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  • 特許-油分解微生物 図1A
  • 特許-油分解微生物 図1B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】油分解微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20220719BHJP
   C02F 3/34 20060101ALI20220719BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C02F3/34 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018123011
(22)【出願日】2018-06-28
(65)【公開番号】P2020000104
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-02-03
【微生物の受託番号】NPMD  BP-02734
(73)【特許権者】
【識別番号】518148478
【氏名又は名称】シーシーアイホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】若尾 祐太
(72)【発明者】
【氏名】平野 達也
【審査官】進士 千尋
(56)【参考文献】
【文献】Applied Biochemistry and Microbiology, 2017, Vol.53, No.1, pp.68-72
【文献】International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 2010, Vol.60, pp.896-903
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
C02F 3/34
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae) 1-2350株(受託番号NITE BP-02734)で特定される、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、以下の菌学的性質を示し、1,000~10,000ppm範囲内の少なくとも1の鉱油濃度における鉱油減少率が40重量%超である、油分解微生物。
【表1】

【表2】

【表3】
【請求項2】
配列番号1で示される16S rDNA塩基配列を有する、請求項1に記載の油分解微生物。
【請求項3】
1,000~10,000ppmの全鉱油濃度における鉱油減少率が45重量%以上である、請求項1または2に記載の油分解微生物。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載の油分解微生物を油と接触させる工程を含む、油の分解方法。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載の油分解微生物を含む、油分解剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属する、油分解性、特に鉱油分解性に優れた新規微生物に関する。本発明はまた、当該微生物を利用した油、特に鉱油の分解方法および油分解剤(特に鉱油分解剤)に関する。
【背景技術】
【0002】
産業の発達に反比例して、海、河川、土壌などの自然環境の汚染が進んでいる。自然環境は、我々人間を含め多くの生き物の生活する場であり、近年、汚染物質に対する視線が厳しくなっている。特に石油などの鉱油は、近年、タンカー座礁による原油漏出やガソリンスタンドでの土壌汚染などにより問題となることが多く、安全に除去することに対する要求が高まっている。鉱油除去法としては、化学的、物理的による方法もあるが、微生物等の働きを利用して汚染物質を分解等することにより環境汚染の浄化を図るバイオレメディエーション技術に注目が集まっている。微生物を利用するバイオレメディエーションは、多様な汚染物質への適用可能性を有し、投入エネルギーが理論的に少なく、一般的に浄化費用も低くおさえられる可能性があり、将来の主要技術の一つと考えられている。例えば、特許文献1では、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii) KIM30135菌株が油以外の炭素源の不存在下であってもエンジンオイル等の鉱物油を分解できることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-296382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の微生物では、鉱油分解性が十分でないという問題があった。
【0005】
したがって、本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、油(特に鉱油)分解性に優れた微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記の問題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、所定の菌学的性質を示す油分解微生物によって上記課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至った。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、油(特に鉱油)分解性に優れた微生物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A図1Aは、単離微生物およびアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)の16S rDNA部分塩基配列の比較を示す。
図1B図1Bは、単離微生物およびアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)の16S rDNA部分塩基配列の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0010】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は、XおよびYを含み、「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0011】
<油分解微生物>
本発明の一側面では、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、以下の菌学的性質を示す、油分解微生物(特に鉱油分解微生物)が提供される。本発明の一実施形態では、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、以下の菌学的性質を示し、配列番号1で示される16S rDNA塩基配列を有する、油分解微生物(特に鉱油分解微生物)が提供される。なお、本明細書において、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、以下の菌学的性質を示す、油分解微生物を、単に「本発明に係る油分解微生物」または「本発明に係る微生物」とも称する。
【0012】
【表1】
【0013】
【表2】
【0014】
【表3】
【0015】
上記のようなアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属する油分解微生物の一具体例として、以下のスクリーニング方法により単離した株について、詳細に説明する。なお、本発明に係る1-2350株は、下記スクリーニング方法において、岐阜県関市の土壌から単離した。
【0016】
[スクリーニング]
岐阜県関市の土壌または廃油処理施設の廃液、下水もしくは河川水から採取したサンプルを、以下の方法で作製された一次スクリーニング用液体培地に適量添加し、30℃で1週間培養する。培養後の培養液100μLをさらに一次スクリーニング用液体培地140mLに接種し、再度30℃で1週間培養する。なお、本明細書において、以下の方法で作製された一次スクリーニング用液体培地を、単に「一次スクリーニング用液体培地」とも称する。
【0017】
一次スクリーニング用液体培地は、以下の表4の組成となるように鉱油以外の各成分を純水に溶解し、鉱油の終濃度が0.5w/v%(0.5g/100mL)となるように添加し、高温高圧滅菌して調製する。なお、鉱油は、ディーゼルエンジンオイル、ガソリンエンジンオイル、マシンオイル、ギヤオイル及びカッティングオイルを等重量比(即ち、ディーゼルエンジンオイル:ガソリンエンジンオイル:マシンオイル:ギヤオイル:カッティングオイルの混合比(重量比)=1:1:1:1:1)で混合することによって調製する。ここで、ディーゼルエンジンオイルとして富士興産株式会社製の商品名:CF エコ・ディーゼルを、ガソリンエンジンオイルとして三油化学工業株式会社製の商品名:汎用機用4サイクルガソリンエンジンオイルを、マシンオイルとして株式会社エーゼット製の商品名:マシンオイルを、ギヤオイルとしてトラスコ中山株式会社製の商品名:工業用ギヤオイルISO VG220を、およびカッティングオイルとして株式会社エーゼット製の商品名:タップ&ドリルオイル カッティングオイルを、それぞれ、使用する。また、一次スクリーニング用液体培地のpHは調整していない。
【0018】
【表4】
【0019】
10倍希釈した一次スクリーニング後の培養液100μLを、以下の方法で作製された二次スクリーニング用寒天培地に塗布し、30℃で1週間培養する。培養後、寒天上での生育が確認できた菌株を単離する。なお、本明細書において、以下の方法で作製された二次スクリーニング用寒天培地を、単に「二次スクリーニング用寒天培地」とも称する。
【0020】
二次スクリーニング用寒天培地は、以下の表5の組成となるように、鉱油および寒天以外の各成分を純水に溶解し、鉱油の終濃度が0.5w/v%(0.5g/100mL)および寒天の終濃度が2.0w/v%(2.0g/100mL)となるように、鉱油および寒天を添加し、高温高圧滅菌した後、適宜分注して固化させて調製する。なお、下記表5において、鉱油として、上記一次スクリーニング用液体培地に使用したのと同様の鉱油を使用する。また、二次スクリーニング用寒天培地のpHは調整していない。
【0021】
【表5】
【0022】
次に、鉱油0.05gを、以下の方法で作製された三次スクリーニング用液体培地5mLに加えて、滅菌した試験液を調製する(鉱油濃度:1%(w/v))。上記二次スクリーニングで得た各単離菌株を白金耳で一白金耳ずつ、上記方法で調製した試験液に接種し、30℃で24時間振盪培養(回転数:140rpm)する。なお、本明細書において、以下の方法で作製された三次スクリーニング用液体培地を、単に「三次スクリーニング用液体培地」とも称する。
【0023】
三次スクリーニング用液体培地は、以下の表6の組成となるように、各成分を純水に溶解し、塩酸にてpH6.0に調整し、高温高圧滅菌して調製する。なお、下記表6において、鉱油として、上記一次スクリーニング用液体培地に使用したのと同様の鉱油を使用する。
【0024】
【表6】
【0025】
培養後、JIS K0102:2016改正(工業排水試験方法)に準じてノルマルヘキサン抽出物を調製する。ノルマルヘキサン抽出物を鉱油の残存量とし、試験液の調製時に添加した鉱油0.05gと鉱油の残存量(g)(ノルマルヘキサン抽出物の量(g))とから、下記数式(1)により鉱油減少率を求める。その結果、鉱油減少率の高い菌株を単離することができる。
【0026】
【数1】
【0027】
その結果、岐阜県関市の土壌から、鉱油減少率が最も高かった菌株を単離した。この単離した菌株(単離微生物)について、以下のようにして同定を行った。
【0028】
[菌株の同定(分類)]
単離微生物を、LB寒天培地(Becton Dickinson, USA)を用いて、30℃で24時間、好気培養して、以下の菌株の同定(分類)に供試した。
【0029】
1.16S rDNA塩基配列解析
単離微生物の16S rDNA塩基配列を、以下のプロトコール(PCR増幅からサイクルシークエンスまでの操作)に基づいて解析した。なお、塩基配列は、シークエンサーからの生データ(エレクトロフェログラム)を目視にて確認し、補正を行った後に決定する。
【0030】
【化1】
【0031】
上記にて決定された単離微生物の16S rDNA塩基配列を下記配列番号:1に示す。
【0032】
【化2】
【0033】
微生物同定用DNAデータベースDB-BA12.0(株式会社テクノスルガラボ)および国際塩基配列データベース(DDBJ/ENA(EMBL)/GenBank)に対するBLAST相同性検索の結果、単離微生物の16S rDNAの部分塩基配列は、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)に対し相同率99.2%の相同性を示した(下記表7、表8参照)。微生物同定用DNAデータベースDB-BA12.0に対する相同性検索の結果を表7に示す。また、国際塩基配列データベース(DDBJ/ENA(EMBL)/GenBank)に対する相同性検索の結果を表8に示す。なお、下記表において、「BSL」は、バイオセーフティレベルを意味し、バイオセーフティレベル(BSL)は日本細菌学会バイオセーフティ指針「病原細菌のBSLレベル」に従う(レベル1:ヒトに疾病を起こし、または動物に獣医学的に重要な疾患を起こす可能性のないもの(日和見感染を含む)、レベル2:ヒトまたは動物に病原性を有するが、実験室職員、地域社会、家畜、環境等に対し、重大な災害とならないもの、実験室内で暴露されると重篤な感染を起こす可能性はあるが、有効な治療法、予防法があり、伝播の可能性は低いもの、レベル3:ヒトに感染すると重篤な疾病を起こすが、他の個体への伝播の可能性は低いもの)。下記表中において、日和見病原体を「BSL1*」と示す。また、網掛けは、簡易分子系統解析に供した配列データを示す。
【0034】
【表7】
【0035】
【表8】
【0036】
また、微生物同定用DNAデータベースDB-BA12.0(株式会社テクノスルガラボ)に対する相同性検索で得られた塩基配列を基に分子系統樹を解析した結果、単離微生物はアシネトバクター(Acinetobacter)属が構成するクラスター内に含まれ、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)と同一の分子系統学的位置を示した(下記系統樹参照)。なお、下記系統樹において、左上の線はスケールバーを、系統枝の分岐に位置する数字はブートストラップ値を、株名の末尾のTはその種の基準株(Type strain)を、BSLはバイオセーフティーレベル(BSL1*(日和見病原体)以上を表記)を、それぞれ、示す。
【0037】
【化3】
【0038】
図1Aおよび図1Bに示されるように、単離微生物およびアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)の16S rDNA部分塩基配列間には11塩基の相違点(図1A中の網掛け部分)が認められる。図1中、D=A、GまたはT、R=GまたはA、Y=CまたはT、K=TまたはG、M=CまたはAを意味する(IUBコード)。なお、図1Aおよび図1B中、「Query」は単離微生物の16S rDNA部分塩基配列を、および「Sbjct」はアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の基準株ATCC 11171(Accession No. X81659)の16S rDNA部分塩基配列を、それぞれ、示す。また、図1Aおよび図1B中、配列の一致する箇所は各塩基間に縦線がひかれている。
【0039】
以上から、上記単離微生物は、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に帰属すると推定される。
【0040】
2.菌学的性質
上記スクリーニングによって単離した菌株(単離微生物)の菌学的性質を以下に示す。形態観察は光学顕微鏡(BX50F4、Olympus, Japan)を用いて行った。グラム染色はフェイバーG「ニッスイ」(Nissui Pharmaceutical, Japan)を用いて行った。カタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖からの酸/ガス産生、ブドウ糖の酸化/発酵(O/F)についての試験は、Barrow & Felthamの方法(Barrow G.I. & Feltham R.K.A. (1993), Cowan and Steel’s Manual for the Identification of Medical Bacteria. 3rd edition, Cambridge University Press)の方法に基づいて行う。
【0041】
【表9】
【0042】
上記表9の結果から、上記スクリーニングによって単離した菌株(単離微生物)は、運動性を有さないグラム陰性(不定あり)桿菌で、グルコースを酸化せず、カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した。これらの性状は、アシネトバクター属の性状と一致する(Barrow G.I. & Feltham R.K.A. (1993), Cowan and Steel’s Manual for the Identification of Medical Bacteria. 3rd edition, Cambridge University Press)と考察される。
【0043】
次に、API(登録商標)20NE(bioMerieux, France)を用いて、製造業者のプロトコールに従って以下の項目について試験した。その結果を表10に示す。
【0044】
【表10】
【0045】
また、株式会社テクノスルガ・ラボと英国NCIMB Ltd.との技術提携事項および分類・同定の関連技術(Nemec A., Musilek M., Sedo O., De Baere T., Maixnerova M., Van Der Reijden T.J.K., Zdrahal Z., Vaneechoutte M. & Dijkshoorn L. (2010). Acinetobacter bereziniae sp. nov. and Acinetobacter guillouiae sp. nov., to accommodate Acinetobacter genomic species 10 and 11, respectively. Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 60, 896-903)に従い、以下の項目について試験した。その結果を表11に示す。
【0046】
【表11】
【0047】
本発明の一側面では、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、上記の菌学的性質を示す、油分解微生物(特に鉱油分解微生物)が提供される。また、本発明の一実施形態では、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属し、上記の菌学的性質を示し、配列番号1で示される16S rDNA塩基配列を有する、油分解微生物(特に鉱油分解微生物)が提供される。
【0048】
上記表10の結果から、上記スクリーニングによって単離した菌株(単離微生物)は、硝酸塩を還元せず、ゼラチンを加水分解せず、グルコースおよびL-アラビノースなどに対しては資化能を示さないが、n-カプリン酸および酢酸フェニルなどに対しては資化能を示した。また、上記表11の結果から、上記スクリーニングによって単離した菌株(単離微生物)は、クエン酸(Simmons法)を利用し、無機窒素源(NHCl)を利用せず、溶血性は示さなかった。これらの性状は、上記「1.16S rDNA塩基配列解析」にて帰属が示唆されたアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)の性状にほぼ一致する(Nemec A., Musilek M., Sedo O., De Baere T., Maixnerova M., Van Der Reijden T.J.K., Zdrahal Z., Vaneechoutte M. & Dijkshoorn L. (2010). Acinetobacter bereziniae sp. nov. and Acinetobacter guillouiae sp. nov., to accommodate Acinetobacter genomic species 10 and 11, respectively. Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 60, 896-903)が、上述したように、従来公知のアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)とは塩基配列が異なっている。
【0049】
したがって、単離された菌株(単離微生物)は、従来公知のアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)とは異なる性質を有することが明らかとなったことから、新規な微生物であると判断し、本菌株をアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae) 1-2350(以下、単に「1-2350株」とも称する)と命名した。また、この1-2350株は、2018年6月20日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託されており、その受領番号は、NITE BP-02734である。すなわち、本発明の一側面は、アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae) 1-2350株(受託番号NITE BP-02734)で特定される、油分解微生物(特に鉱油分解微生物)に関する。
【0050】
上記菌学的性質を示す油分解微生物(特に1-2350株)は、鉱油(炭化水素)の分解力に優れ、不飽和炭化水素や多環芳香族を含む広範な鉱油濃度の水質環境においても排水を浄化し得る特性を有する。このため、上記菌学的性質を示す油分解微生物(特に1-2350株)を、鉱油を含む工業排水、鉱油を含む工業排水を処理するための施設である除害施設、整備工場、駐車場、洗車場やガソリンスタンド等に設置されているオイルトラップやガソリントラップ、および鉱油が漏出した海、河川や土壌などに添加することにより、鉱油を効率よく分解し、自然環境の汚染を防止・抑制できる。また、上記菌学的性質を示す油分解微生物(特に1-2350株)は、もともと自然界に存在する微生物である。このため、本発明に係る微生物を添加しても自然環境に悪影響を及ぼすことは少ないまたはない。このため、本発明に係る微生物によれば、安全に鉱油を除去できる。加えて、鉱油分解後に本発明に係る微生物を別途回収する必要がないため、浄化費用を低くおさえられるという利点もある。
【0051】
ここで、鉱油は、未使用のものであってもまたは使用後のものであってもよい。このような鉱油の具体例としては、以下に制限されないが、ディーゼルエンジンオイル、ガソリンエンジンオイル、マシンオイル、ギヤオイル及びカッティングオイルなどが挙げられる。上記菌学的性質を示す油分解微生物(特に1-2350株等の鉱油分解微生物)は、このような広範な鉱油に対して高い油分解能(特に鉱油分解能)を示す。本明細書において、「マシンオイル」は、金属同士が接触する際に起こる摩擦を低減する潤滑油であり、使用する機械の部分や用途に応じて、マシン油、タービン油、スピンドル油、ダイナモ油、シリンダー油、軸受油、冷凍機油、油圧作動油、ギヤ油、圧縮機油、摺動面油などがある。本明細書において、「ギヤオイル」は、主として車やオートバイのエンジンやギアに潤滑や冷却を目的として使用されている油である。ギヤオイルは、目的とする特性の改善のために、酸化防止剤、摩耗防止剤、清浄分散剤、粘度指数向上剤、消泡剤、流動点降下剤等の添加剤を含んでもよい。また、本明細書において、「カッティングオイル」は、切削、旋削、フライス、タッピングなどの加工において、潤滑、冷却、切削除去といった役割を担う切削油である。
【0052】
上記菌学的性質を示すアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属する本発明に係る油分解微生物(特に1-2350株)は、広範な濃度の鉱油に対して高い分解能を示す。具体的には、本発明に係る油分解微生物は、後述の方法により測定される1,000~10,000ppm範囲内の少なくとも1の鉱油濃度における鉱油減少率が35重量%を超え、好ましくは40重量%を超え、より好ましくは50重量%以上であり、特に好ましくは55.0重量%を超える(上限:100重量%)。好ましくは、本発明に係る油分解微生物は、後述の方法により測定される1,000~10,000ppmの全鉱油濃度における鉱油減少率が、30重量%を超え、より好ましくは40重量%を超え、特に好ましくは45重量%以上(上限:100重量%)である。なお、本明細書において、「後述の方法により測定される1,000~10,000ppm範囲の鉱油濃度における鉱油減少率」を、単に「鉱油減少率」とも称する。すなわち、本発明の好ましい形態では、本発明に係る油分解微生物は、下記方法にて測定される1,000~10,000ppm範囲内の少なくとも1の鉱油濃度における鉱油減少率が40重量%超(より好ましくは50重量%以上、特に好ましくは55.0重量%超)(上限:100重量%)である。また、本発明の好ましい形態では、本発明に係る油分解微生物は、下記方法にて測定される1,000~10,000ppm範囲内の全鉱油濃度における鉱油減少率が、30重量%を超え(より好ましくは40重量%を超え、特に好ましくは45重量%以上)(上限:100重量%)である。通常、油分解性微生物を油と長持間培養すれば、油は徐々にではあるが分解する(鉱油減少率は上昇する)。しかしながら、例えば、微生物を除害施等に添加する場合には、除害施設から順次排出されるため、通常、約1~3日ごとに除害施設に微生物が補給される。一方、本発明に係る油分解微生物は、下記方法から明らかであるように、24時間という短時間で高い鉱油減少率を示すため、除害施設内で十分量の鉱油を分解でき、実用面で優れる。なお、本明細書において、「鉱油減少率」は、下記方法によって測定された値である。
【0053】
[鉱油低減効果の評価(鉱油減少率の測定)]
本明細書において、鉱油の低減効果は、以下の方法により鉱油減少率に基づいて評価される。すなわち、鉱油を、鉱油濃度が1,000~10,000ppmとなるように、上記の三次スクリーニング用液体培地と同じである無菌処理済の油分分解評価用培地(5mL)に加えて、試験液を調製する(油分:0.1~1%(w/v)(1g/L~10g/L))。この試験液に対し、平板培地(例えば、二次スクリーニング用寒天培地)上で培養した微生物を接種し、任意の温度帯(例えば、30℃)で24時間振盪(140rpm)培養する。接種する菌の量は、白金耳で一白金耳程度である。試験液に接種する微生物は、三次スクリーニング用液体培地などで前培養したものを用いてもよい。前培養することにより、接種する菌量を容易に調節できる。前培養した微生物を用いる場合は、試験液1mLに対し、1.5×10CFU/mlとなるように接種する。培養温度は菌体の油分分解・資化能が高い温度帯に合わせて設定すればよいが、例えば10℃以上40℃未満、好ましくは15~35℃である。
【0054】
培養後、JIS K0102:2016改正(工業排水試験方法)に準じてノルマルヘキサン抽出物を調製する。ノルマルヘキサン抽出物を鉱油の残存量とし、試験液の調製時に添加した鉱油(g)と鉱油の残存量(g)(ノルマルヘキサン抽出物の量(g))とから、下記数式(1)により鉱油減少率が算出される。
【0055】
【数2】
【0056】
[微生物の培養]
本発明に係るアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae)に属する油分解微生物(以下、単に「微生物」とも称する)の培養方法は、当該微生物が生育・増殖できるものであれば、いずれのものであってよい。例えば、本発明の微生物の培養に使用する培地は、固体または液体培地のいずれでもよく、また、使用する微生物が資化しうる炭素源、適量の窒素源、無機塩及びその他の栄養素を含有する培地であれば、合成培地または天然培地のいずれでもよい。通常、培地は、炭素源、窒素源および無機物を含む。
【0057】
本発明の微生物の培養において使用できる炭素源としては、使用する菌株が資化できる炭素源であれば特に制限されない。具体的には、微生物の資化性を考慮して、グルコース(ブドウ糖)、フラクトース、セロビオース、ラフィノース、キシロース、ガラクトース、ソルボース、グルコサミン、リボース、ラムノース、スクロース、トレハロース、α-メチル-D-グルコシド、サリシン、メリビオース、ラクトース、メレジトース、イヌリン、エリスリトール、リビトール、キシリトール、グルシトール、ガラクチトール、イノシトール、ソルビトール、アミダグリン、デンプン、デンプン加水分解物、白糖、糖蜜、廃糖蜜等の糖類、麦、米等の天然物、グリセロール、メタノール、エタノール等のアルコール類、酢酸、酢酸フェニル、乳酸、コハク酸、グルコン酸、カプリン酸、アジピン酸、ピルピン酸、クエン酸、リンゴ酸等の有機酸類およびその塩、ヘキサデカン等の炭化水素などが挙げられる。上記炭素源は、培養する微生物による資化性を考慮して適宜選択される。例えば、1-2350株を用いる場合は、上記炭素源のうち、グルコース、カプリン酸、アジピン酸、リンゴ酸、クエン酸および酢酸フェニルならびにこれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩)等を用いることが好ましい。また、上記炭素源を1種または2種以上選択して使用することができる。上記炭素源は、培養する微生物による資化性を考慮して適宜選択される。
【0058】
また、本発明に係る油分解微生物の培養において使用できる窒素源としては、肉エキス、魚肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、トリプトン、酵母エキス、麦芽エキス、大豆加水分解物、大豆粉末、カゼイン、ミルクカゼイン、カザミノ酸、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸等の各種アミノ酸、コーンスティープリカー、その他の動物、植物、微生物の加水分解物等の有機窒素源;アンモニア、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムなどのアンモニウム塩、硝酸ナトリウムなどの硝酸塩、亜硝酸ナトリウムなどの亜硝酸塩、尿素等の無機窒素源などが挙げられる。上記窒素源は、培養する微生物による資化性を考慮して適宜選択される。例えば、1-2350株を用いる場合は、上記窒素源のうち、トリプトン、酵母エキス、塩化アンモニウム等を用いることが好ましい。また、上記窒素源を1種または2種以上選択して使用することができる。
【0059】
本発明において使用できる無機物としては、マグネシウム、マンガン、カルシウム、ナトリウム、カリウム、銅、鉄および亜鉛などの、リン酸塩、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩、炭酸塩、塩化物等のハロゲン化物などが挙げられる。上記無機物は、培養する微生物に応じて適宜選択される。また、上記無機物を1種または2種以上選択して使用することができる。また、培地中に、必要に応じて、界面活性剤等を添加してもよい。
【0060】
本発明に係る微生物に効率よく油分(特に鉱油)を分解・資化させる、あるいは本発明に係る微生物の油分分解・資化能(特に鉱油分解・資化能)を維持するためには、培地中に油分(特に鉱油)を添加することが好ましい。油分としては、前述のディーゼルエンジンオイル、ガソリンエンジンオイル、マシンオイル、ギヤオイル、カッティングオイルなどの鉱油(炭化水素);食用油脂、工業用油脂、ならびに脂肪酸などが例示できる。油分の添加量は、特に制限されず、培養する微生物による油分分解能などを考慮して適宜選択されうる。具体的には、油分を培地1L中に0.5~50g、より好ましくは1~30g、特に好ましくは5~15gの濃度で添加することが好ましい。このような添加量であれば、微生物は、高い油分分解能を維持できる。特に鉱油を使用する場合には、鉱油(ディーゼルエンジンオイル:ガソリンエンジンオイル:マシンオイル:ギヤオイル:カッティングオイル=1:1:1:1:1(w/w/w/w/w))を、培地1L中に0.5~50g(500~50,000ppm)、より好ましくは1~30g(1,000~30,000ppm)、特に好ましくは3~20g(3,000~20,000ppm)の濃度で添加することが好ましい。このような添加量であれば、微生物は、高い鉱油分解・資化能を維持できる。なお、油分(鉱油)は、単独で添加してもまたは2種以上の混合物の形態で添加してもよい。
【0061】
微生物の培養は、通常の方法によって行える。例えば、微生物の種類によって、好気的条件下または嫌気的条件下で培養する。前者の場合には、微生物の培養は、振盪あるいは通気攪拌などによって行われる。また、微生物を連続的にまたはバッチで培養してもよい。培養条件は、培地の組成や培養法によって適宜選択され、本発明の微生物が増殖できる条件であれば特に制限されず、培養する微生物の種類に応じて適宜選択されうる。通常は、培養温度が、好ましくは10℃以上40℃未満、好ましくは15~35℃である。また、培養に適当な培地のpHは、好ましくは5~8、より好ましくは5.5~7.5である。培養時間も特に制限されず、培養する微生物の種類、培地の量、培養条件などによって異なる。通常は、培養時間は、好ましくは16~48時間、より好ましくは20~30時間である。
【0062】
<油の分解方法>
本発明の一側面では、本発明に係る油分解微生物を油と接触させる工程を含む、油の分解方法または油を含む排水に本発明に係る油分解微生物を接触させる工程を含む、排水の処理方法が提供される。本発明の好ましい形態では、本発明に係る油分解微生物を鉱油と接触させる工程を含む、鉱油の分解方法または鉱油を含む排水に本発明に係る油分解微生物を接触させる工程を含む、排水の処理方法が提供される。ここで、本発明に係る油分解微生物が接触する対象は、油を含むものであれば特に制限されず、上記したような鉱油自体に加えて、油(特に鉱油)を含む工業排水、油(特に鉱油)を含む工業排水を処理するための施設である除害施設(排水処理施設)の排水、整備工場、駐車場、洗車場やガソリンスタンド等に設置されているオイルトラップやガソリントラップ、および油(特に鉱油)が漏出した海、河川や土壌などがありえる。本発明に係る油分解微生物(特に1-2350株)は、油分、特に鉱油(炭化水素)に対して高い分解能を有し、広範な油濃度の水質環境において油分を効率よく除去できる。このため、本発明の方法によれば、本発明に係る油分解微生物(特に1-2350株)を排水、排水処理施設、オイルトラップやガソリントラップ、油(油分)が漏出した海、河川、土壌などに添加することにより、油(特に鉱油)を効率よく分解し、自然環境の汚染を有効に防止・抑制できる。また、本発明に係る油分解微生物(特に1-2350株)は、もともと自然界に存在する微生物である。このため、本発明の方法では、自然環境に悪影響を及ぼすことは少ないまたはない(安全に油分を除去できる)。加えて、油(特に鉱油)分解後に本発明に係る微生物を別途回収する必要がないため、本発明の方法では、浄化費用が低くおさえられ、経済的な面でも好ましい。
【0063】
ここで、本発明に係る油分解微生物を油(油分)(特に鉱油)と接触させる方法は、本発明に係る油分解微生物と油とを接触させることができる限り特に制限されない。例えば、本発明に係る油分解微生物を所望の場所(例えば、鉱油、鉱油を含む排水、排水処理施設、オイルトラップやガソリントラップ、ならびに鉱油が漏出した海、河川および土壌など;以下、一括して「排水など」とも称する)に直接添加すればよい。または、本発明に係る油分解微生物を固定化した担体などを経路(パイプ)や貯留槽に設置して、ここに油を流すことにより微生物と接触させてもよい。
【0064】
本発明に係る方法において使用される油分解微生物は、培養液中に懸濁された状態、培養液から固形分として回収された状態、乾燥された状態、担体に固定化された状態など、様々な形態で排水などに接触させられ得る。培養液中に懸濁され、培養液から固形分として回収され、または乾燥された状態の油分解微生物は、排水などに添加され、中に含まれる油と接触させられる。担体に固定化された状態の油分解微生物は、上記したような排水などに添加されてもよいが、油分解微生物を固定化した担体をトラップ内に設置し、微生物固定化担体に排水などを通液させることにより油分解微生物と排水などと接触させることもできる。担体に固定化した油分解微生物をトラップ内に設置することにより、上記排水などと共に油分解微生物が流出して菌数が低下することを防止し得る。
【0065】
培養液から固形分として回収した油分解微生物を使用する場合、回収方法は当業者に公知のいずれの手段も採用できる。例えば、上述の方法により培養した油分解微生物の培養液を、遠心分離やろ過などにより固液分離し、固形分を回収して得ることができる。この固形分を乾燥(例えば、凍結乾燥)すれば、乾燥された状態の油分解微生物を得ることができる。
【0066】
担体に固定化された状態の油分解微生物を用いる場合、油分解微生物を固定化する担体としては、微生物を固定化することができるものであれば特に制限されず、一般的に微生物を固定化するのに使用される担体が同様にしてあるいは適宜修飾されて使用される。例えば、アルギン酸、ポリビニルアルコール、ゲランガム、アガロース、セルロース、デキストラン等のゲル状物質に包括固定する方法や、ガラス、活性炭、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、木材、シリカゲル等の表面に吸着固定する方法などが使用できる。
【0067】
また、油分解微生物を担体に固定化する方法もまた特に制限されず、一般的な微生物の固定化方法が同様にしてあるいは適宜修飾されて使用される。例えば、微生物の培養液を担体に流し込むことによる固定化法、アスピレーターを用いて担体を減圧下におき、微生物の培養液を担体に流し込むことによる固定化法、および微生物の培養液を滅菌した培地と担体との混合物に流し込み、振とう培養し、上記混合物から取り出した担体を自然乾燥する方法などが挙げられる。
【0068】
本発明に係る方法において、排水などに油分解微生物を添加して接触させる場合、添加する菌量は任意に設定できる。排水などに添加する菌量は、特に制限されるものではないが、排水などに含まれる油分1gに対して、例えば、1×10~1×1012CFUであり、好ましくは1×10~1×1011CFUである。あるいは、排水などに含まれる油分1gに対して、例えば、0.1mg~5g(乾燥菌体重量)であり、好ましくは1mg~1.5g(乾燥菌体重量)であり、より好ましくは10mg~150mg(乾燥菌体重量)である。または、トラップ内の排水などに対して、例えば、1×10~1×1012CFU/L、より好ましくは1×10~1×1011CFU/Lとなるような量であってもよい。あるいは、排水などに対して、例えば、10mg~15g(乾燥菌体重量)/Lであり、好ましくは0.1g~1.5g(乾燥菌体重量)/Lである。なお、微生物を2種以上組み合わせて用いる場合は、上記微生物の添加量は、その合計量を意味する。なお、排水などに添加する微生物は、前培養したものを用いてもよい。前培養することにより、接種する菌量を容易に調節できる。
【0069】
排水などを外部環境へ排出する際、担体に固定化しない油分解微生物は排水などと共に系外へと排出される。このため、本発明においては、排水などに、定期的に油分解微生物を添加するのが好ましい。添加する間隔は特に制限されないが、例えば、1回/3時間、1回/24時間、または2~3日に1回の間隔で添加するのが好ましい。添加する方法は特に制限されず、排水などが連続的に系内に流入する場合には、排水などに混在させて添加してもよいし、系内の排水などに直接、添加してもよい。
【0070】
上述したように、本発明に係る微生物は、広範な濃度の鉱油に対して高い分解能を示す。このため、排水などにおける油の含有量は、特に制限されない。排水など中に含まれる油は、1種であることに限られず、2種類以上であってもよい。
【0071】
本発明の方法において、本発明に係る油分解微生物に加えて、油分をより効率的に減少させる観点から、他の成分を排水などに添加してもよい。他の成分としては、例えば、本発明に係る油分解微生物と共生可能な他の微生物、リパーゼ、pH調整剤、鉱油吸着剤、界面活性剤などが挙げられる。
【0072】
本発明に係る油分解微生物と共生可能な他の微生物としては、例えば、ヤロウィア(Yarrowia)属、キャンディダ(Candida)属、ピキア(Pichia)属、ハンセヌラ(Hansenula)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、バチルス(Bacillus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、バークホルデリア(Burkholderia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ペニシリウム(Penicillium)属、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属、リゾプス(Rhizopus)属、リゾビウム(Rhizobium)属、アシネトバクター(Acinetobacter)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、フザリウム(Fusarium)属、セラチア(Serratia)属、テトラスファエラ(Tetrasphaera)属、フミコラ(Humicola)属、およびステノトロフォモナス(Stenotrophomonas)属等が例示できる。これらの微生物は、ATCC、NBRC、DSMZ等のカルチャーコレクションから入手してもよい。これらの微生物のうち、油分の分解能の高さから、ヤロウィア属、エンテロバクター(Enterobacter)属またはスフィンゴモナス(Sphingomonas)属の油分解微生物を用いることが好ましい。
【0073】
ヤロウィア属の油分解微生物としては、ヤロウィア・リポリティカ ATCC48436、ヤロウィア・リポリティカ NBRC1548、ヤロウィア・リポリティカ LM02-011(受託番号NITE P-01813)、ヤロウィア・リポリティカ NBRC0746、ヤロウィア・リポリティカ NBRC1209のようなヤロウィア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica)、ヤロウィア YH-01のようなヤロウィア スピーシーズ(Yarrowia sp.)等が例示できるが、ヤロウィア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica)がより好ましく、ヤロウィア・リポリティカ LM02-011(LM02-011株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、2014年3月6日付で受託番号NITE P-01813として寄託している)が更に好ましい。
【0074】
エンテロバクター属の油分解微生物としては、エンテロバクター・エスピー(Enterobacter sp.)LM02-030株(LM02-030株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、2015年5月12日付で受託番号NITE P-02048として寄託している)等が例示できる。
【0075】
スフィンゴモナス属の油分解微生物としては、例えば、特開2006-166874号公報に記載のスフィンゴモナス・エスピー 2629-3b、特開2017-136033号公報に記載のスフィンゴモナス・エスピー LM02-032株(LM02-032株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、2015年6月19日付で受託番号NITE P-02069として寄託している)のようなスフィンゴモナス・エスピー(Sphingomonas sp.)等が例示できる。
【0076】
本発明に係る方法において使用される油分解微生物による鉱油の分解を補助するため、排水などにリパーゼやホスホリパーゼ等の油分解性酵素を添加してもよい。油分解性酵素としては、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、バチルス(Bacillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、リゾプス(Rhizopus)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、ムコール(Mucor)属、ペシロマイセス(Paecilomyces)属、リゾクトニア(Rhizoctonia)属、アブシディア(Absidia)属、アクロモバクター(Achromobacter)属、エロモナス(Aeromonas)属、アルテルナリア(Alternaria)属、アウレオバシジウム(Aureobasidium)属、ボーベリア(Beauveria)属、クロモバクター(Chromobacter)属、コプリヌス(Coprinus)属、フザリウム(Fusarium)属、ゲオトリクム(Geotricum)属、フミコラ(Humicola)属、ハイホジーマ(Hyphozyma)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、メタリジウム(Metarhizium)属、ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、キャンディダ(Candida)属、ピキア(Pichia)属、ハンセヌラ(Hansenula)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、クルイベロマイセス(Kluyveromyces)属、および/またはトリコスポロン(Trichosporon)属から得ることができる。
【0077】
市販の油分解性酵素としては、リパーゼMY、リパーゼOF、リパーゼPL、リパーゼQLM(名糖産業株式会社);リパーゼA「アマノ(登録商標)」6、リパーゼDF「アマノ(登録商標)」15、リパーゼG「アマノ(登録商標)」50、リパーゼAY「アマノ(登録商標)」30SD、リパーゼR「アマノ(登録商標)」、リパーゼMER「アマノ(登録商標)」、ニューラーゼ(登録商標)F(アマノエンザイム株式会社);スミチーム(登録商標)NLS、スミチーム(登録商標)RLS(新日本化学工業株式会社);リリパーゼ(登録商標)A-10D、リリパーゼ(登録商標)AF-5、PLA2ナガセ(ナガセケムテックス株式会社);エンチロンAKG-2000、エンチロンLP、エンチロンLPG(洛東化成工業株式会社);Lipolase(登録商標)100T、Lipolase(登録商標)100L、Palatase20000L、Lipex(登録商標)100T、Lipex(登録商標)100L、Lipozyme(登録商標)RMIM、Lipozyme(登録商標)TLIM、Novozyme(登録商標)435FG(ノボザイムズ社製);ピカンターゼA、ピカンターゼR800(ディー・エス・エムジャパン社製)等が挙げられる。これらを2種以上組み合わせて用いることもできる。
【0078】
油分解性酵素の量は、酵素が油分と反応できれば特に制限されないが、排水などに含まれる油分1gに対して、10~2,000Uで用いることが好ましい。より好ましくは50~1,500U、さらに好ましくは100~1,000Uである。または、トラップの容量に対して、好ましくは1,000~100,000U/L、より好ましくは2,000~80,000U/Lとなるような量であってもよい。なお、油分分解性酵素の活性単位(U)は、37℃、pH7の条件で1分間に1μモルの脂肪酸を遊離する酵素量である。
【0079】
本発明に係る方法においては、特開2012-206084号公報に記載のシラスバルーン、珪藻土、パーライトのような無機高分子、ポリウレタン、ポリエチレン、メラニン樹脂のような有機高分子などの、油分吸着剤を排水に添加してもよい。
【0080】
本発明においては、油分の凝集やスカムの形成を防止するため、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ドデシルベンゼンスルホン酸(NaDDBS)、ラウリル硫酸アンモニウム、カゼインナトリウムなどの陰イオン界面活性剤;脂肪族アミン塩、4級アンモニウム塩などの陽イオン界面活性剤;脂肪酸エステル(モノグリセリン脂肪酸エステル、ジグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル)、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール-t-オクチルフェニルエーテル(トリトンX-100)、レシチンなどの非イオン性界面活性剤;ベタイン、アミンオキシド、サポニンなどの両性界面活性剤などの界面活性剤を排水に添加してもよい。
【0081】
本発明の方法において、油分(特に鉱油)を含む排水などを連続的に本発明に係る油分解微生物を有する系に導入し、処理後の排水などを連続的に排出する形態(連続処理)であってもよいし、油分(特に鉱油)を含む排水などを導入し、一括して処理した後に、処理後の排水を一括して排出する形態(バッチ処理)であってもよい。
【0082】
また、本発明の方法において、油分解微生物と油とを接触させる際の温度、すなわち排水などの温度としては、任意に設定することができる。また、油分解微生物と鉱油とを接触させる際のpH、すなわち排水などのpHとしても、任意に設定することができる。一般的には、温度は、例えば10℃以上45℃未満であり、15~35℃が好ましい。pHは、例えば5~8であり、5.5~7.5が好ましい。さらに、必要に応じて曝気等により排水にエアレーションを行ってもよい。
【0083】
<油分解剤>
本発明の一側面では、本発明に係る油分解微生物を含む、油分解剤(排水処理剤)が提供される。本発明の一実施形態では、本発明に係る油分解微生物を含む、鉱油分解剤(排水処理剤)が提供される。本発明に係る油分解微生物は、油(特に鉱油)の低減効果に優れる(油分解率(特に鉱油減少率)が高い)。また、本発明に係る油分解微生物は、広範な油濃度(例えば、1,000~10,000ppm)の水質環境においても排水などを浄化し得る(排水中の油を除去し得る)。したがって、本発明に係る油分解微生物を含む排水処理剤を、油(特に鉱油)、油(特に鉱油)を含む排水、ならびに油(特に鉱油)が漏出した海、河川および土壌、ならびにこれらの処理設備(例えば、除害施設、オイルトラップやガソリントラップ)に用いることにより、油(特に鉱油)を効果的に分解する(排水などを効率的に浄化する)ことができる。なお、上記の油分解微生物および排水処理方法に関する説明は、必要に応じて改変されて本実施形態に適用され得る。
【0084】
油分解剤(排水処理剤)は乾燥形態または液状のいずれであってもよいが、粉末、顆粒、ペレット、タブレット等の乾燥形態が保存性の観点から好ましい。かような乾燥形態の油分解剤(排水処理剤)に用いられる本発明に係る油分解微生物としては、培養液を噴霧乾燥や凍結乾燥等により乾燥した菌体末、または上記のように担体に固定化された状態の菌体でも良く、さらに、粉末、顆粒、ペレット、またはタブレット状に成形してもよい。または、ヒドロキシプロピルメチルセルロースやゼラチン等により、菌体や培養液をカプセル化してもよい。油分解剤(排水処理剤)はまた、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストリン、乳糖、デンプン等の賦形剤を含んでもよい。
【0085】
油分解剤(排水処理剤)に含まれる本発明に係る油分解微生物は、死菌であっても生菌であってもよいが、油分分解活性の持続性の観点から生菌であることが好ましい。
【0086】
油分解剤(排水処理剤)に含まれる本発明に係る油分解微生物の量は、例えば、油分解剤(排水処理剤)の固形分中、例えば10~100重量%である。または、油分解剤(排水処理剤)に含まれる本発明に係る油分解微生物の量は、例えば、油分解剤(排水処理剤)に対して、1×10~1×1010CFU/gとなる量である。また、油分解剤(排水処理剤)は、本発明の目的効果が達成される限りにおいて、上記の本発明に係る油分解微生物と共生可能な他の微生物、油分分解性酵素、油分吸着剤、および界面活性剤からなる群から選択される1種以上等の添加剤を含んでもよい。
【実施例
【0087】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0088】
実施例1:微生物の単離
岐阜県関市の土壌から採取したサンプルを、上記と同様にして作製された一次スクリーニング用液体培地に適量添加し、30℃で1週間培養した。培養後の培養液100μLをさらに一次スクリーニング用液体培地5mLに接種し、再度30℃で1週間培養した。
【0089】
10倍希釈した一次スクリーニング後の培養液100μLを、上記と同様にして作製された二次スクリーニング用寒天培地に塗布し、30℃で1週間培養した。培養後、寒天上での生育が確認できた菌株を単離した。
【0090】
次に、鉱油0.05gを、上記と同様にして作製された三次スクリーニング用液体培地5mLに加えて、滅菌した試験液を調製した(鉱油濃度:1%(w/v))。上記二次スクリーニングで得た各単離菌株を白金耳で一白金耳ずつ、上記方法で調製した試験液に接種し、30℃で24時間振盪培養(回転数:140rpm)した。
【0091】
培養後、JIS K0102:2016(工業排水試験方法)に準じてノルマルヘキサン抽出物を調製した。ノルマルヘキサン抽出物を鉱油の残存量とし、試験液の調製時に添加した鉱油0.05gと鉱油の残存量(ノルマルヘキサン抽出物の量(g))とから、下記数式(1)により鉱油減少率を求めた。その結果、鉱油減少率の高い菌株を単離した。
【0092】
【数3】
【0093】
単離した菌株をアシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae) 1-2350株と命名し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託した(受領番号NITE BP-02734)。
【0094】
実施例2:鉱油分解能(鉱油減少率)の評価
上記と同様にして作製された三次スクリーニング用液体培地5mLに、鉱油濃度が1,000~10,000ppm(1~10g/L)となるように、鉱油を加えて、滅菌した試験液を調製した。二次スクリーニング用寒天培地上で培養した単離菌株を白金耳で一白金耳、上記方法で調製した試験液に接種し、30℃で24時間振盪培養(140rpm)した。
【0095】
また、上記と同様にして調製した試験液に、比較対象としてアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)S30株を白金耳で一白金耳接種し、30℃で24時間振盪培養(140rpm)した。
【0096】
培養後、JIS K0102:2016改正(工業排水試験方法)に準じてノルマルヘキサン抽出物を調製した。ノルマルヘキサン抽出物を油分の残存量とし、試験液の調製時に添加した油分(g)と油分の残存量(ノルマルヘキサン抽出物の量(g))から、上記数式(1)により鉱油減少率(重量%)を求めた。その結果を下記表12に示す。なお、下記表12中、「アシネトバクター・ギロイア(Acinetobacter guillouiae) 1-2350株」を「1-2350株」と、「アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)S30株」を「S30株」と、それぞれ、記載する。
【0097】
【表12】
【0098】
表12に示すとおり、本発明に係る1-2350株は、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)S30株に比して、すべての鉱油濃度(1,000~10,000ppm)において、高い鉱油減少率を示す。ゆえに、本発明に係る油分解微生物は、広範な鉱油濃度の水質環境においても排水などを浄化できることが期待できる。
図1A
図1B
【配列表】
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