(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】ジルコニウム接着膜を備えた水素フリー炭素被覆部
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220719BHJP
C23C 14/14 20060101ALI20220719BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20220719BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20220719BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/06 N
C23C14/06 H
C23C14/14 D
B23B27/14 A
B23B27/20
(21)【出願番号】P 2018545811
(86)(22)【出願日】2017-02-28
(86)【国際出願番号】 EP2017000270
(87)【国際公開番号】W WO2017148582
(87)【国際公開日】2017-09-08
【審査請求日】2020-02-06
(32)【優先日】2016-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】516082866
【氏名又は名称】エリコン サーフェス ソリューションズ アーゲー、 プフェフィコン
【住所又は居所原語表記】Churerstrasse 120 8808 Pfeffikon SZ CH
(74)【代理人】
【識別番号】100180781
【氏名又は名称】安達 友和
(74)【代理人】
【識別番号】100181582
【氏名又は名称】和田 直斗
(72)【発明者】
【氏名】フェッター,ヨルク
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-316800(JP,A)
【文献】特開2013-096011(JP,A)
【文献】特開2015-063714(JP,A)
【文献】特開2003-062706(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
B23B 27/14
B23B 27/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面上の炭素被覆部であって、前記炭素被覆部は、硬質炭素膜とジルコニウム接着膜とを具備し、前記炭素膜は硬質の水素フリー非晶質炭素膜であり、前記ジルコニウム接着膜はジルコニウムからなり、前記ジルコニウム接着膜は、前記基材表面と前記硬質炭素膜との間に形成されていて、前記ジルコニウム接着膜と前記硬質炭素膜との間にZr-C
x膜が形成されていて、前記Zr-C
x膜は、前記硬質炭素膜の炭素原子と前記ジルコニウム接着膜のジルコニウム原子との間の原子結合を含み、かつ、膜厚が2原子層から10原子層までであ
り、
前記水素フリー非晶質炭素膜は、多層膜として設計されていて、ここで前記多層膜の構造は、交互に析出されたタイプAおよびタイプBの個々の層を含み、前記タイプAの個々の層は、a-Cまたはta-C膜であり、前記タイプBの個々の層は、a-C:Meまたはta-C:MeまたはMeからなる金属膜である(ここで、Meは金属元素または金属元素の組み合わせである)、あるいはa-C:Xまたはta-C:X膜である(ここで、Xは非金属元素または非金属元素の組み合わせである)、炭素被覆部。
【請求項2】
前記基材と前記ジルコニウム接着膜との間に、支持膜が析出されていることを特徴とする、請求項1に記載の炭素被覆部。
【請求項3】
前記支持膜は、周期表の第3族、第4族、第5族または第6族と、Al、Si、Bと、ランタノイド群とから形成される群の少なくとも1つの元素の窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなることを特徴とする、請求項2に記載の炭素被覆部。
【請求項4】
前記Zr-C
x膜はジルコニウム単炭化物を含有することを特徴とする、上記請求項
1~3のいずれか1項に記載の炭素被覆部。
【請求項5】
上記請求項
1~4のいずれか1項に記載の炭素被覆部を析出する方法において、前記水素フリー非晶質炭素膜を、アーク蒸発、フィルタードアーク蒸発およびスパッタリング方法からなる群から選択される少なくとも1つを用いて析出
し、前記Zr-C
x
膜は、ZrおよびCの同時析出により析出されることを特徴とする方法。
【請求項6】
前記スパッタリング方法は、HiPIMS方法である、請求項
5に記載の方法。
【請求項7】
上記請求項1~
4のいずれか1項に記載の炭素被覆部を析出する方法において、前記ジルコニウム接着膜を、Zrイオンを用いたイオン洗浄方法、フィルタードアーク蒸発方法およびスパッタリング方法からなる群から選択される少なくとも1つを用いて析出することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記スパッタリング方法は、HiPIMS方法である、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
上記請求項4に記載の炭素被覆部を析出する方法において、前記Zr-C
x膜中の前記ジルコニウム単炭化物を、ジルコニウムおよび炭素を前記ジルコニウム接着膜上に同時に析出することにより形成することを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材表面、とりわけトライボロジー用途向けの工具および構成部品の表面のための、ジルコニウム接着膜を備えた水素フリー炭素被覆部に関し、この場合、この炭素被覆部は、硬質炭素膜を有し、これは、C-Csp3結合の含有量に応じて、a-Cまたはta-Cと称される水素フリー非晶質炭素構造を備えていて、さらなる元素を含有することができ、かつDLC膜の群に属し、ジルコニウム接着膜はジルコニウムからなり、このジルコニウム接着膜は、炭素膜の炭素原子とジルコニウム膜のジルコニウム原子との間で原子結合が形成されるように、基材表面と硬質炭素膜との間に塗布されている。
【0002】
「ジルコニウム」とは、本発明の文脈では、元素記号がZrである化学元素であると理解されうる。
【0003】
以下では、Zr1-xCxは、単純化するために短くZr-Cxと称する。この際、Xは、at%であり、0at%≦X≦50at%であり、Zr(at%)+C(at%)=100at%であり、不純物は考慮しない。X=0at%の場合、接着膜は純粋なジルコニウム膜である。しかし、好適にはこの範囲は10at%≦X≦50at%である。
【0004】
本願明細書の意味合いでの炭素膜は、容積計測を用いて検証可能な非晶質状態の炭素マトリックスを有する膜であり、非晶質状態は、ラマン分光法またはこれ以外の適切な計測方法を用いて検証可能であると理解されるべきである。
【0005】
このジルコニウム膜は、基材と水素フリー炭素膜との間の接着部として機能する。プロセス条件に応じて、水素フリー膜の炭素原子とジルコニウム膜の原子との間で原子結合が形成される。特定のプロセス条件下では、発生する炭素原子のプロセス温度およびエネルギーに応じて、ジルコニウムからなる膜と、水素フリー非晶質炭素膜との間に薄いZr-Cx膜が形成されうる。
【0006】
さらに、目標を定めて、ジルコニウムと炭素とを同時に析出することによりジルコニウム単炭化物を形成することが可能であるが、この際、ZrCからなる膜は、場合によっては、ジルコニウム単炭化物を含む膜であり、ジルコニウムからなる接着膜上に直接塗布される。さらなる形態では、純粋な炭素膜への移行部は、多層または傾斜水素フリーa-C:Zr膜またはta-C:Zr膜でもありえ、この膜は、化学量論的炭化ジルコニウムから、ジルコニウム原子に対してより大きい原子割合の炭素原子があるとの点で際立っている。
【背景技術】
【0007】
従来技術
非晶質炭素ベースの硬質材料膜はDLC膜とも称されるが、これは従来技術から公知である。しかし、この種の膜は、とりわけこの硬質水素フリー膜がa-Cまたはta-Cのタイプの場合に、かならずしも基材に対して十分な接着力は有さない。これは、膜の固有応力が高い状態であることが原因で、これにより、優れた機能性を有するこのタイプの膜を、プロセスとして安定し接着性を高くして析出することが困難である。
【0008】
これに関連して、カブシキ(Kabushiki)は、例えばDE102007010595B4で、窒化物または炭窒化物を中間膜として用いる場合、非晶質炭素(DLCとも称されるが、ここで、DLCは、英語の名称であるDiamond Like Carbonの省略形として用いられる)からなる膜の接着が、高温または高負荷の範囲にある場合でさえも改良されうることを教示している。したがって、カブシキは、基材と非晶質炭素からなるDLC膜との間に多層膜系を析出することにより、基材と非晶質炭素(DLC)膜との接着を行うことを提案している。カブシキの教示によれば、このようにして基材とDLC膜との間の接着は、高温であっても高負荷の範囲にある場合でも改良することができる。
【0009】
カブシキによるこの多層膜系は、以下を具備し、すなわち、
・基材上に形成される基本膜であって、この基本膜は、元素Mの窒化物または炭窒化物を含み、式M1-x-yCxNyで示される組成を有し、xは0.5以下であり、yは0.03以上であり、1-x-yは0より大きく、Mは周期表の第4A属元素、第5A属元素、第6A属元素、AlおよびSiから選択される少なくとも1つの元素であり、かつ、元素MはTi、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiを含み、好ましくは、MはW、MoおよびTaの元素を含む、基本膜と、
・基本膜上に形成された傾斜膜であって、この傾斜膜は、M、窒素および炭素を含有し、ここで基本膜から、傾斜膜上にある非晶質炭素層に向けて、元素Mおよび窒素の割合が減少し、炭素の割合が増大する、傾斜膜と、
・傾斜膜上に形成された表面層であって、非晶質炭素(DLC)層を含み、この非晶質炭素層は、炭素からなるか、50原子%以上が炭素からなり、残りは元素Mからなる、表面層と、かつ任選択的に追加的に以下も、すなわち、
・基材と基本膜との間に形成されたある元素の膜であって、この元素は、周期表の第4A属元素、第5A属元素、第6A属元素、AlおよびSiから選択されうる、元素の膜と
を具備する。
【0010】
しかし、この上述の膜構造は、複雑で、したがって、コスト高である反応被覆方法が必要となり、この点は、産業用製造、例えば大量生産には大概望ましくないが、なぜならば、プロセス工程の複雑さにより、十分な被覆結果を得るためにより高い危険性があるからである。
【発明の概要】
【0011】
発明の目的
本発明の目的は、硬質水素フリー非晶質炭素ベースの膜を含む硬質材料被覆部を提供することであり、この場合、この硬質材料被覆部は可能な単純な膜構造と、基材に対する非常に良好な接着性とを、高い負荷範囲での応用の場合でさえも有する。
【0012】
本発明のさらなる目的は、被覆部の製造が、単純でかつより高いプロセス安定性で可能となる被覆方法を提供することである。
【0013】
本発明による目的の達成
この目的は、本発明によれば、請求項1中に記載されたような炭素被覆部を提供することである。
【0014】
この炭素被覆部は、硬質炭素膜とジルコニウム接着膜とを具備し、この炭素膜は硬質水素フリー非晶質炭素構造を有し、ジルコニウム接着膜はジルコニウムからなり、このジルコニウム接着膜は基材表面と硬質炭素膜との間で塗布されるが、この塗布は、プロセス条件に応じて硬質炭素膜の炭素原子と、ジルコニウム接着膜のジルコニウム原子との間で原子結合が形成され、この際、ジルコニウムと炭素とを含有し膜厚が数原子層または数ナノメータまでの薄いZr-Cx膜が形成されるように行われる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
本発明およびその好適な実施形態の詳細な説明
【0016】
【
図1a】クロム接着膜を有する炭素被覆部中でのロックウェルCの押しつけの写真を示す図である。
【
図1b】本発明による炭素被覆部中でのロックウェルCの押しつけの写真を示す図である。
【
図2】支持膜を備えた本発明による炭素被覆部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明による炭素被覆部の第1の実施形態では、Zr-Cx膜は、硬質水素フリー非晶質炭素膜の炭素原子と、ジルコニウム接着膜のジルコニウム原子との間で、プロセス条件に応じて形成された原子結合のみでもって形成され、このZr-Cx膜の膜厚は原子層の範囲にある。Zr-Cx膜の膜厚は、本実施形態では例えば2~10原子層である。
【0018】
本発明による炭素被覆部のさらなる実施形態では、ジルコニウム接着膜の析出後に、とりわけジルコニウム接着膜の表面上に現れた炭素原子のプロセス温度およびエネルギーが、硬質水素フリー非晶質炭素膜の炭素原子とジルコニウム接着膜のジルコニウム原子との間の原子結合の形成を促進し、その結果、このようにして少なくとも2原子層約100nmまでの膜厚のZr-Cx膜を形成するための必要な条件が得られるように、プロセス条件が選択される。
【0019】
本発明による炭素被覆部のさらなる別の実施形態では、ジルコニウム接着膜と硬質水素フリー非晶質炭素膜との間に、ジルコニウム単炭化物を有するZrC膜が形成されるように、プロセスが実施される。ジルコニウム単炭化物を含有するこのZrC膜は、ジルコニウムと炭素とを同時に析出することにより形成されうる。ジルコニウム単炭化物を含有するZrC膜の膜厚は、例えばこの実施形態では5nm~500nmである。
【0020】
本発明の好適な実施形態によれば、水素フリー非晶質炭素膜は、a-Cまたはta-C膜である。
【0021】
この水素フリー炭素膜は、当業者がa-C膜またはta-C膜と称しているが、a-C膜の場合、好ましくは例えば(アンフィルタードもしくはフィルタード)アーク方法、またはスパッタリング方法(DC、パルスDC、RF、HiPIMS(高出力インパルスマグネトロンスパッタリング))で析出されうる。
【0022】
膜中のC-C結合のsp3結合割合の相対的な割合が、C-C結合のsp2結合割合以下であれば、a-C膜と呼ばれる。これらの膜の硬度は、50GPa未満である。このsp3結合割合の割合がsp2結合割合の割合を上回ると、ta-C膜(四面体水素フリー非晶質炭素膜)と呼ばれ、典型的には、硬度が50GPaを上回る。この際、当業者には公知の薄膜用の硬度計測方法が適用されると理解される。
【0023】
ジルコニウム接着膜は、例えば(アンフィルタードもしくはフィルタード)アーク方法、またはスパッタリング方法(DC、パルスDC、RF、HiPIMS)でも析出されうる。
【0024】
典型的には100%はイオン化されていない金属蒸気から抽出される加速された金属イオン(すなわち、この例では、ジルコニウム)に基づくイオン洗浄方法(すなわち、大抵は、500V~1500Vのバイアス電圧がかけられる金属イオン洗浄方法)の特別な点は、数nmから数十nmまでの厚さ範囲の薄いジルコニウム膜(これがジルコニウム接着膜を形成する)が形成されるように、プロセスパラメータが選択可能である点である。
【0025】
本発明による炭素被覆部により、例えば鋼鉄、硬質金属、アルミニウム合金、Cu合金、セラミック、サーメット、またはこれ以外の金属合金からなる基材が被覆可能である。本発明による炭素被覆部を製造するための被覆温度は100℃以下であるので、基材材料またはこれ以外の特性に関して、極めて温度感受性が高い基材が被覆可能になる。
【0026】
とりわけ、例えば切削工具および成形工具を被覆することができる。
【0027】
特に、構成部品(例えばバルブ部分、ウィングポンプ)、または自動車部品(例えば、ピストンボルト、ピストンリング、ロッカーアーム、タペットなど)、または家電機器(例えば、切断ナイフ、はさみ、かみそりの刃など)、または医療技術部品(例えば、イオン注入および手術器具など)、または装飾部品(例えば、時計筐体など)も、本発明による炭素被覆部で被覆することができる。
【0028】
ジルコニウム膜を析出するための蒸発源として、フィルターを有するまたはフィルターのないアーク源が用いられうる。同様に、適切なジルコニウム膜をスパッタリング方法、例えばRF、DC、パルスDCまたはHiPIMSを用いて析出することができる。本発明による蒸着方法、例えば電子線蒸発、低電圧アーク蒸発または中空陰極アーク蒸発が、ジルコニウム接着膜を炭素被覆部用に析出するために適切である。
【0029】
a-Cおよびta-C膜以外に、a-C:Me膜またはta-C:Me膜も目標を定めて製造されうる。これらの膜は、少なくとも1つの金属をドーピング元素として含有し、ドーピング元素がないa-Cおよびta-C膜に対して、特性プロフィールが変化し、例えば導電性がより大きい。この点は、従って、所定の応用の場合には有利でありえる。本発明によれば、接着膜はジルコニウムからなるはずであるので、ジルコニウムをMeとして用いるのはプロセスとして利点がある。
【0030】
アークを用いて炭素蒸発を引き起こすのと同時に、ジルコニウム蒸発も行う場合、プロセス制御を非常に単純に行うことができることが明らかである。さらなる方法では、炭素ターゲットをジルコニウム中に混ぜ合わせて使用することである。
【0031】
本発明によるさらなる実施形態は、水素フリー非晶質a-C:X膜またはta-C:X膜である。
【0032】
膜に添えられa-C:Me膜とする金属元素(一般的にMeと称される)以外に、さらなる非金属元素(一般的にXと称される)も、ドーピング元素として応用に応じて膜を最適化するために添加されうる。これらの非金属元素は、窒素、ホウ素、シリコン、フッ素またはこれ以外の元素である。例えばNまたはSiでドーピングすることにより応力が低減し、Fでドーピングすることによりぬれ特性が変化する(ぬれ角度がより大きくなる)が、これらは、当業者には周知である通りである。
【0033】
本発明のさらなる好適な実施形態によれば、水素フリー非晶質膜は、多層膜として設計され、この場合、多層膜構造は、タイプAおよびタイプBの個々の層が交互に配置されて含まれていて、この場合、タイプAの個々の層は、a-Cまたはta-Cからなり、かつ、タイプBの個々の層は、Meまたはa-C:Meないしta-C:Meからなる。これに関連して例えばジルコニウムをMeとして用いることができ、これにより、a-C/Zrないしta-C/Zrまたはa-C/a-C:Zrないしta-C/ta-C:Zrのタイプの多層膜が形成され、また、ta-C/a-C:Zrまたはa-C/ta-C:Zrのようなさらなる組み合わせも形成される。
【0034】
この方法を用いると、より厚い膜を製造可能であるが、その理由は、膜中の全固有応力が徐々になくなるからである。例えば、この実施形態中の膜厚が約500nmまでに制限された金属膜の析出段階以降と同じプロセスが行われ、その後同じプロセスが何度も行われ、例えば6度行われ、その結果、ジルコニウム接着膜以外にさらなる5つの中間膜が生じ、全膜厚は3μmを上回る。これにより、強度および摩耗耐性がより高くなる。
【0035】
本発明のさらなる好適な実施形態によれば、水素フリー非晶質膜は、多層膜として設計されていて、この場合、この多層膜構造は、タイプAおよびタイプBの個々の層が交互に配置されて含まれていて、この場合、タイプAの個々の層はa-Cまたはta-Cからなり、かつ、タイプBの個々の層は、a-C:Xまたはta-C:Xからなる。これに関連して、例えばシリコンまたは窒素をXとして用いうる。
【0036】
この種の膜を析出するために、追加的にアーク蒸発器を採用可能で、この蒸発器は、元素Xで合金された黒鉛陰極を蒸発させ、またはこれ以外の適切なPVD方法(例えば、元素Xをスパッタするスパッタリング方法)を用いることもできる。
【0037】
好ましくはタイプAの個々の層の厚さは、2000nmを上回らず、5nmを下回らない。また、好ましくはタイプBの個々の層の厚さは、2000nmを上回らず、5nmを下回らない。
【0038】
この実施形態の有利な点は、膜厚をより厚くすると同時に同じ被覆部内での応力比を最適にすることを組み合わせる可能性がある点でもある。
【0039】
本発明のさらなる実施形態によれば、Zr膜は、金属イオン洗浄方法を用いて、被覆されるべき基材上に塗布される。
【0040】
アンフィルタードアーク中にジルコニウムイオンを用いた金属イオン衝撃では、基材において例えば700V以下のバイアス電圧を使用した場合に、同時に薄いジルコニウム膜が成長する。この層は、その後本発明によるジルコニウム接着膜として機能しうる。この場合、5~数十nmの膜厚を達成しようと努められる。
【0041】
本発明のさらなる好適な実施形態によれば、水素フリー非晶質膜は、ナノ複合材料からなる膜として、マトリックス材料と、このマトリックス材料中に埋め込まれる材料とを含み、このマトリックス材料は、好ましくはa-Cまたはta-Cからなり、埋め込まれる材料は、ナノメータ領域サイズの金属炭化物からなり、例えば、金属ドーピングされた非晶質炭素膜では、金属に応じて、例えば炭化タングステン(WC)または炭化クロム(Cr23C6, Cr3C2)またはこれ以外の金属元素の炭化物、好ましくはZrCからなる。
【0042】
本発明による硬質材料膜は、基材と、ジルコニウム接着膜(この上に水素フリー非晶質炭素膜が析出される)との間に、支持膜を含むこともでき、これは
図2中に示した通りである。この図では基材205が図示され、その上に、まず支持膜207が、その後Zr-C
x膜209が、そして最後に水素フリー非晶質炭素膜が設けられている。この支持膜は、表面の機械的な強度を高める。これは、好ましくは水素フリー非晶質炭素膜よりも強靭性がより高い材料からなる。例えばこの支持膜はZrNからなりえる。さらなる窒化物(例えば、CrN、AlTiN)、炭窒化物(例えば、TiCN,ZrNC)または炭化物(例えば、TiC、CrC)または酸窒化物(例えば、CrNO)は、a-Cまたはta-C膜用の支持膜として機能する。好適にはこれらの膜は、アークまたはスパッタリングを用いて析出される。
【0043】
本発明による硬質材料膜は、1つまたは複数のさらなる金属接着膜を、基材とジルコニウムからなる接着膜との間に具備するように析出されることもできる。例えば1つのさらなる金属接着膜は、Crイオンでの金属イオン洗浄を用いて製造されたCr接着膜でありえ、その後、この膜の上に、ジルコニウム接着膜が析出される。
【0044】
本発明による硬質材料膜は、本発明によればHiPIMS技術を用いても製造可能である。例えば水素フリー非晶質膜および/または支持膜および/またはジルコニウム接着膜および/または1つまたは複数の中間膜を、HiPIMS方法を用いて析出できる。
【0045】
ある実施形態の変形例によれば、a-C膜のみをHiPIMSを用いて析出する。
【0046】
さらなる実施形態の変形例によれば、Zr接着膜もa-C膜も双方ともHIPIMSで析出する。
【0047】
これらの実施形態の変形例のうちで有利であるのは、特に滑らかなa-C膜の形成である。
【0048】
本発明による硬質材料膜は、本発明によれば、HiPIMS技術とアーク技術とを組み合わせたハイブリッド技術を用いて製造することも可能である。
【0049】
例えば水素フリー非晶質膜および/または支持膜は、ハイブリッドアーク/HiPIMS方法を用いて析出することが可能で、ジルコニウム接着膜は、HiPIMSプロセスに基づくZrイオンを用いた金属イオン洗浄方法を用いて析出することが可能である。さらに、直接HiPIMS方法を用いてより厚いZr接着膜を析出することも可能である。
【0050】
また、例えばハイブリッドアーク方法を用いて水素フリー非晶質膜を析出することも可能で、支持膜をHiPIMSまたはハイブリッドアーク/HiPIMS方法を用いて析出することもでき、かつ、Zrイオンを用いた金属イオン洗浄方法を用いてZr接着膜を析出することも可能である。
【0051】
これらの方法の組み合わせは、本発明による硬質材料被覆部を製造する方法の一例として見なされるべきで、本発明による硬質材料膜を製造する可能な方法の限定として見なされるべきではない。
【0052】
本発明によりジルコニウム接着膜を用いて実施された被覆部と、従来技術に対応するクロム接着膜を用いた被覆部とを比較する。
【0053】
a-C膜(硬度は約40GPa)の析出と、ta-C膜(硬度は約55GPa)の析出とは、アーク蒸発器を装備した産業用の被覆設備中で行った。
【0054】
2シリーズの被覆を行ったが、それぞれ、6つの様々なプロセスを行い、各プロセスを、全てのプロセス工程について同一のパラメータセットで実施した。被覆シリーズに応じて異なる接着膜を、ロックウェル硬度が60HRCである鋼鉄製の検査片上に析出した。従来技術に対応する被覆シリーズでは、検査片には、炭素膜析出の前にアーク蒸発を用いてクロム接着膜を塗布したが、本発明による被覆シリーズでは、ジルコニウム接着膜はアーク蒸発を用いて塗布した。ジルコニウム接着膜の場合には、前に置いた遮蔽板で、またはブラインドシステムを用いて、機械的なドロップレットフィルタリング析出を行った。
【0055】
被覆工程については、当業者には公知であるが、まず高真空(0.001Pa)になるまでポンプ排出をし、その後加熱工程を、基材の最高温度、約150℃の温度までを守ることを考慮して行う。続いて、AEGD方法を用いてイオン洗浄を行い、その後、CrまたはZrを備えたアーク蒸発器を点火して、これにより、約120+/-40nmまでの金属接着膜を析出する。このために、相応の休止期間が入れられるが、これにより、最大温度の約150℃を上回ることがない。純粋な炭素膜を析出するための移行段階では、適切な黒鉛陰極を備えたアーク蒸発器が点火され、少なくとも500Vの電圧が基材にかけられ、その結果、金属中間膜にCイオンで衝撃が与えられる。続いて、a-C、ta-C膜を作り出すための様々なパラメータを設定して、それにより、純粋な被覆相への様々な移行、バイアス傾斜に関して、すなわち基材にかけられる電圧をより低い値典型的には100Vに下げることに関する移行を、ならびに、最大被覆温度を設定するための様々な休止時間を、および被覆時の様々な基材電圧を選択した。検査片上に約1μmの膜厚を析出した。かけられる負のバイアスと、有効な被覆温度とのプロセス域は、当業者には公知であるが、これらを適切に組み合わせて(100Vまでのより高いバイアス電圧を使用することにより、同じ温度において、より低いバイアス電圧に対して硬度をより高くし、逆に、一定のバイアス電圧で、被覆温度をより高くすることにより、硬度をより低くする)、膜中に様々な硬度を設定した。クロム接着膜とジルコニウム接着膜とを用いてパラメータに関して6つの異なる被覆プロセスを行った結果、ナノ硬度に関して、および、HRC押し付けの品質に関して評価を行った。水素フリー非晶質炭素膜は、Cr接着膜の場合もZr接着膜の場合も同じ膜硬度を示した。
【0056】
驚くべきことに、クロムアーク蒸発器とジルコニウムアーク蒸発器とをそれぞれ用いた多数の繰り返し実験の全てにおいて、プロセス経過は同一であるにも関わらず、本発明によるジルコニウム接着膜を備えた炭素被覆部の接着性は、従来技術によるクロム接着膜を含む炭素被覆部と比較してずっと高いことが明らかになった。ロックウェルC方法(HRC方法)による接着分類を双方の被覆部について計測し、例として
図1に示した。同一のプロセス条件で、
図1a)は、クロム接着膜を備えた炭素被覆部のロックウェルC押し付けの写真であり、
図1b)は、約60HRCの硬度の鋼鉄構成部品上で、本発明によるジルコニウム接着膜で析出した炭素被覆部中でのロックウェルC押し付けの写真である。プロセス制御および被覆チャンバの状況には依存せず、Zr接着膜は優れた硬度分類HF1~HF2を示す一方、Cr接着膜では硬度分類はHF2~HF4であった。
【0057】
ジルコニウム接着膜を用いた発明における被覆がより良い接着安定性を有する点は、HRC方法を用いて決められるが、これについての可能な説明は、炭素膜をクロム接着膜上で析出すると、結果として、複数の炭化物が形成され、従ってもろいCr-C相が形成されうる。全く逆に、本発明によるジルコニウム接着膜を使用する場合では、もろい位相ではなく、「可延性を有する」相が形成され、これは、特定の状況では、ジルコニウム単炭化物(ZrC)を含みうる。
【0058】
イオン洗浄方法としては、したがって全エッチング方法であると理解されうるが、すなわち、1つまたは複数の不活性プロセスガス(例えば、ヘリウム、ネオンまたはアルゴン)のイオン化および/または金属のイオン化、ならびに、基材表面上へのこのイオン化の加速により、表面でのスパッタリングまたはイオン注入効果が達成されると理解される。これらのイオン洗浄方法が、第1に不純物(例えば、自然酸化物または有機不純物など)を除去するために考えられている場合、しばしば不活性ガスイオンのみで動作するだけで十分である。これらのプロセスは、上述のアーク支援グロー放電(arc enhanced glow discharge(AEGD))プロセスのように、当業者には公知である。この際、イオン洗浄方法を、十分高い強度で(強度は、例えば、バイアス電圧の高さを介して設定可能である)および/または十分長い期間で実施する場合、十分な原子が基材表面から打ち出される、これにより、良好な膜接着がこのイオン洗浄方法に続いて行われる金属イオン洗浄方法または被覆において得られる。
【0059】
プロセスガスに追加して金属イオンを、または、金属イオンのみを用いることもある本願のイオン洗浄方法と同様、金属イオン洗浄方法(または、金属イオンエッチングとも称される)として、さらなるエッチング方法が理解される。この金属イオン洗浄方法では、例えば、クロムまたはジルコンからなる1つまたは複数の金属源が作動され、これが、イオン化された金属が基材表面上に加速されるとの効果を有する。主に、かけられるバイアス電圧の高さに応じて、および金属源にかけられた電流量に応じて、(例えばアークプロセスにおいて)蒸発される、または(例えば、スパッタリングまたはHiPIMSプロセスにおいて)スパッタされる材料のエネルギーおよび量は、目的に応じて設定されうる。これにより、当業者には、上述の金属イオンを用いた基材表面の洗浄以外に、金属イオン衝撃を用いた基材上への正味の塗布が達成可能になる。蒸発量が一定の場合、主に、かけられるバイアス電圧の高さにより、用いられた金属が基材上での材料塗布になるか否かが決定される。より高いバイアス電圧(約700Vより上)を用いる場合には、基材表面の洗浄以外に、用いられる金属イオンを基材表面中にイオン注入することさえも行われ、これは数10nmの深さにまで行われうる。しかし、材料に依存して、プロセスパラメータが同じ場合に、正味の塗布は10nm未満になりうる。当業者には、これらの方法は長らく公知であり、したがって、本願で言及した実施形態は、本発明を限定する事柄とは理解されるべきではない。
【0060】
本発明の意味合いでは、水素フリー非晶質炭素膜として、全ての炭素膜が理解されるが、その水素含有量は5at%未満で、好ましくは2at%未満で、場合によっては生じうる不純物は考慮しない。本発明による膜の化学組成を決定するための適切なキャラクタリゼーション方法、例えば、弾性反跳粒子検出法(elastic recoil detection analysis (ERDA))、ラザフォード後方散乱分析(rutherford backscattering(RBS))または二次イオン質量分析(secondary ion mass spectroscopy(SIMS))は、当業者には公知である。