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特許7107326探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/16 20060101AFI20220720BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
H01J49/16 500
H01J49/00 310
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019567788
(86)(22)【出願日】2018-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2018002500
(87)【国際公開番号】W WO2019146078
(87)【国際公開日】2019-08-01
【審査請求日】2020-07-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【弁理士】
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100170988
【弁理士】
【氏名又は名称】妹尾 明展
(74)【代理人】
【識別番号】100189566
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 雅之
(72)【発明者】
【氏名】村田 匡
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-032463(JP,A)
【文献】特開2015-046381(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/16
H01J 49/00
H01J 49/40
H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の探針、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部、及び、前記探針に付着した試料中の成分をイオン化させるべく該探針に高電圧を印加する高電圧発生部、を具備するイオン源と、該イオン源で生成されたイオン又はそのイオンから派生するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置において、
a)前記変位部により前記探針又は試料を移動させて該探針の先端に試料を付着させたあと該探針の先端を試料から離脱させる試料採取動作と、前記高電圧発生部により前記探針に高電圧を印加して試料成分をイオン化するイオン化動作と、を繰り返すように前記変位部及び前記高電圧発生部を制御するイオン化制御部と、
b)予め設定された複数のイオン種をターゲットとする質量分析を順番に実行するサイクルを繰り返すように前記質量分析部を制御する質量分析制御部と、
c)前記複数のイオン種の中で予めユーザにより設定されたイオン種をターゲットとする質量分析の実行のタイミングと前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングとを同期させるように前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部の制御動作を統括的に制御する同期制御部と、
を備え、前記同期制御部は、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行する質量分析においてターゲットとするイオン種を、該イオン源での一連の試料採取動作及びイオン化動作を1又は複数回行う毎に、ユーザにより設定された複数のイオン種の中で変更するように、前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部を制御することを特徴とする探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置。
【請求項2】
導電性の探針、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部、及び、前記探針に付着した試料中の成分をイオン化させるべく該探針に高電圧を印加する高電圧発生部、を具備するイオン源と、該イオン源で生成されたイオン又はそのイオンから派生するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置において、
a)前記変位部により前記探針又は試料を移動させて該探針の先端に試料を付着させたあと該探針の先端を試料から離脱させる試料採取動作と、前記高電圧発生部により前記探針に高電圧を印加して試料成分をイオン化するイオン化動作と、を繰り返すように前記変位部及び前記高電圧発生部を制御するイオン化制御部と、
b)予め設定された複数のイオン種をターゲットとする質量分析を順番に実行するサイクルを繰り返すように前記質量分析部を制御する質量分析制御部と、
c)前記複数のイオン種の中で予めユーザにより設定されたイオン種をターゲットとする質量分析の実行のタイミングと前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングとを同期させるように前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部の制御動作を統括的に制御する同期制御部と、
d)前記質量分析部での質量分析のターゲットとされる複数のイオン種の中で、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行したい質量分析動作においてターゲットとするイオン種を、ユーザに設定させ、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行される質量分析動作においてターゲットであるイオン種が時間経過に伴って変更されるモードの選択が可能である同期条件設定部と、を備えることを特徴とする探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又はに記載の探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置であって、前記所定のタイミングは前記探針への高電圧の印加開始時点であることを特徴とする探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置。
【請求項4】
導電性の探針、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部、及び、前記探針に付着した試料中の成分をイオン化させるべく該探針に高電圧を印加する高電圧発生部、を具備するイオン源と、該イオン源で生成されたイオン又はそのイオンから派生するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置において、
a)前記変位部により前記探針又は試料を移動させて該探針の先端に試料を付着させたあと該探針の先端を試料から離脱させる試料採取動作と、前記高電圧発生部により前記探針に高電圧を印加して試料成分をイオン化するイオン化動作と、を繰り返すように前記変位部及び前記高電圧発生部を制御するイオン化制御部と、
b)予め設定された複数のイオン種をターゲットとする質量分析を順番に実行するサイクルを繰り返すように前記質量分析部を制御する質量分析制御部と、
c)前記複数のイオン種の中で予めユーザにより設定されたイオン種をターゲットとする質量分析の実行のタイミングと前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングとを同期させるように前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部の制御動作を統括的に制御する同期制御部と、
を備え、前記所定のタイミングは前記探針への高電圧の印加開始時点であることを特徴とする探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置であって、
前記同期制御部は、前記高電圧発生部から前記探針へ電圧が印加されていない期間に前記質量分析部での質量分析動作を休止するように前記質量分析部を制御することを特徴とする探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探針エレクトロスプレーイオン化(PESI=Probe ElectroSpray Ionization)法によるイオン源(以下「PESIイオン源」という)を搭載した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において測定対象である試料中の成分をイオン化するイオン化法としては、従来、様々な方法が提案され、また実用に供されている。大気圧雰囲気中でイオン化を行うイオン化法としてはエレクトロスプレーイオン化(ESI)法がよく知られているが、このESIを利用したイオン化法の一つとして近年注目を集めているものとしてPESI法がある。
【0003】
特許文献1、2等に開示されているように、PESIイオン源は、先端の径が数百ナノメートル程度である導電性の探針と、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部と、探針の先端に試料が採取された状態で該探針にkVオーダーの高電圧を印加する高電圧発生部と、を含む。測定時には、変位部により探針又は試料の少なくとも一方を移動させ、該探針の先端を試料に接触させ又は僅かに刺入させ、探針の先端表面に微量の試料を付着させる。そのあと、変位部により探針を試料から離脱させ、高電圧発生部から探針に高電圧を印加する。すると、探針先端に付着している試料に強い電場が作用し、エレクトロスプレー現象が生起されて該試料中の成分分子が探針より離脱しながらイオン化する。
【0004】
PESIイオン源を用いた質量分析装置(以下「PESI質量分析装置」ということがある)では、面倒な試料前処理を省き、分析対象である液体試料をほぼそのまま分析に供することができるため、簡便で迅速な分析が行える。また、生きている実験動物等の生体組織中の特定の成分量の時間的な変化をリアルタイムで観察することも可能である。
【0005】
PESI質量分析装置を用いて既知成分の定量分析を行う際には、液体クロマトグラフ質量分析装置やガスクロマトグラフ質量分析装置と同様に、目的成分に対応する質量電荷比をターゲットとするSIM(選択イオンモニタリング)測定や目的成分に対応するMRM(多重反応モニタリング)トランジションをターゲットとするMRM測定が行われる。複数の成分を定量分析する際には、その複数の成分のそれぞれに対応するSIM測定やMRM測定を順次実施するサイクルを繰り返すことで、成分毎のイオン強度の時間変化を示すクロマトグラムを作成し、そのクロマトグラムに基づいて各成分を定量する。
【0006】
このとき、PESIイオン源では一般に、探針を周期的に上下動させ、探針の先端への試料の採取と探針への電圧印加による採取した試料中の成分のイオン化とを繰り返し実行する。即ち、PESIイオン源では図5に示すように、試料採取動作及びイオン化動作を含むPESIサイクルが所定の周波数で以て繰り返される。この試料採取動作の期間にはイオンは殆ど発生しないため、PESIイオン源でのイオンの生成は間欠的に行われることになる。
【0007】
また、探針に高電圧が印加されると探針に付着している試料中の成分由来のイオンが発生するが、探針に採取される試料の量は僅かであるため、イオンの発生量は高電圧印加開始時点から比較的短い時間内で急速に減少する。図6は、試料が付着した状態の探針に高電圧の印加を開始した時点からの時間経過に伴うイオン強度変化の一例を示す概略図である。この例では、電圧印加初期の100msec程度の期間には高いイオン強度を示すが、そのあとイオン強度は急速に減衰し、電圧印加開始時点から300~400msec程度が経過するとイオン強度は実質的にゼロになる。
【0008】
上述したように、PESIイオン源では試料中の成分由来のイオンは連続的に発生するのではなく間欠的であり、しかもイオンが発生している期間におけるそのイオンの量の時間経過に伴う減少も大きい。そのため、質量分析部において上述したように複数のSIM測定やMRM測定を含むサイクルを繰り返すと、特定の成分をターゲットとするSIM測定やMRM測定におけるデータが全く得られない、或いは特定の成分をターゲットとするSIM測定やMRM測定において十分なイオン強度でのデータが得られないというおそれがある。そうした場合、その特定の成分由来のイオンについての正確なクロマトグラムを作成することができず、定量性を大きく損なうことになる。
【0009】
これに対し非特許文献1には、PESIイオン源における探針の運動周期を適切に設定することで、MRMトランジションのループタイム(複数のMRMトランジションについてのMRM測定を1回ずつ実行するサイクルの所要時間)と探針の運動周期とを同期させることが記載されている。しかしながら、こうした方法では、複数のMRMトランジションの中で高い感度で以て分析できるMRMトランジションがMRM測定の順序に応じて決まってしまい、高感度で分析したいイオン種をユーザが自由に選択することができないという問題がある。また、複数のイオン種の全てについてほぼ同程度の感度で以て、つまりは平均的に高い感度で以て分析したい場合でも、イオン種毎に感度にばらつきが生じてしまうことが避けられない。
【0010】
もちろん、MRM測定のループタイムがPESIイオン源でのイオン発生の持続時間に比べて十分に短い場合には上記の2番目の問題は比較的起こりにくいが、感度を高めるために対象とするイオン強度データの取込み時間であるドウェルタイム(Dwell time)を長くしようとするとループタイムも長くなってしまう。その場合には、時間経過に伴うイオン量減少の影響が相対的に大きくなり、イオン種毎の感度を揃えることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2014-44110号公報
【文献】国際公開第2016/027319号
【非特許文献】
【0012】
【文献】林由美、ほか5名、「PESI/MS/MSによるin vivoリアルタイム・モニタリング法の構築」、島津評論、第74巻、第1・2号、2017年9月20日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、複数のイオン種についてのSIM測定やMRM測定を実施する場合に、ユーザが所望するイオン種について高い感度で分析したり、或いは、全てのイオン種についてほぼ同程度の感度で以て分析したりすることができるPESI質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために成された本発明は、導電性の探針、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部、及び、前記探針に付着した試料中の成分をイオン化させるべく該探針に高電圧を印加する高電圧発生部、を具備するイオン源と、該イオン源で生成されたイオン又はそのイオンから派生するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置において、
a)前記変位部により前記探針又は試料を移動させて該探針の先端に試料を付着させたあと該探針の先端を試料から離脱させる試料採取動作と、前記高電圧発生部により前記探針に高電圧を印加して試料成分をイオン化するイオン化動作と、を繰り返すように前記変位部及び前記高電圧発生部を制御するイオン化制御部と、
b)予め設定された複数のイオン種をターゲットとする質量分析を順番に実行するサイクルを繰り返すように前記質量分析部を制御する質量分析制御部と、
c)前記複数のイオン種の中で予めユーザにより設定されたイオン種をターゲットとする質量分析の実行のタイミングと前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングとを同期させるように前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部の制御動作を統括的に制御する同期制御部と、
を備え、さらに後述の特徴を有する
【0015】
本発明において質量分析部は例えば、シングルタイプの四重極型質量分析装置のほか、トリプル四重極型質量分析装置、四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置などのMS/MS分析が可能な質量分析装置でもよい。質量分析部がシングルタイプの四重極型質量分析装置である場合、上記「複数のイオン種をターゲットとする質量分析」とは互いに異なる質量電荷比である複数のイオン種に対するSIM測定である。また、質量分析部がMS/MS分析が可能な質量分析装置である場合、上記「複数のイオン種をターゲットとする質量分析」とは互いに異なるMRMトランジション(プリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比との組み合わせ)に対するMRM測定である。
【0017】
発明の第の態様のPESI質量分析装置では、前記同期制御部は、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行する質量分析においてターゲットとするイオン種を、該イオン源での一連の試料採取動作及びイオン化動作を1又は複数回行う毎に、ユーザにより設定された複数のイオン種の中で変更するように、前記イオン化制御部及び/又は前記質量分析制御部を制御することを特徴とする
【0019】
ここで「イオン源での試料採取及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミング」とは、典型的には、試料成分由来のイオンの発生が開始されるタイミング、つまりは探針への高電圧の印加開始時点とするとよい。但し、これに限るものではなく、試料採取及びイオン化動作の周期の中の任意の時点とすることができる
【0020】
の態様のPESI質量分析装置では、同期制御部は、特定の一つのイオン種ではなく、例えば探針の先端に試料が採取される毎に異なるイオン種をターゲットとする質量分析のタイミングと探針への高電圧印加開始のタイミングとを合わせるようにイオン化制御部及び質量分析制御部の動作を制御する。それにより、高い感度で以て分析されるイオン種が試料採取毎に入れ替わる。そのため、高い感度で以て分析されるイオン種が特定の1つのイオン種に片寄ることがなく、設定されている複数の全てのイオン種について平均的に高い感度で以て分析を行うことができる。
【0021】
第2の態様のPESI質量分析装置、前記質量分析部での質量分析のターゲットとされる複数のイオン種の中で、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行したい質量分析動作においてターゲットとするイオン種をユーザに設定させる同期条件設定部をさらに備えることを特徴とする
この同期条件設定部は、表示部の画面上に所定様式の入力設定画面を表示し、ユーザが該入力設定画面上での入力操作や選択操作を行うことで設定された情報を受け付ける手段とすればよい。
【0022】
この構成によれば、ユーザは、複数のSIM測定対象の質量電荷比やMRMトランジションの中で、高い感度で以て分析したい成分由来のイオン種を予め設定することができる。そうしてユーザにより設定されたイオン種に対する質量分析のタイミングと試料採取/イオン化動作のタイミングとが同期されるので、ユーザが所望する成分由来のイオン種を高い感度で以て分析することができる。
【0023】
また、上記構成において、前記同期条件設定部は、前記イオン源での試料採取動作及びイオン化動作の繰り返しにおける所定のタイミングに対しタイミングを同期させて実行される質量分析動作においてターゲットであるイオン種が時間経過に伴って変更されるモードの選択が可能である構成とするとよい。
【0024】
この構成によれば、ユーザが上記モードを選択することにより、上述したように、高い感度で以て分析されるイオン種を1回又は複数回の試料採取毎に入れ替えることができる。それによって、設定されている複数の全てのイオン種について平均的に高い感度で分析を行うことができる。
【0025】
なお、上述したように、試料採取動作の期間つまり探針へ高電圧が印加されていない期間には、試料成分由来のイオンは実質的に発生しない。そこで、本発明において、前記同期制御部は、前記高電圧発生部から前記探針へ電圧が印加されていない期間に前記質量分析部での質量分析動作を休止するように前記質量分析部を制御するようにしてもよい。即ち、複数のイオン種に対する質量分析を実施する一つのサイクル中に休止期間を組み込むようにすればよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るPESI質量分析装置によれば、複数のイオン種についてのSIM測定やMRM測定を実施する際に、特定のイオン種について高い感度で分析したり、或いは、全てのイオン種について平均的に同じ程度の感度で以て分析したりすることができる。それにより、例えば特定の成分について他の成分に比べて確実に高い精度で以て定量したり、複数の成分の全てについて平均的に高い精度で以て定量したりすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明に係るPESI質量分析装置の一実施例の概略構成図。
図2】本実施例のPESI質量分析装置におけるイオン源の動作と質量分析部の動作とのタイミングの一例の説明図。
図3】本実施例のPESI質量分析装置におけるイオン源の動作と質量分析部の動作とのタイミングの他の例の説明図。
図4】本実施例のPESI質量分析装置におけるイオン源の動作と質量分析部の動作とのタイミングのさらに他の例の説明図。
図5】PESIイオン源での1サイクル中に実施される動作の説明図。
図6】探針への電圧印加開始時点からの時間経過に伴うイオン強度変化の一例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係るPESI質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のPESI質量分析装置の概略構成図である。
【0029】
このPESI質量分析装置は、図1に示すように、試料に含まれる成分のイオン化を大気圧雰囲気中で行うイオン化室1と高真空雰囲気中でイオンの質量分離及び検出を行う分析室4との間に、段階的に真空度が高められる複数(この例では二つ)の中間真空室2、3を備えた多段差動排気系の構成を有する。
【0030】
略大気圧雰囲気であるイオン化室1内に配置された試料台7には、測定対象である試料8が載置される。この試料8の上方には、探針ホルダ5により保持されている金属性の探針6が、上下方向(Z軸方向)に延伸するように配置されている。探針ホルダ5はモータや減速機構等を含む探針駆動部21により、上下方向(Z軸方向)に移動可能である。また、試料台7は試料台駆動部23により、X軸、Y軸の二軸方向にそれぞれ移動可能である。また、探針6には高電圧発生部20から最大で数kV程度の直流高電圧が印加される。
【0031】
イオン化室1内と第1中間真空室2内とは細径のキャピラリ管10を通して連通しており、キャピラリ管10の両端開口の圧力差によって、イオン化室1内のガスはキャピラリ管10を通して第1中間真空室2内へと引き込まれる。第1中間真空室2内には、イオン光軸Cに沿って且つイオン光軸Cの周りに配置された複数枚の電極板から成るイオンガイド11が設けられている。また、第1中間真空室2内と第2中間真空室3内とはスキマー12の頂部に形成された小孔を通して連通している。第2中間真空室3内には、イオン光軸Cの周りに8本のロッド電極を配置したオクタポール型のイオンガイド13が設置されている。さらに分析室4内には、イオン光軸Cの周りに4本のロッド電極を配置した前段四重極マスフィルタ14と、内部にイオンガイド16が配置されたコリジョンセル15と、前段四重極マスフィルタ14と同じ電極構造の後段四重極マスフィルタ17と、イオン検出器18と、が設置されている。
【0032】
コリジョンセル15内には外部から、アルゴン、ヘリウム等のコリジョンガスが連続的に又は間欠的に導入される。また、イオンガイド11、13、16、四重極マスフィルタ14、17、イオン検出器18などには、電圧発生部24からそれぞれ、直流電圧、高周波電圧、又は直流電圧に高周波電圧を重畳した電圧のいずれかが印加される。
【0033】
イオン検出器18による検出信号はアナログデジタル変換器(ADC)28でデジタル化されてデータ処理部29に入力される。制御部25は、高電圧発生部20、探針駆動部21、試料台駆動部23、電圧発生部24などをそれぞれ制御することにより、試料8に対する分析を遂行するものであり、同期条件設定処理部251、分析シーケンス作成部252、同期制御部253、イオン化制御部254、質量分析制御部255などの機能ブロックを含む。また、制御部25にはユーザインターフェイスとしての入力部26や表示部27が接続されている。
【0034】
まず、本実施例のPESI質量分析装置において、試料8に対する質量分析を実施する際の動作を概略的に説明する。
試料8は例えば生体組織切片などの生体試料であるとする。制御部25からの指示に応じて探針駆動部21により探針6が所定位置(図1中に点線6’で示す位置)まで降下されると、探針6の先端は試料8に刺入され、探針6の先端に微量の試料が付着する。そして、探針6が所定の分析位置(図1中に実線6で示す位置)まで引き上げられると、高電圧発生部20は探針6に高電圧を印加する。これにより、探針6の先端に電場が集中し、エレクトロスプレー現象によって探針6の先端に付着している試料中の成分がイオン化される。
【0035】
発生したイオンは圧力差によってキャピラリ管10中に吸い込まれ、イオンガイド11、13によりそれぞれ形成される電場の作用で第1中間真空室2、第2中間真空室3、分析室4と順に輸送される。分析室4においてイオンは前段四重極マスフィルタ14に導入され、該四重極マスフィルタ14のロッド電極に印加されている電圧に応じた質量電荷比を有するイオン(プリカーサイオン)のみが四重極マスフィルタ14を通り抜けてコリジョンセル15に導入される。コリジョンセル15内にはコリジョンガスが導入されており、コリジョンセル15内で上記イオンはコリジョンガスに衝突して衝突誘起解離(CID)によって開裂する。開裂により生成された各種のプロダクトイオンはコリジョンセル15から出て後段四重極マスフィルタ17に導入され、該四重極マスフィルタ17のロッド電極に印加されている電圧に応じた質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルタ17を通り抜けてイオン検出器18に到達する。イオン検出器18は到達したイオンの量に応じたイオン強度信号を生成する。
【0036】
例えば、特定の質量電荷比を有するイオンのみが前段四重極マスフィルタ14を通過するように該四重極マスフィルタ14のロッド電極への印加電圧を設定し、同時に、特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルタ17を通過するように該四重極マスフィルタ17のロッド電極への印加電圧を設定することで、特定のプリカーサイオンが解離することで生成される特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのイオン強度信号を取得することができる。これがMRM測定である。
【0037】
上述したように本実施例のPESI質量分析装置では、探針6を1往復動させて該探針6の先端に試料を付着させたあとに探針6に高電圧を印加し、探針6に採取された試料中の成分をイオン化する。探針6に付着する試料はごく微量であるので、イオン化の進行とともに成分は枯渇してイオンは発生しなくなる。そのため、すでに図6により説明したように、高電圧印加開始時点からの時間経過に伴いイオン強度は減少する。PESIイオン源におけるイオン強度は時間依存性が大きいので、或る程度の大きさのイオン強度が得られている時間(イオン発生持続時間)が経過する間に、次の試料採取及びイオン化(探針6への高電圧印加)を行うことが好ましい。
【0038】
但し、複数の成分についてのMRM測定を行う際には、その間におけるイオン強度の時間的な変動は避けられないし、探針6を移動させて試料を探針6先端に採取する間にはイオンが発生しない。そこで、こうしたイオン強度の時間的な変動等の影響を軽減するために、本実施例のPESI質量分析装置では分析に際して次のような特徴的な制御を実施している。これについて図2図4を参照して説明する。図2図4はそれぞれ、PESIイオン源の動作と質量分析部の動作のタイミングの説明図である。
【0039】
ユーザが入力部26で所定の操作を行うと、分析シーケンス作成部252は測定対象であるMRMトランジションなどの分析条件を入力するための画面を表示部27の画面に表示する。この画面上でユーザがMRMトランジションなどの所定の分析条件を入力すると、分析シーケンス作成部252は入力された分析条件に従った分析シーケンスを作成して内部に記憶する。ここでは、分析シーケンスは、5種類のMRMトランジションに対するMRM測定を1回ずつ実行するMRM測定サイクルを所定時間に亘り繰り返すものとする。図2図4ではこの5種類のMRMトランジションを1~5の数字で示している。また、以下の説明では、図2図4中では単に数字で示されているMRMトランジションを[1]、…、[5]と記載する。
【0040】
同期条件設定処理部251は入力設定された5種類のMRMトランジションの中で、その質量分析動作をPESIイオン源の動作のタイミングと同期させたいMRMトランジションをユーザに選択させる。また、特定のMRMトランジションに対するMRM測定をPESIイオン源の動作のタイミングと同期させる測定モードのほかに、イオン源の動作に同期させるMRMトランジションが一つに片寄らないように分散させる測定モード(以下「定量精度平均化測定モード」という)も用意されており、ユーザがこの測定モードを選択することもできる。
【0041】
いま一例として、5種類のMRMトランジションの中で最も高い感度で分析したい成分に対応するMRMトランジションがMRMトランジション[1]であるとする。この場合、ユーザはイオン源の動作タイミングと同期させたいMRMトランジションとしてMRMトランジション[1]を選択指示する。
【0042】
上述したように分析シーケンス作成部252は5種類のMRMトランジション[1]~[5]におけるMRM測定を1回ずつ実行するMRM測定サイクルを実行する分析シーケンスを作成するが、1回のMRMトランジションに対するMRM測定におけるデータ取込時間、つまりドウェルタイムは分析条件の一つとしてデフォルトで或いはユーザの設定により定まっている。そのため、MRM測定サイクルの実行時間であるループタイムは決まっており、MRM測定サイクルをN回(Nは1以上の整数)繰り返す時間の長さもNが決まれば決まることになる。上述したように、N回のMRM測定サイクルの実行時間がイオン発生持続時間以下になるようにドウェルタイムやNの値を決めておけば、どのMRM測定でも或る程度のイオン強度が得られることになるが、MRMトランジション[1]のMRM測定での感度が最大になるとは限らない。
【0043】
それに対し本実施例のPESI質量分析装置において同期制御部253は、ドウェルタイムから決まるループタイムと予め設定されているイオン発生持続時間とから、イオン発生持続時間以下となるPESIサイクルの所要時間とその時間に対応するMRM測定サイクルの繰り返し回数Nとを決める。例えば、ループタイムが40msecであり、イオン発生持続時間が100msecである場合には、PESIサイクルの時間を80msec、MRM測定サイクルの繰り返し回数Nを2にすればよい。そして、図2に示すように、探針6の先端に試料を採取したあとに該探針6に高電圧の印加を開始するタイミング(図2中に上向き矢印で示すタイミング)が、MRM測定サイクル中で1番目に実施されるMRMトランジション[1]についてのMRM測定の直前になるように、イオン化制御部254及び質量分析制御部255の動作をそれぞれ制御する。
【0044】
但し、例えばイオン化制御部254はPESIサイクルの時間を80msecとして試料採取動作及びイオン化動作を繰り返し実施するように各部を制御し、同期制御部253は、各PESIサイクル中の高電圧印加開始のタイミングに、MRM測定サイクル中のMRMトランジション[1]に対するMRM測定の開始のタイミングが同期するように、質量分析制御部255を制御してもよい。また、その逆に、質量分析制御部255はループタイムが40msecであるMRM測定サイクルを繰り返し実施するように各部を制御し、同期制御部253は、各MRM測定サイクル中のMRMトランジション[1]に対するMRM測定の開始のタイミングに探針6への高電圧印加開始のタイミングが同期するようにイオン化制御部254を制御してもよい。
【0045】
図6に示したように、一般的には試料が付着している探針6に高電圧を印加し始めた時点から少しの間、盛んにイオンが発生し、そのあと次第にイオンの発生量は減少する。そのため、各MRM測定サイクルの中で1番目に実施されるMRMトランジション[1]のMRM測定において感度は最も高くなる。データ処理部29は異なるMRMトランジションについて得られたイオン強度データに基づいてそれぞれマスクロマトグラムを作成し、そのマスクロマトグラム上で観測されるピークの面積値に基づいて目的成分の定量値を求める。高い感度での検出が可能なMRMトランジション[1]に対応する目的成分については他の成分に比べてマスクロマトグラムの精度も高いので、高い定量性を達成することができる。
【0046】
5種類のMRMトランジションの中で最も高い感度で分析したい成分のMRMトランジションがMRMトランジション[3]である場合には、分析実行前にユーザは、イオン源の動作のタイミングと同期させたいMRMトランジションとしてMRMトランジション[3]を選択指示すればよい。その場合には、探針6の先端に試料を採取したあとに該探針6に高電圧の印加を開始するタイミングが、MRM測定サイクルの中の3番目に実施されるMRMトランジション[3]についてのMRM測定の直前になるように、イオン化制御部254及び質量分析制御部255の制御動作はそれぞれ制御される。
【0047】
次に、ユーザにより上記定量精度平均化測定モードが選択された場合の制御動作を図3により説明する。
この場合、分析シーケンス作成部252は上記の場合と同様に、5種類のMRMトランジション[1]~[5]におけるMRM測定を1回ずつ実行するMRM測定サイクルを繰り返すような分析シーケンスを作成する。そして、質量分析制御部255は、作成された分析シーケンスに従ってMRM測定を繰り返すように各部を制御する。一方、同期制御部253は、探針6の先端に試料を採取したあとに該探針6に高電圧の印加を開始するタイミングが、N回のMRM測定サイクル毎に、一つのMRMトランジションに対するMRM測定だけずれるように、イオン化制御部254の動作を制御する。これにより、図3に示すように、MRMトランジション[1]に対するMRM測定の実行開始直前に探針6への高電圧印加が開始されたPESIサイクルの次のPESIサイクルでは、MRMトランジション[2]に対するMRM測定の実行開始直前に探針6に高電圧印加が開始される。
【0048】
この定量精度平均化測定モードの場合、最もイオン量が多く発生する期間に実施されるMRM測定のMRMトランジションが一つに片寄らず、全てのMRMトランジションに対するMRM測定が順番に高い感度で実施されることになる。これにより、特定のMRMトランジションではなく、全てのMRMトランジションについて平均的に高い感度で分析を行うことができる。
【0049】
また、図2図3に示した例では、実質的にイオンが発生していない試料採取期間にもMRM測定が実施されるため、そのMRM測定ではイオン強度が下がることになる。そこで、図4に示すように、N回のMRM測定サイクル中にPESIイオン源における試料採取期間と同じ長さの分析休止期間を予め設けておき、同期制御部253はPESIイオン源における試料採取期間にこの分析休止期間が来るように各部を制御してもよい。これにより、実質的にイオンが発生していない試料採取期間にはMRM測定が実施されないので、全てのMRMトランジションについての感度のばらつきを一層軽減することができる。
【0050】
なお、上記実施例では質量分析部がトリプル四重極型質量分析装置であるが、質量分析部はQ-TOF型質量分析装置でもよい。また、MS/MS分析が可能な質量分析装置でなくてもよく、例えばシングルタイプの四重極型質量分析装置であってもよい。
【0051】
また、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0052】
1…イオン化室
2、3…中間真空室
4…分析室
5…探針ホルダ
6…探針
7…試料台
8…試料
10…キャピラリ管
11、13、16…イオンガイド
12…スキマー
14…前段四重極マスフィルタ
15…コリジョンセル
17…後段四重極マスフィルタ
18…イオン検出器
20…高電圧発生部
21…探針駆動部
23…試料台駆動部
24…電圧発生部
25…制御部
251…同期条件設定処理部
252…分析シーケンス作成部
253…同期制御部
254…イオン化制御部
255…質量分析制御部
26…入力部
27…表示部
29…データ処理部
C…イオン光軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6