(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-14
(45)【発行日】2022-07-25
(54)【発明の名称】細胞培養用シート
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220715BHJP
C12M 1/14 20060101ALI20220715BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20220715BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M1/14
C12N5/07
(21)【出願番号】P 2020530212
(86)(22)【出願日】2019-07-09
(86)【国際出願番号】 JP2019027228
(87)【国際公開番号】W WO2020013207
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2020-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2018131132
(32)【優先日】2018-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】牧野 朋未
(72)【発明者】
【氏名】島 史明
(72)【発明者】
【氏名】中澤 浩二
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/163043(WO,A1)
【文献】登録実用新案第3215918(JP,U)
【文献】国際公開第2009/034927(WO,A1)
【文献】特開2014-090703(JP,A)
【文献】特表2016-520307(JP,A)
【文献】特開2016-103982(JP,A)
【文献】国際公開第2011/083768(WO,A1)
【文献】特開2010-233456(JP,A)
【文献】特開2017-209081(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 1/14
C12N 5/07
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
開口部の孔径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性表面を有し、かつ、該凹部の底面が細胞接着性表面を有する、
円形度が0.5~1.0であるスフェロイド製造のための細胞培養用シート。
【請求項2】
貫通孔を有する細胞非接着性表面を有する層と、細胞接着性表面を有する層との積層物である、請求項1記載の細胞培養用シート。
【請求項3】
細胞接着性表面が凹部の底面の全てを占める、請求項
1又は2記載の細胞培養用シート。
【請求項4】
細胞接着性表面が
ポリイミドを含む樹脂組成物で構成される、請求項1~3のいずれかに記載の細胞培養用シート。
【請求項5】
開口部の孔径が直径10~500μmの凹部を複数有し、凹部の底面の口径が開口部の口径と同一である、請求項1~4のいずれかに記載の細胞培養用シート。
【請求項6】
凹部が底面側に向かってテーパー状に形成され
、凹部の底面の口径/開口部の口径が1/1~1/2である、請求項1~
4のいずれかに記載の細胞培養用シート。
【請求項7】
凹部が単位面積(cm
2)あたり10~1000個の個数で形成されている、請求項1~6のいずれかに記載の細胞培養用シート。
【請求項8】
細胞非接着性表面がMPCで形成されている、
請求項1~7のいずれかに記載の細胞培養用シー
ト。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれかに記載の細胞培養用シートを含む、
円形度が0.5~1.0であるスフェロイド製造のための細胞培養用器具。
【請求項10】
請求項1
~9のいずれかに記載の細胞培養用シート又は細胞培養用器具で培養する、
円形度が0.5~1.0であるスフェロイドの培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用シートに関する。より詳しくは、本発明は、細胞培養用シート及びその製造方法、該シートを含む細胞培養用器具、ならびに、前記シート又は器具を用いるスフェロイドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養においては、より生体組織を模倣できる等の観点から、近年、培養細胞を三次元的に培養する技術が注目されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、細胞保持キャビティを複数有するマイクロチップにおいて、該キャビティの底面が細胞接着性を示す接着性領域と、当該接着性領域を囲み、細胞非接着性を示す非接着性領域とを含むことで、均一な形状及びサイズの細胞組織体を形成できると記載されている。また、特許文献2においては、貫通孔を有する多孔質フィルム上にて細胞を培養する方法が開示されており、該多孔質フィルム表面が細胞接着性領域と細胞非接着性領域により構成され、新鮮な培養液の供給や老廃物の排出をスムーズに行いながら効率的に三次元組織体を培養する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-121991号公報
【文献】特開2008-199962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来技術の方法においては、細胞培養用器具の調製が煩雑であったり、得られる細胞組織体の均一性が未だ十分でなかったりと、更なる技術が望まれている。
【0006】
本発明は、新規な細胞培養用シートを提供することを目的とする。
【0007】
本発明は、簡便に調製することができ、かつ、細胞培養も効率的に行なうことが可能な、細胞培養用シート及びその製造方法、該シートを含む細胞培養用器具、ならびに、前記シート又は器具を用いるスフェロイドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、細胞培養面を特定の表面で形成することで、細胞培養シートの調製が簡便になるだけでなく、培地交換や細胞播種といった細胞培養の作業自体も容易になり、また、得られる細胞凝集塊(スフェロイド)の均一性が向上することを発見し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、下記〔1〕~〔10〕に関する。
〔1〕 開口部の孔径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性表面を有し、かつ、該凹部の底面が細胞接着性表面を有する、細胞培養用シート。
〔2〕 貫通孔を有する細胞非接着性表面を有する層と、細胞接着性表面を有する層との積層物である、前記〔1〕記載の細胞培養用シート。
〔3〕 細胞非接着性表面を有する層と細胞接着性表面を有する層との間に、さらに接着層を含む、前記〔2〕記載の細胞培養用シート。
〔4〕 細胞接着性表面が合成樹脂で構成される、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の細胞培養用シート。
〔5〕 細胞接着性表面がポリイミドを含む樹脂組成物で構成される、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の細胞培養用シート。
〔6〕 凹部が底面側に向かってテーパー状に形成されている、前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の細胞培養用シート。
〔7〕 凹部が単位面積(cm2)あたり10~1000個の個数で形成されている、前記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の細胞培養用シート。
〔8〕 直径1000μm以下の貫通孔を複数有する細胞非接着性表面を有する層及び細胞接着性表面を有する層を積層する、細胞培養用シートの製造方法。
〔9〕 前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の細胞培養用シートを含む、細胞培養用器具。
〔10〕 前記〔1〕~〔7〕、〔9〕のいずれかに記載の細胞培養用シート又は細胞培養用器具で培養する、スフェロイドの培養方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞培養シートは、簡便に調製することができ、かつ、細胞培養の作業自体も効率的に行なうことが可能となる。
【0011】
また、本発明の細胞培養シートを用いることで、得られる細胞凝集塊(スフェロイド)の均一性が向上し、ひいては、細胞の品質管理が容易になるという優れた効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の細胞培養用シートの一態様について、シート断面構造を模式的に示した図である。
【
図2】
図2は、本発明の細胞培養用シートの一態様について、シート断面構造を模式的に示した図である。
【
図3】
図3は、本発明の細胞培養用シートの一態様について、シート断面構造を模式的に示した図である。
【
図4】
図4は、本発明の細胞培養用シートにおいて、細胞を培養した一態様を模式的に示した図である。
【
図5】
図5は、本発明の細胞培養用シートにおいて、細胞を培養した一態様を模式的に示した図である。
【
図6】
図6は、本発明の細胞培養用シートの一態様について、シート断面構造を模式的に示した図である。
【
図7】
図7は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの写真を示す図である。
【
図8】
図8は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの流体直径を示す図である。
【
図9】
図9は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの円相当径を示す図である。
【
図10】
図10は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの円形度を示す図である。
【
図11】
図11は、試験例2及び3で用いた細胞培養用シートの区分を示す図である。
【
図12】
図12は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの地点毎の円相当径を示す図である。
【
図13】
図13は、本発明の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの地点毎の円相当径を示す図である。
【
図14】
図14は、実施例2~5の細胞培養用シートを用いて得られたスフェロイドの写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の細胞培養用シートは、開口部の口径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性表面を有し、かつ、該凹部の底面が細胞接着性表面を有する。ここで、本発明の細胞培養用シートの構造を、凹部に対して垂直方向に切断したシート断面図の一例を用いて説明する。
図1の模式図に示すように、シート表面12に凹部11が複数存在し、凹部11は内側面11aと底面11bにより構成され、凹部11内で細胞組織体(スフェロイド)を形成させる。
【0014】
本発明の細胞培養用シートは、シート表面に凹部を複数有する。例えば、
図1では、シート表面12に凹部11が複数存在する。凹部の個数は、シート面積や培養する細胞の種類等によって一概に設定することはできず、当該技術常識に従って適宜設定することができる。例えば、単位面積(cm
2)あたりの下限個数は1個としてもよいが、10個、20個、30個、50個などを例示でき、上限個数は1000個、500個、300個、200個、100個などを例示することができる。また、シート表面における凹部の総数は、例えば、10個以上、100個以上、1000個以上、10000個以上、50000個以上など、適宜設定することができる。
【0015】
凹部の開口部の形状は、円形に限られず、例えば、多角形や楕円であってもよい。開口部の口径は直径1000μm以下であればよく、培養する細胞のサイズによって当該技術常識に従って適宜設定することができる。本発明において、口径とは、対象箇所の形状によらず、対象箇所を包接するようにして形成される円の直径(最大長さ)のことであり、開口部の口径とは、例えば、
図1では、D(11)で示される長さのことである。開口部の口径としては、例えば、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、10~500μmの範囲内が例示される。
【0016】
凹部の底面の形状は、円形に限られず、例えば、多角形や楕円であってもよく、開口部の形状と同一であっても異なるものであってもよい。また、底面の口径(長さ)は開口部の口径と同一であっても異なるものであってもよく、底面の口径が開口部の口径より小さいものであっても、底面の口径が開口部の口径より大きいものであってもよい。底面の口径とは、例えば、
図1では、DB(11b)で示される長さのことであり、底面の口径としては、例えば、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、10~500μm、10~400μm、10~300μmの範囲内が例示される。例えば、底面の口径が開口部の口径より小さい場合、凹部の形状としては、凹部の底面側に向かったテーパー形状が形成される。
【0017】
底面の口径と開口部の口径の比(底面の口径/開口部の口径)は、特に限定されるものではないが、細胞の播種や回収のしやすさの観点から、5/1~1/5、3/1~1/3、1/1~1/2が例示される。
【0018】
また、開口部と隣接する開口部との間の距離(間隙)は、例えば、
図1では、D(12)で示される長さのことであり、特に限定されるものではないが、所望する細胞培養に応じて、例えば、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、300μm以下、200μm以下、100μm以下などの範囲内が例示され、有限値であればよい。
【0019】
凹部の深さは、培養する細胞のサイズによって当該技術常識に従って適宜設定することができる。凹部の深さとは、例えば、
図1では、D(11a)で示される長さのことであり、例えば、10~300μmや10~1000μmの範囲内が例示される。
【0020】
開口部の口径と凹部の深さの比(開口部の口径/凹部の深さ)は、特に限定されるものではないが、細胞の播種や回収のしやすさの観点から、5/1~1/5、3/1~1/3、2/1~1/2が例示される。前記範囲内の場合、細胞が凹部から飛び出し難く、また、細胞の回収や脱泡処理といった作業がしやすくなる。
【0021】
凹部の底面の厚みは、特に限定されず、当該技術常識に従って適宜設定することができる。
【0022】
凹部は、内側面が細胞非接着性表面を有し、底面が細胞接着性表面を有する。かかる構成を有することにより、得られる細胞組織体の均一性を向上することが可能となる。例えば、
図1では、内側面11aが細胞非接着性表面を有し、底面11bが細胞接着性表面を有する。
【0023】
細胞非接着性の表面とは、例えば、培養に用いる溶液中において、細胞が当該表面上に沈降した場合に、当該細胞が、その形状をほとんど変化させず、全く接着しないか又は一時的に弱く接着したとしても自然に脱離する表面のことである。かかる表面は、例えば、細胞非接着性を示す物質が凹部を構成する基材表面に物理的又は化学的に固定されて形成されたものであればよく、基材そのものが細胞非接着性を示す物質からなるものであってもよい。例えば、細胞非接着性を示す物質が表面に固定されている場合、
図2の模式図に示すように、シート表面12と凹部11の内側面11aに、細胞非接着性を示す物質21が固定されている。
【0024】
細胞非接着性を示す物質としては、培養に用いる細胞が接着しないか又は用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質や糖鎖等の細胞表面分子に対して結合しない物質であれば特に限られず用いることができ、生体適合性を有するものであっても、有さないものであってもよい。また、疎水性を示すものであっても親水性を示すものであってもよく、例えば、超撥水性(超疎水性)のものや超親水性のものであってもよい。細胞の非接着性、スフェロイドの均一性および形成性等の観点から、疎水性(特に超疎水性)[例えば、疎水性又は親水性(特に疎水性)の細胞接着性表面又は当該表面を構成する樹脂(さらにはその接触角)に対してより疎水性(特に超疎水性)]を示す物質が特に好ましいが、親水性(特に超親水性)[例えば、親水性又は疎水性(例えば、疎水性)の細胞接着性表面又は当該表面を構成する樹脂(さらにはその接触角)に対してより親水性(特に超親水性)]を示す物質も好ましい。
このような物質の一例を示すと、ポリエチレングリコール及びその誘導体、MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)、poly-HEMA(ポリヒドロキシエチルメタクリレート)、SPC(セグメント化ポリウレタン)等の化合物や、生体から取得されたタンパク質(アルブミン等)を、細胞の種類に応じて適宜選択して用いることができる。なかでも、基材に用いる合成樹脂との接着性の観点から、または、細胞培養用シートの製造工程を簡素化できる観点から、または得られる細胞組織体の均一性が向上する観点等から、MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)が好ましい。
なお、物質は、取扱性、所望の疎水性(例えば、超疎水性)・親水性(例えば、超親水性)の程度等に応じて、適宜、変性したものを使用してもよい。例えば、親水性の物質を架橋処理等することで、親水性と水に対する低溶解性を両立させてもよい。また、原料となる物質(例えば、疎水性又は親水性)を、適宜、疎水化処理ないし親水化処理(例えば、疎水性基ないし親水性基の導入等)し、所望の疎水性ないし親水性の材質を得てもよい。
【0025】
細胞非接着性を示す物質の固定化は、これらを含有する溶液を基材表面上で乾燥させる方法、当該物質を溶融させて圧着する方法、基材に塗布した当該物質をUV等のエネルギー線で硬化させる方法、当該物質が有する官能基と基材上の官能基との間で化学反応(例えば、カルボキシル基やアミノ基等の官能基間の縮合反応等)を起こさせて共有結合を形成させる方法、又は当該物質が有するチオール基と基材に予め形成された金属(プラチナ、金等)薄膜とを結合させる方法により、当該基材表面上に固定化することができる。固定化する際の厚みは特に限定されず、0.01~1000μmが例示される。
【0026】
細胞非接着性を示す表面が、凹部の内側面を占める割合としては、特に限定はされないが、培養細胞の付着性を低減させる程度であることが好ましい。好ましくは内側面の面積の90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは全てを占めることが好ましい。
【0027】
細胞非接着性を示す表面は、形成される細胞組織体のサイズを均一にしたり、円形度を向上させる観点から、その表面特性として、例えば、後述する静的水接触角を指標として判断することができる。例えば、前記したような物質で形成された疎水性表面である場合、静的水接触角は好ましくは90°以上、より好ましくは93°以上、更に好ましくは95°以上となる。また、150°以下となってもよく、好ましくは130°以下、より好ましくは120°以下である。
一方、親水性表面である場合、静的水接触角は好ましくは65°以下、より好ましくは55°以下、更に好ましくは50°以下となる。また、0°以上となってもよく、好ましくは5°以上、より好ましくは10°以上である。
一例を挙げると、疎水性が高いMPC(又は当該MPCで形成された表面)では、静的水接触角が、例えば、90°以上、100°以上のような静的水接触角を実現しうる。
なお、このような静的水接触角は、細胞非接着性表面における値であってもよく、細胞非接着性を示す物質(又は細胞非接着性表面を構成する物質)における値であってもよい。
また、静的水接触角は、例えば、後述の方法等により測定してもよい。
【0028】
細胞接着性の表面とは、例えば、培養に用いる溶液中において、細胞が当該表面上に沈降した場合に、当該細胞が、ある一定の接着点を持って接着することである。または、ピペッティング等の液流等によって剥離可能な程度に固定化されるように接着する表面のことである。また、細胞が接着して二次元的に維持又は増殖されるような表面ではなく、層状やスフェロイド状等の立体的な又は三次元の組織体を形成することが可能な程度に接着する表面を挙げることができる。かかる表面は、例えば、細胞接着性を示す物質が凹部底面を構成する基材表面に物理的又は化学的に固定又は配置されて形成されたものであればよく、細胞接着性を示す物質が該凹部以外に配置されたものでも、基材そのものが細胞接着性を示す物質からなるものであってもよい。例えば、基材そのものが細胞接着性を示す物質からなる場合、
図3の模式図に示すように、凹部11の底面11bを含む領域が細胞接着性を示す物質22からなる層で形成されていてもよい。
【0029】
細胞接着性を示す物質としては、培養に用いる細胞が接着するか、又は用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質や糖鎖等の細胞表面分子に対して結合し得る物質であれば特に限られず用いることができる。親水性を示すものであっても疎水性を示すものであってもよいが、細胞接着性やスフェロイドの形成性等の観点から、親水性(特に、超親水性ではない親水性)又は疎水性(特に、超疎水性ではない疎水性)のものが好ましく、更に好ましくは、疎水性を示すものが好ましい。また、細胞接着性を示す物質の接着性の程度は、細胞が凹部内から飛び出さない程度であってもよい。このような物質の一例を挙げると、生体から取得され若しくは合成された物質が挙げられ、例えば、タンパク質(コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等)や、合成樹脂(フッ素樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリジメチルシロキサン、これらの混合物等)が含まれる。合成樹脂を選択する場合、合成樹脂自体の強度や耐熱性から、取り扱い性に優れる細胞培養用シートを得ることができる。また、生体適合性の観点から、接着性の細胞組織体が得られる観点から、得られる細胞組織体の均一性が向上する観点から、または種々の細胞と適度に接着することにより培地交換作業が容易となる観点から、ポリイミド樹脂のような合成樹脂を選択することが好ましい。ポリイミド樹脂のような非生物由来の成分を選択することで、ポリイミド樹脂を含む本発明の細胞培養用シートにより得られる細胞組織体(スフェロイド)は、再生医療や創薬等の分野への適用が容易となる。
【0030】
ポリイミド樹脂としては、以下の式(I)で示される構成単位を含むポリイミド樹脂が例示できる。また、スフェロイド形成が良好であるという観点から、分子内にフッ素原子を有する樹脂が好ましく、含フッ素ポリイミド(含フッ素ポリイミド樹脂)がより好ましい。本発明で用いられるポリイミド樹脂は、典型的には、酸二無水物とジアミンとを各々1種以上重合させて得られるポリアミド酸をイミド化することにより得られる。ポリイミド樹脂は、ポリアミド酸を化学構造の一部に含んでいてもよい。ポリイミド樹脂を製造する方法としては、公知の手法で製造すればよい。一例として二段合成法が使用できる。ポリイミド樹脂の二段合成法は前駆体としてポリアミド酸を合成し、ポリアミド酸をポリイミド酸に変換する方法である。前駆体としてのポリアミド酸はポリアミド酸誘導体であってもよい。ポリアミド酸誘導体としては、例えばポリアミド酸塩、ポリアミド酸アルキルエステル、ポリアミド酸アミド、ビスメチリデンピロメリチドからのポリアミド酸誘導体、ポリアミド酸シリルエステル、ポリアミド酸イソイミドなどが挙げられる。ポリイミドとしてはピロメリット酸二無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物等の酸無水物と、オキシジアミン、パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ベンゾフェノンジアミン等のジアミンとからなるポリイミドが例示できる。フッ素原子を有する樹脂としては、例えば、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物(6FDA)/1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン(TPEQ)共重合体、6FDA/4,4’-オキシジフタル酸無水物(ODPA)/TPEQ共重合体、4,4’-(4,4’-イソプロピリデンジフェノキシ)ジフタル酸(BPADA)/2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン(HFBAPP)、6FDA/2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP)共重合体、6FDA/2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン(TFMB)共重合体、6FDA/4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)共重合体、6FDA/4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)共重合体等の以下の式(I)で示される構成単位を含む含フッ素ポリイミド樹脂;エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体等が例示できる。
【0031】
【0032】
上記式(I)中、X0は酸素原子、硫黄原子、または2価の有機基のいずれかを示し;
Yは2価の有機基を示し;
Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、及びZ6は互いに独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子のいずれかを示し、
pは0または1である。
なお、ポリイミド樹脂において、式(I)で示される化学構造は、樹脂の構成単位ごとに異なってもよく、同一であってもよい。X0、Y、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、及びZ6の少なくとも1つはフッ素原子を1個以上含むことが好ましい。
【0033】
上記式(I)中、p=0である場合にはX0は存在していなくても(換言すれば、左右のベンゼン環が直接結合していても)よいが、p=1である場合には、左右のベンゼン環はX0を介して結合する。
【0034】
X0で示される2価の有機基としては、具体的には、アルキレン基、アリーレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基等が挙げられ、これらの中でも、アルキレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基が好ましく、アルキレン基、アリーレンオキシ基がより好ましく、これらはフッ素原子で置換されていてもよい。上記アルキレン基の炭素数は、例えば1~12であり、好ましくは1~6である。
【0035】
X0の例であるフッ素原子で置換されたアルキレン基としては、例えば、-C(CF3)2-、-C(CF3)2-C(CF3)2-等を例示することができる。X0の例である上述したアルキレン基の中では、-C(CF3)2-が好適である。
【0036】
X0の例であるアリーレン基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0037】
【0038】
X0の例であるアリーレンオキシ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0039】
【0040】
X0の例であるアリーレンチオ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0041】
【0042】
基材上にスフェロイドを良好に形成しうるという観点からは、X0で示される2価の有機基は、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択されることが好ましく、上記b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択されることがより好ましく、b-8で表される構造であることがさらに好ましい。また、X0で表される2価の有機基は、-C(CF3)2-であることも同様に好ましい。
【0043】
X0の例である上述したアリーレン基、アリーレンオキシ基及びアリーレンチオ基は、各々独立して、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子または塩素原子であり、より好ましくはフッ素原子である)、メチル基およびトリフルオロメチル基よりなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレンチオ基に置換している好適な置換基は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であり、好適にはフッ素原子である。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレンチオ基は、Yにフッ素原子が含まれない場合、少なくとも1つ以上のフッ素原子で置換されることが好ましい。
【0044】
上記式(I)中、Yで示される2価の有機基としては、特に制限されないが、例えば、芳香環を有する2価の有機基が挙げられる。詳しくは、1個のベンゼン環からなる基もしくは、2個以上のベンゼン環が炭素原子(すなわち、単結合、またはアルキレン基)、酸素原子、硫黄原子を介してまたは直接結合した構造を有する基が挙げられる。具体的には、以下の基を例示することができる。
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
Yの例である上述した芳香環を有する2価の有機基は、置換可能であれば、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子または塩素原子、より好ましくはフッ素原子である)、メチル基およびトリフルオロメチル基からなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。芳香環を有する2価の有機基に置換している好適な置換基は、特にX0にフッ素原子が含まれない場合は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であることが好ましく、より好適にはフッ素原子である。
【0050】
スフェロイド形成性の観点から、上記式(I)中、Yはd-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される構造であることが好ましく、より好ましくはe-1、e-3またはe-4の構造である。
【0051】
上記式(I)中、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、及びZ6は、各々同じであってもよく異なっていてもよく、それぞれ独立して、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子から選ばれ、X0およびYの少なくとも一方にフッ素原子が含まれない場合、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、およびZ6の少なくとも1つはフッ素原子であることが好ましい。
【0052】
スフェロイド形成性の観点から、本発明の好ましい一実施形態では、上記式(I)中、X0で示される2価の有機基が、-C(CF3)2-、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択され;かつ、Yが、d-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される。本発明のより好ましい一実施形態では、上記式(I)中、X0で示される2価の有機基が、-C(CF3)2-、b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択され;かつ、Yが、e-1、e-3およびe-4からなる群から選択される。
【0053】
上記の式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、酸二無水物とジアミンとの重合により得られるポリアミド酸を焼成する手法により得ることができる。なお、上記「式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂」のイミド化率は、100%でなくともよい。すなわち、式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、上記式(I)で表される構造単位のみからなるものであってもよいが、本発明の目的効果が損なわれない範囲において、環状イミド構造が脱水閉環せずにアミド酸のままである構成単位が一部に含まれていてもよい。
【0054】
ポリアミド酸合成反応は有機溶媒中で行われることが好適である。ポリアミド酸合成反応に用いられる有機溶媒としては、原料である酸二無水物とジアミンとの反応が効率よく進行でき、かつこれらの原料に対して不活性であれば、特に限定されるものではない。例えば、N-メチルピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、メチルイソブチルケトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ニトロベンゼン、ニトロメタン、アセトン、メチルエチルケトン、イソブチルケトン、メタノール等の極性溶媒;トルエンやキシレン等の非極性溶媒等が挙げられる。中でも、極性溶媒を用いることが好ましい。これらの有機溶媒は、単独で使用されてもよいし、2種以上の混合物として使用されてもよい。アミド化反応後の反応混合物をそのまま熱イミド化に供してもよい。前記ポリアミド酸の溶液中の前記ポリアミド酸の濃度は特に限定されないが、得られる樹脂組成物の重合反応性と重合後の粘度、その後の製膜、焼成での取り扱いやすさから、好ましくは、5重量%以上、より好ましくは10重量%以上、好ましくは50重量%以下、より好ましくは40重量%以下である。
【0055】
前記ポリアミド酸を、熱イミド化または化学イミド化のいずれかによりイミド化して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。特定の実施形態では、前記ポリアミド酸を、加熱処理によりイミド化(熱イミド化)して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。熱イミド化で得られたポリイミドは、触媒の残存の可能性がなく、細胞培養用途ではより好ましい。
【0056】
熱イミド化によりイミド化する場合、例えば、前記ポリアミド酸を、空気中で、またはより好ましくは窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、或いは真空中で、好ましくは温度50~400℃、より好ましくは100~380℃、好ましくは時間0.1~10時間、より好ましくは0.2~5時間の条件下で焼成してイミド化反応を行うことによりポリイミドを含む樹脂組成物を得ることができる。
【0057】
熱イミド化反応に供する前記ポリアミド酸は、適当な溶媒中に溶解された形態であることが好ましい。溶媒としては、ポリアミド酸を溶解するものであれば良く、ポリアミド酸合成反応に関して上記した溶媒を用いることもできる。
【0058】
化学イミド化によりイミド化する場合では、適当な溶媒中で後述の脱水環化試薬の使用によりポリアミド酸を直接イミド化することができる。
【0059】
前記脱水環化試薬は、ポリアミド酸を化学的に脱水環化してポリイミドとする作用を有するものであれば、特に制限なく用いることができる。このような脱水環化試薬としては、第三級アミン化合物を単独で用いるか、または、第三級アミン化合物とカルボン酸無水物とを組合せて用いることが、イミド化を効率よく促進させうる点で好ましい。
【0060】
第三級アミン化合物としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ-5-エン、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタン、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,3-プロパンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,6-ヘキサンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルメチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルエチレンジアミン等が挙げられる。これらの中でも特に、ピリジン、DABCO、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタンが好ましく、DABCOがより好ましい。3級アミンは1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0061】
カルボン酸無水物としては、例えば、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水イソ酪酸、無水コハク酸、無水マレイン酸等が挙げられる。これらの中でも特に、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸が好ましく、無水酢酸がより好ましい。カルボン酸無水物は1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0062】
化学イミド化においてポリアミド酸を溶解する溶媒としては、溶解性に優れる極性溶媒が好適である。例えば、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド等が挙げられ、これらの中でも特に、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミドおよびN-メチルピロリドンからなる群より選ばれる1種以上であることが均一反応をする観点から好ましい。アミド化反応の溶媒としてこれらの溶媒を用いた場合、アミド化反応後の反応混合物からポリアミド酸を分離せずそのまま化学イミド化に用いることができる。
【0063】
ポリイミド樹脂の重量平均分子量は、例えば、5,000~2,000,000、好ましくは8,000~1,000,000であり、さらに好ましくは20,000~500,000である。なお、本明細書において、樹脂の重量平均分子量は、以下の手法により測定された値である。重量平均分子量が上記範囲であることにより、ポリイミド樹脂の合成および取扱い、フィルム化、スフェロイド形成性がより良好となる。
【0064】
(重量平均分子量の測定)
装置:東ソー株式会社製HCL-8220GPC
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・H2O、リン酸入りNMP):0.01mol/L
測定方法:0.5重量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線をもとに分子量を算出する。
【0065】
細胞接着性物質又は細胞接着性表面[疎水性(特に、超疎水性でない疎水性)の細胞接着性物質又は細胞接着性表面]は、好ましくは、静的水接触角が70°以上であってもよく、転落角が15°以上であってもよく、また、静的水接触角が70°以上かつ転落角が15°以上であってもよい。
細胞接着性物質又は細胞接着性表面がこのような条件を満たすことにより、スフェロイド形成がより一層促進される。
スフェロイドの接着性およびスフェロイド形成性の観点から、静的水接触角は、より好ましくは75°以上(例えば、75°超)であり、さらに好ましくは77°以上、さらに好ましくは79°以上、よりさらに好ましくは80°以上(例えば、80°超)であり、静的水接触角の上限は、例えば150°未満であり、好ましくは120°以下(例えば、120°未満)であり、より好ましくは110°以下であり、さらに好ましくは100℃以下(例えば、99℃未満、98℃以下、97℃以下、95℃以下等)である。
一方、細胞接着性物質又は細胞接着性表面[親水性(特に、超親水性でない親水性)の細胞接着性物質又は細胞接着性表面]は、静的水接触角65°以下、より好ましくは55°以下、更に好ましくは50°以下を有していてもよい。なお、下限値は、0°以上となってもよく、好ましくは5°以上、より好ましくは10°以上であってもよい。
スフェロイド形成性の観点から、転落角は、18°以上、19°以上、20°以上、22°以上、24°以上、26°以上、28°以上、30°以上の順で高いほど好ましい。転落角の上限値は、例えば80°未満であり、好ましくは70°以下(例えば、70°未満)であり、より好ましくは60°以下(例えば、60°未満)であり、さらに好ましくは50°以下(例えば、50°未満)である。なお、上記の静的水接触角や転落角は、以下の方法により測定される値であってもよい。
【0066】
(静的水接触角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:表面(細胞非接着性表面又は細胞接着性表面)又はフィルム(細胞非接着性又は細胞接着性の物質で形成したフィルム)上に水2μLを滴下した直後の液滴の付着角度を測定する(測定温度:25℃)。
【0067】
(転落角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:表面(細胞非接着性表面又は細胞接着性表面)又はフィルム(細胞非接着性又は細胞接着性の物質で形成したフィルム)上に水25μLを滴下した後、基材を連続的に傾けていき、流れ落ちた際の角度を転落角とする(測定温度:25℃)。
【0068】
また、得られるスフェロイドのサイズ均一性や円形度を向上させる点においては、細胞接着性表面と細胞非接着性表面の接着程度のバランスをとることが重要でもある。よって、仮に、細胞非接着性表面が接着性を示すものであっても、細胞接着性表面より低接着性であればよい。例えば、上記の静的水接触角を指標とした場合、細胞接着性表面(又は細胞接着性物質)と細胞非接着性表面(又は細胞非接着性物質)における静的水接触角の差(又はその絶対値)が3°以上(例えば、5°以上)となることが好ましく、10°以上(例えば、12°以上)となることがより好ましく、15°以上となることがさらに好ましい。また、上限は、細胞非接着性物質(表面)及び細胞接着性物質(表面)の疎水性・親水性の組み合わせ等に応じて適宜選択でき、特に限定されないが、例えば、100°、90°、80°、70°、60°、50°、40°、30°などであってもよい。
【0069】
細胞接着性表面を構成する樹脂は、可塑剤、酸化防止剤等の添加剤成分をさらに含んでもよい。
【0070】
細胞接着性を示す表面が、凹部の底面を占める割合としては、特に限定はされないが、凹部の底面のうち、90%以上、95%以上、99%以上、実質的に底面全てを占めることが好ましい。
【0071】
凹部は前記した構造を有するが、本発明の細胞培養用シートにおいて、凹部の辺縁部でもあるシート表面は、細胞培養シート製造の簡便化の観点から細胞非接着性表面を有することが好ましい。かかる構成を有することにより、辺縁部に播種された細胞も凹部内にてスフェロイドを形成しやすくなる。例えば、
図1では、シート表面12として示される。シート表面の細胞非接着性表面は、凹部の内側面と同じ細胞非接着性表面であっても、異なる細胞非接着性表面であってもよい。同じ細胞非接着性表面の場合は、シート表面と凹部の内側面は連続した表面を有する。細胞非接着性を示す表面が、凹部の辺縁部でもあるシート表面を占める割合としては、特に限定はされないが、凹部の辺縁部のうち、90%以上、95%以上、99%以上、実質的に辺縁部全てを占めることが好ましい。細胞非接着性を示す表面が、凹部の辺縁部と凹部の内側面との合計を占める割合としては、特に限定はされないが、凹部の辺縁部と凹部の内側面との合計のうち、90%以上、95%以上、99%以上、実質的に辺縁部と内側面全てを占めることが好ましい。
【0072】
参考までに、
図4及び
図5に、本発明の細胞培養用シートにおける凹部での細胞培養状態を模式的に示す。本発明の細胞培養用シートは、前記した凹部構造を複数有するものであるが、
図4及び
図5より、凹部の底面を含む層と凹部の内側面を含む層を含む層状構造物であるとも言える。ここで、凹部の内側面を含む層とは、層自体は貫通孔を有する層を構成している。よって、本発明の細胞培養用シートの一態様として、貫通孔を有する細胞非接着性表面を有する層と、細胞接着性表面を有する層との積層物である態様を挙げることができる。
【0073】
細胞非接着性表面を有する層は、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化したものであっても、細胞非接着性を示す物質からなる層であってもよいが、貫通孔を形成する観点から、または細胞培養用シートの製造を簡略化する観点から、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化したものが好ましい。このような形態とすることにより、細胞培養シートの製造がより簡便となり、さらに例えば基材に貫通孔または凹部を形成してから細胞非接着性を示す物質を固定すること等により、細胞培養シートの凹部形成に伴い細胞非接着表面がダメージを受けることを無くすことも可能となるため、細胞培養シートの細胞培養特性向上の観点からも好ましい。
【0074】
層状の基材としては、当該技術分野で公知のものであれば用いることができる。例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート等)、ポリウレタン、ポリスルホン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリビニル、ポリシクロオレフィン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、シリコン等の合成樹脂、EPDM(Ethylene Propylene Diene Monomer)等の合成ゴムや天然ゴム、ガラス、セラミック、ステンレス鋼等の金属材料等からなる板状体が挙げられる。透明基材であることも好ましい形態の一つである。
【0075】
層状の基材への細胞非接着性を示す物質の固定化は、前記した凹部の内側面に細胞非接着性を示す物質を固定化する方法と同様に行うことができる。なお、作業性の観点から、後述の貫通孔を形成してから、固定化を行うことが好ましい。
【0076】
細胞非接着性表面を有する層は、好ましくは本発明の細胞培養用シートのシート表面と貫通孔を含む。前記貫通孔は、好ましくはその壁が前記した凹部の内側面に相当するものであり、開口部やその反対の端部の孔径や形状は、前記した凹部と同様に設定することができる。また、貫通孔の深さは細胞非接着性表面を有する層の厚みに相当するが、前記した凹部の深さにも相当し、凹部と同様に設定することができる。なお、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化する場合は、細胞非接着性を示す物質の層として、例えば、1nm以上であることが好ましく、10nm以上であることがより好ましく、細胞非接着性を示す物質の層と基材を含めた層全体の厚みが、前記した細胞非接着性表面を有する層の厚みの範囲内になるのであれば適宜設定することができる。
【0077】
貫通孔の形成は、前記したサイズの貫通孔が形成できるのであれば特に限定されず、実施することができる。例えば、穿孔加工(ドリル等)、光微細加工(レーザー(例えば、CO
2レーザー、エキシマレーザー、半導体レーザー、YAGレーザー)等)、エッチング加工、エンボス加工等により形成することができる。前記加工において、貫通孔の形状がテーパー形状になるような加工であってもよく、その際に、端部の周囲が変形し、例えば、
図5に示すように、開口部の辺縁部と、開口部と隣接する開口部の中間領域に位置する部分の層厚みが異なるような構造を形成してもよい。
【0078】
細胞接着性表面を有する層は、細胞接着性を示す物質を層状の基材に固定化したものであっても、細胞接着性を示す物質からなる層であってもよい。
【0079】
細胞接着性表面を有する層の厚みは、例えば、1nm以上、4mm以下であり、1μm以上、1mm以下であることが好ましく、前記した凹部の底面の厚みと同じであっても良い。
【0080】
本発明の細胞培養用シートとしては、前記した細胞接着性表面を有する層と細胞非接着性表面を有する層との間に、さらに接着層(粘着層)を含む態様も含む。例えば、
図6にその一例を示すが、細胞接着性を示す物質22からなる層と、細胞非接着性を示す物質21が固定化された部分の間に、接着層23を含む態様が示される。
【0081】
接着層としては、当該技術分野で公知のものであれば用いることができる。例えば、シリコン系樹脂、合成ゴム、天然ゴムなどが挙げられ、好ましくは低溶出性の接着層を用いることができる。好ましくは市販の両面テープなどを用いてもよい。
【0082】
接着層の厚みは、特に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、適宜設定することができる。例えば、0.5~100μmが例示される。
【0083】
本発明の細胞培養用シートは、上記以外の層が積層されていても良く、空洞を有する層が積層されていても良い。
【0084】
本発明の細胞培養用シートは、厚みは特に限定されないが、取り扱い性の観点から、10~5000μmが好ましく、100~2000μmがより好ましい。また、シート面積も特に限定されず、例えば、0.01~10000cm2、好ましくは0.03~5000cm2が例示される。
【0085】
本発明の細胞培養用シートは、公知の細胞培養装置にそのまま設置して用いることができる。その際に、対象装置の大きさに合わせて、適宜サイジング加工してもよい。
【0086】
本発明の細胞培養用シートに適用可能な細胞は、限定されない。例えば、互いに結合を形成して細胞集合体を形成できるものであれば、本発明の細胞培養用シートを用いることで、凹部底面の細胞接着性表面に細胞が接着して培養されることで、培地交換なども容易であり、培地交換時の細胞ロスも低減することが可能となり、簡便にスフェロイドを調製することができる。由来とする動物、臓器、組織の種類を問わず、目的に応じた任意の種類の細胞を適宜選択して用いることができる。
【0087】
具体的に、例えば、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器又は組織(脳、肝臓、膵臓、脾臓、心臓、肺、腸、軟骨、骨、脂肪、腎臓、神経、皮膚、骨髄、胚等)に由来する初代細胞、樹立された株化細胞、又はこれらに遺伝子操作等を施した細胞を用いることができる。
【0088】
より具体的に、例えば、ES細胞、iPS細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、組織幹細胞(体性幹細胞)、造血系幹細胞、癌幹細胞その他の未分化な幹細胞又は前駆細胞を用いることができる。また、例えば、肝臓系細胞や膵臓系細胞等の消化器系臓器由来の細胞、腎臓系細胞、神経系細胞、心筋細胞等の循環器系臓器由来の細胞、脂肪細胞、皮膚真皮等の結合組織由来の線維芽細胞、皮膚表皮等の上皮系組織由来の上皮細胞、骨系細胞、軟骨系細胞、網膜等の眼組織由来の細胞、血管系細胞、血球系細胞、生殖系細胞等の分化した細胞を用いることもできる。また、癌化した細胞を用いることもできる。このような細胞としては、1種類の細胞を単独で用いることができ、又は2種類以上の細胞を任意の比率で混在させて用いることもできる。
【0089】
本発明の細胞培養用シートは、前記した構成を有するものであれば、その製造方法は特に限定されないが、製造効率の観点から、直径1000μm以下の貫通孔を複数有する細胞非接着性表面を有する層及び細胞接着性表面を有する層をこの順に積層することを特徴とする製造方法が好ましい。
【0090】
細胞非接着性表面を有する層、細胞接着性表面を有する層の各層の調製は、本発明の細胞培養用シートの項を参照にすることができる。細胞非接着性表面を有する層における貫通孔の形成も同様である。
【0091】
積層方法は、予め調製した各層を順に積層するものであってもよく、予め調製した層上に別途、層を形成する方法であってもよく、これらを組み合わせたものであってもよい。具体的には、例えば、表面を剥離処理した離型シート(例えば、ポリエチレン基材等の有機ポリマーフィルム、セラミックス、金属等)の上に、細胞接着性を示す物質をキャスティング、スピンコーティング、ロールコーティングなどの方法により、適当な厚さに塗工して加熱することにより細胞接着性表面を有する層をシート状に成形することができる。一方、細胞非接着性表面を有する層の基材に対して、貫通孔を形成後、細胞非接着性を示す物質を表面にコーティングして、細胞非接着性表面を有する層を予め調製することができる。そして、上記で成形した細胞接着性表面を有する層の剥離シートを剥離後に、別途調製した細胞非接着性表面を有する層を積層することで、製造することができる。なお、細胞非接着性表面を有する層と細胞接着性表面を有する層の積層においては、前記した接着層(粘着層)を用いて積層してもよく、あるいは、溶着(高周波溶着、超音波溶着等)、圧着(熱圧着等)により積層してもよい。
【0092】
本発明の細胞培養用シートは、その一方の表面に細胞を含む培地を載せて細胞培養を実施することや、該シートを培養ディッシュ、フラスコ、培養バック等の各種細胞培養用容器に収容して固定し、該容器に細胞を含む培地を加えて細胞培養を実施することができる。よって、本発明はまた、本発明の細胞培養用シートを含む細胞培養用器具を提供する。
【0093】
本発明の細胞培養用器具としては、それ自体が、シングル若しくはマルチウェルプレートなどの培養用のプレート、培養シャーレ、培養ディッシュ、フラスコ、培養バック等の各種細胞培養用容器の形態であってもよい。
【0094】
本発明はまた、本発明の細胞培養用シート又は細胞培養用器具で培養することを特徴とする、スフェロイドの培養方法を提供する。
【0095】
細胞を培養する際に使用する培地や条件は、使用する細胞に応じて適宜設定することができる。なお、本発明の細胞培養用シート又は細胞培養用器具を使用する際に、必要に応じて予め脱泡処理を行うことが好ましい。脱泡処理としては、特に限定されず、霧吹き、ピペッティング、振盪、加温冷却などの温度変化、遠心処理、真空脱気、超音波処理などの一般的な処理を行うことができ、好ましいのは、霧吹き、ピペッティング、温度変化である。
【0096】
本発明の細胞培養用シートを用いることにより、区画分けされた形状(複数の凹部により形成される形状)により、播種細胞がソートされ、また、基材が保有する適度な付着性が発揮されることから、得られるスフェロイドの均一性が向上する。また、前記適度な付着性により、培養作業時の取扱いに優れ、細胞培養用シート又は細胞培養用器具を揺する又は軽くピペッティングするだけで、スフェロイドを回収することもできる。本発明の細胞培養用シートは、1000μm以下といった微細な凹部であるにも関わらず、それぞれの凹部にて、細胞接着性の底面とそれを囲む細胞非接着性の側壁面によって特殊な接着環境が形成されることになって、得られるスフェロイドのサイズ均一性や円形度が向上するだけでなく、収率も向上するという効果が奏されると推定される。但し、本発明は、これらの推測に拘束されるものではない。
【0097】
得られるスフェロイドの直径は、特に限定されないが、例えば10~1000μm、好ましくは10~800μmである。ここで、スフェロイドの直径は、常法(例えば、画像解析ソフト、粒度分布計)により測定することが可能であり、例えば、流体直径、円相当径として表示されうる。得られるスフェロイドは、円形度が例えば、0.5~1.0、好ましくは0.7~1.0である。
【実施例】
【0098】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、室温とは20~30℃を意味する。
【0099】
実施例1:細胞培養用シート
<細胞接着性表面を有する層の調製(含フッ素ポリイミドフィルムの調製)>
100mL容量の三口フラスコに、1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン2.976g(10.2ミリモル)、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物4.524g(10.2ミリモル)、N-メチルピロリドン42.5gを仕込んだ。窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15.0質量%、6FDA/TPEQポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は12万で、粘度は6Pa・sであった。なお、ポリアミド酸の重量平均分子量と、焼成後の含フッ素ポリイミドの重量平均分子量とは実質的に同一である。
【0100】
上記で得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を、焼成後の含フッ素ポリイミドフィルムの厚みが40μmとなるようにダイコーターを用いてガラス基体上に塗布し、塗膜を形成した。次いで、360℃にて1時間、窒素雰囲気下で塗膜の焼成を行った。その後、焼成物をガラス基体から剥離して、含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は83.0°、転落角は24.0°であった。
【0101】
上記における物性の測定方法は以下の通りである。
(重量平均分子量の測定)
装置:東ソー株式会社製HCL-8220GPC
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・H2O、リン酸入りNMP):0.01mol/L
測定方法:0.5重量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線をもとに分子量を算出する。
(粘度の測定)
装置:アズワン製 粘度計 VISCOMETER TV-22
設定:VI RANGE:H ROTOR No.6 SPEED:10rpm
粘度計校正用標準液:日本グリース(株) JS 14000
測定方法:粘度計校正用標準液で校正後、ワニス0.3gを用いて測定する。(測定温度:23℃)
(静的水接触角の測定)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水2μLを滴下した直後の液滴の付着角度を測定する(測定温度:25℃)。
(転落角の測定)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水25μLを滴下した後、基材を連続的に傾けていき、流れ落ちた際の角度を転落角とする(測定温度:25℃)。
【0102】
<細胞非接着性表面を有する層の調製>
両面テープ(厚み25μm)の片面の剥離テープを剥離後透明なPETフィルム(厚み250μm)に貼り合わせたものに対して、CO2レーザーを用いて、直径300μm、ピッチ500μmで千鳥配置の貫通孔を形成した(形成された貫通孔:400個/cm2、24000個/シート、レーザー入射側孔径500μm、レーザー放出側孔径300μm)。その後、PETフィルム側の表面にスピンコーター(ミカサ製:MS-A150)を用いて、MPCポリマー溶液(0.5%エタノール溶液、疎水性MPCポリマー)を厚みが0.05μmとなるようにコーティング(スピン条件:1000rpm、10秒間)し、50℃の乾燥機内で2時間乾燥処理して、細胞非接着性表面を有する層[PETフィルムのコーティング層(MPCポリマーのコーティング層)側の静的水接触角107.5°]を得た。
【0103】
<細胞培養用シート・培養容器の調製>
次いで、細胞非接着性表面を有する層の両面テープのもう一方の剥離テープを除去した側の面に、上記で作製した細胞接着性表面を有する層を貼りあわせて、細胞培養用シートを調製した(シート厚み:315μm)。得られた細胞培養シートを培養プレート内へ設置し、細胞培養に用いる容器を完成した。
【0104】
試験例1
細胞は、ヒト脂肪由来幹細胞(Human adipose derived stem cell:AdSC)を用いた。AdSCはメーカー品(ロンザ社、PT-5006)を購入して使用した。
【0105】
<細胞の拡大培養>
凍結細胞を37℃の恒温水槽で溶解させ、5%FBS、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地(基礎培地、コージンバイオ製)9mLに加えた。次いで、500×gで5分間の遠心処理を施した後、上清を除去して10mLの基礎培地に分散させた。800mL容細胞培養用フラスコ(住友ベークライト製)に細胞懸濁液を加えた後の全量が30mLとなるように基礎培地を予め加えておき、そこに細胞懸濁液を1.0×106細胞/フラスコとなるように加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養(拡大培養)を行った。
【0106】
<脱泡処理>
別途、実施例1の培養容器の脱泡処理を行った。具体的には、容器に25mL程度のPBSを加えてピペッティングの作業を2度繰り返し、脱泡を行った。次いで、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地を12mL加えて、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で1晩静置した。
【0107】
<スフェロイドの培養>
培養用フラスコから培地を除去し、細胞剥離液accutase(プロモセル製)を5mL添加した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で5分程度保持して細胞を剥離した。次いで、剥離液を回収し、PBSを用いて総量が25mLとなるようにしてチューブへ移した。500×gで5分間遠心処理を施し、10mLの1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。その後、1.0×106細胞/mLの濃度となるように調製した。
【0108】
37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で1晩静置して脱泡処理を行った培養容器の培地を除去し、500細胞/穴又は200細胞/穴となるように細胞を播種した。安全キャビネット内で15分静置した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに入れて4時間静置した。次いで、追加で1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地を加え、再び37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに入れて培養した(培養0日目)。培養は14日目まで実施した。3日に1度、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地で全量培地交換を実施した。なお、培地交換の際などに培養容器に振動を加えてもスフェロイドが飛び出すことはなく、スフェロイドの回収はピペッティングにより行った。
【0109】
<スフェロイドの形態評価>
培養3日目、6日目、14日目にスフェロイドを撮影し(
図7)、画像解析ソフトであるWinROOF(三谷商事製)でスフェロイドの円相当径、流体直径、円形度を解析した(
図8~10)。
【0110】
結果、得られたスフェロイドは、サイズの均一性(500細胞/穴:円相当径 151~179μm,SD 14~16μm、200細胞/穴:円相当径 116~130μm,SD 14~15μm)が高く、円形度が高い(500細胞/穴:円形度 0.841~0.873,SD 0.067~0.083、200細胞/穴:円形度 0.849~0.882,SD 0.080~0.086)ものであった。また、播種細胞数を変化させることで、大きさの異なるスフェロイドが得られることも分かった。よって、本発明の細胞培養用シートを用いることで、均一でかつ大量のスフェロイドが安定的かつ容易に取得することができた。
【0111】
試験例2
実施例1と同様にして調製して脱泡処理した細胞培養シートを用いて、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞株(UE7T-13細胞;JCRB1154)の培養を行った。培地はDMEM+10%FBSを使用した。
【0112】
具体的には、細胞培養シートに4.8×106細胞(1ウェルあたり200細胞)を培地量が22mLとなるように播種し、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で3日間培養した。培養中は培地交換を行わなかった。培養3日目、4日目にスフェロイドの形態を評価した。
【0113】
評価は細胞培養シートをA地点からI地点までに9区分し(
図11)、それぞれについて、スフェロイドを撮影し、画像解析ソフトWinROOF(三谷商事製)でスフェロイドの円相当径を解析した(
図12は培養3日目の解析結果を示す)。
【0114】
結果、得られたスフェロイドは、サイズの均一性が高く(培養3日目:円相当径 96μm,SD 8μm、培養4日目:円相当径 97μm,SD 9μm)、また、区分によって変動するものではないことが分かった。
【0115】
試験例3
播種細胞数が、細胞培養シートに1.2×10
7細胞(1ウェルあたり500細胞)となる以外は、試験例2と同様に細胞を培養して、培養1日目にスフェロイドの円相当径を評価した(
図13)。
【0116】
結果、得られたスフェロイドは、サイズの均一性が高く(培養1日目:円相当径 151μm,SD 11μm)、また、区分によって変動するものではないことが分かった。
【0117】
実施例2~5
細胞接着性表面を有する層の調製(含フッ素ポリイミドフィルムの調製)を下記の通りに行なう以外は、実施例1と同様にして、細胞培養用容器を調製した。なお、各実施例におけるポリアミド酸の重量平均分子量と、焼成後の含フッ素ポリイミドの重量平均分子量とは実質的に同一である。
【0118】
実施例2:6FDA/TFMB
500mL容量の三口フラスコに、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物21.792g(0.049モル)、N-メチルピロリドン148.75gを仕込み溶解した。そこへ2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン15.708g(0.049モル)、N-メチルピロリドン63.75gを仕込み溶解したものを滴下投入し、窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15質量%、6FDA/TFMBポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は18.9万で、粘度は9.1Pa・sであった。得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を用いて、実施例1と同様にして含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は82.1°、転落角は19.9°であった。
【0119】
実施例3:6FDA/ODA
500mL容量の三口フラスコに、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物26.89g(0.058モル)、N-メチルピロリドン154.7gを仕込み溶解した。そこへ4,4’-ジアミノジフェニルエーテル12.11g(0.058モル)、N-メチルピロリドン66.3gを仕込み溶解したものを滴下投入し、窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15質量%、6FDA/ODAポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は15.3万で、粘度は7.7Pa・sであった。得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を用いて、実施例1と同様にして含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は79.5°、転落角は31.0°であった。
【0120】
実施例4:6FDA/BAPP
500mL容量の三口フラスコに、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物19.49g(0.044モル)、N-メチルピロリドン148.75gを仕込み溶解した。そこへ2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン18.01g(0.044モル)、N-メチルピロリドン63.75gを仕込み溶解したものを滴下投入し、窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15質量%、6FDA/BAPPポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は18.5万で、粘度は7.1Pa・sであった。得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を用いて、実施例1と同様にして含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は82.5°、転落角は32.2°であった。
【0121】
実施例5:6FDA/BAPB
500mL容量の三口フラスコに、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物20.50g(0.046モル)、N-メチルピロリドン148.75gを仕込み溶解した。そこへ4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル17.00g(0.046モル)、N-メチルピロリドン63.75gを仕込み溶解したものを滴下投入し、窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15質量%、6FDA/BAPBポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は11.2万で、粘度は8.1Pa・sであった。得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を用いて、実施例1と同様にして含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は79.0°、転落角は32.2°であった。
【0122】
試験例4
使用する細胞は、試験例1と同じものを用いた。
【0123】
<ヒト脂肪由来幹細胞の拡大培養>
凍結細胞を37℃の恒温水槽で溶解させ、5%FBS、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地(基礎培地、コージンバイオ製)9mLに加えた。次いで、210×gで5分間の遠心処理を施した後、上清を除去して1mLの基礎培地に分散させた。800mL細胞培養用フラスコ(住友ベークライト製)に細胞懸濁液を加えた後の全量が30mLとなるように基礎培地を予め加えておき、そこに細胞懸濁液を1.0×106細胞/フラスコとなるように加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養を行った。
【0124】
<容器の脱泡処理>
実施例2~5の培養容器の脱泡処理を行った。具体的には、容器に2ML程度のPBSを加えてピペッティングの作業を2度繰り返し、脱泡を行った。次いで、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地を0.2mL加えて、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で1晩静置した。
【0125】
<スフェロイドの培養>
培養用フラスコから培地を除去し、細胞剥離液accutase(プロモセル製)を5mL添加した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で5分程度保持して細胞を剥離した。次いで、剥離液を回収し、PBSを用いて総量が15mLとなるようにしてチューブへ移した。210×gで5分間遠心処理を施し、2mLの1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。その後、1.0×106細胞/mLの濃度となるように調製した。
【0126】
37℃の5%(v/v)CO
2インキュベーター内で1晩静置した培養容器の培地を除去し、500細胞/穴となるように細胞を播種した。その後、試験例1と同様にして培養を開始し、培養は3日目まで実施した。得られたスフェロイドの形態を、試験例1と同様にして撮影した。結果を
図14に示す。
【0127】
このように、細胞接着性表面の樹脂種や細胞種が異なっても、スフェロイドが形成されることが分かった。また、形成されたスフェロイドの均一性も、前記試験例と同様に高いものであった。
【0128】
本発明の細胞培養シートは、調製が簡便であり、細胞培養作業も容易であり、得られる細胞組織体の均一性も良好とすることが可能であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0129】
本発明の細胞培養シートは、簡便に調製することができ、かつ、細胞培養の作業自体も効率的に行なうことが可能となるので、例えば、スフェロイド含有製剤などの細胞製剤の分野に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0130】
1 細胞培養用シート
11 凹部
11a 凹部の内側面
11b 凹部の底面
12 シート表面
21 細胞非接着性を示す物質
22 細胞接着性を示す物質
23 接着層