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特許7104930不死化赤血球前駆細胞由来の血球様細胞を用いたマラリア原虫等の維持培養・感染評価に適した細胞の決定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-13
(45)【発行日】2022-07-22
(54)【発明の名称】不死化赤血球前駆細胞由来の血球様細胞を用いたマラリア原虫等の維持培養・感染評価に適した細胞の決定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20220714BHJP
   C12N 5/078 20100101ALI20220714BHJP
   C12N 1/10 20060101ALI20220714BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220714BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12N5/078
C12N1/10
C12N5/10
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2017201666
(22)【出願日】2017-10-18
(65)【公開番号】P2019071849
(43)【公開日】2019-05-16
【審査請求日】2020-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】517364949
【氏名又は名称】マイキャン・テクノロジーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 和雄
(72)【発明者】
【氏名】金子 修
(72)【発明者】
【氏名】矢幡 一英
(72)【発明者】
【氏名】若山 泰親
(72)【発明者】
【氏名】江藤 浩之
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-036651(JP,A)
【文献】特表2013-520164(JP,A)
【文献】特表2017-515471(JP,A)
【文献】Parasitology International,2014年,Vol.63,p.278-284
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/04
C12N 5/078
C12N 1/10
C12N 5/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マラリア原虫 による感染、培養および/又は評価に適した細胞を決定する方法であって、
不死化した 血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞との混合物を調製すること、
前記混合物に前記マラリア原虫を感染させることであって、感染後の細胞培養の培地は、選択時の細胞生存率が感染前の生存細胞数の80%以上となるように糖およびアルブミンを添加し、又はpHを調整することを含み、血清不含であること
前記マラリア原虫が感染した細胞を選択すること、
選択された細胞の分化の程度を判定すること、および
判定された分化の程度の細胞をマラリア原虫による感染、培養および/又は評価に適した細胞として決定することを含む方法。
【請求項2】
前記マラリア原虫が感染した細胞を選択する工程が、前記マラリア原虫が感染した細胞のうち、最も生存率の高い細胞を選択することにより行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マラリア原虫が、熱帯熱マラリア原虫である、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記赤血球前駆細胞が、ヘモグロビンを産出し、かつ、CD235a陽性である前駆細胞である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記糖がグルコースである、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記糖の濃度が、150mg/ml以上である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記糖の濃度が、150mg/ml以上500mg/ml以下である、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記アルブミンの濃度が1.01.5%である、請求項~請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
血球前駆細胞の赤血球細胞へ分化誘導がドキシサイクリンを含有しない培地で血球前駆細胞を培養することにより行われる、請求項1~請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
マラリア原虫 を維持培養する方法であって、
不死化した 血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞との混合物を調製すること、
前記混合物に前記マラリア原虫を感染させることであって、感染後の細胞培養の培地は、選択時の細胞生存率が感染前の生存細胞数の80%以上となるように糖およびアルブミンを添加し、又はpHを調整することを含み、血清不含であること
感染した細胞の分化の程度からマラリア原虫による感染および培養に適した細胞を選択すること、
選択された細胞を回収すること、
回収された細胞を培養すること含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血球を介在するウィルス・菌・原虫などの微生物の維持、培養または評価に適した細胞を不死化したヒト赤血球前駆細胞から調製したヒト赤血球様細胞群から選択し、決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症研究において、研究対象が血球を介在する場合、例えばマラリア原虫のように血球内で増殖する場合、献血由来の、もしくはヒト以外の動物種の血液を利用して研究対象の培養および評価が行われている。しかし、少子高齢化社会の進行に伴う献血者総数の減少により、将来的に研究用への血液提供が不足する事態が危惧されている。
【0003】
また、一般的に、血液細胞を用いた感染症研究は、献血や廃棄する状態の輸血パックまたは動物の血液にある赤血球などを使用するために、評価ごとに異なる血液細胞を使用することになる。そのため、試験の再現性担保が難しい場合もある。特に、感染症は、特定の遺伝子変異した場合、感染もしくは重篤化に対して抵抗性を獲得する事例が多数存在する。例えば、11番目染色体に変異が入った、いわゆる鎌型赤血球症患者はマラリアに対して疾患抵抗性を示すことが知られている。このように、感染症に対して疾患抵抗性を示す遺伝子を背景に持つ血液を、メカニズム研究や新薬・ワクチン開発などのために使用したいと考える場合、血球細胞の確保が難しい。
【0004】
さらに、感染症研究の対象となるウィルス・菌・原虫などの微生物については、血球を介在することは判明しているものの、培養・増殖に適した条件については未だ明らかにされていない。そのため、献血血液から感染に適した細胞を分画などにより抽出して用いられている場合にも、研究対象の培養にどの細胞群が適しているか不明である場合もあり、in vitroでの培養が困難な研究対象も多く報告されている。
【0005】
in vitroでの培養を実現させるための方法として、例えば、Tragerらにより、献血由来の、もしくは廃棄輸血パックより分画した赤血球を用いて熱帯熱マラリア原虫をin vitroで培養できることが報告されている(非特許文献1)。本報告以降、多くの研究者らが改良法を報告し、献血等によるヒト生体由来の赤血球などを使用して研究対象をin vitroにて培養し、それらを用いて感染症研究・薬剤・ワクチン開発が行われてきた。
【0006】
また、臍帯血・骨髄・末梢血由来の造血幹細胞をin vitroにて血球細胞、更には赤血球へと分化できることが報告されている(特許文献1)。また、ES・iPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導を行うことにより赤血球を調製する方法も報告されている(特許文献2)。さらに、臍帯血由来の造血幹細胞を分化誘導させて赤血球細胞を調製し、熱帯熱マラリア原虫の感染に用いた例がいくつかの研究グループより報告されている(非特許文献2)。しかし、これらの方法は、分化誘導に期間を要し、赤血球の供給量が少なく研究に必要な量を継続的に提供し続けるのは難しく、費用が高額となるという問題があった。この問題を解決する方法として、造血幹細胞、ES細胞やiPS細胞、又はそれらから分化した細胞に遺伝子導入を行い、不死化赤血球前駆細胞を作製し、より効率的に赤血球を調製する方法が報告されている(非特許文献3~7)。また、不死化した赤血球前駆細胞から得られた脱核した赤血球細胞も記載されている(特許文献3)が、本細胞は、脱核した赤血球に感染することが判明している研究対象にしか利用できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2005-118780
【文献】WO2009-137629
【文献】特開2014-036651
【非特許文献】
【0008】
【文献】Trager Wら、Science(1976)193:673-5.
【文献】Tamez P.A.ら、Blood.(2009)114(17):3652‐3655,
【文献】Bei A.K.ら、J Infect Dis.(2010)202(11):1722
【文献】Kurita R.ら、PLoS ONE(2013)8,e59890.
【文献】Huang X.ら、Mol.Ther.(2014)22,451-463.
【文献】Hirose S.ら、Stem Cell Rep.(2013)1,499-508.
【文献】Kongtana T.ら、Nat Commun.(2017)8,14750.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、研究対象となるウィルス・菌・原虫などの赤血球介在型感染性微生物に適したヒト血球様細胞群を特定できれば、それを人工的に調製して提供することが可能となり、赤血球介在型感染性微生物培養のための細胞の安定供給や、赤血球介在型感染性微生物に関する研究の再現性の問題を改善することができると考えられる。しかし、これまで、赤血球介在型感染性微生物については、血球を介在することは知られているものの、血球により感染や維持培養の効率が異なるかどうかを検討された例はなく、またどの様な状態の血球が感染や維持培養に適するかは同定されていなかった。
【0010】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、感染症研究を行うためのヒト赤血球様細胞群を決定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、感染症研究に適した人工細胞を提供する方法を模索すべく、ヒト臍帯血由来又はES細胞もしくはiPS細胞由来の細胞に遺伝子を導入して得られた不死化ヒト赤血球前駆細胞株を分化誘導させて、複数の分化状態が混在した細胞群を調製し、赤血球介在型感染性微生物を感染させる実験を繰り返し行った。その結果、細胞の分化状態が感染効率や感染した細胞の生存率に影響を与えることを見出した。そして、このような分化状態が混在した細胞群を用いることにより、赤血球介在型感染性微生物に適した細胞を決定することができ、それにより血球を介在する感染症、熱帯熱マラリアなどの原虫研究に適した細胞を人工的に作製し、使用できることを見出すことに成功した。
【0012】
具体的には、本発明者らは、熱帯熱マラリア原虫が調製した赤血球様細胞に侵入することを確認した。ギムザ染色など染色手法を用い確認したところ、この感染は脱核前の未熟な段階のヒト赤血球様細胞に認められた。すなわち、生体由来の成熟した赤血球ではなく、このように分化度の混在した赤血球様細胞群を用いることで、感染血球が未知である研究対象について、より適した細胞群を見いだすことができた。
【0013】
また、調製した細胞を、赤血球にかわり感染評価に使用した際に、細胞死や原虫死が観測された。よって、決定された細胞に適した培養条件について検討した結果、感染評価に適した培養条件が存在することを見出した。これにより、決定された細胞を適切に感染評価に用いることを達成できた。
【0014】
具体的には、本発明は以下の発明に関する。
(1) 所望の赤血球介在型感染性微生物による感染、培養および/又は評価に適した細胞を決定する方法であって、
血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物を調製すること、
前記細胞に前記微生物を感染させること、
前記微生物が感染した細胞を選択すること、
選択された細胞の分化の程度を判定すること、および
判定された分化の程度の細胞を所望の赤血球介在型感染性微生物による感染、培養および/又は評価に適した細胞として決定することを含む方法。
(2) 前記、前記微生物が感染した細胞を選択する工程が、前記微生物が感染した細胞のうち、最も生存率の高い細胞を選択することにより行われる、(1)に記載の方法。
(3) 前記微生物が、原虫である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 前記微生物が、マラリア原虫である、(3)に記載の方法。
(5) 前記微生物が、熱帯熱マラリア原虫である、(4)に記載の方法。
(6) 前記血球前駆細胞が、不死化した血球前駆細胞である、(1)~(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7) 前記赤血球前駆細胞が、ヘモグロビンを産出し、かつ、CD235a陽性である前駆細胞である、(6)に記載の方法。
(8) 赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物が、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞との混合物である、(1)~(7)のいずれか1項に記載の方法。
(9) 細胞培養の培地中に、選択時の細胞生存率が感染前の生存細胞数の80%以上となるように糖およびアルブミンを添加し、又はpHを調整することを含む、(1)~(8)のいずれか1項に記載の方法。
(10) 前記糖がグルコースである、(9)に記載の方法。
(11) 前記糖の濃度が、150mg/ml以上である、(9)又は(10)に記載の方法。
(12) 前記糖の濃度が、150mg/ml以上500mg/ml以下である、(11)に記載の方法。
(13) 前記アルブミンの濃度が0.5~2.0%である、(9)~(12)のいずれか1項に記載の方法。
(14) 血球前駆細胞の赤血球細胞へ分化誘導がドキシサイクリンを含有しない培地で血球前駆細胞を培養することにより行われる、(1)~(13)のいずれか1項に記載の方法。
(15) 所望の赤血球介在型感染性微生物を維持培養する方法であって、
血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物を調製すること、
前記細胞に前記微生物を感染させること、
感染した細胞の分化の程度から所望の赤血球介在型感染性微生物による感染および培養に適した細胞を選択すること、
選択された細胞を回収すること、
回収された細胞を培養すること含む方法。
(16) マラリア原虫を培養する方法であって、有核赤血球にマラリア原虫を感染させること、および感染させた有核赤血球を培養することを含む方法。
(17) 前記有核赤血球が血球前駆細胞をドキシサイクリンを含有しない培地で9日間以上培養して得られる細胞である、(16)に記載の方法。
(18) マラリア原虫が熱帯熱マラリア原虫である、(16)又は(17)に記載の方法。
(19) (1)~(14)のいずれか1項に記載の方法により決定された、前記所望の赤血球介在型感染性微生物の培養に用いるための血球様細胞。
(20) 不死化した血球前駆細胞から分化誘導された細胞群であって、CD235a陽性の赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞を含有し、前記分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞が少なくとも、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞とを含む、細胞組成物。
(21) 所望の赤血球介在型感染性微生物による感染、培養および/又は評価に適した細胞をスクリーニングするためのキットであって、(20)に記載の細胞組成物を含有するキット。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、血球を介在する広範な感染症において、赤血球介在型感染性微生物の研究・評価が可能となる。例えば、ヒト献血由来の血球材料では培養・評価が難しく研究することが難しかった疾患に対しても、本発明を使用することで培養・評価が可能になり、感染症研究・感染症薬・ワクチン開発を行うことが可能となる。また、感染率や生存率から感染細胞を決定し、当該細胞が得られるよう分化条件等を最適化させることで、当該細胞を人工的に大量に調製することができる。更に、分化条件、例えば分化日数を変化させることにより、種々の混在する細胞や状態を作り出せる。これにより、赤血球介在型感染性微生物の感染に適した赤血球の分化の程度が不明である場合でも感染および培養することができる。更には、当該赤血球介在型感染性微生物に最適な状態の細胞群を決定することができる。さらに、赤血球様細胞群の中の感染に適した細胞あるいはその群の遺伝子、表面マーカーや形状などを精査することで、新たなメカニズムや創薬ターゲットを見出すことが可能になり、感染症研究を進捗させ、新薬開発やワクチン開発に役立てることが可能となる。また、赤血球様細胞群を使用することで、血液を使用した感染症薬の開発において、赤血球細胞群間の誤差の少ない薬剤スクリーニング評価を可能にする。スクリーニングに使用する被検化合物としては、特に制限はなく、低分子化合物のみならずペプチドや抗体などでも評価可能である。また、in vitroのみならずin vivoにおいても、ヒト赤血球様細胞群を使用した評価が可能な感染症研究においては、例えば使用動物に免疫不全マウスなどを用いヒト赤血球系細胞を用いた評価ができる環境下などでは、特に制限することなく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】不死化ヒト赤血球前駆細胞から誘導した分化細胞(12日目)における、赤血球マーカーCD71およびCD235aの発現をフローサイトメーターにて分析した結果を示すプロット図である。(使用抗体:CD71:PE-A,CD235a: Alexa Fluor-488-Aで反応するものを使用)
図2】不死化ヒト赤血球前駆細胞から誘導した分化細胞(17日目)における、赤血球マーカーCD235aおよび核染色試薬DRAQ5の発現をフローサイトメーターにて分析した結果を示すプロット図である。(使用抗体:CD235a: Alexa Fluor-488-A、DRAQ5:PE-Cy5-Aで反応するものを使用)
図3】ヘモグロビンを合成し赤血球様細胞であることを確認するために、調整した細胞(分化日数12日目(Day12)および30日目(Day30))を沈殿させた写真である。
図4】感染評価前のヒト赤血球様細胞群(上:分化日数4日目、下:分化日数13日目)のギムザ染色図である。(黒矢印:核が大きく分化状態が未熟と思われる細胞。白矢印:核が小さく血球分化がより進んだ状態と思われる細胞)
図5】調製したヒト赤血球様細胞に対し熱帯熱マラリア原虫を感染させる評価実験方法の概略図である。
図6】ヒト赤血球様細胞に熱帯熱マラリア原虫を感染させた後のギムザ染色の写真である。(黒矢印:赤血球様細胞に感染した熱帯熱マラリア原虫)
【発明を実施するための形態】
【0017】
一態様において、本発明は、所望の赤血球介在型感染性微生物による感染に適した細胞を決定する方法であって、
血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物を調製すること、
前記細胞に前記微生物を感染させること、
前記微生物が感染した細胞を選択すること、
選択された細胞の分化の程度を判定すること、および
決定された分化の程度の細胞を所望の赤血球介在型感染性微生物による感染に適した細胞として決定することを含む方法に関する。
【0018】
<赤血球介在型感染性微生物>
本明細書において、「赤血球介在型感染性微生物」とは、その生存・増殖過程において赤血球への感染が含まれるウィルス、菌、および原虫などを意味する。このような赤血球介在型感染性微生物としては、マラリアを引き起こすプラスモジウム属の原虫、例えば、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫、鳥マラリア、猿マラリア、偶蹄類マラリアなどのマラリア原虫、バベシア属の原虫、タイレリア属の原虫、パルボウィルスなどが含まれる。
【0019】
<赤血球前駆細胞>
本発明に使用する赤血球前駆細胞は、ヘモグロビンを産出し、かつ、CD235a陽性である前駆細胞であり、好ましくは、不死化されたヒト赤血球前駆細胞であり、特に制限はなく公知の手法を適宜選択して作製することができる。例えば、増殖に関与する遺伝子を導入しておき、外的刺激に応答して発現調整させ、長期に渡り増殖を行う方法などが報告されている。また、MycやBcl遺伝子群など増殖に関与する遺伝子や、ヒトパピローマウィルス16型遺伝子群などを導入し外的刺激に応答して発現を調節する方法や、初期化する4因子(cMyc,Oct4,Klf4,Sox2)の一部とp53shRNAを導入する方法により不死化ヒト赤血球前駆細胞を作製する方法が報告されており、これらを選択して作製することもできる。「赤血球前駆細胞」は、赤血球系細胞への分化能のみを有し、他の血液系細胞、例えば血小板・白血球などへの分化能を喪失している細胞を意味する。また、「ヒト不死化赤血球前駆細胞株」は、遺伝子等の発現操作などにより、細胞分裂を無制限に繰り返すことのできる、ヒト赤血球前駆細胞を意味する。
【0020】
「赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物」とは、赤血球系の細胞に見られる表面マーカーであるCD235aやCD71は発現しているものの、その発現割合が混在している細胞を意味する。つまりそれは赤血球に分化していく過程にある細胞群ではあるが、未熟な細胞、例えばより赤芽球に近い細胞、から成熟に近い細胞、例えば脱核赤血球までが混在する。本混合物は、脱核赤血球まで分化していない赤血球様細胞を含む。好ましくは、本細胞混合物は、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞との混合物である。
【0021】
血球前駆細胞から赤血球細胞への分化誘導は、外的刺激を除去し、強制発現させていた細胞増殖能を低下させることにより徐々に赤血球様細胞へと分化誘導を行い調製することができる。例えば、テトラサイクリン発現誘導システムを組み込んだ場合はドキシサイクリン刺激を除去した環境下、培地や栄養細胞との共培養などにより、ヒト赤血球様細胞群を調整することができる。例えば、研究対象としてマラリア原虫を使用する場合、通常1~30日間、好ましくは9~18日間培養する。分化条件、例えば分化日数は、目的とする赤血球介在型感染性微生物に応じて適宜選択することができる。
【0022】
赤血球前駆細胞から赤血球細胞への分化誘導に用いられる培地としては、例えばIMDM溶液、RPMI溶液、α-MEM溶液、DMEM溶液が挙げられる。培養に添加できる成分としては、ヒト血漿タンパク質画分、ウシ胎児やヒト血清、グルコース・D-マンニトールなど糖類、バリンなどアミノ酸、アデニンなど核酸塩基、リン酸水素ナトリウム、ミフェプリストン、α-トコフェロール、リノール酸、コレステロール、亜セレン酸ナトリウム、ヒトホロトランスフェリン、ヒトインスリン、エタノールアミン、2-メルカプトエタノール、EPO、TPO、SCF等が含まれていてもよい。更に必要に応じ、抗生物質や無機塩類を加えてもよい。
【0023】
また、赤血球細胞に分化誘導させる際、調製する細胞群の分化の進み具合の構成比を変化させるために栄養細胞との共培養を行ってもよい。共培養の期間は、分化誘導期間と同じ期間に限定されるものではない。栄養細胞としては、骨髄系細胞や繊維芽細胞、例えば、OP9細胞、MS-5細胞、MEF、SNL76/7細胞、PA6細胞、NIH3T3細胞、M15細胞、10T1/2細胞等が挙げられる。これら栄養細胞は、細胞分裂停止薬剤(マイトマイシンC等)の処理や放射線照射により細胞分裂を停止させたものを使用する事が好ましい。
【0024】
また、2種類以上の異なる分化条件(例えば、分化日数)で調製することにより、2種類以上の異なる混在比のヒト赤血球様細胞群を調製することもできる。
【0025】
一態様において、本発明は、上述の方法により調製された、不死化した血球前駆細胞から分化誘導された細胞群であって、CD235a陽性の赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞を含有し、前記分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞が少なくとも、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞とを含む、細胞組成物に関する。本細胞組成物は、任意の赤血球介在型感染性微生物の感染に適した分化段階の細胞を決定するために用いることができる。また、本細胞組成物は、赤血球細胞を媒介とする微生物の研究に用いることもできる。
【0026】
更に、本発明は、前段落記載の細胞組成物を含有する、所望の赤血球介在型感染性微生物による感染、培養および/又は評価に適した細胞をスクリーニングするためのキットに関する。当該キットは、前記細胞組成物の他、パッケージ、説明書を含んでいてもよい、また任意で培養用培地や培養添加物を含んでいてもよい。
【0027】
細胞混合物への赤血球介在型感染性微生物の感染および感染した細胞の選択は、調製した細胞混合物を含む培地を遠心分離させ、ペレット状にして得られた細胞を用いて、生体血液を使用した感染症研究と同様の公知の方法で行うことができる。例えば、マラリア原虫感染研究の場合、調整した細胞混合物を、あらかじめマラリア原虫が感染した赤血球が存在する96穴プレートなどの評価ウェルに添加し、一定時間培養後、例えば24、48,又は72時間後に、ギムザ染色による固定化と顕微鏡観察により、又は、抗体などを用いたフローサイトメトリー解析により行うことができる。更に、感染した細胞の選択は、細胞又は原虫の生存率の高い細胞を選ぶことにより行うことができる。2種類以上の異なる赤血球様細胞群に感染させた場合、その結果を比較・統合することにより、どの状態の赤血球様細胞もしくは細胞群が感染研究に適しているかを決定してもよい。
【0028】
感染を行う際の培地としては、例えばIMDM溶液、RPMI溶液、α-MEM溶液、DMEM溶液が挙げられる。また、添加物として、ヒトまたはウシ血漿タンパク質画分、ウシ胎児血清やヒト血清、グルコース、D-マンニトールなど糖類、アミノ酸、アデニンなど核酸塩基、リン酸水素ナトリウム、α-トコフェロール、リノール酸、コレステロール、亜セレン酸ナトリウム、ヒトホロトランスフェリン、ヒトインスリン、エタノールアミン、2-メルカプトエタノール、EPO、TPO等が含まれていてもよい。更に必要に応じ無機塩類を加えてもよい。好ましくは、細胞培養の培地中に、選択時の細胞生存率が感染前の生存細胞数の80%以上となるように糖(好ましくは、グルコース)およびアルブミンを添加し、又はpHを調整する。ここで、添加される糖の濃度としては、150mg/ml以上とすることができ、好ましくは、150mg/ml以上500mg/ml以下である。また、添加されるアルブミンの濃度は、0.5~2.0%とすることができる。
【0029】
選択された細胞の分化の程度の判定は、例えば、形態観察(有核か脱核かなど)や表面マーカー分析により行うことができる。分化の程度は厳密に判定する必要はなく、例えば、有核赤血球又は脱核赤血球のいずれであるかを決定することにより決定されてもよい。また、FACS解析などの表面抗原解析やDNAアレイなどの遺伝子解析により、細胞を決定することもできる。
【0030】
別の態様において、本発明は、上述の方法により決定された、前記所望の赤血球介在型感染性微生物の培養に用いるための血球様細胞に関する。当該細胞は、有核赤血球又は脱核赤血球のいずれであるか、分化誘導期間、表面マーカーCD235aやCD71の発現割合、およびDRAQ5陽性か陰性かのいずれか1種類の特徴又は任意の数の特徴の組み合わせにより定義されていてもよい。
【0031】
別の態様において、本発明は、所望の赤血球介在型感染性微生物を維持培養する方法であって、
血球前駆細胞を赤血球細胞へ分化誘導させることにより、赤血球前駆細胞から脱核赤血球まで分化の程度の異なる少なくとも2種類の細胞の混合物を調製すること、
前記細胞に前記微生物を感染させること、
感染した細胞の分化の程度から所望の赤血球介在型感染性微生物による感染および培養に適した細胞を選択すること、
選択された細胞を回収すること、
回収された細胞を培養すること含む方法に関する。
【0032】
本発明の赤血球介在型感染性微生物を維持培養する方法において、細胞混合物の調製、微生物の感染、並びに、感染および培養に適した細胞の選択は、上述の所望の赤血球介在型感染性微生物による感染に適した細胞を決定する方法に準じて行うことができる。選択された細胞の回収は、当該細胞に特異的な表現型や表面マーカーを利用して当業者周知の細胞回収方法、例えば、アフィニティークロマトグラフィーやフローサイトメトリーを利用して回収することができる。
【0033】
また、本発明は、マラリア原虫を培養する方法であって、有核赤血球にマラリア原虫を感染させること、および感染させた有核赤血球を培養することを含む方法に関する。好ましくは、本方法における有核赤血球は、ドキシサイクリンを含有しない培地中で血球前駆細胞を9日間以上培養して得られる有核赤血球である。
【実施例
【0034】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。また、本実施例において用いた細胞、培養液およびマラリア原虫は以下の通りである。
【0035】
(不死化赤血球前駆細胞株)
ヒト不死化赤血球前駆細胞は、既報を参考に作製した。詳しくは、多能性幹細胞より誘導した赤血球前駆細胞に、マウス不死化造血幹細胞として報告されている遺伝子(Myc,Myb,Hob8,TLX1,E2A-pbx1,MLL,Ljx2,RARA,Hoxa9,Notch1,v-raf/v-myc,MYST3-NCOA2,Evi1,HOXB6,HOXB4,β-catenin,Id1)もしくは、ヒト不死化赤血球前駆細胞報告にある遺伝子を導入し作製した。不死化赤血球前駆細胞株の維持は、ドキシサイクリンの添加有無による不死化遺伝子の発現制御で行った。作製したヒト不死化赤血球前駆細胞株は、1×10個ずつ凍結ストックし、20継代を目処に新しい細胞に交換した。冷凍ストックから起こした細胞は、2継代以上維持培養を行い、細胞の状態回復を観察したのちに、分化誘導へと使用した。不死化赤血球前駆細胞の維持は、既報の方法を参考に、1μg/mlドキシサイクリン、10IU/ml EPO,50ng/ml SCF、15%FBS,1%ITS,1%PSG,0.1%アスコルビン酸,0.1%MTG含有IMDM溶液(SIGMA社製)(以下、「ドキシサイクリン含有培地」という)を用いて、37℃5%COインキュベータにて培養し、3日に一度培地交換を行うことで維持した。
【0036】
(フィーダー細胞)
ヒト赤血球様細胞群を調製するためにフィーダー細胞を使用する方法もある。赤血球細胞の調製を支援するフィーダー細胞としては、MS-5、10T1/2、OP-9細胞などが用いられることが多い。本実施例に用いたヒト赤血球用細胞群を調製するために、OP-9細胞(ATCC社)を使用した。OP-9細胞の維持培養は、同社技術資料に基づき20%FBS含有α-MEM溶液(SIGMA社製)にて行った。OP-9細胞をフィーダー細胞として使用する際、あらかじめマイトマイシンで増殖しないよう処置したものをディッシュに播種し使用した。ヒト赤血球用細胞群調製の際、培地交換ごとにフィーダー細胞を交換しても構わないが、分化終了時まで交換することなく同じフィーダー細胞を使用した。
【0037】
(ヒト赤血球様細胞群の調製法)
ヒト赤血球様細胞群の調製は、ヒト不死化赤血球前駆細胞を目的の細胞数に拡大培養した後、フィーダー細胞なしあるいはフィーダー細胞(OP-9細胞など)上で、不死化遺伝子の発現制御することで行った。より詳しくはドキシサイクリンを含まない(ドキシサイクリン非含有とすることで、不死化遺伝子の発現が制御され分化へと進む)、10IU/ml EPO,50ng/ml SCF、15%FBS,1%ITS,1%PSG,0.1%アスコルビン酸,0.1%MTG含有IMDM溶液(SIGMA社製)(以下、「ドキシサイクリン非含有分化培地」という)を用いて調製した。調製はバックやリアクターでも可能であるが、10cmもしくは15cmディッシュを数枚用いた。まず、1×10個以上のヒト赤血球様細胞群を調製するため、あらかじめ不死化赤血球前駆細胞を1~2週間かけ必要細胞数の2~5倍量程度までドキシサイクリン含有培地を用いて拡大培養した。その後、培地をドキシサイクリン非含有分化培地に交換した不死化赤血球前駆細胞を15cmディッシュ数枚に播種し、5%CO、5%O下で、インキュベータにて3日に1度、ドキシサイクリン非含有培地に交換した。必要に応じて培地交換ごとにフィーダー細胞を新しいものに交換し、また分化段階において培地交換時に測定する細胞数に合わせディッシュのサイズも15cmから10cmへ変更し、任意の分化日数の持つヒト赤血球様細胞群を調製した。
【0038】
(調製した細胞の確認法)
調製した細胞がヒト赤血球様細胞であること、分化段階が混在していることなどを確認するために、細胞濃縮による色の評価、表面マーカーの測定、ギムザ染色などによる形態観察などを感染評価前に行った。細胞濃縮による色の評価は、遠沈管で細胞を回収した際の目視における細胞の色で測定した。表面マーカー測定は、CD71抗体、CD235a抗体、並びにDRAQ5(いずれもBiolegend社)を用いて、BD Biosience社のフローサイトメーターCantoIIを使用して行った。また染色については、市販の染色液(Sigma社)を用いて、公知の染色法に基づきギムザ染色もしくはメイギムザ染色をし、光学顕微鏡(400~1000倍)にて測定した。
【0039】
(ヒト赤血球様細胞群の感染評価施設への移送)
ヒト赤血球様細胞群の調製施設と感染評価施設が同一施設にあるのが望ましいが、移送が必要な場合もある。調製したヒト赤血球様細胞群を感染評価施設へ移送する場合、下記条件で移送した。調製した赤血球用細胞群を、移送開始直前に各1×10個程度をT-25フラスコに移し替え、ドキシサイクリン非含有分化培地で満たし容器を密閉した状態でバイオパウチに内包したのちiP-TECプレミアボックス(サンプラテック社)に入れ移送した。実施例における細胞移送は、同ボックスの恒温剤により36℃前後で行った。また、密閉せずフィルターキャップを使用する場合には、バイオパウチにアネロパック(三菱ガス株式会社製)を同封しO並びにCO濃度を制御しながら輸送した。
【0040】
(ヒト赤血球様細胞群の使用)
移送先到着後、速やかにヒト赤血球様細胞群をT-25フラスコから遠沈管に移し替え、回収した細胞を評価に使用した。即時使用しない場合においては、分化状態・混在割合は変化するもののディッシュに移し替え、3日おきにドキシサイクリン非含有分化培地で交換し、培養を継続するか、あるいは即時使用時と類似の分化状態・混在割合にするため冷蔵保存した。
【0041】
(熱帯熱マラリア原虫)
感染評価には、熱帯熱マラリア原虫として、クローン化したMS822-G8株を使用した。熱帯熱マラリア原虫は、公知の方法に基づき維持培養した。評価前日に維持培養していた赤血球をSorbitol-Neuraminidase処理(熱帯熱マラリア原虫の維持培養時に混在する赤血球への感染を排除)をした。
【0042】
(評価培地)
評価培地としては、ヒポキサンチン、HEPES(SIGMA社)を含むRPMI1640培地(SIGMA社)に、炭酸水素ナトリウム(最終濃度0.225%)、25μg/mlゲンタマイシン、および、AlbuMax II(Thermo Fisher Scientific社)を0.5%から1.5%添加した培地を使用した。比較に使用した、ドキシサイクリン非含有分化培地には、10IU/ml EPO,50ng/ml SCF、15%FBS,1%ITS,1%PSG,0.1%アスコルビン酸,0.1%MTG含有IMDM溶液(SIGMA社)にAlbuMax IIを1.5%添加した。
【0043】
(ヒト赤血球様細胞を用いた熱帯熱マラリア原虫感染評価)
各状態(リング、トロホゾイト、シゾント)の原虫感染率を測定した、熱帯熱マラリア原虫感染赤血球(0.5×10cells)、遠心分離にて濃縮させたヒト赤血球様細胞群(0.5×10cells)、およびヒト赤血球(Neuraminidase処理をしていない)を混合して37℃、5%CO下、評価培地中で培養した。0、24、および48時間後の熱帯熱マラリア原虫感染をギムザ染色法、また免疫染色法にて評価した。公知のプロトコールに従い市販の染色液を用いて、ギムザ染色もしくはメイギムザ染色をし、高倍顕微鏡にて測定した。免疫染色法はDNAをDAPIで染色し、マラリア原虫タンパク質(PfHSP70)をPfHSP70抗体で染色し、赤血球膜をGlycophorinA抗体で染色して評価した。
【0044】
(実施例1)分化段階の異なるヒト赤血球様細胞の調製方法
(1)フィーダー細胞上、12日間分化誘導
ヒト不死化赤血球前駆細胞(3×10個)をマイトマイシン処置したOP-9細胞上に播種し、ドキシサイクリン非含有分化培地中、37℃、5%CO下で培養した。3日おきに培地を交換し、12日間分化誘導させた。
【0045】
(2)フィーダー細胞上、17日間分化誘導
ヒト不死化赤血球前駆細胞(1×10個)をマイトマイシン処置したOP-9細胞上に播種し、ドキシサイクリン非含有分化培地中、37℃、5%CO2、5%O下で培養した。3日おきに培地を交換し、17日間分化誘導させた。
【0046】
(3)フィーダー細胞なし、3日間分化誘導
ヒト不死化赤血球前駆細胞(3×10個)を、フィーダー細胞を使用せず、ドキシサイクリン非含有分化培地中、37℃、5%COで3日間分化誘導させた。
【0047】
(4)フィーダー細胞上、30日間分化誘導
ヒト不死化赤血球前駆細胞(3×10個)をマイトマイシン処置したOP-9細胞上に播種し、ドキシサイクリン非含有分化培地中、37℃、5%COで培養した。3日おきに培地を交換し、30日間分化誘導させた。
【0048】
図1に(1)の方法により分化誘導させたヒト赤血球様細胞の性質を確認した結果を示す。この結果は、得られたヒト赤血球様細胞が赤血球系細胞に特異的な表面マーカー(CD71およびCD235a)を発現する細胞であることを示す。種々のCD235aの発現量が混在していることから、赤血球系細胞でありながら、分化段階の異なる細胞がある一定の比率で混在している事が示唆された。
【0049】
図2に(2)にて17日間分化誘導させたヒト赤血球様細胞の性質を確認した結果を示す。同様に、赤血球系細胞に特異的な表面マーカー(CD235a)を発現する細胞であり、DRAQ5陽性細胞とDRAQ5陰性細胞との混合物であることを示す。図2に示すように、赤血球系細胞でありながら、分化段階が異なる細胞がある一定の比率で混在している事が示唆された。
【0050】
図3に(1)および(4)の方法で調製された細胞(それぞれ、分化日数12日目(Day12)および30日目(Day30))を沈殿させた写真を示す。これらの写真から、いずれの細胞もヘモグロビンを合成し赤血球様細胞であることを確認した。
【0051】
(実施例2)調製したヒト赤血球様細胞の移送
実施例1の(1)および(3)で調製した細胞を、感染評価可能施設へ移送した。分化させた細胞をそれぞれ、移送開始直前に各1×10個程度をT-25フラスコに移し替え、容器に入れ移送した。移送時間は24時間程度であり、容器内に同封した記録温度計により移送時温度は36℃前後の恒温であることを確認した。また、移送後(約24時間後)細胞生存率は80%以上であり、ギムザ染色により細胞の状態に変化は認められなかった。
【0052】
図4に感染評価前のヒト赤血球様細胞群のギムザ染色図を示す。ギムザ染色図により、少なくとも2つ以上の分化状態の混在する細胞であることを示唆する。(黒矢印:核が大きく分化状態が未熟と思われる細胞。白矢印:核が小さく血球分化がより進んだ状態と思われる細胞)
【0053】
(実施例3)調製したヒト赤血球様細胞の保存
調製したヒト赤血球様細胞を即時使用しない場合、特に一定時間かけて移送した後に使用する際に、細胞保存による影響を調べるため、細胞保存検討をした。実施例1(1)で調製した細胞を、T-25フラスコに移し変え密閉し、インキュベータの中で24時間保持した(移送時間として想定)のち、細胞生存率を測定したところ91%であった。ディッシュに移し替え、4℃にて冷蔵保存し、1日後、および3日後に細胞生存率を測定したところ、それぞれ、86%、および90%であった。
【0054】
(実施例4)評価培地による感染率への影響の検討
ヒト赤血球様細胞の調製培地(ドキシサイクリン非含有分化培地)と、評価培地が異なる組成であることから、用いる評価培地の検討を行った。上述のヒト赤血球様細胞を用いた熱帯熱マラリア原虫感染評価方法に従い、熱帯熱マラリア原虫に感染した赤血球(約1%)を用いた場合、ヒト血清非含有評価培地に、ヒト血清の代わりにAlbuMax IIを添加した培地、および、ドキシサイクリン非含有分化培地にAlbuMax IIを添加した培地で評価を行った。
【0055】
表1に熱帯熱マラリア原虫を用いた培地の検討結果を示す。その結果、評価培地にAlbuMax IIを1.0%、1.5%入れた時が適切な原虫の増殖が認められた。一方、ドキシサイクリン非含有分化培地では、原虫の感染率が低下することが判明した。
【0056】
【表1】
【0057】
(実施例5)評価培地による細胞生存率への影響の検討
実施例2により移送したヒト赤血球様細胞群(分化誘導開始後Day4およびDay13)を、実施例4と同じ培地中で培養し、細胞生存率について測定した。
【0058】
表2に調製したヒト赤血球様細胞を用いた評価培地検討結果について記載する。より分化日数の浅い細胞では生存率が低く、分化誘導開始後Day13のヒト赤血球様細胞群と熱帯熱マラリア原虫感染評価培地(AlbuMax II含有:1.0%)の場合の生存率が適切であることが判明した。そのため、評価培地として熱帯熱マラリア原虫感染培地にAlbuMax IIを1.0%含有したものを使用することに決定した。
【0059】
【表2】
【0060】
(実施例6)生存率低下に影響する因子の検討
実施例2により移送したヒト赤血球様細胞群(分化誘導開始後Day13)が評価培地中で生存率が低下した原因を調べるために、継時的に培地中のグルコース濃度を測定した。その結果、ヒト赤血球様細胞は赤血球と比較して、より継時的にグルコースを消費することが判明した。評価培地中のグルコースが減少したために、エネルギー供給が行われずヒト血球様細胞の生存率に影響することが示唆された。長期間、感染評価を行う際の評価培地中のグルコース濃度が重要であることが示唆された。
【0061】
表3に感染評価した際の継時的な培地中のグルコース濃度測定の結果を示す。表中、0時間は、分化誘導開始後Day13の細胞を濃縮して、感染評価開始時点の培養液中濃度を示す。比較として、赤血球を使用した感染評価時の培地中グルコース濃度を示す。
【0062】
【表3】
【0063】
(実施例7)ヒト赤血球様細胞を用いた感染評価
(i)調整した熱帯熱マラリア原虫感染赤血球(0.5×10個,原虫感染率3.6%(リング:0.18%,トロホゾイト/シゾント:3.41%))、(ii)感染評価施設移送後、遠心分離で濃縮させた血球様細胞群(0.5×10個)、および(iii)ヒト赤血球(Neuraminidase処理をしていない,0.5×10個)を混合して37℃、5%CO下、評価培地中で培養した。評価培地としては、ヒポキサンチン、HEPES(SIGMA社)を含むRPMI1640培地(SIGMA社)に、炭酸水素ナトリウム(最終濃度0.225%)、25μg/mlゲンタマイシン、および、1.0%AlbuMax IIを添加した培地を使用した。0、24、および48時間後の熱帯熱マラリア原虫感染をギムザ染色法にて評価した。図5に赤血用細胞群と熱帯熱マラリア原虫との感染プロトコール図について記載する。
【0064】
図6に細胞群添加0,24,および48時間後のギムザ染色の写真を示す。図6に示すとおり、熱帯熱マラリア原虫が有核赤血球に侵入するのも確認でき、有核赤血球が熱帯熱マラリア原虫の感染に適していることが見いだされた(黒矢印:マラリア原虫が侵入した細胞)。このことは熱帯熱マラリア原虫に限らず、微生物の増殖などに赤血球系を介在する感染症において、対象となる微生物にとってより好ましい状態の血球細胞を提供することができることを示唆する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6