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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-13
(45)【発行日】2022-07-22
(54)【発明の名称】層状掃気エンジン及び携帯型作業機械
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/24 20060101AFI20220714BHJP
   F02B 25/06 20060101ALI20220714BHJP
   F02F 1/22 20060101ALI20220714BHJP
   F16J 1/09 20060101ALI20220714BHJP
【FI】
F02F3/24
F02B25/06
F02F1/22 A
F16J1/09
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018180728
(22)【出願日】2018-09-26
(65)【公開番号】P2020051319
(43)【公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】509264132
【氏名又は名称】株式会社やまびこ
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 史郎
(72)【発明者】
【氏名】白井 健
(72)【発明者】
【氏名】磯貝 鉄也
【審査官】菅野 京一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0219007(US,A1)
【文献】特開2005-220746(JP,A)
【文献】特開2013-036430(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0045124(US,A1)
【文献】実開昭51-033615(JP,U)
【文献】特開2001-323816(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 1/00,3/00
F02B 25/06
F16J 1/09
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアが形成されたシリンダと、前記シリンダボアに往復移動可能に収容されたピストンとを備え、前記シリンダボアに開口した先導空気の吸入用の吸気ポート及び燃焼ガスの掃気用の掃気ポートが前記シリンダに形成された層状掃気エンジンであって、
前記ピストンの外周面には、前記吸気ポートから前記掃気ポートに先導空気を導くピストン溝が形成されており、
前記ピストン溝の底面には、前記吸気ポート側に凹部が形成され
前記ピストン溝の底面と前記ピストンの外周面との一対の境界のうち、前記吸気ポート側の一方の境界を起点にし、当該起点から所定範囲に前記凹部が形成され、
前記凹部の最も深い最深部が前記一方の境界寄りに形成され、
前記凹部は、前記最深部から前記一方の境界に向かう立ち上がり角度が急勾配の立壁面と、前記最深部から他方の境界側に向かう立ち上がり角度が緩勾配の斜面とを有する ことを特徴とする層状掃気エンジン。
【請求項2】
前記凹部の前記一方の境界から前記最深部までの深さが前記ピストンの直径の3.8%以上、10.4%以下であることを特徴とする請求項に記載の層状掃気エンジン。
【請求項3】
前記吸気ポートは一対の吸気ポートであり、
前記掃気ポートは前記一対の吸気ポートに対応した少なくとも一対の掃気ポートであり、
前記ピストン溝は前記一対の吸気ポートに対応した一対のピストン溝であることを特徴とする請求項1または請求項に記載の層状掃気エンジン。
【請求項4】
前記一対の吸気ポートの下方で前記シリンダボアに開口した混合気の吸入用の混合気ポートが前記シリンダに形成されており、
前記ピストンの外周面は、前記一対のピストン溝の間が前記混合気ポートを遮蔽する平面視円弧上の遮蔽面になっており、
前記遮蔽面の弦の長さよりも前記一対のピストン溝の凹部の対向間隔が狭く形成されたことを特徴とする請求項に記載の層状掃気エンジン。
【請求項5】
前記掃気ポートは掃気通路を通じてクランク室に連通しており、
前記掃気通路は、側面視で前記クランク室から前記シリンダボアに向かうに従って前記吸気ポートに近づくように傾斜することを特徴とする請求項1から請求項のいずれか一項に記載の層状掃気エンジン。
【請求項6】
請求項1から請求項のいずれか一項に記載の層状掃気エンジンと、
前記層状掃気エンジンによって駆動される作業機構とを備えたことを特徴とする携帯型作業機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状掃気エンジン及びこれを備えた携帯型作業機械に関する。
【背景技術】
【0002】
2サイクルエンジンは、パワーブロワー、刈払機、チェンソー等の携帯型作業機械に多用されている。2サイクルエンジンには、クランク室と燃焼室を繋ぐ掃気通路が形成されている。クランク室の混合気が掃気通路を通じて燃焼室に送られ、混合気によって燃焼室の排ガスが掃気される。この種の2サイクルエンジンは、排気ガスエミッションの低減、特に混合気(新気)の吹き抜け成分であるTHC(Total Hydro Carbon)の低減が求められている。このため、先導空気とこれに続く混合気が燃焼室に層状に流入することで、混合気の吹き抜けを抑える層状掃気エンジンが実用化されている。
【0003】
層状掃気エンジンでは、ピストンの外周面にピストン溝が形成されており、ピストン溝によって吸気ポートから掃気通路の出口である掃気ポートに先導空気が導かれる。掃気通路の下流側の掃気ポートから先導空気が流れ込み、掃気通路の上流側からクランク室の混合気が流れ込んで、下流側の先導空気から燃焼室に流入して燃焼ガスが掃気される。層状掃気エンジンでは、ピストンの上昇時には吸気ポートで吸引された先導空気がピストン溝から掃気ポートに送られるが、ピストン溝の底面がなだらかな曲面であるため、ピストンの下降時には掃気ポートからピストン溝に先導空気が戻って吸気ポートに対する吹き返しが生じる。
【0004】
そこで、層状掃気エンジンとして、吸気ポートへの先導空気の吹き返しを抑えるものが提案されている(例えば、下記特許文献1参照)。特許文献1に記載の層状掃気エンジンには、ピストン溝の底面から部分的に突出した凸部が設けられている。ピストン溝の凸部は、ピストン溝の延在方向の略中間位置で、掃気ポートから吸気ポートに向かう先導空気を部分的に遮るように突出している。これにより、掃気ポートからの戻りの先導空気が凸部で部分的に遮られ、先導空気の一部がピストン溝内で滞留されることで吸気ポートへの吹き返しが低減される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4286679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の層状掃気エンジンは、ピストン溝の底面から凸部が突出しているため、吸気ポートへの先導空気の吹き返しだけでなく、吸気ポートから掃気ポートへの先導空気の導入時も先導空気が遮られる。よって、先導空気の吹き返しを抑えることができるが、先導空気を掃気ポートにスムーズに導くことができない。先導空気の減少によって混合気の吹き抜けを抑えることができず、THCを十分に低減することができないという問題があった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、THCを十分に低減することができる層状掃気エンジン及び携帯型作業機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成すべく、本発明に係る層状掃気エンジンは、シリンダボアが形成されたシリンダと、前記シリンダボアに往復移動可能に収容されたピストンとを備え、前記シリンダボアに開口した先導空気の吸入用の吸気ポート及び燃焼ガスの掃気用の掃気ポートが前記シリンダに形成された層状掃気エンジンであって、前記ピストンの外周面には、前記吸気ポートから前記掃気ポートに先導空気を導くピストン溝が形成されており、前記ピストン溝には、前記吸気ポート側に凹部が形成されたことを特徴としている。
【0009】
好ましい態様では、前記凹部は、前記ピストン溝の底面の前記吸気ポート側に形成されている。
【0010】
別の好ましい態様では、前記ピストン溝の底面と前記ピストンの外周面との一対の境界のうち、前記吸気ポート側の一方の境界を起点にし、当該起点から所定範囲に前記凹部が形成されている。
【0011】
別の好ましい態様では、前記凹部の最も深い最深部が前記一方の境界寄りに形成されている。
【0012】
別の好ましい態様では、前記凹部は、前記最深部から前記一方の境界に向かう立ち上がり角度が急勾配の立壁面と、前記最深部から他方の境界側に向かう立ち上がり角度が緩勾配の斜面とを有している。
【0013】
別の好ましい態様では、前記凹部の前記一方の境界から前記最深部までの深さが前記ピストンの直径の3.8%以上、10.4%以下である。
【0014】
別の好ましい態様では、前記吸気ポートは一対の吸気ポートであり、前記掃気ポートは前記一対の吸気ポートに対応した少なくとも一対の掃気ポートであり、前記ピストン溝は前記一対の吸気ポートに対応した一対のピストン溝である。
【0015】
別の好ましい態様では、前記一対の吸気ポートの下方で前記シリンダボアに開口した混合気の吸入用の混合気ポートが前記シリンダに形成されており、前記ピストンの外周面は、前記一対のピストン溝の間が前記混合気ポートを遮蔽する平面視円弧上の遮蔽面になっており、前記遮蔽面の弦の長さよりも前記一対のピストン溝の凹部の対向間隔が狭く形成されている。
【0016】
別の好ましい態様では、前記掃気ポートは掃気通路を通じてクランク室に連通しており、前記掃気通路は、側面視で前記クランク室から前記シリンダボアに向かうに従って前記吸気ポートに近づくように傾斜している。
【0017】
本発明に係る携帯型作業機械は、上記の層状掃気エンジンと、前記層状掃気エンジンによって駆動される作業機構とを備えている。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ピストン溝の吸気ポート側に凹部が形成されているため、吸気ポートからピストン溝に向かう先導空気は凹部に入り込み難く、掃気ポートからピストン溝に戻る先導空気は凹部に入り込み易い。よって、吸気ポートから掃気ポートに向かう先導空気の流れが凹部で邪魔されることなく、掃気ポートに対して先導空気を十分に送り込むことができる。また、掃気ポートから吸気ポートに戻る先導空気の一部が凹部に入り込んで渦流を発生させ、この渦流によってピストン溝内の気圧が高められて吸気ポートへの先導空気の吹き返しが抑えられている。このように、掃気ポートにスムーズに先導空気が送り込まれると共に、吸気ポートへの先導空気の吹き返しが抑えられることで、掃気用の先導空気が確保されてTHCが十分に低減される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本実施形態の層状掃気エンジンの斜視図。
図2】本実施形態の層状掃気エンジンの横断面図。
図3】本実施形態のピストンの斜視図。
図4】本実施形態のピストンの横断面図。
図5】比較例のピストン溝の先導空気の流れを示す図であり、図5Aは吸気ポートから掃気ポートに向かう先導空気の流れ、図5Bは掃気ポートから吸気ポートに戻る先導空気の流れをそれぞれ示している。
図6】本実施形態のピストン溝の先導空気の流れを示す図であり、図6Aは吸気ポートから掃気ポートに向かう先導空気の流れ、図6Bは掃気ポートから吸気ポートに戻る先導空気の流れをそれぞれ示している。
図7】パワーピーク時の各仕様を示すグラフであり、図7AはTHC濃度、図7BはTHC量、図7Cはエンジン出力、図7Dは燃費をそれぞれ示している。
図8】給気比と給気効率の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0021】
[層状掃気エンジン10の全体構成]
図1は本実施形態の層状掃気エンジンの斜視図であり、図2は本実施形態の層状掃気エンジンの横断面図である。
【0022】
図1及び図2に示すように、層状掃気エンジン10は、2サイクルエンジンの一種であり、先導空気に続けて混合気が燃焼室22に層状に流入することで、先導空気で燃焼ガスを掃気して未燃焼ガス(混合気)の吹き抜けを防止している。層状掃気エンジン10は、クランクケース(不図示)上にシリンダ20が取り付けられ、シリンダ20に形成されたシリンダボア21にピストン30が往復移動可能に収容されている。シリンダ20の内壁面(シリンダボア21の内壁面)とピストン30の冠面とによって、シリンダ20内にはピストン30の往復動によって容積が変化する燃焼室22が形成されている。
【0023】
クランクケースにはクランク室(不図示)が形成されており、クランク室と燃焼室22はピストン30によって仕切られている。ピストン30の外周面31には先導空気の通り道となる一対のピストン溝32が形成されている(後で詳述)。また、ピストン30の外周面31にはピン孔33が形成されており、ピン孔33に挿入されたピストンピン(不図示)によってコネクティングロッド(不図示)を介してクランクシャフト(不図示)に連結される。クランクシャフトには、携帯型作業機械の作業機構が連結され、ピストン30からの往復動がクランクシャフトを通じて作業機構に伝達されている。
【0024】
シリンダボア21には、先導空気の吸入用の一対の吸気ポート23、混合気の吸入用の混合気ポート24、燃焼ガスの排気用の排気ポート25(図2参照)、燃焼ガスの掃気用の掃気ポート26a、26bが開口している。一対の吸気ポート23はシリンダ20の吸気側に形成され、混合気ポート24は一対の吸気ポート23の下方に形成されている。排気ポート25は、ピストン30を挟んで吸気ポート23に対向する排気側に形成されている。掃気ポート26a、26bは、吸排気方向に直交する左右方向で、ピストン30を挟んだ対向位置に形成されている。掃気ポート26aは吸気側に位置し、掃気ポート26bは排気側に位置している。
【0025】
各掃気ポート26a、26bは、各掃気通路27a、27bを通じてクランク室に連通している。一対のピストン溝32は一対の吸気ポート23及び掃気ポート26a、26bに対応するように形成されており、一対のピストン溝32を通じて一対の吸気ポート23で取り込まれた先導空気が掃気ポート26a、26bに導かれる。ピストン30の外周面31のピストン溝32以外の箇所は各ポート及び通路を遮蔽する遮蔽面になっており、ピストン30の往復動によって一対の吸気ポート23、混合気ポート24、排気ポート25、掃気ポート26a、26bが開閉される。
【0026】
このような層状掃気エンジン10では、ピストン30が下死点から上死点に上昇する過程で、混合気ポート24がクランク室に向けて開口すると共に、混合気ポート24の上方の吸気ポート23がピストン30のピストン溝32に連通する。続けて、ピストン溝32が掃気ポート26a、26bに連通して、掃気ポート26a、26bから掃気通路27a、27bの下流側(燃焼室22側)に先導空気が入り込むと共に、掃気通路27a、27bの上流側(クランク室側)にクランク室から混合気が入り込む。このため、掃気通路27a、27bの下流側に先導空気、上流側に混合気が充填されて、燃焼ガスの掃気時に先導空気から燃焼室22内に流れ込むことで混合気の吹き抜けが抑えられている。
【0027】
[ピストン30の構成]
図3は本実施形態のピストンの斜視図であり、図4は本実施形態のピストンの横断面図である。
【0028】
図3及び図4に示すように、ピストン30の外周面31の上端側には、シリンダボア21内で気密性を保つための上下一対のピストンリング35が装着されている。ピストン30の外周面31の下端側には、一対の吸気ポート23から掃気ポート26a、26bに先導空気を導く一対のピストン溝32が形成されている。ピストンリング35と一対のピストン溝32の間には、上記したようにピストンピンを介してコネクティングロッドに連結されるピン孔33が形成されている。また、ピストン30の内部は軽量化のために空洞に形成され、ピストンピンを支える部分等は部分的に補強されている。
【0029】
各ピストン溝32は、吸気ポート23側から排気側の掃気ポート26b側に向かって延在している。このため、外周面31における一対のピストン溝32の間隔が、ピストン30の吸気側で狭く、ピストン30の排気側で広く形成されている。ピストン30の吸気側の外周面31は一対のピストン溝32の間が混合気ポート24を遮蔽する遮蔽面36になっており、ピストン30の排気側の外周面31は一対のピストン溝32の間が排気ポート25を遮蔽する遮蔽面37になっている。各ピストン溝32は、底面41、上部側面42、下部側面43によってピストン30の外周面31に角形U字の溝形状に形成されている。
【0030】
一対のピストン溝32の底面41には、掃気ポート26a、26bへの先導空気の供給が邪魔にならないように一対の吸気ポート23側にそれぞれ凹部44が形成されている。凹部44は、吸気ポート23への先導空気の吹き返しを抑えるものであり、掃気ポート26a、26bからピストン溝32に戻った先導空気に渦流V(図6B参照)を発生させる。詳細は後述するが、凹部44によってピストン溝32の吸気ポート23側で渦流Vが生じることで、ピストン溝32内の気圧が高められて吸気ポート23への先導空気の吹き返しが抑えられる。
【0031】
一対の凹部44の対向間隔は、平面視円弧上の遮蔽面36の弦の長さよりも狭く形成されている。これにより、凹部44はピストン溝32の底面41の吸気ポート23側で部分的に深くなるような凹面形状に形成される。また、ピストン溝32の底面41とピストン30の外周面31との一対の境界45a、45bのうち、吸気ポート23側の一方の境界45aを起点にし、当該起点から所定範囲に凹部44が形成されている。図の例では、ピストン溝32の底面41の略半部に凹部44が形成されている。これにより、吸気ポート23により近接した位置に凹部44が形成される。
【0032】
より詳細には、凹部44の最も深い最深部47が一方の境界45a寄りに形成されている。また、最深部47から一方の境界45aに向かう壁面は立ち上がり角度(約90度)が急勾配の立壁面48となり、最深部47から他方の境界45b側に向かう壁面は立ち上がり角度(約30度)が緩勾配の斜面49となっている。ここでいう急勾配および緩勾配の立ち上がり角度とは、最深部47の接線方向(吸気ポート23と排気ポート25が対向する吸排気方向)に対する傾きの度合いを示している。凹部44の斜面49は、ピストン溝32の底面41になだらかに連なっており、掃気ポート26a、26bから吸気ポート23に戻る先導空気のガイド面になっている。
【0033】
なお、本実施形態では、ピストン溝32の底面41に凹部44が形成された一例について説明したが、この構成に限定されない。凹部44はピストン溝32の吸気ポート23側に形成されていればよく、ピストン溝32の底面41、上部側面42、下部側面43の少なくともいずれかの吸気ポート23側に形成されていてもよい。ピストン溝32の底面41に形成された凹部44だけでなく、上部側面42又は下部側面43に形成された凹部44でも、ピストン溝32の吸気ポート23側に渦流Vを発生させることが可能である。
【0034】
[ピストン溝32内の先導空気の流れ]
まず、図5を参照して一般的なピストン溝である比較例を説明した後に、図6を参照して本実施形態について説明する。図5は、比較例のピストン溝内の先導空気の流れを示す図である。図6は、本実施形態のピストン溝内の先導空気の流れを示す図である。なお、図5A及び図6Aは吸気ポートから掃気ポートに向かう先導空気の流れを示し、図5B及び図6Bは掃気ポートから吸気ポートに戻る先導空気の流れを示している。
【0035】
図5Aに示すように、比較例のピストン50は、本実施形態のピストン30とは一対のピストン溝51の底面52に凹部が形成されていない点で相違している。ピストン50が上昇することで、一対の吸気ポート53から一対のピストン溝51を通じて掃気ポート54a、54bに先導空気が送り込まれる。これにより、掃気ポート54a、54bから入り込んだ先導空気で燃焼ガスが掃気されるため、混合気の吹き抜けを抑えることが可能である。しかしながら、図5Bに示すように、ピストン50が下降することで、掃気ポート54a、54bから一対のピストン溝51に先導空気が戻って吸気ポート53への吹き返しが生じる。
【0036】
これに対し、図6Aに示すように、本実施形態のピストン30には、一対のピストン溝32の底面41の吸気ポート23側に凹部44が形成されている。この凹部44は、破線Lに示す比較例のピストン溝51の底面52(図5A参照)、すなわち流線形の底面よりも凹んでいる。ピストン30が上昇することで、一対の吸気ポート23から一対のピストン溝32を通じて掃気ポート26a、26bに先導空気が送り込まれる。このとき、一方の境界45aから凹部44に向かう立壁面48が急勾配であるため、吸気ポート23から凹部44に先導空気が入り込み難くなり、一対の吸気ポート23から掃気ポート26a、26bに向けて先導空気をスムーズに導くことができる。
【0037】
図6Bに示すように、ピストン30が下降することで、掃気ポート26a、26bから一対のピストン溝32に先導空気が戻る。このとき、戻りの先導空気の一部が凹部44の斜面49に沿って立壁面48までガイドされ、立壁面48に衝突することでピストン溝32の凹部44付近に渦流Vが発生する。渦流Vによってピストン溝32内の吸気ポート23側の気圧が高まることで、吸気ポート23への先導空気の吹き返しが抑えられている。このように、掃気ポート26a、26bに先導空気がスムーズに送り込まれると共に、先導空気の吹き返しが抑えられることで、掃気用に先導空気が確保されてTHCが十分に低減される。
【0038】
特に、本実施形態の掃気通路27a、27bは、側面視でシリンダ20の下方のクランク室からシリンダボア21に向かうに従って、吸気ポート23に近づくように傾斜している(図1参照)。掃気通路27a、27bの傾斜によって、ピストン30の上昇時にはピストン溝32から掃気通路27a、27bに先導空気が吸入され易くなるが、ピストン30の下降時には掃気通路27a、27bに充填された先導空気がピストン溝32に戻り易くなる。このような掃気通路27a、27bであっても、ピストン溝32の底面41に形成された凹部44で吸気ポート23側に渦流Vが発生することで、吸気ポート23への先導空気の吹き返しが抑えられる。
【0039】
また、層状掃気エンジン10は、パワーブロワー、刈払機、チェンソー等の携帯型作業機械(不図示)に備えられている。携帯型作業機械には、層状掃気エンジン10によって駆動されるファン、刈刃、ソーチェン等の作業機構が設けられている。作業機構は、層状掃気エンジン10のクランクシャフト等の出力軸に連結され、シリンダ20内のピストン30の往復動によって駆動される。携帯型作業機械に上記の層状掃気エンジン10が用いられることで、THCが低減されて環境保全の要請に適合した携帯型作業機械を提供することができる。
【0040】
[実験例]
続いて、実験例について説明する。図7は、パワーピーク時の各仕様を示すグラフである。図8は、給気比と給気効率の関係を示すグラフである。なお、図7AはTHC濃度、図7BはTHC量、図7Cはエンジン出力、図7Dは燃費をそれぞれ示している。
【0041】
凹部の深さが0mm(凹部無し)、2mm、4mm、5.5mmで直径53mmのピストンを用意して、ピストン毎にパワーピークのエンジン回転数で、THC濃度[ppmC]、THC量[g/h-kW]、エンジン出力[kW]、燃費[g/h]をそれぞれ測定した。そして、凹部無しのピストン使用時(図5参照)の測定値に対して、凹部の深さが2mm、4mm、5.5mmのピストン使用時のTHC濃度、THC量、エンジン出力、燃費の測定値の増減率を算出した。なお、ここでいう、凹部44の深さは、ピストン30の一方の境界45aから凹部44の最深部47までの直線距離で示されるものとする(図4参照)。
【0042】
図7Aに示すように、凹部の深さが2mm、4mm、5.5mmのピストン使用時のTHC濃度が、凹部無しのピストン使用時のTHC濃度に対して、それぞれ約4.0%、約10.0%、約7.0%減少した。図7Bに示すように、凹部の深さが2mm、4mm、5.5mmのピストン使用時のTHC量が、凹部無しのピストン使用時のTHC量に対して、それぞれ約6.0%、約17.0%、約14.0%減少した。これにより、凹部を設けることでTHCの低減量が多くなることが確認された。ただし、4mmを超えるとTHCの低減量が若干小さくなる。
【0043】
図7Cに示すように、凹部の深さが2mm、4mm、5.5mmのピストン使用時のエンジン出力が、凹部無しのピストン使用時のエンジン出力に対して、それぞれ約1.0%、約1.0%、約0.5%増加した。これにより、凹部の深さが2mm-5.5mmの範囲であればエンジン出力に影響しないことが確認された。図7Dに示すように、凹部の深さが2mm、4mm、5.5mmのピストン使用時の燃費が、凹部無しのピストン使用時の燃費に対して、それぞれ約1.0%、約4.0%、約4.0%向上した。ただし、5.5mmのピストン使用時の燃費は、4.0mmのピストン使用時の燃費よりも僅かに低下した。これにより、凹部によって燃費が改善されることが確認された。以上から、凹部の深さは、ピストンの直径に対して、THCを削減可能な3.8%以上、10.4%以下が好ましく、THCの削減量が多く燃費も向上する7.5%がより好ましい。
【0044】
図8に示すように、凹部無しのピストン使用時(図5参照)と凹部の深さが2mmのピストン使用時の給気比に対する給気効率を比較した。この結果、凹部の深さが2mmのピストン使用時の給気効率が、凹部無しのピストン使用時の給気効率よりも約0.7%向上することが確認された。なお、給気比は、1サイクルに供給された給気の質量を、排気量容積を占める給気の容積で割ったものである。給気比が大きくなるに従って高出力になることを示している。給気効率は、供給された給気の利用効率である。吸気効率が大きくなるに従って、混合気の吹き抜けが少なく、THCが低減されることを示している。
【0045】
また、図示は省略するが、凹部無しのピストン使用時と凹部の深さが2mmのピストン使用時で、先導空気による掃気時の層状効果を比較した。層状効果は、例えば、吹き抜け総量に対する混合気の吹き抜け量の割合を、吹き抜け総量に対する先導空気の吹き抜け量の割合で除算することで算出される。この結果、凹部の深さが2mmのピストン使用時の層状効果が、凹部無しのピストン使用時の層状効果よりも約8%向上することが確認された。なお、層状効果は、掃気行程における先導空気量が多くなるほど高くなり、層状効果が高いほど先導空気の層が厚くなって混合気の吹き抜けが抑えられることを示している。
【0046】
以上説明したように、本実施形態の層状掃気エンジン10においては、ピストン溝32の吸気ポート23側に凹部44が形成されているため、吸気ポート23からピストン溝32に向かう先導空気は凹部44に入り込み難く、掃気ポート26a、26bからピストン溝32に戻る先導空気は凹部44に入り込み易い。よって、吸気ポート23から掃気ポート26a、26bに向かう先導空気の流れが凹部44で邪魔されることなく、掃気ポート26a、26bに対して先導空気を十分に送り込むことができる。また、掃気ポート26a、26bから吸気ポート23に戻る先導空気の一部が凹部44に入り込んで渦流Vを発生させ、この渦流Vによってピストン溝32内の気圧が高められて吸気ポート23への先導空気の吹き返しが抑えられている。このように、掃気ポート26a、26bにスムーズに先導空気が送り込まれると共に、吸気ポート23への先導空気の吹き返しが抑えられることで、掃気用の先導空気が確保されてTHCが十分に低減される。
【0047】
なお、本実施形態では、ピストンの外周面に一対のピストン溝が形成される構成について説明したが、この構成に限定されない。ピストンの外周面には、単一のピストン溝が形成されていてもよいし、3つ以上のピストン溝が形成されていてもよい。
【0048】
また、本実施形態では、一対のピストン溝に対応して一対の吸気ポートを設けた構成について説明したが、この構成に限定されない。単一の吸気ポートが一対のピストン溝に連通してもよい。
【0049】
また、本実施形態では、ピストン溝の底面の吸気ポート側に単一の凹部が形成された構成について説明したが、この構成に限定されない。ピストン溝には吸気ポート側に複数の凹部が形成されてもよい。
【0050】
また、本実施形態では、4つの掃気ポートが設けられる構成について説明したが、この構成に限定されない。例えば、ピストンの外周面に単一のピストン溝が形成されている場合に、単一の掃気ポートが設けられてもよい。
【0051】
また、本実施形態では、ピストン溝の一方の境界から所定範囲に凹部が形成される構成について説明したが、この構成に限定されない。凹部がピストン溝の吸気ポート側に形成されていれば、ピストン溝の吸気ポート側に渦流を発生させることが可能である。
【0052】
また、本実施形態では、ピストン溝の底面の溝幅方向に一様に凹部が形成される構成について説明したが、ピストン溝の底面の溝幅方向の一部に凹部が形成されてもよい。
【0053】
なお、本実施の形態を説明したが、他の実施の形態として、上記実施の形態及び変形例を全体的又は部分的に組み合わせたものでもよい。
【0054】
また、本開示の技術は上記の実施の形態に限定されるものではなく、技術的思想の趣旨を逸脱しない範囲において様々に変更、置換、変形されてもよい。さらには、技術の進歩又は派生する別技術によって、技術的思想を別の仕方で実現することができれば、その方法を用いて実施されてもよい。したがって、特許請求の範囲は、技術的思想の範囲内に含まれ得る全ての実施態様をカバーしている。
【符号の説明】
【0055】
10 層状掃気エンジン
20 シリンダ
21 シリンダボア
23 吸気ポート
24 混合気ポート
26a 掃気ポート
26b 掃気ポート
27a 掃気通路
27b 掃気通路
30 ピストン
31 外周面
32 ピストン溝
36 遮蔽面
41 底面
44 凹部
45a 境界
45b 境界
47 最深部
48 立壁面
49 斜面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8