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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/3232 20160101AFI20220719BHJP
   F16J 15/324 20160101ALI20220719BHJP
【FI】
F16J15/3232 201
F16J15/324
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017219595
(22)【出願日】2017-11-15
(65)【公開番号】P2019090478
(43)【公開日】2019-06-13
【審査請求日】2020-05-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000167196
【氏名又は名称】光洋シーリングテクノ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503405689
【氏名又は名称】ナブテスコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】特許業務法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池袋 一葉
(72)【発明者】
【氏名】久保田 孝治
【合議体】
【審判長】平瀬 知明
【審判官】岡本 健太郎
【審判官】平田 信勝
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-169279(JP,A)
【文献】特開2011-122723(JP,A)
【文献】特開2008-185080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/72-33/82
F16J 15/00-15/3296
F16J 15/46-15/53
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と、前記回転軸を包囲しているハウジングとの間に形成された環状空間を、低圧空間と前記低圧空間よりも高圧の高圧空間とに軸方向に仕切る密封装置であって、
弾性素材によって形成された、前記回転軸の外周面に摺接する環状のシール部を備え、
前記シール部の内周面には、前記回転軸の外周面に摺接する主リップと、前記主リップの先端から前記低圧空間側に向かって延びているとともに、前記低圧空間側に向かって漸次拡径している環状の傾斜面と、が形成され、
前記傾斜面には、潤滑剤を溜めるための断面円弧形状を有する環状溝が径方向外側に向けて凹入形成され、
前記傾斜面には、さらに、径方向内側に突設された1つ以上の断面円弧形状を有する環状突起が形成され、
前記環状溝は、前記主リップの先端前記1つ以上の環状突起のうちの前記主リップの先端に最も近い環状突起との間であって、前記先端に最も近い前記環状突起に隣接して形成され、
前記環状溝に隣接する前記環状突起と当該環状溝との間に、当該環状突起の断面円弧形状と当該環状溝の断面円弧形状とを断面において直線的に結ぶ直線部が形成されていることにより、前記環状溝が前記直線部を介して前記環状突起と連続して形成されている、密封装置。
【請求項2】
前記環状溝は前記主リップに隣接している、請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記低圧空間は真空空間であり、前記高圧空間は大気圧空間である、請求項1又は請求項2に記載の密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、回転軸と、前記回転軸を包囲しているハウジングとの間の環状空間を、高圧空間と低圧空間とに仕切るための密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空空間とされた真空容器内の機器に回転力を与えるために、回転力伝達用の回転軸を真空容器の内部から外部に突設させたときに、回転軸と、真空容器に設けられた回転軸を挿通するための貫通孔との間の環状空間から真空容器内への大気のリークを防止して、真空状態を維持する必要がある。そのために、環状空間には密封装置が装着される。
【0003】
特許文献1は、上記環状空間を高圧空間(大気圧空間)と低圧空間(真空空間)とに仕切るための密封装置であって、長期に亘って密封性を維持することができる密封装置を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-169279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、高温環境下になると潤滑剤の油分が蒸発しやすいため、回転軸の外周面に摺接するリップ部の潤滑が不足する。そのため、リップ部の摩擦抵抗が増加し、リップ部の摩耗が促進される。また、リップ部の摩擦抵抗が増加することによってリップ部の温度が上昇し、気化した潤滑剤の油分がリップ部に浸透してリップ部にブリスタが発生しやすくなる。特に、真空環境である場合、潤滑剤の油分はより蒸発しやすくなるため、リップ部の摩耗がより促進される。また、よりブリスタが発生しやすくなる。その結果、密封装置の密封性を長期間に亘って維持することができないという問題があった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、高温環境下でも密封性を長期間に亘って維持できる密封装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ある実施の形態に従うと、密封装置は、回転軸と、当該回転軸を包囲しているハウジングとの間に形成された環状空間を、低圧空間と当該低圧空間よりも高圧の高圧空間とに軸方向に仕切る密封装置であって、弾性素材によって形成された、回転軸の外周面に摺接する環状のシール部を備え、シール部の内周面には、回転軸の外周面に摺接する主リップと、主リップから低圧空間側に向かって延びているとともに、低圧空間側に向かって漸次拡径している環状の傾斜面と、が形成され、傾斜面には、潤滑剤を溜めるための環状溝が径方向外側に向けて凹入形成されている。
【0008】
高圧空間から低圧空間に回転力を導入する回転導入機において低圧空間と高圧空間とを密封装置によって仕切ると、回転軸とリップ部とが瞬間的に離間する、スティックスリップ(自励振動)と呼ばれる現象が生じることがある。たとえば密封空間が超高真空になると、わずかな振動であっても大気側から真空側に気体がリークしやすくなる。また、圧力差によりリップ部に力がかかりやすくなり、スティックスリップが発生しやすくなるので、大気側から真空側に気体がリークしやすくなる。
【0009】
発明者らは、スティックスリップが生じる原因について鋭意研究した結果、その原因の一つがリップ部の潤滑不足であるとの知見を得た。これは、潤滑不足により回転軸の外周面とリップ部との摩擦力が変動し、リップ部が振動して瞬間的に回転軸の外周面から離間するためであると考察される。また、潤滑不足によってリップ部の摩耗が促進することで摩耗粉が増加し、発生した摩耗粉がリップ部と回転軸の外周面との間に入り込むことがスティックスリップを誘発しているためであると考察される。上記のように、高温環境下では回転軸の外周面とリップ部との摺接面が潤滑不足となるため、特に、高温環境下でスティックスリップが発生しやすいと考えられる。そのため、高温環境下では、リップ部の摩耗やブリスタの発生に加えて、スティックスリップの発生によっても密封装置の密封性が損なわれやすい。
【0010】
この点、上記の実施の形態に従う密封装置では、傾斜面に潤滑剤を溜めるための環状溝が凹入形成されていることによって、シール部の内周面に潤滑剤を塗布した状態で密封装置の内周側に回転軸を挿入したときに、環状溝が形成されていない場合より傾斜面と回転軸の外周面との間に多くの潤滑剤が保持される。そのため、多くの潤滑剤がシール部と回転軸の外周面との摺接面に供給される。これにより、高温環境下であってもリップ部の潤滑性が高められ、リップ部の摩耗が抑えられる。また、リップ部の温度上昇が抑えられ、ブリスタの発生も抑えられる。また、摺接面の摩擦力が安定するためにスティックスリップの発生が抑えられる。その結果、高温環境下であっても密封性を長期間に亘って維持できる。
【0011】
好ましくは、環状溝は主リップに隣接している。
これにより、潤滑剤は主リップに効率的に供給される。主リップは摺接面で最も圧縮応力が高く発熱量が大きいため、その部分に効率的に潤滑剤が供給されることによって、リップ部の温度上昇をより抑えることができる。その結果、効果的に密封性を長期間に亘って維持できる。
【0012】
好ましくは、傾斜面には、さらに、径方向内側に突設された1つ以上の環状突起が形成され、環状溝は、主リップと1つ以上の環状突起のうちの主リップに最も近い環状突起との間に形成されている。
上記位置に環状溝を配置することで、環状溝は、傾斜面の主リップに近い位置に形成される。そのため、潤滑剤がシール部と回転軸の外周面との摺接面全体に効率的に供給される。
【0013】
好ましくは、低圧空間は真空空間であり、高圧空間は大気圧空間である。
これにより、当該密封装置は、高真空(0.1~10-5Pa)や超高真空(10-5Pa以下)の真空空間と大気圧空間との間であってもスティックスリップの発生を抑えることができ、密封性を長期間に亘って維持できる。
【発明の効果】
【0014】
この発明によると、高温環境下でも密封性を長期間に亘って維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施の形態にかかる密封装置の断面図である。
図2図1の密封装置のシール部の要部を拡大した断面図である。
図3】密封装置の主リップの断面図であって、(a)は回転軸を挿入する前の状態、(b)は回転軸を挿入した状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、図面を参照しつつ、好ましい実施の形態について説明する。以下の説明では、同一の部品および構成要素には同一の符号を付してある。それらの名称および機能も同じである。したがって、これらの説明は繰り返さない。
【0017】
<全体構成>
図1は、本実施の形態にかかる密封装置1の断面図である。この密封装置1は、内部が高真空(0.1~10-5Pa)環境または超高真空(10-5Pa以下)環境とされる真空容器(図示せず)に装着可能なものである。密封装置1は、回転軸Sと、回転軸Sを包囲しているハウジングHとの間に形成された環状空間Tを、密封状態で、大気圧空間A(高圧空間,図1中右側)と、真空空間V(低圧空間,図1中左側)とに軸方向に仕切るために用いられている。
【0018】
回転軸Sは、真空容器内に設置された機器に回転力を与えるための回転伝達用の軸である。回転軸Sは、真空容器に設けられ当該真空容器の内外を連通している筒状のハウジングHに挿通されて、真空容器の内部である真空空間Vから外部である大気圧空間Aに向けて突設されている。
【0019】
密封装置1は、回転軸Sが回転可能に環状空間Tを、大気圧空間Aと真空空間Vとに軸方向に仕切っている。密封装置1は、金属製の芯金2と、芯金2に加硫接着により固着されたフッ素ゴム等の弾性素材からなるシール部材3と、を備えている。
【0020】
芯金2は、SPCC等の鋼板をプレス加工等することによって環状に形成されている。芯金2は、ハウジングHの内周面と並行に延びる円筒状の円筒部2aと、円筒部2aの一端部から径方向内方に延びる円環部2bと、を有しており、断面L字形に形成されている。
【0021】
シール部材3は、円筒部2aの外周面から大気圧空間A側の端面を回り込んで当該円筒部2aの内周面に沿うとともに円環部2bの大気圧空間A側の側面に沿って接着された基体部4と、円環部2bの内周端から延びるシール部5と、同じく円環部2bの内周端から延びる補助リップ7と、を有している。
芯金2は、基体部4のうちの円筒部2aの外周を覆う部分を介してハウジングHに圧入されており、これによって、密封装置1は、ハウジングHに固定されている。
【0022】
補助リップ7は、円環部2bの内周端を基端として真空空間V側に延びているとともに、真空空間V側に向かって漸次縮径した状態で回転軸Sの外周面S1に摺接している。
シール部5は、円環部2bの内周端を基端として大気圧空間A側に延びている環状の部材である。
補助リップ7およびシール部5の連続した径方向内側の面は、径方向外側に向かう凹部9を形成する。
【0023】
シール部5の外周面側には、当該シール部5を径方向内側に締め付けて押圧することで密封性を高めるためのガータスプリング8が装着されている。
シール部5は、回転軸Sの外周面S1に摺接することで、大気圧空間Aの圧力が回転軸SとハウジングHとの間から真空空間Vにリークしないように、両空間の間を密封している。
【0024】
シール部5の内周面には、回転軸Sの外周面S1に摺接する主リップ10と、主リップ10から真空空間V側に向かって延びているとともに、真空空間V側に向かって漸次拡径している真空空間側傾斜面11と、主リップ10から大気圧空間A側に向かって延びているとともに、大気圧空間A側に向かって漸次拡径している大気空間側傾斜面12と、が形成されている。よって、主リップ10は、真空空間側傾斜面11と大気空間側傾斜面12とによる頂部により構成されており、断面山形に形成されている。
【0025】
シール部5は、上述のように円環部2bの内周端を基端として大気圧空間A側に延びている。従って、シール部5は、真空空間V側の端部を支点として、大気圧空間A側の端部が径方向外側に移動可能とされている。なお、図1は、自由状態にあるシール部5を示している。
【0026】
シール部5は、内周側に回転軸Sが挿入されると、当該シール部5の大気圧空間A側の端部が径方向外側に移動し、大気圧空間A側の端部及び主リップ10がわずかに拡径するように弾性変形する。シール部5が自由状態において主リップ10の内径寸法は、回転軸Sの外径寸法よりも小さい所定の寸法に形成されている。
【0027】
<シール部の構成の詳細>
図2は、図1中、シール部5の要部を拡大した断面図である。なお、図2は、自由状態にあるシール部5を示している。図2を参照して、シール部5の真空空間側傾斜面11は、軸方向に対する傾斜角度dが、例えば10~20度の範囲に設定された円すい状の内周面に形成されている。
【0028】
真空空間側傾斜面11には、1つ以上の環状溝23が当該真空空間側傾斜面11から径方向外側に向けて凹入形成されている。図2では、1つの環状溝23が形成されている。環状溝23は、その底端が直径0.1mm~0.5mm程度の断面円弧形状に形成され、環状溝23先端部の円弧を囲んで直線部24,25が形成されている。直線部24は、環状溝23と第3環状突起22との2つの円弧間に形成されている。環状溝23先端部の円弧を囲んで直線部24,25が形成されていることによって、当該直線部24,25が形成されずに2つの円弧(第3環状突起22および環状溝23)が連続してS字形状を呈する構造と比較すると、環状溝23の真空空間側傾斜面11から径方向外側への凹入長さが長く(深く)なる。それにより、環状溝23が保持可能な潤滑剤の量が多くなる。また、第3環状突起22および環状溝23先端部をいずれも円弧形状とすることによって頂部および底部への応力集中を回避し、破損を防止することができる。
【0029】
好ましくは、環状溝23は、真空空間側傾斜面11の主リップ10に近い位置、すなわち、真空容器に装着される際に大気圧空間Aに近い側に設けられている。一例として、環状溝23は、主リップ10に隣接している。
【0030】
好ましくは、真空空間側傾斜面11の、主リップ10から遠い側に環状溝23に隣接して、1つ以上の環状突起が真空空間側傾斜面11から径方向内側に向けて突出形成されている。本実施の形態では、真空空間側傾斜面11の最も真空空間V側の位置に第1環状突起20、環状溝23と第1環状突起20との間に第2環状突起21、環状溝23と第2環状突起21との間に第3環状突起22、が形成されている。それぞれ真空空間側傾斜面11上に形成された各環状突起20~22は、その先端が直径0.1mm~0.5mm程度の断面円弧形状に形成され、各環状突起間には直線部が形成されている。
【0031】
好ましくは、第1環状突起20は、真空空間側傾斜面11を基準とした突出寸法t2が、第2環状突起21及び第3環状突起22の突出寸法t1よりも大きい値(例えば、t1の2~3倍程度)となるように形成されている。
【0032】
好ましくは、第1環状突起20の突出寸法t2は、密封装置1に回転軸Sが挿入され、主リップ10(及び第3環状突起22)が外周面S1に摺接したときにその先端が外周面S1に摺接する値に設定されている。
【0033】
一方、第2環状突起21の突出寸法t1は、密封装置1が使用初期の状態においては回転軸Sの外周面S1に摺接せず、主リップ10及び第1環状突起20が使用によって摩耗すると、回転軸Sの外周面S1に対する摺接を開始する値に設定されている。
なお、密封装置1における使用初期の状態とは、未使用の密封装置1をハウジングHに固定し、回転軸Sの回転を開始した直後であって主リップ10や第1環状突起20に摩耗が見られない状態をいう。
【0034】
環状溝23の設けられる位置は、大気圧空間Aに近いほどよい。好ましくは、環状溝23は、主リップ10に隣接し、真空空間側傾斜面11を環状突起20~22および環状溝23で概ね等分割する位置に配置される。
また、好ましくは、環状溝23の溝幅wは、第2環状突起21及び第3環状突起22の幅と同程度である。
好ましくは、環状溝23の、真空空間側傾斜面11を基準とした凹入寸法t3は、第2環状突起21及び第3環状突起22の突出寸法t1と同程度である。
【0035】
<環状溝の作用>
図3は主リップ10の断面図であり、図3(a)は密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入前の状態、図3(b)は挿入後の状態を示している。なお、図3(a)に表された回転軸Sの外周面S1は仮想的な面である。
【0036】
図3(a)を参照して、密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入する前には、挿入時に回転軸Sの外周面S1に対向するシール部5の内周面側に潤滑剤を塗布する。従って、密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入する前には、潤滑剤は、凹部9および真空空間側傾斜面11で構成される空間P1に存在する。
【0037】
図3(b)を参照して、密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入すると、シール部5は真空空間V側の端部を支点として、大気圧空間A側の端部が径方向外側に移動し、主リップ10が、わずかに拡径するように弾性変形した状態で、回転軸Sの外周面S1に摺接する。また、シール部5の大気圧空間A側の端部が径方向外側に移動することで、真空空間側傾斜面11の傾斜角度d(図2)が小さくなり、真空空間側傾斜面11が回転軸Sの外周面S1に接近する。
【0038】
これによって、空間P1のうちの、真空空間側傾斜面11と外周面S1との間の空間が減少して、空間P1は空間P1aに変形する。その結果、密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入した状態では、潤滑剤は空間P1aに保持される。
【0039】
このとき、密封装置1の真空空間側傾斜面11には環状溝23が形成されているため、真空空間側傾斜面11が回転軸Sの外周面S1に接近した状態であっても、環状溝23と外周面S1との間に空間P2,P3,P4が生じる。その結果、密封装置1の内周側に回転軸Sを挿入した状態で、潤滑剤は、空間P1aに加えて空間P2,P3,P4にも保持される。
【0040】
空間P1aおよび空間P2,P3,P4に保持された潤滑剤は、シール部5と回転軸Sの外周面S1との摺接面に供給される。
【0041】
<環状溝の効果>
密封装置1の真空空間側傾斜面11に環状溝23が設けられることによって、環状溝23がない状態の空間P1a,P3,P4に加えて、環状溝23が形成する空間P2にも潤滑剤が保持される。つまり、環状溝23は、潤滑剤を溜めるために密封装置1の真空空間側傾斜面11に形成される。そのため、密封装置1では環状溝23がない密封装置より多くの潤滑剤が保持され、より多くの潤滑剤がシール部5と回転軸Sの外周面S1との摺接面に供給される。これにより、摺接面の潤滑性が高められる。その結果、環状溝23がない密封装置よりもスティックスリップの発生および/または振動幅を抑えることができる。
【0042】
なお、摩耗体積Vを表す一般的な式として、以下のRATNERの式が知られている。
V=μWL/Hσε
ただし、μ:摩擦係数、W:単位面積あたりの荷重、L:摺接面の面積、H:硬度、σ:引張応力(引張破断強度)、ε:破壊伸び、である。
【0043】
上の式からも、摩耗に対して摩擦係数(μ)が関わることがわかる。その点、本実施の形態にかかる密封装置1ではより多くの潤滑剤がシール部5と回転軸Sの外周面S1との摺接面に供給されることによって摺接面の摩擦係数が抑えられる。その結果、環状溝23がない密封装置よりも主リップ10の摩耗を抑えることができる。主リップ10の摩耗が抑えられることによって摩耗粉も減少し、発生した摩耗粉が主リップ10と回転軸Sの外周面S1との間に入り込むことによって誘発されると考察されるスティックスリップの発生および/または振動幅を抑えることができる。また、主リップ10を高寿命化することができる。
【0044】
密封装置1が真空容器(図示せず)に装着されると、真空空間側傾斜面11には、大気圧空間A側から真空空間V側に向かう力が生じる。その状況下に用いられる密封装置1において、環状溝23が大気圧空間Aに近い側に設けられていることによって、潤滑剤が摺接面全体に効率よく供給される。その結果、より効果的にスティックスリップの発生および/または振動幅を抑えることができる。また、主リップ10をより高寿命化することができる。
【0045】
なお、上記のように、環状溝23は真空空間側傾斜面11のより大気圧空間Aに近い側に設けられているのがよい。環状溝23が大気圧空間Aに近い側に設けられているほど、潤滑剤が摺接面全体により効率よく供給されるためである。しかしながら、本実施の形態にかかる密封装置1では環状溝23を主リップ10に隣接する位置に配置することによって、主リップ10から環状溝23までの間の距離を確保することができる。主リップ10から環状溝23までの間の距離が確保されることによって、主リップ10による密封力が強まる。従って、この位置に環状溝23が配置されることによって、密封性能の確保と潤滑剤の摺接面全体への効率的な供給とが両立される。
【0046】
なお、環状溝23の溝幅wは大きいほど、また、凹入寸法t3は大きいほど、さらには、環状溝23の数が多いほど、空間P2が大きくなる。そのため、より多くの潤滑剤が保持され、より効率よく潤滑剤を摺接面に供給できるようにも思われる。
【0047】
しかしながら、シール部5に対して空間P2が大きくなりすぎると、使用時や成形時に割れの起点となる可能性が高まる。そこで、本実施の形態にかかる密封装置1では、一例として、環状溝23が1つ成形され、当該環状溝23が、溝幅wを第2環状突起21及び第3環状突起22の幅と同程度とし、凹入寸法t3を第2環状突起21及び第3環状突起22の突出寸法t1と同程度として形成される。これにより、シール部5に対する空間P2の大きさを適正化できる。これにより、使用時や成形時の割れを防止しつつ、潤滑剤を摺接面に効率よく供給できる。
【0048】
なお、環状溝23の数、溝幅w及び凹入寸法t3は、シール部5のサイズや材質に応じて適宜設定される。
【0049】
さらに、環状突起20,21,22が上記のような突出寸法で構成されることによって、当該密封装置1が使用初期の状態においては主リップ10、第1環状突起20、及び第3環状突起22によって必要な密封性を確保する。その後、回転軸Sが回転し、主リップ10、第1環状突起20、及び第3環状突起22が回転軸Sの外周面S1に対して摺接することで必要な密封性が維持できない程度に摩耗したとしても、第2環状突起21が回転軸Sの外周面S1に対して摺接を開始するので、第2環状突起を新たに密封性確保に寄与させることができ、必要な密封性を維持することができる。
【0050】
<実施の形態の効果>
以上のように、実施の形態にかかる密封装置1によれば、環状溝23が凹入形成されることによって、高温環境下で用いられる場合であっても主リップ10の潤滑性が高められ、主リップ10の温度上昇を抑えることができる。その結果、主リップ10の摩耗が抑えられるとともに、ブリスタの発生も抑えられる。また、スティックスリップの発生および/または振動幅を効果的に抑えることができる。これにより、高温環境下で用いられる場合でも、密封性を長期間に亘って維持することができる。また、主リップ10を高寿命化することができる。加えて、環状突起20~22が形成されることによって、密封性をより長期間に亘って維持することができる。
【0051】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0052】
1 密封装置
5 シール部、
7 補助リップ
10 主リップ
11 真空空間側傾斜面
20 第1環状突起
21 第2環状突起
22 第3環状突起
23 環状溝
S 回転軸
S1 外周面
図1
図2
図3