(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】クロマトグラフィー質量分析のための蓄積時間の動的制御
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220719BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220719BHJP
H01J 49/02 20060101ALI20220719BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20220719BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20220719BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220719BHJP
【FI】
G01N27/62 X
H01J49/00 310
H01J49/02 700
H01J49/40
H01J49/42 950
H01J49/00 400
G01N30/72 C
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020089409
(22)【出願日】2020-05-22
【審査請求日】2020-07-06
(32)【優先日】2019-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100095898
【氏名又は名称】松下 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【氏名又は名称】山本 泰史
(72)【発明者】
【氏名】クリスティアン トーイング
(72)【発明者】
【氏名】マティアス ミュラー
(72)【発明者】
【氏名】シャノン エリウク
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】英国特許出願公開第02559395(GB,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0035549(US,A1)
【文献】特表2014-519603(JP,A)
【文献】特開2006-343319(JP,A)
【文献】国際公開第2016/196432(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/171554(WO,A1)
【文献】特開昭60-207051(JP,A)
【文献】特表2006-526265(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-27/70
G01N 30/00-30/96
H01J 49/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析方法であって、
(a)クロマトグラフィーシステムからサンプルを溶出させるステップと、
(b)前記サンプルが前記クロマトグラフィーシステムから溶出しているときの、前記サンプルのクロマトグラフィーピークの持続時間、前記クロマトグラフィーシステムから現在溶出している前記サンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数、および1つのクロマトグラフィーピークあたりの実行されるスキャンの最小回数に基づいて、前記クロマトグラフィーシステムから溶出する前記サンプルの所望の最大スキャン持続時間を計算するステップと、
(c)前記所望の最大スキャン持続時間に基づいて最大蓄積持続時間を計算するステップと、
(d)イオン源を使用して前記サンプルをイオン化してサンプルイオンを生成するステップと、
(e)前記イオン源から質量分析器へのイオン経路に沿って前記サンプルイオンを導くステップと、
(f)質量分析スキャンの第1のセットを実行するステップであって、前記第1のセットの質量分析スキャンの各々が、
サンプルイオンの一部分を前記イオン経路に沿ったポイントに蓄積するステップであって、前記サンプルイオンの一部分が前記最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、前記蓄積するステップと、
前記質量分析器を使用して前記サンプルイオンの一部分を質量分析するステップと、を含む、前記第1のセットを実行するステップと、を含み、
前記質量分析器が、フーリエ変換質量分析器または飛行時間型質量分析器である、方法。
【請求項2】
前記最大蓄積持続時間はまた、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数に基づいて計算される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記所望の最大スキャン持続時間はまた、1回の質量分析スキャンあたりに特定される前記ターゲット分析物の数に基づいて計算される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
(g)前記質量分析スキャンの第1のセットの平均スキャン持続時間を計算するステップであって、前記質量分析スキャンの第1のセットの平均
スキャン持続時間が前記所望の最大スキャン持続時間より長い場合、前記最大蓄積持続時間を短縮して、調整された最大蓄積持続時間を提供する、前記計算するステップと、
(h)質量分析スキャンの第2のセットを実行するステップであって、前記第2のセットの質量分析スキャンの各々が、
サンプルイオンの一部分を前記イオン経路に沿ったポイントに蓄積するステップであって、前記イオンの一部分が前記調整された最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、前記蓄積するステップと、
前記質量分析器を使用して前記サンプルイオンの一部分を質量分析するステップと、を含む、前記第2のセットを実行するステップと、
をさらに含む、請求項1~3のいずれかに記載の質量分析方法。
【請求項5】
前記最大蓄積持続時間が、前記調整された最大蓄積持続時間を提供するために、スケーリング係数によって短縮される、請求項4に記載の質量分析方法。
【請求項6】
前記質量分析スキャンの第2のセットを実行するステップが、
前のn回の質量分析スキャンの平均スキャン持続時間を計算するステップであって、前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均
スキャン持続時間が前記所望の最大スキャン持続時間より長い場合、前記調整された最大蓄積持続時間をさらに短縮する、前記計算するステップをさらに含み、
nは2より大きい整数である、請求項4又は5に記載の質量分析方法。
【請求項7】
前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均スキャン持続時間を計算し、前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均
スキャン持続時間が前記所望の最大スキャン持続時間よりも長い場合、前記調整された最大蓄積持続時間をさらに短縮するステップが、前記質量分析スキャンの第2のセットを実行するステップの間に繰り返される、請求項6に記載の質量分析方法。
【請求項8】
nが、前記特定されるターゲット分析物の数の倍数に基づいて計算される、請求項6又は7に記載の質量分析方法。
【請求項9】
前記クロマトグラフィーシステムから前記サンプルを溶出するステップが、経時的に前記サンプルの複数のクロマトグラフィーピークを提供するステップを含み、
前記所望の最大スキャン持続時間および前記最大蓄積持続時間が、前記クロマトグラフィーシステムから溶出する前記クロマトグラフィーピークに基づいて、経時的に更新される、請求項1~8のいずれかに記載の質量分析方法。
【請求項10】
前記質量分析器が、軌道トラップ質量分析器である、請求項1~9のいずれかに記載の質量分析方法。
【請求項11】
サンプルを質量分析するための質量分析器であって、
クロマトグラフィーシステムから供給されるサンプルをイオン化するように構成されたイオン源と、
フーリエ変換質量分析器または飛行時間型質量分析器である質量分析器と、
サンプルイオンを前記イオン源からイオン経路に沿って前記質量分析器に導くように構成されたイオン輸送装置と、
制御装置と、を備え、前記制御装置は、
(i)前記サンプルが前記クロマトグラフィーシステムから溶出しているときの、前記サンプルのクロマトグラフィーピークの持続時間、前記クロマトグラフィーシステムから現在溶出している前記サンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数、および1つのクロマトグラフィーピークあたりの実行されるスキャンの最小回数に基づいて、所望の最
大スキャン持続時間を計算するステップと、
(ii)前記所望の最大スキャン持続時間に基づいて、最大蓄積持続時間を計算するステップと、
(iii)イオン源を使用してサンプルイオンを生成するために、前記イオン源に前記サンプルをイオン化させるステップと、
(iv)イオン光学系に、前記イオン経路に沿って前記イオン源から質量分析器に前記サンプルイオンを導かせるステップと、
(v)前記質量分析器に質量分析スキャンの第1のセットを実行させるステップであって、前記第1のセットの質量分析スキャンの各々が、
前記サンプルイオンの一部分を前記イオン経路に沿ったポイントに蓄積するステップであって、前記サンプルイオンの一部分が前記最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、前記蓄積するステップと、
前記質量分析器を使用して前記サンプルイオンの一部分を質量分析するステップと、を含む、前記第1のセットを実行させるステップと、を行うように構成されている、質量分析器。
【請求項12】
前記最大蓄積持続時間はまた、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数に基づいて計算される、請求項11に記載の質量分析器。
【請求項13】
前記所望の最大スキャン持続時間はまた、前記1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数に基づいて計算される、請求項12に記載の質量分析器。
【請求項14】
イオントラップ装置を含み、イオンの各部分が、前記イオン経路に沿ったポイントで前記イオントラップ装置に蓄積される、請求項11~13のいずれかに記載の質量分析器。
【請求項15】
前記制御装置がさらに、
(vi)前記質量分析スキャンの第1のセットの平均スキャン持続時間を計算するステップであって、前記スキャンの第1のセットの前記平均
スキャン持続時間が前記所望の最大スキャン持続時間よりも長い場合、前記制御装置が前記最大蓄積持続時間を短縮して、調整された最大蓄積持続時間を提供する、前記計算するステップと、
(vii)前記質量分析器に質量分析スキャンの第2のセットを実行させるステップであって、前記第2のセットの質量分析スキャンの各々が、
前記イオン経路に沿ったポイントでサンプルイオンの一部分を蓄積するステップであって、前記イオンの一部分が、前記調整された最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、前記蓄積するステップと、
質量分析器を使用して前記サンプルイオンの一部分を質量分析するステップと、を含む、前記第2のセットを実行させるステップと、を行うように構成されている、請求項11~14のいずれかに記載の質量分析器。
【請求項16】
前記制御装置が、前記調整された最大蓄積持続時間を提供するために、スケーリング係数によって前記最大蓄積持続時間を短縮するように構成されている、請求項15に記載の質量分析器。
【請求項17】
前記制御装置が、前記質量分析スキャンの第2のセットを実行するように構成されており、前記第2のセットを実行することが、
前のn回の質量分析スキャンの平均スキャン持続時間を計算するステップであって、前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均
スキャン持続時間が前記所望の最大スキャン持続時間より長い場合、前記調整された最大蓄積持続時間をさらに短縮する、前記計算するステップをさらに含み、
nは2より大きい整数である、請求項15又は16に記載の質量分析器。
【請求項18】
前記制御装置が、前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均スキャン持続時間を計算することを繰り返し、さらに、前記前のn回の質量分析スキャンの前記平均
スキャン持続時間が、前記質量分析スキャンの第2のセットを前記実行する間の前記所望の最大スキャン持続時間より長い場合に、前記調整された最大蓄積持続時間を短縮するように構成されている、請求項17に記載の質量分析器。
【請求項19】
nが、前記特定されるターゲット分析物の数の倍数に基づいて計算される、請求項17又は18に記載の質量分析器。
【請求項20】
前記イオン源が、サンプルの複数のクロマトグラフィーピークを含む前記クロマトグラフィーシステムから前記サンプルを経時的に受け取るように構成されており、
前記制御装置が、前記所望の最大スキャン持続時間を更新するように構成されており、前記最大蓄積持続時間が、前記クロマトグラフィーシステムから溶出する前記クロマトグラフィーピークに基づいて経時的である、請求項11~19のいずれかに記載の質量分析器。
【請求項21】
前記質量分析器が軌道トラップ質量分析器である、請求項11~20のいずれかに記載の質量分析器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、質量分析に関する。具体的には、本開示はフーリエ変換質量分析器または飛行時間型質量分析器を含む質量分析のための方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
いくつかの質量分析器は、イオンのサンプルを分析するために、イオンの画像電流検出を用いる場合がある。特に、いくつかの質量分析器は、検出された画像電流のフーリエ変換を用いて、イオンの周波数および/または質量スペクトルを判定し得る。そのような質量分析器は、一般にフーリエ変換質量分析器として知られている。フーリエ変換質量分析器は、一般に、質量分析の一部としてイオンのパケットを捕捉するためのイオントラップ装置を含む。空間電荷効果を制限するために、イオントラップ装置内のイオン集団を制御することが望ましい場合がある。
【0003】
一部の質量分析器は、イオンを分析するために、イオンのサンプルの飛行時間を測定する場合がある。そのような質量分析器は、一般に飛行時間型(TOF:Time of Flight)質量分析器として知られている。TOF質量分析器は、一般に、TOF質量分析器に注入するためのイオンのパケットを蓄積するためのイオントラップ装置を含む。空間電荷効果を制限するために、イオントラップ装置内のイオン集団を制御することが望ましい場合がある。
【0004】
質量分析器のイオントラップ装置に蓄積されるイオン集団は、自動利得制御(AGC:automatic gain control)システムを使用して制御されてもよい。例えば、米国特許第5,107,109号に記載されているようなAGCシステムを使用して、イオントラップ内のイオン集団を制御することができる。特に、AGCシステムは、空間電荷効果が顕著になるレベルにイオンの数(イオン集団)が達しないように、イオントラップ内のイオンの蓄積を制御しようと試みることがある。AGCシステムは、1つのパケットあたりのイオン母集団が概して一貫していることを確実にするよう試みるために、1つのパケットあたりに、イオンがイオン源から注入されてイオントラップに蓄積される持続時間を制御することを目的としてもよい。
【0005】
フーリエ変換質量分析器などの質量分析器、およびTOF質量分析器を使用して、クロマトグラフィーシステムによって提供されたサンプルを分析することができる。クロマトグラフィーシステムは、いくつかの異なる分析物分子を含む複雑なサンプルの分析に特に有用である。分析物分子がクロマトグラフィーシステムから溶出するとき、分析物分子がクロマトグラフィーシステムによって出力される速度は、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって変化する可能性がある。例えば、サンプル分析物がクロマトグラフィーシステムから溶出する速度は、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって無視することができる値からピーク流量に、そして再び無視することができる値に大幅に変化する可能性がある。
【0006】
分析物イオンがフーリエ変換質量分析器またはTOF質量分析器のイオントラップ装置に提供される速度の変動は、AGCシステムにとっての課題となる。イオントラップ装置への分析物イオンの流量が非常に低い(例えば、無視することができる)場合、イオントラップに所望の数のイオンを蓄積するのにかなりの期間がかかることがある。したがって、イオントラップ装置に供給されるイオンの速度が比較的低い場合、イオントラップ装置が所望のイオン集団に到達するための蓄積持続時間は比較的長くなる可能性がある。
【0007】
いくつかの既知のAGCシステムでは、AGCシステムは、イオントラップ装置内にイオンを蓄積するのにかかる時間の上限を含み得る。例えば、質量分析実験の開始時に、ユーザはイオントラップ装置の最大注入時間を事前に判定することができる。最大注入時間は、質量分析器によるスキャン前にイオンがイオントラップ装置に注入される持続時間(すなわち、イオントラップ装置にイオンパケットを蓄積するのに費やされる持続時間)に上限を設ける。したがって、(例えば、クロマトグラフィーシステムからの)分析物イオンの流量が比較的低いか、または無視することができる場合、AGCシステムは、最大注入時間に達すると、イオンの蓄積を終了することがある。したがって、AGCシステムの最大注入時間は、質量分析器の最小スキャン速度が、各実験の開始時にユーザによって効果的に事前に判定されることを確実にすることができる。
【発明の概要】
【0008】
本開示の第1の態様により、質量分析方法が提供される。本方法は、
(a)クロマトグラフィーシステムからサンプルを溶出させることと、
(b)サンプルがクロマトグラフィーシステムから溶出しているときの、サンプルのクロマトグラフィーピークの持続時間、および1つのクロマトグラフィーピークあたりの実行されるスキャンの最小回数に基づいて、クロマトグラフィーシステムから溶出するサンプルの所望の最大スキャン持続時間を計算することと、
(c)所望の最大スキャン持続時間に基づいて最大蓄積持続時間を計算することと、
(d)イオン源を使用して、サンプルイオンを生成するためにサンプルをイオン化することと、
(e)イオン源から質量分析器へのイオン経路に沿ってサンプルイオンを導くことと、
(f)質量分析スキャンの第1のセットを実行することであって、質量分析スキャンの第1のセットの各々が、サンプルイオンの一部分をイオン経路に沿ったポイントに蓄積することであって、サンプルイオンの一部分が最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、蓄積することと、
質量分析器を使用して、サンプルイオンの一部分を質量分析することと、を含む、実行することと、を含む。
【0009】
いくつかの実施形態では、質量分析器は、フーリエ変換質量分析器または飛行時間型質量分析器であってもよい。
【0010】
有利には、第1の態様による方法は、質量分析器(いくつかの実施形態ではフーリエ変換質量分析器または飛行時間(ToF)質量分析器であってもよい)を使用して、第1の質量分析スキャンのセットを実行する。スキャンの第1のセットの各々のスキャンに、サンプルイオンの一部分が、イオン源と質量分析器の間のイオン経路に沿ったポイントに蓄積される。例えば、ToFの場合、イオンの一部分は、その後イオンパケットをToFに注入するイオントラップ装置に蓄積され得る。軌道トラップ質量分析器などのフーリエ変換質量分析器の場合、イオンの一部分は、スキャンの前に軌道トラップ質量分析器に蓄積される可能性がある。このように、サンプルイオンは、質量分析器とは別のイオントラップ装置に蓄積されてもよいか、またはサンプルイオンは、質量分析器に蓄積されてもよい。
【0011】
上述のように、サンプル(すなわち、サンプル分子)がクロマトグラフィーシステムから溶出する速度は、数桁にわたって変化し得る。その結果、サンプルイオンが蓄積され得る速度は、クロマトグラフィー期間中に変化する。クロマトグラフィーシステムからサンプルが溶出しているときの、サンプルのクロマトグラフィーピークを特徴付けるために、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって最小回数のスキャンを実行することが望ましい。したがって、本開示の第1の態様による方法は、クロマトグラフィーピークの予想持続時間、および実行されるスキャンの最小回数に基づいて、実行されるスキャンの第1のセットの所望の最大スキャン持続時間を判定する。この判定に基づいて、本方法は次に、所望の最大スキャン持続時間に基づいて、最大蓄積持続時間を設定する。最大蓄積持続時間は、質量分析スキャンの第1のセットがクロマトグラフィーピークを特徴付けるのに十分な、しかしそのような速度より大幅に高くはない最小速度で実行されるように、質量分析器によって分析されるイオンの各部分を蓄積するのに費やされる時間に上限を設定する。したがって、第1の態様による方法は、サンプル流量の変動を考慮に入れる質量分析器の制御装置の最大蓄積持続時間(最大注入時間)を制御する方法を提供する。
【0012】
上述のように、スキャンの第1のセットが実行される速度は、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたってスキャンの所望の最小回数を提供するのに十分な速度よりも大幅に高くはない。したがって、第1の態様の方法により、質量分析スキャンの第1のセットは、持続時間が最大蓄積時間によって制限されている質量分析スキャンに蓄積されたサンプルイオンの数を最大化しようとするために、可能な限り長い最大蓄積時間で実行されてもよい。
【0013】
第1の態様の方法は、ターゲット分析物の数が特定される複雑なサンプルの分析に特に有用であり得る。いくつかの実施形態では、本方法は、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって1つのターゲット分析物を特定するように設定され得る。
【0014】
いくつかの実施形態では、特定される複数のターゲット分析物が、実験の持続時間にわたって溶出し得る。いくつかの実験では、特定される複数のターゲット分析物が、異なる時間(すなわち、別個のクロマトグラフィーピーク)で溶出する可能性がある。したがって、第1の態様の方法は、実験の持続時間中の好適な最大蓄積持続時間を判定することができる。いくつかの他の実験では、複数のターゲット分析物が同じクロマトグラフィーピーク中に溶出するか、または異なるターゲット分析物の複数のクロマトグラフィーピークが経時的に重なる場合がある。したがって、いくつかの実施形態では、第1の態様の方法は、現在クロマトグラフィーシステムから溶出しているサンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数に基づいて、所望の最大スキャン持続時間を計算することもできる。したがって、第1の態様の方法は、実験の持続時間にわたって所望の最大スキャン持続時間(および最大蓄積時間)を動的に更新して、所与の時間に特定されるターゲット分析物の数の変化を反映し、それにより、最小回数のスキャンが、ターゲット分析物の各クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって実行されることを確実にする。
【0015】
いくつかの実施形態では、質量分析器は、1回の質量分析スキャンあたりに複数のターゲット分析物を分析するように構成され得る。したがって、質量分析器は、複数のターゲット分析物の分析を多重化することが可能であり得る。したがって、いくつかの実施形態では、クロマトグラフィーシステムから溶出するターゲット分析物の数の変動は、1回の質量分析スキャンあたりに1つまたは複数のターゲット分析物の分析を多重化することによって説明することができる。いくつかの実施形態では、複数のターゲット分析物を特定するために質量分析スキャンを実行すると、質量分析スキャンを実行するのにかかる時間が増大する可能性がある。したがって、いくつかの実施形態では、本方法は、最大蓄積持続時間をそれに応じて調整することにより、多重化による質量分析スキャンを実行するのにかかる時間の変動を考慮に入れることができる。したがって、いくつかの実施形態では、最大蓄積持続時間はまた、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数にも基づいて計算される。したがって、本方法は、実験の持続時間にわたる多重化の量の変化を考慮に入れながら、質量分析スキャンが所望のスキャン持続時間で確実に実行されるように試みることができる。
【0016】
いくつかの実施形態では、本方法は、現在クロマトグラフィーシステムから溶出しているサンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数、および1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数を考慮に入れ得る。1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数は、ユーザ設定または質量分析器の物理的な制限によって固定することができる。例えば、質量分析器は、1回の質量分析スキャンあたりに3つ以下のターゲット分析物を特定するように構成され得る。クロマトグラフィーシステムから現在溶出しているサンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数が、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数を超えない実験では、第1の態様により、所望の最大スキャン持続時間を計算する。現在クロマトグラフィーシステムから溶出しているサンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数の数が、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数を超える場合、すべてのターゲット分析物を分析するために、少なくとも1回の追加の質量分析スキャンを実行する必要がある。したがって、本方法は、所望の最大スキャン持続時間を更新して、各ターゲット分析物のクロマトグラフィーピークの持続時間にわたって所望の回数の質量分析スキャンが確実に実行されるようにすることができる。したがって、いくつかの実施形態では、本方法は、サンプルがクロマトグラフィーシステムから溶出しているときのサンプルのクロマトグラフィーピークの持続時間、クロマトグラフィーシステムから現在溶出しているサンプルにおいて特定されたターゲット分析物の数、1つのクロマトグラフィーピークあたりの実行されるスキャンの最小回数、および1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数に基づいて、クロマトグラフィーシステムから溶出するサンプルの所望の最大スキャン持続時間を計算し得る。
【0017】
いくつかの実施形態では、第1の態様による質量分析方法は、
(g)質量分析スキャンの第1のセットの平均スキャン持続時間を計算することであって、スキャンの第1のセットの平均持続時間が所望の最大スキャン持続時間より長い場合、調整された最大蓄積持続時間を提供するために最大蓄積持続時間を短縮する、計算することと、
(h)質量分析スキャンの第2のセットを実行することであって、質量分析スキャンの第2のセットの各々が、
サンプルイオンの一部分をイオン経路に沿ったポイントに蓄積することであって、イオンの一部分が調整された最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、蓄積することと、
質量分析器を使用してサンプルイオンの一部分を質量分析することと、を含む、実行することと、をさらに含み得る。
【0018】
当業者によって理解されるように、質量分析スキャンを実行するための持続時間は、サンプルイオンの一部分(サンプルイオンのパケット)を蓄積するのにかかる時間、時間不変オーバーヘッド、および可変オーバーヘッドによって影響され得る。上述のように、サンプルイオンの一部分を蓄積するのにかかる時間は、サンプルイオン源からのサンプルイオン流量、および最大蓄積持続時間に依存する可能性がある。時間不変分析器オーバーヘッドは、各質量分析スキャン中に実行することができる一定持続時間のプロセスを含む。例えば、時間不変オーバーヘッドは、質量分析器がスキャンを実行してデータを分析するための一定期間など、1回のスキャンあたりに実行される一定時間のプロセスを含む。可変オーバーヘッドは、可変時間および/または可変周波数の(すなわち、スキャンごとに実行されない)プロセスを含む。可変オーバーヘッドの例は、質量分析器によって実行される事前スキャン、極性切り替えプロセス、外部電場源の切り替えなどを含んでもよい。
【0019】
いくつかの実施形態では、質量分析スキャンのセットを実行している間に可変オーバーヘッドが存在する可能性があるため、スキャンの第1のセットの開始時に最大蓄積持続時間を正確に判定することが難しくなり、スキャン持続時間が所望の最大スキャン持続時間を超えない結果をもたらす。したがって、ステップ(g)により、本方法は、ステップ(b)で計算された最大蓄積持続時間(すなわち、初期予測)が、スキャンの第1のセットが所望の持続時間内に実行されることをもたらすかどうかを確認するためにチェックすることができる。多くの場合、スキャンの第1のセットは、最大蓄積持続時間基準に到達することができるように、クロマトグラフィーピークの開始時に実行される1つまたは複数のスキャンを含んでもよい。したがって、スキャンの第1のセットの平均持続時間は、所望の最大持続時間に近い可能性がある。場合によっては、時間可変オーバーヘッドが存在するため、スキャンの第1のセットの平均持続時間が、所望の最大スキャン持続時間を超えることがある。したがって、本方法は、スキャンの第1のセットが、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって最小回数のスキャンを提供するのに十分な速度で実行されていないことを判定し得る。
【0020】
スキャンが実行される速度を調整することを試みるために、本方法は、最大蓄積持続時間を短縮することにより、調整された最大蓄積持続時間を計算することができる。次に、本方法は進行し、調整された最大蓄積持続時間で質量分析スキャンの第2のセットを実行する。したがって、スキャンの第2のセットは、スキャンの第1のセットよりも短い平均スキャン持続時間で実行され得、それにより、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって実行されるスキャンの数を増大させる。
【0021】
第1の態様による発明は、複数の文字のステップを含む。可能な場合、これらのステップは、同時にまたは並行して実行できることが理解されよう。
【0022】
本発明の第2の態様により、サンプルを質量分析するための質量分析器が提供される。質量分析器は、クロマトグラフィー機器から供給されたサンプルをイオン化するように構成されたイオン源、質量分析器、イオン源からイオン経路に沿って質量分析器にサンプルイオンを導くように構成されたイオン輸送装置、および制御装置を備える。制御装置は、
(i)サンプルがクロマトグラフィーシステムから溶出しているときの、サンプルのクロマトグラフィーピークの持続時間、および1つのクロマトグラフィーピークあたりの実行されるスキャンの最小回数に基づいて、所望の最大質量分析スキャン持続時間を計算することと、
(ii)所望の最大スキャン持続時間に基づいて、最大蓄積持続時間を計算することと、
(iii)イオン源にイオン源を使用して、サンプルイオンを生成するために、サンプルをイオン化させることと、
(iv)イオン光学系に、サンプルイオンをイオン経路に沿ってイオン源から質量分析器に導くことと、
(v)質量分析器に質量分析スキャンの第1のセットを実行させることであって、質量分析スキャンの第1のセットの各々が、
サンプルイオンの一部分をイオン経路に沿ったポイントに蓄積することであって、サンプルイオンの一部分が最大蓄積持続時間を超えない持続時間にわたって蓄積される、蓄積することと、
質量分析器を使用してサンプルイオンの一部分を質量分析することと、を行うように構成されている。
【0023】
いくつかの実施形態では、質量分析器は、フーリエ変換質量分析器、飛行時間型質量分析器、またはイオントラップ質量分析器であり得る。
【0024】
したがって、本発明の第2の態様は、本開示の第1の態様による方法を実施することができる質量分析器を提供する。したがって、本発明の第2の態様は、任意の特徴のいずれかを組み込むことができ、第1の態様の任意の関連する利点は、第2の態様の対応する機器の特徴に等しく適用される。第2の態様の制御装置は、いくつかの番号付けされたステップを実行するように構成される。可能な場合、これらのステップは、同時にまたは並行して実行し得ることが理解されよう。
【0025】
本発明は、いくつかの方法で実施することができ、特定の実施形態を、単なる例示として、添付の図面を参照して以下に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の実施形態による方法を実行するのに好適な質量分析器の概略構成を示す。
【
図2】本発明の実施形態による、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたる最大蓄積持続時間の変動のグラフ表示である。
【
図3】本発明の実施形態による、複数のクロマトグラフィーピークを含む質量分析実験の最大蓄積持続時間の変動のグラフ表示を示す。
【
図4】実行する実験のタイプに応じて、
図1の質量分析器の最大蓄積持続時間A
maxがどのように計算されるかを示している。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本明細書において、質量という用語は、質量電荷比、m/zを指すために使用され得る。
【0028】
図1は、本発明の実施形態による方法を実行するのに好適な質量分析器10の概略構成を示している。
図1の構成は、Thermo Fisher Scientific,Inc.のQ-Exactive(登録商標)質量分析器の構成を概略的に表している。
【0029】
図1では、分析されるサンプルが(例えばオートサンプラーから)液体クロマトグラフィー(LC:liquid chromatography)カラムなどのクロマトグラフィー機器(
図1には示されていない)に供給される。LCカラムのそのような例の1つに、Thermo Fisher Scientific,Inc ProSwiftモノリシックカラムがある。これは、固定相を構成する、不規則な、または球形の粒子の固定相に高圧下の移動相でサンプルを強制的に運ぶことにより、高速液体クロマトグラフィー(HPLC:high performance liquid chromatography)を提供する。HPLCカラムでは、サンプル分子は、固定相との相互作用の程度に応じて異なる速度で溶出する。
【0030】
検出器(例えば、質量分析器)を使用して、HPLCカラムから溶出するサンプル分子の量を経時的に測定することにより、クロマトグラフを生成することができる。HPLCカラムから溶出するサンプル分子は、クロマトグラフのベースライン測定値を上回るピークとして検出される。異なるサンプル分子が異なる溶出速度を有する場合、クロマトグラフ上の複数のピークが検出される場合がある。好ましくは、個々のサンプルピークは、異なるサンプル分子が互いに干渉しないように、クロマトグラムの他のピークから時間的に分離される。
【0031】
クロマトグラフでは、クロマトグラフのピークの存在は、サンプル分子が検出器に存在する期間に対応する。したがって、クロマトグラフィーピークの幅は、サンプル分子が検出器に存在する期間に相当する。好ましくは、クロマトグラフィーピークはガウス形状のプロファイルを有するか、またはガウス形状のプロファイルを有すると想定することができる。したがって、クロマトグラフィーピークの幅は、ピークから計算されたいくつかの標準偏差に基づいて判定することができる。例えば、ピーク幅は、クロマトグラフィーピークの4つの標準偏差に基づいて計算することができる。あるいは、ピーク幅は、ピークの最大高さの半分の幅に基づいて計算されてもよい。当技術分野で知られているピーク幅を判定するための他の方法も好適な場合がある。したがって、本発明の方法に従って取得されたMS1データは、このように、カラムから溶出されたサンプルの質量クロマトグラムを提供する。
【0032】
このようにして液体クロマトグラフィーによって分離されたサンプル分子は、次に、大気圧にあるエレクトロスプレーイオン化源(ESI源:electrospray ionization source)20を使用してイオン化される。次に、サンプルイオンは質量分析器10の真空チャンバーに入り、キャピラリ25によってRFのみのSレンズ30に導かれる。イオンは、Sレンズ30によって、軸方向場を有する屈曲フラタポール50にイオンを注入する注入フラタポール40に集束される。屈曲フラタポール50は、それを通る湾曲経路に沿って(電荷)イオンを誘導するが、同伴溶媒分子などの望ましくない中性分子は湾曲経路に沿って誘導されず、失われる。
【0033】
イオンゲート(TKレンズ)60は、屈曲フラタポール50の遠位端に配置され、屈曲フラタポール50から下流の四重極質量フィルタ70へのイオンの通過を制御する。四重極質量フィルタ70は、典型的には、ただし必須ではないが、セグメント化され、バンドパスフィルタとして働き、他の質量電荷比(m/z)のイオンを排除しながら、選択された質量数または制限された質量範囲の通過を可能にする。
【0034】
イオンは、次に、四重極出口レンズ/スプリットレンズ配置80を通過して、移送多極子90に入る。移送多極子90は、質量フィルタリングされたイオンを四重極質量フィルタ70から湾曲トラップ(Cトラップ)100内に誘導する。Cトラップ100は、RF電圧が供給される、長手方向に延在する湾曲電極および、DC電圧が供給されるエンドキャップを有する。結果として、Cトラップ100の湾曲した長手軸に沿って延在するポテンシャル井戸が得られる。第1の動作モードでは、DCエンドキャップ電圧がCトラップに設定されるので、移送多極子90から到達するイオンは、Cトラップ100のポテンシャル井戸に蓄積され、そこで冷却される。冷却されたイオンは、ポテンシャル井戸の底に向かって雲の中に存在し、Cトラップ100から質量分析器110に向かって直角に排出される。
【0035】
Cトラップ100に蓄積されたイオンの数(すなわち、イオン集団)は、その後Cトラップ100から質量分析器110に排出されるイオンの数を判定する。Cトラップ90は、イオンのパケットとして質量分析器110にイオンを排出することができる。
【0036】
Cトラップ100内のイオンの蓄積を制御するために、制御装置130は、Cトラップ100から質量分析器110に排出される各パケット内のイオンの数を制御するように構成される自動利得制御(AGC)部分を含み得る。特に、制御装置のAGC部分は、空間電荷効果の影響を回避するために、パケット内のイオンの数が上限を超えるのを防ぐことを目的とする場合がある。パケット内のイオンの数を制御するために、制御装置130のAGC部分は、Cトラップ100がイオンを蓄積する持続時間を制御することができる。Cトラップ100および軌道トラップ質量分析器110と共に使用するのに好適なAGCシステムに関するさらなる情報は、US2016/0233078に見出され得る。Cトラップ100に提供されるサンプルイオンの速度が比較的低い場合に、制御装置のAGC部分が長期間にわたってイオンを蓄積しないことを確実にするために、制御装置130はまた、Cトラップ1000が各パケットのサンプルイオンを蓄積する持続時間に上限を設けるようにも構成される。この上限は、
図1の質量分析器の最大蓄積持続時間である。
【0037】
いくつかの実施形態では、移送多極子90からCトラップ100へのサンプルイオンの注入に費やされる時間(すなわち、注入時間)はまた、Cトラップ100にイオンを蓄積するのに費やされる時間であるとも考えられ得る。したがって、質量分析器の最大注入時間設定は、イオンが注入されるイオントラップ装置(Cトラップ100)の最大蓄積持続時間を制御する設定と考えることができる。
【0038】
したがって、制御装置130は、質量分析器によって分析されるイオン集団を制御するために、イオンがCトラップ100に蓄積される持続時間を制御することができる。いくつかの実施形態では、Cトラップ100内のイオンの蓄積持続時間は、質量分析スキャンを実行するための律速段階であり得る。
【0039】
図1に示すように、質量分析器110は、Thermo Fisher Scientific,Inc.によって販売されているOrbitrap(登録商標)質量分析器などの軌道トラップ質量分析器110である。軌道トラップ質量分析器110は、中心からずれた注入開口部を有し、イオンが中心から外れた注入開口部を通って、コヒーレントパケットとして軌道トラップ装置110に注入される。次に、イオンは超対数電場によって軌道トラップ質量分析器110内に捕捉され、内部電極の周りを軌道運動しながら長手方向の前後運動を経る。
【0040】
軌道トラップ質量分析器110でのイオンパケットの運動の軸(z)成分は、(多かれ少なかれ)単振動として定義され、z方向の角周波数は所与のイオン種の質量電荷比の平方根に関連している。したがって、イオンは質量電荷比に従って経時的に分離する。
【0041】
軌道トラップ質量分析器110内のイオンは、画像検出器を通過するときにすべてのイオン種に関する情報を含む時間領域に「トランジェント」を生成する画像検出器(
図1には示さず)を使用して検出される。次に、トランジェントは高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)にかけられ、周波数領域に一連のピークが生じる。これらのピークから、m/zに対する存在/イオン強度を表す質量スペクトルを生成することができる。
【0042】
上述の構成では、サンプルイオン(より具体的には、四重極質量フィルタによって選択された対象の質量範囲内のサンプルイオンのサブセット)は、断片化なしで軌道トラップ質量分析器110によって分析される。結果的に得られる質量スペクトルはMS1と表示される。
【0043】
MS/MS(または、より一般的には、MS
n)はまた、
図1の質量分析器10によって実行され得る。これを達成するために、プリカーササンプルイオンが生成され、補助質量範囲が選択される四重極質量フィルタ70に輸送される。四重極質量フィルタ70を離れたイオンは、Cトラップ100で再び冷却されるが、断片化チャンバーまたはセル120に向かって軸方向に排出される。断片化チャンバー120は、
図1の質量分析器10において、衝突ガスが供給される高エネルギー衝突解離(HCD:higher energy collisional dissociation)装置である。断片化チャンバー120に到達するプリカーサイオンは、高エネルギー衝突ガス分子と衝突し、その結果、プリカーサイオンがフラグメントイオンに断片化される。次に、フラグメントイオンは、断片化チャンバー120からCトラップ100に向けて戻るように排出され、ポテンシャル井戸で再び捕捉および冷却される。最後に、Cトラップに捕捉されたフラグメントイオンは、分析と検出のために軌道トラップ装置110に向かって直角に排出される。結果として得られたフラグメントイオンの質量スペクトルは、MS2と表示される。
【0044】
HCD断片化チャンバー120が
図1に示されているが、代わりに、衝突誘起解離(CID:collision induced dissociation)、電子捕獲解離(ECD:electron capture dissociation)、電子移動解離(ETD:electron transfer dissociation)、光解離などの方法を用いる他の断片化装置を用いることができる。
【0045】
プリカーサイオンは、Cトラップ100から第1の方向に断片化チャンバー120に向かって軸方向に排出され、結果として得られるフラグメントイオンは、反対方向のCトラップ100に戻される、
図1の断片化チャンバー120の「行き止まり」構成は、WO-A-2006/103412にさらに詳細に記載されている。
【0046】
質量分析器10は、例えば、捕捉成分の排出のタイミングを制御し、四重極などの電極に適切な電位を設定してイオンを集束し、かつフィルタリングし、軌道トラップ装置110から質量スペクトルデータを取り込むために、MS1およびMS2スキャンのシーケンスなどを制御するように構成された制御装置130の制御下にある。制御装置130は、質量分析器に本発明による方法のステップを実行させる命令を含むコンピュータプログラムに従って動作することができるコンピュータを備えることができることが理解されよう。
【0047】
図1に示される構成要素の特定の配置は、後で説明される方法に必須ではないことを理解されたい。実際、本開示に記載されている方法は、フーリエ変換質量分析器、TOF質量分析器、またはイオントラップ質量分析器へのイオンの注入を制御するための任意の制御装置で実施されてもよい。
【0048】
さらに、当業者は、
図1の質量分析器10が、イオンがイオン源(ESI源20)から質量分析器(110)イオン輸送装置に輸送される機器の一例であることを理解するであろう。したがって、
図1の実施形態では、キャピラリ25、Sレンズ30、注入フラタポール40、湾曲フラタポール50、イオンゲート60、四重極質量フィルタ70、出口レンズ/スプリットレンズ装置80、移送多極子90、およびCトラップ100は、イオン輸送装置の例である。イオン輸送装置は、サンプルイオンをESIイオン源20から質量分析器110に輸送するように構成される。他の実施形態では、イオン輸送装置(複数可)の他の構成を使用して、イオンをイオン源から質量分析器に輸送することができる。
【0049】
次に、方法の例示的な実施形態を
図2および
図3を参照して説明する。ここで、サンプル分子は、(
図1に示すように)上述の例示的な機器の一部として液体クロマトグラフィー(LC)カラムから供給される。
【0050】
本発明の実施形態により、制御装置130は、実行される実験に関する入力情報に基づいて、所望の最大スキャン持続時間(D)を計算することができる。入力情報には、予想されるクロマトグラフィーピーク持続時間(W)、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって分析されるターゲット分析物の数(N)、およびクロマトグラフィーピークの持続時間にわたって実行される質量分析スキャンの最小回数(M)が含まれる。
【0051】
実験の開始前に、ユーザは、変数W、N、およびMのうちの1つまたは複数を指定することができる。あるいは、制御装置130は、実行する実験のタイプに基づいて、所定の値のライブラリからW、N、および/またはMのうちのいずれかの好適な値を検索することができる。例えば、ユーザは、サンプル中で特定されるべきターゲット分析物に関する情報を制御装置130に提供し得、制御装置130は、それに応じて、W、NおよびMの好適な値を選択し得る。
【0052】
W、NおよびMの入力情報に基づいて、制御装置130は、所望の最大スキャン持続時間Dmaxを計算するように構成される。本発明のいくつかの実施形態では、制御装置は、式を使用してDmaxを計算することができる。
(1)Dmax=W/(M*N)
【0053】
次に、制御装置130は、計算された所望の最大スキャン持続時間Dmaxに基づいて、各質量分析スキャンのCトラップにおけるイオンの蓄積の最大蓄積持続時間(Amax)を計算することができる。
【0054】
いくつかの実施形態では、制御装置130は、質量分析スキャンの実行に関連するD
maxおよび任意の時間不変オーバーヘッドに基づいてA
maxを判定することができる。例えば、時間不変オーバーヘッドは、Cトラップ100から質量分析器110にイオンを注入するのにかかる時間、または質量分析器が質量分析スキャンを実行するのにかかる時間を含み得る。いくつかの実施形態では、Cトラップ100は、質量分析スキャンを実行する質量分析器110と並行して、次の質量分析スキャンのためのイオンのパケットを蓄積するように構成され得る(並行取得)。したがって、いくつかの実施形態における時間不変オーバーヘッドは、D
maxに比べて無視することができる場合がある。例えば、いくつかの実施形態では、制御装置130は、A
maxがD
maxに実質的に等しいと判定することができる。
図1の実施形態では、時間不変オーバーヘッドは約10msであり得る。そのため、制御装置は、A
maxをA
max=D
max-0.01s(すなわち、D
maxから任意の時間不変オーバーヘッド時間を引いたもの)として計算することができる。
【0055】
いくつかの実施形態では、質量分析スキャンを実行するために使用される質量分析器は、質量分析スキャンを実行するための最小持続時間を有し得る。したがって、いくつかの実施形態では、質量分析スキャンを実行するためのそのような最小持続時間よりも最大蓄積持続時間を短縮することが可能であり得るが、これは質量分析スキャンが実行される速度をさらに増加させないため、これを行うことは望ましくない場合がある。したがって、いくつかの実施形態では、制御装置130は、最小の所望のスキャン持続時間設定(D
min)を含むことができる。他の実施形態では、制御装置は、最小蓄積持続時間設定(A
min)を定義することができ、それを下回ると、最大蓄積持続時間A
maxは短縮されないことがある。いくつかの実施形態では、D
MAXとA
MAXとの関係は、限界D
minとA
minは互換的に使用することができるように固定されている。例えば、Cトラップ100が、質量分析スキャンを実行する質量分析器110と並行して次の質量分析スキャンのためのイオンのパケットを蓄積するように構成され得る
図1の実施形態において、並行取得方法論は、1回のスキャンあたりに最小限の時間を必要とする(すなわち、質量分析器110がD
minの値を判定する)。したがって、制御装置130は、Cトラップ100が最小時間でイオンを確実に取得するように構成され得る。いくつかの実施形態では、D
minは少なくとも10ms、20ms、50ms、100ms、または150msであり得るが、実際の値は、使用される質量分析器に依存し得る。
図1の実施形態では、D
minは128msであり得る。
【0056】
制御装置130は、実験開始前に、DmaxおよびAmaxを計算することができるか、または制御装置130は、実験の間、DmaxおよびAmaxを算出してもよい。
【0057】
この開示により、質量分析スキャンは、質量分析器110がイオンのパケットを質量分析して、イオンのパケットの質量電荷比に関する情報を提供する質量スペクトルを得るために使用される操作を指す。いくつかの実施形態では、制御装置130のAGC部分は、質量分析器10を制御して、質量分析スキャンではない他のタイプのスキャンを実行するように構成することもできる。例えば、AGCは、実験中に質量分析器10を制御して、質量分析器10を制御するための追加の情報を得るために、実験中に事前スキャンを実行するように構成され得る。
【0058】
本方法により、制御装置は130、ESIイオン源20に、LCカラムから受け取ったサンプル分子をイオン化させてサンプルイオンを生成するように構成されている。制御装置はまた、イオン輸送装置25、30、40、50、60、70、80、90を制御して、サンプルイオンが蓄積されるイオン源Cトラップ100からのイオン経路に沿ってサンプルイオンを方向付けるようにも構成される。
【0059】
Cトラップ100に提供されるサンプルイオンの速度が比較的高い場合、制御装置130のAGC部分は、イオンがCトラップ100に蓄積される持続時間を制御して、質量分析器110に提供される各イオンパケットのイオン集団が比較的一貫していることを確実にすることができる。Cトラップ100に提供されるサンプルイオンの速度が比較的低い場合、Cトラップ100は、最大蓄積持続時間Amaxまでの持続時間の間、イオンを蓄積することができる。最大蓄積持続時間に達すると、制御装置130は、蓄積されたイオンのパケットを質量分析器110に排出して、イオンのパケットをスキャンすることができるように構成される。
【0060】
質量分析器110は、Cトラップ100が質量分析のためにイオンの次のパケットを蓄積する間、イオンのパケットを分析する。したがって、本方法により、制御装置130は、質量分析器10を制御して、質量分析スキャンの第1のセットを実行するように構成される。質量分析スキャンの各々が、所望のスキャン持続時間に基づいて計算された最大蓄積持続時間で実行されることを確実することにより、本方法は、サンプルのクロマトグラフィーピークを特徴付けるのに好適なスキャン周波数を提供し得る。
【0061】
本発明のさらなる実施形態では、制御装置130はまた、実験全体にわたって起こり得る任意の時間変動オーバーヘッドを考慮するように構成され得る。さらなる実施形態のグラフ表示が
図2に示されている。
図2の実験は、
図1に示されるような質量分析器10で実行される。
図2のグラフは、抽出されたイオン電流(XIC)、実際の蓄積持続時間、制御装置130によって設定された最大蓄積持続時間、および実験中に行われた各質量分析スキャンの実際の質量分析スキャン持続時間を示す。各質量分析スキャンについての抽出イオン電流は、軌道トラップ質量分析器110によって測定された抽出イオン電流であり、これは、各質量分析スキャンについてのイオン集団の大きさを表す。
【0062】
図2に示す実験では、FWHM(W)でのクロマトグラフのピーク幅が1sのサンプルを測定し、1つのターゲット分析物を特定する(N=1)。クロマトグラフのピーク(M=5)の持続時間にわたって、少なくとも5回の質量分析スキャンを実行することが望ましい。したがって、式(1)に基づいて、所望の最大スキャン持続時間D
maxは、制御装置130によって200msとして計算され得る。実行される実験については、実験機器の結果が(例えば、イオン注入およびスキャン時間のオーバーヘッドを考慮するために)10msの時間不変オーバーヘッドを有することも指定され得る。したがって、スキャンの第1のセットの最大蓄積持続時間A
maxは、190msであると判定され得る。
図2に示すように、第1の3つのスキャン(スキャンの第1のセット)は、A
max=190msで実行される。
【0063】
いくつかの実験では、実験の開始時に実行されるスキャンの第1のセットのサンプルイオンの流量が比較的低いため、スキャンの第1のセットの各々の実際の蓄積持続時間は最大蓄積持続時間A
maxとほぼ同じになる。例えば、
図2の実験に示されているように、第1の3つのスキャンの各々のXICは比較的低くなっている(約0.1a.u.)。その結果、任意の時間不変オーバーヘッドおよび/または可変オーバーヘッドを考慮すると、スキャンの第1のセットの平均持続時間は、所望の持続時間D
maxを超える可能性がある。
【0064】
さらなる実施形態により、制御装置130は、質量分析スキャンの第1のセットの平均スキャン持続時間を計算するように構成され得る。スキャンの第1のセットの平均持続時間が所望の最大スキャン持続時間より長い場合、制御装置は最大蓄積持続時間を短縮して、Cトラップの調整された又は調整済み最大蓄積持続時間(Amax’)を提供するように構成される。次に、制御装置130は、質量分析器10に、調整された最大蓄積持続時間を使用して質量分析スキャンの第2のセットを実行させるように構成される。
【0065】
さらなる実施形態により、制御装置130は、実験中に行われた第1のX質量分析スキャンに基づいて、質量分析スキャンの第1のセットの平均スキャン持続時間を計算することができ、Xは少なくとも3である。例えば、Xは3、4、5、または7の場合がある。
【0066】
制御装置130は、Amaxを所定の量だけ短縮することによって、調整された蓄積持続時間を計算することができる。例えば、制御装置130は、Amaxを少なくとも1ms短縮させることができる。例えば、いくつかの実施形態では、制御装置130は、Amaxを5ms、10ms、または20ms短縮させることができる。いくつかの実施形態では、制御装置130は、Amaxをスケーリング係数kだけ短縮させることができる。したがって、Amax’=Amax*kであり、k<1である。例えば、kは0.99、0.95、0.9または0.8であってもよい。
【0067】
したがって、
図2に示すように、制御装置130は、スキャンの第1のセットに対して選択された最大蓄積持続時間が、所望のスキャン持続時間を超える平均スキャン持続時間をもたらすことを判定する。したがって、制御装置130は、第2のスキャンセットの平均スキャン持続時間を短縮しようと試みるために、最大蓄積持続時間を調整する。
図2に示すように、制御装置はA
max’=190ms*0.9=171ms(すなわちk=0.9)を計算し、調整された又は調整済み最大蓄積持続時間を提供する。
【0068】
したがって、質量分析スキャンの第2のセットは、A
max’を使用して実行され得る。
図2に示すように、質量分析スキャン4~6のXICは約0.1のままであり、各質量分析スキャンはA
max’までサンプルイオンを蓄積する
。したがって、A
max’の変化は、平均スキャン持続時間の短縮をもたらし、それにより、1つのクロマトグラフィーピークあたりに実行されるスキャンの数を増加させる。
【0069】
いくつかの実施形態では、制御装置130は、実験全体の平均スキャン持続時間を監視し続け、必要に応じて最大注入時間をさらに調整して、所望の最小回数の質量分析スキャン(M)基準が確実に満たされるように試みることができる。
【0070】
例えば、スキャンの第2のセットを実行するとき、制御装置130は、前のn回の質量分析スキャンの平均スキャン持続時間を計算することができる。前のn回の質量分析スキャンの平均持続時間が所望の最大スキャン持続時間よりも長い場合、制御装置は調整された最大蓄積持続時間をさらに短縮することができる。例えば、制御装置は、上記の調整と同様の方法で、調整された最大蓄積持続時間を短縮し続けてもよい。例えば、制御装置130は、スケーリング係数kを使用して、調整された最大蓄積持続時間を短縮することができる。前のn回の質量分析スキャンの平均スキャン持続時間は、質量分析スキャンの第2のセットの前の3回のスキャンである場合がある(n=3)。いくつかの実施形態では、nは、少なくとも2、3、4、6である整数であり得る。いくつかの実施形態では、nは、特定されるべきターゲット分析物の数(N)に基づいて計算され得る。例えば、nは、Nの倍数として制御装置によって判定され得る(すなわち、n=jNであり、jは、少なくとも2、3、4、または5である)。特に、nは、制御装置130によってNの5倍であると判定され得る。
【0071】
図2の実施形態では、n=3である。したがって、スキャンの第2のセットの第1の3つの質量分析スキャンの後(すなわち、質量分析スキャン6の後)、制御装置130は、質量分析スキャンの第2のセットの第1の3つの質量分析スキャン(すなわち、
図2に示す4~6回目の質量分析スキャン)の平均スキャン持続時間を計算する。
図2に示すように、質量分析スキャン4~6の平均スキャン持続時間は、所望のスキャン持続時間を超えたままである。したがって、質量分析スキャンの第2のセットの質量分析スキャン第4の質量分析スキャン(すなわち、第7のスキャン)の最大蓄積持続時間は、さらに短縮される。
【0072】
したがって、
図2に示すように、質量分析のスキャン持続時間が所望の最大スキャン持続時間を下回る(または平均スキャン持続時間が所望の最大スキャン持続時間を下回る)まで、最大蓄積持続時間を調整することができる。最大蓄積持続時間を継続的に調整することにより、制御装置130は、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって実行される質量分析スキャンの回数が、ユーザによる所望の設定M入力と一致することを確実にすることができる。
【0073】
いくつかの実験では、分析される複数のターゲット分析物分子を含むサンプルは、質量分析器10によって質量分析され得る。そのようなサンプルの場合、各クロマトグラフィーピークが異なる幅を有する(すなわち、Wはターゲット分析物ごとに変化してもよい)複数のクロマトグラフィーピークが経時的に広がって、サンプルはクロマトグラフィーシステムから溶出する可能性がある。さらに、いくつかのターゲット分析物分子は、同時(またはオーバーラップ時間)にクロマトグラフィーシステムから溶出する可能性があるため、実験中のあるポイントで分析されるターゲット分析物分子の数が1より大きい場合がある(すなわち、N≧1)。その結果、単一の固定された最大蓄積持続時間(すなわち、固定された最大注入時間)は、実験に存在するすべてのクロマトグラフィーピークを特徴付けるのに好適でない場合がある。
【0074】
いくつかの実施形態では、制御装置130は、実験全体を通して最大蓄積持続時間を動的に調整するように構成され得る。したがって、クロマトグラフィーシステムから溶出するサンプルが、経時的にサンプルの複数のクロマトグラフィーピークを提供することを含む、実質的に上記で論じたような質量分析方法を提供することができる。したがって、制御装置130は、クロマトグラフィーシステムから溶出するクロマトグラフィーピークに基づいて、所望の最大スキャン持続時間(Dmax)および最大蓄積持続時間(Amax)を経時的に更新するようにさらに構成され得る。サンプルにおいて予想されるターゲット分析物の各々に関する情報(例えば、関連するクロマトグラフィーのピーク幅W、溶出が予想される時間(すなわち、クロマトグラフィーシステムの保持時間))は、実験を開始する前にユーザにより提供されることができる。
【0075】
例えば、
図3は、所望の最大スキャン持続時間が最初に計算され、その後、複数のクロマトグラフィーピークを分析するために実験の持続時間にわたって更新される(2回)本発明のさらなる実施形態を示す。
【0076】
ユーザは、実行される質量分析実験の入力情報を含む構成ファイルを制御装置に提供することができる。入力情報は、実験中に特定されるターゲット分析物を特定する情報を含み得る。特定される各ターゲット分析物について、入力情報は、ターゲット分析物の質量電荷比およびターゲット分析物のクロマトグラフィー保持時間情報を指定することができる。構成ファイルは、特定されるターゲット分析物の予想されるクロマトグラフのピーク幅Wも指定することができる。ピーク幅は、1つのターゲット分析物あたりに指定するか、またはグローバル値をすべてのターゲット分析物に提供することができる(すなわち、同じ値のWがすべてのターゲット分析物に使用される)。
【0077】
各ターゲット分析物のクロマトグラフィー保持時間情報は、質量分析器1に接続されたクロマトグラフィー機器における上記ターゲット分析物の予想保持時間に関する情報を含み得る。予想保持時間に基づいて、制御装置は、実験の持続時間にわたって各ターゲット分析物がいつアクティブである(すなわち、クロマトグラフィー機器から溶出する)と予想されるかを判定することができる。
【0078】
いくつかの実施形態では、クロマトグラフィー保持時間情報は、各ターゲット分析物がクロマトグラフィー機器から溶出すると予想される期間を定義することができる。期間は、分析物溶出開始時間および分析物溶出終了時間によって定義され得る。いくつかのターゲット分析物は、実験の全持続時間にわたってアクティブであると指定されてもよく、その場合、上記ターゲット分析物のクロマトグラフィー保持時間は、分析物溶出開始時間および分析物溶出終了時間を含まなくてもよい。
【0079】
例えば、3つのターゲット分析物のクロマトグラフィー情報には、次のものが含まれる。
【表1】
【0080】
各ターゲット分析物のクロマトグラフィー保持時間情報に基づいて、制御装置130は、実験の所与のポイントでサンプル(N)中で特定されるべきターゲット分析物の数を判定し得る。このように、制御装置は、クロマトグラフィーの保持時間情報に基づいて、実験のあるポイントでアクティブであると予想されるターゲット分析物の数に基づいて値Nを更新する。ターゲット分析物の数Nの更新に続いて、制御装置130は、実験の変化を反映するために、所望の最大質量分析スキャン持続時間DMAX(およびその後、上記の方法によるAMAXおよびAMAX’)を再計算し得る。したがって、制御装置130は、実験の過程で質量分析スキャンを実行するための最大蓄積持続時間を動的に更新することができる。
【0081】
例えば、上記の表1に示される3つのターゲット分析物の場合、時間t=82秒で、制御装置130は、1つのターゲット分析物が現在アクティブである(N=1)と判定することができる。時間t=90において、制御装置130は、2つのターゲット分析物が現在アクティブである(N=2)と判定することができる。次に、制御装置130は、本開示の実施形態に従って、最大蓄積持続時間(AMAXまたはAMAX’)を判定する方法を更新することができる。所望の最大質量分析スキャン持続時間DMAXが再計算されるたびに、制御装置130は、AMAX’を調整するためのスケーリングプロセスを繰り返すように構成され得る。
【0082】
本開示のいくつかの実施形態では、制御装置130はまた、アクティブターゲットの数(N)の変化が閾値を超えた場合にのみ最大蓄積持続時間設定を更新するように構成されてもよい。例えば、制御装置130は、現在の値の少なくとも20%であるNの値の変化に応答して最大蓄積持続時間を更新するように構成され得る。他の実施形態では、DMAXを更新するための閾値は、少なくとも、Nの現在の値の25%、30%、35%、40%または50%であってもよい。
【0083】
例えば、
図3は、アクティブターゲットの数(N)が実験持続時間にわたって変化する実験の過程におけるA
MAXとA
MAX’のグラフを示している。D
MAXを更新するための閾値は、Nの現在の値の少なくとも35%である。
図3に示すように、実験の開始時に、Nは3に判定される。実験の第1の6スキャンにわたって、A
MAX’の値が計算される。これにより、クロマトグラフィーピークの持続時間にわたって所望の質量分析スキャン(M)の回数が得られる。スキャン0~100で、アクティブターゲットの数は2~4の間で変化するが、閾値のため、D
MAX(したがってA
MAX)は更新されない。スキャン100を実行する前に、制御装置130は、Nが閾値を超える5に増加したことを判定する。その結果、制御装置130は、Nの新しい値を使用してD
MAXおよびA
MAXを再計算し、続いてA
MAX’を再計算する。したがって、制御装置は、実験の持続時間にわたって予想されるターゲット分析物の数の変化に適応するように最大蓄積持続時間を動的に調整し得る。Nへのさらなる更新は、質量分析スキャン番号200で発生することが示されており、制御装置は、2つのターゲット分析物が現在アクティブであると判定する。
【0084】
図4は、実行される実験のタイプに応じて、
図1の質量分析器について最大蓄積持続時間A
maxがどのように計算され得るかを示すさらなるグラフを提供する。
図4の実験では、クロマトグラフのピーク幅が3sのサンプルに対して、ターゲットを絞った単一のイオンモニタリング実験が実行される。質量分析器10は、128msの最小蓄積時間を有する。
【0085】
いくつかの実施形態では、質量分析器は、1回の質量分析スキャンあたりに複数のターゲット分析物を分析することが可能であり得る。したがって、質量分析器は、質量分析スキャンを多重化するように構成され得、その結果、1つ超の(すなわち、複数の)ターゲット分析物が単一の質量分析スキャンで分析される。1回の質量分析スキャンあたりに実行される多重化の量は、1回の質量分析スキャンあたりに特定されるターゲット分析物の数であってもよい。
【0086】
例えば、質量分析器10の質量分析器110は、単一の質量分析スキャンで少なくとも2つのターゲット分析物を分析することが可能であり得る。質量分析器110はまた、単一の質量分析スキャンにおいて少なくとも3、4、5または7個のターゲット分析物を多重化するように構成されてもよい。制御装置130は、実験中に分析されるターゲット分析物に関する情報を提供する構成ファイルに基づいて、単一の質量分析スキャンで分析されるターゲット分析物の数を判定することができる。多重化質量分析スキャンを実行すると、質量分析スキャンの実行にかかる時間が長くなる。例えば、1回の質量分析スキャンあたりに分析される追加の各ターゲット分析物は、質量分析スキャンを実行するのにかかる時間を一定量増加させる可能性がある。したがって、所与のDMAXについて、実行される任意の多重化を考慮に入れるためにAMAXを計算することができる。例えば、質量分析スキャンを多重化することができるいくつかの質量分析器には、1回の質量分析スキャンあたりの時間変数のオーバーヘッドがある場合がある。したがって、最大蓄積持続時間は次のように計算することができる。
AMAX=DMAX-a*P
【0087】
Pは、1回の質量分析スキャンあたりに分析されるターゲット分析物の数(すなわち、質量分析器が実行することができる多重化の程度)である。例えば、
図1の質量分析器110の場合、時間可変オーバーヘッドaは5msであり得る。他の実施形態では、αは、少なくとも1ms、5ms、10ms、または20msであってもよい。
【0088】
図4は、同時に分析される異なる数のターゲット分析物(すなわち、異なるN値)および異なるレベルの多重化(P)を使用した5つの異なる単一のイオンモニタリング(SIM:single ion monitoring)実験のグラフを示している。すべての実験で、クロマトグラフのピーク幅Wは3sであり、各質量分析スキャンには4msの時間不変オーバーヘッドおよび、多重化を考慮した5msの時間可変オーバーヘッドがある(すなわち、a=5ms)。
【0089】
実験a)では、単一のターゲット分析物がM=3の単一の質量分析スキャンで分析される。その結果、制御装置によって計算される所望の最大スキャン持続時間は1000msである。質量分析スキャンを実行するためのオーバーヘッドを考慮すると、実験a)の
MAXは991msである。
図4にさらに示すように、実験b)およびc)で、多重化を実行せずにターゲット分析物(N)の数を増加させると、D
MAXが短縮し、結果としてA
MAXが短縮される。例えば、実験c)のD
MAXはM=3の場合は333msである。
【0090】
実験d)およびe)では、多重化が実行され、複数のターゲット分析物を単一の質量分析スキャンで分析することができる。したがって、実験d)の場合はP=2、実験e)の場合はP=3である。したがって、実験a)に対して実験d)およびe)の場合は、複数のターゲット分析物は、DMAXを変更する必要なく分析することができる(すなわち、実験d)およびe)のDMAXは、M=3の場合に1000ミリ秒である)。
【0091】
図4は、実験a)、b)、c)、d)、e)の各々についてMを増加させた場合の効果も示している。Mが増加すると、制御装置130は、D
MAXを調整し、その結果、A
MAXを調整して、1つのターゲット分析物あたりの所望の最小回数の質量分析スキャンを提供する。
図4の質量分析器は、D
min=128msの最小スキャン持続時間を有する(すなわち、上で論じられた
図1の質量分析器110と同様である)。したがって、Mが増加しても、制御装置はA
MAXをD
minによって設定された制限を下回ることはない。これは、スキャンが実行される速度をさらに上昇させないためである。例えば、M=25の実験e)の場合、W/M=3000/25=120msであり、D
minを下回る。したがって、実験e)の場合、D
MAXは128msに設定される。したがって、P=3を考慮してA
MAXが計算され、D
MAX-a*P-4ms=109msになる。
【0092】
いくつかの実験では、現在クロマトグラフィーシステムから溶出しているサンプルにおいて特定されるターゲット分析物の数(N)が、質量分析器が実行するように設定されている(または実際に実行することができる)多重化の量(P)を超える場合がある。そのような機能が望まれる場合、制御装置は、いくつかの実施形態では、所望の最大スキャン持続時間を計算するときにこれを考慮するように構成されてもよい。例えば、いくつかの実施形態では、所望の最大スキャン持続時間は、以下のように計算され得る。
DMAX=W/(M*ceil(N/P))
【0093】
ceil()関数は、N/P以上の最小の整数を返す天井関数である。したがって、制御装置130は、質量分析器が実行するように現在設定されている多重化の量(P)を考慮しながら、分析される現在のすべてのターゲット分析物を分析するのに必要な質量分析スキャンの回数(ceil(N/P))を計算するように構成され得る。_
【0094】
有利には、本発明は、質量分析器および質量分析方法を提供するために使用され得、クロマトグラフィーピークあたりの所望の最小回数の質量分析スキャンおよびターゲット分析物をユーザに提供するように、質量分析実験中に最大蓄積持続時間が制御される。
【0095】
本発明の好ましい実施形態を本明細書で詳細に説明してきたが、本発明の範囲または添付の特許請求の範囲から逸脱することなく、それに変更を加え得ることが当業者には理解されよう。