(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】四重極質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/42 20060101AFI20220720BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220720BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20220720BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20220720BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
H01J49/42 150
H01J49/00 500
H01J49/06 700
H01J49/06 300
H01J49/06 800
H01J49/14
H01J49/04 220
H01J49/04 310
(21)【出願番号】P 2020540952
(86)(22)【出願日】2018-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2018033080
(87)【国際公開番号】W WO2020049693
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2020-12-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100093056
【氏名又は名称】杉谷 勉
(72)【発明者】
【氏名】西口 克
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-245080(JP,A)
【文献】国際公開第2017/094146(WO,A1)
【文献】特開2006-278024(JP,A)
【文献】国際公開第2016/027833(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/055707(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プリロッドを有する四重極マスフィルタと、
イオン化室と、
前記イオン化室で生成されるイオンを前記四重極マスフィルタの前記プリロッドに誘導するイオン光学系を備え、
前記イオン光学系の射出側電極のポテンシャルは、前記イオン化室および前記四重極マスフィルタの前記プリロッドのポテンシャルよりも低く、
前記射出側電極と前記プリロッドとの間には、前記イオンを減速させる、前記射出側電極よりも高いポテンシャルを有する構造物が存在し
ておらず、
前記イオン光学系および前記四重極マスフィルタの中心軸と前記射出側電極との間隔は、前記中心軸と前記プリロッドとの間隔の半分以下であり、
前記射出側電極と前記プリロッドとの間隔は、前記プリロッドの前記中心軸方向の長さの半分以下である、四重極質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の四重極質量分析装置において、
前記イオン光学系と前記四重極マスフィルタとを仕切り、前記イオン光学系の中心軸の部分にイオン通過孔が形成されている隔壁を備え、
前記イオン光学系の前記射出側電極の少なくとも一部は、前記隔壁とは非接触に前記イオン通過孔の内部に、前記イオン光学系の中心軸を囲んで配置されている、四重極質量分析装置。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の四重極質量分析装置において、
前記イオン化室は、キャリアガスにより搬送される分析対象をイオン化するガス試料イオン化室である、四重極質量分析装置。
【請求項4】
プリロッドを有する四重極マスフィルタと、
イオン化室と、
前記イオン化室で生成されるイオンを前記四重極マスフィルタの前記プリロッドに誘導するイオン光学系を備え、
前記イオン光学系の射出側電極のポテンシャルは、前記イオン化室および前記四重極マスフィルタの前記プリロッドのポテンシャルよりも低く、
前記射出側電極と前記プリロッドとの間には、前記イオンを減速させる、前記射出側電極よりも高いポテンシャルを有する構造物が存在しておらず、
前記イオン化室はCIDセルであり、前記イオン光学系は、前記CIDセルで生成されたプロダクトイオンを前記四重極マスフィルタの前記プリロッドに誘導するとともに、
さらに、前記CIDセルに供給するプリカーサーイオンを生成する第2イオン化室と、前記プリカーサーイオンを選別する第2四重極マスフィルタと、
前記第2イオン化室で生成される前記プリカーサーイオンを前記第2四重極マスフィルタに誘導する第2イオン光学系とを備える、
四重極質量分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載の四重極質量分析装置において、
前記第2イオン化室は、キャリア液体により搬送される分析対象をイオン化する液体試料イオン化室である、四重極質量分析装置。
【請求項6】
請求項4に記載の四重極質量分析装置において、
前記第2四重極マスフィルタはプリロッドを有し、
前記第2イオン光学系の射出側電極のポテンシャルは、前記第2イオン化室および前記第2四重極マスフィルタの前記プリロッドのポテンシャルよりも低い、四重極質量分析装置。
【請求項7】
請求項6に記載の四重極質量分析装置において、
前記第2イオン化室は、キャリアガスにより搬送される分析対象をイオン化するガス試料イオン化室である、四重極質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は四重極質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
小型で感度および分析スループットに優れた質量分析装置として、四重極質量分析装置が広く利用されている。四重極質量分析装置は、中心軸を囲んで配置された四重極マスフィルタと呼ばれる4本のロッド電極(メインロッド)に直流電圧と交流電圧を印加して、所定のm/z(質量電荷比)のイオンのみを通過させるような振動電場を発生させることにより、質量分析を行う装置である。
【0003】
高精度な分析を行うためには、分析対象のイオンを四重極マスフィルタに効率良く入射させる必要がある。そこで、イオン源であるイオン化室と四重極マスフィルタとの間に、静電レンズからなるイオン光学系を配置し、イオン化室で生成されたイオンをイオン光学系により収束させて四重極マスフィルタに導いている。
また、四重極マスフィルタのメインロッドの上流側に、プリロッドと呼ばれるロッド電極を配置するとともに、プリロッドから射出されるイオンビームのエミッタンスとメインロッドのアクセプタンスとをマッチングさせることにより、分析対象のイオンの四重極マスフィルタへの入射効率を向上させた四重極質量分析装置も提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の四重極質量分析装置においては、四重極マスフィルタへのイオンの入射効率は改善する。しかし、より高精度な分析のためには、特許文献1の四重極質量分析装置ではイオンの入射効率はまだ不十分であり、さらなる入射効率の改善が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様による四重極質量分析装置は、プリロッドを有する四重極マスフィルタと、イオン化室と、前記イオン化室で生成されるイオンを前記四重極マスフィルタの前記プリロッドに誘導するイオン光学系を備え、前記イオン光学系の射出側電極のポテンシャルは、前記イオン化室および前記四重極マスフィルタの前記プリロッドのポテンシャルよりも低く、前記射出側電極と前記プリロッドとの間には、前記イオンを減速させる、前記射出側電極よりも高いポテンシャルを有する構造物が存在しない。
本発明の第2の態様による四重極質量分析装置は、第1の態様による四重極質量分析装置において、前記イオン光学系および前記四重極マスフィルタの中心軸と前記射出側電極との間隔は、前記中心軸と前記プリロッドとの間隔の半分以下であり、前記射出側電極と前記プリロッドとの間隔は、前記プリロッドの前記中心軸方向の長さの半分以下であることが好ましい。
本発明の第3の態様による四重極質量分析装置は、第2の態様による四重極質量分析装置において、前記イオン光学系と前記四重極マスフィルタとを仕切り、前記イオン光学系の中心軸の部分にイオン通過孔が形成されている隔壁を備え、前記イオン光学系の前記射出側電極の少なくとも一部は、前記隔壁とは非接触に前記イオン通過孔の内部に、前記イオン光学系の中心軸を囲んで配置されていることが好ましい。
本発明の第4の態様による四重極質量分析装置は、第1から第3までのいずれかの態様による四重極質量分析装置において、前記イオン化室は、キャリアガスにより搬送される分析対象をイオン化するガス試料イオン化室であることが好ましい。
本発明の第5の態様による四重極質量分析装置は、第1から第3までのいずれかの態様による四重極質量分析装置において、前記イオン化室はCIDセルであり、前記イオン光学系は、前記CIDセルで生成されたプロダクトイオンを前記四重極マスフィルタの前記プリロッドに誘導するとともに、さらに、前記CIDセルに供給するプリカーサーイオンを生成する第2イオン化室と、前記プリカーサーイオンを選別する第2四重極マスフィルタと、前記第2イオン化室で生成される前記プリカーサーイオンを前記第2四重極マスフィルタに誘導する第2イオン光学系と、を備えることが好ましい。
本発明の第6の態様による四重極質量分析装置は、第5の態様による四重極質量分析装置において、前記第2イオン化室は、キャリア液体により搬送される分析対象をイオン化する液体試料イオン化室であることが好ましい。
本発明の第7の態様による四重極質量分析装置は、第5の態様による四重極質量分析装置において、前記第2四重極マスフィルタはプリロッドを有し、前記第2イオン光学系の射出側電極のポテンシャルは、前記第2イオン化室および前記第2四重極マスフィルタの前記プリロッドのポテンシャルよりも低いことが好ましい。
本発明の第8の態様による四重極質量分析装置は、第7の態様による四重極質量分析装置において、前記第2イオン化室は、キャリアガスにより搬送される分析対象をイオン化するガス試料イオン化室であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、四重極マスフィルタへのイオンの入射効率を改善し、高感度および高精度の四重極質量分析装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、第1実施形態の四重極質量分析装置の構成を示す概略図であり、
図1(a)は四重極質量分析装置の側断面図、
図1(b)は
図1(a)に示した装置における中心軸AX上のポテンシャルを表すグラフ、
図1(c)は
図1(a)に示した装置の一部分の拡大図。
【
図2】
図2は、変形例の四重極質量分析装置の構成を示す概略図であり、
図2(a)は四重極質量分析装置の側断面図、
図2(b)は
図2(a)に示した装置における中心軸AX上のポテンシャルを表すグラフ、
図2(c)は
図2(a)に示した装置の一部分の拡大図。
【
図3】
図3は、第2実施形態の四重極質量分析装置の構成を示す概略図。
【
図4】
図4は、第3実施形態の四重極質量分析装置の構成を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において、「ポテンシャル」とは、電荷を有するイオンに対して作用する電気的なポテンシャルであり、正の電荷を持つイオンに対しては電位と同義であり、負の電荷を持つイオンに対しては電位とは逆符号の量を表す。
【0010】
(第1実施形態の四重極質量分析装置)
図1は、第1実施形態の四重極質量分析装置100の構成を示す概略図である。
図1(a)は四重極質量分析装置100の側断面図を表し、
図1(b)は四重極質量分析装置100における中心軸AX上のポテンシャルを表わすグラフであり、
図1(c)は
図1(a)に示した装置の一部分の拡大図を表す。
四重極質量分析装置100においては、真空容器1の内部にイオン化室2、イオン光学系5、隔壁7、四重極マスフィルタ11、及びイオン検出器25が中心軸AXに沿って設けられている。
【0011】
この四重極質量分析装置100の前段には、ガスクロマトグラフ装置30が設けられており、ガスクロマトグラフ装置30から流出する試料ガスが、接続管4を経由してイオン化室2内へと供給される。イオン化室2はキャリアガスにより搬送される分析対象を電子衝撃法によりイオン化するガス試料イオン化装置の一例である。フィラメント3で発生した熱電子が加速され、イオン化室2に導入された試料分子(又は原子)にこの熱電子が接触することによって試料分子はイオン化される。
【0012】
発生したイオンは、イオン化室2とイオン光学系5の間に印加された電位差によりイオン化室2から引き出されてイオン光学系5に入射する。そしてイオンは、イオン光学系5により収束されて、プリロッド9に入射する。
イオン光学系5は、一例として入射側電極5a、中段電極5b、射出側電極5cの3つの電極からなる静電レンズである。
【0013】
四重極マスフィルタ11は、それぞれ4本のロッド電極からなるプリロッド9とメインロッド10とを含み、プリロッド9には電源12から交流電圧が、メインロッド10には電源13から直流と交流が重畳された電圧が印加される。四重極マスフィルタ11のイオン軸はイオン光学系5の光軸と一致しており、両軸を併せて中心軸AXと呼ぶ。
【0014】
隔壁7は、真空容器1の内部のうち、要求される真空度の異なるイオン光学系5が配置される空間と四重極マスフィルタ11が配置される空間とを仕切る隔壁である。隔壁7の中心軸AXおよびその近傍に相当する部分には、イオンが通過するためのイオン通過孔7hが形成されている。
本第1実施形態においては、イオン光学系5の射出側電極5cのうちの中心軸AXに近い部分である略円筒状の突起部5dは、イオン通過孔7hの内部にイオン光学系5の中心軸AXを囲んで、隔壁7とは非接触に配置されている。
隔壁7により仕切られた真空容器1内の両空間は、それぞれ真空ポンプ8a、8bにより排気されている。
【0015】
イオン光学系5の各電極5a~5cには、電源6a~6cによりそれぞれ異なる電圧が印加されている。なお、一般に真空容器1は、取り扱いが容易なようにグランド電位に保たれている。従って、真空容器1の内壁に取り付けられている隔壁7も、グランド電位に保たれている。
また、イオン化室2の出口側2eにも、電源6sにより所定の電圧が印加されている。
【0016】
図1(b)は、四重極質量分析装置100における中心軸AX上のポテンシャルφ1を表わすグラフであり、すなわち、イオン光学系5の各電極5a~5cに印加された電圧とプリロッド9に印加された電圧が中心軸AX上形成するポテンシャルφ1を表している。
上述のとおり、分析対象が陽イオンの場合にはポテンシャルφ1は電位と同義であり、分析対象が陰イオンの場合にはポテンシャルφ1は電位とは逆符号となる。
【0017】
本第1実施形態においては、イオン光学系5の射出側電極5cのポテンシャルを、イオン化室2および四重極マスフィルタ11のプリロッド9のポテンシャルよりも低く設定している。これにより、中心軸AX上のポテンシャルφ1は、イオン化室2の出口(位置P2)からイオン光学系5の射出側電極5cの入射側の端部(位置P5c)に向かって低下する。一方、射出側電極5cの入射側端部(位置P5c)から、突起部5dの射出側端部(位置P5d)の間は、中心軸AXの周囲を射出側電極5cの突起部5dが取り囲むため、ポテンシャルφ1はほぼ一定値となっている。中心軸AX上のポテンシャルφ1は、プリロッド9の入射面(位置P9)以降では、プリロッド9に印加されている電圧により上昇する。そして、メインロッド10の入射面(位置P10)以降は、ほぼ一定値となる。
【0018】
従って、イオン化室2を出たイオンは、イオン光学系5の射出側電極5c(位置P5c)までの経路においてポテンシャルφ1の傾斜により加速され、その後、減速されることなく突起部5dの内部を通過する。そして、プリロッド9に入射し、プリロッド9に印加されている電圧により減速される。
本第1実施形態においては、イオンは、イオン光学系5により加速された後、ほとんど減速されることなくプリロッド9に入射する。従って、プリロッド9に入射する時点でのイオンビームの速度を速め、これによりイオンビームの発散角を小さくすることができる。この結果、プリロッド9に入射する時点でのイオンビームのエミッタンスを、プリロッド9のアクセプタンスの範囲内に近づけることができる。このため、本第1実施形態では、イオンビームを効率良くプリロッド9内に導入することができる。
【0019】
図1(b)中に破線で示したポテンシャルφ11は、比較のために、従来の一般的なイオン光学系における中心軸AX上のポテンシャルを示す。従来においては、イオン光学系5と四重極マスフィルタ11がそれぞれ配置される空間を遮蔽するためのイオン通過孔7hを有する隔壁7自体を、イオン光学系5の射出側電極とすることが一般的であった。
しかしこの場合、隔壁7は上述のとおりグランド電位に保たれているため、ポテンシャルφ11に示したとおり、プリロッド9の直前に隔壁7による大きなポテンシャル障壁が生じる。そして、イオンビームは隔壁7による障壁(ポテンシャルφ11)により大きく減速され、大きな発散角でプリロッド9に入射することとなる。その結果、従来のイオン光学系を通過したイオンビームのエミッタンスは、その大部分がプリロッド9のアクセプタンスの範囲内に収まらず、プリロッド9に進入できないイオンの比率が高くなってしまう。
【0020】
本第1実施形態においては、上述のとおりイオン光学系5の射出側電極5cの一部である筒状の突起部5dは、隔壁7に形成されているイオン通過孔7hの内部に、隔壁7とは非接触に、中心軸AXを囲んで配置されている。このため、グランド電位である隔壁7が形成する電場は、突起部5dに遮蔽され、中心軸AX上およびその近傍のポテンシャルに悪影響を及ぼすことがなく、射出側電極5cとプリロッド9との間においてイオンを減速させることがない。また、隔壁7以外にも、射出側電極5cとプリロッド9との間には、イオンを減速させる、射出側電極5cよりも高いポテンシャルを有する構造物が存在しない。すなわち、射出側電極5cよりも高いポテンシャルを有する構造物であって、射出側電極5cとプリロッド9との間のイオンの経路上にイオンを減速させるポテンシャルを形成する構造物が存在しない。従って、本第1実施形態においては、好ましいエミッタンスを保ってイオンビームをプリロッド9に入射させることができ、イオンビームを効率良くプリロッド9内に導入することができる。
【0021】
図1(c)は
図1(a)に示した四重極質量分析装置100のうちの射出側電極5C、およびプリロッド9の部分の拡大図を示している。
イオンを、プリロッド9の入射面(位置P9)まで減速させず、プリロッド9の内部で減速させるためには、イオン光学系5の射出側電極5c、プリロッド9、および中心軸AXの位置関係が、以下の条件を満たすことが好ましい。
すなわち、中心軸AXと射出側電極5C(突起部5d)との中心軸AXに垂直な方向の間隔d1は、中心軸AXとプリロッド9との間隔d2の半分以下であることが好ましい。また、射出側電極5c(突起部5d)とプリロッド9との中心軸AX方向の間隔d3は、プリロッド9の中心軸AX方向の長さd4の半分以下であることが好ましい。
【0022】
ここで間隔とは端部から端部までの距離であり、例えば、射出側電極5c(突起部5d)とプリロッド9との間隔d3とは、突起部5dの右端からプリロッド9の左端までの距離である。また、突起部5dは、上述のように中心軸AXを囲んで配置される略円筒状の部材であるので、中心軸AXと射出側電極5C(突起部5d)との中心軸AXに垂直な方向の間隔d1は、突起部5dの内径の半分に等しい。
【0023】
上記の位置関係の条件を満たすことにより、プリロッド9の入射面(位置P9)と突起部5dの射出端(位置P5d)でのポテンシャルφ1をほぼ等しくすることができる。この結果、イオンをプリロッド9の入射面まで減速させずにプリロッド9に入射させることができ、より効率良くイオンをプリロッド9に導入することができる。
【0024】
(四重極質量分析装置の変形例)
図2(a)は、変形例の四重極質量分析装置100aの構成を示す概略図である。変形例の四重極質量分析装置100aの構成は、大部分が上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100と共通している。そのため、共通部分には、同一の符号を付して、適宜説明を省略する。
【0025】
変形例の四重極質量分析装置100aにおいては、イオン光学系5の射出側電極5eは、隔壁7aとともに、真空容器1内のイオン光学系5が配置される空間と四重極マスフィルタ11が配置される空間を仕切る隔壁の一部をなしている。ただし、上述のように、真空容器1は通常グランド電位に設定されるので、隔壁7aはグランド電位に設定されてしまう。そこで、本変形例においては、イオン光学系5の射出側電極5eと隔壁7aとの間にセラミック等からなる気密性の絶縁部材7bを設け、射出側電極5eと隔壁7aとを電気的に絶縁している。そして、電源6sからイオン化室2の出口に印加されるポテンシャルおよび電源12からプリロッド9に印加されるポテンシャルよりも低いポテンシャルが、電源6cから射出側電極5eに印加されている。そして、射出側電極5eとプリロッド9との間には、イオンを減速させる、射出側電極5eよりも高いポテンシャルを有する構造物が存在しない。
【0026】
図2(b)は変形例の四重極質量分析装置100aにおける中心軸AX上のポテンシャルφ2を表わすグラフである。本変形例においても、中心軸AX上のポテンシャルφ2は、イオン化室2の出口(位置P2)からイオン光学系5の射出側電極5e(位置P5e)に向かって低下する。中心軸AX上のポテンシャルφ2は、プリロッド9の入射面(位置P9)以降では、プリロッド9に印加されている電圧により上昇する。そして、メインロッド10の入射面(位置P10)以降は、ほぼ一定値となる。
【0027】
このため、イオン化室2を出たイオンは、イオン光学系5の射出側電極5e(位置P5e)までの経路においてポテンシャルφ2の傾斜により加速され、ほとんど減速されることなくプリロッド9に入射し、プリロッド9に印加されている電圧により減速される。
従って、本変形例においてもプリロッド9に入射する時点でのイオンビームのエミッタンスを、プリロッド9のアクセプタンスの範囲内に近づけることができ、このため、イオンビームを効率良くプリロッド9内に導入することができる。
【0028】
図2(b)中に破線で示したポテンシャルφ12は、比較のために、従来のとおり絶縁部材7bを設けず、従って射出側電極5eがグランド電位である場合の中心軸AX上のポテンシャルφ12を表している。この場合には、プリロッド9の直前にグランド電位である射出側電極5eによる大きなポテンシャル障壁が生じる。そして、イオンビームは射出側電極5eにおいて大きく減速され、大きな発散角でプリロッド9に入射することとなる。その結果、従来のイオン光学系を通過したイオンビームのエミッタンスは、その大部分がプリロッド9のアクセプタンスの範囲内に収まらず、プリロッド9に進入できないイオンの比率が高くなってしまう。
【0029】
図2(c)は
図2(a)に示した変形例の四重極質量分析装置100aのうちの射出側電極5eおよびプリロッド9の部分の拡大図を示している。
イオンを、プリロッド9の入射面(位置P9)まで減速させず、プリロッド9の内部で減速させるためには、イオン光学系5の射出側電極5e、プリロッド9、および中心軸AXの位置関係が、以下の条件を満たすことがさらに好ましい。
すなわち、中心軸AXと射出側電極5eとの中心軸AXに垂直な方向の間隔d5は、中心軸AXとプリロッド9との間隔d2の半分以下であることが好ましい。また、射出側電極5eとプリロッド9との中心軸AX方向の間隔d6は、プリロッド9の中心軸AX方向の長さd4の半分以下であることが好ましい。
【0030】
上記の位置関係の条件を満たすことにより、プリロッド9の入射面(位置P9)と射出側電極5e(位置P5e)でのポテンシャルφ2をほぼ等しくすることができる。この結果、イオンをプリロッド9の入射面まで減速させずにプリロッド9に入射させることができ、より効率良くイオンをプリロッド9に導入することができる。
【0031】
上述の第1実施形態および変形例の四重極質量分析装置100、100aにおいて、ガス試料イオン化装置は、上述の電子衝撃法を採用したイオン化室2に限られるわけではなく、化学イオン化法による装置を用いても良い。
また、試料をイオン化する装置として、ガス試料をイオン化するイオン化室2ではなく、ESI、APCI、APCI等の液体試料をイオン化する装置を使用することもできる。
【0032】
(第1実施形態および変形例の効果)
上述の第1実施形態および変形例によれば、次の作用効果が得られる。
(1)第1実施形態および変形例の四重極質量分析装置は、プリロッド9を有する四重極マスフィルタ11と、イオン化室2と、イオン化室2で生成されるイオンを四重極マスフィルタ11のプリロッド9に誘導するイオン光学系5を備え、イオン光学系5の射出側電極5c、5eのポテンシャルはイオン化室2および四重極マスフィルタ11のプリロッド9のポテンシャルよりも低く、射出側電極5c、5eとプリロッド9との間には、イオンを減速させる、射出側電極5c、5eよりも高いポテンシャルを有する構造物が存在しない構成を有している。
この構成により、イオンは、イオン光学系5により加速された後、ほとんど減速されることなくプリロッド9に入射する。すなわち、プリロッド9に入射するイオンビームの速度を速め、イオンビームの発散角を小さくすることができる。これにより、プリロッド9に入射する時点でのイオンビームのエミッタンスを、プリロッド9のアクセプタンスの範囲内に近づけることができ、イオンを効率良くプリロッド9内に導入することができる。その結果、四重極マスフィルタ11へのイオンの入射効率を改善し、高感度および高精度の四重極質量分析装置100、100aを実現できる。
【0033】
(2)さらに、イオン光学系5および四重極マスフィルタ11の中心軸AXと射出側電極5c、5eとの間隔d1、d4は、中心軸AXとプリロッド9との間隔d2の半分以下であり、射出側電極5c,5eとプリロッド9との間隔d3、d5は、プリロッド9の中心軸AX方向の長さd4の半分以下である構成とすることで、イオンをプリロッド9の入射面まで減速させずにプリロッド9に入射させることができ、より効率良くイオンをプリロッド9に導入することができる。
【0034】
(3)さらに、イオン光学系5と四重極マスフィルタ11とを仕切り、イオン光学系5の中心軸AXの部分にイオン通過孔7hが形成されている隔壁7を備え、イオン光学系5の射出側電極5cの少なくとも一部(突起部5d)は、隔壁7とは非接触にイオン通過孔7hの内部に、イオン光学系5の中心軸AXを囲んで配置されている構成とすることで、隔壁7に印加されているグランド電位が中心軸AXに及ぼす影響が、突起部5dにより遮蔽される。このため、隔壁7に絶縁機構を設ける必要がなく、隔壁7および装置全体の低コスト化が図れる。
(4)さらに、イオン化室2を、キャリアガスにより搬送される分析対象をイオン化するガス試料イオン化室とすることで、ガスクロマトグラフ装置30から供給されるガス状の試料に対して、効率の良い四重極質量分析装置を実現できる。
【0035】
(第2実施形態の四重極質量分析装置)
図3は、第2実施形態の四重極質量分析装置100bの構成を示す概略図である。
第2実施形態の四重極質量分析装置100bの構成のうちの多くの部分は、上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100と共通するので、共通部分には同一の符号を付して説明を適宜省略する。
【0036】
第2実施形態の四重極質量分析装置100bにおいて、イオン光学系15、四重極マスフィルタ21の構成は、それぞれ上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100のイオン光学系5、四重極マスフィルタ11の構成と同一である。また、イオン光学系15、四重極マスフィルタ21にそれぞれ電圧を供給する電源16a~16cおよび電源22、23の構成も、それぞれ上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100の電源6a~6cおよび電源12、13と同一である。
【0037】
隔壁17は、真空容器1のうち、要求される真空度の異なるイオン光学系15が配置される空間と四重極マスフィルタ21が配置される空間とを仕切る隔壁である。上述の第1実施形態の隔壁7と同様に、隔壁17の中心軸AXおよびその近傍に相当する部分には、イオンが通過するためのイオン通過孔17hが形成されている。そして、上述の第1実施形態と同様に、イオン光学系15の射出側電極15cのうちの中心軸AXに近い部分である略円筒状の突起部15dは、イオン通過孔17hの内部にイオン光学系15の中心軸AXを囲んで、隔壁17とは非接触に配置されている。
【0038】
第2実施形態の四重極質量分析装置100bにおいては、イオン光学系15よりも上流側に、前段の四重極マスフィルタ42およびCID(collision-induced dissociation)セル14が配置され、いわゆるトリプル四重極質量分析装置となっている。従って、イオン光学系15が輸送するイオンは、主にCIDセル14内で生成されたプロダクトイオンである。
【0039】
液体クロマトグラフ装置31から供給される液体状の試料は、導入配管32によりエレクトロスプレー33に導かれる。エレクトロスプレー33は、液体状の試料に電荷を付与しながら窒素等のネブライザーガスと共に液体試料イオン化室34内に噴霧する。噴霧された液体状の試料は、液体試料イオン化室34内で蒸発と分裂を繰り返して試料分子のイオンとなる。
【0040】
なお、液体試料イオン化室34での分析対象のイオン化方法は、上述のエレクトロスプレー33を用いたESI法(Electrospray ionization)に限られるわけではない。例えば、大気圧化学イオン化法(Atmospheric pressure chemical ionization,APCI)や大気圧光イオン化法(Atmospheric Pressure Photoionization Source,APCI)により液体試料をイオン化しても良い。
なお、本第2実施形態においては、CIDセル14を第1イオン化室とも呼び、液体試料イオン化室34を第2イオン化室とも呼ぶ。四重極マスフィルタ11を第1四重極マスフィルタと、前段の四重極マスフィルタ42を第2四重極マスフィルタとも呼ぶ。
【0041】
液体試料イオン化室34内で生成されたイオンは、細径の加熱キャピラリ35を通って第1中間真空室36に入る。そして、イオンは第1中間真空室36内に設けられているイオンガイド37に導かれて、さらに第2中間真空室38に入る。第2中間真空室38にもイオンガイド39が設けられており、イオンはイオンガイド39に導かれてプリロッド40およびメインロッド41からなる前段の四重極マスフィルタ42に入射する。
【0042】
前段の四重極マスフィルタ42を通過したイオン(プリカーサーイオン)は、CIDセル14に入射し、CIDセル14に供給されているアルゴンや窒素等の不活性ガス(コリジョンガス)と衝突する。衝突によりプリカーサーイオンは、化学結合の弱い部分で開裂し、プロダクトイオンが生成される。CIDセル14で生成されたプロダクトイオンは、CIDセル14とイオン光学系15の間に印加された電位差によりCIDセル14から引き出されてイオン光学系15に入射する。プロダクトイオンは、イオン光学系15により収束されて、四重極マスフィルタ21のプリロッド19に入射する。そして所定の質量電荷比を持つイオンのみが四重極マスフィルタ21のメインロッド20を通過してイオン検出器25に検出される。
【0043】
イオンガイド37、39の光軸、および前段の四重極マスフィルタ42のイオン軸は、イオン光学系5の光軸および四重極マスフィルタ11のイオン軸である中心軸AXと一致している。
真空容器1内の、第1中間真空室36、第2中間真空室38、および前段の四重極マスフィルタ42が設置される空間は、それぞれ真空ポンプ8e、8f、8gにより減圧されている。
【0044】
イオン光学系15の射出側電極15cには、上述の第1実施形態と同様に、四重極マスフィルタ21のプリロッド19に印加されるポテンシャル、および電源16sからCIDセル14の出口側に印加されるポテンシャルよりも低いポテンシャルが、電源16cから印加される。このため、本第2実施形態においても、CIDセル14を出たイオンは、イオン光学系15により加速された後、ほとんど減速されることなくプリロッド19に入射する。従って、プリロッド19に入射する時点でのイオンビームの速度を速め、イオンビームの発散角を小さくすることができる。この結果、プリロッド19に入射する時点でのイオンビームのエミッタンスを、プリロッド19のアクセプタンスの範囲内に近づけることができる。このため、本第2実施形態においても、イオンを効率良くプリロッド19内に導入することができる。
【0045】
(第3実施形態の四重極質量分析装置)
図4は、第3実施形態の四重極質量分析装置100cの構成を示す概略図である。
第3実施形態の四重極質量分析装置100cの構成のうちの多くの部分は、上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100、または第2実施形態の四重極質量分析装置100bと共通するので、共通部分には同一の符号を付して説明を適宜省略する。
【0046】
第3実施形態の四重極質量分析装置100cは、イオン化室2、イオン光学系5、隔壁7、四重極マスフィルタ11、電源6a~6s、電源12、13、および真空ポンプ8a、8bの構成は、上述の第1実施形態の四重極質量分析装置100と同一である。そして、CIDセル14、イオン光学系15、隔壁17、四重極マスフィルタ21、電源16a~16s、電源22、23、および真空ポンプ8c、8dの構成は、上述の第2実施形態の四重極質量分析装置100bと同一である。
なお、
図4では、ガスクロマトグラフ装置30は図示を省略している。
【0047】
すなわち、第3実施形態の四重極質量分析装置100cは、いわゆるトリプル四重極質量分析装置であり、イオン化室2で生成されたプリカーサーイオンはイオン光学系5により四重極マスフィルタ11に導かれる。そして四重極マスフィルタ11を通過した特定の質量電荷比を有するイオンはCIDセル14に入射され、CIDセル14でプロダクトイオンが生成される。CIDセル14で生成されたプロダクトイオンはイオン光学系15により四重極マスフィルタ21に導かれ、特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ21を通過して、イオン検出器25に検出される。
【0048】
なお、本第3実施形態においては、CIDセル14を第1イオン化室とも呼び、イオン化室2を第2イオン化室とも呼ぶ。四重極マスフィルタ21を第1四重極マスフィルタと、四重極マスフィルタ11を第2四重極マスフィルタとも呼ぶ。また、イオン光学系15を第1イオン光学系と、イオン光学系5を第2イオン光学系とも呼ぶ。
【0049】
なお、上述の第2実施形態および第3実施形態においても、イオン光学系5、15は、
図2に示した変形例のイオン光学系5と同様に、射出側電極5eが絶縁部材7bを介して隔壁7aに保持されている構成であっても良い。
また、いずれの実施形態および変形例においても、イオン光学系5、15は3つの電極からなる静電レンズに限られるわけではなく、より多くの電極を含むイオン光学系であってもよい。
【0050】
(第2実施形態および第3実施形態の効果)
上述の第2実施形態および第3実施形態によれば、次の作用効果が得られる。
(5)第2実施形態および第3実施形態の四重極質量分析装置は、上述の第1実施形態または変形例の四重極質量分析装置の構成において、第1イオン化室はCIDセル14であり、イオン光学系15は、CIDセル14で生成されたプロダクトイオンを四重極マスフィルタ21のプリロッド19に誘導する。そしてさらに、CIDセル14に供給するプリカーサーイオンを生成する第2イオン化室(液体試料イオン化室34、イオン化室2)と、プリカーサーイオンを選別する第2四重極マスフィルタ(前段の四重極マスフィルタ42、四重極マスフィルタ11)と、第2イオン化室で生成されるプリカーサーイオンを第2四重極マスフィルタに誘導する第2イオン光学系(イオンガイド37、39、イオン光学系5)を備えている。この構成により、CIDセル14で生成されたプロダクトイオンを効率良く四重極マスフィルタ21に導入することができる。その結果、四重極マスフィルタ21へのイオンの入射効率を改善し、高感度および高精度の四重極質量分析装置100b、100cを実現できる。
【0051】
(6)さらに、第2イオン化室を、キャリア液体により搬送される分析対象をイオン化する液体試料イオン化室34とすることで、液体クロマトグラフ装置31から供給される液体状の試料に対して、効率の良い四重極質量分析装置を実現できる。
(7)さらに、第2四重極マスフィルタ11はプリロッド9を有し、第2イオン光学系(イオン光学系5)の射出側電極5cのポテンシャルは、第2イオン化室(イオン化室2)および第2四重極マスフィルタ(四重極マスフィルタ11)のプリロッド9のポテンシャルよりも低い構成とすることで、トリプル四重極質量分析装置の前段側の四重極マスフィルタ11および後段側の四重極マスフィルタ21の双方において、イオンの入射効率を改善することができる。
【0052】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0053】
100,100a~c…四重極質量分析装置、1…真空容器、2…ガス試料イオン化室(イオン化室)、3…フィラメント、4…接続管、5,15…イオン光学系、6a~6s,16a~16s…電源、8a~8g…真空ポンプ、11、21…四重極マスフィルタ、9,19…プリロッド、10,20…メインロッド、25…イオン検出器、14…CIDセル、30…ガスクロマトグラフ装置、31…液体クロマトグラフ装置、33…エレクトロスプレー(ESI)、34…液体試料イオン化室(イオン化室)、37,39…イオンガイド、42…前段の四重極マスフィルタ