前記オフセット量よりも小さくなるように設定される。
好ましくは、前記外径が当該閾値以上である場合の前記オフセット量は、前記上側通電体が前記ワイヤ電極と接触するように設定される。
【0011】
また、本発明の別に観点によれば、ワイヤ電極による被加工物のワイヤ放電加工方法であって、オフセット量設定工程と、通電体移動工程と、を備え、前記ワイヤ電極は、前記被加工物を鉛直方向に挟むように上側及び下側に各々配置される上側ガイドアッセンブリ及び下側ガイドアッセンブリにそれぞれ組み込まれた上側ワイヤガイド及び下側ワイヤガイドに案内されて前記被加工物に対して放電加工を行い、前記上側ガイドアッセンブリ及び前記下側ガイドアッセンブリは、上側通電体及び下側通電体を各々備え、前記上側通電体及び前記下側通電体は、前記ワイヤ電極と接触していない初期位置から水平一軸方向に移動することにより前記ワイヤ電極と接触して前記ワイヤ電極に給電するように構成され、前記オフセット量設定工程では、加工条件に基づき、前記上側通電体の前記初期位置から前記水平一軸方向における移動量であるオフセット量を設定し、前記通電体移動工程では、前記上側通電体を、前記初期位置から前記水平一軸方向に前記オフセット量移動し、前記加工条件は、前記ワイヤ電極の条件、前記被加工物の加工面に要求される面粗度、及び前記被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工方法が提供される
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係るワイヤ放電加工装置100を示す模式図である。
図2】ワイヤガイド機構4の説明図であり、上側通電体44a及び下側通電体44bが初期位置にある状態を示す図である。
図3】ワイヤガイド機構4の説明図であり、上側通電体44a及び下側通電体44bがワイヤ電極2に接触した状態を示す図である。
図4】ワイヤガイド機構4の説明図であり、上側通電体44aがワイヤ電極2に非接触であり、下側通電体44bがワイヤ電極2に接触した状態を示す図である。
図5】制御装置7の構成を示すブロック図である。
図6】本発明の実施形態に係るワイヤ放電加工方法のフロー図である。
図7図7A図7Dは、実施例1~3及び比較例1の加工面の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。以下に示す実施形態中で示した各特徴事項は、互いに組み合わせ可能である。また、各特徴事項について独立して発明が成立する。
【0014】
1.ワイヤ放電加工装置
1.1.全体構成
図1は、本発明の実施形態に係るワイヤ放電加工装置100を示す模式図である。図1に示すように、本実施形態のワイヤ放電加工装置100は、ワイヤ電極2を備える。ワイヤ電極2は、被加工物Wを鉛直方向に挟んで設けられる上側ワイヤガイド43aと下側ワイヤガイド43bとの間に張力が付与された状態で架け渡される。ワイヤ放電加工装置100は、装置の設置面に載置されたベッド21と、ベッド21に設置され水平移動可能なテーブル22を備え、テーブル22上に被加工物Wが載置される。ワイヤ電極2は被加工物Wに形成された下穴に挿通され、ワイヤ電極2と被加工物Wとの間に形成される加工間隙10に放電を発生させることにより被加工物Wの加工が行われる。
【0015】
ワイヤ放電加工装置100は、ワイヤ供給機構1、自動結線装置3、ワイヤガイド機構4、及びワイヤ回収機構5を、ワイヤ電極2の走行経路に沿ってこの順に備える。また、ワイヤ放電加工装置100は、電源装置6、圧縮空気供給装置8、及び加工液供給装置9を備える。以下の説明において、ワイヤ電極2の走行経路に沿って、相対的にワイヤ供給機構1に近い側を上流と、ワイヤ回収機構5に近い側を下流とする。また、ワイヤ放電加工装置100を構成する回転体の回転方向について、ワイヤ電極2が上流から下流へ走行する際に回転する方向を正転方向と、正転方向とは反対の回転方向を逆転方向とする。
【0016】
1.2.ワイヤ供給機構1
ワイヤ供給機構1は、新しいワイヤ電極2を所定の経路に沿って連続的に供給するように構成され、リール11、ブレーキ装置13、サーボプーリ14、張力付与装置15、及び断線検出器16を主に備える。リール11には、ワイヤ電極2が格納されたワイヤボビン12が取り付けられ、ワイヤボビン12が正転方向に回転するとワイヤボビン12から新規のワイヤ電極2が連続的に引き出される。ブレーキ装置13は、例えば、ヒステリシスモータのようなブレーキモータ、又は電磁クラッチのような電磁ブレーキである。ブレーキ装置13は、リール11に逆転方向のトルクを加え、ワイヤボビン12の空転を阻止してワイヤ電極2の弛みを防止する。
【0017】
サーボプーリ14は、ワイヤ電極2の走行経路に沿ってリール11と張力付与装置15との間に設けられ、自重によってワイヤ電極2に対して鉛直方向下向きに一定の荷重を加える。また、サーボプーリ14は、鉛直方向に自由に移動可能に設置されている。これにより、ワイヤ電極2の張力の微小な変動に伴いサーボプーリ14が鉛直方向移動し、ワイヤボビン12から繰り出されるワイヤ電極2に発生する微小な振動を吸収する。サーボプーリ14を通過後のワイヤ電極2の走行経路には、断線検出器16が配置される。断線検出器16は、ワイヤ電極2の破断を検出するために設けられ、例えばリミットスイッチを用いて構成される。
【0018】
張力付与装置15は、ワイヤ回収機構5と協働してワイヤ電極2に対して所定の張力を付与するように構成され、送出ローラ15a、送出モータ15b、張力検出器15c、及びピンチローラ15dを備える。送出ローラ15aは、送出モータ15bによって駆動されて自転する。ワイヤ電極2は、ピンチローラ15dによって送出ローラ15aの外周面に押し付けられることにより、走行のための駆動力を得る。また、ワイヤ電極2はピンチローラ15dを含む複数のローラによって送出ローラ15aの外周面に沿って移動され、これにより弛み及び断線を防ぎながらワイヤ電極2を円滑に走行させることができる。張力検出器15cは、ワイヤ電極2の張力を検出するために設けられ、例えば歪ゲージを用いて構成される。
【0019】
送出モータ15bは、サーボモータである。張力検出器15cによる張力の検出結果に基づき、送出モータ15bがサーボ制御される。これにより、設定された張力値が小さい場合でもワイヤ電極2の張力が安定し、ワイヤ電極2の弛み及び断線をより確実に防ぐことができる。また、ワイヤ回収機構5の巻取装置54のトルクに応じて送出モータ15bを制御することも可能である。
【0020】
ワイヤ電極2が上側ワイヤガイド43aと下側ワイヤガイド43bとの間に張架されている状態では、送出ローラ15aと巻取装置54の巻取ローラ54aとの回転速度差を調整することで、ワイヤ電極2に所定の張力を付与することができる。また、ワイヤ電極2を結線する際には、送出ローラ15aを正転方向に定速回転して、ワイヤ電極2の先端を下穴に挿通、通過させてワイヤ回収機構5に捕捉させる。また、ワイヤ電極2の結線をやり直す際には、送出ローラ15aを逆転方向に定速回転して、ワイヤ電極2を所定位置まで引き上げる。
【0021】
1.3.自動結線装置3
自動結線装置3は、ワイヤ供給機構1から送り出されたワイヤ電極2の先端を被加工物Wに形成された下穴に挿通し、上側ワイヤガイド43a及び下側ワイヤガイド43bの間にワイヤ電極2を自動的に張架する。自動結線装置3は、ガイドパイプ31及び昇降装置32を備える。ガイドパイプ31は、所定の走行経路から逸脱しないようにワイヤ電極2を上流側から上側ワイヤガイド43aまで案内する。ここで、ガイドパイプ31が上限位置に配置された構成は、図1に示されている。ガイドパイプ31は、当該上限位置と、ガイドパイプ31の下端が上側ワイヤガイド43aの上面の直上に位置する下限位置との間を昇降装置32によって鉛直方向に移動可能に構成される。昇降装置32は、ワイヤ電極2を焼き鈍す又は切断する際にはガイドパイプ31を上限位置に移動し、ワイヤ電極2の先端を下穴に挿通する際にはガイドパイプ31を下限位置に移動する。
【0022】
また、ガイドパイプ31の入り口の直上にはワイヤ振動装置(不図示)が設けられている。ワイヤ振動装置は、圧縮空気供給装置8から供給される圧縮空気によりワイヤ電極2に対して走行経路に沿って直接又は間接的に圧力を加える。これにより、ワイヤ電極2が微小に上下動し下穴に通りやすくなる。
【0023】
1.4.ワイヤガイド機構4
図2図4は、ワイヤガイド機構4の説明図である。図1及び図2に示すように、ワイヤガイド機構4は、被加工物Wを鉛直方向に挟むようにして被加工物Wの上側及び下側にそれぞれ設けられる上側ガイドアッセンブリ41a及び下側ガイドアッセンブリ41bを備え、被加工物Wの付近においてワイヤ電極2を所定の走行経路上に位置決めして案内するように構成される。
【0024】
上側ガイドアッセンブリ41aは、ハウジング42a、上側ワイヤガイド43a、上側通電体44a、通電体移動装置45、及び噴流ノズル(不図示)を備え、ハウジング42a内に各種部品が組み込まれて構成される。また、下側ガイドアッセンブリ41bは、ハウジング42b、下側ワイヤガイド43b、下側通電体44b、通電体移動装置46、及び噴流ノズル(不図示)を備え、ハウジング42b内に各種部品が組み込まれて構成される。上側ワイヤガイド43a及び下側ワイヤガイド43bはダイス形状を有するダイスガイドである。各ダイスガイドはガイド孔を備え、ワイヤ電極2は、ガイド孔の内面との間に数μmのクリアランスが設けられた状態でガイド孔に挿通されることで鉛直方向に案内される。
【0025】
なお、ワイヤ放電加工装置100は、上側ワイヤガイド43a及び下側ワイヤガイド43bのうちの一方を他方に対して水平方向に相対移動させる、所謂テーパ装置(不図示)を備える。このような相対移動により、ワイヤ電極2を被加工物Wに対して傾斜させて加工を行うことができる。また、上側ガイドアッセンブリ41a及び下側ガイドアッセンブリ41bにそれぞれ設けられた噴流ノズルは、加工液供給装置9から供給される加圧加工液を加工間隙10に噴射する。
【0026】
上側ガイドアッセンブリ41a及び下側ガイドアッセンブリ41b内には、電源装置6からワイヤ電極2に給電するための上側通電体44a及び下側通電体44bがそれぞれ収容されている。また、上側通電体44a及び下側通電体44bは、通電体移動装置45,46によりワイヤ電極2が張架される方向に対して直交する方向(図1のA軸方向)に移動可能である。本実施形態においては、上側通電体44aをA軸方向に移動させるための通電体移動装置45が上側ガイドアッセンブリ41a内に組み込まれ、下側通電体44bをA軸方向に移動させるための通電体移動装置46が下側ガイドアッセンブリ41b内に組み込まれている。
【0027】
通電体移動装置45は、図2に示すように、A軸方向に平行に配置されるボールネジ軸45aと、ボールネジ軸45aに螺合するナット45bと、ナット45bに固定される通電体支持部材45cと、モータ45dとを備え、通電体支持部材45cの先端に上側通電体44aが設けられている。後述する移動制御装置76による制御のもとモータ45dが駆動されると、ボールネジ軸45aが回転し、当該回転によりナット45bが進退移動する。そして、上側通電体44aは、ナット45bの進退移動に伴いA軸方向に往復移動する。なお、通電体移動装置45は上述の構成に限定されるものではなく、上側通電体44aを水平一軸方向に移動可能であれば他の構成とすることもできる。例えば、油圧シリンダ又は空気圧シリンダのような流体圧シリンダ、電動シリンダ、リニアモータ機構、又はラック・ピニオン機構を用いて通電体移動装置45を構成してもよい。また、上側通電体44aを移動後に所定の位置で停止させるためのロック機構をさらに備えてもよい。
【0028】
また、下側通電体44bを移動させるための通電体移動装置46は、上側通電体44aの通電体移動装置45と同様に構成してもよく、異なる構成としてもよい。本実施形態における通電体移動装置46は、通電体移動装置45と同様に構成され、ボールねじ軸46aと、ナット46bと、通電体支持部材35cと、モータ46dとを備える。
【0029】
電源装置6は、ワイヤ電極2と被加工物Wに給電を行うためのものであり、直流電源、スイッチング素子、及び電流の逆流を防止するためのダイオードを含む放電加工回路(不図示)を備える。上側通電体44a及び下側通電体44bは、電源装置6の直流電源の正極に接続されている。また、直流電源の負極は、被加工物Wに接続されている。上側通電体44a及び下側通電体44bは、図1及び図2に示すワイヤ電極2と接触していない初期位置A1,A2からA軸方向に所定の距離移動することにより、図3に示すようにワイヤ電極2に対して略垂直方向に接触する。本発明においては、各通電体44a,44bの初期位置A1,A2から水平一軸方向(A軸方向)への移動距離をオフセット量と称する。本実施形態においては、図3に示すように、上側通電体44aのA軸方向における初期位置A1からの移動距離をオフセット量d1と、下側通電体44bのA軸方向における初期位置A2からの移動距離をオフセット量d2と規定する。
【0030】
上側通電体44a及び下側通電体44bの一方又は両方がワイヤ電極2に接触することにより、電源装置6が上側通電体44a、下側通電体44b、及び被加工物Wを通してワイヤ電極2と被加工物Wとの間の加工間隙10に電圧パルスを繰り返し印加し、放電が発生する。上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2が大きくワイヤ電極2との接触の程度が大きいほど、接触箇所における接触抵抗が小さくなり給電量が大きくなる。
【0031】
1.5.ワイヤ回収機構5
ワイヤ回収機構5は、加工に供されて消耗したワイヤ電極2を加工間隙10から回収する。ワイヤ回収機構5は、方向転換ローラ51、搬送パイプ52、アスピレータ53、巻取装置54、ワイヤ切断機55、及びバケット56を備える。下側ワイヤガイド43bを通過したワイヤ電極2は、方向転換ローラ51によって進行方向を水平方向に変えられて、搬送パイプ52に挿入される。搬送パイプ52の中のワイヤ電極2は、アスピレータ53によって吸引され推進力を得る。
【0032】
巻取装置54は、巻取ローラ54a、ピンチローラ54b、及び巻取モータ54cを備える。搬送パイプ52を通過したワイヤ電極2は、巻取装置54の巻取ローラ54aとピンチローラ54bとの間に挟持される。巻取ローラ54aは、定速回転モータである巻取モータ54cによって正転方向に所定の回転速度で回転し、ワイヤ電極2を走行させながらバケット56の直上まで引き込む。引き込まれたワイヤ電極2は、ワイヤ切断機55により適宜細断されバケット56内に収容される。
【0033】
2.制御装置7
次に、ワイヤ放電加工装置100の動作を制御するための制御装置7について説明する。制御装置7は、ワイヤ放電加工装置100の全体の動作および各構成装置の動作を制御するものである。以下、制御装置7の制御動作のうち、本発明に関係する制御に限定して説明する。図5に示すように、制御装置7は、入力装置71、数値制御装置72、及び移動制御装置76を備える。
【0034】
なお、制御装置7の各構成要素は、ソフトウェアによって実現してもよく、ハードウェアによって実現してもよい。ソフトウェアによって実現する場合、CPUがコンピュータプログラムを実行することによって各種機能を実現することができる。プログラムは、内蔵の記憶部に格納してもよく、コンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体に格納してもよい。また、外部の記憶部に格納されたプログラムを読み出し、いわゆるクラウドコンピューティングにより実現してもよい。ハードウェアによって実現する場合、ASIC、FPGA、又はDRPなどの種々の回路によって実現することができる。本実施形態においては、様々な情報やこれを包含する概念を取り扱うが、これらは、0又は1で構成される2進数のビット集合体として信号値の高低によって表され、上述のソフトウェア又はハードウェアの態様によって通信や演算が実行され得るものである。
【0035】
入力装置71は、数値制御装置72における各種処理に必要な情報を作業者が入力するためのものであり、例えば、タッチパネル、キーボード、又はマウスにより構成することができる。入力情報としては、加工条件の一部として用いられる、ワイヤ電極2の材質や外径等の条件や、被加工物Wの材質や板厚等の条件、加工面に要求される面粗度等が例示される。入力情報は、数値制御装置72へ出力される。
【0036】
数値制御装置72は、入力情報、及び加工条件に係るデータが記録されたNCプログラムを用いてワイヤ放電加工装置100への動作指令を作成するためのものである。数値制御装置72は、加工条件設定装置73、オフセット量設定装置74、及び記憶装置75、を備える。
【0037】
加工条件設定装置73は、所望の放電加工に適する加工条件を設定する。加工条件には通常複数種類の条件が含まれ、例えば、ワイヤ電極2の条件、被加工物Wの加工面の条件、被加工物Wの条件、電気的加工条件、ファーストカット又はセカンドカットの別等が含まれる。加工条件設定装置73は、これらの加工条件を、記憶装置75に記憶されるNCプログラムに記録されている場合は当該加工条件を読み出すことにより、又は入力装置71への入力情報に基づき、設定する。設定された加工条件は、ワイヤ放電加工装置100を構成する各装置及び機構の制御部に対して、動作指令の信号又は動作指令値のデータの形式で出力される。また、設定された加工条件の少なくとも一部は、オフセット量設定装置74に対しても出力される。
【0038】
オフセット量設定装置74は、加工条件設定装置73から送られた加工条件に基づき、上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2を設定する。オフセット量設定装置74は、加工条件とオフセット量d1,d2との関係を示すデータに基づき、加工条件設定装置73から送られた加工条件に応じてオフセット量d1,d2を設定する。例えば、加工条件とオフセット量d1,d2とを1対1の関係で記録したデータテーブルを記憶装置75に記憶し、加工条件設定装置73から送られた加工条件に対応するオフセット量d1,d2をデータテーブルから読み出すことで、オフセット量d1,d2を設定することができる。他の構成においては、変数としての加工条件からオフセット量d1,d2の値を求めるための関数を記憶装置75に記憶し、当該関数を用いてオフセット量d1,d2を算出することで、オフセット量d1,d2を設定することができる。設定されたオフセット量d1,d2は、移動制御装置76への動作指令値として出力される。なお、オフセット量d1,d2の設定の詳細については、後述する。
【0039】
記憶装置75は、入力装置71から送られた入力情報、NCプログラム、オフセット量d1,d2の設定に用いられるデータテーブルや関数等を記憶する。
【0040】
移動制御装置76は、オフセット量設定装置74が設定から送られた動作指令に従い通電体移動装置45,46のモータ45d,46dを制御して、上側通電体44a及び下側通電体44bを初期位置A1,A2から設定されたオフセット量d1,d2だけそれぞれ移動させる。
【0041】
この他、制御装置7は、ワイヤ放電加工装置100を構成する各装置及び機構の制御部に対して動作指令を出力するとともに、各制御部から各装置及び機構の実際の動作情報のフィードバックを受け取る。
【0042】
3.オフセット量の設定
次に、上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2の設定について、さらに詳細に説明する。
【0043】
本実施形態においては、各種加工条件に基づき、上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2を設定する。具体的には、オフセット量設定装置74が、加工条件設定装置73から送られた加工条件に基づきオフセット量d1,d2を設定する。ここで、上側通電体44aのオフセット量d1は、ワイヤ電極2の条件、被加工物Wの加工面に要求される面粗度、及び被加工物Wの条件のうちの少なくとも1つを含む加工条件に応じて設定される。
【0044】
ワイヤ電極2の条件について、加工精度に特に大きな影響を与えるものとして、ワイヤ電極2の材質及び外径が例示される。ワイヤ電極2は、材質によって表面状態の変化の起こりやすさが異なり、例えば、真鍮を主成分とする材質を用いたワイヤ電極2は、タングステン電極や亜鉛コーティング電極等の他の材質に比べて表面にクラックやワイヤ屑が発生しやすい。ワイヤ電極2の材質に基づき上側通電体44aのオフセット量d1を設定する場合、本実施形態では、表面状態の変化が起こりやすい材質を用いる場合のオフセット量d1が、表面状態の変化が起こりにくい材質を用いる場合のオフセット量d1よりも小さくなるように設定する。これにより、表面状態の変化が起こりやすい材質を用いる場合にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることができ、接触によるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制し、加工精度の低下を抑えることができる。なお、下側通電体44bのオフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される。
【0045】
また、ワイヤ電極2の外径が大きいほど、表面に発生したクラックやワイヤ屑により被加工物Wの加工面にムラやスジが発生しやすくなる。ワイヤ電極2の外径に基づき上側通電体44aのオフセット量d1を設定する場合、本実施形態では、ワイヤ電極2の外径が所定の閾値以上である場合のオフセット量d1が、外径が当該閾値未満である場合のオフセット量d1よりも小さくなるように設定する。これにより、ワイヤ電極2の外径が大きい場合にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることができ、接触によるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制し、加工精度の低下を抑えることができる。なお、下側通電体44bのオフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される。
【0046】
上側通電体44aのオフセット量d1の設定時に用いられるワイヤ電極2の外径の閾値は、好ましくは、0.05~0.2mm、さらに好ましくは、0.07~0.17mmの範囲で設定される。このような範囲において外径の閾値を設定することにより、ワイヤ電極2の表面状態が加工精度に与える影響を十分に小さくすることができる。
【0047】
面粗度は、例えば、加工面の最大高さRz、算術平均粗さRa等の指標で表される。最大高さRzは、JIS B 0601-2001に規定される面粗度の指標であり、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、抜き取り部分の最高の山頂の山高さと最深の谷底の谷深さとの和を、μm単位で表したものである。算術平均粗さRaは、JIS B 0601-2001に規定される面粗度の指標であり、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、抜き取り部分の平均線から測定曲線までの偏差の絶対値を合計し、平均した値をμm単位で表したものである。
【0048】
被加工物Wの加工面に要求される面粗度が小さいほど、被加工物Wの加工面に発生したムラやスジが目立ちやすくなる。要求面粗度に基づき上側通電体44aのオフセット量d1を設定する場合、本実施形態では、要求面粗度が所定の閾値以下である場合のオフセット量d1が、当該閾値よりも大きい場合のオフセット量d1よりも小さくなるように設定する。これにより、要求面粗度が小さい場合にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることができ、接触によるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制し、加工精度の低下を抑えることができる。なお、下側通電体44bのオフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される。
【0049】
上側通電体44aのオフセット量d1の設定時に用いられる面粗度の閾値は、好ましくは、最大高さRzを面粗度の指標として用いる場合には1~3μm、算術平均粗さRaを面粗度の指標として用いる場合には0.1~0.5μmの範囲で設定され、さらに好ましくは、最大高さRzの場合には1~1.5μm、算術平均粗さRaの場合には0.1~0.3μmの範囲で設定される。このような範囲において面粗度の閾値を設定することにより、ワイヤ電極2の表面状態が加工精度に与える影響を十分に小さくすることができる。
【0050】
被加工物Wの条件について、加工精度に特に大きな影響を与えるものとして、被加工物Wの材質及び厚みが例示される。ワイヤ電極2の表面状態に応じた加工面のムラやスジの発生しやすさは、被加工物Wの材質によって異なる。被加工物Wの材質に基づき上側通電体44aのオフセット量d1を設定する場合、本実施形態では、ムラやスジが発生しやすい材質を用いる場合のオフセット量d1が、ムラやスジが発生しにくい材質を用いる場合のオフセット量d1よりも小さくなるように設定する。これにより、加工面にムラやスジが発生しやすい材質を用いる場合にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることができ、接触によるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制し、加工精度の低下を抑えることができる。なお、下側通電体44bのオフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される。
【0051】
また、被加工物Wの厚みが大きいほど、ワイヤ電極2の表面状態が加工面に与える影響が大きくなる。被加工物Wの厚みに基づき上側通電体44aのオフセット量d1を設定する場合、本実施形態では、被加工物Wの厚みが所定の閾値以上である場合のオフセット量d1が、厚みが当該閾値未満である場合のオフセット量d1よりも小さくなるように設定する。これにより、被加工物Wの厚みが大きい場合にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることができ、接触によるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制し、加工精度の低下を抑えることができる。なお、下側通電体44bのオフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される。
【0052】
上述のように所定の加工条件下で上側通電体44aのオフセット量d1が小さくなるように設定する場合、上側通電体44aがワイヤ電極2と接触するように、換言すれば、ワイヤ電極2と接触させつつ当該加工条件を満たさない場合と比べて接触の程度を弱めるように、設定することができる。例えば、ワイヤ電極2の外径が閾値以上である場合のオフセット量d1を、上側通電体44aがワイヤ電極2と接触するように、外径が閾値未満である場合と比べて小さく設定することができる。また、加工面に要求される面粗度が閾値以下である場合のオフセット量d1を、上側通電体44aがワイヤ電極2と接触するように、要求面粗度が閾値よりも大きい場合と比べて小さく設定することができる。これにより、上側通電体44aとの接触の程度を弱めることで表面におけるワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制しつつ、上側通電体44aを通した給電も行えるため、給電量の減少に伴う加工速度の低下を最小限に抑えることができる。
【0053】
一方、所定の加工条件下で上側通電体44aのオフセット量d1が小さくなるように設定する場合、上側通電体44aがワイヤ電極2と非接触となるように設定することもできる。図4においては、オフセット量d1=0と設定し上側通電体44aを初期位置A1から移動させず、下側通電体44bのみから給電を行っている。例えば、ワイヤ電極2の外径が閾値以上である場合のオフセット量d1を、上側通電体44aがワイヤ電極2と非接触となるように設定することができる。また、加工面に要求される面粗度が閾値以下である場合のオフセット量d1を、上側通電体44aがワイヤ電極2と非接触となるように設定することができる。この場合、上側通電体44aとの接触に伴うワイヤ電極2の表面におけるクラックやワイヤ屑の発生を抑制する効果が最大となる。
【0054】
なお、上側通電体44aのオフセット量d1の設定の態様は、上述の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が想定される。例えば、上述の実施形態においては、加工条件毎にオフセット量d1を調整しているが、複数の加工条件を考慮する際には当該加工条件が特定の組み合わせである場合(例:ワイヤ電極2の材質が真鍮であり、ワイヤ電極2の外径が所定の閾値以上であり、且つ要求面粗度が所定の閾値以下である場合)に、上側通電体44aのオフセット量d1がより小さくなるように設定してもよい。この場合、複数の加工条件の組み合わせに対して最適なオフセット量d1のデータを、例えばデータテーブルの形式で制御装置7の記憶装置75に記憶し、オフセット量設定装置74が当該データを読み出すことで、オフセット量d1を設定することができる。
【0055】
また、上述のような加工条件毎のオフセット量d1の調整を、ファーストカット時には行わず、セカンドカット以降にのみ行ってもよい。荒加工として行われるファーストカットにおいては、その後のセカンドカット以降の仕上げ加工に要する取り代を残して加工が行われる。従って、仕上げ加工と比べて加工面に要求される精度は低い。セカンドカット以降、特にPIKA加工(鏡面加工)においてはより高精度での加工が要求される。従って、ファーストカット時には上側通電体44a及び下側通電体44bを十分にワイヤ電極2に接触させ、セカンドカット以降にワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触とすることで、加工精度の低下を抑えつつ、加工速度の低下も最小限に抑えることができる。
【0056】
4.被加工物Wのワイヤ放電加工方法
次に、本実施形態に係るワイヤ放電加工装置100を用いた被加工物Wのワイヤ放電加工方法について説明する。図6は、本発明の実施形態に係るワイヤ放電加工方法のフロー図である。
【0057】
まず、作業者が数値制御装置72における各種処理に必要な情報を入力し、制御装置7の入力装置71が入力情報を取り込む(ステップS1-1)。入力情報は数値制御装置72へと出力され、加工条件設定装置73により各種加工条件が設定される(ステップS1-2)。設定された加工条件は、ワイヤ放電加工装置100を構成する各装置及び機構の制御部に対して、動作指令として出力される。また、加工条件の少なくとも一部は、オフセット量設定装置74に対しても出力される。
【0058】
オフセット量設定装置74は、加工条件設定装置73から送られた加工条件に基づき、上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2を設定する。本実施形態においては、ファーストカットにおいては、十分な加工速度を確保するために、上側通電体44a及び下側通電体44bがワイヤ電極2に十分接触するようにオフセット量d1,d2を設定する(ステップS1-3)。一方、セカンドカットにおいては、上側通電体44aのオフセット量d1を、ワイヤ電極2の条件、被加工物Wの加工面に要求される面粗度、及び被加工物Wの条件のうちの少なくとも1つを含む加工条件に応じて設定する。図6では、一例として、ワイヤ電極2の外径に応じてオフセット量d1を調整する場合が示されている。ワイヤ電極2の外径を所定の閾値と比較し(ステップS2-1)、閾値以上である場合にはワイヤ電極2と上側通電体44aとの接触を弱める、又は非接触となるようにオフセット量d1を設定する。また、オフセット量d2はワイヤ電極2と下側通電体44bとが十分に接触するよう設定される(ステップS2-2)。設定されたオフセット量d1,d2は、移動制御装置76への動作指令値として出力される。
【0059】
自動結線装置3は、ワイヤ電極2を被加工物Wに形成された下穴に挿通し、上側ワイヤガイド43a及び下側ワイヤガイド43bの間にワイヤ電極2を自動的に張架する。これにより、ワイヤ電極2が被加工物Wに対して略鉛直方向下向きに走行しながら供給される(ステップS1-4)。
【0060】
移動制御装置76は、動作指令に従い通電体移動装置45,46により上側通電体44a及び下側通電体44bを設定されたオフセット量d1,d2だけ初期位置A1,A2からそれぞれ移動させる(ステップS1-5)。また、電源装置6は、動作指令に従い作動して、上側通電体44a及び下側通電体44bを通してワイヤ電極2と被加工物Wとの間の加工間隙10に電圧パルスを繰り返し印加する(ステップS1-6)。これにより、加工間隙10に放電が発生し、所望の形状への加工が行われる。
【実施例
【0061】
以下、詳細な内容について実施例を用いて説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
ワイヤ放電加工装置100を用いて、被加工物Wに対して放電加工を行い、加工面の状態を観察した。全ての実施例及び比較例において、被加工物Wとして鋼製で厚み40mmの金属板を用いた。また、真鍮製で外径が0.2mmのワイヤ電極2を用いた。
【0063】
実施例1~3及び比較例1における上側通電体44a及び下側通電体44bのオフセット量d1,d2の条件を表1に示す。全ての実施例及び比較例において、まず、上側通電体44aを初期位置A1からA軸方向にオフセット量d1=0.8mmだけ、下側通電体44bを初期位置A2からA軸方向にオフセット量d2=0.8mmだけ移動させ、ワイヤ電極2に十分に接触させた状態でファーストカットを行った。
【0064】
【表1】
【0065】
続いて、セカンドカット以降の加工を5回行った。この際、実施例1,2においては、上側通電体44aを初期位置A1からA軸方向にオフセット量d1=0.5,0.2mmだけそれぞれ移動させ、ファーストカット時よりも接触の程度を弱めてワイヤ電極2に対して接触させた。実施例3においては、上側通電体44aを初期位置A1から移動させず、ワイヤ電極2と非接触とした。また、実施例1~3において、下側通電体44bを初期位置A2からA軸方向にオフセット量d2=0.8mmだけ移動させ、ワイヤ電極2に対して十分に接触させた。
【0066】
比較例1においては、ファーストカット時と同じように、上側通電体44aを初期位置A1からA軸方向にオフセット量d1=0.8mmだけ、下側通電体44bを初期位置A2からA軸方向にオフセット量d2=0.8mmだけ移動させ、ワイヤ電極2に十分に接触させた状態で、セカンドカット以降の加工を5回行った。
【0067】
図7A図7Dはそれぞれ、実施例1~3及び比較例1のセカンドカット以降の加工を5回行った後の加工面の画像である。また、加工面を観察して加工精度を評価した結果を表1に示した。セカンドカット以降に上側通電体44aのオフセット量d1の調整を行わなかった比較例1においては、図7Dにおける上下方向にスジが多数発生した。実施例1においても、図7Aにおける上下方向にスジが発生したが、比較例1よりもスジが薄かった。実施例2及び実施例3においては、比較例1と比べてスジが顕著に減少した。
【0068】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な設計変更が可能なものである。
【符号の説明】
【0069】
1:ワイヤ供給機構、2:ワイヤ電極、3:自動結線装置、4:ワイヤガイド機構、5:ワイヤ回収機構、6:電源装置、7:制御装置、8:圧縮空気供給装置、9:加工液供給装置、10:加工間隙、11:リール、12:ワイヤボビン、13:ブレーキ装置、14:サーボプーリ、15:張力付与装置、15a:送出ローラ、15b:送出モータ、15c:張力検出器、15d:ピンチローラ、16:断線検出器、21:ベッド、22:テーブル、31:ガイドパイプ、32:昇降装置、35c:通電体支持部材、40mm:厚み、41a:上側ガイドアッセンブリ、41b:下側ガイドアッセンブリ、42a:ハウジング、42b:ハウジング、43a:上側ワイヤガイド、43b:下側ワイヤガイド、44a:上側通電体、44b:下側通電体、45:通電体移動装置、45a:ボールネジ軸、45b:ナット、45c:通電体支持部材、45d:モータ、46:通電体移動装置、46a:ボールねじ軸、46b:ナット、46d:モータ、51:方向転換ローラ、52:搬送パイプ、53:アスピレータ、54:巻取装置、54a:巻取ローラ、54b:ピンチローラ、54c:巻取モータ、55:ワイヤ切断機、56:バケット、71:入力装置、72:数値制御装置、73:加工条件設定装置、74:オフセット量設定装置、75:記憶装置、76:移動制御装置、100:ワイヤ放電加工装置、W:被加工物
【要約】
【課題】加工速度の低下を最小限に抑えつつ加工精度を向上させることが可能なワイヤ放電加工装置及びワイヤ放電加工方法を提供する。
【解決手段】本発明によれば、ワイヤ電極と上側及び下側ガイドアッセンブリとを備えるワイヤ放電加工装置であって、上側ガイドアッセンブリは、上側ワイヤガイドと、上側通電体と、通電体移動装置とを備え、下側ガイドアッセンブリは下側通電体を備え、上側及び下側通電体は、ワイヤ電極と接触していない初期位置から水平一軸方向に移動することによりワイヤ電極と接触して給電するように構成され、通電体移動装置は、上側通電体を、初期位置から水平一軸方向に所定のオフセット量移動させるように構成され、オフセット量は、加工条件に基づき設定され、加工条件は、ワイヤ電極の条件、被加工物の加工面に要求される面粗度、及び被加工物の条件のうちの少なくとも1つを含む、ワイヤ放電加工装置が提供される。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7