(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】球状ガラス、ガラス転動体及びガラス転動体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C03C 21/00 20060101AFI20220719BHJP
C03C 19/00 20060101ALI20220719BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20220719BHJP
【FI】
C03C21/00 101
C03C19/00 Z
F16C33/32
(21)【出願番号】P 2018014350
(22)【出願日】2018-01-31
【審査請求日】2020-12-03
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000232243
【氏名又は名称】日本電気硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田中 敦
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/217321(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/183454(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C21/00
F16C33/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径不同が1.5μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得るガラス転動体の製造方法であって、
イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を
2.0μm以上増加させることを特徴とするガラス転動体の製造方法。
【請求項2】
イオン交換処理後に、ガラス転動体の直径不同を測定し、その測定結果に基づき、表面を研磨処理することを特徴とする請求項1に記載のガラス転動体の製造方法。
【請求項3】
直径不同が1.0μm以下になるように、表面を研磨処理することを特徴とする請求項1又は2に記載のガラス転動体の製造方法。
【請求項4】
直径不同が0.2μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得ることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載のガラス転動体の製造方法。
【請求項5】
イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を0.03%以上増加させることを特徴とする請求項1~4の何れかに記載のガラス転動体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状ガラス、ガラス転動体及びガラス転動体の製造方法に関し、特に高強度で、直径寸法を調整し易い球状ガラス、ガラス転動体及びガラス転動体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁性が要求される転動体には、窒化珪素が広く使用されている。窒化珪素製の転動体は、絶縁性が高く、高強度であるというメリットを有する。しかし、窒化珪素製の転動体は、製造に時間がかかり、高価というデメリットを有する。
【0003】
一方、ガラスは、絶縁材料であり、更に成形性、加工性が良好である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ガラスは、脆性材料であるため、軸受装置等に組み込まれる転動体に使用する場合に、高速回転、高摩擦、高荷重等の過酷な条件で破損する虞がある。
【0006】
更に、ガラスは、金属に比べて強度が低いため、球加工時の僅かな荷重の差によって、直径寸法が製品規格から外れてしまう。球状ガラスをイオン交換すると、ガラス転動体の機械的強度を高めることが可能になるが、イオン交換処理により、ガラス転動体の直径寸法が変動し易くなる。よって、従来まで、ガラス転動体の寸法精度を高めることは非常に難しかった。
【0007】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、機械的強度を高め易く、しかも直径寸法を調整し易い球状ガラスを創案することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討の結果、球状ガラスについて、イオン交換処理前後の直径寸法の増加率又は増加量を所定値以上に規制することにより、上記技術的課題を解決し得ることを見出し、本発明として提案するものである。すなわち、本発明の球状ガラスは、直径不同が1.5μm以下である球形状を有し、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、直径寸法が0.01%以上増加することを特徴とする。
【0009】
本発明の球状ガラスは、直径不同が1.5μm以下である球形状を有する。このようにすれば、ガラス転動体に適用し易くなると共に、転動時にガラス転動体が破損し難くなる。ここで、「直径不同」は、球状ガラスの直径寸法をそれぞれ少なくとも10か所測定し、その最大値と最小値の差であり、例えば周知の接触式測長機により測定可能である。
【0010】
また、本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、直径寸法が0.01%以上増加することを特徴とする。このようにすれば、イオン交換処理の条件を制御することにより、製品規格に合うように直径寸法を調整し易くなる。またイオン交換処理後に直径寸法が変動しても、寸法調整幅(研磨可能幅)が大きくなるため、研磨処理等によりガラス転動体の寸法精度を高め易くなる。更に直径寸法の増加率が高い程、ガラス転動体の機械的強度が向上し易くなる。ここで、「直径寸法」は、球状ガラスの直径寸法をそれぞれ少なくとも10か所測定した際の平均値であり、例えば周知の接触式測長機により測定可能である。また「直径寸法の増加率」は(イオン交換処理後の直径寸法の増加量)/(イオン交換処理前の直径寸法)で表される値である。
【0011】
また、本発明の球状ガラスは、直径不同が1.5μm以下である球形状を有し、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、直径寸法が0.5μm以上増加することを特徴とする。このようにすれば、イオン交換処理の条件を制御することにより、製品規格に合うように直径寸法を調整し易くなる。またイオン交換処理後に直径寸法が変動しても、寸法調整幅(研磨可能幅)が大きくなるため、研磨処理等によりガラス転動体の寸法精度を高め易くなる。更に直径寸法の増加量が大きい程、ガラス転動体の機械的強度が向上し易くなる。
【0012】
また、本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、表面に圧縮応力層が形成されると共に、該圧縮応力層の圧縮応力値CSが300MPa以上、且つ応力深さDOLが30μm以上になることが好ましい。ここで、「圧縮応力値CS」と「応力深さDOL」は以下のように測定する。球状ガラスと同じ組成、同じ熱履歴を有するガラス板を用意する。次に、球状ガラスと同じ条件で、ガラス板をイオン交換処理して、球状ガラスと同じ表面組成プロファイルを有するガラス板を得る。表面組成プロファイルは、SEM-EDX(例えば日立ハイテクノロジーズ製S4300-SE、堀場製作所製EX-250)によるZAF法のスタンダードレス定量分析を用いることで測定することができる。なお、同じ組成であるガラス同士について、周知のアルキメデス法や重液法で測定した密度を同一とすることで熱履歴を揃えることができる。続いて、表面応力計(例えば、株式会社折原製作所製FSM-6000)によりガラス板の断面を観察し、観察される干渉縞の本数とその間隔から、ガラス板の表面応力層の圧縮応力値CSp、応力深さDOLpを算出する。最後に、得られたCSpを球状ガラスのCS、DOLpを球状ガラスのDOLとして評価する。
【0013】
また、本発明の球状ガラスは、表面が研磨面であり、該研磨面の表面粗さRaが5nm以下であることが好ましい。このようにすれば、高速の回転、高摩擦、高荷重等の過酷な条件で、ガラス転動体が破損し難くなる。ここで、「表面粗さRa」は、測定試料を治具等で固定した状態で、JIS B0601:2001年に準拠した方法で測定した値である。
【0014】
また、本発明の球状ガラスは、ガラス組成として、質量%で、SiO2 45~75%、Al2O3 10~30%、Na2O 5~25%,P2O5 0~20%を含有することが好ましい。
【0015】
本発明のガラス転動体は、球状ガラスをイオン交換処理して得られるガラス転動体であって、球状ガラスが、上記の球状ガラスであることが好ましい。
【0016】
本発明のガラス転動体の製造方法は、直径不同が1.5μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得るガラス転動体の製造方法であって、イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を0.01%以上増加させることを特徴とする。
【0017】
また、本発明のガラス転動体の製造方法は、直径不同が1.5μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得るガラス転動体の製造方法であって、イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を0.5μm以上増加させることを特徴とする。
【0018】
また、本発明のガラス転動体の製造方法は、イオン交換処理後に、ガラス転動体の直径不同を測定し、その測定結果に基づき、表面を研磨処理することが好ましい。
【0019】
また、本発明のガラス転動体の製造方法は、直径不同が1.0μm以下になるように、表面を研磨処理することが好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の球状ガラス(ガラス転動体)において、直径不同は1.5μm以下であり、好ましくは1.0μm以下、0.5μm以下、0.3μm以下、特に0.001~0.1μmである。直径不同が大き過ぎると、高速の回転、高摩擦、高荷重等の過酷な条件で、ガラス転動体が破損し易くなる。
【0021】
直径寸法は、好ましくは100mm以下、80mm以下、50mm以下、30mm以下、20mm以下、特に10mm以下であり、また好ましくは1mm以上、好ましくは2mm以上である。このようにすれば、軸受装置等に組み込まれる転動体に好適になる。
【0022】
本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、直径寸法が0.01%以上(好ましくは0.03%以上、特に0.05%以上)増加する。また質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、直径寸法の増加量が0.5μm以上(好ましくは1.0μm以上、1.5μm以上、2.0μm以上、特に2.5μm以上)になる。直径寸法の増加率や増加量が小さくなると、イオン交換処理後に直径寸法を調整し難くなる。
【0023】
本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、表面に圧縮応力層が形成されると共に、該圧縮応力層の圧縮応力値CSが300MPa以上(500MPa以上、特に700MPa以上)になることが好ましい。圧縮応力値CSが大きくなる程、ガラス転動体の機械的強度が高くなる。しかし、圧縮応力値CSが大きくなり過ぎると、ガラス転動体に内在する引っ張り応力値CTが極端に高くなる虞がある。よって、圧縮応力値CSは、好ましくは2500MPa以下である。
【0024】
本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、表面に圧縮応力層が形成されると共に、該圧縮応力層の応力深さDOLが30μm以上(50μm以上、特に70μm以上)になることが好ましい。応力深さDOLが大きくなる程、高回転時の摩耗や異物により、ガラス転動体の表面に深い傷が付いても、ガラス転動体が割れ難くなる。一方、応力深さDOLが大きくなり過ぎると、ガラス転動体に内在する引っ張り応力値CTが極端に高くなる虞がある。よって、応力深さDOLは、好ましくは500μm以下、300μm以下、特に200μm以下である。
【0025】
本発明の球状ガラスは、質量比KNO3/NaNO3=134である混合溶融塩に380℃で72時間浸漬した時に、内部に引っ張り応力が形成されると共に、その引っ張り応力値CTが200MPa以下、150MPa以下、100MPa以下、特に50MPa以下になることが好ましい。引っ張り応力値CTが小さくなる程、内部の欠陥によってガラス転動体が破損し難くなるが、引っ張り応力値CTが極端に小さくなると、圧縮応力値CSや応力深さDOLが低下して、ガラス転動体の機械的強度が低下してしまう。よって、引っ張り応力値CTは、好ましくは1MPa以上、10MPa以上、特に15MPa以上である。
【0026】
[数1]
CT = CS×DOL/(t×1000-2×DOL)
CT:引っ張り応力値(MPa)
t:ガラス転動体の直径(mm)
CS:圧縮応力値(MPa)
DOL:応力深さ(μm)
本発明の球状ガラス(ガラス転動体)は、表面が研磨面であることが好ましく、その研磨面の表面粗さRaは、好ましくは10nm以下、7nm以下、特に5nm以下である。研磨面の表面粗さRaが大き過ぎると、高速の回転、高摩擦、高荷重等の過酷な条件で、ガラス転動体が破損し易くなる。
【0027】
本発明の球状ガラス(ガラス転動体)は、ガラス組成として、質量%で、SiO2 45~75%、Al2O3 10~30%、Na2O 5~25%,P2O5 0~20%を含有することが好ましい。上記のように各成分の含有範囲を限定した理由を以下に説明する。なお、各成分の含有範囲の説明において、以下の%表示は、特段の断りがない限り、質量%を指す。
【0028】
SiO2は、ガラスのネットワークを形成する成分である。SiO2の含有量は、好ましくは45~75%、45~70%、45~65%、45~63%、特に48~61%である。SiO2の含有量が多過ぎると、溶融性、成形性、熱膨張係数が低下し易くなる。一方、SiO2の含有量が少な過ぎると、ガラス化し難くなり、また熱膨張係数が不当に高くなるため、耐熱衝撃性が低下し易くなる。
【0029】
Al2O3は、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分であり、また歪点、ヤング率を高める成分である。しかし、Al2O3の含有量が多過ぎると、ガラスに失透結晶が析出し易くなって、所望の形状に成形し難くなる。また溶融性、熱膨張係数が低下し易くなる。よって、Al2O3の好適な上限範囲は30%以下、28%以下、24%以下、23%以下、22%以下、21.5%以下、特に21%以下であり、好適な下限範囲は10%以上、12%以上、13%以上、15%以上、17%以上、特に18%以上である。
【0030】
Na2Oは、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分であると共に、溶融性や成形性を高める成分である。しかし、Na2Oの含有量が多過ぎると、絶縁性が低下し易くなり、また熱膨張係数が不当に高くなるため、耐熱衝撃性が低下し易くなる。また耐失透性が低下する虞がある。よって、Na2Oの含有量は、好ましくは5~25%、10~25%、11~22%、12~20%、13~19%、特に14~18%である。
【0031】
P2O5は、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分である。上記の通り、イオン交換処理時に直径寸法を増加させるには、Al2O3の増量が有効であるが、Al2O3の含有量が多過ぎると、耐失透性が低下し易くなる。よって、Al2O3の導入量には限界がある。しかし、P2O5を導入すると、Al2O3を増量しても、ガラスが失透し難くなるため、Al2O3の導入限界量を高めることができる。結果として、イオン交換処理時に直径寸法を大幅に増加させることが可能になる。一方、P2O5の含有量が多過ぎると、ガラスが分相したり、耐水性や耐失透性が低下し易くなる。以上の点を踏まえると、P2O5の好適な上限範囲は20%以下、12%以下、9%以下、6%以下、特に5%以下であり、好適な下限範囲は0%以上、0.1%以上、0.5%以上、1%以上、2%以上、3%以上、特に4%以上である。
【0032】
上記成分以外にも、例えば、以下の成分を導入してもよい。
【0033】
B2O3は、液相温度、高温粘度、密度を低下させる成分であるが、その含有量が多過ぎると、イオン交換によって表面にヤケが発生したり、耐水性、液相粘度、応力深さDOLが低下する虞がある。よって、B2O3の含有量は、好ましくは0~6%、0~4%、0.1~3%、0.1~2%、特に0.5~1%未満である。
【0034】
Li2Oは、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分であると共に、高温粘度を低下させて、溶融性や成形性を高める成分である。更にヤング率を高める成分である。しかし、Li2Oの含有量が多過ぎると、液相粘度が低下して、ガラスが失透し易くなる。また低温粘性が低下し過ぎて、イオン交換処理の際に応力緩和が生じ易くなり、圧縮応力値CSが低下する虞がある。よって、Li2Oの含有量は、好ましくは0~10%、0~8%、0~5%、0~3%未満、0~2%、0~1%未満、0~0.1%未満、特に0~0.01%未満である。
【0035】
K2Oは、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分であり、また高温粘度を低下させて、溶融性や成形性を高める成分である。しかし、K2Oの含有量が多過ぎると、熱膨張係数が不当に高くなり、耐熱衝撃性が低下し易くなる。更に耐失透性が低下する虞がある。K2Oの好適な上限範囲は10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、特に6%以下であり、好適な下限範囲は0%以上、0.5%以上、1%以上、2%以上、3%以上、特に4%以上である。
【0036】
Li2O+Na2O+K2Oの好適な下限範囲は8%以上、10%以上、13%以上、特に15%以上であり、好適な上限範囲は30%以下、25%以下、特に22%以下である。Li2O+Na2O+K2Oの含有量が少な過ぎると、イオン交換処理時に直径寸法を増加させ難くなる。一方、Li2O+Na2O+K2Oの含有量が多過ぎると、耐失透性が低下したり、熱膨張係数が不当に高くなって、耐熱衝撃性が低下し易くなる。なお、「Li2O+Na2O+K2O」は、Li2O、Na2O及びK2Oの合量である。
【0037】
モル%比K2O/Na2Oは、好ましくは0~1、0~0.8、0.05~0.7、0.1~0.5、0.15~0.4、0.15~0.3、特に0.15~0.25である。このようにすれば、短時間のイオン交換処理で直径寸法を増加させることが可能になる。また、混合アルカリ効果により高い絶縁性を得ることができる。なお、「K2O/Na2O」は、K2Oの含有量をNa2Oの含有量で割った値である。
【0038】
MgO+CaO+SrO+BaOの含有量は、好ましくは0~15%、0~9%、0.5~6%、特に1~5%である。MgO+CaO+SrO+BaOの含有量が多過ぎると、密度や熱膨張係数が不当に高くなったり、イオン交換処理時に直径寸法を増加させ難くなる。なお、「MgO+CaO+SrO+BaO」は、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量である。
【0039】
MgOとCaOは、高温粘度を低下させて、溶融性や成形性を高めたり、歪点やヤング率を高める成分である。またMgOは、アルカリ土類金属酸化物の中で、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる効果が大きい成分である。しかし、MgOとCaOの含有量が多くなると、密度や熱膨張係数が高くなったり、ガラスが失透し易くなる。よって、MgOの含有量は、好ましくは10%以下、8%以下、6%以下、0.5~5%、特に1~4%である。CaOの含有量は、好ましくは6%以下、4%以下、2%以下、1%未満、特に0.5%未満である。
【0040】
SrOとBaOは、高温粘度を低下させて、溶融性や成形性を高めたり、歪点やヤング率を高める成分である。しかし、SrOとBaOの含有量が多くなると、イオン交換処理時に直径寸法を増加させ難くなる。よって、SrOの含有量は、好ましくは3%以下、2%以下、1%以下、0.5%以下、特に0.1%未満である。BaOの含有量は、好ましくは3%以下、2%以下、1%以下、0.5%以下、特に0.1%未満である。
【0041】
質量比(MgO+CaO+SrO+BaO)/(Li2O+Na2O+K2O)は、耐失透性を高めるために、好ましくは0.5以下、0.4以下、特に0.3以下である。なお、「(MgO+CaO+SrO+BaO)/(Li2O+Na2O+K2O)」は、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量をLi2O、Na2O及びK2Oの合量で割った値である。
【0042】
ZnOは、低温粘性を低下させずに、高温粘性を低下させる成分である。しかし、P2O5の存在下でZnOを増量すると、ガラスが分相したり、失透し易くなる。よって、ZnOの含有量は、好ましくは8%以下、4%以下、1%以下、0.1%以下、特に0.01%以下である。
【0043】
ZrO2は、ヤング率や歪点を高める成分であり、高温粘性を低下させる成分である。しかし、ZrO2の含有量が多くなると、耐失透性が低下し易くなる。よって、ZrO2の含有量は、好ましくは0~10%、0~5%、0~3%、0~1%未満、0~0.4%、特に0~0.1%未満である。
【0044】
TiO2は、高温粘性を低下させる成分である。しかし、TiO2の含有量が多くなると、ガラスが着色したり、失透し易くなる。特に溶融雰囲気や原料不純物により、透過率が変動し易くなる。よって、TiO2の含有量は、好ましくは0~4%、0~1%未満、0~0.1%未満、特に0~0.01%未満である。
【0045】
SnO2は、イオン交換処理時に直径寸法を増加させる成分である。しかし、SnO2の含有量が多くなると、SnO2に起因する失透が発生したり、ガラスが着色し易くなる。よって、SnO2の含有量は、好ましくは0~3%、0.01~2%、0.05~1%、特に0.1~0.5%である。
【0046】
清澄剤として、As2O3、Sb2O3、CeO2、F、SO3、Clの群から選択された一種又は二種以上を含有させてもよい。但し、環境に対する配慮から、As2O3とSb2O3を添加しないことが好ましく、As2O3とSb2O3の含有量は、それぞれ0.1%未満、特に0.01%未満が好ましい。CeO2の含有量は、透過率を高めるために、0.1%未満、特に0.01%未満が好ましい。Fの含有量は、低温粘性の低下による応力緩和を抑制するため、0.1%未満、特に0.01%未満である。
【0047】
CoO、NiO等の遷移金属酸化物は、ガラスを着色させる成分である。よって遷移金属酸化物の含有量は、好ましくは0.5%以下、0.1%以下、特に0.05%以下である。
【0048】
Nb2O5、La2O3等の希土類酸化物は、ヤング率を高める成分である。しかし、希土類酸化物の含有量が多くなると、原料コストが高騰し、耐失透性が低下し易くなる。よって、希土類酸化物の含有量は、好ましくは3%以下、2%以下、1%未満、0.5%以下、特に0.1%以下である。
【0049】
PbOとBi2O3の含有量は、環境負荷の観点から、それぞれ0.1%未満が好ましい。
【0050】
本発明の球状ガラス(ガラス転動体)は、以下のガラス特性を有することが好ましい。
【0051】
密度は、好ましくは2.60g/cm3以下、2.55g/cm3以下、2.50g/cm3以下、2.49g/cm3以下、特に2.48g/cm3以下である。密度が低い程、ガラス転動体の軽量化を図ることができる。なお、「密度」とは、周知のアルキメデス法で測定した値を指す。
【0052】
30~380℃の温度範囲における熱膨張係数は、好ましくは70×10-7~110×10-7/℃、75×10-7~110×10-7/℃、80×10-7~110×10-7/℃、特に85×10-7~110×10-7/℃である。上記のように熱膨張係数を規制すれば、高速回転時に発生する熱により周辺の金属部材が膨張したとしても、適正に駆動させることができる。なお、「熱膨張係数」は、30~380℃の温度範囲において、ディラトメーターで測定した平均値である。
【0053】
歪点は、好ましくは520℃以上、550℃以上、560℃以上、特に570℃以上である。歪点が高い程、耐熱性が向上する。また歪点が高いと、イオン交換処理時に応力緩和が生じ難くなるため、高い圧縮応力値CSを確保し易くなる。なお、「歪点」は、ASTM C336の方法によって測定した値である。
【0054】
高温粘度102.5dPa・sに相当する温度は、好ましくは1650℃以下、1600℃以下、1580℃以下、1550℃以下、1540℃以下、特に1530℃以下である。高温粘度102.5dPa・sに相当する温度が低い程、低温でガラスを溶融することができる。よって、高温粘度102.5dPa・sに相当する温度が低い程、溶融窯等のガラス製造設備への負担が小さくなると共に、球状ガラスの泡品位を高めることができる。なお、「高温粘度102.5dPa・sに相当する温度」は、白金球引き上げ法で測定した値である。
【0055】
液相温度は、好ましくは1200℃以下、1150℃以下、1130℃以下、1110℃以下、1090℃以下、特に1070℃以下である。液相温度が高過ぎると、球状に成形し難くなる。なお、「液相温度」は、標準篩30メッシュ(篩目開き500μm)を通過し、50メッシュ(篩目開き300μm)に残るガラス粉末を白金ボートに入れ、温度勾配炉中に24時間保持して、結晶の析出する温度を測定した値である。
【0056】
液相粘度は、好ましくは104.0dPa・s以上、104.3dPa・s以上、104.5dPa・s以上、105.0dPa・s以上、特に105.4dPa・s以上である。液相粘度が低過ぎると、球状に成形し難くなる。なお、「液相粘度」は、液相温度におけるガラスの粘度を白金球引き上げ法で測定した値である。
【0057】
本発明の球状ガラスは、例えば、以下のようにして作製することができる。まず所望のガラス組成になるように調合したガラスバッチを連続溶融炉に投入し、1500~1600℃で加熱溶融して、溶融ガラスを得た後、清澄容器、攪拌容器を経由して、成形装置に供給した上で球状に成形し、徐冷する。次に、球状ガラスの表面を回転させながら研磨処理する。
【0058】
成形方法として、種々の成形方法を採択することができる。特にマーブル成形法と液滴成形法を採択することが好ましい。このようにすれば、寸法精度が高い球状ガラスを成形し易くなる。結果として、表面を少量の研磨で、或いは表面を研磨しなくても、直径不同を低減することができる。
【0059】
本発明のガラス転動体は、球状ガラスをイオン交換処理して得られるガラス転動体であって、球状ガラスが、上記の球状ガラスであることを特徴とする。本発明のガラス転動体の技術的特徴は、本発明の球状ガラスの技術的特徴と重複することができる。本明細書では、その重複部分について詳細な説明を省略する。
【0060】
本発明のガラス転動体は、表面に圧縮応力層を有し、該圧縮応力層の圧縮応力値CSが300MPa以上(500MPa以上、特に700MPa以上)であることが好ましい。圧縮応力値CSが大きい程、ガラス転動体の機械的強度が高くなる。しかし、圧縮応力値CSが大き過ぎると、ガラス転動体に内在する引っ張り応力値CTが極端に高くなる虞がある。よって、圧縮応力値CSは、好ましくは2500MPa以下である。なお、圧縮応力値CSを大きくするには、イオン交換時間を短くする、或いはイオン交換温度(イオン交換溶液の温度)を低下させればよい。
【0061】
本発明のガラス転動体は、表面に圧縮応力層を有し、該圧縮応力層の応力深さDOLが30μm以上(50μm以上、特に70μm以上)であることが好ましい。応力深さDOLが大きい程、高回転時の摩耗や異物により、ガラス転動体の表面に深い傷が付いても、ガラス転動体が割れ難くなる。一方、応力深さDOLが大き過ぎると、ガラス転動体に内在する引っ張り応力値CTが極端に高くなる虞がある。よって、応力深さDOLは、好ましくは500μm以下、300μm以下、特に200μm以下である。なお、応力深さDOLを大きくするには、イオン交換時間を長くする、或いはイオン交換温度を上昇させればよい。
【0062】
本発明のガラス転動体は、内部に引っ張り応力を有すると共に、その引っ張り応力値CTが200MPa以下、150MPa以下、100MPa以下、特に50MPa以下であることが好ましい。引っ張り応力値CTが小さい程、内部の欠陥によってガラス転動体が破損し難くなるが、引っ張り応力値CTが極端に小さくなると、圧縮応力値CSや応力深さDOLが低下して、ガラス転動体の機械的強度が低下してしまう。よって、引っ張り応力値CTは、好ましくは1MPa以上、10MPa以上、特に15MPa以上である。
【0063】
本発明のガラス転動体の製造方法は、直径不同が1.5μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得るガラス転動体の製造方法であって、イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を0.01%以上増加させることを特徴とする。また、本発明のガラス転動体の製造方法は、直径不同が1.5μm以下である球状ガラスをイオン交換処理してガラス転動体を得るガラス転動体の製造方法であって、イオン交換処理により、球状ガラスの直径寸法を0.5μm以上増加させることを特徴とする。本発明のガラス転動体の製造方法の技術的特徴は、本発明の球状ガラスの技術的特徴と重複することができる。本明細書では、その重複部分について詳細な説明を省略する。
【0064】
イオン交換処理は、360~550℃(好ましくは360~460℃)の溶融塩中に球状ガラスを1~150時間(好ましくは5~120時間)浸漬することで行うことができる。特にイオン交換処理で直径寸法を増加させる観点から、イオン交換時間は、10時間以上、20時間以上、30時間以上、特に50~120時間が好ましい。
【0065】
ガラス転動体の生産効率の観点から、複数の球状ガラスを同時にイオン交換処理することが好ましく、その場合、球状ガラス同士が接触しないように、球状ガラスの直径よりもメッシュ幅が小さい金属製治具等に複数の球状ガラスを等間隔に配列し、この治具を積層した状態でイオン交換処理することがより好ましい
イオン交換処理は、複数回行ってもよい。イオン交換処理を複数回行うと、圧縮応力層の圧縮応力値CSと応力深さDOLを増大させつつ、内部に蓄積される引っ張り応力の総量を低減することができる。
【0066】
また、本発明のガラス転動体の製造方法は、イオン交換処理後に、ガラス転動体の直径不同を測定し、その測定結果に基づき、表面を研磨処理することが好ましく、直径不同が1.0μm以下になるように、表面を研磨処理することが更に好ましい。このようにすれば、ガラス転動体の寸法精度を高め易くなる。
【実施例】
【0067】
実施例に基づいて、本発明を説明する。但し、本発明は、以下の実施例に何ら限定されない。以下の実施例は、単なる例示である。
【0068】
表1は、球状ガラスのガラス組成とガラス特性を示している。なお、表中で「N.A.」は未測定であることを意味している。
【0069】
【表1】
次のようにして、表1に記載の各試料を作製した。まず、表中のガラス組成となるように、ガラス原料を調合し、白金容器を用いて1580℃で8時間溶融した。その後、溶融ガラスをカーボン板の上に流し出して板状に成形して、ガラス板を得た。また、別途、試料Eのガラス組成を有する溶融ガラスを球状に成形した後、表面を精密研磨して、表2に示す寸法の球状ガラスを得た。なお、試料Eのガラス組成を有するガラス板と球状ガラスは、同じ熱処理条件でアニールされており、熱履歴が同一であり、同一のイオン交換条件でイオン交換処理を行った場合、両者の表面組成プロファイルと表面圧縮応力層の状態も同一になる。
【0070】
試料A~Fに係るガラス板及び試料Eに係る球状ガラスについて、種々の特性を評価した。
【0071】
密度ρは、周知のアルキメデス法によって測定した値である。
【0072】
熱膨張係数αは、30~380℃の温度範囲において、ディラトメーターで測定した平均値である。
【0073】
ヤング率Eは、周知の共振法によって測定した値である。
【0074】
歪点Ps、徐冷点Taは、ASTM C336の方法によって測定した値である。
【0075】
軟化点Tsは、ASTM C338の方法によって測定した値である。
【0076】
高温粘度104.0dPa・s、103.0dPa・s、102.5dPa・sに相当する温度は、白金球引き上げ法によって測定した値である。
【0077】
液相温度TLは、標準篩30メッシュ(篩目開き500μm)を通過し、50メッシュ(篩目開き300μm)に残るガラス粉末を白金ボートに入れ、温度勾配炉中に24時間保持して、結晶の析出する温度を測定した値である。
【0078】
表2は、本発明の実施例(試料No.1~11)を示しており、具体的には、表1の試料Eのガラス組成を有する各球状ガラスについて、イオン交換処理後の直径寸法の増加率と増加量を示している。
【0079】
【表2】
球状ガラスの直径寸法及び直径不同は、接触式測長機によって測定した値である。具体的には、球状ガラスの直径寸法は、ガラスを回転させながら、少なくとも10箇所の直径寸法を測定し、その平均値を測定したものであり、直径不同は、この時の最小値と最大値の差を測定したものである。なお、測定時の圧子の測定力は3N未満であった。
【0080】
続いて、球状ガラスを金網製の治具に固定した後、KNO3とNaNO3の混合溶融塩(質量比KNO3/NaNO3=134)溶融塩に浸漬し、球状ガラスをイオン交換処理し、ガラス転動体を得た。イオン交換処理の際、混合溶融塩の温度を380℃、イオン交換時間を72時間とした。
【0081】
更に、混合溶融塩からガラス転動体を取り出し、室温雰囲気中で冷却した後、アルカリ性洗剤、純水、アルコール等によって表面を洗浄し、表面に付着した混合溶融塩を除去した。そして、ガラス転動体の直径寸法を上記方法にて測定し、イオン交換処理後の直径寸法の増加率と増加量を算出した。
【0082】
イオン交換処理後の表面粗さRaは、JIS B0601:2001年に準拠した方法で測定したものである。
【0083】
続いて、試料Eに係るガラス板の両表面に光学研磨を施した後、球状ガラスと同様の条件でイオン交換処理を行った。イオン交換処理後、各ガラス板の表面を洗浄し、表面応力計(折原製作所製FSM-6000)を用いて観察される干渉縞の本数とその間隔から圧縮応力層の圧縮応力値CSと応力深さDOLを算出した。算出に当たり、各ガラス板の屈折率を1.50、光学弾性定数を30[(nm/cm)/MPa]とした。
【0084】
表2から分かるように、試料No.1~11は、イオン交換処理前の直径不同が0.3μm以下であり、イオン交換処理により直径寸法が0.02~0.09%増加し、また2.1~3.4μm増加した。したがって、試料No.1~11は、機械的強度を高め易く、しかも直径寸法を調整し易いものと考えられる。
【0085】
表3は、表1の試料Eのガラス組成を有する球状ガラスについて、表3に記載の条件でイオン交換処理した際の直径寸法の増加率と増加量を示している。なお、試料No.12~21に係る球状ガラスは、イオン交換処理前の直径不同が0.1μmであった。
【0086】
【表3】
球状ガラスの直径寸法及び直径不同は、上記と同様の方法で測定した。また圧縮応力層の圧縮応力値CSと応力深さDOLも上記と同様の方法で測定した。
【0087】
その後、試料No.12~21に係るガラス転動体について、表面を研磨処理することにより、直径不同を0.1μmとした。
【0088】
表3から明らかなように、イオン交換処理の条件を制御することにより、直径寸法の増加率と増加量を制御し得ることが分かる。なお、本実施例では、表1の試料Eを用いて実験を行ったが、表1の試料A~D、Fでもイオン交換処理の条件を調整すると、直径寸法の増加率と増加量を適正に制御し得るものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のガラス転動体は、ベアリング等の軸受装置の内輪と外輪の間に位置する部材に好適であり、それ以外に、遊戯球、スペーサー等にも適用可能である。